《速報解説》 広島局、平成30年7月豪雨の被災者に向け 税務上の措置(手続)に関するFAQを公表 ~国税庁告示による申告期限等の延長も~ 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 このたびの平成30年7月豪雨は、中国・四国地方を中心に大きな被害をもたらした。被害を受けられた皆様に、心からお見舞い申し上げる。 今回の豪雨で被害を受けた方々に向けて、広島国税局より「平成30年7月豪雨により被害を受けられた方の税務上の措置(手続)FAQ」(以下、「FAQ」という)が公表され、国税庁からは「平成30年7月豪雨に関するお知らせ」(以下、「お知らせ」という)が公表された。 本稿では、これらの内容について解説を行う。 なお、災害により被害を受けた場合の会計上及び税務上の取扱いについては、本誌の過去の連載記事「被災したクライアント企業へのアドバイス」もご参照いただきたい。 【1】 災害にあった場合の税制上の取扱い(FAQ Q1) 災害にあった個人に対する税制上の措置としては、次のものがあげられる。 【2】 申告・納付等の期限の延長(FAQ Q3~Q10、お知らせ) (1) 制度の概要 災害等の理由により、国税に関する申告・納付等を期限までに行うことができないと認められる場合には、所轄税務署長等は、その理由のやんだ日から2ヶ月以内に限り、申告・納付等(※1)の期限を延長することができる(通則法11)。 (※1) この制度により延長されるのは、国税に関する法律に基づく申告、申請、請求、届出その他の書類の提出、納付又は徴収に関する期限である(通則法3①)。 申告・納付等の期限の延長には、国税庁長官が地域を指定し一括して期限を延長する制度(地域指定)と、所轄税務署長等が納税者の申請に基づいて個別に期限を延長する制度(個別指定)がある(通則令3①③)。 地域指定又は個別指定いずれかの制度により申告・納付期限が延長された場合には、延長された期間について、延滞税や利子税は課されない(通則法63②、64③)。また、延長された期限内に申告すれば、加算税も課されない(通則法66①)。 (2) 地域指定 今回の豪雨災害では、岡山県、広島県、愛媛県の下記地域に納税地を有する納税者について、平成30年7月5日以降に期限が到来する国税の申告・納付等の期限が延長される(国税庁告示第18号)。 なお、期限がいつまで延長されるかについては、本稿公開日現在では明らかにされていない。後日、別途国税庁告示で期日が定められる。 (注) 対象地域は、今後の状況により見直しが行われる可能性がある。 (3) 個別指定 指定地域以外に納税地がある納税者であっても、今回の豪雨で被害を受けていれば、所轄税務署長に対して個別に申請を行うことにより、申告・納付等の期限が延長される(通則法令3③)。 この制度の適用を受けるためには、災害等のやんだ日(※2)から相当の期間内に「災害による申告、納付等の期限延長申請書」を所轄税務署長へ提出しなければならない。 延長される期間は、個々の納税者の被災状況を踏まえて税務署長が指定した日まで(災害等のやんだ日から2ヶ月以内)である(通則法11)。 (※2) 「災害等のやんだ日」とは、特別な事情がある場合を除いて、客観的に見て申告・納付等の行為をするのに差し支えないと認められる程度に復した日であり、例として「交通の途絶があった場合には、交通機関が運行を始めた日」があげられている(FAQ Q6)。 (4) 振替納税を利用している場合 振替日が7月以後に到来する国税の振替納税については、次のとおり取り扱われる。 ① 指定地域内に納税地がある納税者(自動的に延長) いずれについても、延長後の振替日は、本稿公開日現在では明らかにされていない。 ② 指定地域以外の地域に納税地がある納税者(申請により延長) 指定地域以外の地域に納税地がある納税者であっても、今回の豪雨により被害を受けている場合には、以下の日までに申告・納付等の期限の延長や納税猶予の申請を所轄税務署長に対して行うことにより、振替納税を中止することができる。 なお、下記期限までに申請することが困難な場合も想定されるが、振替後に申告・納付等の期限の延長や納税猶予の申請を行うことにより、納税額が還付される可能性がある。 (※3) 7月26日(木)より後の振替納税分を中止する場合の申請期限は、本稿公開日では明らかにされていない。 【3】 所得税の全部又は一部の軽減(FAQ Q11・Q18、お知らせ) (1) 源泉所得税の徴収猶予又は還付 ① 災害減免法の適用による徴収猶予又は還付 給与、公的年金等、報酬又は料金の支払いを受ける人が、災害により住宅又は家財について、その価額(時価)の2分の1以上の損害(保険金等で補填される金額は除く)を受け、かつ、平成30年分の合計所得金額の見積額が1,000万円以下の場合には、その見積額に応じて、源泉徴収税及び復興特別所得税の徴収猶予や還付を受けることができる(災害減免法3)。 徴収猶予又は還付される金額は、下表のとおりである。 (出典)国税庁FAQ Q11より ② 災害減免法の適用を受けられない場合 住宅又は家財についての損害割合が2分の1未満である場合や、平成30年分の合計所得金額の見積額が1,000万円を超える場合には、災害減免法の適用を受けることはできない。 しかし、雑損控除の適用を前提に、雑損失の金額の見積額又は繰越雑損失の金額を基に計算した金額を限度として、平成30年又は平成31年以降最長3年間、源泉所得税及び復興特別所得税の徴収猶予を受けることができる(災害減免法3⑤)。 この制度の適用を受ける場合には、「繰越雑損失がある場合の源泉所得税の徴収猶予承認申請書」に「徴収猶予を受ける限度額又は猶予期間の計算書」を添付して、所轄税務署長に提出する必要がある。 (2) 雑損控除の適用 災害により住宅や家財等に損害を受けた場合には、確定申告で雑損控除の適用を受けることができる(所法72①)。ただし、災害減免法による税額の軽減免除との選択適用となる。 【4】 納税の猶予(FAQ Q1・Q2、お知らせ) 災害により、財産に相当な損失を受けた納税者や国税を一時に納付することが困難となった納税者は、所轄税務署長に申請し、その承認を受けることにより、原則として1年以内の期間に限り、国税の全部又は一部について納税の猶予を受けることができる(通則法46)。 