2025年7月31日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.629を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
〈令和7年度税制改正〉 新リース会計基準に伴う リース取引に係る所要の措置 【補論】 公認会計士・税理士 森 智幸 1 はじめに~基本通達等の改正について 2025年6月30日付で、国税庁より法人税、消費税、所得税の基本通達等の改正が公表された。 この中には、リース取引に関して新設された基本通達も含まれている。リース取引に関しては、新リース会計基準の導入に伴い、法人税法や消費税法の改正が行われたが、今回の基本通達等の改正は、それに続くものである。 そこで、今回は、借手を対象として、改正通達におけるリース税制の見直しの内容や実務における注意ポイントについて解説することにする。 なお、本稿は私見であることにご留意いただきたい。 2 改正通達におけるリース税制の見直しの内容 ここでは、改正通達のうち、主に新設されたものについて解説する。 (1) 法人税法 (イ) ファイナンス・リース取引 ① 所有権移転外リース資産の減価償却費(法基通7-5-3) リース資産に係る「償却費として損金経理をした金額」(法法31①)には、リース資産に係る使用権資産をリース期間の減価償却費として経理した金額が含まれるとされた。 すなわち、所有権移転外ファイナンス・リース取引に係る使用権資産についてリース期間定額法によって計算した減価償却費は、損金経理を要件として、所得の金額の計算上損金の額に算入することになる。 なお、令和7年度税制改正前も、所有権移転外リース取引に係る減価償却については法人税法施行令で定められていたため、新たな内容ではないが、留意的に明らかにするために設けられている。 ② 賃借人の会計リース期間(法基通7-6の2-10の2) リース期間定額法においては、賃借人の会計リース期間をリース期間とすることが明らかとなった。なお、賃借人の会計リース期間とは、解約不能期間に次の期間を加えた期間をいう。 ③ 資産の賃貸借の範囲(法基通12の5-1-1) 法人税法第64条の2第3項の「資産の賃貸借」には、民法第601条の規定により効力を生ずることとなる契約に基づく行為のほか、資産を使用する権利を一定期間にわたり対価と交換に移転する行為も含まれることが明らかにされた。 これは、新リース会計基準を適用する企業において、リースが法人税法における資産の賃貸借に含まれることを留意的に明らかにしたものである。 ④ リースを構成する部分とリースを構成しない部分とがある場合の取扱い(法基通7-6の2-17、12の5-1-7) リースを含む契約にリースを構成する部分とリースを構成しない部分とがある場合の取扱いが設けられた。新リース会計基準においてもリースを構成する部分とリースを構成しない部分の区分に関する規定が設けられているが(基準28~29、適用指針9など)、法人税法においてもこの取扱いを行うことを明らかにしたといえる。 (ロ) オペレーティング・リース取引 ① 資産の賃貸借の範囲(法基通12の5-3-1) 法人税法第53条第1項の「資産の賃貸借」の範囲については、法人税基本通達12の5-1-1(資産の賃貸借の範囲)の取扱いを準用するとされた。したがって、新リース会計基準を適用する企業において、オペレーティング・リース取引が法人税法における資産の賃貸借に含まれることが明らかにされた。 ② 無償等賃借期間を含む賃貸借取引に係る支払額の損金算入(法基通12 の5-3-2) オフィスビルのテナント契約で見られるフリーレントのような「無償等賃借期間」について新たに通達が設けられた。この通達は、一部の課税上弊害があるもの以外の賃貸借取引について、賃借期間にわたり支払われるべきこととなる金額を、損金経理を要件として、損金の額に算入するものとするというものであるが、従来の考えと相違はない。 ③ リースを構成する部分とリースを構成しない部分とがある場合の取扱い(法基通12の5-3-3) リースを含む契約にリースを構成する部分とリースを構成しない部分とがある場合において、❶リースを構成する部分とリースを構成しない部分とに分ける方法、❷リースを構成する部分とリースを構成しない部分とに分けない方法により経理しているときは、リースを構成する部分に係る資産の賃貸借について法人税法第53条(賃貸借取引に係る費用)及び法人税基本通達第 12章の5第3節(賃貸借取引)の取扱いを適用することを明らかにした。 (2) 消費税法 (イ) 新設の有無 消費税法基本通達においては、新設された通達は見られない。 (ロ) オペレーティング・リース取引の課税のタイミング 新リース会計基準では、オペレーティング・リースについても使用権資産とリース負債を計上することになった。一方、消費税法においては、リース取引の課税仕入れについては、そのリース資産の引渡しを受けた日の属する課税期間において仕入税額控除の規定の適用を受ける(消法30、消基通11-3-2)。 そのため、オペレーティング・リース取引においても、仕入税額を一括控除するのか、それとも従来通り、賃借料の支払時に仕入税額控除するのか、会計上の処理と課税仕入れの日との関係が問題となる。 この点については、消費税法の改正時には明らかになっていなかったため、基本通達において何らかの指針が出るのではないかと予想していたが、今回の改正後の基本通達においても、この点については明示されなかった。 したがって、オペレーティング・リース取引については、従来通り、賃借料の支払時を課税仕入れの日として、仕入税額控除することとして差し支えない。 (3) 所得税法 所得税の基本通達において新設されたものは以下の通りである。内容としては、法人税の基本通達とほぼ同じである。 3 実務における注意ポイント (1) 法人税~オペレーティング・リース取引における申告調整 オペレーティング・リース取引においては、会計上の費用と法人税法上の損金の額とに差異が生じることがあるため、申告調整が必要である。この点については国税庁から令和7年6月に「オペレーティング・リース取引に係る借手の申告調整について」が公表されているので参照されたい。 申告調整については、改正基本通達に記載されているものではないが、実務上重要であるので、ここで紹介することにする。 【借手の処理例】(国税庁の資料を参考に筆者作成) (2) 消費税~オペレーティング・リース取引における課税仕入れの会計処理 新リース会計基準においては、これまで述べたようにオペレーティング・リース取引についても使用権資産とリース負債を計上することになった(前記3(1)【借手の処理例】参照) 一方、消費税法上、課税仕入れについては、ファイナンス・リース取引については原則として一括控除となるが、オペレーティング・リース取引については、賃借料支払時に仕入税額控除を行う。 したがって、会計処理は同じであるものの、ファイナンス・リース取引とオペレーティング・リース取引とでは、仮払消費税等の計上のタイミングが異なってくるので注意が必要である。 4 おわりに 今回はリース取引の補論として、法人税、消費税、所得税に係る基本通達の改正についてその内容と実務上の注意点を解説した。特に、借手のオペレーティング・リース取引については法人税法、消費税法において会計上と税務上の差異が生じるので注意が必要である。 本稿が、皆様の実務の参考になれば幸いである。 (連載了)
