《速報解説》 改訂監査基準に対応した「監査契約時に添付する特別目的の財務諸表の監査報告書又は個別の財務表に対する監査報告書の文例」が公表される ~2020年3月期の監査契約締結に向け新様式の文例を示す~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2019年6月19日、日本公認会計士協会は、「監査契約時に添付する特別目的の財務諸表の監査報告書又は個別の財務表に対する監査報告書の文例」を公表した。 これは、「監査基準の改訂に関する意見書」(2018年7月5日、企業会計審議会)を受け、監査基準委員会報告書210「監査契約の契約条件の合意」では、監査契約書に想定される監査報告書の様式及び内容を記載することを求めていることから(監基報210第8項(5))、2020年3月期の監査契約の締結時期に間に合うように、新様式の監査報告書の文例を示すものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 特別目的の財務諸表の監査報告書に関する取扱い 文例の前提となる状況として、金融機関との借入契約で求められている、会計監査人設置会社以外の非上場の会社が作成する完全な一組の財務諸表に対する任意監査などの多くの前提のもとで作成されているので、利用に際しては注意が必要である。 計算書類の注記に、銀行取引約定書の財務報告条項を遵守するため、会計監査人設置会社に適用される「我が国において一般に公正妥当と認められる企業会計の基準」によらず、「中小企業の会計に関する基本要領」に基づいて、重要な会計方針に記載されている会計方針に従って作成されていることなどの記載や、独立監査人の監査報告書の「強調事項-計算書類等作成の基礎」などについて文例を示している。 2 個別の財務表の監査報告書 文例の前提となる状況として、非上場の会社の個別の財務表である貸借対照表に対する任意監査などの多くの前提のもとで作成されているので、利用に際しては注意が必要である。 独立監査人の監査報告書の「貸借対照表の監査における監査人の責任」などについて文例を示している。 (了)
2019年6月20日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.323を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
日本の企業税制 【第68回】 「経済の電子化に伴う課税上の課題への対応」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴 〇G20財務相会議の声明 去る6月8日から9日にかけて福岡で開催された「G20財務大臣・中央銀行総裁会議」の声明で、デジタルエコノミーの課税上の課題への対応について次のように述べられた。 この声明で承認された作業計画(programme of work)は、5月28~29日に開催された129ヶ国が加盟するBEPS包摂的枠組みの総会で、加盟99ヶ国及びオブザーバー10機関から参集した289名による代表のもと承認され、同月31日に公表されたものである。 この作業計画では、本年1月に公表されたPolicy Noteの分析と、それに関して3月に開催された公聴会(関係各界から400名超が参加)を参考に、①課税権の配分の見直し、②ゼロないし低税率国・地域への利益移転の防止、という2つの主要テーマに沿って、解決すべき技術的課題を指摘するとともに、その解決に向けたスケジュールと検討体制とを明示している。 〇課税権の配分の見直し 作業計画のテーマの1つ目(Pillar One)では、課税権の配分の見直し(new profit allocation rules)と、課税権の根拠(nexus)となるものの見直しが中心的課題となっている。 1月のPolicy Noteにおいては、①ユーザーの参加(user participation)、②マーケティング上の無形資産(marketing intangibles)、③重要な経済的存在(significant economic presence)、という考え方に基づいて利益の配分を行うべきであるという3案が提示されていたところである。 今回の作業計画では、上記3案に共通するのは、市場国・地域により多くの課税権を配分すべきであるということであるという認識に立って、その配分方法について3つの案(①修正残余利益分割法(modified residual profit split method)、②定式配分法(fractional apportionment method)、③distribution-based approach)と、それぞれの案について技術的な検討を進めるべき課題とを提示した。 第一案では、配分の対象となる全体利益(total profits)を計算し、その全体利益からノンルーティーン利益を(例えば移転価格ルールにより)抽出し、さらに、そのノンルーティーン利益のうち市場国・地域へ配分すべきものを(例えば移転価格ルールにより)抽出し、配分すべきノンルーティーン利益を例えば売上をベースに各市場国・地域に配分する、という4段階のプロセスが検討されている。 