税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第69回】 「定期建物賃貸借契約の基本的な仕組みと不動産鑑定の関わり(その2)」 不動産鑑定士 黒沢 泰 1 はじめに 前回、借地借家法の適用される建物賃貸借契約の形態には、更新の有無に応じて2つのものがあり、「普通建物賃貸借契約」と「定期建物賃貸借契約」に分かれることを述べました。 そして、定期建物賃貸借契約に関しては書面なしでの契約の成立は認められないこと、貸主は借主に対し事前に書面を交付して「当該契約には更新がない」旨の説明を行わなければならない(これを欠いた場合は普通建物賃貸借契約とみなされてしまう)ことも併せて述べました。これらは主に契約という側面から定期建物賃貸借契約の特徴を捉えたものです。 そこで今回はこれらを踏まえた上で、鑑定評価という側面から定期建物賃貸借契約との関わりについて述べてみたいと思います。 2 鑑定評価と定期建物賃貸借契約との関わり 建物(敷地も含みます)を賃貸している状態で売買等を行う目的で鑑定評価が実施されることがしばしばあります。これを「貸家及びその敷地」の鑑定評価と呼んでいますが、評価に際しては、対象不動産に関して結ばれている契約が普通建物賃貸借契約であるか、定期建物賃貸借契約であるかにより、価格計算の基になる純収益の捉え方に大きな相違が生じます。 不動産鑑定士が鑑定評価の入口段階で契約形態の確認を行う理由はここにあります。 (1) 普通建物賃貸借契約の場合 普通建物賃貸借契約の場合は、更新を繰り返すことにより純収益を長期間にわたる継続的なものとして捉えるのに対し、定期建物賃貸借契約の場合は、更新がなく一定期間経過後に建物(敷地も含みます)が確実に貸主に返還されることを前提に、純収益を有限のもの(短期的なもの)として捉えることになります。 そのため、普通建物賃貸借契約の場合は、鑑定評価に際して土地建物に帰属する一期間(それも初年度)の純収益を還元利回りで割り戻し(=還元し)、土地建物一体としての価格を求める手法が適用されます。この場合、純収益は未来永劫に継続することを前提とするため、事実上、貸主の元に土地建物が返還されるという考え方は計算過程に織り込まれないこととなります。 この方法は、鑑定評価の用語でいえば、「直接還元法」あるいは「永久還元の手法」と呼ばれ、計算式は以下のとおりです(【第24回】にも掲載しましたが、同じものを再掲します。後掲の〈DCF法による計算式〉についても同様です)。 〈直接還元法による計算式〉 (2) 定期建物賃貸借契約の場合 一方、定期建物賃貸借契約の場合は、契約の残存期間にわたり年々の純収益を現在価値に割り引いてこれらを合計し、さらに契約期間終了後に貸主に返還される土地建物の時価から売却費用を控除した残額(=復帰価格)を現在価値に割り引いたものを合計した結果が「貸家及びその敷地」の価額となります。この方法は、鑑定評価の用語でいえば、「DCF法」と呼ばれ、計算式は以下のとおりです。 〈DCF法による「貸家及びその敷地」の価額〉 (※1) 将来時点での復帰価格は、契約期間終了の翌年の純収益をその時点での還元利回り(これを特に「最終還元利回り」と呼んでいます)で割り戻して求める方法が鑑定評価では一般的です。なお、最終還元利回りは、先々の時点におけるリスクを反映する分だけ高めとなる傾向があります。このようにして求めた結果を現在価値に割り引いたものがここに入ります。 〈DCF法による計算式〉 3 定期建物賃貸借契約と市場における賃料の関係 「貸家及びその敷地」の鑑定評価額は、市場において実際に授受されている賃料の水準によって大きな影響を受けることは改めて述べるまでもありません。賃料の高低が収益性に反映され、その結果が土地建物に帰属する純収益のいかんにつながるからです。 もちろん、賃料の高低のみが純収益を構成する要素ではありません(純収益=総収益-総費用として計算されるためです)。しかし、普通建物賃貸借契約と定期建物賃貸借契約との間に賃料水準の相違があるのであれば、これを上記2で述べた収益還元法の計算式に反映させる必要があります。 定期建物賃貸借契約においては、特に居住用建物の場合、貸主は賃料を普通建物賃貸借の相場よりも安めに設定するケースもありますが、一般の賃貸市場において、定期建物賃貸借契約の物件が必ずしも安めとなっているとは限らない旨を前回の終段で述べました。 そこで今回は、公表された調査資料の中から参考となるものを紹介し、賃料水準を捉える一助としたいと思います。 ちなみに、アットホーム株式会社が2025年5月22日付で公表したニュースリリース「『定期借家物件』の募集家賃動向(2024年度)」(アットホーム調べ)によれば、例えば次の点が特徴として報告されています(※2)。 (※2) アットホーム株式会社の上記ニュースリリースより一部引用。なお、当該調査の対象エリアは、首都圏(1都3県)及び札幌市、仙台市、名古屋市、京都市、大阪市、神戸市、広島市、福岡市です。 なお、具体的な賃料水準の調査結果については当該資料を参照いただくこととし、本稿では、「定期借家であるから賃料水準は普通借家よりも低い」という先入観は必ずしも正しくないという点を指摘しておきたいと思います。例えば、市場に供給されている定期借家の物件が、駅に近く利便性も良ければ、これよりも条件の劣る普通借家の物件と比較してやや高い賃料でも成約が見込めるからです。 不動産鑑定士としては、鑑定評価の対象となる物件が定期建物賃貸借契約に基づくものである場合、このような点にも留意の上、業務に携わっています。 (了)
