-お知らせ- 適用指針等を織り込んだ最新版の『税効果会計を学ぶ』が好評連載中です。 税効果会計を学ぶ 【第12回】 「役員賞与に係る引当金と ストック・オプション、将来加算一時差異」 公認会計士 阿部 光成 前回までに触れていない一時差異等のうち、役員賞与に係る引当金とストック・オプション、将来加算一時差異を取り上げる。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅰ 役員賞与に係る引当金とストック・オプション 「個別財務諸表における税効果会計に関する実務指針」(会計制度委員会報告第10号。以下「個別税効果会計実務指針」という)14項では、税引前当期純利益の計算において費用又は収益として計上されるが、課税所得の計算上は永久に損金又は益金に算入されない項目については、将来、課税所得の計算上で加算又は減算させる効果をもたないため一時差異等には該当せず、税効果会計の対象とはならないとされている。 「税効果会計に関するQ&A」のQ2では、役員賞与に係る引当金及びストック・オプションに係る費用について次のように述べている。 これらは、一時差異等の定義を満たしており税効果会計の対象となるのか、それともそもそも一時差異等に該当しないのかという論点について、整理したものと解される。 1 役員賞与に係る引当金 役員賞与は、発生した会計期間の費用として処理されることとされ、当事業年度の職務に係る役員賞与を期末後に開催される株主総会の決議事項とする場合には、当該支給は株主総会の決議が前提となるので、当該決議事項とする額又はその見込額(当事業年度の職務に係る額に限る)は、原則として、引当金に計上する(「役員賞与に関する会計基準」(企業会計基準第4号)3項、13項)。 税務上、役員給与のうち損金に算入される額は、一定の要件を満たしたものに限られているので(法人税法34条から36条)、会計上、費用処理された役員賞与のうち将来にわたって損金算入されないものは、将来減算一時差異に該当しないので、税効果会計の対象とはならない。 2 ストック・オプションに係る費用 いわゆる税制適格ストック・オプション(租税特別措置法29条の2)については、従業員等の個人において給与所得等が非課税となり、法人において当該役務提供に係る費用の額が損金に算入されないので(法人税法54条2項)、将来減算一時差異に該当せず、税効果会計の対象とはならない。 また、いわゆる税制非適格ストック・オプションについては、従業員等の個人が給与所得等として課税されるときは、給与等課税事由が生じた日(権利行使日)に、法人において、当該役務提供に係る費用の額が損金に算入されるので(法人税法54条1項)、ストック・オプションの付与時において将来減算一時差異に該当し、税効果会計の対象となる。 Ⅱ 将来加算一時差異 1 将来加算一時差異の例示 将来加算一時差異は、将来の課税所得の計算上で加算効果のある一時差異であり、差異が生じたときに課税所得の計算上減算され、将来、当該差異が解消するときに課税所得の計算上加算される(個別税効果会計実務指針9項、10項)。 例えば、減価償却資産について剰余金の処分(積立金方式)により圧縮記帳を実施した場合は、会計上の簿価は固定資産の取得価額で計上され、その後の減価償却計算等の基礎となるが、税務上の簿価は固定資産の取得価額から圧縮積立金を控除した後の額となり、当該資産の会計上の簿価と税務上の簿価との間に差額が生ずる。 当該差額は、将来の減価償却の実施により、会計上の減価償却費が税務上の減価償却費の損金算入限度額を超過することになり、当該償却超過額に相当する額について圧縮積立金を取り崩し、将来の課税所得の計算上当該圧縮積立金取崩高が加算されることになるため、将来加算一時差異となる。 そのほか、将来加算一時差異の例としては次のものがあげられる。 2 積立金方式による諸準備金等 個別税効果会計実務指針20項では、圧縮積立金、特別償却準備金、その他租税特別措置法上の諸準備金の積立額及び取崩額は、税効果相当額を控除した純額によると規定している。つまり、純資産の部に計上する諸準備金等については、繰延税金負債控除後の純額を積み立てることとなる。 諸準備金等に係る一時差異については、個別税効果会計実務指針15項に従って適用すると税効果額が繰延税金負債として計上され、同額が損益計算書上の法人税等調整額に計上される。これにより、繰越利益剰余金の金額は、法人税等調整額に借記した額だけ税効果会計を適用する前に比べて減少することとなる(個別税効果会計実務指針38項、39項)。 このため、諸準備金等は、純資産の部に繰延税金負債控除後の純額をもって計上することになり、純資産の部に計上する諸準備金等については、繰延税金負債控除後の純額を積み立てることとなる。 いったん純資産の部で積み立てられた諸準備金等は、税務上の加算に対応して取り崩すことになる。 (了)
年次有給休暇 管理上の留意点 【第3回】 「パートタイム労働者の 年次有給休暇」 社会保険労務士 菅原 由紀 ◆年次有給休暇の比例付与とは 年次有給休暇(以下、「年休」という。)の比例付与とは、パートタイム労働者等、通常の一般労働者以外の労働者(短日数労働者)への年次有給休暇の付与をいう。 年次有給休暇の比例付与は、労働基準法39条3項に定められている。 年次有給休暇の比例付与日数は、下表のとおりとなっている。 ◆月ごとの所定労働日数を勤務表等で決めているパートタイム労働者の年休付与 例えば週3回(月・水・金)の勤務等、週単位での所定労働日数が定められているパートタイム労働者の年休付与は、6月経過後、上表の通り5日となる。 一方、週単位での所定労働日数が定められていないパートタイム労働者の年休については、1年間の所定労働日数を基準として付与日数が決定される。 勤務表等により、月単位で所定労働日数を決定している場合、原則として基準日(年休付与日)時点の月の勤務表等の所定労働日数を12倍して1年間の所定労働日数を算定する。