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暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第41回】

暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第41回】   東洋大学法学部准教授 泉 絢也   13 詐欺・盗難等による暗号資産の損失③(雑損控除) 個人が詐欺やハッキングによる盗難等により、自身のウォレットで管理していた暗号資産を失った場合に雑損控除の対象になりうるのか。 個人又はその者と生計を一にする配偶者その他の一定の親族でその年の総所得金額等が48万円以下である者が有する資産について、災害、盗難又は横領による損失が生じた場合(その災害等に関連してその居住者が一定のやむをえない支出をした場合を含む)には、その年における当該損失の金額のうち一定の金額を、その居住者のその年分の総所得金額、退職所得金額又は山林所得金額から控除することができる(所法2①二十七、72、所令9。ただし、災害減免法2条括弧書により、同法による軽減免除との選択適用となる)。 この雑損控除の対象となる資産からは、棚卸資産や事業用資産(所法51①、70③、所令140)のほか、以下に示す生活に通常必要でない資産(所法62①、所令178①)が除かれている。 (※) ③については、「生活の用に供する動産で1個又は1組の価額が30万円を超える貴金属、書画、骨とう等」を意味するものとする見解と、譲渡所得について非課税とされる「生活に通常必要な動産以外のすべての生活用動産」を意味するという見解がある。国税庁タックスアンサーNo.2250「損益通算」は前者の見解を採用しているようにみえる。 雑損控除の対象となる資産から除かれている生活に通常必要でない資産該当性について、文字どおり、「生活に通常必要でない」かどうかを検討することにまったく意味がないわけではないが、基本的には、より具体的に、上記の①から③に掲げる資産に該当するかを検討しなければならないことに注意が必要である。 上記の①と③は動産なので、無体物である暗号資産はこれらに該当しないという理解を前提とすれば、暗号資産については、上記の②に該当するかを検討することになる。 この点について、暗号資産は、通常、「主として趣味、娯楽、保養又は鑑賞の目的で所有する資産」であるとはいいがたい。 よって、通常、暗号資産は「生活に通常必要でない資産」に該当しないということになろう。 また、暗号資産は、生活に通常必要でない資産以外で雑損控除の対象から除外される資産(棚卸資産、事業の用に供する固定資産、繰延資産のうちまだ必要経費に算入されていない部分、山林)にも該当しないとすれば、結局、個人が自身のウォレットで管理している暗号資産は雑損控除の適用対象になりうるということになる。 雑損控除における損失の原因は、災害、盗難又は横領の3つに限定されているから、一般に詐欺の場合には適用がないと説明されるが、詐欺を伴う盗難による損失であるといえるのであれば、雑損控除の適用は排除されないであろう。また、詐欺による損失であったとしても、所得税法51条4項による損失として必要経費に算入される可能性は残っている(本連載第40回参照)。 また、一般に、雑損控除でいう盗難を刑法の窃盗と同一に捉えたうえでその対象は有体物に限ると理解する向きもあったが、少なくとも、有体物ではないデジタルアートに紐付けたNFTについて、国税庁は、「NFTに関する税務上の取扱いについて(FAQ)」(令和5年1月13日)の問5において、雑損控除でいう盗難の対象を有体物に限定して考えてはいないことを前提とするような解説を行っている(本連載第13回)。 ただし、雑損控除の対象となる損失の金額については、保険金、損害賠償金その他これらに類するものにより補てんされる部分の金額が除かれているので注意が必要である。 ところで、昭和37年度税制改正で事業用固定資産の損失や生活に通常必要でない資産の損失が除かれた趣旨について、次のとおり説明されている(柿谷昭男「所得税制の整備に関する改正について」税経通信17巻6号51頁参照)。 また、雑損控除の対象となる損失の金額は、原則として、損失を生じた直前のその資産の時価ベース(損失を生じた時の直前におけるその資産の価額)で計算することとされている(所令206③柱書)。 これは、雑損控除の対象となる資産から生活に通常必要でない資産が除外されて「生活用資産等に限られることになったことから、担税力の減殺の度合も大きく、早急な回復を必要とすることを勘案して従来の取扱いどおり時価によることとされた」ものであると説明されている(柿谷・前掲解説52頁)。 ただし、平成26年度税制改正で、時価を算出することが困難なケースがあることなどを踏まえて、その資産が使用又は期間の経過により減価するもの(減価償却資産)である場合には、その損失の生じた日にその減価資産の譲渡があったものとみなして譲渡所得の金額の計算をしたときにその減価資産の取得費とされる金額相当額を基礎として、いわゆる簿価ベースで損失の金額を計算することを選択できることとされている(所令206③)(財務省「平成26年度 税制改正の解説」109頁)。 暗号資産の場合には、簿価ベースではなく、時価ベースで損失の金額を計算することになろう。 なお、所得税法51条1項や4項で必要経費に算入される損失の額は、基本的に簿価ベースである(所令142、143、所基通51-2)。   (了)

#No. 566(掲載号)
#泉 絢也
2024/04/25

〈一角塾〉図解で読み解く国際租税判例 【第44回】「ヤオハン・ファイナンス事件(地判平7.11.9、高判平8.6.19、最判平9.9.12)(その2)」~租税特別措置法66条の6第3項~

〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第44回】 「ヤオハン・ファイナンス事件 (地判平7.11.9、高判平8.6.19、最判平9.9.12) (その2)」 ~租税特別措置法66条の6第3項~   税理士 松田 祐弥     5 判決の要旨(※6) (※6) 品川芳宣「タックス・ヘイブン課税における非持株会社等基準充足の有無」税研12巻73号(1997年)63頁 本件に係る東京高裁の判決文は、一部を訂正、付加又は削除するほかは静岡地裁の判決を引用しており、また最高裁は上告を棄却していることから、以降では静岡地裁における判決文を検討するものとする。 HXF社の営業実態等については、各証拠により、①HXF社は設立第1期の1988年7月期(同年8月に決算期を3月に変更)において、主たる事業活動を投資持株会社として営業を開始し、HX社の株式の取得以外の事業活動は行っておらず、損益計算書上の売上もゼロとなっており、第2期の1989年3月期において、HX社の株式の売買(売上先は、XJ社の関係者)を行ったこと、②HXF社の1989年3月期の収入は、受取配当金501万ドル余、投資有価証券売却益1,309万ドル余、預金利息等70万ドル余の合計1,882万ドル余であり、同期末の資産は投資上場株式1億6,506万ドル余で、総資産金額に占める割合が93%となり、金融業に係る貸付金は存在しなかったこと、③HXF社は1990年3月期において、XJ社グループの関連会社に貸付を開始したが、決算報告書において事業目的を「投資持株会社」と記載し、1991年3月期において、グループ企業に対する事業資金の貸付を行い、関連会社からの受取利息を2,156万ドル余計上していること、等が認められる。 〈HXF社の収入内訳〉 以上の認定事実によれば、HXF社は1990年3月期に至るまで主たる事業を投資持株会社と自認して決算報告書にもその旨を明記した上、本件係争に係る1989年3月期の事業内容も、その決算内容を見れば、主たる事業が「株式の保有」にあることは明らかである。 なお、X社は、HXF社の事業目的がグループ企業に対する事業資金の融資であり、株式の保有、売却もその資金を得るためのものであること、決算報告中の事業記載「投資持株会社」は、香港内国歳入法の規定による非課税取引とするためのものであること等を主張するが、本件係争の対象となるHXF社の1989年3月期の主たる事業が株式の保有であると認められることに変わりはなく、決算報告書の「投資持株会社」の記載も、むしろ企業の活動の実態に即して記載したものと認められる。   6 検討 本件は、原告の主たる事業が、タックス・ヘイブン対策税制の適用除外基準のうち事業基準に規定する「株式の保有」に該当するか否かが争点となったところ、静岡地裁判決は、特定外国子会社等が複数の事業を営んでいる場合における、主たる事業の判定に関する基準を示した初めての裁判例(高裁も同判断を踏襲し、上告棄却により確定)であった。 なお、後のデンソー事件最高裁判決(※7)では、特定外国子会社等の主たる事業が地域統括事業か株式保有業かが争点となったところ、最高裁が主たる事業の判定に関する下記の判断基準を初めて示した。 (※7) 最高裁:平成29年7月25日判決【平成28年(行ツ)第204号】 本件において静岡地裁が判示した判断基準は、デンソー事件で最高裁が示した判断基準と概ね同内容であり、デンソー事件最高裁判決まで実務上用いられることとなった(※8)。 (※8) 河野良介「改正タックス・ヘイブン対策税制への実務対応 平成29年度税制改正を踏まえた外国子会社合算税制(タックス・ヘイブン対策税制)対策~税務紛争リスクマネジメントの観点を中心として」国際税務37巻12号(2017年)12頁 《1》 静岡地裁は、「特定外国子会社等が複数の事業を営む場合、そのいずれの事業が主たる事業であるかの判定は、(・・・)その事業活動の客観的結果として得る収入金額又は所得金額の状況、使用人の数、固定施設の状況等を統合的に勘案して判定すべき」としたものの、生産要素(使用人の数や固定施設の状況)よりも金額的要素(収入や所得)をどのようなバランスで勘案すればよいかは明確でなく、実際には金額的要素が重視されたように思う。 この点について、浅妻教授は「主たる事業の判定要素として、何が決め手となるだろうか」との問題提起をする一方で、「この事件において、『収入』(あるいは所得)に着目していたことから、主に所得に着目して主たる事業を判定するという思考枠組みができてしまうとすれば、それは場合によっては非常に奇異な結果(※9)を導きかねない」、「所得や収入に着目するよりも、従業員数など実体のあるものに着目した方が、ある法人の主たる事業の判定に適しているといえまいか」といった指摘をされている(※10)。 (※9) 900人の従業員を使って甲事業を営み100人の従業員を使って乙事業を営んでいるS社において、ある課税事業年度におけるそれぞれの所得が、偶々上手くいかなかった甲事業が2000、偶々上手くいった乙事業が8000であるような場合、S社の所得の80%を占める乙事業が主たる事業であると考えることは奇異である、と浅妻教授は指摘している。 (※10) 浅妻章如「CFC税制(タックス・ヘイブン対策税制)の適用除外要件についての一考察」税務弘報56巻2号(2008年)121頁 《2》 また、静岡地裁は主たる事業の判定時期について、「(・・・)課税要件事実は当該事業年度ごとにその存否が確定される性質のものである以上、決算日以後の事情など当該事業年度には判断不能な事柄などは勘案されるべきではない」と判示し、各事業年度ごとに個別に判断すべきとしている。 本件では、原告の事業活動の開始事業年度にグループ会社の株式を取得し、短期間で多額の株式譲渡益が計上されたことから、「株式の保有」が主たる事業と判断された。この点、立法担当者は、「適用除外はいわゆる人的な適用除外ではなく、あくまでも特定外国子会社等の各事業年度ごとの留保所得を合算課税しないというものである点に留意しなければならない。従って、理屈の上では同一の特定外国子会社等について、本税制の適用を受ける事業年度と受けない事業年度とが交替することもあり得る」(※11)、「適用除外は、繰り返し述べているように、特定外国子会社等の各事業年度の留保所得を居住者又は内国法人の所得に合算するという既定の適用がないということであるため、上記の手続きは特定外国子会社等の各事業年ごとに行う必要がある」(※12)と述べていることからも、各事業年度ごとに主たる事業を判断すべきとした地裁判決は、立法者の趣旨と整合的であると考えられる。 (※11) 高橋元監修『タックス・ヘイブン対策税制の解説』清文社(1979年)130頁 (※12) 高橋・前掲(※11)書、143頁 一方で、確かに、措置法66条の6第3項を文理解釈すれば、主たる事業の判定は各事業年度ごとに行うべきと読めるものの、当該株式譲渡益が本来予定していた業務(グループ会社への資金貸付)に係る資金需要のためであることや、当該譲渡損益を恣意的に原告に付け替えたものでもないことから、後続年度の状況も考慮したうえで判定する余地もあったと考える。 この点、品川教授は「設立2期目とはいえ設立(1988年6月)初期という特殊性があり、会社の事業内容がとかく、流動的であることを考慮すると、当該事業年度以降の後発事情を一切考慮するに及ばないとする判決の考え方にも全面的に賛成しがたい」と述べておられる(※13)。 (※13) 品川・前掲(※6)書、65頁 また、本件係争年度の翌事業年度である1990年3月期の決算報告書においても、貸付金利息ではなく受取配当金を売上高に計上しており、事業目的を「投資持株会社」と記載していたものの、課税の対象とならなかった点には疑問が残る。 *  *  * ◆参考法令 租税特別措置法66条の6(内国法人に係る特定外国子会社等の留保金額の益金算入) (了)

#No. 566(掲載号)
#松田 祐弥
2024/04/25

〔重要ポイント解説〕サステナビリティ開示基準案 【第1回】「日本におけるサステナビリティ開示の検討状況」

〔重要ポイント解説〕 サステナビリティ開示基準案 【第1回】 「日本におけるサステナビリティ開示の検討状況」   史彩監査法人 パートナー 公認会計士 西田 友洋   2024年3月29日にSSBJより以下のサステナビリティ開示基準案が公表された。 上記基準案は2025年3月頃に確定する予定である。また、サステナビリティ開示に対する保証も検討が始まっている。 国際的に投資家への有用な情報提供のためにサステナビリティ開示は拡大及び充実していることから、サステナビリティ開示の重要性は、ますます高まっていくものと考えられる。そのため、今回から4回にわたり、サステナビリティ開示基準案について解説する。 今回は、日本におけるサステナビリティ開示の検討状況を紹介する。   1 サステナビリティ開示の検討の流れ 日本におけるサステナビリティ情報の開示は、個別の基準はないが、2023年3月期の有価証券報告書から始まっている。 一方、国際的な流れとしては、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)が、2023年6月にIFRS S1号及びS2号を公表した。さらに、IAASB(国際監査・保証基準審議会)は、保証基準案を2023年8月に公表し、2024年9月に確定させる予定である。 このような国際的な流れの中で、日本でもSSBJよりサステナビリティ開示基準案が公表され、金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」(以下、「ワーキング・グループ」という)においてサステナビリティ開示基準の適用対象、時期及び保証についても議論が始まっている。 ※画像をクリックすると別ページ(金融庁ホームページ)のPDFが開きます。 ※金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」(第1回)「事務局説明資料」P.2より抜粋   2 サステナビリティ開示基準の適用時期 EUでは、欧州CSRD規制(※)が2024年12月期からEU域内企業の規模に応じて順次適用され、EU域外企業に対しても2028年12月期から適用が開始される。米国においても2025年12月期から大企業に適用され、順次適用が拡大される。 (※) CSRD規制とは、環境、社会、人権、ガバナンス要因などの持続可能性事項(サステナビリティ事項)に関する報告を義務付ける規制である。 このような状況を踏まえ、ワーキング・グループでは、プライム市場の時価総額の大きい企業からサステナビリティ開示基準(SSBJ基準)を順次適用することを考え、2つの案を提示している。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 ※金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」(第1回)「事務局説明資料」P.29の図を筆者一部改変 なお、プライム市場以外の上場企業については、負担に配慮しながら開示を進めるよう検討され、中長期的に、好事例を通じた開示の促進やTCFD提言の利用等を通じて開示の底上げを図ることが考えられている。   3 サステナビリティ開示に対する保証 サステナビリティ開示を行っても、その情報が誤っていては、投資の意思決定等に役に立たない。EUでは2024年12月期から限定的保証が大企業で行われ、順次、限定的保証の拡大、合理的保証への移行が行われる。米国でも2029年12月期から限定的保証が大企業で行われ、その後、大規模企業における合理的保証への移行、大規模企業以外の企業への限定的保証の拡大が行われる。 そのため、サステナビリティ開示の信頼性確保が重要であること及び国際的な流れを踏まえて、日本においてもワーキング・グループにおいて、サステナビリティ開示に対する保証の検討が開始された。 保証の開始時期としては、ワーキング・グループでは、以下の2つの案が提案されている。 案Aはサステナビリティ開示基準が適用された場合、それに対する信頼性確保が重要なため、保証も同時期に開始したほうが良いという考え方である。現状では上記2の《案2》とセットで検討する案が公表されている。 一方、案Bは企業の過度な負担及び保証する者の確保が必要なため、保証の時期はサステナビリティ開示基準とは1期ずらしたほうが良いという考え方である。現状では上記2の《案1》とセットで検討する案が公表されている。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 ※金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」(第1回)「事務局説明資料」P.30の図を筆者一部改変 〈日本、EU、米国におけるサステナビリティ開示基準及び保証の適用時期〉 ※画像をクリックすると別ページ(金融庁ホームページ)のPDFが開きます。 ※金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」(第1回)「事務局説明資料」P.3より抜粋   4 サステナビリティ開示における企業の課題 サステナビリティ開示における企業の課題としては、以下が挙げられる。 サステナビリティ開示基準の適用後の実務では様々な課題が出てくると考えられるが、最初から完璧なものを目指すのではなく、開示の趣旨を理解し、1つ1つ課題をクリアし、毎年より良い開示につながるように検討していくことが重要であると考えられる。 そのため、サステナビリティ開示基準の適用が決まってから準備を開始するのではなく、今から情報を収集し社内で情報共有を行い、検討を少しずつ始めることが重要であると考えられる。 (了)

