IFRSは今、どうなっているのか? 【後編】 公認会計士 乾 隆一 IFRSの議論は、2012年6月に開催された企業会計審議会総会・企画調整部会合同会議を最後にストップした。同会議で、金融庁事務局が挙げた11項目に対する委員からの意見聴取が終わったからであろう。 では、この会議後、IFRSにはどのような動きがあったのであろうか。 結論から言うと、大きな動きは何もなかった。 2011年7月にIASBの議長が代わり、会計基準の完成・修正のペースが遅くなったことが定着し、IFRS適用時期が不明なままの日本国内でのIFRS熱は、すっかり冷却した。 しかし、IFRSに動きがなくとも、IFRSの適用企業は着実に増えている。 2014年3月期からは三菱商事や三井物産などの大手商社、武田薬品工業や第一三共などの大手製薬会社が、さらに、2015年3月期からは東芝やエプソンなどのメーカーがIFRSを適用するようである。 また、IFRSの適用表明はしていないが、横浜ゴムや花王などは決算期を変更している。IFRSは親会社と子会社の決算日の統一を日本基準よりも厳しく求めているため、それへの対処だと思われる。 さらに、IFRS関連のソフトウェアを販売しているディーバとPCAは、IFRS適用の条件(連結財務諸表規則1条の2)を満たしていない上場企業であるが、自主的にIFRSに基づく財務諸表を公表している。 上場企業は約3,600社ある。そのうち、IFRSを適用している、あるいは適用を表明している企業は10社余りしかない。つまり、IFRSを適用している上場企業は、上場企業の1%にも届かないのが現状である。 しかし、特に国際的に活動している企業では、IFRS導入プロジェクトが着実に進んでいるらしいと聞こえてくる。 今後も、IFRSに関する議論は遅々として進まないであろう。 IFRSもTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)同様に、政治の影響を色濃く受けるようになってしまったからである。 日本も米国も、来年以降にイニシアティブをとる政治家・政党が不透明な今、少なくとも向こう1年間は、IFRS適用の判断はなされないと思われる。 しかし、IFRS適用企業自体は着実に増えている。 また、in-outでのM&Aを検討している企業にとって、アメリカ以外の企業を買収対象にした場合、その企業がIFRSを採用している、あるいはIFRSに近い会計基準を採用している可能性が高い。そうなると、比較する上で、自社の財務諸表にIFRSを適用するケースも出て来るであろう。 今、IFRS適用に向かっていない企業は、急いでIFRS適用を検討する必要はない。 しかし、IFRSの動向はウォッチしておく必要がある。 また、M&AなどでIFRSに基づく財務諸表を目にする機会が増えてくる。 そこで、IFRS適用が不透明な間は、IFRSに基づく財務諸表で財務分析できるように準備しておくことを筆者はおススメしたい。 (連載了)
廃止予定の 「受給資格者創業支援助成金」について ─今年度末までの事前届出が必要─ 社会保険労務士 佐藤 信 1 事前届の提出は平成25年3月31日まで 雇用保険の受給資格者が創業したときに支給される「受給資格者創業支援助成金」は、平成25年3月31日までに法人等設立事前届を提出した者が対象となり、その後は助成対象としないこととされた。 現に失業している者又はこれから退職を予定している者で、当該助成金を活用しながら創業を考えている場合は注意を要する。 2 助成金の概要 雇用保険の受給資格者自らが創業し、創業後1年以内に雇用保険の適用事業の事業主となった場合に、創業に要した費用の一部を最大150万円まで助成し、失業者の自立を支援するもの。 3 支給要件変更の概要 4 助成対象となるものの例 5 経費に関する注意点 6 支給額 対象経費の1/3(上限150万円) ※創業後1年以内に雇用保険の一般被保険者を2人以上雇い入れた場合は、50万円の上乗せあり。 (了) 【参考】① 厚生労働省ホームページ 「各種助成制度 受給資格者創業支援助成金」 【参考】② 厚生労働省ホームページ リーフレット「受給資格者創業支援助成金のご案内」 ※PDFファイル 【参考】③ 厚生労働省ホームページ (手続きの詳細等) ※PDFファイル
