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プロフェッションジャーナル No.558が公開されました!~今週のお薦め記事~

2024年2月29日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.558を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2024/02/29

谷口教授と学ぶ「税法基本判例」 【第35回】「更正の請求の排他性の意義と問題」-最判昭和57年2月23日民集36巻2号215頁の「光」と「影」-

谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第35回】 「更正の請求の排他性の意義と問題」 -最判昭和57年2月23日民集36巻2号215頁の「光」と「影」-   大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫   Ⅰ はじめに 前回までは納税申告義務の履行担保措置としての加算税に関する判例を3回にわたり検討したが、本連載の基本方針(第1回Ⅰ参照)に基づき拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)における叙述の順に従って、今回からは納税申告等の過誤是正措置としての更正の請求に関する判例を検討することにする。 納税申告の過誤是正について、確立した判例によれば、「確定申告書の記載内容の過誤の是正については、その錯誤が客観的に明白且つ重大であつて、前記所得税法の定めた方法以外にその是正を許さないならば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ、所論のように法定の方法によらないで記載内容の錯誤を主張することは、許されないものといわなければならない。」(家督相続「錯誤」申告事件・最判昭和39年10月22日民集18巻8号1762頁。以下「昭和39年最判」という。これについて第31回参照)とされている。 上記判示にいう「前記所得税法の定めた方法」ないし「法定の方法」すなわち修正申告及び更正の請求によらずに納税申告の過誤を是正することは原則として許されないこと(修正申告及び更正の請求の原則的排他性)は、修正申告については弊害を生じさせるものではない。というのも、修正申告は納税者にとって不利な是正であり、そのような是正のための他の方法が排除されても納税者にとって不都合はなく、しかも修正申告は納税義務の消滅時まではいつでも行うことができる(前掲拙著【124】、清永敬次『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)234頁参照)からである。 これに対して、更正の請求の原則的排他性は、本来、国税通則法上は修正申告の場合と同じく納税義務の確定手続のレベルでの排他性(確定手続法的排他性)である(前掲拙著【131】参照)にもかかわらず、納税者の権利救済(不服申立て及び訴訟という正式の権利救済手続による権利救済)にとって障害となる考え方に帰結することがある。そのような考え方は、更正の請求の原則的排他性に関する昭和39年最判の延長線上において最判昭和57年2月23日民集36巻2号215頁(以下「昭和57年最判」という)から導き出され、これによれば特別の更正の請求(税通23条2項等)についても妥当するものとされている。特別の更正の請求は、昭和45年改正によって、「期限内に[減額更正を請求する]権利が主張できなかつたことについて正当な事由があると認められる場合の納税者の立場を保護するため」(税制調査会「税制簡素化についての第三次答申」(昭和43年7月)54頁)定められたものである(今回は特別の更正の請求も含め更正の請求を「納税申告等の過誤是正措置」という)。 今回は昭和57年最判の前記のような側面を「影」の側面(否定的に評価すべき側面)とみて検討することにする。ただ、同最判には「光」の側面(肯定的に評価すべき側面)も認められるので、まず、同最判の内容を概観しながら、「光」の側面についてもみておくことにする。   Ⅱ 昭和57年最判の内容とその「光」の側面 昭和57年最判は、青色申告の承認の取消処分が取り消された場合における納税申告等の過誤是正措置について、次のとおり判示した(下線・【】内筆者)。 更正の請求の排他性は上記判示中の下線部❸で説示されているが、これに関する検討は後のⅢで行うこととして、ここでは、下線部❶及び❷の説示について、これらを昭和57年最判の「光」の側面とみて、若干のコメントを加えておくことにする。 まず、前記下線部❶の説示については、課税庁による確定権の行使を課税庁の権限(課税処分権)とみるだけでなく、国庫に有利不利にかかわらず税法上の義務(課税処分義務)とみる考え方(村上敬一「判解」最判解民事篇(昭和57年度)150頁、168頁参照)を説くものとして、「未必所得」課税額不当利得返還請求事件・最判昭和49年3月8日民集28巻2号186頁(第29回)の、下記の囲み内で引用した判示(下線筆者)と同じく、租税法律主義の債務関係説的構成(拙著『税法創造論』(清文社・2022年)16-20頁[初出・2020年]参照)の下での納税義務の確定の債務関係説的構成(同845-849頁[初出・1995年]参照)、申告納税制度の相互チェック構造(同855-856頁[初出・1995年]参照)等の観点から、高く評価すべきである(前掲拙著『税法基本講義』【132】参照。課税処分を手続法上権利義務の関係に基づき構成することについては手続的保障原則(同【27】)の観点が重要である)。ここでいう課税処分義務は、行政府の側からみて「司法府なるが故になしうる法創造」(小松芳明「判批」判評285号(1982年)9頁、12頁)の産物とみるべきものではなく、実定税法上の納税義務の確定の観念に基づく実定法的義務とみるべきものである。 もっとも、金銭債権の後発的貸倒れの場合について特別の更正の請求を認める規定が定められていなかった法状態を前提とする上記判示と比較すると、昭和57年最判は特別の更正の請求が定められており納税者がこれを行うことができた法状態を前提として前記判示を行ったものである点には、注意しておくべきである(この点について村上・前掲「判解」164-165頁参照)。更正の請求の排他性は、当然のことながら、更正の請求を認める規定が存在することを前提として、観念されるものである。 次に、前記下線部❷の説示は、青色申告の承認の取消処分が取り消された場合において特別の更正の請求の許容性を認めてはいるが、その許容性が国税通則法23条2項のいずれの号所定の理由に基づくものであるかは明示していない。 この点について、昭和57年最判の調査官解説は、課税庁による青色申告承認取消処分の取消しについては国税通則法施行令6条1項1号該当性を、青色申告承認取消処分の判決による取消しについては同法23条2項1号該当性をそれぞれ肯定する見解を示し(村上・前掲「判解」169-170頁参照)、「仮にそのように解することに無理があるとすれば、これらの規定の類推解釈によってこれを肯定することも一つの方法であると思われる。」(同170頁)と述べつつも、「本件上告審判決は、右のような青色承認取消処分が右法条のいずれに該当するかを判示することを敢えて避けて、疑義のないような形での政令の改正を期待していると考えるべきであろうか。」(同171頁)とも述べている。 いずれにせよ、「本判決[=昭和57年最判]の先例としての意義は、なによりも、本件の場合に国税通則法23条2項による更正の請求が認められる旨を判示したことにある。これは、後発的理由による更正の請求の範囲を、従来一般に考えられてきたところよりも著しく拡大するものである。」(金子宏「判批」ジュリスト807号(1984年)109頁、110頁)と評されている。筆者としても、「最高裁が現行税法上の特別の更正の請求可能事由を限定列挙と解するのではなく、特別の更正の請求制度の趣旨に適合する場合には、法定事由以外の事由に基づいて特別の更正の請求をすることを認めたことの現れ」(前掲拙著『税法創造論』868-869頁[初出・1995年])と解し、その点においても昭和57年最判を高く評価するところである。 もっとも、昭和57年最判が青色申告の承認の取消処分が取り消された場合において特別の更正の請求の許容性を認めたのは、「このような場合における納税者の救済はもつぱら右更正の請求によつて図られるべきであ[る]」(前記下線部❸)として更正の請求の排他性を判示するための前提判断であるとみるべきであるように思われる。というのも、前記調査官解説は、更正の請求の排他性について述べた後、続けて「問題は、課税庁が青色承認取消処分の取消しすなわち青色承認回復処分をしたことが国税通則法23条2項各号又は同法施行令6条1項各号所定の更正の請求をすることができる事由のいずれかに該当するかどうかである」(村上・前掲「判解」169頁)として問題を提起するが、もしこの問題につきいずれの事由にも該当しないとして更正の請求の許容性を否定するならば、更正の請求の排他性は立論できなくなるように思われるからである。そうすると、昭和57年最判のうち前記下線部❷の「光」の側面には、次のⅢで述べるような前記下線部❸の「影」の側面(抗告訴訟による権利救済の排除という更正の請求の排他性の問題)を「ぼやかす」あるいは「見えなくする」意味があるようにも思われる。 この点について付言しておくと、特別の更正の請求の許容性に関する前記下線部❷の説示は、前記下線部❶で説示されている課税庁の課税処分義務が職権で履行されない場合を前提とする説示であることからすると、結局のところ、前記下線部❶及び❷の説示はともに更正の請求の排他性に関する前記下線部❸の説示を導き出すためのいわば「布石」として行われた説示であると解される。