これからの国際税務 【第7回】 「平成30年度税制改正における恒久的施設定義の見直し」 早稲田大學大学院会計研究科 教授 青山 慶二 1 BEPS勧告に忠実な日本 平成30年度税制改正のうち国際課税に関する項目は、ここ数年と同様、G20・OECDが主導する「税源浸食・利益移転(BEPS)プロジェクト」の国際合意を実践するための施策を中心に構成された。すなわち、外国法人課税において帰属主義を適用する上での閾値となる恒久的施設(PE)の定義を、BEPS合意の内容を体現した2017年版OECDモデル条約第5条の規定にほぼ沿った形で、改正したのである。 PEの定義については、租税条約の合意がオーバーライドするため、必ずしも国内法の規定が常に有効となるわけではないが、PE該当性を免れる租税回避の懸念に答えたBEPS勧告を忠実に反映した国内法改正は、我が国のBEPS対応への積極性を誇示するものといえよう。 なお、条約面でPE定義の拡大を目指す条項を含む多国間協定(MLIと略す。我が国は2017.6署名、2018.5国会承認を終え今後批准書をOECDへ寄託の予定)においても、我が国は契約分割対応を除き留保なしで国内法と同趣旨の改正を受入選択しており、この点でも、MLIに未参加の米国や参加しつつもPE規定につき留保が多い英国等の主要国よりも一歩前へ進んでいる。 ところで、PEの定義に関する上記の二元主義立法体系の下では、仮に、MLIより狭く国内法がPE定義を行ったとすると、MLIへの参加は、国内法の求める要件の下で成立する納税義務よりも拡大した納税義務を外国法人等に求めることになってしまう。憲法が保障する租税法律主義の下では、このような事態の発生は許容されないと考えられる。かといって、我が国の国内法のPE規定が、改正前と同様の広範な定義(例えば在庫保有代理人を含む)を残存させると、BEPS勧告の趣旨に違反することになり信用を失う。 以上のことから、今回の条約条項を率直に反映した改正は妥当なものと思われる。 2 具体的改正の内容 PEは、外国法人のみならず非居住者課税の閾値でもあるが、以下では前者に関係する法人税法改正に沿って解説する。 (1) PE定義の改定 支店等PE、建設PE及び代理人PEの3区分の枠組みは維持された。支店PEと代理人PEに係る定義については、法律レベルの改正はなく、いずれも既存の委任条項を活用した政令改正でBEPS対応改正が行われたのに対し、建設PEについては、従来法律レベルで1年超の閾値を含めて定義しきっていたため、新たに政令委任条項を法律に付加して、BEPS防止対応策の細目(存続期間要件等)を政令で規定した。その詳細は以下の通り。 ① 支店PEの見直し 特定活動のみを行う場所をPE除外とする条項も、OECDモデル条約5条4項の規定ぶりに合わせた。すなわち、物品の保管、引渡し、情報収集、基礎研究等の例示活動の定性的な評価のみで判断せず、その活動全体が準備的・補助的活動と判断されるかで判断することとなり、大規模多機能倉庫を利用する業態へのPE認定余地が開かれたのである。なお、例示された活動内容は、すべてモデル条約5条4項と同一のものである。 なお、検証対象が特定活動に一次的に該当しないように法的に構成されていても、個々の「細分化活動」が一体的な業務の一部として補完的な機能を果たす場合には、細分化活動の組み合わせによる活動の全体が当該外国法人の事業の遂行にとって準備的又は補助的な性格のものかどうかが判断されることも明記されている。本取扱いは、支店等PEのみならず建設PEにも同様に適用される。 ② 建設PEの見直し 建設PEについては、存続期間の閾値(1年超)を政令事項としたほか、建設工事等に係る契約が分割して締結されていた場合には、BEPS防止目的で「1年超」の要件を満たすかどうかの判定は、期間の合算により行うことが明示された(ただし、正当な理由により契約を分割した場合は除外)。 契約の分割への対処について、MLIは、建設工事等に係る契約がPE該当を免れることを「主たる目的の1つ」として分割された場合に期間合算すると規定しており、そのような立法方式も想定されたが、我が国では一般的否認規定(GAAR)の特徴を持つそのような規定を国内法レベルに持ち込むことは、時期尚早と判断されたのかもしれない。GAARの採用は、今後の課題と思われる。 ③ 代理人PEの見直し 代理人PEも、モデル条約5条5項の規定に忠実な改正となった。すなわち、従来の契約締結代理人の枠組み(外国法人のために、その事業に関し契約締結権限を有し、かつ、これを反復継続して行使する者)を広げて、「国内において外国法人に代わって、その事業に関し、反復して一定の契約を締結し又は当該外国法人によって重要な修正が行われることなく日常的に締結される一定の契約の締結のため反復して主要な役割を果たす者」を新たに「契約締結代理人等」と規定した。 併せて、対象となる一定の契約の中身については、①当該外国法人の名において締結される契約、②当該外国法人が、所有し、又は使用の権利を有する財産について、所有権を移転し、又は使用の権利を与えるための契約、③当該外国法人による役務の提供のための契約、の3種を特定している。 また、独立代理人を除外する規定も、モデル条約5条6項と同様に別途独立して規定され、内容もそれを忠実に反映したもの(もっぱら又は主として1又は2以上の自己と特殊の関係にある者に代わって行動するものを除外)とされている。 (2) 置換規定の設置 国内法と条約の間に、PE定義に乖離があった場合の優先適用順序につき、解釈上の疑義を立法的に解決する条項(置換条項)を新設した。当該条項は、PEの定義規定である法2条12の19号に概要以下の通り規定されている。 当該条文は、ソースルールに関する139条と同様、条約の規定を国内法化して適用する旨定めるものであり、同一の課税要件につき両法制に抵触があった場合の解釈上の疑義を抜本的に解決するものと期待される。 (了)
