〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第15回】 「特定事業用宅地等の特例の適用における生計一親族の判断」 税理士 柴田 健次 [Q] 次のそれぞれの場合には、A宅地、B宅地について、小規模宅地等に係る特定事業用宅地等の特例の適用を受けることは可能でしょうか。 [A] A宅地については、小規模宅地等に係る特定事業用宅地等の特例(以下単に「特例」という)を受けることはできませんが、B宅地については他の要件を満たせば特例の適用を受けることができます。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 特定事業用宅地等の事業継続要件 特定事業用宅地等の要件として、被相続⼈又はその被相続人と生計を一にしていたその被相続人の親族(以下「被相続人等」という)の事業(貸付事業を除く、以下同じ)の⽤に供されていた宅地等を相続又は遺贈により取得した被相続人の親族が、次に掲げる場合の区分に応じていずれかを満たす必要があります(措法69の4③一)。 本問の場合には、上記②の「生計を一にしていた」親族に該当するか否かが問題となります。 2 「生計を一にしていた」の意義 「生計を一にしていた」の意義は、法律として明文化されていませんので、原則的には、所得税における「生計を一にする」の範囲を確認して判断することになります。 所得税基本通達2-47(生計を一にするの意義)では、下記の通り定められています。 実務においては、別居親族の場合における「生計を一にする」の具体的な判断については、上記の例示のみで判断することが難しいことも少なくありませんので、実際の判断基準については、過去の裁決や裁判事例を確認する必要があります。 3 「生計を一にしていた」の判断基準 別居親族の取得した土地が「被相続人と生計を一にしていた相続人の事業の用に供されていた宅地等」に該当するか否かが争われた事件では、被相続人と同居をしていなかったものの、生前から日常の世話をしており、被相続人の成年後見人として財産管理を行っていた事例となりますが、国税不服審判所及び横浜地裁は、「生計を一にしていた」の判断基準を下記の通り示し、いずれも「生計を一にしていた」とは認めませんでした。 (1) 平成30年8月22日の国税不服審判所裁決(TAINSコード:F0-3-670) (※) 下線は筆者により加筆。 (2) 令和2年12月2日の横浜地裁判決(TAINSコード:Z888-2343) (※) 下線は筆者により加筆。 (3) 「生計を一にしていた」の判断基準 令和3年9月8日の東京高裁(TAINSコード:Z888-2368)も上記横浜地裁と同様の考え方により「生計を一にしていた」とは認めませんでした。横浜地裁及び東京高裁では、土地を利用してなされる事業の収益によって被相続人と相続人(親族)の生活基盤が維持されるなどの場合には、「生計を一にしていた」と認められるとしており、所得税における「生計を一」より狭い範囲で考えています。現時点においては、納税者は最高裁に上告していますので、上記(2)の内容の射程範囲やその判断が真に適正であるか否かはまだ判然としない部分もあります。 東京高裁では、「生計を一にしていた」というためには、相続人の事業によって被相続人の生計を維持されていなければならない旨を判示していますが、私見としては、条文や立法趣旨(生計一親族について特例が認められたのは、昭和58年度の税制改正となりますが、その趣旨は、生計一親族の生活基盤の維持にあります)から上記の判断基準を導くのは難しいと思慮されますので、横浜地裁や東京高裁が示した内容は、「生計を一にしていた」の1つの具体的な例示に留まると解釈するのが相当であると考えられます。 「生計を一にしていた」の判断基準としては、上記2における所得税における「生計を一にする」の意義や上記3の(1)の国税不服審判所の判断基準を主軸としてそれぞれの事案ごとに考える必要があります。 4 本問への当てはめ (1) A宅地の場合 被相続人の老人ホーム入居後は別居していますが、毎月の老人ホームの利用料及び生活費は、被相続人の賃貸用マンションの収入がある口座から支出しており、居住費、食費、光熱費その他日常の生活に係る費用等を共通にしていた関係は認められませんので、「生計を一にしていた」親族には該当せず、特例の適用を受けることはできません。 なお、「生計」が通常、経済的側面を指すことから成年後見人としての身上監護や日常生活の支援は、親族としての助け合いであって、「生計を一にしていた」の判断に、直接的に結びつくものではないと考えられます。 (2) B宅地の場合 被相続人の老人ホーム入居後は、別居していますが、長男は生活費の送金をしており、かつ、土地を利用してなされる事業の収益によって、被相続人の日常生活の糧を共通にしていた事実もありますので、「生計を一にしていた」親族に該当し、他の要件を満たせば特例の適用を受けることができます。 ★実務上のポイント★ 事業承継時に「生計を一にしていた」親族であっても、相続開始の直前の状況で「生計を一にしていた」親族に該当しないことも少なくありませんので、注意が必要となります。親族が被相続人の所有する土地で事業を行っている場合には、別居親族でも「生計を一にしていた」親族に該当する例示は、事前の相続対策としてアドバイスする必要があります。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q70】 「特定口座でクロス取引を行う場合の所得金額の計算」 PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 上場株式等に係る譲渡所得等の計算方法 上場株式を譲渡したことによる譲渡益は、「上場株式等に係る譲渡所得等」として、下記の算式で計算されます。 クロス取引とは、保有する株式を譲渡すると同時に、同一銘柄の株式を購入することを約定する取引であり、当初の取得と買戻しに係る取得とで、同一銘柄の株式を2回以上にわたって購入することになります。 このように、同一銘柄の株式を2回以上にわたって購入し、その株式の一部を譲渡した場合の取得費は、総平均法に準ずる方法により計算することとされ、具体的には、下記の算式により計算することになります。 したがって、同一銘柄の株式を複数回にわたって購入した場合の取得費は、当該株式を譲渡した時までの平均単価に基づいて計算することになり、譲渡後に購入した株式の取得に係る費用は影響しないことになります。 2 源泉徴収を選択した特定口座内の上場株式等の譲渡等に係る所得計算 特定口座内保管上場株式等(特定口座に係る振替口座簿に記載若しくは記録がされ、又は特定口座に保管の委託がされている上場株式等)を源泉徴収選択口座内で譲渡した場合には、その口座を開設する証券会社等が源泉徴収をすることになります。 この場合の源泉徴収の基礎となる所得金額(源泉徴収選択口座内調整所得金額)は、下記の算式により計算することになります。 また、同一銘柄の株式を2回以上にわたって購入した場合の取得費は、上記1に記載した計算方法と同様ですが、同一銘柄の株式を同一日に売買する場合、一般に、特定口座では実際の取引の順序に関わらず、その日の買戻しに係る費用も含めて総平均法に準ずる計算が行われている点については、注意が必要です。 〈同一日に同一銘柄を売買した場合の計算例〉 なお、特定口座では、口座ごとに上記の計算と源泉徴収が行われるため、同一銘柄であっても、複数の証券会社で開設する特定口座に分散して保有している場合には、譲渡による所得の総額は確定申告した場合の計算と異なる可能性があります。 3 本件へのあてはめ 特定口座内の源泉徴収の基礎となる所得金額は、その年中の譲渡収入の総額から総平均法に準じて計算した取得費等を控除して計算することになりますので、原則として、確定申告における所得計算と同様となります。 ただし、クロス取引として、譲渡と同一日に同一銘柄を買い付ける場合には、一般に、その買付けに係る費用も含めて総平均法に準ずる方法により取得費が計算されているため、想定していた損益計算と異なる可能性があり、注意が必要です。 (了)
〔顧問先を税務トラブルから救う〕 不服申立ての実務 【第8回】 「実質審理に入る前の国税不服審判所の手続」 公認会計士・税理士 大橋 誠一 1 形式審査 (1) 形式審査の意義 形式審査とは、審査請求が法令に定める手続に従って適法にされたか否かについての手続要件の審査である。 審査請求書を受理した場合には、審査請求書の副本を原処分庁に送付するとともに、原処分庁に形式審査に必要な書類の提出を求め、その審査請求事件の担当審判官及び分担者として指定されることが予定される者を形式審査担当者に指名し、その形式審査担当者により形式審査が行われる。 (2) 形式審査の範囲と方法 形式審査は具体的には次のような事項について行われ、原則として書面審査の方法によるが、審査請求人及び原処分庁提出の資料では不十分な場合には、審査請求人又は原処分庁に対して調査を行うこともある。 (3) 補正の求め 審査請求書の記載内容及び添付書類の審査の結果、必要な記載事項を欠いているなどの不備があるが、その不備を補正することによって適法と認められる審査請求については、相当の期間を定めて、その補正を求めなければならない。 補正に当たっては、形式に捉われることなく、できる限り適法な審査請求として補正されるよう、審査請求人の意とするところを読みとった弾力的な取扱いをしている。 