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〈判例・裁決例からみた〉国際税務Q&A 【第46回】「取引単位営業利益法の適用」

〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第46回】 「取引単位営業利益法の適用」   公認会計士・税理士 霞 晴久   〔Q〕 独立企業間価格の算定方法の1つである取引単位営業利益法の適用に当たり、比較対象取引に該当するか否かにつき国外関連取引と非関連者取引との類似性の程度を判断する場合にはどのような要素を勘案すべきでしょうか。 〔A〕 取引単位営業利益法の適用に係る最近の裁判例において、租税特別措置法施行令39条の12第8項2号、「OECD移転価格ガイドライン 2010年版」(以下「OECDガイドライン(10年版)」という)パラ1.36 、租税特別措置法関係通達66の4(3)-3を踏まえ、比較対象取引について(1)事業の内容、(2)製品の特徴、(3)当事者の遂行する機能、(4)市場の状況及び(5)経営の効率性の各要素から検討するという判断枠組みが示されました。 ●●●〔解説〕●●● 1 取引単位営業利益法とは (1) 制度の概要 取引単位営業利益法とは、再販売価格基準法及び原価基準法が比較対象取引に係る売上総利益を基に国外関連取引に係る対価の額を算出する方法であるのに対して、比較対象取引に係る営業利益を基にして国外関連取引に係る対価の額を算出する方法をいう。 これは、国外関連取引に係る内国法人又は国外関連者のうち、機能が単純な一方を検証対象とし、当該検討対象法人に係る比較対象取引を選定して独立企業間価格を算定する方法であり、具体的には、次表の(1)~(4)の方法が規定されている。 なお、表中の「ベリー比」とは、取引単位営業利益法を用いて独立企業間価格を算定する際に使用する利益水準指標として、平成25年度税制改正において導入されたもので、営業費用に対する売上総利益の比率をいい、販売仲介業者の行う販売サービスのように、機能・リスクが限定的で、その利益が営業費用に比例する活動に係る利益率を検証する場合に有用な利益水準指標と考えられている(※1)。 (※1) 財務省「平成25年度 税制改正の解説」732頁 上記いずれの方法を採用するにせよ、比較対象取引と国外関連取引とが、棚卸資産の買手又は売手の果たす機能その他において差異がある場合には、その差異により生ずる割合の差につき必要な調整を加えた後の割合を用いることとされている。 (2) 比較対象取引の選定(基本三法との比較) 国外関連取引と非関連者間取引との差異が独立価格比準法(措法66の4②一イ)に規定する対価の額又は再販売価格基準法(同ロ)及び原価基準法(同ハ)に規定する通常の利益率の算定に影響を及ぼす場合であっても、取引単位営業利益法に規定する割合の算定においては、当該差異が影響を及ぼすことが客観的に明らかでない場合があるため、取引単位営業利益法の適用においては、基本三法の適用に係る差異の調整ができない非関連者間取引であっても、比較対象取引として選定して差し支えない場合があるとされている(移転価格事務運営指針4-11)。 なお、国外関連取引の当事者が果たす主たる機能と非関連者間取引の当事者が果たす主たる機能が異なる場合には、通常その差異は上記(1)の割合の算定に影響を及ぼすことになる。 (3) 販売のために要した販売費及び一般管理費の取扱い 取引単位営業利益法により独立企業間価格を算定する場合の「国外関連取引に係る棚卸資産の販売のために要した販売費及び一般管理費」には、その販売に直接に要した費用のほか、間接に要した費用が含まれる。この場合において、国外関連取引及びそれ以外の取引の双方に関連して生じたものがあるときは、これらの費用の額を、個々の取引形態に応じて、例えば、当該双方の取引に係る売上金額、売上原価、使用した資産の価額、従事した使用人の数等、当該双方の取引の内容及び費用の性質に照らして合理的と認められる要素の比に応じてあん分することとなる(移転価格事務運営指針4-12)。 以下では、取引単位営業利益法の適用が争われたIHI事件について検討する。   2 過去の裁判例 《東京地裁令和5年12月7日判決》(※2) (※2) TAINSコード:Z888-2653 (1) 事案の概要 本件は、原告Xの所轄税務署長であるYが、Xとその国外関連者であるA社(タイ法人)との間の車両過給機(ターボチャージャ)に係る部品輸出取引、無形資産取引及び役務提供取引(これらを併せて本件国外関連取引)について、これらによりXが支払を受けた対価の額が、独立企業間価格に満たないとして法人税等の各更正処分等をしたことに対し、Xが、Yが独立企業間価格を算定するに当たって採用した方法(本件算定方法)は、取引単位営業利益法に準ずる方法と同等の方法ではなく、Yが算定した金額をもって独立企業間価格ということはできないなどとして、上記各更正処分等の取消しを求める事案である。 Xは資源・エネルギー、社会インフラ、産業機械、航空・宇宙の4つの事業分野を中心に事業活動を行っている内国法人である。A社は、車両過給機の部品又はその部材をXないし現地サプライヤーから購入して、車両過給機を製造し、主として日系自動車メーカーに販売するほか、その一部完成品や部品をXの関係会社に販売している。Yが比較対象法人として選定したC社及びD社(本件比較対象法人)の概要は次のとおりである。 (2) 争点 本件算定方法は取引単位営業利益法に準ずる方法と同等の方法か否か(争点1)。 (3) 裁判所の判断 東京地裁は、争点1につき、①取引単位、②損益単位、③比較可能性の3つの観点から検討している。さらに③について、国外関連者と比較対象法人の差異が、売上高営業利益率の相違に重要な影響を与えないか、又は当該差異が与える影響を取り除くために相当程度正確な調整が可能であれば、比較対象法人の売上高営業利益率を基に、国外関連取引の独立企業間価格を算定することができるとした上で、租税特別措置法施行令39条の12第8項2号、OECDガイドライン(10年版)のパラ1.36、租税特別措置法関係通達66の4(3)-3(※3)を踏まえ、(1)事業の内容、(2)製品の特徴、(3)当事者の遂行する機能、(4)市場の状況及び(5)経営の効率性の各要素から検討し、その結果、A社と比較対象法人の(4)に係る差異については調整不能であり、A社と本件比較対象法人との間には比較可能性がないと判示し、その余の争点について判断するまでもなく、Xの主張はいずれも理由があるとして、国側の処分を取り消した。