M&Aに必要な デューデリジェンスの基本と実務 -財務・税務編- 公認会計士 石田 晃一 ←(前回) | (次回)→ 第3節 固定資産の分析 【第8回】 「固定資産の分析(その1)」 -有形固定資産- 〔分析の対象となる主な勘定科目〕 ▷調査の対象となる有形固定資産 対象会社が保有する有形固定資産のうち、対象事業の遂行に不可欠なものは「事業用不動産」ないしは「事業用資産」とされ、買収対象として調査の対象となる。他方、買収対象となる事業に直接的な関連を有しないもの、例えば従業員の福利厚生目的で保有する保養施設や、副業的に営まれている賃貸用不動産及びこれらに付随する償却性資産等については、「事業外不動産」ないしは「事業外資産」とされ、通常の場合、買収対象から除外されることが多い。 ◆事業用資産と事業外資産の例 ※クリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※) いずれも賃借物件については賃貸借契約の引継ぎ要否を検討することとなる。 対象会社の保有する有形固定資産のうち、いずれを買収対象として調査の対象に含めるかは、買い手側の意図する買収の目的やスキーム等により変わってくるが、買い手側が「明らかに不要」と判断した有形固定資産に関しては、買い手側が調査費用を負担する必然性はなく、通常の場合、調査対象からは除外される。 なお、法務面からみた「不動産」の調査については、〔法務編〕【第4回】にて解説を行っているので、詳しくはそちらを参照されたい。 ▷有形固定資産の調査のポイント M&Aによる買収の対象となる有形固定資産については、適正時価による評価額をもって買収(取得)者側で受入れ記帳を行うこととなるため、個別の有形固定資産の帳簿価額が適正時価とどの程度乖離しているか、すなわち含み損益の有無がポイントとなる。 この場合における適正時価は、土地・建物等の不動産については減損会計の適用後簿価、もしくは不動産鑑定評価額(場合によっては路線価や固定資産税評価額に基づく簡易評価額)等が採用されることが一般的である。 一方、機械装置・工具器具備品等の動産に関しては、中古市場における売買事例に基づく評価が可能な場合には当該評価額をもって評価額とすることもあるが、こうした中古市場が調達方法として普遍的に機能しているケースは多くはなく、通常は過年度における適正な減価償却実施後の「適正償却後簿価」を採用することが多いだろう。 ▷有形固定資産のデューデリジェンスにおける主な調査手続 ▷ M&Aスキームにより変動する買収対象不動産の範囲 M&Aに際して、買い手側が取得を望まない事業外資産であっても、M&Aのスキーム如何では買い手側でいったんこれを取得せざるを得ないケースも生じ得る。 買い手側が買収対象会社を吸収合併する場合や、創業家・役員等の株主が保有する全株式の買取りによって対象会社を買収する場合、対象会社名義の全ての不動産が買い手側の所有資産となるため、買い手側が必要としない事業外資産については、M&Aに先立って売り手側が事前に売却する必要が生じる。 しかしながら、M&A実行までのスケジュールがタイトなため売り手側による事前売却が困難である場合や、M&A実行で実務人材がそっくり買い手側に移管してしまい、売り手側に資産売却を行い得る人材が不在となるケースもあり得る。このようなケースでは、買い手側においても、M&A成立のために必要となる当該事業外資産の処分可能価格及び処分に伴い発生することが見込まれる損益、処分に必要な費用等を事前に見積もっておく必要があるだろう。 筆者らが以前関与した案件では、例えばこんな事例があった。 【実務事例8-1】 人口減少に悩む地方都市の公共インフラ網を担う会社同士が経営統合を行うこととなった。 両社の所有する土地のうち、遊休土地については統合前に各社で売却することとしたが、統合によって将来的に不要となる見込の広大なストックヤードについては、統合前段階での売却処分は困難なことから、統合後新会社に引き継がれた後、インフラ網再編後に売却することとなった。 当該ストックヤードの売却は、統合後新会社の財務内容に大きなインパクトを与えることから、経営統合時のデューデリジェンスに際しては、ストックヤードの売却時価の見積もりに際して、複数の開発業者から提案を募り、市街地としての最有効利用に基づく売却価値の増大余地を含め、多面的な切り口からの分析・議論が行われた。 【実務事例8-2】 後継者不在に悩んでいた老舗の中堅企業が、本業を同業他社に売却、撤退することとなった。 本業撤退後の創業家一族の生計維持のために、ノンコア事業として当該会社で営んでいる不動産賃貸業を残すこととなった。 本業における受注案件は採算が全般的に悪化していたことから、本業の売却見込価額が金融機関からの借入返済に満たないことが想定され、やむなく賃貸用不動産として創業家に残す予定であった不動産のうち一部を本業と合わせて売却することを条件として、買収希望者を募ることとなった。 複数の会社が買収に名乗りを上げたが、売却対象に含まれていなかった不動産についても買収検討の要望が出たことから、創業家一族の必要最低限の生計維持に欠かせない物件を除く全ての物件につき、売却対象として検討する余地を与え、改めて間口の広い買収提案を募った。 有形固定資産は通常の場合、M&Aによる取引金額が多額に上ることから、調査にあたっては、M&Aに際して当該固定資産をどのように取り扱うかによって生起する可能性のあるシナリオやメリット/デメリット、これらが有する含み損益や処分費用がM&A実行にどのような影響を及ぼすか、またその影響額の大きさ、発現時期による相違等について、選択可能な選択肢を可能な限り広げることで買い手がM&Aを有利に進めることができるよう、幅広い議論に資する情報を収集することが本質的な目的である、ともいえよう。 (了)