国家安全保障から見る令和7年度及び近年の税制改正 -防衛特別法人税等の企業への影響- 【第2回】 公認会計士・税理士 荒井 優美子 4 「我が国の防衛力の抜本的な強化等のために必要な財源の確保に関する特別措置法」の改正 令和7年度税制改正(所得税法等の一部を改正する法律)(※1)により、「我が国の防衛力の抜本的な強化等のために必要な財源の確保に関する特別措置法」(以下、「防衛財確法」)が改正され、立法趣旨(第1条)に、防衛特別法人税を創設し、及びたばこ税の税率の特例を定め、防衛特別法人税の収入及びたばこ税の収入額に係る額を、防衛力強化資金として受け入れることが明記された。所得税は引き続き検討することとされている(※2)。 (※1) 令和7年度の「所得税法等の一部を改正する法律」第12条、「我が国の防衛力の抜本的な強化等のために必要な財源の確保に関する特別措置法の一部改正」により「防衛特別法人税」が創設された。 (※2) 与党(自由民主党・公明党)「令和7年度税制改正大綱(2024年12月20日)」18頁 防衛財源確保法は、令和5年度以降における我が国の防衛力の抜本的な強化及び抜本的に強化された防衛力の安定的な維持に必要な財源を確保するための特別措置として、2023年6月16日に成立し、同年6月23日に施行されている。防衛力強化資金の設置等について、「防衛力の抜本的な強化及び抜本的に強化された防衛力の安定的な維持のために確保する財源を防衛力の整備に計画的かつ安定的に充てることを目的として、当分の間、防衛力強化資金を設置する。」(旧防衛財確法6、新防衛財確法50)こととされ、当分の間、法人には防衛特別法人税を課し(防衛財確法9)、当分の間、たばこ税の税率の特例を定める(防衛財確法49)こととされた。 このように、防衛力強化資金の設置と財源としての防衛特別法人税による課税及びたばこ税の税率の特例の期限は明記されず、「当分の間」として規定されている。防衛特別法人税と同様な課税制度である復興特別法人税(東日本大震災からの復興のための施策を実施するために必要な財源の確保に関する特別措置法第5章)は、課税期間が明記されており(※3)、恒久的措置として平成26年度税制改正で創設された地方法人税では課税期間の規定は無い。 (※3) 法人の2012年4月1日から2014年3月31日(制定時は2015年3月31日)までの期間内に最初に開始する事業年度開始の日から同日以後2年を経過する日までの期間内の日の属する事業年度 「当分の間」が法令で使われている例としては、国境を越えた役務の提供に係る消費税の課税制度における特定課税仕入れに関する経過措置(※4)(消費税法 平成27年税制改正法附則42)があるが、その後、制度の改正の議論はされていないようである。法令において「当分の間」という用語が使われているときは、その法令(の規定)が改正又は廃止されない限り半永久的に有効なものと扱われると理解されている(※5)。したがって、財務諸表における税効果会計の計算や企業価値評価で将来キャッシュフローを計算する際に用いられる実効税率は、防衛特別法人税が恒久的措置であるとの前提で算定する必要がある。 (※4) 課税売上割合が95%以上の事業者や簡易課税制度又は小規模事業者に係る税額控除に関する経過措置が適用される事業者は、「事業者向け電気通信利用役務の提供」を受けた場合であっても、経過措置により当分の間、その役務の提供に係る仕入れはなかったものとされる。 (※5) 「法令における『当分の間』という用語は、日常では、『しばらくの間』、『さしあたり』といった意味で使われます。ただし、法令において『当分の間』という用語が使われているときは、その法令(の規定)が改正又は廃止されない限り半永久的に有効なものと扱われます。『当分の間』という用語は、その法令上の措置が暫定的なものであって、将来においてそれが変更又は廃止されることが予想されることを示したに過ぎません。」(環境省HP「暫定目標の見直し期間について(案)」の『法令読解の基礎知識』(元参議院法制局部長)より抜粋) 5 防衛特別法人税の概要 令和7年度税制改正により、法人の2026年4月1日以後に開始する各事業年度を課税事業年度とする、防衛特別法人税が導入された。 課税制度の仕組みは、納税義務者、課税標準額及び申告手続き等、地方法人税や廃止された復興特別法人税と概ね同様の制度であると考えられる(【図表1】参照)。課税標準法人税額に上乗せされる税率は、地方法人税が10.3%、復興特別法人税が10%に対して、防衛特別法人税は4%である。復興特別法人税は2年間の暫定課税制度であったが、防衛特別法人税は恒久的課税制度に近いものであり、法人の規模に関係なく一律4%の上乗せ課税がされるため、基準法人税額から基礎控除額500万円を控除した金額が課税標準額とされる(【図表2】参照)。 復興特別法人税では法人税の申告書とは別の申告書の作成・提出の仕組みとされていたが、防衛特別法人税は法人税及び地方法人税の申告書と一体の様式となっている。申告書の様式は国税庁のウェブサイトで公表されている。 中間申告書の提出は2027年4月1日以後に開始する課税事業年度から適用されるため、3月決算法人では、2026年4月1日開始事業年度の中間申告書は防衛特別法人税を適用せずに納税額が計算される。 【図表1】 防衛特別法人税の概要 【図表2】 防衛特別法人税の計算イメージ (出典:国税庁「令和7年度法人税関係法令の改正の概要」13頁より抜粋) (続く)
