税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第5回】 「借地権とは異なる借家権の評価の意味」 不動産鑑定士 黒沢 泰 1 財産評価基準書からみた借家権割合 相続税評価額を計算する際に適用する財産評価基準書には、都道府県ごとに借家権割合が以下のとおり記載されていますが、その割合は全国一律に30%となっています。 (※1) 筆者注。財産評価基本通達94とは、以下のものを指します。 2 実際には~借地権と大きく異なる点 ところで、規定上ではこのように扱われているものの、実際の建物賃貸借において権利金が授受されているケースはどれだけあるのでしょうか。 例えば、家族で居住用マンションを借りようとする場合、敷金以外に権利金を支払ってその利用権を買い取るような商慣習が根づいているのでしょうか。ほとんどのケースでは、家主に対し賃料不払いの担保として家賃の数ヶ月分相当の敷金(又は保証金)を預け金の名目で差し入れるだけで、借地権のように(権利設定の対価としての)権利金を授受して賃貸借契約を結んでいる例を見受けません。 もし、借地権のように多額の権利金を支払って賃借しているのであれば、借主は相当の対価を受け取って借家権を他人に譲渡することでしょう。ところが、現実にこのようなケースは滅多に見掛けることはありません。 すなわち、借家権はその取引慣行が成熟していないということです。 この点が借地権の場合と大きく異なる点です。 3 不動産の鑑定評価では ちなみに不動産の鑑定評価では、借家権の評価をどのように扱っているのでしょうか。 不動産鑑定評価基準では、借地借家法(廃止前の借家法を含みます)が適用される建物の賃借権を借家権と定義しています(同基準各論第1章第3節Ⅲ)。そのため、一時使用の建物賃貸借は対象外となります。そして、借地借家法は土地や建物の用途に関係なく適用されるため、建物が居住用であれ、事業用(事務所、店舗、工場、倉庫等)であれ、適用対象となる点に留意しなければなりません。 ただ、土地の賃借権の場合には、その譲渡に関して賃貸人の承諾が得られないときは裁判所がこれに代わる許可を与えることのできる法制度がありますが、建物の賃借権に関しては、このような制度は存在しません。その意味で、借家権は借地権に比べ譲渡性が薄い(=取引の対象となることが少ない)といえます。 このような事情があるためか、(意外と思われるかもしれませんが)不動産鑑定評価基準では借地権の価格を綿密に定義しているのとは裏腹に、借家権の価格については何らの定義を設けておりません。 これに換え、借家権の鑑定評価額を求める手法を、 の2つの側面から規定するに留めています(既述のように取引慣行が認められるケースはきわめて少ないのが実情です)(※2)。 (※2) 不動産鑑定評価基準では、借家権の取引慣行が認められる案件の鑑定依頼を受けた場合に備えて評価手法をいくつか規定していますが、本稿では割愛させていただきます。 そして、借家権の鑑定評価が実施されるケースとしては、上記(イ)に該当して立退料の金額を求めることが必要とされる場合が圧倒的に多いものと推察されます。すなわち、借家権の取引に伴って価格が生ずるというものではなく、立退補償的な色彩の強いものです。 なお、不動産鑑定評価基準では上記(イ)に関連して鑑定評価を行う場合、対象建物と同程度の建物を賃借する際に必要とされる新規賃料と現行賃料の差額の一定期間に相当する額に、賃料の前払的性格を有する一時金の額等を加算した額を試算し、他の手法による検証も行って鑑定評価額を求めることとしています(同基準各論第1章第3節Ⅲ)。 4 他の基準では 参考までに、ここで述べている考え方は、公共用地の取得に伴う損失補償基準における「借家人補償」の算定方式に端を発します。 なお、同損失補償基準における「借家人補償」では、借家人が喪失する経済的利益等の客観的な算定が困難であることから、代替建物等を賃借するために必要とされる家賃の差額の一定期間分と賃料の前払的性格を有する一時金の額等(仲介業者への手数料も含みます)をもって補償することとされています。 5 相続税の財産評価における「借家権割合」の意味 ここで、再び相続税の財産評価に戻りますが、財産評価基準書には都道府県別に借家権割合が記載されていたり(ただし、具体的割合は上記のとおり全国一律30%です)、財産評価基本通達における貸家建付地や貸家の評価規定のなかに、借家権割合という概念が以下のとおり登場します。 筆者は、今まで述べてきた理由により、ここにいう借家権割合とは借家人にとっての積極的な財産価値割合を示すものではなく、借家人がその土地や建物を使用していることにより所有者が受ける利用上の制約(減価割合)を示すものと理解しています(もちろん、借家人が立退きを要求された場合は、借家人の潜在的利益が立退料となって顕在化しますが、ここではこのような事態は考慮外としています)。 税理士の皆様も相続に伴う貸家建付地や貸家の評価を行うことがしばしばあると存じます。ただ、借家権割合と呼ぶ場合、その取引慣行があり不動産の価格の何割が借家権の財産価値であるという積極的な捉え方をするよりも、むしろ所有者にとって借家権が付いていることにより不動産の評価額が何割下落するかという消極的な捉え方をしているケースの方が多いのではないでしょうか。 (了)
〈Q&A〉 消費税転嫁対策特措法・下請法のポイント 【第2回】 「当局による調査・勧告等の状況」 のぞみ総合法律事務所 弁護士 大東 泰雄 弁護士 福塚 侑也 はじめに 第2回は、消費税転嫁対策特別措置法と下請法のそれぞれについて、当局による調査や勧告・指導がどのようになされているかを解説する。 消費税転嫁拒否等の行為及び下請法違反に対する調査は、いずれも、公正取引委員会(以下「公取委」という)及び中小企業庁が中心的な役割を果たしており、調査の手法や違反した企業に対する措置も類似しているため、横断的に理解することが有益である。 1 消費税転嫁拒否等の行為に対する調査・勧告等の状況 【Q】 令和2年5月1日付けで、公取委から「消費税率引上げ後の消費税の転嫁状況に関する調査(令和2年度)」という書面が届きました。 上記書面には、公取委が消費税転嫁拒否等の行為に対する監視及び取締りを行っていることが記載されており、赤字で「必ず提出してください」、「この調査は、消費税の円滑かつ適正な転嫁の確保のための消費税の転嫁を阻害する行為の是正等に関する特別措置法第15条第1項の規定に基づき、特定事業者に報告の義務を課して実施するものです」などと書かれています。 何やら物々しく感じますが、当社に消費税転嫁対策特別措置法違反の疑いがあるということでしょうか? また、当社は社名を公表されることになるのでしょうか? 【A】 ご質問の書面調査は、消費税転嫁対策特別措置法により回答義務が課されたものですので、社内調査を行い、正確に回答してください。 この書面調査は、極めて多数の企業を対象に一斉に行われていますので、書面調査票を受け取ったからといって、貴社が特に法律違反の疑いを受けているということではありませんが、書面調査での回答を契機として、公取委等による立入検査等の調査が行われる可能性があり、調査を通じて違反が発覚した場合には、勧告や指導を受けることとなります。 (1) 当局による調査 消費税転嫁対策特別措置法の禁止する転嫁拒否等の行為に対する取締りは、主に公取委及び中小企業庁が分担して行っている。 消費税転嫁拒否等の行為については、立場の弱い特定供給事業者(売り手側)が自ら被害を申告することは困難と考えられるため、公取委及び中小企業庁による調査においては、質問にあるような書面調査を通じた情報収集が重要な役割を果たしている。 例えば、公取委は、令和元年5月に、同年10月からの消費税率引上げに際し、事業者間でそれよりも早い段階から新税率を前提とした価格交渉が始まることを想定して、売り手側に当たる中小企業・小規模事業者等約30万名に対する書面調査を行うとともに、買い手側に当たる大規模小売事業者・大企業等約8万名に対する書面調査を行っている。 そして、公取委は、令和2年5月1日付けでも、買い手側企業に対し、「消費税率引上げ後の消費税の転嫁状況に関する調査(令和2年度)」と題する書面調査票を郵送し、同年6月12日までに回答するよう求めているところである(※)。 (※) 公正取引委員会「消費税率引上げ後の消費税の転嫁状況に関する調査について」 上記の買い手側に対する書面調査は、拒否したり虚偽の報告をしたりした場合には刑罰の対象となるという意味での間接強制を伴うものであり(消費税転嫁対策特別措置法15条1項、21条、22条)、これにより公取委等が消費税転嫁拒否等の行為に関する正確な情報を把握することが可能な仕組みとなっている。 そこで、書面調査票の送付を受けた買い手側企業においては、社内調査を行って実情を把握した上で、書面調査に対する回答を行うと共に、社内調査の過程で消費税率引上げ分を上乗せして支払っていない事例があることを把握した場合には、自主的に売り手側に対する追加支払いを行ったり、再発防止策を講じたりし、違反の重大性等の事情によっては公取委に対する自主申告も検討することが望ましい。 なお、後述のとおり、下請法の運用においても書面調査が重視されているが、両法律に基づく調査は連動しているため、下請法の書面調査を通じて消費税転嫁拒否等の行為に関する情報が得られた場合には、消費税転嫁対策特別措置法に基づく調査へと連携されることがあり、消費税転嫁対策特別措置法に基づく調査の過程で下請法違反の事実が判明した場合には、下請法に基づく調査へと連携されることがある。 書面調査の結果、消費税転嫁拒否等の行為が疑われた場合には、公取委や中小企業庁により、立入検査や事業者に対するヒアリング等の調査が行われる。公取委及び中小企業庁が平成25年10月から令和2年3月末までの間に着手した調査件数は12,754件、立入検査は7,108件と非常に多数に上っている。 消費税転嫁対策特別措置法に基づく立入検査は、独占禁止法に基づく立入検査のように予告なく突然行われるのではなく、あらかじめ公取委等と企業の間で調整した日時及び場所において行われている。 そして、立入検査後は、公取委等が検査を通じて注目するに至った取引を中心に、消費税率引上げ分の転嫁が適正になされているかについて特定事業者(買い手側)が自ら社内調査を行い、その結果を公取委等に報告するよう促されることが一般的である。 他方、公取委等は、特定事業者の報告を受けて追加の調査を指示したり、報告内容の正確性を確認したりしている。このように、消費税転嫁拒否等の行為に対する調査は、事業者側のリソースも活用することにより、効率的に行われている。 (2) 違反に対する措置等 公取委や中小企業庁による調査を通じて消費税転嫁拒否等の行為が認定されると、一般的には、当該特定事業者(買い手側)に対して指導が行われることとなる。指導の内容は、特定供給事業者(売り手側)に対してこれまで支払っていなかった消費税率引上げ分を改めて支払うことや、再発防止策を講じることである。この指導は、公取委等と特定事業者の内々のやり取りの中で行われるため、社名公表までは至らないという点がポイントになる。 他方、全体に占める件数は限定的であるものの、特に重大な違反については、非公表の指導に止まらず、公取委による勧告・社名公表が行われている。勧告がなされると、公取委のホームページ上で社名が公表され、どのような違反を行ったかも公表される。報道される場合も多いため、勧告を受けた企業は重大なレピュテーションリスクを免れないこととなる。 公取委及び中小企業庁は、平成25年10月から令和2年3月末までの間に、5,771件の指導を行うとともに、54件の勧告を行っているが、下記の【図表1】のとおり、そのうち大多数は買いたたきに対するものであるため、転嫁拒否等の行為の中でも特に買いたたきの予防に努めることが重要である。 【図表1】 公取委による勧告・指導件数の累計 (※) 平成25年10月から令和2年3月末までの累計件数。 なお、事業者の中には、複数の行為を行っている場合があり、本文記載の指導・勧告の件数とは一致しない。 また、第5回で詳述するが、これまでに勧告・社名公表がなされた事案は、大きく、以下の2つのパターンのいずれか又は両方に当てはまるものが大部分であるため、まずは勧告・社名公表という最悪の事態を回避するという意味では、以下のように税込金額で定められた料金がないかを見直すことが効果的である。 2 下請法違反に対する調査・勧告等の状況 【Q】 毎年6月頃、公取委から「下請事業者との取引に関する調査について」という書面が届きます。 上記書面には、「貴社が親事業者に該当する場合には、報告する義務があります」と記載されており、マークシート方式で多数の質問に回答することが求められています。下請事業者の名簿も添付するようにとのことです。 この書面が届いたということは、当社に下請法違反の疑いがあるということでしょうか? また、当社は社名を公表されることになるのでしょうか? 【A】 ご質問の書面調査は、下請法により回答義務が課されたものですので、社内調査を行い、正確に回答してください。 この書面調査は、極めて多数の企業を対象に一斉に行われていますので、書面調査票を受け取ったからといって、貴社が特に下請法違反の疑いを受けているということではありませんが、書面調査での回答を契機として、公取委等による実地検査等の調査が行われる可能性があり、調査を通じて違反が発覚した場合には、勧告や指導を受けることとなります。 (1) 下請法の運用強化の流れ 近時、目に見えて下請法の運用が強化されている。 これは、大企業による買いたたき等を取り締まることを通じて、中小企業にも適正な利益がもたらされるようにし、中小企業の社員の賃上げを図り、もって景気の底上げを図るというアベノミクスの一環と位置づけられており、平成28年に行われた複数の閣議決定や安倍首相の所信表明演説などで下請法運用強化の方針が明言されるなど、政府全体の明確な方針となっている。 そして、このような政府全体の方針を受けて、下請法を所管する公取委及び中小企業庁も活発に動いている。例えば、下請法違反に対する公取委の指導件数は、下記の【図表2】のとおり年々増加しており、ここ数年、史上最多記録を更新し続けている。 【図表2】 公取委による下請法違反に対する指導件数の推移 (※) 公正取引委員会「(令和元年5月29日)平成30年度における下請法の運用状況及び企業間取引の公正化への取組等」より抜粋 また、公取委は、平成28年12月14日に13年ぶりに下請法運用基準を改正したほか、関連予算と人員を増加させて下請法違反の取締りを強化するなどしている。 (2) 当局による調査 下請法違反行為に対する当局の調査手法は、消費税転嫁拒否等の行為に対するものと相当類似している。 すなわち、消費税転嫁拒否等の行為と同様、下請法違反についても、立場の弱い下請事業者が自ら被害を申告することは困難と考えられるため、公取委及び中小企業庁による書面調査が重要な役割を果たしており、勧告・指導の対象となる下請法違反事件のほとんどが、書面調査を端緒として発覚している状況にある。 書面調査は、親事業者と下請事業者のそれぞれについて極めて広範囲にわたって行われており、例えば、令和元年度に公取委が行った書面調査は、親事業者に対するものが60,000件、下請事業者に対するものが300,000件にも上っている。 このうち親事業者に対する書面調査は、毎年6月頃に行われており、拒否したり虚偽の報告をしたりした場合には刑罰の対象になるという意味での間接強制を伴うものであるため(下請法9条1項~3項、11条、12条)、消費税転嫁拒否の行為に関する書面調査の場合と同様、書面調査票の送付を受けた親事業者においては、社内調査を行って実情を把握した上で、書面調査に対する回答を行うと共に、社内調査の過程で下請法違反の事実を把握した場合には、下請事業者に対する不利益回復を行ったり、再発防止策を講じたりし、違反の重大性等の事情によっては公取委に対する自主申告も検討することが望ましい。このように、公取委等の書面調査を、下請法違反の早期発見及び是正のために積極的に活用することがポイントである。 書面調査の結果、下請法違反の疑いがあると考えられた親事業者については、個別の調査が行われる。