2024年5月30日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.571を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第38回】 「質問検査に関する租税権力関係説的構成と租税債務関係説的構成」 -荒川民商事件・最決昭和48年7月10日刑集27巻7号1205頁- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 前回までは、申告納税制度における各措置に関する判例として、納税者による第一次的確定権の行使及び第一次的確定義務の履行としての納税申告(谷口教授と学ぶ「国税通則法の構造と手続」第11回2参照)に関する判例やこれに関連して加算税及び更正の請求に関する判例を取り上げ検討してきたが、今回からは、税務官庁による第二次的確定権の行使及び第二次的確定義務の履行としての課税処分(同第15回1参照)に関する判例を取り上げ検討することにする(その検討において重視する考え方に関連して、申告納税制度の体系的把握については同第11回2、それによる納税義務の確定に係る相互チェック構造については同第15回2参照)。 今回は、国税通則法が課税処分の前提要件として定める税務官庁の「調査」(24条~26条)の要件・手続に関する判例の基本的立場を確立した荒川民商事件・最決昭和48年7月10日刑集27巻7号1205頁(以下「昭和48年最決」という)を取り上げ検討することにする。この判決は、「調査」の憲法(35条・38条等)適合性に関する川崎民商事件・最大判昭和47年11月22日刑集26巻9号554頁(以下「昭和47年最大判」という)と並んで「調査」に関する基本判例である。 Ⅱ 質問検査に関する租税権力関係説的構成と広範な調査裁量の許容 上記の両事件に関する最高裁判断の関係について、昭和48年最決に関する調査官解説(柴田孝夫「判解」最判解刑事篇(昭和48年度)99頁、102-103頁)は次のとおり述べ(下線筆者)、昭和48年最決を「これに応えたもの」(同103頁)とみる見解を示した。 ただ、質問検査に関する税務官庁と納税者との法律関係について、「一般的権限と一般的受忍義務という構造」(柴田・前掲「判解」103頁)に基づき「いわゆる租税権力関係説的な理解」(同頁)を示した点では、昭和48年最決は昭和47年最大判と同じ基本的立場に立つものと解されている(同頁参照)。ここでは、このような理解に基づく質問検査に関する法律関係の法的構成を「質問検査に関する租税権力関係説的構成」と呼ぶことにして、その内容を両判断に即してみておくことにすると、まず、昭和48年最決は次のとおり判示した(下線筆者)。 この判示は、昭和47年最大判の次の判示(下線筆者)を要約したものと解される。 このように、昭和48年最決も昭和47年最大判と同じ基本的立場に立って、質問検査に関する法律関係につき「租税権力関係説的な理解」(柴田・前掲「判解」103頁)を示したものと解するのは妥当であると考えるところであるが、そこでいう「権力関係」は、勿論、実力行使を伴う直接的物理的強制を要素とする「ナマの権力関係」ではなく、税法が「国家財政の基本となる徴税権の適正な運用を確保し、所得税の公平確実な賦課徴収を図るという公益上の目的を実現する」(昭和47年最大判)という立法政策的考慮に基づき間接的心理的強制という法技術を用いて認めた「立法政策的・法技術的な権力関係」にとどまるものと解される。昭和48年最決に関する調査官解説も、「本決定においては、徴税方式自体はいずれかといえば一つの技術であるにとどまるとする見解が採られているということになろうか。」(柴田・前掲「判解」103頁)と述べているところである。 とはいえ、その立法政策的・法技術的な権力関係は、調査妨害犯としての処罰可能性による間接的心理的強制という形で現れているだけでなく、昭和48年最決が下記のとおり判示して(下線筆者)認めたところの、質問検査に関する税務職員の広範な裁量(以下「調査裁量」という)という形でも現れていると考えられる。税務職員が質問検査の相手方を調査妨害犯により告発することは実際にはほとんどなく、稀に起訴され有罪とされた場合でも罰金額は少額にとどまるのが通例であること(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【137】参照)を考えると、むしろ後者の調査裁量こそがそのような権力関係を具現するものといってよかろう。 以上のようにみてくると、質問検査に関する租税権力関係説的構成は、立法政策的・法技術的には、「質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目」を税務職員の「合理的な選択」に係る調査裁量に委ねることにするものといえよう。ここで問題となるのは調査裁量の限界をどのように考えるかである。 この点について、昭和48年最決は前記引用判示中の「質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまるかぎり」という説示をもって調査裁量の限界を示しており、その限界を次のとおり法的に実効性のあるものとして評価する見解(金子宏「判批」行政判例百選Ⅱ・別冊ジュリスト62号(1979年)263頁、264頁。傍点原文)もみられた。 しかし、昭和48年最決の示した調査裁量の限界はやはり抽象的であるが故に、質問検査の実施に係る「合理的な選択」は広範な裁量を伴うものといわざるを得ない。したがって、税務官庁による調査裁量の行使が恣意にわたることのないよう「調査裁量の法的統制」が必要とされる(曽和俊文『行政調査の法的統制』(弘文堂・2019年)325頁以下参照)。そのためには、税務官庁による裁量基準の定立のほか、立法による質問検査手続の整備が必要であるといえよう。この点については次のように説かれてきたところである(曽和俊文「税務調査判例の展開と行政調査論」論究ジュリスト3号(2012年)47頁、52頁)。 Ⅲ 質問検査に関する租税債務関係説的構成と調査裁量の法的統制 立法による質問検査手続の整備は平成23年度[11月]税制改正によって大きく進展した(日本弁護士会連合会日弁連税制委員会編『国税通則法コンメンタール 税務調査手続編』(日本法令・2023年)149頁参照)。ただ、昭和48年最決の当時から、「いわゆる申告納税方式が採られているということのうちに、実体的手続的な租税関係の全体を貫く基本原理を読みとる立場がある」(柴田・前掲「判解」103頁。下線筆者)ことは認識されており、その立場から調査裁量の法的統制が説かれていたところである。 例えば、事前調査について次のとおり説いてこれを原則として許容しない見解(清永敬次「税法上の質問検査権に関する若干の問題」税経通信26巻13号(1971年)20頁、21頁。下線筆者)がみられた。 また、調査の必要性について一般的必要性だけでなく個別的必要性をも要する旨を説く見解は、そのように解する根拠として次のものを挙げていた(北野弘久編『質問検査権の法理』(成文堂・1974年)19-20頁[北野弘久執筆]。下線筆者)。 これらの見解をみると、確かに、その基礎(の少なくとも一部)には、申告納税制度の構造から前記の「実体的手続的な租税関係の全体を貫く基本原理」を読みとる立場があるように思われる。その構造は、基本的には、納税義務の確定に関する納税者の第一次的確定権と税務官庁の第二次的確定権によって構成されるものであるが、筆者はその構造を「申告納税制度における相互チェック構造」(拙著『税法創造論』(清文社・2022年)855頁[初出・1995年])と呼んできた。 申告納税制度における相互チェック構造は、納税義務の確定に関する租税債務関係説的構成に基づいて構想したものであるが、その構成は、課税要件法を、国民の納税義務を創設する権限を税務官庁に付与する授権法・手続法としてではなく、国と国民との間の租税債権債務関係を規律する実体法として性格づける租税債務関係説の考え方を、納税義務の確定に関する法的構成にまで、貫徹したものである(前掲拙著『税法創造論』845頁[初出・1995年]参照)。 租税債務関係説は、そもそも、納税義務を、課税要件の充足によって法律上当然に成立する一種の法定債務として構成する考え方(「1個の事実に対する、課税要件と納税義務との1対1対応の考え方」)であり、納税義務の成立に関する法すなわち課税要件法の領域から、税務官庁の形成的・裁量的判断の余地を法理論上完全に排除するものである(前掲拙著『税法創造論』18-20頁[初出・2020年]、同『税法基本講義』【12】参照)。 