〔業種別Q&A〕 労使間トラブル事例と会社対応 【第4回】 〈製造業〉 〔Q4〕 「工場閉鎖に伴って人員整理が必要となった場合の対応のポイント」 弁護士法人 ロア・ユナイテッド法律事務所 パートナー弁護士 中野 博和 【Q】 当社では、不採算製品の製造販売中止に伴い、一部の工場を閉鎖することになりました。整理解雇など、人員整理が必要となりますが、どのような点に注意すればよいでしょうか。 【A】 整理解雇の有効性は、①人員削減の必要性、②解雇回避努力、③人選の合理性、④手続の相当性といった要素を総合的に考慮して判断されますので、各要素を十分に満たすように対応する必要があります。 ▲ ▼ ▲ 解 説 ▲ ▼ ▲ 1 整理解雇とは 整理解雇とは、企業が経営上必要とされる人員削減のために行う解雇をいいます(菅野和夫・山川隆一『労働法〔第13版〕』(弘文堂、2024年)758頁)。 整理解雇が法的に有効であるか否かは、①人員削減の必要性、②解雇回避努力、③人選の合理性、④手続の相当性などを総合的に考慮して判断されます(CSFBセキュリティーズ・ジャパン・リミテッド東京高判平成18年12月26日労判931号30頁など)。 2 人員削減の必要性 人員削減の必要性については、かつては以下のように見解の対立がありました。 現在では、人員削減の必要性については、基本的に経営陣の判断が尊重される傾向にあります。たとえば、新規採用等の整理解雇と矛盾する行動が認められる場合(みくに工業事件・長野地諏訪支判平成23年9月29日労判1038号5頁など)などを除き、人員削減の必要性自体は認められることが多いといえます。 ただし、上記のとおり、整理解雇の有効性は、①から④までの事情等を総合的に考慮して判断されますので、人員削減の必要性が低ければ、解雇回避努力は最大限の措置を講じることが求められることになります。 3 解雇回避努力 解雇回避努力の具体的な内容としては、以下のような措置が挙げられます。 必ずしもこれら全てを実施する必要はありませんが、整理解雇が労働者に帰責性がない解雇である以上、可能な限り、実施することが必要となります。 特に不採算部門の閉鎖といった場合では、配転命令の検討は実質不可欠といえます。 ただし、配転にあたっては、職種や勤務地を限定する合意をしている労働者との関係が問題となります。 職種や勤務地を限定する合意をしている労働者に対しては、当該合意を超える範囲での配転を使用者が一方的に実施することはできません。 それでも、当該労働者が配転に同意すれば、当該労働者を整理解雇することなく、雇用を維持することができますので、当該労働者の能力や他部署での受け入れの可否等の事情を勘案し、配転が現実的に不可能であるといえない限り、少なくとも配転の打診を行うことは求められます(学校法人奈良学園事件・奈良地判令和2年7月21日労判1231号56頁など参照)。 4 人選の合理性 整理解雇を行う際は、合理的な選定基準を設け、それを公正に適用しなければなりません。 基準の内容については、基本的に使用者の裁量に委ねられますが、一般的には以下のような項目が考慮されます。 もっとも、全く基準を設定することなく整理解雇を実施した場合(タチカワ事件・津地決昭和46年12月21日労判150号67頁)や、「適格性の有無」、「将来の活用可能性」といった抽象的で曖昧な基準を設定した場合(労働大学(本訴)事件・東京地判平成14年12月17日労判846号49頁、ジャパンエナジー事件・東京地決平成15年7月10日労判862号66頁)などは、人選の合理性が認められないので、注意が必要です。 5 手続の相当性 まず、労働組合等との間で解雇に先立って組合等との協議を義務付けるような労働協約を締結している場合には、これに基づき、整理解雇に先立って組合等との間で協議を行わなければ、整理解雇は無効となります。 また、形式的には協議を行ったとしても、使用者が、説明資料を提示せず、抽象的な説明をするのみとなっているような場合にも、整理解雇は無効となり得ます。このことは、解雇に先立って組合等との協議を義務付けるような労働協約がない場合でも同様です。 加えて、労働組合等との間で解雇に先立って組合等との協議を義務付けるような労働協約を締結していない場合であっても、使用者には、労働組合または労働者に対して以下の事項を説明し、誠意をもって協議する信義則上の義務が課されます。 なお、整理解雇の対象者が、協議を行う労働組合の組合員であれば問題ありませんが、当該労働組合の組合員ではない労働者も整理解雇の対象者となっている場合、当該労働者に対して直接、協議ないし説明を行わない場合には、手続の相当性が認められませんので、注意が必要です(赤阪鉄工所事件・静岡地判昭和57年7月16日労判392号25頁参照)。 (了)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例105】 株式会社フジ・メディア・ホールディングス 「第三者委員会の調査報告書受領に関するお知らせ」 (2025.3.31) 公認会計士/事業創造大学院大学教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、株式会社フジ・メディア・ホールディングス(以下「フジ・メディア・ホールディングス」という)が2025年3月31日に開示した「第三者委員会の調査報告書受領に関するお知らせ」である。 同社は2025年1月23日に第三者委員会の設置を決定し、「第三者委員会の設置について」を開示している(その後、委員の交代があり、2025年1月23日に「第三者委員会の設置について」を開示)。その「第三者委員会の設置目的」の記載は次のとおりである。 今回の開示は、この第三者委員会の調査報告書を受領したというものである。 2 読まれたくないのか? この「第三者委員会の調査報告書受領に関するお知らせ」は、開示資料と添付の調査報告書を合わせると実に394頁にもなる。一般の方は読むのを躊躇するのではないだろうか。第三者委員会の調査報告書は100頁ほどのものが多いが、内容が内容だけに、それでも気軽に読めるものではない。さすがにこの分量になると、なかなか読む気にはならないかもしれない。 そのため、第三者委員会は調査報告書の「要約版」を用意している。その要約版は51頁であり、それならば、多くの方に読んでもらえそうな分量だといえる。しかし、その要約版がどこにあるのかが非常にわかりにくい。調査報告書の目次を見ても、要約版については書かれていない。実は調査報告書は273頁で終わり、その後に要約版が添付されている。その存在に気付く方は少ないだろう。 最初の1頁だけの開示資料には、一応「第三者委員会の調査結果につきましては、添付の『調査報告書』(公表版・要約版)をご覧ください」と書かれており、それに気付けば要約版を探すだろうが、それに気付かず、2頁以降の調査報告書に目をやる方がほとんどではないだろうか。 もしかすると、フジ・メディア・ホールディングスはそれを狙ったのかもしれない。調査報告書には、同社にとって読んでほしくない内容が書かれている。意図的に要約版を気付きにくくしたのだとすれば、悪質である。しかし、そうでないとしても、このようにわかりにくい開示を行うのは、情報を伝えることを事業とする会社としていかがなものだろうか。 なお、調査報告書に訂正が必要な箇所があったため、同社は2025年4月30日に「『第三者委員会調査報告書受領に関するお知らせ』の一部訂正について」を開示している(第三者委員会は短期間であれだけの調査報告書をまとめたのだから、一部訂正が生じてもやむを得ないだろう)。その際は「調査報告書(公表版)」と「調査報告書(要約版)」を別々に開示している。要約版の開示方法について、同社に批判の声が届いたのかもしれない。 3 第三者委員会をどう考えているか? フジ・メディア・ホールディングスは、調査報告書を受領する3日前の2025年3月27日に「代表取締役の異動並びに当社及びフジテレビの役員体制の変更について」を開示し、経営体制を見直すとしている。その「経営体制の見直しの考え方」の記載は次のとおりである(一部省略)。 こうした考え方に基づく経営体制の見直しをなぜ第三者委員会の調査報告書を受領する前に行うのだろうか。第三者委員会による原因分析と再発防止に向けた提言を踏まえた上で実施すべきではないだろうか。 また、同社は、2025年3月31日、今回の開示と同時に「人権・コンプライアンスに関する対応の強化策について」を開示している。