そうすると、昭和57年最判を全体としてみれば、前記下線部❶及び❷の説示に認められる「光」の側面を前記下線部❸の「影」の側面と切り離して評価することはできないことに留意すべきであろう。   Ⅲ 昭和57年最判の「影」の側面 1 更正の請求の排他性の意義と問題 前記下線部❸は、更正の請求の排他性について判示しているが、その後半で「課税処分についての抗告訴訟において右のような事由を無効又は取消原因として主張することはできないものというほかはない」と説示していることからすると、その判示における排他性は、取消訴訟の排他性と同じく、訴訟手続のレベルでの排他性(訴訟法的排他性)を意味するものと解される。次の調査官解説(村上・前掲「判解」171頁。下線筆者)も同様の理解に基づくものであると解される。 昭和57年最判の下級審段階では、上記調査官解説にいう「後発的事由と抗告訴訟との関係」をめぐって「従前必ずしも十分な議論が尽くされてはいなかった」(村上・前掲「判解」156頁)ため様々な議論がされたが(差し当たり同156-167頁参照)、結局のところ、同最判は、上記調査官解説にいう「一般的行政救済制度としての抗告訴訟と個別的行政救済制度としての更正の請求との制度的な考察」を前提として、更正の請求の排他性を判断根拠として援用したものと解される。その「制度的な考察」は、「現行法の行政救済制度の基本的な仕組み」(村上・前掲「判解」167頁)にまで立ち返って、更正の請求の排他性の意義を明らかにするものであり、昭和57年最判の「影」の側面を検討する上で大いに示唆に富むものであるから、若干長くなるが関連部分を以下に引用しておこう(同167-169頁。下線筆者)。 以上の調査官解説で述べられている見解によれば、「現行法の行政救済制度の基本的な仕組み」(村上・前掲「判解」167頁)は、「後発的事由と抗告訴訟との関係」(同171頁)に関しては、「一般的行政救済制度としての抗告訴訟と個別的行政救済制度としての更正の請求」(同頁)によって構成されており、しかも両者の関係については(特別法が一般法に優先するが如く)後者が前者を排除すること(更正の請求の排他性)が認められることになる。 しかし、そのように即断してよいかどうかについてはなお検討を要するように思われる。昭和57年最判については、正当にも、「更正の請求の制度を全体としてみた場合、取消訴訟などの他の方法による救済を必ずしも全く排除しているとも思えないことからも、本判決[=昭和57年最判]が更正の請求によることができるとしている点には問題はないが、更正の請求によってのみ救済を求めることができるとしている点については、まだ議論の余地が残されているように思われる。」(清永敬次「判批」民商87巻3号(1982年)403頁、413-414頁)と指摘されているが、この指摘を正当と考えるのは、更正の請求の排他性には納税者の権利救済の観点からみて看過できない問題があるからである。 この点については、昭和57年最判の原原審・東京地判昭和50年5月6日行集26巻5号683頁に関する評釈の中で、「Xが更正の請求を申請していない本件の場合には、かりにこの制度を本件に拡張して適用できるとしても、それを理由に、Xに、他の救済手段を一切認めないとすれば、Xに過大な負担と危険を追わすものであって、到底承認されないであろう。」(阿部泰隆「判批」判評203号(1976年)16頁、18頁)と指摘されていたが、昭和57年最判についても、「本件の青色申告承認取消処分の取消が行われた当時は、後発的理由による更正の請求について、法律論の角度からは殆んど議論らしい議論が行われておらず23条2項1号の解釈としては、前述の課税要件事実説の考え方[=この規定にいう『事実』を課税要件事実と解する見解]が当然のことのように受け入れられていたのではなかったかと思われる。とすると、更正の請求が認められることを理由に他の救済の手段を否定するのは、納税者にいささか酷なのではなかろうか。」(金子・前掲「判批」111頁)との指摘がみられるのである。 要するに、「更正の請求による救済は、かなり限定されたものにとどまるから、課税処分の違法一般という広範な取消事由を包括した訴訟物を内容とする・・・・・・取消訴訟の効用は、なお失われるものではないのである。」(小松・前掲「判批」11頁)という指摘は正鵠を射たものである。この指摘は、平成23年度の国税通則法改正による更正の請求の権利救済機能の拡充(前掲拙著『税法基本講義』【132】参照)後においても、「この更正の請求の原則的排他性は依然として、納税者が減額更正を求める際に、立ち塞がっている。」(伊澤祐馬「判批」税72巻2号(2017年)227頁、234頁)ことから、妥当するであろう。 いずれにせよ、更正の請求の排他性の問題は、根本的には、更正の請求を「行政救済制度」として抗告訴訟と同列に(「個別的」と「一般的」との区別はしつつ)位置づけ、その排他性を訴訟法的排他性として性格づけ、もって(特別法が一般法に優先するが如く)抗告訴訟による権利救済を排除する点に存すると考えるところである。 ただ、前記の調査官解説が説くところをベースにして考えると、「いわゆる後発的瑕疵ある行政処分について一般的な行政救済制度によって救済しなければならない場合」(村上・前掲「判解」167頁)というような「まれな場合」(同頁)に限っていえば、「行政救済制度の基本的体系や条文の文理を無視してまで抗告訴訟の途を開くべきもの」(同168頁)としなくても、更正の請求の排他性はそのような限定的な範囲でしか問題にならないであろう。そのような限定的な範囲であれば、前記の調査官解説の説くように更正の請求の排他性の問題よりも「行政救済制度の基本的体系や条文の文理」(同頁)を重視して、「本判決[=昭和57年最判]の考え方は、それなりに一つの考え方として成立し得るものであることは否定できない。」(清永・前掲「判批」414頁)といってもよかろう。 しかし、昭和57年最判が抗告訴訟による権利救済の途を排除するための根拠として援用した更正の請求の排他性は、その後、同最判の判断対象であった上記の「まれな場合」を超えて、別の場合においてより一般的な形で納税者の権利救済の障害となる考え方の中で、新たに展開された。その考え方は、納税申告に対する増額更正処分の取消訴訟において当該申告額を超えない部分については、当該申告に対して更正の請求をしていない場合は、訴えの利益を欠くものとして訴えの却下を認めるというもの(これを筆者は「条件付却下説」と呼んでいる。前掲拙著『税法創造論』1025頁[初出・2016年]参照)であるが、この考え方については、次の2で検討することにする。 2 条件付却下説による「影」の拡散 条件付却下説は、昭和59年12月に司法研修所から司法研究報告書第36輯第2号として発行された『租税訴訟の審理について』の中で昭和57年度司法研究員(泉徳治、大藤敏、満田明彦の各東京地方裁判所判事)が次のとおり説いたものである(同報告書43-44頁(同報告書の最新版・泉徳治=大藤敏=満田明彦『租税訴訟の審理について〔第3版〕』(法曹会・2018年)51-53頁がほぼ同文)。下線筆者)。 条件付却下説それ自体に関する検討は既に別稿(「課税処分取消訴訟に係る訴えの利益と更正の請求の排他性」税法学575号(2016年)135頁(前掲拙著『税法創造論』1022頁所収))で行ったので、その検討結果については同稿を参照していただくこととして、以下では昭和57年最判との関連において同説の問題を指摘しておくことにする。 昭和57年最判は、確かに、抗告訴訟による権利救済の途を排除するための根拠として更正の請求の排他性を援用しているが、それは、抗告訴訟の「行政処分に対する司法審査の事後審査性という基本的性格」(村上・前掲「判解」167頁)に鑑み、「抗告訴訟において処分後の後発的瑕疵を処分の違法事由として主張すること」(同頁)を否定し、抗告訴訟による権利救済の途を「課税庁がこの請求[=後発的事由による更正の請求]を理由がない旨の決定をしたとき」(同169頁)に限定するためであると解される。 しかし、そうであれば、上で引用した『租税訴訟の審理について』が条件付却下説を立論するに当たって、昭和57年最判が「更正の請求の排他性を強調していること」を「参考」にするのは、「筋違い」であるように思われる。というのも、増額更正処分に対する取消訴訟において当初の申告額を超えない部分について訴えの利益を認めても、当該処分が全体として行政庁の第一次的判断権の行使を経て行われた行政処分である以上、抗告訴訟の「行政処分に対する司法審査の事後審査性という基本的性格」(村上・前掲「判解」167頁)に反することにはならないからである。 そうすると、昭和57年最判が判示した更正の請求の排他性について前記1で認めた根本的な問題性(抗告訴訟による権利救済の排除に帰結すること)は、同最判の論理からすれば「筋違い」とはいえ、条件付却下説において装いを新たに展開され、その結果、同最判の「影」の側面が拡散されたことになったといえよう。   Ⅳ おわりに 以上、今回は、納税申告等の過誤是正措置としての更正の請求について、昭和39年最判で確立され、昭和57年最判で「後発的事由と抗告訴訟との関係」(村上・前掲「判解」171頁)に関して展開された更正の請求の排他性の観念に焦点を絞って、昭和57年最判の「光」と「影」の両側面について検討した。 昭和57年最判を全体としてみると、「光」の側面(課税庁の課税処分義務及び特別の更正の請求の許容性)は、「影」の側面である更正の請求の排他性の問題(抗告訴訟による権利救済の排除)を「ぼやかす」あるいは「見えなくする」意味をもつようにも思われる。この点にも、昭和57年最判が判示した更正の請求の排他性が、その後、条件付却下説において「筋違い」な形で展開され、その問題性が拡散された原因の少なくとも一端があるように思われる。 (了)

