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プラス思考の経済効果 【第3回】「新型コロナウイルス感染症の流行による旅行・観光業界への影響」

プラス思考の経済効果 【第3回】 「新型コロナウイルス感染症の流行による旅行・観光業界への影響」   関西大学名誉教授・大阪府立大学名誉教授 宮本 勝浩   1 新型コロナウイルス感染症の流行による日本経済への影響 新型コロナウイルス感染症(以下「新型コロナ」という)の流行により、2020年、2021年の日本経済は大きな打撃を受けました。特に、旅行・観光業界、飲食業界、百貨店業界、アパレル業界などは売上や利益の大幅な減少に直面しました。 今回は、大きな打撃を受けた旅行・観光業界について「ゴールデンウィークの経済効果」を中心にして、2019年から時系列的に分析してみましょう。   2 旅行・観光業界の規模 日本における旅行・観光業界の規模はかなり大きいといえます。観光庁の「旅行・観光消費動向調査」(2020年4月)によると、新型コロナ流行以前の2019年の日本の旅行消費額は、国内及び海外に旅行する日本人旅行者と訪日外国人を合わせて約27兆9,000億円で、このうち日本人の国内旅行での消費額は、宿泊、日帰りを含めて約21兆9,312億円でした。 ところが、新型コロナの流行により売上や利益が激減しました。海外からの訪日はビジネスや留学を目的とする場合に若干認められたものの、観光客はほぼ全滅の状態でした。そこで、本稿では国内旅行に限定して経済効果について分析することにします。 観光庁の「旅行・観光消費動向調査」によると、2019年以後の日本の国内旅行消費額は【第1表】の通りです。 【第1表】 国内旅行消費額 出所:観光庁「旅行・観光消費動向調査」 新型コロナ流行以後の国内旅行の消費額は、新型コロナ流行以前の半分にも満たないことがわかります。 他の産業に目を転じてみると、日本のスーパーとコンビニエンスストアの売上高は【第2表】のようになっています。 【第2表】 スーパーとコンビニの売上高 出所:日本チェーンストア協会「チェーンストア販売統計」(スーパーの売上高) 日本フランチャイズチェーン協会「コンビニエンスストア統計データ」(コンビニの売上高) 【第1表】と【第2表】を比べると、新型コロナ流行以前の2019年において、国内旅行の消費額は、スーパーとコンビニの売上高の合計額に匹敵していました。しかし、2021年にはスーパーとコンビニの売上高の合計額の38%でしかありません。つまり、国内旅行の消費額の落ち込みは非常に大きいといえます。   3 ゴールデンウィークの経済効果 毎年4月末から5月上旬にかけての「ゴールデンウィーク」は、日本の旅行観光業界にとっては文字通りの「ゴールデンウィーク」、稼ぎ時でした。この原稿を書いている時点は2022年のゴールデンウィーク前ですが、株式会社JTBから「2022年ゴールデンウィーク(4月25日~5月5日)の旅行動向」が発表されましたので、その値に基づいて今年の経済効果を推計し、新型コロナ流行前と比べてどの程度の水準になるかを予想してみましょう。 2020年、2021年のゴールデンウィークは、新型コロナによる緊急事態宣言やまん延防止等重点措置の影響で、日本国内の旅行・観光業界は大打撃を被ってきました。しかし、今年のゴールデンウィークはそれらの規制も解かれて、多くの人々は巣ごもり生活に飽きて観光・旅行に出かけるだろうと、旅行・観光業界は期待しています。 国内旅行が一番多いのはお盆休みや学校が約40日休みとなる夏休みの7~8月の2ヶ月ですが、たった10日間ほどのゴールデンウィークの国内旅行の集中度はその密度において夏休みを上回っているといえます。 国内旅行に関する2019年から2021年までの実績値と2022年の予測値を【第3表】に示しています。この計算は、株式会社JTBが毎年発表するゴールデンウィークの旅行動向に基づいています。 【第3表】 2019年から2022年のゴールデンウィークの経済効果 2022年のゴールデンウィークの国内旅行の経済効果は約1兆1,923億円となり、昨年の約1.8倍で、久しぶりに1兆円の大台を超えることになります。しかし、ピークであった2019年の1兆8,618億円と比べると約64%でしかありません。 【第3表】の最下段の欄は2019年の経済効果の値を100%とした時の毎年の経済効果の値の比率です。【第3表】を見ると、新型コロナ流行後は2019年と比べて旅行者数が激減しているだけでなく、旅行単価(平均費用)も低下していることがわかります。つまり、新型コロナの流行により人々の旅行・観光への関心、興味が減少したと考えられます。 *  *  * 旅行・観光業界はこれからの日本経済を支える重要な産業の1つです。小売業界のスーパーやコンビニが新型コロナの流行を乗り越えて売上高を増やしている一方、旅行・観光業界は元の水準に戻っておらず、今年も新型コロナ流行前の半分を超える程度の経済効果しかないのです。 今後は旅行・観光業界が新型コロナの流行を乗り越えて益々発展し、日本経済の成長を支える大きな柱となっていくことを期待したいものです。 (了)

#No. 471(掲載号)
#宮本 勝浩
2022/05/26

《速報解説》 国税庁、「申告書等情報取得サービス」の提供を開始~書面提出の場合もe-Tax通じ個人の申告書等データが取得可能に~

《速報解説》 国税庁、「申告書等情報取得サービス」の提供を開始 ~書面提出の場合もe-Tax通じ個人の申告書等データが取得可能に~   Profession Journal編集部   国税庁は、税務行政のデジタル・トランスフォーメーション推進の一環として、令和4年5月23日付で新たに「申告書等情報取得サービス」を開始したことをアナウンスした。 「申告書等情報取得サービス」とは、書面によって所得税の確定申告書等を提出している場合でもPC・スマートフォンからe-Taxソフト(Web版・SP版)を介して、次の申告書等のうち、直近3年分(令和2年分以降)を対象として、PDFファイルを無料で取得(※)及び閲覧できるサービス。 (※) 取得したPDFファイルのダウンロード・印刷も可能。 本サービスの開始により、納税者は自身の申告事績をより簡便に確認することが可能となる。 なお、本サービスの利用に当たっては、マイナンバーカードが必要となるほか、次のような注意点もアナウンスされている。 【「申告書等情報取得サービス」の一連の流れ】 (出所) e-Taxホームページ「申告書等情報取得サービス」 また、本サービス利用に当たっての詳しい操作方法等についてはe-Taxホームページ上の「申告書等情報取得サービス」から確認が可能。次のとおりQ&Aも示されているため、利用に当たっての参考とされたい。 (出所) e-Taxホームページ「申告書等情報取得サービスについてよくある質問」(令和4年5月24日時点) (了)

#No. 470(掲載号)
#Profession Journal 編集部
2022/05/24

《速報解説》 非財務情報開示の国際的なニーズの高まりを受け、「我が国におけるサステナビリティ及びその他EERに対する保証業務に関するガイダンス(試案)」の公開草案をJICPAが公開