そうすると、納税義務の確定に関する租税債務関係説的構成は、納税義務の確定につき行政裁量統制を徹底させようとするものといえるが、納税義務の確定に関する税務官庁の第二次的確定権の行使による課税処分のための調査(質問検査)についても、同様の帰結をもたらすことになろう。つまり、質問検査に関する税務官庁と納税者との法律関係を租税債務関係説に基づき構成すること(質問検査に関する租税債務関係説的構成)は、調査裁量の法的統制に資することになると考えられるのである。 質問検査に関する租税債務関係説的構成は、質問検査に関する税務官庁と納税者との法律関係を、「一般的権限と一般的受忍義務という構造」(柴田・前掲「判解」103頁)に基づき「いわゆる租税権力関係説的な理解」(同頁)に従って構成するのではなく、「いわゆる申告納税方式が採られているということのうちに、実体的手続的な租税関係の全体を貫く基本原理を読みとる立場」(同頁)に立って申告納税制度における相互チェック構造に基づき個別的に具体化し構成することを可能にし、かつ、要請するものといえよう。 Ⅳ おわりに 以上、今回は、昭和47年最大判及び昭和48年最決の判断の基礎にあると考えられる、質問検査に関する租税権力関係説的構成が広範な調査裁量を認めるものであることを指摘した上で、質問検査に関する租税債務関係説的構成の観点から調査裁量の法的統制のあり方について検討し、質問検査の領域においても申告納税制度における相互チェック構造の個別的具体化の必要性を説いたところである。 申告納税制度における相互チェック構造は、税法における適正手続保障の原則すなわち手続的保障原則(前掲拙著『税法創造論』42-44頁[初出・2020年]、同『税法基本講義』【27】参照)を質問検査の手続を含む納税義務の確定手続についても具体化することを可能にするものである。 昭和48年最決が広範な調査裁量を許容する考え方を示した後、質問検査手続の立法による整備の必要性が多くの論者によって説かれてきたが、平成23年の国税通則法改正による質問検査に関する手続的整備(これについて詳しくは日本弁護士会連合会日弁連税制委員会編・前掲書参照)はこれに応えるものとして高く評価されるべきものであると同時に、質問検査に関する租税債務関係説的構成の観点から更なる改善を進めていくべきものでもあろう。 (了)
マンション評価通達の内容と実務への影響 【第1回】 拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦 1 はじめに 相続財産のうち、不動産はかつてから時価と相続税評価額との乖離、すなわち、時価よりも相続税評価額が優に低いという「実態」を利用したタックスプランニングに利用されてきたが、近年、その乖離が都市部のマンションで無視できないほど大きくなったことから、「濫用的」と言っていいほど目に余る租税回避事案が横行していた。その象徴的な事案が、最高裁令和4年4月19日判決・民集76巻4号411頁(TAINSコード:Z888-2406)であったといえる。 当該判決に対しては、識者の間では、評基通総則6項の適用をめぐる議論に焦点が当たっていた感があるが(※1)、筆者はかつてから、当該事案の最大の論点は、時価と相続税評価額との乖離を長年許容(ないし放置?)してきた課税庁の「不作為(路線価の設定誤り)」ではなかったのではないかと主張してきた(※2)。 (※1) 例えば、増田英敏「最高裁令和4年4月19日判決の意義と問題点」『租税訴訟』第16号37-67頁、大淵博義「マンション・非上場株式の時価を巡る二つの最高裁判決等の検証」『租税訴訟』第16号69-100頁等参照。 (※2) 拙稿「タワーマンションにおける財産評価の論点」『税経通信』2016年2月号14-16頁及び拙稿「路線価と時価とが乖離した不動産に対する評基通6項の適用基準」『税理』2020年11月号147-148頁等参照。 残念ながら上記裁判では筆者の関心事が取り上げられることはなかったが、幸いなことに、連立与党の令和5年度税制改正大綱において、「相続税におけるマンションの評価方法については、相続税法の時価主義の下、市場価格との乖離の実態を踏まえ、適正化を検討する(※3)。」旨が指摘され、にわかに当該「乖離」をどのように埋めるのかという論点(そのための方策)が浮上してきたのである。 (※3) 自民党・公明党「令和5年度 税制改正大綱」(令和4年12月16日)21頁。 当該大綱による「指示」に基づき、国税庁は令和5年1月に「マンションに係る財産評価通達に関する有識者会議」を設置し、以後3回にわたって当該乖離を埋めるための方策が検討されてきた。有識者会議での議論の成果は、令和5年7月21日付で「居住用の区分所有財産の評価について」の法令解釈通達(案)として公表され(※4)、同案は意見募集手続(パブリック・コメント)に付された上で個別通達(令和5年9月28日付課評2-74ほか1課共同「居住用の区分所有財産の評価について」(法令解釈通達)、以下「マンション評価通達」と称する)として結実するに至った。 (※4) 通達(案)段階での筆者の検討内容については、拙稿「マンション評価に関する通達案の概要と論点整理~明らかとなった6割水準評価等への理論・実務的な検証」Profession Journal No.530参照。 本稿では、先に公表され令和6年1月1日以後に相続、贈与又は遺贈により取得する居住用の(※5)区分所有財産(分譲マンション(※6))への適用が始まっている当該マンション評価通達の内容と実務上の留意点について、以下で解説していきたい。 (※5) 居住用以外の用に供されているものに係る区分所有権及び敷地利用権、すなわち店舗や事務所等は適用対象外である。 (※6) 国税庁資産評価企画官情報第2号「『居住用の区分所有財産の評価について』(法令解釈通達)の趣旨について(情報)」(令和5年10月11日)3頁参照。 2 マンション評価通達の内容 (1) 一室の区分所有権等に係る敷地利用権の価額 マンション評価通達とは、具体的には、財産評価関係の個別通達に「居住用の区分所有財産の評価について(法令解釈通達)」に関する規定が新設され、用語の定義を示したのち、(ア)一室の区分所有権等に係る敷地利用権の価額(マンションの敷地部分)と、(イ)一室の区分所有権等に係る区分所有権の価額(マンションの建物部分)の評価方法が定められたというものである。 当該評価方法において中心となる概念は、市場価格と(従来の)相続税評価額との乖離を示した「評価乖離率」である。ここでいう評価乖離率とは、通達によれば以下の算式で求めた値となるが、当該算式中の4つの指数は、相続税評価額が市場価格と乖離する要因である「築年数」、「総階数」、「所在階」及び「敷地持分狭小度」にそれぞれ対応する(※7)。 (※7) 国税庁「第2回 マンションに係る財産評価基本通達に関する有識者会議」(令和5年6月1日)別添2資料2頁参照。 (注) いずれも小数点以下第4位を切り上げる 要するに、当該算式は、「築年数」、「総階数」、「所在階」及び「敷地持分狭小度」という4つの指数から統計的に居住用の区分所有財産の市場価格(市場価格理論値)を求めるモデルである。非常に意欲的で興味深い試みであると評価できよう。 次に、一室の区分所有権等に係る敷地利用権の価額についてみると、以下の算式で評価することとなる。 なお、上記算式中の「区分所有補正率」は、1を前述の「評価乖離率」で除した「評価水準(※8)」に応じて、以下の区分により算定される。 (※8) 相続税評価額を市場価格(市場価格理論値)で除した値でもある。 上記①及び②の場合、自用地としての価額に評価乖離率を乗じて一旦市場価格を求め、①のケースについては「市場価格<相続税評価額」となるため当該市場価格を評価額とし、②のケースについては更に0.6を乗じて最低評価額(市場価格の6割)を求めるという算式になっている。③の場合は、市場価格と相続税評価額との間の乖離が比較的小さいことから、相続税評価額をそのまま使用する(補正なし)ということになる。 上記①~③の適用状況を図で示すと以下の通りとなる(青の実線が見直し前、オレンジの実線が見直し後を示す)。 (出典) 国税庁「第3回 マンションに係る財産評価基本通達に関する有識者会議」(令和5年6月22日)別添2資料3頁を基に筆者作成 (2) 一室の区分所有権等に係る区分所有権の価額 一室の区分所有権等に係る区分所有権の価額、すなわちマンションの建物部分の価額は、以下の算式で評価することとなる。 なお、上記算式中の「区分所有補正率」は、前掲(1)の①~③の区分に応じた「区分所有補正率」を用いることとなる。 (3) 適用時期 令和6(2024)年1月1日以後に相続、遺贈又は贈与により取得した財産の評価について適用される。 (4) 「案」との相違点 通達の案段階のものと成案との間の差異はほとんどないが、一点注目されるのは、評価乖離率がゼロ(零)又は負の値となる可能性について言及していることで、成案では評価乖離率がゼロ又は負の値となる場合には、評価しないとしている(通達2、3参照)。この点については後述の4(3)でも触れたい。 (5) 通達に基づく評価方法のフローチャート 国税庁が令和6年5月14日付で公表した資産評価企画官情報第2号「居住用の区分所有財産の評価に関するQ&A」(情報)の別添2頁に、通達に基づく評価方法のフローチャートが掲載されているので、以下に転載しておく。 〇 居住用の区分所有財産の評価方法のフローチャート(概要) (【第2回】に続く)
街の税理士が「あれっ?」と思う 税務の疑問点 【第9回】 「自宅以外で亡くなった場合の小規模宅地等の特例の適用」 ~病院の場合~ 城東税務勉強会 税理士 大塚 進一 問 題 父は病気治療のために入院しましたが、退院することなく3ヶ月後に亡くなりました。母は父の入院時には死亡しており、父が入院前まで居住していた建物は、退院後の父の世話のため生計別の長女がひとり引っ越してきて一室に居住しましたが、その他は退院後に従前どおり父の居住の用に供することができる状況にありました(長女から父への家賃の支払いはありません)。 上記において、その建物と敷地は長女が相続し、以降は引き続き住んでいます。この場合、相続開始直前において父の居住の用に供されていた宅地等に該当し、特定居住用宅地等として小規模宅地等の特例は受けられますか。 回 答 特定居住用宅地等として小規模宅地等の特例は認められるのではないかと考えられます。 居住の用に供されていた宅地等に該当するかどうかは、その宅地上の建物に生活の拠点があったか否かにより判定します。生活の拠点とは生活状況や、その建物への入居目的等を総合的に判断します。 病院への入院の場合、それまで居住していた建物で生活しないのは治療のためであり、一時的なものと認められます。よって、その建物が入院後他の用途に供されたような特段の事情のない限り、生活の拠点はその建物にあると考えるのが実情に即しています。 問題の場合、父の生活の拠点は入院前の建物にあると考えられます。そこで、長女が引っ越してきたことが他の用途に供されたことになるか否かですが、一室に居住した程度で従前どおり父が居住できるならば、他の用途に供されたとは言い難いと思われます。よって、父の居住の用に供されていた宅地等と考えられます。そうすると、長女は相続開始の直前、亡くなった父の居住の用の建物に居住していたことになり、申告期限までその土地建物を所有し居住しているので、小規模宅地等の特例は受けられるのではないかと思われます。 考 察 【第7回】で確認したとおり、老人ホーム等に居住している時に亡くなった場合は、その取扱いが法令等で規定されていますが、入院中に亡くなった場合は、国税庁の質疑応答事例で次のとおり述べられているのみです(【回答要旨】を抜粋)。 〈入院により空家となっていた建物の敷地についての小規模宅地等の特例〉 ここでは、入院後の空き家に新たに入居した場合については触れられていません。ただし「その建物が入院後他の用途に供されたような特段の事情のない限り」という文言があります。ここで、他の用途に供されたような特段の事情について例示はありませんが、子がひとり退院後の父の世話のために、その建物の一部に居住した程度では、他の用途に供されたような特段の事情はないと考えられます。 だだし、子供家族が居住し、被相続人の住居の大部分を使用しているなら、被相続人が居住可能な場合でも、他の用途に供されたことになると考えられます。 なお、生活の拠点について国税庁の質疑応答事例では以下のとおり記述されています(【回答要旨】を抜粋)。 〈小規模宅地等の特例の対象となる「被相続人等の居住の用に供されていた宅地等」の判定〉 入院については、上記のイ~ハには該当しませんが、「その建物への入居目的」から判断すると、病院はその機能上、被相続人等が居住していた事実があったとしても、生活の拠点とはなり得ないと判断されており、入院後も生活の拠点は入院前の建物にあったと考えて構わないと思われます。 さらに、生活の拠点の判断に「その者の日常生活の状況」とあることから、入院前の生活がその者の日常生活と解してよいのではないでしょうか。ならば、「他の用途に供されたような特段の事情」というのは、被相続人が入院前の建物で入院前の生活をすることが困難なほどにその建物が改変されたか否かで判断することが妥当ではないかと思われます(なお、被相続人の予後のために手摺りを付けた等は建物の改変には当たりませんが、被相続人の荷物を大幅に処分した場合は改変に当たると思われます)。 ただし、入院中に亡くなった場合、入院直前に当該被相続人の居住の用に供されていた宅地についての取扱いは、法令で規定されていませんので、その実態に即した判断が必要になると思われます。 (了)
学会(学術団体)の税務Q&A 【第5回】 「学会誌の広告掲載料(法人税)」 公認会計士・税理士 岡部 正義 ▲▼▲[解説]▲▼▲ 1 学会誌の広告掲載料と付随行為 出版物に掲載する広告については、他の収益事業の付随行為に含まれるか否かで収益事業か否かを判定することになる(法基通15-1-6(1))。 ◆法人税基本通達15-1-6(付随行為)〈一部抜粋〉 学会誌の広告掲載料は、学会誌を刊行するにあたっての付随行為と考えられるが、学会誌に関して、会員以外に対する有償頒布部分については出版業に該当するものの、会員に対して無償配布する部分については、出版業に該当しない(【第4回】「学会誌と出版業(法人税)」参照)。 このように学会誌に関しては、出版業部分(会員以外に対する有償頒布部分)と出版業以外の部分(会員に対する無償配布部分)が含まれているが、このように出版業部分と出版業以外の部分が混在するような事業に対する付随行為を、どのように考えるべきなのかという論点がある。 2 出版業と出版業以外のいずれの付随行為に該当するのか 学会誌を会員以外に有償頒布する件数は、会員に対して無償配布する件数と比較して圧倒的に少なく、全体のごく一部に過ぎないのが一般的である。そのため、広告主が学会誌に広告を掲載するのは、学会誌の読者として想定している会員に対して広告することを目的としているのであり、その性格・実態から鑑みても学会誌の広告掲載料は、会員に対する無償配布を前提とした出版物の付随行為と考えられる。そして、会員に対する無償配布部分は出版業に該当しない以上、その付随行為である広告掲載料も収益事業に該当しないものと考える。 3 フリーペーパー広告と学会誌の広告の違い フリーペーパーやフリーマガジンなど広告掲載料で出版物の収入を賄うことを前提として出版されるものは、たとえ無償配布であったとしても出版業に含まれるとされている。そのため、無償配布を前提とした学会誌の広告掲載料も同様に考えるべきか否かという論点があるが、同様ではないと考える。 なぜなら、フリーペーパーやフリーマガジンは、広告掲載料で出版物の収入を賄うこと前提として発行される出版物であるが、学会誌の広告掲載料は、あくまで付随的な収入に過ぎず、広告掲載料収入を得るために刊行する出版物ではないためである。 そのため、会員に対して無償配布する学会誌については、広告掲載料があるものの、当該広告掲載料は付随的な収入に過ぎないため、出版業に該当しないと考える。 4 学術集会の抄録集の広告掲載料について 学会においては、毎年度、学術集会を開催し、その際に学術集会の抄録集を制作するのが一般的である。そして、年間の学会誌の刊行が、たとえば年4回分であった場合、そのうち1回分を学術集会の抄録集という位置づけとして、会員に対しては無償配布し、会員以外に対しては有償頒布しているケースがよく見受けられる。 