〈Q&A〉 税理士のための成年後見実務 【第30回】 「「見守り契約」について」 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 【Q】 任意後見契約を顧客と締結することになりましたが、本人の体調に不安があるため任意後見契約が発効するまで定期的に生活の様子を見に行くことになりました。 高齢者の孤独死が増えているというニュースも最近目にしましたので、しっかりとフォローをする必要性を感じていますが、仕事として受ける以上なんらかの契約を締結しておきたいと思います。 どのような方法があるでしょうか。 【A】 任意後見契約は実際に本人の判断能力が衰えた場合に、任意後見監督人の選任審判を受けることで発効します。 任意後見契約の効力が生じれば契約の定めるところに従ってサポートをしていくことになりますが、任意後見契約の締結から効力発生までの期間については「見守り契約」等でサポートすることが可能です。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 任意後見契約の効力発生までのサポート 任意後見契約は契約締結のみでは発効せず、実際に本人の判断能力が衰えてから任意後見監督人の選任審判を受けることで発効します。任意後見契約の発効後は契約の定めに従ったサポートを行うことになりますが、任意後見契約締結から実際に契約が発効するまでの期間のサポートをどうするかは意外と抜けがちなポイントかもしれません。 任意後見契約を依頼した本人としては、体調や将来的な生活に不安があるからこそサポートを依頼しているのであり、契約の効力発生までの期間も何らかの支援をして欲しいと考えるのが通常であると思われます。また受任者としても、本人の判断能力が衰えたことを適時に把握してスムーズに任意後見契約を発効させるには、定期的に本人と面会して生活状況を理解しておく必要があります。 任意後見契約締結から効力発生までの期間について、本人の生活状況を把握するために任意後見契約とセットで「見守り契約」を締結することがあります。 【見守り契約のイメージ】 2 見守り契約の内容 見守り契約の内容は法定されておらず当事者で自由に決めることができます。本人からどのようなサポートをして欲しいかをヒアリングして契約書にまとめていくことになりますが、よくある項目としては次のものがあります。 ① 本人との連絡方法、連絡の頻度 ② 面会の場所と頻度 ③ 本人の生活相談に応じること ④ 本人の生活状況等を把握して、必要に応じて任意後見監督人の選任審判を申立てること ⑤ 緊急時において入院手続き等のサポートをすること ⑥ 受任者が緊急時連絡先となること 緊急時に本人の身内に連絡すること ⑦ 報酬 ⑧ 見守り契約の終了事由 本人との連絡の頻度については月1回程度、面会については2、3か月に1回と定めている例が多い印象です。頻繁に連絡や面会を重ねた方が本人の生活状況も理解しやすいといえますが、契約書に定める連絡等の頻度としては現実的に対応できる範囲にしておかないと、遵守が困難になり契約違反となってしまうこともあるため注意が必要です。 本人が身寄りのない方の場合、急病になった場合の入院等のサポートや緊急連絡先となることなどが求められることもあります。 報酬については月額数千円から数万円程度としておき、何か実働が必要になった場合には別途報酬が発生するように定めていることがあるようです。 見守り契約の終了事由としては、任意後見契約が発効したこと、本人や受任者が死亡したこと、任意後見契約や見守り契約が解除されたことなどがあります。 3 契約締結の方法 見守り契約は公正証書によって締結する必要はありませんが、継続的な契約となることから公正証書によることが望ましいと考えられます。任意後見契約の締結と同時に見守り契約も締結するとスムーズであるといえるでしょう。 (了)
〈小説〉 国税審査官エイトの勤務日誌 ~ある国税不服審判所の記録~ 第4話 お天気の葛本審査官② 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 職員の食堂は、合同庁舎の14階にある。永途は、黒田と一緒にやってきた。まだ、正午前なので、人は少ない。あじのフライとサラダ、冷や奴、味噌汁とご飯で、500円である。 永途は、味噌汁をこぼさないように、お盆を持ち、座席を探していると、窓際で、葛本審査官が一人で食べている。 「・・・葛本さん・・・ここで食べても良いですか?」 永途が声をかける。 黙々とカレーライスを食べていた葛本は、驚いたように顔を上げる。 永途の後ろに立っている黒田に気がつき、大きく頷く。 「良い天気だね」 黒田は笑いながら、葛本に言う。 葛本は、大きく頷く。 「・・・今回の人事異動で、審判所の第二部に来た・・・新人の永途君だ」 黒田は、永途の横に座りながら、紹介する。 葛本は、永途をちらっと見て、頷く。 「・・・ところで、近ごろ、事件が増えたので審理部がとても忙しいと聞いているが・・・どうだい?」 黒田は、年下の葛本に尋ねる。 「・・・そうですね・・・一般事件が増加したため・・・審理に要する時間が増えました・・・何故か、法人税の事案が多くあります・・・」 葛本はカレーライスを食べながら言う。 「・・・法人の事案って・・・どんな内容のものが多いのですか?」 横から、永途が尋ねる。 「・・・そうですねえ・・・いろいろとあるのですが・・・」 葛本は、口の中のカレーを咀嚼しながら、考える。 「・・・例えば・・・交際費とか・・・貸倒損失の計上時期を争うものや法人税法22条2項の収益に係る事案など・・・それと・・・法人税法132条か・・・」 「今度、田中審判官から貰った初めての事案が交際費なんですよ」 永途は、嬉しそうに葛本に告げる。 「・・・ほう、そうですか」 葛本は、冷たい水を飲みながら答える。 「・・・事件の資料については、まだ、詳しく読んでいないんですけど、交際費になるのか、役員の賞与に該当するのか・・・それが争点なんですけれど・・・」 永途は葛本の顔を窺う。 「・・・よくあるケースですね・・・もともと、中小企業の交際費については、定額控除限度額として800万円がある・・・この非課税枠って、いわゆる中小企業の社長の小遣いとして認められたものだという人もいる・・・そうすると、800万円は社長の小遣いなんだから、なんに使おうと問題がないじゃないのかと考えることもできる・・・」 葛本は、笑いながら、カレーを口に運ぶ。 「・・・措置法に規定している交際費課税は、改正が繰り返されていることから、法人税の理論を前提として、まじめに考えすぎると、辻褄が合わなくなるかも知れない・・・」 永途は、最近の交際費の改正を、以下思い浮かべる。 結局、現在の法人規模別交際費等の取扱いは、次のようになっている。 飲食費 1 万円以下 飲食費 50% 飲食費 以外 資本金の額等 100 億円超 損金算入 損金不算入 損金不算入 資本金の額等 1 ~ 100 億円以下 損金算入 損金算入 損金不算入 中小法人・資本金の 額等 1 億円以下 損金算入 800 万円又は飲食費 50%の選択 「・・・ところで、所得税の交際費は、必要経費として認められているのに対して、法人税は、例外はあるものの、原則、課税されているのは、何故なんですか?」 永途が葛本に質問をする。 葛本のカレー皿は、空になっている。 葛本は、口に爪楊枝を入れながら、歯の掃除をしている。 「・・・もともと事業に必要なものであれば、当然、必要経費になるだろう・・・しかし、事業に関係のない支出であれば、個人であっても、家事関連費として、所得計算上、必要経費は否認される・・・所得税法45条では『家事上の経費及びこれに関連する経費で政令で定めるもの』は、必要経費にならないと規定している」 葛本は、すらすらと条文の一部を読み上げる。 「・・・法人税の場合、政策的に、交際費は原則課税で、また、所得税のような区分規定はありませんから、課税実務では、よほどのことがなければ、納税者がその支出を自ら交際費として処理していれば、税務署は、文句をあまり言わないのでしょうか?」 そう言うと、永途は、お盆の上のあじのフライを食べ始めた。 (つづく)
