《速報解説》 JICPA、「Web3.0関連企業における監査受嘱上の課題に関する研究資料」を確定 ~会計処理実施の前提となる事項や関連法令等の理解など検討すべき事項及び留意事項をまとめる~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2023年11月20日、日本公認会計士協会は、「Web3.0 関連企業における監査受嘱上の課題に関する研究資料」(業種別委員会研究資料第2号)を公表した。公開草案に寄せられたコメントの概要及び対応も公表されている。これにより、2023年9月6日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。 暗号資産やNFT(Non-Fungible Token)などのトークン(電子的な記録・記号)を活用するWeb3.0ビジネスが広がっているなか、Web3.0ビジネスのような新しいビジネス領域に係る監査の受嘱に関しては、会計処理を実施するための前提となる事項や関連法令等の理解などの検討すべき事項は多岐にわたるものと考えられる。 そこで、日本公認会計士協会(業種別委員会)は、Web3.0関連企業における監査受嘱上の課題について研究し、研究資料として公表するものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 主な内容は次のとおりである。 上記のほか、付録として、国際財務報告基準(IFRS)における取扱い、米国会計基準における取扱い、用語集が記載されている。 Ⅲ 監査受嘱上の留意事項及びトークン発行に係る監査上の課題 1 監査受嘱に際しての留意事項 監査人は、通常、 Web3.0ビジネス企業の財務諸表監査の契約の締結又は更新に当たり、当該企業によるビジネスの特性を踏まえて、業務を実施するための時間、適性及び適切な能力を有する者を関与させることができるかを検討することとなる。 また、次の留意事項についても詳細に記載している。 2 トークン発行に係る監査上の課題 図表を用いて、我が国における法律上の定義との関係に基づいて、トークンの類型を整理している。 電子記録移転有価証券表示権利に該当するICOトークンの発行及び保有に関する会計処理については、「電子記録移転有価証券表示権利等の発行及び保有の会計処理及び開示に関する取扱い」(実務対応報告第43号)があるが、NFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン)及びSAFT(Simple Agreement for Future Token:将来発行されるトークンに対する保有者の権利を表章する合意)の保有及び発行に関する会計処理は定めがないため、監査上の対応も明らかでない部分があるとしている。 Web3.0企業の監査受嘱を難しくしている理由の1つに、トークン発行に係る会計処理の判断の困難さが挙げられるとしている。 企業会計基準委員会の「資金決済法上の暗号資産又は金融商品取引法上の電子記録移転権利に該当するICOトークンの発行及び保有に係る会計処理に関する論点の整理」(2022年3月15日)が公表されている。 研究資料は、当該論点整理に基づいて論点を記載し、当該論点整理のいずれの考え方を採用した場合であっても、発行者と保有者との間の権利及び義務を特定し、会計処理を行うことは財務諸表作成者である企業に求められるとしている。 監査人は、経営者からの説明に対して、識別された権利及び義務が、ホワイトペーパーや法律専門家による見解書などによって裏付けられることや、識別された権利及び義務に基づく会計判断が適切であることを検討するとしている。 また、取引段階から会計処理に必要な権利義務関係を明確にすることを可能とする内部管理体制の整備及び内部統制の構築がなされていることを確認するとのことである。 Ⅳ その他の監査上の課題 1 トークン保有に係る監査上の課題 資金決済法上の暗号資産の保有者の会計処理及び開示については、「資金決済法における暗号資産の会計処理等に関する当面の取扱い」(実務対応報告第38号)に規定されている。 しかしながら、自己の発行した暗号資産の保有や資金決済法上の暗号資産以外のトークン(実務対応報告第43号に定める電子記録移転有価証券表示権利等及び改正資金決済法上の電子決済手段を除く)については、会計基準等の定めが明らかでなく、経済的実態等に応じて既存の会計基準等を参考に、企業が会計処理を決定することになる。 研究資料は、次の事項に関して、実際に監査現場で検討されている事例を集め取りまとめたものに加えて、監査手続のうち特徴的な項目としてトークン発行・保有の前提となるブロックチェーンの理解について記載している。 2 NFT 現時点ではNFTに関する固有の法規制はなく、トークンがそれぞれ固有の権利を表章し非代替的な性質を持ち、金融商品取引法や資金決済法等の既存の金融規制に該当しないトークンが一般的にNFTと認識されているとのことである。 明確な定義や法規制がなく、会計基準等上の明確な定めはないことから、既存の会計基準等に照らした検討を実施する。 デジタルコンテンツの流通のために利用される事例が多く見られ、デジタルアートの閲覧権をトークンとして表章する事例、メタバースと呼ばれる仮想空間上に構築された土地を利用する権利をトークンとして表章する事例が代表的である。 3 SAFT 諸外国では、トークン発行前に一部の投資家に対して将来トークンをディスカウント購入できる権利であるSAFT(Simple Agreement for Future Tokens)、将来トークンのディスカウント購入又は発行体株式への転換を選択できる権利であるSAFTE(Simple Agreement for Future Tokens or Equity)等の様々な形式を通じた発行者による資金調達が行われているとのことである。 国内においては、SAFTを利用した資金調達事例は公表されていないとのことであるが、例えば、連結子会社が海外でSAFTを利用した資金調達を実施し、連結財務諸表の作成における検討が生じる場合も想定されるとのことである。 4 その他実務の検討 次の事項について記載している。 (了)
