事例で検証する 最新コンプライアンス問題 【第15回】 「自動車メーカー会長逮捕事件 -経営トップへのガバナンス(下)」 弁護士 原 正雄 2019年3月27日、自動車メーカーN社が、ガバナンス改善特別委員会からの報告書を公表した(以下「委員会報告書」という)。同報告書は、同社の会長が逮捕されたことを契機に、同社のガバナンス上の問題点を解明し、取締役の報酬の決定プロセスを始めとするガバナンスの改善点等を提言するものである。 本稿は、委員会報告書や報道を元に、前回の「上」で取締役の報酬という観点を中心にガバナンス上の問題論じた。続く「下」では、「経営体制と株主との関係」という観点を中心に、ガバナンス上の問題を論じることとする。 1 指名委員会等設置会社への移行 (1) 委員会報告書による提言 本稿の「上」で述べたとおり、自動車メーカーN社では「会長への人事・報酬を含む権限の集中」が生じていた。この点にガバナンス上の大きな問題があった。 そこで、この点を改善するため、2019年3月27日付のガバナンス改善特別委員会からの報告書(委員会報告書)は、自動車メーカーN社に対して、「指名委員会等設置会社」に移行することを提言した。 「指名委員会等設置会社」とは、業務執行を執行役に委ね、取締役会は経営の監督に専念するという仕組みである。また、取締役会に社外取締役を中心とする3つの委員会(指名委員会、監査委員会、報酬委員会)を設置することで、役員候補指名、報酬決定、監査という権限を社長から各委員会に移す(会社法2条12号)。例えば取締役の報酬については、報酬委員会が決定方針を定め、その方針に従って個人別の報酬を決定する(会社法409条)。社長への権限の集中を防ぐことでガバナンスを実現しようとしている。 (2) 自動車メーカーN社による提言の受入れ 「指名委員会等設置会社」は、2003年4月施行の商法特例法改正によって定められたものであり、既に約16年の歴史を有する。 ところが同制度は、これまでほとんど普及していない。2019年7月18日現在、東京証券取引所に上場する企業は、3,675社である。その中で「指名委員会等設置会社」に移行しているのは、わずか76社(約2%)である。これは、組織統率力の源泉である役員候補指名権や報酬決定権を社長から奪うことに、多くの企業が躊躇したからと解する。 しかし、これまでガバナンスを実現できていなかった自動車メーカーN社では、もはや躊躇は許されない。同社は委員会報告書による提言を受け入れ、2019年6月25日開催の株主総会をもって「指名委員会等設置会社」に移行することとした。 2 株主によるガバナンス (1) 大株主による反対 とはいえ、自動車メーカーN社による「指名委員会等設置会社」への移行は、円滑に進んだわけではなかった。 自動車メーカーN社には、議決権の43%を有する大株主であるR社がいる。そのR社が「指名委員会等設置会社」への移行を決定する株主総会の議案に棄権するとして、事実上反対する意向を示したからである。理由は、指名委員会、監査委員会、報酬委員会の人選にR社の意向が反映されていないというものであった。 やむなく自動車メーカーN社は、R社出身取締役のために、指名委員会と監査委員会にポストを用意するという譲歩を示した。その結果、R社は「指名委員会等設置会社」への移行の議案に賛成することとなった。 最終的に、「指名委員会等設置会社」へ移行する議案は成立した。また、自動車メーカーN社では、取締役会や指名委員会、監査委員会にR社出身者が含まれることになった。R社出身者も、自動車メーカーN社において、取締役、指名委員、監査委員として職務を遂行することになった。 (2) 株主による意見表明 近年、取締役の雇い主は株主であるとの考えが主張されるようになってきている。取締役を株主のエージェントとみなす考えである。この考えを強調すると、取締役の選任や報酬について株主が主導権を握るべきとの考えに至る。 政府も、企業のガバナンス実現のために取締役選任や報酬について株主が意見表明することが重要であると考えている。金融庁は、2018年6月1日、「投資家と企業の対話ガイドライン」を公表し、CEOの選解任や報酬について投資家と企業が建設的な対話をすべきとしている。また、開示府令や会社法の改正も進められている。 こうした潮流を受け、近時は実際に、株主が取締役選任や報酬について議決権行使を通じて意見表明をすることが増えてきた。多くの企業の株主総会で、株主から議案に反対される割合が増えつつある。もはや否決されるリスクも無視できない。株主による直接的なガバナンスである。 (3) 自動車メーカーN社の大株主R社 上記のような流れがある以上、R社が大株主として注文をしたこと自体は正しい。株主として当然の意見表明である。委員会報告書も、指名委員会の委員について「大株主との円滑な関係を考慮した場合など、独立性を有する社外取締役のみで構成することが必ずしも適切でない場合があり得る」としている。 ただ、R社出身者であっても、自動車メーカーN社の取締役という立場は重い。少数株主を含む全株主から経営を受託された立場で、自動車メーカーN社、ひいては少数株主を含む全株主のために、善良な管理者として職務を遂行しなくてはならない(会社法330条、民法644条)。忠実義務を負うべきは、自動車メーカーN社である。出身母体であるR社の利益を優先するようなことがあってはならない(会社法355条)。 (4) 株主によるガバナンスと、開示 株主によるガバナンスを実現する上で、開示は重要な前提である。株主が会社の状況や議案の検討プロセスを把握できなければ、ガバナンスを実現しようがないからである。 株主は、議案の内容のみならず、その議案がどのように形成されたかというプロセスや、開示が適切かなどを厳正にチェックしている。自動車メーカーN社の問題が取締役報酬の過少記載という有価証券報告書への虚偽記載の問題から始まった事実は、本件が株主ガバナンスの問題であることを端的に示している。 なお、取締役報酬の過少記載については、報道によれば、「『形式犯』ではないかとの批判も出ている」との指摘もあるようである。 しかし、会長の「側近」とされる人物(委員会報告書の認定)が、会長が取締役報酬を過少記載した動機について、マスコミへのインタビューに答えている。同インタビューによれば、会長は「(20億円もの報酬を受け取っていることが大株主であるR社や、R社の株主であるフランス政府に知られれば)自分の地位も危うくなると危機感を抱いていた」とのことである(文藝春秋2019.7)。 仮にインタビューのとおりであるとすれば、会長は、株主に高額報酬を知られると、取締役としての地位が危うくなると考えていたことが分かる。これはまさに、株主によるガバナンスと開示の問題である。これほどの重要性を持つ事項の虚偽記載が、「形式」の問題であるはずがない。 3 ガバナンス充実による会社の発展 自動車メーカーN社では、長く少数株主の存在が忘れられ、ガバナンスが置き去りにされてきた。今度こそガバナンスを充実させ、少数株主を含む全株主の利益のため、会社をますます発展させていかなければならない。 R社出身取締役を含む全ての取締役が一致団結して、自動車メーカーN社の発展に取り組むことを期待したい。 (了)