《速報解説》 非財務情報開示の国際的なニーズの高まりを受け、 「我が国におけるサステナビリティ及びその他EERに対する 保証業務に関するガイダンス(試案)」の公開草案をJICPAが公開   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2022年5月23日、日本公認会計士協会は、「「我が国におけるサステナビリティ及びその他の拡張された外部報告(EER)に対する保証業務に関するガイダンス(試案)」について」(公開草案)を公表し、意見募集を行っている。 近年、統合報告書の開示や気候変動への取組を契機としたESG(Environment Social Governance)投資の促進によって、非財務情報への注目度が高まる中、拡張された外部報告(Extended External Reporting:EER)やEER報告書のニーズが高まっており、併せてEER保証業務に関するニーズについても同様に高まっている。 このような非財務情報の開示に対する最近の国際的な動向を受け、わが国において、サステナビリティ及びその他の拡張された外部報告(EER)に対する保証業務に関して、研究資料(公開草案)として公表するものである。 ただし、更なる検討課題が識別されていることもあり、研究資料として公表することが有益かどうかも含めて、意見募集している。 意見募集期間は2022年6月30日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 主な内容 「《別紙》「我が国におけるサステナビリティ及びその他の拡張された外部報告(EER)に対する保証業務に関するガイダンス(試案)」」の主な内容は次のとおりである。 目次を含めて136ページあるので、以下では主なものについて解説する。 1 EERの性質など EERの性質などに関して、次のことが記載されている(6項~13項)。 2 適切な適性及び能力の適用 より範囲が広い、又はより複雑なEER保証業務の場合もしくは主題の測定又は評価に専門技能が必要な場合において、業務実施者は、適切な保証業務に関する適性及び1名以上の業務実施者の利用する専門家で構成される複合的なチームによる業務実施が必要と判断する場合がある(30項)。 例えば、次のケースが考えられる(31項)。 3 職業的専門家としての懐疑心及び判断の行使 不正又は誤謬によるものかを問わず、以下に起因して重要な虚偽表示リスクが高まるため、想定利用者の利益のための職業的専門家としての懐疑心の重要性が高まる(57項)。 4 前提条件の決定及びEER保証業務の範囲についての合意 依頼されたEER保証業務に係る、保証業務実務指針3000「監査及びレビュー業務以外の保証業務に関する実務指針」(以下「保証実3000」という)21項から30項までの保証業務契約の新規の締結及び更新に関する要求事項の適用についてのガイダンスを提供している(67項)。 役割・責任の適切性(適切な当事者の負うべき役割と責任が適切である)、規準の適合性(規準が業務の状況に照らして適合している)などについて記載している。 EER報告書に含まれる情報のうち、保証が容易な部分又は企業を好ましくみせる部分のみを選択することは、一般的に適切ではない(94項)。 5 報告事項を識別するための企業内プロセスの考慮 EER 保証業務に関して、以下の場合がある(126項)。 上記のような状況では、企業は通常、想定利用者の情報ニーズを考慮に入れて、報告事項を識別するためのプロセスを確立する必要がある(127項、135項)。 6 規準の適合性及び利用可能性の決定 制度として確立された規準には、想定利用者の情報ニーズに関連する場合、透明性のある正当な手続を通じて権限のある又は認められた専門家団体によって公表された規準が含まれる(170項)。 財務報告の基準は通常、制度として確立された規準であり、それらに組み込まれている認識、測定、表示及び開示の基準は、企業が適用する会計方針の基礎である(170項)。 財務報告の基準と比較して、EERフレームワークは、多くの場合、以下についての指示が少ない。 必要となる詳細さを欠いている、又はそれ自体で適合する規準を構成するには十分に包括的でないEERフレームワークを適用する場合、企業は、他の利用可能な1つ以上のEERフレームワークから規準を選択するか、又は独自に企業が開発した規準を使用することもできる(172項)。 7 主題情報の作成に利用されたプロセス又は主題情報の作成に係る内部統制の考慮 主題情報の作成に利用されたプロセスを考慮する際又は業務に関連する主題情報の作成に係る内部統制を理解する際のガイダンスを提供している(222項)。 EER情報の管理及び報告に関する企業のガバナンスの仕組は、財務実績の管理及び報告に関するガバナンスの仕組ほどには確立していないか、又は業務の中に組み込まれていない可能性がある(232項)。 極めて精緻なプロセス又は充実した内部統制システムを備えていることが、保証業務の前提条件というわけではないが、企業のEER情報作成プロセスは、主題情報に関する合理的な基礎を企業に提供できる程度に十分なものでなければならない(239項)。 8 アサーションの利用 保証実3000はアサーションを利用することを求めてはいないが、アサーションは、業務実施者が、発生し得る虚偽表示の潜在的な種類を考慮し得る方法の1つである(251項)。 アサーションは、明示的か否かにかかわらず、主題情報に体現される形で企業により表明されるものであり、業務実施者が発生し得る様々な潜在的な虚偽表示の種類を考慮する際に利用する(253項)。 ここでは、業務実施者が以下の事項を目的としてアサーションをどのように利用できるかに関するガイダンスを提供している(250項)。 9 証拠の入手 限定的保証業務と合理的保証業務のいずれにおいても、業務実施者はリスクを考慮して全体として十分な心証の程度を備えた証拠を入手することを目指す(270項)。 次のことに注意する(270項)。 10 虚偽表示の重要性の考慮 EER保証業務の実施中に、業務実施者がEER情報内に虚偽表示を識別した場合、業務実施者はその虚偽表示が重要かどうかの判断を下す必要がある(294項)。 EER保証業務の範囲が、いくつかの指標又はKPIであり、それぞれが異なる主題に関連している場合、業務実施者は、(1)異なる指標ごとに、虚偽表示に対する想定利用者の許容度も異なる可能性があり、(2)虚偽表示を集計する共通の基礎がない可能性があるため、異なる指標(主題情報の側面)ごとに個別に虚偽表示の重要性を評価することがある(308項)。 11 定性的EER情報への対応 EERフレームワーク及び規準には、定量的EER情報の測定方法に関する指示が記載されている場合があるが、定性的情報の評価方法に関しては同等の水準の指示が記載されていない可能性がある(325項)。 そのため、そのような定性的情報は、定量的EER情報の場合よりも作成者の見解が反映されやすく、また作成者の見解によって変化しやすいと考えられる(325項)。 企業のガバナンス構造、ビジネスモデル、ゴール又は戦略的目標は、定量的な開示情報により補足されることもあるが、定性的に説明される場合がある(329項)。 定性的情報は主に文章で示されることが多いが、EER報告書では、その他の形式、例えば埋め込み動画や音声録音等によって示されることもある(330項)。 作成者が適合する規準を適用せずに得た定性的情報(すなわち、主題情報ではない)の変更に応じようとしない場合、業務実施者は、当該情報をEER報告書から削除するか又は当該情報が保証の対象ではない「その他の記載内容」であると明示するかもしくは主題に関する規準を追加で開発し、保証を受けることができる主題情報を作成するよう作成者に要請することがある(336項)。 12 将来志向のEER情報への対応 将来の状況又は結果を予想又は予測する主題情報は、まだ発生しておらず、発生しない可能性がある、又は発生済みであるが今後の進展の予測がつかない事象及び活動に関連するものである(367項)。 規準が、企業の将来の戦略、目標又はその他の計画についての記載(明示的なアサーション)を要求しているとき、業務実施者は、当該戦略、目標又は計画が達成されるか否かについての証拠を入手できない、又はその結果について結論を出すことができない可能性が高い(374項)。 それでもなお、業務実施者は、誤解を生じさせる可能性のある主題の側面を除外するために、以下の事項を評価するための手続を立案することがある(374項)。 適切な証拠は、例えば、報告された戦略又は他の計画が企業の実際の内部向けの戦略又は計画と整合しているか否かについて、ガバナンスに責任を有する者の会議内容を記録した文書や経営者が当該戦略の採用又は当該目標への同意を得るために既に取り組んでいる活動を記録した文書の形式で入手できると考えられる(375項)。 目標が達成されるかどうかという点に関して、保証を提供することはできない一方で、業務実施者は、仮定を形成するプロセス、システム、統制及びそれらの基礎データを考慮すること等により、作成者が将来の活動又は事象について行っているアサーションが合理的な基礎に基づいているか否かに関する証拠を入手するための手続を立案することができる(376項)。 13 保証報告書における効果的な伝達 保証報告書において業務実施者が効果的に情報を伝達する方法についてのガイダンスを提供している(394項)。 ガイダンスは、想定利用者の理解を促すために業務実施者が効果的に情報を伝達する際の一助となりうるものであり、以下の事項について取り扱っている(396項)。 (了)