例えば、審査請求の前段階である再調査の請求についての再調査決定の取消しを求める審査請求がされた場合、再調査決定そのものの取消しを求めることは国税通則法の規定によりできないことになっているので、その審査請求の趣旨が明らかに再調査決定の取消しのみを求める趣旨のものでない限り、再調査決定を経た後の原処分についての取消しを求める審査請求とするように、審査請求人に十分説明した上で訂正を求めることになる。 補正の手続は、補正の確実性を期するために、書面による補正が望ましいが、審査請求人又は代理人が口頭による補正を申し出たときは、補正の内容を録取書に記録することにより、審査請求人等の意思の確実な伝達と証拠保全を図っている。 また、審査請求書の記載内容の欠陥又は不備が軽微なものについては、審査請求書の記載内容及び添付書類又は原処分関係書類等によって、審査請求書の必要的記載事項が判明するときは、審査請求人等の意思を確認しないで職権により補正し、他方、当該書類等では当該事項が判明しないときは、電話や書面により審査請求人等の意思を確認した上で職権により補正している。 なお、補正により、不備が訂正されたときは、初めから適法な審査請求がされたものとして取り扱われることはいうまでもない。 このように、補正手続はできる限り適法な審査請求となるようにするものであって、形式審査担当者は、審査請求人が機敏に補正に対応しないからといって、安易に却下裁決を起案すべきではない。 2 不適法な審査請求に対する審理手続を経ないでする却下裁決 (1) 却下裁決には2種類ある 形式審査を終了した後、適法と認められる審査請求及び不適法であることが明らかでない審査請求は、答弁書の提出を原処分庁に求めるとともに、担当審判官等を指名し、これらの者で構成する合議体に配付され、実質審理に入ることになるが、審査請求が不適法であって補正することができないことが明らかな審査請求又は補正を求めても定められた期間内に補正されなかった審査請求は、国税通則法第92条の規定に基づき、審理手続を経ないで不適法な審査請求として却下の裁決がされる。 この場合の却下は、裁決の一態様ではあるが、他の裁決と異なり実質審理の対象として取り上げない旨の判断であるため、審理手続を経ないで行うことから、国税不服審判所長は合議体の議決に基づくことなく裁決を行う。 なお、形式審査の段階では不適法であることが明らかでなく、実質審理に着手した後に不適法な審査請求であることが判明したときは、国税通則法第98条の規定に基づき、合議体の議決に基づき却下の裁決がされる。 (2) 不適法であることが明らかな審査請求 例えば次のようなものがある。 なお、これらの不適法事由について若干補足すれば、②の処分の有無については、処分は行政庁の公権力の行使によって、直接国民の権利義務に影響を及ぼす法律上の効果を生ずるものであることを要するから、例えば、公売予告通知、延滞税の通知、予定納税基準額の通知等は、これに当たらず却下されることになる。 また、⑤の法定の審査請求期間の経過については、不服申立期間である3ヶ月(直接審査請求の場合)又は1ヶ月(再調査の請求を経る場合)の期間計算は、争訟手続上の要件であることから厳格に解釈されており、正当な理由がなければ宥恕されることはない。 (3) 正当な理由の該当例 審査請求が法定の審査請求期間経過後にされており、かつ、審査請求期間を経過したことについて認められる「正当な理由」には、例えば、次のような場合などの不服申立人の責めに帰すべからざる事由が一般的に該当するとされている。 3 答弁書の要求 (1) 答弁書提出の趣旨 形式審査の結果、審査請求が適法と認められる場合又は不適法であることが明らかでない場合については、首席審判官(各地域国税不服審判所長)は、原処分庁に対して答弁書の提出を求める。 答弁書は審査請求人の主張に対する原処分庁の主張を記載した書面であり、原処分庁は必ず答弁書を提出する義務があるとされている。 これは、審査請求人に審査請求の趣旨、理由を審査請求書に明確に記載することを要求することに対応して、原処分庁にもその主張を明確に表明することを義務付けたものである。 (2) 答弁書の記載事項 答弁書には審査請求の趣旨及び理由に対応して、原処分庁の主張が記載されていなければならないことが国税通則法において規定されている。 すなわち、審査請求の趣旨に対応してどのような裁決を求めるかが明らかにされるとともに審査請求の理由により特定された原処分の違法事由に対応して、原処分庁の主張を具体的に記載することになる。 原処分の理由は既に更正等の通知書又は再調査決定書において示されているところであるが、その処分理由に対する審査請求人の主張が審査請求書で明らかにされているのであるから、答弁書においては、原処分の理由の引き写しでは不十分であるのは当然であり、問題点をより一層絞り込み深度ある原処分庁の主張が記載されることが要求される。 (了)