2019年8月22日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.332を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
山本守之の 法人税 “一刀両断” 【第62回】 「完全支配関係がある他の内国法人に対する寄附金」 税理士 山本 守之 A社はB社に対して完全支配関係にあります。この場合のA社がB社に寄附金を支出した場合は法人税法第37条第2項《完全支配関係がある法人間の寄附金の損金不算入》の適用があります。 この点について法人税基本通達9-4-2の5では次のように定めています。 注意したいのは、その適用関係について『法人税基本通達逐条解説』(税務研究会)では、次のように解説されていることです。 (図1) また、 としています。 (図2) 通達は法令と異なり、法解釈のあり方を解釈するもので法規定そのものを規定したものではありません。 しかし、近年見逃せないのは、法人税の通達を利用して相続税等の問題に利用されることがあります。 租税法律主義の考え方からすれば、通達のこのような使い方は許されるものではありませんが、資産税が通達をあたかも法規定と考える傾向があり、このため、法人税でも新たに通達を作らなければならないことになっています。 通達にこのようなものを書かなければならないのは、税の執行機関として恥ずべきです。 (了)
令和元年度(平成31年度)税制改正における 「みなし大企業」の範囲の見直しについて 【第1回】 「令和元年度税制改正前の規定と問題点」 公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎 1 はじめに 現在、法人税に関する租税特別措置として「中小企業者」を対象とした措置がいくつか講じられている(※)。この「中小企業者」という用語は、法人税法における「中小法人」の範囲とは若干異なるもので、租税特別措置法固有のものである。 (※) 中小企業者向けの租税特別措置としては、以下の制度がある。 ・中小企業技術基盤強化税制(研究開発税制。措法42の4③~⑤) ・高度省エネルギー増進設備等を取得した場合の特別償却又は税額控除(措法42の5①②) ・中小企業投資促進税制(措法42の6①②) ・地方活力向上地域等において特定建物等を取得した場合の特別償却又は税額控除(措法42の11の3①②) ・特定中小企業者等が経営改善設備を取得した場合の特別償却又は税額控除(措法42の12の3①②) ・中小企業者等が特定経営力向上設備等を取得した場合の特別償却又は税額控除(措法42の12の4①②) ・給与等の引上げ及び設備投資を行った場合等の法人税額の特別控除制度(措法42の12の5②③十二) ・法人税の額から控除される特別控除額の特例(措法42の13⑥) ・被災代替資産等の特別償却(措法43の3①②) ・特定地域における工業用機械等の特別償却(措法45②表四) ・中小企業者等の少額減価償却資産の取得価額の損金算入の特例(措法67の5①) ・被災代替資産等の特別償却(震災特例法18①) ・再投資等準備金制度(震災特例法18の3①) この点に関し、令和元年度税制改正において、中小企業者の範囲から除外される「みなし大企業」の範囲について改正が行われ、法人税法における「みなし大企業」の範囲との整合性が図られた。 そこで本稿では、令和元年度税制改正における「みなし大企業」の範囲の改正内容について説明を加える。 なお文中、意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめ申し添える。 2 「中小企業者」及び「みなし大企業」の意義(令和元年度税制改正前) 「中小企業者」とは、資本金額(出資金額)が1億円以下の法人のうち「みなし大企業」以外の法人、又は資本(出資)を有しない法人のうち常時使用する従業員の数が1,000人以下の法人をいう(旧措令27の4⑫)。 ここで「みなし大企業」とは、資本金額(出資金額)が1億円以下の法人のうち、以下のいずれかに該当する法人をいい、一定の租税特別措置の対象とされる中小企業者の範囲から除外されることとなる。 また「大規模法人」とは、以下のいずれかに該当する法人をいう。 これらをまとめると、下図のようになる。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 3 法人税法における「みなし大企業」の範囲 租税特別措置法における「みなし大企業」とは別に、法人税法においても「みなし大企業」の概念は存在する。すなわち、法人税法における「中小法人等」の範囲を定義する上で、「みなし大企業」に該当するものを除くこととされているのである(法法57⑪一)。 法人税法における「みなし大企業」の範囲は以下の通りである(法法66⑥二・三)。 4 改正前の問題点 上述のように、中小企業者の範囲から除外される「みなし大企業」の判定基礎となる「大規模法人」は、資本金額(出資金額)が1億円超の法人か、資本(出資)のない法人のうち常時使用従業員数1,000人超の法人のいずれかに該当する法人ということになるが、当該大規模法人との間に完全支配関係のある法人は含まれていなかった。 そのため例えば、「大規模法人」の100%子会社の資本金を1億円以下とすれば、当該子会社は「みなし大企業」となるものの「大規模法人」には該当しないこととなるから、当該子会社以下の100%子会社(大規模法人から見れば孫会社以下)は再び「中小企業者」に該当してしまう状況にあった。 このように、「大規模法人」と「大法人」の定義が異なる結果、大規模法人の孫会社以下の法人について、租税特別措置法上は「みなし大企業」に該当しないが、法人税法上の「みなし大企業」に該当する、という不整合が生じていた(下図参照)。 また、租税特別措置法における「大規模法人」が資本金額(出資金額)1億円超の法人を対象としているのに対し、法人税法における「大法人」は資本金額(出資金額)5億円以上の法人を対象としていることから、親会社の資本金が1億円超5億円未満の場合、その100%子会社(資本金1億円以下)は、租税特別措置法上は「みなし大企業」に該当するが、法人税法上の「みなし大企業」には該当しない、という不整合も生じていた(下図参照)。 (了)
「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例77(所得税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆相続財産を譲渡した場合の取得費の特例(措法39) 相続又は遺贈により取得した資産を相続開始のあった日の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年以内に譲渡した場合には、その譲渡した資産の取得費については、通常の取得費に次の算式で計算した金額を加算することができる。ただし、その金額がこの特例を適用しないで計算した譲渡益の金額(土地、建物、株式などを売った金額から取得費、譲渡費用を差し引いて計算した金額)を超える場合は、その譲渡益相当額となる。 ◆確定申告を要しない上場株式等の譲渡による所得(措法37の11の5) 源泉徴収選択口座を有する居住者等で、当該源泉徴収選択口座につき、その年中にした源泉徴収選択口座に係る特定口座内保管上場株式等の譲渡による譲渡所得の金額を有する者は、その年分の所得税については、申告分離課税による上場株式等に係る譲渡所得等の金額を除外したところにより、確定申告書を提出することができる。 (了)