「相当な損失」とは、納税者の全積極財産の価額のおおむね20%以上の場合をいい、損失を受けた財産が生活の維持又は事業の継続に欠くことのできない重要な財産(住宅、家庭用動産、農地等)である場合には、その重要な財産の区分ごとに損失の割合を計算することもできる(通則基通46条関係①2)。 【5】 予定納税について(FAQ Q18) 今回の豪雨災害により、平成30年分の所得が大幅に減少する場合には、次の2つのいずれかの手続により予定納税額の軽減免除を受けることができる。 なお、本手続において所轄税務署に対して提出する「予定納税額の減免申請書」も期限延長(【2】参照)の対象となる。 (1) 災害減免法の適用を受ける場合の減額申請(災免法3①) (2) 所得税法に基づく減額申請(所法111) (3) 予定納税の納税猶予 予定納税額の納付が困難となった場合にも、「納税猶予申請書」を所轄税務署に提出することにより、確定申告書の提出期限まで納税の猶予を受けることができる(通則法46①三、46の2、通則令13②一)。 【6】 おわりに 上記の他、FAQには帳簿書類等が流失してしまったときの取扱いや還付金の受取方法等についても、具体的な事例で解説が行われている。 平成30年7月豪雨に関する税制上の取扱いについての情報は、今後も順次公表、更新されることが予想される。国税庁ホームページ等から最新の情報を確認しておきたい。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2018年7月19日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.277を公開! プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布しています! -「イケプロが実践するPJの活用術」「第一線で活躍するプロフェッションからPJに寄せられた声」を掲載!- - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
日本の企業税制 【第57回】 「改正相続法と税制への影響」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴 〇改正相続法の成立 7月6日、参議院本会議で、「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律案」が可決成立した。 この法案は、高齢化の進展等の社会経済情勢の変化に鑑み、相続が開始した場合における配偶者の居住の権利及び遺産分割前における預貯金債権の行使に関する規定の新設、自筆証書遺言の方式の緩和、遺留分の減殺請求権の金銭債権化等を行うものである。 今回の改正は、1980年に配偶者の法定相続分の引上げや寄与分制度の創設等の見直しがされて以来、約40年ぶりの大規模な見直しである。 法案の主な内容は次のとおりである。 なお、今回の改正の施行期日は、公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日とされているが、上記1については公布の日から起算して2年を超えない範囲内において政令で定める日、3については公布の日から起算して6月を経過した日とされている。 〇配偶者居住権の創設と財産評価 今回の相続法制の見直しは、特に上記1に関して、資産課税(相続・贈与)にも影響を及ぼすものと考えられる。 今回の改正は、配偶者短期居住権(改正民法1037条)と配偶者居住権(改正民法1028条)とに区分して規定が設けられた。 まず、配偶者短期居住権については、配偶者が相続開始時に無償で居住していた建物について、遺産分割をすべき場合においては次のいずれか遅い日までの間、無償で使用する権利(居住建物の一部のみを無償で使用していた場合にあっては、その部分について無償で使用する権利)を有することとされている。 一方、配偶者居住権については、配偶者が相続開始時に居住していた建物について、次のいずれかに掲げるときは、その建物の全部について無償で使用収益する権利を取得することとされている。 なお、配偶者居住権は譲渡することができず(改正民法1032条2項)、配偶者居住権の存続期間は、配偶者の終身の間とされているが、遺産の分割の協議若しくは遺言に別段の定めがあるとき、又は家庭裁判所が遺産の分割の審判において別段の定めをしたときは、その定めるところによるとされている(改正民法1030条)。 配偶者が配偶者居住権を取得した場合には、その財産的価値に相当する価額を相続したものとして扱い、その結果、配偶者は、居住建物以外の遺産からは、自己の具体的相続分から配偶者居住権の財産評価額を控除した残額について財産を取得することになり、配偶者が長期居住権を取得しても他の相続人の具体的相続分は変わらないことになると考えられるが、建物所有権を配偶者居住権とそれ以外の権利とに分けて考えることになる。 このため、配偶者居住権の財産的価値をどのように評価するのかが問題となり、また、相続税の課税対象をどのように定めるべきか、またその評価額はどのようにするのかといった点では、相続税への影響があるものと考えられる。 7月5日の参議院法務委員会では、その附帯決議において、 とされており、今後の検討が待たれる。 〇遺留分制度の見直しと事業承継の環境整備 上記4の改正は、事業承継の点で注目される。現行制度では、遺留分減殺請求権行使がされると相続対象である株式や不動産について共有の状態が生じると解されていたところ、今回の改正で、遺留分権利者及びその承継人は、受遺者又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができることになった(改正民法1046条)。 こうしたことから、平成30年度税制改正における事業承継税制の10年間の特例とあいまって、事業承継の環境の整備が進んだといえるのではないか。 (了)
