ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第49回】 「実例に基づくカスハラ対応策」 弁護士 柳田 忍 【Question】 最近、お客様からの不合理なクレームが増えており、対応に当たっている現場の従業員が疲弊しています。対策をとるために、カスタマーハラスメント(カスハラ)のセミナーを受講したり、カスハラのマニュアルを読んでみたりしていますが、実際にカスハラらしい事案が起きたときにどのように対応すればよいかよくわからず、困っています。 実例を踏まえた対応策があれば教えてください。 【Answer】 まずは行為者からの質問や要望にはできるだけ丁寧に回答して誠実な姿勢を示し、これ以上は対応が難しいと判断したら、行為者に対して今後の質問や要求への対応は行わない旨(場合によっては、契約や取引を停止せざるを得ない旨)を告げるのがよいと思います。 窓口や現場で行為者に対応する従業員に対して「これ以上対応しなくてよい」と伝えて、会社の管理部門等で対応を引き受けることも重要です。 ● ● ● 解 説 ● ● ● 1 カスハラ対策の現状 先日、東京都が全国初のカスハラ防止条例を制定する旨発表し、現在、「カスタマーハラスメント防止対策に関する検討部会」において条例案が検討されているが、2024年4月22日に公表されたところによると、条例においてカスハラを定義し、ガイドラインにおいて具体的な行為を例示する方向で進められるようである。 同条例においては罰則は設けられないようであるが、同条例の制定によって、カスハラの内容やカスハラを行ってはならないということが更に周知され、抑止力が期待されるとともに、事業者や就業者においてもどのような行為がカスハラに該当するかの理解が深まり、自己防衛に資することになると思われる。 また、ある会社が自社の従業員が顧客企業からカスハラを受けたとして、顧客企業に対して損害賠償請求訴訟を提起した旨の報道がなされたが、報道によると、当該顧客企業は20年以上の取引関係があり売上額も高額の重要な顧客であるが、取引の適正と従業員の保護を求めて提訴に踏み切ったとのことである(※1)。 (※1) テレビ北海道「東京・橋本総業 従業員に「カスハラ」取引先企業を提訴」4月25日 このように、近年は、会社の利益のために従業員に我慢を強いるといった従前の構図に変化が見られるとともに、カスハラを行えば法的責任を問われるおそれがあるといったことも知られつつあるように思う。 しかし、問題は、カスハラに及ぶ者の中には、自分は正当な要求を行っているだけだと思い込んでいる者が少なくないということである。このような者は、自分の言動がカスハラに当たるとは認識していない(ないし認識できない)ので、上記の都の条例や企業が公表するカスハラ防止方針などの抑止力は及ばない可能性が高い。 また、このような者からの質問や要求への対応に際しては事業者や就業者においても大変苦労しているようであり、「カスハラのセミナーを受けたりマニュアルを読んだりしても、結局どのように対応すればよいのかわからない」という悩みをよく耳にする。 そこで、以下、筆者が取り扱った実例と実例を踏まえた対応策を説明する。 2 カスハラ対応の実例 カスハラに関して、筆者が取り扱った実例を2つ紹介する。 (1) 行為者からの質問や要求に極力対応した例 (2) 行為者に対してこれ以上の要求等には対応しない旨告げた例 3 実例を踏まえた対応策 上記2の実例を踏まえた対応策は、以下のとおりである。 (※2) カスハラ対応方針において「カスタマーハラスメントが行われた場合には、お客さまへの対応をいたしません」と明記されている例として、JR東日本「カスタマーハラスメントに対する方針」(2024年4月26日公表)等がある。 (了)
〈Q&A〉 税理士のための成年後見実務 【第6回】 「賃貸オーナーと成年後見制度の利用」 ~賃貸オーナーとしての業務~ 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 【Q】 顧客である賃貸オーナーが認知症になりました。高齢である配偶者の方以外には頼れる親族もいないため、顧問税理士である私が成年後見人としてサポートしていくことを求められていますが、どのような点に注意すべきでしょうか。 【A】 税理士の顧客には賃貸オーナーも多く、頼れる親族がいない場合には成年後見人としてサポートを依頼されるケースがあるでしょう。多くの収入と支出が発生する賃貸オーナーの財産管理は税理士が得意とする分野だと思われますが、具体的にどのような業務が発生するかを理解しておく必要があります。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 賃貸人としての業務とは 賃貸オーナーの成年後見人に就任したら、賃貸オーナーの重要な財産である賃貸物件を管理していくことになります。基本的に賃貸人として行うべきことを、本人に代わって成年後見人が実践していくことになりますが、具体的に列挙すると以下のような業務が考えられます。 【賃貸人として行うべき主な業務】 これらの業務すべてを成年後見人自身が行う必要はありません。管理会社などの外部の力もうまく利用しながら行っていくとよいでしょう。 2 管理会社との連携 賃借人の募集や、賃料の受領、修繕やクレームへの対応は管理会社に依頼することが多いでしょう。すでに契約している管理会社があり、業務が適正に行われているのであれば、無理に変更する必要はないと思われます。 管理会社との連携で注意が必要なのは、成年後見人の業務を理解してもらい、物件の管理状況を細かく報告してもらうということです。例えば修繕の必要性が生じた場合などには、事前に見積もりを提示してもらい、工事の内容や妥当性について一般常識から考えて納得ができる説明を受けることが必要です。大規模修繕工事や防火設備の設置など、高額な工事を行う場合は複数の見積もりを取得して、慎重に検討する必要があるでしょう。 3 賃料の増額(減額)請求の対応 賃料が物価や世間の相場と比較して安いのであれば、賃料の増額の請求を検討する必要があります。反対に高いのであれば減額の請求が賃借人からなされることがあります。 最近はインフレの影響を受け、賃料の増額請求が行われたという話をよく耳にします。コストが上がるなかでは、適切に賃料を増額しないと賃貸物件の維持管理もままならなくなる可能性があります。成年後見人としても管理会社などから情報を収集して、適切な賃料を設定していく必要があるでしょう。なお、当事者では話がまとまらない可能性がある場合には、4で紹介するように弁護士や司法書士の力を借りて、調停等の制度を利用することも考えられます。 4 弁護士、司法書士との連携 滞納賃料の回収や明け渡し訴訟は、弁護士や司法書士に依頼することができます。筆者の経験では、一旦賃料の滞納が始まると支払いを約束しても改善されることは少ないです。成年後見人としては、本人の財産を保全する責任があるので、判断を早めに行っていく必要があるでしょう。 (了)
