税務判例を読むための税法の学び方【13】 〔第4章〕条文を読むためのコツ (その6) 自由が丘産能短期大学専任講師 税理士 長島 弘 (前回はこちら) (4 主文の主要素を見極める方法) ⑥ 関連した法令用語による文脈の把握 ここで書く内容は、いくつかある。 1つ目であるが、前回は対句に着目して整理する方法を書いたが、ある意味ではその内容に含まれるものである。前回、「対句」といった場合、様々なものが考えられることを述べた。そして、文章内に同じような表現が繰り返されている場合を取り上げた。 しかし「対句」とは、ある語に別の語がセットとして続く場合も指す。ここではこのセットの語が法令用語であるものを、分類して説明する。 以下の簡単な条文で説明しよう。 所得税法第77条は、地震保険料控除について規定したものであるが、そこには「居住者が、各年において、自己若しくは自己と生計を一にする配偶者その他の親族の有する家屋で常時その居住の用に供するもの又は・・・」 とある。 この「もの」は、日常用語においては意識して使い分けてはいないため、これが法令用語と言われても釈然としない者も多いであろう。しかし、法令上「者」「物」「もの」は、明確な意図のもとに使い分けられている。 そのため、混同を避けるために、「者(シャ)」「物(ブツ)」と音で読んだりすることもある。「者」は法律上の人格を有するものをいい、「物」は有体物を表す場合に使われ、「もの」は「者」又は「物」で表現できないような抽象的なものを表現する場合に用いられる。 そして、一定の者又は物あるいは「もの」を限定するにあたり、上に示した「・・・で・・・もの(者、物)」という表現が多く使われ、この「で」と「もの(者、物)」が1つのセットになっている。 「AでBであるもの」ということから、結果として、AでありかつBであるというように条件が付加されたことになる。この場合、ここで述べられているものは「自己若しくは自己と生計を一にする配偶者その他の親族の有する家屋」であり、かつ「常時その居住の用に供するもの」ということになる。 同様に、日常用語においては意識して使い分けていないが、法令用語としては明確な意図のものに使い分けられているものとして、「場合」と「とき」と「時」がある。 「時」は時点を示す意味で使い、「場合」と「とき」は仮定的条件を示す場合に使う。 ただし、この「場合」と「とき」も、法令上、1つの仮定的条件を示す場合には、「場合」を使うか「とき」を使うかは、語感の問題でしかない。 しかし、法令上仮定的条件を二重に限定するときには、明確に意識して、「・・・場合において、・・・ときは」や「・・・場合の・・・とき」という言い方をすることになっている。 すなわち、法令上仮定的条件を二重に限定するときは、「場合」「とき」が1つのセットになっているのである。なお、もし三重に限定する場合には、「場合・・・場合・・・とき」と使う。 これを所得税法第120条で確認しよう。 次に、所得税法第122条第2項を見てみよう。 ここで述べる2つ目は、前に書いた同一用語の併置に似ているが、用語としては同一ではなく、また前に書いた並列的内容の事項の併置にも似ているが、内容的に並列というのではなく、法令用語として似ている語の併置に着目して整理する方法である。 すなわち、上に書いた「者」「物」「もの」が併置されている場合が、その例である。「条文を読むためのコツ(その2)」において、「者」と「もの」の併置があったのもこの例である。 (了)
〔税の街.jp「議論の広場」編集会議 連載25〕 海外赴任中のストックオプションの 権利行使と株式譲渡について 税理士 神谷 紀子 Q 私は日本の上場企業に勤める会社員です。平成22年4月に、会社からシンガポールへの海外赴任を命ぜられ、現在も引き続きシンガポールに居住しています。 最近の日本の株高の傾向を受けて、下記のストックオプションを平成25年6月に権利行使しようと思っています。また、権利行使後、適当な時期にその取得した株式を譲渡しようと思っています。 この場合、私は、どのような課税関係になるのでしょうか。 いわゆる、税制適格ストックオプションの場合と税制非適格ストックオプションの場合について、教えてください。 A 1 税制適格ストックオプションと税制非適格ストックオプションの課税の概要 (1) ストックオプションにおける税務の基本的な考え方 ストックオプションは、通常、①付与(ストックオプションの発行)の時、②権利行使の時、③株式譲渡の時の3段階で課税問題を考えることになる。各段階における税務の基本的スタンスは下記の通り。 ①については、将来株式を取得する権利を取得するものの、実質的には、換金可能な経済的利益はない。そのため、課税は行われない。 ②における利益、すなわち権利行使による株式取得に係る経済的利益は、ストックオプションの発行会社の従業員や役員の身分を起因とする現物給与と解されることから、一般的に給与所得として考えることになる(所令84④、所基通23~35共-6)。 ③における利益は、権利行使により取得した株式を譲渡した利益であり、これは株主としての資格で取得するキャピタルゲインであるため、譲渡所得と解される(措法37の10)。 (2) 税制適格ストックオプションの課税の概要 いわゆる税制適格ストックオプションとは、年間の権利行使価額の上限を1,200万円とするなど租税特別措置法29条の2《特定の取締役等が受ける新株予約権等の行使による株式の取得に係る経済的利益の非課税等》1項の要件(以下「税制適格要件」という)を満たす契約をいう。 この税制適格要件を満たしていれば、居住者・非居住者にかかわらず、税制適格のストックオプションとしての課税関係が決まる。 したがって、海外赴任中であっても、税制適格要件を満たすことは可能である。 税制適格ストックオプションの課税方法は、以下の通り。 税制適格ストックオプションは、権利行使時に生じる経済的利益(権利行使時の時価と払込価額との差額)にかかる課税は株式譲渡の時まで繰り延べられる。この繰り延べられた経済的利益は、その後の株式の値上がり益とともに株式譲渡の時に譲渡利益(又は譲渡損失)として、譲渡所得として課税される(申告分離課税)。 すなわち、本来給与所得として課税を受けるべき権利行使益を繰り延べて、株式譲渡の時にその給与所得部分も含めて譲渡所得として課税するという、特例的な取扱いである。 居住者の譲渡所得の税率は、20.315%(うち所得税15%、復興特別所得税0.315%、住民税5%。上場株式等であれば10.147%(※1)(うち所得税7%、復興特別所得税0.147%、住民税3%))なので、一般的に、後述の税制非適格ストックオプションの場合に比べて有利と考えられている(措法37の10)。 (※1) 平成26年以後は、上場株式等についても20.315%となる。 なお、多くの場合、権利行使と株式譲渡は同時に行われる。その場合は権利行使益と株式譲渡対価に差額が生じないため、権利行使益=譲渡所得として課税されることになる。 (3) 税制非適格ストックオプションの課税の概要 税制非適格ストックオプションの課税方法は以下の通り。 税制非適格ストックオプションは、いわゆる原則的な課税関係であり、権利行使時に生じる経済的利益(権利行使時の時価と払込価額との差額)は「給与所得」として課税される。 居住者の給与所得は総合課税の税率(累進課税)なので、一般的に、所得が多い人にとっては、税制適格ストックオプションの場合に比べて不利になると考えられている。 2 非居住者におけるストックオプションの課税関係 海外赴任中の会社員が、赴任先の居住地国においてストックオプションを権利行使し、譲渡する場合の課税関係については、基本的には、非居住者としての取扱いとなる。 また、日本と居住地国との間に租税条約の締結などがある場合は、租税条約の規定が優先されることになる。 以下、シンガポールにおいてストックオプションを権利行使し株式を譲渡する場合の課税関係を検討する(※2)。 (※2) 本稿では、会社員である非居住者を前提としているので、「恒久的施設(PE)を有しない」非居住者についてのみ検討する。 (1) 平成21年4月に付与されたストックオプションの課税関係 ① 税制適格ストックオプションの場合 所得税法の規定では、税制適格ストックオプションの課税関係について、居住者であっても非居住者であっても基本的に考え方は同じである。ただし、日本の所得税法では、非居住者については、「国内源泉所得」についてのみ課税することとなっている点(所法164)や、居住者と非居住者では、適用条文が変わる場合があるので注意を要する。 ⅰ) 権利行使の時の課税 税制適格ストックオプションは、非居住者であっても、居住者と同じく権利行使の時には、課税はない(措法29の2)。 ⅱ) 株式譲渡の時の課税 非居住者が税制適格ストックオプションを権利行使により株式を取得し、その後その株式を譲渡した場合は、日本の所得税法では、居住者と同じく権利行使による経済的利益も含めて譲渡所得として課税される(措令19の3⑭)。 このとき、非居住者の株式の譲渡については、租税特別措置法37条の12が適用される。その場合の税率は、15.315%(所得税15%、復興特別所得税0.315%)であり、上場株式等の軽減税率は適用されない。 なお、住民税(5%)は免税される。 ⅲ) 租税条約の適用 日本とシンガポールとの間には、租税条約が締結されている。 日星租税条約15条1項(給与所得)は、以下のように規定されている。 また、同条約13条5項(譲渡収益)は、以下のように規定されている。 ストックオプションの権利行使益は、本来、日本においてもシンガポールにおいても、従業員の身分としての給与に該当すると考えられている。 その考え方をベースにすると、日星租税条約15条により、権利行使益のうち日本に居住していた期間に相当する部分は、国内源泉所得として日本に課税権があり、シンガポールに居住している期間はシンガポールに課税権があると解される。 日本の課税権がある部分(国内源泉所得)については、日本の税法が適用されることになるので、上述の通り、税制適格ストックオプションとしての課税となり、株式譲渡の時に税率15.315%(復興特別所得税込)での譲渡所得課税となる(措法37の12、措令19の3)。 また、株主の資格で取得する利益とされる権利行使後の譲渡益については、日星租税条約により、居住地国に課税権があるため、日本での課税はない(日星租税条約13条5項)。 税制適格ストックオプションであった場合の1株当たりの課税関係を図に表わすと、下記のとおりとなる。 ② 税制非適格のストックオプションの場合 ⅰ) 権利行使の時の課税 税制非適格ストックオプションの権利行使による経済的利益は、給与所得課税であるが、非居住者の場合は国内源泉所得に限られる。そのため、付与から権利行使までの間、日本に在住していた期間分についてのみ、国内源泉所得として日本の所得税が課税される(所法161八イ)。 なお、シンガポール在住期間分は、給与所得ではあるが、「国外源泉所得」となり日本の所得税の課税なく、シンガポールで課税されることになる。 この所得税は、源泉分離課税となり、20.42%(所得税20%、復興特別所得税0.42%)の税率で納税して課税関係は終了する(所法161八)。 なお、この源泉所得税を納めるに当たり、日本の会社からの金銭の支給がないことから、本人から会社に源泉所得税相当額を払い込まなければならないことになる。 ⅱ) 株式譲渡の時の課税 非居住者が、一般の株式を売却した時の譲渡所得は、所得税法で免税されている(所法164①四)。よって、日本での課税はない。 税制非適格ストックオプションであった場合の1株当たりの課税関係を図に表わすと、下記のとおりとなる。 (2) 平成22年4月に付与されたストックオプションの課税関係 ① 税制適格ストックオプションの場合 ⅰ) 権利行使の時の課税 税制適格ストックオプションは、非居住者であっても、居住者と同じく権利行使の時には、課税はない(措法29の2)。 ⅱ) 株式譲渡の時の課税 非居住者が税制適格ストックオプションを権利行使により取得し、その後譲渡した場合は、日本の所得税法では、居住者と同じく譲渡所得として課税されることになっている(措令19の3⑭)。 このとき、非居住者の株式の譲渡については、租税特別措置法37条の12が適用される。その場合の税率は、15.315%(所得税15%、復興特別所得税0.315%)であり、上場株式等の軽減税率は適用されない。 なお、住民税(5%)は免税される。 ⅲ) 租税条約の適用 日本とシンガポールとの間には、租税条約が締結されている。 すでに「(1) 平成21年4月に付与されたストックオプションの課税関係 ①ⅲ」で検討したように、ストックオプションの権利行使益に相当する部分は、本来、日本においてもシンガポールにおいても、従業員の身分としての給与に該当すると考えられている。 そのため、日星租税条約が適用される場合は、権利行使益に相当する部分のうち国内源泉所得部分は日本での課税となる。しかしながら、本ストックオプションは、付与から権利行使の時まで日本における居住期間がなく、国内源泉所得部分はない。したがって、権利行使益に相当する部分の課税はない(日星租税条約15条1項)。 また、株主の資格で取得する利益とされる権利行使後の譲渡益は、日星租税条約により、居住地国に課税権があるため、日本での課税はない(日星租税条約13条5項)。 したがって、本ストックオプションについては、権利行使及び株式譲渡による日本での課税は全く生じないことになる。 ② 税制非適格のストックオプションの場合 ⅰ) 権利行使の時の課税 税制非適格ストックオプションの権利行使による経済的利益は、給与課税であるが、非居住者の場合は国内源泉所得に限られる。そのため、その経済的利益のうち、付与から権利行使までの間、日本に在住していた期間分に相当する部分についてのみ、国内源泉所得として日本の所得税が課税される(所法161八イ)。 