〈注記事項から見えた〉 減損の深層 【第6回】 「ホテル事業が減損に至った経緯」 -減損後にまた減損となる可能性は?- 公認会計士 石王丸 周夫 〈はじめに〉 減損の金額というのは、誰が計算しても同じかというと、そうではありません。減損の金額が見積りによって計算されるからです。見積りの前提が変われば、減損の金額も当然変わってきます。 そうした会計上の見積りについては、2021年3月期から、有価証券報告書で詳細な注記を開示することが義務付けられましたが、その注記を減損損失の注記と合わせて読むと、これまで見えてこなかったことが見えてきます。減損後にまた減損となることがあるのかどうか、ということです。 それでは、宿泊業の事例で見ていきましょう。 〈今回の注記事例〉 (出所:有価証券報告書) (※) 下線は筆者 まず、この注記のタイトルが、「減損損失」ではなく「構造改革損失」となっている点について、説明しておきます。 これは、連結損益計算書において、構造改革の一環として、「減損損失」も含めた形で「構造改革損失」という科目で計上したことによります。注記の内容は一般的な減損損失の注記事項とほとんど同じですが、構造改革の一環であるということを頭に入れて読んでほしいということです。 減損の対象となった資産は、この企業グループのホテル事業の資産(計14件)で、減損した金額は9,676百万円です。新型コロナウイルスの影響により、一部のホテルは、営業を続ければ続けるほど損失が発生する状態だったと読めます。 大変厳しい経営状態だったことがよくわかりますが、一方で減損処理というのは、いったん実行してしまえば、資産の帳簿価額が圧縮されるため、減価償却費の減少による損益の改善が期待できます。 ただし、減損実施時の見積りの前提が変わらなければの話ですが・・・。 〈減損前〉 〈減損後〉 〈見積りの前提としてのコロナ収束シナリオ〉 では、この減損に際して、どのような見積りが行われたのかを確認しておきます。冒頭で触れた2021年3月期から導入された注記、「重要な会計上の見積り」に、そのことが記載されています。少し長いので、下線を引いたところだけを読んでみてください。 (出所:有価証券報告書) (※) 下線は筆者 下線部の部分を中心に、要約しておきます。 この注記では、翌連結会計年度の連結財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目について説明をしています。その1つが「固定資産の減損」だということです。減損損失の金額の算定に当たっては、「繰延税金資産の回収可能性」と同様の仮定を置いており、実際の結果がこの仮定と違ってくると、翌連結会計年度の連結財務諸表に重要な影響を及ぼす可能性があるということです。 上記で言及されている「繰延税金資産の回収可能性」の仮定も確認します。以下のとおりです。 (出所:有価証券報告書「(重要な会計上の見積り)1 繰延税金資産の回収可能性」) (※) 下線は筆者 上の注記では、有価証券報告書を公表した2021年6月以降の社会の姿を、3つの時期に分けてシナリオを描いています。2021年度は国内の往来が再開、2022年度は外国との往来も徐々に回復、そして2023年度には、国内外の経済活動が相当程度回復するというシナリオです。 こうしたシナリオは、その正しさを立証することは誰にもできませんが、筆者個人の感想としては、この時点(2021年6月)において違和感はなく、大半の人が異を唱えないであろう予想になっていると思われます。この仮定に従って減損処理が行われたということで、減損処理自体は無理のない結果に落ち着いたとみてよいでしょう。 問題は、この仮定が変わってくる場合です。 この仮定、すなわち減損の見積りの前提が変更になれば、同じ資産について、さらなる減損損失が発生する可能性があります。 そもそも、「重要な会計上の見積り」という注記は、翌連結会計年度の連結財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目について開示するものです。今期の決算で多額の減損を計上したから開示しているのではなく、来期の決算に重要な影響を及ぼす可能性があるから開示しているのです。 ということは、減損が実施された年度の決算書に、「重要な会計上の見積り」の注記が記載され、その中で「固定資産の減損」に言及されていた場合は、もうそれだけで、来期に追加の減損があってもおかしくないと言っていることになるのです。極端な解釈かもしれませんが、趣旨としてはそういうことです。 〈コロナ収束後も課題が待ち受けている〉 ところで、上掲の「重要な会計上の見積り」の注記には、少し気になる記載もあります。実はこちらの方がもっと重要なので、以下に再掲します。 この会社は、第3ステップで新型コロナウイルスの影響が収束すると見ていました。今から2年後の2023年度のことです。しかし、そのときの事業環境は、もはやコロナ前とは同じではないと言っているのです。 要は、人の往来がコロナ前とは同じには戻らないという予想なのでしょう。これはホテルにとって頭の痛い問題です。ホテルというのは、宿泊にしても、会合や結婚式にしても、人の往来が大前提だからです。 さらに少し考えると、コロナ収束後の問題はこれだけではないことにも気がつきます。コロナが収束するということは、何を意味するかわかりますか? それは、次なる課題に本格的に取り組み始めるということを意味します。その課題は何かというと、おそらく「脱炭素化」です。 ホテルというのは、ビジネスの性格上、エネルギー節減志向とは相容れないところがあります。空調は24時間ノンストップ運転を強いられ、客室のシーツは、連泊の客を除けば、一晩寝ただけで交換(すなわち洗濯)となります。一般の家庭では、まずこんなことはありません。また、バスルームのお湯の使用にいたっては、宿泊客の自由に任されているため、ホテル側の意思で節減することはまず無理です。 もちろん、ホテルの側でも様々な工夫をしていて、エネルギー消費を抑えたり、脱炭素に向けた先進的な取り組みをしたりしているところもあります。しかしながら、それを推し進めていく場合、サービスの低下(資源の節約)やコストの上昇(環境コストの上乗せ)が予想されます。果たして、消費者がホテルに求めているものと折り合いがつけられるのでしょうか。コロナの後にはそういう問題も待ち受けています。 (了)
