義務だけで終わらせない「ストレスチェック」の活かし方 【第1回】 「メンタルヘルスの意義」 特定社会保険労務士 大東 恵子 ストレスは悪いもの? 昨今、「うつ」「ストレス」「心の病」などメンタルヘルスに関する言葉をよく耳にするようになり、誰にでも生じる身近な問題として注目されるようになってきた。国の対策においても、ご承知の通り12月からはストレスチェックの制度がスタートし、また先日の国会では、職場におけるメンタルヘルス対策の担い手として公認心理師の国家資格化の法律が可決されるなど、さまざまな対策が検討されている。 一方で企業では、安全配慮義務からメンタルヘルス対策が求められ、その対応に追われているものの、まだまだストレスに対する啓蒙が行き届かず、誤解や偏見が生じている現状も少なくない。 巷にあふれるさまざまなストレス関連本を見てみると、「ストレスのない快適な職場を」と謳われ、ストレスを完全になくそうという動きが見受けられる。もちろんストレスはないに越したことはない。ストレスによって従業員のメンタルヘルスを悪化してしまえば、集中力や注意力が低下し、仕事においてさまざまな支障が生じてしまう。休職に陥ってしまえば、その穴を埋めるべくさまざまな手立てを打たなければならず、その損失は決して少なくない。 この観点から単純に考えると、「ストレスというのは悪いもので無くせばよい」という結論に陥ってしまうが、労働においてストレスというのは必ずしも悪いものではないという点を今一度確認しておきたいと思う。 ストレスの有益制と有害性 1908年、ハーバード大学生理学研究所のヤーキーズ(R.M.Yerkes)とドッドソン(J.D. Dodson)という学者が、ストレスとパフォーマンス(生産性)の関係について研究を行い、以下のように指摘した。 例えば、 という類のものが前者に当たり、一方、 というのが後者に当たる。 ヤーキーズとドッドソンは、ストレスの有益性と有害性の両側面を指摘し、問題は「ストレスの程度」にあるとしている。 すなわち、職場におけるメンタルヘルス対策を考えるとき、ストレスの有無ではなくストレスの「適度」な程度という観点に注目する必要がある。 「ストレス・脆弱性モデル」とは? では、その適度な程度というのはどのようなものなのか、害を及ぼし始める境界線はどこなのかという点が疑問として挙がる。これについては容易に想像できるように、人それぞれ境界線は異なる。劣悪な環境下でも、ある人にとっては害にはならず、一方、一見するとなんでもない環境下であっても、別の人には健康を害するほどのストレスになってしまうというのは、日常でもよく見受けられる。これは、物事の捉え方など個々人のストレス耐性の程度の違いによって生じるものである。 このように、「ストレスそのものの程度」と「受け取る側の耐性の弱さ」の掛け算でストレスを捉える考え方を「ストレス・脆弱性モデル」と言う。 このモデルから考えると、人それぞれによって状況が変わってくるため、職場におけるメンタルヘルス対策としては、常日頃、職場環境のストレスの程度が高まりすぎていないかという客観的なチェックと、その環境下で働く従業員がその環境をどう捉え、健康に害を及ぼしていないかというチェックが必要になる。ストレスチェックは、この両面について有益な情報を提供するツールとして、大いに役立つものである。 ストレスチェックは、従業員の健康管理という単純な側面からだけでなく、ヤーキーズ・ドッドソンの研究からも言えるように、労働パフォーマンスをより高める環境づくりとして企業側の対策チェックとしての意味合いも含まれる。ストレスチェックを含めたメンタルヘルスについては、企業側の利益にも返ってくる、より包括的な問題としての位置づけが必要になる。 * * * 次回は、ストレスのメカニズムについて解説を行う。 (了)
中小企業事業主のための 年金構築のポイント 【第18回】 「法人の役員・個人事業主にも影響のある改正年金法」 ~70歳以上の人の在職老齢年金と5年の後納制度~ 特定社会保険労務士 佐竹 康男 平成27年10月に厚生年金保険、共済年金の被用者年金一元化など大きな改正が行われたが、その中で、今回は、法人の役員に関連する「70歳以上の在職老齢年金制度」と個人事業主に関連のある「国民年金の保険料の後納制度」について解説する。 1 70歳以上の人の在職老齢年金制度 【第8回】及び【第9回】で、在職老齢年金について解説したが、老齢厚生年金を受給している人が在職し厚生年金保険に加入すると、老齢厚生年金の額と報酬(総報酬月額相当額(※1))により受け取る年金額の全部又は一部が停止される。 本来、厚生年金保険は、在職中であっても70歳に達すれば被保険者資格がなくなるので、老齢厚生年金の受給権者については、在職老齢年金には該当しないが、平成19年4月から70歳以上被用者(※2)については、65歳以上の在職老齢年金の仕組みによる支給停止の対象となった。 (※1) 総報酬月額相当額=該当月の標準報酬月額+該当月以前1年間の標準賞与額÷12 (※2) 適用事業所に使用されている、勤務日数及び勤務時間がそれぞれ一般の従業員のおおむね4分の3 以上の人で、過去に厚生年金保険の被保険者期間がある人 (1) 在職支給停止対象者の拡大 平成27年10月1日からは、在職支給停止の仕組みから除外されていた昭和12年4月1日以前生まれの被用者についても、65歳以上の在職老齢年金の仕組みによる支給停止の対象となった。 つまり、今まで年金が全額受給できた人も、平成27年10月1日からは総報酬月額相当額と年金月額が47万円を超えるときは、その合計額から47万円を超えた額の2分の1に相当する額が停止となる。 