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〈ポイント解説〉役員報酬の税務 【第31回】「役員貸付金の解消方法としての貸倒損失」

〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第31回】 「役員貸付金の解消方法としての貸倒損失」   税理士 中尾 隼大   ○●○● 解 説 ●○●○ (1) 役員貸付金の存在 中小企業において役員貸付金が存在する場合、金融機関は時として冷ややかに対応するといわれる。というのも、役員貸付金が存在する場合には、金融機関はその内部格付けを行うための定量分析において、当該役員貸付金を事実上、回収可能性のない資産と評価する場合があり、各財務数値に悪影響を及ぼすという可能性があるからだ。また、税務上においても、無利息の貸付金が存在することで役員に対する経済的利益の供与とされないために(※1)、いわゆる認定利息の利率設定等が問題となるだろう。 (※1) 役員に対する経済的利益の供与については、【第9回】参照。 したがって、役員貸付金の解消は中小企業にとって大きな課題の1つであるといえるが、役員貸付金の解消方法としては、以下の諸方法が一般論として説かれている。 これらの方法は適正に運用する限り、大きな税務上のリスクがあるわけではない。それぞれ一長一短とされるが、中小企業を顧客とする実務の現場ではセオリーといえる対応だろう。 ここで、仮に役員に返済能力がなかった場合、役員貸付金を貸倒損失として計上し、損金算入を行うという方法はどうだろうか。元代表者に対する貸倒損失を損金算入とした場合について争われ、結果として損金算入が認められたイレギュラーな事例があるので、以下に紹介する。   (2) 元代表者に対して貸倒損失を計上し、損金算入したことが認められた事例(※2) (※2) 東京地裁平成25年10月3日判決(税務訴訟資料263号順号12301、TAINS:Z263-12301)。 役員貸付金を貸倒損失として損金算入することは、かなりの無理筋であるという感覚が、一般的な実務感覚として正常であると思われる。 地裁が引用した興銀事件最高裁判決は、貸倒損失が損金算入される要件として、「当該金銭債権の全額が回収不能であることを要すると解され」、「その全額が回収不能であることは客観的に明らかでなければならない」が、そのためには、 を踏まえ、「社会通念に従って総合的に判断されるべきものである」として社会通念基準を示している(※3)。 (※3) 最高裁平成16年12月24日判決(税務訴訟資料254号順号9877、TAINS:Z254-9877)。評釈として、品川芳宣「興銀判決とそれが貸倒処理に及ぼす影響」TKC税研情報14巻(2005)3号58頁等がある。 本件地裁においても社会通念基準に沿って事実認定を行っているが、地裁が認定した事実として特筆すべき事項は以下の通りである。 本件地裁は上記の事情がありながら合理性を有すると判断したのであるが、興銀事件を引用している以上、債権者側の事情について同族会社特有ともいえる事情について合理性を認めた地裁判決には違和感があるといわざるを得ない(※4)。 (※4) 東京地裁平成25年10月3日判決について事実認定の粗略さ等を指摘した上で、元代表者との訴訟に関しても作為性を感じるとし、貸倒れ判定に合理性が認められないという指摘として、渡辺充「元代表者に対する貸付金等の回収可能性」速報税理33巻(2014)28号31頁がある。 すなわち、債務者の返済能力等がないことにより貸倒損失の損金算入について実務上検討する場合、通常は、法人税基本通達9-6-2の「その債務者の資産状況、支払能力等からみてその全額が回収できないことが明らかになった場合」に該当するかどうかを検討することとなり、事実認定について悩むこととなる。この点、同通達と上記社会通念基準について、「回収不能かどうかは第一義的には債務者側の事情により判断する」とした上で、「債務者側の事情のみでは回収不能かどうかを判断することができない事情があるかどうかも個別具体の事例に即して慎重に見極める必要がある」という解説がある(※5)。 (※5) 高橋正朗編著『法人税基本通達逐条解説(十訂版)』(税務研究会出版局、2021)1072頁。なお、興銀事件判決後、国税庁はHP上に「平成16年12月24日最高裁判決を踏まえた金銭債権の貸倒損失の損金算入に係る事前照会について」を掲載し、興銀事件判決を受けて一般納税者からの問い合わせに事前照会として対応する旨を明らかにした。 このように考えると、東京地裁平成25年10月3日判決の判断は、貸倒損失の対象が中小企業特有といえる役員貸付金であったため社会通念基準により債権者側の事情を確認したが、地裁が行った事実認定は合理性に欠けると評価するべきだと考えられる。 したがって、役員貸付金に係る貸倒損失について損金算入を検討する場合、同族会社特有といえる事情があったとしても、今回紹介した事例のように是認されるとはいい難く、社会通念上妥当な状況となることは考えにくいため、通常は困難といえるのではないだろうか。 このように、役員貸付金を貸倒損失として損金算入することはかなりの無理筋であるといえる。個人的には、役員貸付金が存在する時点で経営として正しい判断なのだろうかと疑問を抱くが、税理士としては、役員貸付金が発生しないようにクライアントに助言することが最優先であり、その解消についても貸倒損失まで検討しないためにアドバイスするべきであるといえよう。   (3) その他 このように、役員が個人的に費消したり、役員個人の借入金を返済したりするために会社が金員を貸し付けるという行為は、中小企業特有の事情であるといえるが、そもそもこれらの行為は、会社法356条1項2号の利益相反取引となり、株主総会や取締役会で承認を得ることが必要な場合があるため留意が必要である。 また、役員貸付金について貸倒損失を計上した場合、役員側にとっては経済的利益の供与、すなわち賞与として取り扱われる可能性も確認しておきたい。いわゆる倉敷青果荷受組合事件(※6)は、理事長に対して行った債務免除益について、賞与に該当し源泉徴収義務があるか否かについて争われた事例である。 (※6) 最高裁平成27年10月8日判決(税務訴訟資料265号順号12733、TAINS:Z265-12733)。その後、差戻控訴審後の最高裁判決にて確定している。 最高裁は、納税者が債務免除に応じた事情としてその貢献に対する評価があったとし、「理事長が納税者に対し雇用契約に類する原因に基づき提供した役務の対価として、納税者から功労への報償等の観点をも考慮して臨時的に付与された給付とみるのが相当である。したがって、本件債務免除益は、所得税法28条1項にいう賞与又は賞与の性質を有する給与に該当するものというべきである」としている(※7)。 (※7) 債務免除を受けた理事長が社団に多大な迷惑をかけた事情に鑑み、一時所得に当たるとする指摘として、金子宏『租税法(第23版)』(弘文堂、2019)244頁がある。 したがって、仮に役員貸付金に対して貸倒損失を計上する場合、源泉徴収義務についても検討することは必要であるといえよう。 (了)