〔事例で使える〕 中小企業会計指針・会計要領 《固定資産(その2)-ソフトウェア》編 【第2回】 「ソフトウェアの取得価額(2)~他の者から購入した場合」 公認会計士・税理士 前原 啓二 はじめに 「中小企業会計指針」では、研究開発に該当しないソフトウェアの制作費について、社内利用のソフトウェアと市場販売目的のソフトウェアに分けて、それぞれの会計処理を簡単に説明しています。今回は、無形固定資産としてのソフトウェアの取得原価について、社内利用のソフトウェアを他の者から購入した場合をご紹介します。その後、既存のソフトウェアに対する資本的支出と修繕費の区分についても取り上げます。 【設例2】 当社(3月31日決算)は、当期(X1年4月1日~X2年3月31日)において、新たな人事管理システムを導入するため、下記の支出を行って、稼働を開始しました。 (1) 新たな人事管理システム用の市販ソフトウェアの購入代価5,000,000円。 (2) (1)の市販ソフトウェアの引取運賃80,000円。 (3) (1)の市販ソフトウェアの導入のため、C社に委託外注した設定作業代500,000円。 (4) (1)の市販ソフトウェアを当社の仕様に合わせるために、C社に依頼して付随的なソフトウェアを追加し、一部プログラムを修正する作業代1,500,000円。 (5) 新たな人事管理システムで従来のデータを利用するために、旧システムのデータをコンバートする作業料150,000円。 (6) 新たな人事管理システムを導入したので、当社社員向けに新たな人事管理システムの操作方法についての研修をC社に依頼して実施した講師料100,000円。 このソフトウェア(無形固定資産)の取得原価はいくらでしょうか。 〈ソフトウェア(無形固定資産)の取得原価〉 ⇒ 7,080,000円 「中小企業会計指針」によると、社内利用のソフトウェアは、その利用により将来の収益獲得又は費用削減が確実であると認められる場合には、取得に要した費用を無形固定資産として計上します。この無形固定資産の減価償却方法について、税法上の取扱いは、定額法により、耐用年数が「複写して販売するための原本」以外のソフトウェアとして5年とされています(耐令別表第三)。ソフトウェアの取得原価について、税務上の取扱いは、特に規定されておらず、購入した減価償却資産の取得原価の規定(法令54①一)に従って、次に掲げる金額の合計額となります。 この設例では、上記①の市販ソフトウェアの購入の代価が(1)の5,000,000円、購入のために要した費用が(2)の引取運賃80,000円です。 上記②の事業の用に供するために直接要した費用の額が、(3)の導入のためC社に委託外注した設定作業代500,000円です。(4)にある市販ソフトウェアを当社の仕様に合わせるためにC社に依頼し付随的なソフトウェアを追加して一部プログラムを修正する作業代1,500,000円は、例えば機械装置の取得原価に含まれる据付費用や試運転費用のように、事業の用に供するために直接要した費用の額に該当するので、ソフトウェアの取得原価となります(法基通7-3-15の2(注))。 一方、(5)にある新たな人事管理システムで従来のデータを利用するために旧システムのデータをコンバートする作業料150,000円と、(6)にある当社社員向けに新たな人事管理システムの操作方法についての研修をC社に依頼して実施した講師料100,000円は、いずれもソフトウェアを利用するための環境を整備し有効利用を図るための費用で、ソフトウェア自体の価値を高めるものではないため、当期の費用として処理します(研究開発費及びソフトウェアの会計処理に関する実務指針16、40)。 以上より、ソフトウェアの取得原価は、次のとおりです。 【設例3】 当社(3月31日決算)は、当期(X2年4月1日~X3年3月31日)において、前期に取得して稼働を開始した新たな人事管理システムのソフトウェアに対して、次のようなプログラムの修正作業をC社に依頼して、それらの作業代を支払いました。それぞれの支出は、資本的支出(無形固定資産)でしょうか、それとも修繕費でしょうか。 (1) 給与計算ソフトウェア部分に対して、所得税率の改正、社会保険料率の改正に対応するために、プログラムを修正する作業代200,000円。 (2) 人事管理システムの一部のソフトウェアに、当期途中から処理速度の低下が生じたので、稼働開始時点の処理速度に戻す作業代70,000円。 (3) 稼働開始時点では設定していなかった新たな機能を追加するためのプログラム追加作業代2,000,000円。 (1)~(3)の各支出に係る仕訳は、次のとおりです。 当社が前期に取得して稼働を開始したソフトウェアに対する修正作業に係る支出が、資本的支出(無形固定資産)か、それとも修繕費かについては、その修正作業がプログラムの機能上の障害の除去、現状の効用の維持等に該当するときは、その修正作業に係る支出は修繕費に該当し、新たな機能の追加、機能の向上等に該当するときは、その修正作業に係る支出は資本的支出に該当します(法基通7-8-6の2)。 (1)にある給与計算ソフトウェア部分に対して所得税率・社会保険料率の改正に対応するためにプログラムを修正する作業は、税率等の改正に対応するために行った必要最低限のプログラム修正作業であり、現状の効用の維持に該当します。したがって、その支出は原則として修繕費です。 (2)にある人事管理システムの一部のソフトウェアに、当期途中から処理速度の低下が生じたので稼働開始時点の処理速度に戻す作業は、プログラムの機能上の障害を除去し、原状回復のための作業に該当します。したがって、その支出は原則として修繕費です。 (3)にある稼働開始時点では設定していなかった新たな機能を追加するためのプログラム追加作業は、新たな機能の追加、機能の向上に該当します。したがって、その支出は原則として資本的支出(無形固定資産のソフトウェア)です。 (了)
〈事例から学ぶ〉 不正を防ぐ社内体制の作り方 【第11回】 「「内部統制報告書」から学ぶこと」 ~失敗事例を分析し今後の事業に活かす~ 米国公認会計士・公認内部監査人 打田 昌行 はじめに 社内体制のなかで起きる不正を防ぐためのさまざまな工夫やルールを事例に基づいて読者の皆さんにご紹介し、まもなく1年が経過しようとしています。不正や誤謬(誤り)を牽制し、より適切な社内体制を構築するためには、成功事例を語るより、むしろ失敗事例を取り上げて検討を加えることの方が、より近道のように考えられます。なぜなら、失敗事例からは多くの学びと教訓が得られると考えられるからです。 さて、日本国内の上場企業は、毎期自社の内部統制を評価した結果を、外部監査人の監査を経て、内部統制報告書として取りまとめ、投資家はじめ利害関係人に広く周知をする責務があります(「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準」の「Ⅱ.財務報告に係る内部統制の評価及び報告」から以下抜粋)。 この報告書の多くは自社の内部統制の有効性を表明するものですが、なかには、誤謬や不正の発生によって内部統制の有効性を欠き、社内体制の改善が求められる事実が公表されることがあります。