給与計算の質問箱 【第65回】 「賞与を年4回以上支給する場合の社会保険」 税理士・特定社会保険労務士 上前 剛 Q 賞与を年4回以上支給する場合、社会保険において何か留意すべき点はありますか。 A 社会保険(健康保険、介護保険、厚生年金保険)における扱いが「賞与」ではなく「報酬」となる点に留意が必要である。 * * 解 説 * * 1 社会保険における「報酬」 社会保険における「報酬」は下表から判断できる。下表の左上の「報酬となるもの」に「年4回以上の賞与」、左下の「報酬とならないもの」に「年3回以下の賞与」がある。 (出典) 日本年金機構「算定基礎届の記入・提出ガイドブック 令和6年度」の3頁より抜粋 2 「年3回以下の賞与」の場合における社会保険 支給した賞与額の1,000円未満を切り捨てた「標準賞与額」に保険料率を乗じた社会保険料(健康保険料、介護保険料、厚生年金保険料)を賞与から天引きする。 また、会社は賞与の支給日から5日以内に被保険者賞与支払届を年金事務所へ提出する。年金事務所は被保険者賞与支払届に基づいて賞与にかかる社会保険料を会社に請求する。 3 「年4回以上の賞与」の場合における社会保険 (1) 報酬となる場合 年4回以上の賞与の場合、社会保険においては「賞与」ではなく「報酬」とみなすので、上記2のように社会保険料を計算したり、被保険者賞与支払届を提出しない。 また、標準賞与額ではなく標準報酬月額の対象となる。そのため、会社は毎年7月1日から10日までに算定基礎届を年金事務所へ提出するが、算定基礎届に前年7月1日から当年6月30日に支払った賞与の合計を12で割った金額を4月支給額、5月支給額、6月支給額に加算して記入する。結果、当年9月分以降の社会保険料に反映される(下図も参照)。 (出典) 日本年金機構「算定基礎届の記入・提出ガイドブック 令和6年度」の15頁より抜粋 (2) 報酬とならない場合 以下のケースに該当する場合には、賞与を年4回以上支給していても「報酬」ではなく「賞与」とみなされる。 (了)
税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第65回】 「普通借地権との比較で明らかとなる 定期借地権の評価に当たり特に留意すべき事項」 不動産鑑定士 黒沢 泰 1 はじめに 昨今、定期借地権(特に事業用定期借地権)の活用事例が増えていますが、借地上に建築する建物の使用可能期間に関し、定期借地権であるが故に留意しなければならない点があります。このことは、定期借地権の性格を普通借地権(旧借地法の時期に設定された借地権も含みます)と比較することにより明らかとなります。 2 定期借地権の特徴 定期借地権は文字どおり、契約期間が満了すれば貸主が更新拒絶を行うための正当事由を備えているか否かにかかわらず契約は終了します。このことは改めて述べるまでもありません。しかし、これ以外に建物の使用可能期間の面で留意しなければならない点があります。これが思ったほど周知されていません。 この留意点とはすなわち、定期借地権による契約の場合、契約期間中に建物の建築及び解体が行われるため、借地権者は契約の全期間にわたって建物の使用収益ができないということです。 ちなみに、定期借地権について、契約締結から満了時の更地返還までの流れを示すと次のとおりです。 また、借地上に建物を建築し、土地建物一体としての複合不動産を賃貸に供することを想定した場合の全体の流れを示したものが下図となります。 このように、定期借地権の場合、地代の授受は契約期間全体に及びますが、借地権者が土地建物を一体として使用収益し得る期間は土地賃貸借期間ではなく、建物の建築及び取壊期間を除いたものとなる点に留意が必要です。この点、普通借地権の場合、契約期間が満了しても、賃貸人(借地権設定者)に更新を拒絶するための正当事由がなければ契約は更新されるため、評価上、建物の取壊期間を考慮する必要は生じません。この点が、不動産鑑定士としても、収益性の面から価格(定期借地権付きの建物価格)を検討する際に忘れてはならない事項です。 ちなみに、不動産鑑定評価基準においても、定期借地権の評価に当たって総合的に勘案すべき事項として、 をあげています(各論第1章第1節Ⅰ.(1).②)。 3 定期借地権と普通借地権 定期借地権は、普通借地権の場合に認められる契約更新、期間の途中で建物を再築した場合の契約期間の延長、期間満了時に借地権設定者が契約更新しない場合の借地権者からの建物買取請求権が認められていません(ただし、定期借地権の3つの類型(※)のうち建物譲渡特約付定期借地権に属するものは除きます)。 (※) 詳細は割愛しますが、定期借地権には次の3つのタイプがあります。 なお、ここで留意すべき点は、定期借地権についても建物の再築自体は認められるということです。ただし、契約期間の途中で建物の再築が行われたとしても、それによって存続期間が延長されるわけではなく、当初定められた期間の到達によって契約は満了します。 4 事業用定期借地権と地代水準の関連 事業用定期借地権の場合、借地権者の事業収益との関連から負担力に見合った地代が設定されている場合には、当該地域の標準的な地代水準よりも相対的に高く、なかには従来から供給されてきた普通借地権の利回りに比べて著しく高いものもあります。 このようなケースにおいては、不動産鑑定士は、高い利回りの地代が将来にわたって継続するか否かの分析を行うとともに、借主からの解約申入れの可否やその際の違約金条項についての確認を行うなど、価格に影響を及ぼす様々な要因を考慮するよう努めています。 5 定期借地権の残存期間と借地上の建物の経済的耐用年数との関係 定期借地権の残存期間と借地上の建物の経済的耐用年数は基本的に一致するといえますが、そうでない場合でも、借地権の残存期間を超えて建物の経済的耐用年数を設定することは整合性のとれないものとなります(下図参照)。不動産鑑定士はこの点にも留意するよう努めています。 6 おわりに 現時点では、定期借地権単独としての取引慣行を見出すことはできない状況です。また、定期借地権の取引として観察されるもののほとんどは建物付きのもの(定期借地権付建物)であるといえます。そのため、定期借地権の価格は建物と一体化した場合に、はじめて顕在化するという捉え方が多いと思われます。 また、理論的に考えれば、定期借地権は契約の残存期間が短くなればなるほど価値が低くなり、期間満了時にはゼロになります。それ故に、残存期間が僅かであれば有償で取引が行われない可能性もあり、契約満了に至らない時点でも価格が発生しないということも考えられます。これについては今後の取引慣行をフォローする必要があると考えています。 (了)
《税理士のための》 登記情報分析術 【第24回】 「相続登記について」 ~相続登記申請の流れと必要書類~ 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 高齢化の進展や2024年4月1日からスタートした相続登記の申請義務化の影響により、相続登記の申請件数は増加傾向にある。税理士にとっても顧客の相続登記をサポートするために司法書士との連携を行う機会が増えていくことだろう。本連載でも、税理士が円滑に司法書士と連携を図るうえで知っておくべき知識について複数回にわたり解説を行う。 1 相続登記申請の流れ 被相続人が不動産を所有していれば、相続人や受遺者などの承継者は、相続登記を行う必要がある。相続登記申請までの流れは、遺言の有無により異なるが、大まかな流れは次のとおりである。 【相続登記申請までの流れ】 2 司法書士と連携するタイミング 顧客の遺産に不動産があることが分かった場合、どのタイミングで司法書士と連携するかがポイントとなる。相続税の申告が完了した後、司法書士に顧客を紹介している例も多いと思われるが、戸籍等の収集の段階で司法書士に顧客を紹介することも考えられる。司法書士に戸籍等の収集を行ってもらい、相続税の申告を含めた各種の相続手続で戸籍等の代わりとして利用できる「法定相続情報一覧図の写し」(※)まで取得してもらえば、税理士としても手間が省けることになる。 (※) 詳細については法務局ウェブサイト「「法定相続情報証明制度」について」を参照 【記載例:法定相続情報一覧図の写しの記載例】 3 相続登記申請の必要書類 相続登記申請には主に以下のような書類が必要になる。 このほか、登録免許税として「不動産の固定資産税評価額×0.4%」が必要となる。遺産分割協議書や遺言書の作成のサポートに税理士が関わることがあると思われるが、不動産の記載の仕方によってはスムーズに登記ができないこともある。 次回は、相続登記の観点から遺産分割協議書や遺言書等における不動産の記載方法のポイントについて解説を行う。 (了)
