〈Q&A〉 印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第46回】 「債権譲渡に関する契約書(売掛債権譲渡契約書)」 税理士・行政書士・AFP 山端 美德 売掛債権を譲渡するにあたり、旧債権者と新債権者との間で債権譲渡契約書を作成しました。 印紙税の取扱いはどうなりますか。 債権をその同一性を失わせないで旧債権者から新債権者へ移転させる契約であり、債権譲渡契約の成立を証明する文書であり、第15号文書(債権譲渡に関する契約書)に該当する。 [検討1] 債権譲渡の意義(基通第15号文書の1) 債権譲渡契約とは、債権者が有する債務者に対する債権について、その同一性を失わせないで債権譲受人に移転する契約であり、旧債権者と債権譲受人である新債権者との間の契約をいう。 また、債権とは、特定の者(債権者)が特定の者(債務者)に対して、将来財貨又は労務を給付させることを目的とする権利で、指名債権と証券的債権とに区分される。証券的債権の譲渡契約書のうち、有価証券の譲渡契約となるものは、第15号文書には該当しないが、有価証券の継続的な譲渡を約するもので令第26条第1号に該当する場合は、第7号文書(継続的取引の基本となる契約書)に該当する。 その他の債権譲渡契約のうち、継続的な譲渡を約するもので令第26条第1号に該当する場合には、第15号文書と第7号文書に該当し、通則3のハの規定により第7号文書に該当する。 [検討2] 債権譲渡通知書等(基通第15号文書の4) 債権譲渡契約をした場合に、譲渡人が債務者に通知する債権譲渡通知書については、債務者に通知することによって債権譲渡契約が成立するものではなく、第15号文書には該当しない。 また、債権を第三者に譲渡しようとする債権者の申出に対して債務者がその譲渡について承諾した旨を記載した債権譲渡承諾書についても、債権譲渡契約の成立を証する文書ではないため、第15号文書には該当しない。 ▷ まとめ (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q32】 「米国デラウェア・リミテッド・パートナーシップの法人該当性」 PwC税理士法人 金融部 パートナー 税理士 箱田 晶子 ●○ 検 討 ○● 1 事案の概要 米国デラウェア州のリミテッド・パートナーシップ事案(以下「本件LPS事案」)では、日本の個人である納税者が、受託銀行との信託契約を介して投資した米国所在の各建物の貸付に関する所得を不動産所得として、その減価償却費等による損益通算をして所得税の申告を行ったところ、当該所得は不動産所得に該当せず減価償却費等の損益通算は許されないとして、課税庁により処分が行われたというものです。 課税庁の処分に対して納税者は不服申立てを行いましたが、名古屋不服審判所は本件のLPSから請求人に配分された損益は不動産所得に該当せず、雑所得であるとの裁決を行い、納税者は当該裁決を不服として原処分の取消訴訟に及んだものです。 なお、本件LPS事案で争点となった組合事業から生じた不動産投資損失については、平成17年度税制改正により、平成18年以後の個人の所得申告上、生じなかったものとみなされる措置が講じられ、組合事業による中古不動産等投資の節税スキームは実質的に封じられることとなりました(【Q30】参照)。本件LPS事案は平成17年度税制改正前の不動産所得の申告に係るものです。 2 下級審判決の概要 本件LPS事案の裁判においては、LPSの不動産所得の損益通算をめぐって、主に3点(①本件各LPSの租税法上の法人該当性、②本件各LPSの租税法上の人格のない社団該当性、③本件各建物の貸付けから生じた損益の不動産所得該当性)が争点とされました。 ①の法人該当性判断の基準について、納税者勝訴となった判決(東京地裁(平成23年7月19日)、名古屋地裁(平成23年12月14日)、名古屋高裁(平成25年1月24日))では、設立準拠法における法人格付与の有無に加えて、損益帰属主体としての設立目的をも判断基準とすべきであるとの原告の主張を認めました。 一方、納税者敗訴となった、東京高裁(平成25年3月13日)及び大阪地裁(平成22年12月17日)、大阪高裁(平成25年4月25日)の判決では、LPSに付与される権利、パートナーシップ持分の性格、州LPS法及び本件LPS契約による本件各LPSの管理・運営の規定等から、州LPS法に基づいて設立された本件各LPSは、構成員から独立した法的主体として存在し、権利義務の帰属主体となるというべきであり、州LPS法に基づき設立されたLPSが「separate legal entity」となると規定する州LPS法201条(b)の規定は、州LPS法に基づいて設立されるLPSを法人とする旨を規定しているものと解すべきであるとの判示を行っています。 3 最高裁判決の概要 今般の最高裁判決では、日本の租税法に定める外国法人に該当するか否かを判断するに当たっては、まず、①当該組織体に係る設立根拠法令の規定の文言や法制の仕組みから、当該組織体が当該外国の法令において日本法上の法人に相当する法的地位を付与されているか否かを検討することとなり、これができない場合には、次に、②当該組織体の設立根拠法令の規定の内容や趣旨等から、当該組織体が権利義務の帰属主体であると認められるか否かを検討して判断すべき、としました。 ここで、米国デラウェア・リミテッド・パートナーシップについては、まず①について、州LPS法の規定その他関連法令の文言等を参照しても、本件LPSがデラウェア州法において日本法上の法人に相当する法的地位を付与されていること又は付与されていないことが疑義のない程度に明白であるとはいい難いこと、次に②については、LPSに付与される権利、パートナーシップ持分の性格、州LPS法及び本件LPS契約による本件LPSの管理・運営の規定等から、本件LPSは、自ら法律行為の当事者となることができ、かつ、その法律効果が本件LPSに帰属するものということができるから、権利義務の帰属主体であると認められる、として、外国法人に該当するとの結論に到っています。 4 本件LPS最高裁判決の実務上の影響 本件LPSの事案で争われた、個人組合員における組合事業から生じた不動産投資損失の所得通算については、平成17年度税制改正により損失の所得通算が認められないこととなったため、本件最高裁判決により、組合を通じた不動産等投資の損失を利用したスキーム自体に大きな影響はないと考えられます。 しかしながら、デラウェアLPSは米国投資に際しての一般的なビークルであるため、外国税額控除の取扱い等、その他の税務実務上の取扱いには注意が必要です。 (了)
包括的租税回避防止規定の 理論と解釈 【第33回】 「ヤフー・IDCF事件最高裁判決①」 公認会計士 佐藤 信祐 【第30回】からの解説により、ヤフー・IDCF事件東京地裁判決以降の租税回避に対する実務的な対応を検討してきた。 本稿では、ヤフー・IDCF事件最高裁判決について解説を行うこととする。 1 包括的租税回避防止規定の射程 最高裁は、ヤフー事件についても、IDCF事件についても、 と判示した。 これを整理してみると、まずは、包括的租税回避防止規定の射程を、組織再編税制の各規定を「租税回避の手段として濫用することにより法人税の負担を減少させるもの」としている。そして、濫用の有無の判断について、①経済合理性がないかどうか、②事業目的がないかどうか等を考慮したうえで、「当該行為又は計算が、組織再編成を利用して税負担を減少させることを意図したものであって、組織再編税制に係る各規定の本来の趣旨及び目的から逸脱する態様でその適用を受けるもの又は免れるものと認められるか否かという観点から判断する」としている。 ここで、「等」となっているのは、経済合理性、事業目的というのは例示であり、それ以外のものも含まれる可能性があると推定される。しかし、「等」と付けているのは、例示できるものが他に想定できないからである。