#No. 566(掲載号)
#西田 友洋
2024/04/25

開示担当者のためのベーシック注記事項Q&A 【第22回】「持分法損益に関する注記」

開示担当者のための ベーシック注記事項Q&A 【第22回】 「持分法損益に関する注記」   仰星監査法人 公認会計士 竹本 泰明   Question 当社は連結計算書類を作成していない会社で、当社単体の計算書類のみ作成しています。個別注記表における持分法損益に関する注記について、どのような内容を記載する必要があるか教えてください。 Answer 持分法損益に関する注記では、次の事項を記載しなければなりません。 関連会社に対する投資の金額 当該投資に対して持分法を適用した場合の投資の金額 投資利益又は投資損失の金額 ただし、損益及び利益剰余金からみて重要性の乏しい関連会社は、注記対象から除外することができます。 ● ● ● 解説 ● ● ● 1 経団連のひな型による解説 経団連が公表している「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型(改訂版)」(2022年11月1日)によれば、連結注記表においては持分法損益に関する注記の記載例はなく、個別注記表のみ次のような注記例が記載されています。 【個別注記表】   2 注記事項の解説 (1) 持分法損益に関する注記の全体像 連結計算書類を作成していない会社を前提とした場合、個別注記表で記載すべき持分法損益に関する注記事項は次のとおりです(会社計算規則第111条第1項第1号)。 (※1) 連結注記表においては、持分法損益に関する注記の項目を表示することを要しません(同第98条第2項第4号)。 (※2) 連結計算書類を作成する株式会社は、個別注記表における注記を要しません(同第111条第2項)。 (※3) 関連会社がある場合であっても、損益及び利益剰余金からみて重要性の乏しい関連会社については注記対象から除外することができます(同第111条第1項本文ただし書)。 (2) 注記事項の解説 連結計算書類を作成しているケースでは、関連会社に対して持分法を適用した場合の投資の金額や投資損益は、連結貸借対照表や連結損益計算書に反映されます。 一方、連結計算書類を作成しないケースでは、個別財務諸表上は持分法が適用されないため、単体の計算書類上で持分法を適用した場合の影響額を把握することができません。そのため、個別注記表において持分法損益に関する注記が求められます。 それでは、実際の注記を見ていきましょう。 [HEROZ株式会社 2022年4月期 個別注記表] ※HEROZ株式会社「第14期定時株主総会招集ご通知」35頁より抜粋。 [ペプチドリーム株式会社 2020年12月期 個別注記表] ※ペプチドリーム株式会社「第15回定時株主総会招集ご通知に際してのインターネット開示事項」11頁より抜粋。 [株式会社ストライク 2023年9月期 個別注記表] ※株式会社ストライク「第27回定時株主総会招集ご通知」63頁より抜粋。 *  *  * 紹介したどの事例も「持分法損益等」というように“等”という文字が入っているのは、根拠条文となる会社計算規則第111条(持分法損益等に関する注記)の第1項において、開示対象特別目的会社がある場合の注記事項についても定めているためです。 今回の事例では紹介しませんでしたが、持分法損益等に関する注記の中で、会社計算規則第111条第1項に沿う形で、関連会社に関する事項と開示対象特別目的会社に関する事項に項目を分けて注記を作成している例も見られました。 そのため、次回の第23回は、「開示対象特別目的会社に関する注記」をテーマに解説します。   (了)

#No. 566(掲載号)
#竹本 泰明
2024/04/25

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第154回】株式会社ビケンテクノ「株式会社ビケンテクノにおける管理組合財産の着服に関する調査報告書(2024年2月14日付)」

