《速報解説》 企業会計審議会監査部会より 「監査基準の改訂」等の公開草案が公表される ~監査報告書に「その他の記載内容」を新設、リスク・アプローチの強化を図る~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 令和2(2020)年3月23日、企業会計審議会監査部会は次の公開草案を公表し、意見募集を行っている。 今回の監査基準の改訂は、監査した財務諸表を含む開示書類のうち当該財務諸表と監査報告書とを除いた部分の記載内容(その他の記載内容)について、監査人の手続を明確にするとともに、監査報告書に必要な記載を求めることとするため、また、リスク・アプローチの強化を図るためのものである。 意見募集期間は令和2(2020)年4月21日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 監査基準の改訂(公開草案) 1 監査計画の策定 財務諸表全体レベルにおいて固有リスク及び統制リスクを結合した重要な虚偽表示のリスクを評価する考え方は維持しつつ、財務諸表項目レベルにおいては、固有リスクの性質に着目し重要な虚偽の表示がもたらされる要因などを勘案することが重要な虚偽表示のリスクのより適切な評価に結び付くことから、固有リスクと統制リスクを分けて評価することを提案している。 監査計画の策定に関して、次の規定を設ける。 2 監査の実施 監査人が行う会計上の見積りの合理性の判断に際して、経営者が行った見積りの方法に、「経営者が採用した方法並びにそれに用いられた仮定及びデータを含む」と規定する。 また、経営者が行った見積りと監査人の行った見積りや実績とを比較する手続も引き続き重要であるとしている。 3 その他の記載内容 「その他の記載内容」を新設し、次の規定を設ける。 従来と同様に、監査人は「その他の記載内容」に対して意見を表明するものではなく、監査報告書における「その他の記載内容」に係る記載は、監査意見とは明確に区別された情報の提供であるという位置付けは維持されている。 4 経営者・監査役等の対応 経営者は、「その他の記載内容」に重要な相違又は重要な誤りがある場合には、適切に修正することなどが求められる。 監査役等においても、「その他の記載内容」に重要な相違又は重要な誤りがある場合には、経営者に対して修正するよう積極的に促していくことなどが求められる。 Ⅲ 中間監査基準の改訂(公開草案) 実施基準において、特別な検討を必要とするリスクは、監査人が、虚偽の表示が生じる可能性と当該虚偽の表示が生じた場合の影響の双方を考慮して、固有リスクが最も高い領域に存在すると評価したものとする。 また、報告基準において、従来の「会計方針の変更」を「正当な理由による会計方針の変更」とする。 Ⅳ 適用時期等 (了)
《速報解説》 パブコメを経て、財務計算書類等の適正性確保のための体制に関する内部統制府令が公布される ~令和2年3月31日以後終了する事業年度に係る財務諸表等の内部統制監査に適用~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 令和2年3月23日、「財務計算に関する書類その他の情報の適正性を確保するための体制に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第13号)等が公布された。これにより、令和2年1月10日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。 なお、公開草案に対して、内容に係る特段の意見はなかったとのことである。 これは、令和元年12月に、企業会計審議会から公表された「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(意見書)」を受けたものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 主な内容は次のとおりである(内部統制府令6条関係)。 関連する内部統制府令ガイドライン21-1及び「企業内容等の開示に関する内閣府令」19条(臨時報告書の記載内容等)も一部改正している。 内部統制監査報告書には、次に掲げる事項を簡潔明瞭に記載する(下記は主な内容について記載している)。 Ⅲ 適用時期等 公布の日(令和2年3月23日)から施行する。 この府令による改正後の財務計算に関する書類その他の情報の適正性を確保するための体制に関する内閣府令の規定は、令和2年3月31日以後に終了する事業年度及び連結会計年度に係る財務諸表、財務書類及び連結財務諸表の内部統制監査について適用し、同日前に終了する事業年度等に係る財務諸表等の内部統制監査については、なお従前の例による。 (了)
