空き家をめぐる法律問題 【事例38】 「地震によって空き家が倒壊するおそれがある場合の対処法」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 最近、地震によって倒壊した空き家のニュースを見る機会がありました。自宅の隣地には傾いて屋根の崩れかかった木造家屋がありますが、ここ数年間、誰も出入りしている様子はなく、所有権者が誰なのかも分かりません。 地震が発生する場合に備えて隣家の修繕を求めたいのですが、どうすればよいでしょうか。 1 令和3年4月の民法改正前までの方法 (1) 所有権に基づく物権的請求権及び仮処分 隣家の損壊や倒壊によって自己の所有する土地や建物が損傷させられるおそれがある場合、隣家の所有権者に対して、所有権に基づく物権的妨害予防請求権を行使して、予防措置を求めることが考えられる。 しかし、登記簿等を確認して所有権者を把握できても、その者が行方不明の場合には請求を行うこと自体ができず、仮に請求できたとしても隣家の所有権者が修繕を行わない場合もある。このような場合には訴訟の提起や強制執行の申立てを行わざるを得ないが、時間がかかるため急を要する場合には実効的な手段ではない。 そこで、所有権に基づく物権的妨害予防請求権を被保全権利として、予防工事等の実施を求める仮処分命令を申し立てることが考えられる。もっとも、迅速性という点で仮処分は優れているが、建物の継続的な管理を求める点においては、必ずしも適切な手段とまではいいきれない。 なお、令和3年4月28日に公布された改正民法(以下「改正民法」という)の立法過程において、土地の所有者が他の土地や他の土地の工作物等に瑕疵がある場合に、当該他の土地に立ち入り、損害の発生を防止するための工事を行う権限を認める規定の導入が検討されていた。しかし、当該権限の発生要件が不明確であることや、かえって物権的請求権の行使を阻害するおそれがあること等を理由に導入は見送られた。 (2) 事務管理による方法 隣家の空き家の所有権者のために、事務管理(民法第697条)として、屋根等の修繕工事を行うことが考えられる。しかし、修繕工事を行った場合に当該所有権者に修繕契約の効果を帰属させるためには本人の追認が必要となる。また、事務管理者は当面の費用負担を強いられるだけでなく、費用回収のリスクも負うことになる(事務管理の詳細は【事例24】を参照)。 (3) 損害賠償による方法 空き家が通常備えているべき安全性を欠いているため地震等によって損壊等し、隣地の所有権に損害を与えた場合、隣地の所有権者は、当該空き家の所有権者に対して、民法第717条に基づく損害賠償請求を行うことができる(なお、所有権者の負う責任の詳細は、【事例3】を参照)。しかし、損害賠償による方法は、事後的な金銭的救済にすぎないため、危険を予防したい場合には機能しない。 2 民法改正による新たな対応方法 (1) 新たな管理制度導入の背景 民法の改正前においては、建物の所有権者が不明な場合、当該建物を管理させるために不在者財産管理制度等を利用することもできたが、全財産を管理する必要があるため、管理人の負担が重い等の批判がされていた。また、適切に管理されていない建物がある場合に、上記1のような法的手段はあるものの、単発的であり管理の継続性という点において問題があった。 そこで、改正民法において、裁判所が選任する管理人が、所有者の不明な建物や管理不全の建物を継続的に管理する制度が新設された(前者を所有者不明建物管理制度(改正民法第264条の8)といい、後者を管理不全建物管理制度(同法264条の14)という)。 なお、改正民法は、令和5年4月1日から施行される予定のため、施行時期について留意が必要である。 (2)所有者不明建物管理人の概要 所有者不明の建物の利害関係人は、裁判所に対して、所有者不明建物管理人の選任を申し立てることができる。ここでいう利害関係は法律上の利害関係のことを意味しており、当該建物の隣地の所有権や身体等の利益が侵害されるおそれがあるような場合に認められることになる。 申立人は、申立てにあたって、所有権者探索のために必要な調査を尽くしていることが必要となる。そのため、建物の登記簿謄本から所有権の名義人を特定し、住民票等で生存の有無や所在を確認する必要がある(なお、当該名義人が死亡していることが判明した場合には、相続調査を行うことも必要である)。 また、管理人によって当該建物が売却されることが当初から見込まれているような事案を除けば、申立人は、裁判所から予納金の納付を求められることになると思われる。予納金の納付を怠ると、管理人を選任する必要がないことを理由に申立てが却下されることになるため留意が必要である。 所有者不明建物管理人は、当該建物を管理処分する権限が専属することになるため、自らの判断で、当該建物の保存行為(屋根の修繕等)や性質を変えない範囲内での利用・改良行為をすることができるほか、裁判所の許可を得て売却・解体等の処分をすることもできる(改正民法第264条の3)。 (3) 管理不全建物管理人の概要 所有者不明建物管理人の場合と同様に、管理不全建物について法律上の利害関係がある者は、裁判所に管理不全建物管理人の選任を申し立てることができる。なお、上記の所有者不明建物管理人の申立てと管理不全建物管理人の申立ては、それぞれの要件を満たしていれば選択的に行うことができる。 建物の管理が不適当であるかの判断は個別事情によるが、当該建物の屋根や外壁が崩壊・倒壊するおそれのある状態になっており、この状態が修繕されずに期間が経過しているような場合には認められると考えられる。なお、本設問の事例とは異なるが、地震によって屋根が崩れ、その状態が放置されているなど、当該建物の不適切な状態の発生が不可抗力によるものであったとしても、その後の管理状態によっては管理不適当と認められる可能性もある。 管理不全建物管理人の場合、本来の所有権者が管理・処分権を行使する可能性があるため、所有者不明土地管理人と異なり、管理不全建物管理人に当該建物を管理処分する権限は専属しないこととされている。管理不全建物管理人は、自らの判断で、当該建物の保存行為や性質を変えない範囲内での利用・改良行為はできるが、売却・解体等の処分行為は、所有権者の同意のあることが裁判所の許可の条件となっている(改正民法第264条の14第4項、同法第264条の10第2項、第3項)。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第56話】 「事務運営指針における重加算税の取扱い」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 浅田調査官は、先ほどから「事務運営指針」をじっと見ている。表題は「申告所得税及び復興特別所得税の重加算税の取扱いについて」(平成28年12月12日)となっている。 その「第1」は、「賦課基準」である。すなわち、重加算税を賦課する基準を示している。 