《速報解説》 ASBJが「グローバル・ミニマム課税制度に係る法人税等の会計処理及び開示に関する取扱い(案)」を公表 ~適用初年度の見積りをフォローする補足文書(案)も明らかに~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2023年11月17日、企業会計基準委員会は、「グローバル・ミニマム課税制度に係る法人税等の会計処理及び開示に関する取扱い(案)」(実務対応報告公開草案第67号)等を公表し、意見募集を行っている。 公開草案の公表に際して、「〈補足文書(案)〉グローバル・ミニマム課税制度に係る法人税等に関する適用初年度の見積りについて(案)」も公表されている。 これは、後述するグローバル・ミニマム課税について、法人税及び地方法人税(以下「法人税等」という)の会計処理及び開示の取扱いを示すものである。 なお、グローバル・ミニマム課税については、「グローバル・ミニマム課税に対応する法人税法の改正に係る税効果会計の適用に関する当面の取扱い」(実務対応報告第44号)が公表されているところである。 意見募集期間は2024年1月9日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ グローバル・ミニマム課税の概要 2021年10月に経済協力開発機構(OECD)/主要20ヶ国・地域(G20)の「BEPS 包摂的枠組み(Inclusive Framework on Base Erosion and Profit Shifting)」において、当該枠組みの各参加国によりグローバル・ミニマム課税についての合意が行われている。 これを受けて、我が国においても国際的に合意されたグローバル・ミニマム課税のルールのうち所得合算ルール(IIR)に係る取扱いが2023年3月28日に成立した「所得税法等の一部を改正する法律」(令和5年法律第3号)において定められ、2024年4月1日以後開始する対象会計年度から適用することとされている。 これは、一定の要件を満たす多国籍企業グループ等の国別の利益に対して最低15%の法人税を負担させることを目的とし、当該課税の源泉となる純所得(利益)が生じる企業と納税義務が生じる企業が相違する新たな税制である。 公開草案では、グローバル・ミニマム課税制度の特徴が記載されている(BC2項~BC4項)。 Ⅲ 会計処理 1 連結財務諸表及び個別財務諸表 グローバル・ミニマム課税制度に係る法人税等については、対象会計年度となる連結会計年度及び事業年度において、財務諸表作成時に入手可能な情報に基づき当該法人税等の合理的な金額を見積り計上する(6項)。 「対象会計年度」とは、法人税法15条の2に規定する多国籍企業グループ等の最終親会社等の連結等財務諸表(法人税法82条1号)の作成に係る期間をいう(5項)。 2 見積りに関する取扱い グローバル・ミニマム課税制度の特徴を踏まえて、対象範囲の判定や個別計算所得等の金額等の算定にあたって必要な情報を適時かつ適切に入手することが困難である場合があり、対象会計年度となる連結会計年度及び事業年度の決算時において、これらの情報を適時に入手し、当該金額を算定することは困難である場合があるとの意見があった(BC9項)。 公開草案では、当該意見を踏まえて、財務諸表の作成時点において一部の情報の入手が困難な場合の見積りに関する考え方が示されている(BC9項~BC11項)。 3 四半期連結財務諸表及び四半期個別財務諸表 四半期連結財務諸表及び四半期個別財務諸表(以下「四半期財務諸表」という)においては、6項の定めにかかわらず、当面の間、当四半期連結会計期間及び当四半期会計期間を含む対象会計年度に関するグローバル・ミニマム課税制度に係る法人税等を計上しないことができる(7項)。 Ⅳ 開示 1 貸借対照表における表示 グローバル・ミニマム課税制度に係る未払法人税等のうち、貸借対照表日の翌日から起算して1年を超えて支払の期限が到来するものは、「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準」(企業会計基準第27号)11 項の定めにかかわらず、連結貸借対照表及び個別貸借対照表の固定負債の区分に長期未払法人税等などその内容を示す科目をもって表示する(8項)。 グローバル・ミニマム課税制度に係る未払法人税等については、貸借対照表日の翌日から起算して1年を超えて支払の期限が到来するか否かに基づいて、流動負債に表示するか、固定負債に表示するか区分することとし、固定負債に表示する場合には、上述のように、長期未払法人税等などその内容を示す科目をもって表示する(BC15項)。 2 連結損益計算書における表示 連結損益計算書において、グローバル・ミニマム課税制度に係る法人税等は、法人税、地方法人税、住民税及び事業税(所得割)を示す科目(「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準」2項なお書き、9項)に表示する(9項、BC16項~BC19項)。 3 個別損益計算書における表示 個別損益計算書において、グローバル・ミニマム課税制度に係る法人税等は、重要性が乏しい場合を除いて、法人税、地方法人税、住民税及び事業税(所得割)を表示した科目の次にその内容を示す科目をもって区分して表示するか、法人税、地方法人税、住民税及び事業税(所得割)に含めて表示し当該金額を注記する(10項、BC21項)。 4 四半期連結財務諸表及び四半期個別財務諸表における注記 前連結会計年度及び前事業年度においてグローバル・ミニマム課税制度に係る法人税等を計上しており、当四半期連結会計期間及び当四半期会計期間において、当連結会計年度及び当事業年度におけるグローバル・ミニマム課税制度に係る法人税等が重要であることが合理的に見込まれる場合に実務対応報告7項を適用するときは、その旨を企業(集団)の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況を適切に判断するために重要なその他の事項(「四半期財務諸表に関する会計基準」(企業会計基準第12号)19項(21)、25項(20))として注記する(11項)。 重要であることが合理的に見込まれる場合に該当するかどうかは、前連結会計年度及び前事業年度に入手した情報並びに四半期財務諸表の作成時に入手可能な情報に基づき判断することになると考えられる(BC22項)。 Ⅴ 適用時期等 実務対応報告は、2024年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用する(12項)。 実務対応報告11項の四半期財務諸表における注記の定めについては、12項の定めにかかわらず、2025年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用する(13項)。 Ⅵ 補足文書(案) 補足文書(案)は、企業会計基準、企業会計基準適用指針及び実務対応報告(以下「企業会計基準等」という)を追加又は変更するものではなく、企業会計基準等の適用にあたって参考となる文書である。 補足文書(案)では、グローバル・ミニマム課税制度に係る法人税等の見積りについて、適用初年度において情報の入手が困難な場合に考えられる見積りの一例を示している。 これは、適用初年度については、グローバル・ミニマム課税制度の特徴を踏まえて、当該制度に係る法人税等の見積りについて、財務諸表作成者から、見積りにあたって困難さがあるため、見積りに関する具体的な指針を求める意見が聞かれたことによる。 (了)
