《速報解説》 国税庁、副業収入等の「雑所得」の範囲を明確化する改正通達を公表 ~本業・副業による判定ではなく「帳簿書類の保存の有無」で所得区分を判定~ 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 令和4年10月7日、国税庁は、雑所得の範囲について明確化を図る趣旨で、「「所得税基本通達の制定について」の一部改正について(法令解釈通達)」を公表した。 本改正は、令和4年8月に募集したパブリックコメントの結果を受け、当初の改正案を一部修正した内容となっている。 なお、改正の趣旨及びパブリックコメント募集時の改正案の概要等については、下記拙稿をご参照いただきたい。 【1】 パブリックコメントの実施結果 令和4年8月1日から31日まで実施された本改正に対するパブリックコメントの募集には、7,059通もの意見が提出された。 意見の内容を集約すると、次の6つに区分される。提出された主な意見を記載する。 (注) パブリックコメントの結果及び意見の詳細については、「「所得税基本通達の制定について」(法令解釈通達)の一部改正(案)(雑所得の例示等)に対する意見公募の結果について」における「意見公募の結果について」をご参照いただきたい。 【2】 パブリックコメントを踏まえた改正通達の内容 パブリックコメントにおける意見を踏まえ、最終の改正通達は、当初の改正案から一部修正されたものとなっている。 (注) アンダーラインを付した部分が修正部分であり、強調部分は筆者による。 上記の表のとおり、修正前は、「副業、かつ、収入金額300万円以下の場合には、反証がない限り、業務に係る雑所得と取り扱う」とされていたが、修正後(公表された改正通達)は、本業・副業による判定ではなく、「帳簿書類の保存の有無」で所得区分を判定することとされた。 参考までに、国税庁から公表されている「パブリックコメントからの変更点」を引用する。 〈パブリックコメントからの変更点〉 【3】 適用時期 【1】に示したように、適用時期を遅らせるべきとの意見も提出されているが、所得区分は確定申告書の提出時期に判断するものであることから、遡及適用には当たらないこと、また、そもそも事業所得者には記帳・帳簿書類の保存が義務付けられているので、納税者に影響を及ぼすとは考えられないことから、当初の予定どおり、改正後の取扱いは令和4年分以後の所得税について適用される。 【4】 注意点 改正後の通達では、事業所得と業務に係る雑所得の区分については、過去の判例(※)に基づいて社会通念で判定することが原則である。 (※) 最大判昭和56年4月24日、東京地判昭和48年7月18日。 取引を帳簿書類に記録し、かつ、記録した帳簿書類を保存している場合には、社会通念での判定において事業所得に区分されると考えられるが、取引を記録した帳簿書類を保存している場合であっても、次のような場合には、事業と認められるかどうかを個別に判断することになる。 (了)
《速報解説》 株主総会資料の電子提供制度に関する「会社法施行規則等の一部を改正する省令案」がパブコメに ~株主に交付する書面に記載することを要しない事項について改正~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 令和4(2022)年10月7日、法務省は、「会社法施行規則等の一部を改正する省令案」を公表し、意見募集を行っている。 株主総会資料の電子提供制度が2022年9月1日に施行されている。同制度では、株主は、電子提供措置の対象となる事項を記載した書面の交付を請求することができるとされている(会社法325条の5第1項)。 一方、電子提供措置の対象となる事項のうち法務省令で定めるものの全部又は一部については、交付する書面に記載することを要しない旨を定款で定めることができるとされている(会社法325条の5第3項)。 省令案は、この電子提供制度における書面交付請求をした株主に交付する書面(以下「電子提供措置事項記載書面」という)に記載することを要しない事項に関して改正するものである。そのほか、いわゆるウェブ開示によるみなし提供制度の対象事項についても同様の見直しを行い、また、形式的整備を含む所要の改正も行っている。 意見募集期間は2022年11月7日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な改正の内容 1 電子提供措置事項記載書面に記載することを要しない事項 事業報告に記載又は記録すべき事項のうち役員の責任限定契約に関する事項、事業の経過及びその成果、対処すべき課題、補償契約に関する事項及び役員等賠償責任保険契約に関する事項、貸借対照表及び損益計算書に記載又は記録すべき事項並びに連結貸借対照表及び連結損益計算書に記載又は記録すべき事項を、電子提供措置事項記載書面に記載することを要しない事項とする(会社法施行規則95条の4第1項2号~4号)。 2 いわゆるウェブ開示によるみなし提供制度 いわゆるウェブ開示によるみなし提供制度についても、上記1に掲げる事項と同様の事項について、インターネット上のウェブサイトに掲載し、そのウェブサイトのURL等を株主に通知すれば、当該事項に係る情報が株主に提供されたものとみなすものとする(会社法施行規則133条、会社計算規則133条)。 いわゆるウェブ開示によるみなし提供制度の特例措置に関する経過措置の規定を削除する(「会社法施行規則及び会社計算規則の一部を改正する省令」(令和3年法務省令第45号)附則2条ただし書)。 Ⅲ 施行期日 公布の日から施行する予定である。 ただし、いわゆるウェブ開示によるみなし提供制度に関する改正規定は、令和5年3月1日から施行することを予定している。 (了)
《速報解説》 会計士協会が研究報告として「フォレンジック業務に関する研究」を公表 ~リスクの概要、必要な能力・知見等、業務支援事例等を切り口に取りまとめる~ 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 日本公認会計士協会(経営研究調査会)は、2022年9月14日の常務理事会の承認を受けて、経営研究調査会研究報告第69号「フォレンジック業務に関する研究」を、同月30日に公表した。 この研究報告は、フォレンジック業務を行う会計事務所等の実務及び業務開発に資するため、改めて整理を行い、主に「リスクの概要」「必要な能力・知見等」「業務支援事例」といった切り口から取りまとめを行ったものであると紹介されている。 本稿では、公表された研究報告の概要を紹介することとしたい。 1 目次 研究報告は61ページに及んでおり、目次の大項目は以下のとおりである。 研究報告では、「フォレンジック業務の全体像」を最初に定義したうえで、フォレンジック業務が必要とされるリスクを、「不正・不祥事リスク」「国際法規制違反リスク」「契約違反リスク」「訴訟リスク」及び「関連業務情報漏えいリスク」の5類型に分類し、「国際法規制違反リスク」以外のそれぞれの類型について、「リスクの概要」「業務に必要な主な能力・知見等」及び「主な業務支援事例」を解説する内容となっている。 また、「国際法規制違反リスク」については、その内容を「贈収賄法関連法規制」「競争法関連法規制」及び「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与防止関連法規制」の3種類の規制に分類して、それぞれの規制について、「リスクの概要」「業務に必要な主な能力・知見等」及び「主な業務支援事例」を解説している。 