〈エピソードでわかる〉 M&A最前線 【第3回】 「人の絆が中小企業M&A成功のポイント」 株式会社日本M&Aセンター 提携統括事業部 東日本会計部 シニアチーフ 中小企業診断士 豊田 元幹 【第3回】は、中小企業のM&Aにおいて、特に買い手となる企業が成功するための秘訣についてご紹介いたします。 売り手企業の譲渡理由は一般的に、次のいずれかに集約されます。 一方、買い手企業の買収理由は、買い手企業個別の事情によることがほとんどです。 例えば、飲食業を展開する企業でも、譲受け理由が次のように異なることが多いです。 とはいえ、多くの企業で現在の事業に関する戦略は策定しているものの、将来にわたり、異分野を含む事業拡大については具体性のある戦略を描けていない企業が多くあります。 日本M&Aセンターでは、550名以上のコンサルタントが、買い手企業の代表者ないし、意思決定の権限を有するご担当窓口の役員の方と直接面談の上、「業種」「エリア」の観点から今後の事業戦略についてヒアリングを重ねており、それを数万件の規模でデータベース化しているため、売り手企業との迅速なマッチングが可能となっています。 今回は、私が2年ほど前に買い手企業を担当した案件をご紹介します。対象会社については下記のデータをご参照ください。 ※情報管理の観点から、一部内容を変更しております。 1 買い手企業の経営課題を引き出すヒアリング 買い手企業は、過去にM&Aの経験はありませんでした。社長が20代前半に裸一貫で10坪程度の広さの店舗からスタートした企業で、その後20年を経て中堅規模の企業へと成長した頃に初めてお会いしました。その後4ヶ月程度の時間をかけ、ヒアリングを重ねるうちに、以下の3点がこの企業の経営課題であると判明しました。 【買い手企業の経営課題】 ①については、当時のメイン事業は定食や中華が中心であり、売上げを向上させるためには営業時間を伸ばさざるを得ず、一方で人材獲得が厳しい状況でした。 ②については、当時自社で強いブランドを持ち合わせておらず、顧客からの認知度が決して高い状態とは言えない状況でした。 最後に③ですが、新規出店に際し、立地が見つかっても金融機関の融資がかなわず、出店を見送った経験がありました。これらの課題は、社長の口から明確に出てきたのではなく、雑談の中で出てきたものです。M&Aにおいては、このように日々の情報の蓄積が重要になってきます。 2 買い手企業と売り手企業の経営課題と相乗効果の検討 上記の課題を元に私が提案した売り手企業の候補は、地元の人々から40年以上にわたり支持され、圧倒的なブランド力を誇る飲食業でした。主に地元の企業や一般個人の祝いの席などで利用され客単価は高く、金融機関の借入もない状況でした。一方、社長は70歳を超えており、持病があることもあって店頭に立つこともままならず、経理を担当される奥様は、昔ながらの手書きの帳簿と現金の管理を行う状況で、休日がほとんど取れていませんでした。 この社長夫妻には娘が2人いましたが、長女は既に結婚し家庭があり、事業に携わっていませんでした。次女は5年以上にわたり店舗運営に携わっていましたが、趣味を優先するタイプの方で頻繁に休みを取り、役員や従業員からの評判はいまひとつでした。また、建物の老朽化や、組織全体の高齢化による新規企画の鈍化など、様々な課題を抱えていました。 私はヒアリングした買い手企業のニーズから、「課題は多くあるものの、貴社の戦略に必ずマッチする。是非M&Aによる譲受けを検討しませんか?」と確信を持って提案しました。一方、買い手企業の社長は、過去にM&Aの経験がないことから、なかなかM&Aを前に進める決断ができない状況でした。しかし、大きくその状況を変えたのがトップ面談でした。 3 買い手企業の社長にM&Aを決断させたトップ面談 トップ面談は、売り手と買い手の社長は親子ほども年齢が違うにも関わらず、1時間の予定を大幅に超過し3時間近い面談となりました。 面談当初は、式次第に沿って淡々と進められていきましたが、時間の経過につれ、売り手社長が創業からの経緯に込めた熱い思いを語りだしました。様々な危機を夫婦で乗り越えた話、過去の失敗エピソード、本当は娘に継がせたかったが叶わなかったことなどを赤裸々にお話しいただきました。 すると、買い手社長も自身も夫婦で裸一貫からはじめ、当初は2人で店舗に住んでお風呂も無かった話や資金繰りで苦労し入院した話などのエピソードを語りました。この話を聞いた売り手社長は「このような時代に若い経営者でもそんな苦労をしている人がいるのか」と感動されたのです。 これがきっかけとなり両者の距離感が一気に近づき、翌月行った買収監査の場も、その後の会食も、お互いの過去についての話や、これからの戦略について打ち合わせるなど終始和やかなムードとなりました。 それから1ヶ月の間、最終の契約に関わる条件調整を行ったうえで、調印式を日本M&Aセンターの会議室で行い、参加者全員が涙する感動的な式となりました。そこから会場を売り手の店舗へ移し、従業員開示を行いました。開示にあたり、従業員へは事前に「式典と重要な告知を行うため、店舗へ集まってほしい」旨を記載した手紙を送っていました。パート・アルバイト含め100名近い人数が集まり、その場で、売り手社長夫妻、買い手社長夫妻及び幹部社員が一列に並び、資本提携について発表しました。 その後は売り手社長の計らいで、全員でパーティーとなり、売り手・買い手社長ご夫妻が一つ一つのテーブルを回り、お酒を酌み交わしながら挨拶をしました。お開き後には全員で入り口付近に並んで、握手を交わしました。 4 中小企業のM&Aは人と人の「心」を通わせることが成功のポイント 中小企業のM&Aにおいては、株価などの条件も当然ですが、売り手企業・買い手企業の役員・社員それぞれが心を通わせることができるか、がポイントとなります。人材こそが全てであり、人材がいなくなれば、中小企業は存在できないからです。 なお、M&Aから2年が経過し、売り手企業では、進学や夫の転勤などに伴う退職以外、退職者は1名も出ておりません。売上は3倍近くに伸び、ブランド力と金融機関の信用も向上したため、都心部好立地へ出店できるようになっています。買い手企業のグループ会議へ参加させていただいた際には、売り手企業の役員の方からも、「本当に良いM&Aであった。あなたと売り手担当に心から感謝している」と言われ、心から感激しました。 ◆中小企業M&A成功の秘訣◆ 買い手企業にとっての課題と、売り手企業の強みを掛け合わせ、お互いの相乗効果を明確にすること お互いの企業同士の絆を早い段階で作ること (了)
