令和8年度税制改正 中小企業者等の少額減価償却資産の特例の見直し に伴う実務ポイント 税理士 油谷 景子 1 改正内容 一定の中小企業者等が取得価額30万円未満の減価償却資産を取得して事業の用に供した時にその全額を損金算入できる制度、「中小企業者等の少額減価償却資産の取得価額の損金算入の特例」について、近年の物価の高騰等を考慮して、次の改正が行われた(措法67の5、28の2、措令39の28)。 項 目 改正前 改正後 ①適用期限 令和8年3月31日まで 令和11年3月31日まで ②対象となる減価償却資産の取得価額 取得価額 30万円未満 1事業年度合計 300万円まで 取得価額 40万円未満 1事業年度合計 300万円まで ③対象法人の範囲 常時使用する従業員数 500人以下 (特定法人は300人以下) 常時使用する従業員数 400人以下 (特定法人は300人以下) ① 適用期限の延長 令和8年3月31日までとされていた適用期限が3年延長され、令和11年3月31日まで延長された(法人税・所得税共通)。 ② 取得価額の上限額の引上げ 取得価額30万円未満とされていた上限額が、取得価額40万円未満まで引き上げられた(法人税・所得税共通)。 ③ 対象法人の範囲の縮小 対象となる中小企業者等の対象範囲について、常時使用する従業員数500人以下の法人から常時使用する従業員数400人以下の法人へと範囲が縮小された。なお、個人事業者についても、常時使用する従業員数400人以下へと対象範囲が縮小された。 〈対象となる中小企業者等の範囲の縮小変遷〉 本制度の対象は、「事務負担に配慮する必要があるもの」とされており、事務負担に配慮する必要があるものかどうかは、「常時使用する従業員数」により判定される。なお、対象法人の範囲は、次のとおり縮小されてきた。 (対象法人の範囲) 対象資産の取得等の日及び 事業の用に供した日 常時使用する従業員数 平成28年4月1日~ 令和2年3月31日 1,000人以下 令和2年4月1日~ 令和6年3月31日 500人以下 令和6年4月1日~ 令和8年3月31日 500人以下(特定法人(注)は300人以下) 令和8年4月1日~ 令和11年3月31日 400人以下(特定法人(注)は300人以下) (注) 特定法人とは、期首の資本金の額等が1億円を超える法人、通算法人、相互会社、投資法人、特定目的会社をいう。 2 改正による影響 (1) 少額減価償却資産の範囲の拡大 本改正により、一定の中小企業者等が取得する取得価額40万円未満の減価償却資産について、事業の用に供した事業年度にその取得価額に相当する金額を損金経理したときは、「少額減価償却資産」としてその事業年度にその全額を損金算入できるようになった。 例えば、高性能のパソコンなどは取得価額30万円を超えるものもあるが、その場合も40万円未満であれば、今後は取得し事業の用に供した事業年度に「消耗品費」等として損金経理することにより、一時に損金算入できる。これにより、中小企業等の減価償却資産の購入が増加することが見込まれる。財務省は、本改正による影響額として、初年度10億円、平年度20億円程度の税収減を見込んでいる。 (2) 他の中小企業向け設備投資税制への影響 次の中小企業向けの設備投資税制の取得価額要件について、引上げが行われた。 ① 「中小企業投資促進税制」(措法42の6、措法10の3)の取得価額 中小企業者等が機械等を取得した場合の特別償却又は法人税の特別控除(中小企業投資促進税制)における工具の取得価額要件について、「1台又は1基の取得価額が30万円以上の工具の取得価額の合計額が120万円以上であること」の要件が、「1台又は1基の取得価額が40万円以上の工具の取得価額の合計額が120万円以上であること」となった(所得税も同様)。 ② 「中小企業経営強化税制」(措法42の12の4、措法10の5の3)の取得価額 中小企業者等が特定経営力向上設備等を取得した場合の特別償却又は税額控除制度(中小企業経営強化税制)における工具及び器具備品の取得価額要件について、現行の30万円以上から40万円以上に引き上げられた(所得税も同様)。 ③ 「特定事業継続力強化設備等の特別償却制度」(措法44の2)の取得価額 特定事業継続力強化設備等の特別償却制度における器具備品の取得価額要件について、現行の30万円以上から40万円以上に引き上げられた(所得税も同様)。 3 実務で気を付けるべきポイント (1) 適用対象者 あらためて、本制度の対象者を整理しておきたい。 本制度の対象となるのは、中小企業者(適用除外事業者に該当するものを除く)又は農業協同組合等で、青色申告書を提出する法人である。ただし、通算法人は適用除外となる。 また、本制度は前述の通り「事務負担に配慮する必要があるもの」が対象となり、令和8年4月1日以降は、事務負担に配慮する必要があるものとして、常時使用する従業員の数が「400人以下」(特定法人は300人以下)の法人が対象となる。 なお、この「事務負担に配慮する必要があるものかどうか」は、原則として、少額減価償却資産の取得等をした日及び事業の用に供した日の現況により判定するが、事業年度終了日において、常時使用する従業員数が400人以下(特定法人は300人以下)の法人に該当する場合には、資本金の額が1億円以下の法人等に該当する期間に取得等をして事業の用に供した少額減価償却資産について、本特例を適用することができる(措通67の5-1)。 個人については、中小企業者に該当する個人で青色申告書を提出する方が、不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき業務の用に供した減価償却資産が対象となる。個人も、法人と同様に常時使用する従業員数の要件を満たす方が対象となる。 (2) 一事業年度で合計300万円の上限は変わらない 本制度は一事業年度の少額減価償却資産の合計額が300万円になるまで損金算入ができるとする上限がある。 令和8年度税制改正では、あくまでも1つ1つの減価償却資産の取得価額の上限額が引き上げられたのみであり、一事業年度の少額減価償却資産の合計額が300万円に達するまでとする損金算入限度額の上限は変わらない点に留意が必要である。なお、事業年度が1年に満たない場合は、この上限額は月割り計算とされる。 (3) 中小企業向け設備投資税制の取得価額要件の引上げ 本改正に伴い、次の中小企業向け設備投資税制の取得価額の範囲が30万円以上から「40万円以上」となったため、適用の判定時に留意が必要である。 (4) スタッフやクライアントへの周知 今回の改正による適用期限の延長、取得価額の引上げ、対象範囲となる中小企業の範囲の変更の改正は、クライアント及びスタッフへ周知しておく必要がある。 また、取得価額の判定は、その事業者が採用している経理方式により税抜金額又は税込金額で行われる点も改めて周知しておきたい。 なお、本特例の適用に当たっては、法人は法人税の確定申告書別表16(7)「少額減価償却資産の取得価額の損金算入の特例に関する明細書」の作成及び「適用額明細書」の添付が必要である。また、個人事業主は青色決算書の「減価償却費の計算」の「摘要」欄に「措法28の2」の記載が必要である。 (了)