〔まとめて確認〕 会計情報の月次速報解説 【2021年11月】 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2021年11月1日から11月30日までに公開した速報解説のポイントについて、改めて紹介する。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。 Ⅱ 監査上の主要な検討事項(KAM)関係 日本公認会計士協会から、「「監査上の主要な検討事項」の強制適用初年度(2021年3月期)事例分析レポート」が公表されている。 強制適用初年度(2021年3月期)における「監査上の主要な検討事項」について詳細に分析されている。 Ⅲ 非財務情報の開示関係 経済産業省から、「サステナビリティ関連情報開示と企業価値創造の好循環に向けて-「非財務情報の開示指針研究会」中間報告-」(非財務情報の開示指針研究会)が公表されている。 質の高い非財務情報の開示を実現するために求められる方向性について議論したものであり、非財務情報の開示に関する今後の動向に注意が必要である。 Ⅳ 会計監査関係 監査法人及び公認会計士による会計監査に関連して、次のものが公表されている。 ① 「会計監査の在り方に関する懇談会(令和3事務年度)論点整理-会計監査の更なる信頼性確保に向けて-」(会計監査の信頼性確保のための取組みについての議論) ② 「IT委員会研究報告第34号「IT委員会実務指針第4号「公認会計士業務における情報セキュリティの指針」Q&A」の改正」(公開草案)(公認会計士のリモートワークの定着化及び顕在化した課題への対応) ③ 「専門業務実務指針4400「合意された手続業務に関する実務指針」及び監査・保証実務委員会研究報告第29号「専門業務実務指針4400「合意された手続業務に関する実務指針」に係るQ&A」」(国際監査・保証基準審議会(IAASB)「国際関連サービス基準(ISRS)4400「Agreed-Upon Procedures Engagements」」(2020年4月3日)の公表に対応) ④ 「監査・保証実務委員会実務指針「イメージ文書により入手する監査証拠に関する実務指針」」(公開草案)(令和3年度税制改正による電子帳簿等保存制度の見直しに伴い、企業の取引情報の電子化の一層の加速化に対応) ⑤ 「EDINETで提出する監査報告書の欄外記載について(お知らせ)」(2021年9月1日に施行された公認会計士法に対応) ⑥ 「監査に関する品質管理基準の改訂に係る意見書」(企業会計審議会)(監査事務所におけるリスク・アプローチに基づく品質管理システム) ⑦ 「倫理規則」の改正に関する公開草案(日本公認会計士協会の「倫理規則」の見直し) (了)
ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第21回】 「社員にワクチン接種を勧奨する場合の注意点」 弁護士 柳田 忍 【Question】 先日、新型コロナワクチンの追加接種の実施方針が国から示され、また、厚生労働省が3回目の職場接種に関する説明会を実施しました。追加接種の対象となるのは1回目、2回目の接種を受けた人だということなので、当社においては、1回目・2回目のワクチン接種を受けていない社員に向けて社長がメッセージを発信することを検討しています。 メッセージの概要は以下のとおりです。 このような、メッセージはワクチンハラスメントに当たらないでしょうか。また、社員にワクチン接種を勧める場合のポイントを教えてください。 【Answer】 社長のメッセージは、社員に対して新型コロナウイルスのワクチン接種を強要するおそれがあり、いわゆるワクチンハラスメント(新型コロナウイルスのワクチンの予防接種を強要されたり、接種を受けたことや受けなかったことについて不当な取扱いや嫌がらせ等を受けたりすること)に該当する可能性を否定できないものと思われます。 社員に対してワクチン接種を勧奨する場合には、これが強要に当たらないよう、ワクチン接種を受けた場合・受けない場合それぞれのメリット、デメリット、リスク等について正確な情報を丁寧に説明したうえで、ワクチン接種に不安や抵抗感を覚えている社員の心情に理解を示し、寄り添う内容のものにするのがよいと思います。 1 ワクチン接種の勧奨と強要の判断基準 新型コロナウイルスのワクチン接種は努力義務(目的実現のため、心身を労して務めることをもって義務を達成したことになるもの)であり、会社は、社員に対してワクチンの接種を勧奨することは可能だが、ワクチン接種を強要することはできない。