Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第39回】 「貸付金及び非上場株式を同族会社である発行法人に遺贈した場合の 非上場株式の価額計算における留意点」 税理士 柴田 健次 Q 甲は昭和40年にA社を設立し、パンの製造業を営んでいましたが、令和2年に代表取締役を辞任し、甲の甥である乙が新たに代表取締役に就任しました。A社の株主は甲のみで甲は発行済株式数200株を所有していましたが、同年に乙にA社株式20株を相続税評価額で売却するとともに下記の遺言書を作成しています。甲は、代表取締役辞任後、相続開始まで引き続きA社の会長として役員になっています。 ■遺言書の内容 令和5年10月5日に相続が発生し、相続開始直前における財産は、下記の通りとなります。甲の相続人は長男のみとなります。 ■相続開始直前における甲の財産 ■A社株式の所有状況の推移 甲の相続に伴い、甲、A社及び乙のそれぞれの課税関係はどのようになりますか。 また、甲の相続財産の課税価格の合計額はいくらになりますか。 A社株式の法人への遺贈は、甲が法人にA社株式を譲渡したものとみなされることになりますが、この場合のA社株式の価額算定にあたっては、所得税基本通達59-6の定めにより財産評価基本通達を準用するものとします。 A社の会社の規模区分は中会社の大に該当し、A社は特定の評価会社には該当しません。また、A社は9月決算であり、直前期末時点(令和5年9月30日)と相続開始時点(令和5年10月5日)において甲のA社に対する貸付金に変動はないものとします。純資産価額の計算においては、直前期末方式(直前期末の資産及び負債の帳簿価額に基づき評価する方式)により計算するものとします。 A社は9月決算であり、遺贈前の令和5年10月5日時点における取引相場のない株式(出資)の評価明細書の第4表「類似業種比準価額等の計算明細書」及び第5表「1株当たりの純資産価額(相続税評価額)の計算明細書」は、それぞれ下記の通りとなります。なお、A社は土地及び上場有価証券は有していません。 ※画像をクリックすると別ページでPDFが開きます。 ※画像をクリックすると別ページでPDFが開きます。 遺贈前におけるA社株式の1株当たりの価額並びに甲及び乙が所有している株式の相続税評価額は、下記の通りとなります。 A ■甲の課税関係 1株当たりの価額588,850円(427,700円 × 50% + 750,000円 × 50%)で100株を法人に譲渡したものとみなされ、株式の譲渡所得53,885,000円(588,850円 × 100株 - 50,000円 × 100株)として所得税が課税され、甲の相続人である長男が納税義務を負うこととなります。なお、交付金銭等の額はないため、みなし配当金額はありません。 ■A社の課税関係 債務免除益50,000,000円が益金に算入され法人税等が課税されます。A社株式の取得は資本等取引に該当し、A社の課税関係は発生しません。 ■乙の課税関係 甲から遺贈により取得したA社株式80株に対して相続税が課税され、かつ、乙が相続開始前から所有していた20株については、遺贈によりA社株式の価値が増加していますので、その価値増加部分に対して、甲から乙に遺贈があったものとして相続税が課税されます。 A社株式の相続税評価額は、遺贈後で計算を行うことになり、遺贈後における1株当たりの相続税評価額は1,020,840円(932,600円 × 90% + 1,815,000円 × 10%)となります。 乙が甲から遺贈により取得したA社株式80株の相続税評価額は81,667,200円(1,020,840円 × 80株)となり、乙が所有していた20株についての価値増加部分は、下記の通り11,218,200円となります。 〈20株の価値増加部分の計算〉 したがって、乙に対して課税される相続財産は92,885,400円(81,667,200円 + 11,218,200円)となります。 ■甲の相続財産の課税価格の合計額 ◆ ◆ ◆ ① 法人に遺贈を行った場合の課税関係 (1) 被相続人の課税関係 譲渡所得の起因となる資産を法人へ遺贈した場合には、被相続人が相続開始時の価額でその資産を法人に譲渡したものとみなされ、被相続人の譲渡所得の課税対象とされます(所法59①)。譲渡所得の起因となる資産には、土地、借地権、建物、株式等、金地金などは含まれますが、貸付金や売掛金などの金銭債権は除かれます。 本問の場合には、A社株式の遺贈が譲渡所得の対象となり、この場合における1株当たりの価額は、所得税基本通達59-6の定めに基づき算定することになります。財産評価基本通達を準用する場合には、下記の点に留意する必要があります。 ❶ 株主判定と評価方式 株主判定は譲渡(遺贈)前の議決権数に基づきその判定を行うことになります。甲は譲渡直前において中心的な同族株主に該当することになりますので、所得税基本通達59-6(2)の適用により小会社に該当するものとして計算することになります。 