しかしながら、本ストックオプションは、付与から権利行使の時まで日本における居住期間がないため、国内源泉所得部分はない。したがって、非適格ストックオプションの権利行使による日本での課税はない(日星租税条約15条1項)。 なお、本ストックオプションにおける給与所得部分は、そのすべてがシンガポールにおける給与所得として課税されることになる。 ⅱ) 株式譲渡の時の課税 非居住者が、一般の株式を売却した時の譲渡所得は、所得税法で免税されている(所法164①四)。よって、日本での課税はない。 3 非居住者のストックオプションの日本における課税関係の整理 これまでの課税関係をまとめると、以下のとおりとなる。 【権利行使時】 【譲渡時】 ※上記税率に復興特別所得税が加算される(税率=所得税率×2.1%)。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第9回】 椿本興業株式会社・ 元従業員による不正行為に係る 「第三者委員会調査報告書」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【概要】 【椿本興業株式会社の概要】 椿本興業株式会社(以下「椿本興業」という)は大正5年創業。機械器具、運搬機械装置販売会社の老舗。連結子会社は国内13社、海外3社。連結売上高81,665百万円、連結経常利益2,003百万円。従業員379名(数字はいずれも2012年3月期)。東証・大証1部上場。 【報告書のポイント】 社内調査委員会による報告書と第三者委員会による調査報告書(要約版)が同時に公表されている。社内調査委員会による調査の目的は、 の3点である。 以下では、第三者委員会による調査報告書の記載を中心に、社内調査委員会の報告内容を補完して記述する。 1 調査結果により判明した事実 (1) 不正発覚の経緯 中日本営業本部東海東部SD(Sales Division)における元SD長が関与する取引において、多額の棚卸残高が計上されていることから、平成24年1月以降、経理部門、コンプライアンス室を交えた打合せが行われてきたが、改善されなかった。 平成24年12月末の棚卸資産残高が1,303百万円に達したことから、平成25年2月、経理部門責任者から中日本営業本部長にあてて、以下の理由から、元SD長が関与する一連の取引を中止させるよう、勧告が行われた。 勧告の結果、架空・循環取引による資金の流れが止められたため、資金繰りに困った元SD長が、3月13日、営業総括本部長に対し、架空・循環取引を行っていた旨の自白をした。 (2) 不正取引の内容 不正取引を行うこととなった発端は、元SD長が、関係の深い仕入先KE社の資金繰りを支援するため、先行検収(前渡金の支払い)や売上債権の流動化(資金化)を行ってきたものの、資金繰りが一向に改善しなかったため、水増し発注を行うようになった。 水増し発注を繰り返す中で、元SD長は水増し発注した代金の着服を行うようになる。 元SD長は、KE社以外の7社を椿本興業の販売先として、KE社と椿本興業の間に介入させ、一方、椿本興業からはKE社を含む5社に対して発注を行い、KE社に資金を還流させることにより、架空・循環取引を繰り返していた。 【資金の流れ】 (3) 隠蔽工作 元SD長による隠蔽工作の一つは、KE社に対する2度の税務調査においてKE社からの現金着服が問題になった際に、椿本興業に反面調査が及ぶことを避けるため、国税調査官に対して「使途秘匿金扱い」とすることを依頼したことである。また、監査法人が架空・循環取引に関与した社に対して残高確認書を送付した際には、この郵便物を同社から取り戻し、偽造した残高確認書を監査法人に返送していた。 (4) 業績に与えた影響 過去7年間の財務諸表の訂正により、売上高は約70億円の減少、当期純利益は約15億円の減少、純資産額は約17億円の減少となっている。 2 不正行為の発生原因と長期間発覚しなかった理由 (1) 人事異動の少なさ 椿本興業では、顧客密着型の営業スタイルにより顧客の信頼を築き、リピートオーダーを獲得するため、特定の営業が特定の顧客を担当することが必要であった。特に、名古屋地区の顧客特性から、他の地域の者に代替させることが容易にできない商慣習もあり、人事異動ができにくい環境にあった。 本件の首謀者元SD長も、入社以来、中日本営業本部に勤務し、課長職になってから20年、装置営業部門で決裁権限を有していた。 (2) 営業担当者に対する広範な権限付与と牽制機能の欠如 営業担当者は、仕入先選定、見積書提出、現場据付工事の立会い、顧客引渡しなどの営業活動、売掛金回収や仕入先に対する支払指示などを一人で担当するというスタイルが踏襲され、社内・社外の人間関係の濃密さも相俟って、内部統制の機能の大きな柱である相互牽制・監視が機能せず、不正発生の温床となりやすい常況にあった。 (3) 平成18年2月発覚した元従業員による横領事件 平成14年4月、名古屋支店から大阪本社に異動した元従業員による架空仕入の計上による横領事件が、平成18年2月に発覚した。 この事件は、結果的に見れば、本件の首謀者である元SD長が行っていた不正行為と同一態様のものであり、平成18年2月の時点で徹底した調査が行われていれば、この時点で不正行為の発見につながったものと考えられるが、調査を行った事実はない。また、元従業員が大阪本社への転勤前、名古屋支店で同様の不正行為をしていたかどうかを調査した形跡もない(実際には元SD長と共謀し、あるいは単独で、名古屋支店時代から不正を行っていたことが今回発覚した)。 (4) 監査法人による指摘 上記(3)の事件の発覚を受け、あずさ監査法人は、監査役会に対して、椿本興業の業務体制が孕む不正リスクを指摘したうえで、「内部管理体制や内部監査の強化等の対策による再発防止へ向けての留意が特に重要だ」と報告した。 ところが、この指摘に対して椿本興業経営陣がこれを真摯に受け止め、対策を検討した形跡はなく、不正行為の再発防止策が講じられることはなかった。 3 会計監査人に対する問題点の指摘 あずさ監査法人の問題点は、せっかく正鵠を射た指摘をしておきながら、指摘に対して経営陣が再発防止策を講じなかったにもかかわらず、その不作為(放置)に対して、継続的な改善を促した形跡はないこと、現任の監査責任者に対して、平成18年5月の指摘事項が引き継がれておらず、監査の連続性、一体性が確保されていないことにある。 報告書は、「これでは、当社の業務上の不正リスクに関する当監査法人自身による適確な監査の効果が、当監査法人自らの事後的対応によって減殺され、全く活かされることなく雲散霧消したと言わざるを得ない」と酷評、「不正行為の発見を遅らせた一因をなした」と締めくくっている。 4 調査報告書の特徴 椿本興業について、第三者委員会は「役職員間における派閥や対立関係、無用な軋轢等がほとんどなく、職場環境は融和的な気風に富んでいる」と評している。