学術集会の抄録集については、会員以外の学術集会の参加者が購入するため、通常の学会誌と比較して有償頒布数が多くなるが、それでも会員に対する無償配布数と比較すると、全体の一部に過ぎないのが一般的である。そのため、抄録集の広告掲載料についても、通常の学会誌の広告掲載料と同様、出版業に該当せず、法人税法上の収益事業に該当しないと考える。 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第47回】 「双輝汽船(株)タックスヘイブン便宜置籍船事件 -特定外国子会社に生じた欠損金の損金算入の可否- (審裁平13.12.21、地判平16.2.10、高判平16.12.7、最判平19.9.28)(その3)」 ~租税特別措置法66条の6第1から3項、法人税法11条ほか~ 税理士 畠山 和夫 5 便宜置籍会社の欠損に関する総合的検討 (1) 本事件に適用されるべき法令 ① 本条と法11条の関係についての諸説 【競合関係説】 【協働関係説】(下記の参考文献①に基づいて筆者が組み立てた説である) ◎手続法的な意味での法律的帰属説(参考文献①:谷口勢津夫『税法基本講義〔第7版〕』弘文堂(2021年)260~267頁を筆者要約) ② 諸説の検討 (ⅰ) 独立適用説 論点別検討のとおり(前回参照)、本事件は本条の課税要件(租税回避の意図及び適用対象留保金額の存在)を充足しない。したがって、本条だけではなく法11条の要件も充足しないときは、法的独立性に立ち返り、最高裁の判示のとおり「T社に損益が帰属し、同社に欠損が生じたものというべきであり、上告人Xの所得を算定するに当たり、T社の欠損の金額を損金の額に算入することはできない。」ことになる。 (ⅱ) 非独立適用説 本条に定められていない事項(欠損を生じた場合)については、一般法(法11条)に依拠するので、結果は次の(ⅲ)協働関係説と同じになる。 (ⅲ) 協働関係説 以下、協働関係説に基づいて便宜置籍会社の欠損に関する検討を行いたい。 (2) 法11条の意義についての諸説 ① 意義についての見解(参考文献②:金子宏『租税法第〔第24版〕』弘文堂(2023年)182~183頁を筆者要約) ② 諸説の検討 (ⅰ) 上記の「文理的にはどちらの解釈も可能である。」について(前掲参考文献①44~49頁を筆者要約 (ⅱ) 「疑わしきは納税者の利益に」について(前掲参考文献②125頁から引用、下線筆者) (ⅲ) 「疑わしきは納税者の利益に(税法における類推解釈の許容性)」について(参考文献③:谷口勢津夫「谷口教授と学ぶ「税法基本判例」【第10回】」Profession Journal(2022.1.27)から引用) (ⅳ) 検討の結果 以上の検討の結果、協働関係説に基づく課税要件事実認定の場面では、便宜置籍会社の欠損に関しては、経済的帰属説を採用したい。 (3) T社の「単なる名義人」についての当事者の主張等(筆者要約) ① 納税者Xの主張:経済的帰属説 ② 裁判所(松山地裁)の判断:なし(参考文献➃:荻野豊「特定外国子会社に生じた欠損金の損金算入の可否」TKC税研情報13巻3号(2004年)を筆者要約) (※) 弁論主義は、事実関係だけではなく、「狭義の法律上の陳述(具体的な権利の存否又は帰属の主張)」にも適用される。 ③ 裁判所(高松高裁)の判断:法律的帰属説 ④ 裁判所(最高裁)の判断:法律的帰属説 (注) 古田佑紀裁判官からの補足意見は前記(前回参照)のとおり。 (4) 法人格否認の法理援用による親会社への便宜置籍会社の損益帰属の検討 ① 法人格否認の法理の概念及び形態 (ⅰ) 概念(参考文献⑤:江頭憲治郎『株式会社法〔第6版〕』有斐閣(2015年)41~48頁を筆者要約) (ⅱ) 法人格否認の形態(参考文献⑥:江頭憲治郎「法人格否認」編集代表上柳克郎他『新版 注釈会社法(1)会社総則・合名会社・合資会社』有斐閣(1985年)69~92頁を筆者要約) ② 参考事例①「株主優待金事件」(最高裁昭和43年11月13日判決、松田二郎裁判官の意見を筆者要約) ③ 法人格否認の法理検討の必要性 ④ パナマ便宜置籍船法人の法人格の否認(参考文献⑦:逸見真『便宜置籍船論〔第1版〕』信山社(2006年)217~263頁を筆者要約及び括弧内筆者追記 ⑤ 参考事例②「キプロス便宜置籍船買換事件」(横浜地裁平成13年10月10日判決、平成11年(行ウ)第60号) (ⅰ) 事件の概要 原告がキプロスに子会社を設立し、その名義で外航船舶(便宜置籍船)を取得したが、子会社はペーパーカンパニーであり、外航船は実質的に原告の所有であるとして、特定資産の買換えの特例を適用し、船舶の減価償却費・諸経費を損金に算入して行った確定申告が課税庁に否認された事例。 (ⅱ) 裁判所の判断(括弧内は筆者追記又下線筆者) (ア) 外国子会社の法人格の有無 (イ) 法人格否認の主張の可否 (ウ) 実質所得者課税の原則の趣旨:法律的帰属説(判決文を筆者要約) ⑥ 法人格否認の法理援用による親会社への便宜置籍会社損益の帰属検討の結論 (ⅰ) 経済的・実質的な便宜置籍会社の損益帰属者 便宜置籍船では、船舶所有者の得る利益は形式的な船舶所有者にではなく、その背後にある実質的な船舶所有者(親会社)に帰属する。定期傭船に出された便宜置籍船の恩恵を最大限に受けるのは、所有船舶を便宜置籍船化することによって、運行管理の経費削減を尽くした親会社である。 (ⅱ) 法律的・形式的な法人格否認の法理援用による便宜置籍会社の損益帰属者 前掲参考文献⑤⑥⑦及び前掲参考事例①②で検討した結果、法人格否認の法理を法律的・形式的な援用を根拠として便宜置籍会社の損益を親会社に帰属させるのは困難である。 (ⅲ) 法11条の解釈による親会社への便宜置籍会社の損益帰属 したがって、便宜置籍会社の損益を親会社に帰属させる根拠は、法11条の解釈について、法律的帰属説ではなく経済的帰属説を根拠にする以外に方法はないと思われる。 (5) 法11条を根拠にする親会社への便宜置籍会社の損益帰属の検討 ① 経済的帰属説による法11条の解釈 (ⅰ) 参考文献⑧:石山嘉英ほか『タックス・ヘイブン対策税制の解説』清文社(1979年)87頁(原告書証 甲第9号証の1)を筆者要約 (ⅱ) 参考文献⑨:谷口勢津夫「租税法律主義の課題と展望」税研226号(2002年)Vol.38 No.4を筆者要約 (※) 最高裁平成26年12月12日判決、訟務月報61巻5号1073頁「延滞税裁判」 ② 法11条の解釈を経済的帰属主義によるべき理由 (ⅰ) 前掲参考文献⑧について 石山嘉英氏の解説にあるように、従来、便宜置籍船については本条の代わりに法11条が適用され、便宜置籍法人の収益を親会社の収益に合算し課税を行っていた。その際便宜置籍法人の保有する船舶の実質的保有者は親会社であり子会社は単なる名義上の所有者に過ぎないと事実認定及びその評価を行っていたのであるから、この事実認定及び評価は「経済的帰属説」を根拠にしたものであった。 実質所得者課税の原則は昭和28年に創設され昭和40年に改正されたものであり、その後昭和53年に本税制が創設されたとしても、「事実認定の結果や評価の根拠(法律的帰属か経済的帰属)」は、便宜置籍会社という対象が同一である限り、事実認定の結果も変わらないはずであるし、その評価の根拠も変えてはならないと思う。 (ⅱ) 前掲参考文献⑨について 高松高裁及び最高裁の「T社独立法人論(T社は独立した法人として独自の活動を行っていたという事実認定)」は、あまりにも法11条について法律的帰属説に基づく「法人格の独立性原則」を一般的・形式的に強調しすぎる硬直的な見解と思われる。これは参考文献⑨にいう「文理解釈の硬直化・過形成」に他ならないのではないか。 6 最後に:便宜置籍船についての裁判所等の判断に対する疑問 (1) 租税回避規定が租税回避事案でないものに適用されるという疑問 審判所・地裁・高裁・最高裁とも本条の立法趣旨を「租税負担の不当な回避又は軽減の防止(いわゆる租税回避)」としている。他方、高裁はT社について「その設立以来一貫して合算申告を行っていたとのことであり、あえて被控訴人Xが租税回避しようとしたとは認められない」事案にもかかわらず、租税回避規定が適用される理由を「①課税執行面の安定性を確保しつつ②税負担の実質的公平を図る」ためとしている。 ①については偏に課税庁の事情であり、②については租税回避の事実がなくてもその事実がある者と同列に課税されるという、いずれもおよそ納税者Xの与り知らぬ理由により課税されるのではないかという懸念がぬぐえない。