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第154回】 株式会社ビケンテクノ 「株式会社ビケンテクノにおける管理組合財産の着服に関する調査報告書(2024年2月14日付)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝   【株式会社ビケンテクノ調査委員会の概要】   【株式会社ビケンテクノの概要】 株式会社ビケンテクノ(以下、「ビケンテクノ」と略称する)は、1963年5月設立。設立時の社名は、株式会社ビケン。1993年7月、現商号に変更。ビルメンテナンス、不動産、介護、フランチャイズ及びホテルという5つの事業セグメントを有しているが、売上高の80%以上はビルメンテンス事業に係るものである。国内連結子会社10社、海外連結子会社3社及び持分法適用関連会社1社を有している。売上高34,690百万円、経常利益2,488百万円、資本金1,808百万円。従業員数2,573名(2023年3月期連結実績)。本店所在地は大阪府吹田市。東京証券取引所スタンダード市場上場。会計監査人は、EY新日本有限責任監査法人大阪事務所(以下、「EY新日本監査法人」と略称する)。   【調査委員会による調査報告書の概要】 1 調査委員会設置の経緯 ビケンテクノは、2023年11月16日、大阪支店住宅管理部マンション管理課の課長であり、マンション管理業務を統括していた従業員X氏による、同社管理物件におけるマンション管理費等の着服疑惑が浮上したことから、X氏の担当業務について調査を実施した結果、X氏の担当するマンション管理組合の通帳残高と管理組合の決算報告書の残高に不一致のあること(以下、X氏の不正行為を総称して、「本件不正行為」という)を確認した。 本件不正行為は、X氏が過去長期にわたってマンション管理組合の通帳から不正に金員を領得したものであることが疑われ、長年にわたってX氏の所属する部署の執務体制のみならず本社管理部門等の管理が不十分であった可能性があり、発生原因については会社の管理上の不備を含めたガバナンス上の課題のあることがうかがわれた。そのため、財務報告の適正性を検証するとともに、被害者であるマンション管理組合への説明責任を果たすことを目的に、ビケンテクノの社内メンバーによる調査ではなく、社外の法律、会計の専門家を構成員とする調査委員会設置の必要性が高いことから、調査委員会を設置するに至った。 2 調査委員会による調査結果の概要 調査委員会は、X氏が2023年10月2日ごろから体調不良を理由に欠勤を続けており、調査期間中も失踪状態であったため、本件不正行為の発覚後の事実関係の調査に際して、X氏からの直接の説明が得られていないことを、調査の制約として挙げたうえで、以下のように調査結果をまとめている。 (1) X氏による着服行為 調査委員会は、X氏が、調査対象期間である2015年度の各管理組合の決算から2023年11月までにおいて、自身の担当する14の管理組合に関して、管理組合名義の普通預金口座及び定期預金口座から合計9億1,474万4,839円を着服していた疑いがあり、着服行為の手口については、管理組合の費用支出の際に必要となる払戻請求書を偽造することにより、銀行窓口から払い戻しされた現金を自ら領得していたものと推認している。 調査委員会は、損害額の算定に当たっては、各管理組合に提出された決算報告書記載の預金残高と銀行から入手した取引明細記載の預金残高との差異に相当する金額を着服により生じた損害額の推定の基礎としたうえで、決算報告書に計上されている各取引の存在及び内容を検証し、決算報告書の預金残高等の金額に誤りがあると認められる場合には、決算報告書を適切に修正して、損害額を合理的に推定している。 (2) ビケンテクノにおける滞留債権の発覚 調査委員会は、上記(1)のX氏による着服に加えて、ビケンテクノでは、2023年11月末時点で、管理委託費用にかかる売掛金の滞留により生じた約1億1,200万円の売掛金が貸借対照表及び連結貸借対照表上に計上されているが、当該売掛金の滞留は、X氏が管理組合の預金口座から払戻しを受けながら、自ら領得したため、ビケンテクノにおいて売掛金の消込みがなされていなかったものであると判断している。 (3) マンションの管理の適正化の推進に関する法律 調査委員会は、マンションの管理の適正化の推進に関する法律(以下「適正化法」と略称する)及び適正化法施行規則が、管理組合財産の管理に関し、管理会社が管理組合の預金通帳と当該通帳に係る印鑑を同時に管理することを禁じているにもかかわらず、調査開始時点で、X氏が担当する14管理組合のうち8管理組合について、X氏が預金通帳とともに印鑑についても預かり保管していたことが明らかとなっており、預金通帳と印鑑の分別管理を遵守できていなかったことを指摘している。 さらに、調査委員会は、マンション管理課の各従業員が管理業務を行うにあたって、主担当者ごとに業務の一応の手順は確立されているものの、これらの手順を文書等にて規定したものがないだけではなく、適正化法をはじめとした関連法令の趣旨を踏まえた規程・業務マニュアルも存在しておらず、各主担当者は、いわば、担当管理組合ごとの縦割方式で管理業務を実施していたと、業務の実態を分析している。 3 調査委員会による発生原因分析(調査報告書30ページ以下) 調査委員会は、「本件不正行為は、X氏による犯罪行為の積み重ねである」と断定しながら、X氏の不正行為を容易にし、また、長期間発覚しなかった原因について、次のように分析している。 調査委員会は、最初に、マンション管理課の管理体制など組織的な問題を挙げたうえで、マンション管理課を牽制すべき管理部門及び監査役による牽制機能が働かなかったことに言及し、最後に、創業者である会長の影響力が、X氏の不正行為の背景に存在していると指摘している。 調査委員会は、ビケンテクノでは、創業者であり、現在も代表取締役会長の職にある梶山高志氏(以下、「会長」と略称する)が、88歳になった現在も、中心的な事業であるビルメンテナンス事業や施設清掃事業を中心に、事業運営上の枢要事項の決定に全面的に参画し、豊富な経験に加えて、営業的に卓越した視点から事業を推進しており、他の役員等も畏敬の念をもって会長に接し、最終的な判断を会長に仰ぐ企業風土が定着していると分析している。 さらに、会長の強い方針である、収益性の有無を基準に物事を判断する考え方が、会社全体の営業を偏重し、管理部門を軽視する風土を醸成していた。管理部門へ人材・設備等の資本を投下すべきだと役職者が一致して進言・提案しても、会長が否定的な見解を示し実現しないこともあった。 そのため、例えば、経理部の業務は、経費精算等が紙ベース・手作業で行われており、決算処理に必要な数値の把握が自動化されていないこと、経理部における業務フローが事後的に検証を可能とする状態におかれていない実態があることなど、業務のDX化についての推進の遅れが業務の非効率性に重大な影響を与えている側面があることが認められると指摘している。 4 調査委員会による再発防止策の提言(調査報告書36ページ以下) 調査委員会は、再発防止策を「マンション管理課」「管理部門等」及び「本件不正行為が発生した背景」に分けて、次のようにまとめている。 ビケンテクノにおいては、2008年、マンション管理事業を行う株式会社インボイスMYM(現・株式会社マイムコミュニティー)を完全子会社化して以降、グループにおけるマンション管理事業の中心を、マイムコミュニティーが担っている。調査委員会によれば、マイムコミュニティーの管理業務における業務フローには特段の問題がないことなどから、抜本的な再発防止策として、マンション管理課の業務のマイムコミュニティーへの移管を完遂させることが考えられるとして、今後、管理組合と協議を行い、管理組合の了承を得て、マイムコミュニティーが管理委託契約を承継して、管理業務を執り行うことを掲げている。 本件不正行為が発生した背景に対する措置の1つ、「営業を偏重する組織風土・価値観の払拭」として、調査委員会は、営業活動の促進とともにバランスよく経営管理の仕組みや人員体制を整備するべく、継続的に取り組むことが求められるとしたうえで、会長・社長をはじめとする経営幹部が、コンプライアンス重視のメッセージを明確に打ち出して、管理部門が現業部門に対して適切に経営モニタリングを実施することを通じて、事業運営上の課題等について、部門任せの判断に留めず、全社最適の観点から管理部門が現業部門をサポートすることにより、営業偏重の組織風土・価値観を払拭するための地道な取組みを重ねることが必要であるとまとめている。 さらに、 調査委員会は、経理部の管理職、監査室長・監査室員及び法務部門の人員拡充の必要性を強く訴えたうえで、業務フローの効率性・透明性の確保の観点から、社内手続の電子化を推進し、DX化によって、社内の業務に対するモニタリング機能の強化を図ることが望ましいという提言を行っている。   【報告書の特徴】 不正行為の実行者であるマンション管理課の責任者X氏は、2023年11月から失踪状態であり、調査委員会による調査も、さまざまな制約を受けているようであるが、X氏が、管理組合の複数の組合員やビケンテクノの複数の従業員を対象に、資産運用の目的で金銭を預託するよう投資勧誘を行っていたことも判明しており、事案は業務上横領事件に止まらず、詐欺事件に発展する可能性も示唆されている。60歳を超えて再雇用されていたX氏は、その働きぶりに対する各管理組合からの評価がいずれも高かったということであり、そうした信頼を奇貨として、適正化法が禁止している「預金通帳と銀行印の両方を預かる」ことによって、管理組合の預金を着服し続けていた。 とはいえ、報告書からは、ビケンテクノの管理部門が、経営陣、とくに創業者である会長から徹底的に軽視されてきたことで、X氏による犯行の発覚が遅れ、被害が拡大したことが読み取れる。マンション管理会社社員による管理組合資金の横領事件は過去から繰り返し発覚しており、国土交通省も、マンションの管理の適正化の推進に関する法律の制定や法律に基づくガイドラインの策定により、業界を指導してきたはずなのだが、事件は深く潜行していた。 1 3ラインディフェンスがことごとく機能していない「ニッチ」な部門 ビケンテクノのマンション管理課は、職制上は、住宅管理部に属し、執行役員等が兼務してきた歴代の住宅管理部長の配下にあったものの、そのオフィスは住宅管理部のある本社ではなく、大阪支店内にあったため、マンション管理課の責任者であるX氏を管理監督する者は、事実上存在しなかった(第1ライン)。 経理部は、マンション管理課の業務である、管理組合の預金通帳の保管や預金の入出金業務にはまったく関わろうともせず、管理組合が管理委託費の支払いをせず、売掛金を滞納しても、督促すらしていなかった(第2ライン)。 監査役とともに行われていた内部監査でも、上席者による部下の管理が不十分であることや、業務の偏在について指摘しているものの、各管理組合の収支報告書に記載された預金残高と通帳残高の突合手続や、銀行届出印の保管状況の確認など、適正化法に基づき、管理業者に求められる業務手順等の確認は行われていなかったうえ、なにより、監査室の室員は1名しかいなかった(第3ライン)。 調査報告書では、マンション管理課の売上高は、ビケンテクノ単体の売上高の1%に満たないこと(2023年3月期)、マンション管理課の業務を子会社のマイムコミュニティーに移管することが検討されていたことなどが記載されており、創業者である会長をはじめとする経営陣からはほとんど無視された部門であったと推察できるが、顧客である管理組合の貴重な財産を預かっていることに対する責任まで軽視していたのだとすれば、経営陣の責任は重い。 2 経理部門における問題点 調査報告書からは、創業者である会長が経理部門を軽んじている記述が随所に見られ、長く経理部門で勤務してきた筆者は何度となく、「こんな会社では働きたくない」と思いながら、報告書を読み終えたものである。 調査委員会は、2021年8月に、それまで経理部門の実務上の責任者であったC9氏が急逝した後、人員の補充がないまま、上司の業務を引き継いだC1氏を批判的に評価している。確かに、C1氏が、管理組合からの管理委託費の支払いが滞っているにもかかわらず、債権回収検討会議に上程する報告資料から、管理委託費の滞留債権を除外していたことは問題であり、C1氏が責めを負うことは免れない。 しかし、債権回収検討会議にX氏は出席しておらず、債権回収検討会議そのものが、資料の読み上げに終始しており、構成員の出席率が低下するなどして会議が形骸化していることを理由に、2022年8月を最後に月次での定例開催は廃止され、実施されていないことを考慮すると、C1氏個人の問題というよりは、経営陣の経理部門軽視の姿勢により問題があったのではないかと思料する。 調査委員会は、再発防止策の中で、経営陣に対して、経理部に関する2つの提言を行っている。1つは、管理職人員の拡充であり、もう1つは、管理会計ソフトの導入や経費精算のキャッシュレス化といったDX化によって、社内の業務に対するモニタリング機能の強化を図ることである。21世紀に入ってはや四半世紀が過ぎようとしているこの時期において、「管理会計ソフトの導入」を提言されることは、上場会社として恥ずべきことであり、管理部門への人材・設備等の資本投下について、否定的な見解を示すことによって、経理部門に、旧態依然とした紙文化中心の業務を強いることになった会長は猛省すべきであろう。 また、調査委員会は、会計監査人であるEY新日本監査法人へのインタビューは行っていないようなのだが、EY新日本監査法人は、30年近くビケンテクノの会計監査を担当しながら、経理業務のシステム化・効率化を助言しなかったのか、助言をしたが聞き入れられなかったのか、という点も、気になるところである。 3 取締役等の経営責任と処分 ビケンテクノは、調査報告書の公表時に、今回の重大な事態を発生させたことを厳粛に受け止め、深く反省するとともに取締役等の経営責任を明確にするとして、役員報酬の減額処分を公表している。 その内容は、代表取締役会長及び代表取締役社長が、月額報酬を30%減額(3ヶ月)、それ以外の取締役及び監査役については、月額報酬を20%減額(3ヶ月)というものである。 4 ビケンテクノによる再発防止策 ビケンテクノは、3月1日、「当社元社員によるマンション管理組合財産着服事案に対する再発防止策に関するお知らせ」をリリースして、調査委員会の提言を踏まえた再発防止策を公表した。その内容は、調査委員会の提言をほぼ丸写ししたものとなっている。 (了)