わたしは税金 「自動車泥棒」 -雑損控除- 公認会計士・税理士 鈴木 基史 ◆自動車泥棒 「へぇー、車が盗まれた・・・」 「警察には届けたけど、まず望みはないそうよ」 「しかし、夜中に車庫から盗んでいくとは、乱暴な話だなぁ」 「新手の窃盗団なんだって。うちも気をつけないと」 田中さんちのご近所で、車の盗難事件がありました。ご主人の通勤用に、最近買ったばかりとのこと。ローンがまだ100万円以上残っていて、ご本人はガックリなさっているそうです。 それにしても、けしからん輩やからですね。わたくしども“税金”も憤りを感じます。多少なりともご落胆を和らげるため、そういうときには手を差しのべることにしています。 ◆災害・盗難・横領にあうと税金が戻る 所得税の計算で「雑損控除」というのがあります。雑損とは“災害・盗難・横領”による被害のことです。こうした目にあった人はお気の毒ですから、納める税金を安くすることにしています。 よく似た被害に“詐欺さぎ”がありますが、詐欺にあった人にはこの恩典はありません。だって詐欺にあうような人は、多少ともヤマっ気があったわけでしょう。振り込め詐欺などは別として、詐欺にあったから税金をまけてくれというのも、おかしな理屈ですからね。 ◆還付されないモノもある さて、自分の持ちモノが被害にあったらこの恩典が受けられるわけですが、モノによっては受けられない場合もあります。「日常生活に必要のないモノ」はダメ、ということになっていますからご注意ください。 たとえば、住んでいる家が火事で焼けたときは、もちろん恩典の対象になります。ところが、別荘ということになると、日常生活には必要ないわけですから、お気の毒ながら税金は戻らない、という具合です。 ◆車は生活に必要か? 田中さんのご近所の方の場合、この恩典が受けられるかどうかは、まず、その車がその方の生活にとって必要だったかどうかです。通勤用だからいけるんじゃないか、ということですが・・・次のようなことをいう、小うるさい人も税務署にはいます。 田舎ならまだしも都会に住んでいれば、通勤の足は電車やバスがあるじゃないか。その車は通勤にはほとんど使わず、レジャー用だったんじゃないの・・・だったら恩典はダメ。 だけど、仮にそうだとしても、衣食住だけの生活なんてむなしい。息ぬきなしの生活なんてありえないのだから、たまにレジャーで使おうが、やっぱり車は生活に必要。いまや下駄代わりの存在になっている車を別荘と同列に論ずるのはおかしい、という理屈の方がまともだとわたしは思いますがね。ま、税務署へ行って交渉してみてください。 ◆損失額の計算方法は? 「ふーん、雑損控除で税金が戻るのね」 「あの車、250万円ぐらいかなあ。いくら戻るんだろう?」 「ねえ、うちの車、もう古いんだから・・・いっそのこと、だれかに持っていってもらえば。そうすれば戻ったお金で、新しい車が買えるじゃない」 「お、そうするか」 ◆いま現在の値打ちが損失額 ちょ、ちょっとお待ちください、田中さん。世の中、そんなに甘くはありませんよ。ご近所の方の場合、いかほど税金が安くなるかといえば、こういう計算です。 まず、“損失額”はいくらか――250万円ではありません。昨日買ったばかりならいざ知らず、乗っている間に値打ちは下がりますよね。“減価償却”の計算をしますが、たとえば、新品で250万円だった車でも、1年間使えば200万円ほどの値打ちになり、これが適用対象の損失額です。 さらにそこから、その人の年間所得の1割相当額を差し引いた金額が雑損控除額。たとえば、年収600万円のサラリーマンなら給与所得の金額が約440万円で、その1割の44万円を200万円からマイナスします。つまり、雑損として控除できるのは「損失額200万円-所得金額440万円×10%=156万円」です。 ◆税率分だけ還付 さらにその続きの話として、戻るお金は156万円ではありませんからご注意を! お返しするのは雑損失の金額に対する、その人の税率分だけです。たとえば、さきほどの年収600万円のサラリーマンなら税率は10%ですから、還付する所得税は「156万円×10%=15万6,000円」なり。 あと、住民税にも雑損控除の適用があります。やはり税率は10%で15万6,000円の節税になりますが、こちらは還付ではなく、翌年に納める税金がそれだけ減るという話です。 200万円の損失に対して援助額が約30万円・・・不十分かもしれませんが、わたくしどもにとって精一杯の努力です。 ◆高額所得者には適用なし ところで、税率分だけ還付、ということになると・・・所得が1,800万円以上の高額所得者なら、国税(所得税)と地方税(住民税)を合わせた税率が50%(4,000万円以上なら55%)なので、「156万円×50%=78万円」が戻るのかといえば、さにあらず。 さきほどの雑損控除の計算を見直してください。損失額から所得の1割相当額を控除、ということでしたね。ということは、車を盗まれた人の所得が2,000万円以上あれば、200万円を損失額から差し引かねばならず、そうすると雑損控除額はゼロで、還付はありません。お金持ちの人には、雑損控除の適用はご遠慮いただくことになっています。 ◆保険金が出てたらダメ あ、それからもうひとつ、この特例でご注意いただくのは、保険に入っていなかったかということです。たいていの人がマイカーに保険をかけるでしょうが、ここで問題となるのは「盗難保険」に入っていたかどうかです。 もし入っていれば、盗まれても損害は保険金でカバーされますから、当然のことながら税金は戻ってきません。そうでないとき、必要書類を整えたり、税務署で事情説明したりとか、ひと苦労あろうかと思いますが、該当する方はぜひこの恩典をご利用ください。 ところで田中さん、買ってから数年経った車は、ほとんど値打ちがありません。