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谷口教授と学ぶ「税法基本判例」 【第52回】「事業所得と給与所得との区分に関する「判断の一応の基準」の意味」-弁護士顧問料事件・最判昭和56年4月24日民集35巻3号672頁-

谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第52回】 「事業所得と給与所得との区分に関する「判断の一応の基準」の意味」 -弁護士顧問料事件・最判昭和56年4月24日民集35巻3号672頁-   大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫   Ⅰ はじめに 今回は、弁護士の顧問料の給与所得該当性が争われたいわゆる弁護士顧問料事件に関する最判昭和56年4月24日民集35巻3号672頁(以下「本判決」という)において示された、事業所得と給与所得の区分に関する「判断の一応の基準」の意味について検討する。 なお、本判決は、民集35巻3号672頁の「判示事項」でも、「いわゆる減額再更正処分の取消を求める訴の利益の有無」が取り上げられ、これに関する判断を示した判決としても(むしろ当時はそのような判決として)注目を集めたが(この問題については園部逸夫「判解」最判解民事篇(昭和56年度)275頁ほか多くの判例評釈がある)、この問題は第39回(特にⅡ2)で検討した。 また、事業所得と給与所得との区分が争われるのは、「所得を得るために必要な支出」という意味での必要経費(理論的意味における必要経費)の控除が実額控除とされるか(事業所得)又は概算控除とされるか(給与所得)という取扱いの違いによるものであるが(理論的意味における必要経費、実額控除、概算控除については拙著『税法基本講義〔第8版〕』(弘文堂・2025年)【312】、【262】、【267】参照)、その争いの実質的な原因は、多くの場合、大嶋訴訟(第2回参照)に典型的にみられたように当該事案における給与所得に係る必要経費の概算控除(給与所得控除)の額が必要経費の実額控除の額を下回る点にあったところ、本件では、確定申告における顧問料収入に係る必要経費については概算控除の方が上回っていたものと思われる(本件における確定申告、更正及び再更正に係る給与所得及び事業所得の収入金額、所得金額等の内訳については原審・東京高判昭和51年10月18日民集35巻3号686頁、687頁以下参照)。   Ⅱ 本判決のいう「判断の一応の基準」とその後の裁判例によるその理解 本判決は事業所得と給与所得との区分について、一般論として、次のとおり判示した(下線筆者)。 本判決は、事業所得と給与所得との区分に係る「判断の一応の基準」として事業所得の意義及び給与所得の意義を判示しているが、この判示については、「本件判決における事業所得及び給与所得の一般的な定義付けは、従来の裁判例におけるものと基本的に異なるところはないと考えられ、抽象的一般的な概念規定としては本件判決に述べられているようなことになると思われる。」(清永敬次「判批」民商法雑誌85巻6号(1982年)1023頁、1035頁)との評価がされている。 前記の判示は、最近でも、事業所得の意義又は給与所得の意義に関して参照されており(事業所得に関して東京地判令和7年3月4日[未公刊・LEX/DB25618239]、東京地判令和6年3月13日[未公刊・LEX/DB25612707]、名古屋地判令和5年6月22日税資273号順号13859、東京地判令和4年8月31日税資272号順号13749等、給与所得に関して東京地判令和5年3月8日税資273号順号13826、東京高判令和4年9月28日税資272号順号13759、東京地判令和4年8月26日税資272号順号13748、名古屋地判令和4年6月30日税資272号13730等参照)、「多くの裁判例でこの昭和56年判決[=本判決]に依って判断が下されてきた」(長島弘「給与所得該当性を巡る判断基準―最高裁昭和56年4月24日判決の判例法としての位置づけ―」立正法学論集48巻2号(2015年)103頁、128頁)という状況は続いているといえよう。 ただ、「この昭和56年判決が『一応の基準』でしかなくレイシオ・デシデンダイではないという裁判例」として派遣家庭教師等報酬事件・東京地判平成25年4月26日税資263号順号12210及び同事件控訴審・東京高判平成25年10月23日税資263号順号12319(以下では前者を「別件東京地判」、後者を「別件東京高判」といい、両者を「別件裁判例」という)を挙げる見解(長島・前掲論文128頁)がある。ここでレイシオ・デシデンダイ(ratio decidendi)とは、「ある判決において、その判決の結論に達するため不可欠な基礎となった原理。判決の真の理由。」(高橋和之ほか編集代表『法律学小辞典〔第6版〕』(有斐閣・2025年)1406頁)をいう。 別件裁判例は次のとおり判示している(下線筆者)。 以下では、これらの判決で示された本判決の前記の判示内容に関する理解を検討することによって、本判決のいう「判断の一応の基準」の意味を明らかにすることにしたい。   Ⅲ 「労務の提供等の独立性」基準と「労務の提供等の非独立性」基準 別件裁判例は、本判決が給与所得の意義に関して示した「労務の提供等が使用者の指揮命令を受けこれに服してされるものであること(労務の提供等の従属性)」(別件東京地判。以下「『労務の提供等の従属性』基準」という)を「当該労務の提供等の対価が給与所得に該当するための必要要件」(別件東京地判。以下同じ)とは認めなかった。このことは、「従属性が認められる場合の労務提供の対価については給与所得該当性を肯定し得るとしても」(別件東京高判)、「労務の提供等の従属性」が給与所得の要件事実とはいえないことを意味する。したがって、「労務の提供等の従属性」基準は、「判断の一応の基準」にすぎないというべきものである。 そうすると、「労務の提供等の従属性」基準では給与所得該当性の判断ができない場合があることになるが、そのような場合として、別件裁判例は国会議員の歳費や法人の役員報酬・役員賞与などを挙げている。 では、別件裁判例はどのようなことを「給与所得に該当するための必要要件」として判示したのであろうか。この点について、別件東京地判は、「労務の提供等から生ずる所得」のうち「自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得」すなわち事業所得を「給与所得の範ちゅうから外[す]」ことにより、「労務の提供等が自己の計算と危険によらないものであること〔労務の提供等の非独立性〕」を「給与所得該当性の判断要素」として位置付ける旨の判断を示している。 この判断は、事業所得と給与所得とを間隙なく(境界を接する形で)区分することを前提にして示されたものであり、したがって、「労務の提供等が自己の計算と危険によらないものであること〔労務の提供等の非独立性〕」を「給与所得該当性の判断要素」として位置付ける一方で、(その前提として明示してはいないが)労務の提供等が自己の計算と危険によるものであること(労務の提供等の独立性)を事業所得該当性の判断要素として位置付けるものであると解される。しかも、ここで「判断要素」という言葉は「必要要件」と同じ意味で用いられていると解される。 このように理解すると、「労務の提供等の独立性」基準と「労務の提供等の非独立性」基準とは、事業所得と給与所得との区分に係る「判断の一応の基準」ではなく「判断の完全な基準」であるといえよう(前者は事業所得該当性の判断基準として、後者は給与所得該当性の判断基準として使い分けられることになろうが)。換言すれば、事業所得と給与所得との区分の場面では、「労務の提供等の独立性」が事業所得の要件事実、「労務の提供等の非独立性」が給与所得の要件事実となるといってもよかろう(前掲拙著【261】【263】参照)。 もっとも、本判決では給与所得該当性の判断について「労務の提供等の非独立性」基準は少なくとも明示的には判示されておらず、「労務の提供等の従属性」基準が「判断の一応の基準」として判示されているだけである。これでは、前述したような国会議員の歳費や法人の役員報酬・役員賞与などの場合について、事業所得該当性の判断に係る「労務の提供等の非独立性」基準との間に「間隙」が生ずることになるが、本判決はその「間隙」についてどのように対応しているのであろうか。 この点について注目されるのが、本判決の前記引用判決文の末尾の判示すなわち「給与所得については、とりわけ、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうかが重視されなければならない。」という判示である。この判示は「なお」に続くものであることから、一見すると傍論のように思われるかもしれないが、そうではなく、「労務の提供等の非独立性」という給与所得の要件事実を推認させる間接事実として、「とりわけ、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものである」というような事情を重視する判断枠組みを示したものと解される(前掲拙著【263】参照。別件東京地判の前記判示も参照)。 なお、以上では「従属性」や「非独立性」という言葉を使用してきたが、これらの言葉の意味については、次の見解(佐藤英明『スタンダード所得税法〔第4版〕』(弘文堂・2024年)160頁)が述べるとおり、「一般の国語辞典的な意味とは異なる意味合いで使われていると考える」必要がある(筆者はこのことを考慮して前掲拙著【261】【263】ではこれらの言葉を用いず、「自己の計算と危険において独立して」提供した労務か否かという表現を用いることにしている)。   Ⅳ おわりに 最後に、本判決が示した「判断の一応の基準」に関する以上の検討の結果をまとめると、以下のようになろう。 確かに、本判決のいう「判断の一応の基準」が給与所得該当性の判断に係る「労務の提供等の従属性」基準を意味するとすれば、それは、文字どおり「判断の一応の基準」にすぎず、これに関する判示は前記の見解(長島・前掲論文128頁)の説くとおりレイシオ・デシデンダイではないということになろう。 しかし、本判決のいう「判断の一応の基準」は、そうではなく、「労務の提供等の独立性」基準と「労務の提供等の非独立性」基準で組成される「判断の完全な基準」であると解すべきである。本判決は、明示的には給与所得該当性の判断に係る「労務の提供等の従属性」基準を判示するにとどまっているが、この基準を、「労務の提供等の非独立性」という給与所得の要件事実を推認させる間接事実として「とりわけ、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものである」というような事情を重視する判断枠組みによって補完し、もって「労務の提供等の独立性」基準と組み合わせて「判断の完全な基準」に仕立て上げたものと考えられる。 (了)

