〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第59回】 「定期同額給与における過大役員給与」 税理士 中尾 隼大 ○●○● 解 説 ●○●○ (1) 役員退職給与以外の過大役員給与 役員給与の損金算入額を定める法人税法34条を検討する場面において、役員給与の過大性、つまりその役員給与の額が不相当に高額かどうかという論点は、税理士としては最も注目したい論点である。 しかし、【第3回】で触れている通り、代表取締役に対してその役員給与の額が不相当に高額であると指摘がなされて争いに発展するケースは、いわゆる残波事件以前はほとんど見られなかった。残波事件以降に争点となる事例が散見されるようになったといえる。 以下では、そのうちの1つの裁判例を取り上げる。 (2) 定期同額給与について不相当に高額な部分が認められた事例 役員退職給与ではない、通常の定期同額給与においてその過大性が争われた事例に、東京地裁令和2年1月30日判決がある(※1)。以下にその概要を紹介する。 (※1) 判例タイムズ1499号176頁、TAINS:Z270-13377。評釈として、小仙健太郎「同業類似法人の最高値に基づいて『不相当に高額』な役員給与が算定された事例」税務事例53巻(2021)3号54頁。 同業類似法人との比較において、一般的には平均額が用いられるケースが大多数であるところ、この事例では、同業類似法人の役員給与の最高額によって役員給与の額のうち不相当に高額な部分が算定されていることが注目される。また、納税者が、代表者の職務の内容が一般的な同業法人の役員において想定される職務の範囲内にあるとはいえない旨を主張したことも特筆すべき点であるといえる。 すなわち、納税者は、その代表者が、顧客の大半がいるマレーシアに在留し、①顧客の意向把握、②把握した意向に沿う中古自動車をオークションで落札するための使用人への指示、③落札した自動車の顧客への売却等の中古自動車販売に必要な業務を一手に行うとともに、④広告宣伝活動、⑤顧客との信頼関係構築活動、⑥顧客から寄せられたクレームへの対応、⑦顧客に対する支払の督促といった附随業務について自ら担っていた事実を主張し、その結果、納税者は、各事業年度において極めて高い業績(売上金額が約69億円~89億円)を達成したとし、「代表者の職務の内容が『中古自動車販売等を目的とする一般的な法人の役員において想定される職務の範囲内にある』ことを前提に行われた被告の検討結果は、合理的な根拠を欠くものというべき」と主張した。 これに対して裁判所は、代表者が果たした職責及び達成した業績は相当高い水準にあったとしつつ、一般的に想定される職務の範囲内にあると認定した。相当高い水準になったからこそ、前述の判断を採用したと考えられる。 さらに、納税者の収益や使用人の給与支給額が減少傾向にある中で、本件役員給与が逆行する形で急増し、納税者の改定営業利益(営業利益に役員報酬額を足し戻したもの)の大部分を占め、その営業利益を大きく圧迫するに至っている点を指摘し、その額の高さ及び増加率は著しく不自然であると示した。これらにより、不自然に高額な役員給与を全額損金算入することで、課税の公平性は著しく害されているという他ない旨を示している。 (3) 本件裁判例の意義 裁判所が示した内容に対しては、批判的な意見がある。すなわち、本件の役員給与の支給額は数億単位となっていて他の中小企業では考えられないほどの金額であるとしつつも、代表者の職務内容について、その事実関係より、納税者の業績は代表者の人脈等があるからこそ成り立ち、同業類似法人が納税地の都道府県内には存在しないかもしれず、仮にその中で抽出された法人との比準を認める場合には、一定の倍数を乗じる等の調整を図る等の方法も考えられるとする意見である(※2)。 (※2) 品川芳宣「定期同額給与に係る『不相当に高額な部分』の算定方法」税研213号(2020)101頁。 この点、実際に、いわゆる1.5倍判決と呼ばれる東京地裁平成29年10月13日判決がある(※3)。なお、1.5倍判決の控訴審である東京高裁平成30年4月25日判決では(※4)、当該1.5倍のくだりは削除されたが、「同業類似法人の抽出が合理的に行われてもなお、同業類似法人の役員に対する退職給与の支給の状況として把握されたとはいい難いほどの極めて特殊な事情があると認められる場合に限り、これを別途考慮すれば足りる」と示されている。 (※3) 税務訴訟資料267号順号13076、TAINS:Z267-13076。【第29回】参照。高裁では異なる判断が示されたが、同業類似法人から抽出された係数に1.5倍を乗じて調整するという方法が示されている。 (※4) 訟務月報65巻2号133頁、TAINS:Z268-13149。 しかし、本件のような事情であってもこのような考慮は図られず、前述の判断に留まっている。この点から、少なくとも、法人の業績が低下傾向であるならば、役員報酬の額を急増させることは不自然であるといえると示されたことを知っておくべきであるといえる。 このように、本件は、法人である納税者の収益等が減少傾向になる中、代表者の役員報酬額のみが急増したという事実が、結果として更正処分等を招く一因になったとも考えられる(※5)。この点、一般的には、法人の財務内容を勘案しつつ、適正な役員報酬の額を毎期算定すべきであったといえる。 (※5) 代表者は非居住者であるという推論が成り立つため、法人税の実効税率より非居住者の源泉所得税率の方が低いという事実が、高額な役員報酬を支給するインセンティブが働いていたとする指摘もある。品川芳宣「役員給与のうち『不相当に高額な部分』の算定方法」T&A master843号(2020)30頁。 上記の残波事件では、役員の経営能力に焦点を当てて同業類似法人を抽出することは客観性を欠くとも示されているため、同業類似法人の抽出は機械的に行われることを念頭に置き、その法人の業績や将来見通しをも勘案しながら、適正額の算定を行う必要があるだろう。 (了)
基礎から身につく組織再編税制 【第62回】 「適格株式交換を行った場合の申告調整」 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 今回は、適格株式交換を行った場合の申告調整の具体例について解説します。 1 適格株式交換を行った場合の株式交換完全親法人の処理 (1) 前提条件 【株式交換完全子法人B社の株式交換直前の貸借対照表】 会計上の資産・負債と税務上の資産・負債には、下記の差異が生じています。 (2) 会計処理 株式交換完全親法人A社の会計処理は、下記のとおりです。 会計上「取得」と判定される株式交換では、株式交換完全親法人となる会社が取得する株式交換完全子法人株式の取得原価は、時価で算定することとされています。 (3) 税務処理 株式交換完全親法人A社の税務処理は、下記のとおりです。 ① 株式交換完全子法人株式の取得価額 適格株式交換により株式交換完全親法人が取得する株式交換完全子法人株式の取得価額は、次のとおりです(法令119①十)。 本例の場合、株式交換の直前において株式交換完全子法人の株主はC社のみであり、50人未満のため、株式交換完全親法人A社が取得するB社株式(株式交換完全子法人株式)の取得価額は、C社が有していたB社株式の株式交換直前の帳簿価額相当額の2,000となります。 ② 資本金等の額 株式交換完全親法人において株式交換により増加する資本金等の額は、次のとおりです(法令8①十)。 株式交換完全親法人A社において増加する資本金等の額は、2,000となります。 ③ 利益積立金額 適格株式交換の場合には、株式交換完全親法人A社の利益積立金額は増加しません。 (4) 会計処理と税務処理の調整 会計処理と税務処理を比較すると、差異が生じているため、調整する必要があります。 調整仕訳は、次のとおりです。 この調整仕訳については、損益項目が含まれないため、別表4での申告調整は行わず、別表5(1)のみで調整することとなります。 (5) 別表5(1)の処理 別表5(1)の処理については、次のとおりです。 (注) ※印は調整仕訳により生じたものであることを表示するために記入しています。 ◆ポイント◆ 株式交換完全親法人A社において増加する利益積立金額が0、増加する資本金等の額が2,000となっているかを別表5(1)で確認することが重要です。 2 適格株式交換を行った場合の株式交換完全子法人の処理 適格株式交換を行った場合には、株式交換完全子法人B社が有する資産について時価評価を行う必要はなく、特段の課税関係は生じません。 3 適格株式交換を行った場合の株式交換完全子法人の株主の処理 (1) みなし配当 適格株式交換が行われた場合には、株式交換完全子法人の利益積立金額は株式交換完全子法人の株主に交付されないため、株式交換完全子法人の株主においてみなし配当を計上する必要はありません。 (2) 譲渡損益 投資が継続していると認められる場合には、譲渡損益の計上を繰り延べるとされています(法法61の2⑨)。「投資の継続」とは、株主が金銭等の交付(株式以外の交付)を受けていないことをいいます。 株式交換完全子法人の株主であるC社は、株式交換によりA社株式のみの交付を受けているため、譲渡損益は生じません。 (3) A社株式の取得価額 株式交換完全子法人の株主が対価として株式交換完全親法人株式のみを交付された場合のその株式交換完全親法人株式の取得価額は、株式交換完全子法人株式の帳簿価額に付随費用を加算した金額とされています(法令119①九)。 株式交換完全子法人の株主であるC社は株式交換によりA社株式のみを交付されているため、A社株式の取得価額は、株式交換直前のB社株式の帳簿価額である2,000となります。 (4) 会計処理 株式交換完全子法人の株主C社の会計処理は、次のとおりです。 (5) 税務処理 株式交換完全子法人の株主C社の税務処理は、次のとおりです。 (6) 会計処理と税務処理の調整 会計処理と税務処理を比較すると、差異が生じているため、調整する必要があります。 調整仕訳は、次のとおりです。 この調整仕訳については、損益項目が含まれないため、別表4での申告調整は行わず、別表5(1)のみで調整することとなります。 (7) 別表5(1)の処理 別表5(1)の処理については、次のとおりです。 (了)
給与計算の質問箱 【第51回】 「令和6年分所得税の定額減税」 ~年調減税~ 税理士・特定社会保険労務士 上前 剛 Q 実施が見込まれる令和6年分所得税の定額減税のうち、年調減税についてご教示ください。 A 以下、令和6年分所得税の定額減税のうち、年調減税を中心に概要を解説する。 なお、定額減税及び月次減税の概要については前回を参照いただきたい。 * * 解 説 * * ◎ 年調減税の概要 (1) 年調減税の対象者 年末調整の対象者のうち、給与以外の所得を含めた合計所得金額が1,805万円以下となる人が年調減税の対象となる。 なお、給与以外の所得を含めた合計所得金額は、給与所得者の基礎控除申告書により把握することができる。 〈給与所得者の基礎控除申告書(一部抜粋)〉 年末調整の対象者は、以下のとおりである。ただし、令和6年中の主たる給与の収入金額が2,000万円を超える人は除く。 (2) 年調減税額の計算 「扶養控除等申告書」、「配偶者控除等申告書」、「年末調整に係る定額減税のための申告書」(本人の合計所得金額1,000万円超かつ配偶者の合計所得金額48万円以下の場合)などから同一生計配偶者や扶養親族の人数を確認する。 同一生計配偶者は、生計を一にする配偶者のうち合計所得金額が48万円以下の居住者をいう。また扶養親族は、所得税法上の控除対象扶養親族だけでなく、16歳未満の扶養親族も含めた居住者をいう。 人数を把握した上で、本人3万円、同一生計配偶者及び扶養親族1人につき3万円を合計して年調減税額を計算する。 (3) 年調減税額の控除 住宅ローン控除後の年調所得税額から年調減税額を控除する。その金額に102.1%を乗じたものが年調年税額となる(下図参照)。 〈年調年税額計算の流れ〉 (※) 上図につき国税庁「給与等の源泉徴収事務に係る令和6年分所得税の定額減税のしかた」11頁より抜粋。 なお、定額減税(月次減税事務及び年調減税事務)の詳細については、下記国税庁の「定額減税特設サイト」等も参考とされたい。 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第41回】 「タックス・ヘイブン対策税制上の未処分所得の計算 -特定外国子会社等の減価償却費の修正は認められるか- (地判平29.1.31、高判平29.9.6、最判平30.6.15)(その2)」 ~租税特別措置法施行令25条の20第1項、39条の15第1項~ 神戸国際大学准教授・税理士 金山 知明 4 争点 本件においては、措置法40条の4第1項所定の適用対象留保金額の算定の基礎となる未処分所得の金額の計算について、措置法施行令39条の15第1項1号に掲げる金額の算出をK社損益計算書に基づいて行うべきか、X作成損益計算書に基づいて行うべきかが争われている。 K社損益計算書とX作成損益計算書の唯一の相違点は、本件油そう船に係る各年度における減価償却費の金額である(※7)。その結果、油そう船の売却直前における帳簿価額が異なることから、K社損益計算書においては平成17年9月期において油そう船の売却益が生じているが、X作成損益計算書では逆に売却損が生じており、そのことがK社に係る課税対象留保金額の有無を左右している。 (※7) K社損益計算書においては、シンガポールの会計基準に基づき、本件油そう船の減価償却について、償却方法は定額法、耐用年数は10年を採用し、油そう船の取得事業年度から売却事業年度の前事業年度までの各事業年度にわたり、償却限度額と同額の減価償却費を計上している。 これに対しX作成損益計算書では、本件油そう船の減価償却費の金額を本邦法令の規定に準じて耐用年数13年の定率法で計算し、それによる償却限度額の範囲内で任意の金額を減価償却することができるものとして、償却限度額に満たない金額を計上している。その結果、本件油そう船の売却価格が平成16年9月期末の帳簿価額を下回り、42万8,421シンガポールドルの売却損が発生している。 そのため、措置法施行令39条の15第1項1号に掲げる金額の算出については、本件油そう船に係る減価償却費の金額の計算をK社損益計算書に記載された金額(同社の決算において経理された金額)を基礎として行うべきか、X作成損益計算書に記載された金額を基礎として行うべきかが争点となる(【図表2】参照)。 【図表2】K社損益計算書及びX作成損益計算書の要約 (※) 東京地裁判決書別表1-1及び1-2を基に筆者一部改変のうえ作成 5 争点に関する当事者の主張の要旨 (1) 基準となる損益計算書について 本件においてXはまず、Yによる決定処分は、特定外国子会社等の本店所在地国の法令の規定により計算して行われたもの(措置法施行令25条の20第2項による)と捉え、以下のように主張してその処分の有効性を否定している。 