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〔“もしも”のために知っておく〕中小企業の情報管理と法的責任 【第15回】「不正アクセスから情報を守るサイバーセキュリティ対策」

〔“もしも”のために知っておく〕 中小企業の情報管理と法的責任 【第15回】 「不正アクセスから情報を守るサイバーセキュリティ対策」   弁護士 影島 広泰   -Question- 不正アクセスなどから個人情報等を守るために、サイバーセキュリティが重要なことはよく分かっていますが、当社は小規模で、コストを掛けることは難しいですし、そもそも、まず何をすべきなのかも分かりません。 中小企業の経営者として、サイバーセキュリティを確保するために、何をしておけばよいでしょうか。 -Answer- 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が公表している「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン」の「情報セキュリティ5か条」から始めるとよいでしょう。 ◆情報セキュリティ5か条 ① OSやソフトウェアは常に最新の状態にしよう! ② ウイルス対策ソフトを導入しよう! ③ パスワードを強化しよう! ④ 共有設定を見直そう! ⑤ 脅威や攻撃の手口を知ろう! 情報漏えいの原因として3番目に多いサイバーセキュリティ(【第11回】参照)について、どのような対策を講ずればよいであろうか。 【第9回】で述べたとおり、経営者がサイバーセキュリティに関して行うべきことは、経済産業省の「サイバーセキュリティ経営ガイドライン」に整理されている。しかし、このガイドラインは、「大企業及び中小企業(小規模事業者を除く)のうち、ITに関するシステムやサービス等を供給する企業及び経営戦略上ITの利活用が不可欠である企業」の経営者を対象としていることから、多くの中小企業にとっては対策のハードルが高い。 中小企業向けの分かりやすいガイドラインとしては、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン」(2019年4月9日公開の「第3版」を以下「本ガイドライン」という)を公表しているため、今回は、これに基づいた対応を解説する。   1 経営者が認識し実施すべきこと 本ガイドラインでは、経営者は以下の3つの原則を認識すべきであるとしている。これは、基本的にはサイバーセキュリティ経営ガイドラインと同様である。つまり、経営者が認識すべきことは、大企業でも中小企業でも変わらないということである。 その上で、経営者は以下の7項目について、自ら実践するか社内の責任者・担当者に指示するべきであるとしている。なお、この7項目は、サイバーセキュリティ経営ガイドラインにおいて、経営者が担当幹部(CISO等)に指示すべき「重要10項目」の一部となっていることから、サイバーセキュリティ経営ガイドラインの10項目の中で特に大事なものが何かを示しているという意味で、大企業における対応を考える上でも示唆を与えている。   2 実際の対応(情報セキュリティ5か条) 以上は、経営者が認識すべき点と、実践すべき取組を記載したものであるが、枠組みを示しているだけであるため、実際に何をすればよいのかが今ひとつ分かりにくいと感じた方も多いであろう。 本ガイドラインでは、後半部分が「実践編」となっており、情報セキュリティの具体的な対応策が分かりやすく記載されている。詳細は本ガイドラインに当たっていただければと思うが、特に重要な5つの対策が「情報セキュリティ5か条」として列挙されているから、以下、これを紹介する(本ガイドライン17頁、付録1)。 ① OSやソフトウェアは常に最新の状態にしよう! OSやソフトウェアは、自動更新機能をオンにするなどして、常に最新の状態に保つ必要があるとされている。 この対策は、個人情報保護法の通則ガイドラインの技術的安全管理措置で義務付けられている「外部からの不正アクセス等の防止」において、中小規模事業者(従業員100人以下)が講ずる手法として例示されている「個人データを取り扱う機器等のオペレーティングシステムを最新の状態に保持する」と同様の指摘であるから、是非とも対応しておくべきものであるといえる。 ② ウイルス対策ソフトを導入しよう! ウイルス対策ソフトを導入し、ウイルス定義ファイル(パターンファイル)を常に最新の状態にしておくことが必要であるとされている。 これも、個人情報保護法の技術的安全管理措置の「外部からの不正アクセス等の防止」において、「個人データを取り扱う機器等にセキュリティ対策ソフトウェア等を導入し、自動更新機能等の活用により、これを最新状態とする」とされているところと同じであるから、是非とも対応したい。 ③ パスワードを強化しよう! 「パスワードは『長く』、『複雑に』、『使い回さない』ようにして強化しましょう。」とされている。パスワードが推測されたり、解析されたり、他のサービスから漏えいしたID/パスワードが悪用されたりすることを防ぐためである。 なお、パスワードの定期的な変更をルールとしている企業もあるかもしれないが、近時は、パスワードの定期的な変更はかえって危険であるとされている。定期的な変更を要求すると、他のサービスと使い回しにしてしまったり、短いものにしてしまったりする傾向があるからである。 現在では、総務省の「国民のための情報セキュリティサイト」や、JIPDECのプライバシーマーク(JIS Q 15001:2006)のガイドラインでも、パスワードの有効期限の設定は記載から外されている。もしパスワードの定期的な変更が継続されているならば、社内のルールを見直す必要があると考えられる。 ④ 共有設定を見直そう! クラウド上のデータ保管サービスや、ネットワーク接続したコピー機などで、設定が誤っており、第三者に公開してしまっているケースが後を絶たない。改めて共有の設定を確認する必要がある。 ⑤ 脅威や攻撃の手口を知ろう! 標的型攻撃のメールや、企業などの公式ウェブサイトによく似せた偽サイトでID/パスワードを盗む手口など、攻撃側の手口は日々進化しているため、常に新しい情報を入手することが必要である。 以上の「情報セキュリティ5か条」は、対応に大きなコストが必要なく、かつ近時の情報漏えいの原因を分析した結果として重要であるとされているものばかりであるから、中小企業においても是非とも実践していきたい。 (了)