それらの報告書をよく読むと、上場企業ならではの誤謬や不正のほかにも、企業の規模や上場の有無とは関わりなく、よりよい社内体制の構築をするうえで学ぶべきことが多く報告されていることに気づきます。社内体制の構築には、会社の規模を超えて、こうした失敗事例に多くの学びが隠されていることを知っておくことが肝要です。 以下に内部統制報告書の2つの事例の一部をそれぞれ紹介いたします。 《1》 キックバックに係る報告事例 上記は、会社の規模や上場の有無とは無関係に発生するキックバックについて報告された2021年9月の事例です。キックバックを許した会社の仕組み上の不備に加え、社員のコンプライアンス意識に留意すべきことが報告されています。 こうした事例から読み取れることは、外注費に限らず請求書の内容は日頃から項目別にきちんと精査し、不明瞭な項目があれば、その内容を明らかにして分析することが大切だということです。違法なキックバックを未然に防ぐための方策として、標準的な価格を設けておき、それに比して異常な価格や金額の有無を確認するためのマニュアル作りが必要になります。 さらに請求書に基づく支払時にも、支出の内訳項目に疑わしい項目がないかどうか、改めて検証を図る仕組みが必要です。加えて報告書が示す通り、「職務権限に沿った明確な責任体制や内部統制」を用いて、明確な業務分担と相互牽制を用いた社内の仕組み作りが基本となります。 《2》 原価操作による粉飾の報告事例 本事例は、前事例とほぼ同時期に報告された粉飾に関するものです。上記A社の事例では、主に仕組みを構築するための重要性という視点について考えましたが、本事例では牽制機能を果たす仕組み作りはもちろんのこと、それに加えて社員のコンプライアンス意識を養い育てることが求められています。社員のコンプライアンス意識を啓蒙する研修は、日頃からさまざまな会社や場面で実施されていると思います。例えば、以下の例が挙げられます。 具体的な社内の仕組み作りに加え、仕組みを動かす従業員への意識の啓蒙を図ることは、クルマの両輪に相当し、不正を防ぐ社内体制を作るうえで欠くことはできない要素と考えられます。 《3》 学びを実践するために 上記の2つの事例は、主に売上に関わる不正事例でしたが、これ以外にも事例は多岐にわたります。しかし、多くの事例のなかでも売上に関わる不正事例が最も多いのは、毎年の傾向でもあります。こうした失敗事例がビジネスシーンのどこで頻発し、どのような場合に起きやすくなり、そしてこうした事態を未然に防ぐにはどのように対応すべきなのか。内部統制報告書は、会社の規模や上場の有無とは無関係に、学ぶべき多くの教訓や警鐘を与えてくれます。それらを正しく受け取り、学びを今後の事業によりよく活かすことが私たちに求められています。 (了)
税理士事務所の労務管理Q&A 【第4回】 「健康診断の実施義務」 特定社会保険労務士 佐竹 康男 常時労働者を雇用している事業所の事業主(労働安全衛生法では事業者という)には、健康診断の実施が義務付けられています。規模・業種を問いませんので、税理士事務所等の士業についても例外ではありません。 健康診断には、特殊な業務に従事する労働者に対する健康診断もありますが、今回は、雇入れ時の健康診断と定期健康診断について、対象労働者、事後の措置、留意点等を解説します。 * * 解 説 * * 1 健康診断の実施義務 健康診断実施義務は、労働安全衛生法第66条により定められています。 (1) 雇入れ時の健康診断 事業者は、常時使用する労働者を雇い入れるとき(雇入れの直前又は直後をいう)は、その労働者に対し、下記の項目について医師による健康診断を行わなければなりません。ただし、医師による健康診断を受けた後、3ヶ月を経過しない者を雇い入れる場合において、その者が当該健康診断の結果を証明する書面を提出したときは、当該健康診断の項目に相当する項目については、省略することができます。 〈雇入れ時の健康診断項目〉(労働安全衛生規則第43条) (2) 定期健康診断 事業者は、常時使用する労働者に対し、1年以内ごとに1回、定期に、一定の項目について医師による健康診断を行わなければなりません。 診断項目については、雇入れ時の健康診断の「④ 胸部エックス線検査」に「喀痰かくたん検査」を追加したものになります。 実施時期は定められていませんので、企業が自由に設定できます。また、全従業員を同じ時期に行う必要はなく、従業員によって時期が異なっても問題ありません。ただし、1年ごとに1回実施しなければなりませんので、通常は時期を定めて実施している事業所が多いと思われます。 2 対象労働者 健康診断の実施対象者は、労働安全衛生法に基づき「常時使用する労働者」と定められています。常時使用する労働者とは、具体的には下記に該当する労働者をいいます。 〈対象労働者の範囲〉 したがって、例えば正社員の週の所定労働時間が40時間であれば、パート社員でも、週の所定労働時間が30時間(正社員の所定労働時間40時間×3/4)以上の場合は、健康診断を実施しなければなりません。また、週の所定労働時間が正社員の4分の3未満であっても、2分の1以上である者については、実施が望ましいとされています。 3 費用の負担等 健康診断の費用は、健康診断が労働安全衛生法により、事業者に義務付けられていますので、事業者が負担すべきものとされています。通常は、福利厚生費として処理されています。 また、健康診断の受診時間を労働時間とみなして賃金を支払うか否かについては、労使間で決めることになります。 4 健康診断実施後の措置等 (1) 診断結果の保存義務 事業者は、事業規模に関わらず、健康診断の結果に基づき、健康診断個人票を作成して、これを5年間保存しなければなりません。 また、健康診断結果は、労働者に通知しなければなりません。 通常は、事業者が医療機関に健康診断の申込みをする際に、労働安全衛生法に基づく健康診断であることを伝えれば、診断後に個人用の結果報告書と事業所用の健康診断個人票が送付されます。 (2) 所轄労働基準監督署長への健康診断結果報告義務 常時50人以上の労働者を使用する事業者は、定期健康診断の結果を、遅滞なく、所轄労働基準監督署長に提出しなければなりません。 (3) 医師又は歯科医師による意見聴取の義務 事業者は、健康診断の結果、診断項目に異常の所見があると診断された労働者について、その労働者の健康を保持するために必要な措置について健康診断実施日から3ヶ月以内に医師又は歯科医師(以下医師等という)の意見を聴かなければなりません。 また、聴取した医師等の意見を健康診断個人票に記載してもらわなければなりません。 