個別の調査の手法は様々であるが、典型的には、公取委等の担当官から電話連絡があり、日時を調整した上で担当官数名が親事業者の事業所に来訪し、あらかじめ指定して準備させておいた発注書や価格交渉の記録といった資料の内容を確認しつつ、企業の担当者から事情を聴くという実地検査が行われることが多い。実地検査の後は、散発的に、追加の資料提出要請や説明の要請があり、調査が進められていく。 (3) 違反に対する措置等 下請法違反に対する当局の措置等も、消費税転嫁拒否等の行為に対するものと相当類似している。 すなわち、公取委や中小企業庁による調査を通じて下請法違反の事実が認定されると、一般的には、親事業者に対して指導が行われることとなる。指導の内容は、下請事業者に対する不利益回復や、再発防止策を講じることなどである。この指導は、公取委等と親事業者の内々のやり取りの中で行われ、社名公表までは至らないという点も、消費税転嫁拒否等の行為の場合と同様である。 他方、全体に占める件数は限定的であるものの、下請事業者に与えた不利益が大きいなど特に重大な事案については、非公表の指導にとどまらず、公取委による勧告・社名公表が行われている。 勧告がなされると、消費税転嫁拒否等の行為の場合と同様、公取委のホームページ上で社名が公表され、どのような違反を行ったかも公表される。報道される場合も多いため、勧告を受けた企業は重大なレピュテーションリスクを免れないこととなる。 したがって、親事業者においては、指導も受けないよう努力すべきではあるものの、まずは勧告を受けないように努力することが最優先と言えるであろう。 そして、これまでの勧告・社名公表事例の多くは、下請代金の減額事案(減額のみ行った事案又は減額に加えて他の違反を行った事案)であるため、勧告・社名公表という最悪の事態を防ぐためには、まずは下請代金の減額を絶対に行わないようにすることが必要である。下請代金の減額の具体的内容については第6回で解説することとしたい。 また、下記の【図表3】のとおり、【第1回】で述べた4つの義務及び11の禁止行為のうち、「支払遅延」、「下請代金の減額」、「買いたたき」及び「不当な経済上の利益の提供要請」の4類型について、ここ数年、勧告・指導が目立って増加しており、公取委等が重点的な取締りを行っていることがうかがわれるため、上記4類型については、特に違反しないよう注意する必要があるだろう。 【図表3】 公取委による勧告・指導が特に増えている違反類型 (※) 公取委公表資料から筆者作成 (了)
中小企業経営者の [老後資金]を構築するポイント 【第25回】 「相続税の納税資金と老後資金の関係」 税理士法人トゥモローズ 前回に引き続き、相続対策と老後資金の関係について、今回は「相続税の納税資金との関係」について解説を行っていきたい。 事業を成功させてきた中小企業の経営者の場合には、相続税の基礎控除を超える程度の相続財産を遺していることが想定され、状況によっては相続について多額の納税資金を要することとなる。 当たり前ではあるが、納税義務者としてこの納税を行うのは、遺す側の被相続人ではなく、遺された側の相続人である。この多額の納税資金を現役世代の相続人などが相続人自身の蓄財の中で一括納税することは困難であり、また、納税資金確保のために相続財産を処分するとしても、10ヶ月という短い期間の中で相続財産を処分し納税資金を確保することは非常に煩雑な手続きとなる。 したがって、遺された相続人が納税資金に困窮することがないように、遺す側の被相続人が、生活費などの老後資金とは別に、遺産の内から納税が可能な状況にしておくことが重要である。 1 現状把握 いずれ訪れるであろう親の相続税の支払いについて、子である相続人側で納税資金の確保を考慮しながら蓄財を行っているケースはごく稀である。また、前述のように多額の納税資金が必要となるようなケースにおいては、相続人側で納税資金を準備することが困難な場合も多い。 まして、中小企業経営者の相続のケースにおいては、その相続財産のうちに占める非上場会社株式の占める割合が高く、相続税が多額であるにもかかわらず、それに見合う流動資産の確保がされていないことも想定される。したがって、相続税の納税資金は可能な限り、被相続人の遺産のうちで用意しておくべきである。 この納税資金の把握のためには、まずは現状把握により、自身の相続財産がどの程度あるのか、それに伴う相続税額はいくらになるのかの試算を行う必要がある。 具体的には、前回も解説した今現在の個人貸借対照表(すなわち、財産債務目録)の作成と個人資金繰り表(すなわち、将来のキャッシュフローがわかる表)の作成により、納税資金に当てられる流動資産がどのくらいあるのかを確認し、不足が生じる場合には事前に対策を検討しなければならない。 2 生命保険の活用 生命保険は、相続発生後の納税資金が必要となるタイミングで相続人に対して支払われるため、納税資金の対策として有効な手段となる。また、相続対策としての非課税枠の活用も期待できるため、相続税の節税にも効果を発揮できる。 しかし、リタイヤ後の収入がなくなった後に保険料を支払い続けることは、老後資金の不足を招く恐れもあるため、可能であれば老後資金に不安が生じる前である現役のうちに、給与所得から保険料を支払い切ることが望ましい。 また、事業承継に伴って会社を引き継いだ後継者に自社株式を相続させるような場合において、他の相続人に係る遺留分の支払い原資を確保する必要があるときは、下図のように、当該後継者を受取人とする遺留分相当の保険に加入しておくことで、遺産分割の長期的な争いを回避することにもつながる。 3 非上場株式の自社株買い 老後資金のうちに流動資産が少ないことから納税資金に不安があるような場合で、事業承継後においても自社株式を保有しているときは、当該自社株式の買取りも納税資金の確保のための候補となりうる。 この自社株買いのタイミングは、生前によるのか、それとも相続発生後によるのかで、課税の取扱いが変わるため、老後資金の具合を見ながら慎重に検討する必要がある。 生前の買取りの場合には、金庫株として取得した会社側では資本等取引として法人税課税は生じないが、譲渡した推定被相続人側で以下のような配当所得と譲渡所得の課税関係が生じる。 一方で、相続発生後に、相続人が相続により取得した非上場株式である自社株式を相続税の申告期限の翌日以後3年以内に自社に売却したときは、金庫株の特例としてみなし配当の不適用が設けられている。 また、これに加えて、相続後の売却の特例として、相続税の申告期限の翌日以後3年以内の譲渡の場合には、取得費加算の特例の適用が可能となり、譲渡所得を減額することができる。 4 その他 老後資金のほかに納税資金の準備金となり得るものとしては、会社への貸付金の回収や会長職としての退職金の受給等も想定される。 しかし、自社株買いやこれらの方法は、あくまで会社側での分配可能額などのキャッシュフローにある程度の余裕があることが前提となるため、先代や後継者だけの問題としてではなく、会社を含めた中での検討が必要である。このため、先代、後継者、そして会社の状況を確認しながら進めていかなければならない。 (了)