〈平成30年度改正対応〉 賃上げ・投資促進税制(旧・所得拡大促進税制)の 適用上の留意点Q&A 【Q2】 「適用要件の見直し」 公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎 [Q2] 平成30年度の税制改正により、従来の適用要件はどのように見直されたのでしょうか。 [A2] 今回の改正により、適用要件について以下の見直しが行われています。 ・大企業と中小企業で異なる要件を設定 ・基準事業年度概念の廃止 ・比較雇用者給与等支給額の取扱い及び調整計算の見直し ・平均給与概念の廃止 ・大企業については設備投資要件の追加 【解説】 改正後の制度では、大企業(中小企業者等以外)と中小企業者等のそれぞれについて適用要件が定められており、具体的には下表の通りである(措法42の12の5①②)。 (1) 適用要件に差異を設けている 改正後の制度では、適用対象法人を「中小企業者等」に該当する法人とそれ以外の法人(いわゆる大企業)に区別し、それぞれに異なる適用要件を定めている。中小企業者等の定義自体は変更されていない(措法42の4⑧六、措令27の4⑫)。 なお、本連載では以後、中小企業者等に該当しない法人のことを便宜的に「大企業」と称する。 (2) 基準雇用者給与等支給額の取扱い・設立事業年度の取扱い 改正前の制度の適用要件とされていた「基準雇用者給与等支給額」との比較は、今回の改正により「基準事業年度」の概念が廃止されたため不要となった。 あわせて、基準雇用者給与等支給額の算定に関して定められていた「新設法人の取扱い」(旧措法42の12の5②四ハ)も廃止されたほか、設立事業年度に本税制は適用されないことが明確にされた(措法42の12の5①冒頭カッコ書き)。 (3) 比較雇用者給与等支給額の取扱いの見直し 改正前の制度の適用要件とされていた「比較雇用者給与等支給額」との比較は、適用要件として定められるのではなく、「雇用者給与等支給額が比較雇用者給与等支給額以下である場合」には適用要件を満たさないという表現に変更された(措法42の12の5①本文)。 改正後の制度では控除税額を比較雇用者給与等支給額からの増加額に基づき計算することとされたため、これを適用要件とする意味がなくなったものと考えられる。 また、適用年度と前事業年度等の月数が異なる場合の調整計算についても、支給実態をより適切に反映させるための見直しが図られている(詳細は【Q3】を参照されたい)。 (4) 平均給与等支給額の取扱い 改正前の制度の適用要件とされていた「平均給与等支給額」の比較は、継続雇用者給与等支給額の総額によって判定することとされたほか、継続雇用者給与等支給額の集計範囲についても見直しが行われている(詳細は【Q4】を参照されたい)。 平均給与等支給額が分数概念であったために特別な規定が必要とされていた「継続雇用者給与等支給額が零の場合の取扱い」についても変更され、この場合には適用要件を満たさないことが明確化された(措令27の12の5㉒)。 (5) 設備投資要件の追加(大企業のみ) 大企業については、一定規模の設備投資を行うことが適用要件の1つとされており、賃上げの要件のみを満たしているだけでは本税制の適用を行うことができない。 具体的には、国内設備投資額が当期償却費総額の90%以上であることが必要である(措法42の12の5①二。詳細は【Q5】を参照されたい)。 (6) 賃上げと設備投資に消極的な大企業に対する租税特別措置の適用停止(大企業のみ) 「賃上げ」と「設備投資」の要件に関連して、そのどちらの要件も満たさない企業について本税制の適用を受けられないことは言うまでもない。 これに加え、平成30年4月1日から平成33年3月31日までの間に開始する事業年度(対象年度)において、以下のすべての要件を満たす大企業については、投資に消極的な企業であるとして一定の租税特別措置(研究開発税制、地域未来投資促進税制、IoT投資促進税制)の適用が停止されることとなった(措法42の13⑥)。 (了)
〔平成30年度税制改正対応〕 非上場株式等についての贈与税・相続税の納税猶予及び免除の特例制度 (事業承継税制の特例措置) 【第5回】 「相続税の納税猶予制度の特例(その2)」 太陽グラントソントン税理士法人 パートナー 税理士 日野 有裕 パートナー 税理士 梶本 岳 3 相続税の申告 (1) 期限内申告・担保の提供 特例措置の適用を受ける特例経営承継相続人等(後継者)は、この制度の適用を受ける旨を記載した相続税の申告書に、当該非上場株式等の明細及び納税猶予分の相続税額の計算に関する明細その他財務省令で定める事項を記載した書類を添付して提出しなければならない(措法70の7の6⑥)。 「その他財務省令で定める事項を記載した書類」として、特例認定承継会社の定款、相続の開始の直前及び相続の開始の時における株主名簿、円滑化法認定における認定書及び申請書、特例承継計画の確認に関する確認書及び申請書、遺言書・遺産分割協議書などが規定されている(措規23の12の3⑭)。 申告期限は、一般措置と同様に相続開始があったことを知った日(通常は被相続人が死亡した日)の翌日から10ヶ月を経過する日であり、当該申告期限までに納税猶予分の相続税額に相当する担保を提供する必要がある。この担保について、特例措置の対象となるすべての株式を担保として提供した場合は、当該納税猶予分の相続税額に満たないときであっても、納税猶予分の相続税額に相当する担保が提供されたとみなされる(措法70の7の6④)。 (2) 納税猶予分の相続税額 特例措置において納税が猶予される相続税額は、特例対象非上場株式等の価額を特例経営承継相続人等に係る相続税の課税価格とみなして、相続税額を計算した金額とされている(措法70の7の6②八)。 仮に、相続人が2名(子A・子B)、特例経営承継相続人である子Aが特例対象非上場株式等(評価額10億円)と現金1億円を、子Bが2億円の現金を相続した場合、次のとおり、相続税の納税猶予額は412,500,000円、納付すべき相続税額は135,399,900円(子A:51,107,600円、子B:84,292,300円)となる。 上記〈ステップ2〉において、特例措置の適用を受ける非上場株式等のみを相続財産として納税猶予分の相続税額を算定することとなるため、納税猶予の適用を受ける非上場株式等については累進税率による税率の低い部分が納税猶予の対象となり、納税猶予の対象とならない非上場株式等以外の財産には税率の高い部分が適用されることとなる点に留意が必要である。 