〈事例1〉 (50万円+10万円-47万円)×1/2=6万5,000円が停止される。 したがって、年金の受給額は 10万円-6万5,000円=3万5,000円になる。 (2) 激変緩和措置 支給停止額は上記のとおりであるが、昭和12年4月1日以前生まれの被用者は、平成27年9月までは在職支給停止がなく全額支給されていたが、平成27年10月以降、在職により年金の一部が支給停止されることは、本人にとって急激な変化のため、次のような激変緩和措置が講じられている。 ただし、この激変緩和措置は、昭和12年4月1日以前生まれの人が、平成27年10月1日前から継続して勤務している場合に限る。 したがって、昭和12年4月1日以前生まれの人でも、平成27年10月1日以降に被用者となったものについては、上記激変緩和措置の適用はなく、通常の「(総報酬月額相当額+基本月額-47万円)×1/2」の停止が行われる。 〈事例2〉 激変緩和措置が適用される。 ①と②を比較して低い方の額である6万円が支給停止額になる。 (3) 70歳以上被用者該当届・不該当届の提出 昭和12年4月1日以前生まれの人は、「70歳以上被用者該当届・不該当届」の届出の対象になっていなかったが、平成27年10月1日以降については届出が必要となった。 2 国民年金の後納制度 10年の後納制度(年金確保支援法に基づくもの)が平成27年9月30日で終了したが、新たに平成27年10月より、年金事業運営改善法により「5年の後納制度」が発足した。 (1) 保険料の後納 国民年金の保険料を滞納した場合、過去2年分は遡って納付することができるが、2年を超える期間に係る保険料は納付することができない。 後納制度は、2年を超える期間についても保険料の納付が可能となる制度である。 受給資格期間である公的年金の加入期間が25年に満たない個人事業主等が受給資格期間を満たす目的や将来の年金額を増やす目的で遡って納付することができる。 なお、5年前まで遡って保険料を納付できるが、後納できる期間は、平成30年9月までである。 (2) 保険料の加算 保険料は当時の保険料に一定額が加算される。後納制度と過去2年以内の未納期間がある場合、どちらを先に支払うかの優先順位はないが、直近1年間に未納期間があれば、万が一のときに障害基礎年金や遺族基礎年金が受けられなくなるので注意が必要である。 〈事例3〉 2年前までは遡って通常の保険料を支払う。2年を超える3年分は後納制度により、一定額が加算された保険料を納付することで25年を満たすことができる。 また、後納制度の利用ではなく、60歳以降国民年金に任意加入して受給資格期間を満たすことも可能である。 《おさらいQ&A》 (了)
養子縁組を使った相続対策と 法規制・手続のポイント 【第13回】 「民法上の養子と相続税法上の養子」 弁護士・税理士 米倉 裕樹 前回(第12回)までは本連載における「第1部」として位置づけ、「養子縁組をめぐる法規制と手続」について解説を行ってきた。 今回からは「第2部」として、これまで解説してきた内容を踏まえ、「養子縁組を使った代表的な相続対策と留意点」について解説を行っていく。なお、本連載の今後の掲載予定については、論末の連載目次をご覧いただきたい。 [1] はじめに-相続税法上の養子縁組の制限- 相続税の計算を行うに当たり、 については、民法の定める法定相続人の数を基準とする。 例えば、①基礎控除額については、「3,000万円+600万円×法定相続人の数」が相続税の基礎控除額となり(相法15①)、②生命保険金及び死亡退職金の非課税限度額についても、「500万円×法定相続人の数」が非課税限度額となることから(相法12①五・六)、法定相続人の数が増えれば増えるほど相続税の負担を減少させる結果となる。 また、③相続税の総額を計算するに当たっては、法定相続分に応じた各取得金額に超過累進税率(高い取得金額部分には高い税率が課せられる)を乗じて計算されることから(相法16)、こちらも法定相続人の数が増えれば増えるほど相続税の負担を減少させることとなる。 このような法定相続人の増加に伴う税効果に着目し、同じく法定相続人の増加となる養子縁組を複数人との間で行うことで、過去、行き過ぎた租税回避行為が行われた。 そこで、昭和63年の相続税法改正により、上記相続税の計算を行う際の法定相続人の数に含める養子の数は、被相続人に実子がいる場合は1人まで、被相続人に実子がいない場合には2人までと制限されることとなった(相法15②)。 また、たとえ1人または2人の養子縁組であっても、相続税の負担を不当に減少させる結果となると税務署長が認める時は、これを否認して、相続税額を更正決定できるという「養子の数の否認規定」も設けられることとなった(相法63)。 [2] 相続税法上の養子縁組規制の対象とはならないもの 1 未成年者控除 相続人が一定の要件を満たす未成年者である場合、相続税の額から一定の金額を差し引くことができ、これを「未成年者控除」という(相法19の3)。 未成年者控除の額は、その未成年者が満20歳になるまでの年数1年につき10万円で計算した額となる(平成26年12月31日以前の相続等の場合は年数1年につき6万円)。 この未成年者控除は、実子のみならず、養子についても適用を受けることができる。 2 障害者控除 相続人が一定の要件を満たす85歳未満の障害者である場合、相続税の額から一定の金額を差し引くことができ、これを「障害者控除」という(相法19の4)。 障害者控除の額は、その障害者が満85歳にまるまでの年数1年につき10万円で計算した額となる(特別障害者の場合には1年につき20万円)。なお、平成26年12月31日以前の相続開始の場合は、1年につき6万円(特別障害者の場合には1年につき12万円)となる。 