老コンサルタントが出会った 『問題の多い相続』のお話 【10回】 「特殊な状況だからこそ、相続リスクに注意すべし」 ~災害時のコンサル経験から学んだこと~ 財務コンサルタント 木山 順三 〔リスクは常に身近なところに潜んでいる〕 筆者は現在、自宅でこの原稿を書いています。そうです、「新型コロナ緊急事態宣言」によって、大阪市内の事務所へ行くことができないのです。このような事態になると、今年の初めには誰が想像したでしょう。 筆者はA型人間ですが、「物事なるようになる。」「山より大きな獅子は出ぬ。」と、物事をポジティブに捉える性格だと思っています。 しかしながら一方で、長年の銀行員生活から、常にリスク管理を心がける行動が身についています。すなわち、 「これは正しい判断か? 答えは間違っていないか?」 「顧客の反応はどうか? 部下の顔色・態度は日頃と変わりないか?」 等々です。 コンサル生活になってからも一層、「これで良いのか? もっと良い方法はないのか? 360度の角度から見ているか?」を心がけるようにしています。 コロナリスクは突然やってきましたが、相続関連リスクは十分な防止をする準備期間があります。 以下では数種の事例とリスク対処の視点をご紹介します。 今までのコンサル経験をもとに、どのようなリスクがあり、それらを踏まえ、どのようにクライアントへの指摘を行ってきたかをお示しします。 ただし念のため付け加えますと、もちろんすべてが正しい判断だったかどうかはわかりません。 〔具体的事例とリスク対処方法〕 ① 自筆証書の遺言書は法務局で保管してもらうよう勧めよう 今回のコロナ禍のように、世の中いつ災害が起こるかわかりません。同じように、高齢化に伴い、いつ認知症状態になるかもわかりません。 自筆証書遺言のリスクは「どこに保管されているのか」、また「その遺言書が最後に書かれた遺言書かどうか」がわからない点にあります。 現に筆者が経験したケースでは、1995年に発生した阪神・淡路大震災によって、倒壊した家屋の中から、幸いにも自筆証書遺言書が出てきました。おそらく火災により焼却された遺言書も多かったのではと推測されます(本件は残念ながら、要件違反で無効になりました)。 また、友人の歯科医に預けた自筆証書遺言書が、相続発生後もその友人が預かっていることを失念し、結果として遺産分割協議で相続手続がなされました。このような場合、相続人たちの異議がなければよいのですが、第三者への遺贈が書かれていたら大変です。 したがってこれらのリスクを回避するためには、公正証書による遺言書作成がベストなのですが、せっかく今回の相続法改正の一環で、簡易に法務局で自筆証書を保管できる制度ができたわけですから(2020.7.10より)、積極的にその制度を利用するよう勧めましょう。 当然ながら、法務局で遺言書が保管されていることを「推定相続人」へ忘れずに伝えておくことが必要です。 ② 震災時等の特殊な状況下での税務相談は、より慎重に対応しよう 阪神・淡路大震災の被災者が、居住用不動産を売却したいとの相談に来られました。その方の居宅は全壊で、当時私の知り合いの不動産屋を通じ、近くの賃貸マンションに住んでおられました。その間、すでに3年を経過する日の12/31を超えていました。そこで筆者はうっかり「居住用財産を譲渡した場合の3,000万円の特別控除の適用はできません。」と言ってしまいました。 日頃から「譲渡所得」に係るご相談は、十分慎重を期す心得があったつもりなのですが、通常のケースとして回答してしまったのです。 幸いにして時を置かず、私の頭の装置が警告音を発しました。そこで念のため再度調べてみると、「被災時における緊急対応措置としての期限の延長」がなされていました。慌てて売却を勧めたのは言うまでもありません。 しかしながら、これが逆のケースだったらどうでしょう。 すなわち「特例適用不可」にもかかわらず、「大丈夫です!」と回答し、クライアントが安心して即、売却の契約を交わしたとしたら・・・大変な損害を負うことになります。 したがってコンサルの中でも「譲渡所得関連」については、常に細心の注意を払っておく必要があります。 今回のコロナ対策税制も、関連する特例措置がないか、しっかりチェックしておきましょう。 ③ クライアントの保有財産をしっかり把握しておこう 筆者は必ずクライアントに、毎年1年ごとの財産明細表の作成と更新をお願いしています(もちろん私自身もですが・・・)。 過去には某老人ホームの施設長から、入居中の独居老人の相続手続の依頼がありました。相続人は、日頃から付き合いのない甥2人と姪だけとのことです。 問題は故人の財産確定です。施設長はもとより、甥・姪たちも把握できていません。そこで部屋中の関係書類の収集と分析を行い、金融機関等の関係先に照会をし、何とか財産把握に努めましたが、これで完全だという自信がありません。あとは申告後の税務調査で調べてもらうしかない、と考えていました。 ところが、その税務調査すら行われないケースがあるのです。 それは阪神・淡路大震災による案件でした。筆者のクライアントのうち4名の方が亡くなられました。幸か不幸か、そのすべての方の申告後の税務調査はありませんでした(通常のケースでは調査対象の事案でした)。やはり特別な事態だったからでしょう。 しかしながら肝心なことは、故人が作り上げたせっかくの財産が、日の目を見ないままだとしたら・・・もったいない限りです。 このためクライアントには常日頃から、「財産リスト」の作成を指導しておきたいものです。 ④ 相続申告の財産隠しリスクに対する顧客への正しい指導と説明 故意の財産隠しは言うに及ばず、とかくクライアントは自分勝手な解釈で、我々の質問に対し回答するものです。あくまで筆者の私見ですが、特に配偶者(妻)名義の財産は申告したくないという方が多いように感じます。 すなわち妻曰く、「これは私の甲斐性でせっせと節約し、その結果としてヘソクリができたもの。私も夫と協力し作り上げた財産で、夫だけなら絶対にこれだけ溜まらなかったもの。長年絶対にわからないように隠しているから大丈夫!」等々・・・「だからこれは私の財産です!」と。 そんなとき、私はこう言います。 「妻の貢献度合いは、税金制度で評価されています。」 すなわち、①内助の功が認められる夫婦間贈与の特例、②配偶者に対する相続税額の軽減、③配偶者居住権の新設等々で、妻の貢献が配慮されています。」と。 それでも納得されない方には、税の追加負担リスクを付け加えます。 「すべての財産を申告されておられるはずのお客様が、結果として財産隠しをされ、国税局の査察により追徴を受けられました。すなわち、①過少申告加算税②延滞税③重加算税④配偶者に対する相続税額の軽減不適用等々により、多額の余分な税を追加支払いされました。」と。 これらのことは多少オーバー気味でも、きちんと説明することが、結果としてクライアントの正しい納税意識に寄与するものと思っています。 〔老コンサルタントのつぶやき〕 以上ほんの一例でしたが、クライアントの相談を受ける際は、経験した中から極力顧客の要望に応じた解決策を講じることはもちろんのこと、その反対にあたっては必ずそのリスクを伝えることが肝心です。 特に資産運用相談の際は、数多くの参考情報の提供を行い、最終的にはクライアントに決定させる方法をとってきました。 また相続関連相談の場合でも、上記④の事例のように、明らかに脱税を幇助する行為のときは、はっきりとその仕事をお断りしています。 すなわち、顧客のリスクに気をつけることはもちろんのことですが、同時に自分自身のリスク管理を行うことが、結果としてクライアントのためにもなると思っています。 * * * 現在「コロナリスク」は、落ち着く気配がありません(4月下旬現在)。 この稿が掲載される頃には、少しでも愁眉が開くようになってほしいものです。 皆様もくれぐれもご自愛ください。 (了)
《速報解説》 新型コロナウイルス感染症の影響を受け、失効規定付きの会社法施行規則及び会社計算規則の一部を改正する省令が公布される ~事業報告に表示すべき事項等をウェブ開示によるみなし提供制度の対象に~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2020(令和2)年5月15日、「会社法施行規則及び会社計算規則の一部を改正する省令」(法務省令第37号)が公布された。 これは、新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえ、事業報告に表示すべき事項の一部並びに貸借対照表及び損益計算書に表示すべき事項をいわゆるウェブ開示によるみなし提供制度の対象とするためのものである。 今回の改正法務省令については失効が規定されており、施行の日から6ヶ月以内に招集の手続が開始される定時株主総会に係る事業報告及び計算書類の提供に限られている。 なお、「公益上、緊急に命令等を定める必要があるため、意見公募手続を実施することが困難であるとき」に該当するため、意見公募手続は実施していない。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 ウェブ開示によるみなし提供制度の対象となる事項 改正法務省令により、「事業報告等の提供の特則」(会社法施行規則133条の2)及び「計算書類等の提供の特則」(会社計算規則133条の2)が設けられ、次に掲げる事項についてウェブ開示によるみなし提供制度の対象とされた。 次のことに留意する。 2 株主の利益への配慮 上記のウェブ開示をする場合には、株主の利益を不当に害することがないよう特に配慮しなければならない(会社法施行規則133条の2第4項、会社計算規則133条の2第4項)。 どのように株主の利益に配慮するかについては、各社が置かれた個別具体的な事情を踏まえた各社の判断によることとなるが、例えば、上記のウェブ開示の事項について、できる限り早期にウェブ開示を開始することなどが考えられている。 Ⅲ 適用時期等 (了)