#No. 322(掲載号)
#影島 広泰
2019/06/13

《速報解説》 日本監査役協会、KAMに関するQ&A集の前編を公表~監査役等への支援ツールとして早期適用時に必要となる対応事項を解説~

《速報解説》 日本監査役協会、KAMに関するQ&A集の前編を公表 ~監査役等への支援ツールとして早期適用時に必要となる対応事項を解説~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2019年6月11日、日本監査役協会は、「監査上の主要な検討事項(KAM)に関するQ&A集・前編」を公表した。 KAM(Key Audit Matters)の選定は監査人が行うものの、監査役等(監査役もしくは監査役会、監査等委員会又は監査委員会)と協議した事項の中から選定されるため、監査役等は、KAMの取扱いにおいて重要な役割を果たすことが期待されている。 そこで、KAMの導入は新しい制度でもあり、監査役等への支援ツールとしてQ&A集を公表するものである。今後、後編の公表を予定している。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 主な内容 Q&A集・前編では、KAMの概要及び早期適用を行う場合に対応が必要となる事項(監査契約の締結、監査計画の策定段階)を取り扱っている。 以下では主なQ&Aについて解説する。 1 KAMの適用会社及び適用時期 KAMは、金商法に基づく有価証券報告書等提出会社が対象である(非上場企業のうち資本金5億円未満又は売上高10億円未満、かつ負債総額200億円未満の企業は除く)。 2 会社法監査における監査役等の監査報告書 会社法上の会計監査人の監査報告書では、KAMの記載は任意である。 ただし、任意とはいえ、会社法上の会計監査人の監査報告書にKAMが記載されれば、監査役等は、会計監査人の監査報告書に記載されたKAMの相当性を含めて会計監査人の監査の方法を評価することになる。 今後、公表されるQ&A集・後編で、会社法監査における監査役等の監査報告書の具体的な対応を記載する予定である。 3 KAMと事業上のリスク 会社の事業上のリスクがKAMの記載に含まれることが考えられるとし、例えば、過去の大型買収案件におけるのれんの減損リスクなどをあげている。 4 KAMと特別な検討を必要とするリスク 「特別な検討を必要とするリスク」は、会計上の見積りや不正の疑いのある取引、関連当事者間で行われる通常ではない取引等の特異な取引等、監査人が監査実施の過程においてリスク・アプローチの観点から特別な検討を行う事項である。 KAMの決定に際し、「特別な検討を必要とするリスク」は考慮することになり、KAMの候補となるが、そのすべてがKAMになるというものではない。 また、KAMとされなかった事項についても、監査人は通常の監査を行うので、監査役等としては、監査人の監査を注視することになる。 5 KAMと未公表情報 KAMの記載に関する未公表情報について、監査人の守秘義務解除の適否は、多くの場合、表現の工夫により回避できるものと考え、監査人と監査役等との十分な議論や、執行側との意見交換について記載されている。 KAMの記載は、財務諸表利用者に対して、監査の内容に関するより充実した情報が提供されることにより、公共の利益に資するものと推定されるとの基本的な考え方が重要である。 6 KAMと財務報告に係る内部統制に関する事項 KAMとして「財務報告に係る内部統制に関する事項」が記載されることが考えられるとし、例えば、ITシステムの新規導入や変更があげられている。 7 KAMの記載個数 KAMが1つもないということは考えにくいが、一方で相対的な重要性であることから、現実にはある程度絞り込まれたうえで、記載する個数が決まってくるものと考えられている。 8 KAMと監査契約 KAMの早期適用は、執行側と監査役等が充分協議した上で決定し、監査契約の締結に際して監査人の合意を得ることが前提となる。 任意とされる会社法監査へのKAMの適用を行うかどうかを確認しておくことも必要と考えられている。 監査役等は、KAMの導入により、監査見積時間数及び報酬額等への影響について、監査人に説明を求め、その影響が適正に反映されているかを確認する。 9 監査人と監査役等との見解の相違 監査人と監査役等との見解の相違がある場合には、議論を尽くすことが必要とされている。 監査報告書作成時にも見解の相違がある場合には、監査役等はそれらを整理し、何らかの対応をとることが考えられるとし、今後、公表されるQ&A集・後編で取り上げる予定である。 なお、監査人との意見交換については、その都度、書面に残すことが望ましいと考えられている。 10 監査役等の責任の記載 監査人の監査報告書(会社法、金商法のいずれにおいても)に、監査役等の責任として、財務報告プロセスを監視する責任があることが記載されることになった。 この記載によって、法令で規定されている監査役等の責任が変わる趣旨ではないとのことである。監査役等の責任の法的根拠は会社法であり、財務報告プロセスの監視も取締役等の職務執行の監査の範囲内にあるとのことである。 (了)

#No. 321(掲載号)
#阿部 光成
2019/06/12

《速報解説》 国税庁が「シェアリングエコノミー等新分野の経済活動への的確な対応」として取組内容・調査事例を公表~2020年1月からは事業者等へ取引者情報の報告を求める仕組みも~