#No. 441(掲載号)
#中尾 隼大
2021/10/21

基礎から身につく組織再編税制 【第33回】「適格分割を行った場合の繰越欠損金の取扱い」

基礎から身につく組織再編税制 【第33回】 「適格分割を行った場合の繰越欠損金の取扱い」   太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太   今回は、適格分割を行った場合の繰越欠損金の取扱いについて解説します。   1 繰越欠損金の引継ぎ 適格合併の場合には、原則として、被合併法人の未処理欠損金額は合併法人に引き継がれますが、適格分割の場合は、分割法人の未処理欠損金額は分割承継法人に引き継がれません。   2 分割承継法人の繰越欠損金額の使用制限 (1) 内容 適格分割の場合、分割法人の資産は簿価で引き継がれるため、その含み損益は分割承継法人に移転します。そのため、引き継いだ資産の譲渡により含み益を実現させ、分割承継法人の欠損金を使用することが可能となります。そのような租税回避を防止するために、分割承継法人の欠損金については一定の使用制限が課されています。 完全支配関係又は支配関係がある適格分割のうち、次のいずれにも該当しない適格分割については、分割承継法人の未処理欠損金額の使用が制限されます(法法57④、法令112⑨⑩)。 (※) 欠損金利用を目的に法人を設立する等一定の場合が除かれています(法令112④⑨)。 (2) みなし共同事業要件 「みなし共同事業要件」とは、次の①から④又は①と⑤の要件の全てを満たすことをいいます(法令112③⑩)。 なお、みなし共同事業要件については、本連載の【第35回】で詳しく解説します。   3 繰越欠損金の使用制限の対象金額 (1) 内容 分割承継法人の繰越欠損金額について使用制限が課された場合には、次の繰越欠損金額を使用することができません(法法57④、法令112⑤⑪)。 (※) 平成30年4月1日前に開始した事業年度において生じた欠損金額については、前9年内事業年度とされています。 制限対象金額をまとめると、下図のとおりとなります。 (2) 特定資産譲渡等損失額 「特定資産譲渡等損失額」とは、支配関係事業年度開始の日において分割承継法人が有していた資産の譲渡損失等のことをいいます。なお、特定資産譲渡等損失額については、次回詳しく解説します。   4 時価評価した場合の特例 (1) 内容 分割承継法人において、含み益が生じている資産を多額に有しており、かつ、欠損金が生じているケースでは、仮に含み益を実現させれば、欠損金のうち含み益部分は自社で利用することが可能であり、租税回避とはいえないため、欠損金を制限する必要はないと考えられます。 したがって、支配関係事業年度の前事業年度終了時の資産及び負債について時価評価した場合には、欠損金の制限対象金額の計算について特例が設けられています(法令113)。 (2) 時価純資産超過額 「時価純資産超過額」とは、時価純資産価額(資産の時価評価額の合計から負債の時価評価額の合計を減算した金額)が簿価純資産価額(資産の帳簿価額の合計から負債の帳簿価額の合計を減算した金額)を超える場合のその超える部分の金額をいいます。 (3) 簿価純資産超過額 「簿価純資産超過額」とは、時価純資産価額(資産の時価評価額の合計から負債の時価評価額の合計を減算した金額)が簿価純資産価額(資産の帳簿価額の合計から負債の帳簿価額の合計を減算した金額)に満たない場合のその満たない部分の金額をいいます。 (4) 時価純資産超過額がある場合の特例 分割承継法人の支配関係事業年度の前事業年度終了時における時価純資産超過額が支配関係前事業年度末の未処理欠損金額以上の場合には、欠損金の制限はありません。 分割承継法人の支配関係事業年度の前事業年度終了時における時価純資産超過額が支配関係前事業年度末の未処理欠損金額に満たない場合には、支配関係前欠損金額のうち、その満たない部分の金額のみ欠損金が制限され、支配関係事業年度以後の未処理欠損金額については制限されません。 (5) 簿価純資産超過額がある場合の特例 簿価純資産超過額が支配関係事業年度以後に生じた特定資産譲渡等損失額に満たない場合には、支配関係事業年度前の未処理欠損金額については、全額が制限対象となり、支配関係事業年度以後の事業年度の未処理欠損金額については、簿価純資産超過額のみ制限されます。 時価評価した場合の特例を適用したときの制限対象金額をまとめると、下図のとおりとなります。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。   5 事業の移転がない場合の特例 (1) 内容 事業を移転しない適格分割の場合には、移転資産の含み益に対応する欠損金の使用を制限すれば、租税回避行為に十分対応できます。 したがって、事業の移転がない場合には、欠損金の制限対象金額の計算について特例が設けられています(法令113)。 (2) 移転資産に含み損がある場合の特例 移転資産に含み損がある場合には、欠損金の制限はありません。 (3) 移転資産に含み益がある場合の特例 移転資産の含み益が支配関係前事業年度末の未処理欠損金額に満たない場合には、移転資産の含み益に相当する金額のみ欠損金が制限され、支配関係事業年度以後の未処理欠損金額については制限されません。 移転資産の含み益が支配関係前事業年度末の未処理欠損金額を超える場合には、支配関係事業年度前の未処理欠損金額については、全額が制限対象となり、支配関係事業年度以後の事業年度の未処理欠損金額については、移転資産の含み益から支配関係前欠損金額を控除した金額に達するまでの金額のみ制限されます。 事業の移転がない場合の特例を適用したときの制限対象金額をまとめると、下図のとおりとなります。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 今回詳しく説明できなかった「特定資産譲渡等損失額」及び「みなし共同事業要件」については、次回以降で解説します。   ◆適格分割があった場合の繰越欠損金の取扱いのポイント◆ 合併と違い、分割法人の欠損金は引き継ぎません。 租税回避防止のため、分割承継法人の欠損金について使用制限規定が設けられています。 欠損金の制限対象金額の計算には、時価評価した場合の特例が設けられています。 適格合併と違い、欠損金の制限対象金額の計算には、事業の移転がない場合の特例が設けられています。   (了)