《顧問先にも教えたくなる!》 資産づくりの基礎知識 【第23回】 「金利1%前後でお金を増やす方法」 株式会社アセット・アドバンテージ 代表取締役 一般社団法人公的保険アドバイザー協会 理事 日本FP協会認定ファイナンシャルプランナー(CFP®) 山中 伸枝 〇「金利ある世界へ」:日本国債に注目 日銀がマイナス金利政策を解除して1年余りが経過し、「金利ある世界」への移行が進んでいます。今回は、金利1%前後で、かつ低リスクでお金を増やせる「日本国債」について解説していきます。 ご存じの通り、債券とは国や企業などの発行体が、投資家から資金を借り入れるために発行する有価証券です。国が投資家からお金を借りる際に発行するのが国債、企業が投資家からお金を借りる際に発行するのが社債です。 〇投資家が債券を選ぶ2つの理由 投資家がポートフォリオに債券を加える理由は主に2つあります。 1つめは、 「資金用途」です。株式投資は長期で行ってこそ利益が期待できるものなので、中期的な用途の資金運用には適しません。そのため、資金用途によっては、低リスクで資金の成長が見込める債券を利用するメリットがあります。 2つめは、 「分散効果」です。株価が下落した際には、債券価格が上昇する傾向があり、それによって株式の損失を相殺し、リスクを低減することが可能です。残念ながら、株式の下落幅と債券の上昇幅はイコールではないため、損失をなくすことはできませんが、それでもリスクを低減させる分散効果が期待できます。 債券はお金の貸し借りなので、満期が定められています。満期のことを償還と呼びますが、このときは貸したお金が全額払い戻しされます。また、貸したお金が返ってくるだけではなく、利子も支払われます。通常は半年に1回、利子の支払いがあり、これをクーポンと呼びます。 〇信用リスクを判断する「格付け」 債券に投資をする際は、最初にその発行体はお金を貸しても大丈夫なのかという判断を行います。その際に参考とするのが格付けで、これは第三者機関が発行体の財務状況などを評価するものです。 格付け機関には、ムーディーズやスタンダード・アンド・プアーズといった海外の有名な格付け会社や、R&I(格付投資情報センター)やJCR(日本格付研究所)といった国内の格付け会社もあります。 評価は、AAA、AA、A、BBB、BB、Bといったアルファベットで表示されたりしますが、一般的にはBBBまでが投資適格とされます。つまりそれより低い評価の場合、投資に不向き、あるいは将来的に債務不履行となるリスクが徐々に高まると判断されます。 〇日本国債の国際的な評価は? 2025年1月の日経新聞の記事によれば、日本国債の格付けは「シングルAプラス(S&Pの長期発行体格付け)」で、G7の中ではイタリア(トリプルB)に次いで低い水準とされています。残念ながら世界の主要国の中での日本国債の評価はあまり高くはありませんが、それでも債務履行の確実性は高いとの評価だと理解することができます。 〇日本国債の種類と特徴 個人投資家が購入できる国債は、大きく2つに分類されます。 「新窓販国債」と 「個人向け国債」です。どちらも日本国が発行する国債ですが、それぞれ最低購入額や金利、中途換金のルールなどが異なります。前述した通り、いずれも償還日が決まっており、半年に1回利払いがある点は共通です。 財務省のホームページによると、現在販売されている 「新窓販国債」は、償還期間が10年、5年、2年の3種類があります。それぞれ毎月発行されているので、金利は毎月変わりますが、直近に発表された金利で言うと、10年は1.4%、5年は1%、2年は0.7%です。ただし、利払いの際に20.315%の税金が差し引かれます。新窓販国債は、証券会社、銀行などで購入できます。購入単位は、最低5万円から5万円単位です。 ちなみに、大手銀行の定期預金金利は、10年で0.5%、5年で0.4%、2年で0.325%程度ですので、それと比べるとかなり良い投資先と考えることもできるのではないでしょうか?また、金融機関で購入しますが、万が一その金融機関が破綻しても国債の権利は保護されるので、ペイオフ対策として分散させることも一理あるかも知れません。 〇中途換金時のリスクに注意 リスクは、中途換金時に市場での取引となるため、購入時の金額で売れずに損失が発生してしまう可能性があることです。したがって、そのリスクを回避するためには、用途を定め、償還まで保有することを前提に計画を立てる必要があります。もちろん、売却タイミングにおいては利益が出ることもあります。 中途換金時の価格変動リスクを全くなくしたものが 「個人向け国債」と言われるものです。こちらは同じ国債ですが、新窓販国債よりも多くの金融機関で取り扱っていますし、購入単価は1万円から1万円単位で購入ができると利便性にも優れています。 なによりも、中途換金時には国が買い取ってくれるため、元本割れのリスクが一切ありません。ただし、注意点が2つあります。1つは 「発行後1年間は原則中途換金不可」であること、もう1つは 「換金時には直近2回分の各利子相当額が差し引かれる」という点です。そのため、できるだけ長く持つことが重要ですが、それでも中途換金に価格変動がないというメリットは大きいでしょう。 〇個人向け国債の種類と金利 個人向け国債には、償還期間が10年、5年、3年の3種類があります。このうち5年と3年は固定金利なので、これまで説明してきた国債の基本ルールが適用され、決まった金利で年に2回利払いがあります。直近の金利は5年で0.95%、3年で0.78%です。この金利を見るかぎり、新窓販国債との差はごくわずかですので、やはり一般の方には個人向け国債のほうが扱いやすいといえるのではないかと考えます。 一方、10年ものの個人向け国債は少し性質が異なります。こちらは変動金利で現在の金利は0.93%です。半年ごとに金利が見直されるため、今後金利の上昇が続けば、より良い条件でお金を成長させることができるでしょう。過去に発行された10年変動の個人向け国債の金利動向を見ても、少しずつ金利が上がっていることを確認できます。 〇NISAでは買えないが魅力は大きい 残念ながら、個人向け国債はNISAで購入することはできません。しかし、「eMAXIS Slim国内債券インデックス」など、NISAの成長投資枠で購入できる債券に投資をする投資信託は最近の長期金利の上昇によって基準価額が低調となっています。そうした状況では、元本保証(上述した通り若干のペナルティはありますが)で、また金利にも0.05%という最低保証がある個人向け国債(10年・変動型)は理にかなっているのではないかと考えます。 個人向け国債および新窓販国債は、毎月発行されますが、それぞれに募集期間があります。関心のある方は、ぜひ金融機関の窓口にお問い合わせになってみてはいかがでしょうか。 (了)
2025年5月15日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.618を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