2 研究報告の目的とフォレンジック業務における注意点 (1) 研究報告の目的 会計事務所等によるフォレンジック業務は、我が国では 2003年頃より開始され、特に不正調査を行う公認会計士は、不正調査にとどまらず、不正による影響の大きさを評価し、損害額を試算し、訴訟や保険請求等を含むその後の是正措置の戦略策定をサポートすることまで広範な範囲の業務を行ってきている。 研究報告は、こうした経験や知見を有した委員らがこれまでの経験や、海外のメンバーファームの経験も参考に、会計事務所等が実施するフォレンジック業務について、実務事例をできる限り交え改めて整理を行うこととし、今後フォレンジック業務を行う会計事務所等の実務及び業務開発に資することを目的としている。 (2) フォレンジック業務における注意点 研究報告では、会計事務所等が、フォレンジック業務を行う場合において倫理面で特に注意が必要な点として、「誠実性」「客観性・独立性等」「職業的専門家としての能力及び正当な注意」「守秘義務」及び「職業的専門家としての行動」の5項目を挙げている。 この中では、フォレンジック業務における会計事務所等の職業的専門家として必要な能力として、「主に対象業界・企業等及び事業の特徴や特殊性の理解、会計・税務、内部統制や業務フロー、不正調査アプローチと調査手法、損害額や影響額の算定、組織的業務の実施、更には業務の効果的実施に対する経験と専門的知識など」を列挙していることを取り上げておきたい。こうした能力と知見は、5つの類型に分類したリスクについてのフォレンジック業務を行ううえで、ベースとなるものであることは言うまでもない。 3 フォレンジック業務の全体像 研究報告では、経営研究調査会研究報告第51号「不正調査ガイドライン」における不正調査技術を引用する形で、次のようにフォレンジック業務の全体像をまとめている。 前出の「不正調査ガイドライン」における「仮説検証のための主な調査手続」では、上記の4項目に加えて、「(5) 反面調査」と「(6) 不正調査の調査手続と調査範囲」という項目が説明されていることを附記しておく。 4 不正・不祥事リスク(Fraud and Misconduct Risks)関連業務 研究報告の具体的内容について、5類型に分類されたリスク関連業務のうち、会計事務所等によるフォレンジック業務の中心であると考える「不正・不祥事リスク関連業務」に関する解説を見ておきたい。 (1) リスクの概要 研究報告では、「コンプライアンス意識の高まりにより、不正・不祥事に対する企業等の対応そのものがその後の企業等の存続を左右することもある」としたうえで、具体的には、企業等で会社資産の横領が発覚した場合には、企業等は直接・間接に金銭的な被害を受けることになり、その金額が高額となれば、事業に影響を及ぼすことになるし、金額的には事業に著しい影響がない場合であっても、不正・不祥事の発生が表ざたになることで、企業等の管理体制が問われ社会的信頼が失墜し、企業価値が毀損してしまうことが考えられるとそのリスクを説明している。 そのうえで、フォレンジックチームによる不正・不祥事リスク関連業務は、企業等が直面する不正・不祥事リスクの予防及び発見、調査及び是正措置の一部又は全部として実施することになるとしている。 (2) 業務に必要な主な能力・知見等 研究報告では、不正・不祥事リスク関連業務に必要な主な能力・知見等として、次の3項目を挙げている。 「会計不正の特性の理解」では、会計不正の予防及び発見、調査及び是正措置の策定にあたっては、不正の手口を正しく理解することが必要であり、とくに不正調査では、十分な証拠による裏付けが必要であることは言うまでもないが、会計不正を調査する過程では、会計不正が発生していないことの検討も試みるべきであると説明されている。 (3) 主な業務支援事例 研究報告では、不正・不祥事リスク関連業務における「主な業務支援事例」として、次の7つの事例が報告されている。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2022年10月6日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.489を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.117- 「どうなる「財源三兄弟」」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 霞が関で「財源三兄弟」と呼ばれている課題がある。「こども政策」、「GX(グリーントランスフォーメーション)」、「防衛費」の3つである。いずれも、相当規模の予算措置が必要な政策・事業で、財源をどう調達するのかという共通の問題がある。 * * * 「こども政策」は「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針2022)で、「社会全体での費用負担の在り方を含め幅広く検討」とされた。既存の社会保険料に上乗せするアイデアや、かつて小泉進次郎氏が担いだ「こども保険」などのアイデアが出始めている。しかし、社会保険料を引き上げるという考え方に対しては、「税に代わる安易な財源の調達手段」という強い批判が予想され、年末までの合意形成は容易ではない。 次にGX(グリーントランスフォーメーション)だ。政府はすでに10年間で20兆円の政府投資について、「財源の裏付けを確実に確保すること」を条件にコミットしており、GX経済移行債(仮称)という名称の「つなぎ国債」が検討されている。 つなぎ国債というのは、「将来の財源」の確保を前提に出す国債なので、「将来の財源」をあらかじめ決めておく必要がある。経産省は、炭素税、排出量取引などのカーボンプライシングの導入や、再生可能エネルギー発電促進賦課金(FIT、固定価格買取制度)の見直し(上乗せ)などの議論を行っている。しかし、経済界や家計の負担増につながる20兆円もの財源を、短期間で合意することができるのかという疑問がある。 最後は「防衛費」で、これが最大の課題だ。ロシアのウクライナ侵攻を契機にわが国をとりまく安全保障環境が激変した。世論も一気に、防衛費を増やさなければ、という流れになった。岸田首相は5月の日米首脳会談で日本の防衛力の抜本的な強化を表明し、自民党は、7月の参院選で、「NATO(北大西洋条約機構)諸国の国防予算の対 GDP 比目標(2%以上)を念頭に5年以内での防衛費増を目指す」と公約した。 現在わが国の防衛費は5.4兆円(GDP比1%)だが、NATO基準では、海上保安庁の予算なども含むので、わが国の防衛費は1.24%になる。それを5年間で2%に増やすというと、単純計算で毎年7、8,000億円ほど増額する必要がある。 政府は有識者会議を立ち上げ、「必要となる防衛力の内容」、「予算規模」、「財源」の3つの論点の議論を始めた。 近代国家の戦費調達の歴史を振り返ると、1799年に英国はナポレオン戦争の戦費調達のために世界最初の所得税が導入され、1914年の第一次世界大戦時に本格的な所得税となった。米国でも1814年対イギリス戦争のため所得税が提案され、その後南北戦争で導入された。