《速報解説》 経済産業省が「CGSガイドライン」の改訂を公表 ~GS改善を通じた企業価値向上には執行・監督側双方の機能強化を相乗的に推進する必要性を提言~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年7月19日、経済産業省は、「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)」を改訂し公表した。 コーポレートガバナンスの改革が会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に寄与する経路を改めて整理し、また、ガバナンス・システムの改善を通じて企業価値を高めるためには、監督側だけでなく、執行側と監督側の双方の機能強化を相乗的に推し進めていく意識が必要であることを提言している。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な改訂内容 「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)」のほか、従来、CGSガイドラインの別紙としていた指名委員会・報酬委員会及び後継者計画に関する内容については、独立した指針として位置づけ、「指名委員会・報酬委員会及び後継者計画活用に関する指針-コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)別冊-」としている。 以下では主な改訂内容について解説する。 1 取締役会による「監督」 取締役会による「監督」について、次の事項が記載されている。 2 社外取締役が相当数含まれる取締役会で議論する際の視点 相当数(例えば、3分の1以上)の社外取締役が含まれることとなると、時間・情報の制約等から、取締役会が具体的な業務執行決定に関与することには限界があり、また、知見の乏しい社外取締役が業務執行決定に関与することによる弊害も生じ得ることから、取締役会の役割・機能や付議事項の見直しが必要となると記載されている。 サステナビリティを巡る課題への対応についても記載されている。 3 各社の経営・取締役会の在り方 次の事項が記載されている。 「投資家株主の関係者」を取締役として選任するような場合には、利益相反、情報管理、独立性・社外性、開示などに留意する必要があるとし、「別紙3:投資家株主から取締役を選任する際の視点」がまとめられている。 4 ガバナンス体制 日本においては、失敗しないことに重きが置かれる傾向にあるが、経営者の暴走や腐敗を防ぐことを前提としつつ、権限委譲を通じて広範な裁量を執行側に与えることで、経営者の権限と責任がより明確化され、健全なリスクテイクが促されると記載されている。 また、会社内部の共同体の組織論理が優先され、組織の維持や売上高の拡大を重視する傾向のあった会社が、利益率の向上や経営資源の効率的配分を重視する方向に経営を変えようとする際に、外部者による客観性のある評価を通じて会社内部の論理が相対化されるとのことである。 監査等委員会設置会社へ移行する際の検討事項が整理されている。 5 社外取締役 社外取締役の人材市場の充実のため、経営経験者は他社の社外取締役を引き受けることを検討すべきであると記載されている。 ただし、優秀な経営経験者であっても、元々の経験だけで直ちに活躍できるわけではなく、研修等を通じて社外取締役に必要な能力を得ることが必要であるとのことである。 6 社長・CEOの解任・不再任をめぐる議論の契機となる基準 取締役会又は指名委員会において、社長・CEOの解任・不再任の要否について議論を始める契機となる基準を、平時から設けておくことを検討することが有益とのことである。 7 経営陣のリーダーシップ強化 執行機能の強化の中核となるのは、トップの経営力であると記載されている。 特にグローバル展開が進み、大きな環境変化に直面している企業において経営改革を進めていくためには、リスクテイクができ、しがらみにとらわれない経営判断ができる社長・CEOを選任することが重要であるとのことである。 また、業務執行のスピードを向上させ、より適切な経営判断が行えるようにするためには、社長・CEOを中心としたトップマネジメントチームにおいて各業務執行役員の責任・権限を明確にし、その内容に応じて権限委譲を進めることが有効であると記載されている。 経営戦略等の策定・実行における工夫などが詳細に記載されている。 (了)
《速報解説》 従業員持株会を通じて取得した譲渡制限付株式に係る譲渡制限解除後の特定口座への受入れ可否について、東京国税局より文書回答事例が示される 税理士 中尾 隼大 (1) 文書回答事例の公表 令和4年7月8日、国税庁ホームページに、東京国税局による文書回答事例「従業員持株会を通じて取得した譲渡制限付株式に係る譲渡制限解除後の特定口座への受入れ可否について」が公表された(回答年月日は令和4年6月23日)。 当該文書回答事例は、特定口座内保管上場株式等の譲渡等に係る所得計算等の特例(措法37条の11の3)に関して、その取扱いについて明らかにしたものである。 (2) 事前照会の内容 特定口座への受け入れることが可能な上場企業等の株式は種々のものがあるが(措法37条の11の3③二イ~ハ、措令25条の10の2⑭各号)、このうち、持株会に関するものとして対象となるのは、上場株式等を発行する会社の従業員等が、当該会社の他の従業員等と共同して、当該会社が発行する上場株式等の買付けを一定の計画に従って個別の投資判断に基づかずに継続的に行うことを約する契約に基づき取得した上場株式等で、特定口座への受入れを持株会の口座から当該特定口座への振替の方法により行うものである旨が示されている(措令25条の10の2⑭二十三)。 