例えば、基準日の月の所定労働日数が15日であれば、14日×12=168日となり、6ヶ月経過後の年休付与は5日となる。 しかし、基準日時点の月の労働日数が他の月と比べて極端に少ない場合には、労働者に不利になるため、月ごとの平均的な労働日数を算出して付与される。 ◆勤務形態が変更となった場合の対応 例えば、平成25年4月1日の基準日時点で勤続3年6ヶ月、1日8時間、週3日勤務のパートタイム労働者については、当年分として8日の年休が付与される。 このパートタイム労働者が7月1日付けで週の所定労働日数が4日となった場合、この者についての年休はどのように考えればよいだろうか。 年休はその基準日において発生するため、その年の年休の付与日数は付与日時点の労働契約の定める所定労働日数により決定され付与される。したがって、労働契約が変更された7月1日時点において年休を追加付与する義務はない。 ただし、平成26年4月1日には、その時点で定める所定労働日数に応じた年休を付与する必要がある。また、継続勤続年数は契約更新前の期間と通算される。 したがって、週所定労働日数4日、勤続年数4年6ヶ月の「12日」を与えることになる。 (了)
〔時系列でみる〕 出産・子を養育する社員への 対応と運営のヒント 【第8回】 「国が支給する 両立支援に関連する助成金」 社会保険労務士 佐藤 信 1 はじめに 前回までは、出産・子を養育する社員に対し会社が対応すべきことについて触れてきた。 紹介した両立支援策の導入に向けて、各社では、制度の整備、社員教育などの実施をしながら進めていくこととなるが、その中には費用負担の面で、躊躇せざるを得ない施策もあるものと思われる。 そこで今回より2回にわたって、会社に対する国の支援制度(助成金)について触れていくこととする。 助成金は融資制度と異なり、返済を必要としないため、費用面がネックとなり両立支援制度の導入を見送ってきた会社については積極的に活用し、労使双方にとって有益となる制度作りと運用に役立てていただきたい。 2 両立支援制度に関連する助成金 両立支援制度と関連のある助成金として「両立支援助成金」と「キャリアアップ助成金」を取り上げていくこととする。 それぞれ細かな支援策によって、以下のように分かれている。 なお、キャリアアップ助成金は数種類のメニューがあるが、今回は両立支援と関連性の強いものとして「短時間正社員コース」を案内し、その他のもの(処遇や職場環境の改善に対して支給されるもの)については次回取り上げる予定である。 3 両立支援助成金の概要 厚生労働省が実施する各種の助成金・奨励金は多岐にわたるため、まずは「どのようなとき」に支給可能性があるのかを把握し、受給可能性があるものについて詳細(後述する厚生労働省のホームページやパンフレットを参照)を見ていくとよいであろう。 また、これから触れる各助成金の参考資料リンク内に「各雇用関係助成金に共通の要件等」の表示がある。これについては次の【参考1】【参考2】を参照していただきたい。 (1) 事業所内保育施設設置・運営等支援助成金 労働者のための事業所内保育施設を設置する会社等に対し、その設置、運営、増築に係る費用の一部を助成する制度である。 (2) 子育て期短時間勤務支援助成金 就業規則等により子育て期の労働者が利用できる短時間勤務制度を設け、労働者に利用させた会社に対して助成する制度である。 (3) 代替要員確保コース 育児休業取得者の代替要員を確保するとともに、育児休業取得者を原職復帰させた会社に対して助成金を支給する制度である。 (4) 休業中能力アップコース 育児休業又は介護休業中の労働者に対する休業後の再就業を円滑化するための能力の開発及び向上に関する措置を講じた会社に対して、助成金を支給する制度である。 休業期間が長期化するほど職場復帰の際に不安を抱く従業員もいると思われるが、在宅講習を対象とする助成もあるため、円滑な職場復帰の支援策を採るときに活かしていただきたい。 なお、このコースも(3)と同様に、中小企業を対象とするものである。 (5) 期間雇用者継続就業支援コース 有期契約労働者(期間雇用者)について、通常の労働者と同等の要件で育児休業を取得させて育児休業終了後原職復帰させ、あわせて職業生活と家庭生活との両立を支援するための研修等を実施する会社に対して助成金を支給する制度である。 なお、このコースも(3)(4)と同様に、中小企業を対象とするものである。 4 キャリアアップ助成金(短時間正社員コース)の概要 短時間正社員への転換や新たな雇入れを行う会社に対して助成するものであり、主にワーク・ライフ・バランスの観点から正規雇用労働者を短時間正社員に転換するケースや、短時間労働者を短時間正社員に転換するケースなどを想定した助成金である。 5 助成金情報を取得できるリンク集 本文中に両立支援に関する助成金の参考資料(リンク)を案内したが、雇用に関する助成金はその他にも設けられている。 新たな労働者の雇入れ、職場環境の改善、平成25年4月から引き上げられた障害者雇用率(参考:厚生労働省リーフレット)に対応した障害者雇用を行う際など様々な場面で利用し、会社の発展や有能な労働者の確保、能力開発に役立てていただきたい。 ■「雇用関係助成金」検索表 ■事業主の方のための雇用関係助成金 ■平成25年 雇用関係助成金パンフレット(簡略版) ※PDFファイル ■平成25年 雇用関係助成金パンフレット(詳細版) 6 おわりに 助成金は支給条件や支給額など内容変更が行われることが多く、期限付きで実施されるものもあるため、活用の際は定期的に厚生労働省サイトを確認し、最新情報をキャッチしていくことをお薦めしたい。 また、本文中に触れたが、実施予定のない計画策定や実態と異なる内容を記載した支給申請が不正受給と判断され、企業名公表や不正受給額返還の対象となることがある。 自社の制度を充実させることより、「助成金を得る」ことが主目的となるような制度の変更は避けておきたい。 次回(最終回)は、引き続き助成金(労働者の処遇や職場環境の改善を図るときのもの)を取り上げていく予定である。 両立支援制度と並行して社内での働き方や評価制度の見直し、待遇改善等を行う場合には支給対象となることがあるため、活用を検討していくとよいであろう。 (了)