わが国でも所得税法が誕生したのは、富国強兵による国力増強のための1887年である。戦費調達は、広く国民が負担すべき費用という考え方の下で所得税を財源としてきた。 防衛は、その対価を払わなくてもサービスを受けることができる公共財で、その受益は広く個人や企業に及んでいる。全員が「受益」している公共サービスである。その費用は個人や法人など幅広い主体が「会費」として公平に負担すべきものではないか。これは財政論というより、哲学の問題である。増税が経済に与える影響を緩和するため、負担を「薄く・長く」するような工夫は必要だろう。 2011年の東日本大震災の復旧・復興についてその財源は、「次の世代に負担を先送りすることなく、今を生きる世代全体で連帯し負担を分かち合うことを基本とする」として長期にわたる付加税としたことを思い出したい。 現下の状況に鑑みると、防衛費の増強は必要だろう。防衛費というブラックボックスの中身を国民に分かりやすく示しつつ、わが国の経済・財政の身の丈にあった規模を議論してほしい。 * * * 以上、岸田政権は、支持率が低下する中、大変な予算編成作業が待っている。英国のように、財政リスクをまき散らし市場の信頼を失うようなことのないような対応をお願いしたい。 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第2回】 千葉商科大学商経学部准教授 泉 絢也 第1章 暗号資産の税務と課税問題 第1節 暗号資産とは 1 暗号資産の定義 暗号資産には、例えば、次のような特徴がある。 法律上は、資金決済法に暗号資産の細かい定義が設けられている。 同法2条5項1号の暗号資産は、「1号暗号資産」、同項2号の暗号資産は「2号暗号資産」と呼ばれている。 資金決済法において暗号資産とは次のものである。ただし、金融商品取引法2条3項の電子記録移転権利を表示するものを除く。 1号暗号資産及び2号暗号資産該当性の判断に当たり、例えば次の点が考慮される(金融庁・事務ガイドライン「第三分冊:金融会社関係 16 暗号資産交換業者関係」Ⅰ-1-1) 2号暗号資産の補足として、金融庁は、「2号暗号資産について1号暗号資産と『同等の経済的機能を有するか』との基準を設けるべきではない。同等の経済的機能とならないような制限を加えることで、資金決済法に基づく規制の対象外になりかねない。」という意見に対して、次のとおり回答している(令和元年9月3日金融庁「コメントの概要及びそれに対する金融庁の考え方」回答No.4)。 ここでは、2号暗号資産該当性を判断する際に、決済手段等の経済的機能を有しているか否かという観点を重視していることが注目される。 暗号資産からは、通貨建資産が除かれている。 通貨建資産とは、本邦通貨や外国通貨をもって表示され、又はこれらをもって債務の履行、払戻しその他これらに準ずるものが行われることとされている資産である。通貨建資産をもって債務の履行等が行われることとされている資産は、通貨建資産とみなされる(決済2⑥)。 通貨建資産の該当性に関して、本邦通貨若しくは外国通貨をもって債務の履行、払戻しその他これらに準ずるものであることを判断するに当たり、発行者及びその関係者と利用者との間の契約等により、当該発行者等が当該利用者に対して法定通貨をもって払い戻す等の義務を負っているかなどの点が考慮される(金融庁・事務ガイドライン「第三分冊:金融会社関係 16 暗号資産交換業者関係」Ⅰ-1-1)。 なお、令和4年6月3日に成立した「安定的かつ効率的な資金決済制度の構築を図るための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律」において、資金決済法の暗号資産の定義規定は次のとおり改められた。 2 通貨該当性・強制通用力の有無 暗号資産は、法定通貨ではないが支払手段として使うことができる(ただし、暗号資産での支払を受け入れてくれる店舗等は限られている)。 それでは、通貨とは何か。 通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律(通貨法)等によれば、次のことがいえる。 民法は、次のとおり定めている。 ここでいう通貨とは、「強制通用力ある貨幣の意味であり、強制通用力の有無とは、この効力を有する範囲の貨幣をもってする弁済は本旨に従う弁済になるという意味」であると解されている(我妻栄『新訂債権総論』37頁(岩波書店1964))。 すなわち、この場合の強制通用力とは、法律上、支払手段として通用する効力であり、金銭債務の債務者が弁済に用いたときに、債権者が弁済の受領を拒むことができず、当然にその弁済が有効となる効力である(法令用語研究会編『法律用語辞典〔第4版〕』228頁(有斐閣2012)、末廣裕亮「仮想通貨の法的性質」法教449号52頁参照)。 また、私法上の「金銭」は、各種の「通貨」であり、各種の「法貨」であるという見解がある。すなわち、「金銭=通貨=法貨」という関係が成り立つという(片岡義広「ビットコイン等のいわゆる仮想通貨に関する法的諸問題についての試論」金融法務事情1998号31頁以下参照)。 いずれにしても、暗号資産は上記通貨法でいうところの通貨には該当しない。 暗号資産が法定通貨ではなく、強制通用力を有していない以上、暗号資産による支払は、相手方との合意がない限り、債務の弁済の提供(民493)にはならない。 上記の観点とは別に、通貨の3大機能との関係を確認しておく。 暗号資産は、価値の交換手段として、実際に一部の店舗等で使用可能であることをもって交換手段としての機能を有するという見方もあれば、法定通貨と比較していまだその機能は十分なものとはいえないという見方もある。 ある商品の値段が1BTCと表示され、その商品が1BTCの価値があることを示しているのであれば、暗号資産であるBTCは価値尺度としての機能を有するという見方もあれば、実際には、商品の値段をBTCという単位で認識されることは少なく、結局、価値尺度としては法定通貨が使われており、法定通貨と比較していまだその機能は十分なものとはいえないという見方もある。 価格の安定化が図られている暗号資産は、価値保蔵の手段として機能しているという見方もあれば、それ以外の暗号資産は、ボラティリティ(価格の変動幅)が高いので、価値保蔵の手段としては機能していないという見方もある。 このように、上記の通貨の3大機能について、一部の暗号資産は一定の機能を有しているが、それは必ずしも十分なものではないという見方がありうる。 (了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例45】 「競走馬を保有する法人における見舞金相当額の経理方法」 国際医療福祉大学大学院教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、関東北部においてホームセンターを運営する株式会社X(資本金91,000万円の3月決算法人)で総務部長を務めております。わが社は元々総合商社に勤務していた社長が20年前に創業した会社で、地元の農家に対し、農協では買えないけれども必要な機材を提供して事業基盤を固めたのち、一般家庭向けのDIYグッズを販売して一気に事業を拡大して、現在は北関東一円に30店舗を展開するまでになりました。最近は、キャンプグッズやアウトドア向けの安価なアパレルがヒットし、いよいよ東京にも進出しようかという勢いを感じているところです。 