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租税争訟レポート 【第38回】「架空循環取引をめぐる青色申告承認取消等の処分の要件該当性(宮崎地方裁判所平成28年11月25日判決)」

租税争訟レポート 【第38回】 「架空循環取引をめぐる青色申告承認取消等の処分の要件該当性 (宮崎地方裁判所平成28年11月25日判決)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝     【事案の概要】 本件は、青色申告の承認を受けていた株式会社である原告が、平成20年3月期に係る法人税の確定申告に当たり、有限会社Bとの間で魚(カンパチ)の売買を行ったとして、同売買に係る売上額を益金の額に算入するとともに、B社に対する仕入取引を損金の額に計上したところ、日南税務署長が、同売買は架空の取引であり、また、これにより原告が受領した金員は何ら対価性なく得たものであるから、同金員の受領は「無償による資産の譲受け」として益金の額に算入されるとして、原告に対して、青色申告の承認の取消処分、法人税の更正処分、重加算税の賦課決定処分をしたことについて、原告が、Bとの取引は架空ではなく上記各処分は違法であるなどと主張して、本件青色取消処分、本件更正処分、本件賦課決定処分の取消しを求めた事案である。 原告とB社との間の取引が行われた背景には、2010(平成22)年に発覚したメルシャン株式会社(以下「メルシャン社」と略称する)水産飼料事業部による架空循環取引事件が存在していた。なお、判決文の中では、メルシャン社は「D社」と表記されているが、混乱を避けるため、メルシャン社で統一する。   【本件取引が架空取引であるという認識を原告は有していたか】 1 処分行政庁の主張 処分行政庁である日南税務署は、以下のように事実認定を行った。 そのうえで、原告の取締役をはじめ関係者は、平成20年8月に行われた国税局の調査において、本件各取引が架空のものであることを認め、原告代表者も、平成22年5月から同年8月にかけて行われたメルシャン社の社内調査委員会による調査等において、本件売上取引が架空のものであったことを認識していた旨述べていることに加え、原告代表者やその関係者が本件各取引の架空性を認識していたことをうかがわせる事実が複数存在することから、原告代表者は、本件各取引が架空の取引であったことをその取引当時から認識していたものというべきであると主張した。 2 原告の主張 これに対し原告は、本件各取引を正常取引と認識しており、金員の受領についても、正当な代金であると主張した。 3 裁判所の判断 裁判所は、証拠、関係者の供述及び証人尋問の内容から、以下のように判断した。 そのうえで、原告代表者も、取引当初から、本件売上取引が飽くまでメルシャン社から原告に対し資金を回すことを目的として行われたものであり、カンパチの引渡しを予定しない架空の取引であること、本件仕入取引も実体を伴わない架空の取引であることを認識して、本件各取引を行ったものと認めるのが相当であると結論を述べたうえで、争点の検討に入ることとした。   【各争点に対する裁判所の判断】 原告が、本件取引が架空のものであることを認識しているという前提条件のもと、裁判所は、次の4つの争点について、以下のとおり判断を下した。 1 [争点1]原告が得た金員は、「無償による資産の譲受け」として益金の額に算入すべきものであるか 原告は、「被告が本件金員を受贈益として評価するのであれば、本件売上取引について、これが形式上は売買であるものの、実際には贈与契約であることについてまで明確に主張・立証すべきである」として、処分行政庁による主張・立証が不十分であるとしたが、裁判所は、更正処分の適否について判断するに当たっては、本件金員の受領が「無償による資産の譲受け」に該当するか否かが問題になるのであって、原告と誰との間に民法上のいかなる典型契約が成立したかについてまで判断が求められるわけではなく、ただ、本件金員が本件売上取引の売買代金(及びその消費税)として受領されたものであるかどうか、返還あるいは何らかの債務の履行としての弁済が予定されたものであるかどうかについて判断することで足りるものと解されるとして、事実認定の結果、次のように結論づけた。 2 [争点2]処分行政庁による賦課決定処分の要件該当性 裁判所は、原告による「本件各取引は、実体を有するものであり、少なくとも、原告代表者はそのように認識していた」「原告の会計処理には原告代表者は関与していない」という主張を一蹴し、 と判断して、処分行政庁の賦課決定処分に違法性はないと結論づけた。 3 [争点3]青色取消処分の要件該当性 裁判所は、原告の青色申告承認を処分行政庁が取り消したことについても、 として、原告の主張を斥ける判断をした。 4 [争点4]租税公平(平等)主義との関係 原告は、本件の一連の取引に関わった各社、とりわけ、同様の循環取引を行っていたG社についても原告と同様の処分が行われるべきであるところ、実際には、原告のみが本件各処分を受けており、明らかに租税の公平性を害していると主張したが、裁判所は、 としたうえで、原告の主張は、処分行政庁による更正処分や賦課決定処分が違法となることを基礎付け得るものであるとは認められず、また、他の納税者の取扱いの一事をもって、原告に対してされた青色取消処分について、処分行政庁の裁量権の逸脱・濫用を基礎付ける事情は認められないと結論づけた。   【解説】 メルシャン社が2010(平成22)年8月12日に公表した社内調査報告書において、「E養殖」として社名が挙げられているのが、本件訴訟における原告である。同報告書19ページには、以下のような記述があり、メルシャン社がE養殖に対して有していた架空の売掛債権の回収を仮装するために、架空製造・架空販売が行われたことが明らかにされている。 メルシャン社による架空製造された飼料の代金支払いが循環して、カンパチの販売代金として、原告であるE養殖に入金され、その資金が、メルシャン社が原告に対して有していた架空売上による売掛金の回収に偽装されていたという実態を持つ取引を、裁判所は、「無償による資産の譲受け」として益金の額に算入すべきであるという処分行政庁の主張を認容して、納税者である原告の主張を斥けた。 なお、メルシャン社社内調査報告書の「D養殖」は、判決文では、G社となっており、原告であるE養殖は、G社(D養殖)に対する課税処分が、同社に対するものと異なっていることが、租税公平(平等)主義の観点から公平さを欠く旨主張しているが、上述のとおり、裁判所によってその主張は一蹴されている。 1 原告が得たとされる経済的利益とは何か メルシャン社社内調査報告書によれば、原告であるE養殖との間では、メルシャン社が製造を委託していた飼料への使用禁止薬物混入問題をめぐる賠償、台風による養殖魚の被害の救済措置、メルシャン社における先行売上・架空売上の計上など、長年にわたり複雑な貸し借りが行われてきた。本件訴訟で問題となった取引は、そうした貸し借りの結果、メルシャン社に滞留したE養殖に対する売掛債権の回収を偽装することにより、メルシャン社水産飼料事業部の存続を企図して行われたものであり、直接的に原告の利益となる取引ではなかった可能性がある。 判決は、原告であるE養殖は、B社から入金された金員をメルシャン社に対して有していた買掛金の支払いに充てたことを「経済的利益の供与を受けた」としたうえ、B社からのカンパチの仕入代金については、損金の額に計上しながら支払っていないことから、これを否認するという課税庁の処分を認容したものであるが、原告であるE養殖で計上されていた買掛金は、果たして実体のあるものであったのかどうかまでは、よくわからない。 2 メルシャン社のD養殖に対する代金返還請求訴訟 原告であるE養殖は、訴訟の中で、D(メルシャン社)がG(D養殖)に対し、原告と同様の一連の架空取引を理由として、G(D養殖)に渡った金銭のうち一部の返還を求める訴訟を提起していることを理由に、メルシャン社としても原告から資金の回収を予定していたことから、受贈益にはあたらないという主張を行っている。 ところが、実際には、メルシャン社は原告であるE養殖に対しては、代金の返還請求訴訟を提起しておらず、裁判所は、そうした事実も含めて、経済的利益の供与があったと認定した。ところが、前項で指摘したとおり、メルシャン社水産飼料事業部が架空計上した売上による売掛金の回収を偽装するために仕組んだ架空循環取引であるという視点からこの行為を見れば、原告であるE養殖には、本来、メルシャン社の架空売上に係る債務は存在しないにもかかわらず、資金だけをメルシャン社の指示のとおり循環させたに過ぎないのであって、よって、メルシャン社は、原告であるE養殖に対しては代金返還請求訴訟を提起しなかったのではないかと考えられはしないだろうか。   (了)

