理由付記の不備をめぐる事例研究 【第27回】 「収益事業」 ~不動産貸付業に係る収益事業から生じた所得に該当すると判断した理由は?~ 千葉商科大学商経学部講師 泉 絢也 今回は、青色申告法人である財団法人X(法人税法2条6号の公益法人等に該当する)に対して行われた公社への局舎提供に係る賃貸借料収入が不動産貸付業に係る収益事業から生じた所得に該当することを理由とする法人税更正処分の理由付記の十分性が争われた東京地裁平成22年4月22日判決(税資260号順号11426。以下「本判決」という)を取り上げる。 1 更正通知書に記載された更正の理由(本件理由付記) (注) 素材とした本判決の判決文から読み取ることができる理由付記の一部を筆者が加工している。 2 本件理由付記から読み取ることができる関係図 3 本判決の判断 本判決は、次のとおり、本件理由付記は本件局舎契約に係る業務が不動産貸付業に当たることの本質的な理由を端的に述べており、理由付記に不備はないと判断した。 (1) 理由付記の趣旨目的と記載の程度 (2) 理由付記の十分性 4 検討 (1) 関係法令等の確認 Xは、公益法人等に該当するため、各事業年度の所得のうち収益事業から生じた所得についてのみ、法人税が課される(法法4、5、7)。ここにいう収益事業とは販売業、製造業その他の政令で定める事業で、継続して事業場を設けて行われるものをいう(法法2十三)。 法人税法施行令5条1項5号は、「不動産貸付業」は原則として収益事業に含まれる旨を定めるが、同号イないしヌに掲げるものは収益事業に含まれないものとしている。とりわけ同号ホは、「国又は地方公共団体に対し直接貸し付けられる不動産の貸付業」は収益事業に含まれない旨を定めている。 (2) 求められる理由付記の程度 本件更正処分は、XがB公社にD局舎を貸し付けて、収入を得ていること及びXがこの収入を収益事業以外の収益としていること自体を否認するものではなく、むしろ、これらのことを前提とした上で、当該収入は収益事業に該当するとするものであるため、帳簿書類の記載自体を否認することなしに更正をする場合に該当すると考える。 したがって、理由付記の程度としては、更正通知書記載の更正の理由が、そのような更正をした根拠について帳簿書類の記載以上に信憑力のある資料を摘示するものでないとしても、更正の根拠を更正処分庁の恣意抑制及び不服申立ての便宜という理由付記制度の趣旨目的を充足する程度に具体的に明示するものである限り、法の要求する更正理由の付記として欠けるところはないことになる(最高裁昭和60年4月23日第三小法廷判決・民集39巻3号850頁等参照)。 (3) 理由付記の十分性 次のとおり、本件理由付記は、法の求める理由付記として十分なものであると考える。 本件理由付記は、XがB公社にD局舎を貸し付け、これによって得た収入について、「貴法人が所有する建物を、その用途に従ってB公社に利用させることの対価」であると記載している。XによるD局舎の貸付事業に係る収入が不動産の貸付けに係る対価に該当すること及び当該貸付事業は収益事業たる不動産貸付業に該当することを記載しているといえる。 また、「法人税法施行令第5条第1項第5号のイないしヌに掲げられた収益事業とされない不動産貸付業には該当しませんので、収益事業とされる不動産貸付業に係る収益となります。」として、当該貸付事業は収益事業から除かれる不動産貸付業に該当しないことを記載している。 したがって、本件理由付記は、更正処分に係る法律上及び事実上の根拠を示すものであって、結論に至る判断過程並びに判断の前提となる事実を記載するものである。そうであれば、本件理由付記は、更正処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、更正の理由を相手方に知らせて不服申立ての便宜を与えるという理由付記の趣旨目的に適うものであり、法の求める理由付記として十分なものであると考える。 なお、上述のとおり、収益事業とは販売業、製造業その他の政令で定める事業で、継続して事業場を設けて行われるものをいうところ(法法2十三)、本件理由付記は、Xの事業がこの「継続して事業場を設けて行われるもの」という要件を満たしていること、とりわけ、当該要件に該当する具体的な事実が存在することについて明記していない。しかしながら、当該要件を満たしていることが明らかであることを当然の前提としていると解されること及びこのことはX自身がよく知悉していることを考慮すると、特段の事情のない限り、この点に関して明記されていないからといって直ちに理由付記に不備があることにはならないと解しておく。 (4) 更なる議論 本件訴訟において、Xは、本件更正通知書に付記された更正理由は、Xが税務調査の段階で意見書等を提出して本件局舎業務に係る使用料が収益事業とされる不動産貸付業に係る収益に該当しないことについて詳しく主張したことに対して応答せず、結論を示しているにすぎないから、理由付記として十分なものではない旨主張した。 本判決は、次のとおり判示して、Xの上記主張を排斥した。 この点、本連載【第3回】で取り上げた大阪高裁平成25年1月18日判決(判時2203号25頁)は、行政処分庁の恣意抑制と不服申立ての便宜のために理由付記を要する論点(納税者の営む各事業が実費弁償により行われているといえるのか、実費弁償通達が適用されるのかという点)を説き起こす際に、税務調査における納税者と課税庁とのやりとりの状況を1つの事情として参照するアプローチを採用していた。そのため、この大阪高裁判決と本判決の各判断をどのように整合的に理解すべきかが問題となる(もちろん、そもそも、当該アプローチ自体に妥当性があるかという点も問題となる)。 上記大阪高裁判決の事例では、本件各事業が実費弁償により行われているといえるのか、実費弁償通達が適用されるのかという点が理由付記に全く記載されていなかった。これに対して、本件では、不動産貸付業該当性及び収益事業から除かれる不動産の貸付業該当性という本件でまさに問題となっている論点について、一応、課税庁の判断を理由として付記している。少なくとも、この点で、本件と上記大阪高裁判決の事例は相違するといえよう。 * * * 次回は、「棚卸資産計上漏れ」を理由とする法人税更正処分の理由付記の事例を取り上げる。 (了)