B PJ Bookmark ── May 2026 ── ◇ 計算書類の「最終チェック」、 今年はどこを見ますか? 3月決算法人では、計算書類が確定し、6月の定時株主総会に向けた準備が本格化する時期です。計算書類の作成自体は毎年の業務ですが、だからこそ「前期のデータが残っていた」「表示方法の変更に合わせた組替えを忘れていた」といった、慣れた作業の中で生じるミスが後を絶ちません。 今回は「計算書類と株主総会」」を切り口に、関連する記事を5本ご紹介します。 〇計算書類の確定から株主総会まで、何を確認しておくか 計算書類の確定から株主総会までの実務では、次のような検討事項があるかと思います。 まず、計算書類のチェック方法です。同じ方法で二度確認する「ダブルチェック」だけでなく、異なる書類の数値を突合する「クロスチェック」を組み合わせることで、ミスの発見率を高められます → 1本目。あわせて、表示方法を変更した場合に比較情報の組替えを忘れるという、実際に訂正に至った事例も確認しておきたいところです → 2本目。 会計 計算書類作成に関する"うっかりミス"の事例と防止策 【第36回】「『ダブルチェック』ではなく、『クロスチェック』を実践せよ」 執筆:石王丸周夫 公認会計士 貸借対照表の自己株式残高が株主資本等変動計算書の残高と一致していない・・・本記事では、実際に定時株主総会の招集通知で起きたこの訂正事例をもとに、「クロスチェック」の有効性を解説しています。ダブルチェック(同じ方法で二度確認する)ではなく、異なる書類の一致すべき数値を突合するクロスチェックであれば、作成者一人でも十分に効果があるという指摘は、限られた人員で計算書類を仕上げる場面で実践しやすい考え方です。 この記事を読む 会計 決算短信の訂正事例から学ぶ実務の知識 【第17回】「表示方法変更時における過年度数値の組替え忘れ」 執筆:石王丸周夫 公認会計士 当連結会計年度の数値には問題がなく、訂正されたのは比較情報である前連結会計年度の数値だけだった・・・本記事で取り上げられている訂正事例はそのようなケースです。営業外費用の内訳で「支払手数料」を当期から「その他」に含める表示方法の変更を行ったにもかかわらず、前期の比較情報を組み替えずにそのまま掲載してしまったことが訂正の原因でした。本記事では、なぜこの組替えが必要なのかを、利用者に伝わる情報の違いという観点から丁寧に説明したうえで、連結財務諸表規則の関連条文も確認しています。チェックのポイントとして「数値欄に『-』がある科目に注意する」という具体的な方法が示されており、開示前の自己点検に活用できます。 この記事を読む 次に、中小企業の計算書類です。上場企業の開示実務とは異なり、中小企業の個別注記表にはどのような項目をどう記載すべきか、具体的なサンプルがあると作成・確認の助けになります → 3本目。 会計 〔事例で使える〕中小企業会計指針・会計要領《個別注記表》編 【第2回】「個別注記表の記載例」 執筆:前原啓二 公認会計士・税理士 上の2本の記事が上場企業の開示実務を扱っているのに対し、この記事は中小企業の計算書類に焦点を当てています。中小企業に多い株式譲渡制限規定を定款に設けている会社を想定し、個別注記表の記載サンプルを一通り示した内容です。重要な会計方針から、貸借対照表に関する注記、株主資本等変動計算書に関する注記まで、具体的な文例が掲載されています。毎年作成するものではあるものの、記載項目の漏れがないかを確認する際のチェックリストとしても活用できる記事です。 この記事を読む 株主総会の準備については、有価証券報告書の総会前開示の動向や議決権行使助言基準の変更など、毎年のアップデートを押さえておく必要があります → 4本目。 経営 2026年株主総会における実務対応のポイント 執筆:斎藤誠(三井住友信託銀行 ガバナンスコンサルティング部 プリンシパル) 今年特に注目されるのは、有価証券報告書の総会前開示に関する動向です。昨年は3月決算会社の57.7%が総会前開示を実施し、本年はさらに増加が見込まれるとのことで、2026年2月施行の開示府令改正による記載負担の変化にも触れられています。また、個人株主数が約1,600万名に達したことを踏まえた議決権行使促進策、ISS・グラスルイスの助言基準の変更(社外役員の在任期間12年基準の導入等)、法制審議会での会社法改正の議論状況など、総会準備にあたって押さえておきたい情報がコンパクトにまとまっています。 この記事を読む さらに、計算書類と株主総会は税務申告とも密接に関わっています。株主総会の承認を得ていない決算書類に基づく確定申告は有効なのか・・・頻繁に生じる問題ではありませんが、「確定した決算」の意味を改めて考えさせられる論点です → 5本目。 税務 法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例61】「株主総会の承認を得ていない決算書類に基づく確定申告の有効性」 執筆:安部和彦 拓殖大学商学部教授・税理士 株主総会(社員総会)の承認を得ていない決算書類に基づく法人税の確定申告は有効なのか・・・本記事では、この論点が争われた裁判例を詳しく検討しています。裁判所は、中小企業の実態として総会の承認を経ずに申告がなされているケースが多いことを踏まえ、総勘定元帳に基づく決算書類があれば承認を経ていなくても申告は有効と判断しました。一方で、当初申告で評価損を計上していなかった以上、後から決算書類を修正して損金経理要件を満たすことはできないとしています。「確定した決算」とは何かという、確定決算主義の根幹に関わる論点を扱った記事であり、計算書類の確定と税務申告の関係を改めて考えさせられる内容です。 この記事を読む Afterword 今回は「計算書類と株主総会」を切り口に5本の記事をご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。プロフェッションジャーナルには計算書類に関する記事がこのほかにもたくさん掲載されています。税効果会計の適用、会計上の見積りの注記、キャッシュ・フロー計算書の作成など、掘り下げた記事がありますので、気になるテーマがあればぜひ探してみてください。 Profession Journal (了)
《速報解説》 経産省、「事業報告等と有価証券報告書の一体開示・一体的開示FAQ(制度編)」を更新 ~会社法・金融商品取引法等の改正、総会前の有報提出企業の増加傾向等を受け改訂~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2026年5月12日、経済産業省は、「事業報告等と有価証券報告書の一体開示・一体的開示FAQ(制度編)」を更新した。 これは、2021年1月18日に公表したものを更新するものであり、会社法・金融商品取引法等の改正、株主総会前に有価証券報告書を提出する企業の増加傾向などを受けたものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 主な項目は次のとおりである。 以下では主なものについて解説する。 1 一体的開示と一体開示 「一体的開示」とは、 会社法に基づく事業報告及び計算書類と金融商品取引法に基づく有価証券報告書という2つの開示書類を、 開示書類間の重複や微妙な違いを共通化することをいう。 「一体開示」とは、会社法に基づく事業報告等と金商法に基づく有価証券報告書を一体の書類として、同時に開示を行う方法であり、事業報告等と有価証券報告書が一つの書類として一体化することであり、一体的開示の最終形である。 また、有価証券報告書と事業報告等の 「一本化」とは、有価証券報告書を開示した上場会社は事業報告等を作成する義務を負わないとすることを指す。 「一本化」には、会社法改正等の関係法令の改正が必要となる。 「一体開示」は、事業報告等及び有価証券報告書の双方に記載しなければならない情報を内容とする1つの書類を作成及び開示するものであり、会社が事業報告等の作成義務自体を負わないものとするものではなく、この点で開示書類の「一本化」とは区別される。 現時点で「一体開示」を実際に行っている上場企業はないとのことである(2026年3月期以降に一体開示の適用を検討中の企業があるとのこと)。 2 現行法制下での一体開示 制度上は、会社法と金商法の両方の要請を満たす書類(「一体書類」という)を作成して、事業報告等として株主へ提供するとともに、株主総会に報告し、また、有価証券報告書として提出する一体開示を行うことができる。 この場合、開示書類には金商法及び会社法に基づいて作成されている旨が記載される必要があり、「有価証券報告書兼事業報告書」という書類名にすることなどが考えられる。 3 一体開示の課題 事業報告等と有価証券報告書を一体の書類として作成する一体開示を行う場合、現状の開示書類(法定開示・任意開示)作成のスケジュールや業務分担の見直しが必要になり移行コストが追加的に発生すること、スケジュール見直しの結果、特定の期間に作業が集中し、株主総会招集通知発送前の作業負荷が増大する懸念があることなどがあげられている。 一方、一体開示のメリットとして、開示書類作成の効率化、合理化により、非財務情報の充実等のより質の高い開示に人材と時間を活用することが可能となることなどがあげられている。 (了)