#No. 637(掲載号)
#谷口 勢津夫
2025/09/25

「税理士損害賠償請求」頻出事例に見る原因・予防策のポイント【事例150(法人税)】 「親会社が「被支配会社でない法人」であるため「留保金課税」の適用がないにもかかわらず、これを適用して申告してしまった事例」

「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例150(法人税)】   税理士 齋藤 和助     《基礎知識》 ◆特定同族会社の特別税率(法67) 内国法人である特定同族会社の各事業年度の留保金額が留保控除額を超える場合には、その特定同族会社に対して課する各事業年度の所得に対する法人税の額は、通常の法人税の額に、その超える部分の留保金額に一定の割合を乗じて計算した金額の合計額を加算した金額とする。 ◆特定同族会社 特定同族会社とは、被支配会社で、被支配会社であることについての判定の基礎となった株主等のうちに被支配会社でない法人がある場合には、その法人をその判定の基礎となる株主等から除外して判定するものとした場合においても被支配会社となるものをいう。 ◆被支配会社 被支配会社とは、会社の株主等(自己株式等を除く)の1人並びにこれと特殊の関係のある個人及び法人がその会社の発行済株式又は出資(自己株式等を除く)の総数又は総額の100分の50を超える数又は金額の株式又は出資を有する場合におけるその会社をいう。 ◆特別税率を適用されない特定同族会社の範囲(法基通16-1-1) 特定同族会社の特別税率に規定する「被支配会社でない法人」には、被支配会社でない法人を被支配会社であるかどうかの判定の基礎となる株主等に選定したことによって被支配会社となる場合のその被支配会社(以下「被支配会社でない法人の子会社」という)、その被支配会社でない法人の子会社を被支配会社であるかどうかの判定の基礎となる株主等に選定したために被支配会社となる場合のその被支配会社(以下「被支配会社でない法人の孫会社」という)、その被支配会社でない法人の孫会社を被支配会社であるかどうかの判定の基礎となる株主等に選定したために被支配会社となる場合のその被支配会社等、被支配会社でない法人の直接又は間接の被支配会社も含まれる。 ◆特定同族会社とならない法人 清算中のもの及び資本金の額又は出資金の額が1億円以下であるものは除かれる。ただし、資本金の額又は出資金の額が1億円以下であっても次に該当するものは特定同族会社となる。       (了)

#No. 637(掲載号)
#齋藤 和助
2025/09/25

国家安全保障から見る令和7年度及び近年の税制改正-防衛特別法人税等の企業への影響- 【第6回】

国家安全保障から見る令和7年度及び近年の税制改正 -防衛特別法人税等の企業への影響- 【第6回】   公認会計士・税理士 荒井 優美子   17 防衛特別法人税の中間申告 法人税中間申告書を提出すべき法人は、原則として法人税中間申告書に係る課税事業年度開始の日以後6月を経過した日(6月経過日)から2月以内に、防衛特別法人税の中間申告書を提出する義務を有する(防衛財確法21①、防衛特別法人税に関する省令(以下「防衛特法省令」)2)。法人税中間申告書の提出義務がない法人(公益法人等、協同組合等、人格のない社団等、清算中の法人(通算子法人を除く))や、法人税中間申告書の提出義務がない事業年度(【図表9】参照)については、防衛特別法人税の中間申告書についても提出義務はない(防衛財確法21①)。 【図表9】防衛特別法人税の中間申告が不要とされる事業年度 中間申告書を提出すべき法人が適格合併に係る合併法人である場合(新設合併の場合、吸収合併の場合)は、防衛特別法人税の中間申告納付額の計算において調整が行われる(防衛財確法21②、③)。 法人税の中間申告書を仮決算により提出する場合には、防衛特別法人税の中間申告についても仮決算により提出することとなる(防衛財確法22①)。 防衛特別法人税中間申告書を提出すべき法人が、提出期限までに提出しなかった場合には、法人税及び地方法人税の場合と同様に、その提出期限に防衛特別法人税中間申告書の提出があったものとみなされる(防衛財確法24)。   18 防衛特別法人税の確定申告 法人は、各課税事業年度終了の日の翌日から2月以内に、防衛特別法人税の確定申告書を提出する義務を有する(防衛財確法25①、防衛特法省令4①)。法人税の申告期限が延長されている場合には、防衛特別法人税の申告期限も法人税の申告期限まで延長される(防衛財確法25④)。 清算中の内国法人の残余財産が確定した場合には、法人税及び地方法人税と同様に、その課税事業年度終了の日(残余財産の確定の日)の翌日から1月以内に申告書を提出する義務がある(防衛財確法25②)。ただし、その翌日から1月以内に残余財産の最後の分配又は引渡しが行われる場合には、その行われる日の前日までに、申告書を提出しなければならない(防衛財確法25②)。 恒久的施設を有する外国法人が納税管理人の届出をしないで恒久的施設を有しないこととなる場合、又は恒久的施設を有しない外国法人が国内における人的役務の提供事業を廃止する場合は、法人税及び地方法人税と同様に、その課税事業年度終了の日の翌日から2月を経過した日の前日とその有しないこととなる日又はその廃止の日とのうちいずれか早い日までに申告書を提出しなければならない(防衛財確法25③)。   19 防衛特別法人税の申告書 防衛特別法人税の申告書の書式は、2026年4月1日以後開始事業年度から、2026年4月1日以後終了事業年度分の、法人税、地方法人税、防衛特別法人税が統合された書式として作成されており、国税庁のウェブサイトで公表されている(※)。 (※) 国税庁ホームページ「防衛特別法人税の申告書様式」 【図表10】防衛特別法人税の申告書の書式   20 電子申告 防衛特別法人税の申告書(中間申告書、確定申告書、修正申告書)及び添付書類については、法人税及び地方法人税の場合と同様に、内国法人である特定法人に該当する場合は電子申告が義務付けられている(防衛財確法27①、②)。人格のない社団等及び法人課税信託に係る受託法人は、特定法人に該当しない(防衛財確法7①、防衛特法令2②)。 (注) 資本金の額又は出資金の額が1億円超である公益法人等及び協同組合等を含む 電子申告の対象とされるのは、①防衛特別法人税中間申告書、②防衛特別法人税確定申告書、③防衛特別法人税中間申告書及び防衛特別法人税確定申告書に係る修正申告書、④申告書の添付書類とされ、法人税及び地方法人税の場合と同様の方法により送信することとされる(申告書はe-Taxによる電子申告、添付書類はe-Taxによる電子申告又は光ディスク、磁気ディスクによる送信)(防衛特法省令5)。 内国法人が一定の事由により特定法人に該当することとなった場合には、当該事由が生じた日から1月以内(新設法人等の場合には、設立等の日から2月以内)に事前届出を行う必要がある(防衛特法省令5②)。 特定法人が、電子通信回線の故障、災害その他の理由により電子申告が困難である場合において、書面による法人税申告の承認を受けたとき(法法75の5①)は、防衛特別法人税についても、その申告を書面により行うことができることとされている(防衛財確法28)。   21 納付 中間申告による納付期限は、中間申告書の提出期限、確定申告による納付期限は、確定申告書の提出期限とされており(防衛財確法29、30)、法人税及び地方法人税の場合と同様である。なお、防衛特別法人税の申告期限が、法人税及び地方法人税の申告期限の延長に伴い延長されている場合の利子税の割合は法人税及び地方法人税の利子税と同率である(防衛財確法25④、⑤)。   (続く)