いずれにしても、本事件は、制度の趣旨「租税回避の防止規定」としての実質的該当性はないといわざるを得ない。 すなわち、本事件は「租税回避といえないような案件にも本制度による課税が行われてきた」事例といえる。したがって、便宜置籍会社の欠損については、親会社への帰属を可能にする途を残すべきではないか。 (2) 租税中立性について 便宜置籍船に対する本税制は、様々な政策目的により立法化された租税特別措置法の中で、納税者の国際的競争力を阻害しないという租税中立性の要請にそぐわない場面があることも否定できないと思われる。 本事件は、まさしくこのような国際的競争力の中で勝ち残るための便宜置籍船という制度であり、税制はそのような制度の足かせとならないように便宜置籍会社の欠損については、親会社への帰属を可能にする途を残すべきではないか。 (3) 本条及び法11条の解釈についての疑問 ① 文理解釈の「厳格な解釈」と「自由な解釈」(前掲参考文献①44~49頁を筆者要約) ② 本条課税要件の文理解釈について 本条の課税要件規定は、「①特定外国子会社等が、②適用対象留保金額を有する場合」であり、「厳格な解釈」によると課税要件は①と②の両方である。 しかし、高松高裁は「課税執行の安定を図るというタックスヘイブン対策税制の立法趣旨に鑑みれば、特定外国子会社等に該当する以上は、適用対象留保金額があるかないかにかかわらず、本条を適用すべきである。」と判示した。 最高裁は「一定の要件を満たす外国会社を特定外国子会社等と規定し、これが適用対象留保金額を有する場合に・・・」と判示するのみで、上記高松高裁のような要件限定解釈については言及していないが高裁の解釈を踏襲したものと思われる。 この高松高裁の要件限定解釈は本条の課税要件を①のみに限定するものであり、これは、立法趣旨に基づく縮小解釈(法規の文言や法文を通常の用語例よりも縮小する解釈)で原則許されないし、参考文献①の厳格な解釈の要請にも反する。 ③ 法11条課税要件の文理解釈について 法11条の事実認定規定は、「資産又は事業から生ずる収益の法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であって、その収益を享受せず、その者以外の法人がその収益を享受する場合」である。この事実認定規定には、法律的帰属説と経済的帰属説の2通りの解釈があり、文理的にはどちらの解釈も可能であるとされている。そうならば、参考文献①②③の自由な解釈の許容に基づき、「疑わしきは納税者の利益に」という命題に従い、文理解釈の範囲内で「経済的帰属説」の採用が可能なはずである。 たとえ「法律的帰属説」によったとしても、前掲参考文献①(法11条の事実認定基準規定論)のとおり「手続法的な意味での法律的帰属説によれば、所得の帰属の判定に当たって、契約等の法律的な事実だけが決定的な意味をもつのではなく、経済的利得の現実の管理支配という経済的な事実でも、真実の権利者・取引主体の蓋然的様相を示す事実となり得る。」のであって便宜置籍会社の経済的・実質的な側面を法11条の課税要件の文理解釈に取り込むことができると思われる。 しかるに、高松高裁は「T社は親会社であるXとは独立した法人として存在し、かつ企業活動を行っているので、単なる名義人には該当しない。」と判示し、最高裁も同様に「T社は、Xとは別法人として独自の活動を行っていた。」と判示した。高裁及び最高裁の判示は、通説とされる法律的帰属説を表面的・画一的・機械的に採用するばかりであり、解釈の「硬直化・過形成」として、参考文献①の自由な解釈の要請に反するのではないか。 (了)
〔事例で使える〕 中小企業会計指針・会計要領 《キャッシュ・フロー計算書》編 【第2回】 「キャッシュ・フロー計算書の完成と計算書に係る基礎解説」 公認会計士・税理士 前原 啓二 はじめに キャッシュ・フロー計算書は、中小企業には作成が義務付けされていませんが、中小企業会計指針では、キャッシュ・フロー計算書を作成することが望ましいとされています。 前回は、キャッシュ・フロー計算書を間接法で作成するための精算表の作成過程をご紹介しました。上場企業等に強制適用されている「連結財務諸表等におけるキャッシュ・フロー計算書の作成に関する実務指針」等を参考に、今回はキャッシュ・フロー計算書を完成させた上で、計算書に係る基礎事項を解説します。 前回の【設例1】をもとに作成した精算表〔別紙1〕の右端の「合計」列の各金額を〔別紙2〕の様式に転記すると、キャッシュ・フロー計算書が完成します。 〔別紙2〕 〈キャッシュ・フロー計算書〉 1 キャッシュ・フローとは キャッシュ・フローとは、「資金」の増加又は減少を意味するので、「資金」の増減を伴わない交換取引等は反映されません。また、当座預金から普通預金への口座振替取引のような「現金及び現金同等物」相互間の取引も「資金」に増減が生じないため、記載されません。 2 「資金」の範囲 キャッシュ・フロー計算書の「資金」の範囲は、現金及び現金同等物です。 【設例1】では、上記「資金」には、貸借対照表上の現金預金が該当するものとしています。 3 キャッシュ・フローの表示区分 会計期間におけるキャッシュ・フローを次の3つの区分に分けて表示します。 (1) 営業活動によるキャッシュ・フロー これは、どの程度の資金を主たる営業活動から獲得したかを示す主要な情報です。 ここには下記を記載します。 (2) 投資活動によるキャッシュ・フロー これは、将来の利益獲得及び資金運用のためにどの程度の資金を支出し又は回収したかを示す情報です。 ここには下記を記載します。 (3) 財務活動によるキャッシュ・フロー これは、営業活動及び投資活動を維持するためにどの程度の資金が調達又は返済されたかを示す情報です。 ここには下記を記載します。 【設例1】をもとに作成したキャッシュ・フロー計算書では、当社が1年間において「営業活動によるキャッシュ・フロー」68(主たる営業活動から獲得した資金)が、「財務活動によるキャッシュ・フロー」40(主に長期借入れによる資金)と合わせて、「投資活動によるキャッシュ・フロー」△78(主に有形固定資産の取得資金)へ回されつつ、「現金及び現金同等物」を30増加させたことがわかります。 4 間接法と直接法 【設例1】では、間接法によりキャッシュ・フロー計算書を作成しました。間接法とは、税引前当期純利益に、非資金損益項目、営業活動に係る資産及び負債の増減、並びに、「投資活動によるキャッシュ・フロー」及び「財務活動によるキャッシュ・フロー」の区分に含まれるキャッシュ・フローに関連して発生した損益項目を加減算して「営業活動によるキャッシュ・フロー」を表示する方法です。 これに対して、直接法とは、営業収入、原材料又は商品仕入による支出等、主要な取引ごとにキャッシュ・フローを総額表示する方法です。これらの主要な取引ごとの収入・支出を集計するには手間がかかるため、一般的に間接法を用いる方が比較的簡単です。 (《キャッシュ・フロー計算書》編 終了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第155回】 中部水産株式会社 「特別調査委員会調査報告書(2024年4月8日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【中部水産株式会社特別調査委員会の概要】 【中部水産株式会社の概要】 中部水産株式会社(以下、「中部水産」と略称する)は、1946年2月設立。主要事業は、卸売市場法に基づく農林水産大臣許可の水産卸売業であり、ほかに冷蔵倉庫業及び不動産賃貸業を営んでいる。売上高35,930百万円、経常利益231百万円、資本金1,450百万円。従業員数87名(訂正前の2023年3月期実績)。本店所在地は愛知県名古屋市。名古屋証券取引所メイン市場上場。会計監査人は、太陽有限責任監査法人名古屋事務所(以下、「太陽監査法人」と略称する)。 【特別調査委員会による調査報告書の概要】 1 特別調査委員会設置の経緯 中部水産は、A社から仕入れた商品(水産物A)を継続的にB社に販売する取引を行っていたところ、2023年11月30日、B社に対する売掛金債権について約定弁済がなされなかったことをきっかけとして、A社が、中部水産に対して、一部取引について実在しない商品を販売するという架空取引を行っていたことが判明した。