《速報解説》 関東財務局、「関東財務局管内の上場企業における人的資本及び政策保有株式の開示と関連する取組について」を公表 ~参考となる企業にインタビューを行い、4事例をとりまとめる~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2026年(令和8年)5月8日、関東財務局は、「関東財務局管内の上場企業における人的資本及び政策保有株式の開示と関連する取組」を公表した。 これは、令和7年度の有価証券報告書レビューのテーマとされた人的資本及び政策保有株式の開示と関連する取組について、他社においても参考になると考えられる企業にインタビューを行ってまとめたものである。 なお、本資料は、金融庁の有価証券報告書レビューの施策の一環ではないとのことである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 人的資本の開示 武蔵野銀行、ソシオネクストの開示及びインタビューの結果について紹介している。 開示における参考になる主なポイントとして、例えば、次のことが記載されている。 Ⅲ 政策保有株式の開示 ホッカンホールディングス、古河機械金属の開示及びインタビューの結果について紹介している。 開示における参考になる主なポイントとして、例えば、次のことが記載されている。 (了)
《速報解説》 会計士協会、サステナビリティ及び外部の専門家の作業の利用等に関する「倫理規則」と「倫理規則に関するQ&A」の改正を公表 ~サステナビリティ保証業務における倫理に関する規則を新設~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2026年4月30日(ホームページ掲載日)、日本公認会計士協会は、サステナビリティ及び外部の専門家の作業の利用等に関する「倫理規則」の改正(定期総会に付議する予定の改正案の公表)及び「倫理規則実務ガイダンス第1号「倫理規則に関するQ&A(実務ガイダンス)」」の改正について公表した。公開草案に寄せられた主なコメントの概要とその対応も公表されている。 これにより、意見募集されていた次の公開草案が確定することになる。 ただし、「倫理規則」については、改正に当たって、日本公認会計士協会の定期総会での承認が必要となることから、今般公表するものは定期総会に付議する予定の「倫理規則」改正案であり、2026年7月22日開催の定期総会の承認後に確定となる予定である。また、「倫理規則実務ガイダンス第1号「倫理規則に関するQ&A(実務ガイダンス)」」の改正については、「倫理規則」の改正が定期総会で承認されることを前提としている。 これらは、サステナビリティ情報の開示と保証の制度化の議論が進められていることなどを踏まえ、改正するものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 「倫理規則」の改正(定期総会に付議する予定の改正案) Ⅲ 倫理規則実務ガイダンス第1号「倫理規則に関するQ&A(実務ガイダンス)」の改正 次の項目に関する改正を行う。 Ⅳ 適用日等 倫理規則の改正規定は、2027年4月1日から施行する。 各規定によって詳細な適用日が設けられている。 (了)
《速報解説》 国税庁が「源泉徴収票のみなし提出の特例」に係る特設ページとQ&Aを公表 ~令和9年1月から給与所得の源泉徴収票は税務署への提出不要に~ Profession Journal編集部 このほど国税庁HPにおいて「源泉徴収票のみなし提出の特例 特設ページ」が設置され、あわせて「源泉徴収票(給与所得・公的年金等)のみなし提出の特例に関するQ&A」(以下、単に「Q&A」という)が公表された。 特設ページでは、「源泉徴収票のみなし提出の特例」に係る情報が集約されており、その中のQ&Aにおいては、制度概要等に係る16の問いが設けられている。 1 現行実務と「源泉徴収票のみなし提出の特例」 これまで、給与支払者又は公的年金等の支払者は、受給者の市区町村に給与支払報告書又は公的年金等支払報告書(以下、併せて「支払報告書」という)を提出するほか、給与所得の源泉徴収票又は公的年金等の源泉徴収票(以下、併せて「源泉徴収票」という)を所轄税務署にも提出する必要があった。 この支払者の事務負担軽減のため、令和5年度税制改正において、「源泉徴収票のみなし提出の特例」が創設された。 この特例により令和9年1月1日以後、給与支払者又は公的年金等の支払者は、源泉徴収票に記載すべき一定の事項が記載された支払報告書を市区町村に提出した場合、税務署に源泉徴収票を提出したものとみなされる。つまり、税務署提出用の源泉徴収票の作成と提出が必要なくなる。 2 Q&Aの主な内容 今回のQ&Aにおいて公表された16の設問のうち、実務的に留意したい点を以下いくつか紹介する。 (1) 中途退職者に係る給与所得の源泉徴収票の取扱い(問2) 令和8年の途中で退職した従業員に係る給与所得の源泉徴収票が、源泉徴収票のみなし提出の特例の対象となる「令和9年1月1日以後に提出すべきもの」に含まれるか否かについては、「含まれる」としている。 法令上、年の途中で退職した従業員に係る給与所得の源泉徴収票は退職の日以後1月以内に税務署に提出することが義務付けられている。ただし、運用上の取扱いにより、翌年1月末までにそのほかの給与所得の源泉徴収票とまとめて提出してもよいとされている。 このことより、令和8年の途中で退職した従業員に係る給与所得の源泉徴収票についても令和9年1月1日以後に提出する場合には、「令和9年1月1日以後に提出すべき」ものとして取り扱って問題ない。 (2) 受給者への源泉徴収票交付の必要性(問3) 今回の特例制度に伴い、税務署への源泉徴収票の提出は不要となるが、改正前と同様に受給者本人への源泉徴収票の交付は必要であるため、留意したい。 (3) 源泉徴収票を税務署に提出した場合の市区町村への支払報告書の提出(問6) 今回の特例制度は、市区町村へ源泉徴収票に記載すべき一定の事項が記載された支払報告書を提出することで、源泉徴収票を税務署へ提出することが不要となる制度であり、源泉徴収票を税務署に提出した場合、市区町村へ支払報告書を提出したとみなす制度ではないため、支払報告書については別途市区町村へ提出する必要がある。 (4) 源泉徴収票の提出範囲の変更(問7) 今回の特例制度の創設に伴い、源泉徴収票と支払報告書の提出範囲を揃える(年の途中で死亡した者の公的年金等の源泉徴収票を除く。)改正も行われたため、具体的な提出範囲は以下のとおりとなっている(下表についてはQ&Aより抜粋)。 〈給与所得の源泉徴収票〉 〈給与支払報告書〉 〈公的年金等の源泉徴収票〉 〈公的年金等の支払報告書の提出範囲〉 * * * なお、上記以外にも令和7年分の源泉徴収票の提出を失念していた場合の取扱い(問10)や、すでに提出済みの令和7年分の源泉徴収票に誤りがあった場合の訂正方法(問11)、令和8年分の支払報告書を提出したが、その支払報告書に誤りがあった場合の訂正方法(問12)などについても言及されている。 特例制度の開始に伴い、前述したとおり、中途退職者に係る給与所得の源泉徴収票の取扱いや受給者への源泉徴収票交付は変わらずに必要になるなど細かな注意点もある。 また、令和8年分の年末調整後に令和9年1月に提出する書類に影響があり、企業によっては業務フローに変更があることも想定されるため、税理士としてはクライアント先に早めの周知を行うとともに、今後の特設ページの情報の更新についても留意したい。 (了)