《速報解説》 東証、新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた対応方針等を公表 ~上場会社に対し感染症拡大が事業活動・経営成績に与える影響を 適時・適切に開示するよう要請~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2020年3月18日、東京証券取引所は、「新型コロナウイルス感染症に関するリスク情報の早期開示のお願い」と「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた対応方針について」を公表した。 また、同日、日本公認会計士協会は、「新型コロナウイルス感染症に関連する監査上の留意事項(その1)」を公表した。 今後、新型コロナウイルス感染症に関する開示について、各社で検討が必要になると思われる。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 新型コロナウイルス感染症に関するリスク情報の早期開示のお願い 上場会社においては、新型コロナウイルス感染症に関するリスク情報について、有価証券報告書等の提出に先立ち、決算短信・四半期決算短信の添付資料等においても記載するなど、株主・投資者に対する適時、適切な開示への配慮について述べている。 Ⅲ 新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた対応方針 「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた対応方針の概要」として次のことが述べられている。 1 上場会社を対象とした対応 適時開示及び上場廃止に関して、次のことが述べられている。 2 上場候補会社を対象とした対応 上場審査に関して、次のことが述べられている。 (了)
《速報解説》 会計士協会から「新型コロナウイルス感染症に関連する 監査上の留意事項(その1)」が公表される ~原則的な監査手続ができない場合の対応や、 すでに決算日を迎えた企業の監査対応・監査スケジュールの延長等に言及~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2020年3月18日、日本公認会計士協会は、「新型コロナウイルス感染症に関連する監査上の留意事項(その1)」を公表した。 これは、新型コロナウイルス感染症の影響により、実地棚卸の立会、残高確認ができない場合の対応のほか、すでに決算日を迎えた企業の監査対応、監査スケジュールの延長などについても述べている。今後も状況の変化により追加して留意すべき事項が生じた場合には、改めて周知するとのことである。 なお、新型コロナウイルス感染症に関連して、関係機関から次のものが公表されている。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 監査手続関係 「新型コロナウイルス感染症に関連する監査上の留意事項(その1)」では、監査基準委員会報告書に従って原則的な監査手続が記載されている。 ただし、新型コロナウイルス感染症の影響により、原則的な監査手続が実施できない場合の対応についても述べているので、以下では当該対応を中心に解説する。 1 実地棚卸の立会 2 残高確認 新型コロナウイルス感染症拡大防止対策の影響により、事業が停止している、又は業務が遅滞していることによって、海外に所在する金融機関や企業から確認に対する回答が得られない場合を想定している。 3 監査証拠の信頼性・グループ監査 被監査会社への往査が制限され、被監査会社が証憑を複写又はPDF等の電子媒体に変更したものを監査証拠として利用する場合などにおいて、原本から電子媒体に変更する過程などにおける情報変更の可能性に注意する。 また、グループ監査について、グループ経営者等とのコミュニケーションの必要性などを述べている。 4 内部統制監査 内部統制監査に関して、新型コロナウイルス感染症拡大防止対策により事業活動に甚大な影響を及ぼしている地域が、経営者の評価範囲内にある拠点であり、経営者の評価手続が実施できない場合には、災害等、やむを得ない事情による評価範囲の制約に該当し、この取扱いに従った対応をとることになると考えられる(「財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準」Ⅱ3(6)(評価範囲の制約))。 Ⅲ すでに決算日を迎えた企業の監査対応 「新型コロナウイルス感染症に関連する監査上の留意事項(その1)」の発出時点で、すでに決算日を迎えた企業においては、新型コロナウイルス感染症に起因する事業活動の縮小や停止、将来キャッシュ・フローの悪化、将来の課税所得の見積りの下振れの可能性等の影響について、監査対象事業年度において会計処理を行うか、又は翌事業年度の会計処理として取り扱うか、慎重な検討が必要となることがあるとしている。 次のことに注意する。 Ⅳ 監査スケジュールの延長等 十分かつ適切な監査証拠を入手するための監査手続の進捗状況によっては、今後の監査スケジュールを再度検討し、監査報告書の提出日を見直す必要があることに留意すると述べている。 (了)