その後、水産物Aに関する一連の取引が、A社から中部水産、中部水産からB社、B社からA社へと販売される循環取引であったことも判明した。 中部水産の取引担当者及び上長らは、一連のA社との取引について騙されていた旨を主張したことから、取引の実態及び関係者の関与状況等を明らかにするため、2024年2月9日開催の取締役会の決議により、中部水産と利害関係を有しない外部専門家2名及び社外監査役1名から構成される特別調査委員会を設置したものである。 2 特別調査委員会による調査結果の概要-1(A社取引) 特別調査委員会は、委員会を設置するきっかけとなった、中部水産がA社から仕入れてB社に販売する取引(A社取引)については、中部水産から仕入れた水産物は、B社からA社に売り戻されていることから、循環取引であるとし、さらにA社取引には商品の実在性を確認できない架空取引も含まれていると判断した。そして、調査の結果、商品の実在性を確認できない架空取引は、遅くとも2015年7月から存在し、中部水産によるA社からの最終の仕入である 2023年8月25日までの期間、継続しており、架空取引の金額は、2023年11月末日時点で実在性を確認することのできない在庫(中部水産がA社から購入し在庫としてA社倉庫に保管されているはずの商品)の金額のみに絞っても、総額6億1,064万6,960円(税別)に達すると説明している。 特別調査委員会は、A社取引に係る中部水産の担当者であった冷凍加工品部塩冷加工品1課のx1課長、その上長である取締役冷凍加工品部長牧原章仁氏(報告書上の表記は「x2取締役」。以下、「牧原取締役」と略称する)、専務取締役営業部門統轄岡誠氏(報告書上の表記は「x3専務」。以下、「岡専務」と略称する)及び代表取締役社長脇坂剛氏(以下、「脇坂社長」と略称する)に対してヒアリングを行ったが、いずれも、A社取引が循環取引・架空取引であるという認識はなかった旨を答えている。 ヒアリングに対し、x1課長は、A社倉庫にある水産物については、A社の担当であるa2氏の説明どおり、本来はB社がA社から仕入れるべきものを、中部水産が一旦在庫商品として確保しているに過ぎないものと理解しており、検品を行う必要性を感じなかったため、1度も検品を行っていないこと、B社がどこに売るか等は聞いたことがなく、B社に限らず、商品を販売した相手に対し、転売先を尋ねることは、顧客を奪われると誤解されかねない行為であるから、普通はしないなどと答えている。 また、牧原取締役は、特別調査委員会のヒアリングに対し、A社取引については、在庫量が多い取引であるとして、リスク管理委員会から指摘を受けていたが、x1課長から、在庫量は多いが仕入単価は相場より低い金額になっており、B社が買い取らなかったとしても中部水産の販路で十分に売りさばけると説明されていたため、特段問題視していなかったこと、販売する相手の支払能力(本件ではB社)についてはかなり注意をしており、リスク管理委員会でも議題に挙がることがあるが、C社の完全子会社であるB社については支払能力を問題視することはなく、A社取引について在庫量以外の面でA社が議題に挙がったことはないと答えている。 特別調査委員会は、A社取引について循環取引・架空取引であるとは知らなかったというx1課長の供述について、信用性を否定すべき証拠がないことから、x1課長の供述は信用に足りるものであるという判断を示し、x1課長の供述と矛盾しない牧原取締役、岡専務及び脇坂社長の供述についても、いずれも信用することができるものと判断したと説明している。 3 特別調査委員会による調査結果の概要-2(G社取引) 特別調査委員会は、A社取引と類似する不適切取引を調査するため、中部水産従業員に対し記名式のアンケート調査を実施したところ、塩干加工品部のx4部長から、不適切取引に関与した旨の回答があった。x4部長にヒアリングを実施した結果、遅くとも2023年7月頃から12月頃までの間に、 G社が、水産物C又は水産物Dを中部水産とH社を経由し、G社に還流させる循環取引を行っていたことが判明した。 特別調査委員会は、調査の結果、G社取引は、中部水産がG社から仕入れた水産物をH社、I社又はJ社に販売するもので、外部の営業倉庫在中の商品について行われた取引であり、在庫数や入出庫の状況がシステム上管理されている倉庫であること、中部水産からG社に対し、契約を解除し商品を返却した際に商品が実在することを確認できていることからすれば、A社取引とは異なり、架空取引と判断する根拠はないことを確認している。 また、取引の起点となったG社は、特別調査委員会に対する回答書において、本件取引は通常の商取引である旨記載し循環取引であることを否定しているものの、特別調査委員会は、中部水産の販売先であるI社がG社に商品を売り戻していること、G社が取引開始時点にI社に対し説明した内容とx4部長に対し説明した内容が異なっていたことから、G社の回答書の記載内容は事実とは認められず、本件G社取引は、いずれの販売先に対する取引も、循環取引を構成するものであったというべきであり、不適切な取引であったものと認められると結論づけている。 4 特別調査委員会による発生原因の分析(調査報告書63ページ以下) 特別調査委員会は、調査の対象となったA社事案及びG社事案ともに、A社又はG社が主導し、中部水産を巻き込んで循環取引(一部架空循環取引)である取引を行った事案であり、この点にのみ注目すれば、中部水産は被害者であり、発生原因は循環取引を企てたA社又はG社にあるようにも思えると前置きしたうえで、とはいえ、他社でなく中部水産が循環取引に巻き込まれたことには相応の理由があり、中部水産の管理上の問題及びそれらを放置してきた経営者に起因しているとして、以下のように原因を挙げた。 特別調査委員会が挙げた原因のうち、「早期発見に至らなかった原因」について、分析内容を見ておきたい。特別調査委員会は、G社取引のうち、H社との取引については、x4部長が取引開始後3ヶ月程度で取引の異常性に気付き取引終了に至ったという面では、比較的早期に対応できたと評価した。 A社取引については、2015年7月頃から取引が行われ、2023年11月末のB社の約定弁済不履行を端緒とした本件取引発覚まで、8年以上の長期間にわたり取引が継続されてしまった点を取り上げ、早期発見に至らなかったことについては、a2氏による名義変更ではなく出庫とする偽装行為やB社からの入金が毎回遅滞なく実行されていたために、やむを得ない点があることは否定できないという見解を示した。 とはいえ、x1課長がB社側と特段コミュニケーションを取っていないこと、上司である牧原取締役も、A社との取引についてはx1課長の判断に対し特段疑義を挟まず、大口取引先であるB社に対しても訪問等を一切行っていないこと、リスク管理委員会において、長期在庫として何度も議題に挙がっていたにもかかわらず、x1課長あるいは牧原取締役が、在庫確認も含めた取引状況の確認を行っていなかったことを早期発見ができなかった原因として挙げている。 原因の分析の最後に、特別調査委員会は「小括」として、発生原因は中部水産の管理上の問題及びそれに対し有効な対策を講じてこなかった経営者にあるというべきであり、監査上の主要な検討事項として名義変更取引や循環取引に言及されていながら内部監査において特段対策を講じていない状況を放置してきた経営者の責任は重いという判断を示した。 さらに、経営者が、リスク管理委員会での深度のある議論を促していなかったことや社内ルールの周知不徹底である状況を看過していたこと、販売先とのコミュニケーション不足を認識していながら有効な対策を講じていなかったことについて、改善に向けた特段の対策が取られていない点、長年問題視されている配置転換以外の方法による不正防止について、最も有効な対策である管理部門の強化を進めるのではなく、管理業務を軽視しているかのような状況がうかがわれる点など、発生原因への対処には抜本的な対策が不可欠であるとまとめている。 5 特別調査委員会による再発防止策の提言(調査報告書68ページ以下) 特別調査委員会は、提言した「再発防止策」の冒頭において、2度とこのような事態に陥らないための対策の1つとして営業担当者の配置転換が考えられるが、魚種ごとの専門的知識・経験を重視する中部水産の方針にしたがって、魚種を異にする配置転換が困難であることを前提に、再発防止策を次のようにまとめている。 特別調査委員会の提言する再発防止策のうち、相互に関連して説明されている「リスク評価プロセスの構築」と「組織的な業務運営の徹底」について、見ておきたい。 