しかし、こうした美風は、残念ながら、発覚した不正事件を矮小化して、首謀者の懲戒解雇だけで済ませた上、監査法人の指摘に対しても業務体制の見直しを行わない方向に作用し、結果として、複数の従業員が関与する長期間の不正を見過ごすことにつながってしまった。 調査報告書では、こうした経営陣のコンプライアンス意識の希薄さを、平成18年2月に発覚した事件を良き教訓とし、監査法人の指摘を真摯に受け止めて再発防止策を講じていたならば、不正行為の継続を困難にし、あるいはより早期に発覚し得た可能性を否定できないとして、問題視している。 架空循環取引の手口による不正な売上計上は、首謀者が、所属部門の業績を良く見せることを目的として行われることが多いが、本件の首謀者である元SD長は「私的な遊興費、愛人の生活費等に充てる金員を詐取する目的」のために、架空循環取引に架空発注を付加して、発注代金から現金を取得していた点で、より悪質である。 その上、社内体制も、元SD長による不正を認識しながら、自らも不正な利益を得るため積極的に加担した幹部職員が複数存在し、より広範囲の職員も反対意見を具申することなく、不正取引に加担していたように、組織全体のコンプライアンス意識の欠如も不正が長く続いた要因であった。 なお、元SD長が、架空・循環取引を発案し、KE社との間で開始したのは平成17年3月頃からであったということであるが、メディア・リンクス社による架空取引が報じられたのが平成16年11月であったことと考え合わせると、この事件から何らかのヒントを得たのかもしれない。 経営者はなかなか他社の不正事例に学ぶことができないようだが、不正実行者とその予備軍は、他社の不正事例を知見として自社の脆弱性を見極め、不正を実行する機会を探っていると言ったら、言葉が過ぎるだろうか。 (了)
年次有給休暇 管理上の留意点 【第4回】 「年次有給休暇の計画的付与」 社会保険労務士 菅原 由紀 ◆年次有給休暇の取得率 日本企業の年次有給休暇(以下、「年休」という。)の取得率は、平成5年の56.1%をピークに減少し、近年では50%を下回る状態が続いている。 厚生労働省の「平成24年就労条件総合調査結果の概況」によると、平成23年の取得率は49.3%となっている。 なお、取得率を企業規模別にみると、1,000人以上が56.5%(同55.3%)、300~999人が47.1%(同46.0%)、100~299人が44.0%(同44.7%)、30~99人が42.2%(同41.8%)となっている。 ※( )は前年。 ※付与日数には繰越日数は含まない。 厚生労働省:「平成24年就労条件総合調査結果の概況」より ◆年次有給休暇の計画的付与 年休は本来、労働者が自分の意思によって取得するものであり、利用目的も自由であり、使用者はその利用目的を制限することはできない。 しかし、上記に見たように、年休の取得率が50%程度と低いという現状から、年休の取得促進、さらには連続休暇を普及促進させるために、労働基準法では計画付与という制度が定められている。これを「年次有給休暇の計画的付与」という。 この計画的付与は、年休の付与日数すべてについて認められているわけではない。なぜならば、労働者が病気その他の個人的事由による取得ができるよう、労働者が指定した時季に与えられる日数を留保しておく必要があるためである。 そこで年休の日数のうち5日は、個人が自由に取得できる日数として必ず残しておかなければならない。このため、労使協定による計画的付与の対象となるのは、年休の日数のうち、5日を超えた部分となる。 例えば、年休の付与日数が10日の労働者に対しては5日、20日の労働者に対しては15日までを計画的付与の対象とすることができる。なお、前年度取得されずに次年度に繰り越された日数がある場合には、繰り越された日数を含めて5日を超える部分を計画的付与の対象とすることができる。 ◆計画付与の方法 年休の計画付与制度には、主に次の方法がある。 企業や事業場は、この中から実態に即した方法を選択することになる。 ◆計画的付与制度の導入に必要な手続 年休の計画的付与制度の導入には、就業規則による規定と労使協定の締結が必要になる。 ① 就業規則による規定 年休の計画的付与制度を導入する場合には、まず、就業規則に「5日を超えて付与した年次有給休暇については、労働者の過半数を代表する者との間に協定を締結したときは、その労使協定に定める時季に計画的に取得させることとする」などのように定めることが必要である。 ② 労使協定の締結 実際に計画的付与を行う場合には、就業規則の定めるところにより、労働者の過半数で組織する労働組合又は労働者の過半数を代表する者との間で、書面による協定を締結する必要がある。なお、この労使協定は、所轄の労働基準監督署に届け出る必要はない。 労使協定で定める項目は次の通り。 ◆一斉付与の場合の年休の足りない者の取扱い 一斉付与により計画年休を実施する場合で、年休が5日以下の者(新入社員や8割要件を満たさなかった者など)がいるときは、以下の措置を講じることで、一律にその日を休みにすることが望ましい。このような措置をとらずに労働者を休業させる場合には、会社都合による休業として休業手当(注)の支払いが必要になる。 (注) 労働基準法第26条(休業手当):使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の100分の60以上の手当を支払わなければならない。 (連載了)
〔時系列でみる〕 出産・子を養育する社員への 対応と運営のヒント 【第9回】 「労働者の処遇、職場環境改善及び 教育訓練に関連する助成金」 社会保険労務士 佐藤 信 1 はじめに 前回に引き続き、会社に対する国の支援制度(助成金)について触れていく。 今回取り上げるのは、労働者の処遇や職場環境の改善、教育訓練に対するものである。 両立支援制度と直接関連のある助成金ではないが、職場環境の向上や全労働者のスキルアップを図ることで、子を養育する労働者の両立支援をしやすくすることがある。 各種制度を導入・変更するときは、特定の社員(当連載では「出産・子を養育する社員」)だけに目線を向けて設計するのではなく、周囲の労働者のことや会社全体を良い方向に導いていくことも念頭に置きながら実施していきたい。 2 労働者の処遇、職場環境改善及び教育訓練に関連する助成金 (1) 中小企業労働環境向上助成金 中小企業労働環境向上助成金とは、雇用管理制度(評価・処遇制度、研修体系制度)の導入等を行う健康・環境・農林漁業分野等の事業を営む中小企業事業主に対して助成するものであり、雇用管理改善を推進し、人材の定着・確保を図ることを目的としたものである。 助成金が支給されるケースとして「評価・処遇制度の導入」がある。 業務の効率化や、引継ぎ、情報の共有、突発的に生じた作業への対応等の実施状況を評価し、能力を高めていくことで両立支援を実施しやすい職場へと変えていくことも可能となるであろう。 (2) キャリアアップ助成金 キャリアアップ助成金とは、有期契約労働者、短時間労働者、派遣労働者といった非正規雇用の労働者のキャリアアップ等を促進するための取組みを実施した事業主に対して助成するものである。 