《速報解説》 ASBJ、「資金決済法における特定の電子決済手段の会計処理及び開示に関する当面の取扱い」を公表 ~電子決済手段の保有や発行に係る会計処理などについて示す~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2023年11月17日、企業会計基準委員会は、「資金決済法における特定の電子決済手段の会計処理及び開示に関する当面の取扱い」(実務対応報告第45号)等を公表した。 これにより、2023年5月31日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。公開草案に寄せられた主なコメントの概要とその対応も公表されている。 これは、改正された「資金決済に関する法律」(平成21年法律第59号。以下「資金決済法」という)上の電子決済手段の発行及び保有等に係る会計上の取扱いを示すものである。 「『連結キャッシュ・フロー計算書等の作成基準』の一部改正」(企業会計基準第32号)では、資金決済法2条5項第1号から第3号に規定される電子決済手段(外国電子決済手段については、利用者が電子決済手段等取引業者に預託しているものに限る)を「現金」に含めることとしている。 日本公認会計士協会から「連結財務諸表等におけるキャッシュ・フロー計算書の作成に関する実務指針」(会計制度委員会報告第8号)の改正も公表されている。 会計制度委員会報告第8号の改正の公開草案に対しては、意見は寄せられなかったとのことである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 概要 2022年6月に成立した「安定的かつ効率的な資金決済制度の構築を図るための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律」(令和4年法律第61号)により、資金決済法が改正されている。 改正された資金決済法においては、いわゆるステーブルコインのうち、法定通貨の価値と連動した価格で発行され券面額と同額で払戻しを約するもの及びこれに準ずる性質を有するものが新たに「電子決済手段」と定義されている。 本実務対応報告では、第1号電子決済手段、第2号電子決済手段及び第3号電子決済手段を同一の資産項目として取り扱い、現金又は預金そのものではないが現金に類似する性格と要求払預金に類似する性格を有する資産であることを踏まえ、会計処理及び開示を定めている(BC18項)。 Ⅲ 範囲 資金決済法2条5項に規定される電子決済手段のうち、第1号電子決済手段、第2号電子決済手段及び第3号電子決済手段を対象とする(2項)。 ただし、第1号電子決済手段、第2号電子決済手段又は第3号電子決済手段のうち外国電子決済手段については、電子決済手段の利用者が電子決済手段等取引業者に預託しているものに限る(2項)。 上記にかかわらず、第3号電子決済手段の発行者側に係る会計処理及び開示に関しては、「信託の会計処理に関する実務上の取扱い」(実務対応報告第23号)を適用する(3項)。 資金決済法の規定を用いて、第1号電子決済手段などの定義を規定している(4項)。 Ⅳ 電子決済手段の保有に係る会計処理 1 電子決済手段の取得時の会計処理 本実務対応報告の対象となる電子決済手段を取得したときは、その受渡日に当該電子決済手段の券面額に基づく価額をもって電子決済手段を資産として計上する(5項)。 当該電子決済手段の取得価額と当該券面額に基づく価額との間に差額がある場合、当該差額を損益として処理する(5項)。 2 電子決済手段の移転時又は払戻時の会計処理 本実務対応報告の対象となる電子決済手段を第三者に移転するとき又は電子決済手段の発行者から本実務対応報告の対象となる電子決済手段について金銭による払戻しを受けるときは、その受渡日に当該電子決済手段を取り崩す(6項)。 電子決済手段を第三者に移転するときに金銭を受け取り、当該電子決済手段の帳簿価額と金銭の受取額との間に差額がある場合、当該差額を損益として処理する(6項)。 3 期末時の会計処理 本実務対応報告の対象となる電子決済手段は、期末時において、その券面額に基づく価額をもって貸借対照表価額とする(7項)。 Ⅴ 電子決済手段の発行に係る会計処理 1 電子決済手段の発行時の会計処理 本実務対応報告の対象となる電子決済手段を発行するときは、その受渡日に当該電子決済手段に係る払戻義務について債務額をもって負債として計上する(8項)。 当該電子決済手段の発行価額の総額と当該債務額との間に差額がある場合、当該差額を損益として処理する(8項)。 2 電子決済手段の払戻時の会計処理 本実務対応報告の対象となる電子決済手段を払い戻すときは、その受渡日に払戻しに対応する債務額を取り崩す(9項)。 3 期末時の会計処理 本実務対応報告の対象となる電子決済手段に係る払戻義務は、期末時において、債務額をもって貸借対照表価額とする(10項)。 Ⅵ 外貨建電子決済手段に係る会計処理 期末時の会計処理について、次のように規定されている(11項、12項)。 Ⅶ 預託電子決済手段に係る取扱い 電子決済手段等取引業者又はその発行する電子決済手段について電子決済手段等取引業を行う電子決済手段の発行者は、電子決済手段の利用者との合意に基づいて当該利用者から預かった本実務対応報告の対象となる電子決済手段(「預託電子決済手段」という)を資産として計上しない(13項)。 また、当該電子決済手段の利用者に対する返還義務を負債として計上しない(13項)。 Ⅷ 注記事項 本実務対応報告の対象となる電子決済手段及び本実務対応報告の対象となる電子決済手段に係る払戻義務に関する注記については、「金融商品に関する会計基準」(企業会計基準第10号)40-2項に定める事項を注記する(14項)。 Ⅸ 連結キャッシュ・フロー計算書等における資金の範囲 前述のとおり、「『連結キャッシュ・フロー計算書等の作成基準』の一部改正」(企業会計基準第32号)では、資金決済法2条5項第1号から第3号に規定される電子決済手段(外国電子決済手段については、利用者が電子決済手段等取引業者に預託しているものに限る)を「現金」に含めることとしている(2項)。 現金とは、手許現金、要求払預金及び特定の電子決済手段をいうとされている。 