#No. 470(掲載号)
#阿部 光成
2022/05/23

プロフェッションジャーナル No.470が公開されました!~今週のお薦め記事~

2022年5月19日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.470を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2022/05/19

日本の企業税制 【第103回】「本年度末で適用期限を迎える「長期保有土地等の買換え特例」」

日本の企業税制 【第103回】 「本年度末で適用期限を迎える「長期保有土地等の買換え特例」」   一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴   本年度末(令和5年3月31日)で適用期限切れとなる法人税関係の主要な租税特別措置のうち、試験研究を行った場合の法人税額の特別控除(研究開発税制)と並んで減税規模の大きい措置として、所有期間が10年を超える国内にある土地等、建物又は構築物から、国内にある一定の土地等、建物又は構築物への買換え特例(以下、「長期保有土地等の買換え特例」)がある(措法65の7①四)。 本年1月25日に国会へ提出された令和2年度の法人税関係租税特別措置の適用実態調査結果をまとめた報告書によれば、令和2年度における長期保有土地等の買換え特例の適用件数は902件、適用額は3,854億円にのぼり、主な適用業種は不動産業(35.9%)、金融保険業(14.2%)、運輸通信公益事業(11.5%)である。   〇特例措置の概要 特定の資産の買換えの場合の課税の特例(措法65の7)とは、法人が、昭和45年4月1日から令和5年3月31日までの間に、その所有する棚卸資産以外の特定の資産(譲渡資産)を譲渡し、譲渡の日を含む事業年度において特定の資産(買換資産)を取得し、かつ、取得の日から1年以内に買換資産を事業の用に供した場合又は供する見込みである場合に、買換資産について圧縮限度額の範囲内で帳簿価額を損金経理により減額するなどの一定の方法で経理したときは、その減額した金額を損金の額に算入する圧縮記帳の適用を受けることができる制度である。 圧縮記帳の対象となる買換えは、かつては20種類を超えていた時期もあったが、本稿執筆現在では、次の5種類である(措法65の7①一~五)。 これらの買換えのうち最大の減税規模となっているのが、今回取り上げる④(長期保有土地等の買換え特例)である。 上記①から⑤の圧縮限度額は、「圧縮基礎取得価額(買換資産の取得価額と譲渡資産の譲渡対価の額のうちいずれか少ない金額)× 差益割合 × 80/100」とされているが、④の場合には、譲渡資産が地域再生法に規定する集中地域以外の地域内にあり、かつ、買換資産が次の地域内にある場合には、乗じる割合(圧縮割合)は80/100ではなく、それぞれ次の割合とされている(措法65の7⑭)。   〇特例措置の変遷 特定の資産の買換えの場合の課税の特例は、昭和38年度税制改正により、事業用の土地、建物及び機械設備等を譲渡し、その対価として又はその対価によりそれらの資産を取得した場合に、圧縮記帳の方法により譲渡所得の課税の特例が設けられたことに始まる。 しかし、適用範囲が極めて広範であったことから、企業による値上がりを期待した不要不急の土地の取得が見られたり、過密地域内部又は過密地域外から過密地域内への買換えが目立ったことなど土地政策上の問題点が指摘されるに至り、昭和44年度税制改正において買換え地域の限定など制度の整理合理化が行われた。 その後、昭和61年度税制改正の中で、当時の財政事情や特例の対象とならなかった法人との負担の格差の観点から、それまで100%であった圧縮割合が80%に縮減されることとなった。 しかし、バブル経済の中、平成3年度税制改正では、長期所有土地等の買換え特例については、地域の限定がないため他の買換え特例が利用されないといった弊害や、将来の設備投資の資金に充てるために余分の土地を取得し、値上がり益を期待するといった行為を助長するなどの弊害が見られること等にかんがみ、廃止されることとなった。 ところが、制度廃止の直後、バブル経済の崩壊に伴う厳しい経済情勢に対応することが必要となり、数次にわたり経済対策が講じられたが、土地税制についても、その基本的枠組みを維持しつつ、適切な対応を図ることとされ、平成6年度税制改正において、企業の長期保有資産を利用した設備投資の拡大を図るため、時限的な(平成6年1月1日から平成7年3月31日までの間に行われる買換え)措置として、長期所有の土地等から建物等への買換えが広く認められることとなった(圧縮割合は80%)。 ただし、大都市機能の地方分散という国土政策に合致しない「既成市街地等の外から既成市街地等内への買換え」及び「既成市街地等内における買換え」は適用対象にならないなど、買換資産について一定の制限が設けられた。 このように、経済対策の一環として復活したこの制度は、平成7年度税制改正で圧縮率が60%に引き下げられたものの、その後各年度の改正で1年ずつ適用期限が延長されていたが、平成10年度税制改正では、長期にわたる地価の下落、土地取引等の土地を巡る状況や厳しい経済情勢にかんがみ、土地の有効利用の促進や土地取引の活性化のために思い切った対応を図る必要があるとの観点から、土地税制の大幅な緩和が検討され、その一環として、長期所有の土地等から建物等への買換え特例について拡充が行われた。 まず買換資産の範囲については、「既成市街地等以外の地域内にある」との地域限定が外され、既成市街地等の「内→内」、「外→内」の買換えも適用対象とされたことのほか、買換資産の範囲に土地及びその上に存する権利も加えられた。この結果、昭和44年度税制改正以来認められてこなかった既成市街地等内の土地への買換えが認められることとなった。また譲渡資産の範囲については、所有期間10年超のもの(改正前は昭和56年年12月31日以前に取得したもの)に緩和された。さらに圧縮割合も60%から80%に引き上げられた。 平成24年度税制改正では、買換資産の土地等の範囲について、事務所等の一定の建築物等の敷地の用に供されているもので、その面積が300㎡以上のものに限定された。さらに平成27年度税制改正では、譲渡資産が地域再生法に規定する集中地域以外の地域内にあり、かつ、買換資産が東京都の特別区の存する区域にある場合には70/100、地域再生法の集中地域(東京都の特別区域を除く)にある場合には75/100にそれぞれ圧縮割合が引き下げられ、現在に至っている。 (了)