4 納税猶予期限の確定事由 特例措置の適用を受けた非上場株式等を相続税の申告後も継続保有することにより、納税猶予が継続することとなる。したがって、特例措置の適用を受けた非上場株式等を譲渡するなど一定の事由が生じた場合には、納税が猶予されている相続税の全部又は一部について納税猶予の期限が確定し、猶予税額を利子税と併せて納付しなければならない(措法70の7の6③)。 納税猶予の確定事由については、雇用確保要件以外は一般措置と同様であるため、主要なもののみ挙げることとする。 5 雇用確保要件の内容 (1) 年次報告書の提出 特例認定承継会社は、当該認定に係る相続税の申告期限から5年間、相続税の申告期限の翌日から起算して1年を経過するごとの日(以下「第一種相続報告基準日」という)の翌日から3月を経過する日までに、常時使用する従業員の数や、中小企業者が資産保有型会社又は資産運用型会社に該当しないこと等を都道府県知事に報告しなければならない(円滑化規則12③)。 一般措置においては、平成30年度改正後も認定を受けた中小企業者が5年間で平均8割の雇用を維持することができなかった場合は認定取り消し(円滑化規則9③三)となるため、従業員数確認期間(経営承継期間と同様、相続税の申告期限の翌日以後5年を経過する日をいう)の末日からから2月を経過する日が納税猶予の期限となり、猶予税額の全額と利子税を納付しなければならない(措法70の7の2③二)。 一方、特例措置においては、一般措置において雇用確保要件が規定されている租税特別措置法70条の7の2第3項2号を除いて一般措置を準用することとされており、5年間で平均8割の雇用を維持することができなかった場合でも納税猶予の期限が確定しないこととされた(措法70の7の6③)。 (2) 都道府県知事の確認 特例措置の適用を受けた場合において、特例相続報告基準日(相続税の申告期限の翌日から1年を経過するごとの日)におけるそれぞれの常時使用する従業員の数の合計を基準日の数で除して計算した数が、当該認定に係る相続の開始の時における常時使用する従業員の数に100分の80を乗じて計算した数を下回る数となった場合には、その下回る数となった理由について都道府県知事の確認を受けなければならない(円滑化規則20②)。 この確認を受けようとする場合には、当該認定に係る有効期限の末日の翌日から4月を経過する日までに、【様式第27】による報告書(※1)を都道府県知事に提出する必要がある(円滑化規則20③)。 (※1) 従業員の数が100分の80を下回る数となった理由について、認定経営革新等支援機関の所見の記載があり、理由が経営状況の悪化である場合又は認定経営革新等支援機関が正当なものと認められないと判断したものである場合には、認定経営革新等支援機関による経営力向上に係る指導及び助言を受けた旨が記載されているものに限る。 道府県知事は、上記の報告を受けた場合において、確認をした時は、【様式第28】による確認書を交付し、確認をしない旨を決定したときは【様式第29】により申請者である特例認定承継会社に対して通知をしなければならないこととされている(円滑化規則20⑭)。 (3) 継続届出書の提出 特例措置の適用を受ける特例経営承継相続人等は、特例経営承継期間内(5年間)は毎年、その期間経過後は3年ごとに、継続届出書を納税地の所轄税務署長に提出しなければならない(措法70の7の6⑦)。 その際、上記(1)の年次報告書と、雇用確保要件を満たすことができていない場合には上記(2)の報告書及び道府県知事の確認書(様式第28)を継続届出書に添付しなければならない(措令40の8の6㉗、措規23の12の3⑮六)こととされた。なお、特例措置に係る継続届出書の様式は、本稿執筆現在、国税庁ホームページにおいて未公表である。 継続届出書が届出期限(第一種基準日(※2)の翌日から5月を経過する日及び第二種基準日(※3)の翌日から3月を経過する日)までに納税地の所轄税務署長に提出されない場合には、届出期限の翌日から2月を経過する日をもって同項の規定による納税の猶予に係る期限となり、猶予されている相続税の全額と利子税を納付する必要がある(措法70の7の6⑦⑨)。したがって、雇用確保要件を満たせていないことについて道府県知事の確認が受けられた場合には納税猶予が継続され、確認が受けられなかった場合には、納税猶予の継続が認められず納税猶予の期限が確定することとなる。 (※2) 第一種基準日とは、相続税の申告書の提出期限の翌日から1年を経過するごとの日をいう(措法70の7の6②九イ)。 (※3) 第二種基準日とは、特例経営承継期間の末日の翌日から3年を経過するごとの日をいう(措法70の7の6②九ロ)。 6 事業の継続が困難な事由が生じた場合の納税猶予額の免除 特例経営承継期間の末日の翌日以後に、事業の継続が困難な事由として政令で定める事由が生じた場合において、特例措置の適用を受けた非上場株式等を譲渡等したときは、その対価の額(対価の額が時価の2分の1以下である場合には、時価の2分の1に相当する金額を下限とする)をもとに相続税額を再計算し、再計算した相続税額と直前配当等(配当金及び損金不算入となった役員給与)の額の合計額が当初の納税猶予税額を下回る場合には、その差額が免除される(措法70の7の6⑬一~四)。 (※) 国税庁HP「非上場株式等についての贈与税・相続税の納税猶予・免除(事業承継税制)のあらまし」より 「事業の継続が困難な事由として政令で定める事由」とは、次に掲げる事由とする(措令40の8の6㉙)。 上記(a)の「収益の額が費用の額を下回る場合として財務省令で定める場合」とは、特例認定承継会社の経常損益額が零未満である場合をいう(措規23の12の3⑳)。 再計算された相続税額と猶予税額との差額について免除を受けるための手続き及び再計算された相続税について担保提供を行ったうえで改めて納税猶予を受けるための手続き等については、本連載の後段において詳述することとする。 * * * 次回は、非上場株式等の特例贈与者が死亡した場合の相続税の課税の特例(措法70の7の7)、特例贈与者が死亡した場合の相続税の納税猶予及び免除の特例(措法70の7の8)について解説する。 (了)