#No. 279(掲載号)
#米澤 勝
2018/08/02

[IFRS適用企業の決算書から読み解く]収益認識会計基準導入で売上高はどうなる? 【第3回】「「特大ハンバーガー、10分で完食したら無料!」は変動対価だった」

[IFRS適用企業の決算書から読み解く] 収益認識会計基準導入で 売上高はどうなる? 【第3回】 「「特大ハンバーガー、10分で完食したら無料!」は変動対価だった」   公認会計士 石王丸 周夫   ◆値段は1つではない 「特大ハンバーガーを10分で完食したら無料」といったたぐいのキャンペーンをたまに見かけます。そんな時に気になるのが、その店の売上高の計上方法です。 ハンバーガーの売価を1個2,000円とすると、以下の2つの方法が考えられます。 どちらが正しいのかは、このあと見ていきたいと思いますが、それにしてもずいぶん高いハンバーガーですね。いったいどんなハンバーガーなんでしょうか。1個2,000円ですからね。しかし、完食すれば無料ですから、10分でたいらげる自信があれば、定価は0円になります。 つまり、この特大ハンバーガーの値段は、1つではないのです。 このように、時と場合により変動しうる売買価格のことを、収益認識会計基準では「変動対価」と呼んでいます。変動対価が含まれる取引の例の1つにリベートがあります。 今回は「リベート」がテーマです。   ◆またしてもIFRS移行で売上減少 まず、以下のグラフを見てください。 ※動かない図はこちら このグラフは、住友ゴム工業(株)の2012年12月期から2016年12月期の5年度分について、売上数値(連結ベース)を並べたものです。 住友ゴム工業は、2015年12月期と2016年12月期について、日本基準による数値とIFRSに移行後の数値の2つを開示しています。上のグラフでは、その2つの年度について、日本基準とIFRSの両方の数値を表示しました。 このグラフで見てほしいのは、まさにそこです。いずれも、IFRSの数値が日本基準の数値を下回っています。6%の減少です。売上数値が6%減るというのは、それなりに大きなインパクトがあります。   ◆リベートの会計処理に原因が では、IFRSに変更したとき、なぜ売上が減ってしまったのでしょうか。 その原因は、リベートの会計処理にあります。リベートというのは売上割戻ともいい、メーカーや卸売業社が、取引量等に応じて得意先企業に支払う販売奨励金のことです。 算定方法や名目は様々ですが、得意先に刺激を与えて販売拡大をもくろむというものです。実質的には、販売価額の一部減額、売上代金の一部返金と考えられます。 その場合、会計処理としては、リベートを売上高から控除するのが適切と考えられていますが、日本の会計基準(企業会計原則)では特にそうした処理は示されておらず、売上高から控除する処理と販売費及び一般管理費とする処理の2つが併存してきました。 一方で、IFRSでは、リベートが得意先に対する販売促進費等の経費の補填であることが明らかな場合を除き、売上高から控除することになっています。 したがって、リベートを販売費及び一般管理費に計上してきた企業がIFRSに移行すると、リベートの額を売上から控除するように組み替える処理が必要になります。 図で示すと以下のとおりです。 住友ゴム工業の売上で起きた変化は、取引の詳細は知りえませんが、ごく単純化するとこのようなものであろうと推定されます。 次に、リベートが変動対価の一例である理由も考えてみましょう。 リベートの額が、一定期間経過して取引量等が確定するまでわからないというところがポイントです。一方で売上は、リベートの額が決まる前に計上するので、将来変動する可能性を内包した見積額で計上することになります。 その見積額が「変動対価」です。 変動対価による売上計上が求められるのは、冒頭の特大ハンバーガーの例でも同様です。すなわち、客にハンバーガーを引き渡した時点では、その客がチャレンジに成功するかどうかわからないため売上金額(2,000円 or 0円)を確定できず、その時点で売上代金を見積もって計上するのです。 見積り方法は2つ、「期待値」か「最頻値」です。 「期待値」というのは、複数のシナリオを想定して、各シナリオの確率を加味して全シナリオの平均値を求める方法です。「最頻値」というのは、最も発現する頻度の高いシナリオに沿った値を採用する方法です。 期待値はシナリオが多数ある場合に適しており、最頻値はシナリオが2つの時に適しています。 ハンバーガーの例では、シナリオは「客が10分以内に食べ終わるか終わらないか」の2択ですから、見積額は最頻値によって求めます。 仮に7割の客がチャレンジに成功しているという実績が観察されているのであれば、最頻値は0円となり、ハンバーガー引渡し時点で売上を0円で計上します。逆に、7割の客がチャレンジに失敗しているなら、売上を2,000円で計上します。これが冒頭の例題の解答です。 要するに、「純額処理すべし」というわけですが、冒頭に示した純額処理の方法とは少し違います。 冒頭の純額処理では、ハンバーガーの引渡し時点で一律に2,000円を売上計上し、10分後にチャレンジの結果を見て売上金額を確定させるというものでした。なぜそれではいけないのかというと、そこにはまた別の問題があります。 「いつ売上を計上するのか」というタイミングの問題です。 この例で売上を計上すべきタイミングは、ハンバーガーが「客のものになった」時点となります。客がハンバーガーを自由に食べることができるようになるのは、店員が客にハンバーガーを引き渡した時点ですから、その時点でハンバーガーは客の支配下に入ったと見てよいでしょう。 したがって、ハンバーガー引渡し時点で、見積額により売上計上するわけです(説明のためのたとえ話です。引渡しの10分後にチャレンジの結果がわかるので、その結果を見て、売上高2,000円 or 0円を計上するというのが現実の処理と考えられます)。   ◆利益率はわずかによくなる 財務指標への影響も見ておきましょう。 ※動かない図はこちら 上のグラフは、住友ゴム工業の売上高利益率の推移です。 利益を売上高で割ったものが売上高利益率ですが、上のグラフでは、分子の利益が「営業利益」の場合と「事業利益」の場合の2つがあります。日本基準の場合は営業利益を使用し、IFRSの場合(2015年12月期と2016年12月期)は事業利益を使用しています。 「事業利益」というのはこの会社が独自に開示している指標で、日本基準の営業利益に相当する数値です。したがって、事業利益率は、日本基準の営業利益率に相当する指標であり、両指標は比較可能なものだというわけです。 その前提でグラフを見てください。すると、この連載の前回までの事例と同様に、IFRSの場合に利益率が良くなることが観察されます。説明するまでもなく、これは単なる数字のいたずらで、IFRSでは、売上と販売費及び一般管理費が相殺され、分母の売上高が圧縮される一方、分子の利益は変動しないことから、売上高利益率が上昇するのです。 リベート取引がある場合、売上は縮小し、利益率は上昇する。これが、日本基準からIFRSへ移行したことによる変化です。 収益認識会計基準が適用されると、同様のことが起こると予想されます。   ◆おわりに さて、変動対価については、もう1つ大事なことを知っておく必要があります。 それは、変動対価が「一物多価」に対応した概念だということです。 「一物多価」とは、同一の物財が様々な価格で売られることを示す言葉であり、同一の物財が同一の価格で売られることを示す「一物一価」とは対極の概念です。 一物多価の状況が生まれる理由は、簡単に言えば、「同一の物財であっても、人によって評価が異なる」からです。ハンバーガーの例では、2,000円払ってもよいと思ってチャレンジする人もいれば、ある程度の成功確率を信じて、0円になることを期待してチャレンジする人もいるわけですが、あれは、ハンバーガーの製造コストというよりも、チャレンジ料の意味合いが強いのです。 このように、製造コストとは無関係に値付けされたものは、評価がバラつきます。 「成功すればタダ、失敗すれば2,000円」という設定を高いと感じるか安いと感じるかは、人それぞれの好みの問題です。要するに、人の好みが価格に強く反映する世の中では、価格は変動的なのです。 世の中の流れとしては、「一物一価」から「一物多価」です。会計の世界も遅ればせながら、その流れを取り込もうとしているかのように見えます。 (了)