福岡魚市場株主代表訴訟 ~判決から読む会社経営者の子会社管理責任(1) 弁護士 中西 和幸 1 はじめに 近年、株主代表訴訟において役員責任が認められる判決が目立つようになってきた。その中で、(株)福岡魚市場(以下「魚市場」)の株主代表訴訟(福岡地裁、高裁では役員が敗訴し、上告中である)に注目したい。この判決では、子会社である(株)フクショク(以下「フク社」)に不祥事があったとしてフク社取締役を兼任していた取締役(代表取締役Y1、専務取締役Y2)及びフク社監査役を兼任していた取締役(常務取締役Y3)の責任が地裁及び高裁において認められたが、その内容については、他の事業会社においても参考になることが多い。 そこで、今回は地裁の認定(高裁もほぼ同様の認定)を紹介し、次回で、実務的な観点を検討する。 2 不正取引の概要 魚市場の100%子会社であるフク社は、「ダム取引」及び「グルグル回し取引」(以下「簿外取引」という)と称する取引(取引の詳細はスペースの関係上省略する)を、魚市場やその他の仕入業者との間で行ってきた。 この取引の概要は、仕入業者が一定期間在庫を預かって順次在庫を売却し、売れ残った在庫をフク社が買い取る取引である。「ダム取引」は仕入業者が商品を新たに輸入することから始まる取引であるのに対し、「グルグル回し取引」は、ダム取引等の終了により一度フク社が買い取った商品を仕入業者(当初輸入した業者に限らない)に買い取ってもらい、一定期間経過後売れ残った在庫をフク社が買い戻す取引である。 この簿外取引を継続することで、売れ残った在庫は商品としての価値を失う一方、簿外取引により生じた手数料等については、フク社が売却時に商品価格に転嫁することができず、特定の在庫商品の価格に上乗せしていたため、その在庫商品の原価が高額となり、フク社が表面化しない損失を被ることになった。 これらの取引は、フク社A取締役兼営業本部長の独断で行われており、フク社取締役会の承認は得られていなかった。また、フク社の帳簿にも取引形態が適切に反映されていなかった。 3 不正取引発見後の対応 Y1らは、不正在庫等の徴候をつかみ、又は発見したことから、以下のとおり対応を行った。 (1) 平成11年の調査 平成11年1月、フク社取締役が異常に高額な在庫評価額を発見し調査した結果、疑わしい在庫が約3,400万円相当であることを認識したが、簿外取引の停止等の手段を講じなかった。 (2) 魚市場による連帯保証 平成15年3月、フク社が仕入業者Mと継続的取引契約を締結する際、フク社の債務につき魚市場が連帯保証した。このとき、当該連帯保証を承認した常勤取締役会(Y1,Y2,Y3とも出席)においては、フク社のMに対する買掛債務の残高を調査せず、極度額を定めずに連帯保証した。 (3) 魚市場によるフク社の不正在庫の調査 平成15年3月上旬、不正在庫が存在する可能性があることを認識したY1とY2が、協議の上調査委員会を設立して調査をさせた。ただし、その調査が不十分であり、また、Y1ら自身は調査が適正だったかどうかを確認しなかった。 (4) 魚市場によるフク社に対する貸付 上記調査に基づき、フク社が魚市場に対して特別損失額を14億8,000万円とする再建計画(当初の損失額は13億7,829万円。再調査により約2ヶ月後に増額修正)を受け、銀行と交渉の上、魚市場が銀行から融資を受け、魚市場が、取締役会決議に基づきフク社に対する20億円の融資枠を設定し、平成16年6月29日から同年12月29日まで、計19億1,000万円を貸し付けた(当初融資)。 (5) 損失不足の発覚と債権放棄 平成16年12月29日頃、フク社から魚市場に対して、含み損の金額が当初報告した14億8,000万円ではなく、実際には22億6,242円である旨報告され、平成17年2月17日、同額を踏まえた再建計画書が提出された。これを受けて、魚市場は、同月24日、15億5,000万円の債権放棄を取締役会において決議した。 (6) 再融資 また、魚市場は、同年3月末日までにフク社から貸付金のうち3億6,000万円の回収を受けると、同年4月に合計3億3,000万円をフク社に貸し付けた(再融資)。 4 裁判所が認定した役員の責任 (1) 役員の責任を認めなかった行為 ① 平成14年11月18日以前の調査等を行わなかった不作為 ② 簿外取引発覚後の行為のうち、正確な損失額が判明した後に行われた15億5,000万円の債権放棄 ③ 同時期に行われた3億3,000万円の再融資 (2) 役員の責任を認めた行為 ① 簿外取引に対する監視・監督義務のうち、遅くとも平成14年11月18日の公認会計士からの指摘を受けた時点で具体的かつ詳細な調査を行わなかったという不作為 ② 簿外取引発覚後の連帯保証契約 ③ 簿外取引発覚後の当初融資 (3) 役員が負った損害賠償額 18億8,000万円 当初融資19億1,000万円のうち、実際に回収不能である、債権放棄分15億5,000万円と再融資額3億3,000万円の合計額が取締役が責任を負うべき損害額と認定した。なお、簿外取引による監視・監督義務違反は損害額の立証がないとして、また、連帯保証契約についてはこれによる損害がないとして、いずれも、義務違反があるものの損害の発生を認めなかった。 なお、高裁では損益相殺等が問題となったが、いずれの役員側の主張も認めていない。 5 責任の有無を分けた分水嶺 (1) 事実認識の誤りと調査不足 本判決において判決が注目したのは、被告取締役自身が具体的な法令等に反する行為を行っていなかったことから、経営判断原則を適用し、そのうち、事実認識における誤りの有無を問題にしたと読みとることができる。 