2020年3月19日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.361を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
日本の企業税制 【第77回】 「グループ通算制度創設に伴う税効果会計の適用」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴 〇令和2年度税制改正法案の状況 令和2年度税制改正に係る所得税法等の一部を改正する法律案が、1月31日に国会に提出された。2月28日に衆議院を通過し、3月6日に参議院財政金融委員会に付託された。 法人税法の改正案においては、令和4年4月1日以後開始する事業年度から、連結納税制度を廃止し、グループ通算制度を創設する点も盛り込まれている。例えば、連結納税制度における連結所得の計算や税額の計算に係る中心的な規定(法法第2編第1章の2)は全て削除され、新たに「完全支配関係がある法人の間の損益通算及び欠損金の通算」(新法法第2編第1章第1節第11款)が創設されるなど大規模な条文の改正がみられる。 こうした状況を踏まえ、企業会計基準委員会(ASBJ)は、2月13日、「連結納税制度からグループ通算制度への移行に係る税効果会計の適用に関する取扱い(案)」を公表した。 〇決算日において国会で成立している税法 税制改正法案が年度内に成立する見通しとなる中、現在、連結納税制度を採用している企業グループについては、本年3月期の税効果会計における繰延税金資産・繰延税金負債の額を算定するにあたり、今回の改正法案に盛り込まれている新たなグループ通算制度を反映する必要があるのかが問題となる。 企業会計基準適用指針第28号「税効果会計に係る会計基準の適用指針」第44項の定めには、次のように規定されているからである。 これを文言通り読めば、現在連結納税制度を適用しており令和4年4月1日からグループ通算制度へ移行することが見込まれる企業においては、改正法人税法の成立日以後に終了する事業年度の決算(四半期決算を含む)において、グループ通算制度の適用を前提とした税効果会計の適用を行う必要があることとなる。 〇ASBJの公開草案による取扱い ASBJの公開草案では、改正法人税法の成立日の属する事業年度において連結納税制度を適用している企業及び改正法人税法の成立日より後に開始する事業年度から連結納税制度を適用する企業を対象とし、実務対応報告第5号「連結納税制度を適用する場合の税効果会計に関する当面の取扱い(その1)」及び実務対応報告第7号「連結納税制度を適用する場合の税効果会計に関する当面の取扱い(その2)」に関する必要な改廃をASBJが行うまでの間は、グループ通算制度への移行及びグループ通算制度への移行にあわせて単体納税制度の見直しが行われた項目について、改正前の税法の規定に基づくことができるとすることを提案している。 つまり、改正法の内容を当面反映する必要がないということである。 グループ通算制度に係る改正法案には、例えば、欠損金の通算の規定(法法64の7)は相当詳細な計算方法まで規定が書き込まれているものの、政省令や通達が明らかでない中、新たな制度を反映した繰延税金資産の回収可能性の判断をすることが困難なことは言うまでもないことであり、今回の提案は、当面の混乱を避けるためにはどうしても必要な措置と言えよう。 なお、この取扱いにより改正前の税法の規定に基づくこととした場合、繰延税金資産及び繰延税金負債の額について、この取扱いにより改正前の税法の規定に基づいている旨を注記することを提案している。 ASBJでは3月27日の会合で、この「取扱い」の公表承認に関する審議を行う予定である。 〇今後の検討課題 グループ通算制度の詳細が判明した後には、連結財務諸表と個別財務諸表の当期税金費用の計上方法、税効果会計における繰延税金資産の回収可能性の判断方法について検討を行い、上記実務対応報告第5号・第7号の見直しを行う必要がある。 現行の会計上の取扱いでは、連結財務諸表においては連結納税会社の会社群を全体で1つの納税主体として扱い、繰延税金資産・繰延税金負債・法人税等調整額を計上し、繰延税金資産の回収可能性も連結納税主体を一体とみなして検討することとされている。 一方、個別財務諸表では、各連結法人の連結個別利益積立金額等に基づいて認識される財務諸表上の一時差異に対して法定実効税率を乗じて繰延税金資産・繰延税金負債を計算し、繰延税金資産の回収可能性については、個別所得見積額だけではなく、他の連結法人の個別所得見積額も考慮することとされている。これは、他の連結法人との間で受払をする連結法人税・地方法人税の個別帰属額は利益に関連する金額を課税標準とする税金と同様と考えられるという点に基づいている。 