この障害者控除についても、実子のみならず、養子についても適用を受けることができる。 3 相続税額の2割加算 相続、遺贈、相続時精算課税に係る贈与によって財産を取得した人が、被相続人の一親等の血族(代襲相続人となった孫(直系卑属)を含む)及び配偶者以外の人である場合には、その者の相続税額にその相続税額の2割に相当する金額が加算され、これを「相続税額の2割加算」という。 上記のような場合には、一世代飛び越すことで相続税の課税を1回分減らせることから、税負担を調整するために設けられたものである。 被相続人の養子は、一親等の法定血族となることから、相続税額の2割加算の対象とはならない。 ただし、被相続人の養子となっている「被相続人の孫」は、代襲相続人となっている場合を除き(被相続続人の子が相続開始前に死亡したときや相続権を失ったためその孫が代襲して相続人となっている場合を除き)、相続税額の2割加算の対象となる。 [3] 相続税法上「実子とみなされる者」 以下の場合には、相続税法上、実子とみなされる結果、たとえ、養子縁組が介在していたとしても、相続税法上の養子縁組の制限対象とはならない(相法15③、相令3の2、相基通15-2)。 すなわち、以下に規定する者は相続税法上、実子とみなされるため、そのような者が複数人存在する場合であっても、相続税法上の養子縁組の制限において実子としてカウントされ、養子としてカウントされない。 [4] 養子の数の否認規定について 既述のとおり、相続税法第63条では、たとえ1人または2人の養子縁組であっても、相続税の負担を不当に減少させる結果となると税務署長が認める時は、これを否認して、相続税額を更正決定できるという「養子の数の否認規定」を規定している。 同規定の解釈に関し、相続税法基本通達逐条解説では、 (加藤千博編『平成22年版相続税法基本通達逐条解説』大蔵財務協会、2010年、641頁) と解説されている。 同否認を行うための立証責任は課税庁にある以上、現実的には、「養子縁組の目的が専ら相続人の地位を有する者の増加だけにあると認められ」ることを課税庁において立証することはかなり困難であると思われる。 なお、縁組意思や届出意思を欠いている養子縁組は、民法上も無効と解せられているので、ここにいういわゆる不当減少養子とは異なって相続人の地位すら有しないことになる(前掲書、641頁)。 [5] 民法上の養子縁組に与える影響 以上の相続税法等の定めは、あくまでも相続税の計算を行うに当たっての相続税法等の制限であり、同相続税法等の定めを超えた民法上の養子縁組の効力や養子の相続人としての地位を否定するものではない。 [6] 総括 上記[3]で紹介した相続税法上実子とみなされる者を増加させることで、相続税の負担を軽減させることは理屈の上では可能であるが、特別養子縁組や配偶者の連れ子を養子にする等、一朝一夕に行えるものではなく、親族関係に与える影響も重大である以上、現実的な方策ではない。 そのため、被相続人に実子がいる場合は1人まで、被相続人に実子がいない場合には2人までの養子をもって法定相続人の数に含めるとの規制の範囲内で対応せざるを得ない。 その場合、被相続人の養子となっている被相続人の孫は、代襲相続人となっている場合を除き、相続税額の2割加算の対象となるものの、二次相続をも見込んだ場合には、相続税の負担を軽減させうるケースが多くなるものと思われる。 (了)
企業の不正を明らかにする 『デジタルフォレンジックス』 【第3回】 「デジタルフォレンジックスと「eディスカバリー」」 プライスウォーターハウスクーパース株式会社 マネージャー 吉田 卓 1 デジタルフォレンジックスと「eディスカバリー」の違い 昨今の会計不正事件などにおける第三者委員会の調査レポートの中で、「デジタルフォレンジックス」という言葉が使用されて以降、「デジタルフォレンジックス」という言葉を多くのメディアで見聞きする機会が多くなったように思われる。 ただし、調査の中で実際に使われている技術やツールに関しては、その多くが「eディスカバリー」で使用されるものであることから、その調査を「デジタルフォレンジックス」と呼ぶことに関して、筆者としては多少違和感を覚える。しかしながら、「デジタルフォレンジックス」と「eディスカバリー」の境界線が、近年極めて曖昧になってきているのも事実である。 そこで今回は、改めて「デジタルフォレンジックス」と「eディスカバリー」の違いについて考えてみたいと思う。 「eディスカバリー(eDiscovery)」は、Electronic Discoveryを略したものである。 もともとディスカバリー制度は、米国の民事訴訟における証拠開示手続のことを指していたが、2006年に一部改正された米国連邦民事訴訟規則(FRCP)において、電子形式で保存された情報(ESI:Electronically Stored Information)をいかに取り扱うべきかについて、一貫性のある基本原則が明記されたことに端を発し、定着した言葉である。 2006年当初は、あくまで米国の民事訴訟における一手続きを指す言葉であった。しかしながら、電子証拠を開示する場面は米国の民事訴訟に限らず、米国司法省などの規制当局による捜査を受けた際に自主的に証拠となる電子データを開示する場合を含む、情報の開示を前提とする調査手法そのものを「eディスカバリー」と呼ぶようになってきている。 一方で、「デジタルフォレンジックス」は、FBIやCIAなどが登場するドラマの一シーンで登場することも多い。保全した電子媒体から消去ファイルの復元などを行い、そこから隠れている証拠の断片を探していく場面が描かれている。 