#No. 279(掲載号)
#石王丸 周夫
2018/08/02

空き家をめぐる法律問題 【事例5】「空き家の相続放棄に関する問題」

空き家をめぐる法律問題 【事例5】 「空き家の相続放棄に関する問題」   弁護士 羽柴 研吾   - 事 例 - 約1ヶ月前に、実家で生活していた私の父が死亡しました。父の相続財産には、老朽化した実家がある程度で、他に価値のある財産はありません。実家は地方ということもあり、買手が付く見込みも低そうです。 私は都心で生活しており、実家の管理等の負担も避けたいので、実家を相続することをためらっています。相続放棄をすれば、実家を相続しなくて済むと思うのですが、この他に相続放棄をするに当たってどのようなことに留意するべきでしょうか。なお、父の相続人は私だけです。   1 問題の所在 不動産を相続した場合でも、地域事情によっては売却が進まないため、維持費を負担し続けなければならない場合がある。このような負担を回避するために相続放棄をすることが考えられるところである。 一方で、【事例1】から【事例4】で検討してきたように、空き家の所有権者(又は管理者)となった場合には、民事上も行政上も様々な法的責任を負うリスクがある。そこで、今回は、相続放棄をすることによって、このような法的リスクを回避できるのかを検討することとしたい。   2 相続放棄後の管理義務について 相続開始後、相続放棄をした者は、当初から相続人とならなかったものとみなされるため(民法第939条)、相続財産に関する権限を有しないはずである。しかし、相続放棄によって相続財産の管理が行われず放置されると、次順位の相続人や他の相続人などに損害を与える可能性がある。 そこで、民法は、相続放棄後も相続放棄をした者に、事務管理(民法第697条)の一種として、相続財産の管理義務を負わせている。 (※)下線筆者   3 相続人不存在の場合の管理義務について 民法第940条によれば、同条に基づく管理義務が消滅する時期は、「その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで」と規定されている。それでは、他に相続人がいない場合も、相続放棄をした者は、同条に基づく管理義務責任を負うのであろうか。 この点に関して、同条が相続放棄をした者に管理義務を負わせた趣旨は、相続放棄によって、相続財産の管理が放置されることによる損害を防ぐ点にある。また、相続財産管理制度は、相続財産管理人が、相続人や特別縁故者の存在を確認しながら、相続財産を管理・換価して最終的に国庫に帰属させるものであることからすると、相続人の有無によって区別する理由はない。 したがって、相続放棄をした者は、相続財産管理人が就任するまで管理義務を負うというべきである。 なお、その場合の解釈論としては、①民法940条を類推適用するか、②同条に規定する「その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで」という文言は、次順位の相続人が存在する場合の管理義務の終期を確認的に定めたものにすぎないと解釈して適用することになるものと考えられる。 実際にも、市町村が空き家の管理費用等を支出した後、相続放棄をした相続人に対して求償するという事態も散見されるところであり、これは相続放棄をした管理義務を前提としたものである。   4 相続放棄をする前後の留意事項 (1) 相続財産管理人の予納金 相続財産管理人の申立権は利害関係人に認められており、この利害関係人とは、相続財産について、法律上の利害関係を有する者を意味する。 相続債権者や成年後見人が典型例であるが、事務管理をしている者も含まれると解されている。上記のとおり、民法第940条の管理義務の法的性質は、一種の事務管理と解されていることから、相続放棄をした者にも申立権は認められる。 ただし、相続財産管理人の選任を申し立てる際に、相続財産の規模・内容からして、相続財産管理人の報酬を含む管理費用の財源が見込めない場合、実務上、管轄の家庭裁判所に数十万円から百万円程度の予納金を納付することが求められている。例えば、現金、預貯金等の流動資産が乏しく、他に換価価値のある財産がないような場合には、将来の相続財産管理人の管理費用に充てるため、予納金が求められることになるであろう。 このため、相続放棄後も、相続財産管理人の選任が行われず、空き家が十分に管理されないといった事態が継続することになる。 しかしながら、相続放棄をした者は、たとえ相続放棄をした後でも、管理を引き継ぐまでは管理者としての責任を負うのであり、その場合には、【事例1】から【事例4】で見たような法的リスクを負うことになるので、本件の相続人もこの点も念頭において相続放棄を選択することが求められる。 (2) 法定単純承認への配意 相続放棄を検討している者が、上記の法的リスクを回避しようとして相続放棄までの間に空き家を取り壊そうとすると、当該行為は、相続財産の全部又は一部を処分したものとして法定単純承認事由となるので注意が必要である(民法第921条第1号本文)。一方で、屋根や外壁の補修などの保存行為の限度であれば法定単純承認事由とはならないので、管理はこの限度に留めるべきであろう(同号ただし書)。 また、相続放棄が行われるまでの期間は、相続が開始してから比較的短期であることが多いのに対して、相続財産管理人が選任されるまでの期間は、長期に及ぶ傾向にある(そもそも相続財産管理人の選任申立てが行われないこともある)。このような場合に、管理費を支出し続けるよりも安い費用で建物の収去が完了できるのであれば、空き家を取り壊す選択肢も視野に入ってくるところである。 しかしながら、例えば、相続債権者が存在しており、事実上、債権回収を諦めていたような場合に、相続放棄をした者が空き家を処分すると、法定単純承認事由(民法第921条第3号)に該当し、相続放棄が無効となる可能性もあるので、注意が必要である。 そうなると、相続放棄をせず、相続人において建物を収去して更地として管理することも考えられるところであるが、この問題は、空き家の収去費用、将来の土地・建物に係る管理費用(固定資産税の負担を含む)、相続財産管理人を選任した場合の予納金の見込額など、種々の観点から慎重に検討せざるをえない。   5 補論-空き家の所有権放棄?- 空き家の所有者が一方的な意思表示によって所有権放棄をすることの可否が論じられることもあるが、民法学上、不動産の所有権を放棄することは認められないと解されてきた。 また、所有権放棄が行われるような空き家は、管理が行われず、民事上や行政上の責任を負う可能性が高い劣悪な状態のものであることが推測される。仮に、所有権放棄の可能性を認めるにしても、例えば、空き家のブロック塀が崩れて被害を被った者が、損害賠償請求をしてきた場合に、所有権放棄を行ったことを理由に責任を免れることは、信義則・公平の見地に照らして認められないことになるであろう(事案は異なるものの、このような考え方の参考になる裁判例として、最判平成6年2月8日民集48巻2号373頁参照がある)。 (了)