《速報解説》 国税庁が「シェアリングエコノミー等新分野の経済活動への的確な対応」として取組内容・調査事例を公表 ~2020年1月からは事業者等へ取引者情報の報告を求める仕組みも~   Profession Journal編集部   電車内でほとんどの乗客がスマートフォンを使用している姿は今や当たり前のものとなり、2020年には次世代通信システムである5Gの導入が予定されるなど、スマートフォンやタブレット端末の普及とICT(情報通信技術)の著しい発展については疑問の余地がない。 このような状況によって、事業者だけでなく消費者(個人)もその保有する資産を活用することで、気軽に収入を得ることができるようになった。例えばInstagramやYouTube等の広告収入、メルカリ等のネットフリーマーケットでの売買、Uber、Uber Earts等によるドライバー(宅配)収入、Airbnb等による民泊収入、さらには仮想通貨(暗号資産)に係る取引などもこれに当たる。 これら活動で得た所得は時に高額となり申告・納税を要するケースが生じるにもかかわらず、インターネットを通じた取引は一般に見えづらく、捕捉されにくいという一面がある。 国税庁はこのたび、上記のような、いわゆるシェアリングエコノミー等新分野を通じた経済活動に対する最新の取組内容を公表、重要課題の1つとして推進している旨をアピールした。 上記資料ではまず、シェアリングエコノミー等ネットワークを通じた取引には下記の特徴があり、適正な申告を行っていない納税者を見過ごさないよう、国税庁として的確な対応が必要であるとしている。 国税庁が行う対応として示されているのは、仮想通貨等業界団体との協同によるセミナー活動や確定申告のスマホ専用ページ作成などの『適正申告のための環境作り』、次に課税上問題があると見込まれる納税者に向けたお尋ね文書の送付等による自主的な申告内容の見直し要請を行う『行政指導の実施』、さらに大口・悪質な申告漏れ等が見込まれる納税者に対する反面調査や外国当局への情報提供要請、情報技術専門官によるデジタルフォレンジックを用いた証拠収集などの『厳正な調査の実施』となっている。 ただしこれらの取組みは、新たな経済分野に限らずこれまでも行われてきたものといえる。今回の取組内容で注目されるのは、上記対応の前提ともなる『情報収集・分析の充実』として示された3つの事項だ。 1つ目が「法的な枠組みの積極活用」として、これまでも課税上有効な情報を収集するために、事業者等に対し任意の協力を求め必要な情報を照会していたが、今年度の税制改正によってこの任意の照会(協力要請)について法令が整備されるとともに、悪質な無申告者等一定の場合には事業者等に対し取引者の氏名等情報の報告を求める仕組みが、2020年1月1日からスタートする点を紹介。 2つ目は「プロジェクトチームの設置等」として、すでに全国税局・沖縄国税事務所に設置し電⼦商取引に関する情報収集・分析等に取り組んでいる「電⼦商取引専門調査チーム」をはじめ、関係部署の指名された職員で構成されるプロジェクトチームをすべての国税局・沖縄国税事務所に設置し、緊密な連携・協調を図ることで情報収集・分析等の取組を強化する体制が、7月からスタートする(全国で200人規模を予定)。 3つ目が「ICTの積極活用」として、インターネット上で公開されている⼤量かつ様々な情報を効率的に収集する技術など新たなICTの活⽤を進めるとともに、デジタル・テクノロジーに精通した人材の育成・登⽤を進めるというもの。また、情報の一元管理とマイナンバーや法人番号をキーとした資料情報の横断的な活⽤を⽬的としたシステム整備にも取り組むとしている(2020年1月開始予定)。 これら取組みの実効性については今後明らかになると思われるが、課税当局としては情報の公開・非公開に関わらず、法定された様々な制度を駆使して情報収集に当たる姿勢を示すことで、一定の牽制を図るねらいもあると考えられる。 【参考①】 (※) 国税庁ホームページより さらに本資料では、実際の調査事例として、動画配信を行い事業者から換金可能なポイントを取得した調査対象者が換金していないポイント部分について申告漏れとなっていたケースや、チケット転売サイトで購入したチケットをネットオークションに出品・売却する際に同一者であることがばれないよう親族名義による複数のID登録等を行っていたケース(無申告)、仲介業者を通じて多額のアフィリエイト(インターネット上の成功報酬型広告)による報酬を得ていたケース(無申告)などが紹介されている。 【参考②】 (※) 国税庁ホームページより (了)

#No. 321(掲載号)
#Profession Journal 編集部
2019/06/12

《速報解説》国税庁、台湾との金融口座の「自動的情報交換」開始を公表

《速報解説》 国税庁、台湾との金融口座の「自動的情報交換」開始を公表   税理士・行政書士 島田 弘大   1 はじめに 2019年5月31日、国税庁は「台湾に対する金融情報の提供等について」を公表した。 今回公表された金融情報の提供はCRSに基づくものである。CRS(Common Reporting Standard:「共通報告基準」)とは、OECDによる国際基準やBEPS(Base Erosion and Profit Shifting:税源浸食と利益移転)プロジェクトに基づいたものであり、日本でも昨今の税制改正により対応が始まったものである。 すでにCRSに基づく金融口座情報の自動的情報交換は始まっているが、今まで台湾は含まれていなかった。2019年分以降のCRSに基づく金融口座情報に相当する情報を台湾に提供する方針を今回公表した形である。 なお、以下文中の意見に関する部分について私見が一部含まれることをご容赦いただきたい。   2 CRSの自動的情報交換の状況 CRSに基づく非居住者金融口座情報(CRS情報)の自動的情報交換について、2018年9月末が期限とされていた「初回のCRS情報交換状況」が国税庁から2018年10月に公表されたのは記憶に新しい。 その昨年の公表によると、初回の情報交換により、日本の非居住者に係る金融口座情報89,672件を58ヶ国・地域に提供した一方、日本の居住者に係る金融口座情報550,705件を64ヶ国・地域から受領した(2018年10月31日現在)とされる。 これから対象となる国・地域も多く控えているため、この数字は年々増加することが見込まれる。   3 今回新たに金融口座情報の自動的情報交換に加えられた台湾 2015年11月26日に日本と台湾双方の民間窓口機関(注)において「所得に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための交易財団法人交流協会と東亜関係協会との間の取決め(以下、「日台民間租税取決め」)」が締結されており、その中で規定されている「情報の交換」について、これまで両協会間で自動的情報交換の実施に向けた調整が行われてきた。 (注) 日本側の民間窓口機関は公益財団法人交流協会(2017年1月1日から公益財団法人日本台湾交流協会に名称変更)であり、台湾側の民間窓口機関は東亜関係協会(2017年5月17日から台湾日本関係協会に名称変更)である。 2018年11月30日には、その実施手続について両協会間で合意がなされていたが、日本の国内法の整備も整ったことから、2019年分以降のCRSに基づく金融口座情報に相当する情報を台湾に提供することとなる。 なお、台湾から日本に対しても同様に、一定の条件を満たすことを前提にして、2019年分以降のCRSに基づく金融口座情報に相当する情報が提供される予定である。 (了)