〔判決からみた〕 会計不正事件における当事者の損害賠償責任 【第3回】 「「取締役」の損害賠償責任」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 ニイウスコー損害賠償請求事件 (東京地方裁判所平成26年12月25日判決) 1 訴訟当事者【再掲】 2 事案の要旨【再掲】 原告は、東京証券取引所に上場していたニイウスコー株式会社(以下「ニイウスコー」という)の有価証券報告書等に虚偽の記載があったにもかかわらず、そのことを知らずにニイウスコー株式の取引をしたため損害を被ったと主張して、同社の取締役、監査役又は会計監査人であった被告ら各自に対し、主位的に金融商品取引法24条の4及び24条の5第5項において準用する同法22条に基づき、予備的に民法709条又は旧商法266条の3第1項、2項、旧商法特例法10条、18条の4第2項、21条の22第1項、会社法429条1項、2項に基づき、損害賠償として、合計2,604万8,983円及び遅延損害金の支払を求めた。 3 訴訟の争点【再掲】 本事件の争点は、以下のとおりであるが、本連載では、主に、争点②及び争点③について、裁判所の判断を検討することとしたい。 4 事業執行を担務していない代表取締役の損害賠償責任について 本稿では、裁判所がどのような事実認定を行い、事業執行を担務していない被告Y1(元代表取締役社長)について、損害賠償責任の有無を判断したのかを中心に見ておきたい。 (1) 被告Y1(元代表取締役社長割方美奈子)の主張 被告Y1は、平成14年9月6日、ニイウスコー社の取締役に就任し、平成16年9月17日、代表取締役副社長に就任した。当時、ニイウスコー社には、代表取締役が5名おり、職務権限規程により、被告Y1の職務権限は人事担当と定められていた。 したがって、被告Y1は、循環取引等の不適切取引が行われていた販売部門には全く権限が及んでいなかったため、不適切取引について知り得なかった。被告Y1は、ニイウスコー社の取締役会及び経営会議にほぼ毎回出席し、議題とされた事項については全て誠実に審議をしていた。 また、ニイウスコー社と被告Y1との間に成立した訴訟上の和解において、被告Y1が不適切取引に関与していないこと、不適切取引を知り得る立場になかったことを確認した。 以上によれば、被告Y1は、本件有価証券報告書等の記載が虚偽であることを知らなかったし、相当な注意を用いたにもかかわらず知ることができなかった。 (2) 原告の主張 被告Y1は、ニイウスコー社の有価証券報告書等の開示責任者及びIR(投資家向け情報)の担当者であった。 本件の不適切取引は、多数の役員や従業員が関与して行われていたものであることから、現場の営業担当従業員の間でも、循環取引が話題になっていたのであり、被告Y1が自ら、又は専門家の補助を受けて、在庫の製造番号を点検し、別の会社に売却した商品ではないかを確認するなどすれば、循環取引は容易に判明するものであった。 また、ニイウスコー社内部で、内部通報制度や第三者委員会制度を整備し、周知・徹底を行っていれば、循環取引等を知ることができたはずであった。 (3) 裁判所の判断 裁判所は、前提となる事実、証拠及び弁論の全趣旨から、「被告Y1が不適切取引に自ら関与していた事実は認められない」と結論づけた。 同時に、取締役は、業務執行の決定及び取締役の職務の執行の監督を職務とする取締役会の構成員であり、善良な管理者の注意をもって、法令を遵守し、株式会社のため忠実に職務を行う義務を負っていること、なかでも、代表取締役は、株式会社の業務に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有し、会社の業務執行全般を統括する責務を負っていることを明らかにしたうえで、次のように判示した。 そのうえで、不適切取引の金額が合計682億円にも及び、相当大規模な不適切取引が行われていたにもかかわらず、被告Y1において、取締役会や経営会議において、各部門の業務執行が適正に行われているかを監視する具体的措置をとったことを認めるに足りる証拠はないとして、本件有価証券報告書等の記載が虚偽であることを相当の注意を用いたにもかかわらず知ることができなかったということはできないと結論づけ、損害賠償責任を認めた。 (4) 裁判所が損害賠償責任を認めたポイント 代表取締役会長の指示のもと、大規模な不正が行われていたニイウスコー社では、当時、5名の代表取締役を置く異例の経営体制を敷いていた。その中で、被告Y1は、「本社機構担当」「人事担当」という職名が明記され、会計不正に関与はしていないことを裁判所は認めていた。にもかかわらず、原告である株主に対して、損害賠償責任を負うと結論づけたのは、取締役として、「取締役会や経営会議において、各部門の業務執行が適正に行われているかを監視する具体的措置」をとったことが認められないことから、取締役としての任務懈怠があったと認定したものである。 この点、前回で取り上げたニイウスコー社の社外監査役は、弁護士としての専門的見地から、「必要に応じて担当取締役から説明を聴取し、重要な事項に関する意思決定プロセスについては代表取締役への意見具申等をしていた」ことが認められるとして、損害賠償責任を認めなかったこととの比較により、「取締役として果たすべき職務」としての「業務執行が適正に行われているかの監視機能」が発揮されなかったという事実を重視した判断であると言えよう。 アーバンコーポレイション損害賠償請求事件 (東京地方裁判所平成24年6月22日判決) 1 訴訟当事者 2 事案の要旨 本件は、株式会社アーバンコーポレイション(以下「アーバン社」という)が、BNPパリバに対して、発行価額300億円の「2010年満期転換社債型新株予約権付社債」(以下「本件新株予約権付社債」という)を発行する際、実際には、当該発行に併せてBNPパリバとの間にスワップ契約を締結し、アーバン社の株価水準、売買高等に連動して調達できる資金の額が変動する、不確実性の高い資金調達の仕組みを採用していたにもかかわらず、臨時報告書等にスワップ契約を締結したことを記載せず、本件新株予約権付社債の発行によって一括で全額の資金調達が実施可能と投資者が誤認するような内容の開示を行ったとして、臨時報告書の提出日の翌日である平成20年6月27日以降、訂正報告書の提出日である同年8月13日までの間にアーバン社の株式を取得し、同日まで保有した原告らが、アーバン社の取締役又は監査役であった被告らに対し、不法行為、共同不法行為、金融商品取引法24条の4及び同条の5第5項が準用する同法22条1項に基づき、損害賠償金及びこれに対する上記平成20年8月13日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。 3 訴訟の争点 本事件の争点は、以下のとおりであるが、本稿では、主に、争点②について、裁判所の判断を検討することとしたい。 4 取締役・監査役の損害賠償責任 裁判所は、争点①について、臨時報告書等の記載は、「記載すべき重要な事項若しくは誤解を生じさせないために必要な重要な事実の記載が欠けている」ものというべきであると判示したうえで、争点②の判断にあたって、アーバン社の取締役・監査役を、本事件に関する関与の程度から、次の3つに分けて、それぞれの「相当の注意」について判断した。 (1) 準備関与取締役 ① 被告らの主張 準備に関与した取締役である被告ら4名は、検討段階において、本件スワップ契約の存在及び内容を開示するか否かについて、アーバン社内で開示に関する知識及び経験が豊富な作成担当者を通じて、アーバン社の顧問弁護士、取引相手及びその顧問弁護士と協議をしたところ、最終的に、本件スワップ契約の存在及び内容は開示する必要がないとの見解で一致し、これに従って開示しないこととしたのであるから、準備関与取締役に過失はないと主張した。 ② 裁判所の判断 これに対して、裁判所は、アーバン社顧問弁護士は、本件スワップ契約の存在及び内容を記載しない開示が誤りであること、本件新株予約権付社債の発行によって調達した資金の使途は、正確には本件スワップ契約の元本払込であり、そのように開示しないことは「投資家・株主に誤解を与えるおそれがある」ことを指摘しており、アーバン社の作成担当者は、顧問弁護士の指摘を真摯に受け止めなかったという点でその判断に誤りがあったといえると結論づけたうえで、準備関与取締役は、自らの職責として、資金使途の記載についての疑問点を作成担当者に質すなどしていれば、本件スワップ契約の存在及び内容を非開示とすることの問題点を理解することができたというべきであるから、被告らの主張は採用することができず、準備関与取締役が相当な注意を用いたということはできないと判断した。 (2) 非関与役員のうち取締役会出席役員 ① 被告らの主張 準備に関与したとは認められず、かつ、取締役会に出席していた被告らは、アーバン社の取締役会規程上、有価証券報告書や臨時報告書の記載内容については、取締役会の付議事項とはされていなかったため、本件取締役会では、本件臨時報告書等の記載内容については審議がされず、会議資料としても配布されていなかったのであるから、取締役会出席役員といえども、臨時報告書等の記載自体を知ることができなかったのであり、臨時報告書に虚偽記載等があることについて判断する契機がなかったというべきであると主張した。 ② 裁判所の判断 この主張に対し、裁判所は、「取締役は、取締役会を通じて、会社の業務執行全般を監視する職務を負っているものであるから、取締役会の付議事項及びこれと密接に関連し会社関係者の重要な利害に係る事項については、広く監視義務を負うと解するのが相当である」と一般的な判断基準を示したうえで、当該取締役会の議案は、 であり、各議案を通してみると、取引を行うべきかどうかが取締役会の議題であったということができることから、取締役会出席役員としては、臨時報告書の資金使途の記載が適正に行われているかどうかについても、取締役会での審議を通じて、監視を行うべき立場にあったというべきであると結論づけた。 にもかかわらず、取締役会議事録には、「全員異議なくこれを承認可決した」と記載されていることからすると、取締役会出席役員については、臨時報告書の記載内容について十分審議すべきであったにもかかわらず、相当な注意を用いたということはできないから、被告らの主張は採用することができない、とした。 (3) 非関与役員であり、かつ、取締役会欠席役員 本件取引の準備に関与せず、かつ、取締役会を欠席した3名の取締役(うち2名は社外取締役)及び3名の社外監査役が、相当な注意を用いたかどうかについて、裁判所は、個々の役員ごとに次のように判断した。 ① 被告井澤(元専務取締役)及び被告土肥(社外取締役、弁護士) 裁判所はまず、取締役会の日程、議案について、次のように事実認定を行った。 取締役会の招集通知は、平成20年6月25日の夜以降にされ、しかも、同月27日に予定された株主総会前に本件取引の実行を決定するというタイムスケジュールとの関係から、招集通知から間もない翌26日午後3時に開催されたというのであり、しかも、臨時報告書の記載の点は、取締役会の直接の議題ではなかったのである。 そのうえで、被告井澤及び被告士肥において、招集通知を受けてから本件取締役会開催までの間に、独自に本件取引についての情報を収集して、本件臨時報告書の作成に係るアーバン社の業務執行について監督するというのは現実には困難であったというべきであったとし、かつ、被告井澤は、広島在住の本社担当役員であることから、取締役会の翌日に控えていた定時株主総会のリハーサルのため、東京支社で開催された取締役会には出席することができず、被告土肥も、大阪在住であったため、 同日に東京支社で開催された本件取締役会に出席することができなかったことが認められることから、被告ら両名が本件取締役会を欠席したというのも、無理からぬものであり、本件取締役会の欠席をもって任務階怠を基礎づける事実ということもできないと判断した。 その判断に基づき、被告ら両名については、臨時報告書に記載すべき重要な事項等の記載が欠けていることについて、「相当な注意」を用いても知ることができなかったというべきである、として損害賠償責任を認めなかった。 ② 被告中下、被告長久、被告山岸及び被告高井(すべて社外監査役) 裁判所は、まず、社外監査役であった被告ら4名について、取引に関与していなかった役員が取引の存在を知り、そのうえで、臨時報告書等に虚偽記載等がされるのではないかと疑間を持つことは、相当な注意を払ったとしても困難であったといえるし、招集通知を受けてから取締役会開催までの間に、独自に取引についての情報を収集して、臨時報告書の作成に係るアーバン社の業務執行について監査するというのは現実には困難であったというべきであると判断した。 そして、被告ら4名は、定時株主総会のリハーサルに出席するために、既に広島にいたか、広島に向けて出発した後であり、東京で開催された本件取締役会に出席することはできなかったことが認められるのであって、監査役である被告ら4名が取締役会を欠席したことについて任務懈怠を認めることもできないことから、被告ら4名についても、臨時報告書等に記載すべき重要な事項等の記載が欠けていることについて、「相当な注意」を用いても知ることができなかったというべきであり、損害賠償責任を認めなかった。 判決の比較検討 今回取り上げた両判決に共通していることは、裁判所は、取締役の義務の範囲を広く考えているところであろうか。それぞれの判示事項を再び掲げておく。 とりわけ取締役会に出席し、漫然と議案への賛成を行ったアーバン社の取締役に対して、議案にはない「臨時報告書の記載事項」の適正性にまで、取締役会での審議を通じて、監視を行うべき立場にあったと結論づけた点は、大変重い義務を課していると言えるのではないだろうか。 これを実務に置き換えて考えると、取締役会議案の審議にあたっては、議案自体の適法性、定款違反の有無だけではなく、議案が可決成立した後における適時開示の是非やその開示内容について、投資家の合理的な判断に影響を与える重要な情報であるかどうかも含めて検討し、疑問があれば、取締役会においてそれを質すことが求められていると言えよう。 また、取締役会を欠席した取締役・監査役について、アーバンコーポレイション事件第1審判決では、取締役招集通知の翌日午後に取締役会が開催されていたこと、取締役会の翌日に予定されていた定時株主総会の準備や出席のための移動などから、欠席についての任務懈怠を認めなかったが、これは裏を返せば、取締役会の議案が事前に送られてきていた場合や欠席に合理的な理由がないまま、議案内容の確認もしていないような場合には、取締役としての任務懈怠を理由に損害賠償責任を負う可能性もあることを付言しておきたい。 * * * 連載4回目となる次回の論考では、会計監査人の損害賠償責任について、裁判所の判断を検討したい。 (了)