聴取した医師等の意見を十分勘案し、必要があると認めるときは、その労働者の実情を考慮して、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮等の適切な措置を講ずる必要があります。 医師等による意見聴取は、異常の所見があると診断された労働者に再検査を促すものではありません。あくまでも今後就業可能か否か等について医師等に意見を求めるものです。医師等による意見聴取については、産業医が選任されていない小規模事業所の場合は、地域産業保健センターが利用されています。 5 留意する点 事業者には規模・業種を問わず、労働安全衛生法第66条により、労働者の健康診断を実施する義務があります。その義務を怠った場合は、同法第120条により50万円以下の罰金が科されることがあります。 事業所に労働基準監督署の調査が入った場合、「健康診断を実施していなかった」、「実施はしているが異常の所見がある者に対して、医師による意見聴取がなされていなかった」ときは、必ず労働基準監督官による是正勧告の対象になります。 健康診断は、事業所に課せられた労働者の健康管理です。もし、健康診断を実施せず、その従業員に健康被害が生じた場合は、事業者が安全配慮義務違反に問われ、損害賠償を請求される可能性等があることも認識しておかなければなりません。 (了)
事例で検証する 最新コンプライアンス問題 【第20回】 「公務員との会食と経営トップの問題意識」 弁護士 原 正雄 1 本件問題の発覚とその後の経緯 TS社は1986年に衛星放送事業を開始し、以後その業容を拡大してきた。2002年にJASDAQスタンダード市場に上場し、衛星放送業界全体の発展にも尽力してきた。 ところが、2021年2月4日発売の週刊誌で、TS社の役職員が総務省職員との間で国家公務員倫理規程違反となる会食をしていたとの報道がなされた。TS社と総務省に疑惑の目が向けられ、国会で連日質問がなされることとなった。さらにTS社が放送法の定める外資規制に抵触したままBS4K放送(左旋)の認定を受けたという問題も発覚した。 その結果、総務省では、会食に参加した職員11名が処分された。TS社でも、関係役員等に解任等の処分が下された。さらにTS社は、BS4K放送(左旋)の認定(当時は子会社が承継)を取り消されるに至った。 TS社は特別調査委員会(以下「委員会」という)を設置し、2021年5月24日、上記問題についての調査報告書を公表した。また、総務省も、2021年6月4日、「検証結果報告書(第一次)」を公表した。 そこで、これらの報告書を参考に、報道等も参照しつつ、コンプライアンスとガバナンスの観点から本件について検討する。 2 会食について (1) 会食の状況と、国家公務員倫理規程への違反 TS社では、K執行役員が総務省との窓口を担っており、総務省職員との会食のほとんどを設定していた。そこにTS社の他の役職員が参加することがあり、父親が内閣官房長官を務めていたS統括部長も参加することがあった。 委員会の調査によれば、K執行役員が総務省職員に個別具体的な相談や依頼を行った事実は確認できなかった。S統括部長も同様であった。 ただ、会食を繰り返し設定し、費用も負担していたことから、総務省との会食は単なる情報交換を超えて、昼間の打合せ等では得られない情報を取得するなどの目的があったと疑われる可能性があった。また、親族が有力な政治家である役職員を参加させたことは、当該親族との関係を用いて業務上の便宜を得ようとしたとの疑念を持たれる可能性があった。 こうした会食は、国家公務員倫理規程3条1項6号が禁止する「利害関係者から供応接待を受けること」などに抵触するものであった。そのため、委員会は、コンプライアンス上重大な問題があったと結論付けた。総務省も11名の職員を処分した。 (2) 国家公務員倫理規程違反の認識 会食に参加したTS社の役職員は「TS社が費用を負担しての総務省職員との会食はコンプライアンス上望ましくない」という認識は持っていた。 それにもかかわらず総務省職員との会食に参加したのは、以前から慣行として問題なく行われており、総務省職員も誘いを断らずに会食に応じているため、特に問題ないと考えたからとのことであった。 会食の参加者は、社内で共有されるスケジュールに「総務省」等と記載しており、総務省職員との会食を隠そうともしていなかった。TS社の役職員は、総務省職員との会食のリスクを過小評価していた。 (3) 公務員との会食についてのルールの不存在 TS社の役職員が総務省職員との会食のリスクを過小評価していたことの一因に、TS社が公務員との関係について規程等を定めていなかったという事実がある。グループ行動規範で「贈り物の授受や接待・被接待については、頻度・金額とも合理的かつ法令はもとより社会通念上妥当と認められる範囲で行います」と定めてはいたが、これは相手方が公務員かどうかを問うものではなかった。 また、国家公務員倫理規程に関する研修等も行われたことがなかった。 (4) チェックがされていなかった ルールがない以上は当然であるが、TS社では、公務員との会食についてのチェックもされていなかった。 会食の交際費については「使用報告書」に会食の相手を記載して上席者の決裁承認を得なければならなかったが、この報告書は経理上の記録を残すためのものであった。そのため、出席者に公務員が含まれているかの確認はされていなかった。 また、内部監査室は、会食について、飲食費の多寡、報告書の作成の有無等を確認していたが、国家公務員倫理規程を意識したうえでの内部監査は行っていなかった。 さらに、会食について内部通報窓口に通報がなされたこともなかった。 (5) 原因~経営トップの問題意識の欠如 TS社は全体として総務省職員との会食のリスクを正しく理解できていなかった。 その根本的な原因は、経営トップに国家公務員倫理規程違反を避けるべきとの基本的な法令遵守の意識が欠如していたことにあった。当時の社長は、K執行役員が会食を通じて総務省職員との人間関係を継続深化させることをむしろ評価していた。 TS社は監査等委員会設置会社である。そのため、こうした場合、経営トップを監督監査して問題点を指摘するのは、監査等委員会の役割である。 ただ、TS社では監査等委員会に社外取締役が3名いたが、この3名はいずれも放送メディア業界出身であって他業種の経験は有していなかった。そのため、異なる業種等の視点を持てず、総務省職員との会食について明確な問題意識を持てずにいたようである。結果として、監査等委員会も、経営トップに対する問題点の指摘には至らなかった。 3 外資規制への抵触 (1) 外資規制に抵触した状況での認定 外国株主が議決権の20%以上を保有している場合、放送法上の外資規制により、その事業者は基幹放送業務の認定を受けることができない。 2016年10月17日当時、TS社では、外国株主の議決権が20%を超過していた。