グループ企業の税務Q&A 第 4 回 通算グループ内の法人との合併が行われた場合 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター/税理士 川瀬 裕太 ◆ ◆ ◆〈解説〉◆ ◆ ◆ 1 合併法人の繰越欠損金の使用制限 (1) 法人税の繰越欠損金 通算法人を合併法人とする適格合併でその通算法人との間に通算完全支配関係がある他の内国法人を被合併法人とする合併が行われた場合には、その通算法人の欠損金額については、法人税法第57条第4項(適格組織再編成等が行われた場合の欠損金の切捨て)の規定は、適用しないこととされています(法令112の2⑦)。 したがって、合併法人の未処理欠損金額の使用は制限されません。 (2) 住民税の繰越欠損金(控除対象通算適用前欠損調整額、控除対象通算対象所得調整額、控除対象配賦欠損調整額) 合併法人の未処理欠損金額の使用を制限する規定はありません。 (3) 事業税の繰越欠損金 事業税の課税標準である各事業年度の所得を算定する場合には、法人税法施行令第112条の2第6項から第8項までの規定の例によらないこととされています(地令20の3)。 したがって、上記1(1)のようなグループ通算制度特有の規定はないことから、通常通り、下記の要件をいずれも満たさない場合には、合併法人の未処理欠損金額の使用が制限されることとなります(法法57④、法令112⑨⑩、地令20の3)。 (※) 欠損金利用を目的に法人を設立する等一定の場合が除かれています。 ただし、支配関係事業年度の前事業年度終了時の資産及び負債について時価評価した場合には、欠損金の制限対象金額の計算について特例が設けられています(法令113①④、地令20の3)。 2 被合併法人の繰越欠損金の引継制限 (1) 法人税の繰越欠損金 通算法人を合併法人とする適格合併でその通算法人との間に通算完全支配関係がある他の内国法人を被合併法人とするものが行われた場合には、これらの他の内国法人の未処理欠損金額については、法人税法第57条第3項(適格合併又は残余財産の確定の場合の欠損金の引継制限)の規定は、適用しないこととされています(法令112の2⑥)。 したがって、被合併法人の未処理欠損金額の引継ぎは制限されません。 適格合併が行われた場合において、被合併法人の未処理欠損金額があるときは、その金額は、それぞれの未処理欠損金額が生じた各事業年度の開始の日の属する合併法人の各事業年度において生じた欠損金額とみなし、特定欠損金額に該当するものは特定欠損金額として、非特定欠損金額に該当するものは非特定欠損金額として引き継ぐこととなります(法法57②、法法64の7③)。 (2) 住民税の繰越欠損金(控除対象通算適用前欠損調整額、控除対象通算対象所得調整額、控除対象配賦欠損調整額) 被合併法人の未処理欠損金額の引継ぎを制限する規定はありません。 適格合併が行われた場合において、被合併法人の未処理欠損金額(控除対象通算適用前欠損調整額、控除対象通算対象所得調整額、控除対象配賦欠損調整額)があるときは、その金額は、それぞれの未処理欠損金額が生じた各事業年度の開始の日の属する合併法人の各事業年度において生じた欠損金額とみなされます(地法53⑤⑮㉑、321の8⑤⑮㉑)。 (3) 事業税 事業税の課税標準である各事業年度の所得を算定する場合には、法人税法施行令第112条の2第6項から第8項までの規定の例によらないこととされています(地令20の3)。 したがって、上記2(1)のようなグループ通算制度特有の規定はないことから、通常通り、下記の要件をいずれも満たさない場合には、被合併法人の未処理欠損金額の引継ぎが制限されることとなります(法法57②③、法令112③④、地法72の23①②、地令20の3)。 (※) 欠損金利用を目的に法人を設立する等一定の場合が除かれています。 ただし、支配関係事業年度の前事業年度終了時の資産及び負債について時価評価した場合には、欠損金の制限対象金額の計算について特例が設けられています(法令113①、地令20の3)。 3 本件へのあてはめ 通算法人P社を合併法人とする適格合併でP社との間に通算完全支配関係がある通算子法人A社を被合併法人とする合併が行われた場合、P社の法人税の未処理欠損金額については、法人税法第57条第4項(適格組織再編成等が行われた場合の欠損金の切捨て)の規定は、適用されません。 また、合併法人P社の住民税の未処理欠損金額の使用を制限する規定はありません。 ただし、事業税の未処理欠損金額についてグループ通算制度特有の規定はないことから、通常通り、5年超支配要件又はみなし共同事業要件を満たさない場合には、合併法人P社の事業税の未処理欠損金額の使用は制限されることとなります。 同様に、通算法人P社を合併法人とする適格合併でP社との間に通算完全支配関係がある通算子法人A社を被合併法人とするものが行われた場合、A社の法人税の未処理欠損金額についても、法人税法第57条第3項(適格合併又は残余財産の確定の場合の欠損金の引継ぎ制限)の規定は、適用しないこととされています。 また、被合併法人A社の住民税の未処理欠損金額の引継ぎを制限する規定はありません。 ただし、事業税の未処理欠損金額についてグループ通算制度特有の規定はないことから、通常通り、5年超支配要件又はみなし共同事業要件を満たさない場合には、被合併法人A社の事業税の未処理欠損金額の引継ぎは制限されることとなります。 (了)
街の税理士が「あれっ?」と思う 税務の疑問点 【第12回】 「相続開始前にリフォームをしたが固定資産税評価額に反映されていない場合」 城東税務勉強会 税理士 大塚 進一 問 題 父が亡くなる半年前に父が所有する建物が古くなっていたので、父の負担で補修修繕もかねて大規模なリフォームをしました。 相続開始時の固定資産税評価額には反映されていませんが、建物の相続税評価額はどうすれば良いですか。 回 答 大規模な工事でそれにより固定資産税評価額が改定されている場合は、その改定後の固定資産税評価額で相続税の申告を行えば良いですが、建築確認申請等が必要ない場合、固定資産税評価額が改定されないことが多いです。 この場合、その付近の家屋との構造、経過年数、用途等の差を考慮して評定した価額で評価しますが、状況の類似した付近の家屋がない場合がほとんどですので、リフォーム前の家屋の固定資産税評価額に、通常そのリフォームにかかる再建築価額の相続税評価額を加えた額で評価します。 なお、リフォームにかかる再建築価額とは建物の資産価値が増した分に相当する額のみのことを言います。よって上記の場合、補修修繕もかねたリフォーム代金の総額から、見積書等より補修修繕に相当する金額を差し引き、リフォーム費用を算出します。半年前の工事なのでリフォーム費用を再建築価額として、相続税評価額を以下のように計算します。 よって、建物の相続税評価額は、従前の固定資産税評価額+リフォーム費用の相続税評価額となります。また、役所に固定資産税評価額の評価替えを依頼する方法もあり、この場合の相続税評価額は評価替え後の固定資産税評価額となります。 考 察 質疑応答事例・財産評価(増改築等に係る家屋の状況に応じた固定資産税評価額が付されていない家屋の評価)では、「増改築等に係る家屋の状況に応じた固定資産税評価額が付されていない場合の家屋の価額は、増改築等に係る部分以外の部分に対応する固定資産税評価額に、当該増改築等に係る部分の価額 ~省略~ を加算した価額 ~省略~ 」とあります。 よって、「増改築等に係る家屋~」とある事から、大規模な工事であっても増改築等にあたらない修繕の範囲内のもの、すなわち、壁紙の張替えや外壁の塗装等の経年劣化部分の修復や維持管理の工事、雨漏りの屋根修理等の壊れた部分を修理する原状回復工事は相続直前に行っていても、相続税評価額に加算する必要はありません。 またトイレ、浴室、洗面所や台所等の設備の取替えである場合、法人税や所得税では新たな減価償却資産の取得となる場合もありますが、それらが固定資産税に影響しないことから考えると、原状回復にとどまらず以前と比べて資産価値が増す設備取替えを除いて、増改築等にあたらず、相続税評価額に加算する必要はないでしょう。 なお、2025年の建築基準法改正により建築確認申請が必要な工事の範囲が増え、大規模リフォームが固定資産税評価額に反映されやすくなっています。