ファーストステップ 管理会計 【第13回】 「設備投資の経済性計算の要素」 ~ベーカリーはオーブンが決め手①~ 〔意思決定編③〕 公認会計士 石王丸 香菜子 企業が意思決定をする際に役立つ情報を提供するための会計が、意思決定会計です。今回からは、意思決定のうち、既存の枠組み自体を大きく変更するような「構造的意思決定」について考えます。 「構造的意思決定」の代表例は、新しい設備を導入するか、初期投資の必要なプロジェクトを実行するか、などの意思決定です。こうした大きな意思決定は、関係する金額が多額で、その影響が長期間に及びます。そのため、前回まで説明した日常的な意思決定(「業務的意思決定」)の場合とは異なる考え方をします。 ◆新しいオーブンの導入を考える あるベーカリーで、新しいオーブンの導入を検討しているとしましょう。オーブンは高価ですが、導入によって、今後長期にわたり売上増加が見込めます。 経営者である皆さんは、導入するオーブンの候補をしぼり、どのオーブンを導入するかを考えています。この新オーブン導入プロジェクトについて意思決定する際、どのようなことに注意したらよいでしょうか。 ◆財務会計では「期間利益」が意味を持つ 遠回りになりますが、まず、オーブンを購入した場合の支出は、財務会計上どのように処理するかを確認しておきましょう。 財務会計では、一定の期間ごとに区切って企業の「期間利益」を計算します。企業の利害関係者に対して、どれだけ儲かったかを示すためには、どこかで区切って計算する必要があるからです。 オーブンを購入した場合、この支出を購入した期だけで一度に費用としてしまうと、その期だけに巨額の費用が計上され、その後の期間における売上増加という収益(オーブンを購入したことによる効果)との対応が取れません。そのため、オーブンのための支出はいったん資産として計上し、その後の利用期間にわたって平準化して費用処理する(減価償却する)という方法を取ることで、適切な「期間利益」を計算することになります。 イメージしやすいように、各投資案件を、串に刺したお団子(!)と考えましょう。財務会計の考え方は、お団子を串から外して、一期間に1つずつ食べるようなものです。その一期間に食べたお団子を重視するので、最初に払った串刺しお団子全体の代金は、お団子の数で割って、それぞれの期間に割り振り、一期間の満腹度合い(?)との対応を考えます。 ◆投資の意思決定で意味を持つのは・・・? これに対して、投資の意思決定は、その投資でどれだけ儲かるかを企業内部で考えるものですので、一定期間ごとに区切って「期間利益」を計算する必要はありません。 意思決定上大切なのは、『その投資案件全体でどれだけ儲かるか』ということなので、投資から得られる儲け、すなわち「キャッシュフロー」が意味を持ちます。 つまり、投資の意思決定会計上は、串に刺したままのお団子を考えればよいことになり、串刺しお団子全体で、いくらかかってどれだけ満腹になったのかを考えます。 投資の意思決定にあたっては、次の2つのことに注意が必要です。 新オーブンの導入にあたっては、オーブンの導入により影響の出る今後の期間全体について、どれだけのキャッシュフローを得られるかを考えることになります。 ◆税金の影響を考える 投資の意思決定にあたって重要なのは、その投資から得られるキャッシュフローであるということがわかりました。企業に入ってくるキャッシュであるキャッシュインフローと、企業から出ていくキャッシュであるキャッシュアウトフローとの純額(差し引き額)を考えればよいことになります。 ここで忘れてはいけないのは、税金の影響です。 例として、新しいオーブンを導入することで、今後5年間にわたり、毎年以下のキャッシュフローが生じる場合を考えてみましょう。新オーブンの購入代金は500万円とします。 オーブンの導入によって、年間200万円のキャッシュフローが生じますので、これを毎年のキャッシュフローと考えたいところです。 しかし、最終的には、ここから税金が引かれる(税金もキャッシュアウトフローになる)ので、この影響を考える必要があります。 ややこしいですが、順を追って考えてみましょう。 税金の計算上は、財務会計の考え方では「資産」であるオーブンの減価償却費を、「費用」として扱います。 オーブン500万円を5年間で均等に減価償却するとしましょう。年間の減価償却費500万円÷5年=100万円は、キャッシュアウトフローではありませんが、税金計算上は費用として織り込まれます。税率は税引前利益に対して30%として計算してみましょう。 税金を考慮した最終的なキャッシュフローは、 200万円(C)-30万円(F)= となります。つまり、税金計算上は減価償却費を費用として織り込めるので、減価償却費×30%分は税金が少なくて済むことになります。 このように、キャッシュフローの算定に際しては、 がポイントになります。 ◆今日の100万円と5年後の100万円の違いを考える ところでみなさんは、今日100万円もらえるのと、5年後に100万円もらえるのとでは、どちらがうれしいですか? おそらく誰もが「今日の100万円!」と答えるはずです。今日100万円をもらって、これを銀行に預けておけば、5年後には利息がついて100万円超に増やすことができるからです(今の低金利では、スズメの涙ほどの利息しかつきませんが・・・)。 このように、時間の経過に伴って、キャッシュには価値の差が生じます。仮に、1年間に5%の利息がつくとすれば、今日の100万円は、5年後には 100万円×1.05×1.05×1.05×1.05×1.05≒127.6万円 になりますね。逆に考えると、5年後の127.6万円は、現時点では、 127.6万円÷1.05÷1.05÷1.05÷1.05÷1.05≒100万円 の価値しかないことになります(これを「割引計算」と呼びます)。 投資の意思決定も、投資が影響を及ぼす長い期間全体について考えますので、キャッシュの時間価値を考える必要があります。 例えば、現時点でオーブンを購入することで、5年後に127.6万円のキャッシュフローが生じる場合には、投資の意思決定にあたっては、この127.6万円を現在価値に割り引いて100万円と考える(オーブン購入時点と同じベースにして考える)ということです。 ◆投資の経済性計算の方法はいろいろ 今回は少し難しい話が続きましたね(お疲れ様でした)。 ただ、設備投資の意思決定にあたっては、こうした考え方の要素を理解しておくことが近道になります。この要素をベースとして、その投資の経済性(投資をすることで儲かるか)を判断します。 判断にあたっての具体的方法は複数あり、それぞれに一長一短があります。 次回は各方法を紹介しますので、新オーブンの導入プロジェクトについて引き続き考えてみましょう。 (了)
組織再編時に必要な労務基礎知識 Q&A 【Q3】 企業が合併した場合、消滅会社の従業員の労働契約はどうなるか 特定社会保険労務士 岩楯 めぐみ 【A】 企業が合併した場合、消滅会社の従業員の労働契約は存続会社又は新設会社に自動的に承継される。 労働契約の承継 合併の場合は、すべての権利義務が包括的に承継されるため、消滅会社のすべての従業員の労働契約は、吸収合併の場合は存続会社に、新設合併の場合は新設会社に自動的に承継される。したがって、例えば、正社員の労働契約のみを承継して、契約社員、パート等の正社員以外の労働契約を承継しないという取り扱いはできない。 (※) 吸収合併・新設合併については前回参照。 個別の同意 合併の場合は、消滅会社のすべての従業員の労働契約は、存続会社又は新設会社に自動的に承継されるため、各人の個別の同意は必要としない。なお、個別の同意は必要としないものの、実務的には、従業員に対して、合併の背景や目的、労働契約が承継されること等について事前に説明を行う対応が必要となる。 合併時の労働条件 合併時には、合併を理由に当然には労働条件の変更は行われないため、基本的には合併前の労働条件がそのまま適用されることとなる。 この点については「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針」においても、「合併にあたって留意すべき事項」として、 と示されている。 したがって、合併に際し労働条件を不利益に変更する場合には、労働契約法第8条ないし第10条に基づく不利益変更の対応が必要となる。 (了)