「連結財務諸表等におけるキャッシュ・フロー計算書の作成に関する実務指針」(会計制度委員会報告第8号)の改正により、現金の定義に「特定の電子決済手段」が追加されている。 また、「特定の電子決済手段」は、実務対応報告第45号の適用対象となる第1号電子決済手段、第2号電子決済手段及び第3号電子決済手段が該当し、「外国電子決済手段」は、これらの電子決済手段のうち電子決済手段の利用者が電子決済手段等取引業者に預託しているものに限られる旨の記載が追加されている。 Ⅹ 公開草案に対するコメント 公開草案に対して、電子決済手段が貸借対照表上の表示において「現金及び預金」に含まれるか否かを明確化すべきとのコメントが寄せられたが、貸借対照表上の取扱いは定めないこととし、開示規則等により現金及び預金に含まれない場合には、重要性も踏まえてその性質を示す適切な科目で表示することになると考えられるとの考え方が示されている(論点の項目の12)。 また、取得価額と券面額との差額や帳簿価額と金銭の授受額との差額を損益計上する際はその性質が推察できないことから、営業外損益で良いのか判断しにくい面があるため明確化を求めるコメントも寄せられたが、現時点では電子決済手段の発行事例がないため、実際に取引が生じた場合に、当該差額の性質に基づき判断することが考えられるとの考え方が示されている(論点の項目の17)。 Ⅺ 適用時期等 公表日(2023年11月17日)以後適用する(15項)。 なお、本実務対応報告を適用するにあたっては、特段の経過的な取扱いを定めていないので、「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」(企業会計基準第24号)6項(1)に定める会計方針の変更に関する原則的な取扱いに従って、新たな会計方針を遡及適用することになる(BC46項)。 (了)
2023年11月16日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.544を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
日本の企業税制 【第121回】 「令和6年度税制改正にも関連する 「デフレ完全脱却のための総合経済対策」」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴 11月2日、政府は「デフレ完全脱却のための総合経済対策」を閣議決定した。 今回の対策は、①物価高から国民生活を守る、②地方・中堅・中小企業を含めた持続的賃上げ、所得向上と地方の成長を実現する、③成長力の強化・高度化に資する国内投資を促進する、④人口減少を乗り越え、変化を力にする社会変革を起動・推進する、⑤国土強靭化、防災・減災など国民の安全・安心を確保する、という5つの柱から構成されている。このうち第1~第3の柱の中に、令和6年度税制改正に関連する事項が含まれている。 〇第1の柱:物価高から国民生活を守る デフレ脱却の一時的な措置として、国民の可処分所得を直接的に下支えする所得税・個人住民税の定額減税が盛り込まれた。 また、物価高に最も切実に苦しんでいる低所得者に対しては年内に給付措置を実施することとされている。 併せて、高水準が続く燃料油価格、電気・ガス料金の激変緩和措置を講ずるとともに、生活者・事業者支援のための交付金を追加的に拡大する。 所得税・個人住民税の定額減税は、平成10年の2月と8月の2度にわたり行われて以来のものとなる。 今回の措置では、納税者及び配偶者を含めた扶養家族1人につき、令和6年分の所得税3万円、令和6年度分の個人住民税1万円の減税を行うこととし、減税の実効性を高めるため、所得税・住民税の制度の連携により、令和6年分の所得税額を所得税減税額が上回る場合においては、令和7年度分の個人住民税において残りの額を控除できる仕組みを設けることとされている。なお、源泉徴収義務者の事務負担にも配慮し、令和6年6月からの開始とされている。 〇第2の柱:地方・中堅・中小企業を含めた持続的賃上げ、所得向上と地方の成長を実現する 2024年以降も賃上げの流れを継続するため、中小企業のみならず中堅企業に対しても賃上げ促進税制の検討、価格転嫁対策、省人化・省力化投資の支援等を行うこととされている。 特に、賃上げ促進税制に関しては、中小企業等について、赤字法人においても賃上げを促進するための繰越控除制度を創設するとともに、措置の期限の在り方等を検討することとされている。併せて、マルチステークホルダーとの適切な関係の構築に向けた方策を講じることとされているが、これは、今年の10月から開始した消費税のインボイス制度に関連し、インボイス登録をしていない免税事業者との取引方針に関連するものである。 また、非正規雇用労働者の所得向上のため、「年収の壁」を乗り越えるための取組を実行するとともに、構造的賃上げに向けた①リスキリングによる能力向上支援、②個々の企業の実態に応じた職務給の導入、③成長分野への労働移動の円滑化の三位一体の労働市場改革を推進することとされている。例えば、「106 万円の壁」に対しては、新たに創設した「キャリアアップ助成金」の社会保険適用時処遇改善コースにより、事業主に対して、申請人数の上限なく、労働者1人当たり最大50万円の支援等を行うこととされている。 さらに、後継者不在の中小企業等に対し、事業承継税制について、特例承継計画の提出期限の延長等を行うこととされている。 〇第3の柱:成長力の強化・高度化に資する国内投資を促進する 国内投資の拡大を支援するため、人的資本の高度化や供給力の強化を図る観点から、社会課題への対応を成長のエンジンへと転換し、経済社会の持続可能性を高める投資を拡大させるとともに、研究開発投資を通じてイノベーションを促進することとされている。 また、イノベーションを生み出す主体として、日本経済の潜在成長率を高めるスタートアップが抱える課題への対応を支援し、事業環境を整備することとされている。 具体的には、第一に、海外と比べて遜色なく民間による無形資産投資を後押しする観点から、国内で自ら研究開発した特許権等の知的財産から生じる所得に対して優遇するイノベーションボックス税制を創設することとされている。 第二に、初期投資コスト及びランニングコストが高いため、民間として事業採算性に乗りにくいが、国として特段に戦略的な長期投資が不可欠となる蓄電池、 電気自動車、半導体等の投資を選定し、それを対象として生産量等に応じて新たに減税を行う戦略分野国内生産促進税制(仮称)を創設することとされている。従来の特別償却や税額控除といった投資減税では、初期投資をターゲットにインセンティブを付与するものであったのに対して、今回の措置は、生産量等に着目するものであり、投資減税として新しい手法である。 第三に、スタートアップの事業環境整備のため、人材確保の円滑化に向けて、ストックオプション関連の法制度や税制を早急に使い勝手の良いものとするため、株主総会から取締役会への委任内容の拡大等、会社法の特例を規定した法案の国会への提出を図るとともに、ストックオプション税制の年間の権利行使価額の上限額の引上げなど、利便性を向上させるための措置を充実させることとされている。 (了)