まとめると次のようになります。 つまり、リフォームによって建物の資産価値を高める(いわゆる資本的支出にあたる)場合のみ、相続税評価額に加算します。一般的に補修修繕と一緒にリフォームを行う場合、これらを区別するために見積書や請求書等で確認します。 また、固定資産税評価額の評価替えが必要な大規模工事も課税時期に評価替えが行われていないことがあります。その場合、上記の計算式で算出された額を加算すると高額になるなら、相続税の申告期限に間に合えば、役所に固定資産税評価額の評価替えを依頼する方法もあります(おそらくこちらの方が評価額は低くなると思われますが、固定資産税の負担は増えます)。 また、法人所有の建物に対する通常の修繕の範囲外の資産価値を高めるリフォームについては、取引相場のない株式の評価に含めます。このとき1株当たりの純資産価額の計算において、課税時期前3年以内に取得または新築している場合は70%の価額にせず、通常の取引価額(課税時期における通常の取引価額に相当するなら帳簿価額)を用います。 なお、建物所有者でない者がリフォーム代金を負担した場合、リフォーム代金の負担者から建物所有者への贈与として取り扱われます。すなわち、上記問題の場合のリフォーム代金を子が負担していた場合、その時に建物所有者の父に対して贈与税がかかり、その後の相続が発生した場合、その建物を相続した者に相続税がかかるので、リフォーム代金の負担には注意が必要です。 (了)
〔実務で差がつく!〕 相続時精算課税制度Q&A 【第6回】 「相続時精算課税と相続税の2割加算(その2)」 ~相続時精算課税の権利義務を承継した場合~ 税理士 徳田 敏彦 【Q】 Bは父Aから令和4年7月に土地の贈与を受け、相続時精算課税制度を選択した。 令和6年1月に父Aより先にBに相続が発生した。そのため、Bの配偶者であるCはBが有していた相続時精算課税の適用を受けていたことに伴う納税に係る権利又は義務を承継した。 その後、令和7年10月に父Aに相続が発生した。 父Aは遺言を残しており、全財産をC(Bの配偶者)に遺贈する内容である。そのため、Cは父Aに係る相続税で、①遺贈により財産を取得したことによる申告と②相続時精算課税の権利又は義務を承継したことによる申告が必要になる。 この場合、相続税の2割加算はどの部分に適用されるのか。 【A】 Cが遺贈により取得した部分のみが、相続税の2割加算の対象となる。 ◆ ◇ ◆ 解 説 ◆ ◇ ◆ 相続、遺贈又は相続時精算課税に係る贈与によって財産を取得した者が、被相続人の一親等の血族及び配偶者以外の者である場合には2割加算が適用される(相法18)。 この「一親等の血族」に当たるかどうかは「被相続人の死亡の時の状況」により判定する(相基通18-2)。 そのため、Cは父Aから遺贈を受けたことによる相続税額の計算においては、父Aが死亡した時の状況により一親等の血族か否かを判定する。 それでは、相続時精算課税の権利又は義務を承継したことによる相続税額の計算において、相続税の2割加算の対象になるか否かはどの時点で判定するのか。 相続時精算課税の権利又は義務を承継したことによる相続税額の計算において、2割加算の対象になるか否かの判定は「相続時精算課税適用者が死亡した時の状況により判定する」としている(相基通18-2)。 これは次のような考え方から整理されている。 (出典) 甲斐裕也編『令和8年版 相続税法基本通達逐条解説』(大蔵財務協会・2026年)320頁 そのため、1人の者が2以上の異なる地位に基づいて相続税の申告をすることになる場合には、それぞれの申告における財産を取得した者としての地位で「被相続人の一親等の血族等」に該当するのかを判定することになる。 上記の例では、以下の2つの地位に基づいて相続税の2割加算判定を行う。 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第95回】 「租税条約上の居住者該当性が争われた事例 (東地令5.5.30)(その2)」 税理士 柿本 雅一 4 検討 (1) 租税条約における居住者の定義 OECDモデル条約第4条(居住者)は以下のように規定している。 租税条約における「者」は個人のみならず法人も含まれる。日本の法人税法は法人の居住地の判断基準として本店所在地主義を採用しているため、OECDモデル条約の当該条項を留保しており(※1)、その代わりとして、日本の多くの租税条約では、「住所、居所、本店又は主たる事務所の所在地等の基準により当該一方の締約国において課税を課されるべきもの」を居住者としているものが多い。 (※1) コメンタリー4条パラグラフ28 この点、OECDモデル条約及び日本の租税条約で言う「課税を受けるべきものとされる(liable to tax)」は何を意味するかが問題となる。 増井教授は、「最初のOECDモデル条約(1963年)では、「課税を受けることとなる」と訳されており、その後1977年に「課税を受けるべきものとされる」と訳されており、これが現在でも一般的に使われている。しかし、「英文にいうliable to taxの意味をより正確にとらえる訳としては「納税義務がある」という訳のほうがより適切であったかもしれない」と述べられている(※2)。 (※2) 李昌煕・増井良啓「租税条約の居住者概念は全世界所得課税を要件とするか-各国裁判例の分析-」『ジュリスト』1362号(2008)127頁、関口博久『租税条約の人的適用に関する研究』一般社団法人大蔵財務協会(2012)98頁 そして、「当該一方の締約国の国内法の規定により、納税義務を負う者が居住者と決定されるものとなる。我が国の場合では、前述の所得税法の規定する居住者(所税2条1項3号)と法人税法の規定する内国法人(法税2条3号)が租税条約上の居住者となる。この点、条約の但書が規定するように、一方の締約国内に源泉のある所得又は当該一方の締約国に存在する財産のみについて納税義務を負う者については、租税条約上の居住者とはならない。このように、租税条約上の居住者(ここではOECDモデル条約4条1項)とは、租税条約上のものであり、国内法を参考とするが、国内法上の概念とは別の概念である」(※3)と述べられている。 (※3) 関口 同上99-100頁、増井良啓「居住地振り分け規定の適用効果」『税務事例研究』108号(2009)43頁 (2) 租税条約上の居住者の範囲 租税条約における居住者とは、「国内法の規定により納税義務を負う者である」と定義付けした場合、この納税義務者は無制限納税義務者(※4)に限定されるかが次の問題となる。我が国ではこれまであまり深く論じられてこなかった論点ではあるが、無制限納税義務者を意味すると解されている(※5)。 (※4) 一般に、国籍を有する者と領域内に居住する者に対しては領域外で得た所得についても管轄権を及ぼすことが出来ると考えて、居住者の納税義務を全世界所得に対して成立させることを無制限納税義務という。他方、領域内に居住しない者に対しても領域内に源泉のある所得に対して管轄権を及ぼすことが出来ると考えて、非居住者の納税義務を国内源泉所得のみに対して成立させることを制限納税義務という。本庄資「租税条約」税務経理協会(2000)57頁-58頁 (※5) 小松芳明『租税条約の研究』有斐閣(1973)26頁 そして、財務省は、国内法により課税されない者は租税条約の居住者には含まれないことを踏まえ(※6)、本条約締結時点において、「アラブ首長国連邦の現行法令では、原則として所得税及び法人税が課されておらず、また「住所、居所、本店又は主たる事務所の所在地、事業の管理の場所その他これらに類する基準」に基づき「課税を受けるべきものとされる者」の区分をしていないことから、署名時点においては、アラブ首長国連邦、同国の各首長国及び上記(注1)③に掲げられる特定の機関のみが我が国に源泉のある所得に対する課税に係る条約の特典を享受することができる「一方の締約国の居住者」に該当すると考えられます。」