家族信託による 新しい相続・資産承継対策 【第17回】 「信託契約作成上の留意点④」 -委託者の地位- 弁護士 荒木 俊和 前回に引き続き、信託契約作成上の留意点について述べる。 今回は信託契約における委託者の地位について解説する。 1 委託者の信託契約における位置付け 委託者は信託財産の元の保有者であり、「信託契約の当事者」として重要な立場にある。 そして、信託契約の締結により、信託財産の所有権は受託者に移転し、信託財産が賃貸不動産であるような場合には、賃貸人たる地位も同時に受託者に移転する。 そもそも信託契約は受益者のために設定されるものであり、信託契約締結後、受託者の行為を監督する権限は原則として受益者に移転するものであるため、委託者の受託者に対する権限は限定的なものとなる。 また、信託財産から利益を収受する権限は、当然のことながら受益者に移転するため、信託契約締結後は、委託者として利益を収受することはできなくなる。 2 委託者に求められる資格 委託者は、受託者との間で「信託契約を結ぶ」という法律行為を行うため、意思能力が必要となる。「意思能力」とは、行為の結果を判断するに足るだけの精神能力のことをいい、これを欠く者が行った法律行為は無効となる。 この意思能力の有無の判断については、法律上、明確な基準が存在しないため、解釈に委ねられており、実務上は裁判例等を参考として判断を行うよりほかない。 裁判例では、本人の病状、意思表示の内容、運筆の状況、医師の診断書又は鑑定書の記載内容、医療記録又は看護記録の記載内容、公証人の判断の有無(公正証書による書面作成の有無)等が判断基準とされている。 また、意思能力は、「ある」か「ない」かの二者択一ではなく、法律行為によってその程度が問題とされる。 この点、京都地判平成25年4月11日では、以下のように判示されている。 上記の内容からすると、信託契約は売買や贈与と比べて複雑な契約であるといえ、信託契約における委託者の意思能力としては、比較的高度なものが求められるといえよう。 このため、家族信託に関わる専門家としては、委託者に十分な意思能力があるかを確認した上で、案件組成を進めていく必要がある。 筆者の場合、事前に委託者予定者に認知症の疑いがあると聞いたときは、まず委託者予定者と面談を行い、住所、氏名、年齢、家族構成、財産の内容、相続対策に関する意向等を聞きつつ録音しておき、事後的に信託契約が無効とされないように配慮している。 なお上記問題への対応については、本誌掲載の『税理士が知っておきたい[認知症]と相続問題』(筆者:栗田祐太郎弁護士)の解説編【第3回】~【第7回】が参考となる。 3 委託者の権限 本稿の冒頭で「委託者の権限は限定的である」と述べたが、それでもなお委託者は、信託事務処理状況等の報告請求権、裁判所に対する受託者の解任申立権、遺言代用信託における受益者変更権、信託の変更の合意権、受益者との合意による信託終了権等の範囲において、受託者に対する権限を有している。 ただし、これらの権限は受益者も同様に有しているものであることから、委託者=受益者となる自益信託の場合は委託者の権限が直接問題になることはないものの、委託者≠受益者となる他益信託や受益権を譲渡した場合には、委託者の権限が問題になる場合もある。 また、委託者の地位は、受託者及び受益者の同意を得て、又は信託行為において定めた方法に従い、第三者に移転することができるとともに(信託法第146条第1項)、相続により承継されることから(信託法第147条の反対解釈)、当初の委託者以外(例えば委託者の子)に委託者としての権限を行使させたくないような場合には、信託契約において、委託者の地位が第三者に移転しないようにする旨の規定が必要である。 4 委託者と受益者の関係 家族信託の信託契約を締結する場合、多くは委託者の認知症対策や遺言代用のために契約を結ぶものであると考えられるため、委託者=受益者の自益信託として信託契約が締結されるものと思われる。 この場合、財産権(受益権)の移転は認められないため、贈与税等が発生する余地はない。 一方で、委託者≠受益者となる他益信託の場合、委託者から受益者への財産権の移転があったとみなされ、贈与税等が発生する場合があるため注意が必要である。 なお、基本的なことではあるが、共有の不動産を信託したにもかかわらず受益者を1名にする場合や、一筆の不動産を信託したにもかかわらず受益者を複数とするような場合にも課税が生じる可能性があるため、事前にスキームをよく検討しておくことが重要である。 5 共有財産を信託財産とする場合 最後に、共有財産を信託財産とする場合の対応について解説しておく。 相続対策が求められる財産の1つとして、共有になっている不動産が挙げられる。特に先代が不動産を単独所有していた場合に、公平の観点から、その子である兄弟が均等割合で共有にするケースが多く見受けられる。 このような形で共有となった不動産は、売却の際に共有者全員の同意が必要となったり、放置しておくと子の死亡によってさらに共有者が増加するといった問題が発生する。 これらの対策としては、共有者全員がそれぞれの持分を受託者に対して信託し、受託者において一括して管理、処分が可能としておくことが考えられる。 この際、信託契約書の形式としては、 という方法がある。 これらのメリット・デメリットはそれぞれにあるが、①の場合には各契約において矛盾が生じないように留意すること、②の場合には当事者が多く契約内容が複雑になるため、当事者の記載漏れや各委託者(受益者)の権限をどのように設定するかという点に留意する必要がある。 (了)