《速報解説》 金融庁、「有価証券報告書レビュー及び大量保有報告書等のレビューについて(令和8年度)」を公表 ~重点テーマ審査は人的資本開示~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2026(令和8)年4月28日、金融庁は、ホームページを更新し、「有価証券報告書レビュー及び大量保有報告書等のレビューについて(令和8年度)」を公表した。 これは、2026年3月27日に公表した「有価証券報告書の作成・提出に際しての留意すべき事項等(識別された課題への対応にあたって参考となる開示例集を含む)について」を更新するものである。 2026年3月期以降の有価証券報告書の作成に当たっては、これらに記載されている事項に特に注意し、適切に作成する必要があると考えられる。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 有価証券報告書レビューの実施について 2026年3月31日以降に終了する事業年度に係る有価証券報告書のレビューについて、以下の内容で実施する。 1 法令改正等関係審査 次の法令改正事項等について、有価証券報告書の記載項目を対象に審査を実施する。 有価証券報告書提出会社は、別添の「調査票」に回答することが求められているので、有価証券報告書の作成に際して注意が必要である。 2 重点テーマ審査 次のテーマに着目し、2026年3月31日以降に終了する事業年度に係る有価証券報告書の提出会社の中から審査対象会社を選定し、法令及び一般に公正妥当と認められる企業会計の基準等に照らして、有価証券報告書の記載内容(会計処理を含む)を審査する。 審査の結果、有価証券報告書に適切ではないと考えられる記載内容等が見つかった場合には訂正又は次年度の有価証券報告書での改善を求める通知等を行う。 ◎ 人的資本に関する開示 令和8年2月に施行された人的資本開示に関する「企業内容等の開示に関する内閣府令及び特定有価証券の内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」の適用に伴い、有価証券報告書において開示される「従業員の状況等」に関する記載内容について提出会社による自主的な改善に資するよう審査する。 有価証券報告書において開示される「サステナビリティに関する考え方及び取組」における人的資本に関する記載内容についても、同様に審査する。 財務局等からの質問票には、次の観点も反映していると述べられており、本3月期の有価証券報告書の作成に際しても、下記の観点を十分に考慮し、開示の要否を判断すべきものと解される。 Ⅲ 大量保有報告書等のレビューについて 令和6年金融商品取引法等改正における大量保有報告制度の改正が令和8年5月1日から施行されることを踏まえ、令和8年度においては、大量保有報告書及び変更報告書を対象に、当該改正に係る記載を重点的に審査する。 2026年4月24日に「大量保有報告書等の提出について」が公表されており、参考になる。 (了)
2026年4月30日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.667を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第57回】 「「譲渡所得課税の趣旨」法理の「牽引力」の減退と復活・遮断(「どんでん返し」)」 -借入金利子取得費控除[三輪田]事件・最判平成4年7月14日民集46巻5号492頁への「遠い道程」- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 1 借入金利子の取得費算入の可否問題 前々回、前回と2回にわたって「譲渡所得課税の趣旨」法理(最判昭和43年10月31日訟月14巻12号1442頁、最判昭和47年12月26日民集26巻10号2083頁、最判昭和50年5月27日民集29巻5号641頁等。学説では増加益清算課税説)を取り上げ、同法理の枠内における(譲渡所得の本質的意義(理論[包括的所得概念論]的意義)に基づく)譲渡所得課税❶と(譲渡所得の実定法的意義に基づく)譲渡所得課税❷との「競い合い」(「趣旨内競い合い」)の観点から、譲渡所得課税に関する判例を検討してきたが、その際には、譲渡所得の本質ないし譲渡所得課税の本質に着目して、譲渡所得課税❶の「先行」あるいは場合によっては「独走」を問題にしてきた。 これに対して、今回は、譲渡所得課税❷の側から、そのために行われる譲渡所得の金額の計算において総収入金額から控除される取得費(所税33条3項・38条)の概念に着目して、その意義をめぐる判例として借入金利子取得費控除[三輪田]事件・最判平成4年7月14日民集46巻5号492頁(以下「平成4年7月最判」という)を取り上げ、譲渡所得の基因となる資産の取得のための借入金に係る利子を取得費に算入し譲渡所得の金額の計算上総収入金額から控除することを認めるか否かの問題(以下「借入金利子の取得費算入の可否問題」という)を検討する。 借入金利子の取得費算入の可否が問題とされるようになった社会経済的背景については次のように述べられている(岩﨑政明「判批」月刊税務事例19巻12号(1987年)4頁、5-6頁)。 借入金利子の取得費算入の可否問題については、旧所得税法(昭和22年法律第27号)の時代から税務行政における考え方・取扱いに変遷があり、学説においても考え方の対立が顕著であり、下級審の裁判例にも対立がみられたところであるが、それらの状況・動向は平成4年7月最判に関する調査官解説(福岡右武「判解」最判解民事篇(平成4年度)266頁、274-296頁)で詳細かつ的確に整理・分析されているので、以下では、その整理・分析において用いられている見解の分類(消極説、積極説、中間説)も含めその調査官解説を踏まえて、同問題を主として「譲渡所得課税の趣旨」法理(増加益清算課税説)に基づく「趣旨内競い合い」の観点から裁判例に即して検討することにする。 2 使用後譲渡型の事案と未使用譲渡型の事案 その検討に入る前に注意しておくべきことは、平成4年7月最判に関する調査官解説における「消極説、積極説、中間説」という分類は、非業務用資産に関する「使用後譲渡型の事案」(増井良啓「判批」法学協会雑誌111巻7号(1994年)1094頁、1103頁。太字筆者)、すなわち、当該資産を取得しその本来の用法に従い使用した後譲渡する場合を想定したものと解されるが、借入金利子の取得費算入の可否問題はかつては「未使用譲渡型の事案」(同1104頁。太字筆者)、すなわち、当該資産を取得後その本来の用法に従い使用することなく譲渡した場合について議論されていた、ということである。 すなわち、課税実務は、旧所得税法の下で昭和26年以後は、固定資産の取得に係る借入金利子の取得価額算入を一律に否定していたのに対して、昭和35年以後は、固定資産の使用開始前の期間に対応する借入金利子の取得価額算入を認めるようになり、昭和40年全文改正後の所得税法(昭和40年法律第33号)の下でも当初はその取扱いを継続していた(以上の経緯について福岡・前掲「判解」274-276頁参照)ところ、この取扱いの意味やこれをめぐる議論については次の解説がされていた(白崎浅吉「資産を購入するために借入れた資金の利子の性格について―譲渡所得課税との関連において―」税務大学校論叢5号(1972年)151頁、154-155頁)。 ここで注意すべきは、未使用譲渡型の事案における借入金利子の取得費算入の可否問題に関する「積極説」(白崎・前掲論文155頁)は、前記の調査官解説における分類によれば中間説に属する見解とみるべきものであった、ということである。