例えば、子の養育のため短時間で就業している労働者の場合、子が成長し、育児に費やしていた時間が空いたときは、正社員と同様の働き方が可能となることもある。 その際は、この助成金のコースの1つである「正規雇用等転換コース」を利用することを検討していくとよい。 キャリアアップ助成金は、正社員転換のほか、処遇改善や人材育成など、以下の6つのコースで構成されている。 ※⑤の「短時間正社員コース」は、前回(第8回)触れた助成金と同じである。 3 おわりに 前述の助成金は雇用に関する助成金の一部を案内したものであり、他にも各種助成制度が設けられている。 以下は前回案内したものであるが、助成金の検索表やパンフレット等を利用して各社の施策に合ったものを見出し、活用していただきたい。 ■「雇用関係助成金」検索表 ■事業主の方のための雇用関係助成金 ■平成25年 雇用関係助成金パンフレット(簡略版) ※PDFファイル ■平成25年 雇用関係助成金パンフレット(詳細版) (連載了)
「消費税転嫁対策特別措置法」を 理解するポイント 弁護士 大東 泰雄 1 消費税転嫁対策特別措置法の成立 消費税率が段階的に引き上げられることを受け、平成25年6月5日、「消費税の円滑かつ適正な転嫁の確保のための消費税の転嫁を阻害する行為の是正等に関する特別措置法」(以下「消費税転嫁対策特別措置法」という)が成立し、平成25年10月1日※から施行されることとなった。 ※国及び都道府県が万全の体制を整備する旨の規定並びに内閣府設置法の一部改正は、平成25年6月15日施行。 消費税転嫁対策特別措置法は、消費税の円滑かつ適正な転嫁を実現するため、平成29年3月31日までの時限立法として、 を定めるものである。 本誌Profession Journal No.7(2013年2月21日公開)の拙稿「消費税転嫁と独占禁止法・下請法」において、転嫁拒否等の行為や転嫁カルテル等に関する独占禁止法・下請法の特例立法措置が講じられる見通しであることを解説したが、その特例立法が、特別措置法の制定という形で実現したことになる。 そこで、今回は、同法の概要を速報することとしたい。 2 転嫁拒否等の行為の禁止 (1) 禁止される行為 消費税転嫁対策特別措置法は、消費税の適正かつ円滑な転嫁を図るため、元々独占禁止法の優越的地位の濫用や下請法による取締り対象となり得る代金減額、買いたたき、購入強制、税抜価格での交渉拒否等の行為が消費税転嫁に関連して行われることを、特に禁止している。 もっとも、これらの禁止規定は、すべての事業者が対象とされるのではなく、「特定事業者」の「特定供給事業者」に対する行為のみが対象とされていることがポイントである。 「特定事業者」及び「特定供給事業者」の概要は、以下のとおりである。 そして、消費税転嫁対策特別措置法は、特定事業者が、平成26年4月1日以後に特定供給事業者から受ける商品・役務の供給に関して、以下の行為を行うことを禁止している(消費税転嫁対策特別措置法3条)。 (2) 公正取引委員会等の検査、指導等 公正取引委員会、主務大臣、中小企業庁長官は、前記転嫁拒否等の行為を是正するために必要があると認めるときは、特定事業者・特定供給事業者に対し、報告命令(書面調査)や立入検査を行うことができるとされている(消費税転嫁対策特別措置法15条1項)。 そして、転嫁拒否等の行為に対しては、各官庁等による以下の措置が定められている(消費税転嫁対策特別措置法4~6条)。 3 「消費税還元セール」の禁止 (1) 禁止される行為 消費税転嫁対策特別措置法は、事業者が、平成26年4月1日以後における自己の供給する商品・役務の取引について、以下の表示を行うことを禁止している(消費税転嫁対策特別措置法8条)。 これは、消費税の転嫁を阻害する表示を禁止するものであり、「消費税還元セールの禁止」などと大きく報道され、消費税転嫁対策特別措置法の中でも注目度の高いと思われる事項である。 上記表示の禁止は、前記転嫁拒否等と異なり、すべての事業者が対象とされることがポイントである。 なお、禁止される表示については、衆議院において法案の修文が行われ、対象範囲が狭められた経緯がある。 (2) 消費者庁長官等の検査、指導等 消費者庁長官※、公正取引委員会、主務大臣、中小企業庁長官は、前記表示を是正するために必要があると認めるときは、事業者に対し、報告命令(書面調査)や立入検査を行うことができるとされている(消費税転嫁対策特別措置法15条2項)。 ※内閣総理大臣から権限が委任されている。以下同じ。 そして、違反表示等に対しては、各官庁等による以下の措置が定められている(消費税転嫁対策特別措置法9条・4~6条)。 4 総額表示に関する特別措置 消費税法上、消費者に対して商品の販売や役務の提供などを行う場合には、本体価格に消費税額及び地方消費税額を含めた総額を表示しなければならないとされている(総額表示)。 しかし、今般の消費税率引上げは2段階にわたることもあり、対応には多大なコストと手間を要する可能性がある。 そこで、消費税転嫁対策特別措置法は、今次の消費税率引上げに際し、消費税の円滑かつ適正な転嫁のため必要があるときは、現に表示する価格が税込価格であると誤認されないための措置を講じているときに限り、税込価格を表示することを要しないとしている(消費税転嫁対策特別措置法10条)。 もっとも、これは特例的な措置であるため、できるだけ速やかに、税込価格を表示するよう努めなければならないとする努力規定もあわせて設けられている。 5 転嫁カルテル・表示カルテルの容認 同業者同士が話し合って製品等の販売価格を決めることは、カルテルとして独占禁止法により禁止されているが、消費税転嫁を円滑化するため、消費税転嫁対策特別措置法は、公取委に所定の届出を行った一定の転嫁カルテル・表示カルテルについて、独占禁止法を適用しないことにより、これを容認することとしている(消費税転嫁対策特別措置法12条)。 転嫁カルテルとは、例えば、同種の製品を製造するメーカー同士が話し合って、卸・小売に対し、引き上げられた消費税相当額を価格に上乗せすることを合意する場合である。ただし、転嫁カルテルが容認されるのは、カルテルに参加する事業者の3分の2以上が中小事業者である場合等に限られている。 表示カルテルとは、例えば、業界で話し合って、「消費税込価格」と「消費税額」を並べて表示するという方法を合意するような場合である。これは、中小企業に限らず、すべての事業者が特例の対象とされている。 6 まとめ 以上のとおり、消費税転嫁対策特別措置法は、消費税の円滑かつ適正な転嫁を実現するため、様々な措置を講じており、企業側でも適切な対応が求められる。 消費税転嫁対策特別措置法に関しては、今後、公正取引委員会等が必要な規則、ガイドライン等を公表する見通しであり、同法に適切に対応するには、これらが公表され次第、情報を入手し、各企業の実態に合った具体的な対応を検討することが不可欠である。 筆者も、ガイドライン公表等の動きがあり次第、本誌上において、解説を行う予定である。 (了)