以下では、上記のうち①及び結論の根拠となった③(4)について要約する。 (※3) 同通達は、独立企業間価格算定(取引単位営業利益法に限らない)に当たり、比較対象取引該当性につき、国外関連取引と非関連者間取引との類似性の程度を判断する場合に勘案する諸要素として、(1)棚卸資産の種類、役務の内容等、(2)売手又は買手の果たす機能、(3)契約条件、(4)市場の状況、及び(5)売手又は買手の事業戦略を挙げている。 ① 国外関連取引に対応する取引の範囲について 東京地裁は、取引単位営業利益法の考え方について、「棚卸資産の国外関連取引の独立企業間価格を、国外関連者から非関連者に対する『当該棚卸資産』の再販売価格から、それに適正な売上高営業利益率を乗じた額及び国外関連者の販管費を控除することによって求めようとするもの」とした上で、「内国法人と国外関連者との間の複数の取引が相互に密接に結びついているような場合には、これら複数の取引に対応する取引の対象は、結果として、これらの複数の取引によって国外関連者が得た資産及び同資産に国外関連者が付加した価値をすべて包含するものになる。そうすると、国外関連者が相互に密接に結びついている取引(国外関連取引)によって得た資産に価値を付けたものを非関連者に譲渡した取引(国外関連取引に対応する取引)の価格に基づき当該国外関連取引の独立企業間価格を算定しても、取引単位営業利益法(2号)の考え方に反することはないというべきである。」と結論付けている。 その根拠としてOECDガイドライン(10年版)が、個々の取引が密接に結びついている場合には、個々の取引の独立企業間価格を適正に評価することができない場合がしばしばあるとした上で、「関連製造業者に対する、製造ノウハウの使用許諾と不可欠な部品の供給があり、このような場合には、個々に独立企業の条件を評価するよりも、2つをまとめて評価する方がより合理的かもしれない」と指摘している部分(同ガイドラインのパラ3.9)を引用している。 以上により、東京地裁は、「内国法人と国外関連者との間の複数の取引が相互に密接に結び付いており、個別の取引ごとに評価するのでは適正に独立企業間価格を算定することができないような場合において、複数の取引を一体の国外関連取引として取り扱って、これに対応する取引価格をもって独立企業間価格を算定する方法は、取引内容に適合し、取引単位営業利益法(2号)の考え方から乖離しない合理的な方法であるということができる。」と判示し、Xによる本件国外関連取引を一体の取引として取り扱うことはできないという主張を排斥した。 ② 比較可能性における市場の状況について 東京地裁は、市場占有率の比較及び需要の比較の2つから市場の状況の同種性・類似性を検討した結果、A社と本件比較対象法人の間に認められる差異は、両社の売上高営業利益率の相違に重要な影響を与えており、この市場の状況の差異が与える影響を取り除くための適当な指標は見当たらず、相当程度正確な調整は可能ではないと結論付けた。 ◎市場占有率について ◎需要について   3 検討 本件は、移転価格算定方法のうち、取引単位営業利益法の適用の是非が争われた初めての裁判例である。取引単位営業利益法は、営業利益率を比較する方法であり、事業の遂行上の機能の差異は、一般的に、販売費及び一般管理費の水準として反映されるため、売上総利益に大きな差があっても営業利益水準では一定程度均衡することから、取引当事者が果たす機能に差異があっても調整不要となる場合があり、基本三法よりも差異の影響を受けにくく、かつ公開情報から比較対象取引を抽出しやすいといわれており(※4)、現在では実務的に多く利用されている方法である。 (※4) 井藤正俊『移転価格の実務Q&A』(清文社・2020年)212頁 東京地裁は、上記のとおり、比較可能性について、(1)事業の内容、(2)製品の特徴、(3)当事者の遂行する機能、(4)市場の状況及び(5)経営の効率性の5つの要素に分けて検証する判断枠組みを示した。そのうち(4)を除く要素については、A社と本件比較対象法人の類似性を肯定するか、差異があっても売上高営業利益率の相違に重要な影響を与えないと判断している。 一方、(4)市場の状況については、A社も本件比較対象法人もともに日系自動車メーカーを主たる顧客としているので、一見共通の市場において事業活動しているように思えるが、東京地裁は、市場の状況について、一歩踏み込んで市場占有率の比較と需要の比較に分けて検討し、その結果、本件各事業年度における市場占有率や環境規制による需要の増大という市場の状況の差異は、A社と本件比較対象法人の売上高営業利益率の相違に重要な影響を与えており、その差異の相当程度正確な調整は可能ではないとし、A社と本件比較対象法人との間に比較可能性があるということはできないと判示している。 OECDガイドライン(10年版)は「営業利益指標は、競争上の地位のように粗利益及び価格にも影響を及ぼす要因によって影響を受けることがあるが、これらの要因の影響を容易には取り除くことができない」(パラ2.70)と述べており、これが東京地裁の判断を後押ししたものと思われる。このように、市場の状況を市場占有率の比較と需要の比較の2つに分けて検討したところに本判決の特徴がある。 もっとも、この結論に至る判断の過程において、東京地裁は、市場占有率について「本件比較対象法人が当該自動車部品市場において高い市場占有率を有していたとは考えにくい」と述べるが、これは具体的な根拠に基づかない推定であるし、また、需要についても「A社の車両過給機の販売台数は、(中略)本件各事業年度中も概ね微減するにとどまっている」と述べているので、本件各事業年度以前に既に需要の増大があり、営業利益率の上昇に影響したといっても、本件各事業年度において、本件比較対象法人との間の需要の差となって実際に表れたかどうか不明である。よって、地裁判決には、一部、やや強引とも思われる論旨展開が見られる点を指摘しておきたい。 なお、本件は現在、敗訴した国側が東京高裁に控訴(※5)しており、判決の行方が注目される。 (※5) 税務通信No.3811(令和6年7月22日)6頁 (了)