ところで、わが社の社長はここ数年、富裕層の間ではひそかに流行しているようですが、競走馬の保有、すなわち馬主としての活動に相当程度力を注いでいます。JRAによれば、馬主には個人、組合及び法人の3種類があり、社長は個人のみならず法人でも馬主になっております。法人馬主は、その代表者が個人馬主として一定の活動を経なければならないようで、個人馬主として相当の金額をつぎ込んだのち、ようやく念願の法人馬主となったのだと喜んでいました。社長によれば、法人馬主となると、交際の幅も広がるとのことで、本業の事業展開、中でも出店先の不動産に関する情報収集に有利に働いているということです。 そんな中、最近わが社は税務調査を受け、法人馬主の件が問題となっております。すなわち、わが社は法人馬主として数頭の競走馬を保有しているわけですが、全頭が順調にレースに出馬して賞金を獲得しているというわけではなく、中には調教中やレース中にケガや事故が起こることがあり、その場合には事故見舞金が支払われます。また、ケガの程度によっては競走馬として活動することは困難であり、牝馬であれば繁殖用の牝馬に転用することもあり、その場合も見舞金が支払われます。 今回問題となったのは、繁殖牝馬に転用した馬に対する見舞金の処理で、当社は見舞金相当額と馬の減価償却費を相殺計上し、結果として益金にも損金にも何ら計上していません。国税局の調査官は、見舞金を益金に計上するとともに、減価償却費を損金経理して計上するのが正しい経理処理であり、それを怠ったX社は減価償却費を計上できないと主張します。経理処理のしかたで課税関係が変わることは納得がいないのですが、どう考えるべきなのでしょうか、教えてください。 【A】 法人が保有する競走馬につき、ケガにより競走馬としての活動を継続することが困難なため、次善の策として繁殖牝馬に転用した場合に支給される見舞金は、外部からの経済的価値の流入であると考えられることから、当然に法人の益金に算入すべき金額となります。 また、当該馬の減価償却費の計上は、法人税法第31条第1項の規定により、償却費として損金経理した金額のうち、償却限度額に達するまでの金額であって、本件のように損金経理した金額がない場合には、損金に算入すべき金額はないこととなります。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 減価償却資産の意義 減価償却資産は、複数年度(耐用年数+α)にわたってそれを事業の用に供する企業の収益獲得に貢献する資産であるから、その取得に要した金額(取得価額)は、取得年度に一括して費用化するのではなく、将来獲得する収益に対する費用との対応関係(費用収益対応の原則)により、使用又は時間の経過によりそれが減価するのに応じて徐々に費用化するのが妥当といえる(※1)。 (※1) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)389頁。 また、法人の減価償却費として損金に算入されるのは、当該償却費として損金経理をした金額、すなわち、その確定した決算において費用として経理した金額のうち、償却限度額に達するまでの金額である(法法31①)(※2)。 (※2) 金子前掲(※1)390頁。 なお、法人が上記減価償却資産の減価償却費を各事業年度の損金に算入するためには、その事業年度の終了より前にそれを取得しているとともに、事業の用に供していることが必要となる(法令13)。 (2) 競走馬等の減価償却 競走馬の馬主になるためには、JRAの定める要件を満たす必要があり、法人馬主登録の要件は、まず法人の代表者が個人馬主となっていることであるとされる(法人馬主に登録されると、個人馬主の登録は抹消される)(※3)。 (※3) JRAホームページ「馬主になるための要件」参照。 そもそも法人が保有する競走馬であるが、法人の収益獲得に貢献する有形固定資産であることから、減価償却資産に該当する。耐用年数省令によれば、競走馬の耐用年数は4年であり、繁殖用・種付用の馬は6年となる(耐用年数省令別表四)。 また、競走馬の減価償却の開始時期については、3年間、該当する全ての馬について同じ経理を継続することを条件として、馬齢二歳の4月から減価償却を開始するというように取り扱うのが原則であるが、この取扱いを適用しながらも、馬齢二歳の5月以降に入厩した競走馬にあっては、入厩させた月から減価償却を開始するという取扱いも認められている(※4)。 (※4) 国税庁個人課税課情報第5号「新たな競走馬登録制度に基づく登録を受けた競走馬の減価償却の開始時期について(情報)」(平成28年6月1日)参照。 なお、平成28年に新たに導入された「競走馬登録制度(早期特例登録制度)」に基づく登録を受けた競走馬の減価償却の開始時期についてであるが、同制度に基づく登録を受けた競走馬については、「通常業務の用に供した」ものと解され、当該登録の終了した月から減価償却を開始できると取り扱われている(※5)。 (※5) 国税庁個人課税課前掲(※4)参照。 〈早期特例登録制度の概要(中央競馬の例(※6))〉 (※6) 国税庁「新たな競走馬登録制度(早期特例登録制度:中央競馬の例)の概要」 (出典) 国税庁「新たな競走馬登録制度(早期特例登録制度:中央競馬の例)の概要」 (3) 競走馬を保有する法人が見舞金を受領した時の経理処理 本件のように、競走馬を保有する法人が見舞金を受領した時の経理処理について争われた事案として、大阪地裁平成20年2月1日判決・税資258号-25(順号10883)(TAINSコード:Z258-10883)があるので、以下で見ていきたい。 ① 事案の概要 本件は、7月1日から翌年6月30日までを事業年度とし、がん具・帽子及びその附属品材料の製造販売並びに商品営業目的宣伝のための競走馬の保有等を目的とする株式会社である原告が、平成11年7月1日から平成12年6月30日までの事業年度(平成12年6月期)、平成13年6月期及び平成14年6月期について申告したところ、被告から、本件各事業年度に係る更正並びに平成13年6月期及び平成14年6月期に係る過少申告加算税賦課決定を受けたために、その一部を取り消すよう求めている事案である。 原告は、本件各事業年度において、馬主の任意団体であるBから競走馬事故見舞金規定に基づいて原告に支払われた見舞金のうち、競走馬登録を抹消し、種雌馬に転用する予定の競走馬に係るものについて、①その一部を益金の額に算入せず、②当該競走馬に係る見舞金を受領した日の属する事業年度の開始の日の帳簿価額から、a見舞金受領時までの競走馬としての減価償却費及び見舞金相当額を控除した残額、又はb見舞金相当額のみを控除した残額、をそれぞれ転用後の種雌馬の取得価額とする、という一連の経理処理を行った。 すなわち、本件経理処理においては、本件見舞金未計上額は、流動資産勘定である普通預金の増加及び固定資産勘定である競走馬の減少という資産勘定のみを使用して経理処理が行われ、損益計算書には減価償却費その他の費用あるいは損失のいずれの科目にも計上されていなかった。 ② 本裁判例の争点 本件見舞金未計上額を益金に算入したこと及び減価償却費を認めないことの適否 ③ 裁判所の判断 なお、本件は原告・納税者側が控訴したものの棄却され(大阪高裁平成20年11月13日判決・税資258号-216(順号11074))、さらに上告したものの不受理となり(最高裁平成21年5月26日決定・税資259号-95(順号11208)、確定している。 ④ 本裁判例からいえること 法人が競走馬の馬主となるケースは、実際にはそれほど多くないと思われるが、会社経営者や富裕層の間で「個人馬主」となるのは1つのステータスであり、それを目指している経営者も少なくないと思われるため、取り上げた事案である。本件の場合、法人は、ケガをした競走馬を繁殖用の牝馬に転換する際に支払われる「見舞金」の計上を怠っていたわけであるが、見舞金の益金算入と競走馬の減価償却費の損金算入とを相殺すれば、損益計算上同じ結果となるという主張をしている。 しかし、法人税法上、減価償却費は損金経理、すなわちその確定した決算において費用として経理した金額のうち、償却限度額に達するまでの金額が損金算入されると規定されているため(法法31①)、損金経理要件を満たしていない本裁判例は、益金算入のみ強制され、減価償却費の損金算入は認められなかったというわけである。 ところで、現行法令の解釈としては上記の通りと考えられるが、私見では、収益(益金)のみ計上し、費用(損金)を認めないという取扱いには、率直に違和感を覚えざるを得ない。これは端的に言えば税金を取り立てるための論理であり、租税法・法人税法が依拠している会計原則(費用収益対応の原則に基づく適切な期間損益計算)や純資産増加説から乖離した取扱いといわざるを得ない。経理処理に誤りがあるとしても、繁殖用の牝馬に転換した競走馬はその事業年度において現に生きて活動を行っているのであり、それにより価値が減価している(純資産が減少している)のは紛れもない事実なのだからである。 したがって、今後の立法論になるとは思われるが、法人が特に「今期の減価償却費の計上は行わない」と主張している場合はともかくとして、たとえ損金経理を行わなかった場合であっても、他の競走馬につき適法に減価償却費を計上しているのであれば、同様の方法での償却費の計上を認める方が、理論的には妥当と考える次第である。 (4) 本件へのあてはめ 法人が保有する競走馬につき、ケガにより競走馬としての活動を継続することが困難なため、次善の策として繁殖牝馬に転用した場合に支給される見舞金は、外部からの経済的価値の流入であると考えられることから、当然に法人の益金に算入すべき金額となる。 また、当該馬の減価償却費の計上は、法人税法第31条第1項の規定により、償却費として損金経理した金額のうち、償却限度額に達するまでの金額であって、本件のように損金経理した金額がない場合には、損金に算入すべき金額はないこととなる。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第23回】 「OECDモデル条約コメンタリーは、租税条約を解釈するための規範となるか」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 租税条約の解釈に際し、OECDモデル条約コメンタリーはどのように取り扱われるのでしょうか。 〔A〕 モデル条約はそれ自体に法的な拘束力はなく、コメンタリーは、法的に拘束力を有する租税条約の具体的な条文の解釈に当たって参照する余地があるとしても、租税条約の具体的な条文を離れて、それのみで、条約と同等の効力を有する独立の法源となると解することはできないと考えられています。 ●●●〔解説〕●●● 1 OECDモデル条約コメンタリーとは 企業の経済活動がグローバル化し、国境を超えて幅広く、かつ大量に行われるようになると、そこで生み出される所得に対し、各国(又は地域。以下省略)の課税当局がそれぞれ所得に対する課税権を主張し、国際的な二重課税となる可能性が生じてくる。租税条約は、このような国際的二重課税を排除するため、基本的に二国間で締結されてきたが、それぞれの国同士が異なる内容の租税条約を締結すると、複数の国で事業活動や投資活動を行う企業は混乱し、事業に支障をきたすことになる。 そこで、国際機関において、各国の模範となるようなモデル租税条約を策定する必要性が生じたのである。歴史的には、1920年代に国際連盟で理論的実践的な研究が進められ、1928年に最初のモデル条約が公表された。第2次大戦後は、OECD(経済協力開発機構)租税委員会が、1963年に二国間の典型的ひな形としてのモデル条約を公表(※1)し、その後幾度の改定を経て、現在に至っている(※2)。 (※1) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)114頁は、「租税条約の内容は国によってまちまちになるのは、国際取引の発展にとって好ましくないため、OECDによって、先進国間における所得税の二重課税の防止のための条約および相続・贈与税の二重課税防止のための条約のひな型として2つのモデル租税条約草案が作られている。(中略)近時の先進国間の租税条約は、一般にこのモデル租税条約草案に従っている。」と述べる。 (※2) OECDモデル条約は、1995年、1997年、2000年、2003年、2005年、2008年、2010年、2014年及び2017年に改定されている。 なお、OECDモデル租税条約は先進国間のものであり、他方、1980年に戦前の国際連盟モデル条約を引き継いだ国際連合モデル条約は、先進国と開発途上国との間のもの、と位置付けられている。 OECD租税委員会は、モデル租税条約について、その具体例や公式解釈を示したコメンタリーを公表しており、モデル条約同様、経済社会の変化に対応して頻繁に改定されている。コメンタリーは、OECD加盟国政府の代表者が租税委員会で起草し合意したものであり、法的拘束力を持つ各国の締結した租税条約の付属書として作成されたものではないが、租税条約の適用及び解釈に、特に紛争の解決において有益であるといわれている。加盟国の税務当局及び納税者は、租税条約の解釈に関してコメンタリーを参照し、また、多数の加盟国の裁判判例においてもコメンタリーが引用されている(※3)。 (※3) 川田剛・徳永匡子『OECDモデル租税条約コメンタリー逐条解説』(税務研究会出版局・2018年)19~20頁参照。 今回は、OECDモデル租税条約コメンタリーの規範性が争われた裁判例を検討する。 2 過去の裁判例 《日愛租税条約事件》(※4) (※4) (第一審) 東京地裁平成25年11月1日判決・TAINSコード:Z263-12327 (控訴審) 東京高裁平成26年10月29日判決・TAINSコード:Z264-12555 (1) 事案の概要 匿名組合契約の営業者であったケイマン法人Xら(原告・被控訴人)(※5)は、アイルランド法人Kに対して利益の分配をしたが、その際、日愛租税条約の規定が適用され、原告らは所得税法212条1項に基づく源泉徴収義務を負わないと判断して、源泉所得税の徴収及び国への納付をしなかった。 (※5) 日本に支店を有していた。 他方、Kは匿名組合員として分配金を受領する権利を有していたものの、タックス・ヘイヴンであるバミューダにおいて組成された有限責任組合であるSとの間でスワップ契約を締結しており、Kが受領する分配金の99%をSに支払うことが義務付けられていた。 