すなわち、忠実義務・善管注意義務に反しないと判断した事実は、債権放棄及び再融資である。これらは、いずれも、簿外取引及びフク社について、損失額等を正確に把握した上での意思決定であるとして違反を認めていない。 これに対し、簿外取引発覚後の連帯保証契約及び当初融資については、緊急の必要性がないにもかかわらず調査内容や調査手法を十分吟味せず、その結果、誤った調査結果を基にして意思決定をしたものとして、違反を認めている。 このように、多額の融資や連帯保証等の会社に負担が生じる場合には、緊急性がない限り十分な調査が不可欠であり、また、調査を部下等に命じた場合には、調査方法等を確認するなどの検証をし、情報が正確かどうかを確認する必要があると判示している。 また、この判決では、上記調査義務以外に、公認会計士の指摘を受けた段階で詳細な調査をすべきであったとも指摘している。 (参考文献:金融商事判例1367号41頁、1399号24頁、旬刊商事法務1970号15頁) (了)
事例で学ぶ内部統制 【第2回】 「内部統制を有効に運用する 年間スケジュールとは?」 株式会社スタンダード機構 代表取締役 島 紀彦 はじめに 前回は、内部統制報告制度の開始からこれまでを振り返り、5年目に入った今、企業が制度全般に対して抱える疑問や個別具体的に抱える実務課題を、筆者主催の実務家交流会で意見交換された事例に即して紹介した。 今回は、個別具体的な実務課題の中から、内部統制を有効にまわしていく1年間のスケジュールを取り上げる。 内部統制は社内外に関係する役者が多いため、スケジュールの巧緻が、制度の有効運用を左右するといっても過言ではない。現場が抱える課題と解決のための創意工夫を見てみよう。 内部統制の年間作業 やや古い話だが、平成21年12月、日本公認会計士協会は、監査法人に所属する監査責任者に対し実施した内部統制監査に関するアンケート調査結果を公表した。 それによれば、監査法人が2年目以降の内部統制について経営者に要望した事項として、最も多かった「さらなる内部統制の整備・構築」(21%)に次いで2番目に挙げたのが、「評価作業のスケジュールの策定」(15%)であった。 実際に交流会でも、次のようなやりとりがあった。 参加企業Aは、「内部統制監査が終わった時、監査法人からの総評として、いろいろな作業が遅れた原因の一部はわが社のスケジュール不足にあり、今のままでは監査計画が立てづらいので、しっかりスケジュールを策定してほしいと要望された」(外食サービス会社)と話した。 参加企業Bも、「監査法人から、経営層との協議時間の多くが、内部統制の内容の話でなく、作業の進捗状況などのスケジュールに割かれたのはもったいないと指摘された。評価作業が遅れないようにスケジュール策定をすれば、経営層と内容面の話を深められるとの要望を受けた」(情報通信会社)と、経営層ミーティングの見直しを迫られていた。 内部統制報告書を提出するまでに、企業がこなす作業を時間軸で並べると の6つが挙げられる。 企業が行う内部統制評価は、毎年これらの作業の繰り返しとなる。問題は、これらの作業を配分する1年間のスケジュールだ。以下、参加企業が3月決算と仮定して話を進める。 各作業のスケジュール事例 複数の参加企業が、「評価範囲の決定は、前年実績数値に基づき6月まで、文書化は8月まで、整備状況の評価は、文書化の時期に併せて9月まで、運用状況の評価は12月まで、ロールフォワードは3月まで、開示すべき重要な不備の判断は5月までに終える」と報告した。 これに対して、主に次の点が議論になった。 (1) 評価範囲の決定 参加企業Cは、「評価範囲の決定を当期に入ってから始めるのでは、後に続く評価や判断の時間が足りなくなる。わが社は、前期の3月までに予算数値で決定して作業を進めている。念のため、当期の6月に前期の実績数値に基づき、評価範囲の妥当性を検証している」(運輸)と話した。 参加企業Dも、「わが社も評価範囲の決定を前期末に完了する点は同じだ。C社さんと違うのは、当期に入り四半期毎の決算数値で、設定した評価範囲が大丈夫かを監査法人と協議して確認している点だ」(部品メーカー)と、モニタリングの重要性を加えた。 (2) 文書化 多数派は、「統制内容に変更がある場合や新しく評価範囲に含まれた統制内容があれば、評価範囲の決定後に随時文書化に着手する。それがなければ、文書化せず、いきなり整備評価に入る」と話した。 しかし、参加企業Eは、「恥ずかしい話だが、業務のやり方が頻繁に変わるたびに、内部統制の文書を更新していたため、文書化の完了が12月まで遅れる有様だった。しかし、業務のやり方が変わっても、アサーションという視点で見れば、重要なコントロールは影響を受けないことに気づいてから、文書の頻繁な変更は減り、文書化の完了を6月まで早めることが可能となった」(情報通信会社)と、文書化をめぐり毎年スケジュールを改善してきた事例を報告した。 (3) 整備状況の評価 「統制内容に変更がなければ、整備状況の評価を省略している」と、文書化と平仄を合わせるのが多数派だった。 これに対して、複数の参加企業は、「統制内容が変わらなくても、特に意味もなく毎年8月まで整備状況の評価を続けていた。監査法人からの提案はなく、省略する発想がなかった。今後、省略の方向で監査法人と相談したい」と話した。 (4) 運用状況の評価とロールフォワード 参加企業Fが、「ロールフォワードは、運用状況の評価が12月までに完了した場合のみ、期末時点で内部統制の有効性が継続していることを証明するため、3月までに1件のサンプルを抽出して行う」(商社)と報告した。 これに対して参加企業Gは、「運用状況の評価の対象サンプル抽出が第4四半期にずれ込んでも、3月までにロールフォワードを行っている。しかし、F社さんのやり方に見直したい」(部品メーカー)と話した。 その他スケジュールをめぐる課題 実務では、全社レベルの内部統制(ELC)、プロセスレベルの内部統制(PLC)、ITによる統制が含まれている場合は、対象となるITアプリケーションにより自動化された内部統制(ITAC)、IT全般統制(ITGC)について6つの作業を進めるが、主に次の点が議論になった。 (1) ELCとPLCの評価 ELCの評価結果が良好であれば、PLCの評価を簡便な手法で済ますなど、ELCとPLCの評価を連携させるのが、日本基準が謳うトップダウン型リスクアプローチの思想である。 参加企業Hは、「それを実践するために、ELCをPLCに先立って評価している。しかし、そうすると、8月に出てくるELCの評価結果を受けて、PLCの評価に着手できないことになり、結果としてPLCの評価時間が短くなり逼迫してしまうのが悩ましい」(情報通信会社)と、問題提起した。 しかし、多数派は、「理論上はそのとおりだが、実務上は、ELCとPLCの連携にこだわらず、両者を並行して進めており、この妥協に監査法人は何も言わない」と、トップダウン型リスクアプローチを放棄している。 もっとも、少数の参加企業は、「ELCは会社の経営基盤そのものだから、同じ会社のELCの評価結果が毎年激変することは少なく、むしろ年を重ねる毎に一定レベルに収斂するはずだ。わが社では、PLC対象連結子会社ごとに、過去複数年度のELCの評価結果から、ELCのレベルを判断し、その子会社の当期のPLCの評価手法に反映したいと考えている」と、ELCとPLCの連携を模索していた。 (2) 決算財務報告プロセス(FSCP)の評価 多くの参加企業が、「FSCPの評価は、慌しい決算繁忙期にならないと評価の対象サンプルがとれないため、決算事務の負荷と財務諸表監査への対応の負荷の2つと重なり、とても苦労している。下手をすると、有価証券報告書承認直前まで終わらない可能性がある」と、スケジュール管理や作業負荷軽減に妙手がなく苦労していた。 対応策として、複数の参加企業が、 「当期末のサンプルを待つのでなく、前年度の期末決算業務のサンプルを評価対象にした。そのため、繁忙期の3月でなく、8月から9月までに行うことができている」 「わが社は、当期のサンプルを評価対象にするが、スケジュールの前倒しと、監査法人との評価対象サンプルの共有によって、できるだけ12月の四半期決算までのサンプルを評価対象に経営者評価、監査法人レビューを完了し、3月の負荷を軽減している」 などの工夫を報告していた。 次回は、監査部の独立性に係る事例について紹介したい。 (了)
《速報解説》 租税特別措置(相続財産に係る 譲渡所得の課税の特例)の 適用状況等について 弁護士 木村 浩之 1 はじめに 会計検査院より、財務大臣宛てに、平成24年10月19日付けで、「租税特別措置(相続財産に係る譲渡所得の課税の特例)の適用状況等について」と題する意見の表示が行われた。 これは、会計検査院が、相続財産に係る譲渡所得の課税の特例(相続税相当額を取得費に加算する制度(租税特別措置法39条))の適用状況等について検査した結果、同特例については、平成5年の改正後の状況変化を踏まえて、制度の見直しなどの改善措置が必要であるとの意見を表示するものである。 2 本特例の概要と平成5年改正 今回の意見表示の対象となった特例は、相続税と譲渡所得税の課税の調整を図る(相続財産の譲渡による課税の二重負担を解消する)ことを目的として、昭和45年の税制改正によって創設されたものである。 その内容は、個人が相続財産を取得した後、短期間に当該相続財産を譲渡した場合に、譲渡所得の計算上、当該相続財産に係る相続税相当額を取得費に加算する(その結果、相続税相当額が譲渡所得の金額から控除される)ことを認めるものである。 その後、本特例は幾次の改正を重ねて、平成5年に、当時の地価の高騰等に伴う土地関連の税負担の増大を背景として、取得費に加算される相続税相当額の範囲について、譲渡した土地等に対応する相続税相当額のみならず、相続したすべての土地等に対応する相続税相当額をも対象とするように拡大された。 