#No. 566(掲載号)
#米澤 勝
2024/04/25

税理士事務所の労務管理Q&A 【第19回】「雇用保険の遡及適用」

税理士事務所の労務管理Q&A 【第19回】 「雇用保険の遡及適用」   特定社会保険労務士 佐竹 康男   従業員を雇用したときは、一定の者を除き、社会保険の加入手続をしなければなりません。しかし、雇用保険は、健康保険や厚生年金保険に比べて適用範囲が広く、しばしば従業員の加入に関する届出を失念する場合があります。 今回は、雇用保険に遡って加入する場合の留意点等について解説します。 * * 解 説 * * 1 雇用保険の加入要件 下記①及び②のいずれにも該当するときは、一定の者(適用除外者)を除き雇用保険に加入しなければなりません。加入することを「被保険者資格を取得する」といいます。 〈雇用保険の適用除外者〉   2 届出義務 被保険者になるべき要件に該当する従業員を雇用したとき、事業主は「雇用保険被保険者資格取得届」(以下「資格取得届」といいます)を事業所の所在地を管轄する公共職業安定所(ハローワーク)に、被保険者となった日の属する月の翌月10日までに提出しなければなりません。「被保険者となった日」とは、原則として、従業員を採用した日です。   3 遡及適用(数年前に採用した労働者の資格取得届の提出を失念していた場合) 事業主が資格取得届を提出しなかったため未加入とされた者は、原則として、届出があった日から2年以内の期間に限り、遡って被保険者資格を取得することができます。 届出があった日から2年を超えて遡る場合には、事業主が雇用保険料を給料から控除していなければなりません。給与明細等から雇用保険料が控除されていたことが確認できる最も古い日が被保険者資格の取得日とみなされます。 これにより、従業員は遡って被保険者資格を得ることができ、遡及期間も失業給付等の受給要件である加入期間に算入されることになるため、不利益を被ることが少なくなっています。   4 2年を超える遡及適用の手続き ご質問の場合は、3年前に採用した従業員なので、2年を超えて遡る雇用期間については、雇用保険料が給料から控除されていたことが確認された場合に限って被保険者になることができます。 下記の書類を添付して、事業所を管轄するハローワークに資格取得届を提出します。 給料から雇用保険料が控除されていたことが給与明細等の書類により確認できない者については、届出のあった日の2年前までしか遡って被保険者になることができません。 〈添付書類〉 (※) 管轄のハローワークにより異なる場合があります。   5 保険料の訂正申告 既に申告・納付した労働保険料等について、年度を超えて雇用保険の資格取得手続きを遡及して行った場合には、労働保険料等を再度計算し、正しい労働保険料等に訂正して申告する必要があります。 2年を超えた期間に係る労働保険料等の追加納付等については、時効が完成しているため訂正申告できません。   6 適切な事務処理のために 通常、加入の手続き後に、雇用保険被保険者証が事業主を経由して本人に交付されますが、それを本人に交付せず事業所で保管する場合も多く見受けられます。 この場合、本人には雇用保険に加入したのか否かがわかりません。適切な届出ができていれば問題はありませんが、未届けの場合は、本人はすぐに確認することができず、資格取得漏れの一因にもなっています。上記のとおり遡及加入も可能ですが、被保険者証を直ちに本人に交付することにより、被保険者となった確認が二重にでき、資格取得漏れの防止に繋がり、従業員に不利益を与えることがなくなります。 また、ハローワークに被保険者台帳の照会を依頼すれば、現在、被保険者になっている者を確認することもできますので、1年に1度は、被保険者資格の確認をしてください。 (了)

#No. 566(掲載号)
#佐竹 康男
2024/04/25

能登半島地震の被災地で必要な法務アドバイス 【第3回】「被災により納品ができない場合における不可抗力条項の活用(2)」~不可抗力が生じた場合の対応と活用しやすい条項への見直し~