と説明している(※7)。 (※6) 財務省主税局時代に日米租税条約の改定に携わった浅川雅嗣氏は、「もっとも、条約上の「者(person)」はそれが課税を受けるべき場合にのみ「居住者(resident)」として条約上の各種の特典を享受することとなる(第4条の1)。従って、それ自体として納税義務者となることはない我が国の信託、任意組合等の場合、・・・「居住者」としての特典を享受するわけではない。」と述べている。浅川雅嗣「コンメンタール改訂日米租税条約」大蔵財務協会(2005)39頁 (※7) 『平成25年度税制改正の解説』803-804頁 この点、増井教授は、「住所、居所、事業の管理の場所その他これらに類する基準により当該一方の締約国において租税を課されるべきものとされる者」の意味を「文言の通常の意味に解するならば、一定の場所があることを基準として納税義務を負う者を指すであろう。だが、各国の裁判例において広く認められている解釈はこれとは異なり、その文言をもって、全世界所得について課税を受けるべき者と解釈する傾向にある」(※8)と述べ、カナダでの判例を題材として、これは「草案者の意思やOECDモデル租税条約コンメンタリーを参照しつつ、目的論的解釈によっている」と指摘している(※9)。加えて、「租税条約の明文規定をもって、「居住者とは一方の締結国の国内法で全世界所得納税義務を負う者である」と書いてこそ、はじめてこの結論が導きかれるのではないだろうか。我々はこうして、問題の核心に到達する。すなわち、租税条約の文言を目的論的に解釈して居住者概念を国内法上の全世界所得納税義務を負う者と解することは、果たして正当なことなのであろうか」と疑問を呈しておられる(※10)。そして、「国際的二重課税排除の方式として国外源泉所得免除方式を採用する国の企業は、国外源泉所得についても潜在的に納税義務を負っており、したがって「課税を受けるべきものとされる者」に該当すると解することができよう」(※11)と述べられている。 (※8) 増井良啓「租税条約上の居住者概念は全世界所得課税を要件とするか-各国裁判例の分析」『ジュリスト』1362号(2008)123頁 (※9) 増井 同上128頁 (※10) 増井 同上129頁 (※11) 増井 同上131頁 (3) 判決の評価 本判決に関しては、裁判所は、「本判決が二重課税排除という本条約の趣旨を「居住者基準」の理解において重視していることが窺え」(※12)られ、「本件においては、課税対象を検討する前に、そもそも現地法令において居住者基準にて課税を受けるべきものとされる者はいないという整理」(※13)がなされているとの評釈がある。 (※12) 鈴木悠哉「租税条約における居住者該当性」『令和6年度重要判例解説』1610号(2025)159頁 (※13) 田中良「租税条約における「居住者」該当性」『ジュリスト』1602号(2024)11頁 確かに、判例は二重課税の排除という租税条約の主たる目的を重視しつつ、居住者の範囲と課税所得の範囲を深く結びつけて、租税条約上の居住者は無制限納税義務者である必要があると判断しているように見受けられる。しかしながら、OECD租税条約コンメンタリーにおいても「第2文の適用は、一方の国において包括的課税の対象とならない者を除外するという、その趣旨及び目的に照らして解釈しなければ、課税上属地主義を採用する国の一切の居住者が条約の適用対象者から除外されることにもなりかねず、これは明らかに意図しない結果となる」と注意喚起されている点を無視している。 例えば、属地主義を採用しているシンガポールと日本は租税条約を締結しているが、シンガポールに設立された法人に対して租税条約の適用をしている。このことからもその国の居住者の範囲と課税所得の範囲との間には一定の整合性はあるもの、別の概念であると捉えるのが文理解釈の観点からも自然であると考えられる。 また、もう少し議論を広げて、ドバイ所得税命令2条3のような源泉地管轄に基づく制限納税義務者の場合に租税条約が適用される余地があるのかどうかを考えると二重課税の排除を重視するという観点から言えば一考の余地はあるように思われる。 例えば、法人税法138条は国内源泉所得を定義しているが、その中身を見ると、純粋に国内において発生した所得のみを対象としていない。具体的には、外国法人が恒久的施設(PE)を通じて事業を行う場合に、AOAの考え方に基づき、PEが本店等から分離・独立した企業であると擬制した場合に得られるべき所得(PE帰属所得)に係る所得計算をすることとされたためである。端的に言えば、PE帰属所得はPEが稼得した所得であれば良く、国内での事業所得に限らず、外国法人の本店所在地以外の第三国で生じた所得をも含むものとされている(※14)。そして国外の所得に対して課税をするからこそ、二重課税が生ずることを回避する目的で外国法人のPEに対する外国税額控除制度を新たに設けている(※15)。 (※14) 国税庁「国際課税原則の帰属主義への見直しに係る改正のあらまし」平成27年10月 (※15) 「外国法人のPEが本店所在地国以外の第三国で得た所得がPE帰属所得としてわが国の課税対象となることに伴い、PEのための外国税額控除制度を設ける。」と平成26年度税制改正大綱で説明している つまり、国内源泉所得の範囲として「国外に源泉のある所得」を含めているケースもあり、この場合には二重課税が発生する余地は十分にある。二重課税の排除を重視すれば、租税条約の適用場面において無制限納税者と差異を設ける必要性は低いように考えられる。 次に、本判決は、法人税基本通達20-2-1を始めとする規定を2010年モデル租税条約が新たに採用したAOAアプローチに即したものと評価する。この点は妥当な判断だと思われる。ただ、原告(納税者)が主張したドバイ本店と本件活動拠点の帰属割合の主張に対しては、「月ごとの入金額や経費等について・・・ドバイ本店に対し、本件各事業に係る収益及び経費等について口頭で報告したが、個別の取引について許可を求めたり報告したりすることはなかったと認められるのであって・・・、これからすれば、本件各事業に係る重要な方針や戦略の決定をドバイ本店において行い、ドバイ本店において本件各事業に関するリスクを負っていたということはできない」としている。 この指摘は実務において大きな示唆を与えると考えられる。つまり、単なる報告や連絡レベルでは本店の関与は認められず、個別取引の意思決定レベルでの関与が認められなければ、共通費の合理的な配分は認められないことになる。 (4) おわりに 租税条約の適用を受けるためには一方又は双方の締約国の居住者である必要がある。そこで租税条約上の居住者とは何を意味するのかが重要になるが、本件は租税条約上の居住者概念について争われた初めての事案であり、裁判所は、二重課税の排除を目的とする租税条約の適用を受けるのは無制限納税義務者に限られると示した。 しかし、二重課税が発生するのは国外所得を課税所得の範囲に含めているからであり、居住者となる国又は地域において純粋に国内源泉所得のみに対する課税に限定していない限り二重課税の排除の必要性は失われない。 また、本件条約やOECDモデル租税条約にはただし書きが付されているため、結果として居住者の範囲から制限納税義務者を排除することになるが、日本が締結した条約の中には居住者概念の中にただし書きが入っていない条約も存在する(※16)。租税条約上の居住者の範囲を無制限納税義務者に限定する立場に立てばこのただし書きは確認規定であると評価すると思われるが、条約相手国との関係によりただし書きの有無が存在する点を鑑みれば創設規定であるとも考えられ、この立場からは租税条約の居住者には制限納税義務者が含まれることが前提になっていると主張しうる。残念なことに本判決はこの点について何ら述べていないため全ての租税条約に共通する考えを示したものかそれとも本件条約の適用上の考えを示したものかは明らかでない。 (※16) 例えば、シンガポール、マレーシア、インドなど 以上を考慮すれば、居住者とは「当該一方の締約国の国内法の規定により納税義務を負う者」と解し、「住所、居所、本店又は主たる事務所の所在地、事業の管理の場所その他これらに類する基準」はその国又は地域において納税義務が発生するかどうかを判断する基準を例示的に列挙していると捉えるのが自然であるように思われる。 なお、租税条約上の居住者概念に関する初めての裁判所の判断であるため、本件だけで居住者概念が確立されたと考えるべきでは無く、居住者の定義にただし書きがない租税条約の場合でも本事例と同じ解釈が展開されるかどうか等今後の判例の積み重ねを見ていく必要がある。 (了)