だから、この恩典を使って新車に乗り換えるだなんて、不心得なことは考えないでくださいよ。 ◆空飛ぶ自動車に雑損控除? 最後に、いまや電気自動車が主流となりつつある時代です。さらに来年(令和7年)の大阪・関西万博では、空飛ぶ自動車が登場するとか。さてそこで、こうした自動車が盗まれたとき、雑損控除は適用されるのか。 電気自動車はともかくとして、空飛ぶ自動車が「日常生活に必要」とはとても思えません。そんなぜいたく品に、果たして税務署が雑損控除を認めるかどうか。 さらには、そういう高額商品を購入できるのは、億万長者に決まっています。先ほど述べたように、所得の10%の足切りがあります。年間所得が数億円の人なら、損失額から数千万円の控除――いくら何でも、そんなに大きな損害とはならないでしょう。よって、空飛ぶ自動車で雑損控除が適用される事案など、現実には起きないと思いますよ。 (了) 人生にまつわる税金ものがたり、 もっとたくさんのお話を読みたい方へ送る一冊。
《速報解説》 大阪国税局、収益事業を行う青色公益法人等の電子取引に係る文書回答事例を公表 ~収益事業以外の事業の取引に関する電子データの保存の要否示す~ Profession Journal編集部 大阪国税局は、令和6年3月19日付(ホームページ掲載日は令和6年4月23日)で回答した文書回答事例「収益事業を行う青色申告法人である公益法人等の電子取引の取引情報に係る電磁的記録の保存について(収益事業以外の事業の取引に関する電子取引の取引情報について)」を公表した。 事前照会の内容 事前照会の内容としては、収益事業を行う青色申告法人である公益法人等においても電子取引の取引情報に係る電磁的記録の保存が必要とされる(電帳法7)が、この保存については、収益事業を行う青色申告法人に保存が義務付けられている帳簿書類である、取引に関して相手方から受け取った注文書、領収書等や相手方に交付したこれらの書類の写しと同様、収益事業を含む全ての事業の取引に関する電子取引の取引情報に係る電磁的記録の保存が必要と考えてよいか、というもの。 上記の照会に対して、大阪国税局は主に以下の理由から「貴見のとおりで差し支えありません」と回答している。 照会者の見解となることの理由 公益法人等に係る帳簿書類の保存については、青色申告法人であるか否かで次のとおり取扱いが異なる。 上記のとおり、《公益法人等が青色申告法人である場合》においては「収益事業に係る取引に関して」とされていないことから、収益事業を含む全ての事業の取引に関する書類を保存する必要がある。 また、電子帳簿等保存法7条では、所得税(源泉徴収に係る所得税を除く)及び法人税に係る保存義務者は、電子取引を行った場合には、一定の要件に従って、その電子取引の取引情報に係る電磁的記録を保存しなければならないこととされているが、この場合の「電子取引」とは、取引情報の授受を電磁的方式により行う取引をいうこととされ(電帳法2五)、この「取引情報」について収益事業に係る事項は定められていない。 電子帳簿等保存法において電磁的記録の保存を行わなければならない電子取引の取引情報は、収益事業の取引に関するものか、収益事業を含む全ての事業の取引に関するものかについて定めはないため、収益事業を行う青色申告法人である公益法人等が行った電子取引の取引情報に係る電磁的記録の保存範囲について疑問が生じるところ、電子取引の取引情報に係る電磁的記録の保存範囲についての基本的な考え方は、電帳法が国税関係帳簿書類の保存方法等について所得税法、法人税法その他の国税に関する法律の特例を定めるものであることから(電帳法1)、国税関係帳簿書類について保存を義務付けている法人税法等における考え方と同様となる。 このため、法人税法で保存義務が定められている帳簿書類である「取引に関して、相手方から受け取った注文書、契約書、送り状、領収書、見積書その他これらに準ずる書類及び相手方に交付したこれらの書類の写し」と同様の取引情報の授受を電磁的方式により行った場合には、その取引情報に係る電磁的記録を保存しなければならないこととなる。 上記のことから、青色申告法人である公益法人等は、収益事業を含む全ての事業の取引に関する帳簿書類を保存する必要があるとともに、その法人が取引情報の授受を電磁的方式により行った場合には、一定の要件に従って、収益事業を含む全ての事業の取引に関する電子取引の取引情報に係る電磁的記録を保存しなければならない、と回答している。 (了)
《速報解説》 国税庁、予定納税及び確定申告関係の「定額減税Q&A」を新たに公表 ~年調適用済みでも確定申告書への同一生計配偶者等のマイナンバー等記載は必要~ Profession Journal 編集部 令和6年分の所得税の定額減税(特別税額控除)(措法41の3の3~3の10)については、対象者によってその実施方法・実施時期が異なり、給与所得者についてはいよいよ来月、6月1日以後最初に支払を受ける給与等の源泉徴収税額から、特別税額控除額(本人3万円、同一生計配偶者・扶養親族1人につき3万円)の控除が実施される。この源泉徴収に係る実務については本誌でもたびたび取り上げている通り、国税庁が税制改正関連法の成立前から特設ページを開設しQ&A等の資料を公表、その後、内容の追加・更新を行っている。 一方、事業所得者については令和6年分の所得税に係る第1期分予定納税額(7月)から本人分に係る特別控除の額に相当する金額が控除され、第1期分予定納税額から控除をしてもなお控除しきれない部分の金額は第2期分予定納税額(11月)から控除される仕組みがとられる。 また、本人の同一生計配偶者・扶養親族の特別控除については、予定納税額の減額の承認申請により適用を受けることができ、このため令和6年分の所得税に係る第1期分予定納税額の納期が令和6年7月1日から9月30日までの期間(例年は7月1日から7月31日まで)と、減額の承認申請の期限も7月31日(例年は7月15日)とそれぞれ延長されている。 このたび国税庁は4月30日に、新たに「令和6年分所得税の定額減税Q&A(予定納税・確定申告関係)」を公表、定額減税に関する事項のうち「予定納税」及び「確定申告」に関する事項を全13問のQ&Aで解説している。 従前の源泉実務に係るQ&Aの方は、内容の更新等はされていないが、上記に合わせ「概要・源泉所得税関係」という副題が追加されている。