#No. 279(掲載号)
#羽柴 研吾
2018/08/02

〈小説〉『所得課税第三部門にて。』 【第11話】「サラリーマンと特定支出控除」

〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第11話】 「サラリーマンと特定支出控除」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一   「中尾統括官、私はサラリーマンにも確定申告を認めればよいのではと・・・以前から思っていたのですが・・・これについて、どう思われますか?」 浅田調査官は中尾統括官に尋ねる。 所得課税第三部門は、皆、調査に出ているため、2人しかいない。 「・・・???・・・サラリーマンに・・・確定申告は認められているだろう?」 中尾統括官は怪訝そうな顔をする。 「所得税法57条の2がそれだ。」 中尾統括官は平成30年版の税務六法を開いて浅田調査官に見せる。 「しかし・・・これは特定支出が給与所得控除額の1/2を超えるときに限って、認められるもので・・・」 そう言いながら、浅田調査官は、所得税法57条の2第1項を覗き込む。 「確かにそうだが・・・この条文は、もともと大島訴訟事件(最高裁昭60.3.27判決)がきっかけとなって出来たもので・・・『サラリーマンに対しても確定申告の途を開いた』と、当時、マスコミが華々しく報道していたよ・・・」 中尾統括官は懐かしそうに言う。 「私が税務署に入って・・・ちょうど3年目の時だったと思う・・・」 中尾統括官は、引き出しから、古い判例のコピーを取り出す。 「これが大島訴訟事件の概要で・・・給与所得者に概算控除を採用していることについて、最高裁は合理的であると判断し、納税者が負けたのだけれど・・・その後、法改正があって・・・平成63年度から、給与所得者に対して特定支出控除を認めたんだ・・・」 中尾統括官は、判例のコピーを見せる。 「・・・しかし、この特定支出控除を適用して確定申告をしたサラリーマンは・・・極めて少なかったと聞いているのですが・・・」 浅田調査官は、頸を傾げる。 「そうだなあ・・・数人の確定申告しかなかったことを考えると、多くのサラリーマンは・・・確定申告ができなかったともいえる・・・」 中尾統括官は頷く。 「だからその後、特定支出控除については・・・改正が行われ・・・今年の税制改正でも、特定支出控除については見直しが行われている。」 中尾統括官は、机の上から、平成30年度税制改正の冊子を手に取る。 「しかし・・・この程度の改正で・・・特定支出控除の適用者の数が増えるのでしょうか・・・」 浅田調査官は疑わしい眼差しになる。 「特定支出控除の改正は、平成24年度にも行われている。」 中尾統括官は、そう言うと、平成24年度改正の資料を見せる。 「この改正によって、平成26年度の特定支出控除の適用者の数が約1,600人に増加したと報道されている・・・それまでは、毎年、数人か、多くても15~16人ぐらいしかいなかったのだから・・・」 中尾統括官は、苦笑する。 「しかし・・・我が国のサラリーマンの数を考えると・・・1,600人というのは、とても少ないですよね・・・」 浅田調査官は、腕を組みながら、頸を傾げる。 (つづく)

#No. 279(掲載号)
#八ッ尾 順一
2018/08/02

《速報解説》 会社計算規則の一部改正案がパブコメに付される~「収益認識に関する注記」を追加~

《速報解説》 会社計算規則の一部改正案がパブコメに付される ~「収益認識に関する注記」を追加~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 平成30年7月27日、法務省は、「会社計算規則の一部を改正する省令案」を公表し、意見募集を行っている。 これは、企業会計基準委員会の「収益認識に関する会計基準」(企業会計基準第29号。平成30年3月30日公表)等及び金融庁の「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則等の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第29号。平成30年6月8日公布)等を受けて、会社計算規則の一部を改正するものである。 意見募集期間は平成30年8月31日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 主な改正内容 1 収益認識に関する注記 注記表の項目として、収益認識に関する注記を規定し、次の注記を行う(会社計算規則98条1項18号の2、115条の2)。 2 その他 「収益認識に関する会計基準」において、返品調整引当金等の計上が認められないことから、それに伴う所要の改正を行う(会社計算規則6条2項)。 繰延税金資産等の表示について、投資その他の資産に表示することを明確化する(会社計算規則83条1項)。   Ⅲ 適用時期等 公布の日から施行する予定である。 ただし、次の経過措置が設けられる予定である。 (了) ↓お勧め連載記事↓

#No. 278(掲載号)
#阿部 光成
2018/07/30

プロフェッションジャーナル No.278が公開されました!~今週のお薦め記事~

2018年7月26日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.278を公開! プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布しています! -「イケプロが実践するPJの活用術」「第一線で活躍するプロフェッションからPJに寄せられた声」を掲載!-   - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2018/07/26