平成30年度税制改正における 『連結納税制度』改正事項の解説 【第3回】 「『所得拡大促進税制』の改組(その3:連結納税特有の論点、連結納税と単体納税の有利・不利)」 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 3 連結納税特有の論点1(他の連結法人の役員の親族は使用人に含まれるのか) 国内雇用者の対象になる使用人には、役員の親族等、役員と特殊の関係にある者は含まれないが、ある連結法人の使用人の中に、他の連結法人の役員の親族がいる場合、その使用人は当該連結法人の国内雇用者に含まれるか否かという疑問が生じる(例えば、持株会社である連結親法人の役員の親族が、事業会社である連結子法人の使用人である場合など)。 つまり、連結納税制度における所得拡大促進税制は、連結グループ全体で要件の判定を行うという仕組みであるため、連結グループを一法人とみなした場合、そのような使用人は国内雇用者に含まれないのではないかという疑問である。 しかし、条文上、連結納税制度における所得拡大促進税制の適用要件の判定は、連結グループを一法人とみなしてまとめて計算するのではなく、あくまで各連結法人ごとに計算した雇用者給与等支給額(比較雇用者給与等支給額、継続雇用者給与等支給額、継続雇用者比較給与等支給額を含む。以下、同じ)を合計した金額で行うことになっている(個社の数値の積上げで判定する)。 言い換えると、各連結法人ごとに単体納税を採用している場合に計算される雇用者給与等支給額を合計した金額で要件の判定を行うことになるため、この場合、当該使用人は、当該連結法人の国内雇用者に含まれることになる。 4 連結納税特有の論点2(他の連結法人への転籍者は継続雇用者に含まれるのか) 継続雇用者は、当連結事業年度及び前連結事業年度の全期間の各月において給与等の支給がある雇用者が該当するため、前連結事業年度に中途入社した者や当連結事業年度に退職した者は除かれる。 そのため、ある連結法人の国内雇用者が当連結事業年度又は前連結事業年度の中途に他の連結法人に転籍した場合、その国内雇用者は、当該連結法人又は当該他の連結法人の継続雇用者に含まれるか否かという疑問が生じる。 つまり、連結納税制度における所得拡大促進税制は、連結グループ全体で要件の判定を行うという仕組みであるため、連結グループを一法人とみなした場合、そのような国内雇用者は当該連結法人又は当該他の連結法人のいずれにおいても継続雇用者に含まれるのではないかという疑問である。 しかし、租税特別措置法第68条の15の6第3項第5号では、継続雇用者給与等支給額について、「連結親法人又は当該連結親法人による連結完全支配関係にある各連結子法人ごとに、継続雇用者(省略)に対する当該適用年度の給与等の支給額として政令で定める金額をいう。」と定義しているため、連結グループを一法人とみなして考えるのではなく、あくまで各連結法人ごとに継続雇用者に該当するか否かを考えた上で、各連結法人ごとに継続雇用者給与等支給額(継続雇用者比較給与等支給額を含む。以下、同じ)を計算することになる。 言い換えると、各連結法人ごとに単体納税を採用している場合に継続雇用者に該当する国内雇用者を対象にして、継続雇用者給与等支給額を計算することになるため、この場合、当該国内雇用者は当該連結法人又は当該他の連結法人のいずれにおいても継続雇用者には該当しない。 5 連結納税と単体納税の有利・不利 【第1回】【第2回】で比較したとおり、連結納税制度における所得拡大促進税制は単体納税におけるものと取扱いが異なる。 そのため、連結納税を採用した場合、所得拡大促進税制について、次の点で単体納税と比較した場合に有利・不利が生じることとなる。 連結グループ全体で適用要件(賃上げ要件、設備投資要件、教育訓練費要件)の判定を行うため、単体納税において、各連結法人ごとに適用要件を満たす場合でも、連結納税において、連結グループ全体で適用要件を満たさない場合がある。また、単体納税において、各連結法人ごとに適用要件を満たさない場合でも、連結納税において、連結グループ全体で適用要件を満たす場合がある。 さらに、税額控除限度額の計算上、雇用者給与等支給増加額に乗じる率が15%から20%、15%から25%となる上乗せ措置についても、連結納税の場合、連結グループ全体で教育訓練費要件等の判定を行うため、各法人ごとに判定する単体納税と比べて連結納税の有利・不利が生じる。 連結納税における所得拡大促進税制は、各法人ごとの法人税額基準額を限度とする単体納税と異なり、連結グループ全体の法人税額基準を限度に控除が行われるため、その点で有利・不利が生じる。 例えば、単体納税では、連結子法人において所得が発生しないため、当該連結子法人で税額控除を受けられなかった雇用者給与等支給増加額(雇用者給与等支給額から比較雇用者給与等支給額を控除した金額。以下、同じ)について、連結納税により、連結グループ全体で所得が発生することにより、税額控除が受けられる場合がある。 一方、単体納税では、連結子法人において所得が発生していたため、当該連結子法人で税額控除を受けることができた雇用者給与等支給増加額について、連結納税により連結グループ全体で所得が発生しないことになり、税額控除が受けられなくなる場合もある。ただし、この場合、そもそも連結納税の損益通算効果により連結グループの法人税額が減少するため、その点において連結納税の採用は不利にならない。 連結納税の場合、連結親法人が中小連結親法人に該当しない場合(連結親法人が中小企業者に該当しない場合、あるいは、中小企業者に該当するが連結納税の適用除外事業者に該当する場合)、連結グループ全体で中小企業者の所得拡大促進税制を適用することができないため、単体納税で中小企業者の所得拡大促進税制を適用している連結法人がある場合、不利益が生じる。 また、同様に、連結納税の場合、連結親法人が中小連結親法人に該当しない場合、所得拡大促進税制の税額控除額を住民税の課税標準(調整前個別帰属法人税額)から控除できないため、単体納税でこれを控除している連結法人がある場合、不利益が生じる。 [所得拡大促進税制の税額控除額が増加するケース(その1)] ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 [所得拡大促進税制の税額控除額が増加するケース(その2)] ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 [所得拡大促進税制の税額控除額が減少するケース(その1)] ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 [所得拡大促進税制の税額控除額が減少するケース(その2)] ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (了)