2020年5月14日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.369を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第88回】 「附帯決議から読み解く租税法(その1)」 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 はじめに 附帯決議とは、国会において、委員会が法律案を可決する際に本案である法律案に附帯して行う決議で、当該法律の実施に際しての希望、留意事項等を法律案自体とは別個に決議するものである。 決議された内容に法的拘束力は無いが、政府を代表して所管大臣が「決議の趣旨を尊重する」旨を回答するため、一定の政治的効果はあると考えられている(石井和孝「附帯決議に関する国会議員への意識調査」千葉大学人文公共学研究論集38巻48頁(2019))。 本稿では、国会が行う附帯決議が租税法の解釈・適用に如何なる意義を有するかという点について考えることとしよう。 Ⅰ 租税法における附帯決議の例-総額主義か争点主義か- 不服申立ての段階における国税不服審判所では、総額主義が採用されるべきかあるいは争点主義が採用されるべきかという重要な論点がある。これは、いわゆる「理由の差替」を認めるか否かに影響する議論である。 総額主義は、我が国の租税訴訟が採用する原則的考え方であり、審査請求人の主張の範囲に制限されることなく、原処分を適法又は違法とするあらゆる理由が審理の対象となるべきとする考え方であり、結局においては、課税標準等又は税額等の金額の適否が重要な争点となる。 これによれば、理由の差替が認められることになろう。 これに対して、争点主義とは、審理を行うに当たっては、審査請求人及び原処分庁の双方の主張により明らかとなった処分理由に起因する争点に主眼を置いて効率的に行うべきとする考え方である。 すなわち、争点主義においては、原則として理由の差替は認められないことになる。 紛争の一回的解決を尊重するならば、総額主義が優れていると考えられるが、他方で、処分理由の附記が法律上要求されており、かかる処分あっての争いであることを念頭に置けば、処分理由から離れたところでの審理は納税者の救済に資するところが少ないとみることもできる。 けだし、処分理由の明示が要求されるのは、納税者の側での争訟準備のためでもあることに鑑みれば(酒井克彦『行政事件訴訟法と租税争訟』223頁(大蔵財務協会2010)参照。いわゆる「争点明確化機能」。)、争点主義と親和性を有するともいえそうである。 さて、いずれの考え方に従うべきであろうか。 最高裁昭和49年4月18日第一小法廷判決(訟月20巻11号175頁)は、次のように判示している。 これは総額主義を支持した判示である。 その他にも例えば東京高裁昭和48年3月14日判決(行集24巻3号115頁)も次のとおり示し、総額主義を採用している。 このように総額主義を採用する最高裁判決や下級審判断があることに加え、さらに、政府税制調査会は次のように示している(昭和43年7月付け「税制簡素化に関する第三次答申」)。 このように、最高裁も政府税制調査会も総額主義による旨を論じているところであるが、沿革からも検討を加えてみよう。 そこで、次に、沿革からの検討を行うために、昭和45年の国税通則法改正を巡る国会議論を参考としたい。 昭和45年3月17日の第63回国会参議院大蔵委員会における青木一男委員の追及を見てみよう。 これに対して、福田赳夫大蔵大臣(当時)は次の答弁をしている。 このような答弁からすると、国税不服審判所においては争点主義が採用されると考えるべきなのかもしれない。 もっとも、最高裁判決及び政府税制調査会の答申などもあるなかにおいて、この大蔵大臣答弁だけをそのように解する根拠とすることは、いささか心もとないようにも思われる。 むしろ、同審判所が採用すべきが総額主義か争点主義かを決定付けるのは、次に示すように、昭和45年3月24日に行われた参議院大蔵委員会における附帯決議であるといえよう。 なお、衆議院大蔵委員会においても、ほぼ同旨の附帯決議が行われている。 今日においては、国税不服審判所の運営は争点主義的運営が展開されている。 国税不服審判所ホームページに掲載されているパンフレット「審判所ってどんなところ? 国税不服審判所の扱う審査請求のあらまし」(令和元年8月)には、「国税不服審判所の特徴」に関し「争点主義的運営」として次のような記載がある。 また、次にみるとおり、パンフレット「審査請求よくある質問 -Q&A-(審査請求をより詳しく知りたい方へ)」(令和元年8月)においても争点主義を取り入れている点を明らかにしている。 これからも明らかなとおり、現在の国税不服審判所は争点主義を取り入れている。かように、国会における附帯決議が、法律や制度の解釈・適用の手助けとしての重要な意義を有する場合があるのである。 (続く)
谷口教授と学ぶ 税法の基礎理論 【第35回】 「租税法律主義と租税回避との相克と調和」 -不当性要件と経済的合理性基準(1)- 大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 「租税法律主義と租税回避との相克と調和」という主題の下で、第20回から、租税法律主義を基軸にして租税回避に関する種々の論点を検討し、第27回からは租税回避の否認について検討してきたが、その検討の最後に、否認要件としての不当性要件について今回から検討することにする。 第24回では、租税回避の法的評価について、「適法」という法的評価と「不当」という法的評価とに分けて検討したが、それらの法的評価は、租税回避の定義における概念要素の一部を構成するものであり、その意味で理論上の法的評価ともいうべきものであった。ただ、租税立法者は租税回避の否認規定を定めるに当たって、そのような理論上の法的評価としての「不当」の内容(租税回避一般については、税収の確保及び租税負担公平の実現の要請違反、特に税法上の課税減免規定の濫用による租税回避については当該課税減免規定の趣旨・目的違反)を要件化することがある。 そのような実定税法上の否認要件の代表例としては、第25回でみたようにわが国で長い歴史を有する同族会社の行為計算否認規定(法税132条1項等)の不当性要件があり、また、近時の傾向としては、第30回でみた組織再編成に係る行為計算の否認規定(同132条の2)の不当性要件などがある。 今回は、判例及び学説が同族会社の行為計算否認規定の不当性要件の解釈によって形成・展開してきた経済的合理性基準について、今後の検討の前提作業として、その形成・展開の過程を辿っておくことにする。 Ⅱ 判例における経済的合理性基準の形成 1 否認事例の類型化 同族会社の行為計算否認規定は大正12年の所得税法改正によって創設されたが(第25回Ⅱ参照)、その後、課税実務や行政裁判例の積み重ねにより、否認事例が類型化されていった。例えば、鈴木保雄=田口卯一=松井静郎『最新会社税務精説』(賢文館・1938年)382-395頁は「如何なる行為又は計算が否認されるか」との見出しの下、次のとおり述べていた(旧漢字は改めた)。 これらの否認事例の類型は、戦後、基本的には、旧法人税基本通達355(昭和25年9月25日付直法1-100)において11項目に整理され盛り込まれた(各項目に関する検討については、武田昌輔『会社税務精説』(森山書店・1962年)797-813頁参照)。