電子書類の法律実務Q&A 【第8回】 「従業員の電子メールのモニタリングは可能か」 弁護士法人 咲くやこの花法律事務所 弁護士 池内 康裕 〔Q〕 当社従業員が社内メールを利用して、取引先に対して当社の秘密情報を漏えいしているとの告発がありました。 そこで当社としては、以下の就業規則に基づき、事前同意なしにこの従業員の電子メールの内容等を監視・閲覧しようと考えています。 このような監視・閲覧行為をするうえで、法的に留意すべきことがあれば教えてください。 〈当社就業規則〉 〔A〕 事前同意なしに従業員の電子メールの内容等を監視・閲覧しただけで、直ちに違法と判断されるわけではありません。 ただし、合理的必要性がないのにモニタリングした場合、プライバシー権の侵害により、違法と判断される可能性があります。 本件では、実際に秘密情報が漏えいしたこと、当該秘密情報の漏えいに当該従業員が関わっていることについて合理的疑いがあることが必要と考えられます。 単なる憶測レベルで、本人の同意なしに社内メールの監視・閲覧をするのは、プライバシー制約の程度によっては、プライバシー権の侵害により違法と判断されるリスクがあります。 また、モニタリングの範囲についても工夫が必要です。秘密情報を漏えいした時期が特定できる場合、まずその前後の時期を対象とし、その調査結果を踏まえて、調査対象を拡張すべきかどうか検討することになります。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 モニタリングの可否についての判断基準 従業員が社内メールを家族、友人、恋人とのメールのやり取り等私的に使用する可能性がある。このような私的使用されたメールについて、事前同意なしにモニタリングした場合、従業員のプライバシー権の侵害の問題は生じないだろうか。 この点については、監視目的、手段及びその態様等を総合考慮し、監視される側に生じた不利益を比較衡量のうえ、社会通念上相当な範囲を逸脱した監視がなされた場合に限り、プライバシー権の侵害になると判断されている(東京地判平成13年12月3日)。 つまり、事前同意なしに私的なメールのやり取りを閲覧・監視したというだけで、直ちに違法と判断されるわけではなく、モニタリングの必要性等を考慮して、社会通念上相当な範囲を逸脱した監視がなされた場合に、違法と判断される。 2 モニタリングが違法と判断される可能性が高いケース 以下①から③のようなケースでは、事前同意のないモニタリングが違法と判断される可能性が高い(東京地判平成13年12月3日)。 上記より権限がない者による監視、合理的必要性がない監視については、違法と判断される可能性が高いことが分かる。 3 モニタリングが適法と判断されたケース 裁判所で事前同意なしに社内メールをモニタリングすることが適法と判断されたケースは、以下の①から③のとおりである。 事例ごとに留意すべきポイントを解説する。 上記①から③のとおり、就業規則違反をしていると考えられる合理的な疑いがあり、かつ就業規則違反の有無を調査する目的の範囲内であれば、社内メールのモニタリングそのものは、適法と判断されている。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例50】 「区分所有建物の滞納管理費を回収する場合の諸問題」 -区分所有者に成年後見人が選任されていない事例- 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - マンションの区分所有者の1人であるAは、認知症が悪化したため、マンションを出て特別養護老人ホームで生活しています。Aは、マンションの管理費を3年分滞納したことから、管理人Bは、Aに対して滞納管理費の支払を求めて訴訟を提起し認容されましたが、Aから支払を受けられない状況が続いています。滞納額は現在も増加しており、350万円を超えているため、BはAの区分所有権を競売で売却することを考えています。Aの区分所有権の査定額は300万円程度です。 Aは成年後見人を選任するのが相当な状況にありますが、成年後見人は選任されていないとのことです。このような場合に、どのようなことに注意して滞納管理費の回収を図るべきでしょうか。 1 はじめに 区分所有建物の管理費が支払われない場合に、これを回収する手段の1つに、建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という)第59条の競売請求がある。本事例では、区分所有者が認知症を患っている場合に、当該競売請求をする際の法律上の問題点について検討することとする。 2 管理費の滞納と共同利益違反行為 区分所有者は、建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為(以下「共同利益違反行為」という)をしてはならない義務を負う(区分所有法第6条第1項)。管理費の滞納が共同利益違反行為に該当することの意味は、他の区分所有者が区分所有法第59条に規定する区分所有権の競売請求を行うことが可能となる点にあるところ、管理費の滞納期間が長期にわたり、その額も多額に及ぶような場合には共同利益違反行為に該当するものと解されている。 3 区分所有法第59条の競売請求 (1) 区分所有法第59条の競売請求の要件 区分所有法第59条の実体的要件は、①共同利益違反行為又はそのおそれがあること、②これによる共同生活上の障害が著しいこと、③他の方法によってはその障害を除去して共用部分の利用の確保その他の区分所有者の共同生活の維持を図ることが困難であること(補充性)である(同条第1項)。また、手続的要件は、競売請求の訴えを提起することについて、集会の特別決議(区分所有者及び議決権の各4分の3以上)を経ることである(同法第59条第2項、同法第58条第2項)。 