税効果会計における 「繰延税金資産の回収可能性」の 基礎解説 【第7回】 「固定資産の減損損失に係る将来減算一時差異の取扱い」 仰星監査法人 公認会計士 竹本 泰明 1 はじめに 前回は、解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異の取扱いについて、通常の将来減算一時差異とどのように異なるかを説明した。 今回は、固定資産の減損損失に係る将来減算一時差異の取扱いについて説明する。 2 なぜ固定資産の減損損失が将来減算一時差異となるのか そもそも、なぜ固定資産の減損損失が将来減算一時差異となるのか、おさらいも兼ねて触れていきたい。 (1) 一時差異となる理由 固定資産について減損損失を計上した場合、会計上と税務上で次のように取り扱われる。 【図1】 減損損失を計上した場合の会計上と税務上の取扱い 固定資産の減損損失は会計上の見積項目であるため、税務上は損金として取り扱われない。そのため、会計上で計上した減損損失40は税務上で否認される。このように、会計上と税務上で取扱いが異なるため、固定資産の減損損失は一時差異となる。 (2) 将来減算一時差異となる理由 固定資産の減損損失を計上した後、会計上と税務上で次のように取扱いが異なる。 【図2】 減損損失を計上した後の会計上と税務上の取扱い 会計上は、減損損失計上後の帳簿価額160に基づき減価償却を行うが、税務上は、減損損失計上前の帳簿価額200に基づき減価償却を行うため、税務上の方が、減価償却の金額が大きくなる。これは、減損損失40に対応する帳簿価額から発生した減価償却が税務上で計上されているためである。 このように、減損損失は将来において税務上の費用(損金)の額を増やし、その結果、将来の課税所得を減らす効果があるといえるため、固定資産の減損損失は将来減算一時差異となる(将来減算一時差異についての詳細は連載【第1回】を参照されたい)。 3 固定資産の減損損失に係る将来減算一時差異の取扱い さて、ここからが今回の本題である。 (1) 固定資産の減損損失に係る将来減算一時差異の取扱い 固定資産の減損損失に係る将来減算一時差異は、比較的大きな金額が発生しやすい上、解消までに長期間を要する可能性が高い等の理由で、個別に取扱いが定められている。 その取扱いは次のとおりである。 【図3】 固定資産の減損損失に係る将来減算一時差異の取扱い (注1) 償却資産とは、減価償却計算による費用化を予定している固定資産であり、建物や機械装置、自社利用のソフトウェアなどがあげられる。 (注2) 非償却資産とは、減価償却計算による費用化を予定していない固定資産であり、その代表例が土地である。 【図3】のとおり、減損損失が償却資産から発生したものか、非償却資産から発生したものかによって取扱いを分けている。これは、減損損失が計上された後、どのように一時差異が解消していくかといった性質が異なるためである。 つまり、償却資産の場合、基本的には減価償却計算により費用化されるため、減損損失に係る一時差異は、減価償却を通じて解消(上記【図2】参照)されるが、土地等の非償却資産は減価償却費を計上しないため、売却等によって処分されなければ一時差異は解消されないためである。 償却資産と非償却資産に分けて整理し、償却資産から発生した減損損失は「スケジューリング可能な差異」、非償却資産から発生した減損損失は「スケジューリング不能な差異」として取り扱い、繰延税金資産の回収可能性を判断することとなる。 なお、非償却資産から発生した減損損失であれば、必ずスケジューリング不能な差異となるわけではなく、当該非償却資産の売却等に係る意思決定や実施計画等によって、いつ一時差異が解消されるかが合理的に予測できる場合には、スケジューリング可能な差異として取り扱われる。 (2) 減損損失に係る繰延税金資産の回収可能性の判断 固定資産の減損損失に係る繰延税金資産の回収可能性の判断手順は、連載【第2回】で説明した手順と同じで、他の賞与引当金や未払事業税等の一時差異等と同様に解消見込年度のスケジューリングを行い、回収可能性を判断する。 回収可能性の判断にあたっては、連載【第3回】及び【第4回】で説明した会社の分類に応じて取り扱うこととなる。 ① 分類1に該当する場合 〈繰延税金資産の回収可能性の判断指針〉 そのため、解消見込年度のスケジューリングができない減損損失に係る繰延税金資産も含め、すべての繰延税金資産に回収可能性があると判断する。 ② 分類2に該当する場合 〈繰延税金資産の回収可能性の判断指針〉 このような会社では、将来において一時差異等加減算前課税所得を安定的に獲得する収益力があるといえるため、一時差異等のスケジューリングが正しく行われている限り、繰延税金資産の回収可能性は問題ないと判断される。そのため、いつ解消するかが予測できない一時差異等は、一時差異等のスケジューリングを正しく行うことができないため、回収可能性はないと判断される。 よって、解消見込年度のスケジューリングができる減損損失に係る繰延税金資産は回収可能性があると判断するが、解消見込年度のスケジューリングができない減損損失に係る繰延税金資産は回収可能性がないと判断する。 【図4】 減損損失に係る繰延税金資産の回収可能性の判断(分類1と分類2の違い) ③ 分類3に該当する場合 〈繰延税金資産の回収可能性の判断指針〉 そのため、解消見込年度のスケジューリングを行い、その上で、将来の合理的な見積可能期間(おおむね5年)以内の一時差異等加減算前課税所得の見積額に基づいて、繰延税金資産の回収可能性を判断する。 【図5】 減損損失に係る繰延税金資産の回収可能性の判断(分類3の場合) ④ 分類4に該当する場合 〈繰延税金資産の回収可能性の判断指針〉 そのため、解消見込年度のスケジューリングを行い、その上で、翌期の一時差異等加減算前課税所得の見積額に基づいて、繰延税金資産の回収可能性を判断する。 ⑤ 分類5に該当する場合 〈繰延税金資産の回収可能性の判断指針〉 そのため、原則として、減損損失に係る繰延税金資産も含め、すべての繰延税金資産に回収可能性がないと判断する。 (3) 解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異との関係 前回の連載【第6回】で、減価償却超過額は「解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異」に該当し、会社分類が3に該当する会社では、将来の合理的な見積可能期間(おおむね5年)を超えた期間であっても、当該減価償却超過額に係る繰延税金資産は回収可能性があると判断できることを説明した。 減価償却超過額が「解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異」に該当する理由(※)を鑑みると、償却資産から生じた減損損失にも「解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異」の取扱いを適用できそうだが、回収可能性適用指針では、これまでの実務慣行を重視し、償却資産から生じた減損損失には「解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異」の取扱いを適用しないと整理している。 (※) 減価償却超過額は、会計と税務の減価償却方法の相違によって発生するが、償却満了時の会計上と税務上の簿価は原則的に一致することから、最終的に償却期間にわたって会計と税務の相違が解消していくため、「解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異」に該当する。 4 まとめ 固定資産の減損損失に係る将来減算一時差異の取扱いは、償却資産と非償却資産に分けて考える上記の【図3】が重要となるため、ぜひ見返していただきたい。 次回は、「役員退職慰労引当金に係る将来減算一時差異の取扱い」について説明する。 (了)