《税理士のための》 登記情報分析術 【第28回】 「相続登記について」 ~相続登記の申請義務化~ 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 2024年4月1日から相続登記の申請義務化がスタートしたが、税理士にも顧客から内容について問い合わせが寄せられることがあると思われる。相続登記の申請を促進するためには税理士の適切な助言や税理士と司法書士の連携が重要となるため、本稿では相続登記の申請義務化の内容やどのように向き合うべきかについて解説を行う。 1 相続登記の申請義務化の内容 (1) 申請期限と過料 相続登記の申請義務化では、相続や遺贈により不動産の所有権を取得した相続人等 に対して、不動産を相続等で取得したことを知った日から3年以内に相続登記の申請をすることを義務付けている(不動産登記法76条の2第1項)。正当な理由がないのにその申請を怠ったときは、10万円以下の過料に処することとされている(不動産登記法164条)。義務化の施行日である2024年4月1日より前に発生した相続についても対象となり、原則として施行日から3年以内(2027年3月31日まで)に登記申請を行う必要がある。 【施行日前に発生した相続についての申請期限のイメージ】 【施行日後に発生した相続についての申請期限のイメージ】 (2) 過料手続の流れ 相続登記の申請義務の違反について過料に処せられる可能性があるというと慌ててしまう顧客も多いかもしれないが、当面は緩やかに運用される。法務省が発出した通達等から明らかになっている過料手続の流れは以下のとおりである。 ① 登記官による「申請の催告」 登記官は過料に処せられるべき者があることを職務上知ったときに、過料事件を管轄する地方裁判所へ通知することとされているが(不動産登記法164条)、相続登記の申請に関して、登記官が地方裁判所に通知を行うのは登記官から申請義務に違反している者に対して相当の期間を定めて相続登記の申請を促す催告(申請の催告)を行ったが、期間内に正当な理由なく相続登記が申請されない場合に限るとされている。 登記官がいかなる場合に「申請の催告」を行うのかについては、次の2つのケースであるとされている。 例えば、遺言書や遺産分割協議書に5筆の不動産について登記申請をした相続人が承継する旨の記載があるにもかかわらず、4筆しか登記申請しなかった場合などが該当する。 不動産オーナーが税理士の顧客である場合、相続登記の申請に必要となる費用が多額になるため、遺産分割協議書に記載した不動産のうち活用が決まっている不動産のみ相続登記の申請を行うケースもあると思われる。そのようなケースでは申請の催告が行われることになる可能性があるため注意が必要である。 ② 登記を行わない「正当な理由」の申告 登記官から申請の催告を受けた者としては、催告に従って相続登記の申請を行うか、登記の申請を行わない「正当な理由」の申告を行い、登記官に認めてもらうことで過料の制裁を免れることができる。 通達に記載されている正当な理由の例としては次のものがある。 登記官としては、これら以外の事情であっても申請をしない理由に正当性が認められる場合には、「正当な理由」に該当すると認めて差し支えないとされている。 【過料手続の流れ】 2 相続登記の申請義務化にどのように対応すべきか 本稿で解説したとおり、相続登記の申請義務化がスタートしたからといって、過料に処される事例が多発することにはならないと思われる。しかし、今後過料の手続の運用がより厳しくなる可能性はあり、また相続登記の申請を行う意義が顧客の資産を保全することにあると考えると、義務化をよいきっかけとしてすみやかに相続登記の申請を行うことを顧客に促す姿勢が望ましいといえるだろう。 (了)
《顧問先にも教えたくなる!》 資産づくりの基礎知識 【第27回】 「スイッチングとは」 株式会社アセット・アドバンテージ 代表取締役 一般社団法人公的保険アドバイザー協会 理事 日本FP協会認定ファイナンシャルプランナー(CFP®) 山中 伸枝 〇金融庁が掲げる3つの要望 8月29日、金融庁は「令和8(2026)年度税制改正要望について」を公表しました。主な要望項目は3つありますが、その中でも私たちの暮らしに直結するNISAに関する点を今回は解説していきます。 今回NISAについては、「資産運用立国」の推進ということで、以下3つの要望項目を挙げています。 このうち、①の対象商品の拡大を含む制度の充実というところに、注目が集まっています。 まず要望としては、「あらゆる世代が自身のライフプランに沿った形で資産形成を行えるよう、対象商品の拡充を含め、NISAの一層の充実のための措置を講ずること」を挙げています。 〇こども向けNISAの拡充への期待 あらゆる世代という点では、こども支援の一環として、つみたて投資枠における対象年齢等の見直しをこども家庭庁と共同要望としています。もしかしたら2024年に新規投資ができなくなったジュニアNISAが復活するかも知れません。 教育資金作りとしては、従来の学資保険という選択肢の他、投資信託の積立を実行する方も増えているので、こどものための資産作りとしてのNISAの拡大は大いに期待されるところでしょう。同様になかなか認知が進んでいない子どもや孫への生前贈与の際の優遇制度も、こどもNISAを通じて活用できるようにすると喜ばれるかも知れません。 具体的には、教育資金1,500万円まで非課税で生前贈与できる仕組みです。金融機関に孫や子名義の口座を作り、そこに1,500万円までの資金を一括で入金します。この資金は贈与とみなされず非課税です。そして受贈者である孫や子は、実際に支払った教育費の領収書を金融機関に提出することで、それに相当する金額を引き出します。学校の授業料の他にも塾代や習い事の費用も含まれます。ただし、この手続きについては、後払いであることや領収書の提出が面倒であるなどという指摘もよく聞きます。 また30歳になった時に引き出されていない資金があれば、そこには贈与税が課されるという点と、現状2026年3月までの適用であるという点は注意が必要です。子どものための制度の充実は、国としても考えているところでしょうから、この非課税での贈与の仕組みとうまくマッチさせた使いやすいNISAがあったら良いのではと思います。 〇高齢者向け「プラチナNISA」への注目 またNISAの活用でいえば、高齢者向けも期待されています。一部メディアではすでに「プラチナNISA」と呼んで報道しているところもあります。高齢者のためのNISAといって、非課税の枠が単純に大きくなるとは思えませんが、高齢期のお金の使い方を見込んで現状の改善が図られると良いと思います。 〇現行NISA制度の課題:スイッチング機能の必要性 要望項目としても挙げられていますが、「投資商品の入替をしやすくするための、非課税保有限度額の当年中の復活」というのは、高齢者のリアルな資金活用という観点でも非常に重要なポイントだと考えます。 