特別調査委員会は、中部水産が、各営業員に特定の魚種についての専門的知識・経験を有するプロフェッショナルであることを求めていることから、各営業員に広い裁量を与え、その判断により、集荷や販売といった日常的な業務を行わせること自体は合理的であると述べたうえで、とはいえ、各営業員は、取引に関して生じるリスクの評価や対処方法についてのプロフェッショナルであるとはいえず、リスクの評価や対処方法についてまで各担当営業員の判断に任せることは適当ではないと指摘した。 なぜなら、中部水産では、営業員がリスクを感じ取った際に、同じ業務を行う他の営業員と協議・相談が可能な体制となっていないことから、リスクの評価や対処方法が、営業員ごとの個別的な判断によりなされることとなり、その判断の的確性は、営業員ごとの経験値等の違いから、相当程度の開きが生じてしまうこととなるうえ、配置転換が行われないことから、判断が固定化し、不適切な判断が是正される機会が乏しいだけではなく、同時に、各営業員は、他の営業員の業務内容に「口を出すこと」を控えるという社風が見受けられ、上司も、部下の業務内容の詳細を把握していない可能性が否定できないと見解を示している。 さらに、特別調査委員会は、「社内システム整備と牽制体制の充実化」として、中部水産の現行システムでは、特別調査委員会が要求した外部倉庫ごとの在庫量・在庫金額の一覧表や、件外の循環取引の調査のために、名義変更取引で購入し、その後、名義変更取引で販売した取引の一覧などの資料を直ちに作成することができず、最終的に提出された一覧表は、他の資料から時間をかけ手作業で作成されたものであったという事実を述べたうえで、外部倉庫ごとの在庫量・在庫金額を容易に把握することが可能となるシステムや、各担当者がどの商品を、どのように仕入れ、どのように販売したかを把握することが可能となるシステムを早急に整備することが必要であると提言して、整備したシステムにより抽出されたデータについては、管理部門等の営業担当者以外の者が検討し、複数の目で取引の適切性を判断する体制を構築することが必要であるとまとめている。 6 会計監査について(調査報告書73ページ以下) 特別調査委員会は、中部水産の会計監査人である太陽監査法人の監査チームとの間で調査の進捗状況の共有等の情報交換を目的とした会議を全7回にわたって実施し、さらに、中部水産の内部統制の状況等を確認するためにインタビューも行っている。 そのうえで、特別調査委員会は、会計不正に係る調査報告書では異例のことであるが、「会計監査について」という項目を設けて、以下のように述べている。 特別調査委員会は、太陽監査法人が、2023年3月期有価証券報告書「独立監査人の監査報告書及び内部統制報告書」における監査上の主要な検討事項として「名義変更取引に係る収益認識」を挙げており、「循環取引による収益の過大計上が行われやすいという業界特有のリスクが存在する」として、監査上の対応としては、以下の①の手続により一定の条件に該当する取引を特定したうえで、②及び③の手続を実施したと述べている点を指摘した。 太陽監査法人がこうした対応をとっていたにもかかわらず、A社取引が不適切な取引とされなかったことについて、特別調査委員会は、A社取引は、外見上は監査上の主要な検討事項に該当する事案であるが、結果的に「粗利率が継続的に低くなっている取引」に該当していないため、太陽監査法人が、リスクがあると判断した取引の範囲外の取引であったと考えられるという見解をいったんは述べている。 しかし、A社取引においては、仕入債務に対する早期支払、同一商品群の多額の取引継続、商品在庫の増加・滞留といった不適切な取引に気付く端緒となりえる状況があったことから、会計監査においても不適切な取引の端緒に気付く可能性が全くなかったとは言えないと指摘し、特別調査委員会としては、中部水産の管理上の問題により、十分な情報が得られなかった点はあるとしても、会計監査の実施においてはあらゆる局面において、注意力を発揮し、不適切な取引を見逃さないよう、いわゆる「職業的懐疑心の発揮」が重要であると考えるとまとめている。 【報告書の特徴】 特別調査委員会のヒアリングに対し、x1課長、牧原取締役及び岡専務は、異口同音に、「同業他社が架空在庫取引に巻き込まれたという事案は聞いたことがない」と供述しているようだが、過去には、加ト吉事件(2007年)や大水事件(2009年、2011年)など、確かに古い事案ではあるものの、水産業界において「帳合取引」を装った「循環取引」が何度か発覚している。 彼らの供述について、特別調査委員会は、信用に足りるものであるという判断をしているのだが、中部水産においても、2014年に循環取引に巻き込まれた事案があったにもかかわらず、取締役ら経営陣に過去の経験から学ぼうとする姿勢が見られないこと、従業員研修が実施されていないことについては、もっと踏み込んだ調査が必要だったのではないかと思料する。 1 過年度有価証券報告書等の訂正報告書 特別調査委員による調査報告書別紙1-1によれば、A社の循環取引に係る売上高総額は2,205百万円、仕入高総額は2,773百万円であり、売上総利益は568百万円である。一方、A社への仕入代金の支払とB社からの売上代金との回収差額は、670百万円となっている。特別調査委員会は、A社取引は、商品の移動を一切伴わない取引であり、その一部は商品が実在しない架空取引であったため、循環取引に係る仕入高及び売上高は営業活動による成果とは認められず、取り消す必要があるという判断を示した。さらに、A社取引に関して発生した資金移動取引(仕入代金の支払及び売上代金の回収)については、取引の経済実態がA社の資金繰りへの協力であることから、金融取引として認識し、未収入金計上し、売上金額と仕入金額との差益分は金融収益として営業外収益に認識すると説明している。 そこで、2023年3月期の訂正有価証券報告書を確認すると、訂正前には存在しなかった「長期未収入金」882百万円、資産の部の投資その他の資産として計上されており、これに対する貸倒引当金が662百万円積み増しされていることがわかる。また、同じく訂正有価証券報告書によれば、過去5年間で減額された売上高は2,446百万円となっており、いずれも、調査報告書の数値とは不一致となっている。 2 特別損失の計上 2024年5月9日、中部水産は、「特別損失の計上見込みに関するお知らせ」をリリースして、特別調査委員会による調査費用及び過年度決算の訂正に要する費用が発生し、2024 年3月期の決算において特別損失を計上する見込みとなったこと、その概算総額は104,516千円であり、2024年3月期の決算において62,675千円を特別損失に計上する予定であることを公表した。 3 中部水産による再発防止策 次いで、5月14日、中部水産は、「特別調査委員会の提言を踏まえた再発防止策の策定に関するお知らせ」をリリースして、調査報告書で提言を受けた再発防止策を踏まえた施策を以下のとおり公表した。 「リスク評価プロセスの再構築」では、営業部門に所属する従業員が営業上の取引に関して循環取引等のリスクを感じ取った場合に、上長への報告・連絡・相談を徹底するとともに、上長が、循環取引等であるか判断ができない場合には、監査室に相談する運用とすること、さらに、リスク管理委員会で対象とする範囲を拡大して、取引量が増加している取引先や早期の支払依頼のある仕入先、棚卸資産が増加している冷蔵倉庫等について、リスク管理委員会で取り上げることが説明されている。 また、「業務プロセスの見直し」の中では、商品買付時に事前申請する買付申請書等に、商流及び循環取引ではないと判断する根拠を記載すること、決済条件について基本契約等と相違する場合にはその旨及び理由を記載することとして、上長は、買付申請書等に対し、商流、仕入先、商品内容、取引内容、在庫リスク、直送取引の有無及び取引に至った経緯等について、営業担当者と十分なコミュニケーションを図り、商流のリスクを把握するようにすると説明されている。 4 債権の取立不能 また、同日には、「債権の取立不能又は取立遅延のおそれに関するお知らせ」もリリースして、取引先である株式会社A-ONEが2024年5月1日付で自己破産の申立てをしたことによって同社に対する長期未収入金551百万円が取立不能又は取立遅延のおそれが生じたことを公表した。 なお、同社は、設立年、資金繰りが厳しかったという調査報告書の記述、貸倒引当金が設定されているため公表済みの2024年3月期の損益に影響はないという本リリースの説明などから、調査報告書における「A社」であることが推認されるが、中部水産は、「A社」と株式会社A-ONEの関係については、特にコメントを出していない。 5 役員報酬の自主返上 さらに、5月21日、中部水産は、「役員報酬の自主返上等に関するお知らせ」をリリースして、脇坂社長が月額報酬の30%を6ヶ月、岡専務が同じく月額報酬の30%を4ヶ月、自主返上すると申し出たこと、本事案に関与した従業員については就業規則に則り厳正に処分することを公表した。 同時に、A社を含む関係当事者に対しては、しかるべき民事上、刑事上の責任を追及することも公表している。 (了)