この「積極説」は、「所得税はネット・インカム(net income)に課税すべきものであり」(白崎・前掲論文155頁)「所得は費用収益対応の考え方により計算すべきものである」(同156頁)という「ネット・インカム課税説」(同157頁)に基づき、「取得した資産が業務用であれば、その取得のために要した借入金利子は業務上の収益に、非業務用であれば、いわゆるインピューテッド・インカム(imputed income)に対応することが考えられる」(同上)と説く見解であり(これに対して同158-159頁は「インピューテッド・インカムとの関連」を否定し消極説を説いている。ほかに荻野豊「判批」月刊税務事例4巻12号(1972年)14頁、17頁も同旨)、非業務用資産について敷衍すると、次のような見解(白崎・前掲論文158頁)をいうものとされていた。 要するに、上記の「積極説」は、業務用資産であれ非業務用資産であれ、使用後譲渡型の事案における、使用開始の前後で借入金利子の取得費算入の可否を異にする昭和35年以後の課税実務の取扱いを、未使用譲渡型の事案についても貫徹する見解であり、前記の調査官解説における分類によれば中間説に属する見解とみるべきものであったのである。 ところが、その後、東京高判昭和54年6月26日訟月25巻11号2873頁(以下「昭和54年東京高判」という)が未使用譲渡型の事案において、固定資産の使用開始の前後を問わず、一定の基準(相当因果関係基準)により借入金利子の取得費算入を認める判断を示したことから、借入金利子の取得費算入の可否問題をめぐる議論は、固定資産の使用開始の前後で借入金利子の取扱いを異にするかどうかをめぐって、展開されることになった。前記の調査官解説が「積極説」というのは、固定資産の使用開始の前後を問わず借入金利子の取得費算入を認める見解である(福岡・前掲「判解」279-281頁参照)。昭和54年東京高判及びその後の議論については後記Ⅲ・Ⅳで検討することにする。 なお、所得税法33条3項は、譲渡所得の金額の計算上、譲渡所得に係る総収入金額から当該所得の基因となった資産の取得費及び譲渡費用の合計額を控除する旨を規定しているが、そこで規定されている取得費は、昭和40年全文改正前の旧所得税法では既に述べたように「取得価額」という文言で規定されていた。その文言の変更理由については下記のとおり解説されていた(橋本守次「所得計算関係の改正」税務弘報13巻6号(1965年)15頁、27-28頁)ので、この解説に従い、改正の前後でその意味内容に実質的変更はないと理解した上で、以下では「取得費」及び「取得価額」の用語法については特に問題にしないことにする(なお、「取得費の取得価額化」については拙著『税法基本講義〔第8版〕』(弘文堂・2025年)【290】参照)。 Ⅱ 「譲渡所得課税の趣旨」法理の「牽引力」と消極説 借入金利子の取得費算入の可否問題に関する消極説は、「借入金利子は取得費に含まれないとする見解」(福岡・前掲「判解」277頁)であり「歴史的に最も古くから存在する見解」(同278頁)である(白崎・前掲論文が消極説の立場に立つことについては同158頁以下参照)。その論拠には様々なものがあるが(福岡・前掲「判解」278-279頁参照)、そのうち「譲渡所得課税の趣旨」法理(増加益清算課税説)から導出されたものと解される論拠として、次のような論拠(同278-279頁。下線筆者。白崎・前掲論文160-161頁も参照)が説かれてきた。 この論拠は、「資産の取得時における価値と譲渡時における価値の開差額」を「所得」として把握し課税するという考え方を意味するものであるが、この考え方は、「譲渡所得課税の趣旨」法理(増加益清算課税説)から導出されたものであり、「客観的価額説」(岡村忠生「譲渡所得課税における取得費について(二)」法学論叢135巻3号(1994年)1頁。太字筆者。同7頁・9頁等では「客観的価値説」(太字筆者)とも呼ばれている)ないし「客観的価格差課税説」と呼ぶことができよう。後者の名称は、平成4年7月最判を参照しこれと同旨の判断を示した借入金利子取得費控除[増淵]事件・最判平成4年9月10日訟月39巻5号957頁(以下「平成4年9月最判」という)の原審・東京高判昭和61年2月26日訟月32巻10号2415頁(以下「昭和61年2月東京高判」という)における「譲渡所得課税の本来の趣旨からすれば、取得時と譲渡時における資産の客観的な価格差に対して課税することが要請されるはずである」との判示(下線筆者)から着想を得て、付けたものである。また、取得費の意義に関するこの考え方(客観的価格差課税説)に基づく譲渡所得課税は、譲渡所得の意義に関しては(譲渡所得の本質的意義(理論[包括的所得概念論]的意義)に基づく)譲渡所得課税❶に対応するものであり、これと相俟って譲渡所得課税に関する理論モデルを構成するものである(前掲拙著【289】参照)。 ここで、消極説の立場に立つ裁判例として東京地判昭和46年9月30日訟月18巻2号343頁(下記㋐)及び昭和54年東京高判の原審・東京地判昭和52年8月10日訟月23巻11号1961頁(下記㋑。以下「昭和52年東京地判」という)の判示(下線筆者)をみておくと、それらが、「譲渡所得課税の趣旨」法理(増加益清算課税説)ないし客観的価格差課税説に基づき、取得費(「資産の取得に要した金額」)の意義を「資産取得のために直接必要とした費用」ないし「当該資産の客観的価額の一部を構成する支出」として狭く解釈し(このような解釈論を以下では「直接的付随費用と間接的付随費用の二分論」ないし単に「付随費用二分論」という)、もって「資産取得のための間接的な支出」としての借入金利子の取得費算入を否定したことは明らかである。 以上で述べたところを「譲渡所得課税の趣旨」法理(増加益清算課税説)に基づく「趣旨内競い合い」の観点から換言すると、消極説は、「譲渡所得課税の趣旨」法理(増加益清算課税説)のいわば「牽引力」によって(譲渡所得の実定法的意義に基づく)譲渡所得課税❷を(譲渡所得の本質的意義(理論[包括的所得概念論]的意義)に基づく)譲渡所得課税❶の方に引き寄せ、譲渡所得課税❷において譲渡所得に係る総収入金額から控除される取得費の意義・範囲を、譲渡所得課税❶に関する客観的価格差課税説及び付随費用二分論によって狭く規定・確定し、もって借入金利子の取得費算入を否定する見解といってよかろう。 このように消極説を理解すると、同説において取得費は資産の取得時の価値ないし価格として性格づけられることになろう。 Ⅲ 「譲渡所得課税の趣旨」法理に基づく「趣旨内競い合い」の状況変化 1 譲渡益課税説の台頭と積極説 ところで、資産の取得時の価値ないし価格は、企業会計においては、資産の取得原価を意味するが、このことは、譲渡所得課税❷における譲渡所得の金額の計算構造と結びついて、借入金利子の取得費算入を肯定する論拠を構成するようになったと考えられる(白崎・前掲論文157-158頁参照。なお、「支払利息・原価説」については染谷恭次郎『現代財務会計〔改訂増補3版〕』(中央経済社・1991年)137頁以下参照)。その論拠は、昭和54年東京高判において課税庁(被控訴人)の主張を正面から鋭く批判し同判決の立場(積極説)に影響を与えたと思われる次の見解(北野弘久『税法解釈の個別的研究Ⅰ』(学陽書房・1979年)60頁。傍点原文・下線筆者)によって、明確に述べられている。 上記の引用文にいう「現代税法における所得計算制度の基底的思考」は、「いわゆる損益計算的思考(成果計算的思考)」としてのいわゆる純所得課税の考え方を意味するものと解される。ここで注目されるのが、純所得課税の考え方に基づき借入金利子の取得費算入の可否問題を解釈論的に検討する「視座の設定」を行う下記の見解(金子宏『課税単位及び譲渡所得の研究 所得課税の基礎理論 中巻』(有斐閣・1996年)250-251頁[初出・1981年]。下線筆者)である。この見解は、後記2でみるように、上記の見解とは逆に、昭和54年東京高判に対する批判を展開するものである。 以上のような純所得課税の考え方に照らして譲渡所得課税❷における譲渡所得の金額の計算構造をみると、それは、純所得の一種(いわば「限定された純所得」)である譲渡益(所税33条3項括弧書)を所得として把握し課税するものと考えることができよう(このような考え方を以下では「譲渡益課税説」という。これについては前回Ⅰ、前掲拙著【289】参照)。 