どの程度の「勧奨」であれば「強要」に当たらないかについては、退職勧奨と退職強要の判断基準が参考になる(拙稿【第11回】、【第16回】参照)。 具体的には、以下のとおりと考えられる。 社長のメッセージの対象者は、1回目・2回目のワクチン接種を受けていない社員であり、ワクチン接種の勧奨に応じない明示ないし黙示の意思表示を行った者と捉えることも可能である。 よって、これらの者に対してワクチン接種を勧奨する場合、ワクチン接種を受けた場合・受けない場合のメリット、デメリット、リスク等について、正確な情報をもって丁寧に説明し、説得活動を行うよう心がけるべきである。 2 本メッセージにおける問題点 (1) 接種を受けない者に対して不利益な取扱いがなされる可能性を示唆する点 本メッセージは、社長自らが、社員はワクチン接種を受けるべきであるとの立場を強く表明し、接種に応じない意思表示を行ったとみることができる社員にわざわざ再考を求める内容のものである。 よって、これに逆らってワクチン接種を受けない場合に会社から何らかの不利益な取扱いを受けるおそれを推認させるものであり、社員に不当な心理的圧力を与えて自由な意思形成を阻害するものに当たる可能性がある。 (2) ワクチン接種を受けた場合のデメリット・リスクについて不正確な情報を提供している点 ワクチン接種により重大な副反応(アナフィラキシー(急性のアレルギー反応等))が現れる確率が極めて低いことは事実である。しかし、ワクチンの長期的な安全性についてはまだ評価できる段階にはなく、今後も観察が必要であると言われている。 それにもかかわらず、本メッセージにおいて、あたかもワクチン接種を受けることについて健康被害の可能性がないかのごとく述べられている点に問題がある。 (3) いわゆる「同調圧力」が生じるおそれがある点 本メッセージは、社員がワクチンを接種しないことにより会社や周りの社員が迷惑を被るのだからワクチンを接種すべきであるというメッセージを伝えるものと言える。このようなメッセージは、いわゆる同調圧力を生じさせる可能性が高い。 同調圧力の危険性については、公的機関が発行している文書やウェブサイト等においても警告がなされているところである(例えば、文部科学省等の「新型コロナウイルス感染症に係る予防接種を生徒に対して集団で実施することについての考え方及び留意点等について」)。 ワクチン未接種者の感染リスクが接種者よりも高く、感染者との接触により接種者の感染リスクが高まることは事実であり、その事実自体をニュートラルに伝えることは問題ないと思われる。社員へのメッセージを発する際には、かかる事実の伝達が同調圧力に繋がらないよう、文案を慎重に検討すべきである。 3 ワクチンハラスメントを避けつつ職場の安全を守る方法 社員に向けたメッセージにおいてワクチンハラスメントを避けるポイントとしては、以下のとおりである。 (1) ワクチン接種を受けるか否かは本人の自由であるという原則を明確にする この基本原則を強く打ち出すことにより、メッセージ中の他の文言がワクチン接種を強要する趣旨であると誤解されることを避ける効果が期待できる。 例えば、「ワクチン接種を受けるか否かは本人の自由」というメッセージを打ち出しておけば、上記の「ワクチン未接種者の感染リスクが接種者よりも高く、感染者との接触により接種者の感染リスクが高まる」との事実の伝達が同調圧力ととられるリスクを低減できる。 (2) メッセージの発信者を社長以外の者にする 上記のとおり、社長がワクチンを強く推奨するメッセージを発すれば、これに逆らってワクチン接種を受けない場合に会社から何らかの不利益な取扱いを受ける可能性を推認させるおそれがある。 よって、メッセージの発信者は社長以外の者とするのが望ましい。 (3) ワクチン接種のメリット・デメリットについて、正確な情報を提供する まず、ワクチン接種のデメリットに関する正確な情報を提供するとの観点から、ワクチン接種に健康上の問題がないかのごとくの表現は避けるべきである。 上記のとおり、ワクチン接種のリスクについて、社員に対して正確な情報を提供することは、ワクチンハラスメントを避けるために重要なポイントであるが、同時に、社員がワクチン接種のリスクを過剰に評価して、接種に抵抗するケースも多いことに照らすと、ワクチン接種率の上昇に繋がり、職場の安全を守る方向にも資することになる。 また、ワクチン接種のメリットに関する正確な情報の提供については、例えば、妊娠中の方でワクチン接種について不安を感じている方は少なくないが、公的機関や専門家などは、妊娠中に新型コロナウイルスに感染すると、特に妊娠後期は重症化しやすいとして、妊娠中の方へのワクチン接種を推奨している(例えば、厚生労働省ホームページの「新型コロナワクチンQ&A」)。 