#No. 441(掲載号)
#川瀬 裕太
2021/10/21

相続税の実務問答 【第64回】「検認を受けずに開封してしまった自筆証書遺言による遺贈」

相続税の実務問答 【第64回】 「検認を受けずに開封してしまった自筆証書遺言による遺贈」   税理士 梶野 研二   [答] 相続人が遺言書を発見した場合には、開封せずに、遅滞なく家庭裁判所に提出し、その検認を受けなければなりません。しかしながら、検認を受ける前に誤って遺言書を開封したとしても、そのことによって遺言が無効になることはありません。 叔父様の遺言が有効なものであれば、あなたは、遺贈によりAゴルフ倶楽部の会員権を取得することとなりますので、相続税が課税されることとなります。 なお、開封してしまった遺言書は、速やかに家庭裁判所に提出して、その検認を受けてください。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 遺言書の検認 民法は、一般的な遺言の方式として、自筆証書遺言(民法968)、公正証書遺言(民法969、969の2)及び秘密証書遺言(民法970、971、972)の3つの方式を定めています。このうち公正証書遺言以外の遺言書については、その保管者は、相続の開始を知った後、遅滞なく、これを家庭裁判所に提出し、その検認を請求しなければならないこととされています(民法1004①②)。また、遺言書の保管者がいない場合に、相続人が遺言書を発見したときも、同様に、家庭裁判所の検認を受けなければならないこととされています(民法1004①)。 封印のある遺言書は、家庭裁判所において相続人又はその代理人の立会いがなければ開封することができないこととされています(民法1004③)ので、そのような遺言書を発見した場合には、家庭裁判所に提出する前に勝手に開封してはいけません。 (※1) 自筆証書遺言書保管制度を利用して、法務局に保管されている遺言書については、家庭裁判所の検認は不要とされています(法務局における遺言書の保管等に関する法律11)。 (※2) 検認を受けるために家庭裁判所に遺言書を提出することを怠ったり、その検認を受けずに遺言を執行し、又は家庭裁判所外においてその開封をした者は、50,000円以下の過料に処されることがあります(民法1005)。 公正証書遺言以外の遺言について、家庭裁判所への提出及び検認を求めるのは、遺言書の現状を確認し、公正かつ確実に遺言内容が実現できるように証拠の保全をするとともに、遺言に利害関係を持つ者に広く遺言の存在を周知徹底させるためです(新基本法コンメンタール「相続」(2016年、日本評論社)219頁)。 ただし、遺言書による遺言の効力は、その遺言書について検認の手続きを経たかどうかにより左右されるものではありません(大審院昭和3年2月22日判決)。したがって、自筆証書遺言について検認を受けずに開封してしまったとしても、そのことによって有効な遺言が無効になるわけではありません。   2 検認を受けていない遺言書の扱い 上記1で述べたように、家庭裁判所の検認の手続きを経ていない遺言であっても、そのために有効な遺言が無効な遺言になるわけではありません。 しかしながら、例えば、自筆証書遺言により不動産を取得し、その旨の不動産登記をするために登記所にその遺言書を提出する場合には、家庭裁判所の検認済証明書付きの遺言書でなければなりません(法務局ホームページ「不動産登記の申請書様式について」の「所有権移転登記申請書(相続・自筆証書遺言)の記載例」参照)。 その他の財産についても相続等の手続きを行う際には、同様に家庭裁判所の検認済証明書付きの遺言書の提出を求められることがあります。家庭裁判所の検認の手続きを経る前に誤って開封してしまった遺言書についても、検認手続きを受けることはできますので、できる限り速やかに検認手続きを受けておくことが必要です。   3 相続税の申告書の添付書類 相続税の申告において、配偶者の税額軽減の規定(相法19の2)や小規模宅地等に係る相続税の課税価格の計算の特例の規定(措法69の4)を適用するためには、申告書に財務省令で定める一定の書類を添付することとされており、遺言により財産を取得した場合には「遺言書の写し」を添付することとなります(相規1の6③一、措規23の2⑧)。 財務省令には、添付書類が自筆証書遺言等の写しの場合には、家庭裁判所の検認済証明書の付されたものとまでは定められていませんので、その遺言書が有効なものである限り、検認を受けていない遺言書を相続税の申告書に添付したとしても、そのことにより配偶者の税額軽減の規定や小規模宅地等に係る相続税の課税価格の計算の特例の規定の適用が否認されることはないと思われます。ただし、民法の規定や登記実務などに照らせば、速やかに家庭裁判所の検認を受けておくべきでしょう。   4 ご質問の場合 叔父様の遺言書を発見した叔母様が、家庭裁判所の検認を受けることなく、その遺言書を開封してしまったとのことですが、そのことによってその遺言が無効になることはありません。叔父様の遺された自筆証書遺言は自筆証書遺言としての形式を整えており、無効となる事由もないと考えられますので、あなたは、この自筆証書遺言により叔父様の所有していたゴルフ会員権を取得することができます。そうしますと、叔父様の財産を遺贈により取得した者として、あなたに対して相続税が課税されることとなります。 なお、ゴルフ会員権の名義書換えの際に、家庭裁判所の検認済証明付きの遺言書の提示を求められることもありますので、速やかに検認の手続きを執っておくべきでしょう。 (了)