土地問題をめぐる2018年法改正のポイント 【第1回】 「所有者不明土地の円滑化等に関する特別措置法の仕組み」 弁護士 羽柴 研吾 1 はじめに 近年、所有者不明の土地が様々な場面で問題になっている。所有者不明土地問題研究会の報告によれば、2016年時点の所有者不明の土地面積は、九州の面積を超える約410万ヘクタールに及んでおり、2040年頃には北海道の面積に迫る約720万ヘクタールにまで拡大すると言われている。 さて、2018年6月6日に、「所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法」(以下「所有者不明土地特措法」という)が成立した。同法は、所有者不明の土地が全国的に増加していることに伴い、公共事業の推進等の様々な場面において円滑な事業実施に支障が生じていることを踏まえ、これに対応するために制定されたものである。 また、これに先立つ同年4月25日には、「都市再生特別措置法等の一部を改正する法律」(以下「都市再生特措法等改正法」という)が成立している。同法は、都市の内部で空き地・空き家等の低未利用地が時間的・空間的にランダムに発生する「都市のスポンジ化」が進行していることを踏まえ、その対策を総合的に進めるために、都市再生特別措置法、都市計画法、建築基準法及び都市開発資金の貸付けに関する法律を一部改正するものである。 本稿では、所有者不明土地特措法を解説するとともに、実務家として押さえておきたい今後の所有者不明の土地問題の動向に言及する。その後、都市再生特別措置法等改正法について解説することとしたい。 (※) 本稿では紙幅の関係上、上記法改正に関連する税制措置については割愛している。 2 所有者不明土地特措法について (1) 所有者不明土地特措法の概要 所有者不明土地特措法は、主として3つの仕組みから構成されている。 所有者不明土地特措法の中心をなす概念は、「所有者不明土地」と「特定所有者不明土地」である。その意味は次のとおりである。 (2) 所有者不明土地を円滑に利用する仕組み 特定所有者不明土地について、①地域住民等の共同の福祉又は利便の増進を図る事業(地域福利増進事業)のために使用権を設定する制度と、②公共事業における収用手続を合理化・円滑化(土地収用法の特例)する制度が創設された。 なお、地域福利増進事業は、具体的には、公園、広場、購買施設(いわゆる産直施設など)、駐車場などを運営する事業が想定されている。 ① 地域福利増進事業のために使用権を設定する制度 本制度は、都道府県知事が、地域福利増進事業を行おうとする者に対し、特定所有者不明土地上に、存続期間10年を上限とする使用権を認める制度である(なお、延長も認められている)。使用権が認められるための手続の流れは次のとおりである。 (※1) 権利者が当該土地を事業に供することについて異議を申し出なかった場合 (※2) 事業者が使用権の始期までに補償金を供託しない場合、使用権を認めた裁定の効力が失われる。 ② 収用手続を合理化・円滑化する制度 公共事業の用地取得を行うにあたって、地権者の同意が得られない場合等に、土地収用法に基づいて収用を行う方法がある。 土地収用法は、①事業認定手続(国や都道府県知事が、申請事業に土地を収用するに値する公益性が認められるかを判断する手続)と、②収用裁決手続(収用委員会が土地所有者等に対する補償金の額等を決定する手続)から構成されている。 これに対して、所有者不明土地特措法は、上記②の収用裁決手続に関して、収用委員会による審理手続を省略して、都道府県知事が補償金の額を裁定できるものとし、これが公告されることによって土地収用法の権利取得裁決及び明渡裁決があったものとみなすことにしている。 (3) 所有者の探索を合理化する仕組み ① 土地所有者等関連情報等の利用及び提供 地方公共団体の部局が土地の所有者を探索する場合、地方公共団体が保有する公簿等が有力な資料となる。しかし、たとえば、固定資産課税台帳には当該土地の所有者の情報が記載されているが、税務部局の職員は、地方税法の守秘義務を負っているため、これを別の部局に提供することができない問題があった。 そこで、所有者不明土地特措法は、地域福利増進事業等の実施のため、地方公共団体の保有する情報を内部で利用できることとした。 また、地域福利推進事業等を実施しようとする者は、地方公共団体の長に対して、当該土地の土地所有者等関連情報の提供を求めることができ、本人の同意がある場合には、提供を受けることができることとなった。 ② 相続登記等に関する不動産登記法の特例 所有者不明の土地が生じる原因の1つとして、数世代の相続が生じているにもかかわらず、相続登記が行われないままになっていることが指摘されている。このような相続登記未了の土地は、所有者の特定に多大な労力を要するため、地域福利増進事業等を実施する障害となるものである。 そこで、所有者不明土地特措法は、相続登記等がされておらず、かつ、公共の利益となる事業地になるような土地を「特定登記未了土地」と定義して、登記官に次の権限を与え、特定相続未了土地の解消を実現しようとしている。 まず、登記官は、特定登記未了土地について、登記名義人の死亡後10年以上30年以内において政令で定める期間を超えて相続登記がされていない場合に、職権でその旨を登記に付記することができる。また、登記官は、特定登記未了土地の登記名義人になり得る者を知ったときは、相続登記を申請するように勧告することができることになった。 (4) 所有者不明土地を適切に管理する仕組み 民法上の制度として、相続財産管理人と不在者財産管理人がある。これは、相続人の存在が明らかでない場合や所在が分からない者がいる場合に、利害関係人の請求によって家庭裁判所が選任した管理人が財産の管理等を行う制度である。 この「利害関係人」とは、法的な利害関係が必要と解されており、行政機関が所有者不明土地を管理しようとしても、何らかの権利義務関係がなければ、財産管理人の選任を請求することができない問題があった。 