現状NISAには、年間の投資額上限と生涯の投資枠の上限が設定されています。その上限があるからこそ、自身のポートフォリオの入れ替えが自由にできないという難点があります。イメージしにくいと思うので、事例でご説明します。 現状のNISAはこのような時に具合が悪いのです。なぜならば、NISAでは一旦購入した投資商品をNISA口座の中で入れ替えることができません。それでも入れ替えをしようとすれば、一旦商品を売却して翌年以降年間360万円の投資枠の中で低リスク商品を購入していかなければならないのです。 そもそも3,500万円という資金は生涯投資枠をはるかに超えているので、収まりようがありません。するとNISAにある商品をまとめて売却し、預金や特定口座で低リスク商品を買っていくしか方法がなくなってしまうのです。 〇スイッチング機能導入への期待 そこで最近有識者などが指摘しているのがNISA口座内でのスイッチングです。これが可能となれば、Aさんは、3,500万円の資金をNISA内で一旦売却し、そのまま低リスク商品に切り替えることができます。またそこから毎月10万円ずつお金を取り崩していけば、一生涯NISAの非課税枠を有効に使うことができるのです。 スイッチングは、時間の経過とともにリスク許容度が変わることを踏まえるととても重要な機能で、実際iDeCoはこのスイッチングをいつでも自由にすることができます。 NISAは創設の背景に、一般投資家を保護するという目的がありました。当時は、知識の乏しい投資家に、商品を売りつけ、また短期で売却させ、別の商品を買わせるといった「回転売買」が大きな問題になっていましたから、それを牽制するには枠の設定はやむを得ないのかも知れませんが、高齢期になってもスムーズにNISAを活用するためには、やはりスイッチングはできた方が良いのではと筆者も考えます。 ただしスイッチングができるようにするためには、大きなシステム改修が必須になるとも言われています。金融庁の要望が具体的にどういうものなのかも明らかになっていない中、先走ってしまうのも良くないですが、NISAは国民の資産形成を支えるとても重要な仕組みであるからこそ、今後の改正がとても気になります。 (了)
《速報解説》 石川県輪島市、珠洲市、鳳珠郡穴水町及び鳳珠郡能登町の 令和6年能登半島地震に係る国税の申告期限は令和7年10月31日に ~今回の告示をもって延長措置は全て終了へ~ Profession Journal編集部 国税庁は、令和6年能登半島地震の発生を受け、石川県及び富山県に納税地のある個人・法人を対象として、令和6年1月1日以降に到来する国税の申告・納付等の期限を延長する措置を講じていた。しかし、すでに大部分の地域においては延長措置を終了し、引き続き延長措置が講じられている地域は、石川県輪島市、珠洲市、鳳珠郡穴水町及び鳳珠郡能登町に限られていた。 これら地域における具体的な延長期限については、被災者の状況に十分配慮しつつ検討するとしていたところ、9月12日付けの官報において、上記地域に納税地がある個人・法人については令和7年10月31日を期限とする旨が告示された。 これにより、石川県・富山県に納税地のある個人・法人の令和6年1月1日以降に到来する国税に関する申告・納付等の期限を延長する措置は、今回の告示をもって全て終了することとなる。 なお、令和6年能登半島地震の影響により期日までに申告・納付等ができない場合には、所轄税務署長に申請して承認を受けることにより、引き続き期限延長措置を受けることが可能である。 また、申告は可能であっても、令和6年能登半島地震により財産に相当な損失を受けた場合や国税を一時に納付することが困難な場合には、所轄税務署長への申請により、原則として1年以内の範囲で納税の猶予を受けることができる措置は継続される。 そのほか、同じく9月12日付けで、石川県輪島市、珠洲市、鳳珠郡穴水町及び鳳珠郡能登町における令和6年能登半島地震に係る審査請求の期限延長措置についても令和7年10月31日を期限とすること及び労働保険料、障害者雇用納付金などの申告・納期限の延長後の期限も同日とすることが、下記のとおり公表されている。 そのほか、上記告示に伴い地方税に係る申告等の期限の延長等についても総務省より下記のとおり通知が行われている。 * * * (了)
《速報解説》 人事院、通勤手当の非課税限度額の引上げを勧告 ~令和7年4月からの遡及適用で年末調整での対応が必要となる可能性も~ Profession Journal編集部 Ⅰ はじめに 令和7年8月7日、人事院は「令和7年人事院勧告」を行い、令和7年4月1日以降の措置内容として、自動車などの交通用具使用者に対する通勤手当の額の引上げを勧告した。 人事院勧告は、国家公務員の給与水準の改定を主目的としており、民間企業の所得税法上の通勤手当の非課税限度額もこれに連動して改正されるのが通例である。今回も国税庁が今後の改正の可能性を示唆し、年末調整における対応を呼びかける特設ページを公開している。 Ⅱ 改正内容 今回の改正は、単なる金額の引上げにとどまらず、駐車場料金に関する新たな手当の創設、そして非課税限度額の適用時期が2段階に分かれる実務上極めて複雑な要素を含んでいる。 ②は令和7年4月実施、①及び③は令和8年4月実施が予定されており、②については令和7年4月1日以降の通勤手当に遡及適用されるため、既に支払われた通勤手当との差額調整が年末調整で必要となる可能性が非常に高いため、注意が必要である。 また、上記でお伝えした国税庁の特設ページには改正に係る情報が追加されていくものと思われるため、年末調整前には改めて確認したい。 (了)
2025年9月11日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.635を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