本照会は、納税者たる法人が、普通株式(以下、「本件通常株式」という)の取得等を行う従業員持株会に加入する従業員のうち一定事項に同意する者を対象として、一定期間の譲渡制限等のある当社普通株式(以下、「本件株式」という)を交付する制度(以下、「本制度」という)を導入した場合を前提としている。なお、本制度は、本件株式の交付を第三者割当の方法により行うと共に、交付を受けた本件株式については、本持株会で管理している本件通常株式と分別管理するとされている。また、譲渡制限期間中は本件株式を本持株会の本件株式専用の証券口座(以下「本件株式専用口座」という)にて管理し、譲渡制限期間の満了等による譲渡制限の解除後は、本件株式を本件株式専用口座から持株会通常口座へ移管し、本件通常株式と併せて管理するという設計となっている(詳細は以下スキーム図参照)。 【スキーム図】 (※) 国税庁ホームページより抜粋。 すなわち、本照会は、譲渡制限が解除された本件株式につき、持株会通常口座からの振替又は本件株式専用口座からの振替のいずれの場合についても、租税特別措置法施行令25条の10の2第14項23号に定める「上場株式等の買付けを一定の計画に従って個別の投資判断に基づかずに継続的に行うこと」及び「持株会の口座から当該特定口座への振替の方法」という要件を充足しているか否か、換言すればいずれの場合にも特定口座へ受け入れることができるかどうかという点を明らかにすることを目的としている。 (3) 示された見解 国税庁は、以下の納税者の見解で差し支えない旨を示した。 (4) 本文書回答事例の意義と対応 本照会により示された文書回答事例は、租税特別措置法施行令25条の10の2第14項23号に定める要件の解釈の具体例を示したと評価でき、法人たる納税者が、従業員持株会に関して、より自由な制度設計をすることが可能となったといえる。 つまり、従業員に対してインセンティブを付与できる選択肢が広がったと同義であるため、このような制度設計を行う際は上記要件の充足性について確認しながら進めるべきである。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 金融庁、マニュライフ生命に対して節税保険商品販売等に係る業務改善命令を発出 ~商品審査・モニタリング段階における国税庁との連携強化策も公表~ 税理士 菅野 真美 〔マニュライフ生命の行政処分〕 令和4年7月14日付で金融庁は、マニュライフ生命保険株式会社(以下「マニュライフ生命」)に対して、業務改善命令を発出した。 処分が行われたのは、保険本来の趣旨を逸脱するような商品(過度な節税商品)開発や募集活動を行ったこと、営業優先企業文化やコンプライアンス、リスク管理を軽視する企業風土が問題視されたからである。 〔節税目的の商品の販売と通達の改正〕 保険業界では、以前から節税効果のある保険商品(例えば、経営者向けの保険で支払い時に保険料が損金となるが、数年後に多額の解約返戻金が受け取れるもの)を販売していたが、法人税基本通達(法基通9-3-5の2)の改正が行われ、販売停止となった。 しかし、その後も、生命保険会社は、新たな節税商品を開発した。今回の行政処分で問題となった低解約返戻金型定期保険等の名義変更プランもその1つである。これは、保険期間のうち一定期間の解約返戻率を低く抑えた保険である。当初の契約者は法人で、解約返戻率が低いうちに個人に名義変更をし、その後、個人が保険を解約するスキームである。解約返戻率が低い時点での名義変更であることから、法人が受け取る解約返戻金と保険積立金の差額が損失となり法人税等の節税ができ、かつ、個人が保険を解約した場合は一時所得となるので、低い所得税等の負担となるものである。この保険商品が当局において問題視されたことから所得税基本通達(所基通36-37)の改正が行われ、名義変更時に法人において損金が生じないように手当てされた。 〔マニュライフ生命だけが、なぜ行政処分を受けたのか〕 マニュライフ生命以外の保険会社も名義変更プランの販売活動をしていた。なぜ、マニュライフ生命のみが行政処分の対象となったのか。その原因の1つは「国税庁が昨年6月に名義変更プランに使用され得る保険商品を対象とする所得税基本通達改正を実施し、その行為が不適当であることを明確化していた中、その抜け穴について、年金保険を利用した名義変更プランによる募集を行い、契約者に対して租税回避的な行為を推奨していた。」からだと考える。つまり、いくら間接的に警告しても、販売重視の経営姿勢が変わらなかったことから行政処分に至ったのではないだろうか。 だが、保険業界にも不満が残る。過度な節税商品を認可したのは金融庁だからである。 〔国税庁との連携、情報の共有〕 そこで、金融庁は上述の業務改善命令の発出と同日に「節税(租税回避)を主たる目的として販売される保険商品への対応における国税庁との更なる連携強化について」を公表した。 これによれば、今後、新商品の審査の段階で、保険会社に対して国税庁に事前照会を慫慂するとともに、必要に応じて金融庁が国税庁に事前照会を行い、その結果に基づいて行政指導をする。 (※) 金融庁「国税庁との更なる連携強化について」より抜粋。 また、モニタリング段階でも、保険商品の節税スキームについて国税庁と情報を共有することにより、過度な節税商品の販売の防止を目指すようである。 (※) 金融庁「国税庁との更なる連携強化について」より抜粋。 今回の行政処分は租税回避行為に対する国の断固たる姿勢を表しているものの1つだろう。 (了)