#No. 593(掲載号)
#霞 晴久
2024/11/07

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第162回】株式会社アマナ「特別調査委員会調査報告書(公開版)(2023年5月8日付)」

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第162回】 株式会社アマナ 「特別調査委員会調査報告書(公開版)(2023年5月8日付)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝   本連載は、なるべく直近に公表された調査報告書を解説することを目的としているが、連載第162回となる本稿では、短期間に設置した3つの調査委員会から、会計不正の調査結果及び原因分析の報告と再発防止策の提言を受けたものの、第三者割当による新株発行と株式の併合を経て、2024年1月29日に上場廃止となった株式会社アマナについて、それぞれの調査委員会が提言した再発防止策が、なぜ機能しなかったのかを中心に論考を進めたい。 なお、本稿で取り上げている各調査委員会の調査報告書については、株式会社アマナの社外向けサイトからはすでに削除されていることから、「第三者委員会ドットコム」へのリンクとなっていることをあらかじめお断りしておきたい。   【株式会社アマナの概要】 株式会社アマナ(以下、「アマナ」と略称する)は、1979年4月に設立したアーバンパブリシティ株式会社を実質上の存続会社とする。社名変更、合併を経て、1997年11月、現商号に変更。ビジュアルコミュニケーション事業を主たる事業とする。2022年12月期の有価証券報告書によれば、連結売上高14,165百万円、経常損失1,311百万円で、4期連続して経常損失を計上していた。従業員数は784名。2024年1月29日の上場廃止前は東京証券取引所グロース市場上場。会計監査人は、2020年12月期までEY新日本有限責任監査法人、2021年12月期からHLB Meisei有限責任監査法人。   【アマナ社内調査委員会(2018年設置)の概要】   【アマナ特別調査委員会(2020年設置)の概要】   【アマナ特別調査委員会(2022年設置)の概要】   【アマナによる再発防止策の履行状況の検証】 前項で見たとおり、アマナではほぼ2年に1回会計不正が発覚して調査委員会を設置し、調査委員会から「再発防止策」の提言を得て、これを履行してきた経緯がある。にもかかわらず、2022年12月には3度目となる調査委員会を設置し、過年度の有価証券報告書の訂正が必要となる事案が起きている。しかも、会計不正の分類から考えると、2020年事案と2022年事案は、不正な売上計上という点ではほぼ同じと言えよう。そこで、本稿では2022年委員会による調査報告書の内容をもとに「なぜ、アマナにおいて再発防止策は機能しなかったのか」について、検討したい。 1 2018年委員会による再発防止策とその履行状況 2018年委員会は、再発防止策を次のように策定・提言した(2018年委員会調査報告書16ページ以下)。 こうした提言を受けて、アマナではどのように再発防止策を実施してきたのか。そのプロセスと評価を、2022年委員会は次のようにまとめている(2022年委員会報告書146ページ以下)。 2 2020年委員会による再発防止策とその履行状況 次に、2020年委員会による再発防止策の策定・提言は次のとおりである(2020年委員会報告書39ページ以下)。 2度目の提言を受けたアマナは、どのように再発防止策を実施してきたのか。そのプロセスと評価を、2022年委員会は次のようにまとめている(2022年委員会報告書154ページ以下)。 3 2022年委員会による再発防止策(2022年委員会調査報告書203ページ以下) 2022年委員会による調査報告書では、再発防止策を役職員に浸透させ、納得させたうえで実効性を担保することは大変困難であることが説明されている。また、直接の言及はないものの、アマナにおける2回の調査委員会設置事案では、取締役会は役員報酬の自主返納を決議したものの、創業者でありオーナーであった代表取締役以下の経営陣の経営責任は問われていないことにも、「社長メッセージの真意が伝わっていない」「過去の不適切事案の行為者の処分が軽い」といった不満につながっている可能性が考えられるだろう。 こうした過去の再発防止策の評価を行った2022年委員会は、どのような再発防止策を提言しているのかを検討したい。ここでは、個別の事案に対するものではなく、アマナの内部統制上の問題点とガバナンス上の問題点、つまり、アマナが会計不正を繰り返し生じさせてしまった原因に対する再発防止策を引用しておきたい。 (※1) 2022年調査委員会によれば、「1.5線」とは、管理部門としての視点を持ちつつ、現場に近いポジションで業務サポート機能・牽制機能を提供することのできる人材を意味している。 2022年委員会の再発防止策の提言の中で、他社の調査委員会報告書と比較して異例とも言える項目「アマナの上場会社としての適格性について」について検証したい。 2022年委員会は、アマナが過去に四半期決算や通期決算の発表を延期し、四半期報告書や有価証券報告書の提出を延長し、定時総会を継続会とすることを繰り返してきたことを挙げ、さらに、2022年12月期第3四半期末において254百万円の債務超過であり、債務超過を解消するために資金調達をする可能性があるにもかかわらず、2020年調査後の再発防止策としていた最高財務責任者の選任ができる目処は立っていないことなどから、「上場会社の体をなしているとは言い難い」という厳しい評価を下した。 そのうえで、2022年委員会は、再発防止策の締めくくりとして、アマナのこうした現状につきアマナの各種ステークホルダーが抱いている、「アマナに本当に上場会社としての適格性があるのか?」「代表取締役社長に本当に上場会社の経営トップとしての適格性があるのか?」「あるいは、非上場化という選択肢はないのか?」という疑問に対して、取締役会は正面から向き合い、社外役員が主導して徹底的に識論し、責任ある答えを導き出し、説明責任を果たすことが、「アマナにとっての再発防止策の根幹に位置づけられるものと考える」と結んでいる。   【証券取引等監視委員会による課徴金納付命令勧告】 アマナは、前述した3回の調査委員会設置事案に関連して、2022年11月1日と翌年12月15日の2度、証券取引等監視委員会(以下、「監視委」と略称する)から、課徴金納付命令勧告を受けている。監視委が毎年公表している「開示検査事例集」から、監視委による、アマナの会計不正の概要とその背景・原因の分析を見ておきたい。 まず、監視委が、2022年11月1日に課徴金納付命令勧告を発出したアマナの不適正な会計処理の概要は、次のとおりである。 (※2) 証券取引等監視委員会事務局「令和4事務年度開示検査事例集」15ページ以下 続いて、監視委が2023年12月15日に、アマナに対して課徴金納付命令勧告を発出した事案についての不適切な会計処理の概要は、次のとおりである。 (※3) 証券取引等監視委員会事務局「令和5事務年度開示検査事例集」27ページ以下 どちらの分析でも、監視委は、「内部統制の不備」「コンプライアンス意識の欠如」「役員の意識の問題」などを挙げており、これはとりもなおさず、最初の会計不正に対する再発防止策が機能していないことを、監視委が認めたことを意味している。   【調査報告書の特徴】 3回目の調査委員会設置事案で調査を担当した有識者たちは、アマナの代表取締役をはじめとする経営陣に対して、真っ向から、「アマナに上場を維持する資格があるのか」と問い質す内容の再発防止策の提言を行った。こうした厳しい提言を経営陣がどのように受け止めたかは不明であるものの、アマナは、その後、第三者割当増資に伴う株式の併合により上場廃止になるとともに、取締役の全員が第三者割当増資の払い込みに伴って辞任した。 新しい経営陣のもとでのアマナの業績は、事業再生ADR手続に基づく事業再生計画の成立、全従業員の8分の1程度に当たる100名の希望退職者の募集などの事業構造改革の成果もあってか、同社サイトで公開されている2023年12月期の貸借対照表の要旨によれば、当期純利益が4,147百万円で、債務超過の解消はもちろん過去の累積損失も一掃できているようである。 1 東京証券取引所による特設注意市場銘柄の指定及び上場契約違約金の徴求 2023年7月3日、東京証券取引所は、「特設注意市場銘柄の指定及び上場契約違約金の徴求について」をリリースして、アマナの内部管理体制上の不備について、次のように指摘している。 2 調査費用・過年度決算訂正費用 アマナの有価証券報告書及び四半期報告書から、調査費用などをまとめてみたい。勘定科目については会社発表どおりとしている。 費用の内訳は不明であるものの、社外役員中心の調査でも1億7千万円、3回目の調査では調査期間も4ヶ月以上と長かったこともあり、6億5千万円を超える費用が発生している。これ以外にも、監視委による2回の課徴金納付命令勧告に基づく課徴金が5,450万円、上場契約違約金が960万円課されており、度重なる会計不正の発覚がもたらすコストの大きさを痛感させられる。 (了)