上記各要件を満たす場合に、区分所有者の全員又は管理組合法人は、競売請求の訴えを提起することができる。また、集会の普通決議があれば、管理者又は集会で指定された区分所有者が訴えを提起することもできる(同法第59条第2項、同法第57条第3項)。 競売請求の裁判後の競売によって、第三者が区分所有権を取得した場合、当該取得者は同法第8条に基づいて管理費を滞納する区分所有者と連帯して滞納管理費の支払義務を負うため、訴えを提起した区分所有者等は当該取得者から滞納管理費の弁済を受けることができる。 (2) 実体的要件について 裁判例においては、実体的要件①と②は一体的に判断される傾向にあるところ、管理費の滞納が長期・多額に及んでおり、今後の支払を期待できず、今後も滞納額が増大する可能性があるような場合には、これらの各要件を満たすことになる。実際には競売請求の訴え提起前に、滞納管理費の支払請求訴訟等を経ている場合も少なからずあり、それにもかかわらず滞納管理費の弁済を得られていない事情がある場合には、実体的要件①と②を積極的に基礎付けることになる。 実体的要件③にいう「他の方法」は、一般的には区分所有法第57条に基づく共同利益違反行為の停止請求、同法第58条に基づく専有部分の使用禁止請求、同法第7条に基づく先取特権の行使をいうものとされている。もっとも、管理費の滞納事案の場合、同法第57条に基づく停止請求は、滞納管理費の支払請求を意味するため独自の意味を有さない。また、同法第58条に基づいて専有部分の使用を禁止したからといって、滞納管理費の支払を得られる関係にもない。そのため、管理費の滞納事案において、補充性を満たすかどうかは、同法第7条の先取特権の行使の可否によることになる。 先取特権を実行するためには競売申立てをする必要があるところ、同条の競売手続には無剰余取消し(民事執行法第188条、同法第63条)が適用されるため、買受可能価額が先取特権に優先する債権や手続費用の合計額に満たない場合、競売手続は取り消されることになる。一方で、区分所有法第59条の競売請求の趣旨は、共同利益違反行為をした区分所有者の区分所有権を競売を通じてはく奪すること自体にあるから、無剰余取消しの規定は適用されず、たとえ無剰余であっても競売手続は取り消されないものと解されている(東京高決平成16年5月20日判タ1210-170等)。つまり、同法第7条の先取特権を行使しても無剰余によって競売手続が取り消される場合には、他に方法がないため実体的要件③の補充性を満たすことになる。 なお、区分所有法第7条の先取特権に基づく競売手続が無剰余によって現実に取り消される必要はなく、競売を申し立てたとしても無剰余取消しとなる可能性が客観的に認められるような事情があれば、補充性の要件を満たすものと解されている(東京地判平成17年5月13日判タ1218-311等)。 (3) 手続的要件について 区分所有者は、競売請求の訴えが認められた場合には、その後の競売によって区分所有権をはく奪される重大な不利益を受けることから、事前の手続保障として、当該区分所有者に反論の機会を与えるべきである。そこで、集会の特別決議に際して、当該区分所有者に対し弁明の機会を与えなければならない(区分所有法第59条第2項、同法第58条第3項)。 弁明の機会を付与した上記の趣旨からすると、弁明の機会は当該区分所有者に対して確実に与える必要があり、単に形式的に当該区分所有者の住所地に弁明の機会を付与する旨の通知が届けられただけでは足りず、その内容を了解することができる能力を有していることが必要である(札幌地判平成31年1月22日判タ1468-180。たとえば、成年後見人が選任されている場合には、当該成年後見人に弁明の機会を付与することになる)。 問題は、成年後見人等の法定代理人が選任されるべき常況にあるにもかかわらず、選任されていない場合である。区分所有者や管理人には、民法上、成年後見人等を選任する申立権が認められていないからである。このような場合には、当該区分所有者の親族や、各種の特別法上の要件を満たす場合に申立権の認められている市町村長に働きかけを行わざるを得ないものと思われる。 4 本件について Aの滞納期間は少なくとも3年以上続いており、その額も350万円に及んでいる。Bは滞納管理費支払訴訟を経てもAから支払を受けられておらず、今後も任意の支払を期待できない状況にあることから、区分所有法第59条の実体的要件①と②を満たしているものと考えられる。また、Aの区分所有権の評価額は滞納額を下回っており、同法第7条の先取特権として競売を申し立てても無剰余取消しとなる可能性が高いことから、実体的要件③を満たすものと考えられる。 一方で、Aは、認知症によって事理を弁識する能力を欠く常況にあり(民法第7条)、弁明の機会の通知内容を了解できる能力を欠いている。そのため、成年後見人が選任されることなく集会決議がされた場合、当該決議は無効となるおそれがある。そこで、管理人Bは、Aの親族等や特別法上の要件を満たす場合に申立権が認められている市町村長に対して成年後見人の選任申立等を働きかけていくべきであろう。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第69話】 「特定非常災害と雑損控除」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 昼休みに浅田調査官は、机の上に新聞を広げて、「・・・最近・・・日本のあちこちで、地震が発生しているなあ・・・」と呟く。 (※) MBSニュース2023年5月8日掲載記事より筆者一部変更。 浅田調査官は、新聞の記事を読みながら、(・・・南海トラフ巨大地震が発生したら、一体、日本は、どうなるのだろう・・・)という不安が、脳裏をかすめる。 (※) 気象庁ホームページ「南海トラフ地震関連解説情報」より筆者一部変更。 