2022年7月14日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.477を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第109回】 「節税商品取引を巡る法律問題(その3)」 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 Ⅲ 節税商品の特殊構造と特有な説明義務の模索の必要性 節税商品取引を抽出して検討する第二の理由は、節税商品の特殊構造ゆえ、一般的金融商品取引とは別に説明義務が検討される必要があるということである。 これは、①商品の二重構造性、リスクの二重構造性、商品の新規性という「特殊構造」や、②節税商品取引における説明内容の二重構造性から、特有の説明義務が要請される必要があるということ、更には、③説明義務者の専門的知識の欠如の問題にも節税商品取引に係る特有な問題が介在するということである。 これら節税商品取引の説明義務に係る特殊構造から、他の一般的金融商品取引に係る投資者保護の議論とは異なる捉え方が必要となるのである。 1 節税商品の特殊構造 節税商品の特殊構造としては、節税商品の二重構造性、リスクの二重構造性、商品の新規性が認められる。以下、それぞれの特殊構造を確認し、その特殊構造が説明義務の議論にどのような影響を及ぼすかについて検証する。 (1) 商品の二重構造性 (a) 融資契約を内包した商品の二重構造性 節税商品に特有な特殊構造として、まず、融資契約を内包した二重構造性を挙げることができる。 例えば、節税商品としての変額保険の構造は、生命保険会社との間に締結した変額保険契約と、銀行との間に締結した融資契約とをセットにしたものであり、そのいずれの契約が欠けても節税効果を生み出さないものである。つまり、保険契約と融資契約という個々の契約関係を一つのストラクチャーとして初めて節税効果を生み出すものである。 また、匿名組合契約を利用した海外不動産投資なども、融資契約により投資資金の一部の融資を受け、その借入利息を税務上の費用若しくは損金として処理するものである。この場合も、投資者が出資をする匿名組合契約と海外不動産小口化商品の購入契約と融資契約という契約関係を一つのストラクチャーとして捉える必要がある。 このように節税商品は商品構造内部に複数の契約を介在させており、これをここでは「商品の二重構造性」と呼ぶこととする。また、節税商品に認められる商品の二重構造性は、基本的契約と融資契約を混在させていることが多い。このことは、変額保険などに見られるように、節税商品には提案型融資という形で貸手側が積極的に借手側の資金需要を作り出すというものが多いことを反映しているともいえる。 この節税商品に係る「商品の二重構造性」は、米国における一般的なTax Shelterについても認めることができる。 Tax Shelterへの投資とは、故意に人為的な損失を生む活動に投資することであり、言い換えれば、節税を図るために税務上の控除を購入するといういわゆる消極的活動への投資という本質を有するが、Tax Shelterはパートナーシップを利用して行われることが多く、税法上の減価償却制度と負債の利用(消極的活動)によるレバレッジ効果を有効に活用することによって節税効果を上げるものが中心である。 このように、米国におけるTax Shelterの構造も、日本の節税商品と同様に融資契約を介在させた二重構造性を有しているものが多い。 さて、次にこのような融資契約を内在させた節税商品の二重構造性が説明義務の在り方にどのような問題点を提起するかという議論にシフトする必要がある。 ここでの最も中心的な関心は、①融資契約を内在している特徴から導き出される問題として、融資契約を適用対象にしていない金融サービス提供法適用の限界の問題と、②複数契約を内在している特徴から導き出される問題として、節税商品取引における複数の契約関係を「一個の商品」として把握することができるかという問題にある。 (b) 「一個の商品」概念の採用(総合的観察法) 複数の契約はそれぞれ節税商品という「一個の商品」の一部を構成するに過ぎないと捉えることができれば、金融サービス提供法の限界をクリアすることも可能となると考えられる。 そこで、複数の契約をばらばらのものとして捉えるのではなく、「一個の商品」として捉えることの可能性を模索することの意義が見出される(以下、「一個の商品」概念により捉える方法を「経済的観察法」という。)。 この検討は、露呈された金融サービス提供法の適用の限界を解決するという矮小化された問題に止まらず、更により多くの示唆をもたらすと考える。すなわち、この概念は、提案型融資における銀行の説明義務の根拠ともなり得るなど、重要な示唆をもたらすのである。この点は、節税商品取引に係る説明義務の検討に特に有用であると考える。 (2) リスクの二重構造性 一般的金融商品の販売時に説明が求められる事項は、主に商品の元本割れリスクについてであるが、節税商品取引においては、税務否認リスクが介在することが特徴である。 例えば、リースバック取引事件(東京地裁平成9年7月10日判決・判時1636号96頁)において、裁判所は、「本件リース取引に基づいて納税申告を行った場合の税務否認のリスクについて具体的に説明すべき義務があったのにもかかわらず…本件リース取引についての税務当局の見解や税務否認されるリスクの有無等について十分な説明をしなかった」と判示しており、「税務否認リスク」の説明義務を肯認している。 なお、米国におけるタックスシェルター・マルプラクティス訴訟においても、Tax Shelterが内国歳入庁から否認されるリスクに係る説明について争われた事例を散見することができる。例えば、税務否認リスクを説明していなかったとされたEriks v. Denver事件などがそれである。 この事件は、弁護士がマスター・レコーディングを利用したTax Shelterに係る投資税額控除及び所得控除が内国歳入庁に否認されている実態(内国歳入庁の調査後に認められるマスター・レコーディングへの投資税額控除や所得控除は皆無であること)を了知していたにもかかわらず、このことを投資者に伏して、当該Tax Shelterへの投資を勧誘したというものである。 (3) 商品の新規性 (a) 新規商品開発の激化 節税商品の開発者は、毎年改正される税法の網の目を潜り、常に新規性の高い商品開発を行っている。したがって、新規性は節税商品取引の特徴の一つであるといえる。 このことは、節税商品が税法の網の目を潜って開発されていることからすれば、当然であり、節税商品の新規性という特徴は、課税庁と節税商品の開発者のいたちごっこともいえる現状を反映したものであるともいえる。 この点について、説明義務に係る問題点が惹起される。 (b) 周知性の低い商品の説明義務 節税商品取引の周知性の程度は、説明義務の程度に影響を与える。 つまり、周知性の低い商品ほど、投資者には馴染みが薄いものであり、他の周知性の高い商品に比べてより重い説明義務が課されるべきであると考える。 節税商品取引は新規性が高いことから周知性が低いものであることが多く、したがって、販売者は一般に出回っている金融商品を販売する場合よりも重い説明義務が課されていると考える。 (続く)
谷口教授と学ぶ 国税通則法の構造と手続 【第4回】 「国税通則法3条」 -人格のない社団等の租税手続当事者能力- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 国税通則法3条(人格のない社団等に対するこの法律の適用) 1 序説 国税通則法3条は、「法人でない社団又は財団で代表者又は管理人の定めがあるもの」すなわち人格のない社団等に対する国税通則法の適用上、これを法人とみなす旨を規定している。今回は、人格のない社団等に関する国税通則法上の取扱いについて、同法3条の規定を中心に検討することにする。 なお、人格のない社団については、「もともと『権利能力なき社団』として認知された民事実体法上の概念を借用したもの」(福岡高判平成2年7月18日訟月37巻6号1092頁)すなわち借用概念として理解され(金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)128頁参照)、最判昭和39年10月15日民集18巻8号1671頁が次のとおり判示した権利能力なき社団の実体法的要件に従って、判断するものと解されている(武田昌輔監修『DHCコンメンタール国税通則法』(第一法規・加除式)667頁参照)。 2 国税通則法3条の制定の経緯 国税通則法の制定に当たって、税制調査会は、人格のない社団等の取扱いについて次のとおり答申した(税制調査会「国税通則法の制定に関する答申(税制調査会第二次答申)」(昭和36年7月)13頁。下線筆者)。 この答申は、直接税については「人格のない社団等が団体としての組織を有し、統一された意思のもとにその構成員の個性を超越して活動する社会的実体であることに着目して」、また、間接税については「課税物品の製造、販売等が行なわれた場合に一定の税を課するいわゆる物税であるところから、上記の直接税の場合と異なり、本来製造者、販売者等がどのような性格のものであるかは税負担の面において関係はなく、人格のない社団等がそのような地位にあれば、これを個人とみるか法人とみなすかはさほど重要な問題ではない」が、「いずれにしても当然納税義務を負うべきものと解される」ところ、「最近、間接税法上の規定をめぐつて、人格のない社団等に対する罰則の適用について問題が生じているので、この際、人格のない社団等の基本的な納税義務を立法上明らかにすることが適当である」ことから、結局のところ、直接税・間接税を問わず一般的かつ統一的に、「人格のない社団等の実体に着目して、これを法人とみなして税法を適用することとするのが適当と認められる。」と説明されていた(以上の各引用は税制調査会「国税通則法の制定に関する答申の説明(答申別冊)」(昭和36年7月)67頁。下線筆者)。 以上の答申に基づき政府原案(国税通則法原案13条及び関連整備法案)が作成されたが、それは、「人格のない社団等の基本的納税義務を一般的に立法上明らかにするとともに、人格のない社団等に対する両罰規定の適用について規定のない各税法に改正を加え、各税を通じて人格のない社団等にも罰則の適用があることを明らかにしようとした」(志場喜徳郎ほか共編『国税通則法精解〔令和4年改訂・17版〕』(大蔵財務協会・2022年)167-168頁。下線筆者)ものであった。 しかし、この政府原案は、「人格のない社団等に関する現行の課税関係に変革を加えるがごとき規定の仕方をすることを回避し、実質的に現行法を維持することとするため」(武田監修・前掲書666頁。下線筆者)、同原案13条等が削除され、全ての税法(「各税法」)ではなく国税通則法のみの規定の適用について人格のない社団等を法人とみなす旨を定める国税通則法3条の規定が制定された。 3 人格のない社団等の租税手続当事者能力 この最後の段落の引用文中の下線部にいう「人格のない社団等に関する現行の課税関係に変革を加えるがごとき規定の仕方」とは、その前の段落の引用文中にいう「人格のない社団等の基本的納税義務」を、全ての税法の規定の適用について、人格のない社団等に対する法人格の擬制によって、統一的に創設することをいうものと解される。ここで注意しなければならないのは、国税通則法制定前は、直接税・間接税を問わず、法人とみなすか(所得税・法人税)若しくは個人とみなすか(相続税)又は「当然納税義務を負うべきもの」としてか(間接税)はともかく、人格のない社団等には何らかの形で実質的には納税義務が課されていたといえることからすると、政府原案の創設的な意味は、人格のない社団等に関する各税法の取扱いを、法人とみなすという取扱いに統一した点にある、ということである。 政府原案のこのような規定の仕方は、確かに、国税通則法の体系的構造(第1回3参照)に適合するといえよう。というのも、税法学の体系からすれば、人格のない社団等は、租税実体法・課税要件法において納税義務の主体(納税義務者)とされ、その納税義務の実現のために租税手続法において手続的権利義務の主体とされる、という形で統一的に取り扱われるのが相当であるからである。