改正金融検査マニュアルのポイントと 中小企業へ与える影響 【第2回】 「金融機関に求められるものとは?」 OAG税理士法人 税理士 山下 好一 今回の金融検査マニュアル等の改正により、金融庁が金融機関に対して求めている内容は、以下のとおりである。 1 金融機関による円滑な資金供給の促進 金融機関は、中小企業等の借り手の状況をきめ細かく把握し、他業態も含め関係する他の金融機関等と十分連携を図りながら、円滑な資金供給や貸付けの条件の変更等に努めることが求められる。 特に金融機関は、株式会社地域経済活性化支援機構法第64条の規定の趣旨を十分に踏まえ、地域経済の活性化及び地域における金融の円滑化などについて、適切かつ積極的な取組みが求められる。 2 中小企業等に対する経営支援の強化 中小企業等の事業拡大や経営改善等に当たっては、まずもって、当該企業の経営者が自らの経営の目標や課題を明確に見定め、これを実現・解決するために意欲を持って主体的に取り組んでいくことが重要である。 金融機関は、資金供給者としての役割にとどまらず、必要に応じて、外部専門家・外部機関等とのネットワークを活用し、経営再建計画の策定支援、貸付けの条件の変更等を行った後の継続的なモニタリング、経営相談、指導といったコンサルティング機能を発揮することにより、顧客企業の主体的な取組みに向けた自助努力を、最大限支援していくことが求められている。 特に、貸付残高が多いなど、顧客企業から主たる相談相手としての役割を期待されているメインバンクについては、コンサルティング機能をより一層積極的に発揮し、顧客企業が経営課題を認識した上で経営改善、事業再生等に向けて自助努力できるよう、最大限支援していくことが期待される。 このような顧客企業と金融機関双方の取組みが相乗効果を発揮することにより、顧客企業の事業拡大や経営改善等が着実に図られるとともに、顧客企業の返済能力が改善・向上し、将来の健全な資金需要が拡大していくことを通じて、金融機関の収益力や財務の健全性の向上も図られるという流れを定着させていくことが重要である。 金融機関のコンサルティング機能は、顧客企業の経営課題を把握・分析した上で、適切な助言などにより顧客企業自身の課題認識を深めつつ、主体的な取組みを促し、同時に、最適なソリューションを提案・実行する、という形で発揮されることが一般的であるとみられる。 金融機関に期待される顧客企業に対するコンサルティング機能は、顧客企業の状況や金融機関の規模・特性等に応じて種々多様で、各金融機関において自らの規模・特性、利用者の期待やニーズ等を踏まえ、自主的な経営判断により決定されるべきものであり、金融機関に対して、これら全てを一律・網羅的に求めるものではないとされている。 と、このような内容になっている(「主要行等監督上の評価項目」Ⅲ-5)。 健全な事業を営む顧客に対し、必要な資金を円滑に供給することは、金融機関の最も重要な役割の一つである。したがって、金融機関には、金融仲介機能を積極的に発揮していくことが期待されている。 一方で、金融機関は、金融仲介機能を積極的に発揮していくため、健全な財務基盤と強固で包括的なリスク管理が必要となる。 したがって、金融機関は、このようなコンサルティング機能を発揮することで、リスク管理を行うことができるとともに、財務の健全化も図られるのであるから、積極的に取り組むものと考えられる。 このような金融機関の積極的な支援について、金融検査マニュアル等にもあるように、中小企業等の主体的な取組みがなければ、返済等猶予などの貸付条件の変更等も単に延命措置となってしまい、どのような支援を受けようが経営再建には至らないことを、中小企業等の経営者は認識する必要がある。 なお、金融機関は、新規融資や貸付条件の変更等の相談・申込みに対する顧客説明の適切性・十分性の確保が求められており、これらを謝絶する場合、顧客の理解と納得を得ることを目的とした説明を行わなければならない。 謝絶理由に納得ができない場合、納得できるまで説明を求め、それでも納得できる理由が得られない場合には、金融庁の金融サービス利用者相談室など、「各相談窓口」に相談することもできる。 金融庁に寄せられた相談については、定期的な立入検査の際に、情報として有効に活用している。この場合、社名を伏せるなど、相談者を特定できないようにすることも可能である。 中小企業の積極的な取組みに対しては、金融機関による金融円滑化以外にも、たとえば、経営計画の策定などに係る費用に対する補助金の支援など、「中小企業金融円滑化法の期限到来に当たって講ずる総合的な対策」にあるような支援策が用意されている。 中小企業は、これらの支援策を有効に活用すべきである。 (了)
会計事務所の事業承継 ~事務所を売るという選択肢~ 【第6回(最終回)】 「計算例でみる 会計事務所の価値評価」 公認会計士・税理士 岸田 康雄 1 後継者がいない会計事務所の価値評価 会計事務所のM&Aでは、その譲渡対象のほとんどは、顧客との顧問契約や職員の雇用契約といった無形資産である。 無形資産の譲渡といっても、財産評価基本通達によれば「営業権を認識しない。」とされているため、当事者間の交渉を通じて、「斡旋料」が時価で支払われることになる。 後継者(親族内)がいない場合の会計事務所の価値評価を考えてみよう。 所長は、M&Aを行わなければ、引退と同時に廃業することになる。それゆえ、所長が引退するまでの数年間の所得しか獲得することができず、後継者に引き継ぐべき事業価値は実現できないことになる。 ここで、65歳で引退すると考えている所長が、60歳で会計事務所を売却すると仮定する。すなわち、キャッシュ・フロー(=税引後利益と税引後給与)を毎年1,500万円、5年間だけ獲得できるという設定である。 