新聞の片隅に、南海トラフ地震の記事が参考として載っている。 そこに、昼食を終えた中尾統括官が爪楊枝をくわえながら、声をかける。 「・・・ホ~、浅田君は、新聞を読んでいるのか・・・最近の若い人は、ほとんど新聞などを読まないのに・・・感心だな・・・」 中尾統括官は、ニコニコしながら、新聞記事を覗く。 「・・・地震か・・・」 中尾統括官の表情が一瞬曇る。 「・・・南海トラフは、30年以内に発生する確率が70から80%というが、願わくば、僕が死んでから起きてもらいたいものだ・・・」 中尾統括官は、冗談を言う。 「南海トラフ地震のレベルだと・・・当然、『特定非常災害』に該当しますね」 浅田調査官は、いつの間にか、令和5年度税制改正のパンフレットを持っている。 パンフレットでは、「特定非常災害の指定を受けた災害による損失の繰越期間の延長」と題して、次のように記載されている。 パンフレットには、「特定非常災害」の説明が載っている。 「・・・しかし、この改正は・・・税理士などから・・・結構・・・批判されているのだが・・・」 中尾統括官は、パンフレットを受け取る。 「どんな批判ですか?」 浅田調査官が尋ねる。 「特定非常災害の指定を受けた災害に、そのまま雑損控除を適用していること自体について、問題があるという・・・」 中尾統括官は、少し考えてから、言葉を続ける。 「もともと、雑損控除は、災害等の偶発的な損失により減少した担税力に応じた課税を行う特別な控除で、他の所得控除に優先して控除されることになっている・・・」 浅田調査官は、パンフレットに載っている雑損控除を見る。 「・・・しかし、雑損控除は、他の所得控除と区分して、最初に所得金額から控除することとされているため、翌年以後への雑損失の繰越金額が生じる場合には、基礎控除をはじめとする他の所得控除額がまったく適用されないことになる・・・その結果、他の所得控除の額だけ雑損失の翌年以後への繰越金額が少なくなる・・・」 中尾統括官の声が強くなる。 「なるほど」 浅田調査官は、大きく頷く。 「・・・したがって、災害等により減少した担税力を考慮するのであれば、その効果が最大限に発現するよう、雑損控除を所得金額から最初に控除するのではなく、基礎控除など他の所得控除を適用した後に控除すべきであるということなのだ・・・」 そう言うと、中尾統括官は、簡単な図を描く。 「・・・そうするか、又は、特定非常災害については、雑損控除とは別に、特定非常災害控除・・・・・・・・というものを設けて、そして、控除として引く順番を最後にするといった制度を考えることも可能ですね」 浅田調査官は、嬉しそうに言う。 (つづく)
《速報解説》 改正資金決済法上の電子決済手段の発行及び保有等に係る会計上の取扱いを示す公開草案がASBJより公表される 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2023年5月31日、企業会計基準委員会は、「資金決済法における特定の電子決済手段の会計処理及び開示に関する当面の取扱い(案)」(実務対応報告公開草案第66号)等を公表し、意見募集を行っている。 公開草案は、改正された「資金決済に関する法律」(平成21年法律第59号。以下「資金決済法」という)上の電子決済手段の発行及び保有等に係る会計上の取扱いを示すものである。 なお、「『連結キャッシュ・フロー計算書等の作成基準』の一部改正(そのX)(案)」(企業会計基準公開草案第79号)を公表し、資金決済法第2条5項第1号から第3号に規定される電子決済手段(外国電子決済手段については、利用者が電子決済手段等取引業者に預託しているものに限る)を「現金」に含めることを提案している。 日本公認会計士協会から「連結財務諸表等におけるキャッシュ・フロー計算書の作成に関する実務指針」(会計制度委員会報告第8号)の改正案も公表されている。 意見募集期間は2023年8月4日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 概要 2022年6月に成立した「安定的かつ効率的な資金決済制度の構築を図るための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律」(令和4年法律第61号)により、資金決済法が改正されている。 改正された資金決済法においては、いわゆるステーブルコインのうち、法定通貨の価値と連動した価格で発行され券面額と同額で払戻しを約するもの及びこれに準ずる性質を有するものが新たに「電子決済手段」と定義されている。 本実務対応報告では、第1号電子決済手段、第2号電子決済手段及び第3号電子決済手段を同一の資産項目として取り扱い、現金又は預金そのものではないが現金に類似する性格と要求払預金に類似する性格を有する資産であることを踏まえ、会計処理及び開示を定めている。 Ⅲ 範囲 資金決済法2条5項に規定される電子決済手段のうち、第1号電子決済手段、第2号電子決済手段及び第3号電子決済手段を対象とする。 ただし、第1号電子決済手段、第2号電子決済手段又は第3号電子決済手段のうち外国電子決済手段については、電子決済手段の利用者が電子決済手段等取引業者に預託しているものに限る。 上記にかかわらず、第3号電子決済手段の発行者側に係る会計処理及び開示に関しては、「信託の会計処理に関する実務上の取扱い」(実務対応報告第23号)を適用する。 資金決済法の規定を用いて、第1号電子決済手段などの定義を規定している。 Ⅳ 電子決済手段の保有に係る会計処理 1 電子決済手段の取得時の会計処理 本実務対応報告の対象となる電子決済手段を取得したときは、その受渡日に当該電子決済手段の券面額に基づく価額をもって電子決済手段を資産として計上する。 当該電子決済手段の取得価額と当該券面額に基づく価額との間に差額がある場合、当該差額を損益として処理する。 