通常、「デジタルフォレンジックス」は、1つの媒体を深堀する詳細かつ緻密な作業であり、元来「eディスカバリー」とは切り分けて考えられてきた。しかしながら、電子データを証拠として取り扱うという点、電子データを保全する手法(ツールおよびテクノロジー)については「デジタルフォレンジックス」と「eディスカバリー」共に共通している。また、最近では「デジタルフォレンジックス」のプロセスの中で、大量のEメールを対象に調査するなどの事案も増加傾向にあり、限りなく「eディスカバリー」に近い作業も発生している。 このように、「デジタルフォレンジックス」と「eディスカバリー」の境界線が曖昧になってきているのである。 あえて違いを示すとすれば、デジタルフォレンジックスは、メールの本文や文書の中身の調査だけでなく、調査対象のハードディスクの未使用領域にまで及ぶ。この未使用領域に断片的に残されている削除ファイルからインターネット一時ファイル、ファイルのタイムスタンプ、閲覧履歴、外部記録媒体の使用履歴など、調査対象は多岐にわたる。 「デジタルフォレンジックス」においては、通常専門家が証拠保全から調査・解析、レポートの作成までを行うが、主にユーザーが作成したメールやドキュメントファイルを中心にレビューを行う「eディスカバリー」においては、弁護士が中心となって調査を行い、最終的には証拠として開示を行う。 2 「eディスカバリー」および「デジタルフォレンジックス」で使用される技術 次に、「eディスカバリー」と「デジタルフォレンジックス」とで実際に使用されるツールの機能に関して、それぞれ整理してみる。そうすることで、「eディスカバリー」と「デジタルフォレンジックス」において、どの程度共通した手法が使われているかを把握できる。 図1が、「eディスカバリー」と「デジタルフォレンジックス」それぞれにおける代表的な機能を1つの図にまとめたものである。 【図1】 「デジタルフォレンジックス」と「eディスカバリー」ツールの機能比較 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※) 参考:Capsicum Groupホームページ 2004年、まだ「eディスカバリー」がFRCPで定義される前は、「eディスカバリー」のツールはあくまで電子データの文書をある程度効率的にレビューすることのみに特化しており、簡単な検索ができる程度であった。日本語データの「文字化け」問題が発生していたのも、この時の話である。 一方、「デジタルフォレンジックス」のツールは、電子データの保全と解析調査に特化したものであり、大量の文書内容をレビューすることはほとんど想定されていない仕組みになっていた。 2008年頃になると、大量のテキスト情報をインデックス化し、高速で検索が可能なインデックス検索機能が「eディスカバリー」のツールに実装されはじめ、当時は「当社では1時間に〇〇GBのデータをインデックス化できます」というように、各「eディスカバリー」の業者が競い合っていた。 「デジタルフォレンジックス」のツールにおいても、同時期にインデックス検索機能を実装するものが増えてきている。短期間での事実解明には、高速なテキスト検索が欠かせないという認識があったためである。 2013年頃になると、「デジタルフォレンジックス」のツールは、「eディスカバリー」のツールにおいて重要視されていた、検索、レビュー、開示、提出に係る機能までも実装し始め、機能面だけを比較すると「eディスカバリー」のツールに実装されている機能のほとんどが網羅されるようになった。 しかしながら、「デジタルフォレンジックス」の主眼は、前述の通り少数のデジタル媒体を徹底的に調査する手法であり、実際の作業もスタンドアロンのワークステーションで1名のエンジニアが付きっきりで行う場合が多い。一方、「eディスカバリー」のツールは、インターネットを通じてアクセス可能な大型のサーバーを使用し、数十名分の電子データ(メール、文書など)を短時間で処理し、数万件に上るデータを数十名の弁護士がチームでレビューするものである。 このように、「デジタルフォレンジックス」と「eディスカバリー」における実際の作業の光景は、ずいぶん違うものになる。 3 「eディスカバリー」の技術が不正調査にどのように流用されるか 繰り返しになるが、最近紙面を賑わせている第三者委員会が行った「デジタルフォレンジックス」においては、「eディスカバリー」のツールや技術が使用されることがほとんどである。やはり調査対象者が数十名を超え、短期間での事実解明が必要な案件においては、インターネットを通じてアクセス可能な「eディスカバリー」のツールを使用して複数の調査員が同時にレビューするという作業が必要となってくる。 そして、レビューをしていく中で発覚した個別の事案については、「デジタルフォレンジックス」のツールと技術を使い、個別に詳細な調査を実施するというイメージである。 特に最近のドキュメントレビューツールは極めて高性能であり、特に大型の不正調査には欠かせない存在となっている。インターネット回線を通じてアクセス可能なレビュープラットフォームを使い、必要に応じて100名を超えるレビューアーが同時にアクセスし、期限内に大量のドキュメントをレビューすることも可能となる。 このオンラインドキュメントレビューツールと呼ばれる「eディスカバリー」ツールが、これまで「デジタルフォレンジックス」のツールが活躍していた不正調査のシーンで使われることが近年多くなってきており、このトレンドは今後さらに加速していくだろう。 このように、「デジタルフォレンジックス」と「eディスカバリー」は似て非なるものではあるものの、その境界線は曖昧なものになりつつある。ただし重要なのは、「eディスカバリー」と「デジタルフォレンジックス」それぞれの特性を理解し、最適な調査手法を個々の調査案件において設計し、実施することではないだろうか。 【図2】 オンラインレビューツールの画面イメージ (了)