#No. 470(掲載号)
#小畑 良晴
2022/05/19

これからの国際税務 【第31回】「ミニマム税とEUにおける今後の法人税改正の方向性」

これからの国際税務 【第31回】 「ミニマム税とEUにおける今後の法人税改正の方向性」   千葉商科大学大学院 客員教授 青山 慶二   1 直近のミニマム税をめぐるEUの動向 EUの経済・財務閣僚理事会(ECOFIN)は近年、パンデミック後の加盟国の経済回復に向けた予算を中心議題として協議し続けている。しかし、昨年12月に、第2の柱に基づくグローバルミニマム税構想を実現するためのEU指令案が、欧州委員会から提案されてからは、ECOFINは、全加盟国の合意が必要な同指令の成立に向けた協議にも焦点を当てている。 今年3月の定例会で、4ヶ国(ポーランド、スウェーデン、エストニア、マルタ)の反対で物別れになった同指令案(注1)は、その後、議長国フランスによる下記改定提案の提示を受けて、4月の定例会では、ポーランド以外の3ヶ国の合意を取り付けることができた。 (注1) 3月以前のEUの状況については、本連載【第30回】(3月公開)を参照いただきたい。 (参考)フランス改定案の内容 ポーランドは、提案されたミニマム税が、巨大多国籍企業による最も有利な国での利益計上を防止する新ルールがないまま、執行されてしまう可能性(第1の柱と第2の柱の同時執行を法的に義務付ける要件を欠いていること)に懸念を有している旨、その反対理由を述べている。現在、本提案の決着は、5月24日開催予定の定例ECOFINに繰り延べられている。 ところで、EUにおけるミニマム税に関する制度設計は、長期的には、EUの共通法人税構想の一部をなすものである。そこで、本稿では、昨年5月に欧州委員会によって開示された政策文書「21世紀の事業課税」(注2)の概要を紹介して、長期的なEUの構想との関連を確認する。 (注2) 欧州委員会の政策文書“Brussel,18.5.2021 COM(2021)251final”のタイトル“Business Taxation for the 21st Century”による。   2 EUが目指す「21世紀の事業課税」 (1) 2050年に向けたEUのあるべき税目構成の摸索 加盟国の予算は、社会保険拠出を含めた労働課税に重く依存しており、EU27ヶ国では全税収の50%超に達している。しかし、人口高齢化と非定型職種の増加は、労働課税による税収源を縮小することになる。なお、現状、他の課税では、付加価値税(VAT)が全税収の15%超を占めるが、その他の税目は相対的に貢献度が少ない(環境税6%、資産税5%、法人税7%)。 気候変化や労働市場のデジタル変革のような巨大変化が、EU加盟国の将来の税目構成に影響を及ぼすことになる。まず、VATについては、金融危機以後増税されてきたために、税率は、現在すでに歴史的な高さにある。非効率な軽減税率や非課税取引の利用によって、VATが当初目的とした政策効果の実現が妨げられており、まず、それらを制限することにプライオリティを置くべきである。 将来を保証できる税目構成としては、個人及び法人の双方からの資本所得に対する公平で効率的な課税が求められる。その際には、執行の複雑さを削減する簡素化施策も必要である。不動産についての毎年の課税は、相対的に効率的な税目であるが、資産評価に関する執行上等の課題がある。欧州委員会は2022年に「2050年に向けたEU税目構成の在り方」についての税制シンポジウムで広範な検討に着手する。 (2) 現時点での法人税の在り方の検討 ① 内外の環境への対応 経済のデジタル化が、租税計画スキームによって、従来の法令を逋脱する新しい機会をもたらし、多くの租税スキャンダル、国家補助ルールの厳格な執行、そして金融危機後の歳出ファイナンスの必要性の中で、国際的な法人税枠組みの改革に関する議論が2010年代前半に加速化し、BEPSプロジェクトへ引き継がれた。EUでは、2015年合意の内容を、租税回避防止指令(ATAD)を通じて実行に移した。 現在、課税権の再配分と最低水準の実効的課税が提案されているが、これらの議論の実質は、EUの今後に向けた事業課税のアジェンダの形成に影響を与える。 米国等の国際的なパートナー国は、今後に向けた彼らの事業課税アジェンダを形作る計画をすでに公表しており、中には、国際合意を超えるものもある。英国等では、パンデミック後の法人課税構想を公表している。 これらを踏まえると、EUの法人税は、歳入需要に対応した、頑強で効率的かつ公平な税構造を必要としており、同時に、公平・持続可能・かつ雇用が十分にある成長と投資に貢献する環境を創造するものであり、その結果、復興とグリーンでデジタルな構造変革を支援できるものでなければならない。 ② 包括的なEU指針との整合性の確保 事業課税に対するEU措置も、包括的なEU指針(「EU グリーン政策」、「欧州委員会デジタル指針」、「欧州新産業政策」、「資本市場同盟」など)と整合性の取れたものでなければならない。その際の留意点は以下の通り。 ③ ミニマム課税合意と既存のEU指令との間の調整 第2の柱の合意実行によって、ATAD下の現行ルール、特にCFCルールとの適用関係の整理が必要となる。 また、第2の柱の導入では、2011年以来ECOFINでペンディングとなっている利子・ロイヤルティ指令案(IRD)を合意するための道を整備する必要もある。ミニマム税指令案の目的は、グループ企業間の国境越え利子及びロイヤルティ支払いへの源泉徴収負担を撤廃するというIRD指令の便益を、仕向地国で課税に服している利子に限って適用するというものである。加盟国のうち数ヶ国は、IRDの適用をさらに進めて、仕向地国における最低レベルの課税水準を、源泉徴収免除の条件とすべきとの意見を表明していた。ミニマム税合意は、このような差異を解消してくれる。 また、欧州委員会は、第2の柱を、第3国がEUの非協力リスト判定過程での評価のために利用する基準の中に導入することを提案する。それは、第3国に国際合意に参加させるインセンティブを供与するためである。これは、国際的に合意された行動規範を促進するための、EUの現行の非協力リスト判定過程の利用とも整合している。 (3) OECDによる国際合意の先への事業課税の進め方 ここでは、「事業所得課税のための新しい枠組み(BEFIT)」と呼ぶ中長期策が提案されている。そこに至る手順は、次の通りとされている。 ① 検討の手順 ② BEFITの内容 以上を踏まえたBEFIT構想は、ペンディングになったままの共通連結法人税課税標準(CCCTB)提案に代替するものであり、CCCTB提案はこれにより撤回される。BEFITの概要は、以下の通り。 なお、BEFITは、多国籍企業のEUメンバーの各利得を1つの課税ベースに統合し、その後、フォーミュラに従って各国に配分して、最後に各国の法人税率で課税されるというものとなる。その中心課題としては、多国籍企業が事業を行う市場国の重要性を反映するために、売上高にどのようなウェイト付けをするか、及び、異なる経済プロファイルを持つ各加盟国に調和のとれた法人税収配分をするために、無形資産を含む資産と給与を含む労働コストをどのように反映すべきか、についての検討が挙げられている。 (了)