その結果、実際には譲渡していない土地等に対応する相続税相当額についても、譲渡所得の計算上、取得費に加算されることとなった(下記図参照)。 その後も、本特例については種々の改正を経ているものの、上記の基本的な制度は維持されたまま、現在に至っている。 3 本意見の概要と評価 今回の会計検査院の意見は、平成5年の改正当時から現在に至るまでに、地価は大幅に下落し、土地関連の税負担は大幅に軽減されるなど、状況が大きく変化していることを踏まえて、取得費加算の範囲を拡大する措置は必要性が著しく低下しているとして、制度の見直しが必要であるとの見解を示したものである。 具体的には、本特例の適用に関する確定申告書等の資料が分析された結果、本特例の適用を受ける者については、相続によって取得した土地等のごく一部を譲渡し、大幅な取得費加算を受けることで、税負担が著しく軽減される者が多数に上っているとの実態が把握され、地価の高騰等を背景とした平成5年改正の趣旨からは乖離している現状について論証がなされている。 このように、本意見は、平成5年の改正当時から現在に至るまでの背景事情の変化を踏まえて、具体的なデータをもとにして検査がなされたものであり、説得力を有するものと考えられる。 4 税制改正の見通し 以上のとおり、本意見は説得力を有するものであり、また、会計検査院の意見表示は、法律(会計検査院法36条)の規定に基づいてなされるものであり、財務大臣に対する一定の拘束力を有するものと解される。 そこで、本意見を踏まえて、近い将来において、取得費加算の範囲の見直しを含め、本特例の改正がなされる見込みは十分あると考えられる。特に本年10月19日からは、政府の税制調査会において平成25年度の税制改正に関する議論が開始されており、今後の動きについて注視が必要である。 (了) 【参考】会計検査院ホームページ 「租税特別措置(相続財産に係る譲渡所得の課税の特例)の適用状況等について」
〔改正〕継続雇用制度の実務対応 特定社会保険労務士 佐竹 康男 「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」が改正され(9月5日公布)、平成25年4月1日以降は、希望者全員を65歳まで雇用しなければならなくなった。 これは、来年度以降60歳になる人(昭和28年4月2日生まれ以降)から老齢厚生年金の支給開始年齢が61歳以降(男性の場合)に引き上げられることに対応し、定年後の一定期間無収入になる人を防止することを目的としている。 1 継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みの廃止 高年齢者等の雇用の安定等に関する法律では、高年齢者雇用確保措置として定年を65歳未満に定めている事業主は、その雇用する高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するため、次のいずれかの措置を取ることが義務づけられている。 継続雇用制度とは、現に雇用している高年齢者が希望するときは、その高年齢者を定年後も引き続いて雇用する制度をいうが、現行の法律では、継続雇用の対象者を限定する基準(健康状態、能力、経験等)を労使協定で定めることができる。 今回の改正によってこの仕組みが廃止され、平成25年4月1日からは、希望者全員を継続雇用制度の対象とすることが必要になる。 ただし、老齢厚生年金(報酬比例部分)の支給開始年齢に到達した以降の人を対象に、基準を引き続き利用できる経過措置が設けられている。 〈厚生年金保険の支給開始年齢(男性の場合)〉 ※例えば、昭和28年度に生まれた人は、61歳(平成26年度)から老齢厚生年金が支給される。したがって、企業もこの年齢から従来の基準を適用できる。 また、厚生年金保険は、男女で支給開始年齢に差があるが、高年齢雇用確保措置は、男女の年齢による区別はなく、老齢厚生年金の男性の支給開始年齢に対応させている。 (1)企業の対応 ① 労使協定により、継続雇用の対象者を限定する基準を定めている企業は、就業規則の改定が必要になる。 ◎就業規則例 ② 人件費の増加が予想されるため、賃金及び退職金制度の見直しが必要になる。 ③ ワ-クシェアリング等、柔軟な働き方を進めていく必要がある。 (2)労働者に与える影響 ① 必ずしも本人が希望する職種等で勤務できるわけではないのだが、65歳又は少なくとも老齢厚生年金の支給開始年齢までは働くことができる。 ② 人件費の増加を抑制するため、定年年齢に達する前から、賃金・退職金の減額、退職勧奨を行う企業が増加する可能性がある。 ③ 高齢者の雇用の増加により、若年者の雇用が抑制される可能性がある。 2 継続雇用先企業の範囲拡大 高年齢者の継続雇用先を自社だけでなく、グループ内の他の会社(子会社や関連会社など)まで広げることができるようになる。子会社とは、議決権の過半数を有しているなど支配力を及ぼしている企業(関連会社とは、議決権を20%以上有しているなど影響力を及ぼしている企業)である。この場合、継続雇用についての事業主間の契約が必要になる。 詳細は、厚生労働省令で規定される。 3 違反企業に対する企業名公表規定の導入 高年齢者雇用確保措置を実施していない企業は、労働局等が指導・勧告を行い、なお違反が是正されない場合は企業名が公表される場合がある。 (了)