浅田調査官は、顔を上げて、斜め向かいにいる中尾統括官を見る。 中尾統括官は、部下の調査報告書を熱心に読んでいる。 「あの・・・この事務運営指針のことなんですけど・・・」 浅田調査官は、事務運営指針を手に持ちながら、声をかける。 中尾統括官は、驚いたように顔を上げる。 「なんだい?」 浅田調査官は、立ち上がって、中尾統括官の机の前に行く。 「・・・2.帳簿書類の隠匿、虚偽記載等に該当しない場合・・・のところに挙げられているケースなんですけど・・・」 浅田調査官は、該当する箇所を広げて、机の上に置く。 「・・・この(1)から(3)のケースにおいては、重加算税が賦課されないということでよいのでしょうか?」 浅田調査官が尋ねる。 中尾統括官は、事務運営指針を手に取って、読む。 「この文章の内容では・・・(1)から(3)の場合、隠蔽等に該当しないから、重加算税を賦課しないということだろう」 中尾統括官は、浅田調査官の顔を見る。 「これは、納税者が隠蔽等をしても、後日(翌期)是正をした場合・・・重加算税を賦課しないということだから、この文章では、たとえ隠蔽等を行ったとしても、その後、納税者が改めた場合、重加算税を賦課しないということなのだろう・・・」 と言って、中尾統括官は、(1)から(3)の図をそれぞれ描く。 「しかし、国税通則法68条を読む限り、この事務運営指針のような解釈はできないのではないかと思うのです」 浅田調査官はハッキリと言う。 そして、国税通則法68条1項のカッコ書きを飛ばして、読み上げる。 「この条文を読む限り、過少申告(国通法65①)と隠蔽仮装の要件を満たした場合には、重加算税が賦課されると理解すべきなのでは・・・?」 浅田調査官は、首を傾げる。 「・・・私は、3年前に、税務調査で、納税者が期首に売上除外をし、その後、期末に反省してその是正を行ったというケースがありました・・・しかし、その是正そのものにケアレスミスがあって、結局、過少申告になったのですが・・・」 今度は、浅田調査官が図を描く。 「このケースも文理解釈をすれば、重加算税を賦課すべきだと思うのですが、事務運営指針の考え方を敷衍すると、隠蔽等に該当せず、重加算税をかけるべきでなかったと思うのですが・・・」 浅田調査官は、自信なさそうにつぶやく。 (つづく)
《速報解説》 国税庁、「インボイス制度に関するQ&A」を改訂 ~令和4年度税制改正に伴う見直しの他、 登録日(R5.10.1)をまたぐ請求書の記載事項など5問を新設~ Profession Journal編集部 国税庁は4月28日(木)付けで「消費税の仕入税額控除制度における適格請求書等保存方式に関するQ&A」(インボイスQ&A)を改訂、令和4年度税制改正に伴う既存問答の改訂の他、5つの問答が新設され、全101問となった。 既報のとおり令和4年度税制改正では、免税事業者が令和5年10月1日から令和11年9月30日までの日の属する課税期間中に適格請求書発行事業者の登録を受ける場合、その登録日から適格請求書発行事業者となることができるなど制度の見直しが行われたが、これらに関連する問答(問8など)について、改訂が行われている。 今回新たに設けられた問答は以下のとおり。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 ウェブ開示によるみなし提供制度への対応等、 『経団連ひな型』が一部改訂される ~改訂日付に留意~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年4月27日、日本経済団体連合会 経済法規委員会企画部会は、「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型」(改訂版)の一部改訂を行っている。 今回の改訂で見直された点は以下のとおりだが、本稿公開時点において、HP及びひな型記載の日付が前回改訂の日(2021年3月9日)とされており、改訂に関するアナウンスもなされていないため、ご利用にあたっては注意が必要である。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 改訂点 改訂点は次のとおりである。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2022年4月28日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.467を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第13回】 「借用概念論の実践的意図とその実現」 -株主優待金事件に関する最判昭和35年10月7日民集14巻12号2420頁と最大判昭和43年11月13日民集22巻12号2449頁- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 前回Ⅱで、借用概念論は、「税法と私法」論との密接な関連において、私法関係準拠主義(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【60】)を実質的基盤として、借用概念を税法独自の概念(固有概念)と区別することによって「租税法の解釈に関する錯綜した議論を多少とも整理し、またいわゆる実質課税の原則を根拠として租税法に自由な解釈をもち込むことに対して歯止めをかけること」(金子宏『租税法理論の形成と解明 上巻』(有斐閣・2010年)386頁)という、税法解釈論上の実践的意図をもって展開されてきたものとみてよいと述べた。 今回は、借用概念論のそのような実践的意図とその実現について、いわゆる株主相互金融会社における株主優待金の税法上の取扱いに関する昭和35年10月7日民集14巻12号2420頁(以下「昭和35年最判」という)と最大判昭和43年11月13日民集22巻12号2449頁(以下「昭和43年最大判」という)を素材にして、検討することにする。 昭和35年最判では、株主優待金が所得税法上の利益配当(「法人から受ける利益の配当」)に該当するか否かが争われたのに対して、昭和43年最大判では、株主優待金が法人税法の課税所得の計算上損金に算入されるか否かが争われたところ、「両者はいちおう別個の問題ではあるが、株主優待金の法的構造ないし性質をいかに把握するかという点では、両者に共通する問題が横たわっているといえる。」(後者に関する調査官解説である可部恒雄「判解」最判解民事篇(昭和43年度)1432頁、1440頁)ことから、以下では、両者を比較しながら、借用概念論の実践的意図とその実現について検討していくことにする。 Ⅱ 昭和35年最判と昭和43年最大判の判旨 まず、両者の判旨をみておこう。昭和35年最判は次のとおり判示している(下線筆者)。 他方、昭和43年最大判は次のとおり判示している(下線筆者)。 