そのうえでXは、本件油そう船に係る減価償却費の計上額を、X作成損益計算書に基づき行うべきことを主張する。それは、X作成損益計算書によれば油そう船売却時の帳簿価額が大きく、売却損が生じる結果として未処分所得が残らないからである。そこで、このように特定外国子会社等であるK社の損益計算書を修正するかたちで調整されたX作成損益計算書による減価償却費の計算が認められるかが問題となる。 この点につきXは、X作成損益計算書について、「減価償却費に係る本邦法令の規定は、特定外国子会社等の決算にそのまま適用することができないため、措置法施行令39条の15第1項1号に従い、本邦法令の規定の例に準ずる減価償却費の金額の計算が行われる」ものとし、「本邦法令の規定の例に準じて日本における減価償却費の金額を正しく計算することで正しい未処分所得の金額を算出したものであり、何ら恣意的な計算など行っていない」と主張する。 これに対してYは、まず本件決定処分は、特定外国子会社等の本店所在地国の法令の規定により計算して行われたもの(措置法施行令25条の20第2項を適用したもの)ではなく、同39条の15第1項1号に基づく本邦法令の規定の例に準ずる計算であることを前提として以下のとおり主張を展開する。 またYは、K社損益計算書を含む決算書には、正確性及び公平性に関する取締役の声明書及びシンガポール会計基準に準拠した監査が実施された旨の公認会計士の監査報告書が添付されていることも挙げて、K社損益計算書は特定外国子会社等の「各事業年度の決算」により作成されたものに該当するから、未処分所得の金額の計算は、K社損益計算書に基づき行うべきことを主張する。 ただしYは、本邦法令の規定の例に準じて未処分所得を計算するにあたり、特定外国子会社等の損益計算書を修正した損益計算書を使用すること自体を完全に否定しようとしているわけではない。Yは、「納税者において、確定申告をするに当たり、修正された決算の過程を明らかにして、修正された決算が本邦法令の規定の例に準じていることを明らかにする必要がある」と述べ、その場合は修正損益計算書を確定申告書に添付して提出する必要があるとし、その根拠の1つとして措置法通達66の6-10(後述)の記述を挙げている。 そのうえでYは、Xは本件決定処分がされる前に、K社損益計算書を修正したX作成損益計算書を添付して確定申告を行っていないのであるから、未処分所得の金額をX作成損益計算書により行うことはできないと主張する。 (2) 確定申告書へのX作成損益計算書の添付の必要性 特定外国子会社等の未処分所得を本邦法令の規定の例に準じて計算するにあたり、修正損益計算書の作成提出義務があるかについては、法令に確たる規定がないが、当時の措置法通達66の6-10(2)では、減価償却費等につき、特定外国子会社等が決算時に行った経理のほか、課税対象となる内国法人が作成する修正損益計算書における経理をもって損金経理要件を満たすものと取り扱い、その場合にはその修正過程を明らかにする書類を当該修正損益計算書に添付するものとしている。 これを受けてYは、「所得税法121条1項各号(確定所得申告を要しない場合)に該当する者であっても、確定申告書が提出できないということはなく、実際にそのような者が提出する確定申告書でも問題なく受理される。」として、Xが自己に有利となるように未処分所得を計算しようとする場合には、提出義務がなかったとしても確定申告書を提出し、それに修正損益計算書の添付をする必要があったという立場をとる。 さらにYは、Xが一連の税務調査においてX作成損益計算書を提出しておらず、異議調査の段階で初めてこれを提出していることから、当該損益計算書は本件決定処分による課税を免れるために事後的に作成・提出されたことが明らかであるとして、そのこともX作成損益計算書による計算を採用できない根拠の1つとしている。 これに対しXは、Xが給与所得者であり、平成17年の給与等の金額が2,000万円以下で年末調整を受けていたことを述べたうえで、「未処分所得の金額の計算をX作成損益計算書に基づいて行うと、適用対象留保金額が零となり、雑所得が生ずることもなかったため、確定申告書を提出する義務がなかった(所得税法121条1項)。そのため、Xが平成17年分の所得税について確定申告を行わなかったことは当然のことであり、確定申告書にX作成損益計算書を添付する義務(措置法40条の4第5項)もない(※8)。」と反論する。 (※8) Xは、X作成損益計算書について提出義務はなく、後日課税当局から問い合わせを受け、又は税務調査を受けた場合には、当該損益計算書を調査官に示すことにより、課税対象留保金額がないため確定申告義務がないことを説明することが必要となるにとどまるとする。また、Xは当該損益計算書を、決定処分より前にYに提出しようとしたにもかかわらず、Yの職員がそれを威嚇して妨げ、受取りを拒否したことから、同日に提出することができなかった旨主張する。 さらにXは、「措置法通達66の6-10(2)は、管理上の都合から、決算の修正の過程を明らかにする書類が損益計算書等に添付されていることが望ましいと考えていることを示すものにとどまり(同通達の「するものとする」という文言は、義務ではなく、期待されていることを定めるものにすぎない。)」とし、加えて「納税者は、同通達に拘束されるものでなく、損益計算書等に決算の修正の過程を明らかにする書類を添付することは、本邦法令の規定の例に準ずる計算を行う上で必須の手続ではない」と主張している。 6 東京地裁判決(平成29年1月31日) 東京地裁は、以下のように述べて、Xの主張を全面的に否定し、その請求を棄却した。また、控訴審(東京高裁平成29年9月6日判決)も、地裁判決を支持してXの請求を棄却し、上告審は受理されなかった(最高裁平成30年6月15日決定)。 (1) 措置法施行令39条の15第1項1号に基づく減価償却費の金額の計算方法についての判示 地裁判決はまず、「措置法施行令39条の15第1項1号が同号所定の所得の金額を本邦法令の規定の例に準じて計算するものとしているのは、本邦法令の規定の中には、確定した決算における経理を要件として適用することとされている規定(法人税法31条、42条)や青色申告書を提出する法人であることを要件として適用することとされている規定(措置法43条、45条の2等)があるなど、一定の要件を付しているものがあるが、我が国と会計制度の異なる特定外国子会社等の決算についてそのような形式的な要件を要求すると不都合が生ずる可能性があることから、そのような形式的な要件を満たさない場合においても本邦法令の規定の適用を認める趣旨である」と説示する。 この趣旨から、「特定外国子会社等の各事業年度の決算が本邦法令の規定における確定した決算に該当しない場合であっても、当該特定外国子会社等の決算において経理された減価償却費は法人税法31条1項の規定の例に準じて損金の額に算入され得ること」を導く。 そして、「特定外国子会社等が既にその決算において減価償却費について経理をしているにもかかわらず、当該減価償却費の金額を事後に任意の金額に修正することを認めた場合には、上記のような・・・趣旨を損なうこととなり、内国法人に本邦法令の規定をそのまま適用した場合と著しいかい離を生ずることとなるものであるから、措置法施行令39条の15第1項1号も、そのような修正をした損益計算書に基づいて同号所定の所得の金額の計算を行うことを許容しているものとは解されない。」