この点では、前記の税制調査会答申及び政府原案の考え方は妥当である(中川一郎・清永敬次編『コンメンタール国税通則法』(税法研究所・加除式[1989年追録第5号加除済])D105頁[中川一郎執筆]も参照)。 しかし、政府原案の前記のような規定の仕方は回避された。その理由は、国税通則法の実定的構造(第1回3参照)に見出すことができるように思われる。すなわち、既に第1回3で述べたように、国税通則法は「租税に関する基本的な法律構成に関する規定」を整備するに当たって、これを課税要件法の側からではなく国税徴収法の側からみてその整備を行ったものと解されるが、このような理解は、国税通則法が、国税徴収法と同じく、租税手続についてのみ人格のない社団等を法人とみなすこととした点においても、成り立つように思われるのである。 このように、国税通則法3条は、人格のない社団等に対して「通則法上の権利義務の主体となる能力」(武田監修・前掲書668頁。以下「租税手続当事者能力」という)を認めている。ただ、「他の国税に関する法律」が人格のない社団等を法人とみなすことによって納税義務の主体(納税義務者)として取り扱っている場合(所税4条、法税3条、消税3条、地価税3条)、人格のない社団等は、国税通則法3条の規定によるまでもなく、そもそも納税者(納税義務者)に該当する(税通2条5号。納税者の意義については前回2参照)。 そうすると、人格のない社団等の租税手続当事者能力は、国税通則法上は、①国税通則法3条の定める擬制によって初めて人格のない社団等に認められる能力(形式的当事者能力)と②人格のない社団等が納税者(納税義務者)に該当するが故に上記の擬制によるまでもなく認められる能力(実体的当事者能力)に区分されることになる。この区分は、国税通則法の適用について特段の意味をもつものではなく、ただ、両方の能力の「由来」に違いがあることを示すのに意味があるだけである。 なお、ここで「形式的当事者能力」という語は、民事訴訟法29条が定める「法人でない社団等の当事者能力」について、「実体法上の権利主体ではないにもかかわらず、当事者能力を認めることに由来する」(秋山幹男ほか『コンメンタール民事訴訟法Ⅰ〔第3版〕』(日本評論社・2021年)422頁)、「訴訟法の擬制による当事者能力」(兼子一ほか『条解 民事訴訟法〔第2版〕』(弘文堂・2011年)171頁)という意味で用いられることを念頭に置いて、租税手続当事者能力について用いたものである。 (了)
〔疑問点を紐解く〕 インボイス制度Q&A 【第16回】 「公共サービスを受けたときのインボイス交付の有無」 税理士 石川 幸恵 【Q】 次のような公共サービスを受けたときにインボイスは交付されますか。 〔ポイント〕 (1) 行政手数料は消費税につき非課税ですが、地方公共団体が行うサービスの全てが非課税となるわけではありません。 (2) 一般会計、特別会計(複数の特別会計がある場合はそれぞれの特別会計)ごとに適格請求書発行事業者の登録を行いますので、市の駐車場でインボイスが交付されても、水道料金の支払いでインボイスが交付されるとは限りません。 (3) 地方公共団体がインボイスに対応しなければ、地方公共団体から課税仕入れを行う事業者の消費税負担額が増えることから、総務省より各都道府県に対して、インボイスに対応するよう「お願い」する文書が公表されています。 * * * 【A】 (1) ①~⑥の「問い」に対する「答え」 ① 法務局で登記事項証明書を取得した 答え:消費税の国内取引の非課税(消法6①別表一 五)に該当しますので、インボイスは交付されません。 ② 保健所で飲食店業の許可を取得した 答え:消費税の国内取引の非課税(消法6①別表一 五)に該当しますので、インボイスは交付されません。 ③ 市役所に用事があり、市役所の駐車場に1時間駐車して駐車場代を支払った 答え:駐車場代は一般会計に区分される取引で、現在は課税仕入れです。一般会計が適格請求書発行事業者の登録をすれば、インボイスが交付されます。 ④ 市の広報誌に広告を掲載し、広告料を支払った 答え:市の広報誌の広告掲載料は一般会計に区分される取引で、現在は課税仕入れです。一般会計が適格請求書発行事業者の登録をすれば、インボイスが交付されます。 ⑤ 水道料金、事業系ごみ処理手数料を支払った 答え:水道料金や事業系ごみ処理は特別会計に区分されるもので、現在は課税仕入れです。それぞれの特別会計が適格請求書発行事業者の登録をすれば、インボイスが交付されます。 ⑥ 公立病院で健康診断を受診した 答え:公立病院は特別会計に区分されるもので、自由診療については、現在は課税仕入れです。公立病院が適格請求書発行事業者の登録をすれば、インボイスが交付されます。 (2) 地方公共団体に対する消費税法の適用関係 ① 地方公共団体にも消費税法が適用 地方公共団体による公共サービスは、地方公共団体の一般会計、特別会計(複数の特別会計がある場合はそれぞれの特別会計)ごとに一の法人が行う事業とみなして消費税法が適用されます(消法60①)。ただし、一般会計は、課税売上に対する消費税額と課税仕入れ等に対する消費税額を同額とみなす規定(消法60⑥)があるため、消費税の申告義務がありません。 特別会計については、一般的な事業者と同様の納税義務判定(消法9、9の2)を行いますので、課税事業者である特別会計と免税事業者である特別会計があります。 ② 適格請求書発行事業者の登録申請 適格請求書発行事業者の登録申請は、一般会計、特別会計(複数の特別会計がある場合はそれぞれの特別会計)ごとに行います。 このため、市の駐車場でインボイスが交付されても、水道料金の支払いでインボイスが交付されるとは限りません。地方公共団体から課税仕入れを行った事業者は、支払いの内容ごとに適格請求書発行事業者として登録されているか、確認する必要があります。 (3) 総務省より各都道府県総務部長宛ての依頼文書が公表 令和4年6月20日に、総務省より各都道府県総務部長宛ての通知として「消費税の適格請求書等保存方式(インボイス制度)への対応に係る留意事項について(依頼)」が公表されました。 