〈小説〉 『資産課税第三部門にて。』 【第3話】 「準備調査」 ~実子とみなす者~ 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 谷垣調査官は、机の上に書類を積んで、黙々と仕事をしている。 田中統括官が声をかけた。 「もう12時を過ぎているよ。食事に行ったらどうだい。」 谷垣調査官は一瞬腕時計を見て言った。 「いや、もう少しで準備調査が終わりますから・・・」 谷垣調査官は午前中から、金融機関から回答のあった帳票等と相続税の申告書の数値を照合している。 「それと・・・家族名義預金などの分析を少しして・・・」 谷垣調査官はまだ仕事を続けるつもりである。 「統括官こそ食事に行ってください。」 資産課税第三部門は、この2人以外、誰もいない。 田中統括官は谷垣調査官の机の傍らに来た。 「ほう・・・なかなか複雑な家系図だな。」 田中統括官は、机の上に置かれている一枚の家系図を手にした。 「この家系図は、後妻の相続税の申告書かい?」 田中統括官が尋ねる。 「ええ、前妻と夫は既に亡くなっています。」 「この家系図は戸籍謄本と住民票から作成したのですが・・・最初、私、勘違いをしまして・・・」 谷垣調査官は、思い出したように苦笑いする。 「何を勘違いしたんだい?」 田中統括官は、谷垣調査官の顔を見た。 「家系図を見てください。このケース、税法上の相続人は何人いると計算しますか?」 田中統括官は再び家系図に目を向けた。 「夫は既に亡くなっている・・・CとDは夫と後妻の子だから当然相続人になる・・・そして、後妻の養子として夫と前妻の子のAとBがいる・・・」 田中統括官はここで少し首をかしげた後、机の上にある税務六法をめくった。 「そうだった・・・」 田中統括官はうなずきながら苦笑いを浮かべた。 「もう少しで間違って・・・『相続人は3人』と言ってしまいそうになった。」 「そうなんです。相続税法15条3項を失念していて、相続人を4人としている相続税の申告書が誤りなのでは、と。実際のところ、増差税額が発生すると喜んだのですが・・・」 そう言って谷垣調査官は笑った。 田中統括官は、手に持っている税務六法を読み上げた。 「相続税法15条3項1号に、「実子とみなす者」として、当該被相続人の配偶者の実子で当該被相続人の養子となった者・・・となっている。」 「実子がいる場合には、養子は1人しか法定相続人として認めない・・・と規定した相続税法15条2項の規定しか覚えていなくて・・・」 谷垣調査官は笑いながら頭を掻いた。 「私も間違いそうになったよ。」 田中統括官も笑いながら応えた。 「ところで、この前妻と後妻は姉妹なんです。お姉さんが亡くなってから、配偶者はその妹さんと結婚したのです。そしてこの戸籍謄本をみると・・・夫は、この家に養子として入籍しているんですね。」 田中統括官は腕を組んだまま、谷垣調査官の説明を聞いている。 「ということは・・・この場合、後妻は妹で、夫は養子ということか。昔はよくこんなケースがあったと聞いているけど、家系を守るために・・・」 田中統括官は谷垣調査官の机の上の書類を見ながら尋ねた。 「谷垣君、この準備調査で何か増差が出そうかね。」 「ええ。相続税の申告書に書かれている預金残高と金融機関に照合した残高に一部一致しない箇所があったのと、家族の預貯金に不明の入金があったのと・・・」 谷垣調査官は、机の上の書類を取り出しながら説明する。 「そうか。もともとこの被相続人は、大口資産家に該当する者なんだろう?」 田中統括官の質問に、谷垣調査官は素早く答えた。 「はい、貸家建付地の大口所有者で、不動産所得の収入金額が8,000万円以上ある納税者です。」 「資産税の税務調査は準備調査でだいたい結果が分かるから、しっかりやってくれよ。」 田中統括官はそう言いながら、すでに12時35分を指している壁時計を見た。 「あとは午後からにして、ここらで昼食に行こうじゃないか。ハンバーグランチでもご馳走しよう。」 田中統括官はそう言うと、谷垣調査官の肩を軽く叩いた。 「いいんですか? それでは遠慮なく!」 谷垣調査官はすくっと立ち上がった。 (つづく)
《速報解説》 国税庁、ホームページ上で「質疑応答事例」を更新 ~国境を越えた役務提供に係る消費税関連の5問含め29問が新設 Profession Journal編集部 国税庁は11月25日付けでホームページ上の質疑応答事例を更新し、新たに29問が追加された。 新設された29問の内訳だが、法人税に関する事例が12問と最も多く、その他、所得税5問、源泉所得税1問、譲渡所得1問、相続税・贈与税3問、消費税5問、印紙税2問となっている(財産の評価、酒税関係、法定調書については新設事例なし)。29問の各リンク先についてはこのページ下部の一覧表で確認されたい。 消費税に関する新設5問は下記の通りすべて平成27年度改正で創設された「国境を越えた役務の提供に係る消費税の見直し等」に係る事例であり、納税義務の判定等制度上の基礎的な事項について触れたものが多いが、事業者向け電気通信利用役務の提供を行った者が免税事業者であっても特定課税仕入れとして当該役務の提供を受けた国内事業者に納税義務が課されるとした事例(免税事業者からの特定課税仕入れ)については判定誤りのないよう確認しておきたい。 