#No. 470(掲載号)
#青山 慶二
2022/05/19

〈判例評釈〉ユニバーサルミュージック最高裁判決

〈判例評釈〉 ユニバーサルミュージック最高裁判決   公認会計士・税理士 霞 晴久     1 はじめに 最高裁第一小法廷は4月21日、同族会社の行為計算の否認の規定(法132①)の適用の是非を巡り争われたユニバーサルミュージック事件について、国側の上告を棄却した(※1)。 (※1) 最高裁一小令和4年4月21日判決(令和2年(行ヒ)第303号)。 本件は、国際的な企業グループであるユニバーサルミュージックの日本法人X(被上告人)が、同グループの日本における組織再編成のため、グループ内の外国法人から多額の資金を借り入れ(本件借入れ)、本件借入れに係る支払利息の額を損金に算入して申告したところ、処分行政庁が、当該支払利息の損金算入は、法人税の負担を不当に減少させるものとして、同族会社の行為計算の否認の規定を適用して更正処分等を行ったため、これを不服として出訴した事例である(※2)。 (※2) 本件の詳細な事案の概要及び当事者の主張については、拙稿「〈判例評釈〉ユニバーサルミュージック高裁判決」の【第1回】及び【第2回】を参照されたい。 本件の第一審である東京地裁は、法人税法132条1項に定める不当性要件(※3)の判断基準について、いわゆる経済合理性基準(※4)を示した上で、筆者が「およそない基準」と呼ぶ「法人税の負担が減少するという利益を除けば当該行為又は計算によって得られる経済的利益がおよそないといえるか、あるいは、当該行為又は計算を行う必要性を全く欠いているといえるかなどの観点から検討すべき(下線筆者)」という従来の学説や裁判例に見られない新たな判断基準を示した。 (※3) 法人税法132条1項に規定する「その法人の行為又は計算で、これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」を指す。 (※4) 金子宏教授は、『租税法〔第24版〕』542頁で、「税負担の不当な減少を結果すると認められる同族会社の行為・計算とは何かについて、判例の中には、2つの異なる傾向が見られる。1つは、非同族会社では通常なしえないような行為・計算、すなわち同族会社なるがゆえに容易になしうる行為・計算がこれにあたる、と解する傾向(筆者注:「非同族会社基準説」と呼ばれる)であり、他の1つは、純経済人の行為として不合理・不自然な行為・計算がこれにあたると解する傾向(筆者注:「経済合理性基準説」と呼ばれる)である。(中略)何が同族会社であるがゆえに容易になしうる行為・計算にあたるかを判断することは困難であるから、抽象的な基準として、第2の考え方をとり、ある行為または計算が経済的合理性を欠いている場合に否認が認められると解すべきであろう。」と述べている。 しかし、かかる「およそない基準」では、ごくわずかでも何らかの事業目的等が存在すれば、法人税法132条1項の規定は適用できなくなってしまう。そこで、本件の控訴審である東京高裁は、不当性要件の判断枠組みについて、従来からの通説的見解である経済合理性基準の立場を明確にしつつ、原審の「およそない基準」を否定した上で、(組織再編成に係る当事者の行為・計算が争われた)ヤフー/IDCF事件最高裁判決(※5)が示した2つの考慮事情を引用し、Xの主張を認め国側の控訴を棄却したのである(※6)。ここでいう2つの考慮事情とは、①当該借入れを伴う企業再編等が、通常は想定されない企業再編等の手順や方法に基づいたり、実態とは乖離した形式を作出したりするなど、不自然なものであるかどうか、②税負担の減少以外にそのような借入れを伴う企業再編等を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在するかどうか等の事情を指す。 (※5) ヤフーについては、最高裁平成28年2月29日第一小法廷判決(平成27年(行ヒ)第75号)、IDCFは、最高裁平成28年2月29日第二小法廷判決(平成27年(行ヒ)第177号)。 (※6) ヤフー/IDCF事件以後、法人税法132条の2にいう組織再編に係る行為計算否認規定適用の是非が争われたTPR事件では、その第一審(東京地裁令和元年6月27日判決・平成28年(行ウ)第508号)及び控訴審(東京高裁令和元年12月11日判決・令和元年(行コ)第198号)ともに、不当性要件の判断枠組みについて、ヤフー/IDCF最高裁判決が定立した2つの考慮事情という判断枠組みがそのまま引用されている。同事件はその後、最高裁により上告不受理の決定が下された(「週刊税務通信」No.3662 令和3年7月12日号)。 本件控訴審を受け、国側は、令和2年7月7日に上告受理申し立てを行った。ヤフー/IDCF事件で最高裁が示した不当性要件の判断枠組みは、あくまで法人税法132条の2に関するものであり、条文上の文言がほぼ同一とはいえ、果たしてそれが法人税法132条の解釈においても有用なのか、あるいは全く別の判断基準が示されるのか、本件に係る最高裁の判断が注目されていた(※7)。 (※7) 故山本守之税理士は、「月間 税務事例」(Vol.52 No.10)2020年10月号77頁で、「ヤフー事件では最高裁調査官の見解が示されているが、これをユニバーサル事件に当てはめるとどうなるか。国税局から最高裁に出向いている調査官に意見を聞くわけだからその辺も踏まえて注目したい。ユニバーサル事件の納税者の正当性や合理性をめぐって最高裁の考え方がどのようになるのか興味を持っている。」と述べている。   2 最高裁判決の要旨 裁判所ホームページで公表された本件最高裁の判示は本文が全部で12頁あり、そのうち前半8頁が事案の概要、後半4頁が法令解釈・当てはめ・結論と極めてシンプルな内容となっている。 (1) 不当性要件の判断枠組みについて まず、法人税法132条1項の不当性要件については、「同族会社等の行為又は計算のうち、経済的かつ実質的な見地において不自然、不合理なもの、すなわち経済的合理性を欠くものであって、法人税の負担を減少させる結果となるものをいうと解するのが相当である。」と判示し、原審同様、経済合理性基準の立場を示した上で、経済合理性の有無については、「当該借入れの目的や融資条件等の諸事情を総合的に考慮して判断すべき」とした。 次に、「本件借入れのように、ある企業グループにおける組織再編成に係る一連の取引の一環として、当該企業グループに属する同族会社等が当該企業グループに属する他の会社等から金銭の借入れを行った場合において、当該一連の取引全体が経済的合理性を欠くときは、当該借入れは、上記諸事情のうち、その目的、すなわち当該借入れによって資金需要が満たされることで達せられる目的において不合理と評価されることとなる。」とし、「当該一連の取引全体が経済的合理性を欠くものか否かの検討に当たっては、①当該一連の取引が、通常は想定されない手順や方法に基づいたり、実態とはかい離した形式を作出したりするなど、不自然なものであるかどうか、②税負担の減少以外にそのような組織再編成を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在するかどうか等の事情を考慮するのが相当である。」と判示した。 (2) 組織再編取引の経済合理性について 最高裁は、要旨、以下のように事実認定し、「本件組織再編取引等は、これらの目的を同時に達成する取引として通常は想定されないものとはいい難い上、本件財務関連取引(※8)の実態が存在しなかったことをうかがわせる事情も見当たらない。」