「当社グループにおける人権・コンプライアンスに関する対応の強化の方針をとりまとめましたので、今後、速やかに対応策を実施してまいります」と記載されているが、受領した調査報告書の内容を踏まえて、その日のうちに考えたとは考えにくい。 「本日第三者委員会から受領した調査報告の内容を十分に検討のうえ、さらに必要な対応を進めてまいります」とも書かれており、調査報告書の内容を踏まえることなく独自に考えたのだろう。同社は第三者委員会を何だと思っているのだろうか。 4 自分で変われるのか? 今度は、調査報告書を踏まえて考えたのだろう。フジ・メディア・ホールディングスは、2025年4月30日に「当社および株式会社フジテレビジョンの抜本的改革施策について」を開示した。別添資料として「フジテレビの再生・改革に向けた8つの具体的強化策及び進捗状況-第三者委員会の調査報告書を受けて組織としての反省と再生への誓い―」と「フジ・メディア・ホールディングス グループ改革に向けて」も開示している。 「フジテレビの再生・改革に向けた8つの具体的強化策及び進捗状況-第三者委員会の調査報告書を受けて組織としての反省と再生への誓い―」の「はじめに:フジテレビの再生・改革に向けて-組織としての反省と再生への誓い―」の冒頭には次のように記されている。ここから、「人権・コンプライアンスに関する対応の強化策について」は、甘い自己認識のもと策定されたものであり、開示すべきではなかったことがうかがえる。 同社の経営者たちは、これまで企業統治や内部統制の重要性を十分に理解しないまま同社を経営してきたのだろう。そのような経営陣が打ち出す改善策に果たして実効性があるのだろうか。一応、表向きは立派な改善策が並べられているものの、疑問は残る。 同社は、同じく2025年4月30日に「(開示事項の経過・変更)代表取締役の異動並びに当社及びフジテレビの役員体制の変更について」も開示している。「代表取締役の異動並びに当社及びフジテレビの役員体制の変更について」においては6月開催予定の定時株主総会後も続投予定だった取締役4名が定時株主総会終結をもって退任することになったとしている。これも調査報告書を踏まえてなのかもしれないが、株主提案も踏まえた対応の可能性もある。 同社は2025年4月17日に「株主提案に関する書面受領について」を開示し、株主であるNIPPON ACTIVE VALUE FUNDから取締役選任に関する株主提案書を受領したとしている(2025年4月23日に「株主提案の差替えに関する書面受領について」を、同年5月8日に「株主提案に関する追加書面受領について」を開示)。なお、提案の詳細も記載した方が望ましいと思われるが、記載されていない。 「本株主提案に対する当社取締役会の意見は、今後、真摯な検討を経て、決定次第、速やかに公表いたします」とされており、本稿執筆時点(2025年5月8日)ではまだ開示されていないが、「より適切な取締役構成についての検討を進めております」として、「(開示事項の経過・変更)代表取締役の異動並びに当社及びフジテレビの役員体制の変更について」を開示していることから、反対する可能性もある。そもそも同社は自分で変われるのだろうか、それとも、他者に変革を委ねたほうがより良い結果を生むのだろうか。 (了)
2025年5月22日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.619を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
日本の企業税制 【第139回】 「自公維三党協議の継続」 -ガソリン暫定税率廃止のための財源問題- 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部副本部長 魚住 康博 〇スケジュール 自由民主党、公明党、日本維新の会による「ガソリンの暫定税率」に関する三党協議は未だ結論を見出せる状況までには至っていない。4月11日の第2回協議以降、4月24日、5月9日、5月16日と検討を重ねているものの、与野党間の溝は埋まっていない。 仮に日本維新の会の主張通り、今夏からのなるべく早いタイミングでの暫定税率廃止を念頭にすると、今通常国会での法改正が必要となることから、今夏に予定される参議院議員選挙も見据えた国会スケジュールを勘案して、今月中には結論を得る必要があると考えられる。 暫定税率の廃止そのものは、昨年12月11日の自由民主党、公明党、国民民主党の三党幹事長合意により決まっているものの、実際にいつから施行されるという明確な定めはない。具体的な実施方法等については、引き続き関係者間で誠実に協議を進めることとされており、自公維による三党協議もまだ検討が続く見込みである。 〇財源の考え方 日本維新の会は、一時的な財源を使って最初に暫定税率を一時的に廃止し、12月に向けて与党で恒久財源を含めた税制改正の議論を行うことを提案している。つまり、暫定財源と恒久財源を区分する考え方である。一方、自由民主党としては、恒久税制を廃止するという限りにおいて、やはり恒久財源をきちんと議論した上で全体として制度をどうするかということを決めていくべきと考えている。今年1年分だけで暫定税率を廃止するとマーケットが不安定になる懸念もあり、将来の財源、将来の税制のあり方を含めて、暫定税率を廃止するという議論の必要性を主張している。 また、暫定税率を廃止することで国と地方を合わせて年間で約1.5兆円の財源が必要とされていることに対して、日本維新の会からは、例えば、今年7月から暫定税率を廃止した場合、第1四半期が既に経過していることから、年間約1.5兆円の4分の3である約1.1兆円の財源で済むとの指摘が出ている。 〇財源候補項目 日本維新の会からは、これまでの三党協議において、複数の財源候補が示されている。具体的には、税収の上振れ、決算剰余金、燃料油価格激変緩和対策基金、外国為替資金特別会計(外為特会)、国債発行、日銀ETFの活用が提案されており、協議の場では、各項目の制度概要や国会質疑についての資料が政府から提出されている。自由民主党としては、提案をしっかりと受け止めて議論した上で、全額を賄うことはできないものの、一部使えるような一時的な財源は含まれていることから、全部を否定はしないと回答している。しかし、前述の通り、これらを一時的な財源として、まず暫定税率を一時的に廃止してみるという議論には賛同していない。 決算剰余金については、財政法の規定に基づいて2分の1を国債償還の財源に充てることとされている。自由民主党としては、残りも防衛財源に使うものとして使い道の色が付いているとの認識である。 燃料油価格激変緩和対策基金については、本年3月補助分までの支払い後の同基金残高見込みが1.1兆円あり、短期あるいは暫定的な財源として使えるのではないかとの考えも出されている。 そのほか日本維新の会が注目しているのは、外為特会の剰余金である。外為特会は、歳入に外貨資産の利子収入等を、歳出に政府短期証券の利払い等を、それぞれ計上し、毎年度の利益の一部を外国為替資金に組み入れ、残りを一般会計に繰入れる仕組みである。令和7年度予算では、外為特会で約4.6兆円の利益が出ており、そのうち3.2兆円を一般会計に繰入れ、1.4兆円を外為特会に留保しているが、日本維新の会では、この留保している1.4兆円の活用を考えている。留保水準は財務省の省内ルールに基づいているが、近年の留保額が下表の通りである中で、何故1.4兆円が留保されているのか、次回の三党協議で運用のルールや実態が丁寧に説明される予定である。日本維新の会としては、これまでの議論で財源の問題も概ね片付いたと考えている。 【表:外為特会剰余金の一般会計繰入額の推移】 (※) 令和6年度予算の外為特会の利益及び一般会計繰入額には、令和5年度決算剰余金として確実に発生が見込まれた1.2兆円について、防衛財源確保法(令和5年法第69号)による臨時措置により、令和5年度に進行年度繰入れした分を含む。 これに対して政府としては、法律上のルールではないが、資産である外貨が増えた時に為替リスクや金利リスクを担保するため、剰余金の3割を積立金の留保分として充てることが外為特会の健全性のために必要であると考えている。 〇執行上の問題 実際に暫定税率を廃止する場合に、手持品控除等の執行上の問題を解決する必要がある。例えば、納税者ではない全国のサービスステーションにおける仕入先と価格の管理、ルールの確立などのほか、ガソリンの元売や小売が在庫を抱えていて、高い値段で仕入れて安い値段で売ることになってしまう場合の差損補填といった問題もある。自由民主党からは、問題の解決に時間を要するとの説明が行われている一方で、日本維新の会からは、「トリガー条項」が制定された際に準備期間として想定された期間内で対応可能なはずであるとの意見が出されている。 「トリガー条項」は平成22年度税制改正で創設された制度で、連続3ヶ月間にわたって揮発油の平均小売価格が160円/ℓを超える時には、翌月10日に告示を行うことでトリガー条項が発動して、当分の間税率(53.8円/ℓ=本則税率28.7円/ℓ+上乗せ税率25.1円/ℓ)の適用を停止し、本則税率(28.7円/ℓ)を適用するものである。逆にその後、連続3ヶ月間にわたって揮発油の平均小売価格が130円/ℓを下回る時には、トリガー条項が解除され、翌月以降、当分の間税率に復元される。ただし、制度創設の翌年に発生した東日本大震災からの復興に向けた税収確保の観点から、トリガー条項は発動することなく適用が凍結され、現在まで続いている。 次回の自公維三党協議では、何が検討課題として残っていて、少なくともどの程度の準備期間があれば実際に控除ができるのか、精緻に示されて検討される予定である。 (了)