相続税の実務問答 【第25回】 「死亡退職金(退職給与規程により支給対象者が決まっている場合)」 税理士 梶野 研二 [答] お母様に支給された死亡退職金は、お母様が相続により取得した財産ではなく、A社の退職給与規程に基づいて、お母様が固有の権利としてA社から取得したものです。したがって、この死亡退職金は遺産分割の対象とはなりません。 相続税の申告においては、お母様が取得した財産として相続税額の計算を行うことになります。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 死亡退職金 被相続人の死亡により相続人その他の者が、本来であれば被相続人に支給されるべきであった退職金(死亡退職金)の支給を受けた場合(ただし、被相続人の死亡後3年以内に支給が確定したものに限られます)には、その退職金は、相続人等の固有の権利であって、相続により取得するものではありません。しかしながら、相続税の課税上は、相続により取得したものとみなされて、相続税の課税対象とされます(相法3①二)。 ただし、相続人が支給を受けた死亡退職金については、次の計算式で求めた非課税限度額を超えた場合のみ、相続税が課税されることとなります(相法12②六) (死亡退職金の非課税限度額) 500万円 × 相続税法第15条第2項に規定する相続人の数 (注) 相続税法第15条第2項に規定する相続人の数は、相続の放棄をした者を含み、また、被相続人に養子がある場合には、一定の制限が設けられています(相法15②③)。 2 死亡退職金の支給を受けた者 相続税法第3条第1項第2号の被相続人に支給されるべきであった退職手当金等の支給を受けた者とは、次に掲げる場合の区分に応じ、それぞれ次に掲げる者をいうものとされています(相基通3-25)。 3 質問の場合 お父様が営業部長を務めていたA社の場合、亡くなった従業員に配偶者がいるときには、退職給与規程により、その配偶者に死亡退職金が支給されることとされています。お母様は、この退職給与規程に基づいて、A社から、直接、死亡退職金を取得したのであって、被相続人から相続によって取得したものではありません。 相続税の課税上は、お母様が、この死亡退職金を相続により取得したものとみなされますが、お父様の遺産ではないため、遺産分割の対象とはなりません。 したがって、相続税の申告書の提出期限までに、遺産分割協議が調わないことから、相続税法第55条に規定により、各相続人が法定相続分により財産を取得したものとして相続税の申告をする場合であっても、死亡退職金2,700万円全額をお母様が相続により取得した財産として相続税の計算を行うこととなります。 なお、お母様が取得した死亡退職金については、非課税限度額に相当する金額1,500万円(500万円×相続人の数3人)までは非課税財産とされますので、2,700万円のうち、この非課税金額を超える1,200万円が相続税の課税価格に算入される金額となります。また、遺産分割が完了していないとしても、この1,200万円については相続税法第19条の2第1項の規定による配偶者の税額軽減の計算の対象にもなります。 (了)
組織再編税制の歴史的変遷と制度趣旨 【第46回】 公認会計士 佐藤 信祐 (《第8章》 平成18年から平成21年までの議論) ③ 分割編 Ⅲ.分割編でも、Ⅱ.合併編と同様の内容が記載されている。合併編に比べて特徴的なのは、「組織再編税制の手引」146-147頁において、分割型分割に該当するのか、分社型分割に該当するのかにつき、分割計画書又は分割契約書を閲覧したうえで調査を行う必要があるという点が記載されていることであろう。 平成22年度税制改正により、分割型分割及び分社型分割の定義が変わったため、同手引の内容をそのまま利用することはできないが、その基本的な調査の姿勢については参考にすることができる。 そして、合併と異なり、期中損金経理額等の損金算入に関する届出書、一括償却資産、繰延消費税額等の引継ぎに関する届出書がそれぞれ必要になるという点に留意が必要である。具体的には、「組織再編税制の手引」244-247、269-280頁において、これらの届出書を提出しているかどうかが調査対象になることが明らかにされている。 なお、同手引174-181、183-192、249-251頁では、分割型分割、分社型分割における資本金等の額、利益積立金額の調整計算についても記載されている。平成13年当時と異なり、組織再編税制に関する申告書の書き方についての書籍も充実していることから、同手引でも具体的な調整方法について記載されており、税務調査において指導を受ける可能性があるため、ご留意されたい。 ④ 現物出資編 Ⅳ.現物出資編でも、Ⅱ.合併編、Ⅲ.分割編と同様の内容が記載されているが、①外国法人に対する現物出資、②DES(デット・エクイティ・スワップ)について記載されているという点が特徴的である。 すなわち、会社法上、(ⅰ)内国法人を分割法人とし、外国法人を分割承継法人とする分割、(ⅱ)外国法人を分割法人とし、内国法人を分割承継法人とする分割は認められていないが、(イ)内国法人を現物出資法人とし、外国法人を被現物出資法人とする現物出資、(ロ)外国法人を現物出資法人とし、内国法人を被現物出資法人とする現物出資は認められているため、「組織再編税制の手引」305-308頁には、クロスボーダーの現物出資についての内容が記載されている。 そして、デット・エクイティ・スワップを行った場合の現物出資法人の処理については同手引336-339頁で記載されており、被現物出資法人の処理については同手引362-363頁で記載されているが、ここで留意すべきは後者である。すなわち、非適格現物出資に該当するDESを行った場合には、被現物出資法人において債務消滅益課税が生じることが明らかにされており、税務調査でも当然に議論になると考えられる。 なお、Ⅴ.事後設立編については、平成22年度税制改正により廃止され、Ⅴ.