昭和54年東京高判は、借入金利子の取得費算入の可否問題について譲渡益課税説に基づく判断を示したものと解される。というのも、この判決は、「譲渡所得課税の趣旨」法理を示した判例を明示的に参照し(この点で原審・昭和52年東京地判とは異なる)、その上で「この趣旨を基礎として考察を進めるに」と判示しながらも(下記㋐。下線筆者)、その考察は原審・昭和52年東京地判とは異なり客観的価格差課税説による消極説の方向には進まず、むしろ逆に、借入金利子の取得費算入を肯定する積極説の方向に進み、その考察に基づき昭和54年東京高判は、借入金利子の取得費算入の範囲を借入金利子と資産の取得との間における「相当因果関係」の有無によって画する旨を判示した(下記㋑。下線筆者)からである。 ただ、昭和54年東京高判は、非業務用資産の取得のための借入金利子のうち当該資産の使用開始までの分に限って取得費算入を肯定していた本件当時の所得税基本通達38-7に対して、下記のとおり判示して(下線・傍点筆者)、使用開始の前後を問わず積極説を貫徹するための論拠(の1つ)として「譲渡所得課税の趣旨」法理(に基づく譲渡所得の本質的意義)を援用するという独特の、、、論理構成を採用した(ここでその論理構成を「独特の論理構成」と表現したのは、本来ならば消極説と結びつくはずの同法理を積極説貫徹の論拠として援用したことを考えてのことである)。 この判示は、純所得課税の考え方を所得計算上具体化する費用収益対応の原則を借入金利子の取得費算入の可否判断において援用すること(上記引用判示中の1つ目の下線部参照)を「筋ちがいのこと」として阻止するために、「譲渡所得課税の趣旨」法理を援用している点で、独特の、、、論理構成を採用したものと考えられるのである(金子・前掲書266-267頁[初出・1981年]も参照)。 いずれにせよ、昭和54年東京高判は、「譲渡所得課税の趣旨」法理に基づく「趣旨内競い合い」において譲渡所得課税❷を前面に押し立て譲渡益課税説に依拠して積極説を採用したが、それでも譲渡所得課税❶の考え方を完全には排除しなかったといえよう。その意味で、昭和54年東京高判においても、「譲渡所得課税の趣旨」法理の「牽引力」は、減退、、したとはいえ、しかも独特の、、、論理構成においてではあれ、維持されていたといってよかろう。この点については、見方によっては、「ここ[=前記の『筋ちがいのこと』判示]から、資産の取得費とは、外的条件による価格変動の対象となるものであるという客観的価額説にたどり着くのに、あとわずか半歩もなかったのである。」(岡村・前掲論文12-13頁)」という見方も成り立つかもしれない。 2 譲渡益課税説制限論としての中間説(積極説的中間説) 昭和54年東京高判の事案は、前記Ⅰ2で述べたように、平成4年7月最判の事案と異なり使用後譲渡型の事案ではなく未使用譲渡型の事案であったが、同東京高判を受けて、「昭54・10・26付で所得税基本通達38-8が改められ、固定資産を使用しないで譲渡した場合、譲渡の日までの期間に対応する借入金の利子を取得費に算入することとされた。」(増井・前掲「判批」1099-1100頁)ところである。 ただ、昭和54年東京高判やこれを受けた通達改正については、「この改正は本判決の本件事案に対する結論に従うものであるが、使用開始の前後により借入金利子の取扱いを異にするのは合理的でないとする本判決の考え方については、これに従うものではない。」とか、「本件においては使用することなく譲渡された資産が問題となったこともあって、本判決の考え方が具体的にどのような場合にどのように適用されるのか必ずしも明らかではないように思われる。」といった指摘がされている(清永敬次ほか『税務署の判断と裁判所の判断―逆転判決の研究―』(六法出版社・1986年)449頁[清永敬次執筆])。 このような指摘は正鵠を射たものであるように思われる。昭和54年東京高判については、以下で述べるように、その後、実際に、この判決の考え方が、未使用譲渡型の事案にとどまらず使用後譲渡型の事案についても、資産の使用開始の前後を問わず妥当するか否かをめぐって、議論がされることになったのである。 まず、昭和54年東京高判が資産の使用開始の前後を問わず当該資産の取得との相当因果関係の有無によって借入金利子の取得費算入の可否を判断したこと(相当因果関係基準による積極説)に対して、課税実務の立場から次のような批判(以下「批判ⓐ」という)がなされた(品川芳宣「資産の取得に要した借入金利子は当該資産の取得費に当たるか」税務弘報28巻2号(1980年)143頁、150-151頁。下線筆者)。 昭和54年東京高判に対する批判ⓐは、「法人税の所得計算とのバランス」の観点(これは純所得課税の考え方ないしその具体化としての費用収益対応の原則の観点を意味すると考えられる)から、非業務用資産の使用開始前の借入金利子を当該資産の取得原価として取得費に算入することを認める積極説の立場に立ちつつも、「事業主体と生活主体の両面を有する個人の所得税の特殊性」の観点から、当該資産の使用開始後の期間に対応する借入金利子については、取得費算入を否定するものと解される。 後者の観点は、非業務用資産についても当該資産の使用開始前は前者の観点(「法人税の所得計算とのバランス」)から当該資産の所有者を「事業主体」と同等に取り扱い借入金利子の取得費算入を認める一方で、当該資産の使用開始後は当該資産の所有者を「生活主体」とみて借入金利子を生活費ないし家事費として取得費に算入しない、という考え方を支持するものと解される。 次に、昭和54年東京高判に対しては、「所得概念論の観点からの検討」(金子・前掲書267頁[初出・1981年])により、次のような批判(以下「批判ⓑ」という)がなされた(同267-268頁。下線筆者)。 批判ⓑも、批判ⓐと同じく、非業務用資産の借入金利子のうち使用開始後の期間に対応するものについて取得費算入を否認しようとするものである。この点に関して注意すべきは、批判ⓑも、前記1で述べたように、借入金利子の取得費算入を「純所得(ネットインカム)課税の考え方の実定法的表現」とみているということである。つまり、批判ⓑも批判ⓐも、さらには昭和54年東京高判(相当因果関係基準による積極説)も、純所得課税の考え方(譲渡所得課税に関しては譲渡益課税説)を借入金利子の取得費算入の可否判断の「出発点」とする点では、共通していると考えられるのである。このことは、批判ⓑが下記のとおり説く限りにおいては(金子・前掲書264-265頁[初出・1981年])、昭和54年東京高判と基本的には(「相当因果関係」と「実質的関連性」及び「合理的に必要」との違いを別にすれば)同じ論理を展開していることからして、明らかであろう。 このように、批判ⓐだけでなく批判ⓑも、取得費算入の可否判断の「出発点」(純所得課税の考え方ないし譲渡所得課税に関しては譲渡益課税説)の点では、昭和54年東京高判と共通すると考えられる。ただし、積極説の下でこれを支持する考え方として台頭してきた譲渡益課税説は、批判ⓐ及び批判ⓑが問題にする非業務用資産の使用開始後の借入金利子の取扱いに関しては、いわば「頭打ち」になったのである。 勿論、批判ⓐと批判ⓑとは、積極説が援用する費用収益対応の原則において、「費用」の側に着目し控除可能な費用の不存在(生活費・家事費の存在)を論拠とするか(批判ⓐ)、又は「収益」の側に着目し課税の対象となる所得の不存在(帰属所得の存在)を論拠とするか(批判ⓑ)の点で、異なることはいうまでもないが、いずれの批判に従うにしても、譲渡益課税説が、非業務用資産の使用開始後の借入金利子の取扱いに関して、「頭打ち」になることは確かである。その意味で、批判ⓐ及び批判ⓑは「譲渡益課税説制限論」として中間説を説くものとみることができよう。このような中間説は、積極説の立場を基本にしているという意味で「積極説的中間説」ということができよう。 3 譲渡益課税説制限論の論拠 もっとも、批判ⓐと批判ⓑの論拠の違いは排他的な意味をもつものではなく、むしろ、それらは並存し得るものであると考えられる。実際、平成4年9月最判の原審・昭和61年2月東京高判には、両批判の論拠を(下記の引用文の2段落目の冒頭の「そして」という接続詞が示すように)順接的に並存させる判示(下線筆者)が、下記のとおりみられるところである(批判ⓐの論拠は1段落目で、批判ⓑの論拠は2段落目でそれぞれ説示されている)。 