そこで、所有者不明土地特措法は、国の行政機関の長や地方公共団体の長に、所有者不明土地に関して、財産管理人選任の請求権を認めることとした。 (5) 施行時期 所有者不明土地特措法は、公布の日(2018年6月13日)から起算して6月を超えない範囲で施行される予定である。 (了)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例28】 21LADY株式会社 「定時株主総会における株主提案議案の承認可決による役員異動及び代表取締役の異動に関するお知らせ」 (2018.6.27) 事業創造大学院大学 准教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる適時開示は、21LADY株式会社(以下「21LADY」という)が平成30年6月27日に開示した「定時株主総会における株主提案議案の承認可決による役員異動及び代表取締役の異動に関するお知らせ」である。 同社の代表取締役の広野道子氏(本名は「藤井道子」。以下「広野氏」という)が、株主総会において取締役に再任されず、結果として代表取締役が別の方に交代することになったという内容である。 代表取締役の取締役再任が否決されるというのは珍しい。同氏も、そうなるとは夢にも思っていなかっただろう。同氏は、同社の創業者であり、かつ、議決権比率33.4%の筆頭株主でもあるのだ(したがって、同氏以外のほとんどの株主が、同氏の取締役再任に反対したということに)。 2 始まりは株主提案からであったが 21LADYはずっと赤字が続いている。そうしたなか、同社第2位の株主(議決権比率16.83%)であるサイアムライジングインベストメント1号合同会社(以下「サイアム」という)から、社外取締役を3名追加するという株主提案が出された(平成30年5月1日「株主提案権行使に関する受領について」開示)。 その提案理由は次のとおりである(平成30年5月28日開示の「株主提案に係る当社の対応に関するお知らせ」に掲載)。異論を挟む余地が無さそうな、極めて真っ当な理由といえるだろう。 この提案がきっかけとなって、広野氏の追放に至ることになるのだが、提案内容は、広野氏を含む現経営陣はそのままにして、社外取締役を3名追加するというものである。なぜこの提案が広野氏の追放につながったのだろうか。 3 なぜ再任されなかったのか? 広野氏は、サイアムの提案を受け入れていれば、追放されることはなかっただろう。しかし、平成30年5月28日に「株主提案に係る当社の対応に関するお知らせ」を開示し、サイアムの提案への反対を表明したのである。 反対が直ちに追放につながるわけではない。反対する理由が説得力のあるものであれば、追放されることはなかっただろう。しかし、次のとおり、そうではなかった。サイアムによる提案理由と異なり、こちらは突っ込みどころが満載である。 サイアムの提案では、広野氏を含む現経営陣はそのまま留任とされている。①の記載は不要だろう。また、サイアムは本心では現経営陣の退任を望んでいるはずだが、譲歩して、現経営陣留任のうえ、社外取締役追加という提案をしたのである。取締役の数を問題とするのはおかしい。 何よりも引っ掛かるのは、「違法ないし不適法な業務執行の可能性とは無縁の会社でありますので、監視機能を担う社外取締役をこれほど増員する必要はない」という記載である。取締役は、適法か否かを監督するだけではない。この記載により、企業統治に関する無理解が露呈している。 広野氏が追放されたのは、ずっと赤字続きで株主が怒ったからではない。サイアムの提案に対して、こんな理由を掲げて反対したからである。これを見た株主は呆れ果て、広野氏に任せてはいられないと思ったのだろう。 4 あの会社も 代表取締役の取締役再任否決という珍しい事態が、21LADYの他にも同時期に起こっていた。本連載の【事例23】で取り上げた株式会社JPホールディングスの株主総会においても、代表取締役の荻田和宏氏の取締役再任が否決された。同社は、平成30年6月28日に「第26回定時株主総会開催結果に関するお知らせ」と「代表取締役社長の異動に関するお知らせ」を開示している。 (了)
《速報解説》 「企業結合に関する会計基準」等の改正案が公表される ~条件付取得対価に関連して対価の一部が返還される場合の取扱いを示す~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成30年8月21日、企業会計基準委員会は、「企業結合に関する会計基準(案)」(以下「企業結合会計基準(案)」という)及び「企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針(案)」(以下「結合分離適用指針(案)」という)を公表し、意見募集を行っている。 これは、次の改正について提案するものである。 意見募集期間は平成30年10月22日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 条件付取得対価に関する改正案 1 定義 条件付取得対価の定義を次のように改正し、対価の一部が返還される場合の取扱いを規定する。アンダーラインが改正部分である(企業結合会計基準(案)注解(注2)(注3))。 2 会計処理 条件付取得対価が企業結合契約締結後の将来の業績に依存する場合において、対価の一部が返還されるときには、条件付取得対価の返還が確実となり、その時価が合理的に決定可能となった時点で、返還される対価の金額を取得原価から減額するとともに、企業結合時ののれん又は負ののれんの金額を再計算し、再計算されたのれんの未償却残高が当初ののれんの未償却残高より小さいときは、のれんを減額する。減額されたのれんの金額と返還された対価の金額との差額は損益として処理する(企業結合会計基準(案)27項(1)、結合分離適用指針(案)47項(1))。 Ⅲ 結合分離適用指針に関する改正案 1 事業分離等会計基準の記載内容との整合性 結合当事企業の株主に係る会計処理に関する結合分離適用指針の記載について、事業分離等会計基準の記載内容との整合性を図るため改正する(結合分離適用指針(案)279項から289項)。 2 分割型会社分割が非適格組織再編となり、分割期日が分離元企業の期首である場合の分離元企業における税効果会計の取扱い 分割型会社分割が非適格組織再編となり、分割期日が分離元企業の期首である場合の分離元企業における税効果会計の取扱いについて、平成22年度税制改正において分割型会社分割のみなし事業年度が廃止されていることから、結合分離適用指針の関連する定めを削除する(結合分離適用指針(案)109項及び403項の削除)。 Ⅳ 適用時期等 (了)