国際課税レポート 【第14回】 「トランプ大統領令への欧州(EU)の対応と今後の動向」 税理士 岡 直樹 (公財)東京財団政策研究所主任研究員 トランプ関税を巡る各国の交渉が本格化していることが報じられている。 デジタル課税を巡るOECDの2つの柱による解決策からの“離脱”と外国の差別的・域外適用的な課税への対抗策を命じたトランプ国際課税について、ホワイトハウスに報告書が提出された(公表されてはいない)。 米国の積極的な反対を受け、米国議会が強く反対しているデジタルサービス税や、国内法で15%グローバルミニマム課税を導入済みの欧州連合(EU)は、米国との妥協を図る動きが出ている。 本稿では、トランプ関税及びトランプ国際課税とデジタルサービス税及び15%グローバルミニマム課税を仕掛けたEUの動きについて、本稿執筆時点(2025年5月14日)の限られた情報によるものとはなるが、今後の展望を予想する参考としてまとめておきたい。 トランプ関税及びトランプ国際課税に追いつめられる欧州 2025年5月8日、米国と英国は関税交渉において合意に達した。グローバルに一律10%の普遍関税、相手国ごとに設定される相互関税、自動車・鉄鋼・アルミニウムについての関税など、4月2日の米国大統領令をはじめとして公表された一連の“トランプ関税”引下げ交渉のうち、最初に達成された合意だ。 ロイター通信(5月9日)によれば、英国は今回の関税に関する“ディール”をまとめるにあたり、デジタルサービス税について譲歩しないで済んだようだ。米国と欧州の間の国際課税の最大の問題は、なんといっても米国のテクノロジー企業を狙い撃ちにしたと米国が主張するデジタルサービス税だったはずである。この問題は、両国間でデジタル貿易に関する交渉を開始し、その中で解決されることとなった。 米国は英国との間では貿易黒字であるが、欧州連合(EU)との間では巨額の貿易赤字を抱えている。それでは、EUとの交渉はどうか。EUと米国の関税・貿易協議は本稿執筆時点(2025年5月14日)において、そもそも開始されていない。 4月29日の記者会見で、米国ベッセント財務長官は欧州との関税協議の現状について記者から問われた際、「フランス、イタリア等はデジタルサービス税を導入している(※1)一方、ドイツ等は導入していない。米国の偉大な産業に対する不公平な課税であるデジタルサービス税は撤廃してもらわねばならない。EUは外部との交渉を始める前に、EU内部の問題を解決する必要がある」と応じている。 (※1) 本連載【第12回】の【図2】参照。 税を巡り欧州は欧州が一枚岩になることが容易でないことはこれまでの経験から明らかであり、交渉上のやり取りだとしても、半ば突き放した格好だ。 一方、欧州委員会委員長ウルズラ・フォン・ライエン氏は、米・欧間の関税交渉が進展しない場合、デジタル広告サービスに対する独自の課税を選択肢として検討する可能性に言及するなど、緊張を高める発言をしている。 これは、EUにとって現実的な選択肢ではないだろう。2018年3月、欧州委員会は統一的なデジタルサービス税を提案したが、アイルランドや北欧の数ヶ国が反対したため、合意には至らなかった経緯があるからだ。 地理的広がりを欠くグローバルミニマム課税 OECD事務総長が2025年2月にG20財務大臣・中央銀行会議に提出した恒例の報告書(4頁)では、すでに55ヶ国が第2の柱の税制を国内立法したと述べている。 一方、米国の有力な租税法学者は、グローバルミニマム課税は欧州とアジアの一部以外の国への広がりは限定的であり、米国と中国の参加もない。このため欧州の税制になっていると指摘している(※2)。 (※2) 「Pillar 2 at a crossroads US policy & what comes next」Tax Notes(2025.4.23)ウェビナーにおけるパネリストの発言。 【表】グローバルミニマム課税の導入状況 (※) 数字は導入年。CbCR法人数は、OECD法人統計による。 (注1) G20のうち、EU加盟国はフランス、ドイツ、イタリア。 (注2) G20の導入8ヶ国は、オーストラリア、カナダ、インドネシア、日本、トルコ、イギリス、南アフリカ(UTPRを除く)、韓国(QDMTT除く)。 (注3) G20非導入9ヶ国は、アルゼンチン、ブラジル、中国、インド、メキシコ、ロシア、サウジアラビア、南アフリカ、米国。 (出所) 筆者作成。2025年5月14日時点の情報による。 【表】からは次のことを読み取ることができる。 OECDによる導入国(55ヶ国)の約半数は、2022年12月のEU指令で加盟国に導入を義務付けたEU(27ヶ国)である。 コミュニケで「2本の柱」プロジェクトを奨励してきたG20(主権国家19ヶ国)のうち、8ヶ国はグローバルミニマム課税を支持し奨励しながらも、自身では導入に至っていない。 EU及びG20加盟国には合計6,744社の多国籍企業が存在する。うち、グローバルミニマム課税を導入した国に3,873社(57%)、非導入国に2,871社(42%)が所在している。 現状に照らせば、ラテンアメリカ、アフリカ諸国への広がりを欠いている。グローバルミニマム課税は欧州の税制になったという前述の米国租税法学者の指摘は、グローバルミニマム課税を国内法に導入していない国からみれば、全く的外れなものとまでは言えないと思われる。 グローバルミニマム課税と欧州の事情 グローバルミニマム課税につながる動きは、ドイツ議長国の下で開催された2017年3月のG20に端を発している。 ところで、欧州がOECDでの議論を必要とした理由は何だろうか。 1つは、巨大テクノロジー企業や多国籍企業が十分な納税をしていないと伝えられることへの市民レベルの反発に対する政治的な対応が必要だったということがある。 そしてもう1つは、設立の自由を保障するEU条約により、域内のタックスヘイブン的な国への利益移転を、ペーパーカンパニーや技巧的な取引であることなどの理由がなければ否認できないというEU固有の構造問題がある。 欧州では、日本や米国のようなタックスヘイブン対策税制を適用して否認することができない。このため、OECD合意は、欧州固有の法的制約を回避するための抜け道だという有力な指摘がある。 欧州の“米国対策” それでは、トランプ大統領令がターゲットにしていると目される「デジタルサービス税」、「グローバルミニマム課税」を推進してきた欧州は、この大統領令にどのように反応しているのだろうか。 報道によれば、ドイツ産業界、ドイツ各州財務大臣、ハンガリーの財務大臣からは、第2の柱の措置に疑問を呈し、その一時停止を求める声もあがっている。 米国が第2の柱に積極的に反対し、導入国を攻撃する以上、ミニマム課税はグローバルなものとはならない。 グローバルミニマム課税のため、OECDにおいて数百頁にも及ぶ複雑な制度作りを主導してきたEUだが、ホークストラ税制担当委員は、「米国企業のために規則を緩めることも排除しない」と発言している(※3)。 (※3) 「EU Tax Commissioner Against Throwing Pillar 2 ‘in the Dustbin’」Tax Notes International(2025.3.19) 2025年5月現在、欧州理事会議長国のポーランドは、米国企業にUTPRが適用されないようにするため、妥協策として次の3つの選択肢を提示したと伝えられる。 欧州とOECDのジレンマ・「解釈拡大」という暴走? OECDは2025年5月8日、「GloBEモデルルールの統合コメンタリ」を公表した。これは400頁近い膨大なものであり、過去3年分のコメンタリを統合したものとされる。 「GloBEモデルルール」(2021年12月)は、15%のグローバルミニマム課税を各国が国内法に導入するためのもので、いわば「法律」だ。そして、コメンタリはモデルルール(それに準拠した国内法)を適用する税務当局と、納税者に解釈上の助言を与えるためのもので、いわば「解釈指針」(「法律」でないという意味で「通達」に類似)である。 ここで問題なのは、OECDはモデルルールの範囲を逸脱した内容をコメンタリに追加してきていることである。欧州では、2022年12月14日の「指令」により加盟各国に15%グローバルミニマム課税の導入を義務付けた。この指令は加盟国の反対もあり、紆余曲折を経て合意したものであるため、現時点で改めて新しい内容を含む「指令」に合意することは非現実的と言われている。 このことを避けるため、OECDは「解釈」で対応しようとしているが、モデルルールにない事項をコメンタリだけで対応することは行き過ぎであり、既に多くの批判がある。租税法律主義や、国際約束と国内法の優劣関係を巡って、各国の基準は異なっている。そのため、各国の運用が均質なものでなくなることは避けられないと思われる。 しかも、制度の中核的な部分を薄めてしまえば、「グローバルに最低15%の税負担を確保する」という制度本来の趣旨は損なわれるだろう。欧州とOECDは深刻なジレンマを抱えることになる。 おわりに EU各国の経済団体の連合体であるビジネスヨーロッパは、4月7日ホークストラEU税制委員に送った書簡で、「世界的なコンセンサスがなければ第2の柱(グローバルミニマム課税)は市場の歪みをもたらし、欧州企業に競争上・事務負担上の不利をもたらす」として、再考を強く求めている。このままではレベル・プレイング・フィールド(公平な競争条件)の確保は期待できないというのだ。これはそのまま日本の多国籍企業にもあてはまるだろう。 欧州の中に、米国と妥協するための“ディール”を望んでいる声が広がっていることは確かだ。日本の立場からは、それがどのように決着するのかが重要になる。 欧州議会の税制小委員会は、トランプ大統領のOECDグローバルディール離脱指令を受けて、公聴会を開催する予定になっている。今後の動向に注目しておきたい。 (了)