〔資産税を専門にする税理士が身に着けたい〕 税法や通達以外の実務知識 【第4回】 「不動産鑑定評価について(その2)」 -対象確定条件- 税理士 笹岡 宏保 基本的な論点 相続財産の評価に当たって、評価通達に基づき算定された評価額が客観的な時価を超えていることが証明されれば、当該評価方法によらないことはいうまでもないとされています。 上記の証明を求めて、相続財産が不動産(土地等、家屋等)である場合には、不動産鑑定士等に不動産鑑定評価を依頼することが通例となります。 この連載では、不動産鑑定評価に関する知識を確認してみることにします。 第2回目となる今回は、鑑定評価を求める不動産の対象確定条件(依頼内容に応じて対象不動産の内容等を確定させるための条件をいいます。)について確認します。 解決への指針 不動産の鑑定評価を行うに当たっては、まず、鑑定評価の対象となる土地又は建物等を物的に確定することのみならず、鑑定評価の対象となる所有権及び所有権以外の権利を確定させる必要があります。 この対象不動産の確定に当たって必要となる鑑定評価の条件を「対象確定条件」といいます。 対象確定条件は、次に掲げる事項を確定するために必要な条件となります。 上記(1)及び(2)に掲げる対象不動産の内容の確定に当たっては、依頼内容に応じて次のような条件により行われるものとされており、税理士等が評価通達によらないいわゆる時価申告を行うに当たって、対象不動産の客観的な時価(交換価値)を不動産鑑定士等に算定してもらう際には必須の伝達情報となるものと考えられます。 (イ) 現状所与の鑑定評価 不動産が土地のみの場合又は土地及び建物等の結合により構成されている場合において、その状態を所与として鑑定評価の対象とすることをいいます(【図1】をご参照)。 【図1】 現状所与の鑑定評価 (注) アミかけ部分が、不動産鑑定評価の対象とされているところ。 (ロ) 独立鑑定評価 不動産が土地及び建物等の結合により構成されている場合において、その土地のみを建物等が存しない独立のもの(更地)として鑑定評価の対象とすることをいいます(【図2】をご参照)。 【図2】 独立鑑定評価 (注) アミかけ部分が、不動産鑑定評価の対象とされているところ。 (ハ) 部分鑑定評価 不動産が土地及び建物等の結合により構成されている場合において、その状態を所与として、その不動産の構成部分を鑑定評価の対象とすることをいいます(【図3】をご参照)。 【図3】 部分鑑定評価 (注) アミかけ部分が、不動産鑑定評価の対象とされているところ。 (ニ) 併合鑑定評価 不動産の併合を前提として、併合後の不動産を単独のものとして鑑定評価の対象とすることをいいます(【図4】をご参照)。 【図4】 併合鑑定評価 (注) アミかけ部分が、不動産鑑定評価の対象とされているところ。 (ホ) 分割鑑定評価 不動産の分割を前提として、分割後の不動産を単独のものとして鑑定評価の対象とすることをいいます(【図5】をご参照)。 【図5】 分割鑑定評価 (注) アミかけ部分が、不動産鑑定評価の対象とされているところ。 * * * 不動産鑑定士等が上掲の対象確定条件について順守しなければならない事項は、次のとおりです。 一方、税務時価評価(評価通達の定めによらずに、当該評価対象財産の価額を時価(客観的な交換価値)により求めるための評価)を不動産鑑定に求める場合には、対象不動産が上記【ロ】に掲げるような状況((A)対象不動産が土地及び建物の結合により構成される場合、(B)対象不動産の使用収益を制約する抵当権等の権利が付着している場合)であっても、独立鑑定評価を行う必要があり現状所与の鑑定ではその目的を達することはできませんので留意する必要があります。 (了)
組織再編税制の歴史的変遷と制度趣旨 【第39回】 公認会計士 佐藤 信祐 (《第5章》 平成18年度税制改正) 7 非適格合併等により移転を受ける資産等に係る調整勘定の損金不算入 (1) 導入の経緯 平成18年度税制改正前は、退職給付引当金を含む負債性引当金の取扱いが明確ではなかった(※1)。さらに、平成18年度から企業結合会計、事業分離等会計が導入された結果、会計上、「営業権」と「のれん」の概念が明確に区別され、貸借対照表における表示のほとんどは「のれん」に改められた。 (※1) 『平成18年版改正税法のすべて』365頁。 このような会計上の取扱いの変化に対応し、法人税法において、資産調整勘定及び負債調整勘定という新たな概念が導入されることになった(※2)。具体的には、以下のものが規定されている。 (※2) 前掲(※1)365-366頁。 これらの基本的な考え方は、パーチェス法における以下の概念に対比していると考えられる。 上記のうち、法人税法62条の8第1項では、資産調整勘定の概念について規定されており、非適格合併等により交付した合併法人株式等、金銭その他の資産(以下、「合併対価資産」という)の合計額から、移転を受けた資産及び負債の時価純資産価額を控除した金額として計算が行われる。すなわち、合併対価資産の時価を個別の資産及び負債の取得価額に「配分」し、配分残余の部分について「資産調整勘定(又は差額負債調整勘定)」に「配分」するという考え方が採用されている。そのため、資産調整勘定は、単なる差額概念であり、それ単独で評価されるものではないということが言える。 このように、合併対価資産の時価から資産調整勘定の金額を算定するという考え方は、法人税法施行令8条に規定されている増加資本金等の額の計算の考え方と整合的であると言える。 