と判示し、「以上の諸事情を総合的に考慮すれば、本件借入れは、経済的かつ実質的な見地において不自然、不合理なもの、すなわち経済的合理性を欠くものとはいえない。」として、国側の上告を棄却した。 (※8) ユニバーサルミュージックグループの日本における追加出資、借入れ及び各内国法人の買収についての資金面に関する一連の取引で、平成20年(2008年)10月29日に実行されたものをいう。 (※9) 米国の税制上選択することができる構成員課税を指す。   3 解説 (1) 最高裁判決の意義 上記2のとおり、最高裁は、2つの考慮事情によって判断するという原審が採用した枠組みをそのまま踏襲したのである。このことは、法人税法132条の不当性要件の判断においても、ヤフー/IDCF事件と同様の考え方を用いることが最高裁により確認されたことになる。また、最高裁が法人税法132条を適用するに当たり、資金の借入れという単独の取引ではなく、「組織再編成に係る一連の取引」で判断するという考え方を明らかにしたのも重要と思われる。 ところで、OECDのBEPS報告書(“Addressing Base Erosion and Profit Shifting”)において租税回避の代表的な手段として取り上げられたデッド・プッシュ・ダウン(※10)について、原審では肯定的に捉えていたものの、最高裁判決では、明示的にこの問題には触れていない。この理由については明らかでないが、本件事件当時はデッド・プッシュ・ダウンの観点から本件を規制する法的枠組みがなかったことが背景にあると思われる。 (※10) 本件控訴審判決には、「一般に、企業グループ(企業集団)において、借入金の返済に係る経済的負担を資本関係の下流にある子会社に負担させる」ことをデット・プッシュ・ダウンと呼ぶという定義がある。 (2) 移転価格税制等その他の法規制からのアプローチ 最高裁は、「本件借入れに係るその他の事情についてみると、本件借入れは無担保で行われ、Xは本件借入れが一因となって最終的に貸借対照表上は債務超過となっていることがうかがわれるなど、本件借入れには独立かつ対等で相互に特殊関係のない当事者間で通常行われる取引とは異なる点もある(下線筆者)。」と述べて、本件借入れが独立企業原則(Arm‘s Length Principle)に抵触する可能性がある点を示唆している。 しかし、最高裁は、「本件借入れは、本件各内国法人の株式の購入代金及びその関連費用にのみ使用される約定の下に行われ、実際に、Xは、株式を取得して本件各内国法人を自社の支配下に置いたものであり、借入金額が使途との関係で不当に高額であるなどの事情もうかがわれない(※11)。また、本件借入れの約定のうち利息及び返済期間については、Xの予想される利益に基づいて決定されており(※12)、現に、本件借入れに係る利息の支払が困難になったなどの事情はうかがわれない。」とし、「上記の点があることをもって、本件借入れが不自然、不合理なものとまではいい難い。」と判示している。本件はあくまで法人税法132条1項の不当性要件該当性に対する司法判断であり、裁判所も当事者の主張の範囲内に拘束される(※13)。課税処分が、租税特別措置法66条の4にいう独立企業原則に違反するというものでない以上、裁判所も原処分が採用した道筋から外れることはできなかったのではないかと解される。 (※11) 本件におけるXの買収資金のグループ内調達は、資本金が約295億円、本件借入れが約866億円であり、その負債資本比率がわが国の過小資本税制にいう3:1に収まるように計画されたことは自明であった。このことは本件第一審では特に触れられていなかったが、控訴審判決では、その事実認定において、「Xは、IF社(筆者注:グループ内の資金管理会社)から借り入れた資金を元に、ターゲット企業の公正市場価格を同企業の株主に支払い、ターゲット企業の発行済み全株式を譲り受ける。日本の過少資本税制に適合させるべく、XがIF社に対して負っている債務の25%の返済を行うという目的で、Xの株主からXに対し資本払込みが行われる(下線筆者)」と判示し、日本の過少資本税制に抵触することなく負債及び資本金の金額が決められたことについて、高裁自ら認定していた。 (※12) 本件控訴審では、本件借入れについて、Xは、2014年10月29日以降いつでも借入金の全部又は一部を返済できるが、最終的な元利金全額の弁済期限は借入実行日から20年後の2028年10月29日とされているところ、本判決においては、かかる20年の返済期間は、Xの2008年(平成20年)度の税引後利益の予想に基づき、300億円は期限前弁済する前提で、残額はXが事業により稼得する利益を原資として15年6ヶ月で返済できるとの試算に基づいて決定されたものと事実認定されている。 (※13) もっとも、国側は、法人税法132条1項の不当性要件について、経済合理性基準のみならず、「独立、対等で相互に特殊な関係のない当事者間で通常行われる取引と異なっている場合なども含まれ得ると解するのが相当」と主張し、IBM事件控訴審判決(東京高裁平成27年3月25日判決(平成26年(行コ)第208号))が採用した、経済合理性基準の具体的な適用において、独立当事者間基準を加味するという考え方を主張した。しかし、IBM事件はその後最高裁で上告不受理となったことから、法人税法132条の不当性要件の判断において、最高裁が、IBM控訴審判決が示した独立当事者間基準の判断枠組みを採用したとは考えられていない。 また、本件では、本件借入れの利率が、「平成26年(2014年)10月29日までは年6.8%、その後は年5.9%とする。」とされており、かかる利率の高さを異常・不自然なものとして問題視する見方がある(※14)。控訴審判決から、本件借入れは円建てで実行されたと推察されるため、本件借入れの金利水準の高さは際立っているといわざるを得ない。さらに、利息の関連でいえば、本件については、現在であれば、法人税法132条ではなく、過大支払利子税制(措法66の5の2①)の枠組みで取り扱われる可能性もあるが、同制度は平成24年度税制改正により導入されたものであることから、当然、それ以前の事案である本件には適用されなかったものと解される(※15)。 (※14) 品川芳宣教授は、「同族会社の高額借入れと同族会社の行為計算の否認」(「T&Amaster」No.855 2020.10.26 21頁)で、「Xは、本件借入れによって、年利6.8%又は5.9%という当時の日本の市場金利に比して相当高額な本件利息を支払い、しかも、本件利息がその支払前のXの利益金額に相当するというのであるから、日本の法人税の納付を免れたことになる。そうなると、そのこと自体が本件借入れの目的であるようにも考えられる。また、この年利については、無担保であるから相応の高金利になる旨の指摘もあろうが、取得するU株式を担保に供することで日本国内であれば、1%前後の金利で借入れることも可能であったはずである。」と述べている。 (※15) 太田洋『ユニバーサル・ミュージック事件 東京地裁判決の分析と検討〈下〉』(「月刊 国際税務」Vo.39 No.12 44頁)は、「当時のわが国税制の下では、国境を越えた利払いによる課税ベースの浸食の問題は、過少資本税制、タックス・ヘイブン対策税制及び移転価格税制で対処する建付けとされていたところ、(中略)にも拘らず、本件支払利息の損金算入を法132条1項(ないし法132条の2)を適用して否認することは、過少資本税制、タックス・ヘイブン対策税制及び移転価格税制の適用範囲が租税法によって厳格に定められている趣旨を没却することになってしまいかねない」と述べている。 (了) ↓お勧め連載記事↓