この考え方は、先のマーケティング上の無形資産(marketing intangibles)をベースに利益配分を行う考え方と整合的な考え方のように見える。理論的にはこれまでの移転価格税制とも共通するものであり、利益配分をより厳密に行うものであるが、それゆえに制度が複雑化するきらいがある。 第二案は、配分の対象となる非居住事業者(又はグループ)の利益(profits)を計算し、一定の配分キー(例えば従業員数、資産、売上、ユーザー数等)を選定し、定式配分するというプロセスである。 この考え方は、先の重要な経済的存在(significant economic presence)に基づき利益配分を行うという考え方と親和的であると考えられる。単純に全世界利益を一定の定式により配分するので簡便ではあるが、これまでの各国・地域の利益配分の状況を大きく変動させるおそれもある。 第三案は、簡便性や実施可能性を念頭に検討されたものであり、ノンルーティーン利益のみならず、マーケティングや販売等に関連するルーティーン利益も対象となる。また、市場国・地域におけるマーケティングや販売等に関連するベースライン利益を画定することが中心となる。なお、ベースライン利益は、企業グループ全体の利益率等により調整することも考えられる。 これら3案を検討するのに併せて、分割する利益はグループ全体計算によるのかビジネスラインごと、あるいは地域ごとのセグメント別に行うのかという論点や、ビジネスの性質・規模による対象の限定(design scoping limitations)、損失の配分、といった論点も検討すべきこととされている。 〇新たなネクサス・ルール また、課税権の配分の前提として課税権の根拠となるものの存在が不可欠であるが、デジタル経済においては、課税権の根拠となる伝統的なPEが必ずしも市場国・地域に存在するとは限らない。そこで、作業計画では、課税の根拠に関する新たなルール(new nexus rules)の策定を提案している。 そこでは、従来のように物理的な存在を前提としない考え方のもと、OECDモデル租税条約のPEの条項を改定するか、あるいは、PEとは別の全く新しい条項を設けるかといった検討課題が挙げられている。 〇ミニマム・タックスの導入 作業計画の2つ目のテーマ(Pillar Two)では、多国籍企業がデジタル経済に関係するか否かにかかわらず、最低限の税を納める制度の構築について検討している。この制度は、税率が低い又は無税の国・地域への利益移転に対抗する(global anti-base erosion(GloBE))ものであり、これまでのBEPSプロジェクトの延長線上にあるものといえる。 今回の作業計画では、国際的に最低税率(minimum rate)を定めた上で、それを下回る国・地域への利益移転に対し、利益を移転されている国が課税できるよう次の相互に関連する2つのルールを提示している。 第1は、最低税率を下回る国・地域に所在する子会社等に帰属する所得を親会社の所得に合算して課税するルール(income inclusion rule)である。 第2は、最低税率を下回る国・地域に所在する関連者への支払い(例:使用料)に対し、支払会社側の国でその支払いに対し課税(損金不算入)するルール(undertaxed payments rule)である。 作業計画では、対象となる関連者支払いの範囲の画定や支払いがundertaxedなのかどうかをどう判定するのか等の技術的な検討課題が指摘されている 〇今後のスケジュール 作業計画によれば、OECDでは、第1の柱に関しては統一的な方策を、第2の柱については利益移転防止策の主要な要素の検討、技術的な作業を進め、来年1月にBEPS包摂的枠組みにおいて長期的な方策の中核的な要素についての勧告を提出することとしている。併せて、政府の歳入、経済成長、投資にどのように影響するかというインパクト評価によって、技術的な作業を補完することが合意されている。 その後、さらに検討を深め、来年末までに最終報告書(final report)を公表する予定である。 (了)