#No. 321(掲載号)
#島田 弘大
2019/06/10

プロフェッションジャーナル No.321が公開されました!~今週のお薦め記事~

2019年6月6日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.321を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2019/06/06

monthly TAX views -No.77-「税の取れない『AI時代』」

monthly TAX views -No.77- 「税の取れない『AI時代』」   東京財団政策研究所研究主幹 中央大学法科大学院特任教授 森信 茂樹   デジタルエコノミーの発達や、多様なプラットフォーマーの出現は、税金の将来に予想しがたい事態をもたらす可能性がある。以下では、筆者がそう考える根拠をいくつか挙げてみたい。 *  *  * まずは、世界的な賃金の停滞と二極化である。 これまでの3次にわたる産業革命時には、当初は雇用や賃金への悪影響が強調されたが、生産性の向上・経済発展により、結局、皆の生活は豊かになった。しかし、今回の第4次産業革命だけは様相が異なるようだ。 経済デフレ化は、これまでは中国・旧東欧圏など新興国からの安価なヒト・モノの流入・グローバル化が主因とされてきたが、最近ではAI発達に伴う労働代替が原因という説が強まりつつある。わが国でも人手不足にもかかわらず、賃金は上がっていない。 一方で米国のCEOの賃金は上がり続け、一般従業員との賃金の格差は、2018年には361倍にまで広がった。英国など欧州でもCEOの高額報酬は大きな問題となっている。 全体の所得が増加しない中で中間層が薄くなっていけば、当然だが、所得税は取れなくなっていく。 *  *  * 次に、世界中から所得を巻き上げる「巨大なプラットフォーマー」の存在である。 世界中のユーザーからビッグデータを集積し、アルゴリズムを使い、ビジネスモデルを無形資産化して、巧妙なタックスプランニングにより、タックスヘイブンや低税率国に所得を移転させる。 この問題はG20の最大関心事の1つでもあり、6月のG20大阪会合に向けて議論が続いているが、簡単にはまとまりそうもない。ユーザー国(消費国・市場国)が「データを供給したことで価値創造に参加しているので、その分は税の取り分が生じる」と主張したところで、その額はわずかなものになる。結局、巨額の所得はほとんど課税されないまま、低税率国に留保されることになりそうだ。 次に、仮想通貨(暗号資産)やブロックチェ-ンなどの新たなテクノロジーが税に及ぼす影響である。 これらは記録は残るものの、マネロンや脱税などの犯罪がらみになれば、真に取引をする者の実名を突き止めることは容易ではない。 *  *  * 最後に筆者が注目するのは、本連載でも何度か述べてきたが、シェアリングエコノミーの発達によって、物々交換的なビジネスが発展することである。 すでにわが国でも様々なポイント経済圏ができているが、今後は企業が賃金をポイントで支払うような動きもみられ、ポイントを介した物々交換的なサービス取引が拡大していく可能性がある。さらには、個⼈等が保有するスキルや時間等の無形の資産を、個⼈間で交換するサービスも出現しており、課税の前提となる金銭価値に評価できない世界が広がりつつある。 これらの広がりについては、そこまで課税しなくてもいいのでは、という意見もある。しかし、デジタル経済はあっという間に拡大していく。所得格差を放置しておくわけにはいかないし、再分配のためには社会保障財源が必要になる。 AIの発達がもたらす社会をユートピアにしていくためには、AIを使いこなすことが必要となる。我々には、人間力を磨く知識や教養が、国家にはそのための財源が必要となる。 *  *  * 以上の問題意識をもとに、日本経済新聞社から『デジタル経済と税』を上梓した。 ご興味のある方はご一読いただければ幸いである。 (了)

#No. 321(掲載号)
#森信 茂樹
2019/06/06

小規模宅地等特例に関する令和元年度(平成31年度)税制改正事項

小規模宅地等特例に関する 令和元年度(平成31年度)税制改正事項   税理士法人トゥモローズ 代表社員 税理士 大塚 英司   令和元年度(平成31年度)税制改正関連法については、去る3月27日の参議院本会議において可決・成立し、同月29日付官報において「所得税法等の一部を改正する法律」として公布された。本稿では、本件改正のうち小規模宅地等の特例に係る論点について解説を行う。   1 改正の背景 小規模宅地等の特例については、昨年(平成30年度税制改正)の「家なき子、貸付事業用宅地等」に係る改正に続き、今年度改正においても、本来の制度の目的に沿っていない特定事業用宅地等に係る特例の利用を是正するための見直しが行われた。 当該特例の本来の趣旨は、事業の継続を制度の目的とし、当該事業用の宅地等について相続税の課税価格を減額するものである。その一方で、本来の趣旨から外れるような、継続を前提としない事業を相続開始直前に開始することによって当該特例の適用を受けることができるという現行制度の状況を踏まえ、改正が行われている。 例えば、申告期限後の売却を見込んだ宅地の事業用宅地への転用や、多額の借入を行い事業用宅地の購入をし当該宅地について当該特例の適用により減額を受け、かつ、債務控除を受けるといった節税目的での利用が、趣旨から外れるような事例といえよう。   2 改正内容 ① 改正前の制度 特定事業用宅地等の制度は、被相続人等が亡くなる直前にその宅地等で事業(不動産貸付業や駐車場業等は除く)をしていた場合において、その宅地等を取得した相続人が相続税の申告期限まで引続き当該事業を継続したときは、当該特定事業用宅地等の相続税評価額につき400㎡まで80%の減額が認められている。 改正前の特定事業用宅地等は、あくまで「相続開始の直前において、被相続人等の事業の用に供されていた宅地」とのみ規定されており、その宅地等の事業供用が認められさえすれば適用ができた。例えば、相続開始の1ヶ月前に事業用に転用した宅地等であっても、申告期限まで所有及び事業継続していれば特例の適用は可能であった。 ② 特定事業用宅地等の範囲見直し 平成31年度税制改正大綱では、 と記載されており、特定事業用宅地等の範囲から、相続開始前に駆け込みで事業の用に供した不動産等については、当該特例の対象外とされた。 なお、政令に当たる括弧書きにおいて、対象外となる範囲から下記の宅地等に該当するケースが除かれている。つまり、下記の宅地等に該当するときは、特定事業用宅地等として小規模宅地等の特例が適用可能となる。   宅地等の相続税評価額 × 15% ≦ 宅地等の上で事業供用されている減価償却資産の価額  これにより、とりあえず少額で申告期限までに遊休地の事業転用を行っておこうといった節税対策が防止されることとなる。 この改正点について、法令上は下記のとおり、その対象が括弧書きにより追加規定されている。また、第6項が新設され、本年の税制改正で新設された個人版事業承継税制「個人事業者の事業用資産に係る納税猶予制度」との選択適用の旨が規定されている。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ③ 今後の留意点 今回の改正により、事業供用後3年の間に発生した相続については、事業用減価償却資産の価額の15%以上となる事業用宅地等を除き、小規模宅地等の特例が適用できないこととなった。つまり、事業継続を考えていた被相続人が亡くなった場合にも適用ができないケースが想定されるため、事業開始後3年間は、事業用宅地と事業用減価償却資産の試算を行っておき、必要に応じて事業用資産の追加投資などの検討も要す。 また、新設された個人版事業承継税制との選択適用であるため、当該税制の適用期限である令和10年(2028年)12月31日までの期間は、いずれの適用を受けるか検討をする必要がある。 なお、今年度の税制改正においては、「特定同族会社事業用宅地等」については触れられておらず、適用対象外となるような内容とはなっていないが、上述の通り小規模宅地等の特例については昨年から連続して見直しが行われており、現行制度においても、相続開始後短期間での売却が可能な点、債務控除との併用等による節税余地がある点などから、今回の特定事業用宅地等及び前回の貸付事業用宅地等と合わせて、今後も引き続き改正が行われる可能性がある。   3 適用時期及び経過措置 改正後の特定事業用宅地等の特例については、平成31年(2019年)4月1日以後に相続等により取得する財産に係る相続税から適用が開始される。ただし経過措置として、同日前から事業の用に供されている宅地等については、適用対象外となっている(所得税法等の一部を改正する法律附則79①②)。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (了)