能登半島地震の被災地で必要な法務アドバイス 【第3回】 「被災により納品ができない場合における不可抗力条項の活用(2)」 ~不可抗力が生じた場合の対応と活用しやすい条項への見直し~   弁護士法人飛翔法律事務所 弁護士 濱永 健太   前回は、不可抗力とは何かを述べるとともに、不可抗力による免責を求めるための要件、不可抗力条項がない場合の対応を検討した。 今回は、実際に不可抗力が生じた場合の対応と今後の見直しに関するアドバイスを行った上で、それを踏まえたモデル条項を提案したい。   1 不可抗力条項による免責と契約解除 実際に不可抗力によって履行遅滞や履行不能が生じた場合には、不可抗力条項に従った処理がなされることになるが、一般的な不可抗力条項においては、不可抗力によってこれらが生じた場合に「責任を負わない。」という免責の規定に留まっており、その後の処理については何ら定められていない場合が多い。 そうすると、例えば不可抗力によって納期に間に合わないことが判明した際に、納期の変更によって対応するのか、代替手段を取ることによって納期に間に合わせるように対応するのか、あるいは契約解除によって契約の拘束力から解放することで処理するのかについては、当事者双方の協議によって決めることになる。 しかしながら、この場合に円満に協議が整えばよいが(実際、今回の地震のような場合には受注者の窮状に配慮して柔軟に対応される場合も多いと思われるが、以前の新型コロナウイルスを原因とする場合には発注者自身も多大な影響を受けており、柔軟に対応するにも余力がないという状況もあった)、意見が合致しない場合には、結局は双方とも責任を負わない状況(受注者は遅延の責任を負わず、発注者は代金の支払義務を負わない)のままで膠着してしまうことになることも懸念される。 なお、不可抗力によって全部又は一部の履行が「不能」(不可能)という状態であれば、発注者から民法542条に基づく契約解除が選択されることはありうる。 そのため、不可抗力による履行遅滞が生じた場合に備えて、どのように処理するのか(納期の延長による対応を基本とするのか、当事者に契約解除まで認めるのか、認めるとしてもどのような条件でそれを認めるのかなど)については、予め不可抗力条項の中に規定すべきである。   2 今後の不可抗力条項の見直しについて 今後の新たな不可抗力の発生に備えて不可抗力条項を見直す際には、以下の点を意識すべきであろう。 まず、不可抗力として列挙すべき事由に関しては、受注者としては想定しうる限りの事象を漏れなく列挙すべきである。なぜなら、念のため「その他の事象」というバスケット条項を設けていたとしても、契約解釈上は列挙した事由に準じるものに限定される場合が多いため、不可抗力に該当する事由として認められないという場合もありうるからである(新型コロナウイルスの蔓延に際しては、不可抗力に該当するかは大いに議論が生じた)。 また、受注者側としては、不可抗力によって直接的に生じた影響だけでなく、間接的かつ関連して生じた影響による場合にも不可抗力条項が適用できるようにすべきである。 その上で受注者が不可抗力による影響で納期に間に合わないという因果関係の立証を容易にするために以下のような対応も有用である。つまり、因果関係の立証に関して更に踏み込んで言えば、「以下の事由が生じた場合には、履行遅延又は履行不能は不可抗力によって生じたものとみなす。」とした上で、例えば「通常の輸送手段が5日以上の遅延、停止したために材料の仕入れが遅延した場合」など懸念される状況を細分化し、受注者による因果関係の立証を更に容易にすることも考えられる。 このように不可抗力に該当する事象を十分に列挙した上で、因果関係の立証についても配慮した後は、上述の通り、不可抗力によって納期通りに履行できない場合の対応方法についても規定すべきである。 つまり、まずは納期や納品の数量について協議することで対応するのか、契約解除によって処理をするのか、どのような場合に契約解除を認めるか等について規定することになるが、仮に協議すると規定する場合には、協議がまとまらなかった場合の処理についても意識した条項にすることが、実務上非常に重要である。 他方、発注者の視点からみれば、受注者の状況(どの程度の影響を受けており、実際にどの範囲に関して履行が困難であるのか、それがいつまで続くのかなど)が分からない場合も多いため、不可抗力によって納期の遅延等が生じた場合やその可能性がある場合、以降の見込みについては、受注者からの通知(情報共有)を要求したいと考えるであろう。また、不可抗力で納期の遅延が生じるとしても、受注者に影響を最小限に抑えるための代替措置やその他の努力を行って欲しいと考えるであろう。そのため、発注者側からは、そのような情報提供のための通知や影響を軽減すべき義務を設けること、あるいは日常よりBCPプランを策定しておく義務を提案することが考えられる。 なお、発注者側としては、「第〇項の免責を受けるための条件として、受注者は以下の対応を行わなければならない。」として、これらの対応が免責を受けるための条件とする場合も考えられる。 以上を意識したモデル条項例を後述の「4 モデル条項例」に記載する。   3 契約の継続を意識した視点 以前に筆者が平成28年に起きた熊本地震にて被災した経験を持つ事業者の方と話をした際に非常に印象に残っているのが、発注者との協議によって円満に契約(個別契約)の解除が行えたとしても、発注者側が他の業者に一度でも変更してしまうと、たとえ設備が復旧して生産が可能となったとしても、再度発注をもらうことが非常に難しくなると仰っていたことである。 確かに、契約を解除することによって納期遅延による責任(損害賠償など)を回避できたとしても、一旦契約関係が解消されてしまえば、受注者がよほど特殊な技術を有していて代替できない場合を除いて、発注者は他の事業者への発注を行うことも想定され、それを機に当該別業者への発注を継続してしまうという懸念は大いにあるところである。 そのため、今後の発注を継続してもらうことを考えるのであれば、契約解除による処理ではなく、受注者側から納期や納品数の変更を請求できるようにして、契約の継続や維持を図るという視点も重要であると思われる。 下記においては受注者の立場から、不可抗力が生じた場合に納期や数量の変更を求めることができるという条項の例も示したい。   4 モデル条項例 ※「協議が整わない場合には、納期について2ヶ月間延長されるものとする。」と定めることも考えられる。   5 まとめ 以上、全2回にわたって不可抗力条項をテーマに検討してきたが、今後も大規模地震や新規の感染症の蔓延の可能性も懸念される。また、自然災害に限らず、台湾有事による影響も排除できない時代である。 今回の能登半島地震にて被災された方々の一刻も早い復興を心からお祈りするとともに、今後発生しうる未曽有の事態にも対応できるような活きた不可抗力条項への見直しを行っていただくことを願う次第である。 (了)

#No. 566(掲載号)
#濱永 健太
2024/04/25

〔検証〕適時開示からみた企業実態 【事例92】ENEOSホールディングス株式会社「コンプライアンスに関する取組みの再徹底に係る進捗について」(2024.2.28)

〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例92】 ENEOSホールディングス株式会社 「コンプライアンスに関する取組みの再徹底に係る進捗について」 (2024.2.28)   公認会計士/事業創造大学院大学教授 鈴木 広樹   1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、ENEOSホールディングス株式会社(以下「ENEOSホールディングス」という)が2024年2月28日に開示した「コンプライアンスに関する取組みの再徹底に係る進捗について」である。タイトルの中に「コンプライアンスに関する取組みの再徹底」とあるが、それは、同社が2023年2月27日に開示した「人権尊重・コンプライアンスに関する取組みの強化・再徹底について」で示されたものである。 その開示の主文は次のとおりである(下線は筆者による)。 「当社元会長」とは、同社が2022年8月12日に開示した「代表取締役の異動(辞任)に関するお知らせ」において辞任するとされた元代表取締役会長の杉森務氏(以下「杉森氏」という)である。辞任の理由は「一身上の都合」とされていたが、それは病気や家庭の事情などではなかった。 同社が2022年9月21日に自社ホームページ上に開示した「当社元会長に関する一部報道について」では、「不適切な言動に及んだと判断」したため、彼に辞任を求めたとされていたのだが、マスコミの報道によれば、その「不適切な言動」とは、女性に対する不適切行為であった。   2 再びトップによる不適切行為 今回の開示は、その杉森氏による不適切行為を踏まえて決定された「コンプライアンスに関する取組みの再徹底」の「進捗」についてなのだが、その主文は次のとおりである(下線は筆者による)。 今度は「当社元社長」が不適切行為を起こしたとある。その「当社元社長」とは、元代表取締役社長の齊藤猛氏(以下「齊藤氏」という)である。 同社が2023年12月19日に開示した「社長等の処分および異動について(代表取締役の異動等)」の「処分および異動の理由」には、次の記載がある(下線は筆者による)。 杉森氏の件に続いてということもあるが、ほかに代表取締役副社長と常務執行役員も同席している場におけることであるため、今回は「一身上の都合」で片づけることはできず、不適切行為についても「女性に抱きつく」と具体的に記載されている。そして、齊藤氏は、辞任では済まされず、解任されることになった。   3 不適切行為の原因 このように連続してトップによる不適切行為があったことを踏まえたものであるため、今回の開示は「コンプライアンスに関する取組みの再徹底」の「進捗」についてというよりは、さらなる「再徹底」についてといった内容になっている。 「人権尊重・コンプライアンスに関する取組みの強化・再徹底について」では、①人材デュー・デリジェンスの実施、②人権尊重・コンプライアンス徹底意識の維持・確認施策の実行、③役員処分プロセスの明確化、④役員懲罰規定の導入、といった取組みを実施するとされていたが、今回の開示では、外部専門家による分析・評価を踏まえて、それらの取組みを強化するとされている。 効果がないとはいわないが、それで根本的な解決になるのだろうか。上でみたとおり、「人権尊重・コンプライアンスに関する取組みの強化・再徹底について」の主文において、齊藤氏は「人権尊重・コンプライアンス徹底を経営の最優先事項と位置付けており、これまで継続して強化に取り組んでまいりました」とある。コンプライアンスに対する意識が低くはなかったはずである。 それでも不適切行為に及んでしまったのは、なぜだろうか。杉森氏や齊藤氏による不適切行為の根底には、女性を対等にみる意識が欠落していたことがあると思われる。女性を対等にみて、敬意を持って接する態度が彼らにあれば、不適切行為は生じなかったはずである。 本当に必要なことは、女性を対等にみる意識をENEOSホールディングスの男性に持たせることだろう。おそらく、杉森氏や齊藤氏だけでなく同社の男性全般にそうした意識が欠落している可能性が高い。 2023年3月末における女性管理職の割合は同社が13.6%、子会社のENEOS株式会社は3.9%、JX石油開発株式会社は5.6%、JX金属株式会社は4.2%であり、その結果、3名の女性取締役がいるものの、いずれも社外取締役であり、社内出身の女性取締役はゼロである(第13期有価証券報告書)。そうした男性優位の環境では女性を対等にみる意識は育ちにくいだろう。   4 強化しても 「人権尊重・コンプライアンスに関する取組みの強化・再徹底について」では、「人材デュー・デリジェンス(以下、「人材DD」)の実施」として次のように記載されている。 そして、今回の開示の「取締役の選任プロセスの強化【実施済】」では、次のように記載されている。 しかし、現状のままでは男性が取締役候補者に選ばれる可能性が高いし、「指名諮問委員会」も3分の2以上が男性である(第13期有価証券報告書)。女性が取締役に選ばれる可能性も、女性を対等に見る意識を持った男性が取締役に選ばれる可能性も低いままだろう。不適切行為の根本原因を検証して、何が必要かを考える必要がある。   5 社外取締役よりも ENEOSホールディングスに必要なことは、優秀な女性が「普通に」(男性と異なる特別な努力を要することなく)活躍できる環境を整備することだろう。必要なのは同社だけではない。日本企業のほとんどは、まだそうした環境を整備できていない。女性が活躍している印象のある株式会社資生堂でさえ、2023年12月末における女性管理職の割合は37.2%、グループ全体で40.0%である(第124期有価証券報告書)。 優秀な女性が普通に活躍できる環境を日本企業全体に整備していく必要があるのは、男性の意識を変えて、女性に対する不適切行為をなくすためだけではない。働き手が少なくなるなか、優秀な女性に活躍してもらわなければ、日本経済は立ちゆかなくなるはずである。 今回の開示では、2024年6月から社外取締役の比率を50%超まで引き上げるとされている。しかし、それよりも社内出身の女性取締役の比率を50%に引き上げる努力をした方がいいのではないだろうか。 (了)