このような情報を提供するなどして、ワクチン接種への不安や抵抗感を覚えている社員に理解を示し、これらを取り除いてあげることが、ワクチンハラスメントを避けつつ、ワクチン接種率を向上させ、職場の安全確保にも繋がるのではないかと思われる。 4 まとめ 会社は、社員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負うことから、職場の安全を守るため、また、取引先との関係等から、社内のワクチン接種率を上げたいという切実な事情は理解できる。 しかし、社員にワクチンを受けてほしいという気持ちが先行して、圧力をかけるようなコミュニケーションとなったり、不正確な情報をもって説得しようとしたりする場合には、ワクチンハラスメントに該当するおそれがあり、また、接種を強要された社員に健康問題等が発生した場合には会社の責任になりかねない。 ハラスメントにおいては、言動がハラスメントに当たらないようにすることはもちろんのこと、相手から「ハラスメントだ」と言われないようにすることも重要である。そのためには、ワクチン接種への不安や抵抗感を覚えている社員に理解や共感を示し、寄り添う内容にすることがポイントになると思われる。 (了)
〔一問一答〕 税理士業務に必要な契約の知識 【第24回】 (最終回) 「再転相続と相続放棄の熟慮期間」 虎ノ門第一法律事務所 弁護士 鏡味 靖弘 〔質 問〕 私の父は、令和3年5月31日に亡くなりました。父の法定相続人は子である私だけであり、相続手続を終えたところ、令和3年12月1日、伯父(父の兄)の債権者だったという方から私宛に5,000万円もの支払を求める訴状が届きました。訴状によると、伯父の妻及び子が全員相続放棄をしており、父が伯父の相続人となっていたため、父からの相続により私が伯父の相続人たる地位を承継したとのことです。 父と伯父はもう30年以上も音信不通であり、父は伯父が亡くなったことさえ知らなかったはずです。今回届いた訴状により、私は初めて父が伯父の相続人であったことを知りましたが、5,000万円もの支払をするつもりはありません。父が亡くなってから半年を経過していますが、私は、これについて相続放棄をすることができるのでしょうか。 〔回 答〕 訴状が送達され、父親が伯父の相続人であったことを知った時(令和3年12月1日)から3ヶ月以内であれば、伯父からの相続について、相続放棄をすることができます。 ◆◆◆◆ 解 説 ◆◆◆◆ 1 再転相続とは 「再転相続」とは、ある人(A)が亡くなった後(第1次相続)、その法定相続人(B)が相続放棄や限定承認、単純承認をする前に死亡し、Bについても相続(第2次相続)が開始した場合のことをいう。 なお、類似のケースとして「代襲相続」や「数次相続」があるが、代襲相続は、Aが亡くなった時点で法定相続人であるBが相続権を失っている場合(死亡が典型例)をいい(民法887条2項)、数次相続は、BがAの遺産について承認したが、遺産分割協議をしないうちに死亡してしまい、Bについての相続が開始した場合をいう。 2 再転相続における相続放棄等の対象 例えば、Aが死亡し(第1次相続)、その子であるBが相続放棄や単純承認をする前に死亡した場合(第2次相続)、Bの子であるCは、第2次相続についてだけでなく、第1次相続についても承認又は放棄の選択をしなければならない。孫であるCは、父Bの相続と祖父Aの相続の両方についてこれを決しなければならないのである。 第1次相続及び第2次相続に対する承認・放棄の組み合わせは合計4パターンあり得るが(承認・承認、放棄・放棄、放棄・承認、承認・放棄)、このうち、第1次相続は承認して第2次相続を放棄するというパターンはとり得ない。なぜならば、第2次相続について放棄した時点で、第1次相続に関する相続人の地位を失うからである。そのため、祖父(A)は積極財産のみを遺し、他方で父(B)は多額の負債を抱えていたという場合に、Bの負債については承継せず(放棄)、Aの積極財産は引き継ぐ(承認)という対応はできない。 3 再転相続における熟慮期間 (1) 相続放棄の熟慮期間(一般) 相続人は、「自己のために相続の開始があったことを知った時」から3ヶ月以内に、相続の承認(単純承認・限定承認)又は放棄をしなければならない(民法915条1項本文)。この3ヶ月という期間のことを「熟慮期間」という。 相続の承認及び放棄の制度は、相続人に対し、被相続人の権利義務の承継を強制せず、相続の承認・放棄をする機会を与えることによって、相続財産を調査するかどうかについての選択権を付与したものであり、民法915条1項本文の規定する熟慮期間は、相続人が承認・放棄の判断をするに当たり、相続財産の状態、積極・消極財産の調査をして熟慮するための期間として定められたものである。 