今後、2つのQ&Aが随時更新される可能性も高いことから、混同しないよう留意されたい。 今回「予定納税・確定申告関係」として公表されたQ&Aは以下のとおり。 このうち「令和6年分の所得税に係る予定納税」の問1-2では、予定納税の対象となる予定納税基準額(15万円以上の場合は予定納税が必要)は、原則として令和5年分の申告納税額(所得税額及び復興特別所得税額)と同じ金額となり、定額減税額がないものとして計算されることが示されている。その上で、令和6年6月以降に通知される令和6年分の予定納税額からは、本人分に係る定額減税額に相当する金額(3万円)が控除される。 また、減額申請に当たって申請書に記入する申告納税見積額についても、予定納税基準額と同様に、定額減税額がないものとして計算し、さらに令和6年分の総所得金額の見積額の中に給与所得の金額又は公的年金等に係る雑所得の金額がある場合には、これらの所得につき源泉徴収される所得税の額の見積額についても、定額減税の適用がないものとして計算するとされている(問1-3)。 他に予定納税関係では、定額減税制度下で予定納税額の減額申請をすることができるケース(問1-4)や、減額申請をする場合の第1期分・第2期分の予定納税額の計算方法(問1-6、1-7)が明らかにされている。 次に「令和6年分の所得税に係る確定申告等」の問2-2では、すでに年末調整において同一生計配偶者等に係る定額減税の適用を受けている場合で、確定申告で医療費控除の適用を受ける際に、確定申告書に対象となる同一生計配偶者等の氏名やマイナンバーを記載する必要があるかとの問いに対し、配偶者控除や扶養控除等については、年末調整においてそれらの控除を受け、控除額及びその合計額に変更がない場合は、対象となる配偶者及び扶養親族の氏名等について確定申告書に記載を要しないとされているものの、定額減税の計算の対象となる同一生計配偶者等の氏名、生年月日、マイナンバー等については、年末調整においてその同一生計配偶者等についての定額減税の適用を受けている場合であっても、確定申告書に記載する必要があるとしている。 また、支払を受けた給与等に係る源泉徴収税額と、厚生労働大臣等から支払を受けた公的年金等に係る源泉徴収税額の両方から定額減税の適用を受けている場合、確定申告をする必要があるかとの問いに対し、給与等に係る源泉徴収税額と、公的年金等に係る源泉徴収税額の両方から定額減税の適用を受けていることだけをもって、確定申告の義務は発生しないとしている(問2-3)。 この点、「概要・源泉所得税関係」のQ&A(問2-3)では、公的年金等に係る源泉徴収税額から定額減税の適用を受ける人についても、主たる給与の支払者のもとで定額減税の適用を受けることになり、給与等と公的年金等との定額減税額の重複控除については、確定申告で最終的な年間の所得税額と定額減税額との精算が行われるとの見解も示されていることから、今後の情報追加を待ちたい。 問2-4では、令和6年6月1日以後に準確定申告書を提出する場合(提出期限は相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月以内)に定額減税が適用されるのかとの問いに対し、令和6年6月1日以後に令和6年分の準確定申告書を提出する場合には、その準確定申告の際に定額減税の適用を受けることとなるとし、令和5年分の確定申告書の様式を用いた特別税額控除の記載方法(申告書第一表「災害減免額」の欄を使用)について解説されている(令和6年分の確定申告書の様式は、本稿公開時点で未公表)。 (了)
2024年5月2日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.567を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.135- 「進むか、マイナンバーの金融資産への活用」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 2024年4月1日より、「預貯金者の意思に基づく個人番号の利用による預貯金口座の管理等に関する法律」(口座管理法)に基づく預貯金口座へのマイナンバー付番が開始されている。預金者にマイナンバー届出義務を課すのではなく、あくまで金融機関窓口での預金者のマイナンバー付番に対する意思確認だ。 * * * 預貯金口座へのマイナンバー付番の必要性は、「負担能力に応じた公平な負担のためには、所得だけでなく金融資産等の保有状況も考慮に入れることが必要」という10年近く前に閣議決定されている政府の方針に由来している。 2015年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2015について」は、以下のように記述している(33頁)。 さらに昨年暮れには、「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)について(素案)」(2023年12月5日経済財政諮問会議提出資料、全世代型社会保障構築会議作成)が、以下のように記述している(4頁)。 その上で、「こども・子育て支援加速化プラン」の実施が完了する 2028 年度までに実施について検討する取組として、以下の2つを指摘している(16頁)。 この歳出改革ができなければ、その分予定している少子化対策の財源が不足することになる。岸田総理は繰り返し、「歳出改革の範囲内で支援金制度を構築するので、実質的な国民負担増は生じない」と明言しており、それとの整合性が問題になる。 一方、そのために必要となるマイナンバーの活用、とりわけ「預貯金口座へのマイナンバー付番」については、筆者が知る限り具体的な検討が進んでいるようには思えない。そもそも、どの省がリーダーシップをとって(所管して)行うのか決まっていないのが現状だ。 マイナンバーを所管するのは総務省、デジタルガバメントを推進するのはデジタル庁である(筆者は、「マイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤抜本改善ワーキンググループ」の構成員)。銀行口座に付番するとなると金融機関との調整が必要となり、それは金融庁の役目・所管である。社会保障負担との連携を進めるとなると、厚労省が責任を持つことになる。