法務・会計・税務からみた循環取引と実務対応 【第1回】 「循環取引とは何か」 弁護士・公認不正検査士 下尾 裕 循環取引(特に「架空循環取引」等と呼ばれるもの)は、昭和の時代から登場する企業不祥事の一類型であるが、企業担当者等において問題の大きい取引であることが概ね認識されながらも、根絶に至ることなく定期的に発生しており、なお企業不祥事類型としての重要性は高いと言える。 そこで、本連載においては、全6回に分けて、循環取引の概要、法務・会計・税務からみた循環取引の評価、さらには、循環取引が発覚した場合の実務対応等について解説する。 1 循環取引の定義とは 循環取引については、法律上又は会計上定まった定義があるものではないが、その商流に着目して、「連続する売買契約等において、最初の売主等と最後の買主等が同一となる取引形態」(すなわち、円環を構成している取引形態)等と説明されることがある。 しかしながら、実際には、円環を構成している取引が全て問題となるわけではない。例えば、A社が自己の商品をB社に販売し、当該商品がC社に転売された時点で、商品不足が発覚し、D社への納入のため、やむなくC社から買い戻したという事例を想定した場合、当該取引に問題があるという評価は通常なされないであろう。 循環取引の最大の問題点は、企業が循環取引を行うことにより、売上の架空・過大計上等が生じる結果、当該企業の財務諸表がその財務状態を正確に表示しなくなる(すなわち、会計不正が発生する)こと、さらには、そのような取引を継続する結果、当該企業が経済的に破綻することにある。 その意味で、問題とされる循環取引というのは、主に会計上の評価として売上等を認識すべきではないと評価されるべきもの(世間一般に「架空循環取引」等と呼ばれるもの)であり、1つの整理としては、「取引について円環を構成する経済合理性がない取引」(その大半は「実需のない取引」すなわち、「取引の目的物を現に必要とする最終需要者(エンドユーザー)が存在しない又は想定されていない取引」)であるとの説明が可能と思われる。 そこで、以下、本連載においては、円環を構成する経済合理性のない循環取引を前提に解説を行う。 2 なぜ循環取引はなくならないのか 循環取引がなくならない理由は、循環取引に関与する当事者にそれぞれメリットがあるからに他ならない。 循環取引は、「首謀者」として関与する場合及び(自覚があるかどうかは別にして)「協力者」として関与する場合があり、過去の循環取引事例を分析すると、概ね、それぞれ次のような動機が浮かび上がる。 また、後述するとおり循環取引は不正の兆候が表れにくく発見が容易でないという特徴があり、かかる特徴が循環取引の発生を助長しているという側面がある。 3 循環取引の特徴 (1) 循環取引の構造上の特徴 (ア) いずれは必ず破綻する取引である 下記の循環取引のイメージ図を例に説明したい。 循環取引においては、各協力者が利益を得ることになる。よって、循環取引の首謀者は、1つの円環を完結させる際には、当初自らが受領した取引金額(100円)に各協力者が享受する口銭(中間マージン)相当額(2α円)が上乗せされた金額(100+2α円)を支払わなければならない。 しかしながら、各当事者が受領する口銭(中間マージン)は、銀行融資の利率に比して高率の額であるのが通常であり、首謀者において、循環取引を完結させるための資金調達を行うのは容易でないことが多い。 そのため首謀者は、時には新しい循環取引の商流を作る等の方法により資金を調達せざるをえず、その結果、循環取引の取引額が雪だるま式に増大し、最終的には資金の調達ができなくなった時点で循環取引自体が破綻に至ることになる。 このように、循環取引においては、取引開始当初から将来的な破綻の大きなリスクを抱えているという大きな特徴がある。また、上記のメカニズムにより、循環取引は、事後的に検証した場合、破綻直前に大きく取引額を増大させる場合が多く、その過程において、循環取引の当事者においては、その直接の取引先に付与された与信枠が尽きる又は一時的に超過する等の現象がしばしば発生する。 (イ) 破綻直前までは不正の兆候が表れにくい 循環取引は、少なくとも破綻又はその直前になるまでは売掛金の回収が正常になされるほか、実需がないが故に、取引先等からのクレームも発生しない。 よって、循環取引については他の企業不祥事類型とは異なり、少なくとも破綻直前に至るまでは明確な不正の兆候が表れにくいという特徴がある。 さらにいえば、正常かつ利益が上がる取引であるという評価が企業内で積み上がることで、担当部署及び監督部署等の目を曇らせ、その後の異常な事象等を見過ごしてしまうという悪循環を招くことになる。 (2) 取引形態・業界から見た循環取引の特徴 (ア) 発生しやすい取引形態 循環取引の温床となりやすい取引としては、すでに形成された2当事者間の取引の間に別の事業者が入る取引(業界により、「つけ売買」「介入取引」「帳合取引」等と呼ばれるもの)、仲間取引、業転取引(業者間転売取引)、買戻条件付取引等がある。 これらの取引に共通する事項としては、伝票のやり取りのみで取引を完結することが可能であるため、取引の目的物等に対する関心が希薄になりやすい点が挙げられる。 例えば、商社等が行う介入取引を例にとれば、当該取引は、 等の機能を有するが、売買の目的物自体は売主から買主に直送されるため、介入者は通常、目的物のデリバリーに関与せず、関心が希薄になりがちである。 このような場合、循環取引の首謀者が、真実を伏せて、取引の目的物等に対する関心が希薄な当事者を複数、取引に参加させることで、首謀者以外の当事者に悟られることなく円環を構成することが可能になり、循環取引の温床となりやすい状況が生じることになる。 (イ) 発生しやすい業界・業種 循環取引自体は、理論上、業界・業種を問わず発生するが、以下で列挙するように、前述した循環取引の温床になりやすい取引を行う商慣習がある業界、及び、取引の目的物の実在性等に対する関心が希薄になりやすい取引が行われる業界・業種において多く発生する傾向がある。 また、循環取引の対象となる目的物は多種にわたるが、劣化・陳腐化しない商品(石油、化学品等)や保存性の高い商品(冷凍食品等)、さらには、工事請負、無形資産(プログラム等)がしばしば利用される。 * * * 次回は法務からみた循環取引の解説を行う。 (了)
海外勤務の適任者を選ぶ“ヒント” 【第4回】 「「家族持ち」はメリットになりうるか?」 中小企業診断士 西田 純 連載4回目となる今回は、これまで着目してきた“個人の資質”から少し観点を変えて、家族帯同を前提とした人選についてお話したいと思います。 1 家族帯同による海外勤務 そもそも「積極的に独身者を選ぶ」、という選考基準でもあれば別ですが、ある程度の業務経験を基準に海外勤務者を選定すると、どうしても家族を持った人が候補に挙がってくるケースが多いのではないでしょうか。 子弟教育などの負担が増える40代後半以降だと、単身赴任という選択肢も出てくるかもしれませんが、家族帯同の経験は、その人が外地で過ごす数年を彩り、人生を豊かにするかけがえのない財産になりうるものです。 海外勤務者本人のみならず、配偶者や子供さんの可能性を大きく広げる機会にもなるため、可能な限り積極的に家族帯同を検討することをお勧めします。 (1) 配偶者は派遣者の“アバター”となる 海外勤務者にとってもそうですが、その家族にとっても海外生活のスタートは新しい経験による驚きの連続になるはずです。そんな中で、配偶者の存在は海外勤務者にとって、異文化と接したときの反応を客観的に観察できる貴重な機会を与えてくれます。 初めての風俗習慣や珍しい食べ物・飲み物に出会ったとき、新しい隣人に英語で自分たちのことを説明するとき、地元メディアが面白そうに日本を紹介するときなど、配偶者がどんな反応を示すのかをつぶさに見ることで、異文化との接触が自分たちにとってどの程度の刺激になるのかを客観的に把握できるのです。 それはやがて業容拡大などで事務所のスタッフが増える段階において生きてくる知見になります。 