2 電子決済手段の移転時又は払戻時の会計処理 本実務対応報告の対象となる電子決済手段を第三者に移転するとき又は電子決済手段の発行者から本実務対応報告の対象となる電子決済手段について金銭による払戻しを受けるときは、その受渡日に当該電子決済手段を取り崩す。 電子決済手段を第三者に移転するときに金銭を受け取り、当該電子決済手段の帳簿価額と金銭の受取額との間に差額がある場合、当該差額を損益として処理する。 3 期末時の会計処理 本実務対応報告の対象となる電子決済手段は、期末時において、その券面額に基づく価額をもって貸借対照表価額とする。 Ⅴ 電子決済手段の発行に係る会計処理 1 電子決済手段の発行時の会計処理 本実務対応報告の対象となる電子決済手段を発行するときは、その受渡日に当該電子決済手段に係る払戻義務について債務額をもって負債として計上する。 当該電子決済手段の発行価額の総額と当該債務額との間に差額がある場合、当該差額を損益として処理する。 2 電子決済手段の払戻時の会計処理 本実務対応報告の対象となる電子決済手段を払い戻すときは、その受渡日に払戻しに対応する債務額を取り崩す。 3 期末時の会計処理 本実務対応報告の対象となる電子決済手段に係る払戻義務は、期末時において、債務額をもって貸借対照表価額とする。 Ⅵ 外貨建電子決済手段に係る会計処理 期末時の会計処理について、次のように規定されている。 Ⅶ 預託電子決済手段に係る取扱い 電子決済手段等取引業者又は電子決済手段の発行者は、電子決済手段の利用者との合意に基づいて当該利用者から預かった本実務対応報告の対象となる電子決済手段を資産として計上しない。 また、当該電子決済手段の利用者に対する返還義務を負債として計上しない。 Ⅷ 注記事項 本実務対応報告の対象となる電子決済手段及び本実務対応報告の対象となる電子決済手段に係る払戻義務に関する注記については、「金融商品に関する会計基準」(企業会計基準第10号)40-2項に定める事項を注記する。 Ⅸ 適用時期等 公表日以後適用する予定である。 (了)
《速報解説》 国税庁、信託型ストックオプションの課税関係含むQ&Aを公表 ~有償型SOには当たらず給与課税との見解、発行会社には源泉徴収義務も~ Profession Journal編集部 国税庁は5月30日に「ストックオプションに対する課税(Q&A)(情報)」を公表、すでに一部報道がなされていたとおり、スタートアップ企業が導入を進めていた信託型ストックオプションの課税関係について見解を示した。 本Q&Aは全6問の事例からなり、「令和5年度の税制改正においては、税制適格ストックオプションの要件緩和に関する改正が行われたことを踏まえ、今般、「ストックオプションに対する課税(Q&A)」を別添のとおり取りまとめました」としており、問1では無償・有利発行型(税制非適格)のストックオプションの課税関係について、問2では有償ストックオプションの課税関係について、それぞれ従前の取扱いを示したうえで、問3において信託型ストックオプションの課税関係を示している。 問3は「税制非適格ストックオプション(信託型)の課税関係」と題して事例を示し、その課税関係として「役職員が当該ストックオプションを行使して発行会社の株式を取得した場合、その経済的利益は、給与所得となります(所法28、36②、所令84③)。」とした。また、「発行会社は、上記の経済的利益について、源泉所得税を徴収して、納付する必要があります。」とされている。 さらに、以下のような国税庁の見解も注書きされている。 〈税制非適格ストックオプション(信託型)のイメージ〉 (※) 国税庁ホームページより 本Q&A冒頭において「このQ&Aは、ストックオプションに関する税務上の一般的な取扱いについて、質疑応答形式で取りまとめたものです。」とされているように、従来からの取扱いを変更したものではないとの見解から、過去に遡って適用されることになろう。問4では発行会社が信託型を含む税制非適格ストックオプションの行使に係る経済的利益につき源泉所得税を納付していない場合について「速やかに源泉所得税を納付していただく必要があります。」等の対応がまとめられており、また「納付した源泉所得税は、ストックオプションを行使した者に求償することができます。」との注書きもある。 その他、問5では税制非適格ストックオプションを行使して取得した株式価額について所得税基本通達23〜35共−9による算定方法が、問6では税制適格ストックオプションの課税関係について従来の取扱い(売却時の譲渡所得課税)がそれぞれ解説されている。 なお問5・問6については既報のとおり、5月30日付で改正通達案がパブリックコメントに付されているため、合わせて確認いただきたい。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 税制適格SO要件の「契約時の1株当たりの価額」について、取引相場のない株式では評価通達による算定認める改正通達案が公表される ~意見募集は2023年6月30日まで~ Profession Journal編集部 いわゆる「税制適格ストックオプション」の要件の1つとして とされている(措法29の2①三)。 上記の権利行使価額要件に係る「契約時の1株当たりの価額」に関し、取引相場のない株式については「株価算定ルールが明示されておらず、税制適格ストックオプションの発行等において不安定な税務実務となっている」との指摘がなされていたとして、国税庁は5月30日付でこれらを明確化する改正通達案を公表、パブリックコメントに付した(意見募集は2023年6月30日まで)。 改正通達案では、権利行使価額要件に係る「契約時の1株当たりの価額」については、所得税基本通達23~35共-9の例(売買実例等)によって算定することを明確化した上で、取引相場のない株式の「契約時の1株当たりの価額」については、財産評価基本通達の例によって算定することを認めることとされる(改正措通案29の2-1)。 