アカデミックに検討するのであれば、租税回避の本質を探る必要があるため、単なる例示であるということは重要な意味を持つ。そのため、濫用とはどのようなものか、租税回避の意図とはどのようなものか、趣旨及び目的から逸脱するとはどのようなものかを明確に分析していく必要がある。 さらに、太田洋弁護士も、 と指摘されている(※2)。 (※1) 原文では「理論上は」の箇所に傍点が付されているが、本稿では下線で代用している。 (※2) 太田洋「判批」税務弘報64巻6号47頁(平成28年)。 たしかに、税務訴訟に従事される立場からすれば、この指摘は重要なことであると考えられる。しかし、公認会計士、税理士として、税務調査に対応する立場からすると、異常ないし変則的かどうかの判断は、節税目的により最も経済合理性の高い手法を回避し、やや経済合理性の劣る手法を選択した場合には、租税回避に該当する可能性があるというものである。そして、正当な理由ないし事業目的がないかどうかは、事業目的が税目的を上回っているか、ないしは同等であるかどうかというものである。 すなわち、公認会計士、税理士、課税庁職員の中の暗黙知として、一部のアグレッシブな税務専門家を除き、かなり保守的に解していたのであり、太田洋弁護士の指摘を懸念する者は少ないのではなかろうか。それが故に、東京地裁判決が公表されてから本稿校了段階まで、今までの経済合理性基準とは異なる可能性があるという多くの判例評釈がありながらも、筆者は一貫して、何ら今までの経済合理性基準と変わらないと主張してきたのである。また、太田洋弁護士が「理論上は」という文言に、敢えて傍点(上記引用では下線箇所)を入れられた趣旨も、そのようなものであると信じたい。 このように、ヤフー・IDCF事件は、理論上は、包括的租税回避防止規定の射程範囲が拡張した可能性は否定できないものの、実務上は、今までの対応と全く変わらないという解釈で問題ないと思われる。 2 ヤフー事件 ヤフー事件に対しては、最高裁は、 としたうえで、 と判示した。 すなわち、経済合理性、事業目的の観点から濫用の有無を判断したうえで、趣旨及び目的を逸脱するものであると結論づけている。このことからも、結果だけ見れば、今までの経済合理性基準と何ら変わらない結論になっている。 3 IDCF事件 IDCF事件に対しては、最高裁は、 と判示した。ヤフー事件と同様に、経済合理性、事業目的の観点から濫用の有無を判断している。 このように、ヤフー・IDCF事件最高裁判決は、一応は納得感のある判決であったということが言える。 次回では、ヤフー・IDCF事件最高裁判決が、他の租税回避に対する否認手法に対して影響を与えるか否かについて検討を行うこととする。 (了)
平成29年3月期決算における会計処理の留意事項 【第1回】 仰星監査法人 公認会計士 西田 友洋 Ⅰ 税制改正 消費税増税の延期、平成28年度税制改正、平成29年度税制改正大綱のうち、会計処理等において留意すべきと考えられる改正点としては、以下が挙げられる。 【主要な改正点】 (注) 本解説では、消費税増税の延期、平成28年度税制改正、平成29年度税制改正大綱のうち、会計処理等において留意すべきと考えられる改正点のみを解説しているため、全てを解説しているわけではない。 1 税率の変更 平成28年度税制改正において、法人税、地方法人税及び地方税の税率の変更が行われた。また、消費税増税の延期に伴い、地方法人税及び地方税の税率の変更時期が延期されている。 (1) 法人税率の引き下げ 平成28年度税制改正において、法人税率は、平成28年4月1日以後に開始する事業年度から23.9%から23.4%へ、平成30年4月1日以後に開始する事業年度からは23.2%へとさらに引き下げられた。 平成29年3月期以降の法人税率をまとめると以下のとおりとなる(軽減税率は捨象)。 (2) 地方法人税の税率の引き上げ 平成28年度税制改正において、平成29年4月1日以後に開始する事業年度から地方法人税の税率が4.4%から10.3%へ引き上げられた。 平成28年11月28日に「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法の一部を改正する等の法律等の一部を改正する法律」が公布及び施行され、消費税率の10%への引き上げが平成29年4月1日から平成31年10月1日へ2年半延期された。これに伴い、同日「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための地方税法及び地方交付税法の一部を改正する法律等の一部を改正する法律(以下、「地方税法改正」という)」が公布及び施行され、地方法人税の税率の引き上げも2年半延期されている。 そのため、地方法人税の税率の10.3%への引き上げは、平成31年10月1日以後開始する事業年度からとなっている。3月末決算では、平成32年4月1日以後開始する事業年度からとなる。 平成29年3月期以降の地方法人税の税率をまとめると以下のとおりとなる。 (3) 地方税の税率の変更 平成28年度税制改正により、平成28年4月1日以後に開始する事業年度より資本金1億円超の外形標準課税適用法人の法人事業税の税率のうち、所得割の税率は6.0%から3.6%へ引き下げられ、付加価値割の税率は0.72%から1.2%へ引き上げられた。また、資本割の税率は0.3%から0.5%へ引き上げられた。 また、資本金1億円超の普通法人の地方法人特別税の税率は、平成28年4月1日以後に開始する事業年度より93.5%から414.2%へ引き上げ、平成29年4月1日以後に開始する事業年度より廃止されることとなった。廃止後は、法人事業税の税率がその分、引き上げられる。 さらに、平成29年4月1日以後に開始する事業年度より法人住民税(道府県民税、市町村民税)の法人税割の税率が都道府県民税で3.2%から1.0%へ、市町村民税は9.7%から6.0%へ引き下げられた。 しかし、上記(2)と同様に、地方税法改正により、地方法人特別税の廃止及び法人住民税の税率の引き下げは、平成31年10月1日以後開始する事業年度からとなっている。3月末決算では、平成32年4月1日以後開始する事業年度からとなる。 平成29年3月期以降の地方税の税率をまとめると以下のとおりとなる。 (注) 事業税の所得割のカッコ内の税率は、地方法人特別税等に関する暫定措置法適用前の税率である。 (注) カッコ内の税率は制限税率である。 ◆ ◇ 会計上の論点 ◇ ◆ 税率の変更による会計上の論点として、法定実効税率への影響があるが、連結納税を採用している会社と連結納税を採用していない会社で、その影響が異なる。 ここまで解説したとおり、地方税法改正により、全体の税率は変わっていない。地方法人税率、事業税率、地方法人特別税率、法人住民税率の内訳が年度によって変わるだけである。 そのため、連結納税を採用していない会社の場合、平成28年3月期で既に平成28年度税制改正後の税率により法定実効税率を用いて計算しているため、税効果の計算に影響はない。 一方、連結納税を採用している会社の場合、法人税部分、事業税部分、住民税部分の法定実効税率を算定する必要がある。そのため、全体の税率が変わっていなくても、地方法人税率、事業税率、地方法人特別税率、法人住民税率の内訳が変わることにより、法人税部分、事業税部分、住民税部分の法定実効税率が異なる可能性がある。そのため、税効果の計算に影響がある。 具体的には、どのように法定実効税率が異なるかは、下記の【設例①】【設例②】を参照されたい。 2 繰越欠損金の控除限度額の段階的引き下げ及び繰越期間の延長 平成28年度税制改正において、繰越欠損金の段階的引き下げ及び繰越期間の延長が行われた。 (1) 繰越欠損金の控除限度額の段階的引き下げ 平成28年度税制改正において、中小法人等以外の法人は、平成28年4月1日から開始する事業年度について、繰越欠損金の控除限度額が繰越控除前の所得の金額の65%相当額から60%相当額へ引き下げられた。 