仕入税額控除制度における用途区分の再検討 -ADW事件最高裁判決から考える- 【第2回】 森・濱田松本法律事務所 外国法共同事業 パートナー 弁護士・税理士 栗原 宏幸 3 問題の所在-用途区分の判断の難しさ 法が認めている控除税額の計算方法のうち、「課税売上げに対応する課税仕入れに係る消費税額のみを控除の対象とする」という仕入税額控除の考え方に最も忠実な計算方法は、個別対応方式である。統計等は公表されていないが、大手企業を中心に、本則課税のもとで全額控除の適用を受けられない事業者の場合、一括比例配分方式よりも個別対応方式の方が控除税額が多くなるとして、個別対応方式の適用を選択している事業者が多いのではないかと推測される。 しかしながら、詰めて考えるならば、個別対応方式の適用は困難を伴う(はずである)。その理由は、同方式の要である用途区分の判断基準が、法律の定めからは明らかとは言い難いからである。 すなわち、前回の2(3)のとおり、消費税法の条文は、課税仕入れの3つの区分を「課税資産の譲渡等にのみ要するもの」、「課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要するもの」、「その他の資産の譲渡等にのみ要するもの」と定義するが(同法30条2項)、これらに共通する「に・・・要する」の意味は、その文理から一義的に明らかであるとはいえず、用途区分の判断を、どのような観点から、どのような事実ないし状況を考慮して行うべきかが、これらの定めから明らかであるとは言い難い。 例えば、企業が資金を銀行の普通預金に預け入れた場合、非課税売上げである預金の受取利息が生じる。そのため、企業の本社等における一般管理費(賃料、光熱費など)の課税仕入れについては、仮に本業の売上げが課税売上げであるとしても、当該売上げのみならず受取利息(非課税売上げ)にも対応するものとして、共通対応に区分している企業が多いのではないかと思われる。 しかしながら、この取扱いが前述の条文の定めから自明かというと、そうとは言えない。とりわけ、企業が何のためにその課税仕入れを行っているのかという課税仕入れの目的を重視して用途区分の判断を行うとすれば、企業は、あくまで本業の売上げ(課税売上げ)を得るために一般管理費の課税仕入れを行っているのであって、預金の受取利息を得るために行っているわけではないから、一般管理費の課税仕入れは預金の受取利息に要するものではなく、課税対応に区分すべきであるとの見解も成り立ち得るところである。また、課税仕入れの目的を用途区分の判断において重視する見解をとらなくても、「一般管理費の課税仕入れを行うこと」と「預金の受取利息が発生すること」は、客観的な因果関係が希薄であるとして、課税対応に区分する見解もあり得よう。 この問題の解決をさらに困難にしているのは、用途区分の判断の基準時点である。すなわち、用途区分の判断は、実際にその課税仕入れによってどのような売上げが発生したかという「結果」に基づいて行うのではなく、その課税仕入れの時点における「将来予測」に基づいて行うと解するのが一般的な見解であり、通達も基本的にはその見解を採用している(消費税法基本通達11-2-20)。この見解に従う限り、将来の見込みに過ぎない対応関係をどの程度の実現可能性まで考慮して判断するのかという問題も生じる。 以上の点が問題となったのが、次に紹介するエー・ディー・ワークス事件である。 4 エー・ディー・ワークス事件 (1) 事案の概要 本件の納税者(エー・ディー・ワークス株式会社、以下「ADW社」)は、主にマンションに関する収益不動産事業を行っていた。 収益不動産事業には様々なビジネスモデルがあるが、ADW社が行っていた収益不動産事業は、賃貸用の中古マンションを購入した上で、購入したマンションについて物件価値向上のための諸施策(リノベーション、適正賃料での居室の貸付けなど)を行い、投資家にマンションを販売するというものであり、物件価値の向上により生じる販売価格と購入価格の差額を収益源とするものであった。なお、購入から販売までの期間は数か月程度と比較的短期間であり、購入したマンションはADW社の会計・税務上、棚卸資産に計上されていた。 本件で問題となったのは、マンション(建物・土地)のうち建物の購入という課税仕入れの用途区分である(※2)。 (※2) 土地の譲渡は非課税取引であるから、土地の購入は課税仕入れには当たらない。 前述のとおり、ADW社の収益不動産事業のビジネスモデルは、購入したマンションを短期間のうちに販売するというものであるから、建物の購入が当該建物の販売(課税売上げ)に対応することについて、ADW社と課税庁の間に争いはなかった(※3)。 (※3) マンションの販売に当たっては、建物と土地が一体として譲渡されることから、建物の購入は、建物の販売のみならず土地の販売にも対応する(したがって共通対応に区分される)という見解も成り立ち得るように思われるが、本件の課税庁はそのような見解をとらず、専ら次に述べる住宅貸付けに着目し、共通対応を主張していた。 他方で、ADW社が購入するマンションは上記のとおり賃貸用であるから、同社は、マンションの購入に伴ってその各居室の貸主の地位を承継し、借主に対して住宅貸付けを行うことになるところ、住宅貸付けは消費税法上の非課税取引に該当すること(同法6条1項、別表第2第13号)から、建物の購入は、建物の販売だけでなく、住宅貸付けにも対応するのではないかという点が問題とされた。 建物の購入は、住宅貸付けにも対応する場合には共通対応に区分されることになるのに対し、住宅貸付けには対応しない場合には課税対応に区分されることになる。ADW社の課税売上割合は40%を切っていたことから、どちらに区分されるかによって建物の購入に関して控除できる消費税額が大きく変わる状況にあった。 以上の点がADW社と課税庁の間で争われ、一審判決は、建物の購入は課税対応に区分されると判断したのに対し、控訴審判決は共通対応に区分されると判断した。 (2) 最高裁判決の概要 最高裁判決は、以下のとおり判示し、建物の購入は共通対応課税仕入れに該当すると判示した(以下の判示に付した下線は筆者による。)。 ① 用途区分の法令解釈に関する判示 ② 本件への当てはめに関する判示 (続く)
〈適切な判断を導くための〉 消費税実務Q&A 【第9回】 「新リース会計基準適用後のオペレーティング・リースの 借手の消費税に関する会計処理」 税理士 石川 幸恵 【Q】 企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」(以下「新リース会計基準」という)では、これまでオフバランスとされていたオペレーティング・リースもオンバランスで処理することになるそうですが、消費税の取扱いについて教えてください。 【A】 新リース会計基準では、借手はすべてのリースについてオンバランス処理し、オペレーティング・リースの定額費用処理ができなくなります。 リースの借手は、リース開始日において未払いである借手のリース料からこれに含まれている利息相当額の合理的な見積額を控除し、現在価値により「リース負債」という負債勘定を算定します(新リース会計基準34項)。利息相当額は借手のリース期間にわたり、原則として利息法により配分されます(同36項)。 消費税では、オペレーティング・リースについては資産の賃貸借として考えられており、新リース会計基準が公表されてもこの取扱いについての変更は示されていません。そのため、リース料の支払いの都度、仕入税額控除を行うこととなります。 ◆ ◆ 解 説 ◆ ◆ 新リース会計基準とそれに関わる消費税の処理について、オペレーティング・リースの借手に注目して整理したい。 1 新リース会計基準の概要 新リース会計基準の概要について簡単に整理しておく。 (1) 適用企業 新リース会計基準は上場会社と、未上場会社のうち会計監査人を選定する必要がある大会社に強制適用される。 (2) 新リース会計基準の適用開始時期 2027年4月以降に開始する事業年度の期首から適用される。ただし、2025年4月1日以後開始する事業年度の期首から適用することも可能である(新リース会計基準58項)。 (3) オペレーティング・リースの消費税における取扱い 新リース会計基準の適用の有無に関係なく、オペレーティング・リースは資産の売買ではなく、賃貸借として取り扱われる。そのため、リース料を支払うべき課税期間の課税仕入れとして取り扱われる。 2 リース取引の会計処理 以下では、ASBJが公表している[設例20]を基にオペレーティング・リースに関する消費税の処理について検討する。 〈前提条件〉 (1) オペレーティング・リースについて現行基準で行われている会計処理 課税仕入れであるリース料が借方に計上され、それに伴って仮払消費税等が計上される。税抜経理方式であれば上記のような仕訳となる。 (2) 新リース会計基準によるリース開始時の会計処理 毎年1回、3月末に年額10,000千円のリース料を支払っている。このリース契約については、新リース会計基準では貸借対照表に次のように計上する。 リース負債の計上額を算定するにあたり、原則としてリース開始日において未払いである借手のリース料(10,000千円 × 5回 = 50,000千円)からこれに含まれている利息相当額の合理的な見積額を控除し、現在価値により算定する。 通常、借手は貸手の計算利子率を把握できないため、借手の追加借入利子率(設例では5%)を用いて次のように割引計算を行う(新リース会計基準34項)。 以上の合計が43,295千円となる。仕組みを紐解けば電卓でも計算可能である。 (注) 上記記載の各数値は、計算過程ごとに四捨五入しているため、単純合計は43,294千円となる。一方、端数処理前の数値を合計し、最終的に四捨五入した場合の合計額は43,295千円である。 (3) 新リース会計基準による第1回リース料支払い時 (※) 2,165千円 = 43,295千円 × 5% 新リース会計基準ではリース料の支払いにあたり利息相当額とリース負債の取崩額をそれぞれ計上することとなる。この場合、借方科目は本来課税仕入れに該当しない「支払利息」及び債務の取崩額であるにもかかわらず、仮払消費税等が計上されるため、上記(1)のような一般的な課税仕入れの仕訳と異なる形となる。 しかし、この点については、割戻し計算ではなく積上げ計算によって仮払消費税等を計上していると考えれば、ある程度納得できる。 なお、仕入税額と売上税額の計算方法の組み合わせにおいて、売上税額に割戻し・積上げ計算のいずれを用いていても仕入税額の計算で積上げ計算は選択可能であるため、問題はない。 (4) 会計処理の方法と消費税額の計算が異なる場合-所有権移転外ファイナンス・リース 会計処理で求められる勘定科目や金額と仮払消費税等が対応しない問題は、所有権移転外ファイナンス・リースでも生じている。 上記の例をファイナンス・リースに置き換えた場合に、売買処理で会計処理するときの仕訳は下記となる。消費税はリース料総額に対する額となる。 国税庁の質疑応答事例では、会計処理の方法と消費税額の計算方法が異なる場合、帳簿の摘要欄にリース料総額を記載するか、会計上のリース資産の計上額から消費税における課税仕入れに係る支払対価の額を算出するための資料を作成し、整理の上綴って保存することなどにより帳簿においてリース料総額(対価の額)を明らかにする必要がある、と示している。 この考え方をオペレーティング・リースに当てはめると、支払リース料について摘要欄などで明示する対応が求められる可能性がある。 (了)
Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第54回】 「〔第5表〕貸付金債権の評価」 -債務者が相続開始前までに解散していた場合- 税理士 柴田 健次 Q 経営者甲(令和7年4月1日相続開始)が100%保有している甲株式会社の株式を長男乙が相続しています。甲株式会社は平成20年4月1日に甲の兄が100%保有している乙株式会社(建設業)に70,000,000円の貸付(金利1%、30年間の元利均等返済、毎月月末払い)を行い、乙株式会社は予定通り借入返済を行っていましたが、甲の兄が高齢で事業を継続することが困難で、後継者もいないことから、事業を廃止し会社を清算することになりました。令和6年4月1日に解散を行っていますが、同日以降については、元金は据え置き、甲株式会社に利息のみを支払っていました。乙株式会社は、土地(空き地)を保有しており、その土地の売却後に借入金の返済を行うことになっていましたが、その前に甲に相続が発生しています。 甲株式会社及び乙株式会社はそれぞれ3月決算です。 【乙株式会社の相続開始日現在の資産及び負債の状況】 (※) 土地について公示価格を基に算定した価額は35,000,000円である。 甲株式会社の株式価額の算定上、乙株式会社の貸付金債権の相続税評価について第5表「1株当たりの純資産価額(相続税評価額)の計算明細書」の資産の部に計上する相続税評価額は、上記の相続開始日時点の相続税評価額における資産から負債を控除した差引金額3,282,732円を回収不能額として相続開始時点における貸付金債権の金額(35,282,732円)から控除しても問題ないでしょうか。 A 第5表「1株当たりの純資産価額(相続税評価額)の計算明細書」の貸付金債権の相続税評価額から3,282,732円を回収不能額として控除することは認められず、額面金額35,282,732円を計上することになります。 ◆ ◆ ◆ 1 貸付金債権の評価 貸付金債権の評価については、財産評価基本通達204及び205において下記の通り定められています。 財産評価基本通達204(貸付金債権の評価) 財産評価基本通達205(貸付金債権等の元本価額の範囲) (下線部は筆者による) 上記の通り、貸付金債権の評価は、貸付金の元本の価額と利息の価額との合計額により評価する旨を定めています。そして、貸付金債権の評価を行う場合において、その債権金額の全部又は一部が、課税時期において上記の財産評価基本通達205(1)から(3)までに掲げる金額に記載されている金額(以下「法令等に基づく回収不能額」という)その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるときにおいては、それらの金額は元本の価額に算入しない旨を定めています。本問の場合には、「法令等に基づく回収不能額」に該当するものはありませんので、「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」に該当するかどうかが問題となります。 もっとも、本問の場合には、乙株式会社(債務者)は相続開始前に解散しており、上記(1)へに記載の「その事業を廃止し又は6か月以上休業しているとき」に該当しているのではないかとの疑問があるかもしれませんが、上記(1)へについては、「業況不振のため又はその営む事業について重大な損失を受けたため、・・・」とあるため、事業廃止又は休業に至った理由も重要となります。本問の場合には、高齢に伴うものですので、上記(1)へには該当しないことになります。 2 回収不能額の算定方法 「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」の意義については、【第53回】で解説をしていますが、令和3年1月13日の大阪地裁判決(TAINSコード:Z271-13503)において下記の通り判示しています。 ところで、債務者が相続開始前に解散している場合には、貸付金債権の返済原資は残余財産となりますので、例えば資産が10,000,000円の預金しかなく、負債が借入金30,000,000円であれば10,000,000円は回収可能であり、20,000,000円が回収不能となります。反対に資産が30,000,000円の預金で負債が借入金10,000,000円の場合には、全額回収可能となりますので、回収不能額はありません。 したがって、法人が相続開始前において解散をしている場合には、相続開始時点における残余財産を基に回収不能額の有無を検討する必要があります。 平成28年12月12日の裁決(TAINSコード:F0-3-510)では、法人が相続開始前において解散をしている場合における回収不能額が争点となりました。