ただ、TS社で申請手続を担当したT氏は、放送法を正しく理解していなかった。TS社は、放送法が定める欠格事由はないと考え、総務省にBS4K放送(左旋)の認定を申請した。 2017年1月24日、TS社は、外資規制に抵触していて本来は認定を受けることができないのに、総務省からBS4K放送(左旋)の認定を受けた。 (2) 外資規制への抵触に気付かなかった原因 衛星放送事業者である以上、放送法の正しい理解は必要不可欠であるが、TS社では、申請手続の担当者に対して放送法の研修を受ける機会を与えておらず、マニュアル等も作成していなかった。また、申請手続の担当は1名だけで、複数人でチェックする体制はなく、他部署が関与する仕組みもなかった。 TS社は、放送法の重要性を正しく理解できていなかった。その根本的な原因は、経営トップが上述のとおり総務省との会食を通じての人間関係の構築を重要視するあまり、個別法令の重要性に思いが至らなかった点にあると解する。 なお、TS社では監査等委員会に放送メディア業界出身の社外取締役が3名いたとのことだが、放送法に関するチェック体制の不備までは確認できなかったようである。 (3) 外資規制への抵触の事実の把握と、総務省への報告 BS4K放送(左旋)の認定を受けてから約半年が経過した2017年8月4日、TS社は衛星基幹放送事業の認定に関する手続を準備する中で、外資規制への抵触に気付いた。 TS社は、新たに100%子会社を設立し、TS社が有するBS4K放送(左旋)の認定をその子会社に承継させることで、外資規制への抵触を回避することにした。 TS社は、K執行役員を通じて、総務省の課長に、外資規制に抵触するおそれがあることや承継のスキームについて口頭で報告した。また、同月18日、K執行役員は改めて総務省を訪問し、総務省側から「4Kの承継を速やかにやってほしい」旨の要請を受けた。 なお、こうした総務省への報告・相談の際にS統括部長が関与した記録はないとのことである。 上記に対して、2021年3月、衆議院予算委員会で総務省の課長は、外資規制への抵触について報告を受けた記憶は全くない旨を答弁している。 しかし、委員会は、当時の資料やメール等を分析した結果、TS社が総務省に外資規制抵触を報告したことや、外資規制抵触を前提とした子会社への認定の承継を報告・相談をしたことについて「認定することが合理的である」としている。 また、総務省の報告書も、最初に報告を受けた日時や、最初に報告を受けた職員が誰かなどについては他の可能性も否定できないとしつつ、総務省の一部職員が外資規制抵触を認識していた可能性は高いと認定している。 (4) 外資規制抵触の判明後の総務省職員との会食と、子会社への認定の承継 外資規制抵触が判明した直後の2017年8月28日、K執行役員は、総務省の課長と会食を行った。これは外資規制抵触の判明前から日程が決まっていたものではあった。ただ、会食ではプロ野球の話が盛り上がり、同課長に東京ドームのシートのチケットを譲ることとなり、後日、TS社が同課長にチケットを交付している。 その会食とチケット交付から2週間後の同年9月11日、TS社は総務省に対して、子会社にBS4K放送(左旋)の認定を承継させる旨の認可申請書を提出した。 その申請から約2週間後の同月27日、K執行役員は、総務省の官房審議官(情報流通行政局担当)と会食をした。 その会食から約2週間後の同年10月14日、総務省は上記申請を認可し、当該子会社はTS社からBS4K放送(左旋)の認定を承継した。 (5) 外資規制抵触の判明後の会食についての評価 当時のメールのやり取りには、外資規制に関する記載は確認できなかったようである。また、当時、TS社は、総務省から認定の取消しを示唆されていたわけではない。そのため、TS社において、認定の取消しを避けるために総務省に不当な働きかけを行う強い必要性があったわけではないようである。 しかし、会食当時、TS社が認定の承継の準備や手続を進めていたことは事実である。そのため、当該会食で認定の承継に関する話題が一切なされなかったとは考え難く、認定の承継が話題に上って会話がされたと考えるのが自然というのが委員会の考えである。少なくとも上記会食の際に、昼間の打合せ等では得ることのできない情報を取得するなどの目的があったと疑われる可能性があったとしている。 また、プロ野球チケットを交付したことについて、委員会は「この時期・相手に対して、そのような対応をすることが、第三者から不当な働きかけの対価と評価される可能性があることに全く思い至らなかった点は軽率に過ぎ、当委員会としても驚きを禁じ得ない」としている。 以上から、委員会は、上記会食及びプロ野球チケットの交付について「国家公務員倫理法令に照らし、コンプライアンス上重大な問題がある」と結論付けている。 また、総務省の報告書は、会食やチケット交付によって行政が歪められたことは確認できないとしている。TS社から子会社への承継が認可されたのは、政策推進のためになるとの自己正当化が理由であった可能性が高いとする。ただ、それら会食やチケット交付が国民の行政に対する信頼を著しく損なうものであったことは明らか、とも指摘している。 4 まとめ 本件の経緯を全体としてみると、TS社は会社全体として、国家公務員倫理規程や放送法の重要性を理解していなかったことが分かる。TS社は、法令よりも行政との人間関係を重視していた。その結果、不当な会食を繰り返して国家公務員倫理規程違反を重ね、かつ、放送法違反に気付かずに外資規制抵触という問題を起こし、その問題が継続している最中においてさえも総務省職員との間で会食を実施してしまった。 コンプライアンスの確立においては、コンプライアンス担当部門をはじめ現場の各部署における意識付けや仕組み作り、ルール作りが重要である。ただ、それらは、経営トップの高いコンプライアンス意識があって初めて成立する。経営トップのコンプライアンス意識が低ければ、会社としてコンプライアンス体制を構築することは不可能である。本件では経営トップが問題意識を持てずにいた。 そこで、経営トップのコンプライアンス意識に問題がある場合、ガバナンスの観点から、社外取締役が経営トップに問題を指摘し、是正を求めなければならなかった。ところが、本件では、社外取締役の全員が業界出身で、行政との会食が「業界の常識、世間の非常識」であることに気付かず、経営トップと同様に問題意識を持てずにいた。また、放送法のチェック体制の不備については、業界出身者として放送法に一定の知識を有していたものの問題に気付かずにいた。 本件は、コンプライアンスの実現は経営トップの意識があって初めて実現できるという事実を示している。また、ガバナンスを担う社外取締役がコンプライアンス実現の最後の砦であるという事実も示している。