令和7年度税制改正における 『グループ通算制度』改正事項の解説 【第5回】 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 (2) 改正後の分割割合及び分配割合が適用される税務上の取扱い 改正後の分割割合及び分配割合が適用される税務上の取扱いは次のとおりである。 ① 分割の適格要件 分割型分割が無対価分割である場合の適格要件に係る株式継続保有要件の判定において分割割合が使用される(法法2十二の十一、法令4の3⑤⑥⑦⑧)。 〈適格分割の要件〉 ◎ 株式継続保有要件 次に掲げる分割の区分に応じそれぞれ次に定める要件とする。 ただし、分割が分割型分割である場合において、分割の直前に分割法人のすべてについて他の者との間に当該他の者による支配関係がないときは、株式継続保有要件は不要となる。 (ⅰ) 分割型分割 (注1) 議決権のないものを除く。 (注2) 支配株主とは、その分割型分割の直前にその分割型分割に係る分割法人と他の者との間に当該他の者による支配関係がある場合における当該他の者及び当該他の者による支配関係があるもの(その分割承継法人を除く)をいう。 (注3) 対価株式は、その分割型分割が無対価分割である場合にあっては、支配株主がその分割型分割の直後に保有するその分割承継法人の株式の数に支配株主がその分割型分割の直後に保有するその分割承継法人の株式の帳簿価額として財務省令で定める金額(※1)のうちに支配株主がその分割型分割の直前に保有していたその分割法人の株式の帳簿価額のうちその分割型分割によりその分割承継法人に移転した資産又は負債に対応する部分の金額として財務省令で定める金額(※2)の占める割合を乗じて計算した数のその分割承継法人の株式とする。 (※1) 支配株主がその分割型分割の直後に保有するその分割承継法人の株式の帳簿価額として財務省令で定める金額は、無対価分割に該当する分割型分割が適格分割型分割に該当するものとした場合におけるその分割型分割の直後のその分割型分割に係る分割承継法人の株式の帳簿価額とする(法規3の2の2②)。 (※2) 分割承継法人に移転した資産又は負債に対応する部分の金額として財務省令で定める金額は、無対価分割に該当する分割型分割に係る分割純資産対応帳簿価額(※3)とする(法規3の2の2③)。 (※3) 分割純資産対応帳簿価額とは、所有株式を発行した法人の行った分割型分割の直前のその所有株式の帳簿価額にその分割型分割に係る分割割合(※4)を乗じて計算した金額とする(法法61の2④、法令119の8①)。 (※4) 分割割合は、分子に掲げる金額が0を超え、かつ、分母に掲げる金額が0以下である場合には1とし、その割合に小数点以下3位未満の端数があるときはこれを切り上げる(法令23①二)。 (注4) その分割型分割後に行われる適格合併によりその対価株式がその適格合併に係る合併法人に移転することが見込まれている場合には、その合併法人を含む((ⅰ)で同じ)。 (注5) その分割型分割後にその分割承継法人又は分割承継親法人のいずれかを被合併法人とする適格合併を行うことが見込まれている場合には、その分割型分割の時からその適格合併の直前の時までその対価株式の全部が支配株主により継続して保有されることが見込まれていることとする。 (ⅱ) 分社型分割 (注1) 対価株式は、その分社型分割が無対価分割である場合にあっては、その分社型分割に係る分割法人がその分社型分割の直後に保有するその分割承継法人の株式の数にその無対価分割に該当する分社型分割が適格分社型分割に該当するものとした場合におけるその分割法人がその分社型分割の直後に保有するその分社型分割に係る分割承継法人の株式の帳簿価額のうちにその分割法人のその無対価分割に該当する分社型分割の直前の移転資産(その分社型分割により分割承継法人に移転した資産)の帳簿価額から移転負債(その分社型分割により分割承継法人に移転した負債)の帳簿価額を控除した金額の占める割合を乗じて計算した数のその分割承継法人の株式とする(法規3の2の2④⑤)。 (注2) その分社型分割後に行われる適格合併によりその対価株式の全部がその適格合併に係る合併法人に移転することが見込まれている場合には、その合併法人を含む((ⅱ)で同じ)。 (注3) その分社型分割後にその分割承継法人又は分割承継親法人のいずれかを被合併法人とする適格合併を行うことが見込まれている場合には、その分社型分割の時からその適格合併の直前の時までその対価株式の全部がその分割法人により継続して保有されることが見込まれていることとする。 ② 分割型分割における分割承継法人の税務仕訳 分割型分割において、分割承継法人の税務仕訳は次のとおりとなる(法法24①二・③、61の2①④⑦⑰、62の2④、62の3②、法令8①六・十五・二十一イ・二十二、9三、23①二・⑦二・⑧、119①六・二十七、119の3㉑、119の4①、119の8①②、123の3③)。 (ⅰ) 非適格分割型分割 非適格分割型分割において、分割承継法人の純資産の部は次のように計算される。 (注) 資本金等(上記資本金を除く)の額は、分割承継法人が資本又は出資を有しない法人である場合には、0とする。 分割承継法人が分割の直前に有していた分割法人株式に係る株式譲渡損益及びみなし配当の額は次のように計算される。この計算において分割割合が使用される。 分割承継法人の税務仕訳は次のとおりとなる。 なお、分割対価は分割承継法人株式とする又は無対価分割(株主均等割合保有関係があるものに限る)とする。 (注1) 資産調整勘定及び負債調整勘定を含む(法法62の8①②③)。 (注2) 分割対価が分割承継親法人株式の場合は、分割承継親法人株式の帳簿価額に付け替わる。 (ⅱ) 適格分割型分割 適格分割型分割において、分割承継法人の純資産の部は次のように計算される。この計算において分割割合が使用される。 (注) 資本金等(上記資本金を除く)の額は、分割承継法人が資本又は出資を有しない法人である場合には、0とする。 分割承継法人が分割の直前に有していた分割法人の株式に係る株式譲渡損益及びみなし配当の額は次のように計算される。この計算において分割割合が使用される。 分割承継法人の税務仕訳は次のとおりとなる。 なお、分割対価は分割承継法人株式とする又は無対価分割(分割承継法人が分割法人の発行済株式等の全部を保有する関係又は株主均等割合保有関係があるものに限る)とする。 (注1) 分割法人の適格分割型分割の直前の移転資産及び負債の帳簿価額をいう。 (注2) 分割対価が分割承継親法人株式の場合は、分割承継親法人株式の適格分割型分割の直前の帳簿価額となる。 (注3) 分割対価が分割承継親法人株式の場合は、分割承継親法人株式の帳簿価額に付け替わる。 (続く)
学会(学術団体)の税務Q&A 【第19回】 「海外出版社を通じて英文誌を出版する際の税務上の留意点」 公認会計士・税理士 岡部 正義 ▲▼▲[解説]▲▼▲ 学会が海外出版社を通じて英文誌を出版してロイヤリティを受け取るケースがよくあるが、その際における税務上の留意点は、次の通りである。 1 法人税 ロイヤリティは、原則として、無体財産権の提供業として法人税法上の収益事業に該当する。ロイヤリティ収入に依存しているような学会の場合(具体的には、ロイヤリティ収入が、主たる目的とする事業に要する費用の2分の1超となるような場合)、例外的に無体財産権の提供業から除外されるという規定があるが(法令5①三十三ハ)、当該例外規定に該当するようなケースは多くないと思われる。 なお、公益法人の学会が公益目的事業の一環として英文誌を出版する場合は、法人税法上の収益事業から除外されることになる(法令5②一)。 2 ロイヤリティの課税区分 消費税上、非居住者に対する無形固定資産等の譲渡又は貸付は、免税売上となる。