グループ通算制度においては、個別申告方式の下、損益通算の方法は、各法人で計算した所得をベースに、赤字法人の「通算前欠損金額の合計額」を、黒字法人の「通算前所得金額の合計額」を限度に、黒字法人の通算前所得金額の割合で按分して黒字法人の損金として算入し(損金算入された欠損は赤字法人の「通算前欠損金額」の割合で按分し赤字法人側で益金算入する)、その結果が各通算法人の所得の金額となり(法法64の5)、その金額に税率を乗じて、各通算法人の法人税の額が計算される(法法66)。 また、グループ通算制度においては、通算法人の繰越欠損金の通算も行う(法法64の7)。具体的には、グループ内の各法人の欠損金の繰越控除前の所得の金額(つまり損益通算後の所得の金額)の50%に相当する金額の合計額が、損金算入限度額とされ、繰越欠損金の損金算入額の計算では、その発生年度ごとに区分し、当期の損金算入限度額に達するまで、欠損金額のうち最も古い事業年度に生じた欠損金額から、順次損金の額に算入することとなる。また、同一の事業年度において生じた欠損金額のうちに特定欠損金額と非特定欠損金額があるときは、まず特定欠損金額から繰越控除していく。 こうした計算の基本的な骨格は連結納税制度と似ているが、繰越控除により損金算入する法人は損益通算後の黒字法人に限られることから、繰越欠損金を有する法人とその繰越欠損金を損金の額に算入する法人とが異なる。つまり、繰越欠損金の授受が生じる場合がある。 これらの新たな制度の特徴を踏まえ、実務対応報告の見直しを検討することが必要である。 (了)
〈検証〉 TPR事件 東京高裁判決 【第2回】 公認会計士・税理士 佐藤 信祐 3 TPR東京高裁判決の問題点 「〈検証〉TPR事件 東京地裁判決」でも解説したように、東京地裁、東京高裁が示した制度趣旨は、平成22年度税制改正と整合していないことから、平成22年度税制改正後の事件において参考にすべきではないと考えている。 さらに言えば、平成13年当時における大蔵省主税局(現財務省主税局)の総意として、完全支配関係内の組織再編成において事業単位の移転が必要であったと認識していたかどうかについても疑わしいと考えている。なぜなら、【第1回】で解説したように、『平成13年版改正税法のすべて』136頁の記述からも、「資産の移転が独立した事業単位で行われること」及び「組織再編成後も移転した事業が継続すること」という要件は、完全支配関係内の組織再編成だけでなく、支配関係内の組織再編成に対しても税制適格要件を認めるために、付加的に課された要件であると考えられるからである。 もちろん、平成13年当時の大蔵省主税局の総意ではなかったにしても、組織再編成とは事業単位の移転のことを意味すると漠然に考えていた者がいたことは否定できない。平成13年当時の商法では、会社分割を行うためには、事業単位の移転が必要であった(平成17年改正前商法373、374の16)ことからも、実務家の中にも、そのような議論があったことは事実である。 しかし、平成18年度の会社法施行により、そのような前提は覆され、平成22年度税制改正により、残余財産の確定により繰越欠損金を引き継ぐことが可能になっただけでなく(法法57②)、事業を移転しない適格分割若しくは適格現物出資又は適格現物分配について、繰越欠損金の使用制限、特定保有資産譲渡等損失額の損金不算入の特例計算が定められたことからも(法令113⑤~⑦、123の9⑨~⑪)、事業を移転しない適格組織再編成が存在することが明確になっている。 このように、平成22年度税制改正において、事業を移転しない適格組織再編成が存在することを明確にする税制改正が行われていながらも、組織再編税制における考え方が変わったとする財務省主税局の説明がなかったことから、完全支配関係内の組織再編成において事業単位の移転が必要だったというのは、平成13年当時の大蔵省主税局の総意ではなかったと考えられる。 むしろ、後述するように、完全支配関係内の組織再編成において事業単位の移転が不要であるというのが、平成22年当時の財務省主税局の総意であったことが明らかであったということが言えることから、平成13年当時の大蔵省主税局の中にも、完全支配関係内の組織再編成において事業単位の移転が不要であると考えていた者がいた可能性は極めて高いと思われる。 4 平成22年度税制改正と朝長英樹氏による批判 「〈検証〉TPR事件 東京地裁判決」でも解説したように、平成22年度税制改正では、適格現物分配(法法62の5)、残余財産の確定に伴う繰越欠損金の引継ぎ(法法57②)、事業を移転しない適格分割若しくは適格現物出資又は適格現物分配に対する繰越欠損金の使用制限、特定保有資産譲渡等損失額の損金不算入の特例計算(法令113⑤~⑦、123の9⑨~⑪)がそれぞれ定められた。この点についての『平成22年版改正税法のすべて』と朝長英樹氏(平成13年度の組織再編税制の立案に関与し、平成18年に税務大学校教授を最後に退官)による批判を比較すると以下の通りである。 このように、平成22年当時の財務省主税局は、適格組織再編成に該当するためには、「資産の移転が独立した事業単位で行われること」及び「組織再編成後も移転した事業が継続すること」が前提であるとは考えていないのに対し、朝長英樹氏は、これらの要件を満たすことが前提であると考えているということがわかる。 