〈合併における受入処理(イメージ図)〉 ただし、非適格合併を行った場合には、被合併法人から合併法人に対して資産及び負債を移転し、合併法人から被合併法人に対して合併対価資産が交付されたとみなすため(法法62①)、時価と異なる合併比率であった場合に、寄附金又は受贈益を認識した後の合併対価資産の時価により資産調整勘定を計算すべきなのかが問題となる。 この点については、条文上、寄附金又は受贈益を認識した後の合併対価資産の適正な時価に基づいて資産調整勘定を認識することが明らかにされている。そして、法人税法62条1項に規定する被合併法人又は分割法人における譲渡損益の計算においても、寄附金又は受贈益を認識した後の適正な時価に基づいて譲渡損益を認識すべきであると考えられる。 そして、「当該資産の取得価額の合計額が当該負債の額の合計額に満たない場合には、その満たない部分の金額を加算した金額」と規定されている。 このような規定が設けられた理由は、時価純資産価額が資産の取得価額から負債の額を控除して算定することから、時価純資産価額がマイナスになることはあり得ないため、負債の額が100であり、資産の取得価額が30であり、合併対価資産の時価が300である場合に、時価純資産価額を超える金額(300)に満たない部分の金額(70)を加算することで、資産調整勘定を370として計算できるようにしたものであると考えられる(※3)。 (※3) 前掲(※1)366頁参照。 (2) 非適格合併等の範囲 非適格合併を行った場合には、資産調整勘定及び負債調整勘定を認識すべきであることは明らかであるが、非適格分割、非適格現物出資、事業譲受けについては、非適格分割等の直前において行う事業及び当該事業に係る主要な資産又は負債のおおむね全部が当該非適格分割等により当該非適格分割等に係る分割承継法人等に移転するものに限定されている。 このような規定が設けられた趣旨として、 と解説しているものの(※4)、「この制度が負債に関する実務的な問題に対応する観点から設けられているといった趣旨を踏まえ、広範な適用が望まれるところです。」(※5)としていることからも、単なる従業員の転籍に伴う退職給付引当金の引継ぎについてはともかくとして、一般的に資産調整勘定、差額負債調整勘定が生じる取引については、なるべく資産調整勘定、差額負債調整勘定の認識を認めようとしていることが分かる。 (※4) 前掲(※1)366頁。 (※5) 前掲(※1)367頁。 そのため、「当該非適格分割等の直前において行う事業及び当該事業に係る主要な資産又は負債のおおむね全部が当該非適格分割等により当該非適格分割等に係る分割承継法人、被現物出資法人又は譲受け法人に移転をするもの」としているが、税制適格要件における主要資産等引継要件のような厳格なものではないと考えられる(※6)。 (※6) 『平成18年度改正税法のすべて』367頁では、主要な資産を引き継ぐのではなく、賃貸する場合であっても、法人税法施行令123条の10第1項の要件を満たすことが明らかにされている。 (3) 資産等超過差額 資産調整勘定を認識した場合には、5年間の均等償却により、将来の課税所得を圧縮することができる(法法62の8④⑤)。しかし、法人税法施行規則27条の16では、下記の場合には、資産調整勘定としてなじまないことから、資産等超過差額として処理することにより、将来の課税所得の圧縮を行うことができないこととしている。 しかし、上記ロについては、条文構成上、寄附金の規定が資産等超過差額の規定よりも優先的に適用されるため、実際に適用されることは稀であると考えられる。 なお、資産等超過差額は、資産調整勘定のように損金の額に算入することは認められていないが、資産としての扱いまでは否定されていない(※7)。このことから、資産調整勘定を資産として捉えたうえで、組織再編税制上、時価純資産超過額が繰越欠損金を超える場合の特例(法令113、123の9)における時価純資産超過額の算定上、資産調整勘定を含めて計算すべきであるという解釈に繋がっていくことになる。この点については、本連載のどこかで解説する予定である。 (※7) 前掲(※1)368頁。 * * * 次回では、第6章として、平成19年度税制改正について解説を行う予定である。 (了)
小規模宅地等の特例に関する 平成30年度税制改正のポイント 【第2回】 「貸付事業用宅地等の見直し」 税理士 風岡 範哉 平成30年度税制改正により、平成30年4月1日以後の相続等から、いわゆる“家なき子特例”や“貸付事業用宅地”に係る小規模宅地等の特例の要件が厳格化された。 前回に続き、今回は貸付事業宅地等の特例の見直しについて確認していきたい。 1 貸付事業用宅地等の特例の概要 小規模宅地等の特例は、特定事業用宅地等、特定居住用宅地等、特定同族会社事業用宅地等及び貸付事業用宅地等のいずれかに該当する宅地等であることが必要となる。 このうち「貸付事業用宅地等」とは、相続開始の直前において被相続人等の貸付事業の用に供されていた宅地等で、下記〔図表2〕の区分に応じ、それぞれに掲げる要件の全てに該当する被相続人の親族が相続又は遺贈により取得したものをいう(措法69の4③四)。 なお、貸付事業とは、不動産貸付業、駐車場業、自転車駐車場業及び準事業(事業と称するに至らない不動産の貸付けその他これに類する行為で相当の対価を得て継続的に行うもの)が該当する(措令40の2⑥)。 貸付事業用宅地等に該当する場合は、被相続人が所有する全ての土地のうち限度面積200㎡まで50%の減額をすることができる(措法69の4①二・②)。 〔図表2〕 貸付事業用宅地等の要件 2 問題点 貸付用不動産は、居住用不動産や事業用不動産に比べて、制約が少ないことから、購入しやすく売却もしやすい。 そこで、一時的に現金を不動産に換え、特例を適用して相続税負担を軽減するケースが問題とされていた。 3 改正点 今回の税制改正において、相続開始前3年以内に貸付けを開始した不動産については、小規模宅地等の特例の対象から除外することとされた。 ただし、相続開始前3年を超えて事業的規模(※)で貸付事業を行っている者が貸付事業の用に供しているものを除く。 4 適用時期 上記の改正は、前回の特定居住用宅地等の特例の見直しと同様に、平成30年4月1日以後に相続又は遺贈により取得する宅地等に係る相続税について適用される(H30所法等附118①)。ただし、経過措置が設けられているため留意が必要である。なお、両改正の経過措置については次回で解説することとする。 (了)