そのため、海外出版社(非居住者)から受け取るロイヤリティは、原則として免税売上になると考えられる。 他方で、海外出版社を通じて、英文誌を出版する場合であったとしても、海外出版社の本社とは直接契約せずに、海外出版社の日本支店や日本法人と契約を行うようなケースがある。 消費税における居住者とは、外国為替及び外国貿易法第6条第1項第5号に規定する居住者であり、「外国為替法令の解釈及び運用について」通達により次のように判定することになる。 〈消費税における居住者の判定〉 そのため、海外出版社の日本支店や日本法人と契約を行うようなケースは、居住者との取引であるため、免税売上ではなく、課税売上になると考える。このように海外出版社を通じて英文誌を出版する際は、海外出版社の本社(非居住者)と直接契約するのか、海外出版社の日本支店や日本法人(居住者)と契約するのかによって課税区分の扱いが変わるため留意が必要である。 〈ロイヤリティ契約の相手先と課税区分〉 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第76回】 「外国証券会社への売委託による株式譲渡損失に関する繰越控除の適用可否(地判平27.7.3、高判平28.3.17)(その2)」 ~租税特別措置法37条の12の2、日本国憲法13条・14条・84条・98条2項、 日米租税条約1条2項(a)~ 公認会計士・税理士 西川 浩史 4 事案の検討 憲法14条(平等原則)の違憲を対象とする争点①が最も重要な論点であると考えるが、その際の納税者の主張の背景には、争点④での納税者の繰越控除制度に関する根本的な考えがあると考える。そのため、この報告においては、争点④・争点①・争点③の順で検討を行いたい。 (1) 本件特例の解釈・適用に関する違法性の有無(争点④) ① 株式譲渡損失の繰越制度に関する本質論 原告は、争点④において「上場株式等の譲渡損失の繰越控除制度は、ある課税期間に生じた納税者の譲渡損失の繰越しを認めないと、当該納税者の担税力が翌課税期間において過大に評価され、所得とは観念できないものに課税する弊害をもたらすことから、当該譲渡損失を1年限定ではなく数年にわたって繰り越すこととしたものである。」と述べ、争点①においては「繰越控除制度の適用を本件特例対象業者への売委託による譲渡のみに限定したり、繰越控除期間を3年間に限定することなどには合理性がない。」や「繰越控除制度は、所得税における必要不可欠な制度であるから、上場株式等の譲渡という純資産の増減の把握が容易な対象について、更にその対象を制限することは不合理である。」旨を述べている。 金子宏教授は、法人の欠損金に関して「法人の事業年度は、もともと事業成果を期間損益の形で算定するために人為的に設けられた期間であるから、企業の成果を長期的に測定するためには、ある年度に生じた欠損金は、その前後の事業年度の利益と通算するのが妥当である(※5)。」と述べられており、この考え方が一般的な見解と考える。 (※5) 金子宏『租税法』弘文堂(2023)436頁 山内進教授は、「欠損金の繰越制度は、既述したように税の本質、つまり事業年度間の課税の公平、中立性を考えた場合、当然、必要不可欠なものであり、これを廃止したり、また政策税制として運用したりすべきものではないのであると強調したい(※6)。」と述べられている。この点は欠損金の本質論から理解できるものの、実際の欠損金の繰越制度においては、税収確保の政策目的等から繰越期間及び損金算入額についての制限が行われている(※7)。 (※6) 山内進・上田真士「わが国の税法における欠損金の繰越制度に関する一考察―ハイブリッド税法及び国際比較の視点から―」『福岡大學商學論叢』 (2011) 383頁 (※7) 現行の税制(法人税)では、繰越期間は10年、損金算入額は所得の50%が限度となっている。 上記は、法人の欠損金に関する税務の本質論であるが、本件事案の個人に関する上場株式等の譲渡損失の繰越控除制度にもつながるものと理解する。そのため原告の主張する内容に関しては、本質論としては十分理解できるが、税法上の解釈は、あくまでも条文の内容に従ったものでなければならないと考える。 ② 本件特例対象業者に売委託したことは手続要件か否か 納税者は、本件特例対象業者に売委託したことは手続要件にすぎないとして、別途譲渡損失が生じていることを立証することにより、当該譲渡損失の繰越控除が認められるべきであると主張した。確かに、上場株式等の譲渡損失が生じているのは事実であり、条文の内容及びその立法目的を考慮しなければ、納税者の言うように、利用する証券会社により、税務上の取扱いが異なることには矛盾を感じる。 裁判所は、本件特例のうち、本件特例対象業者に売委託したことを手続要件と解する文言上の根拠はなく、支払調書の制度は課税庁が適正な有価証券譲渡益を捕捉するための制度であって、単に納税者の立証の負担を考慮した手続要件などではないと結論付けた。 所得税法上、もともとは「株式等に係る譲渡所得の計算上生じた損失は、生じていなかったものとみなす」ことになっていた。その後、税制改正により、例外的に本件特例対象業者への売委託により行う上場株式等の譲渡等に限り損益通算や3年間の繰越控除が認められたと理解する。そのような例外規定である本件特例の適用においては、適正・公平な課税の実現のため、支払調書制度に従うことは必要不可欠であり、裁判所の判断は適正と考える。 (2) 本件特例は憲法13条ないし14条に違反するか否か(争点①) ① 平等違反の違憲審査基準 憲法学者の芦部信喜教授の見解をもとに、平等違反の違憲審査基準をまとめると下表のようになる(※8)。(以下この報告ではⅰとⅱを合わせて「厳格な基準」と称する) (※8) 芦部信喜(補訂者:高橋和之)『憲法(第8版)』岩波書店(2024)132頁、138-140頁、246-247頁を参照してまとめた。 金子教授は、「憲法14条との関係では、租税立法については『合憲性の推定』が働き、判例は、一般に、『その内容が明らかに不合理でないかぎり、憲法違反とはならない』という意味での『ゆるやかな合理性の基準』を採用している(※9)。」と述べられている。金子教授のいう「ゆるやかな合理性の基準」とは、芦部教授のいう「合理的根拠の基準」であると理解する。 (※9) 金子前掲(※1)書 6頁 ② 裁判所が採用した審査基準 裁判所は、大島訴訟の最高裁判決で用いられた租税立法に関する違憲審査基準に従って、①立法目的が正当なものであるかどうか、②立法目的と本件特例との間に合理性があるかどうか(本件特例は立法目的との関連で著しく不合理であるとはいえないか)について検討を行い、憲法13条ないし14条には違反しないと判断した。 裁判所が採用した審査基準は、「合理的根拠の基準」(「ゆるやかな合理性の基準」)であると理解する。このような審査基準は、大島訴訟後、一般的に用いられている租税立法に関する違憲審査基準であり、その手法に関しては、適正なものであると考える。 