大きく変わる?税務調査手続 【その1】 「先行的取組を10月から開始」 税理士法人トーマツ パートナー 税理士 小林 正彦 1 はじめに 平成23年12月2日に国税通則法が改正され(以下、改正通則法)、従来慣行として行われてきた税務調査手続の一部が法律に規定されたほか、更正等不利益処分の理由附記の対象の拡大や、更正の請求の期間の延長(1年から5年に)など重要な改正が行われた。 さらに「国税通則法第7章の2(国税の調査)関係通達」(以下「手続通達」という)がパブリック・コメントを経て平成24年9月12 日に発遣され、同日付で「調査手続の実施に当たっての基本的な考え方等について(事務運営指針)」、「税務調査手続に関するFAQ(一般納税者向け・税理士向け)」も発遣されている。 国税庁は、今回の改正は従来実施されてきた調査のやり方を大きく変更するものではないとしている。しかし、事前通知、同一年分の再調査、物件の留置き等、各調査手続の適用要件が法定されており、実際の調査の現場では、要件充足の是非をめぐって納税者と調査官の間で議論になるケースも出てくる可能性がある。 このため、調査対応に当たる企業の担当者や税務代理人は、少なくとも改正法と通達の規定の概要を知っておく必要がある。 調査手続に関する改正法の適用開始時期は基本的に平成25年1月1日以降開始する調査からであるが、国税庁は施行後の円滑な実施を図る観点から、事前通知と修正申告の勧奨の教示については、ホームページ上のお知らせ「税務調査手続等の先行的取組の実施について」で、先行して本年10月1日以降に開始する調査から実施することを明らかにしているので、注意する必要がある。 以下、これらの内容について、2回にわたって解説する。 1回目は、調査手続について10月1日から先行して変わる部分に絞って解説する。 なお、来年1月1日から変わる調査手続、理由附記、及び平成23年12月2日以降終了する事業年度から適用が開始されている更正の請求の期限延長については次回(その2)に譲る。 2 先行して10月1日から変わる部分 (1) 事前通知 本年10月1日以降に開始する調査については、法律で定められた11項目(表1参照)が、予め電話等で納税者と税務代理人の双方に通知されることになる。 表1 事前通知事項 表1のうちNo.5からNo.8は、調査の範囲を明確にする上で重要な項目であり、税務署から電話で事前通知があった場合、正確に書き留めておくと、後日トラブルになった際に役に立つ。事務運営指針では、「通知事項が正確に伝わるよう分かりやすく丁寧な通知を行うよう努める。」と指示している(第2章2(1))。 日時の調整については、事務運営指針では、「調査開始日前までに相当の時間的余裕をおいて、…(中略)…事前通知する。この場合、事前通知に先立って、納税義務者及び税務代理人の都合を聴取し、必要に応じて調査日程を調整の上、事前通知すべき調査開始日時を決定することに留意する。」としている(第2章2(1))。いったん日時を決めた後でも、合理的な理由を付して変更申出をすることにより、日時変更は可能である(改正通則法74条の9第2項)。 この点、手続通達(4-6)によれば、「個々の事案における事実関係に即して、当該納税義務者の私的利益と実地の調査の適正かつ円滑な実施の必要性という行政目的とを比較衡量の上判断するが、例えば、納税義務者等の病気・怪我等による一時的な入院や親族の葬儀等の一身上のやむを得ない事情、納税義務者等の業務上やむを得ない事情がある場合は、合理的な理由があるものとして取り扱うことに留意する。」としている。 税理士を通じて連絡を受けることを希望する場合は、その旨を調査官に告げれば、税務代理人経由で通知を受けることもできる(手続通達7-1)。先行実施においては、この場合、表1のNo.1《実地の調査を行う旨》以外について税務代理人に連絡するとしている。 事前通知の内容のうち、移転価格調査を行う場合については、移転価格調査とそれ以外の法人税調査を別々の調査として区分することや連結法人の調査において連結子法人の調査を複数の調査に区分することは、納税義務者の事前の同意があればできることに留意するとしている(手続通達3-1(4))。 区分するかどうかは、再調査ができる範囲に影響するので重要である。