Ⅲ 昭和35年最判と昭和43年最大判の「真の理由」 1 両判決の関係に関する疑問 以上でみたように、税法上の配当概念について、昭和35年最判は「取引社会における利益配当の観念(すなわち、損益計算上利益を株金額の出資に対し株主に支払う金額)」を前提としてこれと同一の観念を採用したものとし、昭和43年最大判は「会社から株主たる地位にある者に対し株主たる地位に基づいてなされる金銭的給付」とする。 これらは単に表現の点で異なるだけでなく、株主優待金が前者によれば配当に該当しないとされるのに対して後者によれば配当に該当するとされることから、意味内容の点でも異なる。この相異は、「前提となつている商法上の利益配当の概念自体の内容が、実は必ずしも明確ではな[かった]」(西原寛一「判批」民商法雑誌44巻5号(1961年)812頁、818頁)ことにも基因する面があろう。 この点はともかく、上記の相異を借用概念論の観点からみると、昭和35年最判と昭和43年最大判とは借用概念論に対して異なる立場に立っているかのようにも思われるが、果たしてそうであろうか。この疑問を検討するに当たって、既にⅠで言及した「両者に共通する問題」である「株主優待金の法的構造ないし性質をいかに把握するか」という点について、まず、昭和35年最判の考え方からみていくことにしよう。 2 昭和35年最判の「真の理由」 上記の点に関する昭和35年最判の考え方について、調査官解説(白石健三「判解」最判解民事篇昭和35年度359頁、366頁)は、「株主金融方式の加入者は、株主たる地位と契約上の地位とを二重に有するとはいっても、株式代金とは別に二重に掛金の払込をするわけではなく、前述のように加入者の支払った株式代金を、観念上、払い込んだ掛金額に見立てて、殖産無尽類似の契約関係が設定されているに過ぎないわけであるから、株式代金として支払った金額は、株主としての出資元本と掛金との両方の性質をもつものとも解され、優待金は右出資元本に対する支払金であると同時に契約に基づく支払金であるともいい得るわけであり、厳密には、優待金はその中間的性質のもので、いずれとも割り切れないというのが正確な見方であるもいい得るであろう。」とした上で、次のとおり述べている(下線筆者)。 ここで述べられている「税法の解釈態度」は、実質主義に基づく自由な解釈・法創造(谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第6回、前掲拙著【42】参照)を阻止しようとするものであるが、これは、前記Ⅰで述べた借用概念論の実践的意図と同じものであると解される。そうすると、借用概念論の実践的意図は、昭和35年最判における「税法の解釈態度」及び(所得税法上の利益配当の概念を「商法の前提とする利益配当の観念と同一観念を採用しているもの」とする)その結論を通じて、実現されたものといえよう。したがって、昭和35年最判を借用概念論の枠内で捉え、しかも統一説(前回Ⅱ参照)という解釈方法論を採用した代表的な事例として位置づけるのは妥当であろう(清永敬次『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)40頁、金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)128頁、前掲拙著【52】等参照)。 3 昭和43年最大判の「真の理由」 これに対して、昭和43年最大判は、昭和35年最判とは異なり、株主優待金の性質を「配当以外のものではあり得ず」と割り切って断定している。では、その割り切りは、昭和35年最判が阻止しようとした実質主義に基づく自由な解釈・法創造に依拠したものであろうか(以下の叙述は、一見すると紆余曲折があり理解し難いかもしれないので、結論を先取りして述べておくと、答えは「依拠したものである」である)。 昭和43年最大判は、確かに、「上告会社が株式買受人に対して支払う本件株主優待金は、実質的には、株主が払い込んだ株金に対して支払われるものにほかならないということができる。」(下線筆者)と判示していることからすれば、一見すると、実質主義に依拠したもののようにも思われるが、しかし、その判示に「そして」で続けて「会社から株主たる地位にある者に対し株主たる地位に基づいてなされる金銭的給付は、・・・・・・、法人税法上、その性質は配当以外のものではあり得ず」(下線筆者)と判示していることからすれば、その前の判示にいう「実質」はいわゆる「経済的実質」ではなく「法的実質」(ここでは、商法上の「株主たる地位」)を意味するかのようである。 このことをより明確に述べているのは、松田二郎裁判官の意見である(可部・前掲「判解」1444頁は「多数意見は、松田意見の骨子を理由の一とするもの」とする)。松田裁判官は、「本件株主優待金が・・・・・・株主に対し株主たる地位に対して支払われるものであると認められるからには、上告会社に利益がなく、かつ、株主総会の決議を経ていない違法があるにしても、法律的観点よりするとき、本件優待金の支払は利益の配当と解さざるを得ない。」(下線筆者)として、「このような見地に立つとき、奥野裁判官の反対意見、すなわち経済的観点より本件優待金を把握し、これを以て損金と認める見解に対しては、賛成し得ない。」(下線筆者)と述べているのである(もっとも、奥野健一裁判官自身は反対意見で株主優待金の損金算入の可否について「専ら、その経済的意義、効果に着目し、実質上合理的な事業経費と認められるかどうかによってこれを決定すべきである。」として事業経費としての合理性(経済的合理性)を重視する見解を述べているが、それは「経済的観点」を重視するとはいっても、税法の自由な解釈・法創造を企図する実質主義とは異なると解される)。 そうすると、昭和43年最大判は、前記Ⅰで述べた借用概念論の実践的意図を、借用概念論の枠内ではなく、「株主たる地位」という「法律的観点」を重視する解釈方法論によって、実現しようとしたものと解することができそうである。そうすることによって、「経済的観点」を重視する実質主義に基づく税法の自由な解釈・法創造を阻止することが可能であるからである。もしそうであるとすれば、昭和35年最判と昭和43年最大判とは、実質主義に基づく税法の自由な解釈・法創造を阻止するための解釈方法論が異なるにすぎず、「真の理由」の点では共通するとみることができそうである。 しかしながら、昭和43年最大判の「真の理由」は、昭和35年最判のそれとは異なるもの、むしろ対立するものであると考えるところである。そのように考える手がかりは、昭和35年最判における上告理由の中に見出すことができるように思われる。 上告人(東京国税局長)は上告理由の中で「株式会社における利益の配当とは、商法においても『株主が株主たる地位において資本の払戻によらず会社資産を会社から交付を受けることをいう。』ものと理解することができ、この概念に、そのまま所得税法上の利益の配当の概念とも一致するものである」(下線筆者)と述べているが、この点については、「所得税法独自の利益配当概念を認めようとするのが、上告人の立場である。」