大島訴訟の最高裁判決(地裁の判決文より。下線は筆者追加) ③ 租税立法に関する違憲審査における「厳格な基準」の適用可能性 青山慶二教授は、高裁が付加した「本件特例は、売委託する者や取引業者の人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、その適用不適用を区別しているものではなく」の文言に関して「大島訴訟判決の伊藤正己裁判官の補足意見(性別のような憲法14条1項後段の事由に基づいて差別が行われる場合には合憲性の推定は排除されるとするもの)を意識した判断枠組みを設定している。即ち、租税立法についても違憲審査の二重の基準(侵害対象が精神的自由か経済的自由による区分)が適用されるものであり妥当な判断枠組みと考えられる(※10)。」と述べられている。 (※10) 青山慶二「外国市場取引での上場株式の譲渡による損失計上と租特法適用可能性」『TKC税研情報』 第29巻第1号 (2020.2) 41頁。なお、「違憲審査の二重の基準」については、芦部前掲(※8)書106-107頁参照。 金子教授は「憲法14条1項は、いわゆる平等権を保障し、政治的・経済的・社会的差別を禁止している。この規定は、すべての差別を禁止する趣旨ではなく、不合理な差別を禁止する趣旨であると解されているが、租税立法も不合理な差別を構成する場合に、この規定に違反して無効となることは、いうまでもない(※11)。」と述べられ、大島訴訟判決の伊藤正己裁判官の補足意見については、「性別でなくて、例えば人種ですとか国籍によって差別すれば、やはり問題は起こるということになると思います。(※12)」と述べられている。 (※11) 金子前掲(※5)書 90頁 (※12) 金子「講義録 大嶋訴訟について-給与所得課税のあり方-」税大ジャーナル 5(2007.6)10頁 したがって、租税立法に関する違憲審査であっても、「厳格な基準」が適用される可能性はあると理解するが、本件事案については、人種や国籍によって差別が行われている場合ではないため、「合理的根拠の基準」(「ゆるやかな合理性の基準」)が用いられたと理解する。 (3) 本件特例は日米租税条約ないし憲法98条2項に違反するか否か(争点③) ① 日米租税条約の目的 日米租税条約の目的について、納税者は「資本等の交流促進」であると主張しているが、地裁は「国際的な二重課税の排除及び両締約国間の課税権の配分」であり、「資本等の交流促進は同条約の目的がもたらす機能ないし効果である。」とした。しかし、平成16年に発効された新日米租税条約の目的の1つは、日米両国間の投資交流を促進することであったことは明らかであり、利子、配当、使用料に関する源泉徴収税率の大幅な引下げ又は減免が行われた(※13)。このような事実からは原告の主張の方が正しいのではないかと考える。 (※13) 浅川雅嗣『コメンタール 改訂日米租税条約』大蔵財務協会(2005)1-2頁では、「今回日米租税条約が抜本的に改正された背景として、大きく2つのことが挙げられる。1つは、およそ30年前に旧条約は発効してから、日米間の直接投資は17倍、証券投資に至っては約100倍に増加するなど、両国を取り巻く経済環境が劇的に変化したことである。(省略)本条約にはもう1つ、経済活性化策としての背景がある。」との記載がある。 ② 日米租税条約締約国間の租税立法の均衡 納税者は、「本件特例は、日本から米国の証券業者への売委託を阻害するものであって、日米租税条約締約国間の均衡を妨げ、さらには同条約が目的とする日米両国間の資本及び人的資本等の交流促進を妨げている。」と主張した。 これに対し、地裁は、「同条約が存在するからといって、上記促進のために日本が米国と同じ租税立法をする国際法上の義務を負うことになると解すべき根拠はない。」と結論づけた。 このことはもっともな見解であり、改正された日米租税条約の目的は「資本等の交流促進」であるとの立場をとったとしても、日米租税条約を根拠に、日本居住者の米国市場への株式投資に無条件で、本件特例(損益通算、繰越控除)を認めるのであれば、租税条約においてその旨を明確に規定するしかないと考える。 5 おわりに 最後に、本件事案の納税者は日本人であると推測されるが、外国人であった場合の検討を加えたい。その場合、外国人であったとしても、米国証券会社から国内証券会社(本件特例対象業者)に変更することにより、本件特例の適用を受けることが可能である以上、「国籍による差別」には該当しないと考える。本件特例が国籍による差別と言えない以上、納税者が外国人であったとしても今回の違憲審査結果に違いは生じないと理解する。 しかしながら、日本語が得意でない外国人にとっては、国内の証券会社(本件特例対象業者)を利用するのは困難で、来日後も外国証券会社(本件特例対象業者以外)を利用し続けるしかない。外国人の立場からすると、本件特例の立法目的等が理解できたとしても、株式譲渡益が生じた場合には適正な納税をしているのに、株式譲渡損失が生じた場合にはその損失の繰越が認めらないことには、納得できないのではないかと考える。 今後、国際化が進む中で、申告時に外国証券会社からの証明書等を添付した場合には、特例適用を認める等の柔軟な対応の税制改正が考えられてもいいのではないかと思料する。 (了)
連結会計を学ぶ(改) 【第1回】 「連結会計の全体像」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2017年4月から連載していた「連結会計を学ぶ」シリーズについて、その後の会計基準等の改正を踏まえてアップデートし、新たに「連結会計を学ぶ(改)」として解説を行う。 例えば、従来、日本公認会計士協会の実務指針として公表されていた「連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針」(会計制度委員会報告第7号)は、企業会計基準委員会に移管されて、「連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針(移管指針第4号)となっている。 Ⅱ 適用される会計基準等 連結財務諸表は、親会社及び子会社によって構成される企業集団に関する財務諸表であり、関連会社については持分法が適用される(「連結財務諸表に関する会計基準」(企業会計基準第22 号。以下「連結会基準」という)1項。「持分法に関する会計基準」(企業会計基準第16号)4項、6項)。 連結財務諸表に関しては、以下の会計基準等が中心となるものの、連結会基準の各規定に関して別途の会計基準等が設定されているものがあり、全体として少々複雑な構成となっている。 また、連結貸借対照表の作成に関する会計処理における企業結合及び事業分離等に関する事項のうち、連結会基準に定めのない事項については、「企業結合に関する会計基準」(企業会計基準第21号)や「事業分離等に関する会計基準」(企業会計基準第7号)の定めに従って会計処理するとされていることから(連結会基準19項)、適宜、「企業結合に関する会計基準」や「事業分離等に関する会計基準」の規定を調べることになる。 