本事例において貸付金等の債務者であるA社(被相続人が代表取締役を務めていた法人)は、相続開始日において清算手続中であり、貸付金等の引き当てとなるのは本件宅地を含むA社の残余財産でした。 残余財産を計算する際に本件宅地の評価が争点になりましたが、納税者は、本件宅地を不動産鑑定価額で評価を行ったのに対して、課税庁は公示価格を算定の基礎にしました。国税不服審判所は、公示価格について「地価公示地の公示価格は、自由な取引が行われるとした場合に通常成立すると認められる価格であり、いわゆる時価の概念と同意義であると解されていることから、時価の検討に当たっては、公示価格を考慮することが相当である。」とし、課税庁の残余財産の算出方法を相当と判断しています。 なお、課税庁(原処分庁)は下記の通り宅地の価額を算出しています。まず、地価公示地の価格について時点修正を行い1㎡当たりの価格を算出(下記④の金額)し、地価公示地(本件地価公示地)と対象地(本件宅地)の相続税評価額の価額比を基に計算を行っています(下記⑨の金額)。 (※) TAINSコード:F0-3-510の別紙の別表8より抜粋 3 本問の場合の当てはめ 相続開始時点において清算手続き中である場合における貸付金債権の回収不能額については、不動産については公示価格を基に算出し残余財産を確認する必要があります。公示価格を基に計算した場合には、「資産の価額の合計額 > 借入金の金額」となり、回収不能額はないため、額面通りの金額で評価することになります。 ☆実務上のポイント☆ 相続開始時点において、債務者が清算手続き中である場合における貸付金債権の評価については、相続開始時点における残余財産の価額を基に回収不能額の確認を行います。その場合の残余財産の価額に土地が含まれている場合には、土地の評価については相続税評価額ではなく、公示価格を基に計算する必要があります。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第169回】 株式会社不動テトラ 「社内調査委員会調査報告書(開示版)(2025年3月31日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【株式会社不動テトラ社内調査委員会の概要】 【株式会社不動テトラの概要】 株式会社不動テトラ(以下「不動テトラ」と略称する)は、2006(平成18)年、株式会社テトラと不動建設株式会社が合併し、不動建設株式会社を存続会社とするとともに、商業を不動テトラに変更した。 不動建設株式会社は、1947(昭和22)年、建設業を主たる事業目的として設立。設立時の社名は株式会社瀧田ノ組。1956(昭和31)年、不動建設株式会社に社名を変更。 株式会社テトラは、1961(昭和36)年、テトラポッドの製作、販売及び同工事の設計、施工を事業目的として設立。設立時の社名は首都圏印刷製本株式会社。1995(平成7)年、株式会社テトラに社名を変更。 不動テトラは、土木事業、地盤事業及びブロック事業を主たる事業とし、子会社7社と持分法適用関連会社1社を有している。連結売上高67,947百万円、連結経常利益2,947百万円、資本金5,000百万円。従業員数986名(2024年3月期連結実績)。本店所在地は東京都中央区。東京証券取引所プライム市場上場。会計監査人は、有限責任あずさ監査法人。 【社内調査委員会による調査報告書の概要】 1 社内調査委員会設置の経緯 不動テトラでは、2024年12月上旬頃、外部機関の指摘を受け、東京地盤工事部に属する管理職従業員が、同事業に係る一部の取引において、複数年にわたって特定の工事資機材販売業者に対し、水増し又は架空発注を行い、その発注相当額の一部で商品券を購入する形をとって自らに還流させて着服するほか、地盤本部に属し工事現場の所長(以下「工事所長」という)を務める従業員が同工事資機材販売業者に対する水増し又は架空発注の方法を用いて、当該発注額を同業者にプールさせたうえで、別工事の工事資機材代金に充てるよう依頼し、又は正規に処理できない領収書を買い取らせていたこと(以下「本件架空発注等」と総称する)が判明した。 これを受け、不動テトラは、同月10日、社外取締役を含む全取締役に対し本件架空発注等の状況を報告するとともに、緊急の対応として、管理本部を中心に初期的な状況把握を行い、同月23日開催の臨時リスク管理委員会で審議・承認された対応方針に従い、翌24日、地盤本部以外の管理本部、監査部を中心とする役職員によって構成される緊急対策本部を設置して本件架空発注等の事案解明のための調査を開始し、直ちに関与者のヒアリング、上記各従業員の直近1年間のメールデータの保全、解析等を実施した(以下「予備調査」という)。予備調査の結果、地盤本部に属する他の複数の従業員においても、当該工事資機材販売業者等を通して実際と異なる経費処理等を行っているのではないかとの疑念が生じた。 予備調査の結果を受けて、不動テトラは、不動テトラとは利害関係を有せず、不正調査の経験が豊富な外部専門家2名(弁護士1名、公認会計士1名)と社外取締役監査等委員(弁護士)を委員とすること、その補助者(弁護士及び公認会計士数名)を確保することを進めたうえで、2025年1月23日の臨時リスク管理委員会の審議を経て、同月27日開催の取締役会において社内調査委員会を発足させる旨を決議し、同日、第1回社内調査委員会を開催した。 2 2022年3月に判明した不適切な会計処理(2022年案件) 不動テトラでは、2022年3月まで行われた税務調査において、中部支店の地盤改良工事について、協力業者に支払う工事費の仮装計上等の不適切な会計処理が判明し、社内調査を行い、同年6月に調査結果をまとめ、再発防止策を策定してそれを実行してきた。この2022年案件は、地盤改良事業の一部工事において、工事の業績が予想以上に好業績となった反面、協力業者における窮状や損失負担の状況を慮って架空や仮装の発注処理をし、相手方への利益供与や工事現場の原価付替を行ったものであった。 同調査の結果、2022年案件が生じた原因として、(1)コンプライアンス意識の欠如、(2)業績管理への過度なプレッシャー、(3)不適切処理のチェック体制の不備が指摘された。 なお、2022年案件は、その規模等から業績や会計処理に与える影響が僅少であったため、不動テトラは、社内調査として必要な調査を行い、対外的な開示は実施しなかった。 不動テトラでは、再発防止策として、以下の項目について、詳細な実行計画を策定し、この計画に従い進捗状況が管理されるとともに、取締役会への定期的な報告が行われてきた。 3 社内調査委員会による調査の結果判明した事実 (1) 調査結果の概要 社内調査委員会は、調査の結果、不動テトラ東京地盤工事部部長であるA氏及び地盤本部工事部工事課に所属するB氏その他9名の従業員並びに東京本店地盤営業部の従業員1名が、工事資機材販売業者であるX社との間で本件架空発注等の不適切な取引を行っていたこと、X社以外の燃料・資機材販売業者との間でも、X社との間で行われた本件架空発注等と類似した不適切な取引が行われていたことが判明したとしている。 本件架空発注等は、従業員が外部の協力業者に対して架空の発注又は本来の金額よりも水増した金額での発注を行う形で実行されていた。こうした架空又は水増しの発注の目的としては、以下のものがある。 調査の結果判明した架空発注等の金額は約40百万円であり、資金使途としては、「従業員による金品受領(上記③)」が約15百万円、「同一工事内での費目付替(上記①)」が約5百万円、「別工事への原価付替(上記②)」が約7百万円、残額が約13百万円となっている。 (2) 作業所決裁 不動テトラでは、工事原価の発注については、基本的に購入要求書により拠点の部課長や購買部のチェックを経る体制が整えられていたものの、その例外として、工事の施工品質に影響を及ぼさない範囲における業務の迅速化・省力化の目的で、下請負契約を除く50万円以下の発注など一定の取引について、購入要求書による発注手続を省略することができる取引として定め、拠点の部課長や購買部のチェックを経ることなく、工事所長において発注を行うことが可能となっていた。 