#No. 321(掲載号)
#大塚 英司
2019/06/06

《相続専門税理士 木下勇人が教える》一歩先行く資産税周辺知識と税理士業務の活用法 【第2回】「養子縁組に関する税務上の実務論点と実務上のリスク把握」

  《相続専門税理士 木下勇人が教える》 一歩先行く資産税周辺知識と税理士業務の活用法 【第2回】 「養子縁組に関する税務上の実務論点と実務上のリスク把握」   公認会計士・税理士 木下 勇人   今回は、相続対策の提案に必ずと言っていいほど挙げられる「養子縁組」につき、税務上の実務論点とリスク把握を検証する。   1 節税目的の養子縁組の可否 相続税の節税目的のために、実務上、養子縁組を適用する場面は多いと推測される。2017年1月31日最高裁第3小法廷にて「節税目的の養子縁組でも直ちに無効とはいえない」との初判断を示したことは記憶に新しい。 ただし、相続税の負担を不当に減少させる結果となると認められる場合には、当該養子の数を当該相続人の数に算入しないで相続税の課税価格及び相続税額を計算することができることには、引き続き注意を要する(相法63)。   2 税務上の論点整理 (1) 養子の数に関する算入制限(相法15②③:昭和63年度税制改正) どのようなケースが「実子とみなすか」を理解しておくことは、実務上必須となる。また、相続税の計算上、養子が相続人の数に算入されることにより、相続税の節税効果が生じるのは、①遺産に係る基礎控除額の計算、②相続税の総額を計算する場合の累進税率の緩和、③生命保険金・退職手当金等の非課税限度額の計算、④未成年者控除・障害者控除、⑤相続の一代飛ばし、などが挙げられる。 (2) 相続税の2割加算制度の改正(相法18②:平成15年度税制改正) 平成15年4月1日以後に相続又は遺贈により取得した財産に係る相続税について、孫養子に2割加算が適用されるようになった。ただし、代襲相続の場合には適用がない。 (3) 間接的な節税効果 養子縁組により直系卑属となるため、そこから副次的な効果が生ずる場面がある。①住宅取得等資金贈与、②教育資金一括贈与、③結婚・子育て資金一括贈与、④相続時精算課税、⑤特例贈与の税率、などが挙げられる。 また、養子縁組をせずに遺言を用いて財産を取得すると原因は「遺贈」となるが、養子縁組後に相続により財産を取得すると原因は「相続」となる。その結果として、⑥登録免許税、⑦不動産取得税、などにも副次的に節税効果が生ずる。   3 実務上のリスク把握 (1) 改姓されるケース 養子縁組を提案して、クライアントに一番難色を示されるのが、改姓すること。①改姓されるケース、②改姓されないケース、につき戸籍法を理解して提案することが求められる。思わぬケースで改姓しない場合もある。 (2) 未成年者との養子縁組 祖父母と孫の養子縁組後に、祖父母に相続が発生した場合で、仮に孫養子が未成年者(10歳など)の場合、遺産分割手続に特別代理人が登場する。そのため、法定相続分の取得が必須となるため、相続人の数を増加させるためだけを目的とした場合にはリスクとなる。また、財産などに債務付きの収益不動産しかない場合、金融機関との間で債務引受の問題は残ると思われる。 (3) 養女となった長男の妻 長男の妻が長男の両親と養子縁組をし、その後、長男夫婦が離婚した場合はどうだろうか。離婚したからといっても養子関係は切れない。養子離縁手続きをする必要がある。昨今、離婚率が上昇していることを鑑みると、1つのリスクと捉えるべきと考える。また、離婚した長男の妻に養子離縁の意思があっても、長男の両親が認知症を発症している場合もリスクになりえると考える。 (4) 相続分・遺留分を減少させる目的の養子縁組 財産を相続させたくない子供(例えば次男)がいる場合に、長男を除く長男一家を養子縁組した場合はどうだろうか。高齢の親につき、認知症の問題も相まって、養子縁組無効確認の訴えのリスクが高まる。実子がいる場合に複数人を養子縁組しても節税効果は生じないが、感情が複雑に絡んだ相続では、節税効果よりもこちらの方が重視されるケースは存在しえる。 このようなケースを念頭に、税務以外のリスクにも目を向ける必要があると思われる。   (了)