そこで、民法915条1項本文にいう「自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、相続開始の原因たる事実の発生を知っただけでは足りず、それによって自己が相続人となったことを覚知した時をいうものと解釈されている(最高裁判所昭和59年4月27日判決・民集38巻6号698頁)。 (2) 再転相続における熟慮期間の起算日 再転相続における熟慮期間の起算日について、民法916条は、「相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したときは、前条第1項の期間は、その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から起算する」と規定している。 (3) 第2次相続基準時説と第1次相続基準時説 民法916条にいう「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」の解釈については、いわゆる「第2次相続基準説」と「第1次相続基準説」との争いがあった。 第2次相続の相続人Cが、自分のために第2次相続(Bからの相続)の開始があったことを知った時をいうとするのが第2次相続基準説であり、CがBのために第1時相続(Aからの相続)の開始があったことを知った時を指すとするのが第1次相続基準説である。 〔質 問〕の事例のように、第1次相続に関する関係事実(父が伯父の相続人である事実)を知らないまま、第2次相続に関する熟慮期間が経過した後に初めてそれを認識したというケースの場合、第2次相続基準説によれば熟慮期間経過後のためもはや相続放棄ができないとの結論になるのに対し、第1次相続基準説に立てば熟慮期間内であるため放棄可能という結論になる。 (4) 最高裁判所令和元年8月9日判決 この点の解釈につき、【最高裁判所令和元年8月9日判決・民集73巻3号293頁】は、「民法916条にいう『その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時』とは、相続の承認又は放棄をしないで死亡した者の相続人が、当該死亡した者からの相続により、当該死亡した者が承認又は放棄をしなかった相続における相続人としての地位を、自己が承継した事実を知った時をいうものと解すべきである」と判示し、第1次相続基準説に立つことを明らかにした。 最高裁判所の上記判示の理由は、主に以下の点である。 4 まとめ 前記最高裁判所判決により、再転相続の場合における熟慮期間の起算点の解釈は実務上の決着をみることとなった。急速に進む高齢化により、今後、再転相続や代襲相続、数次相続など複数の相続が発生し、非常に複雑な法律関係に陥る事案が多発することが十分に考えられる。 期間の経過等により思わぬ不利益を被るケースが多い分野であり、なるべく早い段階で適切な対応をとるべきである。 (連載了)
《速報解説》 定年を延長した場合に一部の従業員に対してその延長前の定年に達した時に支払う一時金の所得区分に関し、東京国税局から文書回答事例が公表される 税理士 菅野 真美 令和3年11月11日(ホームページ公表は令和3年12月3日)、東京国税局は、事前照会を受けた「定年を延長した場合に一部の従業員に対してその延長前の定年に達した時に支払う一時金の所得区分について」に関して、照会者に係る事実関係を前提とする限り、貴見のとおりで差し支えありませんと回答した。 照会者は、労働協約書等を改定し、従業員の定年を満60歳から満65歳までの間で従業員の選択したいずれかの年齢に達した月の末日に延長した(選択定年年齢)。これまで60歳に達した月の翌月までに退職金を支給していたが、原則的には選択定年年齢に達した月の翌月までに退職一時金を支給することとした。しかし、従業員が希望した場合は、満60歳に達した月の翌月までに一時金の支給をすることとした。この希望した従業員に支給された一時金は退職所得として取り扱われるかが本照会のポイントである。 所得税基本通達30-2(5)において、次のように定められている。 本事案の一時金は、労働協約等による定年延長であり、新制度導入前に入社した従業員で、満60歳に達した希望者に対し、旧定年である満60歳に達した月の末日までを基礎として計算されたもので、支給後は退職を理由とした一時金を支給しない。また、旧定年を迎えたときに退職一時金が支給されることを前提に生活設計をしてきた希望者の事情を踏まえ精算を行うことであること等から相当の理由もある。よって通達の要件が満たされることから、退職所得として取り扱われるとされたと考える。 なお、平成31年1月10日に熊本国税局が「定年を延長した場合に従業員に対してその延長前の定年に達した時に支払う退職一時金の所得区分について」に関して回答したが、その中で、定年延長後に入社した従業員に対して旧定年(60歳)の時に支給した退職一時金については、雇用の時点で64歳定年として採用されるため、労働協約等を改正して定年を延長した場合に該当しないから、退職所得として取り扱われるとは限らないとしている。 (了)