また、平成29年4月1日以後に開始する事業年度では、繰越欠損金の控除限度額が繰越控除前の所得の金額の50%相当額から55%相当額へ引き上げられた。 なお、中小法人等については、繰越欠損金の控除限度額は、繰越控除前の所得の金額の100%相当額である。 (注) 中小法人等とは、①普通法人(投資法人、特定目的会社及び受託法人を除く)のうち、資本金の額若しくは出資金の額が1億円以下であるもの(100%子法人等は除く)又は資本若しくは出資を有しないもの、②公益法人等、③協同組合等、④人格のない社団等をいう。 100%子法人等とは、①資本金の額若しくは出資金の額が5億円以上の法人又は相互会社等(以下、これらを併せて「大法人」という)による完全支配関係(一の者が法人の発行済株式等の全部を直接又は間接に保有する関係)がある普通法人、②完全支配関係がある複数の大法人に発行済株式等の全部を保有されている普通法人をいう。 (2) 繰越欠損金の繰越期間の延長 平成28年度税制改正において、平成30年4月1日以後に開始する事業年度において生じた欠損金額については、繰越期間が9年から10年に延長された。 当該改正は、中小法人等以外の法人及び中小法人ともに同様に適用される。 以上の内容をまとめると以下のとおりとなる。 ◆ ◇ 会計上の論点 ◇ ◆ 当該改正については、既に前年度の税効果の計算において考慮していると考えられるため、当年度において特段の影響はないと考えられる。 3 組織再編税制 平成29年度税制改正大綱において、組織再編税制の改正が予定されている。ここでは、以下の点について解説する。 (1) スピンオフ税制の導入 現行では、50%超の支配株主がいない会社が分割型分割(※1)で事業を新会社に分割した場合(下記、【図①】参照)には、適格要件のうち事業関連要件を満たさず、非適格会社分割となり、会社分割時に分割法人及び株主において課税が発生していた。 また、完全支配関係のない株主に100%子法人株式を現物分配した場合(下記、【図②】参照)には、非適格現物分配となり、現物分配時に分配法人及び株主において課税が発生していた。 そのため、このような税制がスピンオフ(※2)を行いにくくし、企業の選択と集中を阻害する可能性があった。 (※1) 分割型分割とは、会社分割で承継会社が、承継する事業の対価として株式を、会社分割を行う会社の株主に割り当てるものをいう。 (※2) スピンオフとは、例えば、会社の1つの事業部門を会社から切り離し、1つの会社として独立させることをいう。 【図①】 【図②】 そのため、平成29年度税制改正大綱では、①金銭等の交付がない新設分割型分割や②100%子法人株式の全部を分配する現物分配で、以下の要件を満たす場合は、適格分割や適格現物分配に該当することが予定されている。適格要件を満たすことで、課税を繰り延べることができる。 なお、平成29年度税制改正大綱において適用開始時期は、明記されていない。 ① 金銭等の交付がない新設分割型分割 (※) 経営参画要件と事業規模要件はいずれか一方を満たせばよい。 ② 100%子法人株式の全部を分配する現物分配 ◆ ◇ 会計上の論点 ◇ ◆ 当該改正により、適格会社分割及び適格現物分配の範囲が広がる。そのため、適格か非適格かにより一時差異の金額が変わる可能性があるため、税効果に影響する可能性がある。 (2) 適格要件の見直し 平成29年度税制改正大綱で、以下の組織再編において適格要件の見直しが行われている。 ① 適格吸収合併、適格株式交換に係る対価要件の見直し ② 企業グループ内の分割型分割に係る適格要件の見直し ③ 共同事業を行うための合併等に係る適格要件の見直し ④ その他の適格要件の見直し ① 適格吸収合併、適格株式交換に係る対価要件の見直し 平成29年度税制改正において、吸収合併及び株式交換(以下、「吸収合併等」という)に係る適格要件のうち「対価に関する要件」について、合併法人又は株式交換完全親法人(以下、「合併法人等」という)が被合併法人又は株式交換完全子法人(以下、「被合併法人等」という)の発行済株式の3分の2以上を保有している場合のその他の株主に対して交付する対価を除外して判定することが予定されている。 この改正は、平成29年10月1日以後に行われる組織再編成について適用される。 これにより、少数株主をスクイーズアウト(※)するために、当該少数株主に対価として株式以外の財産を交付した場合でも、税制適格の要件に影響しないことになる。 (※) スクイーズアウトとは、会社の株主を大株主のみにするために、少数株主を排除すること。 ② 企業グループ内の分割型分割に係る適格要件の見直し 企業グループ内の分割型分割(例えば、100%子会社間(兄弟会社間)での分割型分割)における適格要件のうち関係継続要件として、現行では、親法人(支配法人)と分割法人及び分割承継法人との間の関係が継続することが見込まれていることが必要である。 平成29年度税制改正大綱では、親法人(支配法人)と分割承継法人との間の関係のみが継続することが見込まれている必要がある。これにより、親法人(支配法人)と分割法人間の関係の継続性は関係なくなることが予定されている。 なお、平成29年度税制改正大綱では、支配「法人」と記載されているため、支配株主が個人の場合には、従前どおり分割法人と分割承継法人の両方との支配関係が必要であると考えられる。 この改正は、平成29年10月1日以後に行われる組織再編成について適用される。 ③ 共同事業を行うための合併等に係る適格要件の見直し 共同事業を行うための合併、分割型分割、株式交換及び株式移転(以下、「合併等」という)に係る適格要件のうち株式継続保有要件として、現行では、株主数50人未満の場合に限り、交付を受けた合併法人等の株式の全部を継続して保有することが見込まれている株主の有する被合併法人等の株式の数が発行済株式の80%以上であることが必要である。 平成29年度税制改正大綱では、被合併法人等の発行済株式50%超を保有する企業グループ内の株主がその交付を受けた合併法人等の株式の全部を継続して保有することが見込まれている場合が予定されている。 この改正は、平成29年10月1日以後に行われる組織再編成について適用される。 ④ その他の適格要件の見直し 平成29年度税制改正大綱において、当初の組織再編成の後に他の組織再編成が行われることが見込まれている場合の当初の組織再編成の適格要件について、所要の見直しを行うことが予定されている。 ◆ ◇ 会計上の論点 ◇ ◆ 当該改正により、適格組織再編の範囲が広がる。そのため、適格か非適格かにより一時差異の金額が変わる可能性があるため、税効果に影響する可能性がある。 (3) 非適格株式交換等に係る完全子法人等の有する資産や連結納税の開始・加入の資産の時価評価の見直し 平成29年度税制改正大綱では、非適格株式交換等に係る完全子法人等の有する資産の時価評価制度及び連結納税の開始又は連結グループへの加入に伴う資産の時価評価制度について、時価評価の対象となる資産から、帳簿価額が1,000万円未満の資産を除外することが予定されている。 当該改正は、平成29年10月1日以後に行われる組織再編成について適用される。 これまで、簿価がゼロであるが、含み益が1,000万円以上ある自己創設のれんについては、実務上、課税負担が重く、組織再編を行う上での弊害となっていた。しかし、平成29年度税制改正大綱により、自己創設のれんは、帳簿価額がゼロであるため、時価評価の対象外となる。 ◆ ◇ 会計上の論点 ◇ ◆ 当該改正により、一時差異の金額が変わる可能性があるため、税効果に影響する可能性がある。 (4) 営業権、資産調整勘定及び負債調整勘定の償却方法の変更 現行では、営業権、資産調整勘定及び負債調整勘定の償却方法は、事業年度の月数(事業年度の月数が12ヶ月であれば12)で行われている。つまり、月割計算は認められていなかった。 平成29年度税制改正大綱では、営業権、資産調整勘定及び負債調整勘定の償却方法について、月割計算を行うことが予定されている。 なお、改正時期は、平成29年度税制改正大綱に記載されていない。 ◆ ◇ 会計上の論点 ◇ ◆ 資産調整勘定及び負債調整勘定(以下、「資産調整勘定等」という)を一時差異として認識している場合、資産調整勘定等が月割計算されることにより、一時差異の解消時期が現行と異なる可能性がある。この場合、税効果に影響する。 4 確定申告書の提出期限の延長 平成29年度税制改正大綱において、法人が、以下の(1)及び(2)の場合には、定款等の定めの内容を勘案して4ヶ月を超えない範囲内において税務署長が指定する月数の期間の確定申告書の提出期限の延長を認めることが予定されている。 (1) 会計監査人を置いている場合 (2) 定款等の定めにより各事業年度終了の日の翌日から3ヶ月以内に決算についての定時総会が招集されない常況にあると認められる場合 現行では、3月末決算の法人税の確定申告書の提出期限は、原則「事業年度終了日の翌日から2ヶ月以内」で、延長特例で1ヶ月延長(連結納税の場合は2ヶ月延長)できることから、6月末までに確定申告書を提出していた法人が多いと考えられる。 一方、平成29年税制改正大綱では、原則の提出期限である「事業年度終了日の翌日から2ヶ月以内」を起点に最大4ヶ月延長した9月30日までの延長が認められることになる。なお、同様に法人事業税も最大で9月30日までの延長が認められる。 (※) なお、現行の1ヶ月の延長特例も、存置される予定である。 ◆ ◇ 会計上の論点 ◇ ◆ 当該改正により、株主総会の開催時期を7月、8月、9月にすることが可能となり、監査時間の確保や株主総会の集中開催の緩和につながる可能性がある。また、基準日から株主総会までは3ヶ月以内にする必要がある(会社法124②、454①)ため、定款で基準日を定めている場合、株主総会の開催時期に合わせて、定款を変更する必要がある。 なお、上場会社等の場合、有価証券報告書の提出があるため、当該有価証券報告書の提出も考慮して、株主総会の開催時期を決定することが考えられる。 (了)
計算書類作成に関する “うっかりミス”の事例と防止策 【第15回】 「「非支配株主に帰属する当期純損失」の数値には△をつけるのか?」 公認会計士 石王丸 周夫 3月決算の対応に追われる時期がやってきました。 昨年、一昨年に続いて、今年も計算書類作成時に陥りやすい『うっかりミス』の事例とその原因をご紹介していきますので、参考になさってください。 間違いさがしの形でお話していきますので、ぜひチャレンジしてみてくださいね。 (※) 「どういう連載なの?」と気になる方は、【第1回】の冒頭をお読みください。 1 今回の事例 計算書類のドラフトにはうっかりミスがつきものです。 たとえば、こんなミスをよく見かけます。 【事例15-1】 △を付す必要のない数字に△が付されている。 【事例15-1】は、連結計算書類の連結損益計算書について、末尾部分を抜粋したものです。この中に誤っている箇所が1ヶ所ありますが、どこだかわかりますか? 今回の事例のタイトルが「△を付す必要のない数字に△が付されている。」となっているので、△の付されている数字が間違いであることは容易に想像がつくと思います。 そうです。「非支配株主に帰属する当期純損失 △199」ですね。 しかし、これがなぜ間違いなのか?という点は、少しややこしい話になるのです。 2 △を付すかどうかの判断基準 まず、答えを見ておきましょう。 答えの方では、「非支配株主に帰属する当期純損失199」となっており、△が付されていません。これが本来の表示方法です。 △を付さない理由は簡単です。 △がなくても、科目名を見ればその数字の方向性(プラスかマイナスか)が自明なので、あえて△を付す必要性が乏しいからです。 ちなみにここでは、「当期純利益にプラスする」という方向です。 3 「非支配株主に帰属する当期純損失」とは 「非支配株主に帰属する当期純損失」という科目は、連結対象としている子会社の中に、100%子会社以外の会社があり、かつ、その会社が赤字の場合に発生します。 たとえば、P社(親会社)がS社(子会社)の持分の60%を保有しており、残りの40%をP社以外の株主が保有している場合、その株主のことを「非支配株主」と呼びます。 そして、S社が赤字の場合、P社がS社を連結することにより取り込む赤字額は、S社の赤字額の60%であり、残りの40%部分は非支配株主に帰属します。 この40%部分の赤字額が、「非支配株主に帰属する当期純損失」を構成します。 連結損益計算書では、まず、非支配株主に帰属する損益を含めた「当期純損益」を計算し、その次の段階で、非支配株主に帰属する部分を調整(除外)します。その調整は、当期純損益に対して「プラスである場合」と「マイナスである場合」の2パターンがあります。 非支配株主が存在する連結子会社が黒字の場合は、非支配株主に帰属する黒字額を連結上の当期純損益からマイナスします。一方、非支配株主が存在する連結子会社が赤字の場合は、非支配株主に帰属する赤字額を連結上の当期純損益から差し引きますが、赤字額(マイナス数値)をマイナスするということは、結局、損失額の数値(絶対値)をプラスするということになり、連結上の当期純損益にプラスするという調整になります。 整理すると、以下のようになります。 このように、科目名を見れば、その数字の方向性が自明なのです。 4 ミスの原因は有価証券報告書にある では、なぜこのようなミスが発生してしまったのでしょうか? その原因は、有価証券報告書を見るとわかります。 【事例15-1】の会社は上場会社なので、有価証券報告書も作成しています。この会社の同じ年度の有価証券報告書に掲載されている連結損益計算書について、末尾部分を見てみましょう。 当連結会計年度の「非支配株主に帰属する当期純損失(△)」の数字を見てください。「△199」となっていますね。 この会社は連結計算書類だけでなく、有価証券報告書でも間違ってしまったのでしょうか? いいえ、そうではありません。 こちらはこれで正しいのです。 連結計算書類において、「非支配株主に帰属する当期純損失」に△を付してしまったのは、有価証券報告書におけるこの表示方法に引きずられてしまった可能性が高いと考えられます。 5 有価証券報告書ではなぜ△を付すのか? 科目名から数字のプラス・マイナスが自明の場合は、有価証券報告書であっても△を付す必要はなさそうに思えますが、なぜ有価証券報告書の「非支配株主に帰属する当期純損失」には、△を付すのでしょうか。しかも有価証券報告書では、そもそも科目名自体にもかっこ書きで△を付してあります。 その理由は、有価証券報告書が2期併記(当期と前期を並べて記載)の表示方式となっていることにあります。 以下の事例を見てください。 この事例では、前期が「非支配株主に帰属する当期純利益」で、当期が「非支配株主に帰属する当期純損失」です。 このように、「利益のケース」と「損失のケース」を並べて記載する場合、数字にプラス・マイナスを示す記号がなければ、どちらが利益でどちらが損失か判別できなくなりますね。 したがって、「非支配株主に帰属する当期純損失」の方には△を付して、その違いをはっきりさせているのです。 2期連続で「非支配株主に帰属する当期純損失」の場合は、仮に△がなくても、科目名は「非支配株主に帰属する当期純損失」と表示されるので、それを見れば損失であるとわかりますが、翌年度が利益となれば、その年度は損失と利益の併記になり、やはり△が必要になります。 したがって、有価証券報告書では、「非支配株主に帰属する当期純損失」については一貫して△を付すことにしているのだと思われます。 以下の事例は実際の有価証券報告書から抜粋したものですが、そうなっていますね。 そしてこの会社では、有価証券報告書の「非支配株主に帰属する当期純損失」について一貫して△を付している一方、会社法計算書類では△をとっています。 「非支配株主に帰属する当期純損失」に関する△の要否について、納得していただけたでしょうか。 〈今回のまとめ〉 「非支配株主に帰属する当期純損失」は、会社法計算書類と有価証券報告書では△の要否について取扱いが異なるので、注意しましょう。 (了)