民法改正(中間試案) ─ここが気になる!─ 【第4回】 「債務不履行・損害賠償」 弁護士 中西 和幸 1 損害賠償にかかる改正の概要 前回は売買について解説した。 売買契約が履行されなければ、債務不履行であり、損害賠償請求の可否も選択肢の1つであることは、現行法でも中間試案でも変わらない。 今回は、中間試案でどこか変わった点があるのか、という点から損害賠償請求について解説する。無論、損害賠償請求は売買契約に限られるわけではないが、まずは売買契約を中心に解説したい。 2 因果関係と損害賠償の範囲等 (1) 過失責任主義 過失がなければ損害賠償責任を負わないという「過失責任主義」は、中間試案においても採用されている。 この点につき、免責、すなわち損害賠償責任を負わない事由について、契約における債務不履行の場合は「当該契約の趣旨に照らして債務者の責めに帰することのできない事由によるものであるとき」とし、契約以外の債務(例えば交通事故等の損害賠償債務)については「その債務が生じた原因その他の事情に照らして債務者の責めに帰することのできない事由によるものであるとき」と規定している。 しかし、帰責事由の有無は場面場面によって認定が困難であり、条文の規定も抽象的にならざるを得ない。そのため、「当該契約の趣旨に照らして」としたところで、必ずしも明確になるわけではない。 むしろ、売買の際にも問題となったが、リスクを回避するために、契約書に契約の趣旨をもれなく記載しようとすると、記載が際限なく膨大となる可能性がある。 よって、中間試案は明確化を指向しているようであるが、実務上は意味をなさないし、かえって混乱してしまう可能性がある。 (2) 損害賠償の要件 債務不履行に基づく損害賠償については、債務の履行を求めない代わりに損害賠償を求めるものとし、損害賠償を請求したときは、同時に債務の履行を求められないとしている。 これを分類し、限界事由があるとき(履行不能)、契約解除、債務の履行を催告しても履行がないこと等が明記されている。 このように改正されることにより、契約の履行を求めつつ、損害賠償を求めることはできないことが明確になるので注意が必要である。 (3) 因果関係 債務不履行において賠償する義務がある損害は、相当因果関係にある損害とともに、いわゆる「特別損害」も賠償する義務がある。 この点について、中間試案は手を加え、「当事者」ではなく「債務者」が予見し又は予見すべき損害と変更し、債権者が予見しても特別損害に含まれないことになる(ただし、債権者が契約時に予見した損害を明確に伝えることで、債務者の予見すべき損害に含まれることになろう)。 また、予見可能性については、「契約の趣旨に照らして」との限定を付している。 そのため、「契約の趣旨」がこの場面でも重要となる。さらに、「契約締結後に初めて」「予見可能性ある損害」について、債務者が契約の趣旨に照らして相当な回避措置を講じたときは免責されるとする。 まとめると、通常生じる損害は賠償義務があるが、予見すべき損害も賠償義務があるが回避措置を講じれば免責されるということと解される。 結局、損害賠償の因果関係についても「契約の趣旨」が重視されることになる。また、この点は、現行法を変えているため、従来の判例や学説等がどこまで通用するか予測がつかず、裁判等で争いになったときに予測が容易でないことを注意する必要がある。 (4) 限界事由 中間試案では、履行不能という概念から「限界事由」という新たな用語が提唱されている。 ここでは、履行が物理的に不可能な場合、履行に要する費用が履行により得る利益と比べて著しく過大なもの(経済合理性)及び、契約の趣旨から履行請求が相当でないと認められる場合、の3種類が限界事由として列挙されている。 以上の点は、履行不能を3種類に分類したものである。しかし、まず、どの程度の経済的合理性を欠く場合に限界事由ありといえるか不明確である。また、「契約の趣旨」から認められる限界事由の内容は必ずしも明確にならない。 そうすると、限界事由を明確にするためには、契約書に記載しなければならないことになる。 結局、限界事由自身が中間試案によって特に明確になるわけではないことから、現実には、明確化のために契約書に明記しなければならないであろう。 3 その他の規律 (1) 代償請求 履行請求権の限界事由が生じたのと同一の原因により、債務者が債務の目的物の代償と認められる権利又は利益を取得した場合、債権者は、自己の受けた損害の限度で、その権利の移転又は利益の償還を請求することができるとされている。 すなわち、債務の履行が不能であってもその代償を取得した場合(例えば、建物売買契約で不可抗力により火災が発生して建物が消失したとしても、その保険金がこれに当たる)、その代償の移転を請求できるとする規定である。 この代償請求権は、明文がないものの判例上認められており、明文化されたことにより実務がさほど大きく変わるわけではないと予想される。 (2) 過失相殺 債権者に過失がある場合に、発生した損害を一定限度減額する過失相殺については、債務の不履行や損害発生・拡大の防止について債権者が相当な措置を講じなかったとき、と説明を変えているが、実質は変わらないものと想定される。 (3) 損益相殺 債権者の過失の有無ではなく、債権者が利益を得た場合は損害額を裁判所が調整できる損益相殺が明文化された。もっとも、現行法上でも実務において採用されているため、特段変化はないものと予想される。 (4) 金銭債務の特則 金銭債務の特則については、以下の通り改正されている。 債権者及び債務者の双方に変更点があり、バランスがとれている。 ① 損害額 現行法上、金銭債務については、法定利率を損害として超過損害額を否定する代わりに、証明不要としている。中間試案では、これを変更し、金銭債務であっても超過損害を証明すればこれを請求することができるとするものである。 この改正であれば、どのような場合に超過損害が認められるか不明であるが、金銭債務の不履行があった場合、超過損害額の主張/立証に挑戦し、失敗したとしても最低限法定利率の損害は認められるといった戦略も選択可能であろう。 ② 不可抗力 金銭債務について、現行法では認めていなかった不可抗力免責を認めている。 何が不可抗力かは明らかではないが、訴訟等において民事法定利率相当額の損害金も決して安価ではなく、ましてや、利息超過損害額を争うためには、不可抗力の主張/立証が必要であろう。 (5) 損害賠償額の予定 損害賠償額の予定について、現行法上は裁判所が増減できないと規定されているが、これを削除するとされている。もっとも、かかる条項は裁判実務では他の理論構成で回避されており、実務上の変更はないといえる。 また、中間試案では、著しく過大な損害賠償額の予定について一部制限する旨を規定するが、同様に裁判上制限する実務もあり、実務上の変更は実質的にはないものといえる。 4 実務への影響 以上の改正内容を整理すると、債務の履行及び損害賠償についても、「契約の趣旨」がついて回ることになる。