このため、実務上、連結財務諸表に関する会計処理及び開示に際しては、どこに規定があるのかを調べることがポイントとなる。 本シリ-ズでは、上記の会計基準等を中心に、連結会計に関する基本的な考え方について解説を行う。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅲ 連結会計の全体像 親会社及び子会社は個別財務諸表を作成しているが、連結財務諸表は、これらの個別財務諸表を基礎として作成される企業集団に関する財務諸表である。 連結財務諸表に関する基本的なイメージは次の図のとおりである。 Ⅳ 連結財務諸表作成における一般原則 次のように、連結会基準は一般原則を規定している(連結会基準9項~12項)。 ① 連結財務諸表は、企業集団の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に関して真実な報告を提供するものでなければならない。 ② 連結財務諸表は、企業集団に属する親会社及び子会社が一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠して作成した個別財務諸表を基礎として作成しなければならない。 ③ 連結財務諸表は、企業集団の状況に関する判断を誤らせないよう、利害関係者に対し必要な財務情報を明瞭に表示するものでなければならない。 ④ 連結財務諸表作成のために採用した基準及び手続は、毎期継続して適用し、みだりにこれを変更してはならない。 Ⅴ 連結財務諸表作成に関する特有の論点 Ⅳ②(連結会基準10項)は、連結財務諸表は親会社及び子会社の個別財務諸表を基礎として作成することを要請する規定であり、「基準性の原則」と呼ばれている(「「親子会社間の会計処理の統一に関する監査上の取扱い」に関するQ&A」(監査・保証実務委員会実務指針第87号)Q1)。 連結財務諸表の作成には、次の事項のように、個別財務諸表の作成とは異なる連結特有の論点がある。本シリーズの第2回以降ではこれらについて取り上げることとする。 ① 連結の範囲 ② 連結決算日 ③ 会計方針の統一 ④ 投資と資本の相殺消去 ⑤ 債権と債務の相殺消去 ⑥ 連結会社相互間の取引高の相殺消去 ⑦ 未実現損益の消去 ⑧ 持分法 (了)
有価証券報告書における作成実務のポイント 【第13回】 史彩監査法人 パートナー 公認会計士 西田 友洋 今回は、有価証券報告書のうち、【経理の状況】の【注記事項】税効果会計関係と企業結合等関係の作成実務ポイントについて解説する。 なお、本解説では2025年3月期の有価証券報告書(連結あり/特例財務諸表提出会社/日本基準)に原則、適用される法令等に基づき解説している。 1 税効果会計関係 税効果会計について注記が求められている。連結の注記であるため、連結子会社の分も含めて注記が必要であることから、連結子会社の情報も収集する必要がある。 また、財務諸表提出会社が連結財務諸表を作成している場合には、下記2二及び3については、個別財務諸表における注記は不要である。 【事例:(株)伊藤園 2025年4月期の有価証券報告書】 【事例:三谷産業(株) 2025年3月期の有価証券報告書】― 法定実効税率と税効果会計適用後の法人税等の負担率との間の差異が法定実効税率の100分の5以下であり、注記を省略している場合 (省略) (省略) 【事例:(株)ラクーンホールディングス 2025年4月期の有価証券報告書】― グループ通算制度を適用している場合 (省略) (省略) 2 企業結合等関係 企業結合等関係では、(1)取得による企業結合、(2)共通支配下の取引等、(3)共同支配企業の形成、(4)事業分離における分離元企業、(5)事業分離における分離先企業、(6)子会社の企業結合について注記する。 (1) 取得による企業結合 【事例:ニフティライフスタイル(株) 2025年3月期の有価証券報告書】 【事例:ミガロホールディングス(株) 2025年3月期の有価証券報告書】―条件付取得対価がある場合 【事例:トーカロ(株) 2025年3月期の有価証券報告書】―暫定的な会計処理がある場合 【事例:住友林業(株) 2024年12月期の有価証券報告書】―前連結会計年度において暫定的な会計処理を行い、当連結会計年度において取得原価の配分額に重要な見直しが行われた場合 (省略) (省略) (2) 共通支配下の取引等 【事例:(株)日本創発グループ 2024年12月期の有価証券報告書】―子会社株式の現金による追加取得、子会社による合併の場合 (省略) (3) 共同支配企業の形成 (4) 事業分離における分離元企業 【事例:セガサミーホールディングス(株) 2025年3月期の有価証券報告書】 (省略) (5) 事業分離における分離先企業 (6) 子会社の企業結合 (了)
〔業種別Q&A〕 労使間トラブル事例と会社対応 【第6回】 「チェーン店の店長の管理監督者性」 〈流通・小売業・卸売業〔Q1〕〉 弁護士法人 ロア・ユナイテッド法律事務所 パートナー弁護士 織田 康嗣 〈流通・小売業・卸売業の特徴と特有の労務問題〉 流通・小売業・卸売業は、生産者から消費者へと商品をつなぐサプライチェーンの中核を担う、社会に不可欠な産業である。必ずしも流通・小売業・卸売業のみで生じる労務問題ではないが、その業界の特徴から、以下のような問題が生じやすい。 (1) 残業代の問題 消費者の利便性の追求や多店舗との競争から、店舗の営業時間が長時間化し、年中無休で営業している店舗も存在している。また、慢性的な人員不足の問題を抱え、十分な人員配置ができなかった結果、長時間労働につながることもある。 労働時間管理が適正に行われていなければ、未払い残業代の問題を生じさせることがある。また、店舗の店長等を管理監督者扱い(深夜残業を除く残業代の支給対象外)にしたものの、その実態は「名ばかり管理職」となっており、管理監督者性に疑義が生じることもある。 (2) シフト制の問題 小売業等においては、シフト制が採用されているケースも少なくない。シフト制の下では、一定期間ごとに作成される勤務表等によって、具体的な労働日や労働時間が確定するが、従前よりシフトが削減された等として紛争が生じるケースがある。所定労働日数(最低限シフトの保障をする日数)の合意があるか否か、仮に合意がないとしても、濫用的な削減ではないかといった点が問題になり得る。 (3) 雇止めの問題 小売業等では、時間帯や曜日によって繁閑の差が大きく、繁忙期に集中的に人員を配置できるよう、アルバイト・パートといった非正規労働者を多く雇用していることがある。 期間の定めのある非正規雇用であるからといって、安易に雇止め(契約不更新)とし、その後に紛争に発展してしまうケースが存在する。 (4) 同一労働同一賃金の問題 前述のとおり、小売業等では、非正規雇用が多く見られるなど、多様な雇用形態が存在しているケースがある。通常の労働者(正社員)と短時間・期間の定めのある従業員・派遣労働者との間で、不合理な待遇の相違や差別的取扱いを解消すべく、同一労働同一賃金が求められているが、自社の給与体系が同一労働同一賃金に反しないか問題になることがある。 (5) ハラスメントの問題 小売業では、顧客との接客業務も伴うところ、顧客とのトラブル(顧客からのクレーム等)が生じることがある。社内のハラスメントだけでなく、顧客によるハラスメント(カスタマーハラスメント)の問題も発生する。 (6) 労災の問題 ハラスメントによるメンタル不調のほか、店舗内で転倒した、商品の納品作業中に怪我をした、腰痛になるなどの労災が発生することがある。 これらが労災といえるか(業務起因性が認められるか)という点に関しては、厚生労働省の労災認定基準をもって判断される。さらに、会社に安全配慮義務違反が認められる場合には、会社に対する損害賠償の問題に発展することもある。 【Q】 当社はチェーン店展開で多店舗を運営しています。各店の店長は管理監督者として取扱い、深夜残業を除く残業代を支給していませんが、問題ないでしょうか。 【A】 形式的に店長というだけでは足りず、①職務内容や労務管理上の権限、②勤務態様(出退勤の自由)、③管理職としての地位に相応しい待遇の有無といった各要件を充足する場合に限り、管理監督者扱いとすることが可能です。 ▲ ▼ ▲ 解 説 ▲ ▼ ▲ 1 管理監督者とは 一般に管理監督者は、労働時間規制を超えて活動することが要請される重要な職務と職責を負っており、その勤務態様が労働時間規制になじまないといえる。そのため、労働基準法の管理監督者に該当する場合、労働時間、休憩、休日に関する規程は適用除外とされ(労働基準法41条2号)、深夜労働を除き、管理監督者への残業代の支払は不要となる。 ただし、留意しなければならないのは、管理監督者であっても、労働安全衛生法で求められている労働時間の状況把握義務の対象からは、管理監督者は除外されていないということである(労働安全衛生法66条の8の3)。同法上の義務としては、通常の従業員と同様に労働時間の状況を把握する必要がある。 2 管理監督者性の判断基準 行政解釈では、管理監督者について、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体の立場にある者の意であり、名称にとらわれず、実態に即して判断すべきと解している(昭和22年9月13日発基17号、昭和63年3月14日基発150号)。 裁判例では、①職務内容が、少なくともある部門全体の統括的な立場にあること、②部下に対する労務管理上の決定権等につき、一定の裁量権を有しており、部下に対する人事考課、機密事項に接していること、③管理職手当等の特別手当が支給され、待遇において、時間外手当が支給されないことを十分に補っていること、④自己の出退勤について、自ら決定し得る権限があることの各要件を求めるものがある(ゲートウェイ21事件・東京地判平成20年9月20日労判977号74頁)。 すなわち、①職務内容や労務管理上の権限(経営者との一体性)、②勤務態様(出退勤の自由)、③管理職としての地位に相応しい待遇の有無といった各要件を充足する必要がある。 3 代表的な裁判例(日本マクドナルド事件) 管理監督者に関する代表的な裁判例かつ小売業に関わる事例として、日本マクドナルド事件(東京地判平成20年1月28日労判958号10頁)がある。 同事件は、ファーストフード店の店長の管理監督者性が争われた事件であり、裁判所は、結論として、管理監督者性を否定し、会社側に割増賃金の支払を命じている。前述の各要素について、裁判所は、概ね次のような認定をした。 4 日本マクドナルド事件後に出された通達 日本マクドナルド事件後、チェーン展開する店舗等における店長等の実態を踏まえ、特徴的に認められる管理監督者性を否定する要素を整理した、「多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化について(平成20年9月9日付け基発第0909001号)」という通達が発出された(後述資料)。この通達は店舗の店長を念頭に発出されたものであり、特に、チェーン展開されている店舗における判断においては、参考になる。 5 その他の裁判例 上記の日本マクドナルド事件以外にも、小売業(飲食業)において、管理監督者性が争われた裁判例として、以下のような事例がある。 (1) フォロインプレンディ事件(東京地判平成25年1月11日労判1074号83頁) 飲食店の店長または店長代理の管理監督者性が問題となった事案である。 店長または店長代理は、アルバイト従業員の採用やその従業員らの労働時間の決定について一定の権限を有し、店長会議や毎年度末に開催される経営者会議に参加していたものの、各店長または店長代理は、フランチャイズも含めれば50を超える店舗がある中、その1人として参加するにすぎなかった。 店長または店長代理固有の業務は、営業日報・営業月報の作成、毎月のシフトの作成等であり、それ以外は、店舗の営業時間のほとんどにおいて、配下のアルバイト従業員と同様の業務に従事していたこと、役職手当等の権限ないし役職に対応する手当が支給されていたこともなかったこと、労働時間についても自由に決定することができる状況にあったとは認め難いこと等から、管理監督者性が否定された。 (2) 穂波事件(岐阜地判平成27年10月22日労判1127号29頁) これも飲食店の店長の管理監督者性が問題となった事例である。 店長の権限に関し、店舗の営業時間を変更することはできず、パート等従業員の給料や、昇給等についても一定の枠の範囲内での権限であったこと、会社の経営全体について、決定に関与していなかったこと、勤務態様に関し、タイムカードへの打刻が求められ、出退勤について管理されていたこと、店長が担当店舗の営業日や営業時間を自ら決定する権限はなく、休むためにはアシスト等代行者を確保する必要があったこと等から、管理監督者性が否定された。 6 まとめ 以上のとおり、管理監督者性が争われたケースは多く存在するものの、経営者との一体性、労務管理上の権限を有さず、管理監督者性が否定されてしまったケースも少なくない。裁判例の判示をみると、管理監督者の権限として、企業全体の事業運営への関与を要するような趣旨を述べるものもあるが、各管理者の権限配分の状況によっては、批判もあり得るところである。 いずれにしても、管理監督者性に関しては、形式面ではなく、実体判断が重要である。今一度、自社において管理監督者扱いとされている従業員に関し、疑義が少しでもある場合には、各要素を充足するか否か入念に確認するべきである。 《参考資料》 「多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化について(平成20年9月9日付け基発第0909001号)」 (了)