#No. 558(掲載号)
#谷口 勢津夫
2024/02/29

〈令和5年度改正及び改正通達を踏まえた〉生前贈与加算・相続時精算課税制度のポイント 【第1回】「生前贈与加算制度の見直し」

〈令和5年度改正及び改正通達を踏まえた〉 生前贈与加算・相続時精算課税制度のポイント 【第1回】 「生前贈与加算制度の見直し」   太陽グラントソントン税理士法人 パートナー 税理士 佐藤 達夫   令和5年度税制改正において、「相続開始前に暦年課税による贈与があった場合の相続税の課税価格への加算対象期間等」及び「相続時精算課税制度」について見直しがされ、令和5年12月1日付で(ホームページ掲載日は12月8日)、この改正に関連する相続税法基本通達等の一部改正が国税庁より公表された。 本連載では、これらの改正について全4回にわたって解説を行う。 【第1回】となる本稿では、「生前贈与加算制度の見直し」について確認する。   1 改正の背景 「相続税・贈与税に関する専門家会合」において「資産移転の時期の選択により中立的な税制の構築に向けた論点整理(令和4年11月)」が取りまとめられ、「中期的な課題」と「当面の対応」に分けて論点が整理され、「当面の対応」をもとに令和5年度の税制改正が行われた。 上記を受け、令和5年度税制改正において、より中立的な税制の構築として、資産移転の時期の選択について、次のとおり見直しが行われた。 (1) 相続開始前に暦年課税による贈与があった場合の相続税の課税価格への加算対象期間等の見直し 被相続人から生前贈与により取得した財産が相続財産に加算される期間が、相続開始前3年以内から7年に延長された。なお、延長された4年間において贈与により取得した財産については、その贈与財産の合計額から100万円を控除した残額を加算することになる。 (2) 相続時精算課税制度の使い勝手の向上 相続時精算課税を選択した受贈者の贈与税額の計算においても、基礎控除110万円を控除することが可能となった。相続税の課税価格へ加算する金額は、贈与年ごとに財産の価額から110万円を控除した残額を加算することになる。   2 相続開始前に暦年課税による贈与があった場合の相続税の課税価格への加算対象期間等の見直し (1) 改正の内容 相続又は遺贈により財産を取得した者が相続開始前7年以内(改正前:3年以内)に、その相続に係る被相続人から贈与により財産を取得している場合には、その被相続人から贈与により取得した財産(その取得した日の属する年分の贈与税の課税価格計算の基礎に算入されるものに限る。以下「加算対象贈与財産」という)の価額を相続税の課税価格に加算した価額を相続税の課税価格とみなし、相続税額が計算される。 そして、加算対象贈与財産の取得につき課せられた贈与税があるときは、相続税額から贈与税額を控除した金額を納付する(相法19①)。 なお、加算対象贈与財産の価額は、次に掲げる区分に応じ、それぞれ次の金額となる(相基通19-1)。 上記②の100万円の控除は、被相続人から贈与により財産を取得した者ごとに100万円を控除することができる。 また、相続税額から控除する贈与税については、次の点に留意する必要がある。 〈暦年課税における相続開始前の贈与加算〉 (2) 適用時期 この改正は、令和6年1月1日以後に贈与により取得する財産に係る相続税について適用される。 なお、加算対象贈与財産及び加算対象贈与財産のうち「相続の開始前3年以内に取得した財産以外の財産(※1)」は、相続又は遺贈により財産を取得した者に係る次に掲げる日の区分に応じ、これらの財産ごとにそれぞれに掲げる期間において贈与により取得した財産になる(改正法附則19①~③、相基通19-2)。 (※1) 「相続の開始前3年以内に取得した財産以外の財産」については、その財産の価額の合計額から100万円を控除した残額が相続又は遺贈により財産を取得した者の相続税の課税価格に加算されることになる。 (※2) 相続又は遺贈により財産を取得した日が令和9年1月1日である場合には、その相続に係る「相続の開始前3年以内に取得した財産以外の財産」に係る期間はない。 〈加算期間の経過措置〉   3 実務上のポイント 令和6年1月1日以降の贈与についての実務上のポイントは、次のとおりである。   (了)

#No. 558(掲載号)
#佐藤 達夫
2024/02/29

〔令和6年3月期〕決算・申告にあたっての税務上の留意点 【第4回】「「学校法人設立のための寄附金の損金算入制度の創設」「一定の内国法人が支払いを受ける配当等の見直し」「インボイス制度の開始」「令和6年能登半島地震に係る措置」」