《速報解説》 監査役協会、改正版「会計監査人との連携に関する実務指針」を公表 ~本年1月公表の改正共同研究報告を受け監査法人GC等への対応を追記~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成30年8月17日、日本監査役協会 会計委員会は、「会計監査人との連携に関する実務指針」の改正を行い、公表した。 これは、平成30年1月25日の「監査役等と監査人との連携に関する共同研究報告」の改正を受けたものであり、主に、平成26年改正の会社法、コーポレートガバナンス・コードの実施に関連した実務上の対応、「監査法人の組織的な運営に関する原則」(監査法人のガバナンス・コード)の実施、企業集団における監査の重要性の高まりを受けたものである。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な改正内容 実務指針は、表紙を含めて53ページに及ぶものであるので、以下では主な改正内容について解説する。 1 監査人との連携と効果 監査役等と監査人との連携は、金商法だけでなく、コーポレートガバナンス・コードや監査法人のガバナンス・コードなどでも取り上げられており、次のことに注意する。 2 会計監査人の選任・解任など 監査役等は、選解任等の議案の決定権限を適正に行使するために、会計監査人の独立性や監査チーム及び監査事務所が職業的専門家として十分な監査品質を確保しているかについて常に留意しなければならない。 次のことに注意する。 3 会計監査人に対する報酬等の同意権 取締役は、会計監査人の報酬等を定める場合には、監査役等の同意を得なければならないとされており、次のことに注意する。 4 コーポレートガバナンス・コード 監査役等は監査人の選定及び評価のために監査人や執行側から情報を収集することはもちろん、監査人の置かれている状況を的確に把握し、監査人に対し必要な情報を提供するとともに、監査人の活動に対する執行側の理解を促すことも重要である。 コーポレートガバナンス・コードの補充原則3-2①(i)のとおり、会計監査全体の実効性の確保に向けて、監査役等は適切に監査人を選定し評価することが重要であり、そのための基準を策定すべきである。 基準の策定に当たっては、補充原則3-2①(ⅱ)にもあるとおり、監査人の独立性や専門性等の確認が必要であり、会社の規模、業種、子会社及び海外展開の有無等、自社の置かれている環境に応じて策定する必要がある。 5 監査法人のガバナンス・コード 監査法人のガバナンス・コードでは、監査法人としての品質管理体制を透明性報告書等により開示することを要請している。 監査役等としては、開示された情報を参考にすることはもちろん、監査法人のガバナンス・コードが指摘している事項について適切な対応がなされているか、積極的な情報収集により確認することが重要である。 6 監査チーム組成に際しての考え方と当該年度の監査チーム編成 監査責任者の氏名と職責、主査・補助者の氏名等のほか、同種事業における監査実務経験、職業的専門家としての基準及び適用される法令等についての理解、ITの知識を含む専門知識、関与先の産業に関する知識、職業的専門家としての判断能力、監査事務所の定める品質管理に関する方針及び手続についての理解などが例示されている。 7 業務執行社員が交代した場合 監査役等は、業務執行社員が交代したときの方針、選任の経緯について説明を受けるとともに、遺漏のない引継が行われていることを確認する。 8 企業集団としての監査体制 企業集団の監査に関しては、親会社監査役等は、企業集団において統制環境が整備されているかを常に把握し、子会社の事業内容、規模、リスク評価等に基づき有効な企業集団としての監査体制が整備されているのかを確認し、親会社及び子会社それぞれの三様監査間の連携を含めた企業集団監査の体制を構築すべきである。 (了)
2018年8月16日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.281を公開! プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布しています! -「イケプロが実践するPJの活用術」「第一線で活躍するプロフェッションからPJに寄せられた声」を掲載!- - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
日本の企業税制 【第58回】 「期限を迎える教育資金、結婚・子育て資金の一括贈与時の非課税措置」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴 教育資金の一括贈与時の非課税措置と結婚・子育て資金の一括贈与時の非課税措置とが、今年度をもって期限を迎えることとなる。平成31年度税制改正においては、その継続が行われるかどうか関心を呼んでいる。 〇制度の概要 教育資金の一括贈与時の非課税措置では、平成25年4月1日から平成31年3月31日までの間に、30歳未満の個人が、教育資金に充てるため、①その直系尊属と信託会社との間の教育資金管理契約に基づき信託の受益権を取得した場合、②その直系尊属からの書面による贈与により取得した金銭を教育資金管理契約に基づき銀行等の営業所等において預金若しくは貯金として預入をした場合又は③教育資金管理契約に基づきその直系尊属からの書面による贈与により取得した金銭等で証券会社の営業所等において有価証券を購入した場合には、その信託受益権、金銭又は金銭等の価額のうち1,500万円までの金額に相当する部分の価額については、贈与税の課税価格に算入されない。 この制度は、平成25年度税制改正において、「60歳以上の世代が資産全体の6割を保有する中で、こうした資金を 若年世代に移転させるとともに、教育・人材育成をサポートするため」(平成25年度与党税制改正大綱)に創設されたものである。 