#No. 593(掲載号)
#米澤 勝
2024/11/07

決算短信の訂正事例から学ぶ実務の知識 【第8回】「現金及び現金同等物に係る換算差額とは何か」

◆◇◆◇◆ 決算短信の訂正事例から学ぶ実務の知識 【第8回】 「現金及び現金同等物に係る換算差額とは何か」   公認会計士 石王丸 周夫   連結キャッシュ・フロー計算書の下の方に、「現金及び現金同等物に係る換算差額」という項目を見かけることがあります。今回は、この項目で金額が訂正になったケースを取り上げます。 「換算差額」とあるので、為替の換算が関係していることは察しがつきます。しかし、正確なところはよくわからないという人もいるのではないでしょうか。そもそも、この項目は何のためにあるのでしょうか。早速、訂正事例から学んでいきましょう。   訂正事例の概要 決算短信の連結キャッシュ・フロー計算書において、次のような訂正事例があります。 〈訂正箇所のイメージ〉(数字はすべてXで表示) この事例では、主たる訂正箇所が2箇所あります。 第1は、連結キャッシュ・フロー計算書の投資活動によるキャッシュ・フロー区分の「定期預金の預入による支出」です。訂正により、この項目を追加しました。その理由は、【第7回】で取り上げた訂正事例と同じです。預入期間が3ヶ月を超える定期預金があることに気づき、訂正したものです。 第2は、「現金及び現金同等物に係る換算差額」です。その金額を訂正しています。上の訂正事例では省略していますが、投資活動によるキャッシュ・フローの下に、財務活動によるキャッシュ・フローがあり、その下に「現金及び現金同等物に係る換算差額」があります。この訂正は、第1の訂正箇所に連動したものです。 上記の結果、投資活動によるキャッシュ・フローの合計金額、「現金及び現金同等物の増減額(△は減少)」、そして「現金及び現金同等物の期末残高」の数字も訂正となっています。 連結キャッシュ・フロー計算書のこれらの数値の訂正により、決算短信のサマリー情報や「経営成績等の概況」の記載においても、その引用箇所が訂正になっています。   「現金及び現金同等物に係る換算差額」とは 第2の訂正箇所である「現金及び現金同等物に係る換算差額」について、その内容を会計基準等で確認しておきましょう。会計制度委員会報告第8号「連結財務諸表等におけるキャッシュ・フロー計算書の作成に関する実務指針」によると、次のものが「現金及び現金同等物に係る換算差額」に計上されます。 特に②がよくわかりませんね。順に説明していきます。 まず①は、たとえば、親会社の外貨預金について発生した為替差損益です。 キャッシュ・フロー計算書は、期首のキャッシュ残高と期末のキャッシュ残高のつながりを示す財務諸表です。外貨建てのキャッシュがあれば、それに係る為替レートの変動による影響も、期首と期末の差に含まれます。しかし、外貨ベースのキャッシュ残高に変動がない場合でも、円換算の結果、キャッシュの増減があるように見えてしまうため、それを別項目で示そうというのが、ここでの趣旨です。 外貨預金の為替差損益は、連結損益計算書の為替差損益に計上されており、連結キャッシュ・フロー計算書では、スタートの項目である税金等調整前当期純利益に含まれています。したがって、その額を取り除き、「現金及び現金同等物に係る換算差額」に計上します。 この①を「現金及び現金同等物に係る換算差額」に計上する場合、同時に営業活動によるキャッシュ・フローの「為替差損益」も動く(同指針の設例の甲社に関する処理参照)と考えられます。上の訂正事例ではどうだったかというと、為替差損益の訂正はありませんので、これは①には該当しないと推定できます。つまり、②に関する訂正だったと読めます。 ②は、在外連結子会社がある場合の連結キャッシュ・フロー計算書で発生します。趣旨としては①と同じです。計算例を使って説明します。 たとえば、在外連結子会社の現金及び現金同等物の残高が次のとおりだったとします。 この場合、期中の増減は7FCです。 そして、為替レート(円/FC)は次のとおりだったとします。 以上の前提で、上記②を計算します。次のとおりです。 連結キャッシュ・フロー計算書では、在外連結子会社の期首と期末の現金及び現金同等物を円換算する際、期首残高は期首の為替レートで、期末残高は期末の為替レートで換算するため、両者の差額には為替の変動による影響額が含まれます。それが37円だったというのが、上の計算です。これを別項目にすることで、期中レートによるキャッシュ・フローが示されるというのが、「現金及び現金同等物に係る換算差額」を設ける目的です。   開示前のチェックポイント 以上の話をまとめてみましょう。 上記訂正事例は、まず、在外連結子会社にて期日3ヶ月超の定期預金が新たに預けられていたことがわかり、その額を期中平均レートで換算した額を、「定期預金の預入による支出」に計上しました。そして、「現金及び現金同等物に係る換算差額」に含まれていたこれに係る為替変動の影響額を除外しました。おそらくこのような背景があったと解されます。 親会社にて、子会社の3ヶ月超の定期預金の存在を見つけ出すというのは、報告されていない限り、ちょっと難しいでしょう。ただ、3ヶ月超の定期預金に預けられたのは余剰資金だと思われるので、何らかの理由により、子会社で資金の余剰が発生したと考えられます。一般論にすぎませんが、子会社の期末資金残高が対前期末で顕著に増加している場合、親会社としては、子会社管理上、その理由を押さえておく必要があります。その作業の一環として、3ヶ月超の定期預金の存在に気づく機会はありそうです。 (了)

#No. 593(掲載号)
#石王丸 周夫
2024/11/07

〔中小企業のM&Aの成否を決める〕対象企業の見方・見られ方 【第54回】「中小M&Aガイドライン(第3版)の活用」~経営者保証に関する対応~

〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第54回】 「中小M&Aガイドライン(第3版)の活用」 ~経営者保証に関する対応~   公認会計士・税理士 荻窪 輝明   《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒中小M&Aガイドラインを参考にして売り手を見る際の手がかりを得る。 売り手企業 ⇒中小M&Aガイドラインを参考にして買い手を見る際の手がかりを得る。 支援機関(第三者) ⇒中小M&Aガイドラインを買い手・売り手に対する助言に活かす。 その他の対象者 ⇒中小M&Aガイドラインを参考にして買い手・売り手の見方を知る。   ◎ 中小M&Aガイドラインの改訂 2024年8月に中小M&Aガイドラインが改訂されました。改訂内容のうち、本稿では対象企業の見方・見られ方に関係する点を中心に解説します。買い手や売り手企業にとっては、主に「第1章 後継者不在の中小企業向けの手引き」が参考になりますし、支援機関(第三者)にとっては、主に「第2章 支援機関向けの基本事項」が参考になります。 (1) 中小M&Aガイドライン(第3版)の概要 〈中小M&Aガイドライン(第3版)の概要〉 (※) 経済産業省「中小M&Aガイドライン改訂(第3版)に関する概要資料」及び「中小M&Aガイドライン(第3版)」)を基に筆者加工 「中小M&Aガイドライン改訂(第3版)に関する概要資料」等によれば、上記の表のように項目が7つ掲げられており、主に第2版に追記する形で記載の充実が図られています。 この中から本稿では、特に買い手・売り手の見方・見られ方との関係性がみられる内容を中心に解説したいと思います。 (2) 最終契約段階でのリスクと対応策~経営者保証を例に~ 中小企業庁ウェブサイトの「中小M&Aガイドライン」のページには、第3版の改訂にあたって、「譲り渡し側・譲り受け側の当事者間において、最終契約に定めた事項の不履行等のトラブルも発生している。特に、譲り渡し側の経営者保証の扱いについては、譲り渡し側の経営者保証を譲り受け側に移行させる想定であったにもかかわらず移行しない等の行為を行う譲り受け側の存在も指摘されている。」との問題提起がされています。 これを受けた第3版では、たとえば中小企業向けの内容として「Ⅱ 中小M&Aの進め方」の「3 中小M&Aにおける一般的な手続の流れ(フロー)」の「(8)最終契約の交渉・締結」において、買い手・売り手間のトラブルになり得る経営者保証に関する対応の解説がされています。 経営者保証に関して、中小M&Aでは、買い手側による売り手側の経営者保証の解除・引継ぎに係る義務、経営者保証の解除・引継ぎがされなかった場合に、売り手側の経営者保証に基づく請求が発生した際などの契約解除・補償等のリスクがあるため、こうしたリスクへの対応策が記載されています。 「中小M&Aガイドライン(第3版)」では、最終契約の内容について売り手も買い手も十分確認することが重要であり、その1つに売り手側の経営者保証が挙げられています。 ① 経営者保証解除の動機 中小M&Aにおいて、売り手のM&Aの動機には経営者保証を解除したいという思惑があって進められる場合があります。しかし、売り手の思惑がそうであっても、経営者保証の解除や買い手への引継ぎをするために、乗り越えなければならないハードルがあります。 最も重要なことは、売り手の一存では経営者保証の解除等ができず、主に金融機関、買い手といった経営者保証の関係者からの同意がないと経営者保証の解除や引継ぎが進まないことです。 経営者保証の解除等に関するM&A前の対応策の例として、「中小M&Aガイドライン(第3版)」では、以下の項目が挙げられています。 これらの対応策を通じた売り手側から見た金融機関や専門家へのアプローチや視点として、売り手が将来的なM&Aを検討するなら、経営者保証の解除に向けた相談に金融機関が耳を貸してくれるかどうか、弁護士を中心に相談できる士業等専門家のサポートを受けられそうか、といった普段の対応や行動も重要だといえそうです。 なお、実務上は、中小企業活性化協議会への相談機会はそれほど多くないと思いますが、参考までにリンク先URLを掲載しますので、よろしければ閲覧ください。 ② 経営者保証の解除と引継ぎ 「中小M&Aガイドライン(第3版)」では「事業承継時に焦点を当てた『経営者保証に関するガイドライン』の特則」を例に挙げ、事業承継時の保証契約の見直しを検討するも、なおも売り手の経営者保証を継続する場合は保証の必要性を慎重に検討することが必要と記載されています。 その際に勘案する点として、以下が例示されています。 これらが事業承継時を含め、中小M&Aにおける経営者保証の引継ぎ判断に影響するようであれば、売り手からすれば買い手がこれらの状況を総合的に勘案の上、売り手の主張や意向も踏まえて互いの着地点を見出せる相手かどうかがM&Aの成否に大きく影響すると思われます。 ③ 売り手の対応 上記②によって、売り手に対する買い手の理解があったとしても、経営者保証の解除・移行の実施は最終的に金融機関等が判断します。 経営者保証を外すか否かの判断にあたっては、売り手の信用力が少なからず影響しますし、買い手が経営者保証の解除・移行に消極的なら、そもそも売り手と買い手間での経営者保証の解除・移行の議論が行われず、まったく実施もされない可能性があります。この場合、買い手から最終的な判断を下す金融機関への相談がなされないままM&Aの交渉が進んでしまうことになり、売り手としては痛手となるので気をつけなければなりません。 このようなリスクがある点を踏まえ、売り手がM&Aで経営者保証を確実に解除・移行したい場合、「中小M&Aガイドライン(第3版)」では次のような手段が挙げられています。 なお、上記④の経営者保証の解除・移行をクロージング条件として設定する場合、以下のような一歩進んだ提案も「中小M&Aガイドライン(第3版)」で紹介されています。 *  *  * 次回も「中小M&Aガイドライン(第3版)」から、買い手・売り手の見方・見られ方に関する内容に絞って解説する予定です。 (了)