平成30年度税制改正における 所得控除の見直しと実務への影響 【第2回】 「源泉等実務における留意点」 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 前回解説したように、平成30年度税制改正により給与所得控除、公的年金等控除、基礎控除の控除額に見直しが行われた。これらの見直しは、源泉徴収と年末調整の実務に影響を与える。 控除額の見直しは、平成32年(2020年)分以後の所得税に適用される改正事項であり、実際に対応するのは少し先になるが、ここ数年、源泉徴収と年末調整の実務に影響する改正が多かったため、全体を整理し早めの準備を心がけたい。 【1】 源泉徴収実務への影響(平成32年(2020年)1月以後の源泉徴収) 控除額の見直しにより、源泉徴収実務に次の影響がある。 ◇税額表等の改正(所法別表第2、第3、第4) ・「給与所得の源泉徴収税額表(月額表、日額表)」 ・「賞与に対する源泉徴収税額の算出率の表」 ◇同一生計配偶者、扶養親族、源泉控除対象配偶者、勤労学生の所得金額要件の改正 ・同一生計配偶者、扶養親族:合計所得金額48万円以下(改正前38万円以下) ・源泉控除対象配偶者:合計所得金額95万円以下(改正前85万円以下) ・勤労学生:合計所得金額75万円以下(改正前65万円以下) (1) 税額表等の改正 給与所得控除の見直しに伴い、「給与所得の源泉徴収税額表(月額表、日額表)」及び「賞与に対する源泉徴収税額の算出率の表」が改正された。平成32年(2020年)1月以後の源泉徴収においては、改正後の表を適用する。 (2) 同一生計配偶者、扶養親族、源泉控除対象配偶者、勤労学生の所得金額要件の改正 前回解説したとおり、この改正は、控除額の見直しの前後で扶養親族等の範囲が変わらないようにするための措置である。したがって、改正前後で扶養親族等の対象となる者の範囲に変更はない。 なお、扶養親族等のうちに公的年金等の受給者がいる場合には、当該扶養親族等の合計所得金額の計算において、公的年金等控除の見直しが影響する点に注意が必要である。 【2】 年末調整実務への影響(平成32年(2020年)分以後の年末調整) 控除額の見直しにより、年末調整実務に次の影響がある。 ◇「年末調整のための給与所得控除後の給与等の金額の表」の改正(別表第5) ◇「給与所得者の基礎控除申告書」の受理 ◇所得金額調整控除の適用に係る申告書の受理 (1) 「年末調整のための給与所得控除後の給与等の金額の表」の改正 給与所得控除の見直しに伴い、「年末調整のための給与所得控除後の給与等の金額の表」が改正された。平成32年(2020年)分以後の年末調整には、改正後の表を適用する。 (2) 「給与所得の基礎控除申告書」の受理 平成32年(2020年)分以後の所得税においては、合計所得金額が2,400万円を超えると基礎控除の控除額が逓減し、2,500万円を超えると基礎控除は適用されないこととなる(所法86①)。 この見直しに伴い、年末調整で基礎控除の適用を受ける場合には、合計所得金額の見積額を申告することとされた。具体的には、新たに設けられる「給与所得者の基礎控除申告書」を、その年最後に給与等の支払を受ける日の前日までに、給与等の支払者に提出する(※)。 (※) 所得税法上は、「給与所得者の扶養控除等申告書」等と同様に、給与等の支払者経由で納税地の所轄税務署長に提出することとされている。なお、本稿公開日現在において様式は未公表。 「給与所得者の基礎控除申告書」には、以下の事項を記載することとされている(所法195の3①三、所規74の5①)。 (3) 所得金額調整控除の適用に係る申告書の受理 給与収入が850万円を超える所得者で、本人が特別障害者に該当するか、23歳未満の扶養親族、又は特別障害者である同一生計配偶者若しくは扶養親族(以下、扶養親族等という)を有する場合には、控除額の見直しにより税負担が増えないよう、給与所得から所得金額調整控除の金額を控除することとされた(措法41の3の3)。 所得金額調整控除は、年末調整で適用を受けることが可能である。年末調整で適用を受ける場合には、その年最後に給与等の支払を受ける日の前日までに、給与等の支払者に対し一定の申告書を提出する(※)(措法41の3の4)。 (※) 所得税法上は、「給与所得者の扶養控除等申告書」等と同様に、給与等の支払者経由で納税地の所轄税務署長に提出することとされている。なお、本稿公開日現在において様式は未公表。 この申告書には、以下の事項を記載することとされている(措法41の3の3の4①、措規18の23の3①)。 * * * 平成32年(2020年)分の年末調整では、控除額の見直しだけでなく、年末調整手続の電子化への対応も必要となる。源泉徴収と年末調整の実務が大きく変わることを意識しておきたい。 (連載了)