「教育資金」及び「結婚・子育て資金」の一括贈与非課税措置に係る 平成31年度税制改正のポイント 【後編】 太陽グラントソントン税理士法人 パートナー 税理士 日野 有裕 (Ⅰ 教育資金の一括贈与の非課税措置) (4) 贈与者死亡時の取扱い 旧制度では贈与者が死亡した場合の取扱いが定められていなかったが、改正により次の通り定められた。 教育資金管理契約の終了の日までの間に当該贈与者が死亡した場合で、当該死亡前3年以内に受贈者が教育資金の一括贈与の非課税措置を受けたことがあるときは、次に定めるところによる(措法70の2の2⑩、措令40の4の3⑳㉑)。 〈注意〉 ②の規定は平成31年4月1日以降の教育資金の贈与に適用され、もし、平成31年4月1日以前と以降両方の教育資金の残額がある場合は、以下の按分計算により相続財産を計算することになる。 (※) 国税庁「祖父母などから教育資金の一括贈与を受けた場合の贈与税の非課税制度のあらまし」を元に筆者作成。 ただし、上記①から⑤の規定は、当該贈与者死亡の日において、受贈者が次に掲げる場合に該当する場合には適用されない(措法70の2の2⑪)。 (5) 教育資金管理契約の終了と贈与税課税 ① 教育資金管理契約の終了 教育資金管理契約は次に掲げる事由に応じ、それぞれに定める日のいずれか早い日に終了するものとされた(措法70の2の2⑫)。この規定は令和元年(2019年)7月1日より適用される。 ② 贈与税課税 資金管理契約が終了した場合、非課税拠出額から教育資金支出額を控除した残額があるときは、その終了の日の属する贈与税の課税価額に算入する(受贈者が死亡した場合は適用されない。措法70の2の2⑬⑭)。 Ⅱ 結婚・子育て資金の一括贈与の非課税措置 1 はじめに 直系尊属から結婚・子育て資金の一括贈与を受けた場合の贈与税の非課税制度(以下、結婚・子育て資金の一括贈与の非課税措置)は、平成27年度税制改正において、平成31年3月31日までの時限措置として創設された。そして、教育資金の一括贈与の非課税措置と同じく平成31年度税制改正で、格差の固定化につながらないよう一部見直しのうえ、適用期限が2年延長された。 2 制度創設の背景 高齢者が有する資産を若年世代に移転することにより経済活性化を図るとともに、将来の経済的不安が若年層に結婚・出産を躊躇させる大きな要因の一つとなっていることを踏まえ、祖父母や両親の資産を早期に移転することを通じて、子や孫の結婚・出産・子育てを後押しするため、結婚・子育て資金の一括贈与の非課税措置が講じられた。 (※) 以上、財務省「平成27年税制改正の解説」P548より一部抜粋。 3 制度の概要 (1) 適用要件 平成27年4月1日から令和3年3月31日までの間に、所得1,000万円以下の20歳以上50歳未満の個人がその直系尊属(祖父母や父母)から次の贈与を受けた場合、1,000万円までの金額は非課税となる(措法70の2の3①)。 この非課税措置は、この規定の適用を受けようとする受贈者が結婚・子育て資金非課税申告書を取扱金融機関の営業所を通じて、信託される日、預金等を預け入れる日又は有価証券を購入する日までに、当該受贈者の納税地の所轄税務署長に提出した場合に限り非課税措置が受けられる。 (2) 結婚・子育て資金の範囲 (※) 費用の内容や取扱いなどの詳細は、下記内閣府のホームページで確認することができる。 内閣府ホームページ「結婚・子育て資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置」 (3) 贈与者の死亡、結婚・子育て資金管理契約の終了 ① 贈与者の死亡 結婚・子育て資金の一括贈与の非課税措置を受けてから3年以内に贈与者が死亡した場合は、その時点で残っている教育資金残額に対して、受贈者が相続により取得したとみなされる(措法70の2の3⑩)。その結果、相続税の申告が必要になる可能性がある。 ② 結婚・子育て資金管理契約の終了 結婚・子育て資金管理契約は、次の3つの事由のうちいずれか早い日に終了する(措法70の2の3⑪)。また、その際に残額がある場合(受贈者が死亡した場合を除く)は、贈与税が課税されることになる(措法70の2の3⑫⑬)。 4 改正の内容 平成31年度税制改正において、格差拡大の防止の観点から、旧制度にはなかった所得制限が設けられ、受贈者が結婚・子育て資金の一括贈与を受ける前年の合計所得金額(所法2①三十)が1,000万円を超える場合は、非課税措置が適用できないことになった(措法70の2の3①)。この改正は、平成31年4月1日以後に取得する信託受託権又は金銭等に係る贈与税について適用される。 (連載了)
〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第3回】 「代表取締役に対する不相当高額給与の指摘」 税理士 中尾 隼大 ○●○● 解 説 ●○●○ 税務調査の現場において、役員給与に関する最も頻出する論点は、勤務実態のない役員に対する役員給与の損金算入性に関する論点だと思われる。これに対して、勤務実態があるのは当然として、法人を代表し、経営に対する責を負う立場の代表取締役に対する役員給与について、問題となることはほぼ存在していなかったと言えるだろう(※1)。 (※1) 裁判例に目を向けても、勤務実態等に問題がないという前提においては、筆者が調査した限りいわゆる丸中事件(最高裁平成9年3月25日判決;税資222号1226頁)1件程度であると思われる。なお、入院中の代表取締役の報酬を増額したことについて、増額部分は過大役員給与に該当するとした事例として、大分地裁平成20年12月1日判決(税資258号順号11096)があるが、裁判例においても、非常勤取締役や代表者の妻など勤務実態等に注目したものが多い。 