収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第10回】 千葉商科大学商経学部講師 泉 絢也 (2) 規定の文言等からの検討 ア 収益の計上時期(時間的帰属)の規範としての顔 法人税法22条の2第1項は、次のとおり定めている。 文頭と文末を残して圧縮すると、次のようになる。 すると、法人税法22条の2第1項は、内国法人の資産の販売等に係る収益の額は益金の額に算入することを定めていることになるが、これでは意味がない。法人税法22条2項を逆から述べているのとあまり変わらないからである。このことは、次に示すように、法人税法22条2項についても文頭と文末を残して圧縮するとわかりやすい。 資産の販売等に係る収益の額が益金の額に算入すべき金額に含まれることは法人税法22条2項が既に定めていることであり、重ねて、法人税法22条の2第1項が定めることはないという見方である。少なくとも、法人税法22条の2第1項の意義がそこにあるとはいい難い。 むしろ、圧縮した部分にこそ、法人税法22条の2第1項の存在意義があるという推測が成り立つ。しかも、圧縮した部分のうち、「別段の定め(前条第4項を除く。)があるものを除き、」という部分は競合しうる規定間の交通整理の役目を果たすものである。このことからすれば、それ以外の「その資産の販売等に係る目的物の引渡し又は役務の提供の日の属する事業年度の所得の金額の計算上」という部分が重要なのではないかと思われる。法人税法22条の2第1項は、「その資産の販売等に係る目的物の引渡し又は役務の提供の日の属する事業年度の」という部分を強調して読むことが妥当であると言い換えてもよい。 よって、法人税法22条の2第1項の規範内容をいち早く理解するためには、「資産の販売等に係る収益の額は、その資産の販売等に係る目的物の引渡し又は役務の提供の日の属する事業年度の所得の金額の計算上、益金の額に算入する。」と規定していることを確認すれば足りるであろう。 このような観点から眺めていると、法人税法22条の2第1項について、収益の額はどの事業年度で計上すべきであるかという収益の計上時期(時間的帰属)の規範としての顔が浮かび上がってくる。 法人税法22条の2第1項が収益の計上時期についてどのような定めをなしているかというと、収益の額は、「その資産の販売等に係る目的物の引渡し又は役務の提供の日」の事業年度において、益金の額に算入することとしている。「引渡・役務提供基準」を採用したものと表現できる(あるいは、役務提供日を含む広い意味での「引渡基準」を採用したものと表現する論者もいるであろう)。 法人税法22条の2の規定中の最初の第1項に引渡・役務提供基準が定められていること及び同項には例外的定めの存在をうかがわせる表現である「別段の定め(前条第4項を除く。)があるものを除き」という文言が挿入されていることからすると、引渡・役務提供基準は、法人税法における資産の販売等に係る収益の計上時期を決する原則的な基準に位置付けられていると解する。 なお、法人税法22条の2第1項は「別段の定め」があるものを除いて適用されるものであるところ、その「別段の定め」から22条4項が除かれている。この部分は、法人税法22条の2第1項に「別段の定め」という文言を挿入すると、少なくとも形式上、22条4項がこの「別段の定め」に含まれると読むことができることを前提としたものと解される。いずれにしても、法人税法22条の2に関する「別段の定め」論議については第Ⅳ部で別途検討する。 イ 「目的物の引渡しの日」と「役務の提供の日」 差し当たり、法人税法22条の2第1項は、資産の販売等に係る収益の計上時期のルールを定めるに当たり、当該法人から見てインプットである対価ないし経済的利益に着眼したものというよりも、むしろ、アウトプットである引渡しや役務提供に着眼したものであると解してよさそうである。 資産の販売を行う法人を例とすると、次のようなイメージとなる。 「目的物の引渡し」や「役務の提供」の意義については第Ⅳ部において別途検討することとしたい。ここでは参考として、法人税基本通達による取扱いを簡単に確認しておこう。 引渡しの日がいつであるかについて、法人税基本通達2-1-2(棚卸資産の引渡しの日の判定)は、「棚卸資産の種類及び性質、その販売に係る契約の内容等に応じその引渡しの日として合理的であると認められる日のうち法人が継続してその収益計上を行うこととしている日によるもの」と定めている。 役務の提供の日がいつであるかについて、法人税基本通達2-1-21の3(履行義務が一時点で充足されるものに係る収益の帰属の時期)は、役務の提供のうち履行義務が一時点で充足されるものについては、その引渡し等の日(物の引渡しを要する取引にあってはその目的物の全部を完成して相手方に引き渡した日をいい、物の引渡しを要しない取引にあってはその約した役務の全部を完了した日)が法人税法22条の2第1項の役務の提供の日に該当すると定めている。 役務の提供のうちその履行義務が一定の期間にわたり充足されるものについて、法人税基本通達2-1-21の2(履行義務が一定の期間にわたり充足されるものに係る収益の帰属の時期)は、その履行に着手した日から引渡し等の日(物の引渡しを要する取引にあってはその目的物の全部を完成して相手方に引き渡した日をいい、物の引渡しを要しない取引にあってはその約した役務の全部を完了した日)までの期間において履行義務が充足されていくそれぞれの日が、法人税法22条の2第1項に規定する役務の提供の日に該当し、その収益の額は、その履行義務が充足されていくそれぞれの日の属する事業年度の益金の額に算入されると定めている。 (了)
相続税・贈与税の基本構造 ~日本と台湾の比較~ 【第1回】 大阪学院大学法学部教授 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 ◆ ◆ はじめに ◆ ◆ 日本では、2015年1月から、相続税・贈与税について、基礎控除の縮減(5,000万円→3,000万円等)や最高税率を50%から55%にするなど、課税の強化が行われた。これに対して、台湾では、2009年の税制改正で、相続(遺産)税と贈与税の減税措置が実施された。すなわち、従来の累進税率(最高50%の税率で10段階)を廃止し、一律10%の比例税率に変更し、さらに免除額についても、相続税・贈与税共に、増額された。 このような改正の背景には、台湾から海外に移された資金を台湾に呼び戻し、台湾の経済を活発化することにあるといわれている。ただ、2017年4月の税法の改正で、ケアサービスの財源や単一税率10%の低さによる不公平を理由として、相続(遺産)税と贈与税の税率は10%~20%の3段階累進税率に変更された。 