この場合の事業価値の評価については、業界慣行では経常売上高の1年分とされているものの、理論的には5年分のキャッシュ・フローの割引現在価値を計算しなければならない。ここでは割引率15%を適用する。 【計算例】 5年後に所長が引退する会計事務所の価値 以上のように、DCF法によって評価すれば、事業価値は5,000万円となる。 とすれば、今すぐ5,000万円の現金を受け取ることができるようなM&Aが実行できるならば、売ってしまっても同水準の価値が実現する。本連載第2回で既述したように、会計事務所を譲渡した対価は税務上「雑所得」で総合課税となるから、仮に所得税率を50%とすれば、1億円で取引を実行すれば5,000万円の現金が手元に残る。 したがって、M&Aを実行するかどうかの判断基準は1億円となり、これを超える買収価格が買い手から提示されれば売却してもよいという判断になるだろう。 2 後継者がいる会計事務所の価値評価 以下のような、簡略化したDCF法の計算モデルを使って、会計事務所をM&Aで売却すべきか否かの判断の基準を検討してみたい。 一般的に会計事務所の営業利益率は、30%~50%といわれている。そこで、以下の計算モデルでも、税引前営業利益率を50%と仮定する。 もちろん、地方に行けば行くほど利益率が高くなり(→50%)、競争の厳しい首都圏の事務所になると利益率は落ち込む傾向にあるため(→30%)、50%の営業利益率の会計事務所は、地方にあることをイメージすればよい。 【計算例】 会計事務所(個人)の損益計算書 ここでの税引後利益(事業所得から所得税を支払った後の手取額)は1,500万円となっているが、1,500万円は所長が現場で働くことを前提とした利益である。それゆえ、真の収益力を測るためには、所長の労働の対価を、機会費用として考慮しなければならない(他の会計事務所で働けば給与所得があると想定されるため)。 そこで、所長の労働の対価が税引後500万円であると仮定し、毎年の税引後の実質的なキャッシュ・フローを1,000万円と測定しよう。 とすれば、税引後のキャッシュ・フローは1,000万円、実質的な純利益率が17%となる。 概ね妥当な利益率であろう。 税理士業務の営業権は、既述のように評価されない。すなわち、非課税で後継者へ引き継ぐことができるため、将来キャッシュ・フローを見積もる際には相続税の支払いを考慮する必要はない。それゆえ、親族内の後継者が相続することを前提とした場合の会計事務所の価値は、将来キャッシュ・フローが永久に親族内で引き継がれるものとして評価することができるだろう。 ここで、キャッシュ・フローの成長率をゼロ、会計事務所の親族内承継が永久に繰り返されることを想定すれば、税理士業務の価値は以下のように評価される。 【計算例】 後継者への相続を前提とした価値評価 適用すべき割引率が問題となるが、仮に15%を適用するならば、毎年の実質キャッシュ・フローが1,000万円の会計事務所の事業価値は、6,667万円となる。 そこで、後継者(親族)がいるにもかかわらず、承継せずにM&Aで第三者へ売却する場合を考えてみよう。上記の計算モデルに従って売却価格を考えると、以下のようになる。 親族内承継かM&Aかを選択できる売り手の立場としては、税引後6,667万円を上回る価格提示があったならば、売却してもよい。すなわち、税率50%を前提とすれば、税引前の価格で1億3,000万円(=6,667万円÷(1-50%))であれば、M&Aを決断することができる。 これに対して、税理士法人である買い手が買収した後に獲得できる将来キャッシュ・フローを考えてみると、資産調整勘定の償却による節税効果を享受することができる。 実際のところ、会計事務所には引き継ぐ有形資産はほとんどないから、買収対価のほとんどが資産調整勘定として評価されることとなるだろう。その一方で、買収した会計事務所の業務を引き継ぐために、買い手から新しい管理者を配属させなければならない。そのための人件費がかかるため、ここでは700万円の追加費用を認識しよう。 【計算例】 買い手にとってのキャッシュ・フロー ※画像をクリックすると、別ウィンドウで拡大表示されます。 この計算モデルでは、単純化して、2011年度から2015年度にかけて、資産調整勘定の償却によって節税効果が効いてくるものとしている。 このキャッシュ・フローに対してDCF法を適用した場合、以下のような事業価値が計算される。 【計算例】 買い手が実現する事業価値 割引率はここでも同じく15%を適用すれば、その事業価値は1億3,000万円となる。すなわち、買い手は1億3,000万円までの買収価格を提示することができる。ちなみに、買収価格1億3,000万円とする場合、業界慣行である経常売上高マルチプルで評価すれば2.9倍となり、かなり高い評価となる。 以上、まとめると、売り手である個人税理士は6,667万円を超える売却価格であれば売ってもよいと考えるのに対して、買い手である税理士法人は1億3,000万円を下回る買収価格であれば買ってもよいと考える。 それゆえ本事例の場合、この両者の交渉によって合意した中間の価格で取引が成立するということになる。 (連載了)
〔税理士・会計士が知っておくべき〕 情報システムと情報セキュリティ 【第4回】 「経営者のIT導入の悩みに応える 5つの視点」 公認会計士 五島 伸二 経営者が抱えるIT導入に関する悩みとは? 多くの経営者は、自社のIT導入に関して多くの悩みを抱えている。 とりわけ多額の投資を必要とするERPや会計システムなど、基幹システムの導入についての悩みは大きい。 「コストがかかりすぎるような気がする」 「パッケージや導入ベンダーの選定は正しかったのか?」 「過去にIT導入で多額の損失を出したが、今回は大丈夫だろうか?」 など、その悩みはさまざまであるが、中小・中堅企業では社内に相談できる相手もいないのが実情である。 経営者のIT導入の悩みにどう応えるか? そんな背景もあり、日ごろから経営者の抱えるさまざまな経営上の悩みに応えている公認会計士や税理士などのプロフェッションは、経営者からIT導入に関する相談を受けることがある。 