#No. 566(掲載号)
#鈴木 広樹
2024/04/25

《速報解説》 東京国税局、前の退職手当等が同一年に複数ある場合の退職所得控除額の計算の特例について示した文書回答事例を公表

《速報解説》 東京国税局、前の退職手当等が同一年に複数ある場合の退職所得控除額の計算の特例について示した文書回答事例を公表   税理士 菅野 真美   東京国税局は、令和6年3月22日付(ホームページ掲載は令和6年4月22日)で回答した文書回答事例「前の退職手当等が同一年に複数ある場合の退職所得控除額の計算の特例について」を公表した。   1 個人型DCの特徴 確定拠出年金は、拠出された掛金とその運用益との合計額をもとに、将来の給付額が決定する年金制度である(※)。 (※) 厚生労働省ホームページ「確定拠出年金制度の概要」(2024年4月24日閲覧) 確定拠出年金には企業型(企業が掛金を拠出するもの等、以下「企業型DC」という)と個人型(個人が掛金を拠出するもの、以下「個人型DC」という)がある。2022年の改正で企業型の加入者は、原則的には、個人型の加入者になることが可能となった。個人型DCの掛金を加入者が支払った場合は所得控除の対象となり、一時金で受け取った場合は退職所得として取り扱われ、税制上の恩典を受けることができる。 しかし、会社の退職時に退職手当等や企業型DCの一時金を受け取り、その後、個人型DCの一時金を受け取った場合は、退職所得控除額の制限を受ける場合がある。以下において、今回の文書回答事例を踏まえて退職所得控除額の制限について解説する。   2 退職手当等を1年に2以上受けた場合の退職所得控除の金額の計算 退職所得は、原則的には、その年中の退職手当等の収入金額から退職所得控除額を控除した残額の2分の1に相当する金額となる(所法30②)。 1年に2以上の退職手当等の支給を受けた場合の収入金額は退職手当等の合計額とする。退職所得控除額の計算においては、勤続年数の最も長い期間により勤続年数を計算し、重複しない勤続期間等がある場合は、加算して計算する(所法30③、所令69①三)。 〈退職所得控除額の算定〉 ◆最も長い勤続期間:A1+A2 < B1 ∴ B1 ◆重複していない期間:C1+C2 ⇒ 勤続年数:B1+C1+C2   3 個人型DCの一時金の支給の前年以前19年内に退職手当等を受けた場合の退職所得控除額の原則計算 今回個人型DCの一時金の支給を受けるが、前年以前19年内において、勤めていた会社から退職手当等を受け取ったような場合は、退職所得控除額の計算は次のようになる。すなわち、その年の退職所得控除額から重複部分の勤続期間等を勤続年数とみなして計算した退職所得控除額を控除して計算する(所法30⑥一、所令70①二)。 【例】   4 個人型DCの一時金の支給の前年以前19年内に退職手当等を受けた場合の退職所得控除の特例計算 上記3が前年以前19年内に重複期間がある場合の原則的な計算方法だが、例外がある。 これは、前の退職手当等の金額が一定の退職所得控除額に満たない場合は、前の退職手当等の計算の基礎となった勤続期間等のうち、前の退職手当等に係る就職の日等から、前の退職手当等の収入金額に応じて次の算式により計算した数に相当する年数を経過した日の前日までの期間を前の勤続期間等とみなして、退職所得控除額を計算することとされている(所令70②)。この算式を用いることにより、重複期間が短くなる。 【例】   5 前の退職手当等が同一年に複数ある場合の退職所得控除額の計算の特例 上記4は、前の退職手当等が1ヶ所から受け取った場合の特例計算であったが、今回文書回答を求めたのは、複数の退職手当等を受け取った場合の特例に対する照会である。 すなわち、前の退職手当等が「一定の退職所得金額に満たないとき」の判定で、退職手当等とは、その年において受けた複数の退職手当等の合計額であり、「前の退職手当等に係る就職の日等」とは、前の退職手当等に係る就職の日等のうち、最も早い日で問題ないかということである。 この根拠は、退職手当等を同一年に2以上受けた場合の退職所得控除の金額の計算等と平仄をとったもの考えられ、当局からは、「貴見のとおりで差し支えありません。」との回答が示されている。 このように多様な退職金や給付金が支払われることは課税上の取扱いを複雑化させ、ミスが生じやすい。ちなみに、先に個人型DCの給付金を受け取り、後で退職金を受け取ったような場合は、前年以前19年内の制限が4年内の制限となる(所令70①二)。 (了)