と判示する。 さらに、「特定外国子会社等が既にその決算において減価償却費について経理をしているときは、当該決算に当該特定外国子会社等の本店所在地国の法令の重大な違反があるためその経理に係る減価償却費の金額を基礎として未処分所得の金額の計算をすることが著しく不当であると認められる特段の事情のない限り、当該決算において経理された減価償却費の金額を基礎として・・・償却限度額の限度で損金の額に算入されるものと解するのが相当であり、当該決算において減価償却費として経理された金額を事後に任意の金額に修正して措置法施行令39条の15第1項1号に掲げる金額を算出することは許されないというべきである。」と述べ、X作成損益計算書による減価償却費の計算を否定した。 (2) 確定申告書への添付義務について Xは確定申告義務がないという認識を前提として、X作成損益計算書の添付も必須ではなかったと主張したのに対し、Yは仮に確定申告義務がないとしても申告すれば受理されるため、結果としてXが申告と添付を怠ったことも理由の1つに挙げて、X作成損益計算書による計算を否定する立場であった。 しかし判決は、そもそもX作成損益計算書は「本邦法令の規定の例に準ずる計算の方法として採るべき計算方法に反するものであるから、K社の未処分所得の金額の計算をX作成損益計算書に基づいて行うことはできないというべきであり、この点に関する法令の解釈及び判断は、X作成損益計算書が確定申告書に添付されているか否かによって左右されるものではないから、X作成損益計算書を確定申告書に添付することを要するか否かという手続上の事項について検討するまでもなく、X主張の計算は適法な計算とは認められないものというべきである。」との判断を示した。 また、X作成損益計算書は、Xが平成17年分の所得税について税務調査を受けた後、「K社に未処分所得の金額が生じないものとするため、本件油そう船の売却によって特別利益が生じないよう・・・、また、K社が特定外国子会社等に該当する平成13年9月期から平成16年9月期においてもK社に未処分所得の金額が生じないよう、平成11年9月期から平成16年9月期までの各事業年度の税引後損益が0円となるように逆算して恣意的に減価償却費の金額を修正したものである」と認定している(※9)。 (※9) その根拠として判旨は、K社損益計算書とX作成損益計算書の内容を比較すると、K社損益計算書においては、平成11年9月期から平成16年9月期までの税引後損益に各事業年度ごとに異なる金額の欠損が生じているのに対し、X作成損益計算書においては、上記期間の各事業年度の税引後損益の金額が全て一律に0円となっており、Xの顧問税理士も異議調査においてX作成損益計算書について「各年利益が出ないように計算し」た旨述べていることも指摘している。 上記から、X作成損益計算書に基づくK社の未処分所得の金額の計算は、措置法施行令39条の15第1項1号に基づき「本邦法令の規定の例に準じて計算した場合」に該当しないものというべきであるとの結論に至っている。 この結果、本件油そう船に係る減価償却費については、K社損益計算書に記載された減価償却費の金額(同社の決算において経理された金額)を基礎として法人税法31条1項所定の償却限度額を上限として損金の額に算入されることになる。 ((その3)へ続く)
2024年3月期決算における会計処理の留意事項 【第3回】 史彩監査法人 パートナー 公認会計士 西田 友洋 Ⅶ 企業内容等の開示に関する内閣府令の改正 2023年12月22日に金融庁より「企業内容等の開示に関する内閣府令(以下、「内閣府令」という)」等の改正が公表され、諸外国に比べて「重要な契約」に関する開示が不足していると考えられていたことから、有価証券報告書への「重要な契約」等の開示について改正が行われた。 1 改正内容 (1) タイトルの変更 有価証券報告書及び有価証券届出書(以下、「有価証券報告書等」という)について、現行は、「経営上の重要な契約等」というタイトルで重要な契約について記載していたが、改正後は「重要な契約等」にタイトルが変わる。 (2) 有価証券報告書等の開示内容の追加 有価証券報告書等の「重要な契約等」に、以下①から③の開示が必要となる。 ① 企業・株主間のガバナンスに関する合意 ② 企業・株主間の株主保有株式の処分・買増し等に関する合意 ③ ローン契約と社債に付される財務上の特約 (※1) 法的拘束力を有する合意が開示対象となるため、口頭の合意であっても、法的拘束力を有する場合には、開示の対象になる(「「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令(案)」に対するパブリックコメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方」(以下、「コメント対応」という)6)。 (※2) 記載すべき事項の全部又は一部を他の箇所において記載した場合には、その旨を記載することによって、他の箇所において記載した事項の記載を省略することができる(内閣府令 第二号様式 記載上の注意(以下、「記載上の注意」という)(33)f,g,h)。 (※3) 法令上の開示の要請は、当事者間の合意による秘密保持義務に優先することから、個別の契約において秘密保持条項が設けられていたとしても、法令の定めに基づき当該契約の内容を開示することは、秘密保持義務違反には当たらない(コメント対応21)。 (※4) 一定の合意を含む契約が「重要性の乏しいもの」に該当するか否かは、合意が提出会社等のガバナンスや支配権、市場等に与える影響を踏まえ、個別事案ごとに実態に即して判断すべきである。例えば、合意の相手方以外の株主が特定かつ少数で、かつ全株主が合意の内容を把握しているなど、少数株主保護の必要性が乏しいものや、事前承諾権を定めた合意のうち、契約が通常の事業過程で締結されたものであり、かつ、事前承諾の対象となる行為が一部に限定されているなど、ガバナンスに対する影響が限定的であるものについては、「重要性の乏しいもの」に該当する(コメント対応13~17)。 (※5) 保有株式の譲渡に関する制限は、株主に一方的に不利になりうるため、これが単独で合意されるのではなく、当該合意に付随又は関連して他に取り決めが行われていることがある。ここで、保有株式の譲渡制限等に関する合意に付随し又は関連してされている合意を常に開示することまでは求められていない。しかし、必要に応じて、当該合意に関する開示事項(合意の目的等)の中で付随する合意に開示することが考えられるほか、付随する合意自体が提出会社にとって重要な契約等である場合には、記載上の注意(33)aに基づいて開示を行う必要がある(コメント対応50)。 (※6) 提出会社の財務指標があらかじめ定めた基準を維持することができない事由が生じたことを条件として当該提出会社が期限の利益を喪失する旨の特約に限る(内閣府令19⑳)。 (※7) 純資産額維持や利益維持等、財務指標の維持を目的としその抵触時の効果が期限の利益を喪失するものについては「財務上の特約」に該当するが、財務指標の維持を目的とするものではない、配当制限や担保提供制限といった財務制限条項やレポーティング・コベナンツそれ自体については、「財務上の特約」に該当しない(コメント対応72)。 (※8) コベナンツ抵触時の効果が期限の利益を喪失するものでなく、利率の引上げ等に留まる場合には、「財務上の特約」には該当しない(コメント対応72)。 (※9) 「財務上の特約が付された金銭消費貸借契約」には、特定融資枠契約(一定の期間及び融資の極度額の限度内において、当事者の一方の意思表示により当事者間において当事者の一方を借主として金銭を目的とする消費貸借を成立させることができる権利を相手方が当事者の一方に付与し、当事者の一方がこれに対して手数料を支払うことを約する契約)は含まれない(「企業内容等の開示に関する留意事項について(企業内容等開示ガイドライン)」(以下、「ガイドライン」という)5-17-2、コメント対応80)。 (※10) 属性の具体的な記載方法としては、「個人」や「事業会社」のほか、金融機関については、金融庁のホームページに掲載されている免許の区分に応じ、都市銀行、地方銀行等といった記載を行うことが考えられる。なお、個社名を開示することも可能である(コメント対応94、95)。 (※11) 「担保の内容」は、財務諸表の担保付資産の注記等を参考に具体的な記載を行うことが考えられる(コメント対応96)。 (※12) 「財務上の特約の内容」は、抵触事由の基準となる財務指標の内容やその値、財務上の特約に抵触した際の効果等を記載することが考えられる(コメント対応96)。なお、投資者の理解を損なわない程度に要約して記載することも可能である(ガイドライン5-17-4)。 (3) 臨時報告書の提出事由の追加 以下のとおり、臨時報告書の提出事由が追加されている。 (※13) 特定融資枠契約(コミットメントライン)は、「財務上の特約が付された金銭消費貸借契約」には含まれず、同契約に基づいて、実際に資金の借入れを行った場合、当該借入額が一定の基準を超えるときに臨時報告書を提出する必要がある(コメント対応80)。 (※14) 期限の利益を喪失する旨の特約を解除するために担保権を設定した場合には、財務上の特約の内容に変更があった場合として、臨時報告書の提出が必要になる(コメント対応72)。 (※15) 金銭消費貸借契約の終了又は社債の償還があった場合には臨時報告書の提出は不要であるが、金銭消費貸借契約の弁済期限変更や社債の償還期限の変更があった場合には、臨時報告書の提出が必要となる。また、金銭消費貸借契約や社債に付された財務上の特約を削除する場合は、財務上の特約の内容の変更として、臨時報告書の提出が必要となる(コメント対応104、110)。 2 適用時期 (1) 有価証券報告書等 上記1(1)及び(2)の適用時期は、以下のとおりである(内閣府令附則3①②)。 (2) 臨時報告書 上記1(3)の適用時期は、以下のとおりである(内閣府令附則2①②)。 Ⅷ インボイス制度 2023年10月1日からインボイス制度が開始され、適格請求書発行事業者以外の者からの課税仕入れにおける「消費税額とみなされない金額(仕入税額控除できない金額)(※)」の会計処理については、明確な規定がない。 (※) 2023年10月から2026年9月までは、適格請求書発行事業者以外の者からの課税仕入れであっても、80%まで仕入税額控除できる。2026年10月から2029年9月までは、50%まで仕入税額控除できる。 ただし、日本公認会計士協会「消費税の会計処理について(中間報告)」をもとに考えると、以下の会計処理が考えられる。 Ⅸ 分配可能額 配当は、債権者保護の観点から、配当の効力発生日時点における分配可能額を超えて行うことができないとされている(会社法461①)。しかし、昨今、分配可能額を超える、剰余金の配当又は自己株式の取得が行われている事例が数件発生している。そのため、ここでは分配可能額の算定について解説する。 分配可能額は、以下の流れで算定する。 (1) 事業年度末日における剰余金の額の算定 まず、事業年度末日における剰余金の額を、以下のように算定する(会社法446)。以下に従って算定すると、決算日における剰余金の額は、「その他資本剰余金とその他利益剰余金の合計額」となる。 (2) 分配時点における剰余金の算定 次に、分配時点における剰余金を算定する(会社法446)。 (3) 分配可能額の算定 最後に、分配可能額を算定する(会社法461)。ここで算定した分配可能額を超えて配当を行ってはならない。 (4) 実務上の留意点 上記(1)から(3)で計算式を解説したが、会社としては、最初から細かい検証をするのではなく、まず、配当総額と「期末日におけるその他資本剰余金+その他利益剰余金」を比較し、配当総額を十分に下回っているか確認をすることが重要である。 十分に下回っている場合は、通常、分配可能額を超えることはないと考えられる。 一方、十分に下回っていない場合は、詳細に検証する必要がある。その際には、監査人や顧問弁護士等に相談しながら検証することが望まれる。 Ⅹ サステナビリティ開示 2023年3月期の有価証券報告書からサステナビリティ開示が行われている。将来的には、サステナビリティ開示は増えていくことが予定されているため、2024年3月期でも特段の改正はないが、前期と同様の開示にすればよいと安易に考えるのではなく、各社、十分に考えて開示をすることが望まれる。 なお、その際には、2023年12月27日に金融庁より公表されている「記述情報の開示の好事例集2023」(以下、「好事例集」という)を参考にされたい。 好事例集では、投資家・アナリスト・有識者が期待する主な開示のポイントとして、以下が挙げられている。これらのポイントを参考にして、開示の検討をすることが望まれる。 (了)
能登半島地震の被災地で必要な法務アドバイス 【第2回】 「被災により納品ができない場合における不可抗力条項の活用(1)」 ~契約書に記載がない場合の対応~ 弁護士法人飛翔法律事務所 弁護士 濱永 健太 〇はじめに 令和6年1⽉1⽇に発⽣した能登半島地震によって現地では甚大な被害が生じ、未だに生活するにも苦労を強いられており、また、事業活動においても従前のような活動が再開できていない事業者も多い。 例えば、事業者が製造メーカーであり、既に取引先から製品の発注を受けていたとしても、今回の地震によって事業所や生産設備、在庫商品などが毀損し、また、役員及び従業員の方も被災されて避難生活を余儀なくされている状況においては、物理的な面だけでなく、人的な面でも生産活動が困難な状況と言える。さらには、流通経路自体も十分に復旧されておらず、材料が入っていないことによって生産を行いたくても行えない状態が続いている事業者も多いかと思われる。 このような場合、受注に際して取り決められていた納期を遵守することが難しくなるところ、発注者側が任意に納期の変更や義務の免除を認めてくれる場合もあるが、発注者がこれらを承諾しない場合に受注者として検討すべきものが契約書の不可抗力条項である。 本連載では、2回にわたって不可抗力条項の基本的な理解や活用しやすい不可抗力条項への見直しに関するアドバイスを行いたい。 1 不可抗力条項とは 「不可抗力」とは、人の力による支配・統制を観念することができる事象か否かを基準として、外部から生じた要因であり、かつ防止のために相当の注意をしても防止し得ない事由を言うとされている。 簡単に言えば、人の力ではコントロールができない事象が生じ、事業者が相当の注意をしても避けられないようなケースである。 