〔平成30年4月1日から適用〕 改正外国子会社合算税制の要点解説 【第9回】 「部分合算課税③」 -各特定所得の計算(損益通算グループ所得)- 税理士 長谷川 太郎 1 押さえておきたいポイント(再掲) 2 損益通算グル-プ所得の内容及び留意点 (注) 非損益通算グル-プ所得(①~⑥)の内容及び留意点については前回(第8回)を参照されたい。 ⑦ 有価証券の譲渡損益(措法66の6⑥四、措令39の17の3⑨~⑫) 有価証券の譲渡損益に係る特定所得は、以下の計算により算出される。 (※1) 持株割合25%以上の株式の譲渡を除く。 (※2) 譲渡原価の計算は、有価証券の種類ごとに移動平均法または総平均法による計算を行い、選定した方法は原則として継続適用だが、変更をする場合にはあらかじめ納税地の所轄税務署長の承認を受けなければならない。 ⑧ デリバティブ取引に係る損益(措法66の6⑥五、措規22の11⑥~⑫) デリバティブ取引に係る利益の額または損失の額が特定所得となる。 具体的には、デリバティブ取引に係る利益の額または損失の額につき法人税法第61条の5の規定その他法人税に関する法令の規定(法人税法第61条の6(繰延ヘッジ処理による利益額または損失額の繰延べ)を除く)の例に準じて計算した場合に算出される金額とされている。 ただし、以下の取引は対象から除外されている。 ⑨ 外国為替差損益(措法66の6⑥六、措令39の17の3⑬、措規22の11⑬) 部分対象外国関係会社が行う取引またはその有する資産若しくは負債につき外国為替の売買相場の変動に伴って生ずる利益の額または損失の額が特定所得とされている。 ただし、その行う事業(外国為替の売買相場の変動に伴って生ずる利益を得ることを目的とする投機的な取引を行う事業を除く)に係る業務の通常の過程において生じる(※3)利益の額または損失の額は対象から除外されている。 (※3) 「平成29年度改正 外国子会社合算税制に関するQ&A(情報)」のQ15において、「業務の通常の過程において生じる」か否かの解説がされており、外国為替取引は一般的に「実需取引」と「投機取引」に分けることができ、「実需取引」が「業務の通常の過程において生じる取引」に該当するとされている。 ⑩ その他の金融所得(措法66の6⑥七、措令39の17の3⑭) 「剰余金の配当等」「受取利子等」「有価証券の貸付けの対価」「有価証券の譲渡損益」「デリバティブ取引に係る損益」「外国為替差損益」に掲げる金額に係る利益の額または損失の額(これらに類する利益の額または損失の額を含む)を生じさせる資産の運用、保有、譲渡、貸付けその他の行為により生ずる利益の額または損失が「その他の金融所得」とされている。 具体的には、以下の損益が「その他の金融所得」に含まれるものとして例示されている。 (*) 財務省「平成29年度税制改正の解説」P708より抜粋 ⑪ 無形資産等の譲渡損益(措法66の6⑥十、措令39の17の3㉒) 無形資産等の譲渡損益に係る特定所得は、以下の計算により算出される。 (※4) 以下の譲渡は、対象範囲から除外されている(使用料と同様)。 (イ) 部分対象外国関係会社が無形資産等の研究開発を主として行ったことにより取得している無形資産等の譲渡対価の額 (ロ) 部分対象外国関係会社が相当の対価を支払い無形資産等を取得し、かつ、その無形資産等をその事業(株式等若しくは債券の保有、無形資産等の提供または船舶若しくは航空機の貸付けを除く)の用に供している場合のその無形資産等の譲渡対価の額 (了)
〈Q&A〉 印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第59回】 「不動産譲渡契約書及び建設工事請負契約書に関する 軽減措置の延長(平成30年度税制改正)」 税理士・行政書士・AFP 山端 美德 平成30年度税制改正により、平成30年4月に租税特別措置法の一部が改正され、「不動産譲渡契約書」及び「建設工事請負契約書」の印紙税の軽減措置について、適用期限が延長されたとのことですが、延長された適用期限と軽減措置の内容について教えてください。 平成30年3月31日公布の「所得税法等の一部を改正する法律」により、租税特別措置法の一部が改正され、「不動産譲渡契約書」及び「建設工事請負契約書」については、平成30年4月1日から平成32年(2020年)3月31日までに作成されるものについても、印紙税の軽減措置が適用されることとなった(措法91)。 [軽減措置の範囲] (1) 不動産の譲渡に関する契約書(第1号の1文書) 軽減措置の対象となる契約書は、第1号の1文書のうち、「不動産の譲渡に関する契約書」に限られるので、鉱業権、無体財産権、船舶若しくは航空機又は営業の譲渡に関する契約書は、軽減税率の対象とはならない。 (※) 不動産の譲渡に関する契約と同号に掲げる他の契約が併記された契約書も軽減措置の対象となる。 (例) 建物の譲渡金額3,000万円と定期借地権の譲渡金額1,500万円に関する内容が一の契約書中に記載されていた場合 ・・・契約金額は建物の譲渡金額と定期借地権の譲渡金額の合計4,500万円となり、印紙税額は10,000円となる。 (2) 請負に関する契約書(第2号文書) 軽減措置の対象となるのは、第2号文書のうち、建設業法第2条第1項に規定する建設工事の請負に係る契約書に基づき、作成される請負契約書とされている。 したがって、建設工事に該当しない、建物の設計、建設機械等の保守、船舶の建造又は家具・機械等の製作等のみを定める契約書は、軽減税率の対象とはならない。 (※) 建設工事の請負に関する契約と建設工事以外の請負に係る事項が併記された契約書も軽減措置の対象となる。 (例) 建物建設工事の契約金額5,000万円とその建物の保守金額300万円に関する内容が一の契約書中に記載されていた場合 ・・・契約金額は建物建設工事の契約金額とその建物の保守金額の合計5,300万円となり、印紙税額は30,000円となる。 〔建設工事の種類(建設業法第2条第1項、同法別表)〕 また、不動産の譲渡契約及び建設工事の請負契約については契約の成立を証明するために作成する文書が軽減税率の対象となることから、文書の名称は問わず、変更契約書や補充契約書等も該当することとなる。 軽減税率の対象となる印紙税の税率は、以下の表のとおりである。 (了)