本件は、国側Y(被告・控訴人)が、Xらに対し、Xらが上記のように利益の分配として支払をした金額のうち99%に相当する部分(本件分配金)については日愛租税条約の規定の適用がなく(※6)、所得税法212条1項に基づき源泉所得税を徴収して国に納付すべき義務を負うものであるとして、源泉所得税の納税の告知処分等をしたため、Xらが同処分等の取消しを求めた事案である。 (※6) 問題は、分配金を原資としてXからAに支払われる金員(分配金の99%)はアイルランドやバミューダでは課税されず、残りの1%のみがアイルランドで課税されるに過ぎない点にあった。 (2) 裁判所の判断 ① 第一審の判旨 本件の第一審において、Yは、本件分配金はSに帰属するものであり、Sの所得税法上の「国内源泉所得」に当たると主張した。これに対し、東京地裁は、Xらが、Kから日愛租税条約23条(※7)の規定の適用があることを前提として租税条約届出書の作成及び提出がされていた事実を踏まえ、Kに対して匿名組合契約に定められた債務の履行として利益の分配をしたことについて、そのような客観的な事実を離れて、実際にはKからSに対する契約上の地位又は債権の一部の譲渡があったことを前提としてSに対して分配金の支払をしたものであると認めることはできないとし、本件分配金に関してXらが源泉所得税の徴収の義務を負っていたものとは認め難いと判示してYの請求を棄却した。この判決を不服として、Yは控訴した。 (※7) 前回取り上げた旧日蘭租税条約と同様、日愛租税条約23条は、「一方の締約国において生ずる他方の締約国の居住者の所得で前諸条に明文の規定がないものに対しては、当該他方の締約国においてのみ租税を課すことができる。」と規定していた。 ② 控訴審の判旨 控訴審において、Yは、主位的主張として、本件分配金はSに帰属するものであり、したがって租税条約の適用がない、また、予備的主張として、OECDモデル租税条約コメンタリー21.4パラグラフを引用し、形式的には租税条約が適用され得る取引であっても、租税条約の特典を利用した租税回避をその目的とするようなものについては、租税条約の趣旨・目的に反する態様で条約を濫用して税負担を不当に免れるものとして、租税条約の適用が否定されると主張した。 東京高裁は、まず、上記の主位的主張に対し、日愛租税条約には、租税条約の濫用を理由として租税条約の適用を否定する規定は定められていないから、Kには日愛租税条約23条が適用されると判示し、さらに、匿名組合契約上Kが保有するとされる匿名組合契約の出資持分の99%には実質的な実体がなく、結果としてKが得た利益に対して我が国の課税をすることができなかったとしても、本件における契約関係が我が国の課税を免れることを目的として仮装されたものであり、匿名組合契約上の出資持分の99%に実体がないと断定するに足りる証拠はないとし、Yの主張を斥けた。 次の予備的主張について、東京高裁は、「法的に拘束力を有するのは、OECD加盟国が締結した租税条約であり、モデル条約はそれ自体に法的な拘束力はなく、コメンタリーは、法的に拘束力を有する租税条約の具体的な条文の解釈に当たって参照する余地があるとしても、租税条約の具体的な条文を離れて、それのみで、条約と同等の効力を有する独立の法源となると解することはできない。そのため、『租税回避を目的とするような取引については、源泉課税を制限する租税条約の適用を否定する』旨定めた租税条約の規定がないにもかかわらず、コメンタリーのパラグラフの記載がそのような一般的法理を定めているとの主張を前提として、コメンタリーのみに基づいて源泉課税を制限する租税条約の適用を否定し、課税することはできないというべきである。」と判示し、予備的主張についてもYの主張を斥けた(コメンタリーの適用に関する判旨については下記)。 控訴審判決を受けてYは上告受理申立てを行ったが、平成28年6月10日、最高裁は、同申立を不受理として、本件が確定した。 (3) 改定前OECDモデル租税条約コメンタリーと控訴審の判断 2017年改定前OECDモデル租税条約コメンタリー21.4パラグラフは以下のように規定されていた。 控訴審において、Yは、「Kが行った取引は、コメンタリーの21.4パラグラフに示された『特定の種類の所得の源泉課税を扱う濫用防止準則』に抵触する取引であり、本件分配金について日愛租税条約23条の適用を受けることは、同条約の趣旨・目的に反する態様で条約を濫用して税負担を不当に免れるものである。」という主張をしたが、東京高裁は、「日愛租税条約には、21.4パラグラフの第2段落に挙げられたような規定又はその他の規定によって、源泉課税を制限する日愛租税条約23条の適用を否定する具体的な条項は定められていないから、同条の適用を否定することはできない。」と判示した。 (4) 本判決の今日的意義 前回取り上げたBEPS防止措置実施条約(多国間協定)は、我が国及びアイルランドにて既に発効しており(※8)、日愛租税条約に取り入れられることとなった。本件に関しては、BEPS防止措置実施条約7条の「主要目的テスト(Principal Purpose Test:PPT)」が導入されている。具体的には、日愛租税条約29条に、以下の文言が加えられている。 (※8) 我が国については2019年1月1日、アイルランドでは2019年5月1日。 したがって、本件が現行規定下で起きていたならば、裁判所の結論は全く異なるものとなっていたと考えられる(※9)。 (※9) 木村浩之編著、野田秀樹・佐藤修二著『対話でわかる国際租税判例』(中央経済社・2022年)14頁は、「本件でPPTを適用する上では、あえてアイルランド法人を介在させてスワップ契約をすることにどのような合理的な目的があったか、また、同じ目的を達成するのに一般的に用いられると考えられる他の手法と比べて、当該スキームを採用した合理的な理由がどのようなものであったかという要素が重要になると思われます。」と述べている。 (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第54回】 「敷地所有権者の相続に係る特定居住用宅地等の特例の適用 (配偶者居住権設定後に二次相続があった場合)」 税理士 柴田 健次 [Q] 甲の相続(一次相続)では、下記のとおり甲の建物持分について配偶者居住権が設定され、甲の配偶者である乙が配偶者居住権及び敷地利用権を取得し、甲の建物所有権の持分、敷地所有権及び土地所有権は、長男である丙が取得しました。甲の相続後は、乙、丙及び丙の子である丁が引き続き居住の用に供していましたが、乙より前に丙に相続が発生しました。 丙の遺言書には、土地及び建物については丁に相続させる旨が記載されています。丁は相続後、丙の相続税の申告期限まで引き続き居住の用に供し、土地を所有しています。この場合に丁が適用できる特定居住用宅地等に係る小規模宅地等の特例の適用面積は何㎡でしょうか。 なお、丙は乙から何らの土地の賃料も受け取っておらず、乙も丙及び丁から建物の賃料を受け取っていません。 【相続関係図】 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 【丙の相続時における土地に係る相続税評価額】 [A] 丁は取得した敷地所有権・土地所有権に係る145㎡(200㎡ × 58,000,000円/80,000,000円)について小規模宅地等に係る特定居住用宅地等の特例(以下単に「特例」という)を受けることができます。