また、税務調査の場で指摘され、訴訟にまで発展した結果、納税者の主張が認められた例として、大分地裁平成21年2月26日判決(税資259号順号11147)がある。 このような事情を背景として、極めてアンバランスな金額を設定しない限り、いわば不文律として「代表取締役を対象とした不相当高額給与の指摘はなされない」という認識が従来からあったと思われる。 代表取締役に対する役員給与について指摘する方法を確認すべく、法人税法における役員給与の損金算入性の判断につき、以下、①形式基準、②実質基準という2つの判断基準に触れる。 ① 形式基準 形式基準は、会社法に準じたものとして設定されている。すなわち、会社法361条1項において、役員報酬は定款又は株主総会によって定める旨が示されており、法人税法施行令70条1号ロにおいて、定款や株主総会、社員総会等で定めた支給限度額よりも実際に支給された金額が上回っている場合、当該上回った部分が形式基準による損金不算入額となると定められている。 また、株主総会で限度額総額のみ定め、取締役会で各々の支給額を定めた場合は、当該各々の支給額で判断することとなる。 なお、この形式基準はあくまで会社法上の役員に対する規制であり、例えば本連載【第1回】「CFOのみなし役員該当性」に記載した、法人税法特有のみなし役員については機能しないということとなる。 ② 実質基準 実質基準とは、法人税法施行令70条1号イに規定されており、「役員の職務の内容、その内国法人の収益及びその使用人に対する給与の支給の状況、その内国法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する給与の支給の状況等」から、役員の職務対価として相当であると認められる金額を超えるか否かの判断を行うこととなる。 当該規定の文理上、まず役員の職務内容、次に当該法人の財務状況や使用人給与との対比が行われるべきである。しかし、役員の職務内容がどのように法人の収益に結びついているかの説明は一般に困難であり、使用人給与との比較においても、使用人と役員では職務内容や給与ベース自体が異なるため、使用人から役員へ昇格した等の前例が当該法人になければ、直接的な比較は難しい。 そこで、多くの場合は同業類似法人との比較により過大役員給与の判断がなされている常況にある。 このような同業類似法人の抽出に当たり、課税庁側は、業種・ロケーションを同じくする法人のうち、売上高が対象法人の0.5倍以上2倍以内の法人であることという基準を採用し、一般にこの基準は「倍半基準」と呼ばれている。通常、倍半基準にて抽出された同業類似法人における役員給与額の各最高額の平均値を基準とし、それを超える部分を不相当高額給与であると指摘することが多い(※2)。 (※2) 平成14年6月13日裁決 裁決事例集63巻309頁。 問題は、納税者側が、このような同業類似法人の詳細な役員給与データを有していないことが多く、自社の役員給与額が過大かどうか判断しがたいという点にある。これは、一般には税法の不確定概念と呼ばれている。 しかし、民間統計データや税務雑誌による特集記事などから、事前にある程度の予測可能性が担保され、納税者において役員給与の適正額が判断可能であると認識されており(前述の丸中事件)、これらに加え、当該役員の法人に対する貢献度を説明可能にしておくことが、課税庁による否認リスクを軽減するため必要である。 これらの①形式基準、②実質基準のいずれにも該当する場合、過大とされた金額の多い方が不当に高額な役員給与として損金不算入とされることとなる。 ③ 代表取締役の不相当高額給与 冒頭の通り、代表取締役に対して過大役員給与と指摘された事例はほとんどないと思われてきた。想像ではあるが、代表取締役が法人に対する貢献度がゼロということは一般的にありえないため争点となりにくく、仮に税務調査の現場において指摘した場合、代表取締役の職務内容自体を否定すると捉えられるリスクも存在したためではないかと思われる。 ところが、近年、代表取締役に対する役員給与が不相当に高額であると示した裁判例が現れた。いわゆる残波事件と呼ばれる裁判例である(※3)。 (※3) 地裁:東京地裁平成28年4月22日 税務訴訟資料266号順号12849、高裁:平成29年2月23日 判例集未搭載、最高裁:平成30年1月25日 判例集未搭載。 残波事件の特徴的な点は、売上総利益や使用人給与などの財務内容と役員給与の額双方の上昇の事実を対比したこと、そして抽出した同業類似法人の役員給与の最高額を超える部分を損金不算入としたことである。前述の通り、従来は、同業類似法人の役員給与との比較には平均値が採用されるケースが多かったことを鑑みれば、使用人給与などの財務内容と照らし、代表取締役の役員給与が不相当に高額であると示した点は、上記認識に一石を投じたものと言えるだろう。 なお、平成29年4月25日裁決においても、残波事件と同様の論拠にて、代表取締役への過大役員給与が認定されている。 今一度、役員給与の適正額について、財務内容に照らして適正かという観点から見直しておくことも一案であろう。 (了)