〔令和6年3月期〕 決算・申告にあたっての税務上の留意点 【第4回】 (最終回) 「「学校法人設立のための寄附金の損金算入制度の創設」「一定の内国法人が支払いを受ける配当等の見直し」「インボイス制度の開始」「令和6年能登半島地震に係る措置」」   公認会計士・税理士 新名 貴則   令和5年度税制改正における改正事項を中心として、令和6年3月期の決算・申告においては、いくつか留意すべき点がある。本連載では、その中でも主なものを解説する。 【第3回】は「中小企業者等の法人税の軽減税率の特例の延長」、「「中小企業投資促進税制」の見直しと延長」、「「中小企業経営強化税制」の見直しと延長」及び「特定の資産の買換え等の特例の見直しと延長」について解説した。 【第4回】は「学校法人設立のための寄附金の損金算入制度の創設」、「一定の内国法人が支払いを受ける配当等の見直し」、「インボイス制度の開始」及び「令和6年能登半島地震に係る措置」について解説する。   1 学校法人設立のための寄附金の損金算入制度の創設 大学等を設置しようとする学校法人等の設立のための、企業による寄附を促進するため、一定の要件を満たす寄附金については全額損金算入とする制度が、令和5年度税制改正により創設された。 学校法人を新設するための団体に対して企業が寄附を行う場合、以下の全ての要件を満たす寄附金は、指定寄附金として全額損金算入となる。 この制度は令和5年4月1日以後に支出された寄附金に適用されるので、令和6年3月期の決算申告においては適用が開始されている。   2 一定の内国法人が支払いを受ける配当等の見直し 令和4年度税制改正により、一定の内国法人(※)が配当等の支払いを受ける場合、次に該当する配当等については所得税を課さないこととされ、所得税の源泉徴収を行わないこととされた。 (※) 一定の内国法人とは、次の法人以外の内国法人のことである。 この改正は、令和5年10月1日以後に支払いを受けるべき配当等について適用されるので、令和6年3月期決算申告においては適用が開始されている。   3 インボイス制度の開始 ① 適格請求書等保存方式 令和5年10月1日から適格請求書等保存方式、いわゆるインボイス制度が開始している。インボイス制度下では、原則として適格請求書等の保存が仕入税額控除の要件となる。したがって、適格請求書発行事業者以外からの課税仕入れについては、原則として仕入税額控除が認められない。 しかし、インボイス制度の適用開始から6年間は、適格請求書発行事業者以外の者からの課税仕入れに係る、仕入税額相当額の一定割合に限り仕入税額控除が認められている。 ② 税額の計算方法(割戻し計算と積上げ計算) 消費税額を計算する方法には、割戻し計算と積上げ計算の2つがあるが、インボイス制度下において、売上税額と仕入税額の計算における計算方法の組合せは次の通りである。 ③ 2割特例(小規模事業者に係る税額控除に関する経過措置) 令和5年10月1日から令和8年9月30日までの日の属する各課税期間において、免税事業者が適格請求書発行事業者となる場合には、消費税の申告について簡易に計算できる経過措置(2割特例)が設けられている。具体的には、売上げに係る消費税額に対して、80%を乗じた金額を仕入控除税額とする特例である。 事前の届出が不要で継続適用の制限もなく、申告書に2割特例の適用を受ける旨を付記することで適用が可能である。 ④ 具体的な経理処理の注意点 インボイス制度の適用を受けて、日々の経理処理にも次のような影響が生じるので、注意が必要である。 (※) 軽減税率の適用対象である場合は108分の8   4 令和6年能登半島地震に係る措置 令和6年能登半島地震の発生を受けて、石川県及び富山県を対象に、国税に関する申告、申請、納付等の期限が延長されている。 石川県及び富山県以外に納税地がある方でも、今回の地震で被災し申告・納付等ができない場合には、所轄の税務署に申請することで申告・納付等の期限の延長を受けることができる。 (連載了)

#No. 558(掲載号)
#新名 貴則
2024/02/29

暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第37回】

暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第37回】   東洋大学法学部准教授 泉 絢也   9 暗号資産の節税コンサルティングの被害と損害賠償 暗号資産の節税コンサルティング会社に節税スキームを依頼したら、実際には節税効果のないものであったため、当該会社の代表取締役を相手取り、損害賠償請求訴訟を提起したという事案を確認する。 (1) 事案の概要 本件は、節税スキームと称するものを掲げて、仮想通貨のコンサルティングサービスを提供するLSIホールディングス株式会社(以下「LSI」という)に節税の手法に関する業務委託料を支払った原告が、当該手法は違法な脱税であり、LSIの代表取締役を務める被告は、同社において、それを合法であるとの虚偽の説明をして、顧客に業務委託料を支払わせる事業を行うという任務懈怠行為に及んだと主張して、被告に対し、会社法429条1項(※)に基づく損害賠償として、次のとおり支払いを求める事案である。 (※) 役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負うことを定める規定 (2) 事実関係 LSIの業務内容等は次のとおりである。 節税に関するコンサルティングと称しているが、実際には節税の効果はないスキームを顧客に提供していたようである。顧客がLSIに振り込む資金をLSI自身が用意していたこともあるという点からして不自然な取引であることは明らかである。 このようなLSIに対して、原告は、次の経緯により、業務委託を依頼した。 原告は、平成29年分所得税等の確定申告をB会計士に依頼して行い、その確定申告において、本件請求書に基づき8,000万円を経費として計上している。 ただし、原告は、平成30年8月、国税局の調査を受け、令和元年6月、本件請求書記載の8,000万円を経費として計上しない内容で平成29年分所得税等の修正申告をした。 平成30年以降に業務委託をしたにもかかわらず、請求書の日付を遡及して平成29年の確定申告の経費として8,000万円を計上し、その8,000万円はLSIが用意しているので、合法的な節税スキームではないことは明らかである。 (3) 裁判所の判断 東京地裁令和3年3月23日判決(判例集未登載)は、次のとおり述べて、原告は、約1,482万円の5割に当たる約741万円及びこれに対する不法行為の日(原告がコンサルティング料を支払った日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを請求することができると判断した。 本判決は、被告の悪意又は重過失による任務懈怠の有無について、次のとおり述べて、被告には少なくとも重大な過失があるとした。 また、本判決は、原告は、本件スキームをLSIに依頼し、コンサルティング料として1,347万8,400円を支払ったことからすれば、被告の任務懈怠行為により1,347万8,400円の損害を被ったこと及び本件事案の難易、認容額等に照らすと、弁護士費用相当損害金として134万7,840円を認めるのが相当であるとした。 他方、本判決は、次の点を指摘して、原告にもLSIに節税に関するコンサルティング業務を依頼したことにつき相当の過失が認められ、原告の過失割合を5割として過失相殺するのが相当であるとした。 納税者としては、たとえ税の専門家ではないとしても、不自然・不合理な事実に目をつぶり、自分にとって都合の良い点のみに着目して、適正申告のための細心の注意を払わずに、この種の節税スキームに手を出すことは控えるべきである。 申告納税制度のもとで、納税者にはその責任を主体的に果たすことが期待されている。 (4) 類似事案における重加算税の賦課 第34回の6と第36回の8で紹介した国税不服審判所令和4年3月23日裁決(裁決事例集未登載:TAINSコードF0-1-1362)では、納税者が本件法人(LSI)との間で同様の取引を行い、暗号資産の取引による所得を申告していなかったところ、同裁決は、次のとおり述べて、無申告加算税に代えて、重加算税を課することが相当であると判断している。   (了)