これに対して、この判決の翌月に示された、平成4年7月最判の原審・東京高判昭和61年3月31日行集37巻3号557頁(以下「昭和61年3月東京高判」という)は、批判ⓐの前提となる、固定資産の使用開始前後における費用目的変更論(福岡・前掲「判解」293頁では「性質変更論」(太字筆者))ともいうべき上記の1段落目の論拠には言及せず、批判ⓑにおける「所得概念論の観点」から示された上記の2段落目の論拠に基づき、下記のとおり判示して(下線筆者)、固定資産の使用開始可能日、、、、、、、以後の借入金利子の取得費算入を否定した(実際の使用開始日、、、、、、、、を基準とする昭和61年2月東京高判の方が批判ⓑにより親和的であるが)。 このように、昭和の時代の終盤においては、借入金利子の取得費算入の可否問題に関する裁判例の趨勢は、批判ⓑの論拠を基軸として、中間説(積極説的中間説)の方向に帰するかのように思われた。もっとも、批判ⓑの論拠に対しても、当時から、慎重な見解ないし疑問が存在したことには注意しておくべきである。例えば、「帰属収益を所得税法がどのように考えているのか、換言すれば、所得税法の解釈論の上でどこまで帰属収益のことを考慮に入れて議論をすることができるのかという点について、もう少しつめておくことが必要であるように考えられる。」(清永ほか・前掲書447頁[清永執筆])、「たしかに、逆に、帰属所得に課税する場合には、それに対応する費用をその所得に係る収入金額から控除しなければならないであろう。しかし、この議論を、帰属所得を得ていない未使用の場合に取得費に含めるという結論に直結させることには、飛躍があるように思えてならない。帰属所得の課税をしていない現行法下においては、帰属所得とは無関係であるとみた方がよいと思われる。このような場合の借入金利子を取得費とするには、明示的な立法措置が必要と思われる。」(碓井光明「判批」判例評論329号(1986年)22頁、24-25頁)と指摘されていたのである。 4 平成4年7月最判における「譲渡所得課税の趣旨」法理の「牽引力」の復活・遮断 ところが、平成4年7月最判は、昭和54年東京高判に対する批判ⓐ及び批判ⓑ並びに後者と同じく「所得概念論の観点」に基づく原審・昭和61年3月東京高判と、結論の点では同じ見解(中間説)を採用しながらも、以下で述べるように、理由づけの点では全く異なる判断を示した。 平成4年7月最判は、まず、居住用不動産の取得に係る借入金利子について、下記のとおり判示して(下線筆者)、当該不動産の使用開始の前後を問わず一般的に、当該取得者(個人)の「日常的な生活費ないし家事費」としてその取得費算入を否定する判断を示した。 以上の判断は、1段落目の判示から明らかなように、「譲渡所得課税の趣旨」法理を復活、、させその「牽引力」によって取得費概念を狭く限定し、もって消極説に帰結する論理を展開するものであるといってよかろう(前記Ⅱ参照)。つまり、平成4年7月最判は、その論理展開の点で基本的には消極説の立場に立つものと解されるのである。 もっとも、平成4年7月最判は、次に、当該借入金利子のうち当該居住用不動産の使用(居住)開始前の期間に対応するものについて、前記の判示に続けて下記のとおり判示して、その取得費算入を認めた(下線筆者)。 この判断は、昭和54年東京高判に対する批判ⓐのように非業務用資産の使用開始後、の期間に係る借入金利子についてその「家事費性の肯定、、」によってその「取得費算入を否定、、」したものではなく、非業務用資産のうち居住用不動産の使用(居住)開始前、の期間に係る借入金利子についてその「家事費性の否定、、」によってその「取得費算入を肯定、、」したものであり、また、その「議論の運び」(増井・前掲「判批」1101頁)の点では、批判ⓑやこれと同じく「所得概念論の観点」に基づく昭和61年3月東京高判と比較すると、「原則・例外が逆転」(同上)したものであるといえよう。 では、平成4年7月最判が、それまで課税実務・学説・裁判例で示されてきた中間説(積極説的中間説)とは論理展開において立論の出発点を逆転させた中間説(以下では「消極説的中間説」という)を採用したのはなぜであろうか。その理由は、まず第1に、同最判が前述したように「譲渡所得課税の趣旨」法理に基づき消極説の立場を基本にしていることにあると考えられる。 その上で、第2の理由としては、同最判が非業務用資産一般ではなく居住用不動産のみを対象にして借入金利子の取得費算入の可否を判断したものであることを挙げることができよう。居住用不動産については、平成4年7月最判の前記判示では、「右借入れの後、個人が当該不動産をその居住の用に供するに至るまでにはある程度の期間を要するのが通常であり、したがって、当該個人は右期間中当該不動産を使用することなく利子の支払を余儀なくされるものであること」が勘案されているが、そのことは非業務用資産について一般的に認められる事情ではなく、特に居住用不動産について認められる事情(特別の事情)であるといえよう。そのような特別の事情の勘案は、上記の第1の理由に関して述べた「譲渡所得課税の趣旨」法理とは内容・性質の全く異なる考慮である。 このことを所得課税に関する租税理論の観点から表現すると、居住用不動産の使用開始前の期間に係る借入金利子は、生活費・家事費という消費支出の性質を有するものではあるが、「余儀なくされる」消費支出すなわちやむを得ざる消費支出として所得課税上担税力の減殺要因を構成すべきものといえよう。やむを得ざる消費支出は現行所得税法上は医療費控除(73条)等の所得控除の中で考慮されているが(前掲拙著【355】以下参照)、平成4年7月最判はそのような考慮を、居住用不動産の使用開始前の期間に係る借入金利子の取得費算入の可否判断においても、行ったものと解される。その意味で、同最判は借入金利子の取得費算入の可否判断において一種の法創造に基づく判断を行ったものとみることができよう。 そのような法創造は、積極説から積極説的中間説への流れを逆転させるために復活、、させた「譲渡所得課税の趣旨」法理の「牽引力」をもって、借入金利子の取得費算入の可否判断を消極説まで引き戻すのではなく、居住用不動産に関する前記の特別の事情の勘案によって、その引き戻しの流れを遮断、、し、もって消極説的中間説に押しとどめるといういわば「どんでん返し」を行ったものといえよう。 ただ、そのような法創造の当否については、平成4年7月最判が「準備費用」なる概念を「付随費用」と結びつけて展開した論理構成の当否(増井・前掲「判批」1101頁参照)とも相俟って、議論の余地があるところであろう(その論理構成は、直接的付随費用と間接的付随費用の二分論(前記Ⅱ参照)に「準備費用」の概念によって「風穴」を開けようとする解釈論的試みであるとは思われるが)。この点について、平成4年9月最判における橋元四郎平裁判官の反対意見の次の指摘は傾聴に値するものであろう。 Ⅳ 平成4年7月最判の意義(消極説的中間説) 以上、今回は、借入金利子の取得費算入の可否問題について、裁判所の判断の展開を軸にして検討を行い、平成4年7月最判によって中間説(消極説的中間説)が判例として確立されたことを確認した。 ただ、平成4年7月最判に対しては批判がいくつかみられることも確かである(以下の批判とは異なる家事費排除の観点からの批判について岡村・前掲論文3-7頁参照)。そのうち最も本質的で厳しい批判と思われるのは、「本判決[=平成4年7月最判]の論理においては、所得概念からの発想という観点が、見事なまでに欠落している。そしてこの点こそが、本判決の最大の問題点である。」(増井・前掲「判批」1101頁。下線筆者)という批判であり、それは次のとおり敷衍されている(同1102頁。下線筆者)。 確かに、鋭い批判であり傾聴すべきものではあるが、しかしながら、「本判決[=平成4年7月最判]の論理においては、所得概念からの発想という観点が、見事なまでに欠落している。」(増井・前掲「判批」1101頁)とまではいえないように思われる。というのも、平成4年7月最判は前述したように「譲渡所得課税の趣旨」法理に基づき基本的には消極説の立場に立つものであるが、同法理は資産の増加益を所得として譲渡所得の意義(本質的意義ないし理論[包括的所得概念論]的意義)を明らかにするものであるからである。