連結会計を学ぶ(改) 【第20回】 「連結範囲からの除外に関する取扱い」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 今回は、連結範囲からの除外に関する取扱いについて、「連結財務諸表に関する会計基準」(企業会計基準第22号。以下「連結会計基準」という)及び「連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針」(移管指針第4号。以下「資本連結実務指針」という)にしたがって解説する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 子会社に対する支配の喪失 1 連結対象となる子会社の財務諸表の範囲 連結財務諸表では、子会社に対する支配を獲得した場合には、支配獲得日以後の当該子会社の資産・負債及び収益・費用を親会社の財務諸表の各項目に連結し、一方、子会社に対する支配を喪失した場合には、支配喪失日以後の当該会社の資産・負債及び収益・費用を連結から除外することになる(資本連結実務指針2項)。 連結対象となる子会社の財務諸表の範囲は、いずれの時点において支配の獲得又は喪失が生じたとみなすかにより、次のように取り扱われる(資本連結実務指針7項)。 2 連結除外に関する会計処理 子会社株式の売却により支配を喪失して関連会社となる場合には、資本連結実務指針45項(支配を喪失して関連会社になった場合の処理)及び45-2項(支配を喪失して関連会社になった場合ののれんの未償却額の取扱い)に従って会計処理する(資本連結実務指針41項)。 子会社株式の売却により支配を喪失して連結子会社及び関連会社のいずれにも該当しなくなった場合には、資本連結実務指針46項(支配を喪失して関連会社にも該当しなくなった場合の処理)に従って会計処理する(資本連結実務指針41項)。 3 連結除外に関する資本剰余金の会計処理(子会社株式の追加取得及び一部売却等によって生じたもの) 子会社株式の追加取得及び一部売却等(親会社と子会社の支配関係が継続している場合に限る)が行われた場合、追加取得持分と追加投資額との間に生じた差額又は売却による親会社の持分の減少額と売却価額との間に生じた差額は、資本剰余金として処理される(連結会計基準28項、29項)。 この資本剰余金は、支配を喪失して連結範囲及び持分法適用範囲から除外されたとしても、過去の追加取得又は一部売却取引で計上された資本剰余金は取り崩さず、結果として、資本剰余金は子会社でも関連会社でもなくなってもそのまま計上されることとなる(資本連結実務指針49-2項、68-2項)。 これは、支配継続中の一部売却等の取引は、親会社と子会社の非支配株主との間の取引であり、当該取引によって生じた資本剰余金は子会社に帰属するものではないためである(資本連結実務指針68-2項)。 なお、資本剰余金が負の値となり、当該負の値を利益剰余金から減額する処理を行っていた場合には、連結範囲から除外された後も当該処理は、連結財務諸表上、引き継がれることになる(資本連結実務指針49-2項、39-2項)。 (了)
〈解説と対応〉 法人役員である個人事業主等に係る 被保険者資格の取扱いの明確化 社会保険労務士 富山 直樹 1 はじめに 令和8年3月18日、厚生労働省より「法人の役員である個人事業主等に係る被保険者資格の取扱いについて」という通達が発せられた。 個人事業主の場合、原則的に健康保険は国民健康保険、年金は国民年金に加入することになるが、個人事業主であっても、条件を満たせば法人の役員や従業員として社会保険(健康保険/厚生年金保険)に加入することができる。 しかし令和7年末より、一部の地方議員がこの制度を悪用し、本来支払うべき国民健康保険料の支払いを回避していたことが報道され、令和8年1月には所属政党より関与した議員に対する除名処分が発表され、その後には所属する議会においても辞職勧告決議が可決された。 この問題を受けて厚生労働省も対応に乗り出すことになったと考えられるが、今回発せられたこの通達は、法改正を行うのではなく、行政としての対応、運用を示したものであり、厚生労働省も対応の早さを重視したことが推察できる。 本稿ではこの文書が発せられる契機となった問題点、概要、リスク、対応策について解説する。 2 国保逃れと、その問題点 前項の通り、個人事業主も条件を満たせば社会保険に加入することができる。では「なぜそのようなことをするのか?」、最も大きい理由の1つに、社会保険に加入することで国民健康保険料の高額な支払いを避ける目的が挙げられる。 仮に個人事業主としての収入と、法人の役員報酬とを比べて個人事業主の方が高額であったとしても、社会保険の保険料は役員報酬のみをベースとして計算され、個人事業主としての収入は合算されない(※なお、2箇所以上の法人から報酬を得る場合は、その報酬額が合算される)。 家族がいる場合にも、国民健康保険には扶養の概念がなく、配偶者や子供であっても1人ずつ国民健康保険に加入し保険料を支払う必要があるのに対し、社会保険の場合は扶養要件に該当すれば「被扶養者」として加入することができ、被扶養者には保険料がかからないという違いがある。 また、全額自己負担である国民健康保険に対し、社会保険料は法人との折半であり、法人の負担分も「法定福利費」として経費に扱われる。 こうした費用的なメリットを狙い、個人事業主であっても法人の役員として社会保険に加入するような手法は、あくまで現状は「違法」ではなく、今回の地方議員のケースでも各種報道では「脱法」という言葉が使われている。 報道によると今回の地方議員のケースでは、地方議員は個人事業主と同じく国民健康保険への加入が前提となっているものの、議員という地位を維持しつつ、一般社団法人の理事にも就任していた。また、議員報酬が年間約1,450万円に対し、一般社団法人の理事として受け取っていた報酬が月1万7,000円程度であり、本来の国民健康保険で負担すべき保険料と、その理事としての報酬で計算される社会保険料とでは、年間の保険料におよそ100万円の差が生じていた。 さらに、今回のケースが悪質として問題提起されるに至ったのは、「会費」という名目で毎月3万4,000円という報酬以上の額が、地方議員側から一般社団法人側に支払われていた点である。報酬として受け取る額よりも、支払う「会費」の額の方が多いが、「会費」の支払いを計算しても一般社団法人で理事としての社会保険に加入する方が全体的な費用が抑えられていた。 このような内容が悪質であると判断され、今回の文書が発せられるに至ったと考えられる。 