#No. 637(掲載号)
#荒井 優美子
2025/09/25

学会(学術団体)の税務Q&A 【第21回】「委員に対して日当(謝金)・旅費を支払う場合の税務上の留意点」

  学会(学術団体)の税務Q&A 【第21回】 「委員に対して日当(謝金)・旅費を支払う場合の税務上の留意点」   公認会計士・税理士 岡部 正義   ▲▼▲[解説]▲▼▲ 学会は、テーマごとに各種委員会を設置しているケースが多く、委員に対して日当(謝金)や旅費を支払っているケースが多い。   1 日当(謝金) (1) 日当(謝金)の内容 委員の日当(謝金)は、基本的には、委員会出席という時間的拘束(労力)に対して支払っているものと考えられる。他方で、委員会活動の中には原稿執筆や試験の作問・採点を行うような場合があり、その対価として日当(謝金)を支払うようなケースもある。そして後者の場合は、委員会出席という時間的拘束(労力)に対する対価というよりも、委員としての専門知識等に対する対価としての性格であると考えられる。 (2) 所得税 時間的拘束(労力)に対して支払っている日当(謝金)は、給与所得として扱うものと考える。他方で、専門知識等に対して支払っている日当(謝金)に関しては、報酬として扱うものと考える。そして、報酬に関しては、所得税法204条に掲げられている報酬か否かによって、源泉の要否を判断することになる。たとえば、原稿執筆や書籍監修に関する対価の場合、原則として10.21%で源泉徴収することになるが、試験の作問や採点に関する対価の場合、所得税法204条に掲げる報酬には該当しないため、源泉は不要となる。 〈日当(謝金)の内容と源泉所得税の取扱い〉 上記の通り、本来であれば、日当(謝金)は、その内容によって源泉の取扱いが異なるものであるが、実務上は、内容に関係なく一律10.21%で源泉しているような例も多く見受けられる。 (3) 消費税 給与所得に関しては不課税取引となるが、報酬に関しては課税取引となる。そのため、報酬に関しては、インボイスの有無、少額特例や経過措置の有無によって仕入税額控除の扱いが変わってくることになる。 〈日当(謝金)の内容と消費税の取扱い〉   2 旅費 委員が委員会に出席するための旅費は、通常必要と認められる旅費であれば、所得税上、非課税となる(所基通9-3)。また、委員会の出席旅費は、通常必要と認められる旅費であれば、通勤手当特例・出張旅費特例の対象になると考えられるため、インボイスがなくても仕入税額控除が可能である。   (了)

#No. 637(掲載号)
#岡部 正義
2025/09/25

〈一角塾〉図解で読み解く国際租税判例 【第80回】「非居住者期間の所得を合算課税することの可否が問題となった事例(地判平28.5.13、高判平29.5.25、最判平30.4.12)(その2)」

〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第80回】 「非居住者期間の所得を合算課税することの可否が問題となった事例 (地判平28.5.13、高判平29.5.25、最判平30.4.12)(その2)」   税理士 柿本 雅一     6 検討 外国子会社合算税制に関するこれまでの判例は適用除外要件の充足に係るものが多く、特に正常な海外投資活動を阻害しないこととの関係で管理支配基準と業種判定をどう判断するかが問題になってきた。また、その多くは納税者が日本法人であるケースであり、納税者を個人とするケースは実務的にも少ない。ましてや居住者ステータスが課税年度の途中で変更するという事象は個人の場合でしか起こらないという特殊性が加わる(※1)。 (※1) 内国法人に対しても外国子会社合算税制が適用されるが、内国法人の定義を国内に本店又は主たる事務所を有する法人とし、原則として法人登記で判断するため事業年度の途中で法人ステータスが内国法人と外国法人で入れ替わることは生じない。 本件では納税者ステータスの変更が外国子会社合算税制の適用においてどのように影響を与えるかが制度創設時の資料(※2)では明確ではないため争いとなっている点において先例としての価値はある。本件における条文解釈上の論点を改めて整理すると、税法分野における法令解釈は原則として文理解釈によることに争いはなく、納税者と課税当局との主張の違いは、目的論的解釈が認められる例外的な場合と言えるかどうか、つまり、文理解釈によっては法規定の内容を明らかにすることが困難な場合に該当するかどうかである。 (※2) 税制調査会では、「我が国経済の国際化に伴い、いわゆるタックス・ヘイブンに子会社等を設立し、これを利用して税負担の不当な軽減を図る事例が見受けられる。このような事例は、税負担の公平の見地から問題のあるところであり、・・・我が国においても以下のような考え方に基づき、昭和53年度において所要の立法措置を講ずることが適当である」(昭和53年度の税制改正に関する答申)と述べられており、また、昭和53年改正税法のすべてでは、「このようにして、租税特別措置法の中に新たに2節が設けられ、第4節の2(居住者の特定外国子会社等に係る所得の課税の特例)と第7節の3(内国法人の特定外国子会社等に係る所得の課税の特例)の中でそれぞれ居住者と内国法人が軽課税国所在の子会社等を利用して租税回避を行う場合に対処するための措置が導入されたわけです」と説明されているが、居住者が特定外国子会社等を設立した場合のみを想定しているのかどうかは不明である。 (1) 文理解釈の観点から 長島教授は以下のように述べ、文理解釈の観点から外国子会社合算税制の適用の前提として日本に課税権がある場合が想定されており、一定の限定を付すことが妥当だと主張されている(※3)。 (※3) 長島弘「非居住者の時に稼得した所得と外国子会社合算税制における合算の範囲」税務事例Vol.48 No. 11(2016)40頁。 他方、西中弁護士は以下のように文理解釈は必ずしも万能ではないとしながらも本件では趣旨解釈からしても居住者の範囲に限定を付さないという結論は妥当だと主張している(※4)。 (※4) 西中間浩「タックス・ヘイブン対策税制(特定外国子会社等合算税制)においては、日本の居住者であるときにタックス・ヘイブンに会社を設立したことまでは要件としていないことを理由に、デンマーク王国での会社設立時には日本の居住者でなかった者に対してこれを適用した事例」税経通信(2017年5月号)171頁。 また、青山教授も限定的に解釈する必要はないと述べられている(※5)。 (※5) 青山慶二「居住者に適用される外国子会社合算税制」TKC税研情報2018 Vol.27 No.1(2018)46頁。 と納税者の主張は根拠がないとしている。 (2) 居住者の判定時期について 税務当局は外国子会社合算税制の適用対象となる居住者の判定を特定時点で行うことにより生じる有利不利については問題にならないと考えている(※6)。 (※6) 秋元秀仁「外国子会社の株主たる個人(居住者)が非居住者であった年度において設立した当該外国子会社(特定外国子会社等)にかかる子会社合算税制適用の可否」国際税務 Vol.37 No.11(2017)81頁。 しかしながら、扶養者控除は税負担を軽減するための規定であり年末判定をすることが納税者有利になるものであるのに対して、外国子会社合算税制は税負担を増加させるための規定であり特定時点で判定をすることが納税者不利になるものであるため、両者を同一根拠として捉えるのは妥当ではないと考えられる。 加えて、年の途中で納税者ステータスが変わるパターンとして、居住者から非居住者と非居住者から居住者の2つが考えられるが、居住者から非居住者になる場合は日本を出国するまでに確定申告する必要があり、出国時の現況により判断することになるから居住者期間に稼得された所得が課税対象になる。また、非居住者から居住者になる場合は非居住者期間に稼得された所得が課税対象になる点を鑑みると、課税されずに得をするという状況は発生しないと考えられるため、税制の中立性が根拠になるとは考えられない。 (3) 法律構成上の問題 外国子会社合算税制の特徴は、外国子会社に対する課税ではなく居住者である株主に対する課税である点、合算課税の対象が特定外国子会社等の課税対象留保所得である点(いわゆるエンティティアプローチ)、そして原則としてみなし課税であり例外的に適用除外要件を充足した場合に限り課税されないという点にある。 まず、株主課税である点については、「特定外国子会社等に該当する外国子会社(外国関係会社)に課税対象(留保)金額があり、当該特定外国子会社等が適用除外要件を満たさない場合(経済合理性を有さない場合)において、課税が生ずるものであるが、その真なる法律構成は、外国子会社等(特定外国子会社等)の所得に対する課税ではなく、その外国子会社に係る我が国の株主の所得の額が過小に現れている部分についての当該株主に対する課税である。このように本税制による課税は外国子会社に対する課税ではなく、我が国株主に対する課税であるから控訴人Xが主張するようなA社(特定外国子会社等)が譲渡した株式(B社株式)のキャピタル・ゲインに対する課税ではない」(※7)と説明されていることに集約できる。 (※7) 秋元・前掲文献 次に、株主課税の法律構成であることと、子会社といったエンティティに対する支配力に着目してその子会社の留保所得を合算する方式(エンティティアプローチ)を採用していることは不可分な関係にあると考えられる(※8)。 (※8) 占部裕典「政策税制の展開と限界」慈学社(2018)214頁、241頁-242頁。 そして、エンティティアプローチによるみなし課税をする場合に適用除外要件を充足するかどうかが重要になるが、この適用除外要件は業種により判定基準が異なるものの、業種区分が必ずしも正常な海外投資活動を阻害しないことと整合的であるかどうか疑問が生じる。エンティティアプローチにより経済的合理性を無視した課税がなされてはいけないことについて占部教授は次のように述べている。 また、中里教授は一定の政策目的実現のために採用された規定に対してその射程範囲を目的論的解釈により限定することは妥当なことであり、政策税制の背後にある政策目的の実現と無関係な場合に対してまで当該課税規定を適用することは許されないと考え、外国子会社合算税制についても国際的な租税回避の防止という政策目的をふみこえて、外国子会社合算税制を納税者に対する懲罰的なものとして適用してはならないし、また、国際的な租税回避が存在しないような場合にまで外国子会社合算税制を適用するべきではないと述べている(※9)。 (※9) 中里実「政策税制の政策目的に沿った限定解釈」税研JTRI2巻2号(2006)77頁-78頁。 (4) 結論 外国子会社合算税制の制度趣旨は、我が国経済の国際化に伴い、居住者が軽課税国に外国子会社等を設立して経済活動を行い、当該外国子会社法人の所得を留保することによって、我が国における租税の負担を回避しようとする事態に対処して税負担の実質的な公平を図ることにある。 条文を簡素にして見てみると、「次に掲げる居住者に係る外国関係会社のうち、・・・政令で定める外国関係会社に該当するものが、・・・各事業年度において、その未処分所得の金額から留保したもの・・・に関する調整を加えた金額を有する場合には、・・・政令で定めるところにより計算した金額に相当する金額は、その者の雑所得に係る収入金額とみなして当該各事業年度終了の日の翌日から2月を経過する日の属する年分のその者の雑所得の金額の計算上、総収入金額に算入する」となるが、問題は、租税回避を防止するための制度であるにも関わらず、条文規定は、原則として軽課税国に設立された特定外国子会社等が特定の留保所得を有しているだけでその株主である居住者の雑所得とみなされる規定になっている点であり、例外として適用除外要件を充足した場合に限り課税されないという構成になっていることにある。 この点、租税回避防止規定である法人税法132条(※10)の同族会社の行為計算否認を見ると、「これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは、・・・計算することができる」規定となっており、その適用場面を法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められる場合に限定した上で改めて法人税の計算ができるとしている。 (※10) 税務署長は、次に掲げる法人に係る法人税につき更正又は決定をする場合において、その法人の行為又は計算で、これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは、その行為又は計算にかかわらず、税務署長の認めるところにより、その法人に係る法人税の課税標準若しくは欠損金額又は法人税の額を計算することができる。 外国子会社合算税制の特徴は租税回避防止を目的としているが他の納税主体である特定外国子会社の所得を株主の所得に合算するという課税方式であるため税負担の増加だけをもたらすものである。このような合算課税という特徴からは、公平性の見地からその適用においては税負担の不当な減少をもたらす行為のみが対象となるべきであり、オーバーインクルージョンによる税負担の増加はあってはならないものである(※11)。 (※11) 朝長氏は過去の外国子会社合算税制の変遷を踏まえて、「現在の外国子会社合算税制は、昭和53年の同制度の創設時を起点として見ると、当初の租税回避防止措置という性格が薄れて、その趣旨・目的が何かということが次第に不鮮明になりつつある。・・・このような状況は、質問者が懸念するとおり、租税回避でないものに対してまでも外国子会社合算税制の適用が拡大されるおそれがあるということを意味している」と指摘している。朝長英樹「外国子会社合算税制の変遷」T&A master No.463(2012)20頁。 この点、裁判所は、課税要件を明確化して課税執行面における安定性を確保しつつ、税負担の実質的公平を図るために適用除外要件を設けていると述べている(※12)。しかし、適用除外要件は主としてどのような事業活動を行っているかという点に重きを置いている。特定の事業活動を行っていれば経済合理性があり、逆に、特定の事業活動を行っていなければ経済合理性がない結果になるのかの根拠を示していない。つまり、その事業活動がどのような租税回避行為と繋がるのかが直接的に示されないまま租税回避とならない事業活動の判定がなされているという問題を有している。 (※12) 本判決においても適用除外要件の趣旨を「この規定は、特定外国子会社等であっても、独立企業としての実体を備え、かつ、その所在する国又は地域において事業活動をすることにつき十分な経済合理性を有する場合にまで外国子会社合算税制による課税をすることになると、居住者の海外投資を不当に阻害するおそれがあることから、そのような事態を避けることを目的とするものであり、このため、同規定は、課税要件を明確化して課税執行面における安定性を確保しつつ、税負担の実質的公平を図るとの観点から、特定外国子会社のうち、株式(出資を含む。)の保有等を主たる事業とするもの以外のものであることなど、経済合理性を有すると認められるための具体的な要件を法定した上、これらの要件が全て満たされる場合には同条1項の規定を適用しないこととしたものと解される。」と判示し、適用除外要件を充足すれば経済合理性を有すると認められるとしているが、租税回避による税負担の不当な減少がこのような事業活動の有無のみで判断されることが妥当かどうかは示されていない。 このように外国子会社合算税制がどのような租税回避行為を防止しようとしているのかが明白になっていない以上はみなし規定におけるオーバーインクルージョンを避けるためにもその適用範囲については制度趣旨を踏まえた解釈をする必要性は極めて高いと考えられる(※13)。 (※13) オーバーインクルージョンに関しては、平成29年度税制改正において一部の業種において解消されているが抜本的な解消には至っていない。例えば、財務省主税局においてタックス・ヘイブン対策税制の改正に携わった経験のある品川氏は、これらの改正は、現在の企業(しかしながら、一部の特定業種)の事業実態を考慮したものとされているが、本質的には、現行の適用除外基準の文言ではこれらの企業の経済合理性のある事業活動まで否定してしまうことが想定されるため(いわゆるオーバーインクルージョン)、そもそもの制度趣旨に鑑み、そうした事態が生じないよう適用関係を明確にしたものと捉えることができよう。しかしながら、これまで適用除外基準の解釈、適用を巡って多くの問題点が指摘されてきている状況下、オーバーインクルージョンを防止するためには、一部の小手先的な改正ではなく、各適用除外基準の本質的な概念、文言を、制度趣旨に的確に反映した適正課税に対応できるよう修正すべきであろう。例えば実体の伴う事業である来料加工貿易についても適用除外基準をクリアできないことがオーバーインクルージョンという評価をしているのであれば、その本質的な問題は、現行適用除外基準の概念若しくは文言が適切でないと捉えることができよう」と指摘している。品川克己「外国子会社合算税制の総合的見直し②」T&A master No.681(2017)15頁。   7 おわりに これまでの外国子会社合算税制を巡る争いの多くは適用除外要件を充足するかどうかであった。また、納税者も内国法人がほとんどであり個人である場合は極めて少なかった。本件では、個人が納税者である場合に生じる納税者ステータスの変更が外国子会社合算税制の適用においてどのように影響を与えるかについて、初めて裁判所の判断が示された点において先例としての価値はある。 裁判所は、法的安定性の要請を尊重し、原則として文理解釈を行い、文理解釈では規定の意味内容を明らかにすることが困難な場合に初めて規定の趣旨を踏まえた目的論解釈によるべきと判示している。 しかし、外国子会社合算税制の条文は居住者が軽課税国に子会社を有するだけでみなし課税が発動されることを原則としており、その適用範囲は極めて広い。また、適用除外要件も特定の事業活動を行っているかどうかにより判断されるため租税回避行為との関係性が不明確である。 本判決が示すように課税要件を広く定義している条文構成を前提にして文理解釈を行うならば、租税回避目的がない事業活動も外国子会社合算税制の対象になるというオーバーインクルージョン問題を解決できない。他方、制度趣旨を踏まえた目的論的解釈を行うとしても租税回避行為の類型がある程度示されないと常に裁判で判断されることになり法的安定性に欠けることになる。オーバーインクルージョン問題を解決するためには、特定の株式を有する居住者という画一的な課税要件を改め、税負担の不当な減少をもたらす場合を課税要件とし、税務当局が租税回避行為に該当することの立証責任を負う方向に変更する必要があると考えられる。 (了)