この通知では、地方公共団体が適格請求書発行事業者の登録をしなかった場合に、地方公共団体から課税仕入れを行う事業者が仕入税額控除を行えず、消費税の負担額が増加することを問題視しています。 このため、総務省は地方公共団体に対して、一般会計、特別会計ともに、納税義務の有無にかかわらず、適格請求書発行事業者の登録やインボイスの交付に対応するよう「お願い」をしています。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第43回】 「相続時精算課税の留意事項」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) シニアマネジャー 公認会計士・税理士 岩丸 涼一 相談内容 当社(A社)は私(X)が創業し、これまで会社の業績は堅調に推移してきました。 しかしながら、最近の輸送コスト上昇等による仕入価格高騰により業績が悪化し、前期は創業以来の最大の赤字となり、資金繰りにも頭を悩ませています。 一方で、私は昨年60歳を迎えたことから、息子Y(A社取締役)への事業承継について検討を始めており、私が所有する本社工場の土地(A社へ賃貸借)についてもA社株式とまとめて息子Yへ贈与したいと考えています。 経営環境が悪化する前は、当社の純資産は大きく、毎期利益も計上できていたため、株価が高い状態でしたが、前期は赤字決算であったため株価は従来よりも大きく下がりそうです。なお、業績悪化に対しては抜本的な解決策が見つかっており、来期はV字回復する見込みです。 そこで、株価の低いこのタイミングで相続時精算課税制度を利用して、息子YへA社株式を贈与したいと思っています。相続時精算課税を適用する際に留意すべき点を教えてください。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 暦年課税贈与と相続時精算課税贈与の比較 [2] 相続時精算課税の適用手続き 「相続時精算課税」を選択しようとする受贈者(息子Y)は、贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日までの間に納税地の所轄税務署長に対して「相続時精算課税選択届出書」を受贈者(息子Y)の戸籍の謄本などの一定の書類とともに贈与税の申告書に添付して提出する必要があります(相法21の9②、相令5)。 [3] 相続時精算課税適用後の取扱い (1) 「暦年課税」への変更不可 贈与者(X)から受贈者(息子Y)への贈与について、「相続時精算課税」を選択すると、その選択をした年分以降の贈与すべてに「相続時精算課税」が適用され、「暦年課税」へ変更することはできません。したがって、贈与者(X)から受贈者(息子Y)へ、「暦年課税」で非課税とされる年110万円以下の少額贈与の適用を受けることができなくなります(相法21の9⑥)。 (2) 少額贈与の記録管理等 「相続時精算課税」では、贈与財産の多寡にかかわらず、適用後は「暦年贈与」で非課税とされる年110万円以下の少額贈与(※)であってもすべて管理・記録し贈与税の申告を行うこととされ、相続税の計算に取り込む必要があります(相法21の10)。 (※) 「暦年贈与」についても、相続開始前3年内の贈与(年110万円以下の少額贈与含む)は相続税の計算に取り込む必要があります。 [4] 贈与財産の価額が変動した場合 「相続時精算課税」によりA社株式を贈与した場合は、贈与時点で株価を固定することになるため、贈与者Xの相続開始時までにA社株価がさらに下落した場合であっても、贈与時のA社株価で相続税を算定することになります。そのため相続時のA社株価が贈与時より下落していた場合であっても、贈与時の高い株価で相続税の計算をすることになります(相法21の16③)。 一方で、相続時のA社株価が上昇していた場合であっても、贈与時の低い株価で相続税を計算することになりますので、「相続時精算課税」の選択によりそうでない場合に比べ相続税を軽減できることになります(相法21の16③)。 業績を向上させてA社株価が上昇することにより、後継者Yは実質的に相続税を節税できることになるため、後継者Yにとっては経営意欲を向上させる1つの要因になるとも考えられます。 [5] 贈与財産(土地)に対する小規模宅地等の特例の適用 相続財産(土地)が一定の要件を満たす事業用宅地等である場合には、相続税の申告に際して小規模宅地等の特例の適用が可能ですが、X所有の本社工場の土地について「相続時精算課税」によりYへ贈与した場合、贈与時のみならず相続時(精算時)においても小規模宅地等の特例は適用できないとされています(措置法69の4①)。 [6] 結論 「相続時精算課税」によりA社株式を贈与した場合、A社業績の来期V字回復により、今後の株価上昇が見込まれますので、上記の通り「相続時精算課税」を選択することによる利益を享受できる可能性があります。また、「相続時精算課税」の贈与税率は20%のため、株価次第ではありますが贈与時の納税資金を抑えられる余地があります(「暦年課税」の贈与税率は10%~55%の超過累進税率)。 一方、本社工場の土地を贈与した場合、小規模宅地等の特例を利用することができないデメリットが生じます。しかし、Xは60歳と若いため、土地を贈与することでその後に生じる不動産所得を息子Yへ移転することができるので、息子Yへの所得移転による相続税軽減効果が期待できます。小規模宅地等の特例が適用できないことの税額デメリットと、息子Yへの所得移転による相続税軽減効果を、総合的に勘案しシミュレーションを行う必要があります。 なお、昨今の税制改正大綱では「相続税・贈与税のあり方」を見直すべきとの動きがあるので、今後の税制改正の動向にも留意が必要です。 実行についての具体的な判断は、税理士等の専門家と相談の上、決定されることをお勧めします。 (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第44回】 「新築マンションの空室がある場合の貸付事業用宅地等の特例の適否」 税理士 柴田 健次 [Q] 被相続人である甲は令和4年5月1日に相続が発生しました。