3 今回の文書の概要、およびそれに伴うリスク 今回の文書では「役員としての実態がない者については、社会保険の資格を喪失させる。」としている。 その場合は、過去に遡っての資格喪失を命じられる可能性も考えられる。過去に遡って社会保険の被保険者資格を喪失した上で、その間の個人事業主としての所得に応じた国民健康保険料を支払い、扶養に入っている家族がいる場合はその家族分の国民健康保険料も支払わなければならず、またその間に受診した医療機関での精算手続が発生する可能性も出てくるわけである。 では具体的に、「役員としての実態がない者」とはどういったケースが考えられるのか。今回の報道のような「会費」を徴収するといった悪質なケースは当然として、具体例を含め2つの基準が示されている。 ① その業務が経営参画を内容とする経常的な労務の提供に該当しないと考えられるもの ―具体例― ② その報酬が業務の対価として経常的な支払いに該当しないと考えられるもの ―具体例― 4 実態のない役員と判断されないために 前項で記載した通り、「役員としての実態」がなければ社会保険の資格を喪失するように通達があったわけである。前項の具体例のような内容に該当しないことは大前提として、正しい運用を行っているつもりでも、意図せずに行政側から「不適切な運用」「実態のない役員」と判断されないためにどうすればよいのか。 今回の報道のような悪質なケースでなく、正しく個人事業主としての仕事を主としつつ法人の役員も務める方もいる。 近く行政側も、一般社団法人等へ調査に入る予定という報道がなされているが、そのような方が「実態のない役員」と判断されないために、行政の調査が入った際などに証拠資料とともに説明、証明できるようにしておくことである。 具体的には、 といったものが考えられる。 調査が入った際に「正しく行っている」「役員としての業務の実態がある」「業務に見合った対価を支払っている」ということを「客観的に説明できる」資料を常日頃残しておくことが肝要である。 もちろん、これらを用意したからと言って100%の保証がなされるわけではなく、最終的には総合的な判断を行政側がすることになる。 また、大前提として悪質なスキームはもってのほかであり、筆者もそうした行為を助長、容認する意図はなく、本稿を読まれた方がこれらの手法について悪意ある解釈をなされないことを切に願う次第である。 5 まとめ 「支出を抑えたい」という人間の深層心理はもっともである。しかし、一線を超えてしまうと今回報道されたような問題が発生する。 また、こうした脱法スキームを斡旋するような事業者があることも事実であり、本稿をご覧の皆様の中にも、「代表者様の社会保険料を節約しませんか?」といった内容のダイレクトメールや営業電話を受けたことがある方もいるのではないだろうか(弊所にも営業電話がかかってきたことがあり、「社会保険労務士事務所に電話していることをわかっているのか?」と思った次第である)。 報道によれば、斡旋を行っていた一般社団法人の中には、このスキームを目的に登録されたと思われる理事が600名を超えるようなものもあり、今回の通達を受けて理事に対し「事業終了」を知らせる通知が届いたとされている。 今回は法改正ではなく、通達という形で行政の対応、運用が示されたスピード重視の内容であるが、いずれ法改正が検討され、より厳格化される可能性が大いに考えられる。 令和8年4月分の社会保険料から子ども・子育て支援金が発生するように、急速な少子高齢化が進む中で、現在の社会保険財政は逼迫している。将来にわたっての社会保険制度維持のためにも、適正な運用への寄与を、被保険者である私たちも保険料負担者として考えたいところである。 (了)
〔業種別Q&A〕 労使間トラブル事例と会社対応 【第15回】 「偽装請負にならないための注意点」 〈情報通信業・IT〔Q4〕〉 弁護士法人 ロア・ユナイテッド法律事務所 パートナー弁護士 木原 康雄 【Q】 SEが客先で、そのニーズに応じて業務を遂行するケースも多いのですが、注意しないと偽装請負になるおそれがあると聞きました。留意すべき点を教えてください。 【A】 厚生労働省の「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区別に関する基準」及びその疑義応答集に則って請負業務を行うことが必要です。 ▲ ▼ ▲ 解 説 ▲ ▼ ▲ 1 偽装請負とは IT企業は、発注者からシステムの開発を請け負い(受注し)、従業員にその開発業務を担当させる。 ここで請負契約とは、受注者が発注者から独立して仕事をして、その完成を約する契約をいう。「独立して」であり、発注者と受注者の労働者との間に指揮命令関係が生じないことが前提となっている。 しかし、発注者のニーズや要望に継続的・適宜に応じながらの作業であり、しかも客先常駐であると、発注者側の担当者が当該受注者側の労働者に直接指揮命令してしまうということが起こり得る。 そうなると、受注者が「自己の雇用する労働者を、当該雇用関係の下に、かつ、他人の指揮命令を受けて、当該他人のために労働に従事させること」(労働者派遣法2条1号)と実質的に同じ状態である。 ところが、請負のつもりであったので、労働者派遣法で定められた諸手続き(労働者派遣事業の許可や、様々な手続)は採られていないので、これは労働者派遣法に抵触する違法行為であるということになる。 このように、実質的な労働者派遣であり、請負の形式がいわば「偽装」になってしまっている場合を「偽装請負」という。 2 偽装請負の場合のリスク 「偽装請負」になっている場合、受注者・発注者とも行政指導の対象となる(労働者派遣法48条)。 また、受注者は、改善命令(同法49条1項)のほか、労働者派遣事業の許可がないことを理由に罰則が適用され得る(同法59条2号)。 発注者も、企業名公表(同法49条の2)の対象となり得るほか、派遣先責任者を選任したり、派遣先管理台帳を作成していないため、罰則が適用され得る(同法61条3号)。 さらに、「偽装請負」が労働者派遣法の規制を免れる目的で行われたものと判断された場合、発注者が、受注者側の労働者に対し、受注者・労働者間の労働条件と同一の労働条件を内容とする労働契約の申し込みをしたものとみなされる(同法40条の6第1項第5号)。 この場合、「偽装請負」行為が終了した日から1年以内に労働者が承諾すれば、発注者・労働者との間に直接の労働契約関係が生じることになる(同法40条の6第2項・第3項)。 3 偽装請負にならないよう注意すべき点 IT企業としては、特に客先常駐の場合には、「偽装請負」(実質的な労働者派遣)にならないためのポイントを押さえ、上記リスクを回避しなければならない。 このポイントについては、厚生労働省が「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区別に関する基準」(昭和61年労働省告示第37号、最終改正平成24年厚生労働省告示第518号)及びその疑義応答集によって示している。 以下、それらを見ていく。 (1) 受注者は、次のイ、ロ及びハのいずれにも該当することにより、自己の雇用する労働者の労働力を自ら直接利用する必要がある。 (2) 受注者は、次のイ、ロ及びハのいずれにも該当することにより、請負契約等により請け負った業務を自己の業務として、発注者から独立して処理する必要がある。 4 アジャイル開発の場合 なお、システムやソフトウェア開発において、「アジャイル開発」が用いられることがある。 アジャイル開発とは、小さな機能(単位)ごとに開発とリリースを繰り返しながら、システムを作り上げていくものをいい、発注者側の開発責任者(プロダクトオーナー)と受注者側の開発担当者等が、それぞれの役割・専門性に基づき協働し、綿密に連携することを特色としている。 「偽装請負」との関係では、この「綿密な連携」が直接の指揮命令関係と評価されてしまわないかが問題となる。 この点については、前記の疑義応答集の第3集が、基本的な考え方を示している。 すなわち、実態として、発注者側の開発責任者等が受注者側の開発担当者に対し、直接、業務の遂行方法や労働時間等に関する指示を行うなど、指揮命令があると認められる場合は「偽装請負」になる。しかし、発注者側と受注者側の開発関係者が相互に密に連携し、随時、情報の共有や、システム開発に関する技術的な助言・提案を行っていたとしても、実態として、発注者と受注者の関係者が対等な関係の下で協働し、受注者側の開発担当者が自律的に判断して開発業務を行っていると認められる場合であれば、「偽装請負」とは判断されない。 その他、上記応答集では、アジャイル開発の様々な場面についての考え方が示されているので、参考にしていただきたい。 5 まとめ 以上のとおり、「偽装請負」と評価されないようにするポイントは、上記「基準」及び疑義応答集によって示されている。 そして、発注者・受注者が協力し合いながら、これらを的確に履践していくことが必要となる。 (了)