〈事例で学ぶ〉 法人税申告書の書き方 【第47回】 「別表6(24) 給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除に関する明細書」及び「別表6(24)付表一 給与等支給額、比較教育訓練費の額及び翌期繰越税額控除限度超過額の計算に関する明細書」 ~繰越税額控除制度を適用した場合~ 税理士 柴田 知央 Ⅰ はじめに 実務でも適用する企業が多いと思われる、いわゆる「賃上げ促進税制」のうち中小企業向けの記載の仕方を取り上げる。 令和7年4月1日以後に開始する事業年度では、令和6年度税制改正で新たに設けられた繰越税額控除制度を適用して税額控除することが考えられるため、その記載についてもあわせて確認する。 別表番号は、昨年掲載の前回と同様に「6(24)、6(24)付表一」を用いるが、令和6年度税制改正前の制度は適用することはないため、6(24)の様式は改訂されている。 Ⅱ 制度の概要 本制度は、青色申告書を提出する法人が、令和6年4月1日から令和9年3月31日までの間に開始する各事業年度において、国内雇用者に対して支給する給与等を増額した場合、一定の要件を満たすときは、その増加額の一部を法人税額から控除することができる制度である(措法42の12の5)。 中小企業者は、第1項及び第2項も選択することが可能であるが、適用要件や上乗せ措置要件の基準などから選択することは少ないと考えられる。 したがって、第3項について、制度の内容をみていくこととする。 (※) その企業及びその企業との間にその企業による支配関係がある企業の従業員数の合計が1万人を超えるものを除く。 (1) 適用対象者 中小企業向けの措置の適用対象者は、青色申告書を提出する中小企業者又は農業協同組合等である(措置法42の4④、⑲七、八、九、措令27の4㉕)。 中小企業者とは、下記に掲げる法人をいう。 ただし、中小企業者に該当することとなっても、前3事業年度の所得金額の平均額が15億円超である適用除外事業者に該当する場合には、中小企業向けの措置は適用できない。 (2) 適用要件 適用要件は、下記の①及び②の要件である。 雇用者給与等支給額は、適用年度の損金の額に算入される国内雇用者に対する所得税法第28条第1項に規定する給与等の支給額から給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額(雇用安定助成金額を除く)を控除した金額をいい、比較雇用者給与等支給額は、前事業年度における雇用者給与等支給額をいう。 (3) 税額控除限度額 税額控除限度額は、下記により計算した金額が法人税額から控除される。ただし、控除額の上限は法人税額の20%相当額となる。 控除対象雇用者給与等支給増加額は、雇用者給与等支給額から比較雇用者給与等支給額を差し引いた金額である。ただし、調整雇用者給与等支給増加額が上限となる。 控除率は通常の控除率15%に加えて、雇用者給与等支給額の増加割合が2.5%以上の場合には15%、教育訓練費の増加割合5%以上の場合には10%(ただし、適用事業年度の教育訓練費の額が適用事業年度の雇用者に対する給与等支給額の0.05%以上である場合に限る)、くるみん以上又はえるぼし2段階目以上の認定を受けた場合には5%の控除率が上乗せされる。 ◆中小企業向け措置の控除率(令和6年4月1日以後に開始する事業年度) くるみん及びえるぼしは、それぞれ、次世代育成支援対策推進法及び女性の職業生活における活躍の推進に関する法律に基づき厚生労働大臣の認定を受けた証である。 詳細は、厚生労働省のウェブサイトを参照いただきたい。 くるみん以上又はえるぼし2段階目以上の認定を受けた場合とは、下記の場合をいう。 プラチナくるみん認定及びプラチナえるぼし認定は、適用年度の期末時点で、特例認定一般事業主に該当すれば上乗せ措置がある。しかしながら、これら以外では、認定を受けた適用年度のみ上乗せ措置がある。 (4) 繰越税額控除制度 令和6年度税制改正では、中小企業向けの措置として、第3項を適用した中小企業者等がその事業年度において法人税から控除することができなかった未控除額を翌事業年度以降、5年間繰り越すことができる制度が設けられた(措法42の12の5④)。 繰越控除を受けようとする事業年度では、雇用者給与等支給額が前事業年度より増加している場合に限り税額控除が適用される。 ◆イメージ図 なお、本制度の詳細は、中小企業庁のウェブサイトの「中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック(令和6年9月20日更新版)」を参照いただきたい。 Ⅲ 「別表6(24)」及び「別表6(24)付表一」の書き方と留意点 (1) 設例 (2) 今回の別表が適用される事業年度 令和7年4月1日以後終了する事業年度。 (3) 別表の記載例 ※画像をクリックすると、別ページでPDFが開きます。 (4) 別表の各記載欄の説明 〇適用可否の判定 まず、別表6(24)〔1欄〕から〔3欄〕までに本制度が適用できる法人か否かの判定を行う。 〇適用事業年度の雇用者給与等支給額等の計算 続いて、別表6(24)付表一の〔1欄〕から〔5欄〕で適用事業年度の雇用者給与等支給額等を計算する。 〇比較雇用者給与等支給額等の計算 別表6(24)付表一の〔6欄〕から〔12欄〕で比較雇用者給与等支給額等を計算する。 〇比較教育訓練費の額の計算 別表6(24)付表一の〔20欄〕から〔24欄〕で比較教育訓練費の額を計算する。 ちなみに、〔13欄〕から〔19欄〕までは、租税特別措置法第42条の12の5第1項又は第2項を適用する場合に記入。 〇雇用者給与等支給増加割合の計算 別表6(24)に戻り、〔4欄〕から〔7欄〕で雇用者給与等支給増加割合を計算する。 〇調整雇用者給与等支給増加額の計算 別表6(24)〔8欄〕から〔10欄〕で調整雇用者給与等支給増加額を計算する。 〇教育訓練費増加割合及び雇用者給与等支給額比教育訓練費割合の計算 別表6(24)〔15欄〕から〔19欄〕で上乗せ措置の適用を受けるための教育訓練費の増加割合及び雇用者給与等支給額比教育訓練費割合を計算する。 〇税額控除限度額の基礎となる差引控除対象雇用者給与等支給増加額を計算 別表6(24)〔20欄〕から〔22欄〕で、税額控除限度額の計算の基礎となる差引控除対象雇用者給与等支給増加額を計算する。 〇中小企業者等税額控除限度額の計算 租税特別措置法第42条の12の5第3項の適用を受ける場合には、別表6(24)〔31欄〕から〔34欄〕で税額控除限度額を計算する。 〔31欄〕〔32欄〕〔33欄〕は、それぞれ上乗せ措置の適用がある場合に記入。 〇当期税額控除額の計算 別表6(24)〔35欄〕から〔39欄〕で、当期による分の税額控除額を計算する。 〇前期繰越分による繰越税額控除額を計算 〔40欄〕から〔44欄〕までは、前期から繰り越された繰越税額控除限度超過額を当期に控除するときに使用する。 〇法人税額の特別控除額を計算 〇翌期繰越税額控除限度超過額の計算 別表6(24)付表一の〔25欄〕から〔27欄〕で、翌期に繰り越す税額控除限度超過額を計算する。 〇適用額明細書の記載 本措置を適用した場合の適用額明細書への記載は次のとおりである。 当期分と前期繰越分では条項が異なるため分けて記載する。 《当期分の控除額》 《前期繰越分を当期に控除した額》 (了)