#菅野 真美
2024/04/25

《速報解説》 買戻条件の付された種類株式について株価算定書の価額で買戻しが行われた場合の税務上の取扱いを示す文書回答事例が国税庁から公表される

 《速報解説》 買戻条件の付された種類株式について株価算定書の価額で買戻しが行われた場合の税務上の取扱いを示す文書回答事例が国税庁から公表される   税理士 柴田 健次   1 はじめに 昨今、スタートアップ企業で資金調達を行う際に種類株式の活用が増えている。種類株式の評価をどのように行うのかが重要となっており、実際の価額の算定においては、日本公認会計士協会から公表されている以下の研究報告を参考に価格算定が行われている。 しかしながら、現状の種類株式の税務上の評価については、国税庁より「種類株式の評価について(情報)」(資産評価企画官情報第1号他)が公表されてはいるものの①配当優先の無議決権株式の評価、②社債類似株式の評価、③拒否権付株式の評価の3つについてしか記載がされていない。 また、これら3つの評価については相続等により取得した種類株式の評価についての定めであり、所得税や法人税における時価の定めではないため、種類株式の譲渡や発行をする場合におけるその時における価額については明確に定められていない。令和5年7月に所得税基本通達23~25共9が改正され、その通達の内容に「種類株式を発行している場合には、その内容を勘案して当該株式の価額を算定すること」が新たに追記されたが、どのように勘案するかについては何ら記載がない。 したがって、税務上は個々の事案に応じて種類株式の価額を算定し、低額譲渡等の課税関係を考える必要がある。 課税上の取扱いが不明瞭である場合には、課税の予測可能性が損なわれ、スタートアップ企業の資金調達に弊害もあるため、日本公認会計士協会から令和6年度税制改正意見書において種類株式の評価についての考え方及び課税上の取扱いを明確化することの要望が出されており、令和6年度の税制改正大綱には、「買戻条件の付された一定の種類株式について買戻しが行われた場合における譲渡法人の課税上の取扱いを明確化する。」と記載がされていた。 これに関連して、日本公認会計士協会は「買戻条件の付された種類株式について買戻しが行われた場合における譲渡法人の税務上の取扱い(株価算定書の価額を参酌して決定された価額に基づき買戻しが行われた場合)」について国税庁に照会をしていたところ、国税庁から令和6年3月28日付で回答があり、その内容が下記のとおり公表された。 文章回答事例の概要は、下記のとおりとなる。   2 事前照会の内容 【取引関係図】 (※) 文書回答事例に掲載の図を抜粋 (1) 設立時(5年前) スタートアップ企業であるX社は、X社の代表取締役である甲により資本金1,000万円(1株当たり10,000円で1,000株発行)として5年前に設立された非上場の会社である。 (2) 増資時(3年前) X社は、順調に業況が拡大し、更なる収益獲得を見据えた研究開発を検討し、そのための資金を調達するため資本政策を考えていたところ、3年前に資本関係や取引関係等の利害関係のないベンチャーキャピタルY社から出資の打診を受けた。 具体的には、普通株式500株(1株当たり43,000円)、配当優先付無議決権株式(以下「本件種類株式」という)500株(1株当たり57,000円)を新たに発行(これらの株式の新たな発行を以下「本件新株発行」という)して、総額5,000万円の資金調達を行うこと、及びこれらの株式を引き受けることについてY社からの提案があり、X社取締役会は当該提案を受け入れ、X社はY社と下記の投資契約を締結し、X社は本件新株発行をし、Y社はこれを引き受けた。 【投資契約の内容】 (3) X社による買戻し(現在) 本件新株発行を行った日から3年が経過し、X社はY社の保有する本件種類株式を買い戻すこととしたため、Z社に株価算定を依頼したところ、本件種類株式について、1株当たり63,000円から66,000円までの株価が提示された。X社は、買取価額を64,500円とすることでY社と交渉し、Y社もこれに応じ、X社は金銭を対価として本件種類株式を取得した。 このようにZ社が算定した株価算定書の価額を参酌してX社とY社との間で合意された価額により買戻しが実行された場合には、Y社からX社への本件種類株式の譲渡について、税務上、低廉譲渡等であるかどうかについての疑義は生じないと考えて問題ないか。 なお、本照会においては、次のイ及びロのことを前提とする。   3 示された見解 国税庁は主に次の理由から、貴見のとおりで差し支えない旨を示している。 【理由】   4 法人から発行法人に非上場株式を譲渡した場合の課税関係 (1) 売主法人の課税関係 法人から発行法人に非上場株式を譲渡した場合には、売主法人ではみなし配当課税及び譲渡損益課税の課税関係が生じる。時価よりも低い価額で譲渡した場合には、時価と対価との差額は、原則として寄付金となる。 ① みなし配当課税 法人の株主等である内国法人がその法人の自己株式の取得等の事由により金銭その他の資産の交付を受けた場合において、その金銭の額及び金銭以外の資産の価額の合計額がその法人の資本金等の額のうちその交付の基因となったその法人の株式又は出資に対応する部分の金額を超えるときは、その超える部分の金額は、法人税法23条1項1号又は2号(受取配当等の益金不算入)に掲げる金額とみなす(法法24①五、法令23①六)。 ② 譲渡損益課税 法人から発行法人に非上場株式を譲渡した場合には、譲渡に係る収入金額は、法人税の時価からみなし配当金額を控除した金額となる。その収入金額から譲渡原価の額を控除し、譲渡損益の計算がなされる(法法22の2④、61の2①)。 時価の算定に当たっては、法人税基本通達4-1-5(原則的な時価の定め)及び4-1-6(財産評価基本通達の準用)に基づきを行う(法基通2-3-4)。ただし、純然たる第三者間において種々の経済性を考慮して定められた取引価額は、時価と考えられるため、上記の通達による価額から乖離していても問題はないとされる。 (2) 買主法人の課税関係 自己株式の取得は資本等取引に該当するため、原則として発行法人に益金は生じない(法法22②③④⑤)。なお、発行法人には配当所得の源泉徴収義務があるので、源泉所得税等を徴収して、その徴収日の属する月の翌月10日までに国に納付する必要がある。   5 種類株式の時価の考察と実務上の留意点 上記1に記載の日本公認会計士協会から公表されている研究報告に基づき算定された価額(以下「株価算定書の価額」という)は、種類株式の税務上の時価を考察する上で重要となる。 例えば、開業後3年未満の会社が種類株式を発行する場合には、財産評価基本通達においては特定の評価会社に該当し、純資産価額で評価されることになり、その財産評価基本通達を準用し、法人税における時価算定を行った場合には時価純資産価額で評価されることになるが、スタートアップ企業の本来の価値は、時価純資産価額ではなく、将来キャッシュフローに基づき算定されたDCF法等に基づき算定された価額になると考えられる。 日本公認会計士協会が公表している「スタートアップ企業の価値評価実務」(経営研究調査会研究報告第70号)(2023年3月16日)74頁によれば、「スタートアップ企業の『真の価値』評価は、将来キャッシュフローや利益計画等に基づくインカム・アプローチによるべき」とされている。 しかしながら、税務上は、恣意性の排除からDCF法等のインカム・アプローチは採用されていないため、スタートアップ企業の場合には、時価純資産価額を重視して算定された税務上の時価と将来キャッシュフローを重視して算定された株価算定書の価額に大きな乖離が生じることが考えられる。 そこで課税上の問題がないかといった疑問が当然生ずるが、利害関係のない第三者によって合理的に計算された株価算定書の価額であれば、原則として、その株価算定書の価額を税務上の時価(所得税や法人税における時価)として取り扱って問題ないと思料される。もっとも、文書回答事例は「純然たる第三者間」で行われた取引が前提にされており、同族関係者について回答した事例ではないため、個々の事案に応じて慎重に課税関係を考える必要があるが、第三者によって合理的に計算された株価算定書の価額が税務上の時価となり得るという考え方は重要になってくる。 それでは、相続税や贈与税の課税の場面においても第三者によって合理的に計算された株価算定書の価額で課税される可能性もあるのではないかといった懸念も考えられる。相続税法22条は、相続等により取得した財産の価額を当該財産の取得の時における時価によるとしており、時価とは当該財産の客観的な交換価値をいうものと解されているため、第三者が合理的に計算された株価算定書の価額が相続税法22条の時価であるとする考え方は当然あり得る。 しかし、相続税や贈与税については、課税の公平性、安全性に着目し、原則として財産評価基本通達に基づき算定された価額が課税価格に算入される価額となる。例えば、配当優先無議決権の種類株式の評価額として財産評価基本通達による価額が100であり、第三者によって合理的に計算された株価算定書の価額が150(相続税法22条の時価)であったとする。 この場合においては、課税の公平の観点から原則として100が課税価格に算入されることになる。例外として150での課税が許容されるのは、例えば、納税者が意図して相続税法22条の時価と財産評価基本通達による価額の著しい乖離を作出している場合である。この場合には、財産評価基本通達6の定めにより、国税庁長官の指示を得て、財産評価基本通達とは別の評価を認めているため、150での課税が許容される。 特に非上場株式の場合には、財産評価基本通達による価額と相続税法22条の時価との乖離が大きい場合も頻繁に散見され、財産評価基本通達6の定めには注意が必要となる。   (了)

#柴田 健次
2024/04/23
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