ファーストステップ 管理会計 【第8回】 「損益分岐分析の活用」 ~あるベーカリー経営者の悩み~ 〔利益管理編②〕 公認会計士 石王丸 香菜子 前回説明したように、企業の損益をシミュレーションすることを「損益分岐分析」といいます。 今回は、損益分岐分析を活用して、利益管理に役立てる方法を見ていきます。 ◆ベーカリーの経営者になったら・・・ 皆さんがベーカリーの経営者になったとしましょう。 ベーカリーの開業にあたっては、「国産小麦にこだわりたい」とか、「おしゃれな店舗にしたい」とか、いろいろな理想があるかもしれません。 しかし、どんなことにも理想と現実というものがありますね。 赤字続きでは、あっという間に閉店に追い込まれてしまいますので、現実を見て、利益をしっかり管理する必要があります。 これからベーカリーの経営者になったつもりで、利益の管理をしてみてください。 ◆最低限クリアすべきなのは損益分岐点 ベーカリーでの原価には、売上に対して変動的に発生する部分(変動費)と、売上とは関係なく一定額が発生する部分(固定費)があります。変動費は、小麦粉などの原材料費や包装代などで、固定費は、店舗の賃借料などです。 売上100円に対する変動費が40円であるとします。つまり、売上に対する変動費率は40円÷100円=0.4です。一方、固定費は月1,200,000円とします。 【第7回】で見たように、損益分岐分析には図を利用すると便利です。 青の線が売上高、赤の線が原価を表しています。赤の線の傾きは変動費率0.4で、y切片は固定費1,200,000円です。青の線はx軸もy軸も売上高なので、当然にy=xとなり、傾き1になります。 売上と原価が一致して、損失も利益も出ない“トントンの状態”を、「損益分岐点」というのでしたね。赤の線と青の線の交点が「損益分岐点」です。つまり、 0.4x + 1,200,000 = x となるxが損益分岐点売上高ですので、これを解いて、x=2,000,000円と求められます。 売上高2,000,000円の場合、固定費1,200,000円をちょうど回収しきった状態です。この売上高を下回ると、固定費を回収できずに損失が生じてしまいます。 ベーカリーの経営者ならば、損益分岐点売上高2,000,000円は、最低限クリアすべきラインとして強く意識する必要があります。月末が近づいて売上高が2,000,000円に届きそうもなければ、経営者自らベーカリーの前で呼び込みをするなど、早急の対応が必要です。 がんばって売上高が2,000,000円を超えた日は、安心して眠れそうですね! ◆余裕があるのが理想的 売上高の実績が判明したら、損益分岐点をどれくらい上回っているか、チェックしてみましょう。 今月の売上高の実績は、2,500,000円だったとします。2,500,000円-2,000,000円=500,000円分、損益分岐点を上回っています。上回った分を、実績値に対する割合で考えると、500,000円÷2,500,000円=0.2=20%です。 このように、実績値が損益分岐点をどれだけ上回っているかを表す指標を、「安全余裕率」といいます。 安全余裕率が常に高い水準ならば、売上高が多少減少しても、損益分岐点を割り込みにくい状況です。ベーカリーの安全余裕率が常に高い水準を維持していれば、例えば大雨続きで客足が多少鈍ったとしても、すぐに赤字に転落するわけではないので、経営者である皆さんは余裕の気持ちでいられますね! 一方、安全余裕率が低い場合には、毎日天気予報を気にしてハラハラすることになります・・・。 ◆いろいろなシミュレーションをする 損益分岐分析を利用すると、いろいろなシミュレーションを簡単に行うことができます。 ベーカリーの経営者になったつもりで、いくつかシミュレーションしてみましょう。 ◆格安の弁当屋に対抗して売価を下げる 皆さんの経営するベーカリーが、ようやく経営が安定してきました。 ところが最近、ベーカリーのすぐそばに、格安の弁当屋がオープンしたとしましょう。 この弁当屋の影響で、ベーカリーでのサンドイッチの販売量が減少する傾向にあります。そこで、格安弁当屋に対抗するために、サンドイッチの値下げを検討することにしました。 サンドイッチ1つを製造するための変動費は100円で、サンドイッチを製造するための固定費として月60,000円かかるとします。 これまで、サンドイッチの売価は250円に設定していました。個別製品の分析をする際は、前の例と違って、図のx軸を「個数」で考えるとイメージしやすいです。 売価250円の場合の損益分岐点をx個とします。 100x + 60,000 = 250x を解いて、x=400個であることがわかります。 つまり、サンドイッチを400個以上販売できなければ、赤字です。 格安弁当屋の影響を受け、現状の売価250円では、400個以上の販売は見込めないとします。そこで、売価を下げて、販売数を増やす戦略を検討します。例えば、売価を200円に下げる場合をシミュレーションしてみましょう。 売価200円の場合の損益分岐点をx´個とします。 100x´ + 60,000 = 200x´ を解いて、x´=600個であることがわかります。 つまり、売価を200円にすると、損益分岐点は600個になります。 売価を250円から200円に下げれば、販売量の増加が期待できます。ただし、損益分岐点も400個から600個へ大幅に増加します。利益を確保するために必要な販売量の最低ラインが、従来の1.5倍になってしまうのです。 ここで経営者である皆さんは、売価を50円値下げしただけで、大幅な販売増が見込めるかを、慎重に考える必要があります。値下げをすると、損益分岐点は急激に大きくなるので、相当な販売量の増加がない限り、かえって損益分岐点を割り込んでしまう可能性があることに注意が必要です。 ◆原料へのこだわりをやめる ベーカリーの経営者であるあなたは、「サンドイッチの値下げは良い戦略ではない」と考えました。 次に思いついた戦略は、「原価の引き下げ」です。 例えば、皆さんが経営するベーカリーでは、これまで高級な国産小麦にこだわっていたとしましょう。これを、安価な外国産の小麦に切り替えることを検討します。 原料の小麦粉は変動費ですので、変動費を引き下げることになります。小麦粉の切り替えにより、サンドイッチ1つを製造するための変動費は、70円になるとします。 変動費70円の場合の損益分岐点をx´個とします。 70x´ + 60,000 = 250x´ を解いて、x´=333.33・・・ですので、334個以上販売できれば、利益が出ることがわかります。 現状の原価構造では400個販売できないと利益が出ませんが、変動費を下げることで、334個以上販売できれば利益が捻出できることになります。 (なお、原料の小麦を外国産のものに切り替えることでパンの味に及ぼす影響については、利益管理とは別の問題として、経営者として慎重に判断しなくてはいけません。) ◆業種や規模の違いによる損益構造の違い こうした分析をする際は、『損益構造は企業の業種や規模によって異なる』という点を理解しておきましょう。 企業の業種や規模は様々ですが、「固定費の割合が大きい企業」と「変動費の割合が大きい企業」とがあります。 工場や生産設備を必要とする製造業や、鉄道や電力など、大規模な先行投資が必要な業種は、固定費が多額に発生する企業の典型です。また、どのような業種でも、規模が大きくなるにつれて、固定的で削減できない費用が増加する傾向にあります。 一方、工場や設備を必要としない業種や、機動的な経営ができる小規模な企業は、固定費の割合はさほど大きくなく、相対的に変動費の割合が高いことが多いです。 固定費中心の企業は、固定費がかさむので、損益分岐点が高いのが特徴です。その代わり、変動費の割合は高くないので、損益分岐点を超えると大きな利益が出ます。逆に言えば、損益分岐点を割り込むと、大きな損失が出るので、操業度のコントロールが重要な課題です。 変動費中心の企業は、固定費が小さいので、損益分岐点は低くなります。その代わり、変動費が多く生じるので、損益分岐点を超えても、巨額の利益を生むのは難しい構造です。 損益分岐分析を行う前提として、自社がどちらのタイプか、つかんでおくことも大切です。 次回は、もう少し細かい観点から、製品や商品の販売戦略について考えていきます。 (了)