#No. 593(掲載号)
#荻窪 輝明
2024/11/07

〈ベテラン社員活躍のための〉高齢者雇用Q&A 【第3回】「同一労働同一賃金と定年後再雇用時の賃金の考え方」

〈ベテラン社員活躍のための〉 高齢者雇用Q&A 【第3回】 「同一労働同一賃金と定年後再雇用時の賃金の考え方」   Be Ambitious社会保険労務士法人 代表社員 特定社会保険労務士 飯野 正明   ― 解 説 ― 1 同一労働同一賃金とは 「同一労働同一賃金」とは、同一の企業内で同じ仕事をしている労働者には、雇用形態にかかわらず同じ賃金を支払うという考え方です。 同一労働同一賃金は、正規雇用労働者(無期雇用フルタイム労働者)と非正規雇用労働者(有期雇用労働者・パートタイム労働者・派遣労働者)との間の不合理な待遇差を解消し、労働者がどのような雇用形態を選んでも納得して働くことができる環境を整備することを目的とします。 この対象となるのは、基本給や賞与、手当などの賃金だけでなく、福利厚生や教育訓練の機会も含まれます。 また、同じ仕事かどうかについては、①職務の内容(業務内容・責任の程度)、②職務の内容と配置の変更の範囲を比較して判断します。①②の両方とも同じであれば、同じ仕事ですので同じ待遇「均等・待遇」が求められます。 ①②のいずれも異なる場合またはいずれかが異なる場合であっても、その違いに応じた待遇「均衡・待遇」を適用する必要があります。 つまり、均等待遇であれば「=」ですし、均衡待遇であっても「バランスのとれた待遇」ということです。   2 再雇用後の働き方の現状 少し前の調査にはなりますが、独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)で実施した「高年齢者の雇用に関する調査(企業調査)」(2020年公表)によると、60代前半の継続雇用者(60歳に到達するまで正社員として勤続し、60歳以降も雇用され続けている従業員(正社員または非正社員))の仕事内容について、定年前からどのように変化したかを尋ねたところ、1番多い回答は「定年前とまったく同じ仕事」(44.2%)で、次いで「定年前と同じ仕事であるが、責任の重さが軽くなる」(38.4%)となっています。一方、「定年前と一部異なる仕事」「定年前とまったく異なる仕事」と回答したのは6.1%とかなり少数となっています(【図表1】参照)。 規模別に見ると、従業員数の少ない企業の方が「定年前とまったく同じ仕事」と回答している割合が高いようです。 【図表1】定年前後での仕事の変化(従業員規模別) (出所) 独立行政法人労働政策研究・研修機構「高年齢者の雇用に関する調査(企業調査)」をもとに作成 60代前半のフルタイム勤務をしている継続雇用者の年収については、【図表2】の通り、企業の規模を問わず300万円から400万円が最も多い層となっており、全体の年収の平均値は、374.7万円となっています。 なお、ここでいう年収には、賃金に加えて企業年金と公的給付が含まれており、給与の占める割合の平均値は94.8%となっています。先ほどの年収の平均値からすると、355.2万円が賃金となる計算になります。 また、同調査によると、60歳直前の賃金を100とした場合の61歳時点の賃金の平均的な水準は78.7%となっており、企業規模が小さい方が、その数字は大きくなっています。 【図表2】60代前半のフルタイム勤務・継続雇用者の平均的な年収の分布(従業員規模別) (出所) 独立行政法人労働政策研究・研修機構「高年齢者の雇用に関する調査(企業調査)」をもとに作成 なお、賃金額等について別の調査を見てみると、厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」では、以下の通りとなっています。【図表1】、【図表2】とおおむね同様の数字です。 【図表3】50代後半の賃金と60代前半の賃金の比較(月収) (出所) 厚生労働省「賃金構造基本統計調査」をもとに作成   3 同一労働同一賃金と再雇用後の賃金 再雇用は、有期雇用契約となっていることが多く、その場合いわゆる「非正規労働者」に位置付けられます。したがって、同一労働同一賃金の適用を受けるのが原則です。そうなると、同一労働であれば均等待遇でなければならず、同一労働でなくても均衡待遇でなければなりません。 この点については、賃金が定年前と比較して60%未満となったケースを違法とした一審、二審判決を最高裁が破棄した事例があります(差し戻し審議中)。「何%未満は違法」といった基準は出ていませんが、賃金額だけを比較して「定年前の〇%」とするのは避けるべきと考えます。 なお、非正規労働者に対して「諸手当の支給はない」というこれまでの慣例は完全に否定されていると考えるべきです。基本給以外の諸手当については、支給基準が明確になっているものであることから、支給基準を満たしている場合には、定年退職後も当然に支給するべきと考えます。 同一労働でなくても均衡待遇が求められるわけですから、定年前に支払われていた手当が、同じ状況にあるのに、定年後は一切支払われないというのは、均衡待遇とはいえないでしょう。職務や責任の違いに応じた支払いを検討すべきです。   4 まとめ ご質問のケースのように、定年後再雇用時の賃金を一律7割とするのではなく、再雇用後の職務や責任の程度等を考慮したうえで、賃金を決定すべきであると考えます。 再雇用後の働き方が定年前と大きく変わることがなければ、賃金は「=」が望ましいですが、少なくとも「バランスのとれた待遇」が求められ、相場は「定年前の8割程度」となっていることを考慮すべきでしょう。 なお、これに加えて【第2回】でお話ししたように、高年齢雇用継続給付の支給率の上限が15%から10%へ低下することに伴い、公的給付による賃金の補填が受けづらくなってきていることも考慮する必要があります。高年齢雇用継続給付の支給の対象となるのは、賃金が定年前の75%未満になった場合です。これを上回ることが1つの目安となるでしょう。 人手不足の中、シニア世代のベテラン社員が気持ち良く働ける制度を構築すべきと考えます。 (了)