相続税の実務問答 【第36回】 「遺留分減殺請求を受けた場合の更正の請求」 税理士 梶野 研二 [答] 相続人甲氏からの遺留分減殺請求により、あなたは遺贈を受けた財産のうちT市の土地及び銀行預金の一部を甲氏に返還することとなりましたので、そのことが確定した3月18日の翌日から起算して4ヶ月以内に相続税の更正の請求をすることにより、相続税の還付を受けることができます。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 遺留分減殺請求 遺留分権利者は、自己の遺留分を確保するのに必要な範囲で、減殺を請求することができます(民法1031)。遺留分権利者から遺留分減殺請求権の意思表示が受遺者又は受贈者に対してなされると、法律上、当然にその効力が生じ、減殺請求の対象となった財産は、遺留分の限度で遺留分権利者に帰属することとなると考えるのが判例・通説です。 遺留分減殺請求がされた場合、受遺者又は受贈者は遺贈又は贈与の目的物を返還しなければなりませんが、現物の返還に代えて、その価額を弁償することもできます(民法1041)。 2 遺留分減殺請求に伴う相続税の更正の請求 相続税の申告書の提出後に遺留分の減殺請求を受け、当該申告に係る相続税の課税価格が減少することとなった場合には、相続税の更正の請求が認められています(相法32①三)。 (注) なお、減殺請求権を行使した遺留分権利者については、遺留分減殺請求の結果に基づいて、相続税の修正申告書又は期限後申告書を提出することができます(遺留分減殺請求を受けた受遺者等が更正の請求を行った場合において、当該修正申告書又は期限後申告書の提出がされない場合には、遺留分減殺請求権を行使した遺留分権利者に対し、更正又は決定処分が行われます)(相法30①、31①、35③)。 ところで、私法上は、遺留分減殺請求がなされると当然にその効力が生じ、減殺請求の対象となった財産は、遺留分の限度で遺留分権利者に帰属することとなると解されます(上記1参照)。しかしながら、遺留分減殺請求の意思表示がなされたとしても、そのことによって直ちに遺留分減殺請求権者が取得する財産の価額が確定するわけではありません。 すなわち、遺留分に相当する金額の算定が必要になりますし、受遺者や受贈者は遺留分権利者との間で実際に返還する財産について協議をし、また、現物の返還に代えて価額による弁償を選択することもありえることから、遺留分減殺請求により遺留分権利者が取得することとなる財産の価額が確定するまでには、相当の時間を要することとなります。 そうしますと、遺留分減殺請求が行われた後の遺留分権利者及び受遺者等についての相続税の課税価格の計算をすることができるのは、遺留分減殺請求に基づいて遺留分権利者に返還すべき財産又は価額弁償すべき額が確定した後ということになります。 そこで、相続税法第32条第1項第3号は、更正の請求の原因を「遺留分による減殺の請求があったこと」ではなく、「遺留分による減殺の請求に基づき返還すべき、又は弁償すべき額が確定したこと」と定め、その結果申告等に係る相続税の課税価格及び相続税額が過大となったときには、この確定を知った日の翌日から4ヶ月以内に更正の請求をすることができることとしています。 この「返還すべき、又は弁償すべき額」の確定とは、当事者間の協議や調停により返還する財産あるいは現物の返還に代えて弁償する金額についての具体的な合意が成立した場合や判決が確定した場合をいうものと考えられます。当該財産の引渡しや登記、弁償金の支払いがその後に行われることとなったとしても、更正の請求の期限の起算日は、上記の協議や調停による合意の成立の日又は判決の確定の日の翌日であることに変わりはありません。 3 ご質問の場合 叔父様から遺贈を受けたあなたは、相続人の甲氏から遺留分減殺請求を受け、T市の土地と銀行預金の一部を甲氏に引き渡すこととなり、その結果、相続税の課税価格及び相続税額が過大となったとのことですが、相続税の還付を受けるためには合意が成立した本年3月18日の翌日から起算して4ヶ月以内、つまり7月18日までに更正の請求をする必要があります。 甲氏から遺留分の減殺請求を受けた2月4日の翌日、あるいはS市の土地建物の所有権移転登記が行われた4月22日の翌日が更正の請求の期限の起算日になるわけではありませんので、ご注意ください。 平成30年の民法(相続法)の改正により、現物の返還を原則としていた「遺留分減殺請求」の制度が、遺留分の侵害額を金銭で請求する「遺留分侵害請求」に改められました。この改正は、令和元年7月1日以降に開始した相続から適用されます。本稿は、この改正前の民法の規定を前提にしています。 (了)