こうした事実をそれぞれ反対の方向から示す事例として参考になる。 (了)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例64】 メディアスホールディングス株式会社 「株主総会決議を超過する監査役報酬の支払について」 (2021.8.27) 公認会計士/事業創造大学院大学教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、メディアスホールディングス株式会社(以下「メディアス」という)が2021年8月27日に開示した「株主総会決議を超過する監査役報酬の支払について」である。タイトルどおり、株主総会で承認された額を超えた監査役報酬が支払われていたという内容である。分配可能額を超えた配当が支払われていたという開示は時折目にするが、こうした開示を目にすることはなかなかない。 ちなみに同社は現在東証一部上場で、来年の4月に予定されている市場再編後の市場はプライム市場を選択するとしている(2021年7月13日に「新市場区分『プライム市場』適合に関するお知らせ」、同年9月17日に「(開示事項の経過)新市場区分『プライム市場』選択に関するお知らせ」を開示)。 2 なぜ気付かなかったのか? 今回の開示の「株主総会決議による監査役報酬の上限枠」は次のように記載されている。 監査役が3名だったときに株主総会で監査役の報酬額は年額50,000千円以内と決められていたのだが、その後、監査役が6名に増え、50,000千円を上回る報酬を支払ってしまっていたのである。「監査役体制の強化に伴い」監査役を増員した結果、こうした事態が生じたというのは何とも皮肉な話である。 しかし、それにしても、メディアスの第11期有価証券報告書の「役員の報酬等」には、「2010年9月22日開催の第1期定時株主総会において、(中略)監査役の報酬限度額は年額50,000千円以内とする旨を決議いただいております」という記載があったうえで、「監査役の報酬については、監査役の協議に基づき個別報酬を決定しております」と記載されている。 なぜ監査役の方々は気付かなかったのだろうか(ちなみに監査役6名のうち2名は弁護士)。分配可能額を超えた配当については、「他が確認していると思っていた」といった言い訳が為されるのだが(成り立たない言い訳だが)、この件については、「ぼーっとしてました」としか言いようがないだろう。 3 外部からはわからない 株主総会で承認された額を超えた監査役報酬の支払いは、2019年6月期から2021年6月期まで3期にわたって行われていた。有価証券報告書の「役員の報酬等」には役員に対する報酬の総額が記載されるため、「そんなこと、誰かがすぐに気付くのでは?」と思われるかもしれないが、関係者以外が気付くのは難しい(配当額が分配可能額を超えているか否かは、関係者以外でも、開示されている情報から確認することができるが)。 有価証券報告書の「役員の報酬等」には取締役や監査役それぞれに対する報酬の総額が記載されるのだが、社外取締役と社外監査役に対する報酬の総額は、合わせて「社外役員」に対する報酬の総額として記載されるため(企業内容等の開示に関する内閣府令・第2号様式・記載上の注意(57)、第3号様式・記載上の注意(38))、監査役(社内監査役+社外監査役)に対する報酬の総額は外部からわからないのである(すべての役員に対する報酬の総額が、株主総会で承認された役員報酬額の総額を超過していれば、支払いの超過があることに気付けるが)。 4 返還してもらうとのことだが 今回の開示の「今後の対応」は次のように記載されている。 「報酬限度額を超過した部分」は監査役から返還してもらうとのことだが、おそらく今後の株主総会で「年額50,000千円以内」よりも大きな額を承認してもらったうえで(「上限枠の適正な金額設定について今後検討」とあるし)、また監査役に返還することになるのだろう。 なお、再発防止のための「監査役報酬の決定プロセス」とは、どのようなものになるのだろうか。監査役報酬の決定を監査役以外の者が確認するのだろうか。もしもそうだとしたら、監査役として情けないと言わざるを得ないだろう。 5 他にもたくさん? 冒頭でこうした開示を目にすることはなかなかないと述べたのだが、実は最近立て続けに目にしている。メディアスの開示の少し前の2021年7月29日に前澤工業株式会社が「株主総会決議を超過する社外取締役報酬の支払について」を開示している。これは、社外取締役に対する報酬額が株主総会での承認額を超えていたという内容である。おそらく、現在の株主総会での承認額に気付かずに、社外取締役を増やした分、報酬額を増やしたのだろう。もしかすると、メディアスはこの開示を見て、「もしかしたら」と思い、確認して気付いたのかもしれない。 また、メディアスの少し後の2021年9月24日には株式会社ビーブレイクシステムズが「株主総会決議を超過する社外監査役報酬の支払いについて」を開示している。これは、社外監査役に対する報酬額が株主総会での承認額を超えていたという内容だが、こちらは、メディアスの開示を見て、「もしかしたら」と思ったのだろうか。 株主総会で承認された額を超えて役員に報酬を支払ってしまうというような事例は極めて稀であるように思われるのだが、こう立て続けに目にしてしまうと、「他にもたくさんあるのでは?」と思えてきてしまう。もしかすると、この後、同様の「株主総会決議を超過する~報酬の支払いについて」といった開示がぞろぞろと出てくるかもしれない。 (了)
《速報解説》 国税庁、令和3年度税制改正を踏まえ 「短期退職手当等Q&A」を公表 ~令和4年以後の退職手当等の算定方法について、13問の質疑応答事例を掲載~ 公認会計士・税理士 新名 貴則 令和3年度税制改正において退職所得課税の適正化が行われ、「短期退職手当等」が導入されたことを受け、国税庁は令和3年10月8日、「短期退職手当等Q&A」を公表した。 以下では、その内容について解説する。 ① 短期退職手当等の概要 平成24年度税制改正において導入された「特定役員退職手当等」に該当して税負担が増加することを避ける目的で、あえて役員等に就任せずに短期間で高額の退職金を受け取るようなケースに対応するため、令和3年度税制改正において「短期退職手当等」が導入された。 具体的には、役員でない従業員が、5年以下の勤続年数に対して高額の退職金を受け取る場合等が該当する。 「短期退職手当等」に該当する場合、退職所得金額の算定において、退職金の額から退職所得控除額を控除した残額のうち、300万円を超える部分については「2分の1」を乗じないこととされた。 この改正は、令和4年分以後の所得税について適用される。 ②「短期退職手当等Q&A」について 令和3年度税制改正により、退職手当等は「特定役員退職手当等」、「短期退職手当等」及びそれら以外の「一般退職手当等」に分類されることになった。今回公表されたQ&Aでは、改正法適用後に実務上生じると考えられる、次のような疑問点を挙げて解説している。 【Q2】 (※) 原則として退職日によって判断するため、改正前の法令の適用となる。 【Q3】 (※) 勤続期間のうちに役員等として勤務した期間がある場合は、これも含めて5年以下か否かを判定する。 【Q4】 【Q5】 【Q6】 【Q7】 【Q8】 【Q9】 【Q10】 【Q11】 【Q12】 【Q13】 (了) ↓お勧め連載記事↓