#No. 637(掲載号)
#柿本 雅一
2025/09/25

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第174回】ダイワ通信株式会社「第三者委員会調査報告書(公表版)(2025年4月18日付)」「特別調査委員会調査報告書(開示版)(2025年7月31日付)」

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第174回】 ダイワ通信株式会社 「第三者委員会調査報告書(公表版)(2025年4月18日付)」 「特別調査委員会調査報告書(開示版)(2025年7月31日付)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝   【ダイワ通信株式会社第三者委員会の概要】   【ダイワ通信株式会社特別調査委員会の概要】   【ダイワ通信株式会社の概要】 ダイワ通信株式会社(以下「ダイワ通信」と略称する)は、創業者である岩本秀成氏が1996(平成8)年4月に設立した有限会社ムーブ北陸(現社名はIWAMOTOアセットマネジメント株式会社)が、2016(平成28)年3月に、新設分割により新会社として設立。セキュリティ事業及びモバイル事業を主たる事業として、国内に連結子会社2社を有する。売上高5,159百万円、経常利益371百万円、資本金100百万円。従業員数は115名。 代表取締役社長の岩本秀成氏(以下、「岩本社長」と略称する)及び同氏の資産管理会社であるIWAMOTOアセットマネジメント株式会社(以下、「IWAMOTO」と略称する)が発行済み株式の70.78%を有する筆頭株主である(いずれも、訂正前の2024年3月期連結実績)。本店所在地は石川県金沢市。 会計監査人は、2024年3月期決算まで{2024年3月期における継続監査機関は4年間}は、有限責任監査法人トーマツ北陸事務所(報告書上の表記は「I監査法人」。以下、「監査法人トーマツ」と略称する)。2024年6月21日付で、かなで監査法人(報告書上の表記は「J監査法人」)が会計監査人に就任したが、2025年6月2日、かなで監査法人は、ダイワ通信の第10回定時株主総会の終結の時をもって会計監査人の選任を辞退することが公表されている。   【第三者委員会による調査報告書の概要】 1 第三者委員会設置の経緯 ダイワ通信は、2025年1月中旬、連結子会社であるディーズセキュリティ株式会社(以下「DSS」と略称する)とその取引先との間における不適切な取引に関する通報(本通報の内容はDSSにおいて循環取引その他これに類似する取引の存在をうかがわせる内容であった)が外部機関にあり、当該通報に関して監査法人トーマツより連絡があったため、ダイワ通信の顧問弁護士事務所の中田博繁氏を委員長として社内調査を実施した。 その後、ダイワ通信は、当該社内調査の内容の報告を受け、第三者委員会の設置の必要性を検討し、2025年2月4日開催の臨時取締役会において、ダイワ通信から完全に独立・中立な立場の外部専門家のみから構成される、日本弁護士連合会「企業不祥事における第三者委員会ガイドライン」に準拠した第三者委員会の設置を決議した。 そして、ダイワ通信は、同日付の「第三者委員会設置及び2025年3月期第3四半期決算短信の開示が四半期終了後45日を超えることに関するお知らせ」において、DSSにおいて売上の過大計上と簿外在庫が生じている可能性があることが判明したこと、売上の過大計上と簿外在庫に関する事実関係及びその内容について調査し、判明した事実が連結財務諸表に与える影響を検討し、その根本原因を究明の上再発防止を図るとともに、より厳格な調査を実施するため、外部専門家の関与が必要であると判断し、同日開催の取締役会において第三者委員会の設置を決議したことを公表した。   2 第三者委員会が認定した事実 第三者委員会は、被疑事実の認定にあたり、次のとおり、概要を説明している。 第三者委員会は、こうしたスキームの会計上の評価について、ダイワ通信グループは商品の販売において出荷基準を適用しているが、F在庫スキーム及びその他預り在庫スキームでは商品の出荷を伴わずに売上計上していることを指摘したうえで、本来であれば、ダイワ通信又はDSSは預り在庫スキームにおける売上計上の可否を「収益認識に関する会計基準の適用指針(企業会計基準適用指針第30号)」に当てはめて検討し、監査法人とも協議の上で売上計上基準を社内ルールとして制定し、当該ルールに基づいて売上計上すべきであったにもかかわらず、そうした検討はなされておらず、過去に実行された取引について適用指針で規定された売上計上要件の充足状況を個々に判断できる客観証拠は残されていないことから、ダイワ通信グループは売上計上の妥当性をもはや客観的に証明することはできないとして、F在庫スキーム及びその他預り在庫スキームで実行された商品の出荷を伴わない売上計上は会計上認められないと判断している。 第三者委員会は連結財務諸表に与える影響額として、次のようにまとめている。   3 原因分析 (調査報告書99ページ以下) 第三者委員会は、原因分析として、以下の11項目を挙げている。 第三者委員会が原因分析の筆頭に挙げ、強い口調で批判している、「利益追求のため上場会社として求められる会計コンプライアンスのオーバーライドも許容されると考える全社的な規範意識の欠如」について、指摘している点を見ておきたい。 第三者委員会は、ダイワ通信グループにおいては、人事評価等においてコンプライアンスヘの意識などが直接の評価項目となっていることはなく、特に営業職においては予算達成が自身の職位や賞与額に直結することも相まって、実際に経営層がそのように考えているかどうかは措くとして、売上を重視する、ルールに明確に違反しなければ(グレーであれば)売上を上げる方を優先してもよい、という歪んだ規範意識を生じさせ、役職員全員がその雰囲気に呑まれていったと評価した。 その結果、売上を上げてよいタイミングは出荷時又は工事完成時(検収時)と理解していた一方で、それを上場会社として遵守すべき重要なルールであると正しく認識しなかったばかりか、会社の利益を上げるためであれば時としてそれをオーバーライドしてもよい、ルールに明確に違反しないのであれば構わない、という意識を生じさせ、さらにはグレーなことは隠そう、見なかったことにしよう、ルール違反かどうかを明確にすることは避けよう、といういわば消極的なルール違反の常態化ともいうべき土壌を形成してしまった。 さらに、取締役管理部長の多賀勝用氏(以下、「多賀取締役」と略称する)は、預り在庫の存在が発覚した際、四半期末までに解消すれば財務諸表には影響がないと考え、預り在庫の出庫を指示するだけでそれ以上の手を打っていないことを挙げ、本来であれば会計基準から逸脱した行為自体を禁止し、あるいは会計基準に適合できる形でのビジネスモデルを検討することがあるべき取り組みであるが、なされなかったと批判して、結果的に問題なければよいという多賀取締役や管理部の姿勢が波及し、営業部門の会計リテラシーの低下を招いている可能性もあるとして、管理部も上場会社として求められる会計コンプライアンスに対する規範を欠いていたとまとめている。 さらに、監査法人に対しては多岐にわたる発見回避行為等が実行されており、発覚しなければ問題ないという意識が営業部門のみならず、管理担当役員や管理部などにまん延していたと考えられるとして、ダイワ通信グループには、適正な財務諸表の作成責任は、第一義にその作成者である会社にあるという会計コンプライアンスの大前提を理解していないことをうかがわせるものであると評価した。   4 再発防止策 (調査報告書107ページ以下) 第三者委員会は、再発防止策の基本的指針として、ダイワ通信グループ内ではマネジメントオーバーライドにも似た状況が常態化しており、ガバナンス体制や内部統制の見直しのみで解決を図ることはできないとしたうえで、今まで培われてきたダイワ通信グループ全体の規範意識等、「ダイワ通信グループにとっての当たり前」を根底から見直し、問題点を挙げて改善を図り、その浸透具合を検証して再度見直しを図るという、いわゆるPDCAサイクルの絶え間ない実施が要請されることから、絶対に再発を防止するという強い意志を持った粘り強い取り組みが必要であることは理解しつつも、ダイワ通信グループの再生を信じて、以下の11項目の再発防止策を提言している。   【特別調査委員会による調査報告書の概要】 1 特別調査委員会設置の経緯 ダイワ通信の会計監査人である、かなで監査法人が、第三者委員会報告書に関する調査内容の検証及び類似取引に関する調査内容の検討等の追加的な監査手続を実施したところ、その監査手続において、第三者委員会報告書の調査範囲とは別に、関連当事者取引が過年度の有価証券報告書に適切に注記されていなかったこと及び会社法上の利益相反取引について適切な手続が採られていなかったことに関する疑義が判明した。 