新リース会計基準における実務対応 -会計処理と申告調整のポイント- 【第3回】 (最終回) 公認会計士 鈴木 慧史 3 税務上の取扱いと申告調整 ●税務上のリースの取扱い 法人税法では、資産の賃貸借で以下の2つの要件を満たすものを「リース取引」としています(法64の2③)。 法人がリース取引を行った場合には、賃貸人から賃借人への引渡しがあったときに、リース資産の売買があったものとされます(法64の2①)。 一方、リース取引以外の資産の賃貸借取引については、契約に基づき支払うこととされている金額のうち、債務の確定した部分の金額を損金の額に算入することとされています(法53①)。 上記の法人税法上のリース取引は、改正前のリース会計基準におけるファイナンス・リースと同義であり、従来はリース取引に関する会計と税務の処理はほぼ一致していました。しかしながら、リース会計基準の改正により、借り手は従来のオペレーティング・リースを含め全てのリースについてオンバランス処理が要求される一方、税法ではオペレーティング・リースは引き続きリース取引に該当しない(=賃貸借処理を実施)とされているため、借り手に関しては会計と税務の処理が大きく異なっています。 ●税務上のリース期間の考え方 上記のとおり、借り手のリースの分類に関しては会計と税務が不一致となっていますが、それ以外の部分ではリース会計基準の考え方が税務に取り入れられています。 例えば、リース期間の考え方については、リース会計基準と同様、契約上の解約不能期間に延長オプション及び解約オプションを加味して決定することとされています(基通7-6の2-10の2)。 また、上記の法人税法上の「リース取引」の②の要件(フルペイアウトの要件)を満たすのは、以下のいずれかに該当する場合とされていますが、この計算も会計上のリース期間を使用して行うこととされています(基通12の5-1-3)。 ●借り手の税務処理 税務上のリース取引(従来のファイナンス・リース)については、税務と会計の取扱いは原則として一致しています。一方、従来のオペレーティング・リースに該当する取引については、リース会計基準上はオンバランス処理、税務上は賃貸借処理となり、会計上の費用と税務上の損金は以下のとおり異なることになります。 このため、会計と税務の差異について申告調整を行う必要があります。 設例7 設例1が税務上のリース取引に該当しない場合、税務上の仕訳および申告調整は以下のとおりとなります。 〔税務上の仕訳〕 ×1年4月1日 リース契約の締結 仕訳なし ×2年3月31日 リース料の支払い 【申告調整】 〈別表4〉 (※) 会計上の費用10,370千円(減価償却費9,427千円+支払利息943千円)を加算調整するとともに、税務上の損金10,000千円(賃借料)を減算調整します。なお、両者の差額370,000円を加算調整する方法でも問題ありません。 〈別表5(1)〉 (※) 会計はオンバランス処理、税務は賃貸借処理のため、会計上の資産・負債の残高を調整します(差引合計額が別表4の加算調整額と一致)。 ●減価償却方法の相違 所有権移転外リース取引に係るリース資産について、税務上は「リース期間定額法」しか認めていません(令48の2①六)。一方、会計上は使用権資産の減価償却方法として定額法以外の方法も選択適用することが認められています。このため、会計上、定率法等により償却が行われている場合、申告調整を行う必要があります。 (※) 税務上のリース取引のうち、以下の4つのいずれかに該当するものは“所有権移転”、それ以外のものは“所有権移転外”とされます(令48の2⑤五) ① リース期間の中途または終了時に、リース資産が無償または名目的な対価で賃借人に譲渡されるものであること ② リース期間の中途または終了時に、リース資産を著しく有利な価額で買い取る権利が賃借人に与えられていること ③ 種類、用途、設置状況などに照らして、リース資産が賃借人によってのみ使用されると見込まれること、または、当該資産の識別が困難であること ④ リース期間が法定耐用年数に比べて、次のように相当短いものであること(基通7-6の2-7) 設例8 設例1のリース契約が税務上の所有権移転外リース取引に該当し、会計上の使用権資産の償却方法として定率法を採用している場合、減価償却費の計上に係る会計上の仕訳、税務上の仕訳および申告調整は以下のとおりとなります。 〔会計上の仕訳〕 ×2年3月31日 使用権資産の償却 (※) リース期間を耐用年数とし、残存価額を0として計算します。 47,135千円×0.400(5年定率法)=18,854千円 〔税務上の仕訳〕 ×2年3月31日 リース資産の償却 (※) リース期間を耐用年数とし、残存価額を0として計算します。 47,135千円÷5年=9,427千円 【申告調整】 〈別表4〉 (※) 会計上の費用は18,854千円、税務上の損金は9,427千円であるため、差額9,427千円を加算調整します。 〈別表5(1)〉 ●申告調整が不要な場合 一例としてコピー機のリースを考えてみます。まず、リース料の総額は300万円以下でしょうから、会計上は少額リースとして賃借料処理が認められます。一方、税務には少額リースの定めはありませんが、次のような取扱いが設けられています。 借り手がリース料を「賃借料」等の科目で費用計上した場合、税務上は償却費として損金経理した金額に含まれます(令131の2③)。