一般的な契約書においては、下記のような条項が設けられている場合が多いかと思われる。 〈一般的な不可抗力条項〉 数年前には、新型コロナウイルスの感染拡大の影響によって生産ができない場合に、契約書の不可抗力条項を用いて免責されるか否かが大きな議論になったが、今回の能登半島地震が上記の条項に列挙されたもののうち「地震」に該当することは明らかである。 そうすると、当該不可抗力条項をそのまま見れば、地震によって納品が不可能ないし遅れが生じるような場合には一律に責任を負わないとの結論になりそうである。 しかしながら、上記の通り、不可抗力はコントロールできない事象が生じたことに加えて、防止のために相当の注意を払っても防止できないものであるとされているところ、例えば、予測不可能な地震によって壊滅的な被害を受けた上で、事業所は被災地にしかなく、従業員も被災している状況の中では基本的には不可抗力条項によって免責が認められるものと思われる。 他方、会社内の別の事業所が被災地以外にあり、その事業所では生産が可能な場合や、被災地以外にある別の協力業者に臨時で委託することで対応が可能な場合のように、代替措置を採ることができるようなケースでは、そのような代替措置の有無や容易性、それを選択する現実的な可能性を考慮しながら、免責を認めるべきか否かが判断されることになる点は注意が必要である。 なお、代金を支払うべき債務(金銭債務)については、法律上、不可抗力による免責を受けられないものとされており(民法419条3項)、その旨を確認する条項が規定されている場合も多い。これは金銭については流通性が高いため、他からの調達が十分に可能であり、不可抗力があっても履行が行われるべきとの考え方があるからである。 2 不可抗力条項がない場合の対応 契約書に不可抗力条項がない場合において、受注者が納期遅延等の責任を負うか否かについては、債務不履行に関して債務者の帰責事由がないこと(民法415条1項但書)、危険負担の考え方(民法536条)、あるいは事情変更の原則による免責を検討することになる。 まず、帰責事由に関しては、不可抗力の概念と非常に共通する部分が多く、上記で述べた通り、相当の注意を払っても避けられなかった場合には帰責事由がないことを理由に免責される場合が多いであろう。しかしながら、免責されるためには受注者にて自身に帰責事由がないことを立証する必要があるが、どのような場合に帰責事由がないと言えるのかの判断については、具合的な事由が明確に列挙された不可抗力条項がある場合に比べて困難な場合がありうる。 また、地震などのようなケースでは双方に帰責事由がない場合も多いと思われるが、その場合には危険負担(民法536条1項)によって事実上の免責を得られる可能性はある。つまり、現在の危険負担は双方に帰責事由がない状態で受注者が履行できない場合、発注者側は代金の支払を拒否できるというものである。これによれば、双方の債務自体は当然には消滅しないものの、受注者側は債務不履行責任を負わず、かつ、発注者側も支払義務を負わないので、免責を受けるのと同様の状態となる。ただし、受注者において帰責事由がないことを立証する必要があることは上記と同様である。 最後に、予見できない重大な事象が生じたことで契約をそのまま維持するのが不合理であることを理由に契約内容の変更を求める事情変更の原則については、裁判所もこれを認めることに非常に消極的であるため、これをもとにした免責の主張は現実的でないと言える。 * * * 次回は、不可抗力条項による契約解除と活用しやすい不可抗力条項に見直すための方法について述べたい。 (了)
税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第51回】 「減価の査定にそれなりの判断を伴う土地(その5)」 ~がけ条例の適用を受ける場合~ 不動産鑑定士 黒沢 泰 1 はじめに 数多い土地のなかには、がけに隣接しているものも見られます。例えば、以下のようなイメージの土地がこれに該当します。 〈がけに隣接した土地のイメージ〉 (出所) 埼玉県ホームページ「埼玉県建築基準法施行条例と解説」 一般の人を対象にこのような土地の価格について説明する場合には、「近隣でがけに接していない土地と比較して、がけによる危険度を考慮(減価)してX円/㎡と査定しました」という話の方が分かりやすいと思われます。しかし、がけの高さのいかんによってはこれだけでは説明がつかず、減価の程度を査定するに当たっては建築基準法の知識を必要とするケースがあります。 今回取り上げるのは、いわゆるがけ条例(正式には「○○県建築基準法施行条例」等の名称で都道府県ごとに定められている条例中のがけに関する規定)が適用される土地であり、厳しい建築制限が課されているケースです。 2 建築基準法及び条例による建築制限 建築基準法では、以下のとおり、地方公共団体が条例により本来の規定以上に制限を厳しくすることができる旨を定めています。 この規定を根拠に、都道府県が建築基準法の施行に関する条例を定めているケースが多く見受けられますが、今回取り上げるがけ条例もこれに該当します。 例えば、ある県の建築基準法施行条例では、がけについて以下の規定を置いています(下線は筆者によります)。 なお、「がけ」とは斜面の勾配が30度を超えるものを指すのが一般的です。 この条例の趣旨を要約すれば、がけ高が2mを超える場合は、擁壁を築造せずにがけの下端の基点からがけ高の2倍以内の位置に建築物を建築すること(そのための敷地造成も含みます)が禁止されるということです(擁壁の築造には相当の費用を要するため、これに見合う分が土地の評価減となります)。 3 鑑定評価に当たって がけに隣接する土地には上記のような建築制限があるため、不動産鑑定士が鑑定評価を行う際には、市町村等の建築担当窓口で対象地ががけ条例の適用を受けるかどうかを十分に確認するようにしています。 また、がけ条例の適用を受ける土地の場合、(上記条例でも掲げているとおり、技術的な面から擁壁の築造が不要とされる例外規定も存することから)、次の事項の確認も欠かすことはできません。 これらの調査結果を踏まえ、(ア)建替えの際には新しい擁壁に置き換えることが必要であるとか、(イ)(建替え又は現状どおりの建物使用を含めて)既設の擁壁に補強が必要である旨の判断がなされた場合には、費用面から減価の程度を査定することとなります。 4 宅地建物取引業法における重要事項説明義務との関連 土地評価の問題ではありませんが、不動産売買における重要事項説明の対象としてがけ条例の存在は大きな意味を有しています。 これに係る裁判例ですが、土地の購入者が宅地建物取引業者から、がけ条例が存在することの説明を受けなかったとして売買契約の解除を認められたケースがあります(東京地裁平成23年4月20日判決、ウエストロー・ジャパン)。 本件において、裁判所は次の旨判示しています。 (※) 2020年4月1日から施行された改正民法前の規定に基づく裁判例であり、現行民法では、契約不適合責任の規定(同法第565条)が適用されています。 (了)