手続通達5-6(注2)によれば、この取扱いがある場合には、「移転価格調査を行った後に移転価格調査以外の部分を行うときは、…(中略)…再調査には当たらないことに留意する。」とされている。 「この取扱いがある場合」とは納税者の事前の同意がある場合をいうと解されるので、同意がない場合には「再調査」に該当することになり、納税者が移転価格調査と法人税調査を切り離すことに予め同意していないときには、移転価格調査が終了した後で一般の法人税調査を行うことはできないものと解される。 では、移転価格調査が終了していない段階で一般法人税調査を追加的に行うことは可能なのであろうか。 改正通則法74条の9第4項は「当該調査により当該調査に係る同項第3号から第6号までに掲げる事項以外の事項について非違が疑われることとなった場合において、当該事項に関し質問検査等を行うことを妨げるものではない。」としているので、納税者が移転価格と一般法人税調査の切離しに同意していない以上、移転価格調査の過程で一般法人税の非違が見つかった場合には、その非違については更正できるが、それ以上に本格的な一般法人税調査を開始することはできないものと解される。 以上のような問題が起きることが考えられるので、課税庁は、移転価格調査を行う場合には、通常の法人税調査とは区分することについて、事前に同意を求めるものと思われる。 (2) 修正申告等の勧奨の際の教示文の交付 修正申告の勧奨の際に、修正申告をすると不服申立てはできないが更正の請求をすることはできるという説明が口頭で行われるとともに、その旨を記載した書面が交付される。この書面交付は「交付送達」に該当するので、受取りに署名・押印を求められる。この説明がない場合には、平成25年1月1日以降開始の調査の場合には、手続上の違法があったとして課税処分取消し事由になる可能性もあるので、説明がなかった場合にはその旨を記録しておく必要がある。 【次回は創刊準備4号に掲載予定】 (了) 【参考】国税庁ホームページ 「「納税環境整備に関する国税通則法等の改正」について」
〔平成9年4月改正の事例を踏まえた〕 消費税率の引上げに伴う 実務上の注意点 【第1回】 アースタックス税理士法人 税理士 島添 浩 平成24年8月に「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法等の一部を改正する等の法律案」が国会で可決され、消費税法の改正として、消費税率(消費税及び地方消費税)が引き上げられることとなった。 なお、今回の法案において確定した規定は、主に消費税の福祉目的税化、消費税率の段階的引上げ、特定新規設立法人の納税義務の免除の特例、中間申告制度の見直し、請負契約等の経過措置規定であり、逆進性対策としての複数税率の導入、給付付き税額控除、簡易課税制度の見直しなどの項目については検討事項となっており、未だ具体的な内容は確定していないため、今後の法改正についても注意が必要である。 今回の改正により、以下のように消費税率が平成26年4月1日に8%、平成27年10月1日に10%と2段階で引き上げられることとなるため、この税率変更に伴い、商品価格表示の変更やレジスター等のシステム変更といった、事業者側が事前に行わなければならない対策の必要性が短い期間に二度も生じることとなり、事業者の事務負担が増大することが考えられる。 この税率変更に伴う対応策については、平成9年4月1日において消費税率が導入時の3%から5%へ変更された際に一度行われているが、主な内容としては、以下のようなものがある。 また、平成16年4月の税制改正により、「不特定かつ多数の者に課税資産の譲渡等を行う場合において、あらかじめその資産又はサービスの価格を表示するときは、その資産又は役務の価格に係る消費税及び地方消費税の合計額に相当する額を含めた価格を表示しなければならない」とする「総額表示義務規定」が創設されたが、この規定により、今回の改正では平成26年4月と平成27年10月の2回にわたって表示の変更をしなければならず、この対応策に多大なる事務負担が考えられるので注意しなければならない。 さらに、この総額表示の義務化により、税率が上がった場合に、1円単位まで消費税を表示して徴収ができるかどうかという消費税の転嫁方法に問題が生じることとなり、税率変更前に十分な検討が必要となる。 次回以降の連載では、上記の税率変更に伴い企業内で起こりうる実務上の問題点について、平成9年4月1日税制改正に伴って生じた事例を踏まえた上で、詳細に確認していく。 (了)