〈令和5年分〉 おさえておきたい 年末調整のポイント 【第1回】 「令和5年分の年末調整に影響する改正事項」 ~控除対象となる国外居住親族の範囲の見直し等~ 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 11月に入り、今年も年末調整に向けた準備を始める時期となった。 今回から3回シリーズで、年末調整における実務上の注意点やポイント等を解説する。 令和5年分の年末調整に影響する改正事項としては、「控除対象となる国外居住親族の範囲の見直し」がある。また、令和5年分以後の扶養控除等申告書の「住民税に関する事項」部分には、「退職手当等を有する配偶者・扶養親族」欄が追加されている。 第1回(本稿)では、上記2点について取り上げる。 なお、本年分の記事に加え、論末の連載目次に掲載された過去の拙稿もご参照いただきたい。 (※) 本稿では、年末調整で使用する各申告書等を次のとおり表記する。 【1】 控除対象となる国外居住親族の範囲の見直し 令和2年度税制改正により、令和5年分の所得税から扶養控除の対象となる国外居住親族の範囲に見直しが行われた。 見直しの詳細については、下記拙稿をご参照いただきたい。 年末調整時には、控除対象扶養親族として申告を受けている国外居住親族について、「生計を一にする事実」欄に、令和5年中にその親族に送金等をした金額の合計額を記載してもらう必要がある(所法194⑤)。 また、送金関係書類(その国外居住親族が、所得者から令和5年中に生活費又は教育費に充てるための支払を38万円以上受けている人に該当するものとして扶養控除の適用を受ける場合には、38万円送金書類)の提出又は提示を受け、送金額の確認を行う(所法194⑥)。 〈年末調整時の確認資料〉 (例) 控除対象扶養親族として申告している米国に居住する20歳の子(所得なし)に対して、令和5年中に500,000円送金している場合 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 なお、上記の見直しを受け、令和5年分以降の源泉徴収票の控除対象扶養親族の「区分」欄には、次の記載をすることとされた。 (※) 国税庁ホームページより抜粋 【2】 「退職手当等を有する配偶者・扶養親族」欄の追加 令和5年分の扶養控除等申告書の「住民税に関する事項」部分に、「退職手当等を有する配偶者・扶養親族」欄が追加された。 当該欄が追加された背景や各項目の記載方法については、下記拙稿をご参照いただきたい。 例えば、令和5年中に次の収入(すべて国内におけるもの)がある37歳の親族(配偶者以外)のケースを考えてみる。 (例) 親族の収入:給与収入100万円、退職金700万円(勤続年数15年) この親族は、所得税(令和5年分)では、合計所得金額が95万円(給与所得45万円+退職所得50万円)となるため控除対象扶養親族に該当しないが、住民税(令和6年分)では、合計所得金額が45万円(給与所得のみ)となり控除対象扶養親族に該当する(所法2①三十イ(2)、地方税法23①十三、50の2、292①十三、328)。 本ケースの場合、扶養控除等申告書の記載は次のとおりとなる。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 * * * 次回(第2回)は、年末調整で提出を受ける各種申告書について、所得金額面からのチェックポイントを解説する予定である。 (注) 上記の記事については、掲載後の税制改正等により、解説内容が現在の規定に基づくものとは異なるケースがある。過年度の記事内に順次コメントを入れるので留意していただきたい。 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第30回】 東洋大学法学部准教授 泉 絢也 3 所得税における暗号資産の信用取引 所得税法では、暗号資産の譲渡原価等を計算する場合の年末評価額について総平均法と移動平均法が定められている。また、暗号資産の評価額の計算の基礎となる暗号資産の取得価額、すなわち年末時点における1単位当たりの取得価額の計算の基礎となる暗号資産の取得価額について、例えば、対価を支払って取得(購入)した場合は「購入の代価(購入手数料その他その暗号資産の購入のために要した費用がある場合には、その費用の額を加算した金額)」とするなど、その取得の方法に応じて算定方法が定められている(本連載第6回)。 ただし、個人が暗号資産信用取引を行った場合には異なる取扱いとなる。この場合の暗号資産信用取引とは、「他の者から信用の供与を受けて行う暗号資産の売買」をいう(所令119の7)。 従前は「暗号資産交換業者を行う者」から信用の供与を受けて行う暗号資産の売買のみが暗号資産信用取引に該当していたが、令和5年度税制改正により、令和6年分以後の所得税については、これ以外の者から信用の供与を受けて行う暗号資産の売買も暗号資産信用取引に含まれることになった(令和5年3月31日政令第134号附則3)。 暗号資産交換業とは、資金決済法上の暗号資産交換業のことであり、次の行為のいずれかを業として行うことである(決済2⑮)。暗号資産交換業は、内閣総理大臣の登録を受けた者でなければ、行ってはならず、この登録を受けた者を暗号資産交換業者という(決済2⑯、63の2)。 暗号資産信用取引に関する所得税法の規定について、居住者が暗号資産信用取引の方法による暗号資産の売買を行い、かつ、その暗号資産信用取引による暗号資産の売付けと買付けとにより、その暗号資産信用取引の決済を行った場合には、その売付けに係る暗号資産の取得に要した経費としてその者のその年分の事業所得の金額又は雑所得の金額の計算上必要経費に算入する金額は、その買付けに係る暗号資産を取得するために要した金額となるとされている(所令119の7)。 これにより、暗号資産信用取引による暗号資産の売買については、その原価の計算を同じ種類の他の暗号資産と区分して個別原価により行うこととされ、総平均法や移動平均法による評価は行わないことになる(財務省HP「令和元年度 税制改正の解説」99頁参照)。 所得税基本通達36・37共-22及び国税庁FAQ「2-13 暗号資産の信用取引」によると、暗号資産信用取引の方法により、暗号資産の売付け(買付け)をし、その後にその暗号資産と種類を同じくする暗号資産の買付け(売付け)をして決済をした場合における所得金額は、暗号資産の譲渡により通常得るべき対価の額(売付け価額)とその買付けに係る暗号資産の対価の額(買付け価額)との差額となる。 また、暗号資産信用取引を行った場合の所得については、その取引の決済の日の属する年分の所得となる。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 売付け価額2,000,000 円と買付け価額1,500,000 円の差額である500,000 円が所得金額となる。 (了)