ダイワ通信は、2025年6月2日、関連当事者取引の注記不記載等の疑義に関する事実関係及びその内容について調査し、判明した事実がダイワ通信グループの業績に与える影響を検討し、その根本原因を究明の上、再発防止を徹底する必要があるものと判断し、公正かつ適正な調査を行うため、特別調査委員会を設置した。   2 特別調査委員会が認定した事実関係 (1) 関連当事者取引の疑義 特別調査委員会は、本調査の端緒は、2020年2月1日以降、岩本社長が、自己が所有する土地及びIWAMOTOが所有する分譲マンション3室について、不動産会社であるX社を借主とする賃貸借契約を締結し、さらに、4物件について、X社とダイワ通信との間で、ダイワ通信を借主とする賃貸借契約を締結しており、これら一連の取引が、関連当事者取引に該当し、過年度の有価証券報告書に注記不記載となっているのではないか等の疑義であったと説明した。 調査の結果、特別調査委員会は、岩本社長及びIWAMOTOがX社を介してダイワ通信と不動産賃貸借(転貸借)契約を締結し、ダイワ通信から賃料名目で毎月定期定額の金銭を受領し、X社はごく一部の資金を受領していたことが明らかとなったことから、この転貸借契約は、岩本社長又はIWAMOTOとダイワ通信の間の賃貸借契約に、形式的にX社を介在させたものにすぎず、会社法上の利益相反取引に該当するとともに、関連当事者取引にも該当するものであったにもかかわらず、ダイワ通信においては、有価証券報告書に注記が記載されていなかったのみならず、取締役会による利益相反取引に関する承認決議を経ていなかったことが判明した。 特別調査委員会は、利益相反取引により、ダイワ通信が修正すべき販売費及び一般管理費を、2021年3月期から2025年3月期の第2四半期までの累計で、55,525千円としている。 (2) 件外調査――岩本社長による会社経費の私的利用 特別調査委員会は、岩本社長による会社経費の私的利用の形態として、次のように説明して、デジタル・フォレンジック調査の結果と突き合せて、検証を行った。 特別調査委員会は、件外調査により判明した不適切な取引により、ダイワ通信が修正すべき販売費及び一般管理費を、2021年3月期から2025年3月期の第2四半期までの累計で、56,740千円としている。   3 原因分析 (調査報告書49ページ以下) 特別調査委員会は、原因分析の冒頭で、以下のように述べている。 そのうえで、原因分析として、以下の3項目を挙げている。 特別調査委員会は、「(1)公器である上場企業としての責任意識が弱く、非上場時代の気質が残っていること」を原因分析の冒頭に挙げているが、その小項目である「社長による公私混同とそれを許す気風」について、特別調査委員会は、岩本社長からのヒアリングについて、「岩本社長の感覚は、非上場会社のオーナー社長のそれと思われる」と断じ、件外調査により判明した、岩本社長の個人的な又は岩本家の家族のための出費がダイワ通信又は子会社の各種経費として処理されていたことについても、「上場会社では厳に慎まなければならない」と批判している。 また、もう1つの小項目である「隠ぺい体質」について、特別調査委員会は、岩本社長を含め複数の取締役が、上場準備中に監査法人に契約書を提出していたことを理由に、「今になって関連当事者取引に該当するなどと指摘するとは心外である」「監査法人が適正に契約書をチェックしていれば今回のようなことにはならなかった」という趣旨の発言があったことを取り上げたうえで、「有価証券報告書の作成名義人は会社であり、開示情報の正確性に責任を持つべき主体も会社である。監査法人や証券会社は、原則として会社が作成した開示情報の正確性、妥当性等について監査又は審査をする機関にすぎない」との原則を示して、「チェック機関が見抜けなかったのが悪いという他責の発想は、上場会社の役職員としての責任意識が欠如していたことの現れといえる」という批判をしている。   4 再発防止策 (調査報告書54ページ以下) 特別調査委員会が提言した再発防止策は次の3項目であった。 特別調査委員会は、「(1)意識改革」のなかで、岩本社長に対し、「今度も取締役に就任し続けるのであれば、上場することは公器となることであるという意識を改めて強くし、自身に対する内部統制システム、ガバナンス体制を整えることが必要不可欠である」と提言したうえで、「今後開催が予定されている株主総会(継続会)にて、包み隠すことなく、少数株主その他のステークホルダーに対する説明責任を果たすべきである」と求めているが、後述するように、特別調査委員会調査報告書の公表と同日、岩本社長は辞任している。   【調査報告書の特徴】 2025年は、2回目の調査委員会を設置する企業が目立っている。2月13日付で調査委員会調査報告書(本連載【第168回】)を公表した株式会社トーシンホールディングスは、5月9日に、再度、第三者委員会の設置を公表しているし、3月31日付で社内調査委員会調査報告書(本連載【第169回】)を公表した株式会社不動テトラは、8月6日になって、特別調査委員会の設置を公表している。本稿で取り上げたダイワ通信もまた、短期間に2つの調査委員会を設置することになった。 その後、ダイワ通信は、後述するように、東京証券取引所は、宣誓書違反による上場再審査に係る猶予期間に入ることを公表され、選任したばかりの会計監査人である、かなで監査法人からは、「第11期以降の監査における監査リスクを勘案し、要求される品質を維持するための体制を組むことが困難であると判断した」ことを理由に選任の辞退を通知されている。 2つの調査委員会による報告書公表前後のダイワ通信によるリリースを時系列に整理して、本稿を締め括りたい。 1 宣誓書違反による再審査に係る猶予期間入り及び上場契約違約金の徴求 東京証券取引所は、6月19日、「宣誓書違反による再審査に係る猶予期間入り及び上場契約違約金の徴求」をリリースして、ダイワ通信が新規上場申請に係る宣誓書において宣誓した事項に違反し、新規上場に係る基準に適合していなかったと認めた場合に該当することを理由に、再審査に係る猶予期間を2025年6月19日(木)から2026年6月19日(金)までとするとともに、上場契約違約金金額1,440万円を徴求することを公表した。 リリースにおいて東京証券取引所は、次のような事実認定を行っている。 2 第10回定時株主総会における取締役及び監査役の選任 ダイワ通信は、6月5日、「第10期定時株主総会招集ご通知」をリリースして、6月27日に招集する第10期定時株主総会の決議事項として、第2号議案「取締役5名選任の件」及び第3号議案「監査役3名選任の件」を上程したことを公表した。取締役候補者及び監査役候補者は以下のとおりである。 ダイワ通信の株主構成(岩本社長及びその資産管理会社が発行済み株式の70.78%を所有)からも明らかなように、第10回定時株主総会における議案はすべて原案どおり可決成立し、常務取締役前田憲司氏及び取締役管理部長多賀勝用氏は、第10回定時株主総会継続会の終結の時をもって任期満了により取締役を退任することとなった。 なお、9月4日にダイワ通信がリリースした「再発防止策の策定及び関係者の処分に関するお知らせ」のなかで、前田氏及び多賀氏は、経営に関与しない執行役員として業務に従事することが公表されている。 3 岩本社長の辞任 ダイワ通信は、特別調査委員会による調査報告書を公表した8月1日付で、「代表取締役の異動(辞任)に関するお知らせ」をリリースし、岩本社長が、同日付で、代表取締役を辞任するとともに、第10回定時株主総会継続会終結後の取締役就任も辞退することを公表した。 新しい代表取締役社長には、隈田佳孝氏が選任されている。 4 特別損失の計上 ダイワ通信は、9月4日、「特別損失の計上及び通期業績予想と実績値との差異に関するお知らせ」をリリースして、2025年3月期決算において、第三者委員会及び特別調査委員会による調査費用並びに会計監査人の訂正監査費用などの総額として、580百万円を特別損失として計上することを公表した。 5 ダイワ通信による再発防止策 ダイワ通信は、「再発防止策の策定及び関係者の処分に関するお知らせ」のなかで、「再発防止策の概要」として、両委員会が指摘する不正の発生について真摯に受け止め、再発防止に向けた取り組みの一環として、社外役員及び外部専門家により構成される再発防止委員会を設置し、再発防止委員会における議論の結果を踏まえて、以下の方針で再発防止策を実施することを決定したことを公表した。 (1) 本件両委員会が指摘する不正に共通する再発防止策 (2) DSSにおける不適切な会計処理に関する再発防止策 (3) 関連当事者取引における不適切な手続きに関する再発防止策 6 第10回定時株主総会継続会 ダイワ通信は、9月5日、「第10回株主総会継続会開催ご通知」をリリースして、継続会を9月30日に開催予定であること、継続会資料として、連結計算書類などを公表した。ダイワ通信は、「事業報告」の「対処すべき課題」の筆頭に、「不祥事に対する再発防止策の取り組み」として、次の4項目を列挙している。 (了)