甲の所有する賃貸用のAマンション、Bマンションを配偶者である乙が相続し、引き続き、貸付事業の用に供しています。 不動産の利用状況は下記の通りです。 AマンションよりBマンションの方が1㎡当たりの単価が高いため、Bマンションから小規模宅地等に係る貸付事業用宅地等の特例を適用する予定です。 Bマンションの貸家建付地の評価をする際には、空室2室は自用地評価とし、賃貸割合を6/8として評価する予定ですが、小規模宅地等に係る貸付事業用宅地等の特例の適用にあたり、その空室2室部分についても特例の対象になると考えていいでしょうか。 また、その2室部分について小規模宅地等に係る貸付事業用宅地等の特例を適用して申告した場合において、後日、その2室部分について小規模宅地等の特例が否認され、増額更正処分を受けた場合には、否認された部分の面積50㎡(200㎡ × 2/8)について選択替えを行い、Aマンションの50㎡部分について小規模宅地等に係る貸付事業用宅地等を適用して、更正の請求を行うことは可能でしょうか。 [A] Bマンションの空室部分については、小規模宅地等に係る貸付事業用宅地等の特例(以下、単に「特例」という)の対象にすることはできません。 また、その空室2室部分について特例を適用して申告した場合において、その2室部分について特例が否認され、増額更正処分を受けたときは、否認された部分の面積50㎡(200㎡ × 2/8)についてAマンションの特例適用の選択替えを行い、更正の請求を行うことはできないことになります。 ただし、増額更正処分の前に誤りに気付いて、Bマンションの特例適用面積を150㎡として、Aマンションの特例適用面積を50㎡とする修正申告を行うことはできます。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 新たに貸付事業の用に供された宅地等がある場合の特例の適否 平成30年度税制改正により、貸付事業用宅地等の範囲から被相続⼈又はその被相続人と生計を一にしていたその被相続人の親族(以下「被相続人等」という)の貸付事業の用に供されていた宅地等で、相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供された宅地等を除くこととされました。ただし、相続開始の日まで3年を超えて引き続き特定貸付事業(貸付事業のうち、準事業以外のものをいう)を行っていた被相続人等の貸付事業の用に供されたものは、相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供されたものであっても、その範囲から除かれないこととされました(措法69の4③四、措令40の2①⑦⑲)。 「新たに貸付事業の用に供された宅地等」がある場合の判定手順は、【第40回】で解説の通り、下記の手順となります。 Aマンションは事業的規模となりますので、特定貸付事業に該当し、相続開始の日まで3年を超えて特定貸付事業を行っていることになります。したがって、Bマンションが3年以内に「新たに貸付事業の用に供された宅地等」に該当しても、Bマンションは、他の要件を満たせば、特例の対象になります。 2 アパート等の空室がある場合の貸付事業用宅地等の特例の取扱い 貸付事業用宅地等の特例は、相続開始の直前において被相続人等の貸付事業の用に供されていた宅地等に適用されます(措法69の4③四)ので、貸付事業の用に供されていない部分については、原則的には特例の適用を受けることができません。ただし、租税特別措置法関係通達69の4-24の2において、相続開始の時において一時的に賃貸されていなかったと認められる部分については特例を認めるとされています。 租税特別措置法関係通達69の4-24の2(被相続人等の貸付事業の用に供されていた宅地等) (下線部は筆者による) 上記の下線部の通り、新たに貸付事業の用に供する建物等を建築中である場合や、新たに建築した建物等に係る賃借人の募集その他の貸付事業の準備行為が行われているに過ぎない場合には、特例の対象にならないとされています。 相続開始の時において一時的に賃貸されていなかったと認められる部分について特例が認められるのは、継続的に賃貸しているアパート等の場合となりますので、相続開始前にまだ賃貸がされていない部分にまで特例適用を認めていない点については留意する必要があります。前回の「アパート等の空室がある場合の貸付事業用宅地等の特例の適否」の取扱いとの違いを確認しておきましょう。 本問の場合には、相続開始前にまだ賃貸がされていないBマンションの2室部分については特例の対象にならないことになります。 なお、租税特別措置法関係通達69の4-5については、建物等の移転又は建替えのためその建物等を取り壊し、又は譲渡し、これらの建物等に代わるべき建物等の建築中に、又は当該建物等の取得後、被相続人等が事業の用に供する前に被相続人について相続が開始した場合には、一定の条件の下に、特例を認めています。本問の場合には建物等の移転又は建替えには該当しませんが、建物等の移転又は建替えの場合には、救済措置がある点については注意する必要があります。 3 更正の請求が認められるかどうか 国税通則法23条1項1号に該当するか否かを検討することになりますが、計算に誤りがあったことにはなりませんので、本問の場合には、更正の請求事由に該当しないため、更正の請求は認められないことになります。 国税通則法 第23条(更正の請求) (※) 本稿で引用している条文等につき、一部括弧書等を省略している。 なお、選択替えについては、【第7回】で解説していますが、増額更正処分前であれば、納付すべき税額が過少であったとして修正申告事由(通法19①)に該当するため、修正申告を行うことはできます。 ★実務上のポイント★ 新たに建築した場合の特例の適否については、「新たに貸付事業の用に供された宅地等」として除外される可能性がある点及び通達の内容をよく確認して判断することが重要となります。 (了)