株式交換編、Ⅵ.株式移転編は、平成28年度税制改正、平成29年度税制改正により、(ⅰ)株式交換やスクイーズアウトを行った後に子法人株式を譲渡する場合、(ⅱ)株式交換やスクイーズアウトを行った後に逆さ合併を行う場合以外は、ほとんど適格組織再編成として処理されることになったため、本稿では解説を行わない。 ⑤ 申告調整編 Ⅷ.申告調整編では、適格組織再編成に係る移転資産及び移転負債を時価で引き継ぐ場合と、非適格組織再編成に係る移転資産及び移転負債を簿価で引き継ぐ場合に分けて解説がなされている。そして、実務上、会計上は資産及び負債を時価で引き継いだにもかかわらず、税務上は適格組織再編成に該当する事案は十分に想定される。 「組織再編税制の手引」516-517頁では、適格合併を行った場合の申告調整について記載されているが、被合併法人の最後事業年度の別表5(1)における「差引翌期首現在利益積立金額」の「差引合計額」が適格合併により合併法人で増加する利益積立金額となり、被合併法人の最後事業年度の別表5(1)における「差引翌期首現在資本金等の額」の「差引合計額」が、適格合併により合併法人で増加する資本金等の額となることが、強く意識されている。 平成13年当時と異なり、組織再編税制に関する申告書の書き方についての書籍も充実していることから、同手引でも具体的な調整方法について記載されており、税務調査において指導を受ける可能性があるため、ご留意されたい。 なお、Ⅷ.申告調整編では、繰越欠損金と特定資産譲渡等損失額の別表についても解説されているが、申告書の書き方を示しているだけであり、「組織再編税制の手引」が公表される前であっても、市販の書籍で確認できる内容がほとんどである。 敢えて指摘するとすれば、同手引539頁で記載されている別表7(1)付表1の作成方法として、第8欄に記載する金額が「特定資本関係事業年度以後の事業年度である場合には(5)と(7)のうち少ない金額」とされている理由について、 としている点である。 すなわち、第5欄の金額は被合併法人の最後事業年度の別表7(1)に残っている繰越欠損金であり、第7欄の金額は第9欄から第13欄(特定資本関係事業年度以後の欠損金額のうち特定資産譲渡等損失相当額の計算)により計算された金額であるが、この場合の第9欄の金額は、被合併法人の最後事業年度の別表7(1)に残っている繰越欠損金ではなく、それぞれの事業年度で発生した繰越欠損金を記載するということが分かる。 このように、平成22年度税制改正の直前段階では、ようやく国税庁も組織再編税制に対応できる体制になっており、簡単なものであれば、現場レベルで組織再編税制の税務調査に対応できるようになっていたことが分かる。 とりわけ、形式的な申告調整方法については、既にマニュアル化がされていたことは、実質的な内容についての調査を行うことができる余力が存在していたことを意味し、その後のヤフー事件やSスキーム事件のような難しい組織再編税制についても対応できるようになっていたことが分かる。 * * * 次回では、平成18年から平成21年までの間に、国税局の職員が租税研究で行った講演内容について解説する予定である。 (了)
〔ケーススタディ〕 国際税務Q&A 【第4回】 「海外拠点に係る課税関係」 弁護士 木村 浩之 [Q] 日本法人である当社は、海外に事業を展開するため、A国に拠点を設けることを検討しています。拠点には支店や子会社の形態があると聞いていますが、それぞれ課税上どのように異なるのでしょうか。 [A] 支店と子会社で最も大きく異なる点は法人格の有無であり、それによって費用収益の帰属が異なります。すなわち、法人格を有しない支店で生じた費用と収益はすべて本店の費用と収益に合算されるのに対して、独立した法人格を有する子会社の費用と収益が親会社の費用と収益に合算されることは通常ありません。 そのほか、将来の譲渡時の課税関係や利子の費用控除などの点で異なる可能性があり、また、資金の還流の場面においても支店と子会社で課税関係が異なり得ますので、これらを総合的に検討することが重要です。 ・・・[解説]・・・ 1 はじめに 企業が海外に事業を展開するにあたっては、事業活動の拠点を設ける場合とそうでない場合がありうる。海外の顧客と契約を締結して商品の販売やサービスの提供をするなど、日本にいながら事業を展開することも可能であり、その場合は海外に拠点を設ける必要はない。 これに対して、現地に実際に進出して事業活動をする場合には、何らかの拠点を設ける必要がある。この拠点には、一般に、支店の形態と子会社の形態がありうる。企業にとっては、現地で稼得した所得に対して、関係する国でどのような課税がなされるかを検討することが重要である。特に、企業の本国と進出先で生じうる二重課税をどのように回避し、税負担を軽減するかを検討することが重要となる。 2 支店と子会社の課税上の差異 (1) 費用収益の帰属 支店と子会社で大きく異なる点として、法人格の有無が挙げられる。すなわち、子会社と異なって支店は独立した法人格を有しておらず、法的な観点からは、支店で生じた費用と収益はすべて本店の費用と収益に合算される。 そこで、日本のように本店の所在地国が全世界的課税方式を採用する場合、支店が得た収益について、支店の所在地国で課税されるのみならず、本店の所在地国でも本店の所得に合算して課税されることになる。逆に、支店で損失が生じた場合には、本店の所得から控除することが認められる。 以上に対して、子会社は独立した法人格を有しており、子会社が得た収益について、子会社の所在地国で課税されるほかは、通常、親会社の所得に合算されて課税されることはない(例外として、外国子会社合算税制の適用がある場合)。また、子会社の損失が親会社の所得から控除されることもない。 したがって、海外で事業を展開するにあたっては、例えば、損失が見込まれる段階では支店の形態で国外の損失を取り込み、利益が見込まれる段階で子会社に変更するという戦略をとることも検討の対象となる。 (2) 譲渡益課税 また、支店と子会社で異なる可能性があるものとして、将来において第三者に事業を譲渡する場合、現地での譲渡益課税の有無が異なりうる。すなわち、支店に帰属する資産を譲渡する場合、その譲渡益について現地で課税がなされる可能性が高いのに対して、子会社の株式を譲渡する場合には、その課税がなされる可能性は低くなる。 