では、経営者からIT導入に関する相談を受けた場合、どのように対応すればよいだろうか? 筆者の知人の公認会計士は、そういった相談に乗るのを極力避けるようにしているそうだ。 知人曰く「ITは専門外でよく分からない。相談に乗って間違った助言をしてしまったら、一気に信用を失うからね」とのこと。 しかし、経営者は、公認会計や税理士にITの専門家としての意見を求めているわけではない。経営や管理の専門家としての見解が聞きたくて、相談をもちかけているのである。 そういった点をふまえて、以下では、経営者のIT導入に関する悩みに応える時に必要な5つの視点を挙げてみた。 いずれも、筆者のこれまでのITコンサルティングの経験の中で感じたIT導入に失敗しないためのポイントである。なお、これら5つの視点は、中堅企業に基幹システムを導入する場合を想定している。 経営者のIT導入の悩みに応える5つの視点 【視点その1】 「ユーザー部門がIT導入に積極的に参画しているか?」 IT導入に際しては、まずはIT導入によって実現すべき業務を設計する。これを業務要件定義という。業務要件を定義したら、それをシステムの機能に落とし込む。これをシステム要件定義という。 業務要件が正しく定義できていないと、システム要件の定義が正しくできない。つまり、せっかくITを導入しても、システムが機能せず、新システムでやろうとしていた業務ができなくなるのである。 したがって、業務要件をきっちり詰めないうちに先に進むのは、とても危険である。 本稼動直前に行われるユーザー部門の受入テストの段階で重大な「要件漏れ」が発覚して、手戻りが頻発するといった状況になりかねない。 そのためには、ユーザー部門がIT導入の最初からに積極的に参画し、自分たちが何をやりたいのか、どうすればIT導入の効果が出るのかを業務要件に明確に反映させる必要がある。 ユーザーの参画が不十分なIT導入プロジェクトは、失敗する可能性が極めて高くなる。 【視点その2】 「ユーザー部門の要求に応えすぎていないか?」 前項と矛盾するようだが、ユーザー部門の要求に過度に応えないというのも重要なポイントである。 これは、例を挙げると、営業アシスタント職が長年にわたって培った細かな業務手順をすべて要件に取り込もうとしたり、年に数回しか見ない帳票を作ったりするようなことである。 IT導入にユーザー部門の参画は必須ではあるが、これは、ユーザー部門の要求をすべて要件に取り入れるということではない。そのようなことをすると、システム化の範囲が広がりすぎて、コストや工数が膨れ上がり、IT導入プロジェクトが途中で頓挫しかねない。 IT導入において、何を実現して何を捨てるかを判断するには、「割り切り」が必要になる。 では、どうやって割り切ったらいいのだろうか? そこで重要となるのが、ITの導入目的の明確化である。 IT導入の目的とは、業績評価制度の改善、販売情報の共有推進、在庫管理の効率化など、IT導入で実現すべき項目のことである。 IT導入の目的を明確にすることで、その目的に照らしてどこまでの要件を取り込むのか、何を優先し、何を後回しにするかといったことに関する判断の軸ができる。その軸を基準にして割り切るのである。 【視点その3】 「費用対効果を求めすぎていないか?」 システム化の可否や範囲を決める際、IT投資の費用対効果は重要な判断基準と考えられている。 しかし、例えば基幹システムの導入などは、いわばインフラ投資なので費用対効果は明確に算定できない。 そのため、あまりに費用対効果にこだわってIT導入を進めると、IT導入で本当に解決しなければならない経営課題が解決されないといったことになりかねない。 ITコンサルタントの間でよく話題になるのは、日本企業のIT投資に関する意思決定の遅さである。 費用対効果などと言っているうちに、アジアのライバル企業はさっさとERPを導入して全社ベースの情報基盤を構築し、グローバルなサプライチェーン管理を実現していたりする。 費用対効果を無視することはできないが、ITで何を実現すべきかの絶対的なよりどころにするのではなく、大まかに算定して、あくまでも参考として取り扱うべきである。 【視点その4】 「プロジェクトリーダーの人選は正しいか?」 IT導入に関して、プロジェクトのリーダーの選定は非常に重要である。 筆者の経験でも、プロジェクトリーダーの人選がプロジェクトの円滑な進行にかなり大きく影響しているといえる。 プロジェクトリーダーの人選を誤ると、システムベンダーを使いこなさなければならない立場なのにベンダーの言いなりになってしまっていたり、各部門からの要求を丸のみして要件を膨れ上がらせたりと、リーダーが本来の機能を果たさず、プロジェクトの混乱の原因になる可能性が高い。 IT導入プロジェクトのリーダーは、通常、経営企画室や情報システム部門から選定されることが多いが、所属部門にこだわらず、チームをまとめあげる能力があって本当に「やりきれる人」を人選することが肝要である。 【視点その5】 「トップダウンで進めているか?」 冒頭で述べたように、経営者はIT導入に対して多くの悩みを抱えている。しかし、実際に経営者自身がIT導入に強力に関与して進めている例は少ない。 むしろ、「自分はITに疎いので、IT導入はすべて担当者に任せている」という経営者が多い。 しかし、考えてみてほしい。 経営者が「自分は会計に疎いので、決算書のことはすべて担当者に任せている」と発言したら、どうであろうか? そのような会社には誰も投資しないし、銀行もお金を貸してくれないだろう。 ITも会計も経営の問題であり、その意味で経営者自身が第一番目の担当者のはずである。 それゆえに、IT導入は経営者が関与してトップダウンで進めていくことが重要である。 IT導入をトップダウンで進める最大の利点は、導入がスピードアップすることである。 逆に、IT導入をボトムアップで進める、すなわち、関係する多くの部門から出される要求を調整しながら進めていくのは、この変化の激しい時代には大きなリスクを抱え込むことになる。 なぜなら、ボトムアップで進めると導入に時間がかかり、導入が完了したときには経営環境が変化していてIT資産の陳腐化が進んでしまっていたという結果になりかねないからである。 経営者のよき相談相手として 以上、プロフェッションが顧客のIT導入に関して相談に乗る場合に有効な5つの視点を挙げた。 IT導入に悩む経営者の相談に乗る場合は、これらの視点を念頭に経営者と話をすることで、顧客企業が抱えているIT導入の課題を明らかにすることができるであろう。 (了)