この点に関して、清永敬次教授は、大正12年所得税法及び大正15年所得税法における同族会社の行為計算否認規定の検討を通じて、「否認事例に関してさらに興味ある点は、今日の通達に掲げられている否認類型にあてはまる事例がすべて大正15年法の下での否認事例として存在していたということである。」(同『租税回避の研究』(ミネルヴァ書房・1995年/復刻版2015年)344頁[初出・1962年])と述べておられる。 なお、この通達の定めについては次の指摘がされている(斉木秀憲「同族会社等の行為計算否認規定についての一考察-適用の在り方と金額の適正性-」税大ジャーナル25号(2015年)53頁、60頁)。 ところで、その後、昭和36年7月の税制調査会『国税通則法の制定に関する答申(税制調査会第二次答申)』は「第二 実質課税の原則等」の「三 行為計算の否認」の2(2)で次のとおり意見を述べた。 その結果、「従来同族会社の行為計算の否認規定で処理されてきた低価譲渡、無償譲渡、役員の過大報酬、過大現物出資、無償による役務提供などの場合が、今日の規定でいえば22条2項、5項、34条1項、35条4項、36条、37条5項などの諸規定によって処理できるようになってきて[いる]」(清永・前掲書417頁[初出・1985年])といわれるところであるが、ただ、不当性要件については、昭和36年7月の税制調査会『国税通則法の制定に関する答申の説明(答申別冊)』は「第2章 実質課税の原則等」の「第2節 実質課税の原則に関する諸問題」の「2・3 特殊関係者等の行為計算の否認」の「3 検討と結論」の「(3) 『不当』について」の中で次のように述べていた(下線筆者)。 このように、結局のところ、不当性要件の意味内容の明確化については、裁判所の判断に委ねられたのである。なお、同様のことは、ドイツの租税基本法42条の「濫用」概念の明確化についても認められるところである(拙著『租税回避論』(清文社・2014年)264頁[初出・2008年]参照)。また、これらにおいて示された判断は、租税回避に対する立法的対応と司法的対応との関係を検討する上でも、重要である(同267頁注73[初出・2008年]参照)。 2 否認基準の明確化 否認基準(法人税法の昭和25年改正前は「所得税逋脱ノ目的」・「法人税を免れる目的」要件、同改正後は不当性要件)の明確化について、清永敬次教授は、戦前の行政裁判の検討(同・前掲書第3編第1章[初出・1962年])及び戦後の判例の検討(同「税法における同族会社の行為計算の否認に関する戦後の判例」法学論叢74巻2号(1963年)1頁、9頁以下)の結果、「戦前の行政裁判所時代の判例で積極的にこのような点[=否認基準]について判断をしているものは全くなかったといっていいであろう。これに反して、戦後の判例にはこの問題に正面からとり組んだものがでてきたのである。」(同・前掲論文28頁)と述べ、戦後の判例の態度を分類されているが、そのいわば「総括」として次のとおり述べておられる(同「判批」租税判例百選(別冊ジュリストNo.17・1968年)42頁。下線筆者)。 このような2つの「流れ」がある状況の下で、最判昭和53年4月21日訟月24巻8号1694号は、次のとおり判示して(下掲①)、原審・札幌高判昭和51年1月13日訟月22巻3号736頁の判断(下掲②)を是認した(下線筆者)。 この最高裁判決は、清永教授のいわれる「合理性の基準」(本稿では「経済的合理性基準」という)を採用したものと解される(清永・前掲書404頁注(98)[初出・1982年]参照)。 これと同じく、最判昭和59年10月25日裁判集民143号75頁も、次のとおり判示して(下掲①)、原審・福岡高裁宮崎支判昭和55年9月29日行集31巻9号1982頁の判断(下掲②)を是認した(下線筆者)。 以上の2つの最高裁判決は、基本的には原審判決を是認するにとどまるものであるが、同族会社の行為計算否認規定の適用が争われたその後の判例でしばしば参照されている(例えば、次回検討するIBM事件・東京高判平成27年3月25日訟月61巻11号1995頁もその1つである)ことから、経済的合理性基準を不当性要件の意味内容をなす否認基準として確立したものとみてよいように思われる。 Ⅲ 学説における経済的合理性基準の展開 1 金子宏『租税法』初版から第16版まで 判例における経済的合理性基準の形成を受けて、学説においても経済的合理性基準が展開されてきたが、その主導的役割を果たしてこられたのは金子宏教授である。以下では、金子教授の体系書『租税法』(弘文堂)における叙述に即して、経済的合理性基準の展開をみておくことにする。 金子教授は、同族会社の行為計算否認規定の不当性要件について述べるに当たって、冒頭で、『租税法』の初版(1976年)から一貫して、先に引用した清永教授による判例の「総括」と同じく、次のとおり、「二つの異なる傾向」を指摘してこられた。 上記の叙述は初版238頁からの引用であるが、それは、第2版(1988年)273頁で第1文の前半部分が「これらの規定にいう、税負担の不当な減少を結果すると認められる同族会社の行為・計算とは何かについて」と表現を改め、また、第2文については、「不合理・不自然な行為」が「不合理・不自然な行為・計算」と表現を改め、2つ目の括弧(第12版(2007年)以降は脚注)内に引用判例を追加したほかは、最新版である第23版(2019年)まで一貫して維持されてきた。 金子教授は、上記の叙述に続けて、初版238頁では、2つ目の「傾向」にみられる考え方(本稿でいう「経済的合理性基準」)について次のとおり述べておられた(下線筆者)。 初版の上記引用の叙述については、下線部の後の部分が第2版273-274頁で次のとおり改められた(下線筆者。なお、下線部の前の「容易になしうる行為」が「容易になしうる行為・計算」に表現を改められた)。 この改訂(特に第1文の改訂)は、文章表現にとどまらず、叙述内容にも及ぶものであると考えられるが、改訂の契機となったのは、金子教授が1980年から1981年にかけて公表された「アメリカ合衆国の所得課税における独立当事者間取引(arm's length transaction)の法理-内国歳入法典482条について」(同『所得課税の法と政策 所得課税の基礎理論 下巻』(有斐閣・1996年)254頁以下所収))と、「このような準備作業を基礎として」(同316頁)1983年に公表された「無償取引と法人税-法人税法22条2項を中心として-」(同318頁以下所収)という2つの論文であると推察される。前者では次のとおり(同256頁。下掲①。下線筆者)、後者では次のとおり(同351-353頁。下掲②)述べられているところである。 このように、第2版での改訂は、132条と22条2項(及びこれに相当する内国歳入法典482条)との間に射程の食違いないしズレがあるとの理解を前提にして、初版の「ある行為または計算が経済的合理性を欠いている場合、すなわち独立・対等で相互に特殊関係のない当事者間の行為または計算(アメリカの租税法でarm's length transaction(独立当事者取引)と呼ばれるもの)と異なる場合」(下線筆者)を、「ある行為または計算が経済的合理性を欠いている場合とは、それが異常ないし変則的で租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められる場合のみでなく、独立・対等で相互に特殊関係のない当事者間で通常行なわれる取引(アメリカの租税法でarm's length transaction(独立当事者間取引)と呼ばれるもの)とは異なっている場合をも含む」(下線筆者)に変更したものと解される。 なお、経済的合理性基準の中に、法人税法22条2項(及びこれに相当する内国歳入法典482条)の考え方を持ち込む解釈論は、清永教授が先の引用の中で「合理性の基準による判例の立場は非同族会社についても行為計算の否認を認める立場と容易に結びつくものであろう。」と述べておられるように、経済的合理性基準を採用する判例において、受け入れられやすいものであろう。このことは、例えばいわゆるパチンコ平和事件・東京地判平成9年4月25日訟月44巻11号1952頁の次の判示(下掲①。下線筆者)について明らかに認められる。