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 配偶者居住権等が及ぶ範囲 配偶者居住権が設定された場合には、居住建物の全部について無償で使用及び収益をする権利を取得することになります(民法1028)。居住建物の全部というのは、配偶者が相続開始の時に居住していた建物の全部という意味ですが、被相続人が土地又は建物の持分を共有で有している場合には、配偶者居住権は被相続人の建物の持分に対して設定し、敷地利用権は、被相続人の土地の持分と建物の持分のいずれか低い方の持分に対して設定することになります(相法23の2①一かっこ書・③かっこ書、相令5の7)。 したがって、本問の場合には、甲の相続時において甲の建物持分である1/2部分に対して配偶者居住権及び敷地利用権が設定されます。そして、甲の相続後から二次相続までの間に配偶者居住権に利用変更はなく、また、配偶者居住権の消滅事由も発生していませんので、二次相続開始の直前において、乙は配偶者居住権及び敷地利用権を有していることになります。 配偶者居住権の消滅事由の例としては、下記のものがあります。 2 二次相続に係る配偶者居住権及び敷地利用権の相続税評価額 配偶者居住権の設定後に相続若しくは遺贈又は贈与により取得した配偶者居住権の目的となっている建物及び敷地所有権の相続税評価額については、相続税法23条の2の規定に準じて計算することになります(相基通23の2-6)。 具体的には、二次相続発生時において配偶者居住権の設定があったものとして計算しますので、二次相続開始時における乙の平均余命年数等を使用することになります。当然ですが、乙の平均余命年数は、一時相続時よりも二次相続時の方が短くなっていますので、敷地利用権の相続税評価額は、路線価や利用状況に変更がない場合には、二次相続時の方が低くなります。 3 被相続人等の居住の用に供されていた宅地等の範囲 特定居住用宅地等は、被相続⼈又はその被相続人と生計を一にしていた親族(以下「被相続人等」という)の居住の⽤に供されていた宅地等であることが要件の1つとなっています。したがって、その宅地等が「誰の」、そして何の「用途」に供されていたかが重要となります。 租税特別措置法関係通達69-4-7の2(宅地等が配偶者居住権の目的となっている家屋の敷地である場合の被相続人等の居住の用に供されていた宅地等の範囲)では、下記のとおり定められています。 上記通達の適用の留意点は下記のとおりとなります。 〔上記(1)について〕 居住用宅地等に該当するものは、下記のいずれかとなります。 基本的な考え方は、配偶者居住権が設定されていない場合の被相続人等の居住の用に供されていた宅地等の範囲(措通69-4-7)と同様になりますが、配偶者居住権の設定の有無で建物の使用・収益をする権利者が下記のとおり異なることになります。 ◆配偶者居住権の設定の有無における建物の使用・収益の権利者の違い したがって、配偶者居住権が設定されていない場合において、建物所有者が被相続人以外であるときは、建物所有者から被相続人等が無償で建物を借り受けていることが必要となるのに対して、配偶者居住権が設定されている場合には、配偶者居住権者から被相続人等が無償で建物を借り受けていることが必要となります。 配偶者居住権が設定されている場合において、建物所有者が被相続人以外である場合の要件をまとめると下記のとおりとなります。 〔上記(2)について〕 平成25年度の税制改正によって、老人ホーム等に入居した場合において一定の要件(本連載【第20回】で解説)を満たす場合には、相続開始の直前において被相続人の居住の用に供されていなかった宅地等であっても、その被相続人が居住の用に供されなくなる直前まで被相続人の居住の用に供されていた宅地等については、被相続人の居住の用に供されていた宅地等に該当することとされています。上記(2)は、老人ホームに入居した場合の居住用宅地等の範囲を明確にしたものですが、考え方は(1)と同様になります。 本問の場合において仮に被相続人である丙が相続開始前に老人ホームに入居をしていたとしても、他の要件を満たせば、特例の対象になります。 通達に記載されているとおり、新たに被相続人等以外の者の居住の用に供された宅地等を除くとされていますので、例えば、老人ホームに入居後に新たに生計を別にする親族の居住の用に供した場合には、特例の適用を受けることができなくなりますので、注意が必要となります。 4 本問の場合の特例適用の可否 本問の場合には、建物は被相続人(丙)及び被相続人である親族(乙)が所有し、かつ、土地は使用貸借であり被相続人が無償で乙から借り受け、居住の用に供していますので、被相続人の居住の用に供している宅地等に該当することになります。また、丁は被相続人(丙)と同居していますので、生計一親族の居住の用に供している宅地等にも該当することになります。取得者の要件は、本連載【第22回】で解説していますが、丁は同居親族の要件と生計一親族の要件のいずれも満たすことになります。 したがって、丁は特例の適用を受けることができます。 5 相続税評価額の算定と面積の計算 敷地利用権及び敷地所有権に区分し、相続税評価額と面積を計算します。 ・敷地利用権の相続税評価額: ・敷地所有権・土地所有権の相続税評価額(居住建物の敷地の用に供される土地の価額): ・敷地利用権の面積: ・敷地所有権・土地所有権の面積: なお、敷地利用権は乙に属する財産となりますので、丙の相続時において丙の相続財産に計上する必要がありません。また、乙の相続時においては、民法の規定により配偶者居住権は消滅し、相続を原因とする財産の移転もないため、配偶者居住権及び敷地利用権の価額を乙の相続財産に計上する必要はありません。 6 本問の場合の選択特例対象宅地等の面積 丁が取得した敷地所有権・土地所有権の面積145㎡となります。 ★実務上のポイント★ 一次相続発生時にどの部分に対して配偶者居住権が設定されているのか、配偶者居住権設定後に配偶者居住権の用途変更や消滅事由がなかったのかを確認することが重要となります。配偶者居住権の建物登記は第三者対抗要件とされていますが、不動産登記をしていないこともあり得ますので、一次相続時の相続税の申告書や遺産分割協議書等を確認することが重要となります。 (了)
租税争訟レポート 【第63回】 「税務職員による税務相談と信義則違反 (国税不服審判所令和2年4月13日裁決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【裁決の概要】 【事案の概要】 本件は、審査請求人が相続により取得した土地に対し、小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例(以下「本件特例」と略称する)を適用して相続税の申告をしたところ、原処分庁が、当該特例の適用はないとして原処分を行ったのに対し、請求人らが、税務相談において当該特例の適用がある旨の回答を受けていたから原処分は信義則に反し違法であるとして、その全部の取消しを求めた事案である。 【裁決の概要】 1 国税不服審判所による事実認定 国税不服審判所は、裁決に当たり、次のような事実認定を行った。 (1) 審査請求人が相続により取得した土地の利用状況 被相続人の長男である審査請求人が相続により取得した土地(地目:宅地、地積:244.25㎡。以下「本件土地」という)は、被相続人が生前所有していた2階建の区分所有建物(以下「本件建物」という)の敷地の用に供されていた。 