自らを客観視するのは難しいと思いますが、配偶者という「媒体(アバター)」を通じて驚きを間接経験することで得られるメリットだと言えます。 このため、家族帯同の場合は極力同居が望ましいのです。 (2) 配偶者のキャリア形成サポートも派遣企業の役割 配偶者がいわゆる専業主婦(夫)である例は、以前に比べるととても少なくなってきていると思います。海外勤務者の私生活をサポートする意味でも、配偶者のキャリア形成に対する一定の支援を、派遣企業が担うことは合理的な対応です。 具体的には、配偶者の雇用元に対する事情説明を積極的に行う、海外帯同による休業について期間や条件を雇用元と調整するなどのサポートがありうると思います。 上で述べた家族帯同の趣旨をよく理解してくれる雇用元であれば、インターネットを使った準在宅勤務のような働き方を認めてくれるケースもあるかもしれません。 (3) 子供の有無も大きな要素 海外での子弟教育は、海外勤務者を抱える企業にとっては長年の課題でした。転校先を日本人学校にするのか現地校を選ぶのか、家庭教師や通信教育はどうするか、補習校と習い事、高校・大学受験と帰国子女枠の獲得、そして受験のための帰国など、次から次へと解決すべき課題が浮上してきます。 今から人口減少が加速化し、好むと好まざるとに関わらず、海外との接点を増やさないと経済が成り立たなくなってくる未来の日本を考えたとき、子供のころにこのプロセスを経験できることは、後年間違いなく大きな知的資産になります。 2 子弟教育には大きな機会である (1) 必ずしもハンディキャップとはならない子弟帯同 教育機会についても、特にインターネットの普及が間違いなく大きな福音になっています。 具体的には、海外にいる小中学生・高校生向けの通信教育が発達していて、帰国子女経験者を登用するなどユーザーニーズに合ったサービスを提供してくれるため、たとえ日本人学校がない国であっても、以前のように大きなハンディキャップを背負うことにはならなくなったと思います。 むしろ、現地でしか体験できない習い事や、現地校での経験などは、日本では得られないアドバンテージになりうるわけです。むろん、異文化の中に飛び込むお子さんにもそれなりのストレスが生じるわけですが、昨今はそれに対応した教育相談なども充実してきています。 (2) 中期ビジョンの重要性 では、どのようにすれば子弟教育を「大きな機会」にできるのか?ということですが、ひとことで言えば「家族経営に関する中期ビジョンを持つ」ことに尽きます。 5年後、10年後、20年後について、どんな家族になっていたいのか、それが明確になっていれば、そこから逆算して「今、何が必要なのか?」をしっかりと意識した子弟教育を考えることができるのです。 え? 企業経営と同じですって? いや、実はその通りなのです。 『しっかりとした家族経営のできる人』であるならば、その人は『しっかりとした企業経営ができる人』の候補と考えて差し支えないのです。 3 候補選定上のポイント もうお分かりかと思いますが、家族持ちの社員を海外勤務者の候補と考える場合のメリットは、「家族経営」の事例を通じて将来の幹部候補の能力チェックができること、だったりするわけです。 (1) 「カンタンだから単身者」は、機会の損失 他方で、家族帯同に伴う会社側の負担は、費用的な部分も含めて無視できないものになります。また、本人にとっても本当に仕事が忙しく、とても家族帯同など考えられない、という事例もあるかもしれません。 単身者であれば、長期出張の延長線で海外勤務を考え、出張に絡めた一時帰国などを織り込むこともたやすいので、どうしても単身者を選考してしまいがちになるのだと思いますが、それが人材育成に関する機会損失になっている面もあるということをご認識いただけたらと思います。 (2) 中期的なビジョンを持って考えられる人物か 日ごろから子供の教育について配偶者とコミュニケーションが取れているか、配偶者自身のキャリア形成についてはどうか、数年間日本を離れて異国の地で過ごすことへの期待や不安はどのようなものがあるか、家族持ちの社員を海外勤務者の候補とすることで、会社は実にさまざまな情報を獲得できます。 単に海外勤務者としての適性をみることに加え、もしかしたら将来もっと大きな仕事を任せられる人かどうか、そんな視点で人物審査を行ってください。 繰り返しになりますが、キーワードは「中期的なビジョンの有無」です。 4 みておくべき点 (1) 家族構成・夫婦仲に問題はないか 家族持ちの優秀な社員が皆すべて良き家庭人だとは限りませんし、皆すべて配偶者と子弟教育のみを解決すれば海外勤務に問題がなくなるというわけでもありません。 大前提として、そもそも夫婦仲に問題があるようだと、海外勤務の話などありえない相談になるかもしれません。また家族構成について、具体的には両親の介護問題や、相続などをめぐって家族内で係争案件を抱えていたりすると、家族帯同が難しくなるケースもあるだろうと思います。 そのようなケースでは、単身による派遣を考えるしかない、という場合も出てくると思います。 というわけで、まずは家族構成・夫婦仲に問題がないか、チェックすることが重要です。 (2) ワーク・ライフバランスについての考え方 この点は特に「配偶者と考え方が一致しているかどうか」を見ておかれると良いと思います。 慣れない外地勤務の中、家庭について夫婦の間にササクレが立たないようにするには、基本的な考え方が一致しているかどうかが重要なポイントになってきます。 5 まとめ 家族の問題など、本人の能力や意欲とは別の問題で会社が期待した貢献ができなくなることを「労務リスク」と言ったりしますが、この要素について、海外勤務者を選定する時には特にしっかり確認されるようにしてください。 実りある海外勤務の経験を積むことができれば、本人のモチベーションも上がり、会社の業績にもプラスに働くことが期待できます。見えない労務リスクによってそれが不調に終わるのは残念なことです。 予防的にリスクを排除しておくことの重要性をご認識いただければと思います。 (了)
《編集部レポート》 日税連主催「報道関係者との懇談会」が開催 ~消費税の単一税率維持等、「平成30年度税制改正建議書」の重要建議項目について紹介~ Profession Journal 編集部 日本税理士会連合会は2017年7月18日(火)、日本記者クラブにおいて「報道関係者との懇談会」を開催、同会が6月22日付けで公表した「平成30年度税制改正に関する建議書」についての説明が行われた。 会の冒頭では神津信一日本税理士会連合会会長より、当日の日本経済新聞朝刊に掲載された日税連の広告(税理士の主張!日本を支える全ての人と企業のために)について紹介があり、「消費税の軽減税率について、今年は単一税率の維持等を求める勝負の年と考えている。日税連としては、あくまで“あるべき税制”の姿を求めていきたい。」旨の挨拶があった。 (神津信一日本税理士会連合会会長) 続いて、「平成30年度税制改正に関する建議書」の内容について、調査研究部副部長の平井貴昭氏・近藤雅人氏より、特に重要建議項目として掲げられた次の5項目について詳細な説明が行われた。 