また法人税関連では下記のとおり、平成26年度改正で創設された生産性向上設備投資促進税制(租税特別措置法42条の12の5)について、投資計画に記載した生産性向上設備等を複数事業年度にかけて段階的に事業の用に供した場合に、投資計画のすべてが終了する前においてもそれぞれの供用年度において適用を受けることができるとした事例、工業会等に支払った先端設備であることの証明書の発行手数料は先端設備の取得価額に含まれず支出した事業年度の損金の額に算入されるとした事例等が追加されている。 相続税・贈与税関連では今年度改正で延長・拡充された「直系尊属から住宅取得等資金の贈与を受けた場合の贈与税の非課税」 (租税特別措置法70条の2)に関し、店舗兼住宅を取得した場合に店舗部分も含めた家屋全体の床面積で判定するため非課税制度の適用がないとした事例や、住宅ローン控除との併用について解説した事例2問が新設。なお本制度については下記の連載も参照されたい。 さらに平成25年度改正で適用要件が緩和された有料老人ホーム入居者に係る小規模宅地等の評価減特例(租税特別措置法69条の4)について、被相続人が要介護認定の申請中に死亡し相続開始後に要介護認定があった場合の特例適用について、被相続人の生前に心身の状況等の調査を行っていることから相続開始直前において要介護認定等を受けていた者に該当するものとして差し支えないとした事例が追加されている。 また昨年更新のなかった譲渡所得関連では、土地及び家屋の譲渡を行った際に買主から支払を受けた未経過固定資産税等に相当する額について、売主の譲渡所得の収入金額に算入されるとした事例(未経過固定資産税等に相当する額の支払を受けた場合)1問が新設された。 最後に太陽光発電設備に関する事例が3問新設されており、電力会社への売電事業を行う場合に発生する費用の取扱い等について解説している。電力会社の電気供給設備に太陽光発電設備を接続する際に必要となる連系工事負担金など一般事業会社には馴染みのない発生費用について触れており、実際に問い合わせがあったものと推察される。 なお今年度改正により、「環境関連投資促進税制(いわゆるグリーン投資減税)」(租税特別措置法42条の5)のうち即時償却については、平成27年4月1日以後に取得等する対象資産から太陽光発電設備が除外され、その適用期限が平成28年3月31日まで延長されている(30%の特別償却は継続適用。中小企業者等は7%税額控除も選択可能)。 なお、新設された29問の一覧とリンク先は下記のとおり。 (了)
《速報解説》 改正行政不服審査法の施行日が確定、 国税通則法施行令の一部改正も公布 ~平成28年4月1日以後の課税処分等に係る不服申立てから適用~ 弁護士 坂田 真吾 1 はじめに 平成27年11月26日付の官報号外第265号において、「行政不服審査法の施行期日を定める政令」、「行政不服審査法施行令」及び「行政不服審査法及び行政不服審査法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律の施行に伴う関係政令の整備に関する政令」が公布された。 「行政不服審査法及び行政不服審査法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律の施行に伴う関係政令の整備に関する政令」では第35条において、「国税通則法施行令の一部改正」が規定されている。 なお、上記行政不服審査法施行令等については総務省より10月13日付けでパブコメに付されていたが、国税通則法施行令の改正内容については明らかとされていなかった。 今回の政令公布により、 が確定した。 以下では、法改正の経緯等について簡単に解説する。 2 国税通則法改正の経緯 課税処分等の税務訴訟前の行政不服申立て(異議申立て、審査請求)については、国税通則法がその手続等を規定している。 既に、行政不服申立て手続を一般的に規定する行政不服審査法が平成26年6月13日に公布されたところ、これにあわせて、国税通則法も所定の改正が行われた(行政不服審査法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(以下「整備法」という)第99条)。 当該改正後の国税通則法(以下「改正通則法」という)は、異議申立ての廃止による再調査の請求制度の創設(再調査の請求は納税者の選択による)、不服申立期間の延長(2ヶ月から3ヶ月へ)、審査請求における審理手続の計画的進行、口頭意見陳述の整備及び審査請求人による証拠の閲覧対象の拡大等について規定するものであり、これまでの取扱いが大きく変更される。 改正通則法の施行は、公布の日(平成26年6月13日)から起算して2年を超えない範囲内において政令で定める日とされていたところ(整備法附則1条)、今回の関係政令の公布によって、施行期日が「平成28年4月1日」とされた。 3 施行期日前後の適用関係 ただし、国税不服審判所に申し立てられた審査請求について、平成28年4月1日から、直ちに改正通則法が適用されるわけではない。 すなわち、整備法附則5条(経過措置の原則)は、行政庁の処分についての不服申立てであって、この法律の施行前にされた行政庁の処分については、この附則に特別の定めがある場合を除き、なお従前の例による旨を規定している。 したがって、改正通則法は、平成28年4月1日以降になされた課税処分等に係る不服申立てに適用され、同年3月31日までにされた課税処分等に係る不服申立てについては、現行の国税通則法が適用される。 そうすると、推測であるが、通常の年と比べ、平成28年3月中には駆け込み的に課税処分件数が増加するのではないかと考えられる。 * * * 上記のように、改正通則法は、従前の審査請求実務の取扱いを大きく変更するものであり、今後、実務がどのように動いていくかが注目される。 (了) ↓お薦め連載記事↓