相続税の実務問答 【第89回】 「第一次相続と第二次相続の相続人が1人となった場合の遺産分割と相続税」 税理士 梶野 研二 [答] お父様の遺産のうちお母様の法定相続分は、お母様がお亡くなりになられたことにより、あなたが取得しました。そうするとお母様が亡くなられた時点で、未分割の財産は存しないこととなりますので、お母様が亡くなられた後にお父様の遺産を分割することを観念することはできません。したがって、被相続人をお母様とする相続税の申告においては、お父様の遺産のうち相続人であるお母様の法定相続分(2分の1)相当額とお母様の固有財産の合計額を基に相続税の計算をすることとなります。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 問題の所在 被相続人の遺産は、遺言がない限り被相続人の相続開始とともに法定相続人に法定相続分の割合により帰属することとなります(民法896本文、898)。この状態を遺産共有といいます。相続人は、協議により、被相続人の遺産の具体的な分割を決めます(民法907①)。相続人間で協議が調わないときには、家庭裁判所に分割を請求することとなります(民法907②)。遺産分割が行われる前に法定相続人の1人が亡くなった場合(以下「第二次相続」といいます)には、その相続人又は包括受遺者(以下「第二次相続人」といいます)が、先の相続(以下「第一次相続」といいます)の遺産分割の当事者となります。 ご質問のケースのように、生存している第一次相続に係る相続人(以下「第一次相続人」といいます)と第二次相続人が同一の者で、その者以外に第一次相続人及び第二次相続人がいない場合には、その1人の者により、第一次相続に係る被相続人の遺産を分割することが可能かどうかが問題になります。 第一次相続人と第二次相続人が同一の1人の者(以下「唯一の相続人」といいます)であるならば、第一次相続に係る財産を直接同人が取得することとしても、あるいは、いったん死亡した第二次被相続人に帰属するとしても、結局は、その財産は唯一の相続人が取得することとなりますので、一見、相続による承継の経緯を論ずる実益がないようにみえます。 しかしながら、第一次相続に係る財産を直接・・唯一の同人が取得することとした場合と、いったん死亡した第一次相続人に法定相続分の割合で帰属した後に、唯一の相続人がそれを取得することとした場合とでは、相続税課税や不動産登記などの場面で差異が生じます。 2 不動産登記について 第一次相続における被相続人Aの遺産が、2人の法定相続人B及びCによって分割される前に、B(第二次相続における被相続人)が死亡した場合において、Aの遺産である不動産をBを経由することなく、直接、Bの唯一の相続人であるCが取得したとして相続登記をすることができるかどうかについて争われた事件において、東京地裁はBを経由しない登記をすることはできないと判示しました(控訴審判決である平成26年9月30日東京高裁判決(裁判所ウェブサイト)も同様の判断をしています)。 〇平成26年3月13日東京地裁判決 (裁判所ウェブサイト) この判決が確定した後の平成28年3月2日付で法務省民事局民事第二課長から法務局民事行政部長及び地方法務局長あてに発出された通知(法務省民二第154号「遺産分割の協議後に他の相続人が死亡して当該協議の証明者が一人となった場合の相続による所有権の移転の登記の可否について(通知)」)においても、「所有権の登記名義人Aが死亡し、Aの法定相続人がB及びCのみである場合において、Aの遺産の分割の協議がされないままBが死亡し、Bの法定相続人がCのみであるときは、CはAの遺産の分割(民法(明治29年法律第89号)第907条第1項)をする余地はない」として、CがA及びBの死後に、Aの遺産である不動産をBを経由することなく、その全部を直接取得し、Cがその旨を記した書面を作成したとしても、その書面は登記原因証明情報としての適格性を欠くものであって、そのような登記はできないとしています。 3 相続税の申告 (1) 相続税の課税における財産の取得は、税法に特段の規定が設けられていない限り、民法の相続に関する規定に従って判断するものであり、遺産分割についての考え方も民法の解釈によることとなります。上記2の判決や、法務省の通知文書は、不動産登記に関するものですが、その基となる民法の解釈は相続に関する他の場面でも妥当するものと考えられます。 (2) 相続税法基本通達19の2-5は、「相続又は遺贈により取得した財産の全部又は一部が共同相続人又は包括受遺者によって分割される前に、当該相続(以下(中略)「第一次相続」という。)に係る被相続人の配偶者が死亡した場合において、第一次相続により取得した財産の全部又は一部が、第一次相続に係る配偶者以外の共同相続人又は包括受遺者及び当該配偶者の死亡に基づく相続に係る共同相続人又は包括受遺者によって分割され、その分割により当該配偶者の取得した財産として確定させたものがあるときは、法第19条の2第2項の規定の適用に当たっては、その財産は分割により当該配偶者が取得したものとして取り扱うことができる」と定めている(「租税特別措置法(相続税法の特例関係)の取扱いについて」通達69の4-25も同様の表記)ところですが、この取扱いは、あくまでも、第二次相続に係る被相続人の共同相続人等と当該死亡した者以外の第一次相続に係る共同相続人等が異なる2以上の者からなることを前提としていると考えられます。したがって、第二次相続に係る被相続人の共同相続人等と当該死亡した者以外の第一次相続に係る共同相続人等が同一の1人である場合には、この取扱いを適用する余地はなく、第二次相続の開始により、第一次相続に係る未分割財産については、第一次相続に係る共同相続人等の法定相続分どおりの権利関係が確定したものとして相続税の計算をする必要があります。 (3) なお、上記のような解釈は、複数の相続人がいる場合に比べて相続税や不動産登記の際の登録免許税の負担が増えることとなり、不合理かつ不公平であるとの主張もあり得ます。