マイナンバーの活用は、経済財政諮問会議のアジェンダの1つとなっていることから、内閣府でも議論がされてきた(筆者は、経済財政諮問会議に設置された「マイナンバーの利活用拡大のための検討タスクフォース」の構成員)。 * * * 2024年4月から始まった口座管理法によっても口座付番が進まなければ、いよいよ預金者によるマイナンバー告知の義務付けが議論になるだろう。社会保障負担の抑制のためということで、国民の賛同が得られるのだろうか。 (了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例62】 「時価を超える対価で購入した土地を売却した場合の売上原価」 拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、中国地方のある地方都市に本社を置き、不動産の賃貸や売買の仲介等を行う株式会社X(資本金1,000万円で3月決算)に勤務しており、現在経理部長を務めております。私は平成に入ってから不動産業界に入ったため、バブル崩壊前の地価高騰に伴う「おいしい時期」のことを知らない世代ですが、最近コロナ禍を抜けてようやくこの業界にも春が訪れようとしています。 東京近辺では今年は新築マンションの平均売り出し価格が1億円越えと報道されており、インバウンド需要のみならず、ダブルインカムのパワーカップルの購入意欲も引き付けているようで、私の地元とは異次元の世界ではないかとの驚きもあります。とはいえ、この流れは地方の政令指定都市にも及びつつあり、広島や岡山でもマンション価格は着実に上昇しております。 さて、そのような不動産業界の活況に水を差すかのような指摘が、先日の税務調査でありました。地元の税務署の調査官から、わが社が所有する土地の売却について異議を申し立てられたというわけです。その内容は、わが社が広島市内のある企業の社宅跡地を買収し、それをマンション業者に売却するという取引につき、当該敷地の買収価額が時価(鑑定評価額)よりも相当程度高いため、その金額をその後の売買取引の売上原価とすることはできないというものでした。 当該敷地は広島市内では希少なマンション適地であり、また、昨今の土地上昇傾向を勘案すれば、税務署がいう「時価」よりも、資本関係がなく価格に関し操作可能性が生じる余地がないと言える第三者との間の「契約価格」の方が、より公正な「市場価格」に近いと言えるものと確信しております。実際のところ、税法上はどのように考えるべきなのでしょうか、教えてください。 【A】 法人税法上の寄附金とは、金銭等の資産の贈与又は経済的利益の無償の供与のことを指し、金銭等の資産の贈与又は経済的利益の供与がその時価相当額よりも低い対価で行われた場合において、その差額のうち実質的に贈与又は無償の供与をしたと認められる金額があるときには、その金額も寄附金とされます。 資本関係のない第三者との間の取引において合意した不動産の価格は、一般に市場価格と考えられますが、仮に当該不動産の価格が鑑定評価額等を用いた公正な時価と乖離し高額な場合には、時価と取引価額との差額は買手から取引相手方(売手)への経済的利益の供与に該当し、寄附金として損金算入に制限がかかることとなります。 また、当該不動産を更に売却した場合には、その譲渡益の算定に際しては、取得価額(売上原価)は取引価額ではなく、それよりも低い「時価」になるものと考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 法人税法上の寄附金の取扱い 法人間取引で、資本関係がない第三者間の取引の場合、その当事者同士で合意した価格は一般に、市場価格(時価)として取り扱われる。国際課税(移転価格税制)の世界では、このような取引価格のことを独立当事者間価格(arm’s length price)といい、正常対価として扱われているが、それとは外れた価格で取引を行っている場合には、移転価格税制が適用され、現実の取引対価ではなく、正常対価(独立当事者間価格)に引き直して課税されることとなる。ただし、わが国の法人税法では、移転価格税制の適用があるのは国際取引に限定され、国内取引は適用対象外である(措法66の4)。 国内取引において、資本関係がない第三者間の取引の場合であっても、その当事者同士で合意した価格が常に市場価格(時価)として取り扱われるわけではない。すなわち、その取引価格が時価(客観的な市場価格(※1))よりも低い場合(低額譲渡)、その差額につき売手から買手に対して経済的利益を供与したこととなり、寄附金として取り扱われるのである(法法37⑧)。 (※1) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)418頁参照。 〇 時価と取引価格が乖離している場合の法人税の取扱い:その1(低額譲渡) 逆に、その取引価格が時価よりも高い場合(高額譲受け)、その差額について買手から売手に対して経済的利益を供与したこととなり、今度は買手に対して寄附金課税がなされることとなる(法法37⑧)。寄附金に係る当該規定の文言だけ見ると低額譲渡のみ対象であるかのように読めるが、それは売手側から見た場合であり、買手側から見れば、高額譲受けも対象となるのが正しい解釈であると言えよう。 〇 時価と取引価格が乖離している場合の法人税の取扱い:その2(高額譲受け) (2) 租税法と私法 租税法は、その適用対象として、様々な経済活動ないし経済現象を扱っているが、それらは第一次的には私法(民法、商法、会社法など)によって規律されている。それを前提にすれば、租税法律主義の目的である法的安定性を確保する観点からは、課税関係の検討は、原則として私法上の法律関係に即して行うべきと考えられる(※2)。経済活動ないし経済現象は、多くの場合、私人間の契約(例えば売買契約)によって成立することから、課税関係を検討する際には、契約の内容とその法的効果を確認することが不可欠となる。その際、租税法の規定から契約内容とその法的効果を理解しようとすると、誤った結論に達する可能性があるため、注意を要する。 (※2) 金子前掲(※1)書129頁参照。 (3) 時価を超える対価で購入した土地を売却した場合の売上原価の金額が争われた事例 ここでは、本件と同様に、時価を超える対価で購入した土地を売却した場合の売上原価の金額が争われた事例(東京地裁令和元年10月18日判決・税資269号-105(順号13328)、TAINSコード:Z269-13328)について、以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 本件は、不動産の売買等を目的として昭和40年3月に設立された株式会社である原告が時価を超える額の対価で購入した土地を売却し、購入価額全額を売上原価として損金の額に算入して法人税の確定申告をしたところ、津山税務署長から、購入価額のうち時価との差額は損金の額に算入できないとして更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を受けたことから、これらの処分の取消しを求める事案である。 取引の詳細は以下のとおりである。 原告は、平成22年6月14日、B株式会社との間で、Bから、岡山県勝田郡の各土地を代金合計1億8,421万7,112円で購入する旨の売買契約を締結した。 原告は、平成21年8月31日現在で、その帳簿上、Bに対し、貸付金及び未収入金として合計1億6,838万572円の債権を有していた。他方、Bは、平成21年6月30日現在で、その帳簿上、原告に対し、本件債権に対応する債務として1億8,421万7,112円の債務を負っていた。 原告及びBは、本件売買に際し、Bの原告に対する債務と原告のBに対する売買代金債務1億8,421万7,112円とを対当額で相殺する旨の合意をした。 原告の帳簿上、本件債権の額は上記のとおり合計1億6,838万572円であったから、上記相殺処理により、差引1,583万6,540円分の売買代金債務が残ることとなったが、原告は、同額をBに支払うことなく、原告の受贈益として処理した。本件土地の本件売買時点における時価は、7,283万9,889円であった(ただし、その根拠は何であるのかについては判決文中で明確に述べられていない)。 原告は、平成22年9月1日から平成23年8月31日までの事業年度の間に、本件土地につき、合筆、分筆等を行った上、乙ほか10名に対し、代金合計4,913万9,600円で売却した。 原告は、平成23年10月28日、平成23年8月期の法人税について、所得金額を△1億4,722万1,023円、納付すべき税額を△1万614円、翌期へ繰り越す欠損金を2億2,754万4,828円等とする確定申告を行った。この申告額は、本件売買価額の全額を、棚卸資産である本件土地の売却に係る「売上原価」として損金の額に算入することを前提としたものであった。 〇 取引関係図(高額譲受け) ② 事案の争点 土地の譲渡代金(1億8,421万7,112円)と土地の時価(7,283万9,889円)との差額(土地に関する高額譲受けの差額:1億1,137万7,223円)を「売上原価」として平成23年8月期の損金の額に算入できるか否か。 ③ 裁判所の判断 なお、本件は控訴されたが棄却され(東京高裁令和2年12月2日判決・訟月67巻9号1354頁・TAINSコード:Z270-13490)、確定している。 ④ 本裁判例から学ぶこと 本裁判例で注目されるのは、法人税法第37条第8項の意義に関する解釈である。すなわち、まず、寄附金課税を規定した法人税法第37条における寄附金とは、その名義を問わず、内国法人が金銭その他の資産又は経済的利益の贈与又は無償の供与を指すことを明らかにした上で、さらに、第8項において、内国法人が経済的な利益の供与をした場合において、その供与の対価の額が経済的な利益の時価に比して低いときは、当該対価の額と当該時価との差額のうち実質的に無償の供与をしたと認められる金額は、「寄附金の額」に含まれるものとする規定があることを示している。 法人税法の条文のうち、当該規定は独特で分かりにくいところがあるが、誤解されやすいのは、当該規定が私法上の取引を租税法の観点から「再構成(租税法による私法上の法的効果の上書き)」しているというわけではない、、、、、という点である。この点につき、裁判所は、法人税法第37条第8項の規定は、「例えば時価よりも低額の売買代金により法人所有の不動産等の資産を売却した場合に、売買契約という当事者の選択した法形式を否認して時価による売買と差額分の金銭の贈与という二つの法律行為があったとみなすものでも、当該法律行為を売買と贈与の混合契約であるとみなすものでもなく、当該法律行為は私法上の性質としては売買契約であることを前提に、売買代金と時価との差額は、売主たる法人から買主に「供与」された「経済的な利益」であ」るというように解している。私法上の取引の法的性格(売買契約)はいじらずに、その結果時価と(時価よりも低い)対価の額との間に差額がある場合には、当該差額は法人税法上損金算入に制限がある「寄附金」に該当すると解しているのである。租税法と私法との関係を理解する上でも参考になる裁判例ではないかと考える次第である。 (4) 本件へのあてはめ 法人税法上の寄附金とは、金銭等の資産の贈与又は経済的利益の無償の供与のことを指し、金銭等の資産の贈与又は経済的利益の供与がその時価相当額よりも低い対価で行われた場合において、その差額のうち実質的に贈与又は無償の供与をしたと認められる金額があるときには、その金額も寄附金とされる。資本関係のない第三者との間の取引において合意した棚卸資産である不動産の価格は、一般に市場価格と考えられるが、仮に当該不動産の価格が鑑定評価額等を用いた公正な時価と乖離し高額な場合には、時価と取引価額との差額は買手から取引相手方(売手)への経済的利益の供与に該当し、寄附金として損金算入に制限がかかることとなる。また、買手が当該不動産を更に売却した場合には、その譲渡益の算定に際しては、取得価額(売上原価)は取引価額ではなく、それよりも低い「時価」になるものと考えられる。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q89】 「ベンチャーキャピタルファンドへの投資と株式譲渡に係る損益の通算」 PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 ベンチャーキャピタルファンドから得る株式の譲渡益に係る課税の取扱い (1) ベンチャーキャピタルファンドから得る株式の譲渡益に係る所得区分 個人投資家が投資するベンチャーキャピタルファンドは、一般に、投資事業有限責任組合として組成されます。