#No. 441(掲載号)
#梶野 研二
2021/10/21

〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第8回】「未分割財産として申告した後に一部分割があった場合の小規模宅地等の特例の適用の留意点」

〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第8回】 「未分割財産として申告した後に一部分割があった場合の 小規模宅地等の特例の適用の留意点」   税理士 柴田 健次   [Q] 被相続人である甲の相続人である乙及び丙は、遺産分割の話し合いがまとまらず、当初申告においては、分割見込書を提出し、未分割で相続税の申告をしていました。相続税の申告期限は令和2年5月10日です。小規模宅地等の特例対象宅地等は貸付事業用宅地等であるA宅地(150㎡)及びB宅地(100㎡)が該当します。 令和4年5月10日にA宅地についてのみ分割が確定し、相続人である乙及び丙が1/2ずつ取得することになりましたが、B宅地の全ての取得を主張している丙は、小規模宅地等の特例について、合意をしなかったため、A宅地の分割時においては、更正の請求をしませんでした。 その後、令和5年5月10日にB宅地を含むその他の財産について分割が確定し、B宅地については、丙が取得し、その他の財産については乙が取得することになりました。乙及び丙は、A宅地については乙及び丙がそれぞれ50㎡ずつ選択し、B宅地については100㎡を選択して小規模宅地等の特例を適用し、令和5年9月10日に更正の請求を行いました。 この場合には、A宅地は更正の請求期限を過ぎていますが、A宅地及びB宅地の小規模宅地等の特例は認められるのでしょうか。 [A] 未分割である場合の小規模宅地等の特例(以下、単に「特例」という)は、分割が確定した日の翌日から4ヶ月以内に更正の請求を行う必要があります。したがって、A宅地の特例は認められず、B宅地のみが特例の対象になります。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 未分割財産と更正の請求の特則 相続税の申告期限までに分割されていない特例対象宅地等については、原則として特例の適用はできないこととされています。ただし、相続税の申告書に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付して提出し、特例対象宅地等が申告期限から3年以内に分割された場合には、遺産分割が確定した日の翌日から4ヶ月以内に更正の請求をすることができます。 なお、3年以内に分割がまとまらなかった場合においても、相続税の申告期限から3年を経過する日までの間に分割されていなかったことについて相続等に関する訴えがされているなど一定のやむを得ない事情がある場合において、申告期限後3年を経過する日の翌日から2ヶ月を経過する日までに「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」を提出し、その申請につき、所轄税務署長の承認を受けた場合には、判決の確定日など一定の日の翌日から4ヶ月以内に更正の請求をすることができます(措法69の4④⑤、措令40の2㉓、措規23の2⑧六、相法32①、相令4の2)。   2 一部分割があった場合の更正の請求の取扱い 相続税の申告書の提出期限後に特例対象宅地等の一部が分割された場合には、その分割された日において他に分割されていない特例対象宅地等があるときであっても、その分割された特例対象宅地等の一部について特例の適用を受けるために更正の請求を行うことができるのは、その分割された日の翌日から4ヶ月以内に限られており、その期間経過後においてその分割された特例対象宅地等については、更正の請求をすることはできないとされています(措通69の4-26)。 したがって、本問の場合には、A宅地については更正の請求期限経過後に更正の請求を行っていますので、更正の請求の対象とすることはできず、B宅地のみが特例の対象となります。   3 配偶者の税額軽減と小規模宅地等の特例の相違 配偶者の税額軽減の規定による更正の請求は、国税通則法23条3項による更正の請求も認めていますので、その更正の請求の期限は、分割が行われた日の翌日から4ヶ月を経過する日と相続税の申告書の提出期限から5年を経過する日とのいずれか遅い日とされています(相基通32-2)。 これに対して、未分割財産が確定したことにより小規模宅地等の特例を受ける場合の更正の請求は、国税通則法23条3項による更正の請求は認めていませんので、更正の請求期限は、遺産分割が確定した日の翌日から4ヶ月以内とされています。この相違は、配偶者の税額軽減の規定は、原則として配偶者が取得した財産については税額軽減を行うとしているのに対して、小規模宅地等の特例は、納税者が特例対象宅地等を選択してはじめて減額が認められることに起因していると考えられます。 また、更正の請求期限の延長は、災害等による期限の延長(通法11)を除き、認められていませんので、原則として、4ヶ月を経過した後は、更正の請求は認められません。 配偶者の税額軽減と小規模宅地等の特例は、いずれも分割がまとまらなかった場合の分割見込書の提出は、共通していますが、上記記載の通り、更正の請求期限が違う点については、特に留意する必要があります。配偶者の税額軽減の規定(相法19の2)は本法で定められていますが、小規模宅地等の特例の規定(措法69の4)は、租税特別措置法で定められています。昭和54年4月17日の大阪地裁(TAINSコード:Z105-4381)では、小規模宅地等の事例ではなく、所得税の事件ですが、下記の通り、租税特別措置法については、法律を厳格に解釈するべきであると示しています。 したがって、配偶者の税額軽減で更正の請求が5年間認められるからという理由で小規模宅地等の特例の更正の請求期限は延長されることはありませんし、たとえ、本問のように相続人同士で合意ができない事由があったとしても更正の請求の期限延長が認められるという法的論拠はありませんので、原則として更正の請求は認められないことになります。 実務上は、更正の嘆願という方法で所轄税務署と個別事案として話し合いになりますが、法的な根拠があるわけではありませんので、必ず認められるというものではありません。   ★実務上のポイント★ 一部分割があった場合の更正の請求を行う場合には、特例の合意ができていることを前提に分割をしてもらうことがポイントとなります。また、当初申告時に納税者に更正の請求期限を充分に説明し、一部分割も含めて分割が確定次第、すぐに連絡をもらえるように説明をしておく必要があります。   (了)