もっとも、この判決では上記の解釈論のみが不当性要件の解釈適用において前面に出されているように思われるが、課税庁側は次のとおり金子教授の見解をそのまま主張していたこと(下掲②)が注目される(ちなみに、金子教授が『租税法』の中で表はともかく「図」を初めて用いられたのは第10版(2005年)394頁でパチンコ平和事件の事実関係についてであった)。 2 金子宏『租税法』第17版から第22版まで 第2版での前記改訂は第16版(2011年)まで維持されたが(第12版(2007年)からは縦組みが横組みに変更された)、第17版(2012年)431頁では、第2版での前記改訂中の下線部(「そして」)の後の部分が次のとおり改められた。 つまり、「行為・計算が経済的合理性を欠いている場合」とは、第2版以降、「それが異常ないし変則的で租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められる場合のみでなく、独立・対等で相互に特殊関係のない当事者間で通常行なわれる取引(アメリカの租税法でarm's length transaction(独立当事者間取引)と呼ばれるもの)とは異なっている場合をも含む」(下線筆者)とされてきたのに対して、第17版では、「それが異常ないし変則的で租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められる場合のことであ[る]」とされ、「独立・対等で相互に特殊関係のない当事者間で行われる取引(アメリカの租税法でarm's length transaction(独立当事者間取引)と呼ばれるもの)とは異なっている取引の中には、それにあたると解すべき場合が少なくない」とされたのである(以下「第17版改訂前半」という。なお、「・・・・・・)取引の中には」は第18版(2013年)で「・・・・・・)取引には」に改められた)。 また、第2版以降、「したがって、否認の要件としては、経済的合理性を欠いた行為または計算の結果として税負担が減少すれば十分であって、租税回避の意図ないし税負担を減少させる意図が存在することは必要ではないと解される。」とされてきた部分が、第17版では、「この規定の解釈・適用上問題となる主要な論点は、当該の具体的な行為計算が異常ないし変則的であるといえるか否か、その行為・計算を行ったことにつき正当な理由ないし事業目的があったか否か、および租税回避の意図があったとみとめられるか否か、である。」と改められたのである(以下「第17版改訂後半」という)。 第17版での改訂の理由ないし背景事情については、第2版での改訂の場合と異なり、金子教授の論文等から推察することはできないように思われるが、ただ、少なくとも結果論的には、当時争われていたいわゆるIBM事件(訴訟事件としては東京地裁平成23年(行ウ)第407号・平成24年(行ウ)第92号・平成25年(行ウ)第85号)における国側の主張との関係において、改訂内容を理解することができるように思われる(もっとも、IBM事件が取り上げられ概説されたのは、東京地判平成26年5月9日訟月61巻11号2041頁が示された翌年に発行された第20版(2015年)476頁においてであった)。 まず、第17版改訂前半は、東京地裁段階での国側の次の主張(訟月61巻11号2127頁。下線筆者)を受けてなされた改訂であるように思われる。 上記の主張が第2版以降の叙述をベースにしていることは明らかであろうが、ただ、その主張で述べられている2つの「場合」について、第2版以降は「・・・・・・場合のみでなく、・・・・・・場合をも含む」とされている点で、その意味がこれとは異なるように思われる。すなわち、国側の主張からすれば、2つの「場合」について、後者の「場合」を「独立の要件として整理する」(訟月61巻11号2195頁)、「2つの『場合』のいずれかに該当すれば、行為又は計算が経済的合理性を欠いている場合として同項の『不当』性を認定できる」(同号2196-2197頁)というような、国側の主張に対する納税者側の理解が成り立つことになるが、しかしながら、そうすると、国側の主張は、第2版以降の叙述には、文理上適合しないものといわざるを得ないであろう。 つまり、国側は、前記のパチンコ平和事件においては、第2版以降の叙述に文理上も忠実な主張をしていたのに対して、IBM事件においては、それとは文理上異なる主張をしたことになる。このような意味での「誤解」がIBM事件における国側の主張以外に当時どの範囲でみられたのかは定かではないが、ともかくそのような「誤解」を招くことがないようにするために、金子教授は、第17版で2つの「場合」の意味を明確にしようとされたのではないかと推察される。 次に、第17版改訂後半は、要件事実論を踏まえた上での改訂であるかどうかはともかく、また、「先後関係」はともかく、東京地裁段階での国側の主張に対応するものであることは確かであろう。IBM事件・前掲東京地判は、国側の主張を次のとおり整理している(訟月61巻11号2043-2044頁)。 以上のように、第17版での改訂の意味を理解する上で、IBM事件における国・納税者双方の主張や裁判所の判断が重要な意味をもつように思われる。その後、第21版(2016年)478頁では、第17版での改訂が次のとおり(下掲①)改められたが、特に第17版改訂後半の改訂はIBM事件・東京高判平成27年3月25日訟月61巻11号1995頁の次の判示(下掲②)を受けてなされたものと思われる。 その後、第22版(2017年)498-499頁では、第2版以降用いられてきた「正当な理由ないし事業目的」という表現が、第21版での前記改訂において2箇所とも「正当で合理的な理由ないし事業目的」に改められ、末尾の括弧書が次のとおり改訂された。 3 金子宏『租税法』第23版(最新版) 以上において、金子宏教授の体系書『租税法』の改訂の過程を辿りながら、金子教授による経済的合理性基準の展開をみてきたが、最後に、最新版である第23版(2019年)532-533頁の叙述を以下に引用しておこう。 Ⅳ おわりに 以上において、同族会社の行為計算否認規定の否認要件について、戦前は、否認事例の類型化を通じてその解釈適用がされてきたが、戦後は、不当性要件に係る経済的合理性基準が判例によって形成されてきたことを確認した。そして、学説における経済的合理性基準の展開を金子宏教授の見解に即してみてきた。 次回からは、以上の前提作業を踏まえ、経済的合理性基準について検討することにするが、まず、次回はIBM事件における裁判所の判断を検討することにしよう。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q55】 「海外に所在する中古不動産に投資した場合の損益通算制限」 PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 建物を賃貸した場合の所得計算(令和2年まで) 建物の賃貸に係る不動産所得の金額は、その年中の不動産所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とされています。この必要経費には減価償却費が含まれ、原則として、法定耐用年数に応じて定額法で償却費の計算をすることとされています。 ただし、建物を含む中古の資産については、法定耐用年数ではなく、使用可能期間として見積もられる年数か、その見積りが困難である場合には、下記の簡便的な方法(簡便法)により算定した年数(1年未満の端数があるときはその端数を切り捨て、2年に満たない場合には2年とすることとされています)を用いることが認められています。 ① 法定耐用年数の全部を経過した資産 ② 法定耐用年数の一部を経過した資産 また、不動産所得の金額の計算上、損失の額が生じた場合には、他の所得と損益通算されます。不動産所得の金額の計算方法等は、不動産の所在地により異なるものではありませんので、海外に所在する不動産であっても同様に所得計算を行うことになります。 2 令和3年以後に適用となる海外中古建物に係る損益通算制限 海外に所在する不動産は、日本のものと比較して使用期間が長いことが知られています。