もちろん、朝長英樹氏による批判は立法論からの批判であり、現行法上の解釈という意味では、『平成22年版改正税法のすべて』を参考にするしかない。朝長英樹氏による批判を素直に読めば、平成22年度税制改正により、財務省主税局が制度趣旨の変更を行ったと解さざるを得ない。そのように解した場合には、TPR事件は平成22年度税制改正後の事件に影響を与えないということになる。 しかし、包括的租税回避防止規定(法法132の2)の解釈という観点からは、『平成13年版改正税法のすべて』136頁の記述から「資産の移転が独立した事業単位で行われること」及び「組織再編成後も移転した事業が継続すること」という要件は、完全支配関係内の組織再編成だけでなく、支配関係内の組織再編成に対しても税制適格要件を認めるために、付加的に課された要件であると読み解くことができることから、そのような曖昧な制度趣旨を根拠として「制度趣旨に反することが明らかである」としてしまう制度濫用論の危うさを指摘せざるを得ない。制度濫用論により包括的租税回避防止規定を適用するとしても、そのための制度趣旨は、より明確なものである必要があろう。 5 総括 東京高裁では、「資産の移転が独立した事業単位で行われること」及び「組織再編成後も移転した事業が継続すること」との要件を緩和したという国側の主張を納税者も認めてしまっているため、平成13年当時において、適格組織再編成に該当するために、「資産の移転が独立した事業単位で行われること」及び「組織再編成後も移転した事業が継続すること」が必要であったかどうかは明らかになったとは言い難い。 そうは言っても、平成22年度税制改正と明らかに整合しないことから、このような解釈は、平成22年度税制改正後の事件に影響を与えないとすることが、現実的な対応になると考えられる。 (連載了)
〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第12回】 「役員退職給与に係る功績倍率の是認水準」 税理士 中尾 隼大 ○●○● 解 説 ●○●○ 役員退職給与は、相当であると認められる金額を超える部分は損金不算入であると規定されている(法法34②、法令70二)。その損金算入限度額の算定方法は本連載【第5回】で触れており、「功績倍率法」と「1年当たり平均額法」が通常用いられ、功績倍率法には最高功績倍率法と平均功績倍率法がある。 会社にとって、役員退職給与の損金算入限度額の計算は重要な問題である。そこで、実務上の取扱いやその注意点を確認したい。 (1) 実務上の取扱い 実務においては、代表取締役の退職については功績倍率3倍が認められているという認識が支配的となっている。仮に役員退職給与の損金算入性が問題となる場合、すなわち課税当局が役員退職給与について税務調査の場で指摘しようとする場合、功績倍率による損金算入限度額に焦点を当てるよりも、当該役員に本当に退職の事実があったか否かという事実認定にて決着するケースの方が多い(本連載【第2回】参照)(※1)。 (※1) 稟議書への捺印、組織図や名刺の肩書、従業員へのヒアリングや金融機関等への反面調査等で、その「退職」した役員の勤務実態や法人への関与度が明らかとなるためである。したがって、生前退職の場合には、経営から決別する覚悟で役員退職給与の支給を受けるべきである。 翻せば、形式的な書類を具備し、役員の勤続年数計算等に誤りがなく、3倍以下の功績倍率にて損金算入限度額を把握している場合、税務調査の場では問題視されるケースはほとんどないといえるだろう(※2)。 (※2) 現に、裁判例や裁決例において、筆者が調査した限り、当初から3倍以下の功績倍率を設定し、その結果係争に発展したという事例は見当たらない。 (2) 係争時の取扱い これに対して、例えば功績倍率10倍を採用しているなど、客観的かつ確実にイレギュラーだと認識されるケースにおいては、課税庁により抽出された同業類似法人の功績倍率により更正処分が行われることとなるだろう。当該更正処分は、納税者にとっても金額的に大きなインパクトがあるため、その多くが係争事案に発展すると思われる。 この場合、抽出された同業類似法人の役員退職給与支給実績に基づいて功績倍率が算定されるため、結果として3倍という実務上の運用より大きく下振れするケースも往々にしてある。例えば、東京高裁平成25年7月18日判決では(※3)、代表取締役の死亡退職に対し、同業類似法人として3社を抽出した結果、功績倍率の平均値として1.18倍を採用した例がある。他にも、裁判所が3倍を下回る功績倍率を採用した例は、枚挙に暇がない。 (※3) 税務訴訟資料263号順号12261、TAINS:Z263-12261 係争に発展した場合、納税者側は功績倍率を少しでも高く主張したいわけである。そのためには、課税庁側が行った同業類似法人の抽出基準自体の合理性に疑いがあると主張していくことが1つの柱となるが、そのほとんどは合理性が認められるとして退けられているのが実態といえる(※4)。 (※4) 抽出基準に合理性は認められるものの、納税者と業種の異なる法人が混入していたとして納税者の主張が結果として一部認められた裁決例として、国税不服審判所平成29年4月25日裁決がある。TAINS:J107-3-06 係争事案に発展する要因の1つは、民間である納税者が事前に入手することが可能な同業類似法人に関する情報と、課税庁が有している、すなわち更正処分時に抽出可能な情報に格差があることである。 この点、納税者にとって事業年度末まで、ないし確定申告期限までに必要な情報が入手できず不透明であるという、予測可能性の問題がある。もっとも、この点については札幌地裁平成11年12月10日判決にて(※5)、「必要な限度において、納税者の予測可能性が制限されることがあってもやむを得ないといわざるを得ない(平均功績倍率法に限らず、最高功績倍率法にせよ、1年当たり平均額法にせよ、比較法人の資料に基づいて計算する手法をとるのであるから、納税者の側での資料の入手が困難であることに変わりはないはずである。)」と判示されている。 (※5) 税務訴訟資料245号703頁、TAINS:Z263-12261 (3) 1.5倍判決の出現と「特殊な事情」 このような情報格差の問題について、東京地裁平成29年10月13日判決の出現は(※6)、いわゆる「1.5倍判決」等と呼ばれ実務家の注目を集めた。これは、抽出された同業類似法人の平均を採用する平均功績倍率法を合理的であるとした上で、さらに算出された功績倍率に1.5倍を乗じた係数にて、役員退職給与に係る税務上の損金算入限度額を計算する旨を示した地裁判決である。 (※6) 税務訴訟資料267号順号13076、TAINS:Z267-13076 その理由として、平均功績倍率法は、①個々の特殊性を捨象した平均値に過ぎず、②抽出した同業類似法人のうちその功績倍率の平均値を超える法人があり、③納税者と課税当局では情報量に格差がある、という問題がある点が挙げられている。この判決は、上記で触れたような納税者と課税庁の情報格差に一石を投じたものであると評価できるが、1.5倍とする根拠については何ら指摘されていない(※7)。 (※7) この点については、拙著「平均功績倍率の合理性-東京地裁平成29年10月13日判決を素材として-」税理61巻6号(ぎょうせい、2018)135頁。 これに対し、その後の高裁判決は、原審の判示内容を補正した上で1.5倍の記載部分を削除した(※8)。そして、「同業類似法人の抽出が合理的に行われてもなお、同業類似法人の役員に対する退職給与の支給の状況として把握されたとはいい難いほどの極めて特殊な事情があると認められる場合に限り、これを別途考慮すれば足りる」と示している。 (※8) 東京高裁平成30年4月25日判決。訟務月報65巻2号133頁、TAINS:Z888-2177 なお、この「特殊な事情」は、冒頭では「特段の事情」と表現しているものであるが、どのような場合に相当だと認められるのかは明らかにされていない。 (4) 役員退職給与支給時の留意点 上記の通り、実務上の考え方と、裁判所が採用する、すなわち課税庁が抽出した同業類似法人から得られる功績倍率には乖離がある場合が認められるのである。この要因は、同業類似法人を抽出する場合、同一地域・同一業種・同一規模等を基準としてフィルタをかけるため、その業種・業界の状況や特色が如実に現れることにある。 例えば、(2)では功績倍率が3倍を下回る結果となった例が多々あることに触れているが、その逆も然りである。全体的に数は少ないが、(3)で触れた1.5倍判決では、5社を抽出した上で最終的に平均功績倍率として3.26倍を採用し、これは3倍を上回る結果となった。これは、製造業である原告の同業類似法人全体がその当時、「景気が良かった」といえるのだろう。 このように、係争段階にならなければ適正な功績倍率が不明である以上、そして納税者と課税庁の間には情報格差が存在している以上、実務上の慣行でもある「3倍」が問題となることはないと思われる。しかし、3倍超の功績倍率を採用すると、それ相応の理由が必要となるばかりか、課税庁へのチャレンジであるとの心証を抱かれる可能性もあるため、避けるべきである。 (了)
相続税の実務問答 【第45回】 「令和元年台風第19号による被災地内の土地等の評価」 税理士 梶野 研二 [答] 令和元年台風第19号に係る特定地域に指定された地域内の土地等については、同台風による災害の発生前に相続により取得したものであっても、相続税の申告書の提出期限がこの災害の発生日以後である場合には、災害発生直後の価額により相続税の課税価格を計算することができます。 令和元年台風第19号による災害の発生直後の価額は、令和元年分の路線価及び評価倍率に「調整率」を乗じて求めた調整後の路線価又は評価倍率を基にして算出した価額により求めることができます。 この「調整率」については、令和2年2月に公表されており、国税庁ホームページで確認することができます。