ちなみに、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、スウェーデンなどをはじめとして、相続税が廃止された国は多く、また、近隣の香港では、既に2006年2月から相続税は廃止され、シンガポールでも2008年2月に相続税の廃止が行われている。 本稿では、原則として「遺産取得課税方式」を採用している日本(法定相続分遺産取得課税方式)と「遺産課税方式」を採用している台湾との相続税・贈与税の内容を比較検討し、その課題等を探りながら、今後のあるべき相続税・贈与税の基本構造を考えてみたい。 1 遺産課税体系と遺産取得課税体系 日本の相続税は、明治38年の日露戦争の戦費調達のために誕生したものである。創設以来「遺産課税方式」を採用していたが、第二次世界大戦後、シャウプ税制(昭和25年)で遺産取得課税方式が採られ、その後、昭和33年に、遺産取得課税方式を基本として遺産税の要素を加味した、いわゆる「法定相続分遺産取得課税方式」が採用された。 もっとも、シャウプ税制では、「一生累積遺産取得課税方式」(相続財産の取得者に対して、過去の贈与を含めて、その一生を通ずる取得財産に課税)を採用したが、理論的過ぎるが故に、実務上困難で、徴税技術上の問題もあり、この制度は廃止された。 なお、法定相続分遺産取得課税方式の長所は、「遺産額」と「相続人の数」という客観的事実によって相続税額が定められ、実際の遺産分割の程度に応じて負担が大幅に異なるという弊害を取り除くことができる点にあった。 また、贈与税(昭和22年創設)も遺産課税時代においては、贈与者課税(昭和22年から昭和24年まで)を行っていた。遺産課税方式を採っている場合、生前に自らの相続財産を贈与によって減殺し、相続税を回避することが考えられる。したがって、遺産課税の場合、財産の贈与者に対して、贈与税の課税が行われることになる。 遺産課税方式が「被相続人の権利」を重視するのに対して、遺産取得課税方式は「相続人の権利」を重視する。遺産課税体系を採用している米国などでは、遺言(Will)が社会に浸透していることが、遺産課税体系を採る理由であると言われている。 遺産課税方式及び遺産取得課税方式の課税上の特徴等を比較すると、次のとおりである。 2 日本の相続税・贈与税 後述のように、日本では、現在「法定相続分遺産取得課税方式」を採っている。すなわち、①納税者ごとの課税価格を計算し、②各々の課税価格を合計して、法定相続割合で「相続税の総額」を計算し、③「相続税の総額」を各納税者間で(実際に取得した課税価格の割合で)分配して、納税者ごとに納付すべき税額を計算する。 この法定相続分遺産取得課税体系は、遺産取得課税方式であれば仮装分割による租税の公平の維持が困難になるということから、「遺産額」と「相続人の数」という客観的事実によって相続税の総額が定められ、また、実際の遺産分割の程度に応じて負担が大幅に異なるという弊害を取り除くことができる点から設けられたものである。ただし、この法定相続分遺産取得課税方式は、各相続人の取得した相続財産の多寡に関わらず、税負担が均等になるという問題がある。 (1) 相続税額計算のフローチャート □血族相続権の順位 (注) 配偶者は常に相続人になり、いずれの順位の血族相続人とも共同で相続する(民法890)。 □配偶者の法定相続分 (注) 最高裁平成25年9月4日判決(判例時報2197号10頁)で、非嫡出子の法定相続分(旧民900但書き)について、違憲判決の決定がなされ、それを受けて同年12月に民法改正が行われた。 □遺留分 民法1031条は、遺留分権利者が遺留分を保全するために被相続人による遺贈や贈与の減殺を請求できることを定めている。すなわち、「遺留分権利者及びその承継人は、遺留分を保全するのに必要な限度で、遺贈及び前条に規定する贈与の減殺を請求することができる」と規定している。 (注) 兄弟姉妹には遺留分がない(民1028)。 遺留分減殺請求→遺留分侵害額請求(新民法1042~1049) (2) 相続税額計算の要点 (3) 贈与税の計算 日本の贈与税は、生前贈与をしたときに、受贈者に対して、取得した財産を基準として課される財産税で、相続税の「補完税」である。もし、贈与税がなければ、被相続人は、生前にすべての財産を贈与して、死亡時に課される相続税を回避することが可能になる。 (注) 贈与税の税率 イ 一般の贈与(相法21の7) ロ 直系尊属からの贈与(措法70の2の5) (4) 相続財産の評価 相続税法22条では、相続財産の評価額は、時価とすると規定している。したがって、相続財産等は時価で評価することになっているが、この時価は、財産評価基本通達に基づいて算出することが一般的である。すなわち、国税庁は、財産評価基本通達を発遣し、広く納税者にその通達による評価を認めている。 財産評価基本通達に基づく評価額を時価とする理由として、①納税者間の公平の維持、②納税者及び課税庁双方の便宜、及び③徴税コストの節減がある。 財産評価基本通達では「土地及び土地の上に存する権利」「家屋及び家屋の上に存する権利」「構築物」「果樹等及び立竹木」「動産」「無体財産権」等、広範囲な資産についての評価方法が示されている。 もっとも、日本では、相続財産の評価について、法令で規定するのか、通達で定めるのか、その基準は明らかでない。令和元年度(平成31年度)税制改正で創設された「配偶者居住権等の評価」については、通達ではなく、法令(相法23の2)で定められている。 なお、財産評価基本通達6(この通達の定めにより難い場合の評価)では、「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する」と規定している。すなわち、納税者が、この評価通達を逆手にとって、評価額を下げることを防止するために設けられた規定である。 (了)
国外財産・非居住者をめぐる税務Q&A 【第32回】 「国際離婚の場合の課税関係」 税理士 菅野 真美 - 質 問 - 私は外国籍の妻と25年前に結婚し、私名義で外国にある住宅を購入し共に住んでいました。しかし、3年ほど前から夫婦関係が急激に悪化し、現在は別居中で、私は日本に帰国し賃貸マンションに住んでいます。 いずれ離婚しようと考えていますが、離婚前に外国の自宅を妻に贈与した場合は、贈与税の配偶者控除の適用を受けることができますか。また、離婚後に財産分与として自宅を渡した場合の課税関係はどうなりますか。 ◆ ◆ 解 説 ◆ ◆ ▷離婚の場合の法律はどの国の法律を適用するのか 一般的には「国際結婚」と言われるが、互いの国籍が異なる夫婦は数多く存在している。日本人同士のカップルが結婚する場合は、日本の民法のルールにより結婚は行われる。しかし、日本人と外国人による結婚の場合は、必ずしも日本の民法が適用されるとは限らない。日本人と外国人が結婚する場合の法律の適用については、「法の適用に関する通則法」(以下、通則法)第25条によると、次のようになる。 先日、小泉進次郎さんと滝川クリステルさんが結婚されたが、上記によると、もしクリステルさんがフランス国籍だったとしても、2人とも日本が常居所と考えられることから、日本法の適用となる。 一方で、結婚するカップルもあれば、離婚するカップルもある。国際離婚の場合の法の適用については、通則法27条によると次のようになる。 