基礎から身につく組織再編税制 【第5回】 「合併の概要」 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 今回は組織再編税制における「合併」の基本的な考え方について解説します。 1 合併とは 合併とは、会社同士が契約によって1つの会社になることをいい、「吸収合併」と「新設合併」があります。 ① 吸収合併 吸収合併とは、会社が他の会社とする合併であって、合併により消滅する会社の権利義務の全部を合併後存続する会社に承継させるものをいいます(会社法2二十七)。 (※1) 「合併法人」とは、合併により被合併法人から資産及び負債の移転を受けた法人をいいます(法法2十二)。 (※2) 「被合併法人」とは、合併によりその有する資産及び負債の移転を行った法人をいいます(法法2十一)。 被合併法人は合併によって消滅するため、被合併法人の資産及び負債の移転の対価として合併法人から交付される新株等(合併法人株式等)は、被合併法人を経由せずに合併法人から被合併法人の株主に直接交付されます。 法人税法上は、被合併法人から合併法人に資産及び負債が移転し、合併法人から被合併法人に新株等がいったん交付され、直ちに被合併法人から被合併法人の株主に新株等が交付されたものとして考えます。 ② 新設合併 新設合併とは、2以上の会社がする合併であって、合併により消滅する会社の権利義務の全部を合併により設立する会社に承継させるものをいいます(会社法2二十八)。 2 合併の課税関係 合併に係る課税関係を非適格・適格ごとに表にまとめると、次のようになります。なお、今回は合併の課税関係のイメージをつかんでいただくことを目的としているため、現時点で下記の表をすべて理解する必要はありません。 合併法人、被合併法人、被合併法人の株主の課税上の取扱いの詳細については、次回以降で説明していきます。 《適格合併の課税関係》 ※画像をクリックすると、別ページでPDFが開きます。 《合併法人の処理イメージ》 ① 非適格合併 ② 適格合併 ◆合併の基本的な考え方のポイント◆ 合併には、「吸収合併」と「新設合併」の2種類があります。 合併は、被合併法人から合併法人へ資産等が原則時価で譲渡されたものとして取り扱います。 被合併法人の最後事業年度で移転資産等の譲渡損益を原則認識し、株主においても旧株の譲渡損益、みなし配当を原則認識することになります。 特例として適格合併の場合には、被合併法人から合併法人へ資産等を簿価で引き継ぐこととされ、課税は生じず、合併法人は被合併法人の利益積立金額を引き継ぎ、株主においても旧株の譲渡損益、みなし配当を原則計上する必要はありません。 (了)
企業経営と メンタルアカウンティング ~管理会計で紐解く“ココロの会計”~ 【第15回】 「選択は提案方法で変わる」 公認会計士 石王丸 香菜子 ・・・(店内)・・・ *資料* ● 第1事業部で利用している設備は、まもなく買い替え時期になる。新しい設備として、以下の2つが候補にあがっている。 ● どちらの設備も残存価額をゼロとする定額法で減価償却し、耐用年数経過後の売却価値はない。耐用年数を経過した後は、同じ設備を再購入する可能性が高い。 ● PN社の資本コストは税引後10%、法人税率は30%として計算する。 * * * 1 「ナッジ」・・・そっと後押し パソコンにソフトをインストールするときやパソコンの設定を変更する時など、『通常の設定(推奨)』と『カスタム設定』を選べるシーンがよくありますね。たいていの場合、『通常の設定(推奨)』にすでにチェックが入っているので、それをそのまま選ぶ方が多いはずです。 【第10回】でも取り上げましたが、人の判断は、デフォルト(初期設定)に非常に大きな影響を受けます。パソコンのユーザーは、インストールする項目や設定する項目の内容を個々に細かく理解しているとは限りません。そのため、カスタム設定しか選べないとすると、思いがけず不都合な設定になってしまったり、設定にとても時間がかかったりする可能性が高くなります。 そのような状況を回避するために、カスタム設定という選択肢を残しつつも、推奨の設定をデフォルトにしておくことで、ユーザーが適切な判断をできるように誘導してくれているというわけです。 このようなことを、法学者キャス・サンスティーンと経済学者リチャード・セイラーは『』と呼んだことで知られています。『ナッジ』とは、注意や合図のために、軽くひじでつついたり、そっと押したりするという意味の単語で、人がより良い意思決定を自然にできるような仕組みや制度のことを指します。先ほどのデフォルト設定はナッジの一例です。 他にも、例えば、車のシートベルトを締めていない場合に自動で警報音が鳴るシステムなど、人が間違うことを予測して設計された仕組みもナッジの1つです。ナッジの活用は広い分野で模索されており、アメリカでは、401k(確定拠出年金制度)への加入に関し、デフォルト設定を「加入」に変更して加入率を高めることができたことが知られています。 PN社の社長も、デフォルトとして「店長オススメのトッピング」を提示することで、第1事業部長が野菜中心の望ましいトッピングを選べるように、うまく『ナッジ』したようですね。 