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 特定土地等及び特定株式等に係る相続税の課税価格の計算の特例 相続税の課税価格の計算上、相続や遺贈により取得した財産の価額は、相続開始時における各財産の時価とされており(相法22)、相続開始後に生じた原因により財産の価額が下落したとしても、相続税の課税価格の計算には影響しません。 しかしながら、前回説明しましたように、特定非常災害の発生日前に相続が開始し、かつ、その相続に係る相続税の申告書の提出期限前に特定非常災害が発生した場合には、相続又は遺贈により取得した財産のうち、特定非常災害の発生日において所有していた特定土地等又は特定株式等について相続税の課税価格に算入すべき価額は、その特定非常災害の発生直後の価額とすることができることとされています(措法69の6①)。 令和元年台風第19号は、特定非常災害に指定され、その発生日は令和元年10月10日とされています。長野県は全域が特定地域に指定されていますので、長野県内に所在する土地等については、台風第19号による被災前に相続や遺贈により取得した土地等であっても、その災害の発生直後の価額により相続税の課税価格を計算することができます。 2 令和元年台風第19号による災害の発生直後の価額 相続又は遺贈により取得した土地等は、路線価方式又は倍率方式により評価することとなります。これらの方式における路線価や評価倍率は、毎年1月1日を評価時点として、1年間を通して適用されることとされており、その年中における災害等による地価下落は、路線価や評価倍率の評定に織り込まれていません。 そこで、令和元年台風第19号に係る特定地域における特定非常災害の発生直後の価額は、この路線価や評価倍率に一定の調整率を乗じた後の価額によることができることとされ、その調整率は、特定地域に指定された地域ごと、かつ地目の別に定められ、令和2年2月26日に公表されました。この調整率表は、国税庁ホームページで確認することができます。 《調整率表の例》 3 調整率を適用した場合の評価方法 (1) 路線価地域の場合 特定土地等が路線価地域にある場合の「令和元年台風第19号の発生直後の価額」は、令和元年分の路線価に「調整率」を乗じて求めた調整率適用後の路線価を基に、奥行価格補正等の画地計算を行います。 また、評価対象地が貸宅地、貸家建付地、借地権などである場合には、調整率適用後の路線価により計算した自用地としての価額を基に、貸宅地、貸家建付地、借地権などとしての価額を計算します。 (2) 倍率地域の場合 特定土地等が倍率地域にある場合の「令和元年台風第19 号の発生直後の価額」は、令和元年分の評価倍率に「調整率」を乗じて計算します。評価対象地が貸宅地、貸家建付地、借地権などである場合には、調整率適用後の路線価により計算した自用地としての価額を基に、貸宅地、貸家建付地、借地権などとしての価額を計算します。 4 ご質問の場合 お父様の遺産である土地は、令和元年台風第19号に係る特定地域に指定された長野県N市に所在するとのことですから、同台風に係る災害の発生直後のこれらの土地の価額により相続税の課税価格を計算することができます。 具体的には、令和元年分の路線価又は評価倍率に、令和元年台風第19号に係る調整率表に定める調整率を乗じて求めた調整後の路線価又は評価倍率を基にして、令和元年台風第19号による災害の発生直後の価額を求めることとなります。遺産の中に貸家建付地があるとのことですが、調整率適用後の路線価又は評価倍率を適用して計算した自用地としての価額を基に、貸家建付地としての価額を計算することとなります。 なお、あなた方が相続等により取得した土地は、特定地域であるN市内にありますので、相続税の申告書の提出期限が延長されます(【第44回】「令和元年台風第19号による被災地内の土地等がある場合の相続税の申告期限」参照)。 (了)
基礎から身につく組織再編税制 【第14回】 「非適格合併を行った場合の合併法人の取扱い」 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 今回は、非適格合併を行った場合の合併法人の取扱いについて解説します。 1 非適格合併を行った場合の資産・負債の受入れ(原則) 被合併法人が合併により合併法人にその有する資産・負債の移転をしたときは、合併時の時価による譲渡をしたものとされるため、合併法人が受け入れる資産・負債の取得価額は、合併時の時価となります(法法62)。 引当金や準備金については、被合併法人の最後事業年度で取り崩すこととされており、合併法人に引き継ぐことはできません。 2 非適格合併により受け入れた棚卸資産の取扱い 移転を受けた棚卸資産については、時価で取得したものとされるため、取得価額は合併時の時価となります。 3 非適格合併により受け入れた減価償却資産の取扱い (1) 取得価額 移転を受けた減価償却資産については、時価で取得したものとされます。