例えば、日本人と外国人の夫婦で、共に外国に住んでいる2人が離婚した場合は、常居所の法律が適用され、夫婦のうち日本人が日本に住み、外国人の配偶者が外国に住んでいる状況で離婚を行う場合は、日本法による離婚となる。 離婚の手続きとなると弁護士業務の領域であるが、離婚や離婚に至る前のプロセスでの夫婦間での財産移転については、税の問題が絡んでくる。以下では国際離婚の場合における、贈与税の配偶者控除、財産分与の課税関係、居住用財産の3,000万円控除及び居住用財産の長期譲渡所得の軽減税率について説明する。 ▷贈与税の配偶者控除は 贈与税の配偶者控除は、婚姻期間が20年以上の夫婦の間で居住用不動産又は居住用不動産を取得するための金銭の贈与が行われた場合、基礎控除110万円のほかに、2,000万円までの控除が認められる制度である(相法21の6)。 この制度の適用要件は下記となっている(下線筆者)。 (※) 国税庁・タックスアンサーNo.4452「夫婦の間で居住用の不動産を贈与したときの配偶者控除」より つまり、外国の居住用不動産を対象に贈与税の配偶者控除を受けることはできないことから、離婚前に居住用不動産を贈与すると、贈与者が贈与時に日本に住んでいる日本人であることから、配偶者に贈与税が課されることになる。 なお、贈与税の配偶者控除は、受贈者については居住要件が課されているが、贈与者には居住要件が課されていないことから、別居(贈与者が居住用不動産に居住していない場合)であっても、適用を受けることができる。 また、贈与税の配偶者控除の適用を受ける際の添付書類の1つに、財産の贈与を受けた日から10日を経過した日以後に作成された戸籍謄本又は抄本があるが、贈与後10日を経過した日後に離婚したとしても、翌年の3月15日までに受贈者がその居住用不動産に住み、その後も住み続ける見込みであるならば、適用を受けることはできると考える。 ▷離婚時の財産分与に係る課税関係 財産分与は、夫婦が離婚するに際し、婚姻期間に築いた財産を清算して行われるものである。離婚時点で財産分与請求権が生じ、この請求権の弁済として財産分与が行われるため、財産分与の請求による財産の取得の仕訳を示すと次のようになる。この場合の価額は財産分与時の時価となる。 財 産 ××× 財産請求権 ××× この考え方に基づくと、財産の取得について贈与税が生ずることはない。ただし、すべての事情を考慮しても分与された財産の額が多すぎ、贈与税や相続税を逃れるために行われたと認められるような場合には、贈与税が課されることになる(相基通9-8)。 ▷居住用財産の3,000万円の特別控除や居住用財産の軽減税率の適用 それでは、自宅を譲渡した側の課税関係はどうなるのか。これは財産の贈与ではなく、財産の譲渡により財産分与義務が消滅することから、対価性があり譲渡所得となる(所基通33-1の4)。そうなると、居住用財産の譲渡所得として3,000万円控除や軽減税率が適用できるかということになる。 適用にあたっては、譲渡契約の当事者が夫婦など特別な関係でないことが要件の1つとしてあり、離婚していれば特別な関係がないことから、たとえ居住用財産が外国不動産であったとしても、特例の適用は認められる(措法35)。しかし、居住用財産の長期譲渡所得の軽減税率の特例(10年超保有している一定の居住用不動産を譲渡した場合の所得税率:課税長期譲渡所得6,000万円以下の部分は10%、6,000万円超の部分は15%)は、国内居住用財産に限定されることから、適用を受けることはできない(措法31の3)。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第89回】 株式会社MTG 「第三者委員会調査報告書(2019年7月11日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【第三者委員会の概要】 【株式会社MTGの概要】 株式会社MTG(以下「MTG」と略称する)は、1996年1月設立。設立時の社名は株式会社エムティージープレイズ(2005年9月から、現社名)。グローバル事業、リテールマーケティング事業などを事業領域とする。国内連結子会社8社、海外連結子会社12社及び持分法適用会社1社を有している。売上高60,465百万円、経常利益8,882百万円、資本金166億円。従業員数1,205名(いずれも決算修正前の2018年9月期、連結ベース)。本店所在地は愛知県名古屋市。東京証券取引所マザーズ市場上場(2018年7月)。会計監査人は有限責任監査法人トーマツ(以下「トーマツ」と略称する)。 2019年5月に、不適切な会計処理の疑義が判明したのは、愛姆緹姫(上海)商貿有限公司(以下「MTG上海」と呼ぶ)における特定の売上取引であった。MTG上海は、トーマツと業務提携関係にない中国の会計事務所と監査契約を締結し、中国会計準則に基づき作成された財務諸表に対して法定監査を受けている(調査報告書p.23)。 【調査報告書の概要】 1 第三者委員会設置の経緯 MTGが2019年5月10日に発表した2019年9月期第2四半期決算短信について、トーマツによる審査の過程で、連結子会社であるMTG上海における同会計期間の特定の取引先に対する売上取引の収益認識方法(一括売上認識又は消化売上認識)について議論となり、トーマツがMTG上海に直接赴いて追加のレビュー手続を実施したところ、MTG上海が四半期レビュー期間中にトーマツに対して説明していた当該売上取引に関する会計処理の前提事実とは異なる事象が判明し、当該売上取引に関し不適切な会計処理の疑義が生じたとして、5月13日付で適時開示を行うとともに、翌日、取締役会で第三者委員会の設置を決議した。 2 第三者委員会による調査結果 (1) MTG上海における不適切な売上計上(その1:A社向け販売) 第三者委員会設置のきっかけとなったMTG上海からA社向けの売上計上が行われたのは、2019年1月であった。売上高は当時のレートで換算して約13億7,121万円であり、売掛金の回収期限は2019年3月~6月末までとされていた(実際には調査時点でも回収されていない)。 当初、MTG上海はECサイトにおける新しいパートナーとしてB社を選定したものの、社内での新規取引に係る手続(社内決裁システムによる承認処理)が間に合わないことから、既存の取引先であるA社にB社との間に入らせて1%のマージンを支払うことで合意し、売上を計上したものである。 しかし、会計監査人であるトーマツは四半期レビューの過程で、この取引を①売掛金の回収期間が長いこと、②売上高が高額であり、かつ、利益率が高いことなどから問題視し、MTGに説明を求めた。 MTG上海副総経理は、常務取締役でグローバルブランド事業本部長、MTGの海外向け販売のトップである中島敬三氏(調査報告書ではH常務、以下「中島常務」と略称する)と相談のうえ、4月30日、A社の販売先は中国の銀行であり、銀行が実施するキャンペーンのギフト用品として販売している旨の虚偽の説明を行った。 その後、5月13日にトーマツの担当者が上海に赴き、A社及びB社から直接ヒアリングをすることとなったため、同日になって、中島常務らがトーマツに真実(A社の販売先がB社であること)を説明するに至ったが、中島常務は、MTG上海副総経理から虚偽説明のことを聞いたのは前日(5月12日)であったとさらに虚偽の説明をするとともに、関連するメールの削除を行った。 