#No. 637(掲載号)
#米澤 勝
2025/09/25

連結会計を学ぶ(改) 【第5回】「連結の範囲に関する適用指針③」-意思決定機関を支配していないことが明らかなケース-

連結会計を学ぶ(改) 【第5回】 「連結の範囲に関する適用指針③」 -意思決定機関を支配していないことが明らかなケース-   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 前回に引き続き、「連結財務諸表における子会社及び関連会社の範囲の決定に関する適用指針」(企業会計基準適用指針第22号。以下「連結範囲適用指針」という)にしたがって連結の範囲を解説する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 意思決定機関を支配していないことが明らかなケース 他の企業の意思決定機関を支配していることに該当する要件を満たしていても、財務上又は営業上もしくは事業上の関係からみて他の企業の意思決定機関を支配していないことが明らかであると認められる場合には、当該他の企業は子会社に該当しない(連結会計基準7項ただし書き、連結範囲適用指針16項)。 これは、営業取引のために議決権を行使していても、投資先である他の企業と連結グループとみなされるような運営がなされておらず、他の企業の意思決定機関を支配する意図はないと判断できる場合であり、例えば次のケースである(連結範囲適用指針16項、41項)。   (了)

#No. 637(掲載号)
#阿部 光成
2025/09/25

有価証券報告書における作成実務のポイント 【第15回】

有価証券報告書における作成実務のポイント 【第15回】   史彩監査法人 パートナー 公認会計士 西田 友洋   今回は、有価証券報告書のうち、【経理の状況】の【注記事項】セグメント情報等と【関連当事者情報】の作成実務ポイントについて解説する。 なお、本解説では2025年3月期の有価証券報告書(連結あり/特例財務諸表提出会社/日本基準)に原則、適用される法令等に基づき解説している。   1 セグメント情報等 セグメント情報等について注記が求められている。また、財務諸表提出会社が連結財務諸表を作成している場合には、個別財務諸表における注記は不要である。 【事例:(株)キングジム 2025年6月期の有価証券報告書】 【事例:(株)IGポート 2025年5月期の有価証券報告書】 【事例:ブックオフグループホールディングス(株) 2025年5月期の有価証券報告書】   2 関連当事者情報 関連当事者情報について注記が求められている。連結の注記であるため、計算書類の注記と異なり、連結グループ内の取引については注記は不要である。 なお、財務諸表提出会社が連結財務諸表を作成している場合には、個別財務諸表における注記は不要である。 【事例:千代田化工建設(株) 2025年3月期の有価証券報告書】 【事例:(株)トーメンデバイス 2025年3月期の有価証券報告書】 (了)

#No. 637(掲載号)
#西田 友洋
2025/09/25

〔業種別Q&A〕労使間トラブル事例と会社対応 【第8回】「カスタマーハラスメントと企業責任」

〔業種別Q&A〕 労使間トラブル事例と会社対応 【第8回】 「カスタマーハラスメントと企業責任」 〈流通・小売業・卸売業〔Q3〕〉   弁護士法人 ロア・ユナイテッド法律事務所 パートナー弁護士 織田 康嗣   【Q】 顧客のクレーム対応をしていた店舗従業員がメンタル不調を訴えました。顧客対応のマニュアルは作成していたのですが、会社が責任を問われることはあるのでしょうか。 【A】 事案ごとの判断にはなりますが、管理者への相談体制、複数人での対応有無、従業員からの相談への対応状況など、会社が必要な措置を講じていない場合には、損害賠償責任を負う場合があります。 ▲ ▼ ▲ 解 説 ▲ ▼ ▲ 1 カスタマーハラスメント カスタマーハラスメント(以下「カスハラ」という)とは、「職場において行われる顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者の言動であって、その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたもの(顧客等言動)により当該労働者の就業環境が害されること」をいう(労働施策総合推進法33条)。具体的には、以下の3つの要素を全て満たす必要がある。 従前、カスハラの定義については、法律上定めがなく、厚生労働省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」や、各自治体のカスハラ防止条例に定めがあるのみであった。もっとも、令和7年に成立した改正労働施策総合推進法によって、法律上もカスハラが定義されることになった。 法律上の定義は、厚生労働省のマニュアルやカスハラ防止条例における定義と若干異なるが、カスハラ該当性の判断に大きな違いが生じるものではないと考えられる。なお、カスハラの行為者(①)として、「取引先」も明記されており、対消費者の関係だけでなく、企業間でも成立し得ることが定義上も明らかになっている。 カスハラ該当性は、主に上記要素の②③の充足性が問題となるところ、結局のところ、正当なクレームとの区別が重要となると解される。その際には、以下のような視点が重要となる。   2 安全配慮義務 労働契約法5条は、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と定めている。 顧客からの悪質なクレーム(カスタマーハラスメント)を会社が放置したり、会社として、必要な組織的な対策を講じなかったりした場合には、会社は従業員に対する安全配慮義務違反などを理由に、損害賠償責任を問われる可能性がある。 特にカスハラを原因として、従業員がメンタル不調に陥り、長期休業、退職に至ることがあれば、企業に対し、高額な賠償を求められる懸念もある。   3 小売業に関する裁判例 カスハラに対し、どういった対策を講じることができれば、安全配慮義務を尽くしたと言えるのか、小売業(スーパーマーケット)における事例で参考となるものがあるので、紹介する(まいばすけっと事件・東京地判平成30年11月2日LEX/DB25562253)。当該事例では、スーパーマーケットに訪れた顧客から暴言や乱暴な行為がなされたところ、会社は、マニュアルの配布、緊急連絡先等の掲示、通報用緊急ボタンの設置、深夜勤務でも2名以上の体制とするなどの措置を講じていたこと等から、会社の安全配慮義務違反を否定している。 当該裁判例においては、上述したマニュアル、通報用緊急ボタン、人員配置など、組織的な対応が評価されていることに加え、顧客との対応として、穏便なものから順次実施し、毅然と対応すべき点は対応したことなども評価されている。 この点、クレームを述べる顧客に対し、形だけでも謝罪することが行われることがしばしば見られる。しかしながら、対応した従業員に非がなく、明らかにカスハラである状況下において、その場を収めることのみを目的として、当該従業員に謝罪を強要させることがあれば、謝罪の強要を求めた上司の行為がパワハラに該当することもある。 裁判例においては、市立小学校の児童の父と祖父の言動等が理不尽なものであったにもかかわらず、校長がその場で教諭に謝罪を強いたうえで、翌朝には当該教諭に当該児童宅を訪問させ、母親にも謝罪するよう指示した行為について、「事実関係を冷静に判断して的確に対応することなく、その勢いに押され、専らその場を穏便に収めるために安易に行動したというほかない」として、違法であると認定された事例がある(甲府市・山梨県(市立小学校教諭)事件・甲府地判平成30年11月13日労判1202号95頁)。 顧客対応をする従業員を犠牲にして、安易な対応を求めることは避けなければならない。   4 小売業における具体的対応 厚生労働省では、「業種別カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」として、スーパーマーケット編を公開している。また、東京都においては、「カスタマー・ハラスメント防止のための各団体共通マニュアル」を策定し、各企業におけるマニュアル策定のための参考資料を提供している。 上記資料で示されている対応方法をもとに、カスハラの一例に対する具体的な対応について、検討してみたい。 (1) 継続的・執拗な言動 (例) 同じ要求が繰り返された場合は、まずは、早い段階でこれ以上対応できない旨を伝えるべきである(例えば、不合理なクレーム2回きたら注意し、3回目にはこれ以上対応できない旨を明確に伝えるなど)。 顧客が聞き入れない場合には、会話の内容等を記録しておき、社内で共有のうえ、管理職が対応を引き継ぎ、今後の連絡をやめてもらうことを伝えることが考えられる。また、予め決められた時間を超えたり、退去しない場合には、警察に相談することを伝え、管理職による退去要求にも応じないような場合には、実際に警察に通報することも検討する。 (2) 暴言や威圧的な言動 (例) 顧客による威圧的な言動に対しては、顧客の挑発に乗らず、また顧客の怒号に慌てて、過度にへりくだらず、「乱暴な言葉はお控えください」などと述べ、冷静に対応することが必要である。顧客に対しても、「そのように怒鳴られると怖いです。」などと述べ、自身の気持ちを率直に伝えることで、従業員も一人の人間であることを認識してもらい、顧客の側にも冷静になってもらうことも考えられる。土下座の要求など、対応困難な要求については、「これ以上はお客様とお話できません」など、明確に対応できないことを伝えるべきである。仮に自社(のサービス等)に一定の瑕疵があったとしても、等価交換以上の謝罪は不要である。 顧客の暴言等が続くような場合には、管理職にも相談し、対応を打ち切るべきである。身の危険を感じるような場合には、警察への通報も検討すべきである。また、事後的に検証できるように、録音・録画や対応記録を残しておくべきである。 (3) セクハラ (例) 性的な言動で不快になったことを明確に伝え、毅然と対応するべきである。もっとも、身の危険を感じるなど、その場で中止を求められない場合には、管理者に報告し、管理者から中止を求めるべきである。また、付きまとい行為など、安全が脅かされる場合には、速やかに警察に相談するべきである。   5 おわりに 小売業は、従業員が多くの消費者と直接対面するため、カスハラが生じやすい業種といえる。カスハラ対策においては、一般的な(抽象的な)マニュアルを策定したり、社内研修を実施するだけでは足りず、実際の現場において、現場管理者も含め、適切に対処できるか否かが重要である。安易に理不尽な要求に応じてしまったり、顧客の挑発に乗って、激しい言い争いに発展してしまえば、かえって問題を深刻化させる場合もある。 現場においてどのように対処するか、具体的な対応方針を定めたマニュアルを定め、社内に浸透させることが必要である。また、悪質なカスハラに対しては、警察や弁護士との連携が必要になるため、どういった場合に警察に通報するのか、弁護士からの対応を求めるのか、対応フローを決めておくことも有用である。 また、カスハラに直面した従業員へのフォローも忘れてはならない。一人で抱え込ませず、組織的にサポートすることが必要である。対応した従業員の心のダメージが大きい場合には、医師への受診を求めたり、カウンセリングを受けてもらうなどして、メンタルケアを行うべきである。 (了)