山本守之の法人税“一刀両断” 【第49回】「交際費と福利厚生費との区分」

山本守之の 法人税 “一刀両断” 【第49回】 「交際費と福利厚生費との区分」   税理士 山本 守之   1 背景 最近の人手不足の事情から、企業が福利厚生の支出を増加させ、内容を拡大しています。このようなことから、企業の支出する費用が交際費となるか福利厚生費となるかについて争いが生じています。 従来の福利厚生の内容や税務の取扱いが相変わらず宴会中心であることから従業員に受け入れられず、参加人数が減っているという背景があります。官僚の考える福利厚生が現在も変わらず宴会中心であり、通達の明示も古いものであるからです。 交際費の要件のうち、「事業に関係のある者」が従業員を含むものとされており、通常の金額を超える分は福利厚生費ではなく、交際費等となる単純な解釈が税務の中心に生じています。 (留意点) 創立記念日において得意先を招待する宴会費は交際費等に該当しますが、その際に従業員を出席させたとしても全額が交際費等とします。   2 事例と事例対象となる法人 X社の主張する「感謝の集い」の参加人員、参加率、1人当たりの費用は次の通りです。   3 「感謝の集い」の内容に対する課税庁の考え方 「感謝の集い」に係る費用は、いずれも「交際費等」に該当します。 「感謝の集い」は、X社及び協力会社等の全従業員を対象としており、これらの従業員は、措置法61条の4第3項の「その得意先、仕入先その他事業に関係のある者等」に該当することから、「交際費等」に該当する支出の相手方となります。 (注) 従業員は「事業に関係ある者」に該当するから、交際費等の対象となります。 また、「感謝の集い」は、参加者の慰安を目的として飲食の提供及びコンサート鑑賞を行ったものです。したがって、「感謝の集い」に係る支出は、措置法61条の4第3項柱書の「交際費等」に該当する要件を満たしています。 「感謝の集い」に係る費用は、措置法61条の4第3項1号の「通常要する費用」の範囲を超えているから交際費等の支出となります。   4 「感謝の集い」行事の開催に至る経緯等 X社は、平成12年、累積赤字約48億4,000万円、固定化債権105億円、借入金171億円を有し債務超過の状態であって、十数年来倒産すると言われ続け、従業員に生気はなく、誇りや自信を喪失した状況にありました。 甲は同年、代表取締役社長に就任して再建に着手し、従業員に対し「自分がされて嬉しいことを人にしなさい」等の「当たり前のこと」を言い続けるとともに、「どこよりもいい商品をどこよりも安く作り、安売りせずに適正価格で全量売り切る体制」を整備した結果、社長就任後2年で累積赤字を解消し、その後、グループ会社も全て黒字化して無借金経営としました。 X社の売上は、平成20年3月期に約490億9,500万円(経常利益約21億3,100万円)、平成21年3月期に約531億5,000万円(同約22億7,500万円)、平成22年3月期に約515億2,300万円(同約3億4,400万円)、平成23年3月期に約519億3,200万円(同約17億4,200万円)、平成24年3月期に約537億7,200万円(同約15億1,700万円)であって、平成26年3月期には約536億8,600万円となっており、ほぼ順調に増加傾向にあって、同年11月には、「ブロイラー生産販売で国内トップシェアを持ち、同年3月期決算でグループ全体で1,200億円超を記録し、甲は大きな負債を抱え伸び悩んだ企業を、ここまで成長させた」と報じられるまでになりました。 経営再建の過程を経て、甲は、「倒産すると言われ続けた会社で、私を信じ、頑張り続けた従業員に報いてやりたい」という強い思いから、従業員に対する感謝の気持ち、従業員のやる気を引き出し、会社に長く勤めたいというモチベーションを高めていくためにも、平成18年、会社創立40周年を機に、同年から年1回の頻度で、X社及び協力会社等(専属の下請先)の全従業員を対象に、「感謝の集い」を開催することとしました。   5 「感謝の集い」の行事開催場所 甲は、従業員全員の気持ちを1つにまとめ上げるとともに、その場を利用して会社の進むべき道を示し、全体のやる気を高めていくために、従業員1,000人全員が一堂に会することが必要であると考えました。 X社やグループ会社の工場や事業所は九州各地(ただし、長崎県及び沖縄県を除く)に点在しており、1,000人規模の従業員を一堂に収容できる会場で、本社に近い会場としては、本件ホテル(大型リゾートホテル)のみでした。そこで、「感謝の集い」は、大型リゾートホテルの大ホール(宴会場)で行われることとなりました。   6 「感謝の集い」の日程について X社においては、4工場(本社及び各工場)を、年間300日稼働させて、年間約5,314万羽(1日当たり約18万羽)の食鳥を処理し、主要商品に限っても1日当たり約240トンの鶏肉を産出しています(全国シェア約10%)。したがって、仮に、全工場の稼働が2日間停止すると、約480トンの商品供給が停止され、市場や消費者に多大な迷惑を及ぼすことになるという事情がありました。また、X社の従業員の6割以上が女性であり、2日間家を空けることができないなどの事情もありました。 X社としては、「感謝の集い」について、宿泊を伴う慰安旅行として行うのは困難であると考え、「日帰り慰安旅行」という形態で行うこととしました。 従業員は、九州の各地から、開催日当日の朝、大型リゾートホテルに向けて出発し、「感謝の集い」の終了後、各工場等に戻るという旅程でした。例えばA工場の従業員は午前8時に同工場を出発し、また、本社及び本社工場並びにB工場の従業員も午前9時30分には各地を出発し、「感謝の集い」終了後、各工場に戻っていきました。そして、「感謝の集い」の時間は、午前11時から午後3時50分までの4時間50分程であったことから、「感謝の集い」は、従業員の往復の移動時間(約3時間ないし約6時間)を含めて、約8時間から約11時間を要する行事となりました。   7 「感謝の集い」行事の内容 「感謝の集い」については、参加者に対し、「X社感謝の集い」と題する小冊子が配布され、当日の行事の次第及び内容等が記載されていました。また、上記小冊子表紙には、「ありがとうのこころをあなたに 株式会社 X」と記載されていました。「感謝の集い」は、大型リゾートホテルの4階の大ホールにおいて、X社及び協力会社等の従業員及び役員等、約1,000人が出席して行われました。 「感謝の集い」の内容は、各事業年度とも、おおむね次の通りです。   8 「感謝の集い」に対する従業員の受け止め方 日々鶏肉の解体等の処理・加工・販売業務等に携わる従業員や同じ環境で働く下請協力会社の専属従業員に対し、「厳しい労働環境の中での忍耐、働きづめの努力に感謝し、その労働意欲のモチベーションを向上して、誇りと自信をもって働き続けてほしい」という思いを込めて開催してくれている行事であって、従業員にとって年に一度のかけがえのない楽しみであり、会社が一体となって組織としての結束力を高め、社長の感謝の心を感じ、それに対し全従業員が感謝の心で応え明日の勤労意欲の向上に向かう唯一の機会です。 「感謝の集い」について、各工場に勤務する従業員は、次のように述べています。   9 交際費と福利厚生費 租税措置法61条の4第3項は、同条第1項に規定する「交際費等」について、「交際費、接待費、機密費その他の費用で、法人が、その得意先、仕入先その他事業に関係のある者等に対する接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為・・・のために支出するもの(次に掲げる費用のいずれかに該当するものを除く。)