第三者委員会は、MTG上海、A社及びB社による三者間契約が締結できない状況での売上計上は認められないと判断して、売上高は全額取り消されるべきであると結論づけた。 (2) MTG上海における不適切な売上計上(その2:B社向け販売) MTG上海はさらに、2019年3月においても、B社向けの2件の販売取引を行っている。売上高はそれぞれ①約3億8,046万円、②約8億9,460万円であり、①については売掛金の全額を回収しているが、②については回収できていない。 上述したように、B社との取引開始に当たっては、MTG社内決裁システムによる承認が必要であったが、本件取引は、決裁システム上で不備があり差し戻しされる中で、MTG上海副総経理の主導のもと、強行された。 第三者委員会は、B社取引における販売単価が非常に高いこと、基本契約書においてB社の販売活動に係る運営費用はMTG上海が負担する取り決めがあること及び最低小売価格が設定されていることなどの事実から、本件販売取引は、委託販売に類似した取引として扱われるべきである(消化売上認識)と判断して、B社向け売上高はすべて取り消し、2019年3月末までにB社による販売実績がないことから、売上高は計上できないと結論づけた。 (3) MTGによる中国越境EC向け取引の不適切な売上計上 第三者委員会による調査の過程で新たに判明した疑義のある売上計上取引が、MTGによるC社向けの販売である。MTG商品の韓国向け輸出を行っているC社に対して、2018年7月~8月頃、中島常務は、中国のECサイト運営会社向けの輸出業務への参入を打診したところ、C社はこれを受諾した。 MTGは、C社からの注文書に応じ、2018年9月~12月までに4,228百万円の商品を、日本国内のC社倉庫に出荷し、売掛金は他のC社向け売上とともに全額回収した。 しかし、本件取引では、中国ECサイト業者への販路を持たないC社に代わって、MTGがサイト運営会社を紹介して、販売を行うこととなっていたところ、10月になってもC社に注文が来ることはなく、膨大な在庫を抱えることになったC社から、MTG上海による買取りを請求される(具体的にはMTG上海によるPURCHASE ORDERの発行依頼)。その後、5月27日の打合せにおいて、2019年9月末時点で残ったC社在庫について、MTGが返品を受け入れることで合意した。なお、会計監査人であるトーマツにはこうした一連の経緯は報告されていなかった。 第三者委員会は、C社取引について「財貨の移転の完了」を認めることはできず、MTGが在庫リスクを最終的に負担することになったという事実に鑑みれば、C社取引は委託販売に類似した取引として取り扱われるべきである(消化売上認識)と判断した。その結果、2018年9月~12月に計上した売上高4,228百万円を取り消し、2019年9月期第2四半期においてC社が実際に販売した55百万円のみが売上高として計上されることとなると結論づけた。 (4) 松下社長主導による香港向け販売取引 さらに、第三者委員会による調査では、創業者で代表取締役社長の松下剛氏(以下「松下社長」と略称する)主導による販売取引が、公表している売上高・利益を達成するために企図されたが、断念に至っていることが判明した。 香港でビジネスを展開する人物に対し、中島常務がMTG商品の購入を持ちかけたところ、相手方の資金が不足していることから、松下社長個人が資金を提供して総額35億円規模の商品を販売することを検討した。 検討に加わっていた経営企画課長は、松下社長に対して、決算修正のリスクがあることや実際に他の上場会社で社長の個人資金による売上計上が問題視されて決算修正に至った事案の適時開示を示して、翻意を促した。また、相手方の人物からも、社長が個人的なリスクを負うことは好ましくないという意見が示された。 このため、松下社長は、2019年2月18日頃、本件の遂行を断念して、これまで開示してきた決算見込みの修正に向けた検討を行うこととした。 3 原因分析 第三者委員会による原因分析の項目は次のとおりである。 第三者委員会は、まず、C社との取引を主導し、MTG上海における不適切な販売取引でも部下であるMTG上海副総経理に加担した中島常務について、MTGの海外事業全体の最高責任者という地位にありながら、「取引において納品をなせば、その時点で売上を計上でき、それによる売掛金が後日回収されさえすれば間題はない」という不正確な理解のもと、必達目標とする数値を達成しようとしたことを批判する。 次いで、松下社長についても、「実体の売上よりも高い売上を作出する手法や、上司の意向を忖度する企業文化を醸成した」結果、「目先の目標達成のためには手段を選ばず無理な売上計上に走るという幹部らの行為の素因」となったと批判している。そのうえで、松下社長が、市場への誠実性を正しく理解せず、公表数値を頑なに重視する経営姿勢を示していた結果、本件疑義取引等が生じたと断じている。 4 再発防止に向けた提言 上記の原因分析を受けた第三者委員会による再発防止策の提言は次のとおりである。 第三者委員会は、経済産業省が2019年6月28日に策定した「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針(グループガイドライン)」を引用する形で、「3線ディフェンス」について、「グローバルスタンダードとして確立された、内部統制システムの構築・運用のための実効的な手段と考えられる」としたうえで、MTG経理部が、「収益認識会計基準が厳格化・複雑化する環境下で自社のビジネスがどのような影響を受けるかについての感度は必ずしも十分ではなかった」ことも原因分析の1つとして挙げている。その改善策が、「(6)第2線(本社管理部門)の機能に対する認識の改善と独立性確保・機能強化」として提言されている。 その提言内容は、「本社管理部門が慎重な検討を行い、リスクに適切に対処していることを経営陣は改めて再認識するとともに、グループの全ての役職員に対して本社管理部門による統制の重要性を理解させ、改めて3線ディフェンスでいわれる第2線(管理部門)の実効的な機能発揮のため、第1線(事業部門)からの実質的な独立性の確保と子会社を含めたグループ全体での機能強化を図っていく必要がある」というものである。 【調査報告書の特徴】 MTGが東京証券取引所マザーズ市場に株式を上場したのは、2018年7月のことであった。増収増益を続け、中国市場での売上拡大を背景に上場を果たした時、MTGの業績にはすでに翳りが見え始めていた。にもかかわらず、MTG経営陣は上場時に公表している業績予想を堅持しようと画策を重ねる。その結果、過年度決算の修正となって、かえって市場の信頼を失墜してしまったのが本事案の結末である。 MTGの訂正後の有価証券報告書では、2019年9月期の連結売上高が60,465百万円から58,377百万円へと減額され、調査報告書の公表と同時に出された「連結業績予想の修正に関するお知らせ」では、2020年9月期の連結売上高が51,000百万円から39,500百万円へと大幅に引き下げられ、1,200百万円の経常利益は7,600百万円の経常損失へと赤字決算を予想している。