《税理士のための》 登記情報分析術 【第10回】 「登記の優先順位」 ~同一区内の優先順位~ 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 1 「順位番号」がポイント 不動産に関する登記記録の権利部は「甲区」と「乙区」から構成されている。「甲区」には主に所有権に関する事項が登記され、「乙区」には担保権などの所有権以外の権利に関する事項が登記されている。「甲区」内、「乙区」内にそれぞれ複数の権利が登記されることもあり、権利の対立が起きた場合に優先順位が問題になることがある。 「甲区」内の複数の権利や、「乙区」内の複数の権利のように「同一区」内で権利が対立し、どちらを優先すべきか問題が生じた場合には、登記された「順位番号」を基準に判断することになる。 2 「甲区」内で複数の権利が登記されているケース 【差押の登記後に所有権移転登記がされているケース】 この事例では、順位番号2番で差押の登記がなされた後に、順位番号3番で「佐藤太郎」が所有権移転登記を行っている。差押の登記が入っていることを知りながら不動産を購入することは通常はないが、不動産取引が行われている最中に差押の登記がなされ、気が付かないまま売買代金を支払い、所有権移転登記が行われる事例は稀に発生しているようである。この場合、差押に基づき不動産競売が実行されると、佐藤太郎の所有権の登記は抹消されることになる。 【仮登記がされた後に所有権移転登記がされているケース】 この事例では、順位番号2番で「佐藤次郎」が所有権移転請求権仮登記を行った後に、順位番号3番で「鈴木太郎」が所有権移転登記を行っている。「仮登記」の意義については別の機会に解説を行うが、仮登記には「順位を保全する効力」がある。佐藤次郎が順位番号2番で登記された仮登記に基づき、所有権移転の「本登記」を行うと、鈴木太郎の所有権移転登記は最終的には抹消される結果となる。 3 「乙区」内で複数の権利が登記されているケース 【賃借権設定登記後に根抵当権設定登記がされているケース】 この事例では、順位番号1番で賃借権者である「山田太郎」が賃借権設定登記を受けた後に、順位番号2番で根抵当権者「ABC銀行」が根抵当権の設定登記を受けている。もし、根抵当権者ABC銀行が根抵当権を実行して不動産を競売にかけた場合、順位番号1番で登記された賃借権は消滅してしまうのだろうか。もちろんこの事例では、賃借権の設定登記が先になされているため、不動産の競売が行われても抹消されることはない。 4 まず登記記録をしっかり見ることが重要 同一区内の登記の優先順位は、順位番号によることになるためどちらが優先されるかの判断はそれほど難しくはない。しかし、実務では自らの権利が否定される可能性があるにもかかわらず、認識しないまま登記をしていることもある。まずは登記記録を見て登記を行うことが重要といえる。 (了)
2024年株主総会における 実務対応のポイント 三井住友信託銀行 ガバナンスコンサルティング部 部長(法務管掌) 斎藤 誠 本年は、株主総会実務に直接的に影響のある制度改正は特段ないものの、株主総会資料の電子提供制度への対応が2年目となり、新型コロナが「5類」となってからも2年目の総会運営となる。株主総会プロセスの電子化の定着と、アフターコロナの総会対応という、引き続き新たな取組みに向けた模索が続くこととなる。 ここでは、これらの留意点を踏まえたうえで、本年株主総会における実務対応のポイントについて解説する。 なお、文中意見にわたる部分は、筆者の私見であることをあらかじめお断り申し上げる。 1 株主総会資料の電子提供制度対応 (1) 株主あて送付物の対応 2023年6月総会での株主あて送付物は、アクセス通知が7%、サマリーが29%、フルセットが64%となり(当社調べ)、当初の予想どおりに、これまでの送付物と同じ内容の招集通知を作成し、送付するフルセットが過半を占めることとなった。 しかし、これは株主数によって大きく傾向が分かれ、株主数3,000名未満の会社ではフルセットが82%を占めたが、株主数30,000名以上の会社ではサマリーが60%と過半を占めることとなった。やはり株主数の少ない会社では、従来どおりのフルセットでもあまりコスト的な負担感はないものの、株主数の多い会社では送付物のスリム化に向けた関心が高いという結果となった。 そもそも電子提供制度の移行初年度において、事業報告や株主総会参考書類の情報を原則ウェブ掲載とすることが、株主への情報提供の大きな後退となり、議決権行使比率が低下する懸念があったこともフルセットやサマリーが多くを占めた理由でもあった。 しかしながら、肝心の議決権行使比率については、最もシンプルなアクセス通知の送付でも前年より向上しており、当社の調べではアクセス通知を送付した会社の事前行使率(株主数に占める事前行使株主の割合)は、41.8%となって前年より0.6ポイント上昇した。特にその内訳としてインターネット行使は26.2%と、前年より2.7ポイントも上昇している。これは個人株主の議決権行使方法としてスマートフォンの利用が大幅に普及したことと、株主に事前の議決権行使を丁寧に要請した発行会社の努力によるものと考えられる。 当初の懸念であった議決権行使への影響も概ね杞憂となり、実際にアクセス通知を選択した会社の株主からも目立ったクレーム等は寄せられなかった状況を踏まえると、今後は制度趣旨を勘案したうえでフルセットからサマリー又はアクセス通知を選択する流れになるものと予想する。もちろん2年目から急激にアクセス通知が増加するとも考え難いが、実生活において、日常的な情報提供がネットでなされていることを踏まえれば、いつまでも多量の紙媒体による情報提供を続けることに一般株主が逆に違和感を感じることも考えられる。 なお、電子提供制度でのアクセス通知の様式は全株懇モデルの一体型アクセス通知(※1)が参照されたが、本年2月に一部改正がなされているので(※2)、そちらも併せて参照されたい。 (※1) 全国株懇連合会理事会決定「電子提供制度における招集通知モデル(電子提供措置事項の一部を含んだ一体型アクセス通知)の制定について」(2022年10月21日) (※2) 全国株懇連合会理事会決定「電子提供制度における招集通知モデル(電子提供措置事項の一部を含んだ一体型アクセス通知)の改正について」(2024年2月2日) (2) 書面交付請求 どのぐらいの請求があるのか注目された書面交付請求であるが、当社調べでは2023年6月総会での総議決権株主数に対する書面交付請求の割合については、平均0.44%と僅少であった。また基準日後に書面での送付要請があったかどうかについては、送付要請なしの会社の割合は72%となった。2023年はフルセット対応の会社が多かったことから、株主も制度変更に気づかなかったことも考えられるが、書面交付請求株主は予想より大幅に少ない状況であった。 なお、書面交付請求を失効させる異議催告手続きは(会社法325条の5第4項)、書面交付請求から1年を経過した株主に対して可能なため、本年から実施できるが、そもそも書面交付請求があまりなかったことから、本年早々に実施する会社は少ないであろう。 2 アフターコロナでの総会運営 (1) 2023年の状況 コロナが「5類」となって行動制限もなくなった2023年6月総会においては、出席者数はまだまだコロナ前には及ばないものの徐々に増加しており、所要時間と質問数はかなりコロナ前に戻ってきた印象である。 出席者数がコロナ前の水準に至らないのは、総会のお土産の実施割合が大幅に減少したことも要因の1つとなっている。当社調べでは、コロナ前の2019年6月総会でのお土産の実施割合は57%であったが、2023年6月総会では10%程度となっている。一部お土産を復活させた動きもあるものの、限定的である。お土産がなくても経営陣とのやり取りを期待して来場する株主を前提とする総会が、アフターコロナでの総会運営となったと考えられる。 (2) 運営の留意点 コロナ禍での総会運営の特徴として、総会時間短縮のためにこれまで形式的であった運営事項の大幅な簡略化がなされたが、もはや大幅短縮の必要もなくなったことから再び従前の運営に戻す動きも出てきた。 しかしながら、総会運営の中で大きなウェイトを占める事業報告の説明については、事業報告に記載されている内容を一字一句読み上げることはせずに、業績のポイントや成長戦略に絞って説明する方が株主の満足度も高いと考えられる。 電子提供制度となって、そもそも紙ベースでの従前の招集通知を作成・配布する必要もなくなって、総会場でのスクリーン等でのスライド・ビデオ映像を主体とした説明となれば、株主にとっても事業のトピックスを中心にビジュアルで説明された方がわかりやすく、会社への理解度も上がることにつながるであろう。また、総会当日の事業報告の映像を総会後にオンデマンド配信することも総会には来場できない株主の情報収集の助けとなる。このような取組みで合理的に会社の説明時間を短縮し、その分を株主との質疑応答に充てられるようにしたい。 3 機関投資家の議決権行使基準の動向 機関投資家の議決権行使基準は年々厳格化しており、その傾向を踏まえた対応策も年々必要となっている。特に近年では社内取締役に関する議決権行使のポイントも多岐にわたっており、本年はISSが取締役選任議案への賛否推奨における「ROE基準」の適用を再開したことは注目される。 すなわちISSは新型コロナの感染拡大により2020年6月から同基準の適用を停止していたが、本年はROEが基準(過去5期平均のROEが5%)を下回りかつ改善傾向にない場合、経営トップである取締役への反対推奨が再開されることとなったのである(※3、4)。 (※3) ISS「2024年版ISS議決権行使助言方針(ポリシー)改定に関するコメント募集」、「2024年版日本向け議決権行使助言基準(2024年2月適用)」などを参照されたい。 (※4) グラスルイスの議決権行使助言基準も参照されたい。 そのほか国内機関投資家の主な動きとしては、①取締役会の多様性、②社外取締役の在任期間、③政策保有株式等がポイントとなっている。①取締役会の多様性については、ジェンダーダイバーシティにかかる議決権行使基準を厳格化する動きがあり、女性取締役が不在の場合、経営トップ等へ反対行使がされる。②社外取締役の在任期間については、社外取締役の独立性への懸念が生じると判断される在籍年数を12年とする動きがあり、計画的な社外取締役のサクセッションに取り組む必要が出てきた。加えて、③過大な政策保有株式等にかかる基準を新設する動きがあり、基準を満たさない場合は経営トップ等への反対行使がなされることとなる。 このような環境から、経営トップに反対行使がされやすい状況が続いている。必ずしも昨年の議決権行使結果と同水準の賛成行使がされるとは限らないことから、必要に応じて議案の賛否状況のシミュレーションをしておくことが考えられる。 4 おわりに 年明け以降も株式市場は活況を呈しており、本年1月からの新NISAの影響も勘案すると会社によっては個人株主が大幅に増加していることも考えられる。これまでの抑制モードから平常モードに転換し、会社の成長戦略をアピールする総会運営に切り替えていくことも必要であろう。株式市況のニュースが日常的となり、株価への株主の関心は高まっていると考えられる。東証からは「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」(※5)が要請されていることも相まって、自社の株価について経営の意識や取組み姿勢を問う質問も大いに想定される。株主からのこれらの問いかけには、会社からもしっかりした対応が望まれる。 (※5) 東京証券取引所「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応等に関するお願いについて」 (了)
《速報解説》 国税庁、定額減税Q&Aへ新たに8問を追加 ~今月下旬からは給与支払者向けの説明会(事前予約制)を全国で開始、専用コールセンターも~ Profession Journal 編集部 「令和6年分所得税の定額減税」に関する源泉徴収義務者に向けた情報発信として、既報のとおり国税庁は2月5日に「令和6年分所得税の定額減税Q&A」を公表しているが、このほど3月18日付けで同Q&Aを更新、新たに8つの設問を追加した。 今回追加されたのは以下の設問。 新設された6-13では、「令和6年中の所得金額の見積額が 900 万円超の基準日在職者が、その同一生計配偶者について障害者控除を受けるため、同一生計配偶者の氏名等を扶養控除等申告書の摘要欄に記載している場合、この同一生計配偶者は月次減税額の計算に含めることになるか」との問いに対し、「扶養控除等申告書に記載された同一生計配偶者のうち、月次減税額の計算に含めることができるのは、源泉控除対象配偶者である同一生計配偶者に限られるため、源泉控除対象配偶者でない同一生計配偶者を、月次減税額の計算に含めるためには、別途、基準日在職者から、同一生計配偶者についての記載がある「源泉徴収に係る申告書」の提出を受ける必要がある」としている。 「扶養控除等申告書」には同一生計配偶者が障害者控除を受けるための記載欄が設けられているが、この記載事項をもって月次減税の計算へ含めることはできないため、留意が必要だ。 「扶養控除等申告書に記載された同一生計配偶者」のうち、月次減税額の計算に含めることができるのは「源泉控除対象配偶者である同一生計配偶者」に限られるため、既設問6-5にある通り、扶養控除等申告書に記載された源泉控除対象配偶者の「令和6年中の所得金額の見積額」が 48万円以下であるかどうかを確認し、月次減税額の計算に含めるべき同一生計配偶者か否かを判定することになる。 一方、「源泉控除対象配偶者でない同一生計配偶者」については、既報のとおり様式案が公表されている「令和6年分 源泉徴収に係る定額減税のための申告書」に同一生計配偶者に関する記載を行い提出することで月次減税額の計算に含めることができるとされているが、新設された6-14では、「扶養控除等申告書等以外の様式を使用して、基準日在職者から月次減税額の計算に含める配偶者や扶養親族の氏名等の提出を受けてもよいか」との問いに対し、「法令で定められた記載すべき事項が漏れなく記載できるのであれば、国税庁ホームページに掲載されている扶養控除等申告書及び「源泉徴収に係る申告書」以外の様式を使用して、基準日在職者から月次減税額の計算に含める配偶者や扶養親族の氏名等の提出を受けて差し支えない」とする柔軟な見解を示した。 また、「給与の支払者が、基準日在職者から扶養控除等申告書等に記載すべき事項に関し、電磁的提供を受けるための必要な措置を講じる等の一定の要件を満たしている場合には、その基準日在職者は、書面による申告書の提出に代えて、電磁的方法により申告書に記載すべき事項の提供を行うことができる」としている。 なお国税庁は3月1日に定額減税特設サイトにおいて「給与支払者向け所得税定額減税コールセンター」の開設を公表するとともに、早ければ今週後半にも「給与支払者向け定額減税説明会」を全国各地で開催するとし(無料・事前予約制)、同月8日には「定額減税に係る源泉徴収事務」の動画も公開している。 今後、これら相談者からの相談事例をもとに、新たなQ&Aが追加されることも想定されよう。 (了) ↓お勧め連載記事↓