〈執筆:編集X〉 書く論 第4回 「壮大な序章を書かないために」 今回のお話は、すでにご自身なりの原稿の書き方を確立している方々には少し退屈かもしれませんので、その点はご容赦ください。 まだ執筆経験の浅い著者の方が、編集者との諸々の打合せを経て、いよいよ『原稿を書く!』という段階まで進んだとします。 ここまでの経緯で膨らんだ構想と熱意をぶつけるべく、パソコンの画面に一文字目を入力し、原稿を書き始めます。 ・・・・そこから時は過ぎ・・・・ 「・・・。よし、原稿を書き終えたっ!」 という状況に至ると思われがちですが、実際には、そのようなケースは意外とまれです。 多くの場合、途中で指が止まってしまい、原稿が書けなくなってしまいます。 それも原稿のはじめあたり、章立てでいうと第1章や第2章の途中で、息切れしてしまいます。 「・・・原稿を書くのがこんなに難しくて、時間がかかるとは思わなかった」 原稿の締め切りを過ぎてから、このようなご連絡をいただきます(その一報を聞いた編集者は、当然ながら汗が止まりません)。 そこで、その時点で書き上がった原稿を見せていただくと、『内容が完璧で、かつ、予定以上にボリュームのある、壮大な序章の原稿』を手渡され、編集者も一緒になって「・・・・」という沈黙が続きます。 実はこのようなケースは、性格のまじめな先生ほどあてはまります(つまり国家資格をお持ちの実務家の方であれば、ほとんどが該当するわけです)。 書籍において序章は、その本の位置づけや存在意義、解説するテーマの根幹にある問題点などが述べられます。 まだ原稿を書き慣れていない方は、序章に思いをぶつけがちで、完璧に仕上げたい(仕上げなければいけない)という使命感や、無事に原稿が書けるだろうかという不安から、同じ箇所を何度も読み返し、原稿を加筆し、詳細なグラフや図表をたくさん作成し・・・ その結果『壮大な序章』を書き終えたところで、気持ちが切れてしまうのです。 ただし、大切なのは原稿を書き上げること、特に実務書にとっては、序章以降(その多くは中盤の章)の解説こそが、その価値の根幹です。そして、原稿の完成が遅れることは、出版時期を遅らせることを意味し、適切な時期に読者へその本を届けられない、結果として出版社としても販売に影響してしまうという、誰にとっても悲しい結果になります。 若かりし頃の編集Xはこのようなケースを何度も経験し、自身も原稿を書かせていただくようになってから、必ず原稿を書いていただく前に、こうお伝えします。 「先生、原稿は冒頭(序章)から書かなくても大丈夫です。先生にとって書きやすい章から、とりあえず書き進めてみてください」 そして 「その書きやすい章も、完璧を目指さず、ある程度のところで止めてもらって他の章を書き進めていただき、まずはざっくりと、書籍全体の原稿を書いてみてください」 さらに 「ざっくりとした書籍全体の原稿ができたら、『書き上げられるか』というご不安も一旦解消されると思いますので、あらためて各章の細部を詰めていただき、原稿を完成させてください。何なら、はしがきや序章の原稿は、原稿全体を俯瞰していただいてから、最後にいただくことでもけっこうです」 個人的には、『原稿を書き始める前』こそがその書籍にとって最も大切な段階と考えており、著者の方々と何度も細かい打合せを重ねることがあります。 ちなみに、多くの原稿を書かれている方は、すでにこのような方法を実践されていたり、達人の域になれば苦労なく、序章から最終章まで順番に書かれる方もおられますので、無用なご助言は控えています。 最後にいくつか、細かい点と同業者への苦言を呈しますと、 実務書の原稿を書きはじめる前には、当然ながら章立て(いわゆる書籍の全体像)を考えていただくと思いますが、できることなら章立てだけではなく、より細かい、各章の中を構成する中見出し・小見出しまで考えていただいてから、書き始めていただくのがよいと思います。さらに一定の分量ごとに、何をどの順番で書くかをメモしてから書き進めると、途中で指が止まることは少ないです。見出しや本文の構成は書きながらどんどん修正・変更していけばよいと思いますが、ないと今回お話したようなケースに陥りやすいと思います。 また、期日までに原稿が仕上げられない場合、その編集者の責任も大きいです。原稿(入稿)が遅れたとき、著者から「原稿を書き進められない(息切れしてしまった)」という相談を受ける関係性が構築できていたか、事前の的確なアドバイスや一定期間ごとのフォローアップができていたか、振り返ってみるとよいでしょう。 (注)この連載に書かれている内容は筆者の私見であり、所属する組織とは一切関係ありません<(_ _)> (つづく)
《速報解説》 非上場株式評価、大改正へ ~第1回有識者会議の論点と総則6項適用事案から読み解く~ 税理士 柴田 健次 国税庁は令和8年4月20日、「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」の第1回を開催し、その資料が公開された。 1 はじめに 「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」は、会計検査院の令和5年度決算検査報告における指摘を直接の契機とするもので、財産評価基本通達における非上場株式の評価方式が昭和39年の通達制定以来、最大級の見直しを迎える可能性が高まっている。 改正時期は明らかにされていないが、筆者は、令和9年度税制改正大綱において法人版事業承継税制の見直しと併せて議論がなされ、令和9年中に非上場株式の評価方法が明らかにされ、令和10年の相続・遺贈・贈与から適用されるものと推測している。 2 なぜ改正が必要なのか 会計検査院の調査によれば、類似業種比準価額の中央値は純資産価額の中央値の27.2%にとどまる。国税庁の追加調査(令和4年分及び5年分の相続税及び贈与税の申告)でもこの傾向は変わらず、中央値は約26.1%となっており、さらに会社規模別の純資産価額に対する申告評価額の中央値は、大会社0.44倍(検査院0.32倍)、中会社0.50倍(検査院0.50倍)、小会社0.60倍(検査院:0.61倍)となっており、規模が大きいほど評価額が下がる傾向にある。同程度の純資産価額であっても会社規模区分次第で評価額に大きな差が生じており、納税者間の公平性が損なわれている。 この背景には、①昭和47年改正によるしんしゃく率0.7の導入、②平成12年改正のしんしゃく率の引き下げ(中会社0.6、小会社0.5)、③配当の比準要素としての機能不全がある。国税庁の分析対象会社の82.4%が直前2期で配当をまったく行っておらず、配当(Ⓑ)が0の場合、比準要素の係数が実質的に2/3倍となり株価が低下する構造的問題が指摘されている。 