#No. 593(掲載号)
#飯野 正明
2024/11/07

電子書類の法律実務Q&A 【第24回】「ChatGPTは電子メール等のビジネス文書作成に使えるか」

電子書類の法律実務Q&A 【第24回】 (最終回) 「ChatGPTは電子メール等のビジネス文書作成に使えるか」   弁護士法人 咲くやこの花法律事務所 弁護士 池内 康裕   〔Q〕 ChatGPTを、電子メール等のビジネス文書作成に使用する場合の注意点を教えてください。 〔A〕 ChatGPTは、標準的なビジネス文書作成を補助するツールとしては優秀です。ただし、リサーチ能力は優れていません。リサーチのツールとして使うには、自分で正しい情報かどうかを判断できることが前提となります。また、個人情報保護法違反、著作権侵害、秘密漏洩など一定のリスクがあるので、企業内で使用する場合、ルール作りが必要です。 これらの限界とリスクを踏まえたうえで、積極的に活用した方がよいというのが筆者の意見です。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 ChatGPTとは ChatGPTは、OpenAI社が開発した対話型の生成AIである。2022年11月にリリースされた。 ChatGPTでは、電子メール等のビジネス文書の作成を行うことができる。そのため、企業がChatGPTを活用する場面が増えている。   2 ChatGPTの活用 筆者がChatGPTを使い始めたのは、2024年8月だ。現在、月額20ドルの有料プランを利用して約2ヶ月が経過している。短い使用期間による見解にはなるが、ChatGPTの長所と短所について触れてみたい。 (1) 一般的なビジネス文書の作成 ChatGPTは、ビジネスメールなどのたたき台を素早く作成できる。 例えば、本連載の締め切りまでに原稿提出が間に合わない場合に、「忙しくて電子書類の法律実務Q&A【第24回】の執筆が締め切りまでに終わらない。出版社宛にお詫びメールを作って」と指示したとする。そうすると、約10秒で、以下のようなメールのひな形を作ってくれる。 若干手直しが必要だが、ゼロから自分で作るより効率的だ。 「これまで何回も締め切りに遅れているので、もっと丁寧に」と指示することもできる。その場合、以下のような修正がなされる。 (2) 書籍の誤字脱字チェック・セミナーの台本作成 ChatGPTは、書籍の誤字脱字チェックやセミナーの台本作成にも利用できる。 ただし、誤字脱字のチェックに利用するには工夫が必要だ。修正箇所を明示するように指示しなければ、どの部分が修正されたか分からなくなる。また、単純な誤字脱字のチェック以外に、「法律の知識がない人でも分かりやすく」「1文を短く」「ですます調にする」などの指示にもある程度対応可能だ。 カスタマーハラスメントに関するセミナーで話す内容について、ChatGPTを利用したこともある。まず、ChatGPTにセミナー用のパワーポイントを読み込ませる。次に、スライド番号を指定して話す内容を入力し、助言を依頼すると、台本が作成される。ただし、方向性や話す内容については詳細な指示が必要だ。ChatGPTの能力をフルに活用するには、部下に指示を出すときと同様に、細かい指示が必要である。 (3) 法的なリサーチ 他方、法的なリサーチ能力に関しては、極めて不十分だ。 例えば、労働者派遣法についてChatGPTに質問した際、労働者派遣法26条1項の内容として、「派遣先は、当該派遣労働者が就業する業務に従事する期間において、当該派遣労働者を、次に掲げる業務に従事させてはならない」と回答された。しかし、実際の労働者派遣法26条1項には、「労働者派遣契約(当事者の一方が相手方に対し労働者派遣をすることを約する契約をいう。以下同じ。)の当事者は、厚生労働省令で定めるところにより、当該労働者派遣契約の締結に際し、次に掲げる事項を定めるとともに、その内容の差異に応じて派遣労働者の人数を定めなければならない」と記載されている。 このように、ChatGPTは一見正しそうな回答を作るのが得意だが、内容の正確性に欠ける場合がある。もちろん不正確な回答をするのは、人間も同じだ。大切なのは、ChatGPTの能力を信用しすぎないことだ。実際、ブラジルでは、裁判官がChatGPTで事件に関連する判例を探し、誤った判例を引用して判決文を執筆したという事件が起こった。 自分で内容の正誤が判断できない場合には、リサーチのツールとして、ChatGPTを活用することは難しい。 なお余談だが、滋賀・近江八幡エリアの小旅行プランを立ててもらうと、以下のようにもっともそうな案が提示される。 しかし、「赤こんにゃく八幡屋」という店舗を検索しても出てこない。さらに、長濱蒸溜所からヒトミワイナリーは、電車で2時間程度かかるので、30分で移動するのは困難だ。このプランを採用して旅行すると、ランチは食べられないし、ヒトミワイナリーでワインを飲むこともできない。 (4) 弁護士業務 弁護士業務における事件処理では、守秘義務との関係で問題があると考えられるため、筆者はChatGPTを活用していない。 仮に守秘義務の問題がクリアされても、現状、ChatGPTの法律文書作成能力は低い。法的なリサーチ力に問題があることについては、既に指摘したとおりだ。 もう1つの問題として、ChatGPTは法律用語を十分に学習していない点が挙げられる。この点については、ChatGPTが分厚い法律用語辞典を学習すれば、法律文書作成能力は飛躍的に向上する可能性があるだろう。   3 ChatGPTの法的問題点 ここからは、法的な問題点について解説しよう。より詳しい内容は、本稿の最後にまとめた【参考文献等】をご参照いただきたい。 (1) 著作権 ChatGPTが出力した文章について、OpenAI社は著作権を主張しないとしている。そのため、現状では、OpenAI社との関係で、著作権が問題となる可能性は低い。 また、ChatGPTが出力した文章が第三者によって無断で使用された場合に、ChatGPTの利用者が著作権侵害を主張することは難しいと考えられている(※1)。 (※1) 田中浩之ほか『ChatGPTの法律』74頁 問題は、ChatGPTが作成した文章が、既存の著作物と類似してしまった場合、著作権侵害となるかどうかである。一定の場合、著作権侵害になるとする見解が多い。しかし、どのような場合に著作権侵害になるかについて、統一した見解はない。少なくとも、契約書や一般的なビジネス文書を作成する場合には、著作権侵害の可能性は低いと考えてよいだろう。 (2) 個人情報保護 個人情報保護法により、個人情報取扱事業者は原則として、本人の同意を得ないで、個人データを第三者に提供してはならないとされている(個人情報保護法27条1項)。 個人情報をChatGPTに入力する行為が、個人データの第三者提供に当たるかどうかについては、争いがある。少なくとも個人データを構成する個人情報を入力する行為については、第三者提供に当たると判断される可能性がある(※2)。したがって、個人データを構成する個人情報については、同意なしに入力するのは控えるべきだ。 (※2) 松尾剛行『ChatGPTと法律実務』79頁 そして、OpenAI社は海外法人であるため、第三者提供に当たるとすると、単に本人から同意を得るだけでは不十分である点も押さえておきたい。個人情報取扱事業者は、外国にある第三者への提供を認める旨の本人の同意を得ようとする場合、当該第三者が講じる個人情報保護に関する情報等を、あらかじめ本人に提供しなければならない(個人情報保護法28条2項、個人情報保護法施行規則17条2項)。 (3) ルールを決めることが重要 サムスン電子では、エンジニアが社内機密のソースコードをChatGPTにアップロードし、誤って流出させたことを受け、「生成AI」ツールの使用禁止を社内に通知した。 企業内でChatGPTを使用する場合には、入力可能な情報の種類、学習機能・履歴等の設定、登録アドレスについてルールを設ける必要がある。   4 将来的な予測 これまで、ChatGPTの不十分な点も指摘してきた。しかし、今後技術革新が進むことで、やがて、これらの不具合は解消されるだろう。 松尾剛行弁護士は、2040年にはChatGPTを使えないのはパソコンを使えないのと同じ意味を持つようになると予測する(※3)。 (※3) 松尾剛行『ChatGPTと法律実務』264頁 積極派の急先鋒は、孫正義氏である。講演等において、ChatGPT等の生成AIが危険だから使わないのは、自動車が危険だから使わないのと同じで、ChatGPTを仕事で使わない人は、「人生を悔い改めた方がよい」とまで発言している。さらに孫氏は、「AGIは10年以内に実現される」と予測する。孫氏によれば、AGIとは「全人類の叡智の総和の10倍の人工知能」である。この予測が正しいかどうかは分からないが、ChatGPTは有益な技術なので、今のうちから使える範囲で使っておくというのは、賛成だ。   5 これまでの連載の「値打ち」 9月に亡くなった文芸評論家の福田和也氏の代表作の1つに、現役作家の著書を100点満点で採点する『作家の値うち』という本があった。 本連載は今回が最終回である。そこで、過去23回の本連載の「値うち」を100点満点で、ChatGPTに採点してもらうことにする。筆者としては、承服しがたい評価もあるのだが、皆さんからするといかがだろうか。   (連載了)