本件建物の1階部分は、被相続人と生計を別にする親族とその子供が無償で借り受け、同人らの居住の用に供されており、2階部分は、審査請求人が代表取締役を務めるとともに、その発行済株式総数の全部を所有する同族会社が、本件土地のうち本件建物の2階部分の敷地を被相続人から無償で借り受け、本件建物の2階部分を2室(201号室及び202号室)に区分して、201号室をその同族会社の事業の用に供し、202号室を第三者に賃貸していた。 (2) 審査請求人による税務相談 審査請求人は、自らが経営する同族会社の関与税理士から、本件土地について本件特例は適用できないと言われていたが、平成27年7月15日及び同年8月5日、原処分庁所属の相談担当職員(以下「本件相談担当職員」という)に対し、本件相続に係る相続税(以下「本件相続税」という)の申告において、本件土地に本件特例の適用が可能であるか否か相談した。 これに対し、本件相談担当職員は、本件土地は「特定同族会社事業用宅地等」(措置法第69条の4第3項第3号)に該当するから、本件特例の適用は可能である旨回答(以下「本件回答」という)をした。 2 特定同族会社事業用宅地等の定義 国税庁タックスアンサーによれば、「特定同族会社事業用宅地等」は次のように説明されている(一部、括弧書きを省略している)。 〈タックスアンサーNo.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)〉 3 争点 原処分には信義則に反する違法があるか否か。 4 争点に対する審査請求人の主張 審査請求人は、次のとおり、原処分は信義則に反し、違法であると主張した。 5 国税不服審判所の判断 国税不服審判所の裁決は次のとおりである。 (1) 信義則の法理の適用について 国税不服審判所は、租税法規に適合する課税処分について、法の一般原理である信義則の法理の適用により、課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合があるとしても、法律による行政の原理なかんずく租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、当該法理の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、初めて当該法理の適用の是非を考えるべきものであるという見解を示した。 そのうえで、特別の事情が存するかどうかの判断に当たっては、最高裁判所昭和62年10月30日第三小法廷判決を参照する形で、少なくとも、 という点の考慮は不可欠のものであるとした。 (2) 税務相談について そして、国税不服審判所は、税務相談は、納税者の便宜のため、行政サービスの一環として、納税者において、納税申告する際の参考とするために、税務職員が、納税者の提示した資料及びその説明の範囲内で検討することにより、一応の参考意見を示すにすぎないものであって、当該判断は、税務官庁の公的見解とはいえず、納税者が当該判断の内容どおりに申告をした場合にその申告内容を是認することまでを意味するものでないと解するのが相当であるとして、税務相談における職員の回答については、上記(1)①の要件には当てはまらないという見解を示した。 (3) 審査請求人の主張について こうした前提の下、国税不服審判所は、下記の事情を総合考慮したうえで、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお原処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別な事情は存在しないと認められ、原処分には信義則に反する違法はないという結論を述べている。 【解説】 特定同族会社事業用宅地等に該当するかどうかのポイントの1つは、被相続人が、「有償で同族会社に貸し付けていること」であり、本件土地は、同族会社が、被相続人から無償で借り受けていたことから、本件特例の適用ができないというのが、税務相談における正しい回答であった。裁決からは、担当した税務職員がなぜ誤った回答をしたかはわからないが、もしかすると、相談時に「無償で貸付」という事実を確認していなかったのかもしれない。 本裁決を通して、改めて、税務相談による回答と信義則の原則を考えてみたい。 1 信義則の原則 民法第1条(基本原則)を引用する。この第2項の規定が、「信義誠実の原則(信義則)」である。 金子宏『租税法第24版』によれば、「租税法における信義則の適用の有無は、租税法律主義の1つの側面である合法性の原則を貫くか、それともいま1つの側面である法的安定性=信頼の保護の要請を重視するか、という租税法律主義の内部における価値の対立の問題である」という説明がされている(※1)。 (※1) 金子宏『租税法第24版』(弘文堂、2021年)144頁。 さらに、同書では、租税法律関係において信義則が適用されるためには、次のような要件がすべて満たされなければならないと説明されている。 2 最高裁判所昭和62年10月30日第三小法廷判決 裁決の中でも引用されている所得税更正処分等取消請求事件の最高裁判決は、「最高裁が、一般論として、特別の事情がある場合には、法の一般原理である信義則の法理(もしくは禁反言の原則)の適用があるとしたことで、重要な判決である」と評されている(※2)。 (※2) 明治大学教授水野忠恒「17 租税法と信義則」別冊Jurist No.253『租税判例百選〔第7版〕』(有斐閣、2021年)37頁。 判決では、信義則の法理の適用によって課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合について、租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、信義則の法理の適用については慎重でなければならないとしたうえで、租税法規の適用における納税者の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、初めて信義則の法理の適用の是非を考えるべきものであるとして、特別な事情の判断に当たっては、次の点を較量することが不可欠であるとしている。 本件裁決でも、こうした最高裁判決に基づいて、信義則違反には当たらないという判断が下されていることを確認しておきたい。 3 審査請求人が被ったとする「精神的な苦痛」と審査請求 審査請求人が、「原処分は責任のない請求人らへの責任のすり替えであって許されるものではない」「本件調査担当職員から修正申告は納税者の義務であると明言され続けたこと及び原処分を受けたことにより精神的な苦痛を被った」と主張したのに対し、国税不服審判所は、審査請求の対象は、国税に関する法律に基づく処分であり、「許されるものではない」及び「精神的苦痛を被った」旨の主張が、不法行為による精神的損害についての賠償請求の主張と解するにしても、当該主張は、国税に関する法律に基づく処分の適否から離れて、民法上の不法行為関係の存否を確定しようとするものであって、国税不服審判所に対する審査請求の対象とすることはできないという判断を示して、この主張を斥けている。 4 国税不服審判所による裁決要旨 国税不服審判所裁決要旨検索システムから審判所による本件裁決の理由部分を引用しておきたい。 (了)