この取扱いによって、取引相場のない株式については、財産評価基本通達の例によって算定した「契約時の1株当たりの価額」以上の価額で「権利行使価額」を設定していれば、権利行使価額要件を満たすことになる。 また、上記改正とあわせ、以下の点も明確化される(改正所基通案23~35共-9)。 パブリックコメントのページでは参考資料として、改正通達案による計算例も示されている。 ― 計 算 例 ① ― 税制適格ストックオプションを付与する期の直前期末のB/S(相続税評価(時価)ベース) ●財産評価基本通達の例により算定した1株当たりの株価(セーフハーバー) 【純資産価額方式の場合】 ・50万円÷1,000株=500円 ― 計 算 例 ② ― 税制適格ストックオプションを付与する期の直前期末のB/S(相続税評価(時価)ベース) ●財産評価基本通達の例により算定した1株当たりの株価(セーフハーバー) 【純資産価額方式の場合】 ・優先分配分:150万円÷1,000株=1,500円 ・均等分配分:50万円÷2,000株=250円 ・普通株式の価額:250円 ・優先株式の価額:1,750円 なお改正通達案による取扱いは、「本通達発遣後に行う新株予約権の行使について適用する」とされている。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 IASBが国際的な税制改革から生じる繰延税金の会計処理からの 一時的な救済措置を企業に与える修正を公表 ~修正として「一時的な例外」及び「的を絞った開示要求」を導入~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 国際会計基準審議会(IASB)によるIAS第12号「法人所得税」の修正が公表されている。 当該修正は、経済協力開発機構(OECD)の国際的な税制改革から生じる繰延税金の会計処理からの一時的な救済措置を企業に与えるものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 第2の柱モデルルール 第2の柱モデルルール(Pillar Two model rules)は、2021年12月に、経済協力開発機構(OECD)が公表したルールであり、経済のデジタル化から生じる課税上の課題に対処するための2つの柱からなる解決策の1つである。 第2の柱モデルルールは次のようなものである。 2 修正の内容 次のものを導入するものである。 企業は、当該一時的な例外から直ちに便益を得ることができるが、2023年1月1日以後開始する事業年度について投資者に開示することが要求される。 (了)
《速報解説》 監査役協会、「監査役監査実施要領」の改定版を公表 ~会社法改正や改訂版CGコードの適用開始、並びに監査役監査基準等の改定等を反映~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2023年5月22日付けで、日本監査役協会は「監査役監査実施要領」の改定を公表している。 これは、会社法の改正及び改正会社法に係る法務省令の改正及びコーポレートガバナンス・コードの改訂等をはじめとする各種環境変化、並びに「監査役監査基準」等の改定等を反映したものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 「第1章 機関設計、監査役及び取締役の選任・解任、報酬等」関係 次の改定を行っている。 2 「第5章 会計監査人との連携」、「第9章 会計監査、計算関係書類・事業報告及びその附属明細書の監査並びに剰余金の配当に係る監査」関係 「監査役等と監査人との連携に関する共同研究報告」及び「会計監査人との連携に関する実務指針」の改定に関する内容等を反映している。 3 「第10 章 監査報告の作成・提出、監査の状況の開示、監査役会の実効性評価」関係 次の改定を行っている。 4 「第11 章 株主総会」関係 株主総会参考書類の電子提供制度、及びバーチャル株主総会に関する解説を追加している。 5 「第12 章 損害賠償責任の一部免除、補償契約、役員等賠償責任保険契約、株主代表訴訟」関係 補償契約、役員等賠償責任保険契約に関する解説を追加している。 * * * 上記のほか、2016年版の「監査役監査実施要領」において巻頭に掲載していた「用語解説」を巻末に移動し、項目を追加するなどの改定も行われている。 (了)
2023年5月25日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.520を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第26回】 「合法性の原則の内在的制約」 -スコッチライト事件・大阪高判昭和44年9月30日判時606号19頁の新たな読み方- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 本連載は、基本的には、拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)で参照している判例の中から、同書における叙述の順に従って判例を取り上げ検討してきたが(第1回1参照)、今回と次回で同書第1編(税法の基礎理論)の参照判例の検討は一先ず終えることにする。その前に今回と次回は、合法性の原則の制約について、租税平等主義と信義則に関する判例を取り上げることにする。 今回は、古い裁判例ではあるが、スコッチライト事件・大阪高判昭和44年9月30日判時606号19頁(以下「本判決」という)を取り上げ、租税平等主義との関係で合法性の原則の制約を検討しながら、本判決の「新たな読み方」を提示することにしたい。