したがって、類似業種比準価額の使用割合であるLの割合は50%となり、「類似業種比準価額 × 50% + 純資産価額 × 50%」で計算することになります。 ❷ 類似業種比準価額の算定 類似業種比準価額を求める際の斟酌割合は小会社としての斟酌割合(0.5)ではなく、A社の会社規模区分(中会社)としての斟酌割合(0.6)となりますので、類似業種比準価額は427,700円となります(令和2年9月30日国税庁資産課税課情報第22号)。 ❸ 純資産価額の算定 所得税基本通達59-6(3)及び(4)の定めにより、土地及び上場有価証券は相続税評価ではなく時価により算定し、法人税額等相当額の控除もしない価額となります。本問の場合には、土地及び上場有価証券はありませんので、評価替えを行う資産項目はありません。 なお、甲に対する借入金50,000,000円については、遺贈により消滅することになりますので、その借入金50,000,000円は負債として計上して問題ないかを検討する必要があります。 令和3年5月21日の東京地裁(TAINSコード:Z271-13567)は、遺言により株式と貸付金が同時に法人に遺贈された場合、当該株式について所得税法59条1項の「その時における価額」を純資産価額方式で算定するに当たり、法人に対する貸付金を負債に計上するべきか否かが争われた事件となりますが、東京地裁は、下記のとおり負債に計上すべきと判示しました。 (下線部は筆者による) 上記の東京地裁により、株式の価額は、譲渡(遺贈)が行われる直前の資産及び負債の価額に基づき計算がなされますので、役員借入金は純資産価額の計算上、負債に計上することになります。 したがって、本問の場合には、1株当たりの価額588,850円(427,700円 × 50% + 750,000円 × 50%)で法人に株式を売却したものとみなされ、株式の譲渡所得53,885,000円(588,850円 × 100株 - 50,000円 × 100株)として所得税が課税され、甲の相続人である長男が納税義務を負うこととなります。なお、甲は令和6年1月1日時点に存命ではありませんので、譲渡所得に対する住民税は発生しないことになります。 (2) 法人の課税関係 A社は、貸付金及び株式を遺贈により取得していますが、貸付金については混同により消滅し、債務免除益50,000,000円として益金に算入されることになります。一方でA社株式の取得は、自己株式の取得となり、資本等取引に該当し課税関係は発生しません(法法22②③④⑤)。 (3) 乙の課税関係 ❶ 80株に対する相続税の課税 乙は、被相続人から遺贈を受けた80株について相続税が課税されます。この場合のA社株式の相続税評価額は、遺贈後で計算を行うことになり、遺贈後における1株当たりの相続税評価額は1,020,840円(932,600円 × 90% + 1,815,000円 × 10%)となります。 したがって、80株の相続税評価額は81,667,200円(1,020,840円 × 80株)となります。 ❷ 遺贈後におけるA社株式の相続税評価額の算定上の留意点 実際の遺贈後における取引相場のない株式(出資)の評価明細書第4表「類似業種比準価額等の計算明細書」及び第5表「1株当たりの純資産価額(相続税評価額)の計算明細書」は、それぞれ下記の通りとなります。 ※画像をクリックすると別ページでPDFが開きます。 ※画像をクリックすると別ページでPDFが開きます。 ❸ 20株の価値増加部分に対する相続税の課税 乙は相続前から所有していた20株については遺贈後に株式の価値が増加しているため、その価値増加部分について被相続人から乙に対し遺贈があったものとみなされ、相続税が課税されることになります(相法9)。 1株当たりの価値増加部分の計算は、遺贈後における1株当たりの価額から遺贈前における1株当たりの価額を控除した金額となり、20株の価値増加部分は、下記の通り11,218,200円となります。 〈20株の価値増加部分の計算〉 ❹ 乙に対して課税される相続財産 乙に対して課税される相続財産は92,885,400円(81,667,200円 + 11,218,200円)となります。 ② 甲の相続財産の課税価格の合計額 相続税の納税義務者は、遺贈を受けた個人である乙及び相続人である長男の2人となりますので、それぞれが取得した相続財産等の合計額が課税価格の合計額となります。遺贈により財産を取得した普通法人(法法2九)であるA社は、相続税の納税義務者にはなりませんので、相続税が課税されることはありません(相法1の3、66)。 したがって、課税価格の合計額は、下記の通り計算されます。 〈甲の相続財産の課税価格の合計額〉 ☆実務上のポイント☆ 所得税におけるみなし譲渡の適用については、売主に課税されるため譲渡直前の状況に基づき株式価額を計算するのに対して、相続税の株式価額の計算においては、相続税の納税義務がある株式取得者に課税されるため、遺贈を受けた直後の状況に基づき株式の価額を計算することになります。 (了)