改正労働契約法 【② 企業の対応策】 社会保険労務士 桑野 真浩 前回は、改正された労働契約法について、その改正ポイントを解説した。 今回は、改正に伴う企業(使用者)と従業員(労働者)の対応はどうすればよいのか、という点について述べたい。 Ⅰ 無期労働契約への転換 有期労働契約が反復更新されて通算5年を超えたときは、労働者の申込みにより、期間の定めのない労働契約(無期労働契約)に転換できるルールである。 ※5年のカウントは、このルールの施行日以後に開始する有期労働契約が対象。施行日前に既に開始している有期労働契約は5年のカウントに含めない。 【労働者(従業員)の立場から】 現在の有期労働契約期間中に、通算契約期間が5年を超える場合、その契約期間の初日から末日までの間に、無期転換の申込みをすることができる。申込みをすると、使用者が申込みを承諾したものとみなされ、無期労働契約(期間の定めのない労働契約)が成立する。無期に転換されるのは、申込み時の有期労働契約が終了する翌日から。 【使用者(企業)の立場から】 無期労働契約の労働条件(職務、勤務地、賃金、労働時間など)は、別段の定めがない限り、直前の有期労働契約と同一となる。つまり、労働契約の期間が、有期から無期に変わるだけと判断して構わない。別段の定め、例えば短時間正社員就業規則により、変更が可能。無期転換を申し込まないことを契約更新の条件とするなど、あらかじめ労働者に無期転換申込権を放棄させることはできない。 Ⅱ 「雇止め法理」の法定化 最高裁判例で確立した「雇止め法理」が、そのままの内容で法律に規定された。一定の場合には、使用者による雇止めが認められないことになるルールである。 Ⅲ 不合理な労働条件の禁止 有期契約労働者と無期契約労働者との間で、期間の定めがあることによる不合理な労働条件の相違を設けることを禁止するルールである。 (連載了) 【参考①】厚生労働省ホームページ 「労働契約法が改正されました」 【参考②】厚生労働省ホームページ 「パートタイム労働者の雇用管理の改善のために」
IFRSは今、どうなっているのか? 【前編】 公認会計士 乾 隆一 2012年10月2日(火)、4ヶ月ぶりに金融庁13階共用第1特別会議室にIFRS関係者が集まった。日本でのIFRS適用に関して議論している企業会計審議会総会・企画調整部会合同会議が開催されたからだ。 2012年7月。IFRSに関して大きな2つの発表があった。 まず7月2日、金融庁が「国際会計基準(IFRS)への対応のあり方についてのこれまでの議論(中間的論点整理)」(以下、「中間的論点整理」)を公表した。 そして7月13日、SEC(米国証券取引委員会)が、「Work Plan for the Consideration of Incorporating International Financial Reporting Standards into the Financial Reporting System for U.S. Issuers(スタッフによる最終報告)」(以下、「スタッフ最終報告」)を公表した。 これらの公表から3ヶ月。その間に、金融担当大臣は2回交代した。 しかし、10月2日の会議では目新しいことはなく、IASBの現在の状況報告などがメインであった。 では、IFRSはどのように進んでいくのであろうか。 2009年6月。企業会計審議会は、「我が国における国際会計基準の取扱いについて(中間報告)」(以下、「中間報告」)を公表した。この中で、2010年3月期から一定の条件を満たした上場企業へのIFRS適用が認められた。また、2012年を目途として、IFRSの強制適用の判断を下すことになった。 そして、この「中間報告」を受け、2010年3月期にIFRSによる開示第1号の企業が出た。日本電波工業である。翌2011年3月期からは、HOYA、住友商事がIFRSを適用し始めた。2012年3月期からも2社。2013年3月からは4社がIFRSを適用する予定になっている。 しかし、「中間報告」に明示された2012年を目途としたIFRS適用の判断は、どうやら2012年中にはなされそうにない。 そもそも、米国は2011年にIFRS適用の判断をする予定であった。その判断を受けて日本もIFRS適用の判断をするのではとも言われていた。しかし、米国の判断は延期されて今に至っている。しかも、2012年になっても判断は行われず、7月になってようやく、上記スタッフ最終報告が出されたにすぎない。スタッフ最終報告であるから、SECの最終報告ではない。 つまり、大統領選が終わり、次期政権が確定しない限り、米国におけるIFRS適用戦略は不透明であるとみられている。 そして、そんな米国を見て動いている日本。 2011年6月。自見金融担当大臣(当時)の政治主導の発言のもと始まった企業会計審議会総会・企画調整部会合同会議。ほぼ毎月会議が開催され、1年の議論の末、公表されたのが、冒頭の「中間的論点整理」である。 企業会計審議会は、過去、いくつもの中間報告と呼ばれる報告書を公表している。しかし、中間的論点整理という名称のついた報告書は初めてである。1年に及ぶ議論にもかかわらず、中間報告になるまで議論をまとめられず、とりあえず出された報告書、それが今回の「中間的論点整理」という印象を抱いてしまったのは、筆者だけであろうか。 【後編へ続く】 (了)