ベンチャーキャピタルファンドは事業を立ち上げて間もない未公開企業の株式等に投資をすることが多く、その収益源は主に投資先企業の株式等の譲渡益です。 このようなファンド(投資事業有限責任組合)を通じて稼得する株式の譲渡による収益の所得税法上の所得区分について、国税庁が公表している文書回答事例「投資事業有限責任組合及び民法上の任意組合を通じた株式等への投資に係る所得税の取扱いについて」では、下記のすべての要件が充足され、かつ、投資組合契約書等に記載されている場合には、株式等の譲渡に係る雑所得(事業として行う場合は株式等の譲渡による事業所得)に該当することが明らかにされています(【Q34】参照)。 (2) ファンド決算書に記載された必要経費の取扱い 個人投資家は、ファンドから交付される決算書に基づいて確定申告することになりますが、上記(1)①から⑥の要件を充足して、ファンド内で生じる株式の譲渡益を株式等の譲渡に係る雑所得(株雑所得)として取り扱うことになる場合には、当該決算書に掲載されているファンド運営上の必要経費を、株雑所得の金額の計算上必要経費として控除するものと考えられます。 ファンド運営上の必要経費にファンドの無限責任組合員(GP)に対する管理報酬が含まれる場合は、ファンドから生じる所得の種類ごとに配賦する必要がありますが、前述の文書回答事例では、ファンドが投資する事業に対して投下した財産の額の比率によって当該管理報酬の総額を按分することが合理的な方法として示されています。つまり、株雑所得に配賦される金額は、管理報酬をファンドが投下する事業資産の合計額のうちに株式のキャピタルゲインを得ることを主たる目的とする事業に投下する資産の占める割合で按分するものと考えられます。 そして、未公開企業の株式等への投資というファンドの事業目的に鑑みると、ファンド内で毎事業年度に株式の譲渡収入が生じるとは限りませんが、株式の譲渡収入がない事業年度において生じる必要経費についても、株式等の譲渡収入を得るための必要経費であることには変わりがないことから、個人投資家の他の一般株式等の譲渡に係る雑所得から控除することも可能であると考えられます。 2 未公開企業の株式等の譲渡による譲渡所得等の損益通算 非上場株式等の譲渡による譲渡益は、「一般株式等の譲渡に係る事業所得、雑所得及び譲渡所得」として申告分離課税の対象となり、20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、地方税5%)の税率で課税されることになります。ファンド投資に係る株雑所得はこれに該当し、確定申告が必要です。 一般株式等の譲渡に係る譲渡損失は、他の一般株式等の譲渡益との損益通算は認められていますが、上場株式等の譲渡に係る譲渡益との通算は認められていません。 3 本件へのあてはめ ファンドから分配された収益は、当該ファンドが保有していた未公開企業の株式を他の企業に売却したことに伴うものとのことです。したがって、そのファンドが上記1(1)①から⑥の要件を充足することを前提とすると、当該収益は株雑所得に該当するものと考えられます。この場合、当該未公開企業の株式の譲渡に係る収入金額から、ファンド決算書におけるファンド運営に係る必要経費を控除して、所得の金額を計算することになります。 この株雑所得の金額は、他に一般株式等の譲渡に係る損失が生じている場合、例えば、他のベンチャーキャピタルファンド投資において未公開企業の株式に係る譲渡損失が生じた場合などには、その譲渡損失と損益通算することが可能ですが、同一年に上場株式の譲渡に係る損失が生じていたとしても、当該上場株式に係る譲渡損失と損益通算することは認められませんので注意が必要です。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第40回】 「外国税額控除が適用される時期」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 法人税法69条1項にいう、外国法人税を「納付することとなる」場合というのは、どのタイミングをいうのでしょうか。 〔A〕 平成27年の東京地裁判決において、控除の対象となる外国法人税に係る租税債務の確定の時点を基準として、我が国の外国税額控除制度の適用の可否を判断するということが改めて確認されました。 ●●●〔解説〕●●● 1 外国税額控除制度について (1) 外国税額控除制度の趣旨 法人税法69条1項は、内国法人が各事業年度において外国法人税を納付することとなる場合には、一定の方法により計算した金額を限度として、その外国法人税の額を当該事業年度の所得に対する法人税の額から控除する旨を定めており、同外国税額控除の制度は、我が国の企業の海外における経済活動の振興を図るという政策的要請の下に、国際的二重課税を防止し、海外取引に対する課税の公平と税制の中立性を維持することを目的として設けられた制度である(下線筆者)。 (2) 控除限度超過額及び控除余裕額の繰越し 内国法人が納付することとなる控除対象外国法人税の額が当該事業年度の控除限度額と地方税控除限度額の合計額を超える場合、前3年内事業年度の控除限度額のうち当該事業年度に繰り越される部分(国税又は地方税の控除余裕額)があるときは、その繰越額を限度として、その超える部分の金額を当該事業年度の所得に対する法人税の額から控除する(法法69②)。 また、控除対象外国法人税の額が当該事業年度の控除限度額に満たない(控除余裕額が生じた)場合、その前3年内事業年度において納付することとなった控除対象外国法人税の額のうち当該事業年度に繰り越されている部分(繰越控除対象外国法人税額)があるときは、控除余裕額を限度として、その繰越控除対象外国法人税額を当該事業年度の所得に対する法人税の額から控除する(法法69③)。 以下では、法人税法69条1項にいう、外国法人税を「納付することとなる」の意義について争われた事例を取り上げる。 2 過去の裁判例 ➤《東京地裁平成27年10月8日(平成25年(行ウ)第685号)》(TAINSコード:Z265-12732) ➤《東京高裁平成28年7月14日(平成27年(行コ)第381号)》(TAINSコード:Z266-12881)(棄却・確定) (1) 事案の概要 本件は、内国法人X(原告・控訴人)が、保有する中国企業A社の出資持分を台湾に所在するB社に売却し、これによって得た譲渡益に対して中国において課されることとなる中国企業所得税額を当時の法人税法69条1項に定める外国税額の控除の規定により平成23年2月期(本件事業年度)の法人税の額から控除して確定申告したところ、所轄税務署長Yが、本件中国企業所得税額については、本件事業年度において外国税額控除の規定を適用できないとして、更正処分等をしたことから、Xが各処分の取消しを求めた事案である。 