2021年10月21日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.441を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
日本の企業税制 【第96回】 「賃上げを行う企業への税制支援」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴 岸田総理は、10月8日の所信表明演説において、「働く人への分配機能の強化」の一環として、「労働分配率向上に向けて賃上げを行う企業への税制支援を抜本強化します」と述べた。 これを契機として、令和4年度税制改正における、賃上げを行う企業への税制支援策について関心が高まっている。 既存の税制としていわゆる所得拡大促進税制があり、令和3年度税制改正で見直しが行われたばかりであるが、まずはこの制度の創設からの経緯を振り返ってみたい。 〇平成25年度税制改正(創設) この制度は、平成25年度税制改正において、当時の経済情勢等を踏まえつつ、「成長と富の創出の好循環」を実現し、「強い経済」を取り戻すため、個人所得の拡大を図り、所得水準の改善を通じた消費喚起による需要の回復をもって経済成長を達成するため、企業の労働分配(給与等支給)の増加を促す措置として、創設され、給与等支給額を増加させた場合におけるその増加額の一定割合の税額控除を可能とすることとされた。 具体的には、法人の平成25年4月1日から平成28年3月31日までの間に開始する各事業年度における雇用者給与等支給増加額の基準雇用者給与等支給額(3月決算法人の場合平成24年度の雇用者給与等支給額)に対する割合が5%以上である場合において、次の要件を満たすときは、その雇用者給与等支給増加額の10%相当額の税額控除ができるというものであった。 なお、雇用促進税制の適用を受ける事業年度等は、この制度の適用を受けることはできないこととされていた。 〇平成26年度税制改正 「消費税率及び地方消費税率の引上げとそれに伴う対応について(平成25年10 月1日閣議決定)」において、「「政・労・使」の連携による経済の好循環の実現」として、企業収益の拡大が賃金の上昇や雇用の拡大につながり、消費の拡大や投資の増加を通じて更なる企業収益の拡大に結び付くという好循環を実現していくため、「企業による賃金引上げの取組を強力に促進するため、与党税制改正大綱に基づき平成25年度税制改正で創設した所得拡大促進税制を拡充する」とされたことから、この制度について、計画的・段階的に賃上げをしていく企業を支援する仕組みに改めるとともに、企業の従業員構成の多様性に対応する要件緩和を行うこととされるとともに、制度の適用期限が平成30年3月31日まで2年延長された。 具体的には、次のとおり、要件の見直しが行われた。 〇平成27年度・28年度税制改正 平成27年度税制改正では、企業の賃上げへの動き出しを一層強く後押しするための対応として、次の事業年度における雇用者給与等支給増加額の基準雇用者給与等支給額に対する割合(増加促進割合)に係る要件が次のとおり引き下げられた。 平成28年度税制改正では、本制度と雇用促進税制との重複適用禁止措置が廃止され、同一事業年度において本制度と雇用促進税制の両方を適用することができることとされた。 〇平成30年度・令和2年度税制改正 政府は、「新しい経済政策パッケージ(平成29年12月8日閣議決定)」の中で、「人づくり革命」と「生産性革命」とをその克服に向けた車の両輪として位置づけ、これを断行することとし、2020年までを「生産性革命・集中投資期間」として、大胆な税制等により、①労働生産性(1人あたり、1時間あたりの実質 GDP)の年2%向上、②対2016年度比で日本の設備投資額を10%増加、③2018年度以降3%以上の賃上げ、といった目標の達成を目指すこととされた。この一環として「賃上げ及び投資の促進に係る税制(※)」により実質的な税負担割合を25%まで引き下げることとされた。 (※) 平成25年度税制改正において創設され、その後累次の改正が行われてきた所得拡大促進税制が平成30年3月末に適用期限を迎えることから、これを「賃上げ及び投資の促進に係る税制」として、改組された。 主たる適用要件が、基準年度(平成24年度)比の給与総額の増加要件から前年度比の給与水準の増加要件へと変更され、企業の賃金引上げをより後押しする一方、大法人にあっては一定以上の国内設備投資が求められるとともに、基準年度からの給与総額の増加額ではなく、前年度からの給与総額の増加額に対して一定の税額控除ができる制度とされた。さらに、大法人の税額控除限度額が法人税額の20%(改正前:10%)相当額まで引き上げられ、実質的な税負担の軽減がより図られた。 具体的には、平成30年4月1日から令和3年3月31日までの間に開始する各事業年度において、次の①及び②の要件を満たすとき(その法人の雇用者給与等支給額がその比較雇用者給与等支給額以下である場合を除く)は、その雇用者給与等支給額からその比較雇用者給与等支給額を控除した金額の15%(その事業年度において次の③の要件を満たす場合には、20%)相当額の税額控除ができることとされた。 令和2年度税制改正では、上記②の要件が90%から95%に引き上げられた。 〇令和3年度税制改正 平成30年度税制改正において改組された制度が適用期限を迎えた令和3年度税制改正では、コロナ感染症の拡大という困難な状況を踏まえ、雇用や生活を支えながら成長分野への円滑な労働移動とそのために必要な人材投資を促すとともに、新卒者等を巡る就職環境が厳しい中、第二の就職氷河期を作らないといった観点から、適用要件等が見直され、人材確保・人材育成に着目した税制へと改組された。 具体的には、適用要件について、従前の「継続雇用者」に対する給与等の支給額の増加率から、「新規雇用者」に対する給与等の支給額の増加率へ変更する等の見直しを行うとともに、国内設備投資額についての要件を撤廃し、また、税額控除割合の基礎として、これまでの「雇用者」に対する給与等の支給額の増加額から、「新規雇用者」に対する給与等の支給額へ見直した上で、教育訓練費を前期比一定程度増加させる場合には、税額控除割合を5%上乗せするとの見直しが行われた。 (了)