をいう。」と規定し(柱書)、「専ら従業員の慰安のために行われる運動会、演芸会、旅行等のために通常要する費用」(同項第1号)等を掲記しています。 措置法通達61の4(1)-1(交際費等の意義)では、措置法61条の4第3項に規定する「交際費等」とは、交際費、接待費、機密費、その他の費用で法人がその得意先、仕入先その他事業に関係ある者等に対する接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為のために支出するものをいうのであるが、主として次に掲げるような性質を有するものは交際費等には含まれないものとするとして、「福利厚生費」等を掲記しています。 措置法通達61の4(1)-10(福利厚生費と交際費等との区分)は、社内の行事に際して支出される金額等で次のようなものは交際費等に含まれないものとして、「創立記念日、国民祝日、新社屋落成式等に際し従業員等におおむね一律に社内において供与される通常の飲食に要する費用」等を掲記しています。 官僚の考える典型的な福利厚生の概念で行われる事業は、参加者も減り従業員にとって魅力のない行事になっています。 人手不足のなかで、参加率を増やすためにさまざまな工夫がされています。福利厚生はどんどん変わっている中、税の判断はこれでよいのでしょうか。税は世の中から取り残されているのではないでしょうか。税の解釈も世の流れに遅れないようにしなければなりません。福利厚生をいつまで宴会中心のものと考えるのでしょうか。   10 黒字体制への考え方 「感謝の集い」の目的は、X社が甲のリーダーシップの下、生産及び販売体制の整備によって債務超過による倒産の危機を乗り越え、グループ会社を含めて黒字経営となったという経営再建の歴史的経緯を踏まえて、甲が、その原動力となった従業員に感謝の気持ちを伝えて労苦に報いるとともに、従業員の労働意欲をさらに向上させ、従業員同士の一体感や会社に対する忠誠心を醸成することにありました。 このように従業員の一体感や会社に対する忠誠心を醸成して、さらなる労働意欲の向上を図るためには、従業員全員において非日常的な体験を共有してもらうことが、有効、必要であると考えられています。   11 福利厚生事業の範囲を超えていない 「感謝の集い」への従業員の参加率は、各事業年度とも70%を超えており、X社の業績の推移及び「感謝の集い」に対する従業員の受け止め方等によれば、「感謝の集い」は、従業員の更なる労働意欲の向上、一体感や忠誠心の醸成等の目的を十分に達成しており、その成果がX社の業績にも反映されているものと認められます。 これに比べて、いつまでも古い概念で「福利厚生」の範囲を考える税務は反省すべきでしょう。   12 日帰り慰安旅行として通常性は超えない 「感謝の集い」に係る費用について、「日帰り慰安旅行」に係る費用額との比較を行うことも十分な合理性を有するというべきであり、「感謝の集い」に係る費用は、「日帰り慰安旅行」に係る費用額と比較すれば、通常要する程度であるといえます。福利厚生は行事の一体感から経営指向をもとに考えるべきです。 以上のとおりであることから、本件各福利厚生費は、措置法61条の4第1項の「交際費等」に該当するということは困難であると考えられます。   13 行事の内容と課税庁の主張 「感謝の集い」については、「感謝の集い」の開催場所が市内の著名なホテルの大宴会場であり、1人当たり1万2,000円の午餐の他にアルコール等の飲物が提供され、著名な歌手やピアノ演奏家等による歌謡・演奏のコンサ一トが催されるなど大きな規模で行われたものであり、支出総額は、おおよそ2,100万円ないし2,700万円と高額であって、参加者1人当たりの費用としてもおおよそ2万2,000円ないし2万8,000円に上ります。 そして、この金額が、平日の昼の時間帯に、開演から終了まで4時間程度という比較的短い時間で行われた慰安行事に費やされた額としては極めて高額であることは明らかです。したがって、「感謝の集い」は、法人が費用を負担して行う福利厚生事業として社会一般的に行われていると認められる行事の程度を著しく超えているといわざるを得ないのです。 しかし、福利厚生の狙いと効果という点から観察すれば、単に金額を対比すべきではないと思います。   14 行事の内容とX社の主張 (1) 主張その1 措置法61条の4第3項及び措置法通達61の4(1)-1によれば、全従業員を対象とした慰安目的の行事に係る費用は、福利厚生費に該当し、「通常要する費用」であるか否かを問わず、そもそも「交際費等」には該当しません。 すなわち、措置法61条の4第3項は、「交際費等」の支出の相手方につき「その得意先、仕入先その他事業に関係ある者等」と規定しているところ、この文言から一般的に理解されるのは取引相手ですから、従業員に対する支出は福利厚生費であって、「交際費等」には該当しないものの、特定の一部の従業員を対象とする場合には、法人の冗費が増大し、損金不算入制度の趣旨に反するから、福利厚生費ということはできず、例外的に「交際費等」に該当するものと解すべきです。この点、措置法通達61の4(1)-1においても、「福利厚生費」は交際費等には含まれないものとするとされており、福利厚生費が「通常要する費用」を超える場合を除くとは規定されていません。 このような通達の規定からも、福利厚生費は、費用の多寡にかかわらず、「交際費等」には含まれないというべきです。 「感謝の集い」は、X社及び協力会社等の全従業員に受益の機会が保障されたものであって、特定の一部の従業員を対象とするものではありません。したがって、「感謝の集い」に係る費用(各福利厚生費を含む)は、福利厚生費に当たり、「交際費等」には含まれないというべきです。 (2) 主張その2 仮に、課税庁主張のとおり、福利厚生費について、「通常要する費用」を超える場合には、「交際費等」に含まれると解されるとしても、各福利厚生費は、「通常要する費用」の範囲内であると認められます。すなわち、福利厚生費が「通常要する費用」の範囲内であるか否かについては、実際の支出に即して、その目的達成との関係において通常要する費用かどうかという観点から、行事の規模、開催の場所、参加者の構成、飲食等の内容、1人当たりの費用額、会社の規模を判断要素として判断すべきであって、実際の支出の目的達成とは無関係に、抽象的一般的に判断すべきではありません。 「感謝の集い」については、その目的が全従業員に対して感謝の意を表するとともに、労働意欲の向上を図ることなどにあって、1,000人を超える従業員全員を一堂に集める必要があること、工場での操業を2日以上停止させることはできないことなどに照らせば、判断要素のどの点についても「通常要する費用」の範囲に含まれるというべきです。 したがって、各福利厚生費は除外費用に該当し、措置法61条の4第3項の「交際費等」には該当しないというべきです。 *  *  * ここに述べた、通達に書かれていない等は納税者の反論に過ぎません。福利厚生は、交際費等と異なる視点で検討すべきでしょう。   15 私見 交際費とすべきか福利厚生費とすべきかは、単に支出金額が通常性を保っているか否か等だけではなく、一体性を保つため、稼働を止めずに福利厚生事業を行う効果を考えるなど多面的な要素が必要となります。従業員を確保するためにはどうすればよいか等は経営手法を含めて考えるべきですし、その内容が変化しつつあることを理解すべきです。 税務の判断にも新しい経営手法を加味すべきでしょう。 (了)