#No. 470(掲載号)
#霞 晴久
2022/05/19

〈ポイント解説〉役員報酬の税務 【第38回】「M&Aにおける役員給与・役員退職給与の支給」

〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第38回】 「M&Aにおける役員給与・役員退職給与の支給」   税理士 中尾 隼大   ○●○● 解 説 ●○●○ M&Aで検討すべき論点は多岐に渡り、役員報酬を取り上げる本連載においても【第6回】及び【第15回】にて、M&Aに関連する論点を紹介してきている。今回は株式譲渡によるM&Aを契機として役員が退任等をする場合に焦点を絞り、解説していきたい。   (1) 分掌変更による役員退職給与の支給 分掌変更はM&A特有の論点ではないが、念のため、まずは紹介しておく。 中小企業同士のM&Aにおいて、買手企業のマンパワー不足や、対象会社の経営者の信頼やコネクション等の定性的要素の維持・伝承を目的として、売手かつ経営者を兼ねていた対象会社の旧代表取締役等が、顧問・相談役等の形で一定期間留まるケースが多い。 このような場合、役員退職給与の支給を検討することとなるが、当該役員退職給与が分掌変更による支給に該当し、実質的な退職であると判断できるか否かは法人税基本通達9-2-32を踏まえての判断が必要となる。したがって、少なくとも旧代表者は経営等の現在の職務内容からは完全に退き、引継ぎ業務に専念すべきであるといえる(※1)。 (※1) 分掌変更に係る役員退職給与については、【第2回】参照。   (2) 役員退職給与と株式譲渡益課税の税率差の検討 M&Aにおける買手候補との交渉場面においては、上記(1)のように旧代表取締役等が対象会社に留まらず、即時退任を前提とされるケースもある。上記とこの場合に共通するのは、株式譲渡価額の一部を役員退職給与として支給する場合があるということである。 つまり、譲渡対価の一部がM&Aの対象会社から支給される代わりに、買手は株式譲渡価額が減額される形となる。この場合、税務上の損金算入限度額等に留意することは当然のこと(※2)、売手にとっては役員退職給与の支給により節税効果が生まれることに留意したい。 (※2) 税務上の損金算入限度額については、【第3回】等を参照。 すなわち、株式譲渡による課税は株式譲渡益に対する課税のため、申告分離課税による税率20.315%(所得税・復興特別所得税15.315%+地方税5%)が適用されるのに対し、役員退職給与を含む退職所得は累進課税とはいえ退職所得控除があり、かつ1/2を乗じた上で課税退職所得を算定するからである。 この点、法人税法上の役員退職給与の損金算入限度額を交渉材料として全額支給を受けた結果、節税効果を十分に得ることができないばかりか、実効税率として20.315%を超えてしまっているケースも散見される。このような傾向は、特に、退職する役員の勤続年数が短く退職所得控除が十分に取れない、又は税務上の損金算入限度額自体が多額であることが要因となるケースが多い(※3)。 (※3) シミュレーションの具体例については、中尾隼大・山名誠「中小企業のM&Aにおいて株式譲渡を選択する場合の留意点と税務上のポイント」税理63巻6号(2020)15頁以下参照。   (3) 臨時改定事由及び業績悪化改定事由の適用可否 また、交渉によっては、株式譲渡のみが行われ、経営者は引き続き代表取締役等として活動することが前提となるケースもある。この場合において、買手の要望で、代表取締役等の役員報酬額を減額することもあるだろう。 定時改定時期以外のタイミングでM&Aがなされ、減額要求がなされた場合、臨時改定事由や業績悪化改定事由に該当するか、それぞれ私見を述べてみたい。 ① 臨時改定事由 臨時改定事由については、【第27回】で詳述しているので、まずそちらを参照いただきたい。 本件においても、法人税法施行令69条1項1号ロに示される「役員の職制上の地位の変更、その役員の職務の内容の重大な変更その他これらに類するやむを得ない事情(下線部筆者)」に該当するかどうかの判断となる。 上記法令や法人税基本通達9-2-12の3「例えば・・・合併に伴いその役員の職務の内容が大幅に変更される場合をいう(抜粋)」が示すように、M&Aがあったにせよ、対象役員の職務内容が大幅に変更されるような事情がないのであれば、臨時改定事由としての減額は難しいと思われる。 ② 業績悪化改定事由 これに対し、業績悪化改定事由についてはどうだろうか。まずは【第14回】で詳述しているため、そちらを参照いただきたい。 業績悪化改定事由は、法人税基本通達9-2-13にて「経営状況が著しく悪化したことなどやむを得ず役員給与を減額せざるを得ない事情がある」場合に認められると示され、国税庁「平成20年12月 役員給与に関するQ&A(平成24年4月改訂)」の[Q1]にて、株主等の利害関係者との関係上、役員給与の額を減額せざるを得ない事情がある場合には認められる旨が示されている。 M&Aにおいては、赤字会社でも対象企業となり得る。例えば、買手にとって黒字化を見込むことができる場合や、対象会社が独自に保有する知的財産や許認可、ネームバリューや固定資産等に価値を見出す場合、更には、赤字であっても資本提携を行うことにより買手との相乗効果が見込まれる場合等が挙げられる。 このような場合、株式譲渡契約書に役員報酬の減額を前提として記載することが通常である他、資本提携後には買手と共に赤字を解消するための施策を実施することが見込まれる。したがって、このような事情があれば業績悪化改定事由として認められる公算は高いと考えられる。もっとも、法人税法施行令69条1項1号ハ「その他これに類する理由」の一例として上記通達があり、どのような事情がこれに該当するかは実態に応じた判断が必要となる(※4)。したがって、減額する判断に至った交渉経緯等を説明できるようにしておくべきである。 (※4) 高橋正朗編著『法人税基本通達逐条解説 十訂版』(税務研究会出版局、2021)882頁。 (了)

#No. 470(掲載号)
#中尾 隼大
2022/05/19

基礎から身につく組織再編税制 【第40回】「適格現物出資(共同事業)」

基礎から身につく組織再編税制 【第40回】 「適格現物出資(共同事業)」   太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太   前々回は「完全支配関係」、前回は「支配関係」がある場合の適格現物出資の要件を確認しました。 今回は、「共同事業」を行うための適格現物出資の要件について解説します。   1 共同事業を行うための適格現物出資の要件 共同事業を行うための適格現物出資の要件は、次の7つです。   2 金銭等不交付要件 「金銭等不交付要件」とは、現物出資法人に被現物出資法人株式以外の資産が交付されないことをいいます(法法2十二の十四)。 合併や分割と違って、1株未満の端数相当の金銭交付や反対株主の買取請求に基づく金銭の交付はありません。   3 従業者引継要件 (1) 従業者引継要件とは 「従業者引継要件」とは、現物出資直前の現物出資事業の従業者のうち、その総数のおおむね80%以上に相当する数の者が現物出資後に被現物出資法人の業務((2)参照)に従事することが見込まれていることをいいます(法令4の3⑮四)。 (2) 被現物出資法人の業務について 前回解説した「支配関係がある場合の適格要件」と同様に、被現物出資法人との間に完全支配関係がある法人の業務と現物出資の次に行われる適格合併に係る合併法人の業務も被現物出資法人の業務に含まれます。   4 事業継続要件 「事業継続要件」とは、現物出資事業が現物出資後に被現物出資法人において引き続き行われることが見込まれていることをいいます(法令4の3⑮五)。 前回解説した「支配関係がある場合の適格要件」と同様に、被現物出資法人との間に完全支配関係がある法人、現物出資の次に行われる適格合併に係る合併法人において、現物出資事業が引き続き行われることが見込まれる場合も含まれます。   5 主要資産負債引継要件 「主要資産負債引継要件」とは、現物出資により現物出資事業に係る主要な資産及び負債が被現物出資法人に移転していることをいいます(法令4の3⑮三)。 現物出資事業に係る資産及び負債が主要なものかどうかの判定は、前回解説した「支配関係がある場合の適格要件」と同様です。   6 事業関連性要件 (1) 事業関連性要件とは 「事業関連性要件」とは、現物出資事業と被現物出資法人の現物出資前に行ういずれかの事業とが相互に関連するもの((3)参照)であることをいいます(法令4の3⑮一)。 現物出資事業は現物出資法人から移転する事業で、共同事業を行うための適格合併の場合の要件(本連載【第8回】参照)とは異なり、主要な事業である必要はありません。 (2) 「事業」とは 事業関連性要件における「事業」とは、固定施設を有していること、従業者を有していること、売上が生じていることという3つの要件を満たすものをいいます(法規3①一)。 (3) 「相互に関連する」とは 事業関連性要件における「相互に関連する」というのは、次のような場合をいいます(法規3①二・②・③)。   7 事業規模要件又は経営参画要件 共同事業を行うための適格現物出資の要件として、事業規模要件又は経営参画要件のいずれかを満たすことが求められています(法令4の3⑮二)。 (1) 事業規模要件 「事業規模要件」とは、現物出資事業と被現物出資法人の事業(現物出資事業と関連する事業に限ります)のそれぞれの売上金額、従業者の数若しくはこれらに準ずるものの規模の割合がおおむね5倍を超えないことをいいます。共同事業を行うための適格合併の要件と異なり、資本金による規模の判定はできませんのでご留意ください。 事業規模要件は、規模があまりに異なる現物出資は共同で事業を行うものとは認められないという趣旨により設けられたもので、事業の規模の割合がおおむね5倍を超えないかどうかは、売上金額、従業者等の指標のうち1つの指標が要件を満たすかどうかにより判定します(法基通1-4-6(注))。 (例) (2) 経営参画要件 ① 経営参画要件とは 「経営参画要件」とは、現物出資前の現物出資法人の役員等(②参照)のいずれかと被現物出資法人の特定役員(③参照)のいずれかが現物出資後に被現物出資法人の特定役員となることが見込まれていることをいいます。 事業規模要件を満たさない場合でも、現物出資法人と被現物出資法人の両方の経営陣が現物出資後に経営参画しているものは共同で事業を行うためのものとして認めるという趣旨により設けられています。 ② 役員等とは 「役員等」とは、役員及び社長、副社長、代表取締役、代表執行役、専務取締役若しくは常務取締役又はこれらに準ずる者で法人の経営に従事している者をいいます。 ③ 特定役員とは 「特定役員」とは社長、副社長、代表取締役、代表執行役、専務取締役若しくは常務取締役又はこれらに準ずる者(④参照)で法人の経営に従事している者をいいます。 ④ 「これらに準ずる者」とは 「これらに準ずる者」とは、役員又は役員以外の者で、社長、副社長、代表取締役、代表執行役、専務取締役又は常務取締役と同等に法人の経営の中枢に参画している者をいいます(法基通1-4-7)。 共同事業を行うための適格合併の要件と異なり、現物出資法人、被現物出資法人の双方において特定役員である必要はありません。現物出資法人については「役員等」と規定されていることから、常務取締役以上の役員である必要はなく、対象となる役員の範囲が広くなっています。   8 株式継続保有要件 「株式継続保有要件」は、現物出資により交付される被現物出資法人の株式の全部が現物出資法人により継続して保有されることが見込まれていることをいいます(法令4の3⑮六)。   ◆共同事業を行うための適格現物出資の要件のポイント◆ 金銭等不交付要件は、原則として株式以外の対価を交付しないことをいいます。 従業者引継要件については、現物出資法人の全事業の従業者ではなく、現物出資事業にかかる従業者の引継ぎが求められています。 事業引継要件については、合併と異なり、主要な事業ではなく現物出資事業を引継げばよいこととされています。 事業関連性要件については、合併と異なり、現物出資事業は主要な事業である必要はありません。 事業規模要件については、事業関連性で使用した事業により判定します。 事業規模要件の判定指標で資本金を選択することはできません。 経営参画要件については、単なる役員ではなく特定役員に就任する必要があります。 経営参画要件については、合併と異なり、現物出資法人は対象役員の範囲が広くなっています。   (了)