(西原・前掲「判批」818頁)という見方が示されている。 その見方によれば、上告人の上記見解は、上告人の訴訟代理人の一人であった田中勝次郎博士の「隠れたる利益処分」論に基づくものではないかと推察される(西原・前掲「判批」819頁はそのように解している)。田中博士は昭和35年最判を厳しく批判したが(同『法人税法の研究』(税務研究会・1965年)801頁以下[初出・1961年]参照)、とりわけ、株主優待金を「隠れたる利益処分の典型的な例」(同810頁)とみた上で、同最判を「税法解釈上の大原則である『租税回避行為禁止の原則』と、これを母体として発生した『隠れたる利益処分』という法概念を正面から否認している」(同814-815頁)と批判し次のとおり述べていた(同815頁)。 このように推論してくると、昭和43年最大判は、昭和35年最判における上告理由と同じく、「株主たる地位」に着目することによって、昭和35年最判よりも配当概念を広く構成するものであるが、そうすることの「真の理由」は、本件株主優待金の支出を租税回避あるいは「隠れたる利益処分」としてその損金性を否認することにある、という理解が成り立つように思われる。 このような理解の妥当性は、昭和43年最大判における奥野健一裁判官の反対意見から、間接的に(逆に)窺い知ることができる。というのも、奥野裁判官は、租税回避論について次のとおり説示し(下線筆者)、また、本件株主優待金の支出が「いわゆる『隠れたる利益処分』に該当しないことも明らかである。」と説示し、多数意見に対して反対意見を述べているからである。 奥野裁判官のこの反対意見は、今日の税法学の議論状況からみても、租税回避論として高い水準にあり、特に最後の下線部分は否認規定必要説(前掲拙著【72】参照)を説くものとして高く評価すべきものであるが、この点は措くとして、奥野裁判官が敢えてこのような反対意見を述べたのは、多数意見がこれとは異なり否認規定不要説(同参照)の立場に立ち、しかも「隠れたる利益処分」論に対して肯定的な立場に立っていたからではないかと推察されるのである。 否認規定不要説は、実質主義の「真骨頂」を体現するものであり(谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第20回Ⅲ参照)、「隠れたる利益処分」論もドイツ(田中・前掲書807-811頁参照)とは異なりわが国では法律上明文の根拠規定をもたない以上、同様の評価がなされるべきものであると考えられる。 そうすると、昭和43年最大判は、昭和35年最判とは異なり、実質主義に基づく自由な解釈・法創造を阻止しようとするものではなく、むしろ逆にこれを肯定的に捉えたものとみるべきであろう。奥野裁判官の前記反対意見が最後の下線部で「一片の行政通達や解釈によつて法の不備、欠缺を補うがごときことは、許されないといわなければならない。」と述べているのは、多数意見が実質主義に基づく自由な解釈・法創造を肯定的に捉えているという理解によるものと解されるのである。 要するに、昭和43年最大判の「真の理由」は、実質主義に基づく自由な解釈・法創造を肯定的に捉えることにあると考えるところであるが、ただ、同判決はこのことを表立って述べるのではなく、表面的には、「株主たる地位」という商法上の概念をもって配当概念を定義することによって、あたかも松田裁判官と同じように「法律的観点」から本件株主優待金の配当該当性を判断しているかのように装っているのである(この点で、株主優待金の支出の「経済的意義、効果」に着目する奥野裁判官の反対意見とは異なる)。しかし、松田裁判官が補足意見としてではなく意見として「法律的観点」を強調していることからすると、多数意見のいう「株主たる地位」は、松田裁判官の意見にいう「株主たる地位」とは異なり、「法律的観点」からその「法的実質」を問題にするものではないと考えられる。 4 昭和43年最大判の「真の理由」のその後の内容変更 ところで、昭和43年最大判は、前記Ⅱで引用した判示(特に破線の下線部)の文理から明らかなように、「株主相互金融における資金調達の方法が資本維持の原則に反し、優待金の支出が前記[=前記Ⅱ引用判示中の第1破線下線部]の法律上禁止される場合に該当することを第一次的理由としている」(可部・前掲「判解」1444頁。下線筆者)とみるべきであろう。では、昭和43年最大判は、これまで検討してきた株主優待金の配当該当性を理由とするだけでも本件優待金の損金算入を否認できたにもかかわらず、なぜ株主優待金の法律上の禁止という理由を「第一次的理由」として判示したのであろうか。 昭和43年最大判の理解及び評価を困難にしている最大の原因は、この点にあるように思われる。昭和43年最大判については、違法支出の損金性・必要経費性に関するアメリカの判例法上の公序(public policy)の理論を採用した「リーディング・ケースとして評価し得る」(品川芳宣「租税法解釈(実務)に影響を及ぼした重要判例の検証」財経詳報社編『戦後重要租税判例の再検証』(財経詳報社・2003年)1頁、6頁)という見解もある(山田二郎「交際費課税をめぐる問題」同『山田二郎著作集Ⅰ 租税法の解釈と展開(1)』(信山社・2007年)253頁[初出・1977年]、274頁は「パブリック・ポリシーの理論が根拠になっているものではないかと憶測する」と述べている)。ただ、税法判例研究のいわば「定番」ともいうべき『租税判例百選』(有斐閣・別冊ジュリスト)において、この判決後刊行された第2版以降一度も、大法廷判決であるこの判決が取り上げられてこなかったのは、やはり、この判決の理解及び評価の困難さが少なくともその一因ではないかと考えるところである。 昭和43年最大判が公序の理論を採用したものかどうかはともかく、筆者としては、株主優待金の法律上の禁止を「第一次的理由」としてその損金性を否認したのは、配当該当性に関する前記の「真の理由」を覆い隠すためのいわばオーバー・アクションではなかったかと推察するものである。租税法律主義が税法の基本原則として今日ほどは強固かつ厳格に確立されていなかった昭和43年当時においては、配当該当性に関する前記の「真の理由」が国税関係者(田中勝次郎博士もその一人である)の間でなお根強く、裁判官の間でも一定の共感・賛同を得ていたことは否めないであろうが(わが国における実質主義の展開については拙著『税法創造論』(清文社・2022年)214-224頁[初出・2015年]参照)、ただ、それを表立って述べると「租税法律主義と実質主義との相克」の問題(谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第6回以下参照)に正面から最高裁としての立場を明確に示さなければならなくなるので、それを避けるために、「株主たる地位」という文言で「法律的観点」を装い、さらにいわば「駄目押し」的に株主優待金の法律上の禁止を「第一次的理由」として判示することによって、「大向こう」からあたかも租税法律主義の「遵法精神」に則って判断しているかのように装ったのではないかと推察するところである。 