〈令和7年度税制改正〉 新リース会計基準に伴う リース取引に係る所要の措置 【前編】 公認会計士・税理士 森 智幸 1 はじめに 企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」(以下、「新リース会計基準」という)が、2024年9月13日に企業会計基準委員会から公表された。 これにより、リース取引に関する会計処理などが変更されることとなった。また、これに対応するかたちで、令和7年度税制改正において法人税・地方税・消費税についても改正が行われた。 本稿は、【前編】として新リース会計基準の概要と、令和7年度税制改正の概要を解説する。続く【後編】では、実務への影響や注意点などについて解説したい。 なお、本稿は私見を含むものであることをあらかじめお断りしておく。 2 新リース会計基準の概要 (1) 適用時期 まず、新リース会計基準の適用時期について確認しておくこととする。 新リース会計基準は、2027年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用するとされている。ただし、2025年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から本会計基準を早期適用することも可能である(基準58)。 (2) 適用会社 対象会社は、新リース会計基準を適用する上場企業、会計監査人設置会社、上場準備会社などである。非上場のいわゆる中小企業は、任意で新リース会計基準を適用する場合を除き、適用対象とはならない。 (3) 借手側の処理とその影響 新リース会計基準では、原則として、ファイナンス・リース、オペレーティング・リースを問わず、全てのリース取引においてリース開始日にリース負債と使用権資産を計上することとなった(基準33)。 その結果、ファイナンス・リースに関する会計処理に変更はないが、オペレーティング・リースについて旧基準と新基準で相違が発生することになる。具体的には、以下のとおりである。 ① 貸借対照表 オペレーティング・リース取引は、旧基準では、リース資産とリース負債を計上しなかったが、新基準では、原則として使用権資産とリース負債を計上することになる。そのため、オペレーティング・リース取引を行ってきた会社では資産と負債がこれまでよりも、その分、増額することになる 《図表1》 ② 損益計算書 オペレーティング・リース取引は、旧基準では賃貸借処理とされていたため、支払リース料発生時に全額を費用計上していた。しかしながら、新基準では、原則として使用権資産とリース負債が計上されるため、使用権資産に係る減価償却費とリース負債に係る支払利息が計上される。 そのため、(イ)支払リース料と(ロ)減価償却費と支払利息の合計額との間に相違が発生することになる。 《図表2》 (4) 短期リース・少額リース 以上が、原則的な会計処理となるが、例外的に短期リースと少額リースについては、使用権資産とリース負債を計上しないことができる(適用指針20、22)。この点について詳しくは、【後編】で解説する。 (5) 貸手の処理とその影響 貸手については、区分については従来通り、まず、リースはファイナンス・リースとオペレーティング・リースに分類される(基準43)。また、ファイナンス・リースは、所有権移転ファイナンス・リースと所有権移転外ファイナンス・リースとに分類される(基準44)。 ファイナンス・リースについては、リース開始日に、通常の売買取引に係る方法に準じた会計処理により、所有権移転ファイナンス・リースについてはリース債権として、所有権移転外ファイナンス・リースについてはリース投資資産として計上する(基準45、46)。なお、リース料受取時に売上高と売上原価を計上する方法は廃止された。 一方、オペレーティング・リースについては、通常の賃貸借取引に係る方法に準じた会計処理を行うことになる(基準48)。 3 令和7年度税制改正の概要 (1) 法人税 法人税法においては、借手にかかるオペレーティング・リース取引についての取扱いが設けられた。 具体的には、内国法人が、オペレーティング・リース取引を行った場合において、そのオペレーティング・リース取引に係る契約をした事業年度以後の各事業年度においてその契約に基づき、その内国法人が支払うこととされている金額があるときは、その支払うこととされている金額のうち、その各事業年度において債務の確定した部分の金額は、その各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入するとされた(法法53)。 すなわち、各事業年度において債務が確定したオペレーティング・リース取引に係るリース料は、損金の額に算入するということである。 しかしながら、前述の通り、新リース会計基準ではオペレーティング・リースも従来の賃貸借取引が廃止され、原則として使用権資産とリース負債を計上することとなった。その結果、会計上の処理と法人税法上の処理に相違が発生することとなる。 なお、「その契約に基づき、その内国法人が支払うこととされている金額」については、その金額に含むものと含まないものが規定されている。 この結果、オペレーティング・リースについては、多くの場合、会計上の費用と法人税法上の損金の額が異なってくる。この点について詳しくは、【後編】で解説する。 (2) 地方税 地方税については、借手にかかる事業税の付加価値割の課税標準の算定において、純支払賃借料の算定の方法における支払賃借料の範囲が明確化された。 具体的には、支払賃借料の対象となる土地又は家屋の賃借権からは、法人税法64条の2第3項に規定するリース取引、すなわちファイナンス・リース取引に係るものを除くとされた(地法72の17②)。 すなわち、支払賃借料のうち、ファイナンス・リース取引にかかる賃借料は除くことになる一方、オペレーティング・リース取引にかかる賃借料は、法人税法上、所得の計算において損金の額に算入される部分の金額について、その損金の額に算入される事業年度の支払賃借料とするということである(財務省「令和7年度税制改正の大綱」三4(地方税)(1)①(58頁))。 前述の通り、今回の新リース会計基準において、オペレーティング・リース取引も使用権資産とリース負債を計上することとなったため、会計上は、リース料支払時には、借方にはこれまでの賃借料ではなく、リース負債と支払利息が計上される。そのため、このままだとリース料相当額の費用が計上されない。 一方、法人税法では、前述の通り、債務が確定したオペレーティング・リース取引に係るリース料は、損金の額に算入することになった。そこで、地方税法72条の17第2項では、法人税法における損金算入額を支払賃借料とすることで、これまでと同様の処理とすることとしたものと考えられる。 (3) 消費税 消費税については、貸手について、リース譲渡に係る資産の譲渡等の時期の特例が廃止されたと同時に、経過措置が設けられ、令和7年(2025年)4月1日前にリース譲渡に該当する資産の譲渡等を行った事業者については、令和12年(2030年)3月31日以前に開始する事業年度について、延払基準の方法により資産の譲渡等の対価の額を計算することができるとされた。 また、令和7年(2025年)4月1日以後に開始する事業年度において延払基準の適用をやめた場合、賦払金の残金を10年均等で資産の譲渡等の対価の額とすることができるとされた(消法附則22)。 4 おわりに 今回は、新リース会計基準の概要と、法人税・地方税・消費税に係る改正の概要について確認した。大きな論点は、借手におけるオペレーティング・リース取引の会計処理の変更であろう。一方で、当該取引は、法人税法においては、引き続き賃貸借取引を継続することから、会計と税務に乖離が生じることになる。 このような会計と税務の実務への影響については、【後編】で解説する。【後編】では、事例を用いて具体的な解説を行うので、引き続きご覧いただけると幸いである。 (了)