一方、結婚・子育て資金の一括贈与時の非課税措置では、平成27年4月1日から平成31年3月31日までの間に、20歳以上50歳未満の個人が、結婚・子育て資金に充てるため、①その直系尊属と信託会社との間の結婚・子育て資金管理契約に基づき信託の受益権を取得した場合、②その直系尊属からの書面による贈与により取得した金銭を結婚・子育て資金管理契約に基づき銀行等の営業所等において預金若しくは貯金として預入をした場合又は③結婚・子育て資金管理契約に基づきその直系尊属からの書面による贈与により取得した金銭等で証券会社の営業所等において有価証券を購入した場合には、その信託受益権、金銭又は金銭等の価額のうち1,000万円までの金額(結婚に際して支出する費用については300万円を限度とする)に相当する部分の価額については、贈与税の課税価格に算入されない。 この制度は、平成27年度税制改正において、「将来の経済的不安が若年層に結婚・出産を躊躇させる大きな要因の1つとなっていることを踏まえ、祖父母や両親の資産を早期に移転することを通じて、子や孫の結婚・出産・育児を後押しするため」(平成27年度与党税制改正大綱)に創設されたものである。 〇制度の利用状況 信託協会の調べによると、教育資金贈与信託の受託状況は、制度創設当初(平成25年9月末)の契約数(累計)は40,162件、信託財産設定額(累計)は2,607億円であったものが、平成27年9月末には、契約数(累計)は141,655件、信託財産設定額(累計)は 9,639億円となり、平成30年3月末には、契約数(累計)は194,336件、信託財産設定額(累計)は1兆3,735億円に達している。平成25年4月の取扱開始以降、新規契約数・信託財産設定額ともに順調に増加しており、 多くの国民に利用されていることがわかる。 同じく、結婚・子育て支援信託の受託状況は、平成28年9月末で、契約数(累計)は4,933件、信託財産設定額合計(累計)は118億円であったものが、平成30年3月末には契約数(累計)は5,343件、信託財産設定額合計(累計)は151億円に達している。 〇平成31年度改正に向けて 7月19日に公表された全国銀行協会の「平成31年度税制改正に関する要望」では、次のように、それぞれの制度の恒久化(少なくとも延長)とともに、制度の拡充等が掲げられている。 教育資金贈与については、明細書の提出による口座からの資金の払出(領収書等に代えて、所定の明細書兼払出票により、教育機関への支払後に資金を請求する方法)の適用される上限額(1回の支払について1万円以下、ただし、年間合計24万円以下)を引き上げることが挙げられ、また、両制度について、預金保険制度を適用した場合の贈与税課税範囲を限定するなど、利便性向上及び負担軽減に資する所要の措置が挙げられている。 なお、贈与税に関しては、これらの制度の他、住宅取得等資金の贈与を受けた場合の非課税措置も講じられているところであり、この制度においては、平成27年1月1日から平成33年12月31日までの間に、父母や祖父母など直系尊属からの贈与により、自己の居住の用に供する住宅用の家屋の新築、取得又は増改築等の対価に充てるための金銭を取得した場合において、一定の要件を満たすときは、一定の非課税限度額までの金額について、贈与税が非課税となる。 消費税率の10%への引き上げを念頭に、すでに需要の平準化のための措置が講じられているところではあるが、引き上げ時期が2回延長される中、住宅市場の状況が大きく変化しており、改めてあるべき平準化対策を検討することも必要になるのではないか。 平成31年度税制改正では、贈与税関係の見直しが注目ポイントの1つとなることは間違いない。 (了)
谷口教授と学ぶ 税法の基礎理論 【第1回】 「租税法律主義の意義と分類」 -連載の「プラットホーム」- 大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに-連載を始めるに当たって- 「税法の基礎理論」と題して本誌に連載をさせていただくことになったが、本連載で「税法の基礎理論」という言葉は、「税法の基礎にある考え方」あるいは(もう少し厳密にいえば)「実定税法の体系及び諸規定を支える基本原則」というような意味で用いている。 「税法の基礎理論」のこのような意味・用語法は、拙著『税法基本講義〔第5版〕』(弘文堂・2016年)の「第1編 税法の基礎理論」のそれと同じである。そこでは、「税法の基礎理論」として租税法律主義を基軸に据えて、税法の制定及び解釈適用に関する総論的な問題について体系的に解説を加えることにしているが、本連載も同じく租税法律主義を「税法の基礎理論」の基軸とするものではあるものの、ただ、教科書とは異なる原則1回読み切りの「読み物」(もちろん各回の叙述内容は租税法律主義を介して相互に関連するものではあるが)として執筆するものであることから、取り上げるトピックは、体系的叙述の観点からではなく、そのときどきの筆者の問題関心により選定させていただくことにする。 もっとも、読者に各回の叙述内容を体系的に理解していただく一助として、各回の叙述の中で必要に応じて前掲拙著の関連箇所の欄外番号(【 】内の数字で表記する)を参照することにしたい。本連載が、税法の分野における研究と実務の(「理論」による)架橋に、多少なりとも寄与することができれば望外の喜びである。研究の「理論」は基礎理論、実務の「理論」は応用理論であるが、研究と実務とは「理論」を介して架橋は可能であり、かつ、すべきであると考えるところである。 さて、前置きはこれくらいにして、連載を始めるに当たって、今回は、少し長くなるが、本連載のいわば「プラットホーム」として、租税法律主義の意義と分類について述べておくことにしよう(【10】【11】【14】【15】【17】【28】参照)。 Ⅱ 租税法律主義の意義 租税法律主義は、課税権者に対して被課税者たる国民の同意に基づく課税を義務づける考え方である。租税法律主義は、歴史的には、1215年のマグナ・カルタ(大憲章)において、当時のイングランド国王ジョンが諸侯との間で当時の租税(楯金・援助金)につき、「いかなる楯金又は援助金も、朕の王国においてはこれを課さないものとする。」と確約したことを起源とし、それ以降、一方では政治的側面において、議会制民主主義の成立・発展に、他方では法的側面において、法の支配・法治主義の成立・発展に、それぞれ貢献してきた。 租税法律主義は、今日、多くの国で、議会制民主主義の下、議会制定法に基づく課税を要請する憲法原則として確立されており、日本国憲法は法律に基づく課税を、課税権者の側から(84条)及び被課税者の側から(30条)それぞれ規定している。租税法律主義の目的は、マグナ・カルタの「精神」を受け継ぎ、課税権者による恣意的・不当な課税から、国民の財産及び自由を保護することである。つまり、租税法律主義は、日本国憲法の基本理念の中核にある自由主義(基本的人権尊重主義)の、税法の場面での現れである。 