#No. 593(掲載号)
#池内 康裕
2024/11/07

空き家をめぐる法律問題 【事例61】「宅地建物取引業者の人の死に関する事案の調査説明義務」

空き家をめぐる法律問題 【事例61】 「宅地建物取引業者の人の死に関する事案の調査説明義務」   弁護士 羽柴 研吾   - 事 例 - 当社は、相続財産清算人から空き家の媒介を頼まれ、販売活動をしております。相続財産清算人によると、当該建物内で所有者が亡くなっていたとのことですが、次の事実がある場合に、買主に対して伝える必要がありますか。 ① 建物内で病死していた場合 ② 建物内で自殺していた場合 ③ 建物から転落死していた場合   1 検討の視点 宅地建物取引業者が不動産売買の媒介を行う際に、当該不動産において人の死に関する事案が発生していたことを把握する場合がある。人の死に関する事案の有無は、売買契約の当事者が契約を締結するかどうかの考慮要素になりうるものであるため、説明を受けていなかった買主が、宅地建物取引業者に対して説明義務違反を問うこともある。そこで、本事例では、人の死に関する事案に関する宅地建物取引業者の説明義務の有無について検討する。   2 宅地建物取引業者の一般的義務と調査説明義務 (1) 宅地建物取引業者の一般的義務 宅地建物取引業者が買主との間で媒介契約(準委任契約)を締結している場合、宅地建物取引業者は、買主に対して善管注意義務を負っている。また、宅地建物取引業者が売主との間でのみ媒介契約を締結している場合(相続財産清算人案件はこのケースが多いと思われる)のように、買主との間に媒介契約がない場合でも、宅地建物取引業者は、当該宅地建物取引業者の介入を信頼して取引をなすに至った第三者一般に対しても、業務上の一般的注意義務があるものと解されている。 (2) 宅地建物取引業者の調査説明義務 上記(1)の義務に関して、宅地建物取引業法(以下「宅建業法」という)第35条は、宅地建物取引業者に、宅地建物取引士をして、少なくとも同条に規定する事項(重要説明事項)について書面を交付して説明させる義務を負わせている。また、同法第47条は、宅地建物取引業者の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすこととなるもの(以下「重要影響事項」という)に関して、宅地建物取引業者が故意に事実を告げず、不実のことを告げる行為を禁止している。 これらの義務は、買主等の利益を保護する観点から義務付けられているものであるため、宅地建物取引業者の業法的規制にとどまらず、民事上の調査説明義務の根拠となりうるものである。   3 人の死に関する事案の調査説明義務 (1) 人の死に関する事案の特徴 過去に発生した人の死に関する事案は、買主に不安感や嫌悪感を与えうるものであるため、宅建業法第47条の重要影響事項に該当することもある。もっとも、人の死の原因には、老衰、病死のような自然死の場合もあれば自殺の場合もあり、仮に人の死に関する事案が買主の判断に影響を及ぼすとしても、その影響の継続性は、事案の態様、時間の経過、周知性等や当該物件の立地等の特性によって異なり、時代や社会の変化に伴って変遷する可能性もある。 また、宅地建物取引業者が人の死に関する事案を把握して買主等に説明の必要性を感じた場合でも、本人や遺族の名誉・プライバシー保護や個人情報保護との兼合いもあり、その調査にもおのずから限界がある。そのため、宅地建物取引業者が、どのような場合にどのような方法で人の死に関する事案の調査説明義務を負うかを、上記の特徴を踏まえて、できる限り明確にしておくことが望まれる。 (2) 国土交通省のガイドラインによる類型化 国土交通省は、令和3年10月に「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」(以下「告知ガイドライン」という)を公表している。告知ガイドラインは、居住用不動産を対象として、宅地建物取引業者が人の死に関する調査説明義務を負う場合を整理したものである。なお、告知ガイドラインは指針を示したものであり、宅地建物取引業者の民事上の責任の有無は、事案ごとに判断されるため留意が必要である。 ① 人の死に関する事案の調査義務 告知ガイドラインによれば、宅地建物取引業者は、販売活動・媒介活動に伴う通常の情報収集を行うべき業務上の一般的な義務を負っているところ、人の死に関する事案が生じたことを疑わせる特段の事情がない限り、人の死に関する事案が発生したか否かを自発的に調査すべき義務まではないものとされている。 この点に関し、宅地建物取引業者は、売主等に対して告知書(物件状況等報告書)その他の書面(以下「告知書等」という)を交付して様々な情報収集を行っているところ、人の死に関する事案の有無の記載も含まれている。告知ガイドラインは、告知書等の授受をもって、宅地建物取引業者の通常の情報収集義務は履行されたものと整理している。 また、告知書等に記載されなかった事案が後日に判明しても、当該宅地建物取引業者に重大な過失がない限り、人の死に関する事案に関する調査は適正になされたものとされ、売主等から不明との回答がされた場合や回答がなかった場合であっても、宅地建物取引業者に重大な過失がない限り、調査は適正になされたものとされている。もっとも、告知ガイドラインでは、売主等から回答がない場合でも、人の死に関する事案の存在を疑う事情があるときは、売主等に確認する必要があるともされており、確認の有無は、上記重大な過失の判断にも影響しうるものと考えられる。 ② 人の死に関する事案の説明義務 宅地建物取引業者が、通常の情報収集の過程において、売主等から、過去に人の死に関する事案が発生したことを知らされた場合や、自ら事案が発生したことを認識した場合に、この事実が取引の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすと考えられるときは、宅地建物取引業者は、買主等に対してこれを告げなければならないものとされている。 上記を前提に、告知ガイドラインでは、宅地建物取引業者が告知をしなくてもよい場合が次のように類型化されている。   4 本件において (1) 建物内で病死していた場合 建物内で病死していた事実がある場合、宅地建物取引業者は、買主に対してこの事実を説明する義務は負わないが(上記➊)、特殊清掃等が行われていたときは、買主に重要な影響を及ぼす可能性があるため、事案に応じて当該事実を説明する義務を負う(上記➍)。 (2) 建物内で自殺していた場合 建物内で自殺していた事実は、買主に重要な影響を及ぼす可能性があるため、宅地建物取引業者は、買主に対して、事案に応じて当該事実を説明する義務を負う(上記➍)。 (3) 建物から転落死していた場合 建物から転落死した場合、死亡した場所は建物内ではないが、一般的に、買主は、転落した建物内の場所に対して不安感や嫌悪感を抱くものと考えられるから、建物内での死亡と同様に扱うことが相当である(心理的瑕疵の有無に関する東京地判令和5年3月23日判例秘書等)。転落した原因が日常生活内の不慮の事故である場合には上記➊に従って対応し、自殺のような場合は上記➍に従って対応することになると考えられる。 (了)