このため、海外の中古不動産に対して、比較的短い年数となる簡便法を適用して償却計算することが実態とかけ離れ、不動産所得の金額が低く計算されることで、他の所得との損益通算を介して、結果として所得税額が少なく計算されることが問題視されていました。 これに対応するため、令和2年度税制改正で、下記の措置が講じられました。この改正は、令和3年以後に生ずる不動産所得から適用されます。 (1) 国外不動産所得の損失の金額をなかったものとみなす 不動産所得の金額の計算上、国外不動産所得の損失の金額があるときは、当該国外不動産所得の損失の金額に相当する金額は、生じなかったものとみなされます。つまり、他の所得との損益通算ができないことになります。 ここで、「国外不動産所得の損失の金額」とは、国外中古建物の貸付けによる損失の金額のうち、当該国外中古建物の償却費の額に相当する部分の金額とされています。また「国外中古建物」とは、不動産所得を生ずべき業務の用に供した国外にある中古の建物で、簡便法により算定した年数を用いて償却計算するものに限られます。 したがって、海外に所在する中古建物を取得し、当該中古建物を賃貸の用に供して収入を得る場合に、償却計算に簡便法を用いると、この措置の対象となり、損失額のうち償却費の額に相当する部分の金額は、他の所得との損益通算が認められなくなります。 (2) 上記(1)の適用を受けた国外中古建物を譲渡した場合は償却累積額を調整する 業務(貸付)の用に供していた資産の譲渡に係る譲渡所得の金額の計算上控除する当該資産の取得費は、業務の用に供していた期間の償却費の累積額を控除しますが、上記(1)の適用により損益通算が認められなかった国外中古建物については、生じなかったものとみなされた国外不動産所得の損失の金額に相当する金額を、その償却累積額から控除することとされています。 つまり、国外中古建物を賃貸の用に供していた期間に、生じなかったものとみなされた償却費相当額は、当該国外中古建物を譲渡する場合にも償却をしていなかったものとして譲渡所得の金額を計算するということです。 したがって、国外中古建物に投資する場合、賃貸開始から譲渡までの投資期間全体としては、その取得価額全額が(不動産所得計算上の)必要経費又は(譲渡所得計算上の)取得費として所得金額の計算上控除されることになるものの、他の所得と損益通算することで賃貸期間中の所得税額が少なく計算される、ということはなくなりました。 3 本件へのあてはめ 令和2年及び令和3年における不動産所得の金額の計算は、それぞれ下記のとおりです。 (1) 令和2年における計算 ① 総収入金額 ② 必要経費(償却費) (※) 簡便法による償却年数 (22年-20年)+ 20年 × 20% = 6年(定額法償却率:0.167) ③ 所得金額 ※他の所得との損益通算可能 (2) 令和3年における計算 ① 総収入金額 ② 必要経費(償却費) ③ 所得金額 ※他の所得との損益通算不可 4 外国税額控除の適用 本件の海外不動産の賃貸に関して、不動産の所在地国において所得税に相当する税が課される場合、日本での確定申告に際して、外国税額控除を適用できる可能性があります。外国税額控除を受けるためには、確定申告書に一定の書類を添付する必要があります(具体的な計算は【Q24】参照)。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第17回】 「有価証券評価損の税務上の取扱いと事業承継」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 日野 有裕 相談内容 私Gは60歳の会社経営者です。食品加工業Y社を経営し、100%の株式を保有しています。Y社は取引強化のために取引先の上場会社株式を複数社保有していますが、新型コロナウイルスによる経済の混乱により、株価が大幅に下落しました。 また、当社には飲食業を行う子会社Z(Y社が90%株式を保有)がありますが、年明け以降の外国人観光客の減少、さらには外出自粛の影響を受け、大幅な赤字となり、債務超過となってしまいました。Y社の決算期は5月、Z社は3月決算であり、Y社の2020年5月期の決算において、以下の通り、特別損失として有価証券評価損を計上しようと考えています。 ところで、会計において有価証券評価損を計上した時、法人税において損金算入することはできるのでしょうか。法人税法では、評価損は損金として認められないと聞いたことがあります。また、子会社株式も法人税法上の損金とすることは可能でしょうか。 今後も大変厳しい経済状況が続くと想定していますので、法に則った範囲で税金を抑えられればと考えています。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ 法人税法は資産の評価損の計上を原則として認めていませんが、例外として資産に著しい損傷や政令で定める事実が生じた場合に、その損金経理した金額を損金算入することを認めています(法法33②)。 有価証券の評価損は法令68①二に定められていますが、「有価証券の価額が著しく低下したこと」と抽象的な表現となっているため、具体的な判定基準は法基通9-1-7、9-1-9等に定められています。 [1] 上場有価証券の評価損 上場有価証券の「著しい価額の低下」とは、以下2点に該当するものをいいます(法基通9-1-7)。 平成21年より以前は、上記②の「近い将来その価額の回復が見込まれないこと」をどのように判断するかについて実務上の判断指針がなく、有価証券の評価損を損金とすることに躊躇する実務家も多くいました。しかし、平成21年に国税庁が「上場有価証券の評価損に関するQ&A」を公表したことにより、その判断基準が明確になりました。 そのQ&Aには、「法人の側から過去の市場価格の推移や市場環境の動向、発行法人の業況等を総合的に勘案した合理的な判断基準が示される限りにおいては、税務上はその判断基準を尊重する」とあります([Q1]の[解説](3))。 したがって、今回の事例ではA社とC社が上記①に該当しますので、各社毎にその回復可能性を法人が判断して、損金算入するかどうかを判定します。 法人自らが判断することが困難な場合は、証券アナリストによる個別銘柄別・業種別分析等や株式発行法人に関する企業情報など、第三者による根拠の提示も合理的な判断とされています。 [2] 上場有価証券等以外の有価証券評価損 非上場有価証券の評価損を計上できる事実としては、その会社の1株当たりの純資産価額が当該有価証券を取得した時の1株当たりの純資産価額に比しておおむね50%以上下回ることとなったことが挙げられています(法令68①二ロ、法基通9-1-9(2))。 そして、その判定については、上場有価証券の著しい価額の低下の判定を示した法基通9-1-7を準用することになっています(法基通9-1-11)。 今回の事例において、Z社は債務超過になっていることから、1株当たりの純資産額が取得価額の50%以上を下回っています。次に、当該非上場有価証券の回復可能性の判定ですが、「近い将来その価額の回復する見込みがないこと」を合理的に説明できるようにしておく必要があります。 現状は戦後以来、最悪といわれる経済的な混乱の中にあり、私見ではありますが、例えば、以下のような点を説明すれば、「近い将来その価額の回復する見込みがない」に該当すると考えます。 [3] 結論 ご質問のY社の法人税の申告において、評価損を損金にすることができる可能性があるのは、A社、C社、Z社となります。損金処理する場合は、将来の税務調査に備えて「近い将来その価額の回復する見込みがない」と判断した証拠を残しておきましょう。 コロナウイルスによる世界中の経済が混乱する中、経営者は会社、取引先、従業員を守るため、資金繰り等様々な対策を打っていることと推察します。その対策の1つとして、法人税においても損金算入できるものがあるかどうか積極的に検討すべきです。 そして、この混乱が落ち着いたときに、一度会社の株価の試算を顧問税理士に依頼してください。今後、類似業種比準価額の3種類の比較要素や不動産の価格調整により、以前よりは会社の株価が下がる可能性があるため、後継者への株式移転の好機となり得ます。 実際の手続きに際しては、税理士等の専門家に相談することをお勧めします。 (了)