その意味では、税法は、そのような目的を達成するための手段であり、自由主義的税法(自由主義に基づく租税法律主義を根本原理とする税法)として性格づけられるべきものである。もちろん、税法は本来的には税収確保という目的を達成するための手段であるから、これらの2つの目的の間でいかにしてバランスをとるかが、税法の制定においてはいうまでもなく、場合によっては税法の解釈適用においても、重要な課題となる。本連載において扱う問題のほとんどは、突き詰めれば、この課題に関するものといってよかろう。 租税法律主義の前記の目的からすれば、租税法律主義の機能は、本来的には、課税の適法性を保障すること(適法性保障機能)である。この本来的機能から派生して、租税法律主義は、そのような適法な課税を受けることに対して納税者に予測可能性・法的安定性を保障する機能(予測可能性・法的安定性保障機能)をもつことになる。租税法律主義の機能についてこのように本来的機能と派生的機能とを区別して理解しておくことは、税法の基礎理論に関してだけでなく、実際の問題に関しても、重要な意味をもつことがある。 例えば、一定のスキームに基づく外国税額控除余裕枠の利用を「外国税額控除制度を濫用するもの」として否認した判例(最判平成17年12月19日民集59巻10号2964頁、最判平成18年2月23日訟月53巻8号2447頁)について、法律上の明文の規定なしに否認を認めるものとして租税法律主義違反を問題にする批判的見解(私見については【47】参照)に対して、納税者に「濫用」の認識がある場合には「濫用」を否認してもその否認に基づく課税は、納税者の予測可能性を害することにはならず、したがって、租税法律主義に反することにはならないと主張されることがある。 しかし、「濫用」を認識することと、「濫用」が許されないと判断することとは、論理的にも法律論的にも、別問題である。外国税額控除制度の趣旨・目的(上記判例参照)を探知すれば同制度の利用が「濫用」(趣旨・目的に反する利用)に該当するか否かを認識することはできるが、しかし、「濫用」の認識から直ちに、同制度の「濫用」を許容しないとする価値判断を導き出すことはできない。租税法律主義の下では、同制度の「濫用」を否認するためには、上記の価値判断を法律上明文化した規定(濫用否認規定)が必要である。 もし前記の主張が明文の濫用否認規定を援用することなく、同制度にはいわば「不文の濫用否認規定」が内在しているので「濫用」の否認は租税法律主義に反しないと強弁するものであるならば、そのような主張を容認することは租税法律主義の「自己否定」につながることになろう。 要するに、租税法律主義の予測可能性・法的安定性保障機能は、法律上の明文の規定に基づく(適法な)課税についてのみ認められるべきものであり、その意味で、適法性保障機能の枠内で認められる派生的機能にとどまるのである。 Ⅲ 租税法律主義の分類 租税法律主義は、法律に基づく課税という場合における法律の「形式」と「内容」の観点から、次の2つに分類することができる。すなわち、1つは、法律という「形式」の法(議会制定法)によらない課税を禁止する考え方であり、筆者はこれを「形式的租税法律主義」と呼んでいる。もう1つは、法律の「内容」が憲法の人権保障に抵触するものであってはならないという考え方であり、これを「実質的租税法律主義」と呼んでいる。この分類は、法治主義に関する形式的法治主義(法律による行政の原理)と実質的法治主義(人権保障を第一義的な目的とする法治主義)の分類に対応するものである。 1 形式的租税法律主義 まず、形式的租税法律主義は、法律によらない課税の禁止原則として、主に税務行政に対して税法の厳格な解釈適用を命じる憲法原則であり、通常、合法性の原則あるいは税務行政の合法律性の原則と呼ばれる。本連載で取り上げるトピックは税法の解釈適用に関するものが多くなるであろうが、それらを合法性の原則の観点から論じることにしたい。筆者の主たる研究テーマである租税回避の問題も、適宜、その一環として論じるつもりである。 もっとも、法律によらない課税の禁止は、税務行政との関係だけで問題になるものではない。法律の定め方如何によっては、形式的には法律に従って課税が行われるかのようにみえても、実質的には法律によらずに課税が行われるとみられる場合(「法律があっても無きが如き場合」)には、そのような課税は法律によらない課税であり禁止されるべきものであるから、租税立法との関係においても、法律によらない課税の禁止は問題になる。 「法律があっても無きが如き場合」として極端な例を挙げると、もし〇〇税法が「〇〇税に関する事項は全て政令の定めるところによる。」との一条のみを定め、〇〇税に関する事項を全て政令に委任したとすれば、そのような法令の規定に基づく〇〇税の課税が法律によらない課税の禁止に反することは、明らかである。このような命令(行政立法)への白紙委任の場合についてだけでなく、法律の定めが極めて不明確であり税務行政による自由な解釈を許すような場合についても、同様のことがいえる。租税法律主義からその内容として課税要件法定主義や課税要件明確主義が導き出されるが、これらは法律によらない課税の禁止を実効あらしめるための憲法原則とみることができるので、形式的租税法律主義に属するものと考えるところである。 2 実質的租税法律主義 次に、実質的租税法律主義は、租税法律の「内容」に関して憲法の人権規定との適合性を要請する租税立法上の原則であり、税法の分野における憲法の最高法規性(98条1項)の現れとして違憲審査権(81条)によって担保されている。 とはいえ、確立された判例(大嶋訴訟・最大判昭和60年3月27日民集39巻2号247頁)によれば、租税立法の違憲審査基準は、①民主主義的租税観(「およそ民主主義国家にあつては、国家の維持及び活動に必要な経費は、主権者たる国民が共同の費用として代表者を通じて定めるところにより自ら負担すべきものであ[る]」として、租税を国民共同の費用とみる考え方)と、②租税立法における財政・経済・社会政策等に係る政策手段性及び課税要件等に係る専門技術性に基づく裁量的判断の尊重の見地から、立法目的の正当性の基準、(立法目的の達成のために用いられる手段の)合理性の基準及び明白性の原則によって、構成されているところ、そのような違憲審査基準によれば、租税立法は原則として合憲性の推定を受け、違憲と判断されることは実際上まずあり得ないことになろう。 しかし、だからといって、判例の立場が租税法律主義の下での違憲審査のあり方として妥当でないとは、直ちにはいえないであろう。というのも、民主主義的租税観によって、憲法上、納税義務(30条)及び課税(84条)を根拠づけ正当化する場合には、やはり、国民の代表者たる立法者の裁量的判断ができる限り尊重されるべきであるからである。 もっとも、租税立法者の裁量的判断は、民主主義的租税観において「想定」される議会制民主主義を前提にして、尊重されるべきものである。したがって、租税立法の違憲審査権に関する判例の立場に対する評価は、究極的には、わが国の議会制民主主義の実態や現状をどのように評価するかにもかかっているといえよう。 今日における議会制民主主義の「劣化」に加え、財政状況の悪化、租税負担の増加傾向等をも考慮すると、税法の制定を「国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断にゆだねる」(前掲大嶋訴訟・最大判)ことの意味を問い直すべきであろう。租税立法に関する裁量統制についても、司法の役割はやはり重要である。 (了)