それでは、社長と第1事業部長が、購入予定の設備に関して正しい意思決定をできるようにするためには、カズノ君はどんな資料を作成して『ナッジ』すればよいでしょうか。 2 意思決定しやすいように変換して資料を作る 今回のように、耐用年数の異なる投資案を比較する場合には、「仮に耐用年数が同じならどちらが得か」を考えると意思決定しやすくなります。それぞれの設備の耐用年数経過後は同じ設備に再び投資すると考え、2年と3年の最小公倍数である6年を想定すると、同じ土俵で2つの案を比較することができます。 また、設備から得られる収入については、どちらのタイプを採用しても年間300万円で同じなので、どちらのタイプを選ぶかという意思決定上は考慮する必要がありません。このように意思決定に全く関連しない項目を、「」と呼ぶことがあります。無関連項目については、データがあるとしても資料から省いてしまうことで、着目すべき点が明確になります。 それでは、具体的に資料を作ってみましょう。 《2年タイプ》 2年タイプについては、2年ごとに再投資して6年間利用すると考えます。すなわち、2年おきに合計3回投資するとして計算します。 ランニングコスト年間70万円は、税引後ベースで49万円のキャッシュ・アウト・フローとなります。また、各年度の減価償却費300万円÷2年=150万円は、法人税を減らす効果を持つので、減価償却費150万円×30%=45万円をキャッシュ・イン・フローと考えます。 各年度のキャッシュ・フローを集計し、これを経過した期間で割引計算すると、以下のようになります。 《3年タイプ》 3年タイプについては、3年目に再投資して6年間利用すると考えます。それ以外は、2年タイプと同じように考えます。 以上より、「設備を再購入して6年間使う」という仮定を置くと、《2年タイプ》よりも《3年タイプ》のほうが、6年間で16万円有利であることがわかります。 このように、入手したデータをそのまま使うのではなく、データを比較できるように条件をそろえたり、不要なデータを省いたりすることで、意思決定しやすい資料を提供することができます。 ◆◇◆今回のキーワード◆◇◆ ▷ 人がより良い意思決定を自然にできるような仕組みや制度のこと。 ▷ ある意思決定をする上で、どちらの案を選んでも変わらない項目のこと。意思決定上は考慮する必要がない。 (了)
企業結合会計を学ぶ 【第19回】 「共同支配企業の形成の判定」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 【第1回】で解説したように、企業結合の分類には、①取得、②共同支配企業の形成、③共通支配下の取引があるが、今回は、共同支配企業の形成の判定について解説する。 結合分離適用指針では、付録として、「〔フローチャート〕 共同支配企業の形成の判定(第175項関係)」があるので、判定に際して利用することが考えられる。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 共同支配企業に関連する定義 次のように定義されている(企業結合会計基準8項、11項、12項)。 共同支配企業は、共同支配投資企業の関連会社となる(財務諸表等規則8条6項4号、会社計算規則2条4項4号)。 〔共同支配〕 ⇒ 複数の独立した企業が契約等に基づき、ある企業を共同で支配することをいう。 〔共同支配企業〕 ⇒ 複数の独立した企業により共同で支配される企業をいい、「共同支配企業の形成」とは、複数の独立した企業が契約等に基づき、当該共同支配企業を形成する企業結合をいう。 〔共同支配投資企業〕 ⇒ 共同支配企業を共同で支配する企業をいう。 Ⅲ 共同支配企業の形成の判定規準 企業結合のうち、次の要件のすべてを満たすものは共同支配企業の形成と判定する(結合分離適用指針175項。一般投資企業に関する結合分離適用指針176項にも注意する)。 企業結合会計基準により、共同支配企業に対する議決権比率は、共同支配企業の形成の判定の対象外とされていることから、結合分離適用指針175項の要件を満たしている場合には、共同支配企業に対する各企業の議決権比率が相違しても、当該企業結合を共同支配企業の形成と判定することになる(結合分離適用指針421項)。 つまり、共同支配企業の形成の判定に際して、議決権比率は要件とされていないので(結合分離適用指針421項)、次に述べる4つの要件を満たすかどうかが重要となる。特に、「共同支配」とは、複数の独立した企業が契約等に基づき、ある企業を共同で支配することと定義されていることから、共同支配となる契約等を締結していることがポイントと解される。 1 独立企業要件 共同支配企業の形成の判定にあたり、共同支配企業へ投資する企業とその子会社、緊密な者及び同意している者は単一企業とみなすことになる(結合分離適用指針177項、423項。「連結財務諸表における子会社及び関連会社の範囲の決定に関する適用指針」(企業会計基準適用指針第22号)8項)。 このため、共同支配企業へ投資する企業がこれらの者のみから構成されている場合には、共同支配企業の形成には該当しない。 