NPO法人 “AtoZ” 【第12回】 「NPO法人の合併・解散」 税理士 岩田 聡子 1 NPO法人の合併 (1) 申請手続 NPO法人であっても、他のNPO法人と合併することができる(NPO法33)。 合併をする場合には、定款に特別の定めがない限り、社員総会で社員の4分の3以上の議決を経なければならない(NPO法34)。 また、合併には所轄庁の認証を受けなければならないため、決議後は所轄庁に次の書類を添付した申請書を提出する。 所轄庁は、申請後、公告及び2ヶ月間の縦覧を経て、原則として2ヶ月以内に認証、不認証の決定をし、通知する。 (2) 債権者保護 NPO法人は認証の通知のあった日から2週間以内に、債権者に対し、合併に異議があれば一定の期間内(この期間は2ヶ月を下回ってはならない)に述べることを公告し、かつ、判明している債権者に対しては、各別にこれを催告しなければならない(NPO法35)。 また、NPO法人は認証の通知のあった日から2週間以内に、貸借対照表、財産目録を作成し、上記の債権者が異議を述べることができる期間の間、事務所に備え置かなければならない。 債権者がこの期間内に異議を述べなかったときは、合併を承認したものとみなされる(NPO法36)。 債権者が異議を述べたときは、NPO法人はこれを弁済するか、相当の担保を提供するか、弁済を目的とするため、信託会社等に相当の財産を信託しなければならないが、合併をしても債権者を害する恐れがないときは、この限りではない。 (3) 登記 NPO法人は、(2)の債権者保護手続が終了した日から2週間以内に主たる事務所の所在地を管轄する法務局に、従たる事務所の所在地を管轄する法務局には3週間以内に、存続する法人は変更の登記、消滅する法人は解散の登記、合併により設立された法人は新規の設立と同様に設立の登記をしなければならない。 2 解散 (1) 解散手続(NPO法31) ① 認定申請 NPO法人が「目的とする特定非営利活動に係る事業の成功の不能」により、解散する場合には、所轄庁にそれを証する書面を添えて、解散認定申請書を提出し、認証を受けなければならない。 ② 解散の届出 NPO法人が以下の事由により解散した場合には、清算人は遅滞なく、所轄庁にその旨を届け出なければならない。 (2) 公告 清算人は、解散した後、遅滞なく、債権者に対し2ヶ月以上の一定の期間内に債権の申出をすべき旨の催告を公告しなければならない(NPO法31の10)。 (3) 残余財産の帰属(NPO法11③、32) NPO法人が解散した場合の残余財産は、合併又は破産手続開始の決定による解散を除き、定款に定める者に帰属する。 定款に定める帰属先は、他のNPO法人、国又は地方公共団体、公益社団法人又は公益財団法人、学校法人、社会福祉法人、更生保護法人のうちから選定しなければならない。 定款に定めがない場合は、申請により、所轄庁の認証を得て、国又は地方公共団体に譲渡することができる。 認証が得られなかった場合、申請をしなかった場合には、残余財産は国庫に帰属する。 (連載了)
顧問先の経理財務部門の “偏差値”が分かる スコアリングモデル 【第3回】 「スコアリングモデルの評価の視点」 ~経理財務部門は5つの視点で評価せよ~ 株式会社スタンダード機構 代表取締役 島 紀彦 はじめに 前回述べたとおり、スコアリングモデルは、経理財務を構成する18種類の業務について、「正確性」、「効率性」、「安定性」、「リスク管理」、「戦略性」の5つの視点で経営管理レベル向上の鍵となる評価指標の達成度をスコアとして表すものである。 コントロールの達成度は、「総合スコア」、「財務諸表の信頼性スコア」、「業務の有効性・効率性スコア」、「5つの視点別スコア」、「18種類の業務プロセス別スコア」、「137個のKPI別スコア」として表現される(図表3)。 図表3 スコアリングモデルの概要(再掲) ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 では、経理財務部門を評価する「5つの視点」とは何であろうか。より詳しく解説しよう。 経理財務部門を評価する5つの視点 スコアリングモデルでは、企業価値の最大化に向けて経理財務部門が果たすべきガバナンスのあり方の将来像を想像し、現状の経理財務部門のレベルを多面的に評価するべきという見地から、複数の評価の視点を設定した。 すなわち、経理財務部門を取り巻く今日的課題を踏まえると、業務処理を正確に行うだけでなく、同量の業務処理を効率的に行うこと、組織変更や人事異動等の影響を受けない安定性のある業務処理体制を整備していること、把握するべきリスク情報を経営者に提供できるリスク管理体制を整備していること、さらに戦略的な経営判断に積極的に貢献できていることが必要であると考え、「正確性」、「効率性」、「安定性」、「リスク管理」、「戦略性」という5つの評価の視点を設定している(図表5)。 図表5 5つの視点 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 「正確性」は、取引情報を正確に帳簿に反映しているかという視点である。 会計監査や内部統制監査に従事する読者であれば、いわゆる“アサーション”と呼ばれる監査要点の中の、評価・測定の妥当性、取引情報が帳簿に反映される適時性、取引情報が帳簿に反映される網羅性、架空取引を帳簿に反映せず、発生した取引のみを帳簿に反映する実在性・発生の視点を思い浮かべれば、理解は容易であろう。 