この推察が強ち的外れでないということは、同じく株主優待金の損金性について判断したその後の最高裁判決をみると、首肯できるように思われる。最判昭和45年7月16日集民100号227頁は、次のとおり(下線筆者)、昭和43年最大判を引用しつつもその「第一次的理由」には言及せず株主優待金の配当該当性のみを理由として、その損金性を否認した(最判昭和44年7月3日訟月15巻10号1194頁も同旨。ほかに最判昭和44年7月3日訟月15巻10号1205頁と最判昭和45年7月16日税資62号34頁は昭和43年最大判を引用しその結論のみを判示している)。 以上の4つの最高裁判決はいずれも第一小法廷の判決であり、同法廷は松田二郎、入江俊郎、長部謹吾、岩田誠及び大隅健一郎の各裁判官で構成されていたが、そのうち大隅裁判官以外の4人の裁判官は昭和43年最大判において大法廷を構成していた。その一人である松田裁判官は、昭和43年最大判において意見を述べたが、その内容は前記3の検討の中で取り上げてきたところに加えて、前記の「第一次的理由」について次のとおり述べるものである。 松田裁判官の上記の意見を踏まえると、前記の4つの第一小法廷判決は、その意見を考慮して、昭和43年最大判の前記の「第一次的理由」には言及しなかったものと推察される。しかも、この推察を更に推し進めると、株主優待金について「その性質は配当以外のものではあり得ず」と割り切って断定する際に説示した「株主たる地位」は、松田裁判官の先に引用した意見(前記3の3段落目参照)と同じく「法律的観点」から理解すべきであるように思われる。 以上のような推論によれば、前記3の末尾で述べた昭和43年最大判の「真の理由」は、その後の前記4つの第一小法廷判決によって、その内容が変更され、その結果、昭和35年最判の「真の理由」と同じ内容、すなわち、実質主義に基づく税法の自由な解釈・法創造を阻止しようとするものとなったと解される。つまり、前記4つの第一小法廷判決は、商法上の「株主たる地位」という「法律的観点」を重視する解釈方法論によって、株主優待金の配当該当性を肯定し、もって実質主義に基づく税法の自由な解釈・法創造を阻止しようとしたものと解されるのである。 要するに、昭和35年最判と前記4つの第一小法廷判決とは、実質主義に基づく税法の自由な解釈・法創造を阻止するための解釈方法論が異なるにすぎず、「真の理由」の点では共通するとみることができるのである(前記3の4段落目も参照)。 Ⅳ おわりに 今回は、借用概念論の実践的意図とその実現について、昭和35年最判と昭和43年最大判を素材にして、検討してきた。 借用概念論の実践的意図は、実質主義に基づく税法の自由な解釈・法創造を阻止しようとすることにあるが、昭和35年最判は、これを借用概念論の枠内で、統一説という解釈方法論によって、実現したものと評価することができる。 これに対して、昭和43年最大判は、確かに、一見すると、「株主たる地位」という文言で「法律的観点」を装ってはいるが、しかし、実は、租税回避論(否認規定不要説)や「隠れたる利益処分」論に依拠して、実質主義に基づく自由な解釈・法創造を肯定的に捉えたものと評価することができる。ただし、その後、前記4つの第一小法廷判決によって、そのような解釈態度は実質的に改められ、「株主たる地位」という「法律的観点」を重視した解釈方法論によって、借用概念論の実践的意図は実現されることになったと考えられる。 このように、実質主義に基づく税法の自由な解釈・法創造を阻止しようとする実践的意図は、借用概念論の枠内で統一説という解釈方法論によって実現できるが、これも、広い意味では、「法律的観点」を重視する解釈方法論の1つであると理解することができるところ、今回は、このような理解に基づき、昭和35年最判、昭和43年最大判及び前記4つの第一小法廷判決の相互関係を明らかにした。 なお、昭和35年最判に関する調査官解説(白石・前掲「判解」。前掲Ⅲ2参照)について、次のような理解(渡部吉隆「税法上の利益処分」鈴木忠一編『会社と訴訟(下) 松田判事在職40年記念』(有斐閣・1968年)833頁、847頁。下線筆者。可部・前掲「判解」1441頁も同旨)がみられる。 この理解によれば、昭和35年最判は、「疑わしきは納税者の利益に」を租税法律主義の下で許容される事実認定原理(金子・前掲『租税法』125頁参照。なお、解釈原理としての「疑わしきは納税者の利益に」については第10回Ⅲ参照)として認めた判例であると評価することができるように思われる。昭和35年最判は、この意味でも、注目すべき判例といえよう。 (了)
組織再編成・資本等取引の税務に関する留意事項 【第9回】 「グループ通算制度と加入時の時価評価」 公認会計士 佐藤 信祐 1 概要 グループ通算制度に加入した場合には、グループ通算制度に加入した通算子法人となる法人に対して、グループ通算制度の加入に伴う時価評価課税が課される(法法64の12①)。ただし、以下のように、租税回避の恐れが少ないと考えられる法人は、時価評価課税の対象から除外されている(※1)。 (※1) 実務上、極めて稀であると思われるが、非適格株式交換等により通算親法人との間に完全支配関係を有することになった場合において、適格株式交換等に係る金銭等不交付要件以外の要件に抵触するときは、下記ハの要件を満たしたとしても、グループ通算制度の加入に伴う時価評価の対象になる(法法64の12①三、四)。これに対し、非適格株式交換等により通算親法人との間に完全支配関係を有することになった場合において、適格株式交換等に係る金銭等不交付要件以外の要件を満たし、かつ、下記ハに該当するときは、グループ通算制度の加入に伴う時価評価の対象から除外されることになる。この場合には、通算子法人となる法人の繰越欠損金を特定欠損金としてグループ通算制度に持ち込むことができるという特徴がある(稲見誠一・大野久子『詳解グループ通算制度Q&A』360頁(清文社、令和3年))。 2 適格組織再編成と同様の要件のすべてに該当する法人 組織再編税制との整合性から、グループ通算制度の加入に伴う時価評価の対象から除外されるためには、加入の直前に通算親法人との間に支配関係がある場合には、完全支配関係継続要件、従業者従事要件及び事業継続要件が課されており、支配関係がない場合には、完全支配関係継続要件、従業者従事要件、事業継続要件、事業関連性要件及び事業規模要件若しくは特定役員継続要件が課されている。 これらの要件については、組織再編税制との整合性の観点から設けられていることから、組織再編税制における税制適格要件と同様の取扱いになっているものも多い。そして、法人税基本通達1-4-4~1-4-7に規定されている組織再編税制に係る通達を準用することとされている(グループ通算制度に関する取扱通達2-48、2-49)。