#No. 441(掲載号)
#柴田 健次
2021/10/21

居住用財産の譲渡損失特例[一問一答] 【第51回】「居住用財産の譲渡損失特例に係る「措法41の5」又は「措法41の5の2」の適用を受けるために必要な書類」-居住用財産の譲渡損失特例を受ける場合の添付書類-

居住用財産の譲渡損失特例[一問一答] 【第51回】 (最終回) 「居住用財産の譲渡損失特例に係る「措法41の5」又は 「措法41の5の2」の適用を受けるために必要な書類」 -居住用財産の譲渡損失特例を受ける場合の添付書類-   税理士 大久保 昭佳   Q 居住用財産の譲渡損失特例を受ける場合の必要書類について説明してください。 A 特例の適用を受ける場合には、次の書類を提出しなければなりません。 (1) 居住用財産の買換え等の場合の譲渡損失の損益通算及び繰越控除の特例(措法41の5) (2) 特定居住用財産の譲渡損失の損益通算及び繰越控除の特例(措法41の5の2) ●○●○解説○●○● 上記について補足説明を加えると次のとおりです。 ◆ (1)及び(2)の③の書類について ◆ (1)の⑤及び⑥の書類について (連載了)

#No. 441(掲載号)
#大久保 昭佳
2021/10/21

収益認識会計基準と法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第64回】

収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第64回】   千葉商科大学商経学部准教授 泉 絢也   ア 概要 本通達は次のとおり定めている。 本通達の内容を図表で示すと次のようになる。 【収益の計上の単位の通則】 本通達は、法人税法における収益計上単位の原則は契約単位であることを明らかにしている。よって、少なくとも、収益認識会計基準を適用しない法人においては、これまでどおり、法人税法上は契約単位で収益計上を行うことが原則であると理解していれば、多くの場面で事足りるであろう。 本通達(1)(上記例外の(1))によれば、システムの設計契約とシステムテスト契約を別々の契約として締結した場合であっても、これらを結合して初めて単一の履行義務になる場合には、その結合した単位を収益計上の単位とすることが認められる。他方、本通達(2)(上記例外の(2))によれば、1つの契約に機械装置の販売と保守サービスの提供という複数の履行義務が含まれている場合に、各履行義務に係る資産の販売等をそれぞれ収益計上の単位とすることが認められる(国税庁「『収益認識に関する会計基準』への対応について~法人税関係~(平成30年5月)」17~18頁)。 イ 「資産の販売等」の定義 本通達の適用対象となる資産の販売等とは何か。 「資産の販売等」の定義について、要旨次のとおり、通達の適用上は収益認識会計基準の適用対象とならない取引については資産の販売等の範囲には含まれないこととしているのであり、同基準を会計方針として採用しているかどうかにかかわらないと説明されている(趣旨説明7~8頁)。 なお、本通達の「資産の販売等」の定義に関する定めについては、原則として、法人税基本通達「第2章 収益並びに費用及び損失の計算」の「第1節 収益等の計上に関する通則」に格納されている各通達に対して、適用があることに注意する必要がある。   (了)