#No. 558(掲載号)
#泉 絢也
2024/02/29

学会(学術団体)の税務Q&A 【第2回】「資格の受験料等のインボイス対応」

  学会(学術団体)の税務Q&A 【第2回】 「資格の受験料等のインボイス対応」   公認会計士・税理士 岡部 正義   ▲▼▲[解説]▲▼▲ 1 インボイスの交付義務について 適格請求書発行事業者は、インボイスを交付する義務があるが、インボイスの交付義務とは、他の課税事業者から交付を求められたときに交付する義務であり(消法57の4①)、課税事業者以外の者に対してインボイスを交付する義務はない。そのため、事業者でない個人や免税事業者に対しては、インボイスを交付する義務はない。 学会の資格制度における受験者等は、個人として受験・申請(以下、「受験等」という)しているケースが多く、そもそも事業者ではないため、インボイスを必要としていないケースも多い。他方で、個人としての受験等ではなく、所属する組織の一員として受験等を行い、受験料等も所属する組織が負担するような場合、インボイスを必要としている可能性もある。 そのため、受験者等の大部分がインボイスを求めないと考えられるようなケースにおいては、求められた場合のみインボイスを交付する対応が考えられるが、求められた都度、交付する方が、かえって事務負担がかかる場合は、一律にインボイスを交付することになると考える。   2 資格制度における適格簡易請求書の交付の要否 インボイスには、適格請求書と適格簡易請求書があるが、不特定かつ多数の者を対象とした事業の場合は、適格簡易請求書を交付することが可能である(消法57の4②、消令70の11)。そして、不特定かつ多数の者を対象とした事業に該当するのか否かは、個々の事業の性質により判断することになる。 事業の性質上、事業者がその取引において、氏名等を確認するものであったとしても、相手方を問わず広く一般を対象に資産の譲渡等を行っている事業については、適格簡易請求書を交付することができるとされている。その一方、取引の相手方について資産の譲渡等を行うごとに特定することを必要とし、取引の相手方ごとに個別に行われる取引であることが常態である事業については、適格簡易請求書を交付することはできないことになっている(インボイスQ&A「適格簡易請求書の交付ができる事業」)。 資格制度の場合、相手方を問わず広く一般を対象に登録等を行っているため、不特定かつ多数の者を対象とした取引と考えることもできるが、その一方で、氏名を確認した上で、個別に登録等を行っているため、相手方を特定し、相手方ごとに個別に行われている取引であると考えることもできる。 資格制度に関しては、不特定かつ多数を対象とした取引か否か、判断が分かれるところであるため、適格簡易請求書ではなく、適格請求書を交付する方が望ましいと考える。   3 実務上の対応 金融機関の振込明細(利用明細)は、学会が交付した書類ではなく、内容も適格請求書の記載事項を満たしていないため、インボイスには該当しない。よって、当該書類では、仕入税額控除を行うことができない。 従来は、3万円未満であれば、請求書等がなくても仕入税額控除を行うことができたが、インボイス制度においては、一定規模以下の事業者における少額特例の場合を除き、原則としてインボイスが必要となる。そのため、従来であれば、領収書の交付を求められなかったような場合であっても、インボイス制度開始後は、領収書の交付を求められる可能性がある。 そのため、今後は領収書の交付を求められた場合は、適格請求書の記載事項を満たした領収書(インボイス)を交付する必要がある。 なお、求められた都度交付するのではなく、一律に交付するような方法としては、たとえば、受験料であれば、受験票又は合否通知と併せて領収書を交付する方法や、登録料や認定料であれば、登録証や認定証と併せて領収書を交付する方法が考えられる。   (了)

#No. 558(掲載号)
#岡部 正義
2024/02/29

〈一角塾〉図解で読み解く国際租税判例 【第39回】「日本ガイシ事件-立地特殊優位性がもたらす利益の取扱いについて-(高判令4.3.10)(その3)」~租税特別措置法66条の4第1項、第2項1号ハ、同施行令39条の12第8項1号ハ~

〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第39回】 「日本ガイシ事件 -立地特殊優位性がもたらす利益の取扱いについて- (高判令4.3.10)(その3)」 ~租税特別措置法66条の4第1項、第2項1号ハ、同施行令39条の12第8項1号ハ~   税理士 井藤 正俊     4 今後の実務への影響~本判決の射程 本判決をまとめると、次のとおり言えよう。 さて、今後の実務への影響であるが、①から、RPSMの分割要因が、単に重要な無形資産のみであるとの考え方に立った分析は、できないことになる。このことは今後、課税庁ばかりか納税者にとっては、超過収益の分析をより厳密に行う必要性が出てくるものと考える。 その結果、納税者にとっては⑤のように、利益分割要因が拡大したと言え、課税庁にとっては、納税者が訴訟等により権利救済を求めた場合、これまで以上に課税取消しのリスクが高くなったと言える。そのため、当該リスクを軽減・回避するために、超過収益の発生要因に関するより詳細な検討が、課税庁は税務調査時に必要となろう。その1つとして、本稿で扱うLS/LSAがあり、当該事項の一層の探求が求められるものと思料する。 ただ、納税者代理人を務めた南繁樹弁護士が述べるとおり、「いかなる支出でも分割要因になるというものではない。本件では、〔②の〕『本件超過利益の発生メカニズム』の認定が鍵となっている。そのようなメカニズムが正確に解明されて、はじめてそのメカニズムで機能している特定の事実(本件では〔④と⑤の〕設備投資)に対して分割要因としての地位が与えられるものと考えられる。」(※48)のであり、筆者も同感である。 (※48) 南繁樹「東京高裁3月10日判決で納税者勝訴 移転価格税制の残余利益分割法をめぐる確定判決の概要と実務への影響」経理情報No.1649(2022年)23頁 本件では、判決文の中で、再三にわたり②のフレーズを繰り返している。②の事実関係を認定しているがゆえに、設備投資に係る支出、ひいては減価償却費の一定額を分割要因として裁判所は採用したというわけである。これにより気づくことは、合算利益から基本的利益を控除した残り、すなわち残余利益は、複数の利益発生要因により形成されたとし、その要因が設備投資であると考えられたことになる。ただ、超過減価償却費以外の他勘定科目やオフバランス取引が、超過減価償却費と同様の効果をもたらしていることも想定されることから、分割要因の採用に当たっては、それらも考慮し行われることが求められよう。 また、本判決は、超過利益の発生メカニズムの中で、寡占市場下の経済取引であったことも大きく影響している。ただ、寡占市場であること自体、かなり特異なケースと評すべきものと言えよう。 なお、超過減価償却費を分割要因として採用することについては、減価償却費の本質から考えた場合、筆者としては疑問を抱いてることは、すでに触れた。 よって、本判決が、RPSMが選定される他の事案について、ストレートに適用できるかとなると、はなはだ疑問である(※49)。 (※49) 大野教授は、前掲(※7)の62頁で、「他の事案でも超過減価償却費が案分要素とされるべきかどうかは、個々の事案に即して判断されるべきであろう。」と述べている。 しかしながら、本判決が提示する発展的な課題として、以下に示す2点について、今後、実証的な研究も含め検討することは、大きな意義があるものと考える。とりわけ、片側検証への拡大の可否については、それが可能となるのであれば、実務の上で多くの事案に影響が及ぶものと考えるからである。 (1) 他のLS/LSA事案への拡大 第一は、他のLS/LSA事案に対しても、本判決と同じように考え得るのかの問題である。これについては、南弁護士が指摘する「本件においては資本集約度の高い生産構造によって、損益分岐点を大きく超える売上高が得られることにより、製品1個当たりの生産に必要な費用が大幅に減少し、規模の利益によって売上高営業利益率が増大したことや、そのような生産構造によって参入障壁が形成されたことが認定されている」ことが、「経済学的な考察に基づき、事案の実態に即した適切な解決を導いた点に大きな特色があ〔る〕」(※50)という点に着目したい。 (※50) 前掲(※48) 本件は、規模の経済が表れた典型的なケースであり、加えて、寡占市場であるがゆえに、他の制約条件が入り込む余地が少なく、規模の経済による利益を、誰が得るべきかをシンプルに捉えることができたものと考えられる。また、進出時のカントリーリスク、設備投資に絡む投資リスクなどのリスク要因の議論を捨象できたことも、経済分析を行う上では大きな要因であったものと考えられよう。 それだけに、仮に、完全自由競争下の経済状況で、海外進出や設備投資等の意思決定を日本の親会社等が行っていた場合、親会社が負担するリスクとの関係から、規模の経済などがもたらす利益が通常の利益を超えている場合には、当該利益の配分をどのように行うかとなれば、やはり一筋縄ではいかないであろう。 もっとも、南弁護士が指摘するように、「今後、このような(経済学的)アプローチにより、経済的現実を正しく反映した」(かっこ書きは筆者)ならば、「納税者にとっても納得感のある解決を得られることになろう」(※51)。はたして納得感のあるアプローチとなるか否かは、利益の発生態様が、経済学のモデルにシンプルに当て嵌められるか、また、その適合度合が決め手になるものと考えられる。その上で、経済学的なアプローチが、今後、他の事案においても用いられてもよいと、筆者は考える。 (※51) 前掲(※48) (2) 分割要因の選択と適用 第二の問題は、LS/LSAの利益が発生しており、TPMとしてRPSMを適用した場合、その利益の配分にあたり、分割要因として超過減価償却費を用いることの適否の問題を取り扱った。ただ、この問題は、本事件では、経済学的なアプローチが採用でき得たことにより導き出された分割要因であると捉えるべきではないかと、筆者は考えている。 そのため、より本質的な問いとしては、LS/LSAの利益を、RPSMの枠組みの中で考えた場合、分割要因をどのように決定するのかが問題となろう。そして、その問いについては、LS/LSAとの相関関係を考慮し、決定することになると考える。とりわけ、LSAは、市場における需要曲線に影響を与えるものであるため、損益計算の費用項目等などと相関関係を見い出すことの困難さは、やはり伴うことであろう。 一定の貢献が認められる費用項目等について、本事案で採用された「超過」部分を採用する考え方については、基本的利益で用いた比較対象取引(企業)の同項目等の数値や割合を、他の事案で用いることについては、筆者としては懐疑的である。 その理由は、本事件は、経済学的アプローチを用いることができ、資本集約型産業であり、設備投資との因果関係が強く認識可能できたことから、検証対象と比較対象取引との間に比較可能性があることを前提に捉えられたものと考えられるからである。しかし、とりわけLSAについては、前述したように、因果関係を見い出すことが困難であり、一定の割り切りをもって、費用項目等を特定する必要が生じるものと思料される。つまり、費用項目等の選定に1つの仮定を置き、さらに、基本的利益で用いた比較対象取引に当該費用項目にも比較可能性があるとの2つ目の仮定を置くことになるためである。 そうしたケースにあっては、むしろ財務データをより多くの母集団から求めて、いわゆる外れ値の排除を可能とすると言われる、四分位法などの統計手法を用いることの方が、第2の仮定を設けることがない分、望ましいのではないかと考えるものである。 よって、本事案で採用された超過減価償却費を、製造業などのRPSM事案に対して、分割要因として機械的に適用することは難しく、分割要因として用いる際は、超過利益の有無の把握ばかりか、発生要因の特定など慎重に行う必要があろう。よって、適用可能な事案は、限られるものと考えられる。 (3) 片側検証への拡大の可否 第三の問題は、国外関連者に重要な無形資産とまではいかないものの、本件のように設備投資が行われた結果、国外関連者に超過利益が生じていたり、他のLS/LSAに起因する利益が生じている場合、当該利益部分の配分について、どのように扱うかの問題が考えられる。 これに関しては、国外関連者に超過利益が生じていれば、それは重要な無形資産ではないのか、と考える向きもあるかもしれないが、必ずしもそうとは限らないことを本判決は示した。具体的には、本件では、「重要な無形資産と共に他の複数の利益発生要因が重なり合い、相互に影響しながら一体となって得られた超過利益(残余利益)」が発生しているとしたのである。現実の経済取引では、国外関連者が海外に進出して久しく、一定レベルの製造ノウハウを有し、それが高い通常の利益を生んでいるものの、重要な無形資産とまでは認められないケースなどである。 考えてみれば、こうしたことは自然なことであろう。重要な無形資産は、いきなり形成されたり、突如、超過利益が発生するわけではない。通常の利益が一定の幅として認識され、相対的に高次な部分が、やがて超過利益を形成していくのである。それを色で例えれば、一種のグラデーションのようなものである。真っ白が通常の利益であり、真っ黒が超過利益であるとすれば、その間には彩度の異なる無数の灰色がある。利益発生要因は様々であっても、通常の利益と超過利益との間には、そうした無数の色が存在しており、それらを線引きできないのが現実の経済実態と言える。このように考えたとき、LS/LSAの利益が、片側検証の検証対象に発生することもあり得るのではないだろうか(※52)。 (※52) こうした考え方に対して、当該利益については、あくまでも通常の利益の差異調整として扱うべきではないか、との意見があるかもしれない。しかしながら、そのような差異調整を行うことは、今日、圧倒的多数のケースにおいて、TPMとしてTNMMが選択され、その際に用いられる財務データは、民間のデータベース企業が提供するものを用い、そのすべてが、全社ベースのデータであることを考えると、財務情報から差異を見出し調整をはかることには限界があるのも事実である。この点についてガイドラインでは、TPMの選定にあたり最適化手法を採用(パラグラフ2.2)しながらも、情報入手可能性について一定の制限があることをも認めており(パラグラフ1.13)、わが国の通達(租税特別措置法関係通達66の4(2)-1、66の4(3)-1、66の4(3)-3、指針4-1)においても同様の考え方が採られている。 そうしたケースでは、LS/LSAの利益の帰属は、国外関連者と日本親会社との、はたしていずれであると考えればよいのかが問題になる。そしてまた、分割要因を何に求めればよいのかが問題にもなろう。 そのような事案の場合、本件で扱った利益の分割要因としての超過減価償却費は、何ら回答を与えないだろう。なぜなら、本件では、重要な無形資産の超過利益にLS/LSAの利益を含有させ、他の分割要因と一緒に残余利益を分割しているからである。表現を変えれば、本件では、超過減価償却費を分割要因として用いているものの、結果的として、LS/LSAの分割を、重要な無形資産の配分となる分割要因に加えることで、相対化させて利益分割を行ったに過ぎない。つまり、新たなコンセプトとしての超過減価償却費の利用は、あくまでも分割要因の話に過ぎないのである。そして、本件は、既存のRPSMのフレームワークの中で、LS/LSAの利益の配分問題の解決をはかったのである。 だが、すでに示したように、経済学的アプローチを用いたのであれば、本件は、規模の経済によってもたらされる一連の利益を金額的に把握し得たと考えられる。そうであれば、あとは、誰に帰属させるのか、その裏返しの、配分割合が示されて然るべきであった。 そのため、本件は、LS/LSAを前面から扱っている事件であるものの、LS/LSA自体をどう配分すべきか、あるいは、RPSMのフレームワークで配分することが最適か否かなどの結論を示してはいない。また、他の案件へ応用可能な場合の判断基準を示すにも至っていないものと思料される。 よって、片側検証への拡大の可否については、扱い得るLS/LSAの問題とともに、今後、議論を深めていく必要があるものと考える。 なお、こうした問題意識に対しては、移転価格分析に基づいた、より適切な比較対象取引の選定を行えばよく、あくまでも比較可能性分析の問題として捉えて整理する考え方もあろう。だが、それを成すには、より厳密な定性分析を行う必要があり、そのための着眼点や判断基準、考慮要件などが何かを、納税者と課税庁との間で十分に共有することが望まれる。そうでなければ、比較対象取引(企業)の候補の利益率などを加味しただけの比較対象取引(企業)の選定の適否に関して、いわば空中戦の議論が、納税者と課税庁との間で展開されるだけになりかねないからである。このような事態を回避する上でも、課税庁からの基準等の公表が求められる。 (了)