#No. 278(掲載号)
#山本 守之
2018/07/26

これからの国際税務 【第8回】「多国籍企業情報の文書化義務と税務コンプライアンス」

これからの国際税務 【第8回】 「多国籍企業情報の文書化義務と税務コンプライアンス」   早稲田大學大学院会計研究科 教授 青山 慶二   1 BEPS合意に基づく国別報告書、マスターファイル等の整備 多国籍企業グループによる巧妙な二重非課税スキームの活用による租税回避は、多くの国の課税当局の財政運営に対するチャレンジとして注目を浴び、BEPSプロジェクトで対応策が合意された。 それらのスキームは、国家間の税制のミスマッチの間隙を突く点に共通する特色があり、BEPS勧告の多くは国内法及び条約の実体法規定(PE帰属利得、移転価格、CFC税制等)の改正を指摘するものであったが、同時に、超過収益の源となる無形資産の収益力評価等に関する情報の非対称性という多国籍企業が安住してきた実態にも、メスが入れられることになった。 以下においては、既に実行段階に移されている国別報告書等の交換に代表される情報開示義務の拡大の内容とその意義、及び今後の課題点を概観する。   2 グループ情報の文書化義務拡大の概要 BEPS行動13に基づく移転価格文書化要請は、従来の文書化義務(移転価格算定に直接活用される比較対象取引情報を中心としたもの)を明確化するとともに、一定の規模以上のグループ法人(我が国では連結総収入1,000億円以上)については、グローバルな経営戦略を明らかにする情報(国別報告事項及び事業概況報告事項)にまで提供範囲を拡大した(租税特別措置法66条の4の4及び同66条の4の5参照)。 国別の事業体の内容、その収入金額・納税額、資本金、雇用数、資産等の事業活動の地域配分を明らかにする国別報告や、グローバルな機能・リスク配分や無形資産活用戦略などを定性的に叙述する事業概況報告は、これまでは税務調査に入った後で質問検査権の行使等で入手されうるものであったが、今後はグループのユニットが所在する全世界の課税当局で事前に入手できるようになった。 なお、上記2種類の新たな文書化は、性質上親会社において作成されると想定されているが、特に国別パーフォーマンスに係る係数を内容とする守秘性のある国別報告書は、企業は親会社所在地当局に対してのみ提出すればよいとされ、当該情報は租税条約の情報交換規定を利用して、グループ法人が所在する国の課税当局と共有されることが予定されている(我が国では、最も早い提出時期は2018年3月末であり、情報交換はすでに開始している)。   3 文書化拡大の意義 関連者間取引に対して適用される移転価格税制やPE帰属利得の焦点は独立企業原則の適用であり、その過程では、比較対象取引との差異や関連企業間の取引条件の確認に際して、各事業体が果たす機能・リスクの分析が不可欠とされている。特に、独立企業間の比較対象取引の発見が困難ないしは不可能な高度の無形資産取引を含む関連者間取引においては、親子会社間・本支店間等の機能・リスク分析は欠かせないものとなる。 BEPS懸念に悩む子会社等の所在地国では、グローバル経営方針や各拠点のパーフォーマンスに係る情報等へのアクセスが困難で、BEPSリスクの評価が不十分と意識されてきた。定量データを含む国別報告及び定性的な経営戦略の叙述を内容とする事業概況報告は、申告内容の確認及び調査の必要性の測定に大いに役立つものと期待されている。   4 今後の課題 拡大した報告義務に基づき、移転価格税制やPE帰属所得が、BEPSプロジェクトを通じて統一された実体法ガイダンス(新移転価格ガイドライン、PE帰属のガイダンス等)に沿って精緻化の上適用されると、当局及びビジネスの双方にとってグローバルスタンダードに基づく予測可能性の強化というメリットが享受される。ただし、新しい文書化情報のミス活用(特に国別報告書の定量データを十分な機能・リスク分析を経ずに直接活用する利益配分など)の懸念は、拭い去れていない。 この点については、BEPS行動14が規定する紛争解決の効率化策に期待が集まる。そこでは、①仲裁による事後解決のみならず、②バイあるいはマルチの事前確認により、文書化情報に基づく機能・リスクの分析結果を課税当局間で共有することの有効性が強調されている。 2018年1月にOECDは、日米等8ヶ国によりパイロットプロジェクトとして開始した国際コンプライアンス保証プログラム(通称ICAP)をスタートさせた。文書化情報をマルチで検討し、課税当局にとって低リスクとマルチで合意されたグループには、コンプライアンス上のアクションを取らないとするものである。目下は先進国のみの参加であるが、今後参加国が新興国にまで拡大することが望まれる。 (了)