#No. 441(掲載号)
#泉 絢也
2021/10/21

〔事例で使える〕中小企業会計指針・会計要領《固定資産(その2)-ソフトウェア》編 【第1回】「ソフトウェアの取得価額(1)~自社制作した場合」

〔事例で使える〕 中小企業会計指針・会計要領 《固定資産(その2)-ソフトウェア》編 【第1回】 「ソフトウェアの取得価額(1)~自社制作した場合」   公認会計士・税理士 前原 啓二     はじめに 「中小企業会計指針」では、研究開発に該当しないソフトウェアの制作費について、社内利用のソフトウェアと市場販売目的のソフトウェアに分けて、それぞれの会計処理を簡単に説明しています。今回は、無形固定資産としてのソフトウェアの取得原価について、社内利用のソフトウェアを自社制作した場合をご紹介します。 【設例1】 当社(3月31日決算)は、当期(X1年4月1日~X2年3月31日)において、社内の業務効率改善(従来と比べて事務部署の人件費を数人分削減)を目的として、2種類の自社制作ソフトウェア(「Xソフト」と「Yソフト」)を制作するために、下記の支出を行い、そのうち1種類のソフトウェア(「Xソフト」)を完成させ、稼働を開始しました。 (1) ソフトウェア制作に使用した特別な消耗品代280,000円。 (2) 当社の情報システム部署の担当社員であるシステムエンジニア2名が、ソフトウェア制作期間内に携わった実績時間に係る人件費15,000,000円。 (3) ソフトウェア制作に使用したパソコン等備品のリース料250,000円。 (4) ソフトウェア制作の一部をB社に委託外注した支払報酬9,000,000円。 (5) このソフトウェアを実際に稼働させるために、当社の情報システム部署の担当社員であるシステムエンジニア2名が調整等に携わった実績時間に係る人件費1,000,000円、さらに、B社に応援を依頼した支払報酬800,000円。 (6) ソフトウェア制作の場所となった情報システム部署エリアに係る光熱水費の配賦金額などソフトウェア制作に要した間接費600,000円。 (7) 制作途中において、自社制作ソフトウェアのうち1種類(「Xソフト」)の制作計画の変更により、もう1種類のソフトウェア(「Yソフト」)が明らかに不要となり制作を中止しました。この不要となった「Yソフト」のそれまでの制作費用は、(1)から(4)の合計で4,500,000円であり、すべて「Xソフト」の制作にはまったく関連のない費用です。「Xソフト」の完成・稼働により、当初の目的通り、従来と比べて事務部署の人件費が数人分削減できました。 このソフトウェア(無形固定資産)の取得原価はいくらでしょうか。   〈ソフトウェア(無形固定資産)の取得原価〉 ⇒ 21,830,000円 「中小企業会計指針」によると、社内利用のソフトウェアは、その利用により将来の収益獲得又は費用削減が確実であると認められる場合には、取得に要した費用を無形固定資産として計上します。この無形固定資産の減価償却方法について、税法上の取扱いは、定額法により、耐用年数が「複写して販売するための原本」以外のソフトウェアとして5年とされています(耐令別表第三)。ソフトウェアの取得原価について、税務上の取扱いは、特に規定されておらず、自己の建設等に係る減価償却資産の取得原価の規定(法令54①二)に従って、次に掲げる金額の合計額となります。 この設例では、上記①の原材料費が「(1)ソフトウェア制作に使用した特別な消耗品代280,000円」、労務費は「(2)当社の情報システム部署の担当社員であるシステムエンジニア2名がソフトウェア制作期間内に携わった実績時間に係る人件費15,000,000円」、経費は「(3)ソフトウェア制作に使用したパソコン等備品のリース料250,000円」と「(4)ソフトウェア制作の一部をB社に委託外注した支払報酬9,000,000円」と「(6)ソフトウェア制作の場所となった情報システム部署エリアに係る光熱水費の配賦金額などソフトウェア制作に要した間接費600,000円」が該当します。 また、上記②は、「(5)このソフトウェアを実際に稼働させるために、当社の情報システム部署の担当社員であるシステムエンジニア2名が調整等に携わった実績時間に係る人件費1,000,000円、さらに、B社に応援を依頼した支払報酬800,000円」が該当します。 以上を集計すると、下記となります。 このうち、制作費等のために要した間接費、付随費用等で、その制作原価のおおむね3%以内の金額であるものは、重要性の原則等の観点から取得原価に算入しないことができます(法基通7-3-15の3)。この設例では、間接経費(6)600,000円がこれに該当するので、これを取得原価から除くことにしています。 また、自社制作に係るソフトウェアの制作計画の変更等により、仕損じがあったため不要となったことが明らかなものに係る費用の額は、まったくのロスであることから、取得原価に含めなくてよいとされます(法基通7-3-15の3)。この設例では、(7)(制作途中において、自社制作ソフトウェアのうち1種類(「Xソフト」)の制作計画の変更により、もう1種類のソフトウェア(「Yソフト」)が明らかに不要となり、この不要となったソフトウェアの制作費用は、(1)から(4)の合計で4,500,000円)がこれに該当します。 これらを取得原価から除いて計算すると、ソフトウェアの取得原価は、下記のとおりです。   (了)