Xは当初A社の70%の出資持分を有していたところ、平成22年7月5日付で、その50%を1,190万米ドルでB社又はその子会社に売却する契約を締結し、平成22年12月2日、B社が間接に支配するC社(香港に所在)から同額の支払を受けた。 次に、Xは、平成22年12月9日付で、A社から中国企業所得税相当額として89万米ドル(※1)の請求を受けたため、同月15日に上記金額を送金した。その後、A社は、平成24年1月13日、Xの譲渡所得について、上海の税務機関に対し、我が国の納税申告書に相当する中国企業所得税源泉徴収報告表を提出し、同月18日、同税額を納付した(※2)。 (※1) 同額は、譲渡対価である1,190万米ドルから譲渡原価の300万米ドルを控除した残額に、軽減された中国企業所得税率10%を乗じて求められたものである。 (※2) A社による申告納付が遅れた理由について、Xは、「A社の督促にもかかわらず、上海の税務機関が本年度は予算を十分達成したから申告納付しなくてもよいと言ってきたからであり、その時点で税務機関は課税権やその額を掌握し、A社は逃れようがなかった」と主張している。 (2) 中国税法による課税関係 出資持分譲渡によりXに生じた所得は、企業所得税の対象とされ(企業所得税法(以下「中国企業法」という)3条及び企業所得税法実施条例(以下「中国条例」という)6条)、A社の所在地が中国国内であることから、中国国内源泉所得に該当する(中国条例7条3号)。 中国の非居住者企業であるXが取得する中国国内源泉所得に係る企業所得税の課税方法については、原則として、源泉徴収の方法によるが(中国企業法37条)、源泉徴収義務者が法に基づき源泉徴収を行っていない場合又は源泉徴収義務を履行できない場合、非居住者企業は源泉徴収義務者の支払日又は支払うべき支払期限から7日以内に、所得の発生地の管轄税務機関に企業所得税を申告納付しなければならず(非居住者企業所得税源泉徴収管理暫定弁法(以下「中国源泉法」という)15条1項)、持分譲渡取引の双方がともに非居住者企業で、中国国外で取引する場合、所得を取得する非居住者企業が自ら又は代理人に委託して、持分が譲渡された国内企業の所在地の管轄税務機関に申告納付しなければならないとされている。 本件出資持分譲渡は非居住者企業間の取引に当たり、また、その対価の支払が、いずれも中国の非居住者企業であるC社とXとの間で行われていることからすれば、中国国外で行われたものといえ、Xの譲渡所得に係る企業所得税については、申告納税の方法による課税がされることになる(中国源泉法15条2項)。 (3) 争点及びXの主張 本件の争点は、本件更正処分の適否であり、具体的には①外国法人税を「納付することとなる」の意義、及び②本件事業年度において本件中国企業所得税に係る租税債務が確定したか否かである(他の争点は省略)。 Xは、「納税義務の確定を要する場合は納税義務の確定という用語を使うはずである。しかるに、法人税法69条1項は『納付することとなる場合』という表現をしているから、文理解釈上、納税義務の確定とは違う意味に解釈するべきである。」、あるいは「確定という手続の目的は、税額を確定させることによって税額の納付・徴収の段階に進むことを可能にすることにあるから、課税要件である事実が明白で税額の計算が容易であるとき、すなわち、①租税債務が成立して、②課税要件である事実が明白で、③税額の計算が容易であるときは、納付すべき税額の確定の手続を要しないところ、本件では、租税債務が成立していて、株式譲渡の内容が、法規の定めに基づいて出資持分譲渡対象会社であるA社によって中国税務機関に届けられているから、中国税務機関にとって課税要件事実は明白であり、また、所得及び税額の計算方式が法規で定められていて税額の計算が容易であった。したがって、この時点で『納付することとなった』と解して差し支えない。」などと主張した。 (4) 裁判所の判断 本件第一審である東京地裁は、本件各処分はいずれも適法であるとし、Xの請求を棄却した。Xはこれを不服として控訴したが、控訴審である東京高裁も原判決を一部補正した上で、その判断を支持した、以下判決文を引用する。 ① 外国法人税を「納付することとなる」の意義について ② 中国企業所得税に係る租税債務の確定時期について ③ 控訴審におけるXの主張の排斥 3 検討 所得の発生時期と納税債務の確定のタイミングは通常一致しないが、上記2(4)①のとおり、我が国外国税額控除制度では、外国法人税の対象となる所得の発生年度に遡って(国内外における所得の発生とタイミングを一致させて)税額控除するのではなく、タイミングが不一致であることを前提として、あくまで「納付」の時点で、我が国における二重課税の調整を認める仕組みが採用されている(※3)。 (※3) 青山慶二「最近の判例から見る国際課税に関する課税のリスク 第10回:外国税額控除が可能とされる時期」(TKC税情2018年4月)52頁参照。 そのため、かかる不一致を解消する手段として、控除限度額及び控除余裕額の3年間の繰越しの規定が設けられているのである(上記1(2)参照)。なお、我が国では、所得課税については確定申告等により税額が確定するとされている(通則法17条)が、外国法人税の税額確定時期を規定する国内法は存在しない。 Xは平成22年12月15日付で、A社に89万米ドルを送金したことをもって、法人税法69条1項にいう「納付することとなる」と解したものと考えられるが、上記(※2)の事情があり、実際に中国当局へ申告したのは送金から13ヶ月後となった。 したがって、結論的にいえば、Xは本件事業年度の確定申告では、外国税額控除の控除余裕額を計算し、翌事業年度に繰り越した上で、翌事業年度において、当該繰越控除余裕額を、確定した控除対象外国法人税額に充当すればよかったものと思われる。しかしながら、中国における上記の事情を逐一我が国で把握するのは容易ではなく、その意味で、納税者に酷な事例であったといえる。 (了)