まず、その検討に関連する本判決の判示を以下に引用しておこう(下線・傍点筆者)。 Ⅱ 伝統的・通説的な読み方-対立思考と合法性の原則の外在的制約- 本判決は、当初から、税法の執行の場面における租税法律主義(税法における法律による行政の原理すなわち合法性の原則)と租税平等主義ないし租税公平主義との対立ないし抵触の問題を後者の優先により解決した判決として、理解されてきたように思われる。本判決に関する評釈は多くはないが最初のものと思われる判例評釈では次の理解が示されていた(吉良実「判批」シュトイエル94号(1970年)9頁、15-16頁。下線筆者。なお、吉良教授は本判決の結論に反対の立場である)。 本判決に関する評釈は、その結論に賛成か反対かはともかく(賛成の立場に立つものとして大林正平「判批」愛知大学法経論集法律篇84号(1977年)107頁、119頁、反対の立場に立つものとして吉良・前掲「判批」16頁、市原昌三郎ほか編『ワークブック行政法』(有斐閣・1976年)8頁[市原執筆]参照)、本判決が解決すべき問題を税法の執行における租税法律主義と租税平等主義との対立として捉えている点では、共通していたように思われる(以下ではそのような問題の捉え方を「対立思考」という)。 対立思考に基づき本判決を理解しようとする見解は、今日でも、税法及び行政法の学説にも広くみられるところである。例えば、清永敬次教授は「税法の執行上の原則としての租税平等主義」について、次のとおり述べて(同『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)33-34頁。下線筆者)、その第2文及び第3文で財産評価を取り上げ対立思考に基づく解説をし、その第4文及び第5文で、本判決を念頭に置いたものと解される解説をしておられる(その文末に【重要判例】として本判決を掲載しておられる。金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)96-97頁も参照)。 行政法の分野でも、例えば、宇賀克也教授は、「行政法の一般原則」の1つとして「平等原則」を説明する旨を述べ(同『行政法概説Ⅰ 行政法総論〔第7版〕』(有斐閣・2020年)49頁、65頁参照)、その上で、対立思考に基づき「法律による行政の原理と平等原則とが抵触する場合にいずれを優先させるかは困難な問題である」(同65頁)と述べつつも、本判決が「租税平等原則が租税法律主義に優先する場合があることを明言した」(同67頁)との理解を示しておられる(同「判批」租税判例百選〔第3版・1992年〕18頁、19頁~同〔第6版・2016年〕21頁、22頁も同旨。同様の理解を示すものとして大橋洋一『行政法Ⅰ 現代行政過程論〔第4版〕』(有斐閣・2019年)50-51頁等のほか、巽智彦「判批」租税判例百選〔第7版・2021年〕21頁、22頁も参照)。 以上でみたように、対立思考は、税法の執行上の原則としての租税平等主義を租税法律主義の外部にある要請として捉え、この外在的要請による租税法律主義の制約によって両者の対立を解消しようとするものであることから、その制約は租税法律主義の妥当範囲について外在的制約を構成するといってよかろう(以下「合法性の原則の外在的制約」という)。 Ⅲ 新たな読み方-調和思考と合法性の原則の内在的制約- ところで、対立思考に基づき本判決を合法性の原則の外在的制約を認めた裁判例として理解してきた伝統的・通説的な読み方に対して、近時、本判決を租税法律主義(合法性の原則)と租税平等主義・租税公平主義とのいわば「調和」の中で理解しようとする新たな読み方が登場してきた。そのような理解の仕方を「調和思考」と呼ぶとすれば、それには以下のとおり「合法性の原則『出自』見直し説」と「『合法課税』適用違憲説」ともいうべき2通りの考え方があるように思われる。 1 合法性の原則「出自」見直し説 まず、筆者が「合法性の原則『出自』見直し説」と呼ぶ考え方を説かれるのは、佐藤英明教授である。佐藤教授は本判決について次の理解を示しておられる(同「租税法律主義と租税公平主義」金子宏編『租税法の基本問題』(有斐閣・2007年)55頁、63-64頁。下線筆者。同『スタンダード所得税法〔第3版〕』(弘文堂・2022年)491頁も参照)。なお、佐藤教授の見解を肯定的に捉えるものとして巽・前掲「判批」22頁、中里実ほか編『租税法概説〔第4版〕』(有斐閣・2021年)23-24頁[藤谷武史執筆]参照)。 佐藤教授は、本判決に関する上記の理解から、「裁判例において合法性の原則が租税法律主義と租税公平主義とを結ぶものとして重視されていることをどのように評価すべきか」(同・前掲論文64頁)という問題を検討課題として導き出された上で、合法性の原則の位置づけに関する検討結果として次のとおり述べておられる(同・前掲論文69頁。下線筆者)。 佐藤教授は、このように、実質的な面での合法性の原則の「出自」を租税公平主義に認め、その「出自」をもって租税法律主義と租税公平主義とを結びつけ(筆者の表現によれば「調和」させ)、さらには「合法性の原則を租税法律主義の内容から除外し」(同・前掲論文69頁)た上で、そのような調和思考に基づき本判決の理解を試みておられるものと解される。 佐藤教授のこのような考え方は、確かに、論理的には十分成り立ち得るものである。しかし、わが国における租税法律主義が明治憲法下で法律による行政の原理とりわけ侵害留保原理として出発し、佐藤教授が租税法律主義の「中核」に据えておられる課税要件法定主義(同・前掲論文64頁参照)は、現行憲法下で財政民主主義(83条)を具体化するものとして租税法律主義の内容に追加されたもの(租税法律主義の民主主義的再構成)であるという沿革からすると、歴史的には成り立たないように思われる(拙著『税法創造論』(清文社・2022年)45-46頁[初出・2020年]のほか8-14頁[同]参照)。 