この点については、現地の国内法によって異なるため、その検討が必要となるほか、関係する租税条約の検討も必要となる。一般に、租税条約では、支店に帰属する資産の譲渡益について源泉地国で課税が認められるのに対して、株式の譲渡益については源泉地国での課税が否定されることが多い。 (3) 利子の費用控除 さらに、海外での事業展開にあたって、外部から資金調達をする際、外国子会社の資本金に充てるための借入れに係る利子については、費用控除が制限される可能性がある。これは、外国子会社の所得が課税の対象にはならないため、これに対応する費用控除を否定するものである。 これに対して、支店の資金に充てるための借入れに係る利子については、通常、このような制限はない(ただし、国外事業所得が免除される場合は除く)。 3 税負担の検討 以上の点を踏まえて、支店と子会社のいずれの形態を選択するかによって、将来における税負担がどのようなものになるかを検討する。その検討にあたっては、資金還流時の課税関係についても考慮が必要である。 なかでも、子会社の形態を選択した場合になされうる親会社への配当に対する課税関係について検討することが重要である。この配当課税については、親会社の所在地国における課税のほか、子会社の所在地国における源泉徴収課税についても検討することになる。その検討に当たっては、各国の国内法のみならず、関係する租税条約もあわせて検討することが必要である。 この点、各国の国内法によっては、親会社と子会社の異なる主体で二重に課税される事態(経済的二重課税の問題)を避けるために、親会社の所在地国において、一定の子会社からの配当を免税とすることが認められることも多い。 また、子会社の所在地国でも、国内法によって配当に対する源泉徴収課税をしない国もある。そうでなくても、租税条約が適用される場合には、その源泉徴収税率は一定の減免を受けられることが多い。 (了)
企業経営と メンタルアカウンティング ~管理会計で紐解く“ココロの会計”~ 【第4回】 「埋もれたコストの呪縛」 公認会計士 石王丸 香菜子 *資料1* 第2事業部では、スマホ用シールのAタイプとBタイプを製造している。一定サイズの台紙に強化コーティングを施した後、製造工程の最終段階でカットすることで、AタイプとBタイプに分かれる。そのため、どちらか一方のタイプだけを製造することはできず、2つのタイプが必然的に製造されることになる。 月間データ *資料2* Bタイプ販売担当者の調査によると、Bタイプに追加加工を行いデザイン性の高いB-Newタイプとすることで、販売価格を4割増しの@560円にできる。 Bタイプ2,000個を追加加工するには、300,000円がかかる。ただし、追加加工作業の最終段階で、数量の5%分は加工に失敗する見込みである。追加加工に失敗したものは販売不可能となり、処分価値はない。 * * * 1 その第一印象は正しいか ある人の特徴として、 と聞く場合と、 と聞く場合、どちらのほうが好印象を覚えるでしょうか。 たいていの場合は、①のほうに良い印象を持つようです。①と②は、内容は同じで順序が違うだけなのですが、人は、最初に与えられた情報(①は『知的』、②は『嫉妬深い』)に、非常に強い影響を受ける傾向があるためだと考えられています。 これはアッシュという心理学者が行った実験で、よく知られていますので、ご存知の方も多いかもしれませんね。 こんな性格の彼氏がいたら、ものすご~く疲れそう・・・。 ともあれ、人は第一印象に強い影響を受ける傾向にあり、これをと呼びます。PN社の第2事業部長も、Bタイプについて『赤字』という第一印象を強く持って、それを前提に悩んでいるようですが、そもそも、その第一印象は正しいのでしょうか。 2 埋没原価は気にしない! AタイプとBタイプは、どちらか一方だけを製造することはできず、2つのタイプが同時必然的に製造される関係にあり、製造原価を各タイプに跡付けて集計することができません。 したがって、各タイプの製造原価を1,000,000円ずつと考えるのは、合理的ではなく、Bタイプが赤字であるという印象は正しくありません。 また、AタイプとBタイプの製造原価合計2,000,000円は、これらの製品を製造する以上、どうしても発生してしまうので、Bタイプを追加加工するか否かの意思決定には無関係です。 つまり、Bタイプを追加加工するか否かの意思決定にあたっては、製造原価2,000,000円は考慮する必要のない埋没原価なのです。 【第2回】のケースでは、設備について生じる固定費が埋没原価となりましたが、今回のケースでは、AタイプとBタイプの製造原価全てが埋没原価となります。どのような意思決定を行うかによって、何が埋没原価に該当するのかが異なるので、注意したいですね。 これらを踏まえたうえで、Bタイプの追加加工の意思決定について、もう一度シンプルに考えてみましょう。 Bタイプを追加加工することで、現状と比べて、いくら収益と原価が増えるかを、素直に計算します。Bタイプの赤字疑惑や、2,000,000円の埋没原価に縛られる必要はありません。 実は、追加加工すると、かえって損をしてしまうのです! このように、別の案を採用した際に、収益と原価がどれだけ増えたり減ったりするかを集計して意思決定することを、と呼びます。 いろいろなデータがある場合でも、最初の印象や埋没原価に惑わされず、シンプルに考えるのがコツです。 ちなみに、AタイプとBタイプは同時必然的に製造されるので、両タイプを合わせて得られる収益が、製造原価2,000,000円を上回っているのなら、全体では利益が出ていることになり、製造・販売を続けるべきと言えます。 両タイプの収益を合わせると、@800円×2,000個+@400円×2,000個=2,400,000円で、2,000,000円を上回っていますので、全体としては決して赤字ではないのです。 逆に、両タイプの収益を合わせても2,000,000円に満たないのであれば、これら製品の製造・販売自体を中止するほうがよいということになります。 ◆◇◆今回のキーワード◆◇◆ ▷ 最初に与えられた情報に非常に強い影響を受ける効果のこと。 ▷ 別の案を採用した際に、収益と原価がどれだけ増えたり減ったりするかを集計して意思決定すること。 (了)