2015年11月26日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.146を公開! プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布しています! -「イケプロが実践するPJの活用術」「第一線で活躍するプロフェッションからPJに寄せられた声」を掲載!- - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
山本守之の 法人税 “一刀両断” 【第17回】 「実効税率引下げの流れ」 税理士 山本 守之 1 法人税率及び実効税率の引下げの流れ わが国の税制改革では、第1次で実効税率を次のように引き下げることにしていますが、第2次ではドイツ並みに20%台に引き下げることにしています。 (出所:財務省資料) 実効税率は次のように計算されます。 なお、現在の世界の実効税率は次のようになっています。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (出所:財務省ホームページ) 「平成27年度(与党)税制改正大綱」によると、第2段階として次のように5つの改正を見込んでいます。 2 最近の変化 政府は「実効税率」を20%台に下げるのは、当初は「平成27年度から数年間で」としていたのを、平成28年度で建物附属設備とダムなどの構造物を定額法に限定し、設備投資減税を制限して実効税率を30.99%とし、平成29年度は設備投資減税を廃止し、外形標準課税を強化して実効税率を20%台とする予定です。 10月7日に発足した第三次安倍改造内閣で国内総生産(GDP)600兆円の実現など経済再生を最優先とするため、企業が今後の投資計画を立てやすいように平成28年税制改正大綱に先取りして方向性を盛り込むようにしようと考えたようです。 TPP交渉が大筋合意したことで企業の国際競争力強化を後押しすることが急務となったため、実効税率20%台を早くすることとにしたのです。 3 ドイツの問題点 一連の改正はドイツが平成8年から改正(付加価値税率を上げ法人税率を下げる)したものを日本もまねようということですが、もともとドイツは義務説の国ですから、日本で改正手法をそのまま学ぶのは問題があります。 義務説はジョン・スチュアート・ミル(イギリス)の唱えた犠牲説が源流になっており、この考え方がドイツの学者に引き継がれ、ワグナーによって論理が確立したといってよいでしょう。 この考え方は国家や公共団体は国民や住民がその生活を営む上で必要な共同機関であると位置付けることから始まります。教育、福祉、治安などは共同機関の存在がなくては考えられず、国民(住民)は生活を営む以上はこれらの機関が必要とする財源を租税の形で負担するのは当然の義務であるというのです。 この説は、イギリスよりもはるかに遅れて資本主義化の途を辿ったドイツらしい理論です。イギリスの場合は自由主義段階に対応する「安価な政府」を望むのですが、資本主義化を急速に推し進めるドイツとしては、その発展のために国家の保護と介入を必要とし、国家が資本主義を育成し、維持する役割を持っていたので、租税を「国家から受けるサービスの対価」と考えるよりは、「国家の経費を賄うもの」としての租税の義務化を考えたのです。 筆者が2007年にドイツに行った時に、ドイツ財務省では義務説と対価説との関係について という質問に対して と答えていました。 減価償却の手法を定額法のみとすれば、税収は増えるのですが、企業の投資が減るという問題があります。 外形標準課税を中小企業にも及ぼすのは、参議院選挙を控えてどうでしょう。 (了)
包括的租税回避防止規定の 理論と解釈 【第3回】 「包括的租税回避防止規定の規定内容」 公認会計士 佐藤 信祐 3 包括的租税回避防止規定の規定内容 組織再編税制における包括的租税回避防止規定は、法人税法、所得税法、相続税法及び地方税法にて、それぞれ規定されている(法法132の2、所法157④、相法64④、地法72の43④)。そのほかにも、同族会社等の行為計算の否認(法法132、所法157①、相法64①、地法72の43①)、連結納税制度における包括的租税回避防止規定(法法132の3)などが規定されている。 これに対し、消費税法では、このような、同族会社等の行為計算の否認や包括的租税回避防止規定は設けられていない(※1)。 (※1) 八ツ尾順一『租税回避の事例研究』37頁(清文社、六訂版、平成26年)では、「消費税法には、租税回避に対処するために、法人税法132条のような『同族会社の行為計算の否認規定』は存しない。消費税そのものが間接税(伝統的な間接税の定義からすれば、実質的な税の負担者と納税義務者とは異なる税をいうのであるから、納税義務者である事業者は、租税回避を行う必要がないと考える)であるからなのか、消費税では租税回避が行われないと考えるのかは定かではない。」と指摘されている。 以前より、租税回避については、租税法律主義と租税公平主義との間で見解が分かれており、この点につき、松原圭吾教授は、租税法律主義に基づく立場を「当事者間で合理的に選択した法形式を、課税庁の裁量で新たに別の法形式に引き直すことは、憲法30条(いわゆる「納税の義務」)や憲法84条(新たに租税を課し、又は現行の租税を変更するためには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする)に依拠した租税法律主義に反し、許されないという主張である。」