そうすると、佐藤教授は上記のような沿革から離れて合法性の原則の「出自」を見直されたものと解されるが(このような理解に基づき筆者は佐藤教授の考え方を「合法性の原則『出自』見直し説」と呼ぶのである)、その見直しの際援用された「この説明」(前記引用文)は、金子宏教授による下記の説明(同ほか編『租税法講座―第1巻 租税法基礎理論―』(帝国地方行政学会・1974年)231頁[同『租税法理論の形成と解明 上巻』(有斐閣・2010年)61-62頁収録]。下線筆者)である。 金子教授はこの説明を、当初は次のような表現で行っておられた(同「租税法律主義について」税経通信20巻5号(1965年)21頁、22頁。下線筆者)。 ここで述べられている「考え方」は、金子教授が「租税法規の特色」の1つとして「強行性」について次のとおり述べておられる考え方(同・前掲『租税法』31頁。下線筆者)であると解される。 このようにみてくると、佐藤教授が合法性の原則の「出自」を見直すに当たって援用された金子教授の考え方は、税負担の公平の維持を租税公平主義の観点からではなく租税法規の強行性の観点から説くものであると解されるので、合法性の原則の「出自」を租税法律主義ではなく租税公平主義にあるものとして見直すための根拠としては、適切でないように思われる そうすると、合法性の原則「出自」見直し説は、本判決の読み方としても妥当でないように思われるが、だからといって、調和思考も妥当でないとはいえないように思われる。この点については、合法性の原則「出自」見直し説のように合法性の原則を租税公平主義と結びつけその枠内に「包摂」(佐藤・前掲論文70頁)するのではなく、以下で述べる「『合法課税』適用違憲説」とでもいうことができる考え方によって、合法性の原則の内部に租税平等主義による制約(合法性の原則の内在的制約)を設定するという論理構成をもって、合法性の原則と租税平等主義との調和を図るのが相当であると考えるところである。 2 「合法課税」適用違憲説 租税平等主義ないし租税公平主義は「租税の領域にあらわれた平等原則」(清永・前掲書32頁)であるが、憲法14条1項の定める平等原則については、その意義をめぐる議論が法適用平等説(立法者非拘束説)から法内容平等説(立法者拘束説)へと展開されてきたところである(差し当たり長谷部恭男編『注釈日本国憲法(2) 国民の権利及び義務(1) §§10~24』(有斐閣・2017年)169頁[川岸令和執筆]参照)。 今日の通説・判例というべき法内容平等説は、「正確にいえば法内容・適用平等説」(内野正幸『憲法解釈の論点〔第4版〕』(日本評論社・2005年)49頁)であるが、ただ、「法令違憲の場面に関心を集中させてきた憲法学」(原田大樹「平等原則と比例原則」法律時報90巻8号(2018年)16頁、21頁)においては平等原則のうち「法内容平等」の側面が重視されてきたのに対して、行政法学においては行政法の一般原則としての平等原則(前記Ⅱ参照)について「法適用平等」の側面が重視されてきたように思われる。 このような学問状況の中で、税法学は租税平等主義について「法内容平等」及び「法適用平等」の両方の側面を重視してきたが(例えば、清永・前掲書32-34頁、金子・前掲『租税法』90-97頁参照)、このことは税法学の特色といってもよかろう(この点について、宍戸常寿「租税立法の合憲性審査の基準」日税研論集77号(2020年)221-222頁も参照)。とはいえ、税法学は、租税平等主義の上記の両方の側面を重視してきたものの、それらの側面の相互関係やその意味内容を明らかにはしてこなかったように思われる。 もっとも、この点については、「法内容平等」と「法適用平等」とを媒介する論理が暗黙ないし当然の前提として措定されてきたと考えることができるように思われる。その媒介論理は、「法内容平等」の要請を満たす法律規定においてはその内容を当該規定の実際の適用上も平等に実現するための措置が講じられているはずであり、講じられていなければならない、というような考え方である。そのような措置は、何よりもまず、「法内容平等」を実現するのに必要かつ十分な規律密度・明確性を確保した形で当該規定を定めることであるが、これも「法内容平等」の一環としてあるいはその延長線上において当該規定に内在する立法の問題である。 このような媒介論理を措定する可能性・必要性を示唆してくれたのは、ドイツ連邦憲法裁判所2014年12月17日判決の次の要旨及び判示である(BVerfG v. 17.12.2014 - 1 BvL 21/12, BVerfGE 138, 136, Ls.5, Rz.254. 下線筆者。この判決については前掲拙著『税法創造論』284-285頁[初出・2017年]も参照)。 この判決は事業承継税制に関する相続税の課税減免規定を平等権侵害で違憲(法令違憲)としたが、その意味するところは、租税基本法42条という一般的否認規定によって否認されないが望ましくはない(課税上の不平等取扱いをもたらす)租税上の形成を、当該課税減免規定が「相当な範囲で」許容する場合には(勿論、その許容が非典型的な個別事例にとどまる場合は格別)、当該課税減免規定それ自体には、そのような租税回避の試みを阻止し課税の公平を確保するのに必要かつ十分な規律密度・明確性が欠如しているとみて、その結果「相当な範囲で」課税の不平等が生じ得ることを理由に、当該課税減免規定を違憲と判断したものであると解されるのである。 さて、本判決は、前記Ⅰ引用部分の第1段落の後半部分において「租税法律主義ないし課・徴税平等の原則」を援用して、「法定の課税標準、税率に従つた課・徴税処分」につき「実定法に反する処分」、「違法処分」という、一見すると相矛盾する表現で判断を示しており、そうであるが故に、伝統的・通説的には対立思考に基づく読み方がされてきたのであろうが、しかし、以上の検討を前提にして本判決を改めて読み直してみると、上記の部分に「したがって」で続けて述べられている次の判示(下線筆者)が注目される。 