上記東京地裁判決はこのような原告の主張に対してこのような結論が導かれるのは「民法上、相続人が相続開始(被相続人の死亡)時に被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継することとされ(同法886条、896条)、複数の相続人(共同相続人)の存在が遺産分割の当然の前提とされている(同法898条)からであり、(筆者注:相続人が1人となったために)法律上遺産分割の余地がないことをもって不合理かつ不公平であるということはできない」としています。 (4) したがって、第一次相続に係る遺産の分割が行われる前に、第一次相続の相続人2人のうちの一方が亡くなり、その者の相続人が第一次相続の相続人である他方の1人のみである場合には、①第一次相続の遺産については、当該死亡した相続人と生存している他方の相続人が法定相続分により取得することが確定し、②第二次相続に係る遺産は、第一次相続の遺産のうち第二次被相続人の法定相続分相当額と第二次被相続人の固有財産の価額の合計額となります。相続税の課税もこの流れに従って行われることとなります。 4 ご質問の場合 第一次相続に係る被相続人であるお父様の遺産分割が行われる前に、お父様の相続人であるお母様がお亡くなりになられたことにより、お父様の相続(第一次相続)及びお母様の相続(第二次相続)に係る相続人はあなた1人になりました。したがって、お父様の遺産のうちお母様の法定相続分相当額は、お母様の相続開始とともにあなたが取得することとなります。そうしますと、お母様の相続開始により、お父様の遺産についての遺産共有状態は解消されており、既にあなたに帰属しているお母様の遺産(お父様の遺産に対するお母様の法定相続分相当額)を、改めてあなた自身に帰属させる旨の意思表示を観念する余地はないこととなります。 以上のことから、お父様の遺産である不動産をあなたが直接お父様から取得したとする文書を作成するなどして、お父様の遺産のうちお母様の法定相続分相当額を被相続人をお母様とする相続税の申告において課税対象財産から除くことはできません。つまり、被相続人をお母様とする相続税の申告においては、お父様の遺産のうちその相続人であるお母様の法定相続分(2分の1)相当額とお母様の固有財産の合計額を基に相続税の計算をすることとなります。 (了)
〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第55回】 「役員給与と推計課税」 税理士 中尾 隼大 ○●○● 解 説 ●○●○ (1) 推計課税の概要 推計課税の規定は、以下に示す法人税法131条の他、所得税法156条に示されている。また、消費税法においては明文がないものの、最高裁昭和39年11月13日判決(※1)を根拠に推計課税が行われている(※2)。 (※1) 税務訴訟資料38号838頁、TAINS:Z038-1333。 (※2) 消費税法上、「法の欠缺」となっている部分を裁判例や判例法で補い、消費税の課税標準の推計も許容されるという見解として、吉良実「消費税の推計課税と租税法律主義」税法学465号(1989)3頁がある。 〈法人税法131条(抜粋)〉 この規定により、青色申告法人は推計課税の対象とはされないため、日頃から適切に帳簿書類を備え付けている場合には、推計課税が適用されることはない。しかし、日頃の記帳や書類の管理をせず、帳簿書類が存在していない等の場合には、推計課税を適用せざるを得なくなり、青色申告を取り消した上で推計課税による更正処分等が行われるケースもある。 この推計課税は、「推計の必要性」と「推計の合理性」がある場合に限り認められる(※3)。前者の「推計の必要性」は、申告納税が原則であるところ、十分な直接資料が得難い場合に初めて推計による課税が認められるということである。後者の「推計の合理性」は、最も適切な所得を導き出せる方法に拠らなければならないということである。 (※3) 金子宏『租税法 第24版』(弘文堂、2021)984頁及び986頁。 これらが認められた場合、期首期末の財産の増加を基礎としたり、同業者比率を使用したりと、状況に応じて適切な方法により推計されることとなる。 (2) 役員給与について推計課税が適用された事例 上記の通り、青色申告法人にとって推計課税の規定は接点がなく、特に役員給与に関する論点は尚更だと思われる。しかし、青色申告の承認が取り消されるようなケースにおいては、役員給与に関する税制と推計課税が無関係ではなくなる。 現に、推計課税により算出した利益に相当する額の給与等が役員に支給されたものと認定された事例として、国税不服審判所平成28年8月22日裁決がある(※4)。 (※4) 裁決事例集104集193頁、TAINS:J104-3-08。 本件は、納税者が実質的に管理等を行っていた店舗につき、いわゆる実質所得者課税の原則(法法11)によって納税者に収益が帰属するとしつつ、必要な帳簿書類を備えていないとして青色申告の承認を取り消した。白色申告であれば推計課税の適用が可能であるため、利益を推計し、そこから支給されるべき役員給与があるとした上で隠ぺい仮装による支給であるために損金算入が認められなかった事例である(法法34③)(※5)。 (※5) 役員給与における隠ぺい仮装行為については、【第16回】参照。 この点、納税者は、名義が異なる店舗については納税者に帰属しないのであるから、そこから支給すべき給与等もない旨を主張しているが、「法人の代表者等が法人経営の実権を掌握し、法人を実質的に支配している事情がある場合には・・・、給与支出の外形を有しない利得であっても・・・、当該利得は、法人の代表者等がその地位及び権限に対して受けた給与等であると解するのが相当である」として、実際の支出がなくとも給与等に当たると示されている。 ここで、推計課税によって算出された利益から、給与等の支給がなされたとした上で、それが役員給与のうち隠ぺい仮装によるものであるとして損金不算入とすることは、つまるところ算出された利益の額に引き戻されるため意味がないのではとも思われる。 しかしながら、本件は源泉所得税の論点も生じており、各処分が是認されているため、役員に対して推計により給与等が支給されたとみなされる旨が示された当該事例は無視できない。もちろん、青色申告が取り消されるようなケースに限るが、役員給与が推計課税の論点に影響するという可能性があるということを知っておきたい。 (了)