#No. 593(掲載号)
#羽柴 研吾
2024/11/07

〈小説〉『所得課税第三部門にて。』 【第86話】「年末調整の廃止」

〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第86話】 「年末調整の廃止」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一   「そうか・・・年末調整の廃止ねえ・・・」 中尾統括官は、新聞を見ながら、呟く。 新聞の片隅には、次の「年末調整」の解説がある。 新聞の第1面には、「自民総裁選で河野氏提起『年末調整の廃止』はあるのか」と見出しが載っている。 「僕は、賛成ですね」 傍らにいた浅田調査官は、中尾統括官の呟きを聞いたのか、即答する。 「ほう・・・君は賛成か?」 中尾統括官は、浅田調査官の顔を見る。 「ええ、だって、憲法30条に納税は国民の義務と書いてあるでしょう、その納税の大前提である確定申告の手続きを、本人がせずに源泉徴収義務者に任せるというのは・・・どうも納得できません」 浅田調査官は、真面目な顔で言う。 「そうか・・・」 中尾統括官は、少し考える。 「しかし、3,000万人以上いる給与所得者の確定申告書の提出を想像すると、かなりの事務量になる・・・特に、われわれ所得課税部門は大変なことになる・・・」 中尾統括官は、渋い顔になる。 「・・・国税庁の報告によると、令和5年度の確定申告のオンライン利用率は、全体の3分の2を占める水準になっているようです」 浅田調査官は、自信たっぷりに言う。 「・・・それに・・・給与所得者は、ほとんど概算控除の給与所得控除額を適用しますから、所得計算は簡単で・・・基礎控除、扶養控除、医療費控除など所得控除についても複雑といわれていますが、1度、確定申告書を作成すれば、次回からは、それほど時間はかからないと思います・・・」 浅田調査官は、中尾統括官の顔を見る。 「そうかなあ」 中尾統括官は、首を傾げながら、疑わしそうな眼差しをする。 「特に・・・若いサラリーマンだったら、スマートフォンで、時間をそれほど費やさずに確定申告することができると思います・・・そして、多くの納税者が、e-Taxを活用すれば、新聞で騒ぐほど、税務署も手間はかからないのではないですか・・・僕は、事業者などに負担させている『源泉徴収義務』をできるだけ軽減させて、事業者が本来の営業活動に専念できるような環境を創るべきだと思うのです・・・」 浅田調査官は、現行の源泉徴収制度に批判的である。 「・・・それに、国はe-Taxを推進するために、e-Taxを利用した納税者には10万円のe-Taxの所得控除を認めたり、税理士に確定申告を依頼した場合には、その費用を給与所得控除額とは別枠で控除を認めたりしたらよいと思います」 浅田調査官のアイデアは豊富である。 「しかし、そんなに上手くいくだろうか?」 中尾統括官は、まだ思案顔である。 「中尾統括官は、『記入済み申告書』制度というものを知っていますか?」 突然、浅田調査官が中尾統括官に尋ねる。 「記入済み申告書?」 中尾統括官は、首を横に振る。 「課税庁が、雇用主・銀行・証券会社・保険会社・医療機関などから所得等に関するデータを集めて、それをあらかじめ記入した申告書を作成し、納税者がその内容を確認する仕組みです・・・これによって、納税者の事務負担が軽減されるというものです」 浅田調査官は、罫紙に図を描く。 「デジタル化が進み、課税庁がデータを収集する範囲が広がると、課税庁の作成する確定申告書の精度は高くなります」 「そういえば・・・国税庁も令和6年分の確定申告では、給与所得(源泉徴収票)も自動入力対象になったと言っていたが・・・」 中尾統括官は、小声で言う。 「それに・・・最近では、サラリーマンに副業や兼業を認める会社が増えたでしょう・・・この前も、某都市銀行が銀行員の副業を認めると報道されていましたが・・・このように副業が増加すると、多くのサラリーマンは確定申告することになります・・・」 浅田調査官は、続ける。 「すなわち、給与所得以外に年間20万円以上の所得があれば、確定申告をする義務が生じます・・・このようにサラリーマンで確定申告をする人が増えれば、年末調整をする必要がなくなります・・・源泉徴収義務者である会社に、わざわざ年末調整の事務を負担させる意味がなくなるのです」 中尾統括官は、小さく頷く。 「なるほど・・・社会の変化だな・・・」 中尾統括官は、浅田調査官の真剣な顔を見る。 「最後にもう1つ」 浅田調査官がそう言うと、「まだあるの?」と中尾統括官が驚く。 「これは、結構重要なことなんです」 そして、浅田調査官は、小さな声で言う。 「個人情報の保護です・・・」 浅田調査官は、中尾統括官を見る。 「・・・年末調整では、社員の個人情報が知られるということです・・・すなわち、年末調整の事務担当者は、当然、社員の家族状況、例えば、障害者の子供がいるとか、住宅ローンであれば、銀行からの借入金の金額などを知ることになります・・・これらの他人にあまり知られたくない情報が、洩れてしまうという可能性があります・・・自分で確定申告をする場合には、そのような心配はありません」 中尾統括官は、「なるほど」と言って、大きく頷く。 (つづく)

#No. 593(掲載号)
#八ッ尾 順一
2024/11/07

《速報解説》 ASBJ、2024年年次改善プロジェクトによる企業会計基準等の修正を公表~金融商品会計基準含む多数の基準等を修正するも会計処理等の実質的な変更はなし~

《速報解説》 ASBJ、2024年年次改善プロジェクトによる企業会計基準等の修正を公表 ~金融商品会計基準含む多数の基準等を修正するも会計処理等の実質的な変更はなし~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2024年11月1日、企業会計基準委員会は、「2024年年次改善プロジェクトによる企業会計基準等の修正について」として、企業会計基準、企業会計基準適用指針、実務対応報告及び移管指針の修正を公表した。多くの企業会計基準などが修正されている。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 主な内容 「金融商品に関する会計基準」(企業会計基準第10号)、「固定資産の減損に係る会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第6号)、「連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針」(移管指針第4号)など多くのものが修正されている。 修正内容の一覧が公表されている。 本修正は、会計処理及び開示に関する定めを実質的に変更するものではないとのことである。 例えば、臨時償却に関する記述を削除したり、移管指針の名称に修正したりすることが行われている。   Ⅲ 適用時期等 本修正は、公表と同時に適用する。 (了)

#阿部 光成
2024/11/07

プロフェッションジャーナル No.592が公開されました!~今週のお薦め記事~

2024年10月31日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.592を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2024/10/31
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