上記1について、消費税の軽減税率(複数税率)制度に関して、コンビニのイートインコーナーを例に、標準税率・軽減税率の判断を事業者に委ねることで起こる負担増の問題、高所得者も恩恵を受ける逆進性対策としての非効率性等を指摘しつつ、一方で、実際に導入された場合の逆進性対策の代替案として、あらかじめ国が一定額入金したプリペイドカードの配付や一定額の簡素な給付措置などの提案も行っている旨、説明があった。 また5については、法人には法人番号が付与され経済産業省等が活用に向けた取組みを行っているのに対し、個人事業者等には取引の際に自由に利用できる「番号」が存在しないことを指摘、競争の中立性が確保されないとして「個人事業者番号」の新設を求めた旨、説明があった。なお、個人事業者番号を導入することで、仮に消費税のインボイス制度が導入された際には、適格請求書発行事業者に付与される登録番号は法人番号と個人事業者番号を活用できる点についても説明が行われた。 その後、報道関係者からの質問として、消費税単一税率の維持等に係る平成30年度税制改正大綱に向けた日税連としての姿勢や、新設要望事項についての確認、償却資産税の見直しに向けた総務省との取組みの現況などについて、上西左大信調査研究部長より回答、説明が行われた。 (了)
《速報解説》 中小企業庁、平成33年までを事業承継支援の集中実施期間とした 「事業承継5ヶ年計画」を策定 ~早期承継のインセンティブ強化、小規模M&A市場の形成等に加え 事業承継税制のさらなる活用も明記 Profession Journal編集部 かねてから中小企業の経営者の高齢化と事業承継の進展の遅れが指摘されているが、このほど中小企業庁は、平成33年までの今後5年程度を事業承継支援の集中期間とし、中小企業の支援体制、支援施策を抜本的に強化するとした「事業承継5ヶ年計画」を策定した。 税制面では今年度改正において事業承継税制の要件緩和等が実施されたところだが、平成30年以降も事業承継税制のさらなる活用が明記されており、各施策と合わせ今後の動向に注視したい。 中小企業経営者の高齢化(66歳の経営者が最も多い)が進み、2020年には団塊経営者の大量引退期が到来する等、数十万者の中小企業が事業承継のタイミングを迎えることとなる。 中小企業庁によると、今後5年間で30万以上の経営者が70歳になるにもかかわらず、6割が後継者未定であり、70代の経営者でも、事業承継に向けた準備を行っている経営者は半数にとどまるとしている。さらに今後、経営者の高齢化が進むことで、企業の業績が停滞する可能性があるとも指摘している。 このような状況を踏まえ策定された「事業承継5ヶ年計画」では、以下の観点から、今後5年程度を事業承継支援の集中実施期間とし、支援体制、支援施策を抜本的に強化するとしている。 (※) 中小企業庁ホームページより (※) 中小企業庁ホームページより (※) 中小企業庁ホームページより (※) 中小企業庁ホームページより (※) 中小企業庁ホームページより * * * 従前のように経営者へ事業承継の必要性を訴え早期取組みを促すだけでなく、後継者の早期承継に対するインセンティブ強化や小規模M&Aマーケットの形成、さらに次期経営者候補としての外部経営人材の活用など、各企業の実態に応じた幅広い支援体制が示されている。 すでに後継者不在の中小企業の事業引継ぎを支援する「事業引継ぎ支援センター」など全国展開されている施策も含まれているが、これらが民間企業を含めた各組織において連携、オープン化することで、事業承継を大きく後押しする流れができることが考えられる。 なお、中小企業庁によると、小規模M&Aマーケットにおいては、現状ではその担い手が少なく、事業引継ぎ支援センターが既に大きな割合を占めているが、今後は事業引継ぎ支援センターのデータベースをオープン化することで、税理士・会計士等のプレイヤーの参入を促進したい、としている。 今後、この5ヶ年計画を元にした制度整備や必要に応じた法改正が行われるものと思われるが、中小企業にとっては、これらの施策の実施が、これまで取り組んでこなかった事業承継対策を進めるきっかけともなるだろう。税理士としては、今後の動向について、顧問先企業で活用できる施策がないか、留意しておきたい。 また、事業承継税制については平成30年度税制改正においてさらに手当てが行われる可能性もあるため、改正動向についても注視が必要だ。 (※) 中小企業庁ホームページより (了)
《速報解説》 特定譲渡制限付株式、パフォーマンスシェア等の割当時の開示手続を軽減する改正有価証券取引府令・企業開示府令が公布、同日施行 ~7/14以後開始の有価証券の募集又は売出しについて適用~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成29年7月14日、「企業内容等の開示に関する内閣府令及び有価証券の取引等の規制に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第40号)が公布された。 これにより、平成29年5月17日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。公開草案に対して寄せられたコメントについては「コメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方」が示されているので、内閣府令の解釈に際して参考になるものと考えられる。 政府は、コーポレートガバナンスの強化に関する施策の一環として、経営陣に中長期の企業価値創造を引き出すためのインセンティブを付与することができるよう株式による報酬、業績に連動した報酬等の柔軟な活用を可能とするための仕組みの整備等を図る取組みを進めている。 その取組みの一環として、①特定譲渡制限付株式、②パフォーマンスシェア、③株式報酬(所定の時期に確定した数の株式を報酬として付与するもの)等による株式の割り当てを行う場合に、(a)売買報告書の提出制度及び短期売買利益の返還請求制度の適用除外とする改正と(b)有価証券届出書における「第三者割当の場合の特記事項」の記載を不要とする改正を行うものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 有価証券の取引等の規制に関する内閣府令の改正 上場会社等の役員等による特定有価証券等の売買等の報告の提出(金融商品取引法163条)について、報告書の提出を要しない場合(金融商品取引法163条1項ただし書)に関する「有価証券の取引等の規制に関する内閣府令」30条1項13号として、次の規定を新設する。 Ⅲ 企業内容等の開示に関する内閣府令の改正 「企業内容等の開示に関する内閣府令」19条(臨時報告書の記載内容等)について、同府令19条2項1号ヲ(3)を次のように改正する。 Ⅳ 適用時期等 改正後の府令は、公布の日(平成29年7月14日)から施行する。 なお、改正後の企業内容等の開示に関する内閣府令の規定は、この府令の施行の日以後に開始する有価証券の募集又は売出し(金融商品取引法4条4項に規定する有価証券の募集又は売出しをいう)について適用し、同日前に開始した有価証券の募集又は売出しについては、なお従前の例による。 (了)