売上高の下方修正理由として、「第三者委員会調査」によるものが△63億円、「信用低下による解約リスク」が△10億円、「販売減速」が△42億円などと説明されている。 1 MTGの業績に影響を与える市場環境等 第三者委員会は、MTGによる疑義取引が行われることとなった背景として、市場環境の変化を挙げている。すなわち、疑義取引の対象となった商品がReFaブランドの主力商品である美容ローラーなど、ReFaブランド商品は中国からのインバウンド需要の拡大に支えられて伸長してきたが、2018年9月末からの中国における税関検査の運用強化や2019年1月の電子商取引法の改正により、日本及び韓国における中国からのインバウンド需要が大きく減少する傾向を示していた。 こうした市場環境の変化が生じていたにもかかわらず、MTGでは、中国国内での需要の成長は今後も維持し、ECサイトにおける販売を中心に売上が好調に推移すると考えた。そのため、MTGグループ内における売上への期待とプレッシャーは、中国国内での売上を司るMTG上海と、その主管部署であるグローバルブランド事業本部(本部長は中島常務)にのしかかることとなっていた。 2 MTG経営陣と第三者委員会の関係 第三者委員会による調査報告書冒頭、MTG経営陣と第三者委員会委員との間で、紛糾する事案があったことが報告されている。 1つめは、MTGによる2019年5月14日付適時開示における対外公表や関東財務局に対する四半期報告書の提出期限延長申請に係る書類の提出は、実際には当委員会の各委員候補者の同意や了解を得ずに行われており、同延長申請書類には、当委員会の各委員候補者に何の断りもなくMTGが自ら考案した調査目的・調査項目等が記載されていたことであり、当委員会の委員長及び各委員の就任を拒否することを検討したとの記述がある。 結果的に、第三者委員会委員候補者は、MTGを取り巻くステークホルダーの利益を考慮し、日本弁護士連合会「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」(2010年12月17日改訂)に則った調査を行い、MTGを取り巻く全てのステークホルダーのために調査を実施し、その調査結果を対外公表することで、最終的にはMTGの信頼と持続可能性を回復するために当委員会を組成して調査を開始するに至ったという(報告書p.1–2)。 また、調査スコープの設定についても、松下社長が全てのグループ会社を調査する旨を記者会見の場で公言するなどの対応を行った結果、あたかもMTGの全グループ会社が当委員会の調査対象に含まれるかのような一定の期待感が醸成されるに至った。第三者委員会は、調査スコープの設定という第三者委員会の専権的権限が事実上侵害される事態が生じたことは極めて遺憾であるとしながらも、こうした事情を踏まえ、ヒアリング、アンケート調査及び会計調査・分析等により親会社としてのMTGを含む全グループ会社22社を調査対象としてカバーする類似事象の調査スコープを設定した(報告書p.2)。 3 取締役の辞任と役員報酬の返上 MTGが第三者委員会調査報告書と同時に公表した「人事上の措置」としては、中島常務から、「今回の事態の重大性と経営責任を厳粛に受け止め」、7月12日付で辞任したいとの申し出があり、これを受理したとの記載がある。また、松本社長が、月額報酬の100%を自主返納する(1年分)のをはじめ、「経営責任を明確化するため」、取締役がそれぞれの役員報酬の一部を自主返納することが公表されている。 4 MTGによる再発防止策 MTGが7月18日に公表した再発防止策は次のとおりであった。基本的には、第三者委員会の提言どおりの内容である。 こうした会計不正事件の再発防止策にはつきものの「(2)企業風土の改革」であるが、創業者社長により成長を続けてきたベンチャー企業ならではのコメントが記述されているので、そのまま引用しておきたい。 (了)
改めて確認したいJ-SOX 【第5回】 「「業務プロセスに係る内部統制の評価」 のための6つのステップ」 仰星監査法人 公認会計士 竹本 泰明 いよいよ、本稿からJ-SOXの核となる論点に入ります。 今回のテーマは「業務プロセスに係る内部統制の評価」です。 財務報告に係る内部統制の有効性は、全社的な内部統制の評価結果を踏まえて業務プロセスに係る内部統制の評価範囲を決定し、業務プロセスに係る内部統制の有効性を評価した結果をもとに、最終的に財務報告に係る内部統制が有効であるかどうかを評価します。したがって、業務プロセスに係る内部統制の評価は、財務報告に係る内部統制の有効性に直結する重要なテーマです。 それでは、詳細をみていきましょう。 1 全体の流れ 業務プロセスに組み込まれ、一体となって遂行される内部統制(業務プロセスに係る内部統制)は、次の手順で評価します。 〈業務プロセスに係る内部統制の評価手順〉 【Step1】の評価範囲の決定は、本連載の【第3回】で詳細に説明していますので、そちらを参照してください。次項以降、【Step2】から【Step6】の詳細を説明します。 2 【Step2】評価対象となる業務プロセスの把握・整理 評価範囲(評価対象となる業務プロセス)の決定後、まず、その業務プロセスについて理解する必要があります。具体的には、(取引の)開始 ⇒ 承認 ⇒ 記録 ⇒ 処理 ⇒ 報告までの取引の流れを把握するとともに、取引の発生から集計、記帳といった会計処理の過程を理解しなければなりません。 把握した業務プロセスの概要は、次のような「業務フロー」や「業務記述書」などによって整理・記録することが、実務上ではよくみられます。 〈業務フロー(例)〉 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 〈業務記述書(例)〉 J-SOXでは、企業側の対応コストを考慮して、「業務フロー」や「業務記述書」の作成を必須とはしていませんが、この【Step2】は、業務を“見える化”する重要なステップのため、筆者としては「業務フロー」と「業務記述書」の両方を作成し、業務プロセスを詳細・正確に理解する必要があると考えます。 3 【Step3】業務プロセスにおける虚偽記載の発生するリスクとこれを低減する統制の識別 (1) 業務プロセスにおける虚偽記載の発生するリスクの識別 評価対象となる業務プロセスを把握した後は、そのプロセスの中で、不正や誤謬(※)によって、どのような虚偽記載が発生するリスクがあるかを検討する必要があります。 (※) 「不正」と「誤謬」は、いずれも財務諸表の虚偽表示の原因ですが、財務諸表の虚偽の表示の原因となる行為が「意図的であるか」「意図的でないか」で異なります。「誤謬」は、財務諸表の意図的でない虚偽の表示(単純なミス、うっかり等)ですが、「不正」は、財務諸表の意図的な虚偽の表示(粉飾等)という違いがあります。 その際、リスクを次の視点から具体的に識別しておくことが、次の統制の識別の段階で重要となります。 ➤ 実在性 ⇒ 資産及び負債が実際に存在し、取引や会計事象が実際に発生していること ➤ 網羅性 ⇒ 計上すべき資産、負債、取引や会計事象をすべて記録していること ➤ 権利と義務の帰属 ⇒ 計上されている資産に対する権利及び負債に対する義務が企業に帰属していること ➤ 評価の妥当性 ⇒ 資産及び負債を適切な価額で計上していること ➤ 期間配分の適切性 ⇒ 取引や会計事象を適切な金額で記録し、収益及び費用を適切な期間に配分していること ➤ 表示の妥当性 ⇒ 取引や会計事象を適切に表示していること 例えば、未承認の仕訳を会計システムに登録することによって、ありもしない売上が計上されるリスクがあったとした場合、このリスクは「実際に発生していない」売上取引が会計システムに登録されるため、“「実在性」に関してリスクがある"と識別されます。 また、会社に届いた請求書の処理を失念することで、費用計上がもれるリスクがあったとした場合、これは「計上すべき取引をすべて記録していない」リスクを示すため、“「網羅性」に関してリスクがある"と識別されます。 このようにして、リスクが上記のどの項目に該当するかを判断していきます。 (2) 虚偽記載の発生するリスクを低減する統制の識別 評価対象となる業務プロセスにおいて、どのような虚偽記載が発生するリスクがあるかを検討した後、そのリスクを低減するためにはどのような内部統制(統制上の要点)が必要かを検討します。 ここで、「実在性」や「網羅性」といったリスクの視点が必要となってきます。 例えば、先ほどの未承認の仕訳を会計システムに登録することによって、ありもしない売上が計上されるという「実在性」に関するリスクに対しては、「すべての仕訳に対して、上長の承認がないと会計システムに仕訳を登録できない」というルールを設けておけば、仕訳の承認のためには仕訳の根拠となる資料が必要となるため、ありもしない売上を簡単に会計システムに登録することはできなくなり、何かしらの根拠のある仕訳しか会計システムに登録できない仕組みになります。 そうすることで、すべての仕訳が「実際に発生」した取引や会計事象とセットで登録されるため、この内部統制(統制上の要点)は「実在性」という要件に対して合理的な保証を提供するものであると評価されます。 (注) もちろん、このような仕組みを作ったとしても、根拠資料そのものから架空のものを作ってしまえば、架空の取引に基づく仕訳を会計システムに登録できてしまいます。そのため、リスクは完全に取り払うことはできないため、“合理的な保証”を提供するにとどまるのです。 上記(1)で識別したリスクに対して、どのような内部統制(統制上の要点)が必要かをひととおり検討したら、その結果を次のようなRCM(リスク・コントロール・マトリクス)で整理していくのが一般的です。 〈RCM(例)〉 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 この【Step3】では、識別した虚偽表示リスクに対して、この会社であればどういった内部統制が必要か(あるべきか)といった理想的な統制を想定しておく必要があります。そうすることで、次の【Step4】で「この会社では実際にどのような内部統制が整備されているか。それは理想と比べてどうか。」といった視点で内部統制の整備状況の有効性を評価できるようになります。 4 【Step4】業務プロセスに係る内部統制の整備状況の有効性の評価 本連載の【第4回】でも説明しましたが、内部統制の整備は次の「内部統制の構築」と「業務への適用」に分かれます。 〈内部統制の「整備」のイメージ〉 ここでは実際の内部統制を上記3の(2)で描いた理想の内部統制と見比べながら、「実在性・網羅性・権利と義務の帰属・評価の妥当性・期間配分の適切性・表示の妥当性」に関するリスクが、それぞれ合理的な水準まで低減できているかといった点を評価します(内部統制の構築)。 そして、評価対象となった業務プロセスごとに、代表的な取引を1つあるいは複数選んで、取引の開始から取引記録が財務諸表に計上されるまでの流れを追跡(これを「ウォークスルー」といいます)したり、実際の担当者の業務を観察したりして、構築した内部統制が実務に落とし込まれているかを評価します(業務への適用)。 なお、この一連の内部統制(統制上の要点)の整備状況の評価は、原則として毎期実施する必要がありますが、全社的な内部統制(本連載の【第4回】参照)の評価結果が有効である場合は、次の要件を満たす内部統制については、前年度の整備状況の評価結果を当年度も継続して利用することができます。 〈業務プロセスに係る内部統制の整備状況の評価の簡素化〉 5 【Step5】業務プロセスに係る内部統制の運用状況の有効性の評価 評価対象となる業務プロセスに係る内部統制の整備状況が有効と評価された場合、当該内部統制の運用状況の有効性を評価します。 内部統制の運用状況が有効ということは、適切に整備された内部統制が、繰り返し業務の中で適切に機能していることを表します。毎日行われるような業務に組み込まれている内部統制は、年間で最低365件ありますが、その運用状況の有効性を評価する際は、すべての統制を対象にして評価することは現実的ではありません。 そのため、原則として母集団の件数に応じて必要なサンプルを抽出して(※)、抽出したサンプルに係る内部統制が適切に運用されているかを確かめることで、運用状況の有効性を評価します。 (※) 例えば、取引が発生する都度、統制が発生し、評価対象期間の総件数が250を超えるような取引であれば、25件のサンプルを抽出してテストします。 サンプル抽出にあたっては、どのような母集団データから、どのようにサンプルを抽出したのかがわかるように記録を残しておく必要があります。その理由は、現行のJ-SOXでは、経営者が抽出したサンプルを監査人が利用することを想定していますが、監査人が経営者の抽出したサンプルを利用する場合、経営者のサンプルの抽出方法を検討し、問題がないことを確認する必要があるためです。 経営者の運用状況の評価にあたっては、抽出したサンプルに対して、関連文書の閲覧や担当者への質問、業務の観察や内部統制の実施記録の検証、自己点検の状況の検討等の手続を行います。 この具体的な手続についても、どのような手続を行い、何と何を照合したのかなどの具体的な評価方法も記録として残しておく必要があります。その理由は同様で、現行のJ-SOXでは、経営者の評価結果を監査人が利用することを想定しており、評価結果の利用にあたっては、監査人が経営者の評価方法の妥当性を検討し、問題がないことを確認する必要があるためです。 6 【Step6】期末日までの残余期間の評価 J-SOXでは、期末日時点における内部統制の有効性について経営者は評価します。 しかし、業務プロセスに係る内部統制の運用状況の評価時期については、弾力的な扱いが示されています。つまり、必ずしも期末日時点を対象に運用状況を評価しなければならないわけではなく、期中の適切な時期に運用状況を評価し、その後、期末日までの間に整備状況に重要な変更がないことを担当者への質問等により確認できれば、新たに追加的な運用状況の評価は不要とされています。 〈運用状況の評価の実施時期〉 * * * 「業務プロセスに係る内部統制の評価」は、実務的にも負荷が大きく、J-SOXの業務の中でもメインに相当するのではないでしょうか。その分、業務に対するイメージもわきやすいと思います。ぜひ、そのイメージと上記で説明した理論をつなげて理解してもらえると、より意味のある評価ができるようになるでしょう。 次回は、今回触れなかった決算・財務報告プロセスに係る内部統制の評価について説明します。 (了)