#No. 470(掲載号)
#川瀬 裕太
2022/05/19

相続税の実務問答 【第71回】「相続人に被相続人の死亡を知らせなかった場合の相続税の課税」

相続税の実務問答 【第71回】 「相続人に被相続人の死亡を知らせなかった場合の相続税の課税」   税理士 梶野 研二   [答] 相続人であるあなた方姉妹は、お父様の死亡を知った日の翌日から10ヶ月以内に、お父様が死亡したことによる相続税の申告書を提出しなければなりません。あなた方姉妹は、お父様の亡くなられた日に、その死を知ったと思われますので、その日の翌日から10ヶ月以内の日、つまり今年の6月2日までに申告書を提出する必要があります。 しかし、お母様につきましては、お母様が未だにお父様の死を知らないとすれば、現時点では、お母様の申告書の提出期限は定まっていないこととなります。今後、お母様がお父様の死を知った場合には、その日の翌日から起算して10ヶ月以内に相続税の申告をする必要があります。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 相続税の申告書の提出期限 相続や遺贈により財産を取得した者は、被相続人から相続や遺贈により財産を取得したすべての者の相続税の課税価格(相続や遺贈により取得した財産の価額から、債務・葬式費用を控除し、一定の生前贈与財産の価額を加算した金額)の合計額がその遺産に係る基礎控除額を超える場合において、その相続人又は受遺者について相続税額が算出されることとなるときは、その者が被相続人の相続の開始を知った日の翌日から10ヶ月以内に相続税の申告書を提出しなければならないこととされています(相法27①)。 相続税の申告書の提出期限の起算日は「相続の開始があったことを知った日」の翌日ですが、「相続の開始があったことを知った日」とは、相続人や受遺者が、自己のために相続の開始があったことを知った日をいうものと解されています。相続が開始した被相続人に相続人や受遺者が2名以上いる場合には、各相続人や受遺者ごとに「相続の開始があったことを知った日」が異なることもありますが、その場合には、相続人や受遺者ごとに相続税の申告書の提出期限が異なることとなります。 (注) 相続税の申告書は、相続人や受遺者全員が共同で提出するケースが多く、その場合、相続の開始があったことを知った日が相続人及び受遺者間で異なるときには、被相続人が亡くなったことを最も早く知った相続人又は受遺者、すなわち最も早く申告書の提出期限を迎える者の申告期限に間に合うように、相続税の申告書を提出することとなると思います。しかしながら、相続人又は受遺者のうちに被相続人(遺贈者)の死亡を知らない者がいる場合、その者についてはそもそも相続税の申告書を提出することは不可能ですので、その者が共同申告をする相続人等に加わることはありません。   2 相続税の申告書の提出期限前における相続税の課税 被相続人から相続や遺贈により財産を取得したすべての者の相続税の課税価格の合計額がその遺産に係る基礎控除額を超える場合において、その相続人又は受遺者について相続税額が算出されることとなるときは、税務署長は、被相続人が死亡した日の翌日から10ヶ月が経過していれば、相続税の申告書の提出期限前においてもその者の相続税の課税価格又は相続税額の決定をすることができるとされています(相法35②一)。 税務署長としては、死亡の日を知ることはできても、相続人等が相続開始を知ったかどうかを知ることはできず、また、仮に相続人等が相続開始を知らないまま時が流れるとするならば、いつまでも相続税の課税ができないという不都合な状態が続くこととなってしまうことから、租税の確保を確実なものとするために設けられた規定であると考えられます。 なお、相続税の申告書の提出期限前に税務署長が決定を行った場合には、その決定によりその者の申告書の提出義務は消滅します。また、この決定処分により無申告加算税や延滞税が生じることもありません(武田昌輔監修「DHCコンメンタール相続税法」(第一法規、加除式)2813頁)。   3 ご質問の場合 あなた方はお父様がお亡くなりになられた昨年8月2日にそのことを知ったということですので、相続税の申告期限は、その翌日から10ヶ月後の令和4年6月2日になります。しかしながら、お母様が未だにお父様の死を知らないということであれば、お母様については、現時点では、相続税の申告期限は定まっていない状態であり、しばらくは、お母様の相続税の申告はできない状態が継続することになると思われます。 共同相続人の一部の者について相続税の申告がないとすると、税務署長は、相続税法第35条第2項第1号の規定に基づき、税務調査を経て、相続税の決定処分を行うことができますので、お母様がお父様の死を知らないとしても、相続税の決定処分がなされる可能性があります。 また、お母様がお父様の死を知らないとの事実は、お母様及びあなた方ご家族の申立て以外の客観的な証明が困難であるとすると、税務署長が無申告加算税賦課決定処分を伴う通常の決定処分を行うおそれもあります。 あなた方のお母様に対する気遣いも理解できますが、お母様が薄々はお父様がお亡くなりになったことに感づいているとすれば、頃合いを見てお母様にお父様が亡くなられたという事実を告げ、あなた方と共に相続税の申告をするように相談されてはいかがでしょうか。 (了)

#No. 470(掲載号)
#梶野 研二
2022/05/19
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