取得価額は、合併時の時価に事業の用に供するために直接要した費用の額を加算した金額となります(法令54①)。 (2) 耐用年数 耐用年数は、中古資産の耐用年数を使用することができます(耐令3①)。 4 繰延資産・一括償却資産 移転を受けた繰延資産・一括償却資産については、時価で取得したものとされるため、取得価額は合併時の時価となります。一括償却資産に該当するかどうかは、合併法人の取得価額が20万円未満かどうかで判定することになります。 5 資産(負債)調整勘定 非適格合併により、合併法人が受け入れた資産等の時価純資産価額と交付した新株等の価額の合計額(合併対価)に差がある場合には、資産(負債)調整勘定を計上することとなります(法法62の8)。 (1) 資産調整勘定 非適格合併による合併対価が、移転資産等の時価純資産価額を超えるときは、超える部分の金額のうち資産等超過差額以外のものが資産調整勘定となります。資産調整勘定として計上された金額は、60ヶ月で損金算入されます(法法62の8①④、法令123の10④)。 (2) 資産等超過差額 資産等超過差額とは、非適格合併による合併対価の合併時の時価と合併契約時の時価に著しい差異が生じている場合の差異及び実質的に被合併法人の欠損金に相当する金額をいいます(法令123の10④、法規27の16)。 資産等超過差額については、損金に算入されることはありません。 (3) 負債調整勘定 非適格合併による合併対価が、移転資産等の時価純資産価額に満たないときは、満たない部分の金額が負債調整勘定となります。負債調整勘定として計上された金額は、60ヶ月で益金算入されます(法法62の8③⑦)。 (4) 退職給与負債調整勘定 ① 内容 退職給与負債調整勘定とは、非適格合併に伴い被合併法人から引継ぎを受けた従業者につき、退職給与債務の引受け(②参照)を行った金額に係る負債調整勘定をいいます(法法62の8②)。 ② 退職給与債務の引受け 「退職給与債務の引受け」とは、非適格合併等後の退職その他の事由により非適格合併等に伴い引継ぎを受けた従業者に支給する退職給与の額につき、非適格合併等前における在職期間その他の勤務実績等を勘案して算定する旨を約し、かつ、これに伴う負担の引受けをすることをいいます。 ③ 益金算入額 引継ぎを受けた従業者が退職したとき、又は、引継ぎを受けた従業者の退職給与の支払いを行ったときに、次のいずれかの方法により計算した金額を、益金の額に算入することとなります(法法62の8⑥⑩⑫、法令123の10)。 (5) 短期重要負債調整勘定 ① 内容 短期重要負債調整勘定とは、非適格合併により被合併法人から移転を受けた事業に係る将来の債務(②参照)で、その履行が非適格合併の日からおおむね3年以内に見込まれるものについて、合併法人がその履行に係る負担の引受けをした場合のその債務の額に相当する金額をいいます。 この場合の「債務の額に相当する金額」は、移転資産の取得価額の20%を超える債務引受け額に限定されています。 ② 将来の債務 「将来の債務」とは、その事業の利益に重大な影響を与えるものに限るものとし、退職給与債務引受けに係るもの及び既にその履行をすべきことが確定しているものを除きます。 ③ 益金算入額 短期重要負債調整勘定については、次の区分に応じて、それぞれの金額を益金の額に算入することとなります(法法62の8⑥)。 6 非適格合併により増加する資本金等の額 合併法人において、合併により増加する資本金等の額は、次のとおりです(法令8①五)。 ① 加算項目 ② 減算項目 (※) 抱合株式とは、合併法人が合併前から保有している被合併法人株式のことをいいます。 非適格合併により増加する資本金等の額を図にすると、下記のようになります。 7 非適格合併により増加する利益積立金額 非適格合併の場合には、合併法人は被合併法人の最後事業年度の利益積立金額を引き継ぎません(増加しません)。 8 完全支配関係法人間の非適格合併の取扱い (1) 内容 グループ法人税制により、完全支配関係がある法人間で譲渡損益調整資産((2)参照)を譲渡した場合には、譲渡損益が繰り延べられるため、完全支配関係がある法人間で非適格合併が行われたときも、譲渡損益調整資産については譲渡損益が繰り延べられ、帳簿価額で受け入れたのと同様の結果となります。 (2) 譲渡損益調整資産 「譲渡損益調整資産」とは、固定資産、棚卸資産である土地等、有価証券(売買目的有価証券を除きます)、金銭債権、繰延資産のうち、直前の帳簿価額が1,000万円以上の資産をいいます。 9 具体例 〔前提〕 〔合併法人の受入税務仕訳〕 ◆非適格合併を行った場合の合併法人の取扱いのポイント◆ 非適格合併があった場合には、原則として資産・負債は時価で受け入れます。 非適格合併があった場合には、資産(負債)調整勘定の計上を検討する必要があります。 非適格合併があった場合には、合併法人は被合併法人の最後事業年度の利益積立金額を引き継ぎません。 完全支配関係がある法人間で非適格合併が行われたときは、譲渡損益調整資産を帳簿価額で受け入れることとなります。 (了)