#No. 321(掲載号)
#木下 勇人
2019/06/06

法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例6】「機械装置の取得と減価償却費の計上」

法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例6】 「機械装置の取得と減価償却費の計上」   国際医療福祉大学大学院准教授 税理士 安部 和彦   【Q】 私は東京都内の下町で、自動車部品等の製造を行っている町工場を運営する株式会社(3月決算)の代表取締役です。平成30年1月に工場内の機械装置の入れ替えを行うことを決定し、メーカーとの交渉を経て該当する機械装置を購入し、設置工事を経て、平成30年3月に当該機械装置を事業の用に供しました。当然のことながら、当該機械装置につき事業の用に供した平成30年3月期において、1ヶ月分の減価償却費の計上を行っております。 ところが、先日受けた税務調査で、機械装置を事業の用に供したのは平成30年4月15日と平成30年3月期の翌期であり、平成30年3月期には未だ機械装置を取得していないのであるから、その期において計上した減価償却費の計上は認められない、と調査官に言い渡されました。 確かに、当該機械装置は、弊社としてはどうしても平成30年3月中に操業を開始したいと熱望し、メーカーにもその旨を度々話してきたのですが、あいにく据付工事の後の試運転の際、ソフトウェアの不具合等もあってなかなか仕様書通りの数値を出すことができず、検収が翌期の4月15日にずれ込んだのは事実です。しかし、遅くとも平成30年3月20日には8割がた仕様書の数値をクリアしており、当該機械装置を使った部品の製作も開始され、当該部品の一部は平成30年3月中に出荷されております。 そうなると、平成30年3月期には機械装置を取得しており、損金経理により1ヶ月分の減価償却費の計上を行っていることから、当該金額の損金算入は認められてしかるべきと考えるのですが、いかがでしょうか。なお、契約上、代金の支払いは検収日に行い、その日に所有権がわが社に移転しております。   【A】 機械装置の減価償却費の計上は、当該資産を取得し事業の用に供したときから行うべきものと考えられます。本件の場合、機械装置を特定の場所(工場)に設置し、これを稼働させることを目的とする請負契約であるため、請負人であるメーカーにおいて、当該機械装置を設置すべき場所に物理的に設置するのみならず、当該機械装置をその使用目的に沿って使用することが可能な状態にすることが予定されているものといえます。 そのため、本件機械装置の取得は、その検収日かつ所有権移転の日である平成30年4月15日において行われたと解するのが相当であり、その日から減価償却費を計上することとなります。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 減価償却費の計上の要件 法人が固定資産(減価償却資産、法法2二十三)の減価償却費を各事業年度の損金の額に算入するためには、以下の2つの要件を満たす必要がある。 ① その事業年度中に減価償却資産を「取得」していること(法法31①) この場合の「取得」とは、機械装置の設置の請負契約の場合には、その引渡しを受けていることが必要となる(名古屋高裁平成4年10月29日判決・行裁例集43巻10号1385頁)。 ② その事業年度に減価償却資産を「事業の用に供している」こと(法令13カッコ書) 事業の用に供していることを減価償却費計上の要件としている理由は、事業の用に供していない資産からは、その法人の負担すべき費用が発生するものではないという、減価償却の目的及び機能から導かれるものと解されている。フィルムリース事件(最高裁平成18年1月24日判決・民集60巻1号252頁)参照。 また、法人税法においては、法人が選択した減価償却の方法で計算した金額は損金に算入されるべき減価償却費の限度額(償却限度額)であり、減価償却費として損金に算入されるのは、そのうち損金経理(法法2二十五)をした金額(損金経理額)である(法法31①)。 上記減価償却資産の減価償却費の計上に係る要件を図示すると以下の通りとなる。 〇減価償却資産の減価償却費の計上に係る要件 (2) 減価償却費の計上につき争われた裁判例 ここでは、法人における減価償却費の計上につき争われた最近の裁判例を見ていきたい。まず、(1)で挙げた減価償却費の計上の要件のうち、①の減価償却資産の「取得」に関し、その時期が争われた裁判例である(東京高裁平成30年9月5日判決・TAINSコード:Z888-2212)。 当該裁判例では、法人が機械装置を自社の工場に設置し試運転を行ったところ、不具合があったため、その調整等を行った結果、当該機械装置に関する検収が翌事業年度までずれ込んだ事案につき、裁判所は以下の通り判示した。 要するに、減価償却資産の「取得」((1)の要件①)に関し、その時期は、引渡しがあったときであり、それは機械装置を単に設置しただけのタイミングではなく、(早くとも)不具合の調整や改善が行われ、検収がなされたタイミングまでずれ込むということである。 ただし、当該判示では、減価償却費を計上するタイミングとして、果たして「検収日=引渡しの日(5月27日)」なのか、それとも、契約上所有権の移転する時期は代金全額が支払われた日とされているため、「契約上の所有権移転の日(7月10日)」なのか、不明である。当該裁判例においては、減価償却費の計上が(納税者の主張する)平成25年3月期か、それとも(課税庁が主張する)翌期かを判断できれば十分であり、翌期のいずれの日であるかは判断の対象外である。その点が実務指針としての当該裁判例の限界である(※1)。 (※1) 小山浩「近時の企業実務上留意すべき租税裁判例・裁決例の解説」『租税研究』2019年5月号256、257頁参照。 なお、当該裁判例の原審では、減価償却資産の取得につき、以下の通り判示している(東京地裁平成30年3月6日判決・TAINSコード:Z888-2211)。 