#No. 441(掲載号)
#前原 啓二
2021/10/21

収益認識会計基準を学ぶ 【第15回】「本人と代理人の区分①」

収益認識会計基準を学ぶ 【第15回】 「本人と代理人の区分①」   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 今回と次回(第16回)にわたって、「本人と代理人の区分」について解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 履行義務と支配 企業が本人に該当するのか、代理人に該当するのかにより、収益(売上)の会計処理(総額表示又は純額表示)が異なるので、企業が本人と代理人のいずれに該当するのかの判定が重要である。 収益の総額表示又は純額表示については、企業が本人に該当する場合と代理人に該当する場合における履行義務が異なることを考慮して、企業が本人に該当するか代理人に該当するかを判定する(収益認識適用指針135項)。 実務上、本人・代理人の区分に関しては、判断に迷うことも少なくない。 収益認識適用指針は、本人・代理人の区分に関する詳細な設例を設けているので、実務における本人・代理人の区分の判断に資するものと考えられる。   Ⅲ 本人・代理人の区分と会計処理の概要 本人と代理人について、それぞれの区分と会計処理は次のようになる(収益認識適用指針39項、40項、135項)。 「企業が自ら提供する履行義務である」のか「企業が手配する履行義務である」のかの区分と、「支配」の概念がポイントになると考えられる。 収益認識会計基準37項では、「資産に対する支配」について次のように規定している。   Ⅳ 本人と代理人の区分の判定 本人と代理人の区分の判定は、顧客に約束した特定の財又はサービスのそれぞれについて行われる(収益認識適用指針41項)。 特定の財又はサービスとは、顧客に提供する別個の財又はサービス(あるいは別個の財又はサービスの束)(収益認識会計基準34項)である。 収益認識会計基準34項は、顧客に約束した財又はサービスは、次の(1)及び(2)の要件のいずれも満たす場合には、別個のものとすると規定している。   (了)

#No. 441(掲載号)
#阿部 光成
2021/10/21

給与計算の質問箱 【第22回】「賃金請求権の時効」

給与計算の質問箱 【第22回】 「賃金請求権の時効」   税理士・特定社会保険労務士 上前 剛   Q 当社の社員が9月1日に入社し、同月3日に退職しました。当社の給料は末日締め翌月25日払いです。退職した社員が音信不通になり給与振込の銀行口座が不明なので、9月分給料(10月25日支給)を振り込むことができません。そこで、退職した社員から給料を支払うよう会社に連絡があったら直ちに給料を支払うことにしました。その他、注意点がありましたらご教示ください。 A 注意点は、賃金を会社に請求する権利(賃金請求権)には時効がある点である。賃金請求権の消滅時効期間は当分の間3年とされる。したがって、賃金支払期日の2021年10月25日から3年後の2024年10月25日に時効により賃金請求権が消滅する。2024年10月25日までに退職した社員から給料を支払うよう会社に連絡があれば給料を支払わなければならないが、それ以後に連絡があっても給料は支払わなくてもよい。 参考までに、社会保険と税金の時効を以下にまとめた(起算日は省略)。 (了)