不動テトラは、2022年案件を受けて、工事費の仮装計上といった不適切な会計処理の防止を図るため、発注の実在性についての確認を強化していたが、作業所決裁による発注については、拠点の部課長や購買部のチェックを経ることなく行われ、実態として納品書が残されないこともあって、管理部門や監査部による事後的な実在性の確認が困難な取引類型として残されており、実際に社内調査委員会の調査の結果判明した不適切な取引の多くは、拠点の部課長や購買部のチェックを経て発注がなされたものではなく、上記の下請負契約を除く50万円以下の発注の類型として、作業所決裁による発注が認められたものであった。 (3) 東京地盤工事部部長A氏による不適切行為 社内調査委員会の調査によれば、A氏は、東京地盤工事部課長であった 2017年9月以降、商品券を受領したい旨の意向と受領したい商品券の金額をX社の担当者に伝え、実際には現場で納品を受けない架空の品物について、それらの合計金額が希望する商品券の金額の倍額程度となるように複数リストアップし、架空の納品リストをメール又はファックスによりX社の担当者に送付し、さらに同担当者に対して請求先の工事現場を複数指定して、X社から当社に対する請求書に、当該架空の品物とそれらの金額を上乗せした金額を記載させ、X社から不動テトラに対して架空発注額を含めた金額での請求をさせていた。 A氏は、自身が部長としての立場で管轄する東京地盤工事部の複数の工事現場において、X社からの請求書に架空の品物とそれらの金額を上乗せした金額を記載させ、架空発注額の請求を行っていたものであるが、対象となった各工事現場を担当する工事所長の中には、X社からの請求書に、自身が発注しておらず、実際には納品を受けていない品物が含まれていることに気が付いた者もいたものの、A氏が他の現場で発注した品物を当該工事現場に請求させているものと考えたり、東京港総合事務所等に備える共通の物品を当該現場に対して請求しているものと理解したりして、特段実際の取引の有無の確認や、架空水増請求ではないことの確認を行う者はいなかった。 不動テトラは、X社から請求を受けた架空発注額を、X社に対してそのまま支払い、X社は、受領した架空発注額のおよそ半額に相当する商品券を、A氏が指定する東京港総合事務所又は工事事務所に郵送し、A氏は同所において商品券を受領したあと、金券ショップにおいて換金し、現金化していたものである。 調査対象期間(2019年4月1日から2024年12月31日。以下、同じ)においてA氏がX社に請求させた架空発注額は合計13,393,880円(税別)であり、このうち、A氏がX社から受領した商品券の金額の合計は6,400,000円であった。 (4) 地盤本部工事部工事課B氏による不適切行為 社内調査委員会の調査によれば、地盤本部工事部工事課B氏は、2018年1月以降、自己の担当する現場で利益が確保できた際に、次の現場での工事資機材を購入するための費用をプールする目的で、X社に対して、実際には現場で納品を受けない架空の工事資機材及び数量を指定して、X社から当社に対する請求書に架空の工事資機材とそれらの金額を上乗せした金額を記載させ、X社から不動テトラに対して架空発注額を含めた金額での請求をさせることで、その架空発注額の一部をX社にプールさせていた。 また、B氏は、X社に対し、社内で正規に処理できない私的利用に基づく領収書も含む領収書を送付し、後日、X社に、そのプール金を原資として領収書記載金額に相当する現金を郵送させ、自ら受け取っていた(プール金による領収書の買取り)。 調査対象期間においてB氏がX社に請求させた架空発注額は合計8,337,400円(税別)であり、B氏がプール金による原価付替を行った金額は合計1,100,000円(税別)、B氏がプール金による領収書の買取りによって受領した金額は合計3,390,404円であるとともに、B氏へのヒアリング等によれば、2024年12月末日時点のX社に対するB氏のプール金の残高は170,546円であると推計される。 (5) X社との間のその他の不適切な取引 社内調査委員会の調査によれば、地盤本部工事部工事課のC氏以下8名、東京地盤営業部のL氏が、X社との間で不適切な取引を行っていたことが判明している。 (6) その他の協力業者との間で生じた不適切な取引 社内調査委員会の調査によれば、X社以外の12社に対して、架空発注が行われ、その総額は9,435,000円(税別)であったことが判明している。 4 発生原因の分析(調査報告書44ページ以下) 社内調査委員会は、調査の結果から、なぜ、地盤改良事業、特に東京地盤工事部管轄の現場において不適切行為が2022年以降も発生し、かつ、複数発生したのか、本件の行為者に共通する事情及び特有な事情は何か、2022年案件への対応はそれらの点にどのような影響を与えていたのか、といった点の分析が必要と判断し、A氏に関する行為とB氏に代表される行為を評価したうえで、原因分析を行った。 (1) A氏の行為の評価 社内調査委員会は、A氏は、その地位・権限、行為態様、規模等から本件の不適切行為の行為者の中で異例であり、その行為の原因としても、A氏固有の事情が左右した面は否定できないと考えるとしたうえで、動機については、東京地盤工事部課長時代の上司や他の拠点幹部等を交えた飲み会等の費用精算担当となる中で、個人でその費用を負担し、会社費用としての精算をできなかったこと等から、カード債務が嵩んで経済的に困難を抱え、飲み会等の支払やカード債務の返済のために金銭を必要としていたことを挙げ、機会という点では、A氏は、工事所長の経験を経て、東京地盤工事部長に昇格し、その地位、仕事ぶり等から、周囲から相当程度の信頼を得ており、各工事現場に必要と思われるような物品を負担させることを各工事所長から不自然に思われない、あるいは、工事所長からの指摘を容易に回避できる状況にあったことを指摘している。 さらに、A氏は、多くの仕事をこなして周囲からも信頼を得、順調に地位も上がり、会社の屋台骨である地盤事業、特に重要な拠点である東京地盤工事部を支えているという意識を有しており、2022年案件はあるにせよ、多少会社のお金を自分が使っても、それは実質会社が負担すべきものでありながら自分が負担している債務を支払うため、また、仕事に役立てるためであって、自分がこれだけ頑張って会社のためになっているからよいのではないか、という誤った意識をもって、自身の行為を正当化しながらX社との不適切な取引を繰り返していたと評価している。 (2) B氏その他の行為者の評価 社内調査委員会は、B氏とC氏その他の行為者は、ほぼ同種類型と評価できるとしたうえで、ただ、B氏は、規模、私的流用の大きさという点では特異性を有していることから、B氏について検討している。 B氏の認識では、工事現場の売上総利益率の確保と予算と実績との整合性は工事所長の人事評価の考慮要素の1つであり、B氏は、自身が担当する地盤改良工事について、現場によっては予算が限られており利益が出しづらいものもあったため、利益が予算上の想定を上回ることが見込まれる現場の予算を転用したいとの希望を有していたところ、Y社長から、プール金を使って原価付替に対応するという提案を受けるという機会を得て、実際に次の現場に備えるためのプール金を作りたいとの動機を実現できることになり、架空発注額の支払及びプール金による原価付替を行うようになった。 さらに、B氏は、Y社長からプール金による領収書買取りのスキームにも応じるとの話を聞き、業務上発生した交際費であって正規に処理しにくい領収書を処理したいという動機に合致するものとして、領収書の買取りを求めるようになり、コロナ禍以降は、Y社長からX社の期末処理の要請(プール金を期末で0にする)を機会として、プール金消化のために私的利用に基づく領収書の買取りも可能と認識し、自身の欲求を満たす意味でもこのスキームを利用するようになった。B氏は、これらのスキームが作業所決裁によって可能となることを認識し、その機会を利用するとともに、プール金原価付替、領収書買取りについて、単に工事費用の付替を行っているという、本来は会社が負担すべき経費の精算であるとの認識であり、不正に当社の費用を流出させてはいないという意識の下で自己の行為を正当化していた。 B氏に比較して、C氏以下の他の行為者については、個々に多少の違いはあるものの、B氏における私的利用の領収書の買取りの部分以外は、一人所長である点、作業所決裁を利用していること、X社を中心に自身の意向を拒絶することなく従う協力業者を利用したことなど、動機、機会、正当化の点で、ほぼ同様の分析があてはまるとしたうえで、費用の付替の点は、作業所決裁という現場への牽制が弱い中(機会)で、業務上の費用とそれを処理する面倒さ、より効率的に費用を充足できる簡便な手段の存在(動機)と、業務に必要であって会社の経費となることは変わらないし、2022年案件と性質が異なる(正当化)といった意識も原因となっていたと考えられるとまとめている。 (3) 事業特性・風土、企業文化と一部従業員のコンプライアンス意識の低さの残存 社内調査委員会は、地盤改良事業の事業特性・慣習・実態を分析して、地盤改良事業は、主に下請事業であり、個々の工事は土木事業などに比べると小規模かつ短期間の工事であることが大半であって、従業員の配置も1人の工事所長のみであり、工種が単一であることも相まって協力業者として取引相手となる業者が固定化する傾向があり、また、海上地盤工事等では臨機に物品等を調達することに不便さがみられ、長年付き合いのある協力業者を頼るとともに協力業者側でも工事所長の要請に従う状況があったことなどが認められ、土木事業、ブロック事業と異なる特徴であり、本件架空発注等が地盤改良事業で生じた原因の背景と考えられるとしている。 2022年案件の発生とその再発防止策により、企業トップの強いメッセージが発出され、問題点を社内に周知し、教育研修にも力を入れるなど、コンプライアンス意識を向上させる対策が繰り返し取られたことから、その効果は一定程度あって、風土・文化の改善が進んでおり、それ以前のような工事原価の付替はほぼなくなったのでないかと評価しているが、地盤改良事業の一部の現場におけるコンプライアンス意識が完全に変わったとは言えず、2022年案件で社内調査の対象となった工事間の原価付替以外は問題ないとの誤った解釈を述べる者や、社長通達に関して具体性がなく効き目がない、マインド面を訴えただけで当社としての仕組みが変わっていない等と述べる者もおり、依然として、企業風土に根ざすコンプライアンス意識の低さの問題は払拭されていなかったことが今回の原因になっていると分析している。 (4) 不適切な対応を許容する協力業者の存在 社内調査委員会は、本件架空発注等は一部他の協力業者によるものがあったものの、特にA氏の特有な事象は、X社の関与なしでは成立しなかったとしたうえで、証拠に基づく明確な認定はできないものの、X社が薄々A氏の意図等に気づきつつ、頼まれた以上何でも調達するのが自らの仕事であり、使い道はA氏側(会社側)の問題という整理をして、拒否することなく応じてきた(工事所長からすれば容易に頼めた)ことが本件の原因の1つと評価できるのではないかとの見解をまとめている。 (5) 業務フロー上の問題点(一人所長による作業所決裁) 社内調査委員会は、土木事業では、工事所長の決裁ではありながら、工事現場には複数の担当者が存在して一人所長という状況はなく、発注の必要性、現実の納品等について所長以外の担当者の目に触れ、事実上チェックされる状況があり、不正をすると発覚するかもしれないとの抑制が働くものと考えられるが、他方、地盤改良事業の一人所長の場合の作業所決裁フローが、工事所長のレベルだけでなく、拠点の管理職による監督の面でも、内部統制上の牽制を事実上緩和してしまう可能性が存在することは否定できず、本件の原因の1つと解されると評価した。 しかし、年間300件に上る短期間工事を効率的にこなしていくうえで、全ての現場購買について、発注段階から拠点又は本部の管理下に置くことは極めて煩雑であり、現場の作業効率を下げ、工期遵守面でも影響を及ぼすとともに、本部等の体制としても応対できない面があり、こうした管理を実行することは当社の利益の稼ぎ頭である地盤改良事業の売上総利益率を落とし、当社の企業価値自体を下げるおそれがあるという側面も理解できるとして、一人所長による作業所決裁の存在は、本件の原因ではあるものの、それをどのように再構築すべきかは、今後の従業員に対する教育、人事対応、システムによる補完等も考慮しつつ、対応内容、実施時期、期間等との兼ね合いで検討すべきではないかとまとめている。 (6) コンプライアンス体制上の問題 社内調査委員会は、コンプライアンス体制上の問題として、まず、内部監査について、監査部3名体制では、全国に多数の工事現場を抱える中、十分な内部監査を完遂することは困難であり、業務効率性も重視される作業所決裁について内部監査の目が及ばなかったことは原因の1つであると評価している。 さらに、内部通報制度の周知や、実効性を確保するための対応が不足していたことも原因の1つであると分析している。 5 再発防止策の内容(調査報告書52ページ以下) 社内調査委員会は、再発防止策検討のための視点として、まず、不適切事案の再発を許した当社の風土・文化の面及び従業員のコンプライアンス意識の面で改善すべき点は何かを再度真摯に検討すべきであるものの、2022年案件の対応により当社の多くの従業員がコンプライアンス意識を変えている中で、不適切行為者は一定範囲の行為にとどまっていること、個人的な理由も背景に特異な行為態様を示した者はごく一部にとどまることからすると、業務フローの見直しの対象及び内容の検討において、それに要するコスト、業務効率性への影響との比較などの考慮要素を踏まえ、当社の現状を踏まえた最適な業務フロー等をどのように構築するか、といった観点で十分な検討が必要になるという見解を示したうえで、再発防止策として以下の項目を列挙している。 社内調査委員会は、架空発注に利用された作業所決裁について、作業所決裁自体は、人員が不足する中で効率化を図るために必要な制度であると理解を示したうえで、納品書を確実に保存するルールを明確化して事後的なチェックを可能にすること、工事現場の予算、特に交際費の使用に関するルールの曖昧さを解消することを挙げている。 また、協力会社については、不動テトラのトップとして、協力業者に対してコンプライアンスを最重視する当社の姿勢を示したうえで、今後、万一当社側関係者からの不適切な要求があれば、頑なにこれを拒絶すること、そして当社の内部通報窓口に対し通報を行うことを、改めて強く要請すること、当社の考えるコンプライアンスの水準や不適切な取引を、協力業者に理解してもらうために、協力業者向けの教育・研修を行うこと、さらに、当社従業員との間で新たな不適切な取引が行われていないか、平時から協力業者へのコンプライアンスアンケートを実施することなどを提言している。 【調査報告書の特徴】 老舗の土木会社で発生した従業員不正は、過年度の有価証券報告書を訂正するには至らない程度の損益インパクトではあったが、2022年3月に不適切な会計処理事案が発覚して、再発防止策を履行している中で、管理職を含む複数の従業員が同時多発的に不正を行っていたという点は、経営陣に与えた衝撃は大きかったのではないかと思料する。 調査報告書では、2022年3月に行われた調査の内容についての評価が述べられておらず、社内調査の対象となったのは工事間の原価付替が対象であったことに触れられているにすぎないが、この時点で、大規模な調査が行われていれば、被害額はより少なくて済んだ可能性は高い。不正による損害額は約40百万円であり、過去の各期に与える業績への影響は軽微であることを強調した不動テトラではあるが、5月9日に公表された2025年3月期の決算短信によれば、「不正調査費用」が111百万円計上されている。 1 不正を助長した協力会社 A氏をはじめ、多くの社員の不正を手助けてしてきたX社は、神奈川県横浜市に本社をおく土木建設資材の製造及び販売を目的とする会社であり、代表取締役はY社長である。X社の主力事業である土木資材卸部門は、海洋土木や浚渫工事、作業船舶に使用される資材を取り扱っており、不動テトラの海上地盤改良工事との親和性が高く、また工事現場に必要な仮資機材等の適時な納品対応が可能であるため、1件当たりの取引金額は少額ではあるが、多くの工事所長と長年の取引関係を有していた。2024年3月期の取引実績は、104件約17百万円であり、過去5年において、13百万円から20百万円の間で推移している。 社内調査委員会によるインタビューに対して、Y社長は以下のように答えている。 2 関係者の処分 不動テトラは、調査報告書の公表と同じリリースにおいて「役員報酬の減額と関係者の処分」という項目を設けて、代表取締役を含む取締役4名と執行役員4名の報酬について減額し、不正行為の対象者及び対象者を管理監督する立場にあった従業員については、就業規則等の社内規定に則り、厳正な処分を行うことを公表している。 (了)