しかも平成4年7月最判は、同法理の「牽引力」によって消極説の方向に結論を導いた点では、租税さや取り問題に対処するものと評価することもできよう。 とはいえ、平成4年7月最判には帰属所得の観点が欠落していることは確かである。平成4年9月最判には味村治裁判官の意見と橋元四郎平裁判官の反対意見があるが、それらにおいても帰属所得の観点は言及されていない。最高裁の態度がそのような状況にある中で、平成4年7月最判に関する調査官解説は、帰属所得の観点(前記の批判ⓑを説く「金子教授の見解」)について、「極めて巧みな理論構成に基づくもの」(福岡・前掲「判解」292頁)と認めつつ、「実定法上の明示的な規定を欠く帰属所得の観念を導入することについての当否の問題」(同上)を指摘した上で、その問題を下記のとおり詳細に検討し肯定的な見解を述べている(同293頁。下線筆者。なお、否定的な見解として岡村・前掲論文19-21頁参照)。 にもかかわらず、平成4年7月最判が借入金利子の取得費算入の可否問題に関する判断において帰属所得の観点を採り入れず、前述したように「譲渡所得課税の趣旨」法理に基づき消極説を基本としつつ居住用不動産に関する特別の事情を勘案して消極説的中間説の立場を示したのはなぜであろうか。 その理由は、「帰属所得と譲渡所得との異質性」という本質的な問題に見出すことができるのではないかと考えられる。すなわち、帰属所得については、上記の調査官解説が金子宏教授の見解(同「租税法における所得概念の構成(三・完)」法学協会雑誌92巻9号(1975年)1112頁以下[同『所得概念の研究 所得課税の基礎理論 上巻』(有斐閣・1995年)86頁以下に所収])に従って示した「自己の財産の利用から得られる経済的利益及び自家労働から得られる経済的利益」というような理解が、一般的であるといってよかろうが、譲渡所得については、「譲渡所得課税の趣旨」法理における資産の増加益という理解が、一般的であることからすると、借入金利子の取得費算入の可否問題に関して両者を結びつけてその判断の論拠を構成することには、理論的にも実定法的にも、無理があると考えられるのである。 まず、理論的な観点からみると、帰属所得の場合、これに該当する経済的利益が発生・取得と同時に消費され、その存在が認識されにくく、しかも仮に認識されたとしても、所得の発生・取得が前面には出ず所得の消費の背後に隠れてしまう。その意味で、帰属所得は「影の所得(Schatteneinkommen)」(Tipke/Lang, Steuerrecht, 24. Aufl., 2021, Rz. 8.124.太字筆者。岡村・前掲論文19頁も参照)といえよう。とはいえ、帰属所得は、包括的所得概念による「所得=蓄積+消費」という所得定式においては「消費」の構成要素であることは確かである。これに対して、譲渡所得は資産の増加益として、同所得定式においては「蓄積」の構成要素である。この点で帰属所得と譲渡所得とは異質である。 また、所得の取得・発生の点でも、帰属所得は自己の財産の利用及び労働等の活動(余暇を含む)に基因するのに対して、譲渡所得は資産の増加益といっても、資産の所有者の意思によらない外的条件の変化に基因する資産の増加益に限られる(このことが「譲渡所得課税の趣旨」法理に基づく譲渡所得の本質的意義からの帰結であることについては前掲拙著【273】参照)という異質性が、両者の間に認められる(木村弘之亮「判批」判例評論259号(1980年)9頁、11頁も参照)。つまり、帰属所得については、その取得・発生の態様に応じて帰属家賃、帰属地代、帰属収益、帰属賃金等の類型が論じられてきたところ、譲渡所得が問題になる場面において帰属所得を「帰属増加益」ということは論理的にはできるとしても、「帰属増加益」という類型は理論的には観念できないのである。この点について、「外的条件による資産の価値変化は、その資産の使用価値に関わりなく生じる」(岡村・前掲論文12頁)との指摘は示唆に富むものである(同13-14頁も参照)。 次に、実定法的観点からみると、居住用不動産の使用による帰属所得は帰属家賃であり、実定法上もし現行所得税法39条に相当するような規定が定められていれば、不動産所得として課税されることになろうが、これに対する所得税の課税において、実定税法上は、譲渡所得に係る取得費の控除(所税33条3項・38条1項)は問題にならないはずである。にもかかわらず、「実定法上の明示的な規定を欠く帰属所得の観念を導入すること」(福岡・前掲「判解」292頁)は現行所得税法の解釈論として無理があり、とりわけ「帰属所得の観点」から取得費概念を論ずることには論理的な飛躍ないし障壁があるように思われる。 そうすると、借入金利子の取得費算入の可否判断において「実定法上の明示的な規定を欠く帰属所得の観念を導入する」(福岡・前掲「判解」292頁)ためには、居住用不動産の使用による帰属所得(帰属家賃)について、①収入金額による「所得の実現」(同293頁)を擬制し、②その収入金額を不動産所得ではなく譲渡所得に係る総収入金額として擬制する、といういわば「二重の擬制」が必要になると考えられるが、そのような「極めて専門技術的な判断」(大嶋訴訟・最大判昭和60年3月27日民集39巻2号247頁)は立法府に委ねるべきものであり、裁判所には司法権の限界に鑑み「荷が重すぎる」と最高裁は判断したのではないかと考えられる。 以上の考察に基づいて平成4年7月最判の意義を検討すると、同最判は、そのような「二重の擬制」を法創造(司法的立法)によって行うのではなく、むしろ、居住用不動産について認められる前記の特別の事情、すなわち、「右借入れの後、個人が当該不動産をその居住の用に供するに至るまでにはある程度の期間を要するのが通常であり、したがって、当該個人は右期間中当該不動産を使用することなく利子の支払を余儀なくされるものであること」という事情を勘案して、居住用不動産の使用開始前の期間に係る借入金利子についてやむを得ざる消費支出として家事費性を否定し取得費算入を肯定するという一種の法創造を行ったものと解される(前記Ⅲ4参照)。 最高裁としては、居住用不動産について上記の特別の事情を勘案することは、わが国における本件当時の居住用不動産取得(とりわけ住宅取得契約・ローン等)の実情やこれに関する国民一般の常識に適っていたことから、そのような特別の事情を勘案して借入金利子の取得費算入の可否判断を行うことは、たとえその判断が法創造の領域における判断になるとしても、訴訟当事者を含め広く国民一般に受け容れられるものと考えたのではないかと思われる。 要するに、平成4年7月最判の意義は、取得費の意義に関する法創造に基づき居住用不動産に関する前記の特別の事情を勘案し借入金利子の取得費算入の可否を判断したことにあると考えるところである。 こうして、裁判所は借入金利子の取得費算入の可否問題について「遠い道程」の果てに平成4年7月最判に辿り着いたのである。 Ⅴ おわりに 今回を含め3回にわたって、「譲渡所得課税の趣旨」法理に基づく「趣旨内競い合い」の観点から、譲渡所得課税に関する判例を検討した。 前々回と前回は、譲渡所得の本質ないし譲渡所得課税の本質に着目して、(譲渡所得の本質的意義(理論[包括的所得概念論]的意義)に基づく)譲渡所得課税❶の「先行」あるいは財産分与の場合には「独走」を問題にした。 今回は、(譲渡所得の実定法的意義に基づく)譲渡所得課税❷の側から、そのための取得費控除に着目して、借入金利子の取得費算入の可否問題を検討し、消極説から積極説へ、そして積極説的中間説から消極説的中間説へ、と裁判所の立場が変転してきたことを明らかにした。 このように、譲渡所得をめぐる課税問題については、「譲渡所得課税の趣旨」法理の枠内における譲渡所得課税❶と譲渡所得課税❷との「競い合い」(「趣旨内競い合い」)の中で、その司法的解決が図られてきたといってよかろう。その問題解決は法解釈の領域を越え法創造に及ぶこともあったが、その問題解決の基軸には常に「譲渡所得課税の趣旨」法理が据えられてきたという意味では、譲渡所得課税に関する判例法理には一貫性があるといってよかろう。 (了)