ここでも、減価償却資産の「取得」に関し、その時期は、「請負人において当該機械装置等の物理的な設置及び所要の調整作業等を完了した上で、注文者による当該機械装置等が所期の性能を有することの確認等」がなされたタイミング、すなわち「検収日」以後であるということを言っている。 (3) 減価償却費計上開始の日は引渡しの日か所有権移転の日か 上記裁判例において裁判所は判断を示さなかったが、われわれが当該裁判例で本当に知りたかったのは、減価償却費の計上開始日は「引渡しの日」か、それとも「所有権移転の日」かという点であった。 〇裁判例の事実関係とスケジュール 原告・納税者は、機械の設置及び立会が平成25年2月20日に完了しているので、その日から減価償却費の計上を2ヶ月分(2月及び3月分)行ったと主張している。一方課税庁は、平成25年3月期には機械の不具合が調整されておらず、検収に基づく引渡しが行われていないため、減価償却費の計上はできないと主張している。 この点に関し、裁判所は、本件は機械装置の納入に係る請負契約であるため、その減価償却費の計上には目的物である機械装置の所有権が移転(すなわち取得)することが求められるとし、その取得の日は早くとも平成25年5月27日(平成26年3月期)であるとした。 それでは、結局、減価償却費の計上開始日は引渡しの日(機械装置の検収日)なのか、それとも所有権移転の日(請負代金支払完了日)なのか。租税法の通説では、収益及び費用の年度帰属は実現主義ないし権利確定主義により、それが請負契約の場合は、仕事の目的物の引渡しと同時に権利が確定すると解していたように思われる(※2)。また、判例上もそうである(前掲名古屋高裁平成4年10月29日判決)。 (※2) 金子宏『租税法(第二十三版)』(弘文堂・2019年)358頁。 当該通説・判例の立場に従えば、課税庁の言うように、減価償却費の計上開始日は引渡しの日(すなわち機械装置の検収日)と解するのが妥当であると考えられる。 これに対し、所有権移転の日(請負代金支払完了日)を減価償却費の計上開始日とするのは、私法上の法律関係(業務請負契約書)を重視するということになるのであろうが、必ずしも妥当な結論が導き出されるとは限らないと考えられる。なぜなら、契約書で定められた業務の内容をすべて完了し、目的物を事業の用に供して使用収益を開始していたとしても、支払いが完了していないため所有権が移転していないとして、減価償却費の計上ができないとなると、収益の計上時期と費用の計上時期にズレ(行き別れ)が生じる可能性があるからである。 そうなると、引渡しの日と所有権移転の日とが期をまたぐ(後者が翌事業年度となる)場合、課税庁が、収益は引渡しの日を基準に事業の用に供し使用収益を開始しているため前倒しで計上を開始し、費用(減価償却費)の計上は私法上の法律関係を重視して後ろ倒し(翌事業年度)で行うと主張するケースも出てきかねず、深刻な問題となり得る(コストなしで収益獲得?)。 〇収益と費用の「行き別れ」 (4) 私法上の法律行為解釈と減価償却 減価償却費の計上に関し、減価償却資産の「取得」((1)の要件①)の時期が重要なのは言うまでもないし、その解釈を私法(特に民法)上の法律行為に基づき行うとする裁判例(東京地裁平成30年3月6日判決・控訴審も同旨)の考え方は妥当であろう。しかし、この要件だけで減価償却費の計上の時期を判断するのは不十分である。なぜなら、減価償却資産を取得しても、それを取得者がその事業の用に供していなければ((1)の要件②)、そこから収益は生み出されないからである。 すなわち、減価償却資産を使用しそこから収益が生み出され、それを益金に算入するから、対応する費用である減価償却費を計上し(費用収益対応の原則)、損金経理により損金に算入するというのが、法人税法における所得計算の基本的な枠組みである。 裏を返せば、取得しておらず、事業の用にも供していない減価償却資産からは、収益も益金も稼得することはないということである。筆者が懸念するのは、私法上の法律行為解釈を重視することは妥当であるが、それを費用・損金にのみ適用し、収益・益金との対応関係を考慮しないという不整合により、収益・益金計上の前倒し、費用・損金計上の後倒しが発生するという「誤った」課税が起こり得るという点である。 本連載で何度も強調している通り、費用収益対応の原則は租税法・法人税法においても所得計算の基本原則である。法人税法における費用収益対応の原則は、益金とそれに対応する損金は同一事業年度に帰属するという形態を採ると解するべきであろう。 〇法人税法における費用収益対応(同一年度帰属)の原則 上記(3)の問い「減価償却費計上開始の日は引渡しの日か所有権移転の日か」に戻れば、私見では、租税法の通説に従い、引渡しの日に開始するのが妥当と考える。それと同時に、特に本連載で強調したいのは、いずれを採用したとしても、費用収益対応の原則から、収益と費用とは同時に計上(同一事業年度に帰属)するという原則からは外れてはならないということである。 (5) 本件へのあてはめ 本件の場合、幸いにして、検収・引渡しの日と取得・所有権移転の日が一致しており、上記(3)(4)で検討したような「行き別れ」は生じない。そのため、本件は、機械装置を特定の場所(工場)に設置し、これを稼働させることを目的とする請負契約であるため、請負人であるメーカーにおいて、当該機械装置を設置すべき場所に物理的に設置するのみならず、当該機械装置をその使用目的に沿って使用することが可能な状態にすることが予定されているものといえる。 したがって、本件機械装置の取得は、その検収日かつ所有権移転の日である平成30年4月15日において行われたと解するのが相当であり、その日から減価償却費を計上することとなる。 一方、収益の計上は、費用収益対応の原則から、減価償却費の計上と同一事業年度に行う(帰属する)こととなる、すなわち平成31年3月期に行うべきものと考えられる。 (了)