基礎から身につく組織再編税制 【第58回】 「適格株式交換(支配関係)」 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 前回は「完全支配関係がある場合」の適格株式交換の要件を確認しました。今回は、「支配関係がある場合」の適格株式交換の要件について解説します。 なお、支配関係の定義については、本連載の【第3回】を参照してください。 1 支配関係がある場合の適格株式交換の要件 支配関係がある場合の適格株式交換の要件は、次の4つです。 2 金銭等不交付要件 金銭等不交付要件とは、株式交換完全子法人の株主に株式交換完全親法人株式以外の資産が交付されないことをいいます(法法2十二の十七)。 ただし、次の①から⑤を交付しても金銭等不交付要件には抵触しません。 ①から④の内容は、前回解説した「完全支配関係がある場合の適格要件」と同様のため解説を省略します。 ⑤ 株式交換完全親法人が株式交換完全子法人の発行済株式の総数の3分の2以上を保有する場合に少数株主に交付される金銭 株式交換の直前に株式交換完全親法人が株式交換完全子法人の発行済株式の総数の3分の2以上を保有する場合には、株式交換完全親法人以外の少数株主に金銭その他の資産を交付しても金銭等不交付要件に抵触しません。 3 支配関係継続要件 支配関係継続要件とは、支配関係がある法人同士の株式交換の場合に、再編後においても支配関係が継続する見込みがあることをいいます(法令4の3⑲)。 (1) 当事者間の支配関係 株式交換前に株式交換完全子法人と株式交換完全親法人との間にいずれか一方の法人による支配関係がある場合には、株式交換後にも株式交換完全子法人と株式交換完全親法人との間にいずれか一方の法人による支配関係が継続する見込みがあることが求められています。 上図の株式交換後において、C社(株式交換完全子法人)とB社(株式交換完全親法人)との間にB社(いずれか一方の法人)による支配関係が継続することが求められます。 (2) 同一の者による完全支配関係 株式交換前に株式交換完全子法人と株式交換完全親法人との間に同一の者による支配関係がある場合には、株式交換後にも株式交換完全子法人と株式交換完全親法人との間に同一の者による支配関係が継続する見込みがあることが求められています。 上図の株式交換後において、B社(株式交換完全親法人)とC社(株式交換完全子法人)との間にA社(同一の者)による支配関係が継続することが求められます。 (3) 株式交換後に適格合併が予定されている場合の要件 「支配関係がある場合の適格株式交換」があった場合も「完全支配関係がある場合の適格株式交換」と同様に、株式交換完全子法人、株式交換完全親法人、同一の者が適格合併で解散することが見込まれている場合の特例が設けられています。 4 従業者継続要件 (1) 従業者継続要件とは 従業者継続要件とは、株式交換直前の株式交換完全子法人の従業者のうち、その総数のおおむね80%以上に相当する数の者が株式交換後に株式交換完全子法人の業務((2)参照)に引き続き従事することが見込まれていることをいいます(法法2十二の十七ロ(1))。 (2) 株式交換完全子法人の業務について ① 株式交換完全子法人と完全支配関係にある法人がある場合 株式交換完全子法人の業務には、株式交換完全子法人との間に完全支配関係がある他の法人の業務も含まれます。 上図のように、従業者が株式交換完全子法人の業務だけでなく、100%グループ内の法人(A社、B社)の業務に従事していれば、80%判定に含めてもよいとされています。 ② 株式交換後に適格合併等を行うことが見込まれている場合 株式交換後に行われる適格合併により株式交換完全子法人の株式交換前に行う主要な事業がその適格合併に係る合併法人に移転することが見込まれている場合には、その適格合併に係る合併法人の業務も含まれます。 株式交換完全子法人を分割法人又は現物出資法人とする適格分割又は適格現物出資により株式交換完全子法人の株式交換前に行う主要な事業がその適格分割又は適格現物出資に係る分割承継法人又は被現物出資法人に移転することが見込まれている場合には、その適格分割又は適格現物出資に係る分割承継法人又は被現物出資法人の業務についても含まれます。 上図のような場合、C社の業務に従事していれば、80%判定に含めてよいとされています。 (3) 従業者とは 従業者継続要件における「従業者」とは、役員、使用人その他の者で、株式交換の直前において株式交換完全子法人の株式交換前に行う事業に現に従事する者をいいます。 ただし、日々雇い入れられる者で従事した日ごとに給与等の支払を受ける者については、法人の選択により従業者の数に含めないことができます。 ① 出向により受け入れた者 出向により受け入れている者であっても、株式交換完全子法人の株式交換前に行う事業に現に従事する者であれば従業者に含まれます。 ② 下請先の従業員 下請先の従業員は、自己の工場内でその業務の特定部分を継続的に請け負っている企業の従業員であっても、従業者には該当しません。 5 事業継続要件 (1) 事業継続要件とは 事業継続要件とは、株式交換完全子法人の株式交換前に行う主要な事業が株式交換後に株式交換完全子法人において引き続き行われることが見込まれていることをいいます(法法2十二の十七ロ(2))。 ① 株式交換完全子法人と完全支配関係にある法人がある場合 株式交換完全子法人の株式交換前に行う主要な事業が、株式交換完全子法人との間に完全支配関係がある法人において引き続き行われることが見込まれる場合も含まれます。 ② 株式交換後に適格合併等を行うことが見込まれている場合 株式交換後に行われる適格合併等により主要な事業がその適格合併等に係る合併法人等に移転することが見込まれる場合には、その適格合併等に係る合併法人等において引き続き行われることが見込まれる場合も含まれます。 (2) 主要な事業とは 株式交換完全子法人の株式交換前に行う事業が2以上ある場合には、そのいずれが主要な事業に該当するかは、それぞれの事業に属する収入金額又は損益の状況、従業者の数、固定資産の状況等を総合的に勘案して判定します。 ◆支配関係がある場合の適格株式交換の要件のポイント◆ 金銭等不交付要件において、原則として株式交換完全親法人株式以外の対価を交付しないことが求められています。 発行済株式の3分の2以上を保有する場合には、少数株主に金銭を交付しても金銭等不交付要件を満たします。 支配関係継続要件は、合併の場合と異なり、株式交換完全子法人が消滅しないため、当事者間の支配関係がある場合でも求められます。 株式交換完全子法人の株式交換直前の従業者の総数のおおむね80%以上に相当する者が引き続き株式交換完全子法人の業務に従事することが見込まれているかを確認します。 株式交換完全子法人の主要な事業が株式交換後に株式交換完全子法人において引き続き営まれることが見込まれるかを確認します。 従業者継続要件、事業継続要件については、合併や分割の場合と異なり、株式交換後に適格分割や適格現物出資があった場合の特例が設けられています。 (了)