ストック・オプション会計を学ぶ 【第9回】 「ストック・オプションと業務執行や労働サービスとの対応関係の認定①」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 今回と次回において、「ストック・オプション等に関する会計基準」(企業会計基準第8号。以下「ストック・オプション会計基準」という)及び「ストック・オプション等に関する会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第11号。以下「ストック・オプション適用指針」という)にしたがって、ストック・オプションと業務執行や労働サービスとの対応関係の認定について解説する。 Ⅱ ストック・オプションと業務執行や労働サービスとの対応関係の認定 ストック・オプション会計における各会計期間の費用計上額は、ストック・オプションの公正な評価額のうち、対象勤務期間を基礎とする方法その他の合理的な方法に基づき当期に発生したと認められる額として算定される(ストック・オプション会計基準5項)。 これは、ストック・オプションの公正な評価額を、これと対価関係にあるサービスの受領に対応させて費用計上することを示している(ストック・オプション適用指針17項)。 その対応関係は、ストック・オプションに係る企業と従業員等との間の契約によって決まり、その合理的な解釈によって判断すべきものと考えられている(ストック・オプション適用指針50項)。 各用語は、次の図表のように定義されている(ストック・オプション会計基準2項(6)(7)(9))。 1 権利確定日 ストック・オプションには、権利行使により対象となる株式を取得することができるというストック・オプション本来の権利を獲得すること(権利の確定という)について条件が付されているものが多い。 権利の確定についての条件(権利確定条件)には、「勤務条件」や「業績条件」がある(ストック・オプション会計基準2項(2))。 権利確定日は次のように判定する(ストック・オプション適用指針17項)。 ① 勤務条件が付されている場合 勤務条件を満たし権利が確定する日 ② 勤務条件は明示されていないが、権利行使期間の開始日が明示されており、かつ、それ以前にストック・オプションを付与された従業員等が自己都合で退職した場合に権利行使ができなくなる場合 権利行使期間の開始日の前日(ストック・オプション会計基準2項(7)) この場合には、勤務条件が付されているものとみなす。 ③ 条件の達成に要する期間が固定的ではない権利確定条件が付されている場合 権利確定日として合理的に予測される日 次のことに注意する(ストック・オプション適用指針51項)。 2 権利確定条件が付されていない場合及び権利確定日を合理的に予測することができない場合 権利確定条件が付されていない場合(すなわち、付与日にすでに権利が確定している場合)には、対象勤務期間はなく、付与日に一時に費用を計上する(ストック・オプション適用指針18項)。 このようなケースは、付与日以前のサービス提供に対する対価としてストック・オプションが付与されたものと理解されるためである(ストック・オプション適用指針56項)。 ストック・オプション適用指針17項(3)の場合(上掲③の場合)において、株価条件が付されている等、権利確定日を合理的に予測することが困難なため、予測を行わないときには、対象勤務期間はないものとみなし、付与日に一時に費用を計上する(ストック・オプション適用指針18項、56項)。 3 複数の権利確定条件が付されている場合 複数の権利確定条件が付されている場合、権利確定日は次のように判定する(ストック・オプション適用指針19項)。 ① 複数の権利確定条件のうち、いずれか1つを満たせばストック・オプションの権利が確定する場合 ⇒ 最も早期に達成される条件が満たされる日 ② 複数の権利確定条件のすべてを満たさなければストック・オプションの権利が確定しない場合 ⇒ 達成に最も長期を要する条件が満たされる日 ストック・オプションの権利が確定するために、ともに満たすべき複数の条件と、いずれか1つを満たせば足りる複数の条件とが混在している場合には、上記①と②を組み合わせて判定する。 また、株価条件等、条件の達成に要する期間が固定的でなく、かつ、その権利確定日を合理的に予測することが困難な権利確定条件(ストック・オプション適用指針18項後段)が付されているため、予測を行わない場合については、ストック・オプション適用指針19項の適用上は、当該権利確定条件は付されていないものとみなすことになる(ストック・オプション適用指針19項また書き)。 次のことに注意する(ストック・オプション適用指針52項)。 (a) これは、勤務条件が付されているストック・オプションについて、さらに株価条件が付されており、その株価条件を達成すれば、勤務条件の達成を待たずにストック・オプションの権利が確定することとされている場合であって、株価条件による権利確定日の予測を行わない場合には、勤務条件のみが付されているものとして会計処理を行うということである。 (b) ただし、この場合でも、勤務条件の達成を待たずに権利確定した場合には、対象勤務期間のうち、残りの期間に計上する予定であった費用を権利確定時に一時に計上することになる。 (了)
[平成29年1月1日施行] 改正育児介護休業法のポイントと実務対応 【第6回】 (最終回) 「改正への実務対応②」 特定社会保険労務士 岩楯 めぐみ 今回(最終回)は、改正育児介護休業法の実務対応として、どのような管理体制が必要となるか考えていきたい。 1 対象家族の範囲拡大への対応 【第1回】で述べたように、今回の改正により、介護休業等の介護に関わる制度の対象となる家族(対象家族)の範囲が拡大されている。 祖父母、兄弟姉妹、孫については、これまで「同居かつ扶養」の要件が付されていたが、この要件が廃止されたため、従業員一人につき対象となりうる家族の数は、家族構成にもよるが、かなり増えることになるだろう。 介護に関わる制度は、対象家族一人につき、一定期間・一定回数について利用できるものであるため、従業員それぞれについて、対象家族ごとに、期間や回数を管理する体制が必要となる。 当面は、Excelファイル等で管理表を作成して対応するケースが多いと思われるが、会社規模等によってはシステム構築が必要となる場合もあるだろう。 2 半日単位への対応 【第2回】【第3回】で述べたように、子の看護休暇・介護休暇の半日単位での取得が可能となったことにより、0.5日単位での残日数管理が必要となる。これらは、対象となる子・家族ごとに付与されるものではなく、従業員ごとに付与されるものであり、また、最大でも従業員一人につき年10日÷0.5日=20回であるため、管理はそれほど煩雑ではないだろう。特に半日単位で年次有給休暇の取得を認めている会社においては、それと同様に管理すればよいことになる。 ただし、子の看護休暇・介護休暇時の賃金が「無給」である場合には、賃金計算においては年次有給休暇と同様に取り扱うことはできないため、賃金計算体制の構築が必要となる。 半日単位といっても、例えば、始業9時~終業18時(休憩12時~13時)の会社で、午前3時間と午後5時間をそれぞれ半日として取り扱う労使協定を締結している場合では、午前半休と午後半休では休暇取得により勤務しなかった時間数が異なり、控除すべき賃金額が異なる。このため、半日単位を勤務しなかった時間数に置き換えて当該時間分の賃金を控除する計算体制の構築が必要となる。 なお、勤務しなかった時間数を超える時間分の賃金を差し引くことはできないため、注意が必要となる。 