「効率性」は、同じように正確に業務を遂行するにしても、適正人員と費用対効果を考えるという視点である。 例えば、業務処理を適正な人員で行っているか、間違いが起こりやすい部分については必要な情報システムを適切に整備しているか、業務が区々バラバラになっていないか、標準化や集中化を図っているかという視点である。 「安定性」は、業務処理が安定的に行われる仕組みを構築しているかという視点である。 例えば、特殊な業務処理や判断が伴う処理に関して、属人的な判断にならないように規程、マニュアル、運用細目を作っているか、担当者や組織が変遷しても業務処理の円滑な遂行を支える磐石な体制になっているかという視点である。 「リスク管理」は、財務リスク、信用リスク、市場リスクをはじめ、不正防止や資産保全のための内部牽制体制を整備しているか、あるいは税務のエクスポージャーを管理しているかという視点である。 そして最後に、これからは「戦略性」、つまり経営意思決定に対する支援能力の視点が欠かせない。今後を展望すると、特に経理財務部門のミッションは会計帳簿に記帳するだけにとどまらないだろう。 例えば、会社の財産管理や予算、決算に携わるなど、経営戦略に重要な関わりを持つ部門であることに鑑みると、経理財務部門が、その名のとおり経理の語源である経営管理を担っているか、全社的な経営管理に関与しているか、財政状態の改善や収益力の向上に対して積極的に貢献できる戦略を提案しているか、あるいは経営層の経営判断を支援する情報提供能力を具備しているかが重要な評価要素として盛り込まれている。 5つの評価視点と137個のKPIの配分 では、これら5つの視点と137個のKPIは、どのような関係にあるのだろうか。 図表6は、経済産業省主導で構築した当時の137個のKPIを、どのように5つの視点に配分したかをまとめたものである。 図表6 5つの視点と137個のKPIの配分 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 18種類の業務の重要性に応じてKPIの配分数は異なるが、各業務をできるだけ5つの視点で多面的に評価するため、重要な評価指標を設定した。業務の性質に応じて、5つの視点のうち重視している視点に若干の傾向がある。 例えば、財務会計に直結する経理業務(売上・売掛債権管理、仕入・買掛債務管理、棚卸資産管理、固定資産管理、個別決算業務、連結決算業務)においては、「正確性」、「効率性」、「安定性」のKPIが多くなっている。 管理会計の要素を持つ経理業務(原価管理、予算管理)においては、その性質上、「戦略性」のKPIが多くなっている。 また、財務業務においては、経理業務に比べて「リスク管理」のKPIが多いのも、その業務の性質を反映している。 こうしたKPIを視点別に合計すれば、「正確性」のKPIは33個、「効率性」のKPIは26個、「安定性」のKPIは25個、「リスク管理」のKPIは24個、「戦略性」のKPIは29個となった。 137個のKPIを5つの視点ごとにバランスよく配分することによって、スコアリングモデルでは、経理財務部門の総合力、財務諸表の信頼性のレベル、業務の有効性・効率性のレベル、5つの視点別のレベルをスコアとして表現できるのである。 次回は、137個に絞り込んだKPIについて、具体例を交えて解説する。 (了)
教育資金の一括贈与に係る 贈与税非課税措置について 【第3回】 「適用を受けるために必要な手続と その留意点①(教育資金贈与時)」 ミレニア綜合会計事務所 代表税理士 甲田 義典 1 はじめに 前回は、平成25年度税制改正で創設された「教育資金の一括贈与に係る贈与税非課税措置」(以下「本制度」という)の税法の規定に基づく主要な内容(手続規定を除く)とその留意点について解説した。 本稿では、本制度の適用を受けるために必要な手続のうち、教育資金の贈与時の手続とその留意点を中心に解説する。 2 本制度を適用するために必要な手続(措法70の2の2③~⑧) (1) 教育資金の贈与時(措法70の2の2③⑤⑥) 本制度は、その適用を受けようとする受贈者が「教育資金非課税申告書」【図表3-1】を取扱金融機関(受贈者の直系尊属と教育資金管理契約を締結した金融機関)の国内にある営業所等を経由して、 までに受贈者の納税地の所轄税務署長に提出した場合に限り、適用することができる。 なお、この場合において、「教育資金非課税申告書」が取扱金融機関で受理されたときは、その受理された日に税務署長に提出されたものとみなされる。 この「教育資金非課税申告書」は、受贈者が既に取扱金融機関へ提出している場合には、受贈者と取扱金融機関との教育資金管理契約が終了するまでの間は新たに提出することができない。 したがって、受贈者は「教育資金非課税申告書」に係る口座を2以上持つ(複数の金融機関で本制度を適用する)ことができない点に留意が必要である(措法70の2の2⑥、国税庁QA2-7)。 「教育資金非課税申告書」の書式[記載例]は、【図表3-1】のとおりである。 【図表3-1】 教育資金非課税申告書[記載例] ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 (書式はこちら→国税庁ホームページ) (2) 受贈者が追加で教育資金の贈与を受ける場合(措法70の2の2④⑤) 受贈者が既に上記の「教育資金非課税申告書」を提出している場合(申告書記載額が1,500万円未満の場合に限る)において、その申告書に係る教育資金管理契約に基づき、受贈者が新たに直系尊属から①信託受益権の取得、②書面による贈与により取得した金銭を預貯金として預入れ、③書面による贈与により取得した金銭等で有価証券を購入したときは、一定事項を記載した「追加教育資金非課税申告書」を「教育資金非課税申告書」を提出している取扱金融機関の営業所等を経由して、新たに、 までに受贈者の納税地の所轄税務署長に提出した場合に限り本制度を適用することができる。 なお、この場合において、「追加教育資金非課税申告書」が取扱金融機関で受理されたときは、その受理された日に税務署長に提出されたものとみなされる。 「追加教育資金非課税申告書」の書式[記載例]は、【図表3-2】のとおりである。 【図表3-2】 追加教育資金非課税申告書[記載例] ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 (書式はこちら→国税庁ホームページ) 次回は、教育資金の支払時及び契約終了時の手続について解説する。 (了)