2 契約要件 「共同支配企業の形成か否かの判定については、共同支配となる契約等を締結していることが必要」(企業結合会計基準76 項)とされ、議決権比率による判定の代わりに共同支配となる契約等の有無により判定することとされている。 このため、契約要件は共同支配企業の形成の判定にあたり本質的な要件と考えられ、契約書等の記載を踏まえ、実質的な判定を行う必要がある(結合分離適用指針424項)。 共同支配企業の形成の判定にあたり、契約要件を満たすためには、契約等は文書化されており、次のすべてが規定されていなければならない(結合分離適用指針178項、424項、428項)。 次のことに注意する(結合分離適用指針178項、179項)。 3 対価要件① 共同支配企業の形成の判定にあたり、「議決権のある株式」(企業結合会計基準37項(1)、結合分離適用指針175項(3))とは、株主総会において、結合分離適用指針178項(2)に規定されている重要な経営事項に関する議決権が制限されていない株式をいう(結合分離適用指針180項)。 このため、一般に、共同支配企業となる結合後企業が、企業結合の対価として、共同支配投資企業となるすべての企業に対し、議決権に関して同一の権利内容を有する株式を交付していない場合には、共同支配企業の形成には該当しないことになる(結合分離適用指針180項)。 また、共同支配投資企業に交付する共同支配企業の株式の議決権の内容について、差異(優劣)を設けることは共同支配の趣旨に反すると考えられるため、共同支配企業の形成に該当するためには、共同支配投資企業となるすべての企業に対し、議決権に関して同一の権利内容を有する株式を交付しなければならないことになる(結合分離適用指針429項)。 次のことに注意する(結合分離適用指針180項)。 4 対価要件② 企業結合に際して支払われた対価のすべてが、原則として、議決権のある株式であると認められるためには、同時に次の要件のすべてが満たされていなければならないとされている(企業結合会計基準(注7)、結合分離適用指針180-2項、429-2項)。 5 その他の支配要件 共同支配企業の形成の判定にあたり、次のいずれにも該当しない場合には、その他の支配要件を満たしたものとされる(企業結合会計基準(注8)、結合分離適用指針181項、430項)。 (了)
組織再編時に必要な労務基礎知識 Q&A 【Q18】 会社分割にあたり、労働者にはどのような通知が必要か 特定社会保険労務士 岩楯 めぐみ 【A】 承継される事業に主として従事する者及びそれ以外の者で分割契約又は分割計画において労働契約を承継会社が承継する旨の定めがある者に対して、労働者の労働契約を承継会社が承継する旨の分割契約又は分割計画における定めの有無や、労働者が異議を申し出る期限日等の一定の事項を、書面で、通知期限日までに通知しなければならない。 (※) 本稿では、会社分割により事業を分割する会社を「分割会社」、それを承継する会社(新設分割の場合の新設会社も含む)を「承継会社」という。 通知対象 労働契約承継法(2条)では、会社分割にあたり、労働者に対して通知を義務付けている。 この通知の対象となる労働者は、次の①又は②のいずれかに該当する者となる。 つまり、承継される事業に主として従事する者(【Q15】参照)については、分割契約又は分割計画において労働契約を承継会社が承継する旨の定めの有無にかかわらず通知対象となり、承継される事業に主として従事する者以外の者については、分割契約又は分割計画において労働契約を承継会社が承継する旨の定めがある場合にのみ通知対象となる。 なお、正社員だけでなく、パートアルバイト等の非正社員も、上記①又は②に該当すれば通知対象となる。 通知事項 労働者に通知すべき事項は、労働契約承継法(2条)及び労働契約承継法施行規則(1条)の定めにより、次の項目となる。 通知方法 労働者に法定の事項を通知する方法は、書面によらなければならない。したがって、電子メール等で行うことはできない。 なお、厚生労働省より、以下の通り、通知書の例が示されている。 ※画像をクリックすると、別ページでPDFが開きます。 通知期限日 労働者への通知は、労働契約承継法(2条)により、遅くとも、下記のいずれかの日までに実施しなければならない。 なお、上記の通知期限日までに労働者へ通知すればよいが、指針(※)により、株式会社については、会社法に定める分割契約等の本店備置き日又は株主総会を招集するための通知を発する日のうちいずれか早い日に、合同会社については、債権者の全部又は一部が会社分割について異議を述べることができる場合に、当該分割会社が、会社法に定める事項を官報に公告し又は知れている債権者に催告する日と同じ日に行われることが望ましいとされている。 (※) 「分割会社及び承継会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針(平成12年労働省告示第127号)」(第2の1の(1)) (了)