〈2026年1月施行〉 下請法改正と企業対応のポイント 【後編】 「改正に伴い企業が注意すべきポイント」 弁護士法人東町法律事務所 弁護士 木下 雅之 本連載の【前編】では、2026年1月に施行となる下請法改正の概要について解説した。【後編】では、改正に伴う企業対応において注意すべきポイントを確認する。 1 適用範囲の拡大に伴い注意すべきポイント (1) 従業員基準の追加 資本金規模が小さく、これまで現行法の対応をしてこなかった委託事業者であっても、自社の従業員数が300人(製造委託等)又は100人(役務提供委託等)を超える場合には、中小受託取引適正化法上の「委託事業者」として、新たに責任を負うこととなる。 したがって、自社が従業員基準を満たす場合には、あらためて中小受託取引適正化法の適用のある取引がないかどうかを確認する必要があるほか、自社の子会社等についても同様に、資本金基準を満たさないがためにこれまで現行法の対応をしてこなかった子会社等がないかどうかを確認しなければならない。 従業員基準によって新たに中小受託取引適正化法の適用を受ける場合には、発注書の内容や支払期日の設定を見直すなど、「委託事業者」に課される4つの義務(①支払期日を定める義務、②書面の交付義務、③書類の作成・保存義務、④遅延利息の支払義務)に適切に対応しなければならない。 一方、資本金規模が大きく、これまで「下請事業者」として取り扱ってこなかった取引先についても、従業員数が300人以下(製造委託等)又は100人以下(役務提供委託等)であれば、従業員基準によって新たに「中小受託事業者」として取り扱う必要が生じるため、そのような取引先がないかどうかの洗い出しも必要となる。 なお、資本金の額は登記事項とされているため、会社の登記簿謄本によって客観的に確認することができるが、従業員数は一般的に公表されるものではなく、常時変動する可能性もあることから、従業員基準との関係で、いかにして取引先の従業員数を把握するかは実務上悩ましい問題となる。 委託契約書において従業員数の表明保証条項や従業員数に変更があった場合の通知義務を定める条項を設けたり、電子メールで相手方に確認したりするなど、当事者双方にとって過度な負担とならず、かつ、記録が残る方法で従業員数の把握に努めることが望ましいが、取引先が事実と異なる回答をする可能性もあり、リスクを完全に回避することは困難である。そのため、保守的な対応としては、明らかに中小受託取引適正化法の適用対象に含まれないと判断できる取引を除いて、一律に中小受託取引適正化法が適用される前提で対応することも検討に値しよう。 (2) 特定運送委託の追加 発荷主と運送事業者との間の運送委託取引(特定運送委託)は、これまで独占禁止法の物流特殊指定によって対応されてきたが、中小受託取引適正化法の施行後は、新たに同法の適用対象となる。 物流特殊指定は、中小受託取引適正化法と同様に、支払遅延や減額などの委託事業者の禁止行為を定めているが、中小受託取引適正化法が適用されることとなれば、「委託事業者」に課される4つの義務(①支払期日を定める義務、②書面の交付義務、③書類の作成・保存義務、④遅延利息の支払義務)に新たに対応する必要があるほか、違反した場合には公正取引委員会による勧告の対象となる点などで物流特殊指定とは異なる。 そのため、運送を委託している取引を洗い出し、新たに中小受託取引適正化法の適用対象となる取引がないかどうかを確認したうえ、これに該当する場合には、書面の交付義務を含め、中小受託取引適正化法に準拠した取引内容・取引条件となっているかどうかの確認が必要となる。 (3) 金型以外の木型、治具等の製造委託先の確認 現行法は、物品等の製造に用いられる金型のみが製造委託の対象とされ(現行法2条1項)、木型、治具等については製造委託の対象物とされていないが、中小受託取引適正化法は、金型に加え、もっぱら製品の製造のために用いられる「木型その他の物品の成形用の型若しくは工作物保持具その他の特殊な工具」についても、新たに「製造委託」の対象物として追加した(中小受託取引適正化法2条1項)。 そのため、製品の製造のために用いる木型や治具等の製造を委託している場合、これらの委託先が中小受託事業者に該当し、新たに中小受託取引適正化法の適用対象とならないかどうかの確認が必要となる。 2 禁止行為の拡充に伴い注意すべきポイント (1) 協議を適切に行わない代金額の決定の禁止 中小受託事業者から価格協議を求められた場合、委託事業者は協議に応じ、当該協議において求められた事項について必要な説明や情報提供を行ったうえで、代金額を決定しなければならない。 もっとも、コストが上昇しているにもかかわらず一方的に代金額を据え置く行為については、現行法上も「買いたたき」に該当するものとして対処が行われてきたことから、すでにこれに対応している企業にとっては、実務への影響は限定的であると思われる。 なお、新たに追加されたこの禁止行為類型は、あくまでも中小受託事業者から価格協議の求めがあった場面を前提としているため、「求め」がなければ、仮に協議を経ずに代金額を決定したとしても直ちにこの禁止行為類型に抵触するわけではない。 しかしながら、公正取引委員会が定める現行法の運用基準(下請代金支払遅延等防止法に関する運用基準)においては、最低賃金の上昇率、春季労使交渉の妥結額やその上昇率など経済の実態が反映されていると考えられる公表資料においてコストの著しい上昇が把握できるにもかかわらず、代金額を据え置く行為は「買いたたき」に該当するとの考えが示されていることから、たとえ中小受託事業者側からの「求め」がなかったとしても、公表資料からコストの上昇を把握できる場合には、引き続き、「買いたたき」に該当することのないよう注意が必要である。 (2) 手形払い等の禁止 これまで製造委託等代金の支払に手形を利用してきた委託事業者は、改正法の施行後は、手形による支払が禁止され、支払を繰り延べることができなくなる。 また、電子記録債権やファクタリングなどの一括決済方式を利用してきた委託事業者も、改正法の施行後は、その決済日を製造委託等代金の支払期日に揃えるか、あるいは、現金化するための手数料等の費用を製造委託等代金に上乗せして支払わなければならなくなる。 いずれにしても、これらの対応は委託事業者にとって自社の資金繰りに直結しうるため、早めの準備が必要となろう。 なお、公正取引委員会が定める現行法の運用基準においては、事前の書面による合意があれば、製造委託等代金を振り込む際の振込手数料を中小受託事業者の負担としても、代金減額にはあたらないとされていたが、改正にあわせてこの点の運用基準が改定される見込みであり、改定後は、事前の書面による合意の有無にかかわらず、振込手数料を控除して製造委託等代金を支払うことは「代金減額」にあたると評価されてしまうため、この点も対応が必要となる。 (連載了)