消費税に関するシステム構築思想と 税率引上げへの対応 【下】 「想定されるシステム対応のポイント」 株式会社クロスフィールド 取締役 税理士法人あおやま 代表社員 公認会計士・税理士 松元 良範 前回、消費税に関する基本的なシステム構築思想について述べたが、あくまでもこれは優等生的なシステムの場合であり、すべてのシステムがそのようになっているわけではないことは改めて述べておく。 さて、今回の消費税増税に関する詳細については、本稿ではその記載を省略するが、ポイントとして以下の点が挙げられる。 1 短期間における2段階増税への対応について まず、最初に税率変更に関してであるが、前回も述べたように、一般的に優良なシステムであれば、消費税に関する情報は各商品の情報から独立した消費税マスタとして保持している。 そのため今回の改正で税率が5%から8%にアップしても、すべての取扱商品について一つずつ設定変更する必要はなく、2014年4月1日を適用開始日とする税率8%を消費税マスタに追加登録するだけで対応できることになる。また、さらに2015年10月に10%に変更された際も同様で、2015年10月1日を適用開始日とする税率10%を消費税マスタに追加登録するだけで対応できることになる(なお消費税がアップすることにより各商品の売価も通常は変更になるため、商品マスタ側での売価変更は当然別途必要になる)。 いずれにしても、消費税率が変更になっても、商品毎に消費税額を変更するような作業は不要である。ただし、企業が独自に自社開発したようなシステムにおいて1997年の消費税率改正時に消費税情報をマスタ化しなかった場合は、今回の改正への対応に手こずるであろう。 2 経過措置等への対応(複数税率への対応)について 経過措置は1997年の改正時にもあったが、今回は短期間に2段階の税率アップの予定となっており、経過措置との抱合せにより前回よりも一層複雑さを帯びている。 2014年4月に従来の5%から8%へ増税されるが、経過措置として半年前の2013年9月末までに契約された請負契約などは、2014年4月以降に引き渡されても従来の5%が適用される。また2015年10月からさらに8%から10%に増税されるが、ここにおいても経過措置により、半年前の2015年3月末までに契約されたものは2015年10月以降に引き渡されても旧税率すなわち8%が適用されることになる。 すなわち、2015年10月以降においては5%、8%、10%といった3つの税率が混在する可能性がある。 複数税率が混在するのは一時的な措置ということもあり、前回の増税時には複数税率対応に向けたシステム改修を行わなかった企業もあるかもしれない。また、前回も述べたように、優良なシステムおいては同時期に複数の税率を保持できるようになっているものの、これまで経験してきたのは2つの税率までであり、3つの税率には対応していない場合もあるかもしれない。 いずれにしてもこのような場合には、今回の改正に向けたそれなりのシステム改修が求められるであろう。 なお、多くの複数税率を設定できる優良システムであっても、1997年以降、消費税はずっと5%であっため、実際にシステムに登録されているのは5%だけと思われる。 そのままでは今回の改正には対応できないため、2014年には8%、さらに1年半後には10%の新税率をマスタへ追加登録する必要はある。 3 軽減税率への対応について 一般的な優良システムでは、商品毎ではなく各商品に共通の消費税マスタを保持している、と前回述べた。 しかし、今後、軽減税率が導入された際には、発想を変える必要が出てくる。 なぜなら、軽減税率は商品によって消費税率が異なる制度だからである。 これまでは、商品別に税率を保持するという発想は基本的になかった。 日本の軽減税率がどのような内容になるかは、本原稿執筆時点では全く不明である。欧州での事例を参考にするしかないが、欧州の場合、商品を一定のカテゴリーに分け、いくつかの特定カテゴリーについては、標準の税率ではなく軽減された税率を適用している。 そのために、例えば商品マスタには各消費税区分に対応した商品カテゴリーなどを情報として持ち、同時に消費税マスタには当該商品カテゴリー別の軽減税率を設定できるようにするなどといったシステム変更が必要であろう。 図1 また、前回、消費税の計算を決済単位(レシート単位)で行うことなども述べたが、軽減税率導入後はそれが不可能となる。そもそも一度の買い物で税率の異なる商品を購入した場合には、レシート単位での税込合計金額に対する税額を計算することができず、個々の商品明細毎あるいは商品カテゴリー毎に消費税を計算することしかできなくなる。 そのため、レシートに印字する消費税額の計算ロジックも変わることなるため、店頭で利用されているPOSレジシステムの変更も必要になるであろう。 ただし、これまで商品別に税率を保持する発想が全くなかったというと、実はそうでもない。税率がゼロという商品、すなわち、消費税が課税されない取引(例えば郵便局やコンビニ等での印紙の売買等)はこれまでも存在しているからである。 参考までに、コンビニで通常の商品と一緒に印紙を購入した時のレシートをみてみよう。 図2 レシートイメージ 印紙の行の右側に(非)と記載されているが、これは非課税ということである。 実際の内消費税¥9は、ガム¥194のみに5/105を乗じた金額である。 いずれにしても、軽減税率が導入された場合には、より多くのバリエーションに対応しなければならなくなるであろう。 (連載了)