〈事例で学ぶ〉 法人税申告書の書き方 【第26回】 「別表6(26) において被災雇用者等を雇用した場合の法人税額の特別控除、において避難対象雇用者等を雇用した場合の法人税額の特別控除又はにおいて避難対象雇用者等を雇用した場合の法人税額の特別控除に関する明細書」 公認会計士・税理士 菊地 康夫 Ⅰ はじめに 本連載では、法人税申告書のうち、税制改正により変更もしくは新たに追加となった様式、実務書籍への掲載頻度が低い様式等を中心に、簡素な事例をもとに記載例と書き方のポイントを解説していく。 第26回目は、書籍等での掲載頻度が少ない東日本大震災関連税制のうち、実務では比較的使うケースがある「別表6(26) 復興産業集積区域において被災雇用者等を雇用した場合の法人税額の特別控除、企業立地促進区域において避難対象雇用者等を雇用した場合の法人税額の特別控除又は避難解除区域等において避難対象雇用者等を雇用した場合の法人税額の特別控除に関する明細書」を採り上げる。 (※) 平成30年度税制改正を受け法人税申告書の様式が改訂されましたが、この別表6(26)は変更されていません。 Ⅱ 概要 この別表は、法人が「東日本大震災の被災者等に係る国税関係法律の臨時特例に関する法律」(以下「震災特例法」という)第17条の3第1項(復興産業集積区域において被災雇用者等を雇用した場合の法人税額の特別控除)、第17条の3の2第1項(企業立地促進区域において避難対象雇用者等を雇用した場合の法人税額の特別控除)又は第17条の3の3第1項(避難解除区域等において避難対象雇用者等を雇用した場合の法人税額の特別控除)の規定の適用を受ける場合に作成する。 (1) において被災雇用者等を雇用した場合 これは、認定地方公共団体(東日本大震災の特定被災区域のうち復興推進計画につき内閣総理大臣の認定を受けた地方公共団体)の一定の要件を満たす適用対象法人が、その指定があった日から同日以後5年を経過する日までの適用期間内の日を含む各事業年度において、被災雇用者等に対して給与等を支給する場合、その支給する給与等の額の10%相当額につき、その適用年度において税額控除が受けられる制度である。 この制度の適用対象法人は、次の要件を全て満たしている必要がある。 また、この制度の対象となるとは、認定地方公共団体の作成した認定復興推進計画に定められた復興産業集積区域内に所在する産業集積事業を行う事業所に勤務する次のいずれかに該当する者をいう。 この制度による税額控除限度額は、次のとおりである。 適用期間内の被災雇用者等に対する給与等の支給額 × 10%(※) ➡ ただし、その適用年度の調整前法人税額の20%相当額を超える場合には、その20%相当額が限度額となる。 (※) 平成31年4月1日から平成33年3月31日までの間に指定を受けた法人が被災雇用者等に支給する給与等については7%となる。 (2) において避難対象雇用者等を雇用した場合 これは、福島復興再生特別措置法第24条の規定に基づき提出企業立地促進計画の提出があった等の一定の日以後3年を経過する日までの間に、避難解除等区域復興再生推進事業実施計画について福島県知事から一定の要件を満たす適用対象法人が、その認定があった日から同日以後5年を経過する日までの適用期間内の日を含む各事業年度において、避難対象雇用者等に対して給与等を支給する場合、その支給する給与等の額の20%相当額につき、その適用年度において税額控除が受けられる制度である。 この制度の対象となるとは、福島県知事が内閣総理大臣に提出した企業立地促進計画に定められ企業立地促進区域内に所在する避難解除等区域復興再生推進事業を行う事業所に勤務する次のいずれかに該当する者をいう。 この制度による税額控除限度額は、次のとおりである。 適用期間内の避難対象雇用者等に対する給与等の支給額 × 20% ➡ ただし、その適用年度の調整前法人税額の20%相当額を超える場合には、その20%相当額が限度額となる。 (3) において避難対象雇用者等を雇用した場合 これは、福島復興再生特別措置法第37条の規定に基づき避難解除区域等に係る避難指示が解除された等の一定の日以後3年を経過する日までの間に、福島県知事の一定の要件を満たす適用対象法人が、その確認があった日から同日以後5年を経過する日までの適用期間内の日を含む各事業年度において、避難対象雇用者等に対して給与等を支給する場合、その支給する給与等の額の20%相当額につき、その適用年度において税額控除が受けられる制度である。 この制度の対象となるとは、避難解除区域等内に所在する事業所に勤務する次のいずれかに該当する者をいう。 この制度による税額控除限度額は、次のとおりである。 適用期間内の避難対象雇用者等に対する給与等の支給額 × 20% ➡ ただし、その適用年度の調整前法人税額の20%相当額を超える場合には、その20%相当額が限度額となる。 ▼ 注意!▼ これらの制度の適用を受けるためには、確定申告書等に、控除の対象となる給与等の額、控除を受ける金額及びその金額の計算に関する明細を記載した書類を添付し、かつ、給与等の支給を受けた者が被災雇用者等又は避難対象雇用者等に該当することを明らかにする書類の保存が必要となる。 Ⅲ 「別表6(26)」の書き方と留意点 (1) 設例 (2) 今回の別表が適用される事業年度 平成29年4月1日以後終了する事業年度。 (3) 別表の記載例 ※画像をクリックすると、別ページでPDFが開きます。 (4) 別表の各記載欄の説明 「被災雇用者等を雇用した場合」 「避難対象雇用者等を雇用した場合」 「法人税額の特別控除額の計算」 (了)