仕入税額控除制度における用途区分の再検討 -ADW事件最高裁判決から考える- 【第3回】 森・濱田松本法律事務所 外国法共同事業 パートナー 弁護士・税理士 栗原 宏幸 5 ADW事件最高裁判決が実務に与える影響の検討 ADW事件最高裁判決については、既に同事件の担当調査官による判例解説が公表されている(山本拓「判解」法曹時報76巻5号259頁)。そのため、同判決の理論的な位置付けなどの詳細についてはそちらを参照いただくこととし、ここでは同判決が今後の実務に与える影響について検討する。 (1) 消費税法の解釈として税負担の累積を正面から容認したことの影響 実務の観点からみたADW事件最高裁判決のポイントの1つ目は、最高裁が、税負担累積の排除が消費税の理念の1つであることを認めながらも、「税負担の累積が生じても課税仕入れに係る消費税額の全部又は一部が控除されない場合があること」、すなわち、実際には税負担の累積が生じる場合があることを法が「予定している」と明言した点である。 最高裁がこのように判示したことで、今後は、次の(2)で述べる用途区分の問題のみならず、仕入税額控除に関する諸問題について、税負担の累積を容認する解釈(つまり納税者に不利な解釈)が是認される可能性が高まったといえる。 例えば、税務調査で仕入税額控除が否認される類型の1つとして、従来より、課税仕入れの相手方の名称等を帳簿に記載しなければならないという要件(消費税法30条8項1号)を満たしていない、というものがある。 この点、法の不知で帳簿に必要な情報を全く記載していない場合や、意図的に虚偽の情報を記載したような場合に仕入税額控除を認める救済的な解釈をとる必要がないことについては、大きな異論はないと思われる。問題は、課税仕入れの相手方が意図的にその名称等について虚偽の情報を伝え、事業者がそれを信頼して帳簿に記載した場合の取扱いである(※4)。 (※4) 適格請求書(インボイス)についても、課税仕入れの相手方から虚偽の適格請求書の交付を受けた場合に、そのインボイスの保存によって仕入税額控除の適用を受けることができるかどうかという点が、いずれ問題となるであろう。 この点に関する最高裁の判断はまだ示されていないが、過去の裁判例や裁決例には、「事業者において帳簿に記載した仕入先の氏名が真実であると信じるについて相当の理由がある場合には、結果として真実でない氏名が記載されるに至ったとしても、仕入れに係る消費税額控除は適用されるものと解される。」として、虚偽の記載であっても「相当の理由」がある場合には仕入税額控除の適用を認める旨判示したもの(広島地裁平成11年2月18日判決・税務訴訟資料240号716頁)や、消費税法30条7項ただし書の「やむを得ない事情」として救済を図る余地を認めたもの(国税不服審判所平成21年1月28日裁決)がある(ただし、実際にこれらに該当することを認めて救済を図った事例は筆者の知る限り存在しない。)。 しかしながら、今回の最高裁判決は、このような論点についても、最高裁が税負担の累積を容認する形で(つまり積極的には救済を認めない方向で)解決を図る可能性があることを示唆している(救済の余地を完全には否定しないとしても、「相当の理由」や「やむを得ない事情」を厳格に解釈して救済の範囲を限定するおそれがある。)。 仕入税額控除の否認を納税者が訴訟で争う場合、これまでは仕入税額控除が税負担の累積排除という消費税の本質的な構成要素であることを強調し、仕入税額控除の否認はできるだけ狭く解すべきと主張することが考えられた(ADW社も上告受理申立て理由書においてその点を踏まえた解釈論を主張していた。)。しかしながら、今回の最高裁判決を踏まえると、そのような主張が裁判所に採用される見通しは残念ながら厳しくなったと言えよう。 (2) 対応関係に「軽重」をつけずに用途区分を判断することの影響 実務の観点からみたADW事件最高裁判決のポイントの2つ目は、上記(1)で述べた最高裁の解釈態度から用途区分に関して導かれる帰結として、最高裁が、課税取引に対応することが明らかな課税仕入れであっても、「少しでも」非課税取引にも対応すると認められる場合には、その課税仕入れは共通対応に区分されることを明らかにした点である。 同判決は、このことを、「課税資産の譲渡等のみならずその他の資産の譲渡等にも対応する課税仕入れは、全て共通対応課税仕入れに該当すると解するのが相当である。」(前回の4(2)①)、「本件各課税仕入れは、その上告人の事業における位置付けや上告人の意図等にかかわらず、共通対応課税仕入れに該当する」(同②)という判示によって明らかにしている(下線は筆者による。)。 また、同判決の判例解説は、この点を「限定客観説」と「客観説」の対比を用いて説明している。すなわち、同解説は、ADW社の主張を認めた一審判決のように、「税負担の累積排除の徹底という観点からの実質的・規範的な評価により、課税仕入れと事実上は対応する課税資産の譲渡等及びその他の資産の譲渡等のうち前者のみを用途区分の判断の基礎とする(後者を無視する)考え方」を「限定客観説」と定義し(前掲「判解」267頁)、「このような限定をすることなく、課税仕入れと対応する取引行為の全てを用途区分の判断の基礎とする考え方」を「客観説」と定義した上で(同274頁)、「客観説と限定客観説の対立は、このように課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等の双方に事実上対応する課税仕入れにつき、一律に共通対応課税仕入れに区分すべきとするか(客観説)、課税対応課税仕入れに区分される余地を認めるか(限定客観説)の点にあるものと整理することができる。」と述べる(同上)。その上で、同解説は、上述した税負担の累積排除の位置付け、限定客観説による場合は判断が不安定になり課税の明確性が害されること、準ずる割合の存在などから、最高裁が客観説を採用したと説明する(同267~268頁)。 以上によれば、実務上は、「客観説」が用途区分の判断基準の正当な解釈であることを前提に、個々の課税仕入れの用途区分を考えざるを得ないであろう。 ただし、注意が必要なのは、今回の最高裁判決からは、客観説にいう「事実上の対応関係」を具体的にどのように判断するかが何ら明らかになっていないという点である。つまり、ADW事件最高裁判決が明らかにしたのは、あくまで、用途区分の判断は事実上の対応関係に基づいて行う(事実上の対応関係が認められるにもかかわらず、税負担の累積排除等を理由にその一部を無視してはならない)ということだけであって、事実上の対応関係の有無をどのように判断するかについて、同判決は何ら明らかにしていない。 この点について、同判決の判例解説は、「課税仕入れがその後の一定の取引行為と対応するか否かは、将来予測を含む事実の認定評価の問題であり、当該事業者の事業内容や過去の取引内容等に照らして検討されることになろう。」として、対応関係の判断においては事業者のビジネスモデルなども考慮要素となり得るとの見解を述べているが(前掲「判解」274頁)、これはあくまで担当調査官個人の見解であって、最高裁がそのような理解を前提に今回の判決を言い渡したとまでは言い切れないであろう。 もっとも、今回の判決が、「税負担の累積排除」という消費税の理念による用途区分の規範的統制を行わないことを明言し、また、納税者にとって不具合がある場合は準ずる割合を自ら申請して是正すればよいという納税者の「自己責任」論を展開したことを踏まえると、実務上は、課税庁が税務調査において「課税の公平」の名の下に対応関係を幅広に認定し、課税対応を共通対応に否認することへの歯止めが利かなくなってしまったといえよう。極端な話をすれば、事業者に少しでも非課税売上(貸付金の受取利息、有価証券の譲渡代金、社宅の賃料など)が発生している場合に、高い確度で課税対応課税仕入れであるといえるのは、課税売上となる製品の在庫や原材料の仕入れぐらいであって、その他の課税仕入れについては、共通対応との指摘を受けるおそれが否定できないといっても差し支えないのではなかろうか。 (続く)
〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第72回】 「非上場企業における業績連動型の役員退職給与」 税理士 中尾 隼大 ○●○● 解 説 ●○●○ (1) 平成29年度税制改正前後の取扱い 現行の業績連動給与の制度は、平成29年度税制改正が施行される前までは旧・利益連動給与として整理されていた。改正前の法人税法34条1項本文をみると、「役員に対して支給する給与」から「退職給与」自体が除かれているため、退職給与であれば法人税法34条1項が定める3要件(定期同額給与・事前確定届出給与・利益連動給与)を判定する必要がなく、その他の損金不算入規定に該当しなければ損金算入が可能となっていた。この点、平成29年度税制改正の背景について、「退職給与・・・による給与は、利益に連動するものであっても厳格な要件を満たさずとも損金できること」が、役員給与等の実態と税制上の損金算入要件等と乖離していたためである旨の指摘がなされている(※)。 (※) 藤山智博他編『平成29年度版 改正税法のすべて』(大蔵財務協会、2017)301頁。 これに対し、平成29年度税制改正において旧・利益連動給与の制度が見直され、業績連動給与の制度に改められたのは記憶に新しい。その具体的な内容は【第35回】にて触れているとおり、役員給与のうち業績連動給与としての損金算入をしようとする場合、経営指標をベースとして客観的な算定方法を定め、それを有価証券報告書へ記載することが必要である。したがって、法人が非上場企業である場合にはこの要件を満たすことができず、業績連動給与としての損金算入をすることができない。加えて、改正後の法人税法34条1項本文では、「役員に対して支給する給与(退職給与で業績連動給与に該当しないもの・・・を除く。)」と示されたうえで3要件への該当性を判断することが示されている。これによれば、「役員に対する退職給与で業績連動給与に該当するもの」があれば、業績連動給与として損金算入の可否が判断されるため、業績連動給与に該当する以上、役員退職給与についても損金算入できないこととなる。 (2) 業績連動給与への該当性 それでは、役員退職給与のうち、どのようなものが業績連動給与となるのかについて確認したい。法人税法34条5項によると、「業績連動給与とは、利益の状況を示す指標、株式の市場価格の状況を示す指標その他の同項の内国法人又は当該内国法人との間に支配関係がある法人の業績を示す指標を基礎として算定される・・・給与・・・」と示されている。また、法人税基本通達9-2-17の2において、これらの指標が「利益若しくは株式の市場価格に関するもの又はこれらと同時に用いられる売上高に関するものに限られる」とされている。このうち、利益の状況を示す指標の具体例については【第35回】で触れているが、株式の市場価格の状況を示す指標についても経済産業省「『攻めの経営』を促す役員報酬-企業の持続的成長のためのインセンティブプラン導入の手引き―(2017年4月作成・公表、2023年3月最終更新)」Q62以下に解説されている。 これらに鑑みると、非上場企業が役員退職給与について業績連動の要素を導入しようとした場合、「株式の市場価格を示す指標」を採用することはそもそも不可能であるため、利益の状況を示す指標や利益と同時に売上高を用いる指標を基礎とすることとなる。つまり、各種利益やEBITDA等を用いて役員退職給与の額を算出するような役員退職金規程を設けた場合、退職給与で業績連動給与に該当するものに該当すると考えられる。 この場合には、業績連動給与の損金算入要件の判定対象となり、有価証券報告書に記載する形で開示していないために損金算入が認められないこととなる。 (3) 功績倍率法との関係と留意点 これに対し、不相当に高額とはならない役員退職給与の額の算定方法については、本連載各所で触れてきたように、法人税基本通達9-2-27の3(注)にて功績倍率法の定義が示されており、具体的には「役員の退職の直前に支給した給与の額を基礎として、役員の法人の業務に従事した期間及び役員の職責に応じた倍率を乗ずる方法により支給する金額が算定される方法」であるとされている。そして、同通達の本文には、「功績倍率法に基づいて支給する退職給与は、法第34条第5項《役員給与の損金不算入》に規定する業績連動給与に該当しない」と示されている。つまり、功績倍率法を用いる限り、業績連動給与の損金算入要件について判定する必要がないとされているのである。 これによれば、功績倍率法による限り、今回取り上げる懸念点は具現化しないとも思われる。しかし、役員のこれまでの貢献を評価する手法として、功績倍率法の倍率自体を利益指標によるとする旨の役員退職金規程を設定し、実際に運用している場合はどうだろうか。例えば、利益指標をベースとした功績倍率テーブルを設け、それに当てはめる形で功績倍率法に用いる功績倍率自体が定まるという場合が考えられる。この場合、私見ではあるが、功績倍率法の1要素である功績倍率自体に業績連動給与に関する要素が介入しているとされることで、その支給額が「役員退職給与で業績連動給与に該当するもの」と判断される可能性もあるだろう。したがって、非上場企業が役員退職金規程を設ける場合には、功績倍率法を用いることを前提に、業績連動の要素を排除する形にて運用するべきであるといえるだろう。 なお、功績倍率法については、実務上、代表取締役に対する功績倍率を3倍以下とすれば無難という認識が広く浸透している。本来の功績倍率は、同業類似法人の情報を基に算定すべき中でこのような認識となったのは、納税者が事前に同業類似法人の情報を把握することには限度があるという前提において、事例の蓄積と認識の収斂によるものではないかと思われる。また、いわゆる功労加算の要素も含めたところで功績倍率の適正性を判断すべきであること、外形的に代表取締役でさえあれば必ず3倍が認められるとは限らないという点等に留意したい(これらについては【第66回】等参照)。 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第71回】 「塩野義製薬事件 -現物出資による国外への資産移転- (地判令2.3.11、高判令3.4.14)(その1)」 ~旧法人税法施行令4条の3第9項(平成28年度改正前)~ 滋賀大学准教授・税理士 金山 知明 1 はじめに 諸国におけるLLP(Limited Liability Partnership)、LPS(Limited Partnership)やLLC(Limited Liability Company)などは、「課税上透明な事業体(fiscally transparent entity)」(本稿では「透明事業体」と略する)と呼ばれ(※1)、その税務上の取扱いが国によって異なることから問題を生むことが多い(※2)。とりわけ、ある国における透明事業体が税法上の法人に該当するか否かという争点で、わが国でもいくつかの裁判例がある。 (※1) パートナーシップに対する二国間条約の適用関係を解説したOECD(1999年)“The application of the OECD model tax convention to partnerships”においても、パートナーシップの課税上の性質を “fiscally transparent”と表現する。 (※2) OECD (1999年), Id, at 10. このうち米国デラウェア州のLPSについてわが国における法人該当性が争われた事件(※3)では、当該LPSが権利義務の主体たり得ることから、法人に該当するという判断がなされている。ただし、同じLPSでもケイマンで組成されたものについて、法人には該当しないとした裁判例もある(※4)。 (※3) 最高裁平成27年7月17日判決(民集69巻5号1253頁)。 (※4) 名古屋高裁平成19年3月8日判決(税資257-38順号10647)。 本稿で取り上げる事例(塩野義製薬事件)は、そのケイマン法上のLPSを用いた事業にまつわるわが国課税上の争訟であるが、法人該当性が直接の争点となったわけではなく(法人に該当しない事業体であることに争いはなく)、そのLPSの持分が国内外のいずれに存する資産であるかが問題となったものである。 具体的には、内国法人が外国子会社にケイマンLPS持分を現物出資したところ、そのLPS持分が国外資産であれば適格現物出資として課税繰延べの対象となるが、国内資産であれば非適格として課税に服するという法律関係下において、この内外判定が争われた事案である。透明事業体の税務上の特異な性質により引き起こされる新たな論点を扱うものとして、先例的重要性があるといわれる(※5)。 (※5) 岡村忠生「塩野義製薬事件判決の分析と意義」国際税務40巻6号(2020年)46頁。 