#No. 321(掲載号)
#安部 和彦
2019/06/06

租税争訟レポート 【第43回】「税理士に対する所得の秘匿行為を重加算税の賦課要件に該当すると判断した事例(東京地方裁判所平成30年6月29日判決)」

租税争訟レポート 【第43回】 「税理士に対する所得の秘匿行為を重加算税の賦課要件に該当すると判断した事例 (東京地方裁判所平成30年6月29日判決)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝   〈訴訟の概要〉   【事案の概要】 本件は、所有する不動産に係る賃料収入を得ていた原告が、西大寺税務署長から、平成27年3月6日、平成19年から平成25年分までの所得税についての更正処分及びこれらの所得税に係る重加算税の賦課決定処分を受けたことから、西大寺税務署長が所属する被告に対し、①平成19年から平成22年分までの所得税の各更正処分について、原告に「偽りその他不正の行為」(平成27年改正前の国税通則法70条4項)はなく、更正処分の除斥期間である3年を経過してされたものであり、違法であるとして、②平成19年から平成22年分までの所得税に係る重加算税の各賦課決定処分について、違法な更正処分を前提とし、かつ、重加算税の賦課要件(国税通則法68条1項)である「隠蔽又は仮装」の事実がないのにされた違法なものであるとして、③平成23年から平成25年分までの所得税に係る重加算税の各賦課決定処分のうち、過少申告加算税相当額を超える部分について、「隠蔽又は仮装」の事実がないのにされた違法なものであるとして、それぞれ、その取消しを求める事案である。   【判決の概要】 1 原告に「隠蔽又は仮装」の事実が認められるか[争点1] (1) 被告の主張 被告は、原告の姿勢について、次のように説明して、当初から所得を過少に申告することを意図し、税理士に対する不動産所得の秘匿という過少申告の意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした上、その意図に基づく過少申告をしたのであるから、国税通則法68条1項に規定する重加算税の賦課要件である「隠蔽又は仮装」の事実が認められると主張した。 (2) 原告の主張 原告は、本件賃料収入の存在は認識していたが、本件の土地については関連する多額の支出又は損失があり、本件各土地建物全体として利益はないと思い、平成19年から平成25年分までの所得税の申告において、申告すべき不動産所得があると明確には認識していなかったとしている。 また、原告は、本件各土地建物に係る不動産所得が申告されていないことを認識しておらず、過少申告の意図に基づき同所得の秘匿を行った事実もないから、「過少申告の意図を外部からもうかがい得る特段の行動」はなく、したがって「隠蔽又は仮装」もなく、重加算税の賦課要件を満たさないと主張した。 2 原告に「偽りその他不正の行為」が認められるか[争点2] (1) 被告の主張 原告は、平成19年分から平成25年分までの所得税について過少申告の意図の下に内容虚偽の確定申告書を提出していたものであるし、また、「隠蔽又は仮装」を行っていたのであるから、いずれの点からみても、国税通則法70条4項の「偽りその他不正の行為」に該当し、7年の除斥期間が適用されると主張した。 (2) 原告の主張 原告に「隠蔽又は仮装」の事実はなく、「偽りその他不正の行為」もないから、更正処分及び重加算税の賦課決定処分の除斥期間は法定申告期限からそれぞれ3年及び5年であり、本件各更正処分及び本件各賦課決定処分のうち、本件各更正処分に係るものは全て違法であるとした。 3 裁判所の判断 (1) 「隠蔽又は仮装」の解釈 裁判所は、原告に「隠蔽又は仮装」の事実が認められるか[争点1]の判断に先立ち、「隠蔽又は仮装」の解釈について、以下のように判示した。 その上で、税理士との関係について、特定の所得を申告すべきことを熟知しながら、税理士から当該所得の有無について質問を受け、資料の提出も求められたにもかかわらず、確定的な脱税の意思に基づいて、当該所得のあることを税理士に対して秘匿し、何らの資料も提供することなく、税理士に過少な申告を記載した確定申告書を作成させてこれを提出した場合には、「過少申告の意図を外部からもうかがい得る特段の行動」があったといえると述べた。 さらに、裁判所は以下の判断を示した(下線は筆者による)。 (2) 原告における「隠蔽又は仮装」の認定 裁判所は、以下の事実認定から、原告について、賃料収入に係る不動産所得を申告すべきことを熟知しながら、確定的な脱税の意思に基づき、当該所得に関する資料を意図的に顧問税理士に提示せず、顧問税理士に過少な申告を記載した平成19年分から平成25年分までの確定申告書を作成させてこれを提出するという「過少申告の意図を外部からもうかがい得る特段の行動」をした上で、その意図に基づく過少申告をしたものと認めるのが相当であると判断した。 (3) 原告に「偽りその他不正の行為」が認められるか[争点2] 裁判所は、原告による平成19年分から平成25年分までの所得税の申告は、いずれも「隠蔽又は仮装」に基づく申告といえることから、同時に、国税通則法70条4項にいう「偽りその他不正の行為」によりその全部又は一部の税額を免れたものともいえると判断して、原告の主張を一蹴した。   【解説】 税務調査に立ち会った顧問税理士にとって、調査官から、納税者が所得の一部又は全部を隠していることを告知されることは、最も避けたい事態の1つであろう。本件訴訟で、東京地方裁判所は、賃料収入を隠した納税者が、確定申告を依頼した税理士に過少申告となる申告書を作成させた事案について、重加算税の賦課決定処分を適法であると判断した。 1 税理士による資料の提出要請があったか否か 本件判決の中で最も注目したのは、前述した「3 裁判所の判断」(1)の中でも下線を附した箇所、すなわち、税理士が納税者に対して資料を提示するよう要請したかどうかは問題ではなく、納税者が「申告すべきことを熟知」しているにもかかわらず、「確定的な脱税の意思に基づ」いて、「所得のあることを税理士に対して秘匿」した場合には、「税理士に対する所得の秘匿は『過少申告の意図を外部からもうかがい得る特段の行動』を構成する」と明確に判断したことである。 判決文を読む限りでは、本訴訟における原告は多額の貸付金を有していたこともあり、顧問税理士の担当者が、賃料収入を貸付金の回収による入金と考えていたとのことであった。 そうだとすれば、顧問税理士は不動産賃料収入について特段の資料提出を要求していなかったであろうと思われるが、裁判所は上記の判断を示すことにより、原告の秘匿行為について、「隠蔽又は仮装」に該当するという結論を導いている。 2 原告が賃料収入を秘匿した動機 判決によれば、西大寺税務署による税務調査において、原告は、調査官に「申告しなかった理由」を尋ねられた際に、以下のように答えたという。 原告が、「税務署にバレなければいい」と考えて所得から除外していた金額は、次の表のとおり、毎年400万円程度であった。 《原告による申告額と更正処分額(単位:円)》 3 収入の申告漏れを防ぐために税理士ができること 本稿の最後に、本件訴訟の原告のように、「確定的な脱税の意思」を持った納税者の確定申告にあたり、税理士として、どう対処すべきかを検討したい。 本来であれば、納税者に脱税をうかがわせる兆候を感じた場合には、税理士という資格を守るためにも、税務代理を受任しないことが1番である。税務代理の受任契約締結の段階で、租税法規に違反する事実があれば、いつでも契約の解除ができることを予め契約条項に入れた上で、その内容を告知して、「法律違反である脱税はさせない」ことを明確にしておく必要があるだろう。 本件原告のように多額の収入があり、それが所得に該当するのか、貸付金の弁済を受けたものであるのかが税務調査で問題となることが考えられるのであれば、貸付金の根拠である消費貸借契約の提示を納税者に求め、返済が条項どおりに行われているのかを確認する必要があることは言うまでもない。 例えば、「貸付金に利息が附されていれば、利息収入を申告しなければならない可能性も検討する必要があるから、契約書を確認したい」と申し出れば、特に納税者へ不快感を与えずに済むのではないだろうか。それでも納税者が契約書の開示を拒むようであれば、それは「不正の端緒」と言えるだろう。その場合は、「申告する内容について、税理士として責任が持てないので、辞任したい」と申し入れるべきである。   (了)

#No. 321(掲載号)
#米澤 勝
2019/06/06
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