ここで注目されるのは、①他の箇所では「課・徴税平等の原則」という言葉を用いながら「課税平等の原則」という言葉を用いていることと、②同原則が「みぎ法定の課税標準ないし税率による課・徴税処分を、でき得る限り、軽減された全国通用の課税標準および税率による課・徴税処分に一致するように訂正し、これによつて両者間の平等をもたらすように処置することを要請しているもの」と解していることである。 まず上記の①について、「課・徴税平等の原則」は「課税」と「徴税」の両面について平等取扱いを要請するものであるが、そのうち「徴税」の面での平等取扱いは専ら税法の執行における法適用平等を意味するのに対して、「課税」の面での平等取扱いは、「徴税」と対比される「課税」が納税義務の確定を意味するものと解される以上、確定の対象となる成立した納税義務の内容における法内容平等とその納税義務の確認における法適用平等の両方を含むものと解される。 そうすると、「課税平等の原則」は、納税義務の内容を定める税法(課税要件法。本件では関税定率法)に関する法内容平等を、その適用上も実現するための措置を要請するものと解されるが、本判決はその措置を前記②すなわち「みぎ法定の課税標準ないし税率による課・徴税処分を、でき得る限り、軽減された全国通用の課税標準および税率による課・徴税処分に一致するように訂正し、これによつて両者間の平等をもたらすように処置すること」として捉えていると解される。 そして、前記②にいう「訂正」は、本件における「法定の課税標準ないし税率による課・徴税処分」のうち「軽減された全国通用の課税標準および税率」を超える部分を違憲(関税定率法の適用違憲)とする措置を意味するものと解される。そうすると、本件においてはその超過部分について課・徴税処分の根拠となる関税定率法の規定が存在しないこととなるので、本判決は前記Ⅰ引用部分の末尾で「神戸税関の課・徴税処分は、結局のところ、超過した10%の限度において法律に基づかない違法な課・徴税処分に当ると言うことができる。」(下線筆者)と判示したものと解されるのである。 なお、前記のドイツ連邦憲法裁判所判決は相続税の課税減免規定を平等権侵害で法令違憲と判断したが、本判決は本件物品に係る関税定率法の規定の内容それ自体を不平等と判断したのではなく、その規定に関する神戸税関長の解釈適用が関税定率法上正しいと判断しつつ、「できる限り」(前記②)法定の課税標準ないし税率による課・徴税処分を、軽減された全国通用の課税標準および税率による課・徴税処分に一致するように訂正するために、適用違憲という判断手法を用いたものと解される。このような理解によれば、昭和38年10月14日に示された大蔵省関税局長の通達は、本件物品に係る関税定率法の規定の適用違憲を回避する限りにおいて、その規定の規律密度・明確性の不足を補完するものと評価することができよう。 以上を要するに、本判決は、税法の不平等な適用による課・徴税処分を租税平等主義により「法律に基づかない」課・徴税処分とみて合法性の原則の枠外に位置づけたものと解される。その位置づけに当たって、法内容平等の観点からは問題のない規定に基づく「合法課税」を、その規定に適合しない課税が広範に行われ法適用平等が阻害されている場合には、租税平等主義により適用違憲とする判断手法を用いたものと解される(「合法課税」適用違憲説)。 「合法課税」適用違憲説は、租税平等主義を法内容平等それ自体の要請として問題とするのではないが、法内容平等を実現するのに必要かつ十分な規律密度・明確性の確保の観点から適用違憲の根拠として援用するものである。したがって、この説で租税平等主義は、執行上の原則としての租税平等主義ではなく、税法の執行をも視野に入れた立法上の原則としての租税平等主義であるといってもよかろう。 このような意味での租税平等主義によれば、税法の不平等な適用は、その限りにおいて適用違憲の故に法律に基づかない課税として、合法性の原則の内在的制約を構成すると考えられる。この意味において、合法性の原則と租税平等主義とは調和すると考えられるのである(調和思考)。 Ⅳ おわりに 今回は、本判決について、対立思考に基づき執行上の原則としての租税平等主義を合法性の原則の外在的制約として捉える伝統的・通説的な読み方を確認し、さらに、調和思考に基づく新たな読み方として合法性の原則「出自」見直し説を検討した後、平等原則を法内容・適用平等説(通説・判例)の暗黙・当然の前提にまで立ち返って検討した上で、「合法課税」適用違憲説により別の調和思考に基づく新たな読み方を提示した。この読み方は、筆者がこれまで示してきた読み方(谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第2回Ⅳ、前掲拙著『税法基本講義』【81】、同『税法創造論』46頁注(134)[初出・2020年]参照)を補足・補正するものである。 今回の検討は、筆者が実質的租税法律主義(基本的人権保障に抵触する租税立法の禁止。前掲拙著『税法基本講義』【11】参照)の内容の1つとして租税平等主義を論ずる場合に前提とする公平観(含み公平観)を、合法性の原則と租税平等主義との関係を検討する場面で、展開しようとするものでもある。 含み公平観は、租税負担の公平は租税法律の中で考慮され租税法律を通じて実現されなければならず、租税法律を離れて実現されてはならない、要するに租税法律に含まれている、という考え方であるが(前掲拙著『税法基本講義』【21】参照)、今回、本判決の新たな読み方を提示するに当たって前提にした調和思考も、税法の適用の場面における含み公平観に基づくものである(同【81】参照)。 (了)