#No. 441(掲載号)
#上前 剛
2021/10/21

社長のためのメンタルヘルス  【第6回】「社長自身も注意したい労災の認定基準」

社長のためのメンタルヘルス 【第6回】 「社長自身も注意したい労災の認定基準」   特定社会保険労務士 第一種衛生管理者 産業カウンセラー 寺本 匡俊   1 今回の趣旨 先月の第5回に引き続き、今回も既存の労災防止の手段を社長にもお使いいただけるという観点から、精神疾患の労災認定基準を題材として解説する。労働者災害補償保険法(労災法)の定めによれば、労災とは「業務を要因とする事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等」であるが、業務・通勤によるケガや病気は、社長といえども無縁ではない。 仕事中のケガは、労災認定されやすい。これに比べると、病気は仕事中に発病するとは限らないし、仕事中に具合が悪くなったとしても、仕事が主な原因かどうかは容易には分からない。では具体的に、労災認定を受けやすいケースを公文書から見てみる。労働基準法施行規則の別表第1の2に、認定対象のリストがある。ここでは、その表を含めた一般向けの「リーフレット」(以下「リーフレット①」という)をご案内する。 まずリーフレット①の3ページからご覧いただくと、「一」から「十一」までの区分があり、区分「一」がケガで、それ以外は全て疾病である。基本的に区分「二」から「十」までは、担当業務と病気との因果関係が医学的に証明されている。典型は有機溶剤や熱中症など、一般に「職業病」と呼ばれているもので、最近の例では区分「六」により、医療従事者の新型コロナウイルス感染症が労災認定されている。これに含まれない病気は、区分「十一」にあるように、個々に因果関係を認めてもらわなければならない。 (出典) 厚生労働省リーフレット「労働基準法施行規則別表第1の2が改正されました」(平成22年5月)3ページ このリーフレット①が作成された理由として、新たに「例示疾病に追加」された病気があると記されている(リーフレット①の1ページ参照)。その中に、(1)過重負荷による脳・心臓疾患(いわゆる「過労死」)、(2)心理的負荷による精神障害が含まれている。平成22年まで、過労死やメンタルに関する疾病により労災認定されることは容易ではなかった。しかし、この両者が社会問題にまで発展するほど、職場でも増加・深刻化したため、リーフレット①の3ページの表に、以下のように区分「八」及び「九」として加えられた経緯がある。 今回は上記(2)の「心理的負荷による精神障害」を対象として解説する。なお、この文中にある「障害」とは、法律用語の障害者雇用や障害者手帳の「障害」と異なり、広く疾病全般(以下、便宜的に「精神疾患」という)を指す。要はメンタル不調で、病名が付くほどのレベルになったものである。   2 精神疾患の労災認定基準 職業病と異なり、過労死と精神疾患は、業務と疾病の間に因果関係があることを証明するのは容易ではない。換言すれば、いずれも個人的要因(生活習慣など)や、業務外の要因(育児介護の負担や家族との不和など)も関係することが多いため、「業務上」と「業務外」の要因のどちらが主なのかを行政(窓口は労働基準監督署)が判断する。裁判に至ることも珍しくない。 行政が判断するにあたり、医学会と協同のうえ定めている認定基準を使う。精神疾患の場合、行政用語では「心理的負荷による精神障害の認定基準」であるが、これも一般向けのリーフレット「精神障害の労災認定」(以下「リーフレット②」という)がある。インターネット上でも公開されているので、今回の参照資料とする。この基準はときどき改訂されるため、すでにお手元に資料がある場合、最新版かどうかは、表紙の右下にある「R2.9改訂」(令和2年改訂)でご確認いただきたい。 リーフレット②の1ページに、前回も利用したストレス(心理的負荷)の要因、反応、その他の要素を示したNIOSHモデルがある。今回重要なのは、まずリーフレット②の2ページにある「精神障害の労災認定要件」である。従業員が精神疾患になった場合、下記の①から③までの要件を全て満たさないと労災認定されない。 〈精神障害の労災認定要件〉 ただし、これは労働者の観点からの整理であり、社長にとって重要な情報は、①にある労災認定の対象となる病気(対象疾病)のうち、解説文中(後述する)の病気が職場では多いこと、②では「6ヶ月以内」が、厳しいストレスを受けた後で不調になりやすい期間であること、③の業務外のストレスも精神疾患の多重的な原因となり得る、という知見をご自身の予防にご活用願いたい。 次に、リーフレット②の2ページにある病名のリストが、上記①の「対象疾病」である。解説文中にあるとおり、これも本連載で既出のWHO(世界保健機構)が公表しているICD(精神および行動の障害)を厚生労働省が準用している。 (出典) 厚生労働省リーフレット「精神障害の労災認定」(令和2年9月改訂)2ページ この解説によれば、認知症やアルコール依存症は精神疾患であるが、一般に業務外の原因が主であることから、基本的には労災認定の対象外である。また、「業務に関連して発病する可能性のある精神障害の代表的なものは、うつ病(F3)や急性ストレス反応(F4)」という部分は、職場に多いという点で、社長にとっても重要な現状である。以下、それについて認定基準の概説を行う。   3 心理的負荷の強度 この認定基準においては、職場で受けたストレスの強さを、「心理的負荷の強度」と呼び、各種ストレスの内容・程度に応じて、弱・中・強の3段階評価を行う。原則は「強」の評価で労災認定されるが、「中」や「弱」も組み合わせによっては、認定されることがあるという例外規定もある。 認定基準についてはリーフレット②の3ページに記載がある。労災認定の判断基準として、まず、「①特別な出来事に該当することが起きた場合」は「強」とし、続いて「②特別な出来事がない場合」は、「弱」「中」「強」の評価を行うとある。「特別な出来事」の内訳は以下のとおりである。 (出典) 厚生労働省リーフレット「精神障害の労災認定」(令和2年9月改訂)5ページ 概略すると、類型(パターン)が2つある。1つは「心理的負荷が極度のもの」であり、代表例は仕事中の事故や通勤中の交通事故などで、生死に関わるような、あるいは後遺症が残るような病気やケガ(他者を同じような目に遭わせてしまった場合も同様)、性犯罪レベルのセクシャルハラスメントなどである。いうまでもなく現実に、労使いずれであろうと、会社勤めであろうとなかろうと、これらの出来事は誰にでも起き得るし、それにより、うつ病等の精神疾患になるおそれがある。 「特別な出来事」のもう1つの類型は、「極度の長時間労働」で、発症直前の1ヶ月におおむね160時間を超えるか、それに準ずるほどの長時間労働を行った場合が挙げられている。疾病の原因として、長時間労働の重視は、脳・心臓疾患と同様の発想であり、長時間働くことそのものではなく、過重労働の結果、睡眠や休日・休憩の時間が削がれ、脳に深刻なダメージを与えるという医学の通説に拠る。したがって、実際には通勤時間や接待なども含めて、休むべき時間をどれだけ削ってしまっているかを考える必要がある。 最後に、「特別な出来事」がない場合について、リーフレット②の5ページ以降、計37項目のストレス要因を羅列し、それぞれにおいて、どのような度合であれば、弱・中・強になるのかを例示している。ちなみに、このリーフレット②が令和2年に改訂された理由の1つは、パワーハラスメントの防止に関わる法律が施行されたため、それまでなかった項目29「パワーハラスメント」が追加されたからである。 紙面の都合で全ての項目に触れる余裕はないが、社長にも該当し得るものをピックアップする。項目5「会社で起きた事故、事件について、責任を問われた」、項目6「自分の関係する仕事で多額の損失等が生じた」は、経営責任を含む。項目11「顧客や取引先から無理な注文を受けた」、項目12「顧客や取引先からクレームを受けた」は、取引先・顧客との関係悪化で、社長の場合は親会社や監督官庁も含めて懸念すべき事柄である。後半の諸項目は、人間関係に関するものが大半となっている。これらの中で、ご自身や他の役員ほか職場の関係者に、「強」が起きてはいないかどうか、改めて日々の人事労務の管理・改善をお願い申し上げる。特に、項目37「セクシュアルハラスメント」においては、長期間、反復継続といった、ボディーブローのようなストレスを受け続けた場合、「強」になりやすい(≒メンタル不調になりやすい)。 詳細は略すが、上記37項目に続き、私生活上の出来事においても、精神疾患に結び付きやすいものが例示されている。特に、うつ病は複数の公私の要因が重なって不調となることが多い。また、職場と私生活は、どちらかで大きなストレスを負うと、もう片方も上手くいかなくなることが多い。その意味で本連載では今後、私生活にも関わる事柄にも触れてゆく所存である。 (了)

#No. 441(掲載号)
#寺本 匡俊
2021/10/21
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