連結会計を学ぶ 【第19回】 「子会社の時価発行増資等」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 前回まで、親会社における子会社株式の追加取得や売却により、資本連結手続がどのように行われるのかについて解説してきた。 今回は、子会社において時価発行増資等が行われた場合の資本連結手続について、「連結財務諸表に関する会計基準」(企業会計基準第22号。以下「連結会計基準」という)及び「連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針」(会計制度委員会報告第7号。以下「資本連結実務指針」という)にしたがって解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 子会社の時価発行増資等 1 基本的な会計処理 子会社の時価発行増資等に伴い、親会社の払込額と親会社の持分の増減額との間に差額が生じた場合(親会社と子会社の支配関係が継続している場合に限る)には、当該差額は資本剰余金として処理する(連結会計基準30項)。 そして、子会社の時価発行増資等に伴い生じる差額の計算に関しては、売却持分及び増額する非支配株主持分は、親会社の持分のうち売却した株式に対応する部分として計算する方法に準じて処理すると規定されている(連結会計基準注解(注9)(1)(3))。 2 子会社の時価発行増資等に伴い親会社の持分が増減した場合の処理 子会社の時価発行増資等に伴い、親会社の引受割合が増資前の持分比率と異なるために増資後の持分比率に変動が生ずる場合、一旦、従来の持分比率で株式を引き受けたように算定する。 そして、その後に追加取得(親会社の持分比率が増加する場合)又は一部売却(親会社の持分比率が減少する場合)を行ったものとみなして会計処理する(資本連結実務指針47項)。 この場合、追加取得とみなす場合のみなし取得価額は、増資額のうち、親会社が従来の持分比率により引き受けたとみなした金額を上回る実際引受額であり、また、一部売却とみなす場合のみなし売却価額は、従来の持分比率により引き受けたとみなした金額を下回る実際引受額である。 株式の発行価格が増資前の1株当たり純資産額と等しければ、みなし取得価額又はみなし売却価額と親会社持分の増加額又は減少額との間に差額は発生しないが、これらが異なるときは親会社の持分変動による差額が生ずることとなる。 この差額は、当該増資等に伴う持分比率の変化によって、親会社の持分の一部が非支配株主持分に、又は非支配株主持分が親会社の持分に振り替わることから生じるものである(資本連結実務指針67項)。 子会社の時価発行増資等に伴い、親会社の払込額と親会社の持分の増減額との間に差額が生じた場合(親会社と子会社の支配関係が継続している場合に限る)には、当該差額は資本剰余金として処理される(連結会計基準30項、注解(注9)(3)、資本連結実務指針37項、39項、42項及び44項)。 具体的な計算方法は、資本連結実務指針の「設例8 時価発行増資により持分比率が増加した場合」及び「設例9 時価発行増資により持分比率が減少した場合」に記載されている「所有株数及び親会社の持分変動表(評価差額を含む。)」を参考にしていただきたい。 (了)
改正法案からみた 民法(相続法制)のポイント 【第1回】 「「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律案」における 改正内容の全体像」 弁護士 阪本 敬幸 第1 改正法案の概要 法案における改正内容は、大きく分類すると以下の通りである。 ① 配偶者の居住に関する権利の新設 ② 遺産分割等に関する見直し ③ 遺言制度に関する見直し ④ 遺留分制度の見直し ⑤ 相続の効力等に関する見直し ⑥ 特別寄与料請求権の新設 ⑦ 上記改正に伴う家事事件手続法の改正 ⑧ 上記改正に伴う他の法律の改正 さらに分類すると以下の通りである。なお、改正法律案要綱に記載されている点であっても、内容的に現行法から変化のない点については記載していないものもある。 第2 各改正事項の概要 1 配偶者の居住に関する権利 (1) 配偶者の居住権の必要性 被相続人の配偶者(以下、単に「配偶者」という)は、被相続人と同居していたような場合、被相続人死亡後も住み慣れた家に住み続けたいと思うのが通常である。こうした配偶者を保護する必要性が存在することから、配偶者短期居住権及び配偶者居住権に関する条文が新設された。今回の法案における大きな改正点である。 (2) 配偶者居住権 配偶者居住権は、相続開始時に、配偶者が被相続人所有建物に無償で居住していた場合、以下のいずれかの場合に該当するときに、原則として終身、配偶者が無償で建物に居住することができる権利である。 遺産分割審判により、他の相続人の意思に反して配偶者居住権が認められることもあり得るが、基本的には、被相続人の遺言による意思表示か、相続人全員の合意に基づき成立するものといえる。 (3) 配偶者短期居住権 配偶者短期居住権は、相続開始時に、配偶者が被相続人所有建物に無償で居住していた場合、 の間、配偶者が無償で建物に居住することができる権利である。 すなわち、配偶者が被相続人所有建物に無償で居住していれば、原則として(例外はある)配偶者短期居住権が認められるということになる。 2 遺産分割等の見直し (1) 配偶者に対する居住用不動産の遺贈・贈与についての、持ち戻し免除の意思の推定 婚姻期間20年以上の夫婦の一方が死亡した場合、死亡配偶者が他方配偶者に居住用不動産を遺贈・贈与していたときは、持ち戻し免除の意思を推定する旨が定められた。配偶者保護のための制度ということができる。 (2) 遺産分割前の預貯金債権の行使 最判平成28年12月19日により、預貯金債権も遺産分割の対象とされ、共同相続人が相続分に応じて当然に行使することはできなくなったが、生活費の支払や相続債務の弁済等、預貯金債権を行使すべき必要性も存在する。