また、この償却費とされる賃借料については、申告書に明細書の添付は不要とされています(令63①かっこ書き)。 したがって、毎期の支払リース料が同額で全額を賃借料として処理した場合、その金額は通常、リース期間定額法による償却限度額と同額なので、申告調整は必要ありません。 (※) リース期間におけるリース料の支払額が均等でないため、賃借料と償却限度額が異なるような場合には、別表16等により償却過不足額の計算をしなければなりません(基通7-6の2-16)。 ●貸し手の税務処理 税務上、リース取引(=ファイナンス・リース)については売買処理、リース取引以外の賃貸借取引(=オペレーティング・リース)については賃貸借処理を行うこととされていますので、貸し手のリースについては会計と税務との間で処理に大きな違いはありません。 なお、従来の会計基準では貸し手の会計処理として、リース料の受取時に売上高と売上原価を計上する方法が認められていましたが、改正後のリース会計基準ではこの方法が廃止されました。これに伴い、税務上も従来認められていた延払基準による処理(旧法63)は廃止されています。 (※) 延払基準の適用をやめた場合、従来計上した繰延リース利益額を5年均等で収益計上する経過措置が設けられています(令和7年度改正附則17②)。 (連載了)
〈令和7年度税制改正〉 『物納制度における物納許可限度額の計算方法』の見直し 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 佐藤 達夫 1 改正の背景 いわゆる「老老相続」や相続財産の構成の変化など、相続税を取り巻く経済社会の構造変化を踏まえ、納税者の支払能力をより的確に勘案した物納制度となるよう、延納制度も含め、物納許可限度額の計算方法について、令和7年度税制改正において見直しが行われた。 この背景としては、平成18年度税制改正において物納許可限度額が法令上明確化されたものの、その後約20年が経過し、相続人の高齢化が一層進み、病気や怪我など日常生活を過ごすうえでの不確実性が増し、緊急時に備えた手元資金の確保が一層重要性を増したことがある。こうした状況を踏まえ、納税者の生活実態に即した制度改正が行われることとなった。 2 物納制度の概要 税金は、金銭で一括納付することが原則であるが、相続財産には金銭以外の不動産や有価証券が多く含まれることも多く、金銭で一時に納付することが困難な場合がある。そのため相続税に限り、それを補完する制度として延納と物納が認められている。 延納は、相続税を分割で納付することができる制度で、延納期間は原則5年以内であるが、相続した財産の50%以上が不動産であったなどの場合には、最長20年までの延納が可能となっている。 一方、物納は、延納によっても金銭で納付することが困難であることなど、一定の要件を満たした場合に限り、税務署長の許可を受けて行うことが認められる。 なお、物納を行う場合、相続税の納期限までに「物納申請書」及び「物納手続関係書類」を被相続人の死亡時の住所地の所轄税務署へ提出する必要がある。 物納に充てることができる財産には順位が付けられており、申請の順位は①から⑤の順となる。 3 物納許可限度額の計算方法の改正 (1) 改正の概要 令和7年度税制改正による物納許可限度額の計算方法の改正点は次のとおりである。 (国税庁「令和7年度税制改正により物納許可限度額等の計算方法が変わりました」より) (2) 物納許可限度額の計算方法 【物納許可限度額】 このうち、「延納によって納付することができる金額」について、改正により次のように算定することとなった。 (※1) 延納可能最長年数の区分が2以上ある場合は、それぞれの区分の最長年数を区分に用いた課税相続財産の価額の割合で按分した年数を、合計した年数とする。 (※2) 納付期限又は納付すべき日における、厚生労働省が公表する完全生命表に基づく平均余命年数とする。 (※3) 申請時点で確定している臨時的な収入(給付が確定している退職金など)のみを計上とする。 (3) 施行時期 この改正は、2025年4月1日以後に相続又は遺贈により取得する財産に係る相続税について適用される。 4 実務上の留意点 (了)
Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第58回】 「〔第5表〕子法人から親法人に土地を移転した場合の 株式の価額の計算上の留意点」 税理士 柴田 健次 Q 経営者甲は、昭和50年から不動産販売業及び賃貸業を営んでいる甲社の株式を100%所有していましたが、平成24年3月1日に株式移転により乙社を設立し、甲社を完全子法人としています。甲社のA駐車場(帳簿価額2億円、相続税評価額8億円、時価10億円)を乙社に移転しようと思いますが、下記のいずれかの方法を検討しています。 なお、乙社は将来的にはA駐車場を第三者に譲渡することも検討しています。 前提として、乙社移転時、第三者への譲渡時との間に相続税評価額及び時価の変動はないものとし、第三者に譲渡する時は10億円で譲渡するものとします。 それぞれの方法による乙社移転時、第三者への譲渡時の会計上の仕訳は、下記の通りとします。 ① 時価10億円で譲渡する方法 【甲社】 【乙社】 ② 帳簿価額2億円で譲渡する方法 【甲社】 【乙社】 ③ 適格現物分配で移転する方法(原資は利益剰余金) 【甲社】 【乙社】 上記の場合において、それぞれの方法における甲社及び乙社の株式価額の計算上、留意する事項について教えてください。 A 甲社及び乙社の株式価額の計算上、下記の点に留意する必要があります。 ◆ ◆ ◆ 1 完全支配関係がある普通法人間等で行われる固定資産等の譲渡損益について 内国法人がその有する譲渡損益調整資産(固定資産、土地等、有価証券、金銭債権及び繰延資産で一定のもの)を他の内国法人(当該内国法人との間に完全支配関係がある普通法人又は協同組合等に限る)に譲渡した場合には、当該譲渡損益調整資産に係る譲渡利益額(その譲渡に係る収益の額が原価の額を超える場合におけるその超える部分の金額をいう)又は譲渡損失額(その譲渡に係る原価の額が収益の額を超える場合におけるその超える部分の金額をいう)に相当する金額は、その譲渡した事業年度の所得の金額の計算上、損金の額又は益金の額に算入することとされています(法法61の11①)。 