〔重要ポイント解説〕 サステナビリティ開示基準案 【第3回】 「「一般開示基準(案)」の概要」 史彩監査法人 パートナー 公認会計士 西田 友洋 2024年3月29日にSSBJより以下のサステナビリティ開示基準案が公表された。 今回は、サステナビリティ開示テーマ別基準公開草案第1号「一般開示基準(案)」(以下、「一般開示基準案」という)の概要を解説する。 〇 一般開示基準案の概要 一般開示基準案では、サステナビリティ関連のリスク及び機会に関する情報の開示(IFRS S1号の「コア・コンテンツ(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標及び目標)」の内容)について定めている。 (1) 目的 一般開示基準案の目的は、一般目的財務報告書の主要な利用者が企業に資源を提供するかどうかに関する意思決定を行うにあたり有用な、当該企業のサステナビリティ関連のリスク及び機会に関する情報の開示について定めることにある(一般開示基準案1)。 サステナビリティ関連財務開示は、企業の見通しに影響を与えると合理的に見込まれるサステナビリティ関連のリスク及び機会に関する情報を開示する。また、企業の見通しに影響を与えると合理的に見込まれないサステナビリティ関連のリスク及び機会に関する情報は、開示する必要はない(一般開示基準案2)。 (2) 範囲 一般開示基準案は、サステナビリティ開示基準に従ってサステナビリティ関連財務開示を作成し、報告するにあたり、適用する(一般開示基準案3)。 (3) コア・コンテンツの開示 ① 4つの構成要素 サステナビリティ関連財務開示では、原則、以下に関する情報を開示する(一般開示基準案7)。 ② ガバナンス ガバナンスを開示する目的は、サステナビリティ関連のリスク及び機会をモニタリング、管理し、監督するための企業のガバナンスのプロセス、統制及び手続を理解できるようにすることにある(一般開示基準案8)。 具体的には、以下の内容を開示する(一般開示基準案9、10)。 ③ 戦略 戦略を開示する目的は、サステナビリティ関連のリスク及び機会を管理する企業の戦略を理解できるようにすることにある(一般開示基準案11)。 具体的には、以下の内容を開示する(一般開示基準案12~28)。 (※1) レジリエンスとは、サステナビリティ関連のリスクから生じる不確実性に対応する企業の能力をいう(一般開示基準案24)。 ④ リスク管理 リスク管理を開示する目的は、サステナビリティ関連のリスク及び機会を識別、評価し、優先順位付けし、モニタリングするプロセスを理解し、企業の全体的なリスク・プロファイル及び全体的なリスク管理プロセスを評価することにある(一般開示基準案29)。 具体的には、以下の内容を開示する(一般開示基準案30)。 ⑤ 指標及び目標 指標及び目標を開示する目的は、サステナビリティ関連のリスク及び機会に関連する企業のパフォーマンス(企業が設定した目標、目標の達成に向けた進捗を含む)を理解できるようにすることにある(一般開示基準案31)。 具体的には、以下の内容を開示する(一般開示基準案33~40)。 (了)
〔相続実務への影響がよくわかる〕 改正民法・不動産登記法Q&A 【第20回】 「相続人申告登記の申出手続と登記記録の注意点」 司法書士 丸山 洋一郎 弁護士 松井 知行 【Q】 相続人申告登記制度の詳細が、通達の公布等によって新たに明らかになったと聞きました。この内容について教えてください。 【A】 以下の内容等が明らかになった。 -《解説》- 1 はじめに 令和4年3月31日に公開した本連載【第4回】「新設された相続人申告登記制度の概要と注意点」では、相続人申告登記制度の概要と注意点についてご紹介した。 この当時は確定していなかった事項が、令和6年3月15日法務省民二第535号(相続人申告登記関係)(通達)等で明らかになった。 今回は、本Web情報誌の中心的読者であり、かつ相続実務に関わることが多いと思われる税理士、公認会計士、企業の実務担当者にとって必要な限度で、この明らかになった点を解説する。 2 相続人申告登記制度の概要 まずは復習代わりに、相続人申告登記制度の概要を再度確認する。 (※) 法務省ホームページ「相続人申告登記について」より抜粋。 3 相続人申告登記の申出手続 相続人申告登記制度において注目すべきは、申出をするにあたり、書面だけでなくオンライン申請も可能である点である。しかも、登記用の専用ソフトを利用することなく、「かんたん登記申請」によりWebブラウザ上で手続ができる。 そもそも、相続登記の申請義務を簡易に履行するために、「相続人申告登記」という制度が採用された。このように義務を簡易に履行するためには、オンラインにより手軽に申請ができるべきであり、その際に専用ソフトのダウンロードをする手間を掛けさせるべきではない。この配慮のもと、簡易な申告方法を認めたと推測する。 なお、相続人申告登記の申出をするにあたり作成する書類や添付情報の詳細は、法務省のホームページから確認してほしい。 (※) ホームページでは、相続人申告登記は非課税である点も明示されている。 4 相続人申告登記に関する登記の登記簿への記録例 本連載【第4回】「新設された相続人申告登記制度の概要と注意点」の執筆時は、相続人申告登記の登記簿への記録例はイメージに基づき紹介したに過ぎなかった。その中で注意喚起した相続人申告登記の見誤りのリスクを、明らかになった登記簿への記録例を参考に改めてご説明したい。 (※) 以下、記録例は、令和6年3月15日法務省民二第535号(相続人申告登記関係)(通達)から抜粋している。 〈相続人申告登記の基本形〉 登記記録上の所有者甲が死亡し、その子乙において、相続人申告登記の申出を行う場合の登記簿の記録例である。 ※画像をクリックすると、別ページでPDFが開きます。 この登記記録の下に、以下の記載が載る。 少しまどろっこしい表現だが、要するに、甲の相続人として申出があった者として記録されている乙は、この不動産の所有者ではなく、単に相続人であることの申出をしたに過ぎないという意味である。そのため、乙は不動産を売却したり、抵当権の設定をしたりすることはできない点に注意する必要がある。 〈相続人申告登記の応用形①〉 登記記録上の所有者甲が死亡し、その配偶者乙と子の1人丙において、相続人申告登記の申出を一括で行った場合の登記簿の記録例である。 ※画像をクリックすると、別ページでPDFが開きます。 〈相続人申告登記の応用形②〉 登記記録上の所有者甲が死亡し、その配偶者乙に関して令和6年に相続人申出に係る登記がなされ、その後、子の1人丙に関して令和8年に相続人申出に係る登記がなされた場合の登記簿の記録例である。 ※画像をクリックすると、別ページでPDFが開きます。 (※) 順位2番付記2号の登記の後に、他の甲の相続人である子の1人丁による相続人申出があった場合の相続人申告事項は、順位2番付記3号に記録される。 〈相続人申告登記の応用形③〉 登記記録上の所有者甲が死亡し、その配偶者乙に関して相続人申出に係る登記がなされた。その後相続人間で遺産分割協議が整い、分割協議に基づき不動産を単独で相続した子の1人丙に関して、相続登記がなされた場合の登記簿の記録例である。 ※画像をクリックすると、別ページでPDFが開きます。 この場合は、乙による相続人申告登記はなされているものの、その後丙による相続登記がなされている点に注意が必要である。いままで挙げてきた例とは異なり、相続を原因とする所有権移転登記がなされているので、不動産の権利関係は確定している。そのため、この後、丙は相続した不動産を売却したり、抵当権の設定をしたりすることもできる。 (了)