本稿ではこの塩野義製薬事件(東京地裁令和2年3月11日判決、東京高裁令和3年4月14日判決)を題材に、外国の透明事業体が有する事業用資産について、その帰属の問題を検討し、判決内容の精査を試みる。 2 適格現物出資規定について 適格現物出資の規定は、平成12年の商法改正を契機に、新たな組織再編税制の一部として平成13年に導入された。法人が他の法人に対して現物出資を行う場合、税法上は現物出資の時点で時価による譲渡があったものとして、法人税の課税対象とするのが原則である(法人税法22条2項)。しかし、その現物出資が支配関係のある法人間で行われるなどの要件を充足して適格現物出資に該当する場合には、その時点での譲渡益につき、出資法人に対する課税はされないこととなる(同法62条の4第1項)。これは、法人税の負担が現物出資による企業再編の阻害要因となることを防止し、再編活動を容易にするために定められたものであると解される(※6)。 (※6) 金子宏『租税法(第24版)』弘文堂(2021年)505頁。 適格現物出資の定義を定める法人税法2条12号の14(平成28年度改正前。以下同じ)は、完全支配関係のある法人間等での現物出資を適格と認めるが、その括弧書きにおいて「外国法人に国内にある資産又は負債として政令で定める資産又は負債の移転を行うもの」を適格から除いている。また、この規定を受けた法人税法施行令4条の3第9項(平成28年度改正前。以下同じ)は、国内にある資産又は負債とは「国内にある不動産、国内にある不動産の上に存する権利、鉱業法の規定による鉱業権及び採石法の規定による採石権その他国内にある事業所に属する資産又は負債」であるとする。 さらに、この「国内にある事業所に属する資産又は負債」への該当性につき法人税基本通達1-4-12(令和6年度廃止前。以下同じ)では、「原則として、当該資産又は負債が国内にある事業所又は国外にある事業所のいずれの事業所の帳簿に記帳されているかにより判定するものとする。ただし、国外にある事業所の帳簿に記帳されている資産又は負債であっても、実質的に国内にある事業所において経常的な管理が行われていたと認められる資産又は負債については、国内にある事業所に属する資産又は負債に該当することになるのであるから留意する。」と示されていた。 これらの定めは、国内にある含み益のある資産を現物出資により外国法人に移転することで、その含み益に対する課税が行われなくなることを規制し、わが国の課税権を確保しようとする趣旨により設けられたものと解される(※7)。 (※7) 武田昌輔『DHCコンメンタール法人税法』第一法規、623の14頁。 3 塩野義製薬事件の内容 (1) 事実の概要 医薬品の製造、販売等を営む株式会社である原告X(塩野義製薬)は、平成13年9月、医薬品用化合物の共同開発等のため、英国の製薬会社GSK(以下「GSK親会社」という)の米国子会社GSK(以下「GSK子会社」という)との間でジョイント・ベンチャー(以下「本件JV」という)契約を締結した。Xらはその事業主体として、同年中に設立していたケイマン法に基づく特例有限責任パートナーシップ(Exempted Limited Partnership)(以下「ELPS」という)であるCILPを用いることとし、XとGSK親会社はリミテッド・パートナー(以下「LP」という)として、その持分のうちそれぞれ49.99%を所有し、Xの米国所在の完全子会社SGHとGSK子会社がゼネラル・パートナー(以下「GP」という)としてその持分の0.01%ずつを所有することとなった。 また、CILPは本件JV契約に先立ち、米国デラウェア州法上のLLCであるUSOpCoを設立しており、本件JVに係る実際の事業運営についてはこのUSOpCoが担うこととされた。 X及びGSK親会社は、平成13年10月、本件JV契約に基づき、CILPに対し、Xらが保有する知的財産の使用及び実施を許諾する旨の契約を締結した。その後数年の間に両社は抗HIV薬の共同開発で成果を出し、平成19年7月、本件JVの枠組みの中でその後の臨床試験等の開発活動を進めていくことを決定した。 その後、GSK親会社は、米国のファイザー社とともに英国に製薬会社であるViiV親会社を設立し、GSK親会社及びGSK子会社は平成21年11月、それぞれが保有するCILPの全ての持分(GSK親会社49.99%、GSK子会社0.01%)を、ViiV親会社の米国所在の完全子会社であるViiV子会社に、それぞれ譲渡した。 Xは平成24年10月、Xが同年に英国に設立していた完全子会社であるSLとの間で、本件現物出資に係る契約(以下「本件現物出資契約」という)を締結(※8)し、Xの保有するCILPの持分(49.99%。以下「本件CILP持分」という)をSLに給付し、同時にSGHも、CILP持分(0.01%)をSLに有償譲渡した。 (※8) 本件現物出資契約では、本件CILP持分を「本件リミテッドパートナーシップ持分」と定義したうえで、それに付随する全ての権利とともに出資し、SLはこの出資を受け入れる対価として、Xへの普通新株の割当及び発行を行うこととされた。 そしてSLは、取得したCILP持分の全てを、ViiV親会社に現物出資し、ViiV親会社の発行済株式の10%を取得することとなった(下記《概要図》参照)。 《概要図》 なお、Xが本件現物出資を行う直前の時点で、Xの帳簿に投資有価証券として記載されていたCILP持分の価額は72億円あまりであり、これに対応する税務調整後の簿価がSLに引き継がれたはずであるが、下記の更正により増加した所得金額は400億円あまりに上るため、これがCILP持分の税務上の簿価と時価の差額であると考え得る。 このときのCILPの事業用財産は、①X及びGSK/ViiV等の各パートナーからの出資に由来する現金、②X及びGSK/ViiVから供与された知的財産のライセンス、③新薬向けの化合物についての開発活動によって得られた治験データ等の無形資産、④USOpCoへの出資等で構成されていた。 Xは、平成25年3月期の法人税等につき、本件現物出資が適格現物出資に該当し、その譲渡益の計上が繰り延べられるとして確定申告を行ったが、これに対して税務署長Yは、同期の法人税につき、本件現物出資が外国法人に法人税法施行令4条の3第9項にいう「国内にある事業所に属する資産」の移転を行うものであり適格現物出資に該当しないなどとして、各更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分等をした。 Xはこれに対して異議申立てを経て国税不服審判所に審査請求をしたが、平成28年2月に国税不服審判所は同審査請求を棄却する旨の裁決をしたため、同年9月にXは本件訴えを提起した。 (2) 争点 本件訴訟上の争点は以下のとおりである。なお、本稿では争点1のみを検討する。 (※9) Xは本件現物出資の直前(平成24年10月)に、大阪国税局に対して本件現物出資が適格現物出資に該当するか否かについて照会したところ、現物出資実行後の同年11月において、同国税局担当者から適格現物出資に該当する旨、口頭で回答を受けていたにもかかわらず、それを覆す形で更正処分を受けたことにつき、信義則違反を主張している。 (3) 争点1に関する当事者の主張の概要 ① 本件現物出資の対象資産について 本件現物出資の対象資産について、X及びYは主に以下のように主張している。 《Xの主張》 CILPは、民法上の組合に類似した事業体として、日本の租税実務上、パススルー課税が適用される。株式会社と組合では、法人格が認められるか否かで根本的な相違があり、法人は、法人格によって組織体自体の権利義務主体性が認められ、構成員と組織体の財産との間の関係が切断されているのに対し、組合においては、組織体自体は権利義務の帰属主体ではなく、構成員が持分割合に応じて個々の組合財産を共有しているとされるものであって、組合に対する抽象的な持分は、租税法上、独立の財産権として観念し得ない。 よって、租税法上、組合の出資持分が譲渡される場合、法人格を有する組織体における抽象的な出資持分(株式等)とは異なり、個々の組合財産に対する持分権が移転したものとして取り扱われる。 以上のとおり、CILPは日本の租税法上、組合と同様に取り扱われるから、本件現物出資の対象資産は、本件JVが行う事業を構成し、有機的一体として機能するCILPの事業用財産に対するXの有する持分割合相当の持分権であり、出資持分それ自体ではない(※10)。 (※10) このほかXは予備的に、CILP持分を法人の株式ないし出資と同様に取り扱うのであれば、XはCILPの持分を25%以上保有していたことから、法人税法施行令4条の3第9項の外国法人の株式に係る例外規定が類推適用されなければならないと付け加える。 《Yの主張》 ELPS法上、LPの持分が譲渡された場合、その譲受人は、当該持分に関して譲渡人の権利義務を承継したLPになるとされているほか、同持分が譲渡抵当の対象となることが予定されているから、当該持分自体を財産的価値がある譲渡可能な資産として捉えることが可能である。 ELPS法の定めや本件パートナーシップ契約上、LPであるXはCILPの持分を離れて、CILPの事業用財産のみを現物出資することはできない。パススルー課税の考え方は、組合に生じた損益に係る課税について、その組合でなく各組合員が納税義務の主体となるというものであり、組合の私法上の出資持分の存在が無視されるということを意味するものではない。 当事者が現物出資の対象資産としたのは、Xが保有していたCILP持分自体であることは明らかであり、その内実は、CILPのLPたる地位に基づく各種権利義務の総体(個々の事業用財産の共有持分を含む)である(※11)。 (※11) またYは、法人税法施行令4条の3第9項の外国法人の発行済株式等(25%以上保有)の特例について、ケイマンのELPSは「外国法人」には該当しないから、その持分である本件CILP持分は上記特例にいう「外国法人の株式」に該当しないとして、その類推適用を否定している。またYは予備的に、現物出資の対象資産がCILPの事業用財産であったとしても、現物出資行為の対象資産が複数ある場合、その中に1つでも国内にある事業所に属する資産が含まれている場合には、その現物出資全体が適格現物出資に当たらないと主張している。 ② CILPの持分が「国内にある事業所に属する資産」に該当するか CILPの持分が「国内にある事業所に属する資産」に該当するかについて、X及びYは主に以下のように主張している。 《Xの主張》 法人税法施行令4条の3第9項にいう「国内にある事業所に属する資産」の「属する」とは、わが国が国際的な源泉地管轄に基づく第一次課税権を有することを意味する。法人税基本通達1-4-12にいう「資産を経常的に管理している事業所」は、その経常的な管理を通じて、その資産の価値を創造又は増大させている場所と考えられる。 CILPの新薬開発事業は、新薬の開発、製造・販売のために組織化され、有機的一体として機能する財産であり、その事業全体を1つの財産と捉えて一括して本件現物出資に供したものである。 本件では、CILPから新薬開発に関する業務執行全般の委任を受けたUSOpCoにおける本件JVの意思決定機関であるJSC(Joint Steering Committee)と、GSK/ViiV側が有する米国の事業所において、新薬開発事業における重要な意思決定と経営管理が行われていた。 CILPの事業用財産は、上記米国事業所において作成・保管され、CILPとUSOpCoの帳簿に記帳されていた。CILPの事業用財産を構成する資金を保管していた本件JV名義の口座も米国のみに存在しており、出入金の管理は、GSK/ViiV側が行っていた。 本件JVの事業としての治験により事業用財産の含み益は増大したが、治験は全て日本国外で実施され、その成果物である治験データベースはGSK/ViiV側の事業所により管理され、Xはアクセスを許されていなかった。 課税実務上、組合の事業活動が行われている事業所は、他の組合員にとっても、恒久的施設として取り扱われるものとされる(平成26年度税制改正前の所得税基本通達164-7参照)。「恒久的施設」とは「事業所」を含む概念であるため、前期米国事業所は、Xの国外にある事業所を構成し、CILPの事業用財産の管理はその国外事業所において行われていた(※12)。 (※12) このほかXは、日本国内でXが業務を受託してCILPの事業の一部を遂行していた旨のYの主張に対して、製薬会社においては、開発や製造の業務を他者から受託することはごく一般に行われており、単にXがCILPの手足として具体的な開発・製造行為を行った場所が、CILPの無形資産の価値を創出した場所となるものではない旨主張している。 《Yの主張》 内国法人が国内にある事業所において経常的に管理している特定の資産は国内にある資産であり、当該資産の譲渡益にはわが国の課税権を確保する必要性が高いから、法人税法施行令4条の3第9項にいう「国内にある事業所に属する資産」とは、国内にある事業所において経常的な管理が行われている資産と解するのが相当である。そして、通常、資産は、当該資産を経常的に管理している事業所において帳簿に記帳されていると考えられるから、特にこれと異なる事情がない限り、当該資産が記帳されている事業所と当該資産の属する事業所とは一致すると解される。 よって、現物出資の対象資産が「国内にある事業所に属する資産」であるか否かは、当該資産が記帳されている事業所が国内にあるか否かを検討し、次いで、当該資産の記帳された事業所とは別の事業所で実質的に経常的な管理が行われていたと認定できるほどの事実が認められるか否かで判断するのが相当である(法人税基本通達1-4-12参照)。 XはCILP持分の持分割合に基づき、CILPに出資する義務やその収益及び費用等の配賦を受ける地位を有していたところ、CILP持分は国内にあるXの本社経理財務部が管理する有価証券台帳に投資有価証券として記帳されており、かつ、同台帳にはXが各出資を行ったことやCILPに係る費用等の配賦の結果等が適宜記帳されていたことからすれば、CILP持分は「国内にある事業所に属する資産」に該当すると推認される。 現に本件現物出資はX本社の取締役会で意思決定が行われ、その他のCILP持分に係る追加出資の意思決定等がX本社において継続的に行われていたのであるから、CILP持分は、本件現物出資に至るまで、X本社において経常的に管理されていたといえる。 他方、CILP及びUSOpCoは独自の事業所を有しておらず、Xもケイマン及び米国に事業所を有していなかったことからすれば、CILP設立当初においてはXの保有するCILP持分はXの国内にある事業所において管理されていたと解さざるを得ず、その後も本件現物出資に至るまで、CILP持分がその管理の場所を移転したと認められる特段の事情はない。 よって、本件CILP持分は、国内にある事業所において記帳され、経常的に管理されていたものであり、Xの国内にある事業所に属する資産に該当する(※13)。 (※13) Yは加えて、非臨床試験の一部について、Xにより日本国内で行われていたから、国内にある事業所もその治験プロセスに密接に関与しており、CILPの事業用財産の価値創出に貢献したとも主張している。 ((その2)へ続く)
相続税の実務問答 【第107回】 「未分割についてやむを得ない事由がある旨の承認申請書の提出を失念していた場合の配偶者の税額軽減」 税理士 梶野 研二 [答] あなたは未分割であることについてやむを得ない事情の承認を受けていませんので、配偶者の税額軽減の規定を適用することはできませんが、遺産分割の調停成立の結果に基づき計算した相続税額が、当初申告額よりも減少することになったことによる更正の請求をすることはできます。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 遺産分割がされなかった場合の申告 相続又は遺贈により財産を取得した者は、相続の開始があったことを知った日の翌日から10ヶ月以内に相続税の課税価格や納付すべき税額を記載した相続税の申告書を提出し、その申告書に記載した相続税額を納付しなければなりません。相続税の課税価格は、相続又は遺贈により取得した財産の価額を基に計算しますが、相続税の申告書を提出する時に、当該相続又は包括遺贈に係る財産の全部又は一部が共同相続人又は包括受遺者によって分割されていないときは、その分割されていない財産については、各共同相続人又は包括受遺者が民法(第904条の2(寄与分)を除きます。)の規定による相続分(法定相続分)又は包括遺贈の割合に従って当該財産を取得したものとして課税価格を計算します(相法55本文)。 ただし、その後において当該財産の分割があり、共同相続人又は包括受遺者が分割により取得した財産を基に計算した相続税の課税価格又は税額に比して、法定相続分又は包括遺贈の割合に従って計算された相続税の課税価格又は税額が過大となった場合には、更正の請求をすることができることとされています(相法55ただし書き、32①一)。