#No. 558(掲載号)
#井藤 正俊
2024/02/29

四半期報告書制度廃止に伴う開示実務のポイント 【後編】

四半期報告書制度廃止に伴う開示実務のポイント 【後編】   史彩監査法人 パートナー 公認会計士 西田 友洋     6 中間財務諸表に関する会計基準 1Q及び3Qの四半期報告書の廃止に伴い、ASBJより、以下の公開草案が公表されている。 基本的に企業会計基準第12号「四半期財務諸表に関する会計基準」及び企業会計基準適用指針第14号「四半期財務諸表に関する会計基準の適用指針」(以下、合わせて「四半期会計基準等」という)の会計処理及び開示が引き継がれる。 ただし、期首から6ヶ月間を1つの会計期間(中間会計期間)とした場合と、四半期会計基準等に従い第1四半期決算を前提に第2四半期の会計処理を行った場合とで差異が生じる可能性がある項目については、従来の四半期会計基準等に基づく取扱いが継続して適用可能となる取扱いを提案していて、そのうち以下の項目については経過措置が定められている(企業会計基準公開草案第80号「中間財務諸表に関する会計基準(案)」等の公表「開発にあたっての基本的な方針」)。   7 レビュー基準 金融庁企業会計審議会より、半期報告書のレビューに対応するために「四半期レビュー基準」の改正版として「期中レビュー基準(公開草案)」が公表されている。内容は、基本的に四半期レビュー基準と同様である。 また、日本公認会計士協会より四半期レビュー基準報告書第1号「四半期レビュー」の改正版として期中レビュー基準報告書第1号「独立監査人が実施する中間財務諸表に対するレビュー」(公開草案)が公表された。 また、1Qと3Qの決算短信の四半期(連結)財務諸表のレビューのために期中レビュー基準報告書第2号「独立監査人が実施する期中財務諸表に対するレビュー」(公開草案)が公表されている。 (1) 改正内容 期中レビュー基準報告書第1号「独立監査人が実施する中間財務諸表に対するレビュー」は、基本的に四半期レビュー基準報告書第1号「四半期レビュー」の内容を引き継いでいる。 期中レビュー基準報告書第2号「独立監査人が実施する期中財務諸表に対するレビュー」では、期中レビュー基準報告書第1号「独立監査人が実施する中間財務諸表に対するレビュー」と異なり、一般目的の財務報告の枠組みのみならず、特別目的の財務報告の枠組みも対象としている。また、適正表示の枠組みのみならず、準拠性の枠組みを対象としている。 (2) 適用時期 (3) 中間連結財務諸表に対するレビュー報告書 中間連結財務諸表に対するレビュー報告書のひな型は、日本公認会計士協会ホームページの「「四半期レビュー基準報告書第1号「四半期レビュー」の改正及び期中レビュー基準報告書「独立監査人が実施する期中財務諸表に対するレビュー」」(公開草案)の公表について」における「改正四半期レビュー基準報告書第1号「四半期レビュー」(公開草案)」の31頁等にて、示されているため参考とされたい。 なお、決算短信に係る期中レビュー報告書の文例は、今後、別途公表予定である。 (4) レビュー対象と適用される基準 〈決算期ごとに適用されるレビュー基準の例示〉 (※) 決算短信に対してレビューを行う場合のみ。   8 決算短信における後発事象 1Qと3Qの決算短信において、レビューを行う場合、後発事象の手続に留意する必要がある。 四半期決算短信における後発事象の期中レビュー手続として、質問することが求められる。一方、四半期決算短信における重要な後発事象の注記は会社の任意である。 ここで、会社が重要な後発事象の注記を行わない場合、準拠性の枠組みにおいては、適用される財務報告の枠組みにおいて要求される事項の遵守が求められるのみであるため、重要な開示後発事象の注記がなくても、質問以外の手続を実施することは基本的に求められない。 ただし、開示後発事象として注記しておらず、監査人が財務諸表の利用者の誤解を招くと判断するような重大な場合(例えば、会社が存続できなくなるような状況がある場合)は、以下の手続をすることが考えられる。 〈財務諸表の利用者の誤解を招くような開示後発事象が存在するが、開示されていない場合〉   9 非上場会社 非上場会社においても制度改正が行われている。特定事業会社以外の非上場会社の場合、改正前は原則、半期報告書に対して監査を受けなければいけなかったが、改正後はレビューも選択することができる。 そして、金融商品取引法では、半期報告書は1号から3号の3つに分類され(金融商品取引法24条の5第1項)、上場会社、非上場会社ごとの提出期限、中間財務諸表の種類、監査又はレビューの関係は、以下のとおりとなる。 (※1) 非上場会社は第3号の半期報告書が原則であるが、特定事業会社を除く非上場会社は、第1号を選択することも可能である。また、特定事業会社の非上場会社は第2号を選択することも可能である。 (※2) 第一種中間(連結)財務諸表は、中間会計基準及び中間適用指針に基づき作成する。第二種中間(連結)財務諸表は、中間連結財務諸表作成基準及び中間財務諸表作成基準に基づき作成する。 上場会社、非上場会社の改正前と改正後は、以下のとおり示すことができる。 (出所:金融庁「第54回企業会計審議会監査部会 資料1 事務局資料(2023年9月5日)」4頁) (注) 図中の(注1)の「改正法案(前頁)の法案」とは、「金融商品取引法」と読み替える。   10 最後に 改正前と改正後の要点を図に表すと、以下のとおり示すことができる。 (出所:金融庁「第55回企業会計審議会監査部会 資料1 事務局資料(2023年12月14日)」6頁、筆者一部改変) (了)

#No. 558(掲載号)
#西田 友洋
2024/02/29

計算書類作成に関する“うっかりミス”の事例と防止策 【第45回】「取締役等の報酬等の一覧表の誤記載検出法」

計算書類作成に関する “うっかりミス”の事例と防止策 【第45回】 「取締役等の報酬等の一覧表の誤記載検出法」   公認会計士 石王丸 周夫   1 業績連動報酬等の金額が誤っていた事例 計算書類にはうっかりミスがつきものです。 実際、こんなミスが起きています。 事業報告で開示される取締役等の報酬の一覧表で、原因はわかりませんが、一部の数字が間違っていたというものです。これがうっかりミスだったのかどうかは第三者からはわかりませんが、訂正前の数字が何の数字だったのかを推測してみると、やはり作成過程における作業上の単純ミスだったのではないかと考えられる事例です。 なお、事業報告は計算書類ではありませんが、株主総会招集通知の添付書類として、計算書類と一体となって読まれるものです。したがって、会社法による開示書類の1つとして今回取り上げてみました。 では、早速、事例を見ていきましょう。 【事例45-1】 事業報告で開示される役員報酬等の金額の誤記載。 (出所) 株式会社デジタルハーツホールディングス「「第10回定時株主総会招集ご通知」の一部訂正について(2023年6月25日)」 この事例の会社は、2023年6月5日に本事例を含む第10回定時株主総会招集ご通知の電子提供を開始し、2023年6月25日に当該誤記載の訂正を公表しています。 間違っていたのは、【事例45-1】に示したとおり業績連動報酬等の金額で、その間違いに伴い、「報酬等の総額」の数字も訂正になっています。 業績連動報酬等の金額は、訂正前が「39,184」、訂正後が「19,662」であり、単純な入力ミスとは思えません。いったい何がミスの原因だったのでしょうか。   2 やはりヒューマンエラー このミスの原因を探るには、訂正前の業績連動報酬等の金額「39,184」が何の数字だったかを特定する必要があります。通常、第三者がそれを知ることは難しいのですが、今回の事例については、ある数字と一致していることにたまたま気づきました。その数字とは、以下の赤い枠線内の部分です。 (出所) 株式会社デジタルハーツホールディングス「第9回定時株主総会招集ご通知(2022年6月9日、ウェブサイトでの開示は2022年6月7日)」 上記の表は、【事例45-1】の会社の前年度(2022年3月期)に係る事業報告で開示された取締役等の報酬等の一覧表です。この表の赤い枠線内の記載が【事例45-1】の訂正前の記載と全く同じであることがわかります。 つまり、【事例45-1】の訂正前の記載は、前年の同じ部分の記載を更新することなく、そのまま残してしまったものであったと推測されます。そうなってしまった背景としては、これも推測にすぎませんが、業績連動報酬等の金額を算定するのに時間を要することから、他の箇所を先に入力し、この部分のみ更新待ちの状態にして結局そのままにしてしまったといったことが考えられます。 上記の推測が当たっているならば、このミスはうっかりミスです。人間につきもののエラー(ヒューマンエラー)ということで、防止することは困難です。したがって、作成後に何らかのチェックを行って、開示前にこのエラーを見つけてあげる必要があります。   3 他の箇所との整合性チェック では、その方法はというと、業績連動報酬等について開示書類の他の箇所との整合性をチェックすることです。 【事例45-1】の元資料(第10回定時株主総会招集ご通知)を見ると、取締役等の報酬等の一覧表の脚注として以下の記載があります。 (出所) 株式会社デジタルハーツホールディングス「第10回定時株主総会招集ご通知((発信日)2023年6月9日、(電子提供措置の開始日)2023年6月5日)」 この脚注の下線部分より、業績連動報酬等については役員賞与引当金の対象になっていることがわかります。そこで、個別貸借対照表を参照してみると、役員賞与引当金の残高は19,662千円であり、【事例45-1】の訂正後の業績連動報酬等の額と一致することがわかります。【事例45-1】については、このような方法で整合性チェックが可能でした。 他社においてもこのように数字の整合性を確認できるかというと、必ずしもそうではありませんが、取締役等の報酬等の開示金額について、計算書類等と整合性を確認できる箇所がないか探してみることは、実施してみる価値はあります。 なお、【事例45-1】と同様に、当該記載で前年の数字をそのまま残してしまったことにより訂正に至ったとみられる事例が、他社でも発生しています。当該記載については、前年度の記載と見比べるというチェック方法がかなり効果的だと思います。   〈今回のまとめ〉 事業報告の取締役等の報酬等の一覧表は、ミスが散見されるので、計算書類等との整合性チェックや前年度記載との比較検討等を実施するとよいです。 (了)