と説明され、租税公平主義に基づく立場を、「憲法14条(いわゆる「法の下の平等」)に由来する課税の公平としての租税平等主義や租税公平主義の要請から、租税回避行為を選択した納税者と他の納税者との公平を期すべく、同一の法形式に引き直すべきであるという主張である。」と説明されていた(※2)。 (※2) 松原圭吾「租税回避行為の否認に関する一考察」税法学553号110頁(平成17年) 多くの学者の方々の論文を拝見すると、租税法律主義を重視する見解が多いという印象を受ける。また、納税者の立場を安定させるためにも、そのように解すべきであると考えられる。 しかしながら、国税庁のシンクタンクである税務大学校の雑誌である『税大論叢』では、租税回避に対して租税公平主義の立場から厳しい対応をすべきであるという内容が多く、ヤフー・IDCF事件の前においても、納税者にとって厳しい判決が下っているものも少なくなかった。 このような中で、筆者が平成21年に上梓した『組織再編における包括的租税回避防止規定の実務(中央経済社)』では、租税回避に対する否認手法として、以下の分類に基づいて解説を行った(※3)。 (※3) 佐藤信祐『組織再編における包括的租税回避防止規定の実務』22-27頁(平成21年) 当時の解説では、事実認定と法令解釈を重視したものとなっており、税務調査における否認手法についても、(1)書面上の事実関係に対する否認、(2)形式的な事実関係と真実の事実関係が異なるものとしての否認、(3)包括的租税回避防止規定の適用に分けたうえで、とりわけ、税務調査で閲覧される可能性のある書類の整備を重視した解説をさせていただいた(※4)。 (※4) 佐藤信祐前掲書(※3)31-33頁 この考え方は、現在でも全く変わるものではなく、包括的租税回避防止規定についてのご相談を受ける際にも、それ以前の事実認定や法令解釈の問題であると思われるものも少なくない。とりわけ、法令解釈においては、文理解釈のみならず、拡張解釈、縮小解釈などの論理解釈もあり得るし、税務訴訟においても、そのような主張を国側が行っている場面も見受けられる(※5)。 (※5) 例えば、大和銀行事件では、課税庁が「納付」の文言に対する縮小解釈を主張していたことから、条文の文言を縮小・拡大解釈することができるか否かという点からも議論になっていたが、平成17年12月19日最高裁判決では、最終的に国側が勝訴したものの、このような縮小解釈を認められなかった。 この点につき、清水一夫教授は、 (清水一夫「課税減免規定の立法趣旨による『限定解釈』論の研究」、税大論叢59号278頁(平成20年)) と指摘されている。 しかしながら、条文の立法趣旨を勘案することにより、条文の文言を形式的に解釈するのではなく、拡大・縮小解釈すべき場面もあるという考え方もあるため、条文解釈においては、慎重な対応が必要になる。 これに対し、ヤフー・IDCF事件東京地裁判決、東京高裁判決は、包括的租税回避防止規定の中に課税減免規定の限定解釈論を持ち込んだものであるとも言われており(※6)、従来に比べて、制度趣旨を踏まえた解釈が重要になったという印象を受けざるを得ない。 (※6) ヤフー・IDCF事件が東京地裁で争われていた最中に行われた座談会における朝長英樹氏の発言からもそのような意図が推測される(朝長英樹ほか「組織再編成を巡る否認が相次ぐ中、今明かされる『行為計算否認規定(法人税法132条の2)の創設の経緯・目的と解釈』」T&Amaster449号1-12頁、450号16-26頁、451号13-19頁(平成24年)参照)。 しかしながら、本判決が公表される前であっても、①経済合理性の有無、②制度趣旨、③税務調査官の感情論を理解したうえで、包括的租税回避防止規定が適用されるべき事案か否かの検討を行うべきであると解説させていただいており(※7)、租税回避に対する基本的な考え方は、学術的にはともかくとして、実務的にはそれほど変わっていないと考えることもできる。 (※7) 佐藤信祐前掲(※3)35-38頁 そのため、これらの判決が公表された後は、ヤフー・IDCF事件は話題になることは多く、ミーティングでも質問されることが多くなっているものの、組織再編税制に対する実務が変わったという印象は受けない。なぜならば、ストラクチャーの検討段階では、租税法のあるべき論に比べ、かなり保守的な分析をしていた日本企業が多かったことから、実務上は、どの見解を採用したとしても、租税回避には該当しないようなストラクチャーが実行されていたからである。 そのため、筆者が平成21年に上梓した『組織再編における包括的租税回避防止規定の実務(中央経済社)』では、課税当局への事前相談で租税回避に該当するか否かの回答を得ることが困難であること、それが故に税務専門家としての租税回避に該当するか否かの意見の表明が重要になるということを指摘させていただいたが(※8)、その考え方も基本的には変わっていない。 (※8) 佐藤信祐前掲(※3)35、38-39頁 しかしながら、当時の解説にあるように、ストラクチャー全体を見ながら判定をすることから十分な予算と時間が必要になるということと、答えに幅がある内容であることからオピニオンショッピングに繋がりやすいという点には留意が必要である。 第1回から第3回(本稿)までは、租税回避についての一般的な考え方を解説させていただいたが、前回解説させていただいたように、ヤフー・IDCF事件はドイツの一般的否認規定の影響を受けたものであるとも言われている。しかしながら、ドイツの一般的否認規定の分析だけをしても租税回避に対する研究としては不十分であり、本来であれば、租税回避についての全体的な分析が必要になるであろう。 そのため、まずは次回以降から、同族会社等の行為計算の否認について、その歴史的経緯を探っていく予定である。 (了)