3 相談への対応 【第4回】で述べた育児休業等に関するハラスメントの防止にあたっては、まずは相談窓口を定め、従業員への周知が必要となる。 ハラスメントには、セクシュアル・ハラスメントやパワー・ハラスメント、平成29年1月1日より男女雇用機会均等法の改正により防止措置が義務化された妊娠・出産等に関するハラスメント等さまざまなものがあるが、それぞれ別に相談窓口を設置するのではなく、ハラスメント全般の相談窓口として設置する方がよいだろう。 また、相談窓口の担当者が、相談を受けて適切に対応することができるよう、相談を受けてどのようなステップで対応するかをまとめた対応フローの作成や、対応時の各部署・各人の役割を決めておく等、相談対応時のマニュアルを作成しておくことをお勧めしたい。 4 研修の実施 大切な人材が育児・介護等を理由に退職を選択することがないよう、育児休業等に関するハラスメントが生じない組織を構築するため、どのような言動がハラスメントに当たるのか等についての研修の実施をお勧めしたい。 育児休業等に関するハラスメントは、上司だけでなく同僚からのものも多くあることが想定されるが、「まわりに迷惑をかけるから制度を利用できない」と考える従業員がいる可能性があるとすれば、会社はそれを排除するための対策を講ずる必要がある。 研修は、育児休業等だけでなく、その他のハラスメント全般を対象に、幹部・一般の従業員も含めて継続的に実施することをお勧めしたい。 5 働き方の見直し 今回の改正により、介護のための所定外労働の制限が新設されているが、これにより要介護状態にある対象家族を介護する従業員が申し出た場合は、原則、所定外労働であるいわゆる“残業”を命ずることはできない。育児については、同制度は子が3歳になるまでであるため最大でも3年となるが、介護については終わりがなく、介護が必要な間はずっと残業を命ずることができないことになる。 よって、長時間労働が前提の会社では、育児介護休業法で定める短時間勤務や所定外労働の制限等の制度を利用する従業員が生じた場合、職場で混乱が生じることが予想される。 長時間労働については、昨年よりさまざまな事件が新聞紙上等で取り上げられているが、長時間労働による健康障害を防止することに加えて、介護に関わる従業員が増加する可能性を踏まえてそれらに対応できるよう、恒常的な長時間労働が生じている会社においては、この機会に、ぜひ働き方の見直しを行っていただきたい。 * * * 以上、全6回にわたり、改正育児介護休業法のポイントと実務対応について取り上げてきた。法改正にあたり、短期的に対応が必要なものもあれば、中・長期的に対応が必要なものもあるが、会社ごとに必要な対策を講ずる際の参考にしていただければ幸いである。 (連載了)
預貯金債権の遺産分割をめぐる 最高裁平成28年12月19日決定についての考察 【第4回】 (最終回) 「今後の対応・方向性及び本件決定に対する疑問点」 弁護士 阪本 敬幸 前回は、最高裁平成28年12月19日決定(以下、「本件決定」という)における双方の主張・補足意見等、本件決定の内容をより詳細に確認した。最終回となる今回は、本件決定を踏まえた今後の対応・方向性、本件決定における疑問点等について論じる。 1 今後の対応・方向性 (1) 総論 本件決定を含め、近年、遺産分割の対象となる範囲を広げる方向の最高裁判例が続いている。その実質的な理由は、当事者間の公平にあると思われ、今後もこうした方向は続くものと思われる。 ただし、本件決定は預貯金債権に限定した判断であり、可分債権全般については、近々予定されている民法改正・新たな最高裁の判断を待つことになる(なお、国債・投資信託・定額郵便貯金等については、【第2回】で紹介した通り、当然分割とはならないとする最高裁の判断が既に出されている)。したがって、可分債権全般については、従前の当然分割を前提にした処理を行うべきであろう。 以下、本件決定の影響が生じると思われる点について述べる。 (2) 遺産分割前の預貯金払い戻しについて (ア) 遺言がない場合 本件決定によれば、遺産分割が終了するまで預貯金債権(本件決定は「預金契約上の地位」と呼んでいる)の準共有状態が続くということであり、相続人全員の同意がない限り、金融機関が払い戻しに応じることは原則として禁止されると解するほかないだろう。 金融機関が、被相続人死亡の事実を知りつつ、相続人全員の同意を得ないまま一部の相続人に払い戻しを行うようなことは、違法となる可能性が高く、非常に危険である。 なお、前回紹介したように、裁判官大谷剛彦ほか4名の補足意見では、特定の相続人の急迫の危険の防止(同居の家族が生活費不足に陥ったにもかかわらず、相続財産である預金の払い戻しについて共同相続人全員の同意が得られないような場合が考えられる)の際には、当該相続人において仮分割の仮処分申立等を行うことが提唱されている。しかし本稿執筆現在、このような仮処分申立は、一般的に利用されてはいない。 家庭裁判所において、仮処分申立を容易・迅速に利用できるような運用が行われ、仮処分申立が一般的になることを期待したい。 (イ) 遺言がある場合 「相続させる」旨の遺言がある場合、遺産分割方法の指定がされていると考えられ(最判H3.4.19)、相続財産である預貯金も遺言によって分割されることになると考えられるから、本件決定は影響しない。 一方、法定相続分と異なる相続分を指定する遺言(子2人が相続人のときに、1人に4分の3、もう1人に4分の1を相続させるといった遺言)がある場合には、本件決定を前提とすれば、預貯金債権は遺言で指定された相続分に応じて準共有となり、これまでのように当然に分割されることはない。 したがって、遺言がない場合と同様、遺産分割前に金融機関が預貯金の払い戻しに応じることは、原則としてできない。遺言執行者がいても同様である。 (3) 口座振替・振込入金受入れ等について 本件決定は、普通預金・通常貯金契約は、口座振替・振込入金受入れ等の委任ないし準委任事務処理の性質をも有するものであることをも考慮し、共同相続人全員で普通預金・通常貯金契約を解約しない限り同一性を保持しながら常にその残高が変動し得るものとして存在すると述べている。 裁判官岡部喜代子の補足意見では、この点を更に敷衍し、口座振替・振込入金受入れといった委任ないし準委任契約を解約することは、性質上不可分な形成権の行使であり、処分行為であるから、民法251条に従って相続人全員で行う必要があると述べられている。 これまで、多くの金融機関においては、金融機関が被相続人の死亡を知った場合、生前に行われていた口座振替・入金受入れも停止するという取扱いが行われてきたのではないかと思料する。しかし本件決定によれば、普通預金・通常貯金契約は、相続人全員で解約されない限り同一性を保持しながら存続するというのだから、金融機関は、被相続人の死亡を知った後も、相続人全員で解約されない限り、契約上、口座振替・入金受入れを継続すべき義務を負うということになるだろう。 (4) 遺産分割の対象となる預貯金の範囲について 本件決定は、普通預金・通常貯金債権は、1個の債権として同一性を保持しながら常にその残高が変動し得るところ、預金者が死亡した場合も、預金契約上の地位を準共有する相続人全員で普通預金・通常貯金契約が解約されない限り同様の状態が継続するから、当然分割とはならないという趣旨のことを述べている。 すなわち、普通預金・通常貯金契約は、相続人全員で解約されない限り、同一性を保持しながら存続するというのであるから、相続開始後の入出金による預貯金の変動部分を相続財産から区別する必要は無いと理解するのが素直と思われる。 裁判官鬼丸かおる補足意見でも、同様に、相続開始後の入金部分を含めて遺産分割の対象となると考えるべきと述べられている。 (5) 遺言書の作成・遺言執行について 上記2(2)(イ)でも触れたが、相続分を指定する内容の遺言書を作成した場合、相続人間で遺産分割が必要であり、預貯金であっても同様ということになる。 したがって、遺言執行者も、遺産分割がないまま、遺言書記載の相続分に応じて預貯金を解約して分配するなどということはできない。 せっかく遺言書を作成したのに、預貯金の遺産分割に争いが生じてしまうようなことがないよう、遺言者はこの点を考慮して遺言書を作成する必要がある。 遺言執行者は、遺言の執行に過誤があったなどと言われないように注意する必要がある。 2 本件決定の疑問点について 本件決定は、主として相続人間の実質的公平を理由に、預貯金債権の当然分割を否定した。相続人間の実質的公平という価値判断については理解できるところである。 もっとも、本件決定の普通預金・通常貯金に関する判断の法的な理由付けについて、その中心部分は というものであるが、以下の点については疑問も残る。 3 終わりに 現在、民法改正が進められているところでもあり、今後も、預貯金のみならず、遺産分割における取扱いについては変更の可能性がある。相続実務に携わる者としては、今後の動きにも十分注意しておくべきであろう。 (連載了)