#No. 637(掲載号)
#織田 康嗣
2025/09/25

〔検証〕適時開示からみた企業実態 【事例109】株式会社クスリのアオキホールディングス「定時株主総会の付議議案及び株主提案に関する当社取締役会意見に関するお知らせ」(2025.7.17)

〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例109】 株式会社クスリのアオキホールディングス 「定時株主総会の付議議案及び株主提案に関する当社取締役会意見に関するお知らせ」 (2025.7.17)   公認会計士/事業創造大学院大学教授 鈴木 広樹   1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、株式会社クスリのアオキホールディングス(以下「クスリのアオキ」という)が2025年7月17日に開示した「定時株主総会の付議議案及び株主提案に関する当社取締役会意見に関するお知らせ」である。 同社の株主であるOASIS INVESTMENTS Ⅱ MASTER FUND LTD.とOASIS JAPAN STRATEGIC FUND LTD.(以下、関連するファンドやその運営会社をまとめて「オアシス」という)が、クスリのアオキの2025年8月開催予定の定時株主総会に株主提案を行ったのだが、同社の取締役会はそれに反対するという内容である。なお、その後、オアシスによる株主提案は定時株主総会において否決された(2025年8月20日提出臨時報告書)。   2 3回目の株主提案 オアシスは、2023年と2024年のクスリのアオキの定時株主総会にも株主提案を行っており、今回の株主提案は3年連続の3回目である。それに対して、クスリのアオキの取締役会は反対し続けている(2023年7月18日開示「定時株主総会の付議議案及び株主提案に関する当社取締役会意見に関するお知らせ」、2024年7月18日開示「定時株主総会の付議議案及び株主提案に関する当社取締役会意見に関するお知らせ」)。 なお、2023年の株主提案の提案理由には、企業統治上の問題点が複数挙げられていたのだが、2024年と2025年の株主提案の提案理由は、2020年に発行されたストック・オプション(2020年1月9日開示「募集新株予約権(有償ストック・オプション)の発行に関するお知らせ」、2020年1月28日開示「募集新株予約権(有償ストック・オプション)の発行内容確定に関するお知らせ」)の問題点に絞られている。他の株主の同意を得やすいと思ったのだろうか。   3 賛成票は集まらず 3年連続のオアシスによる株主提案だが、他の株主の同意は得られていない。2024年と2025年の株主提案では、取締役である青木宏憲氏(以下「宏憲氏」という)と青木孝憲氏(以下「孝憲氏」という)の解任が挙げられていた。2024年、宏憲氏の解任への賛成票は149,259個(17.56%)、孝憲氏の解任への賛成票は141,908個(16.70%)だったのだが(2024年8月20日提出臨時報告書)、2025年になると、宏憲氏の解任への賛成票は145,863個(15.42%)、孝憲氏の解任への賛成票は139,516個(14.75%)といずれも減少してしまった(2025年8月20日提出臨時報告書)。 クスリのアオキの有価証券報告書の「大株主の状況」で確認できる限りでは(第26期有価証券報告書、第27期有価証券報告書)、オアシスが所有するクスリのアオキ株式の数は、2024年が10,500千株、2025年が13,191千株である。クスリのアオキの単元株式数は100株なので、議決権の数は2024年が約105,000個、2025年が約131,910個ということになる(有価証券報告書で確認できない所有株式もあるかもしれないため、それらよりも多いかもしれない)。宏憲氏と孝憲氏の解任への賛成票の数と比べると、それらはほぼオアシスによるものだと分かる。 ストック・オプションをめぐる両者の言い分を比べて、どちらが正しいと判断するのは困難だろうと思われるし、そもそも、有価証券報告書の「大株主の状況」などを見る限り、クスリのアオキの株主の多くは安定株主のようであり、彼らが株主提案に賛成する可能性は低いと思われる。   4 オアシスの狙い オアシスが株主提案を通すことは、クスリのアオキの議決権を過半数取得しない限り、難しいだろうと思われる。しかし、クスリのアオキの株主の多くが安定株主のようであるため、過半数の議決権を取得すること自体が難しいだろう。 オアシスは、さすがにもう諦めて、来年度以降は株主提案を行わないだろうか。あくまで筆者の推測だが、おそらく来年度以降も株主提案を行い続けるように思われる。オアシスも、株主提案が承認されないことは分かっているはずである。それでも株主提案を行い続けるのは、クスリのアオキの経営陣の意識を株式非公開化へ向かわせるためである。そして、クスリのアオキが株式非公開化を選択した暁には、オアシスは所有株式を高く買い取ってもらおうと考えているのではないだろうか。 クスリのアオキは、いわゆる創業家が力を持つ会社であるといえる。2023年7月18日開示の「定時株主総会の付議議案及び株主提案に関する当社取締役会意見に関するお知らせ」に添付された「株主提案書」には、「当社創業家は当社社内取締役5名の内3名を占めるだけでなく、合計で当社株式約30%弱を保有し、最高顧問・会長・社長・副社長といった要職を寡占しており、創業家が当社における大きな影響力を持つことは明らかである」という記載があるが(「当社」はクスリのアオキ)、クスリのアオキはそれに対して特に反論はしていない。 なお、現在もクスリのアオキの取締役には、2023年のときと同じ3名の青木氏がいて(第25期有価証券報告書、第27期有価証券報告書)、創業家が所有するクスリのアオキ株式の数は2023年のときよりも増えている(2024年8月22日開示「主要株主である筆頭株主及び主要株主の異動に関するお知らせ」、2024年8月29日開示「主要株主である筆頭株主及び主要株主の異動に関するお知らせ」)。 上場を維持する負担が以前よりも大きくなり、オアシスのようなアクティビストの攻撃にさらされるリスクも大きくなってきたため、株式非公開化を選択する会社が増えている。クスリのアオキにとって、創業家による支配を維持することが重要なのだとしたら、上場を維持することは負担が大きく、得策ではないのかもしれない(同社はプライム市場上場だが、流通株式の上場維持基準をクリアするのは大変なのでは)。オアシスの思う壺になってしまうのだが、もしかすると、今後、クスリのアオキはMBO(経営陣による企業買収)による株式非公開化を検討することになるかもしれない。しかし、そうなった際には、TOB(株式公開買付け)の買付価格をめぐって、オアシスとの間で対立が生じることになるだろう。 (了)

#No. 637(掲載号)
#鈴木 広樹
2025/09/25
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