確かに、債務不履行の多くの場面は契約に基づくものであろうから、中間試案の規定としてはやむを得ないかもしれない。 しかし、実務とすると、売買(第3回)でも述べたとおり、契約の趣旨を明確化するために、契約書の内容を慎重かつ手厚く書くことになり、契約書作成のための時間とコストが必要となり、また、契約の相手方も負担が増加することになる。 結局、中間試案では明確化を図ると説明されているが、これを鵜呑みにすることなく、当事者が努力をして明確化を実現しなければならないことが予想される。 また、損害賠償の範囲など、先例と異なる条項となるため、かえって分かりにくくなり、また交渉や裁判では先例を利用できず苦労が絶えないこととなる。すると、契約時は予測可能性がなくなるため、かかるリスクをどう扱うかが悩ましい。 現場としては、民法改正が実現したら、売買に限らず、各種契約書が分厚くなること、そのために書き、又読み、交渉する手間やコストがさらに増加することを覚悟しなければならないかもしれない。 (了)
顧問先の経理財務部門の “偏差値”が分かる スコアリングモデル 【第4回】 「KPIで評価するというアプローチ」 ~KPIを絞り込め~ 株式会社スタンダード機構 代表取締役 島 紀彦 はじめに 前回述べたとおり、スコアリングモデルは、経理財務を構成する18種類の業務について、「正確性」、「効率性」、「安定性」、「リスク管理」、「戦略性」の5つの視点で経営管理レベル向上の鍵となる評価指標の達成度をスコアとして表すものである。 具体的に経理財務部門のサービスレベルを評価するため、スコアリングモデルでは、経営管理レベルを向上させる鍵となる重要要素を抽出し、その達成度を測定するために適切な評価指標を設定している。評価指標の英語は、Key Performance Indicatorであるが、実務では、略してKPIと呼ぶ。 今回は、経理財務部門をKPIで評価するという考え方に馴染んでいただくため、具体例を示して解説しよう。 KPIの絞込みで参考にした外部ワーキンググループの声 経済産業省主導でスコアリングモデルを構築していた時点では、KPIとして数百個の評価指標が候補に挙げられていた。この数百個のKPI候補は、主として会計領域の専門的なコンサルティングを行うコンサルタントや会計監査に従事する公認会計士を中心に洗い出したものである。 しかし、数百個ではあまりにも数が多く、実務には到底使えないため、会社に無理なく受け入れられる数まで絞り込む必要が出てきた。 そこで、KPIの絞込みにあたり、各界から意見を募るため、監査法人、銀行、投資会社、IT関連会社、社団・財団法人など約40団体で構成されるワーキンググループを組成した(図表7)。なお、呼称は平成17年当時のままである。 図表7 ワーキンググループを構成したメンバー ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 ワーキンググループを構成するメンバーの立ち位置は様々であることから、その意見も様々であった。 例えば、監査法人や監査関係団体は、スコアリングモデルが、厳格な監査手続を経ないで行うアプローチを採用することから、KPIを絞り込むことに慎重であったものの、運用可能性を高めるためには、その絞込みに賛成した。 そこで、絞込みにあたり、評価の客観性や信頼性を高めるためには、評価項目が分かりやすいことと、その評価項目を裏付ける監査証拠を必ず入手することができ、その確認項目が明確であることを満たすことが必要であるとした。 他方、銀行団体、投資団体、格付会社、IT関連団体などは、会社を取り巻く利害関係者の中でも専ら利用者としての立場を鮮明にし、KPIの数はできるだけ少ない方が良いとした。 そして、貸借対照表や損益計算書に表される財務会計数値ではなく、そのような数値が作成される途中の業務プロセスのレベルを評価する非会計情報であること、業務プロセスは通常は定性的な性質を持つため評価が容易ではないことから、そのような本来的に定性的な事象を客観的に評価するために定量化できることが必要であるとした。 また、事業会社からの意見としては、評価に協力を得て、評価結果に納得してもらうために、KPIが評価対象となる経理財務部門が納得できる内容になっている必要があるというものであった。 そのために、日常的な経理財務実務の中で重要性が高いと思われる要点を評価項目として絞り込むべきとした。 そのような意見を参考に、KPIは最終的に137個まで絞り込まれた。 KPIによる評価とは スコアリングモデルによる評価実務として、読者が顧問先の会社からKPI素データを入手する調査に着手するためには、KPIを質問形式にした質問表を送付する必要がある。 経理業務、財務業務のKPIの例を示すと、いずれも日常的な管理項目から設定されていることが理解できると思う(図表8、図表9)。 図表8 経理業務のKPIの例 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 図表9 財務業務のKPIの例 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 表中の調査対象業務とは、そのKPIが18種類のいずれの業務に当たるかを示す。 また業務プロセスとは、18種類の業務をさらに適切な単位で区切った業務の単位を示す。 調査項目とは、経理財務部門が行うべき重要な管理項目であり、KPIとしての評価指標となる。これは、端的に特定の管理を行っているか否かを問う定性的な評価指標と、ある管理を行うにあたり利用しているインプットとしての投入資源(時間、人員)や、管理を行ったことによって産出されるアウトプットとしての付加価値の数量を問う定量指標に分かれる。 137個のうち6割強にあたる85個が定量指標、4割弱にあたる52個が定性指標となっている。 回答形式とは、KPIとしての調査項目に対して、どのような形式で回答することを想定しているかをあらかじめ示している。例えば、定性指標であれば、監査証拠に基づき「はい」又は「いいえ」で答えることを示している。定量指標であれば、インプットやアウトプットを数えて日数や百分率等で答えることを示している。 KPIによる評価の例 もう少し具体的な例として、図表8の売上・売掛債権管理から「製品・商品・サービスの提供完了日から起算して、販売管理情報システムへの売上データ入力日までの平均日数は何日ですか。日数を回答欄に記入してください。」という調査項目を取り上げてみよう。 ぜひとも、KPIを使った業務プロセスの評価という考え方に慣れていただきたい。 そもそもこの調査項目をKPIとして設定した背景には、売上金額及び売掛債権の発生額を適正に財務諸表に反映するという目標の達成がある。そしてその目標を達成するため、収益の認識要件が具備されたら売上データ入力を適時に完了するというコントロールを設定することが望ましいという価値判断がある。 そのコントロールの達成度を定量的に測定するKPIが、「販売管理情報システムへの売上データ入力日までの平均日数」である。 もし顧問先の社内でそのようなコントロールが整備、運用されていない場合、売上計上漏れ、期ズレ、売掛金の着服の隠蔽というリスクが懸念されることになる。 実際にKPIを測定するときは、監査証拠を具体的に特定して、日数を確認する。例えば、証拠として販売管理規程、システム出力される売上伝票、販売先からの検収通知書を閲覧し、検収日から入力日までの平均日数を確認するのである。そして、この日数を会社間で比較してスコアにすることにより、コントロールのレベルを測ることができる。 同じように137個のKPIについて素データを収集し、データベースの中で他社と比較して分析することにより、これまで気が付かなかった経理財務部門のサービスレベルがデータに裏付けられて明らかとなる。 次回は、スコアリングモデルが、これまでの取組みと決定的に異なる3つの特長を解説する。 (了)