2021年12月2日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.447を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.107- 所得制限、「制度設計」が先か「システム構築」が先か 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 岸田内閣の下での経済対策として「18歳以下の子供1人あたり10万円の給付」が行われる。所得制限を付けるかどうか、世帯所得とするかどうかなどが議論されたが、結局世帯主年収960万円未満という現行児童手当と同様の所得制限の導入ということで決着がついた。この所得制限では、ほぼ9割の世帯に配られるということになり、事実上制限なし(バラマキ)に等しい。 適切な所得制限が付かなかった理由は、迅速な給付を行うため、つまり所得情報と給付を個別に結び付ける連携システムがいまだ整っていないということだ。 経済対策の中には、「生活困窮者」への支援も入っている。「生活困窮者」は、これまで通り「住民税非課税者」ということになりそうだ。しかし住民税非課税者の中には、多額の資産を蓄えている高齢者が、所得は年金しかないので住民税が非課税になっているケースが相当あるといわれており、これも無駄な給付につながっている。 * * * わが国の社会保障給付を見ると、保育料(0-2歳)や高等学校等就学支援金制度、国民健康保険料や介護保険料など、給付と負担の両面で所得制限を設けているものが多くある。 さらに所得については、個人(世帯主の年収)と世帯の両方に分かれている。例えば児童手当は個人で判断し、保育料(0-2歳)や高等学校等就学支援金制度や高等教育の修学支援新制度は世帯年収で判断する。 このような区々ばらばらな制度は、いろいろな経緯があり統一するには時間がかかる。そこで、“デジタル"の出番となる。 しかし冒頭で述べたように、所得情報と給付をつなげるシステムや基盤作りは進んでいない。今後、本人の申請なく国・自治体で要件を把握してプッシュ型で給付などを行うことが予定されており、それにはこの情報連携システムの構築が必須となるはずだが。 筆者は、デジタル庁の「マイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤抜本改善ワーキンググループ」の委員をしており、牧島かれん大臣も出席された第2回目(11月22日)会合で以下のように発言した。 (※) デジタル庁「マイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤抜本改善ワーキンググループ(第2回)」。なお、議事録は後日掲載予定。 システム作りに加えて、さらなる情報の収集も必要となる。資産を把握するには、預金口座付番を進めなければならない。預金口座付番が進まないうちは、特定口座で取引を行っている株式譲渡益と配当所得を番号で名寄せして対応することも考えられる。 いずれにしても、早急に所得情報と給付を連携させるシステム構築ができないと、今後も「システムがないのでできない」ということになり、いつまでたってもバラマキ型給付から抜け出せない。 * * * ところでエコノミストの中には、一律10万円給付して事後的に申告で取り返せばいいではないかという「事後精算方式」を主張する者がいる。しかしこれは思い付き素人の非現実的なアイデアだ。 わが国では、就業者6,700万人のうち納税者は5,400万人で、そのうち8割強の者の適用税率(所得税)は、最低税率の5%か、その次の10%となっている。40%以上の税率で課税される者はわずか40万人程度である。 さらに手間の問題がある。納税者の大部分の者は給与所得者で、年末調整で申告不要となる。10万円を税金で取り返すには、会社の年末調整で行うことになるが、これは民間の事務コストを増やすことになる。いずれにしても返ってくる税金は極めて少なく、「事後清算」とはならない。 これらの点については、筆者のコラム「『迅速』で『公平』なコロナ対策給付のためのインフラとは」を参照いただきたい。 (了)