#No. 558(掲載号)
#石王丸 周夫
2024/02/29

〈一問一答〉副業・兼業に関する担当者のギモン 【第9回】「副業・兼業と労災保険・雇用保険・社会保険」

〈一問一答〉 副業・兼業に関する担当者のギモン 【第9回】 (最終回) 「副業・兼業と労災保険・雇用保険・社会保険」   弁護士法人東町法律事務所 弁護士 木下 雅之   ● ● ● 解 説 ● ● ● 1 労災保険 労働者災害補償保険法(労災保険法)は、労働者を使用する事業を適用事業としているため(労災保険法第3条)、労働者を1人でも雇用している場合には、原則として労災保険への加入手続を行う必要がある。このことは、副業・兼業を行う「複数事業労働者」(労災保険法第1条)であっても変わりはなく、複数事業労働者については本業先および副業・兼業先の双方においてそれぞれ労災保険への加入が必要となる。 複数事業労働者をめぐっては、1つの事業場で労災に遭った場合に、別の事業場の使用者から得られた賃金額が、労災保険給付の給付基礎日額(労災保険法第8条第1項)に含まれるかについて議論があり、判例はこれを否定していた(王子労基署長(凸版城北印刷)事件=最高裁昭和61年12月16日判決労判489号6頁)。これによると、複数事業労働者が本業先で労災に遭い、副業・兼業先を含むすべての就業先での休業を余儀なくされたような場合であっても、労災保険の給付額は、本業先から支払われている賃金額のみを基礎として決定されることとなるため、副業・兼業を行うことで初めて生計が成り立っている労働者にとっては、生活に困窮するおそれが生じるという課題があった。 また、これと関連して、労災保険給付の要件である業務起因性の判断についても、従来の裁判例は、労災保険法に基づく補償は労働基準法に基づく個々の使用者の労働者に対する災害補償責任を前提にするとの立場から、複数事業労働者の場合であっても、業務起因性は使用者ごとに個別に判断すべきとしていた(国・大阪中央労基署長(大器キャリアキャスティング・東洋石油販売)事件=大阪地裁令和3年12月13日判決労判1265号47頁)。これによると、複数事業労働者の過労死のケースなど、本業先と副業・兼業先の双方における労働の負荷を総合的に考慮すれば業務起因性が認められるような場合であっても、個々の使用者の下での労働の負荷を個別的に評価すれば、業務起因性を認めるに足りないような場合には、労災保険の給付を受けることができないこととなる。 しかしながら、これらの点は、令和2年9月1日施行の改正労災保険法により、立法的な対処がなされた。 すなわち、同改正により、複数事業労働者については、1つの事業場のみの業務上の負荷を評価して業務災害に当たらない場合であっても、複数の事業場の業務上の負荷を総合的に評価して労災認定されるときは、「複数業務要因災害」を支給事由として労災保険が給付されることとなった(労災保険法第7条第1項第2号)。また、複数事業労働者に対応したセーフティネットの整備を図るため、複数事業労働者については、災害発生事業場から支払われている賃金額だけでなく、非災害発生事業場から支払われている賃金額を合算した額を基礎として給付基礎日額が決定されることとなった(労災保険法第8条第3項)。 なお、本業先と副業・兼業先の事業場間の移動中に起こった災害は、通勤災害の保護対象となり(労災保険法第7条第2項第2号)、当該移動の終点となる事業場の労災保険を使用して保険給付を受けることができる(平成18年3月31日基発第0331042号)。   2 雇用保険 雇用保険法は、労働者が雇用される事業を適用事業とし(雇用保険法第5条第1項)、適用事業に雇用される労働者が被保険者となるが(雇用保険法第4条第1項)、1週間の所定労働時間が20時間未満の者、同一の事業主に継続して31日以上雇用されることが見込まれない者は適用が除外される(雇用保険法第6条第1号、同第2号)。 副業・兼業を行う複数事業労働者が、それぞれの使用者との間の雇用関係において被保険者要件を満たす場合、原則としてその者が生計を維持するのに必要な主たる賃金を受ける雇用関係でのみ被保険者となる(「雇用保険に関する業務取扱要領(令和6年2月1日以降)」20352(2)イ(イ)a参照)。 雇用保険の適用要件は、使用者ごとに判断されるため、例えば、1つの事業主との間の雇用関係において週所定労働時間が20時間とされている労働者は雇用保険の被保険者となるのに対し、本業先の週所定労働時間が10時間、副業・兼業先の週所定労働時間が10時間という形態で就業している労働者は、合算した週所定労働時間が20時間以上であったとしても、雇用保険は適用されず、失業等に対する保険給付が受けられない。 ただし、令和4年1月1日施行の改正雇用保険法により、65歳以上の労働者については、本人からハローワークに申出を行うことで、2つの事業所での週所定労働時間を合算した結果として雇用保険の適用要件を満たす場合に、雇用保険を適用する制度(雇用保険マルチジョブホルダー制度)が試行的に開始されることとなった(雇用保険法第37条の5)。当該制度は、施行後5年を目途に効果検証を行い、65歳未満の労働者への適用拡大など制度の在り方を再度見直すこととされている。   3 社会保険 社会保険(厚生年金保険および健康保険)は、法人の事業所や従業員が5人以上いる場合の個人事業所は強制適用事業所として、被保険者となるべき従業員の加入手続を行わなければならない。 社会保険についても、雇用保険と同様に、1週間の所定労働時間等により社会保険の適用要件が定められているところ、この適用要件は使用者ごとに判断されるため、本業先および副業・兼業先で就労する労働者が、いずれの事業所においても適用要件を満たさない場合には、仮に週所定労働時間を合算して適用要件を満たしたとしても、社会保険は適用されない。 この点、雇用保険においては、上記のとおり、雇用保険マルチジョブホルダー制度の創設によって65歳以上の労働者につき所定労働時間の合算を行うこととされたが、社会保険との関係ではこのような法改正はなく、従来どおり、使用者ごとに社会保険の適用要件が判断されることとなる。 副業・兼業を行う複数事業労働者が、それぞれの使用者との間の雇用関係において被保険者要件を満たす場合、被保険者は、本業先または副業・兼業先のいずれかの事業所の管轄の年金事務所および健康保険の保険者を選択し、選択された年金事務所および健康保険の保険者において各事業所の報酬月額を合算して、標準報酬月額を算定し、社会保険料が決定される。そのうえで、各事業主は、被保険者に支払う報酬の額によって按分した社会保険料をそれぞれ納付することとなる。 (連載了)

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2024/02/29
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