3 国税庁が問題視する圧縮スキーム 第1回会議では、以下の3類型の評価額圧縮スキームが明示的に問題視された。 第一に、グループ法人税制を活用した資産移転スキームである。100%グループ内で親会社⇒子会社⇒孫会社へと不動産や株式を移転し、当該資産を保有する子会社・孫会社に類似業種比準方式を適用させることで、親会社株式の評価を圧縮する手法である。 (※) 国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第1回)資料(2026年4月20日)」12頁より抜粋 第二に、無議決権株式を用いた配当還元方式の濫用である。組織再編等により創業者に無議決権株式を大量保有させ、後継者へ議決権を集約することで、孫世代が配当還元方式を適用できるよう作出するスキームが指摘された。 (※) 国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第1回)資料(2026年4月20日)」13頁より抜粋 第三に、「所有と経営が分離していない非上場会社等」における株価引き下げ対策の実行である。「所有と経営が分離している上場会社等」に比べて「所有と経営が分離していない非上場会社等」については、役員報酬及び配当は経営陣が自由に意思決定でき、利益の引き下げ、配当の引き下げ、純資産価額の引き下げによる株価の引き下げも容易に行うことができる。 (※) 国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第1回)資料(2026年4月20日)」14頁より抜粋 4 総則6項適用事案の増加と裁判例 平成27年から令和6年までの間に評価通達6項の適用件数は27件、うち株式関連は14件と着実に増加している。直近では令和5年に11件(うち株式6件)と単年度で過去最多を記録しており、課税当局による評価通達6項の運用が積極化していることは明らかである。 (1) 令和6年3月25日裁決(直前配当・決算期変更スキームの評価通達6項適用事例) 令和6年3月25日裁決(TAINSコード:J134-4-07)は、被相続人の容態悪化を受け、相続開始の約4ヶ月前に事業年度を12月末から5月末に変更し、5月1日に剰余金配当を実行することで「比準要素数1の会社」の該当を回避した事案について、評価通達6項の適用が認められた。 当初申告約21億円、仮に対策がなければ約34億円のところ、鑑定評価額約40億円での更正処分となった。税理士法人から「株価引下げを目的とした決算期変更とみなされ否認される可能性もあること」の説明を受けた上で実行しており、不服審判所においては、下記の通り判断がなされ、評価通達6項が適用された。 (2) 令和7年6月19日東京高裁判決 (新株発行等スキームの評価通達6項適用事例) 注目すべき直近の判例が、令和7年6月19日東京高裁判決(TAINSコード:Z888-2742)である。本判決は、納税者勝訴の令和7年1月17日東京地裁判決(TAINSコード:Z888-2738)を逆転し、評価通達6項の適用を肯定したものであり、現在(令和8年4月28日時点)、最高裁に上告・上告受理申立てがなされている。 事案の概要は次のとおりである。被相続人は、相続開始の約2ヶ月前である平成25年8月に、資産管理会社A社の第三者割当増資(約36億円)に応じる形で本件出資を行うとともに、A社は同日付で本件配当を決議した。これにより、①被相続人の現預金約36億円が非上場株式に転換され、②A社の資産構成のうち株式等の割合が約89.2%から約26.1%に低下し「株式保有特定会社」の該当を回避、③直前2期に配当が生じ「比準要素数1の会社」の該当も回避した。結果、本件株式は併用方式により1株当たり1,858円で評価され、課税価格は約21億円となった。 これに対し税務署長は、評価通達6項により純資産価額方式(1株当たり3,443円)で評価すべきとして増額更正処分を行い、課税価格は約37億円、納付すべき相続税額は合計約20億円となった。本件新株発行等を行わなかった場合と比較すると、課税価格は約17億円(約44.6%)軽減、納付すべき相続税額は約9.78億円(約48.1%)軽減された計算となる。 東京地裁は、相続税の減少の割合が5割に満たず、その減少は評価通達が純資産価額方式と併用方式の選択を認めていることにもよるものであり、必ずしも本件新株発行等のみによるものではないとし、租税負担の軽減が「著しい」とはいえず評価通達6項の適用要件を欠くと判断し、納税者勝訴の判決を下した。 これに対して、東京高裁は、「被控訴人らが納付すべき相続税額の軽減割合が5割に満たないとしても、軽減される相続税の額を総合的に考慮して判断すると、被控訴人らの相続税の負担は著しく軽減されることになるというべきであり、被控訴人らの主張は採用できない。」と判示し、相続税の減少の割合のみでは判断ができないことを明らかにした。 そして、租税負担軽減意図の認定について、相続開始の約3ヶ月前に証券会社を訪問し、節税対策として本件スキームの提案を受け、連日のように電話・メールで協議を重ねて実行した事実認定を踏まえ、「本件新株発行等が近い将来発生することが予想される被相続人からの相続において被控訴人らの相続税の負担を減じさせるものであることを知り、かつ、これを期待して、あえて本件新株発行等を行ったことは明らかというべきである」と認定し、評価通達6項を適用した。 (3) 両判決から導かれる実務指針 前述の令和6年3月裁決と令和7年6月東京高裁判決は、「比準要素数1の会社」「株式保有特定会社」の該当を回避するための駆け込み的株価対策を総則6項で打ち抜いたものであり、実務においても贈与や相続直前における「比準要素数1の会社」又は「株式保有特定会社」の該当を回避する行為には、注意が必要となる。その行為自体に経済的合理性がなく、単に贈与税や相続税の負担を免れるものと認定される場合には、評価通達6項の射程範囲となり得る。 もっとも、今後の評価通達の改正において、このような租税回避行為ができないような評価通達の整備が行われるものと思料される。ただし、改正の適用前に行った納税者の行為が評価通達6項の射程範囲になる可能性もあるため、組織再編、種類株式、決算期変更、課税時期直前の配当を活用した株価対策は、評価通達6項適用リスクの観点から再検証が必要となる点については注意が必要となる。 5 見直しの4つの基本観点 第1回会議で示された見直しの基本観点は次の4点である。 具体的には、類似業種比準方式と純資産価額方式のかい離の解消、配当還元方式の還元率10%(昭和39年金利水準のまま据置)の見直し、退職給付債務等の控除可否などが議論される見込みである。 6 筆者予測と実務対応 法人版事業承継税制の特例措置は令和9年12月末で贈与・相続の適用期限を迎える。 法人版事業承継税制と非上場株式評価は不可分の関係にあり、両者は一体で議論されるべき問題である。すなわち、非上場株式の評価は、相続税法22条における時価であるため、時価と評価通達との乖離は是正するべきものである一方で、法人の事業継続性の観点から法人版事業承継税制のような税負担軽減措置の政策的な配慮が必要となる。 筆者は、令和9年度税制改正大綱で法人版事業承継税制及び非上場株式評価の抜本見直しの方向性が示され、通達改正の適用は令和10年から実施されると予測する。 事業承継を予定する経営者・専門家にとっては、現行評価額が今後数年で大きく変動する可能性を前提とした計画の早期見直しが急務である。基本方針としては、令和9年までの贈与を前提に進めるとともに今後の有識者会議の議論を引き続き注視し、改正リスクと評価通達6項のリスクの両面から株式の承継を進める必要がある。 (了)