税理士が知っておきたい [認知症]と相続問題 〔Q&A編〕 【第3回】 「不当な不動産売却がなされた直後の救済方法」 -審判前の保全処分- クレド法律事務所 駒澤大学法科大学院非常勤講師 弁護士 栗田 祐太郎 [設問03] 私には2年前より認知症となっている父がおります。 元々、父は、自身が土地・建物を所有する大阪の実家で一人暮らしをしていました。私は東京に住んでいましたが、認知症が進行し一人では生活できなくなった父の面倒を看る必要があるということで、昨年より実家に戻って生活をしています。 私には神戸に住む妹が一人おりますが、妹は大阪の実家にはほとんど寄りつかず、父の世話もしようとはしません。 ◆ ◆ ◆ そのような妹が、「たまには私も父と話がしたい」ということで、珍しく実家を訪ねてきたのです。私も、気を遣って、半日ほど外出し、2人だけで話ができる時間を作ってあげました。 ところが、それから2週間ぐらい経ったころ、神戸の不動産業者より我々の所へ電話があり、「先日の売買契約ではお世話になりました。ついては建物からの退去日と取壊し工事の開始をいつにしましょうか」という問合せがあったのです。 ◆ ◆ ◆ 突然のことでまったく事情を飲み込めなかったので相手に確認したところ、「妹が父の元を訪ねてきた日に、父みずからが実家の土地・建物を不動産業者に売却するとの売買契約書に署名捺印していたこと」が判明しました。 私は大変驚き、すぐ妹に電話したところ、「お父さんは、長年離れて暮らしている私のことが気がかりだということで、実家を売ったお金の半分を私にくれると言っていた。もう半分はお父さんの口座に入ったのだから、別にいいじゃないの」と完全に開き直っていました。そのため、売買契約をすぐに取り消すよう強く迫りましたが、妹は全く聞く耳を持ちません。 ◆ ◆ ◆ 父は常々、「先祖代々の不動産をこの先も守っていきたい」と私に話していたことから、父が売却を了解するなどということはあり得ない話と思います。 実家の不動産を取り戻し、建物の取り壊しを防ぐために、私はどのような方法が取れるでしょうか。 1 緊急対応の必要性 【設問03】において、相談者の父は実家の売買契約書に署名捺印している以上、このままの状態で放置すれば、最悪の場合には、実家の建物が強制的に取り壊され、父や相談者が路頭に迷う事態ともなりかねない。 この点、状況的に見て、父の財産が判断能力を欠いた状態で売却された可能性が高いというのであるから、本来であれば元の不動産の所有者、すなわち父自身が売買契約の無効を主張し、不動産を取り戻していく必要がある。 実際には、父は認知症に罹患して判断能力に難がある以上、相談者が家庭裁判所に対して成年後見人の選任を求める申立てをし、選任された成年後見人が買主や妹に対して売買契約の無効を主張していくというのが本来の進め方である。 しかし、本件では、買主が実家の取り壊しを迫ってくるなどして時間的余裕がなく、緊急の対応を必要とする。 では、相談者としては、どのような対応を取るべきであろうか。 2 審判前の保全処分について 【設問03】のような場合に有効であるのが、「審判前の保全処分」による財産管理者選任の制度である。 通常、成年後見の申立てがされてから実際に後見人が選任されるまで、裁判所の審理にはどうしても1~3ヶ月前後の期間がかかる。 そのため、設問のような場合には、売買契約の存在が発覚してから急いで申立てをしたとしても、成年後見人の選任までに時間がかかり、その間に建物が取り壊され、土地は転々譲渡されてしまうという事態にもなりかねない。 そこで、家庭裁判所が成年後見を開始するかどうかの審理を行っている最中に、緊急的に仮の財産管理者を定めてもらうことで認知症患者の財産を保全しようとするのが「審判前の保全処分」による財産管理者の制度である。 設問の場合には、相談者は、成年後見の申立てをするのと同時に、審判前の保全処分を申し立てるべきであろう。 これに伴い、裁判所は、成年後見の開始の是非に関する審理に先立ち、財産管理者の選任を認めるか否かにつき短期間で申立人らから事情を聴取する等して審理を急ぎ、これを認める必要があると判断すれば、財産管理者(弁護士や司法書士等の専門職管理人が選ばれることも多い)の選任を決定することになる。 3 発令後の流れ 設問における父に対して財産管理者が選任された場合、将来的に成年後見人が選任されるまでの間は、この者が父の所有財産につき管理権を有する。 そして、管理者の選任前に父がなした売買契約については、「この契約は、父が判断能力を有しない状況で署名捺印したものである」と財産管理者が判断した場合には、買主や妹等の関係者に対して契約の無効を主張し、売却した不動産の取り戻しと受領した代金の返却という精算を行っていくことになる。 したがって、相談者としては、本件の経緯や売買契約の異常性等につき、財産管理者によく説明をし、必要な措置を取ってもらうよう促すべきである。 ここで問題となるのが、買主が、実家建物の取り壊しを進めようとしていることである。 買主としては、現実に売買契約が締結され、代金も既に支払い済みである以上、現時点では既に自分が土地・建物の所有権を取得しているとして、取り壊しを強制してくる可能性もないわけではない。 仮にそのような兆候が見られるようであれば、財産管理者は、地方裁判所に対して「建物取壊し禁止仮処分」の申立てをなし、裁判所の仮処分命令を得て、建物取壊しを阻止するといった手段を取る必要がある。 4 防止策 以上で説明したように、妹の主導により物件の売却が行われてしまった場合には、その取り戻しには大変な労力と手間がかかる。 これを阻止するためには、最低限、高齢者の身の回りの世話をする者が、①予め本人の了解も得た上で、実印や通帳、また各種契約書等の重要書類を取りまとめ、責任を持って保管しておくほか、②財産リストを作成し、財産管理の状況が一元化できるよう整理して管理する、③既に判断能力を喪失あるいは著しく減弱していることをすぐに立証できるよう、予め医師に診断書を発行してもらっておく(この点に関しては、解説編【第5回】の内容が参考となるだろう)等の準備を普段から励行する必要があろう。 なお補足するが、前述した「成年後見の申立て」及び「審判前の保全処分の申立て」ですら、申立ての準備にはそれなりの時間もかかる。 そこで、まずは緊急の権利確保のため、相談者としては、父の身の回りの世話をし、財産の管理を事実上していた立場として、妹及び買主に対し、「今回の売買契約は、判断能力を有しない父が締結したものであり無効であること、よって、売買代金を返却するので、土地の登記名義を復帰させる登記手続を至急行ってほしいこと、今後、買主からさらなる売却はしないこと、妹においては、受領した売買代金の半額をすぐに買主に返還すべきであること、仮に万一、これらに応じないということであれば、後日に買主及び妹を被告とした損害賠償請求をせざるを得ないこと」等を記載した警告書(内容証明郵便での送付が好ましいであろう)を送付し、先方が転売したり強行的手段に出ないよう、クギを刺しておくべきであろう。 (了)