平成30年度税制改正における 「一般社団法人等に関する相続税・贈与税の見直し」 【第3回】 国際医療福祉大学大学院准教授 税理士 安部 和彦 4 一般社団法人を用いた節税策と税制改正 (1) 一般社団法人を用いた節税策 一般社団法人は、一定の目的を持った人の集団であり、法人格を有しているという特徴がある。同様の集団として株式会社があるが、営利目的の集団であるということのほかに、重要な相違点がある。それは、一般社団法人には株式会社の株式に相当する「出資持分」が存在せず、設立時に金銭等の出資が求められないため、「資本金」という概念も存在しないという点である。 そのため、一般社団法人の場合、毎期の決算において利益剰余金を計上しても、社員は当該剰余金について分配を受けることはできず、また、解散時においても、残余財産の分配を受けることはできない(法律上、定款にその定めを置くことはできない、一般法人法11②)。 他方、一般社団法人には「持分」がないことから、相続税の課税対象となる課税財産も存在しないということになる(※1)。このことを根拠に、税務の専門家の間では、「財産を一般社団法人に移転すれば相続税が課税されないのであるから、一般社団法人は相続税の節税策に使える」とする説が出回っているようである。以下では、これを少し掘り下げて検討してみたい。 (※1) ただし、社員に一般社団法人の所有する施設を利用する共益的な権利があり、また、社員の地位が定款により相続することが定められている場合、その地位の相続により共益的な利益の経済的価値に対して相続税が課される可能性がある。四宮和夫・能見善久『民法総則(第九版)』(弘文堂・2018年)122頁参照。さらに、基金制度を採用している場合には、当該基金のうち相続時における返還可能額(拠出額をベースに評価)を相続財産に含めることとなる。 仮に、一般社団法人には「持分」がないということが、一般社団法人は個人から切り離された独立の法的主体であり、その理事や社員に対する個人的な利益の供与を図るような仕組みを備えているわけではないということを意味するのであれば、理事や社員が一般社団法人に資産を拠出したとしても、それを根拠に相続税・贈与税の課税対象とすることは不合理であろう。 しかし、仮に、理事や社員が資産を拠出した一般社団法人を実質的に支配し、その支配権を基に当該理事や社員に対してその拠出した資産を使用させるなど、特別の利益を与えたり便宜を図っているといった実態があるのであれば、仮に持分という支配権の外形的実態を備えていなくとも、そこには一般社団法人を利用した相続税・贈与税の租税回避スキームが存在するとみるべきであることから、課税対象とすべき事案に該当するものと考えられる。 現行税法上、このような租税回避スキームに対抗する措置としては、相続税法66条1項・4項の規定がある。当該規定によれば、個人から一般社団法人のような持分の定めのない法人(※2)に対して財産の贈与又は遺贈があった場合には、贈与等により、その贈与等を行った者の親族その他これらの者と特別の関係がある者の相続税又は贈与税の負担が不当に減少する結果となると認められるときには、その一般社団法人を個人とみなして相続税又は贈与税が課税されることとなる(相法66①④)。 (※2) 法令解釈通達(昭和39年6月9日直(審)24、直資77、平成20年課資2-8改正)「贈与税の非課税財産(公益を目的とする事業の用に供する財産に関する部分)及び持分の定めのない法人に対して財産の贈与等があった場合の取扱いについて」の「13 持分の定めのない法人」を参照。 (2) 一般社団法人を利用した相続税・贈与税の租税回避スキーム それでは、一般社団法人を利用した相続税・贈与税の租税回避スキームには具体的にどのようなものがあるのだろうか。平成30年度の与党税制改正大綱においては、以下のようなスキームが問題視されて贈与税等の改正がなされたとされている。 〇一般社団法人を利用した租税回避スキーム ① 一般社団法人の設立 まず、親が一般社団法人を設立し、その理事に親(理事長)、子ないし親族が就任する。この場合、その後の一般社団法人の運営の自由を確保する観点から、前回の3(2)②で解説した「非営利型以外の法人」を選択するケースが多いものと考えられる。 ② 一般社団法人への資産の移転 次に、親が自ら保有する資産(財産)を一般社団法人へ移転する。相続税対策の観点からは、移転する資産は親がオーナーである自社株となるケースが多いであろう。この場合、資産(自社株)の移転は時価譲渡により行うこととなる。このとき、親に対し、時価と取得価額との差額について税率20.42%(国税及び地方税)で譲渡所得課税がなされる(分離課税、措法37の10)。 問題は、一般社団法人が親から譲渡される自社株の購入資金をどのように調達するかであるが、まずは銀行等から長期資金を借入れ、それを所有する自社株から受けることとなる配当を原資に、徐々に返済するという方法を採るのが一般的であろう。 ③ 子が一般社団法人の理事長に就任 最後に、子が一般社団法人の理事長(代表理事)に就任すればスキームは完成である。これにより、親に相続が発生した場合、その子(承継者)は、事業承継の対象となる法人につき一般社団法人を通じて支配する一方で、持分の概念がない一般社団法人に移転した自社株については、相続税の負担を回避することが可能となる。 なお、事業承継者である子は、議決権に基づく法人の支配は一般社団法人を通じて間接的に行うものの、経営権を確保するため、株式譲渡前から既に法人の役員(取締役)に就任している場合においては、譲渡後にも引き続き役員にとどまることとなるだろう。 (了)