また、課税価格が当初申告と同額であったとしても、下記2の配偶者に対する相続税額の軽減の適用について規定した相続税法第19条の2第2項ただし書に該当したことにより、同条第1項の規定を適用して計算した相続税額が分割前に確定していた相続税額と異なることとなった場合においても更正の請求をすることができます(相法32①八)。 2 配偶者に対する相続税額の軽減 (1) 配偶者に対する相続税額の軽減の概要 被相続人の配偶者がその被相続人から相続又は遺贈により財産を取得した場合のその配偶者の相続税については、贈与税額控除適用後の算出相続税額から「配偶者の税額軽減額」として計算した一定の金額を控除した残額をもってその配偶者の納付すべき相続税額とし、その残額がないときはその配偶者の納付すべき相続税額はないものとされます(相法19の2①)。この控除が「配偶者に対する相続税額の軽減」です。 配偶者に対する相続税額の軽減の制度は、①配偶者の相続又は遺贈による財産の取得が同一世代間の財産移転であり、遠からず次の相続が生じて、その際、相続税が課税されることになるのが一般的であること、また、②長年、被相続人と共同生活を営んできた配偶者に対する社会的配慮、更には③遺産の維持形成に対する配偶者の貢献への考慮などの観点から一定の額までの相続税額を軽減するものです。そのためこの配偶者に対する相続税額の軽減は、配偶者が遺産分割等により確定的に取得した財産に係る相続税額が対象となり、遺産分割により他の者に帰属する可能性のある未分割の財産に係る相続税額については適用することはできません(相法19の2②本文)。 (2) 申告期限後に配偶者に対する相続税額の軽減を適用するための手続き 上記(1)のとおり配偶者に対する相続税額の軽減は、相続税の申告書の提出期限までに共同相続人又は包括受遺者によって分割されていない場合には、その分割されていない財産に係る相続税額については適用することができません。ただし、その分割されていない財産が、相続税の申告書の提出期限(以下、「申告期限」といいます。)から3年以内に分割された場合には、その分割された財産に係る相続税額については、上記1のとおり更正の請求により配偶者に対する相続税額の軽減を適用することができます(相法19の2②ただし書き)。相続税の申告期限までに相続又は遺贈により取得した財産の全部又は一部が分割されていない場合において、その分割されていない財産を申告期限から3年以内に分割し、配偶者に対する相続税額の軽減の適用を受けようとするときには、「申告期限後3年以内の分割見込書」を相続税の申告書に添付して提出します(相規1の6③二)。 相続税の申告期限から3年が経過する時までの間に相続又は遺贈に関して訴えが提起されたことなど一定のやむを得ない事情により申告期限から3年以内に分割ができなかった場合には、所轄税務署長の承認を受けることにより、財産の分割ができることとなった日の翌日から4ヶ月以内に更正の請求を行うことにより配偶者に対する相続税額の軽減を適用することができます(相法19の2②ただし書きのかっこ書き)。所轄税務署長の承認を受けるためには、相続税の申告書の提出期限後3年を経過する日の翌日から2ヶ月を経過する日までにやむを得ない事情の詳細などを記載した「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」を所轄税務署長に提出しなければなりません(相令4の2②、相規1の6②)。この期間に当該申請書を提出しなかった場合には、税務署長の承認を受けることができませんので、申告期限後3年以内に分割できなかった理由が何であれ、配偶者に対する相続税額の軽減を適用することはできません。 〇期限後に行われた配偶者に対する相続税額の軽減に係る承認申請の却下処分が適法とされた事例 (平13.7.24裁決、裁決事例集No.62) 3 ご質問の場合 ご質問の場合、相続税の申告期限から3年を経過する時において、あなたと乙との間で遺産分割がされておらず、調停の手続きが進められていたとのことです。遺産分割について調停の申立てがされていたことは、配偶者に対する相続税額の軽減を適用できる遺産分割の期限を延長することができるやむを得ない事情に当たります。ただし、この延長をするためには、相続税の申告期限後3年を経過する日の翌日から2ヶ月以内に所轄税務署長に「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」を提出し、その承認を受ける必要がありました。しかしながら、あなたは、この申請書の提出を失念していましたので、もはや配偶者に対する相続税額の軽減を適用することはできません。 ただし、あなたは、乙との間で遺産分割に関する調停が成立し、あなたが取得することとなった遺産は、法定相続分相当の2分の1を下回る5分の2とのことですので、この分割結果を基に相続税額の計算をした場合において、法定相続分に応じて課税価格を計算した期限内申告書記載の相続税額を下回ることとなるとすれば、相続税法第32条第1項第1号に該当しますので、この部分については更正の請求をすることができます。 (了)
リース会計基準を学ぶ 【第9回】 「貸手のリースの会計処理②」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 前回(第8回)に引き続き、貸手のリースの会計処理について解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 所有権移転ファイナンス・リースと所有権移転外ファイナンス・リース ファイナンス・リースと判定されたもののうち、次の(1)から(3)のいずれかに該当する場合、所有権移転ファイナンス・リースに分類し、いずれにも該当しない場合、所有権移転外ファイナンス・リースに分類する(リース適用指針70項、BC110項)。 Ⅲ 貸手の所有権移転外ファイナンス・リースの会計処理 1 基本的な会計処理 貸手の所有権移転外ファイナンス・リースの基本的な会計処理について要約すると、次のようになる(リース適用指針71項、72項、BC114項~BC117項)。 2 利息相当額の各期への配分 貸手における利息相当額の総額は、貸手のリース料及び見積残存価額(貸手のリース期間終了時に見積られる残存価額で残価保証額以外の額)の合計額から、これに対応する原資産の取得価額を控除することによって算定する(リース会計基準47項)。 利息相当額の総額を貸手のリース期間中の各期に配分する方法は、原則として、利息法による(リース会計基準47項、リース適用指針73項)。 この場合に用いる利率は、リース適用指針66項の貸手の計算利子率とする(リース適用指針73項)。 貸手としてのリースに重要性が乏しいと認められる場合、リース適用指針73項の定めによらず、利息相当額の総額を貸手のリース期間中の各期に定額で配分することができる。ただし、リースを主たる事業としている企業は、当該取扱いを適用することはできない(リース適用指針74項、75項)。 Ⅳ 貸手の所有権移転ファイナンス・リースの会計処理 貸手の所有権移転ファイナンス・リースの基本的な会計処理は、前述の所有権移転外ファイナンス・リースと同様である(リース適用指針78項)。 所有権移転ファイナンス・リースでは、リース適用指針71項及び72項にある「リース投資資産」は「リース債権」と読み替えて適用する(リース適用指針78項)。 また、利息相当額の各期への配分は、前述の「2 利息相当額の各期への配分」(リース適用指針73項)と同様である(リース適用指針79項)。 Ⅴ オペレーティング・リースの会計処理 「オペレーティング・リース」とは、ファイナンス・リース以外のリースをいう(リース会計基準14項)。 貸手のオペレーティング・リースについては、通常の賃貸借取引に係る方法に準じた会計処理を行う(リース会計基準48項)。 貸手は、オペレーティング・リースによる貸手のリース料について、貸手のリース期間にわたり原則として定額法で計上する(リース適用指針82項)。 フリーレント(契約開始当初数ヶ月間賃料が無償となる契約条項)やレントホリデー(例えば、数年間賃貸借契約を継続する場合に一定期間賃料が無償となる契約条項)等がある場合、オペレーティング・リースによる貸手のリース料について貸手のリース期間にわたり原則として定額法で計上することとし、貸手のリース期間についてリース会計基準32項(2)の方法を選択して決定する場合に当該貸手のリース期間に無償賃貸期間が含まれるときは、貸手は、契約期間における使用料の総額(ただし、将来の業績等により変動する使用料を除く)について契約期間にわたり計上する(リース適用指針BC121項)。 (了)