〔令和3年度税制改正における〕 繰越欠損金の控除上限の特例の創設 【第1回】 「特例制度の概要」 辻・本郷税理士法人 税理士 安積 健 1 はじめに 平成23年度の税制改正では、課税ベース拡大の一環として資本金1億円超の大法人に係る繰越欠損金の控除限度額が、所得の100%から80%(現在は50%)に制限されることとなった。 一方、コロナ禍の厳しい経営環境の中で、赤字企業でもポストコロナに向けて、事業再構築等に取り組んでいくことが必要との認識の下、令和3年度税制改正では、こうした経営改革に果敢に挑む企業に対し、繰越欠損金の控除上限の引上げ措置が講じられた。 そこで本稿では、令和3年度税制改正により創設された繰越欠損金の控除上限の特例について2回にわたって解説する。 まず、今回の【第1回】では特例制度全体を確認し、次回の【第2回】では特例の適用に当たって必要となる産業競争力強化法の認定手続について解説する。 2 概要 本特例は、産業競争力強化法に新たな計画認定制度を創設した上で、事業再構築等に向けた投資内容を含む事業計画を事業所管大臣が認定し、認定を受けた法人について、コロナ禍に生じた欠損金を対象に、最長5事業年度の間、控除上限を投資の実行金額の範囲内で最大100%に引き上げるものである。 〈投資額と控除上限の関係のイメージ〉 (出典) 経済産業省「「繰越欠損金の控除上限」の特例ガイドライン」p2より。 具体的には、青色申告書を提出する法人で認定事業適応法人の適用事業年度において繰越欠損金の控除の規定(法法57①)を適用する場合において、欠損金額のうちに特例欠損事業年度において生じたものがあるときは、繰越控除の限度額が、所得金額の50%相当額に超過控除対象額に相当する金額を加算した金額となる(措法66の11の4①)。 (1) 認定事業適応法人 本特例は、改正産業競争力強化法の認定を受けることが前提となる。認定事業適応法人とは、産業競争力強化法の施行日(令和3年8月2日)から同日以後1年を経過する日までの間に認定を受けた認定事業適応事業者をいう。認定事業適応事業者とは、認定事業適応計画に従って実施される成長発展事業適応を行う事業者をいう。なお、産業競争力強化法の認定手続について詳しくは次回を参照いただきたい。 (2) 適用事業年度 適用事業年度とは、認定事業適応計画に記載された実施時期内の日を含む各事業年度で、次に掲げる要件の全てを満たすものをいう。 (※1) 経済社会情勢の著しい変化に対応して行うものとして主務大臣が定める基準に適合するものであることを確認した旨の表示がある産業競争力強化法の認定書(様式第18の2)に添付された確認申請書の写しに特例事業年度として記載された事業年度で、当該写しを保存することにより証明がされたもの(措規22の12の2①)。 (※2) 特例事業年度とは、令和2年4月1日から令和3年4月1日までの期間内の日を含む事業年度において新型コロナウイルス感染症の影響により青色欠損金額が生じた一又は二の事業年度をいう。ただし、令和2年2月1日から同年3月31日までの間に終了した事業年度において新型コロナウイルス感染症の影響により青色欠損金額が生じた場合において、一定の要件に該当するときは、その要件に該当する最初の事業年度及びその翌事業年度を特例事業年度とすることができる。 〈適用事業年度の例〉 (3) 特例欠損事業年度 特例欠損事業年度とは、特例事業年度において生じた欠損金額のうちに超過控除対象額(下記(4)参照)がある場合における当該特例事業年度をいう(措法66の11の4②)。 (4) 超過控除対象額 超過控除対象額とは、次に掲げる金額のうち最も少ない金額をいう(措法66の11の4②)。 (※1) 適用事業年度に係る適合証明書(様式18の20)に特例対象投資累積額(認定事業適応計画の開始の日(改正産業競争力強化法施行日を含む事業年度中に開始する認定事業適応計画については、当該事業年度開始の日又は令和3年3月31日のいずれか遅い日とすることも可)から5年を経過する日までの間に、認定事業適応計画に従って投資をした額の累積額)として記載された金額(適用事業年度の確定申告書等に適合証明書の写しの添付がある場合における当該金額に限る)。 (※2) 超過控除対象額の過去使用額は、適用事業年度前の事業年度で本特例の適用を受けた超過控除対象額の合計額となる。 (※3) 超過控除対象額の当期使用額は、適用事業年度における超過控除対象額を算出しようとする特例事業年度前の各特例事業年度において生じた欠損金額に係る超過控除対象額の合計額となる。 (5) 手続 本特例は、確定申告書等に超過控除対象額及び超過控除対象額の計算に関する明細書(別表7(1)及び7(1)付表5)の添付がある場合に限り適用される(措法66の11の4④)。また、適合証明書の写しを添付する必要がある(措規22の12の2②)。 -計算例- 上記を前提に、以下の①及び②における欠損金の繰越控除額を算出する。 ① 令和5年3月期 ⅰ 令和3年3月期に生じた欠損金1,000 (ア) 特例事業年度の欠損金額の残額 1,000 -(0 + 1,800 × 50%)= 100 (イ) 累積投資残額 600 -(0+0)= 600 (ウ) 所得金額による制限額 1,800 × 50% - 0 = 900 (エ) (ア)~(ウ)の最小金額:100(超過控除対象額) ⅱ 令和4年3月期に生じた欠損金1,000 (ア) 特例事業年度の欠損金額の残額 1,000 -(0 + 0)= 1,000 (イ) 累積投資残額 600 -(0 + 100)= 500 (ウ) 所得金額による制限額 1,800 × 50% - 100 = 800 (エ) (ア)~(ウ)の最小金額:500(超過控除対象額) ➡ 令和5年3月期においては、控除前所得金額1,800に対し、当該金額の50%相当額である900の他、上記 ⅰ 100及び上記 ⅱ 500の計1,500の欠損金の繰越控除が行われる(欠損金額の残高は500(令和4年3月期発生分))。 ② 令和6年3月期 ⅰ 令和4年3月期に生じた欠損金1,000のうち500 (ア) 特例事業年度の欠損金額の残額 1,000 -(500 + 800 × 50%)= 100 (イ) 累積投資残額 800 -(600 + 0)= 200 (ウ) 所得金額による制限額 800 × 50% - 0 = 400 (エ) (ア)~(ウ)の最小金額:100(超過控除対象額) ➡ 令和6年3月期においては、控除前所得金額800に対し、当該金額の50%相当額である400の他、上記 ⅰ 100の計500の欠損金の繰越控除が行われる(欠損金額の残高は0)。 (了)