このため、相続開始時の預貯金債権額の3分の1に、共同相続人の法定相続分を乗じた額については、共同相続人が単独で行使することができるとされた。 (3) 遺産の一部分割の規定の明確化 遺産の一部分割は、現行法上も行われてきたところであるが、民法上、明文の規定がなかった。今回、一部分割の要件が明確化されることとなった。 (4) 遺産分割前に遺産の処分がされた場合の遺産の範囲 遺産分割前に遺産が処分された場合でも、共同相続人全員が同意すれば、処分された遺産があるものとみなして遺産分割することができるとされた。一部の共同相続人による遺産処分の場合には、共同相続人全員の同意は不要とされている。遺産分割前の遺産処分により、共同相続人間に不公平が生じることを防ぐ趣旨である。 3 遺言制度に関する見直し (1) 自筆証書遺言の方式の緩和 現行法上、自筆証書遺言は、全文自筆であることが要件とされている。法案では、自筆証書遺言の遺産目録に限っては、自筆を要しないとされることとなった。ただし、目録の各ページに署名・押印が必要である。 (2) 遺贈義務者の引渡義務等 債権法改正を受けた改正である。債権法改正により、売買等有償契約の担保責任について法定責任説の考え方が否定され、特定物・不特定物を問わず、当事者の意思すなわち契約内容に適合する物を引き渡す義務があることとされた。 これを遺贈の場合に引き直すと、遺言者の意思からすれば、遺贈義務者には遺贈目的物を相続開始時の状態で引き渡す義務を負わせるべきであると考えられ、そのように規定された。 (3) 遺言執行者の権限の明確化 現行法上、遺言執行者の権限は必ずしも明確でないことから、原則的な権限が明確化されることとなった。 4 遺留分制度の見直し (1) 遺留分を算定するための財産の価額 現行法と内容的に変わることはないと思われるが、「遺留分を算定するための財産の価額」という明確な文言で表現した。 (2) 遺留分を算定するための財産の価額に算入する贈与の範囲 相続人に対する生前贈与は、判例上、贈与の時期を問わず遺留分算定の基礎とされてきたが、法案では、相続開始前10年間に限って遺留分算定の基礎となる旨が定められた。 (3) 負担付贈与がされた場合における遺留分を算定するための財産の価額に算入する贈与の価額等 負担付贈与がされた場合における遺留分算定の基礎とされる部分については現行法と変わりはないが、不相当な対価をもってした有償行為(廉価での売買等)について、当事者双方が悪意の場合、対価を負担の価額とする負担付贈与とみなすこととされた。 (4) 遺留分侵害額の請求 現行法上は、遺留分減殺請求権の行使により、当然に物権的効果が発生すると考えられているが(例えば、遺留分侵害者が不動産の贈与を受けていた場合、不動産の所有権について減殺の効果が発生する。ただし、侵害者の側で価額弁償を行うことで義務を免れることは可能)、法案では、「遺留分減殺請求権」ではなく「遺留分侵害額請求権」と呼称を変え、遺留分侵害額請求権を行使する場合、金銭の支払いの請求(債権的請求)のみ行うことができることとされた。 (5) 受遺者又は受贈者の負担額 遺留分侵害者である受遺者又は受贈者が、遺留分権利者承継債務を消滅させる行為をしたときは、消滅した債務額を限度として、遺留分権利者に対する意思表示によって、遺留分権利者から受けた請求額を消滅させることができるとされた(実質的な相殺)。 (6) 遺留分侵害額請求権の期間の制限 遺留分侵害があったことを知ってから1年、相続開始時から10年で時効消滅する。現行法の遺留分減殺請求権の時効と同様である。 5 相続の効力等に関する見直し (1) 共同相続における権利の承継の対抗要件 現行法上、判例により、遺贈による権利取得や、遺産分割により法定相続分を超えて権利取得した場合については、第三者対抗要件が必要とされている。他方、遺言で相続分の指定・遺産分割方法の指定があり、これにより法定相続分を超える権利取得がされたとしても、判例上、対抗要件は不要とされている。 法案では、相続の場合の法定相続分を超えた権利取得については、どのような場合であっても対抗要件を具備していなければ第三者に対抗できないとされた。また、取得する権利が債権である場合、債務者に対し、遺言・遺産分割の内容を明らかにした上で権利承継を通知することが、対抗要件となることが明記された。 (2) 相続分の指定がある場合の債権者の権利の行使 相続分の指定があっても、被相続人の債権者は、相続人全員に対し相続分に応じて債権の請求が可能とされた。現行法の判例を反映したものといえる。 (3) 遺言執行者がある場合における相続人の行為の効果等 遺言執行者がいる場合、遺言執行は執行者のみが行い、これに反して相続人が行う行為は無効(ただし、善意の第三者には無効を対抗できない)であることが明記された。 6 特別寄与料請求権 被相続人の親族(相続人・相続放棄をした者・欠格や廃除により相続権喪失した者以外の者)で、無償で療養看護その他労務提供をしたことで被相続人の財産維持・増加に特別の寄与をした者に、特別寄与料請求権を認めることとされた。相続を知った時から6ヶ月以内か、相続開始後1年以内に、相続人に対して請求する必要がある。 相続人であれば寄与分の請求ができるところ、相続人以外の親族が特別の寄与をした場合に報いる趣旨である。 7 上記改正に伴う家事事件手続法の改正 仮分割仮処分制度(遺産分割前でも、生活費・葬儀費用・債務弁済等のために仮払を行うことを内容とする仮処分)、特別寄与の審判事件が定められることとなった。 8 上記改正に伴う他の法律の改正 刑法・抵当証券法・都市再開発法・不動産登記法・著作権法等。配偶者居住権の新設を反映させるための改正が多い。 (了)