#No. 278(掲載号)
#青山 慶二
2018/07/26

組織再編税制の歴史的変遷と制度趣旨 【第47回】

組織再編税制の歴史的変遷と制度趣旨 【第47回】   公認会計士 佐藤 信祐   (《第8章》 平成18年から平成21年までの議論) 3 国税局職員の講演 平成18年から平成21年までの間に、国税局の職員が租税研究で行った講演内容については、鍋谷彰男「組織再編税制について」租税研究695号5-34頁(平成19年)、森秀文「組織再編税制適用上の留意点」租税研究702号53-68頁(平成20年)、一石欽哉「組織再編税制における実務上の留意点」租税研究717号126-138頁(平成21年)、山田弘一「企業組織再編税制について-グループ内再編の留意点を中心に」租税研究719号134-164頁(平成21年)に掲載されている。 これらに掲載されている内容は、条文で明確なものや、その後の改正で変わったり、明確化されたりしたものも少なくない。そのため、本連載では、条文では断言できないものに対して示された国税局職員の見解のうち、現行法上も有効なものについてのみ解説を行う。 まず、森秀文「組織再編税制適用上の留意点」租税研究702号57-58頁では、100%グループ内で完結している持合株式についての見解が示されている。森氏は、完全支配関係が成立する旨の見解を示しており、本稿校了段階では、国税庁 質疑応答事例「資本関係がグループ内で完結している場合の完全支配関係について」で同様の見解が示されている。 そして、同論文129頁では、主要資産等引継要件における主要な資産及び負債の判定について、 と解説されている。 このように、事業を営む上で必要不可欠な資産のみを主要な資産と捉えていることから、引き継がなければいけない資産及び負債をかなり限定的に解していることが分かる。 それ以外の内容については、条文で明確なものや、その後の改正で変わったり、明確化されたりしたものであるため、本稿では解説を行わない。   4 筆者(佐藤信祐)の見解 (1) はじめに ここでは、平成18年から平成21年までの間に公表した筆者の見解についてまとめたい。 この間にいくつか書籍を書かせていただいたが、条文で明確なものや、その後の改正で変わったり、明確化されたりしたものもある。そのため、本連載では、条文からは断言できないものの、組織再編税制の実務家の中で暗黙知として共有されていた解釈のうち、現行法上も有効なものについてのみ解説を行う。後述するが、その後に、国税庁の解釈が公表されたものもあるため、その点についても触れる予定である。 (2) 税制適格要件 平成18年に『組織再編における税制適格要件の実務Q&A』(中央経済社)を上梓したが、その後、平成19年に第2版、平成21年に第3版を上梓したため、本稿では、第3版に基づいて解説を行う。 ① おおむね100分の80の考え方 (ⅰ) 平成21年当時の見解 拙著88頁では、以下のように記載していた。 このように、おおむね100分の80以上と規定されているものの、「従業者」に含めるべきか否かの判断が難しい場合を除き、100分の80に満たないものについては、従業者引継要件を満たすことができないと解していた。 しかし、その後の国税局の対応を見ていると、より柔軟に解する余地があるように思われる。この点については、【第32回】で解説したように、すでに平成15年段階で、東京国税局調査第一部特官付主査であった五枚橋實氏が、従業者引継要件を柔軟に解する余地を指摘していた。 そのほか、平成24年6月に行われた第2回税務大学校特別セミナー(最近の経済情勢と税制について-組織再編税制・貸倒損失の適用を中心に-)でも、丸山慶一郎氏(東京国税局調査第一部調査審理課所属)が、制度趣旨に反していない限り、100分の60や100分の70であっても、従業者引継要件を満たしていると認定することができる旨の発言をされていた。 (ⅱ) 従業者引継要件の制度趣旨 「おおむね」という不確定概念を分析する際には、従業者引継要件が設けられた趣旨を理解する必要がある。すなわち、すでに本連載で触れているが、100%グループ内の適格組織再編成の要件では、「完全に一体と考えられる持分割合の極めて高い法人間で行う組織再編成」であることから事業単位の移転であることは求められなかったのに対し、50%超100%未満グループ内の適格組織再編成、共同事業を営むための適格組織再編成は、事業単位の移転であることを求めていたことから、従業者引継要件が求められたという経緯がある。 このように、事業単位の移転であることの要件の1つとして従業者引継要件が要求されたという経緯を考えれば、75%の従業者の引継ぎであっても従業者引継要件を満たすと判断することもできるし、90%の従業者の引継ぎであっても従業者引継要件を満たさないと判断されてしまうことも考えられる。とりわけ租税回避行為が行われた場合には、「おおむね100分の80」という文言を縮小解釈することにより否認されてしまう可能性はあり得る。 (ⅲ) 実務上の留意点 それでは、納税者に有利なように「おおむね」という文言をどこまで拡大解釈することができるのかは、有価証券評価損に対する法人税基本通達9-1-7を参考にすることができる。同通達9-1-7では、おおむね50%以上の時価の下落があり、かつ、近い将来その価額の回復が見込まれていないことが要件とされているからである。 この点につき、日本税理士会連合会編、山本守之・守之会著『検証 税法上の不確定概念』16-17頁(中央経済社、平成12年)では、 とした上で、 と解説されている。 この考え方を採用すれば、従業者引継要件では、5%程度のアローワンスと考えれば75%まで認められる余地があると考えることができる。さらに、50%について5%のアローワンスを認めたということで、80%については8%以上のアローワンスが認められるべきとするならば70%くらいまでは認められる余地があると考えることもできる。 しかし、このような不確定概念が導入されたのは、「従業者」の定義が曖昧であったことが理由であると思われる。そのため、単に何%なら認められるといった考え方ではなく、引き継がない従業者の勤務実態などからして、「従業者」に含めるべきか否かの判断が難しい場合のためのアローワンスであると考えることもできる。 このように、そもそも曖昧な従業者の定義に対応するためでもあり、さらには、制度趣旨に則って従業者引継要件を満たすか否かを判断するためでもあると考えるのであれば、上記の国税不服審判所の裁決例は、「さすがに60%の引継ぎでは認められないであろう」という判断には役に立つのかもしれないが、「75%の引継ぎなら認められるはず」と判断するべきではないと思われる。 このように、「おおむね」という概念から、75%や70%の引継ぎであったとしても、従業者引継要件を満たせる場合もあり得るが、実務上、制度趣旨を踏まえたうえで判断する必要があると考えられる。 *   *   * 次回では、引き続き税制適格要件の内容について触れる予定である。 (了)

#No. 278(掲載号)
#佐藤 信祐
2018/07/26

〈平成30年度改正対応〉賃上げ・投資促進税制(旧・所得拡大促進税制)の適用上の留意点Q&A 【Q3】「比較雇用者給与等支給額に関する調整計算の見直し」

〈平成30年度改正対応〉 賃上げ・投資促進税制(旧・所得拡大促進税制)の 適用上の留意点Q&A 【Q3】 「比較雇用者給与等支給額に関する調整計算の見直し」   公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎   [Q3] 平成30年度の税制改正によって改正された、比較雇用者給与等支給額に関する調整計算の内容について教えて下さい。   [A3] 適用年度の月数と前事業年度等の月数が異なる場合の調整計算について、前事業年度の月数が6月に満たない場合の取扱いが新たに追加されました。 【解説】 (1) 調整計算の趣旨 雇用者給与等支給額が比較雇用者給与等支給額以下である場合、本税制は適用されないこととなるが(措法42の12の5①)、このような比較を行う場合には算定基礎となる月数を統一しておく必要がある。 そのため、適用年度の月数と前事業年度等の月数が異なる場合には、一定の調整(月数補正)を実施することとされている。 (2) 改正の概要 改正前の制度における調整計算は、単に前事業年度における雇用者給与等支給額に適用年度の月数を乗じ、これを当該前事業年度の月数で除して算定することとされていた(旧措法42の12の5②六ロ)。 これに対し改正後の制度では、前事業年度の月数と適用年度の月数の大小関係に応じて、以下のように算定することとされた(措令27の12の5⑥)。 このように、前事業年度の月数が6月に満たない場合の取扱いが新設されたのは、単純な月数補正の計算では給与等の支給実績を適切に反映しない可能性がある(実績部分よりも補正部分のほうが大きくなってしまう)と考えられるため、適用年度開始の日前1年以内に終了した各事業年度の実際の支給額に基づく月数補正を行うことにしたものと考えられる。 (了)

#No. 278(掲載号)
#鯨岡 健太郎
2018/07/26
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