〔知っておきたいプロの視点〕 病院・医院の経営改善 ─ポイントはここだ!─ 【第11回】 「高額医療機器の稼働率と 画像診断管理加算」 東京医科歯科大学医学部附属病院 特任講師 井上 貴裕 1 過剰投資の危険性 我が国には、地域医療計画において基準病床数による病床規制は存在するものの、医療機器の配置規制がないため、CT・MRI等の高額医療機器が諸外国よりもはるかに普及している。 病院だけでなく、診療所でもCTやMRIが保有されている場合も少なくない。OECD諸国における人口100万人当たりのCT保有台数の平均が12.0台なのに対し、日本は43.1台、人口100万人当たりMRI保有台数についてはOECD平均が22.1台であるのに対し日本は97.3台と、過剰に配置されている。 かといって、病院としては診断機器がなければスムーズな医療提供に支障をきたすおそれもあり、優秀なスタッフを招聘してくることもできなくなってしまう。 ゆえに過剰な投資だとある程度理解していても、高額医療機器を買わないという選択肢を積極的に採用することは困難である。 ただし、設備関係費率が高い病院ほど、医業利益率が悪化する傾向があり、過剰投資は慎む必要があることは言うまでもない。 2 CT・MRIの稼働状況の違い 図表1は、高機能な急性期病院におけるCT・MRI等の高額医療機器の1日当たりの撮影件数である。 図表1 高額医療機器の稼働状況 A病院もF病院もDPC/PDPSにおけるⅡ群病院であり、一定水準の医療機能を有しているが、その稼働状況は著しく異なっており、およそ2倍の開きがある。 同じような高性能な診断機器を保有しているのであるから、A病院の方が経済性に優れており、医療資源が有効に活用されている。この違いは、外来化、土曜日の予定枠の拡大、救急医療への積極的な取組みが大きく影響している。 いずれの病院も平日の日中は高額医療機器の予約が先まで埋まっており、その使用状況に大きな差はない。しかし、A病院は入院中の検査を極力減らし、外来化を積極的に進めている。 これは、DPC/PDPSを導入する前から行ってきたことであり、入院中の診療プロセスを簡素化し、在院日数を短縮し、病床の有効活用のための取組みである。 それに対して、F病院では予定入院であっても入院中の画像診断が多く経済性に優れないばかりか、結果として術前日数がA病院よりも有意に長くなっている。 また、A病院ではMRIに関しては予約をスムーズに入れるために、土曜日についても予約枠を設けている。A病院は、土・日の一般外来は行っていないものの、MRIについては土曜日であっても撮影し、さらに読影できる体制を整備している。 さらに、A病院は救急医療において突出した実績を有しており、夜間等の時間外であってもCTやMRIなどの高額医療機器が常にスムーズに稼働できるようになっている。 前述したように平日の予約枠には大きな差はないが、救急患者への対応が高額医療機器の稼働に影響を及ぼしており、A病院は結果として優れた経済性が実現できるプラスのサイクルとなっている。 3 画像診断管理加算の意義 高額医療機器を有している以上は、フル稼働を目指すことが望ましい。 しかし、単純に撮影だけ行えばよいかというと、そうではない。読影の体制が整備されていなければ、適切な診断・治療につなげていくことは困難である。 診療報酬ではこの点が画像診断管理加算で評価されており、高性能機種を有する病院については画像診断管理加算Ⅱを算定することが望ましい。画像診断管理加算Ⅱを届け出るためには、8割以上の読影結果が、撮影日の翌診療日までに主治医に報告される必要があり、救急医療に注力する等で撮影枚数が多くなると当該加算の算定が困難になってしまう。 しかし、画像診断管理加算ⅠとⅡは、図表2に示す通り、110点の差がついている。 図表2 画像診断管理加算 さらに、図表3に示すように、2012年度診療報酬改定において高性能機種である64列以上のCTや3テスラ以上のMRIについて高い評価が行われたが、高点数を算定するためには画像診断管理加算Ⅱを届け出ていることが前提になっている。 図表3 コンピューター断層撮影診断料の見直し たとえ64列のCTを保有していても、画像診断管理加算Ⅱを届け出ていない場合には、16列以上64列未満のCTの点数を算定することになってしまう。せっかく高性能機種を有していても、高い評価が得られないという事態は避けたいものである。 今後も診療報酬改定において、画像診断管理加算Ⅱの持つ意義は大きくなるものと予想される。当該加算を算定することを前提とし、その影響を強めていくことは、実質的に高額医療機器の配置規制を行うことにもなりかねない。放射線の読影体制を強化することは容易ではないが、この点には十分に配慮した画像診断体制を整備することが期待される。 4 画像診断管理加算の算定状況 図表4は、全国の任意の100病院の画像診断管理加算の算定状況である。約26%が画像診断管理加算Ⅱを算定しており、約33%が画像診断管理加算Ⅰを、その他(算定なし)41%がいずれも届出がない施設である。 図表4 画像診断管理加算の算定状況 また図表5に示すように、病床規模別では、500床台で最も画像診断管理加算Ⅱの算定率が高かった。 高性能機種を有する病院は大規模病院が多いであろうことから、この結果は妥当であると考えられるが、届出がない施設については今後早急な対応を考えなければならない。 図表5 病床規模別画像診断管理加算の算定状況 (了)
女性会計士の奮闘記 【第6話】 「たとえ言いにくいことでも・・・」 公認会計士・税理士 小長谷 敦子 〈ワンポントアドバイス〉 誠実に、お客様にとって何が最善の方法かを一生懸命に考え、それがたとえ言いにくいことであっても、臆せずお客様に提案することが必要です。 その姿勢がお客様に認められれば、さらに信頼が得られ、いろんな相談案件が舞い込んできます。 しかし、その提案は、経営者の判断に資するため、数字に裏付けられたものでなければなりません。 また、“鉄は熱いうちに打て” 期限を切って作り上げましょう。 (了)