したがって、譲渡法人側において譲渡益が生じた場合にはその譲渡益は益金不算入となり、譲渡損が生じた場合には、損金不算入となります。 そして、上記の規定の適用を受けた場合において、その譲渡を受けた法人(以下、「譲受法人」という)において当該譲渡損益調整資産の譲渡等の一定の事由が生じたときは、当該譲渡損益調整資産に係る譲渡利益額又は譲渡損失額に相当する金額は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、益金の額又は損金の額に算入するとされています(法法61の11②)。 したがって、譲受法人が第三者に譲渡をした場合には、譲渡法人において過去に繰り延べられた譲渡益は益金算入となり、過去に繰り延べられた譲渡損は、損金算入となります。 このような譲渡損益調整資産の譲渡損益があった場合には、類似業種比準価額の計算において1株当たりの年利益金額の計算をどうするべきかの問題がありますが、1株当たりの年利益金額はあくまでも非経常的な利益を除外すれば問題ありません。ポイントとして、課税所得金額に土地の譲渡益に相当する金額が含まれているかどうかを確認することになります。 本問①の時価10億円で譲渡した場合の甲社及び乙社の取扱いは、それぞれ下記の通りとなります。 【甲社】 【乙社】 2 法人による完全支配関係があるグループ間の寄附金と受贈益がある場合 内国法人が各事業年度において当該内国法人との間に完全支配関係(法人による完全支配関係に限る)がある他の内国法人から受けた受贈益の額は、当該内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、益金の額に算入しないとされています。 一方で内国法人が各事業年度において当該内国法人との間に完全支配関係(法人による完全支配関係に限る)がある他の内国法人に対して支出した寄附金の額は、当該内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しないとされています。 上記の取扱いは、法人による完全支配関係がある場合に適用されますので、個人株主が支配している兄弟会社関係の寄附には適用されません。 また、「受贈益」と認定されるものと「寄附金」と認定されるものの両方がある場合に限り、益金不算入及び損金不算入の取扱いがあります(法法25の2、37②)。 さらに、法人による完全支配関係がある子法人については、純資産が増減していますので、子法人株式について帳簿価額の修正が必要となります。すなわち、子法人が受贈益を受けた場合には、益金不算入でも純資産は増加し、子法人が寄附金を支出した場合には、損金不算入でも、純資産は減少します。この純資産の変動は、その子法人株式を保有する親法人の子法人株式簿価に反映されるべきであり、この親法人の子法人株式簿価の修正を「寄附修正」といいます。 具体的には、子法人で寄附修正事由(益金不算入の受贈益又は損金不算入の寄附金)が生じたとき、親法人は次の計算式により子法人株式の簿価を修正します。 これにより、子法人株式の簿価が、子法人の純資産の実際の増減に対応するように修正されます(法令9七)。この寄附修正があった場合には、法人税の申告書上、別表五(一)の利益積立金額の計算に関する明細書において子法人株式の増減を記載します。 本問②の帳簿価額2億円で譲渡した場合の甲社及び乙社の取扱いは、それぞれ下記の通りとなります。実際に帳簿価額で譲渡した場合であっても、時価で課税所得の計算を行うことになりますので、いったん甲社においては譲渡益8億円(10億円-2億円)は認識した上で益金不算入となります。 本問①との違いは、甲社で寄附金が乙社で受贈益がそれぞれ認識され、親法人である乙社において子法人である甲社株式の寄附修正が生じることです。 【甲社】 【乙社】 3 適格現物分配による資産の移転について 通常の現物分配の場合には、その資産は時価で譲渡されたものとみなされ、譲渡益があれば法人税が課税されます(法法62の5①②)。これに対して、適格現物分配の場合には、帳簿価額で譲渡がされたものとみなされ、時価譲渡課税が行われません。「適格現物分配」とは、内国法人を現物分配法人(現物分配によりその有する資産の移転を行った法人をいいます)とする現物分配のうち、その現物分配により資産の移転を受ける者がその現物分配の直前において当該内国法人との間に完全支配関係がある内国法人(普通法人又は協同組合等に限ります)のみであるものをいいます(法法2十二の十五、62の5③)。 法人による完全支配関係がある子法人から親法人に現物分配を行った場合には、現物分配法人側においては、移転資産は帳簿価額で譲渡したものとみなされ、譲渡益・譲渡損は生じません。 一方で資産を受け取った完全支配関係法人(被現物分配法人)側では、受取配当金となりますが、税務上は全額益金不算入となります(法法62の5④)。本問③の適格現物分配で移転する場合の甲社及び乙社の取扱いは、それぞれ下記の通りとなります。 【甲社】 【乙社】 4 株式価額の計算上の留意点 取引相場のない株式(出資)の評価明細書ごとに株式価額の計算上の留意点をまとめると下記の通りとなります。 ■第2表 特定の評価会社の判定の明細書 子法人からの資産の移転により、甲社及び乙社が土地保有特定会社又は株式等保有特定会社に該当しなくなった場合には、財産評価基本通達189のなお書きの適用があるかどうか留意する必要があります。 この点については、前回(第57回)解説していますが、課税時期前において合理的な理由もなく評価会社の資産構成に変動があり、その変動が株式等保有特定会社又は土地保有特定会社に該当する評価会社と判定されることを免れるためのものと認められるときは、その変動はなかったものとして当該判定を行うものとされています(評価通達189なお書き)。 したがって、合理的な理由の有無を確認することになります。例えば、A駐車場の移転前において甲社が土地保有特定会社に該当し、乙社が株式等保有特定会社に該当していた場合には、合理的な理由の有無が課税当局に注視されます。 ■第4表 類似業種比準価額等の計算明細書 下記の配当金額、利益金額、純資産価額の計算についてそれぞれ留意する必要があります。 (1) 直前期末以前3年間の年平均配当金額の計算 本問③の適格現物分配を行った場合に「1株当たりの年配当金額Ⓑ」の計算上、現物分配により移転した資産は、年配当金に含めるかどうかが問題となります。配当として含めるものは、将来毎期継続することが予想されるものに限られますので、通常、土地の適格現物分配は、これに該当せず配当金額に含めません。 (2) 直前期末以前3年間の利益金額 本問①②の場合には、甲社から乙社へA駐車場を移転した時点においては、法人税の課税所得金額に土地の譲渡益は含まれていないため、調整は不要となりますが、乙社から第三者に譲渡した時点において、甲社で土地の譲渡益が認識されることになります。 したがって、第三者に譲渡した事業年度において、法人税の課税所得金額に土地の譲渡益が含まれていますので、直前期末以前3年間の利益金額の算定において、法人税の課税所得金額に土地の譲渡益が含まれている場合(直前期末以前3年間の間にA駐車場を第三者に譲渡した場合)には、これを除外するために土地の譲渡益に相当する金額を⑫欄の『非経常的な利益金額』に計上する必要があります。 本問③の場合には、乙社で受取配当等の益金不算入額が発生しており、⑬欄の『受取配当等の益金不算入額』に記載をする必要があるのではないかとの疑問もあるかもしれませんが、適格現物分配における剰余金の配当は、グループ全体の臨時偶発的な利益であるため、臨時偶発的なものである限り、⑬欄の『受取配当等の益金不算入額』に記載する必要はありません。 (3) 直前期末(直前々期末)の純資産価額 利益積立金額は、法人税の申告書別表五(一)の差引合計額の差引翌期首現在利益積立金額の数値を使用し、この金額は、子法人株式の寄附修正が行われた後の金額となりますので、そのままその数値を使用することになります。ただし、そもそもの法人税の申告書において適正に寄附修正が行われているかは確認が必要となります。 したがって、純資産価額については、通常通り、法人税の申告書別表五(一)の利益積立金額の計算に関する明細書から転記すれば問題ありません。 ■第5表 1株当たりの純資産価額(相続税評価額)の計算明細書 下記の資産の部における相続税評価額及び帳簿価額、現物出資等受入れ資産の価額の合計額の㊁欄、㋭欄について、留意する必要があります。 (1) 相続税評価額 本問①②③のいずれの場合においても乙社が直前期末時点においてA駐車場を所有している場合の相続税評価額は、課税時期前3年以内の取得の場合には、相続税評価額8億円ではなく10億円を計上することになります。課税時期前3年超の取得の場合には、相続税評価額8億円を計上することになります(評価通達185)。 (2) 帳簿価額 乙社が直前期末時点においてA駐車場を所有している場合における帳簿価額については、本問①②の場合には、10億円となりますが、本問③の場合には2億円となります。 したがって、③の場合には、相続税評価額と帳簿価額との差額が発生することになり、法人税等相当額の控除を作出することになります。人為的な含み益の控除の制限の定めは、財産評価基本通達186-2の定めにより「現物出資、合併、株式交換、株式移転、株式交付」と限定列挙されており、適格現物分配は含まれていませんので、非上場株式の評価を定めた財産評価基本通達(評価通達178~189-7)では、適格現物分配の含み益の控除制限はないことになります。ただし、この含み益の控除の作出を目的として適格現物分配を行った場合には、総則6項が適用され、含み益の控除の制限対象とされる可能性があります。 なお、本問②の場合には、寄附修正がありますので、乙社の第5表の甲社株式の帳簿価額は、寄附修正により帳簿価額から8億円を控除する必要があります。 この場合において、帳簿価額がマイナスとなった場合には、ゼロにするのかそれともマイナス処理とするかについては明確な取扱いがありません。寄附修正の趣旨としては、子法人株式の簿価に「寄附修正額」を加減算することで、将来その子法人株式を譲渡したときに 実際の経済的な価値移転を正しく益金(又は損金)算入できるように調整しています。 つまり、子法人株式の簿価修正は、将来の子法人株式の譲渡益課税を正確にすることにあります。仮に寄附修正により子法人株式の帳簿価額がマイナスとなった場合において、0円として取り扱うと法人税における帳簿価額が実態より過大に算定されてしまい、その結果、相続税評価額との差額(評価差額)が過小計上されることになります。 したがって、私見としては、帳簿価額がマイナスとなった場合には、そのままマイナスで処理することが相当かと考えます。ただし、明確な取扱いが明らかにされているわけではありませんので、個々のケースにおいて慎重に対応する必要があります。 (3) 現物出資等受入れ資産の価額の合計額 本問①②③の場合には、いずれも株式移転をした後の株式価額の算定となりますが、株式移転時における甲社株式の相続税評価額よりも著しく低い価額で甲社株式を受け入れている場合には、含み益の控除の制限対象となります。 具体的には、第5表における「現物出資等受入れ資産の価額の合計額」の相続税評価額(㋥)欄に株式移転時における甲社株式の相続税評価額(課税時期における甲社株式の相続税評価額の方が低い場合には、課税時期における甲社株式の相続税評価額)を帳簿価額(㋭)欄に甲社株式の帳簿価額を記載することになります。ただし、課税時期における相続税評価額による総資産価額に占める現物出資等受入れ資産の価額の合計額の割合が20%以下である場合には、含み益の控除制限の対象外となりますので、上記相続税評価額(㋥)欄及び帳簿価額(㋭)欄は空欄で問題ありません(評価通達186-2)。 ☆実務上のポイント☆ 法人による完全支配関係がある場合の資産の譲渡や適格現物分配は、法人税の税務調整に注意しながら、株式価額を計算する必要があります。 グループ法人税制の適用がある場合における資産の譲渡の場合には、子法人に資産の譲渡損益が認識されるのに対して、適格現物分配の場合には、親法人に資産の譲渡損益が認識されます。 法人税等相当額の控除の取扱いについても資産の譲渡と適格現物分配の場合には異なりますので、どの手法がいいかどうかは、他の税金の影響も含めて総合的に検討する必要があります。 (了)