ただし、金銭等不交付要件及び株式継続保有要件が課されていないという違いもある。すなわち、株式購入により通算親法人との間に完全支配関係を有することとなった法人であっても、時価評価の対象から除外することができる。具体的な要件は、以下の通りである。 (1) 加入の直前に通算親法人との間に支配関係がある場合(法法64の12①三、法令131の16③) ① 完全支配関係継続要件 通算子法人となる法人と通算親法人との間に当該通算親法人による完全支配関係が継続することが見込まれていること(※2)。 (※2) 通算子法人となる法人が通算親法人又は他の通算子法人(通算親法人による完全支配関係が継続することが見込まれている法人に限る)を合併法人とする適格合併により解散することが見込まれている場合の特例が定められている(法令131の16③)。 ② 従業者従事要件 通算子法人となる法人の完全支配関係を有することとなる時(※3)の直前の従業者のうち、その総数のおおむね100分の80以上に相当する数の者が当該通算子法人となる法人の業務(当該通算子法人となる法人との間に完全支配関係がある法人の業務を含む(※4) (※5))に引き続き従事することが見込まれていること。 (※3) 特例決算期間(完全支配関係を有することとなった日の前日の属する月次決算期間又は会計期間)の末日の翌日を承認の効力発生日及び事業年度開始の日とする特例の適用を受けたとしても、完全支配関係を有することとなった時の直前で判定する必要がある。 (※4) 通算グループ内の法人との関係に関する要件であることから、適格組織再編成により通算グループ外の法人に従業者が移転することが見込まれている場合の特例は定められていない(藤田泰弘ほか「連結納税制度の見直しに関する法人税法等の改正」『令和2年度税制改正の解説』912頁(令和2年))。 (※5) 「通算完全支配関係」と規定されていないことから、グループ通算制度に加入しない法人のうち完全支配関係がある法人を含めて判定すべきかのように思える。しかし、通算グループ内の法人との関係に関する要件であることを考えると、グループ通算制度に加入しない法人を含めて判定すべきではないと思われる(藤田泰弘ほか「連結納税制度の見直しに関する法人税法等の改正」『令和2年度税制改正の解説』912頁(令和2年))。 ③ 事業継続要件 通算子法人となる法人の完全支配関係を有することとなる前に行う主要な事業が当該通算子法人となる法人(当該通算子法人となる法人との間に完全支配関係がある法人を含む)において引き続き行われることが見込まれていること。 (2) 加入の直前に通算親法人との間に支配関係がない場合(法法64の12①四、法令131の16③④) ① 完全支配関係継続要件 通算子法人となる法人と通算親法人との間に当該通算親法人による完全支配関係が継続することが見込まれていること。 ② 従業者従事要件 通算子法人となる法人の完全支配関係を有することとなる時の直前の従業者のうち、その総数のおおむね100分の80以上に相当する数の者が当該通算子法人となる法人の業務(当該通算子法人となる法人との間に完全支配関係がある法人の業務を含む)に引き続き従事することが見込まれていること。 ③ 事業継続要件 通算子法人となる法人の完全支配関係発生日(※6)前に行う主要な事業(当該主要な事業が下記④の子法人事業でない場合には、当該子法人事業を含む(※7))が当該通算子法人となる法人(当該通算子法人となる法人との間に完全支配関係がある法人を含む(※8))において引き続き行われることが見込まれていること。 (※6) 通算親法人による完全支配関係を有することとなる日をいう(法令131の16④一)。そのため、特例決算期間(完全支配関係を有することとなった日の前日の属する月次決算期間又は会計期間)の末日の翌日を承認の効力発生日及び事業年度開始の日とする特例の適用を受けたとしても、完全支配関係を有することとなった日前に行う主要な事業により判定する必要がある。 (※7) 通算子法人となる法人の完全支配関係発生日前に行う主要な事業が下記④の子法人事業でない場合には、主要な事業と子法人事業のいずれについても事業継続要件が要求されていることから、当該子法人事業の継続が見込まれていたとしても、当該主要な事業の継続が見込まれていない場合には、事業継続要件を満たすことができない(稲見誠一・大野久子『詳解グループ通算制度Q&A』357頁(清文社、令和3年)、EY税理士法人『設例で理解する〈最新〉グループ通算制度実務ハンドブック』95頁(注2)(日本法令、令和3年)、足立好幸『グループ通算制度の実務Q&A』124頁(中央経済社、令和3年))。 (※8) 通算子法人となる法人の完全支配関係発生日前に行う主要な事業が(a)当該通算子法人となる法人において引き続き行われることが見込まれている場合又は(b)当該通算子法人となる法人との間に完全支配関係がある他の法人に事業が移転した後に当該他の法人において引き続き行われることが見込まれている場合のいずれかに該当し、かつ、下記④の子法人事業が(a)当該子法人事業を行っていた他の通算子法人において引き続き行われることが見込まれている場合又は(b)通算子法人となる法人との間に完全支配関係がある他の法人に事業が移転した後に当該他の法人において引き続き行われることが見込まれている場合のいずれかに該当する場合にも、事業継続要件を満たすことができる。 ④ 事業関連性要件 子法人事業と親法人事業とが相互に関連するものであること。 なお、子法人事業とは、(a)通算子法人となる法人又は(b)通算子法人となる法人が通算親法人との間に当該通算親法人による完全支配関係を有することとなる時の直前において当該通算子法人となる法人との間に完全支配関係がある他の法人(当該完全支配関係が継続することが見込まれているものに限る)の完全支配関係発生日(※9)前に行う事業のうちのいずれかの主要な事業のことをいい、親法人事業とは、(a)通算親法人又は(b)当該完全支配関係を有することとなる時の直前において当該通算親法人との間に通算完全支配関係がある他の通算法人(当該通算完全支配関係が継続することが見込まれているものに限る)の完全支配関係発生日前に行う事業のうちのいずれかの事業のことをいう。 (※9) 通算親法人による完全支配関係を有することとなる日をいう。 このように、事業関連性要件は、通算子法人となる法人又は通算親法人だけでなく、通算親法人との間に完全支配関係を有することとなる時の直前において、通算子法人となる法人又は通算親法人との間に完全支配関係がある他の法人を含めたうえで判定するという特徴がある。このように、子法人事業とは、通算子法人や他の法人にとっての主要な事業ではなく、通算子法人が属する完全支配関係グループにとっての主要な事業のことをいうため、通算子法人にとって主要な事業であったとしても、子法人事業に該当しないこともあり得る(グループ通算制度に関する取扱通達2-50)。 ⑤ 事業規模要件又は特定役員継続要件 (ⅰ) 事業規模要件 子法人事業と親法人事業(子法人事業と関連する事業に限る)のそれぞれの売上金額、従業者の数又はこれらの準ずるものの規模の割合がおおむね5倍を超えないこと。 なお、事業関連性要件と同様に、事業規模要件の判定において、グループ全体で判定するのか、法人ごとに判定するのかという点が問題になる。この点については、親法人事業の定義として、「当該通算親法人又は当該完全支配関係を有することとなる時の直前において当該通算親法人との間に通算完全支配関係がある他の通算法人(括弧内省略)の完全支配関係発生日前に行う事業のうちのいずれかの事業(法令131の16④)」と規定されており、法人ごとに判定することが読み取れ、子法人事業の定義についても同様に読み取れることから、法人ごとに判定すべきであると考えられる。 すなわち、通算子法人となる法人がA社であり、A社との間に完全支配関係がある法人がB社とC社である場合において、A社、B社及びC社において、X事業とY事業を営んでいるときは、A社からAX事業、AY事業、B社からBX事業、BY事業、C社からCX事業、CY事業がそれぞれ抽出されることになる。すなわち、A社グループ全体で見れば、AX事業、BX事業及びCX事業をグルーピングしたX事業とAY事業、BY事業及びCY事業をグルーピングしたY事業のいずれかを子法人事業とすべきなのかもしれないが、そのような規定になっていないことから、AX事業、AY事業、BX事業、BY事業、CX事業及びCY事業の6つの事業のうちいずれか1つの事業を子法人事業とすべきであると考えられる。 (ⅱ) 特定役員継続要件 完全支配関係発生日の前日の子法人事業を行う法人の特定役員のすべてが通算親法人による完全支配関係を有することとなったことに伴って退任をするものでないこと。 なお、事業規模要件と同様に、法人ごとに判定すべきであることから、子法人事業に関連する事業を行っているすべての法人の特定役員が退任した場合に特定役員継続要件に抵触すると解するべきではないと考えられる。すなわち、上記(ⅰ)の事例において、AX事業を子法人事業と認定した場合には、A社の特定役員に対して特定役員継続要件が課されるものの、B社及びC社の特定役員に対しては特定役員継続要件が課されないことになる。 (了)
収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第77回】 千葉商科大学商経学部准教授 泉 絢也 第Ⅳ部 法人税法上の収益計上時期・計上額③(個別論点・事例研究) 第Ⅳ部では、第Ⅲ部で取り扱うこと又は深掘りすることができなかった個別の論点又は事例問題を取り扱ってみたい。 〈Q1〉 引渡しとは 法人税法22条の2第1項にいう目的物の引渡しとはどのような意味か。 〈A1〉 現在の法人税基本通達2-1-2に示されているような棚卸資産の種類及び性質、その販売に係る契約の内容等に応じ、その引渡しの日として合理的であると認められる日が引渡しの日であるという解釈は妥当である。 この場合、引渡しという用語そのものに柔軟性・弾力性がビルトインされていることになる。引渡しの意義については、このような理解を基礎として、実現主義や権利確定主義と調和的に捉えていくことになる。 ● ● ● 解 説 ● ● ● 改正前の法人税基本通達2-1-2は、棚卸資産の引渡しの日がいつであるかについては、例えば出荷した日、相手方が検収した日、相手方において使用収益ができることとなった日、検針等により販売数量を確認した日など、その棚卸資産の種類及び性質、その販売に係る契約の内容等に応じ、その引渡しの日として合理的であると認められる日のうち法人が継続してその収益計上を行うこととしている日によるものとすることなどを定めていた。 これは、引渡しの日を巡る税務執行上のトラブルが生じていたことを考慮して具体的な判定基準を明らかにしたものである。 裁判所は、おおむね、かような通達は、公正処理基準に従い、収益の計上時期について(企業会計上の)実現主義を採用したもの、法人税法22条4項の趣旨に適合するもの、収入の原因となる権利の確定した日に収益を計上する権利確定主義の要請に適うものであるなどと評する傾向にあった。そこでは、引渡し又は引渡基準が実現主義や権利確定主義と整合的であるという、いわば調和的思考がみてとれる。 このように条文に明記されていない引渡基準が法的根拠のあるものとして認められてきたという経緯がある。 この点については、学説などでも、目的物の所有権の移転の時期や同時履行の抗弁権(民法533)を結節点として、実現主義(販売基準)、権利確定主義、引渡基準をほぼ同様の内容に捉える見解も珍しくはなかった。 このような流れの中で、法人税法22条の2第1項は、通達と同一の引渡しという語を何ら定義することなく収益計上時期の決定規範の中で採用したことになる。このことに鑑みれば、同項は、これまで通達が採用してきた引渡概念ないし引渡基準を条文化したものであるという見方も成り立ちうる。 現在の法人税基本通達2-1-2は、次のとおり定めている(下線筆者)。 この通達は法人税法22条の2第1項の引渡しの日を正当に解釈したものであるという理解が成り立ちうる。出荷基準や使用収益基準、土地に係る代金の50%収受基準などに表れているように、引渡しという用語そのものに柔軟性・弾力性がビルトインされていることになる。 引渡しの意義については、このような理解を基礎として、実現主義や権利確定主義と調和的に捉えていくことになると思われる。 立案担当者は、法人税法22条の2第1項の引渡基準のみならず、役務提供に係る役務提供基準についても、実現主義や権利確定主義、収益認識会計基準における履行義務充足基準と観念的に大きく異なるものではなく、実際にこれらを適用した結果も大差なきものとなると解しているようである(藤田泰弘ほか「法人税法等の改正」『平成30年度 税制改正の解説』271頁参照)。 (了)
「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例109(消費税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆基準期間がない法人の納税義務の免除の特例(消法12の2①) その事業年度の基準期間のない法人のうち、その事業年度開始の日における資本金額が1,000万円以上である法人(新設法人)については納税義務は免除されない。 ◆特定期間における納税義務の免除の特例(消法9の2①、③) その事業年度の基準期間における課税売上高が1,000万円以下である場合において、その事業年度の特定期間における課税売上高が1,000万円を超えるときは、その事業年度における課税資産の譲渡等については納税義務は免除されない。なお、特定期間における1,000万円の判定は、課税売上高に代えて、所得税法第231条第1項(給与等、退職手当等又は公的年金等の支払明細書)に規定する給与等の金額の合計額とすることができる。 ◆特定期間(消法9の2④) 個人事業者の場合はその年の前年の1月1日から6月30日までの期間、法人の場合は、原則として、その事業年度の前事業年度開始の日以後6ヶ月の期間をいう。 (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第34回】 「被相続人が国外に居住用不動産を所有している場合の特定居住用宅地等の特例の適否」 税理士 柴田 健次 [Q] 被相続人である甲(相続開始日:令和4年4月17日)は、7年前に日本からマレーシアに移住しています。移住前は東京都内にある戸建住宅に居住していましたが、その戸建住宅を売却し、マレーシアにあるAマンションを取得し、相続開始の直前まで1人で居住していました。甲はマレーシアに居住する前は、海外に居住したことはなく、生涯日本国籍を有しています。 甲の相続人は長女と二女の2人のみであり、そのAマンションを長女と二女が2分の1ずつ取得しました。長女及び二女は、取得したAマンションについて特定居住用宅地等に係る小規模宅地等の特例の適用を受けることは可能でしょうか。 長女と二女の居住状況等は、下記のとおりとなります。 【相続人の居住状況等】 長女及び二女は、引き続き海外に居住しており、相続したAマンションは、相続税の申告期限において未利用で保有しています。 (注) 甲の居住状況以外は、【第33回】の設問と同様となります。 [A] 長女は特定居住用宅地等に係る小規模宅地等の特例(以下、単に「特例」という)の適用を受けることができませんが、二女は、他の要件を満たせば甲の有していたAマンションの敷地部分の2分の1の面積について特例の適用を受けることができます。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 特定居住用宅地等に係る別居親族の要件 被相続人の居住用宅地等を取得した親族が次に掲げる要件の全てを満たすことが要件となります(措法69の4③二ロ、措令40の2⑭⑮、措規23の2④)。 なお、小規模宅地等の特例は国外財産を除く旨の規定はありませんので、他の要件を満たせば、国外財産も特例の適用を受けることはできます。 2 相続税の納税義務者について 相続税の納税義務者の区分は、下記の5つに区分がされており、その区分ごとの課税範囲は下記のとおりとなります(相法1の3、2)。 上記⑤の特定納税義務者は、相続又は遺贈で財産を取得しなかった者で被相続人から相続時精算課税贈与に係る贈与財産を取得した者が対象となりますが、小規模宅地等の特例は相続又は遺贈により財産を取得した者が対象となり、相続時精算課税贈与により受けた財産については、対象とはなりません(連載【第1回】で解説)。 したがって、特定納税義務者はそもそも小規模宅地等の特例の対象者とはなりません。 特定納税義務者を除く相続税の納税義務者について整理すると下記のとおりとなります(網掛け部分が特例の対象となる納税義務者となります)。 〈納税義務者の範囲(特定納税義務者を除く)〉 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※1) 相続開始の時において在留資格(出入国管理及び難民認定法(昭和26年政令第319号)別表第1(在留資格)の上欄の在留資格をいう。以下同じ)を有する者であって当該相続の開始前15年以内において国内に住所を有していた期間の合計が10年以下であるものをいう。 (※2) 相続開始の時において、在留資格を有し、かつ、国内に住所を有していた被相続人をいう。 (※3) 相続開始の時において国内に住所を有していなかった被相続人であって、当該相続の開始前10年以内のいずれかの時において国内に住所を有していたことがあるもののうちそのいずれの時においても日本国籍を有していなかったもの又は当該相続の開始前10年以内のいずれの時においても国内に住所を有していたことがないものをいう。 長女は、相続開始時において国内に住所を有しておらず、日本国籍ありで10年以内に国内に住所なしに該当しますが、甲は非居住被相続人ではないため、非居住無制限納税義務者に該当します。 二女は、相続開始時において国内に住所を有しておらず、日本国籍なしに該当しますが、甲は非居住被相続人ではないため、非居住無制限納税義務者に該当します。 仮に甲が非居住被相続人である場合には、長女及び二女は、非居住制限納税義務者に該当することになりますので、国外財産の取得に対して課税対象外となります。 3 本問への当てはめ 本問の場合には、上記1の要件のうち①、④及び⑤の要件に注意する必要があります。 ◆長女について 〔上記1①の要件について〕 長女は非居住無制限納税義務者に該当しますので、上記1①の要件は満たします。 〔上記1④の要件について〕 「相続開始前3年以内に日本国内にある当該親族、当該親族の配偶者等が所有する家屋に居住したことがないこと」とされており、あくまでも別居親族等が所有する国内にある家屋に居住したことがないことが要件となっていますので、国外にある家屋を長女が所有し、居住していても要件は満たされることになります。 〔上記1⑤の要件について〕 「相続開始時に、当該親族が居住している家屋を相続開始前のいずれの時においても所有していたことがないこと」とされており、上記1④の要件とは異なり、国内にある家屋に限定していませんので、相続開始時に長女が居住している家屋を長女が所有していたことがあれば、要件を満たさないことになります。 したがって、上記1⑤の要件を満たしませんので、特例の適用を受けることができません。 ◆二女について 〔上記1①の要件について〕 二女は非居住無制限納税義務者に該当しますので、上記1①の要件は満たします。 〔上記1④の要件について〕 「相続開始前3年以内に日本国内にある当該親族、当該親族の配偶者等が所有する家屋に居住したことがないこと」とされており、あくまでも別居親族等が所有する国内にある家屋に居住したことがないことが要件となっていますので、国外にある家屋を二女の配偶者が所有し、居住していても要件は満たされることになります。 〔上記1⑤の要件について〕 「相続開始時に、当該親族が居住している家屋を相続開始前のいずれの時においても所有していたことがないこと」とされており、家屋の所有者の制限は、土地を取得した当該親族に限定されており、二女の配偶者が家屋を所有していても、要件は満たされることになります。 したがって、二女は他の要件を満たせば、甲の有していたAマンションの敷地部分の2分の1の面積について、特例の適用を受けることができます。 ★実務上のポイント★ 国外不動産についても要件を満たせば、小規模宅地等の特例の対象となります。納税義務者ごとの課税範囲と特例の対象となる納税義務者の範囲を整理しておきましょう。制限納税義務者に該当する場合には、国外財産については、そもそも課税の対象には該当しませんので、まずは正しく納税義務者の区分を判定することが重要となります。 (了)