〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第1話】 「所得税法56条と租税回避」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 昼休みの税務署内。昼食を終えた中尾統括官は、憂鬱そうな表情で新聞を読んでいる。 7月の人事異動が終わり、これから1年間、新しいスタッフと共に働くことになるのだが、中尾統括官は毎年この時期になると、新学期を迎える1年生のように、ナーバスな気持ちになる。 中尾統括官は今年で57歳。定年まであと3年あるが、所得課税第三部門には昨年の人事異動で配属されたので、今年は2年目である。 「・・・中尾統括官。」 中尾統括官が顔を上げると、浅田調査官が机の前に立っている。 「あの・・・実はちょっと・・・質問が・・・」 浅田調査官は遠慮がちに中尾統括官の顔を覗く。浅田調査官は2ヶ月前に、税務大学校の「専科研修」から帰ってきたばかりである。 「質問・・・?」 中尾統括官は怪訝そうに浅田調査官を見る。 「ええ・・・税理士からの質問なのですが。・・・かまいませんか?」 そう言うと、浅田調査官はメモ用紙をポケットから取り出して、説明を始める。 「子供の土地の上に母親が賃貸マンションを建設したのですが、その場合の地代の支払いについての質問なのです。」 中尾統括官は、黙って聞いている。 「私は、とりあえず、子供に支払った地代は、母親の不動産所得では必要経費にならない・・・と答えたのですが・・・」 浅田調査官は、自信のなさそうな声で言う。 「母親と子供が・・・生計を一にしている、ということであれば、母親の必要経費にならないことになる。それは、所得税法56条の問題だな・・・」 中尾統括官は、机の上に置かれた税務六法を開く。 中尾統括官は条文を読んで頷いた後、説明する。 「・・・しかし、子供の必要経費・・・例えば、子供の所有している土地の固定資産税は、母親の必要経費になる((※1)の下線)・・・」 「この所得税法56条については、有名な判例が2つありましたね・・・夫・妻弁護士事件(最高裁平16.11.2判決)と妻税理士・夫弁護士事件(最高裁平17.7.5判決)・・・」 浅田調査官は専科研修で学んだときの資料ファイルを開いた。 「妻税理士・夫弁護士事件は、弁護士の夫が、生計を一にしている税理士の妻と顧問税理士契約を締結して、報酬を支払ったのだけど・・・所得税法56条を適用して、夫の必要経費として認めなかった。もっとも、東京地裁(平成15.7.16判決)は、納税者の主張を認めたけれど・・・」 浅田調査官の説明に、中尾調査官は頷く。 「そうだな・・・そういう事件があったことは覚えている・・・」 中尾統括官は、浅田調査官から差し出されたファイルを見る。 「この所得税法56条は、もともと家族間で所得を分割して、租税の負担を軽減するという租税回避を防止する目的で設けられた規定なんだ。ただし・・・この規定そのものが現代の社会に合致するのか・・・そういう批判はあることも知っている。」 中尾統括官は、言葉を選びつつコメントする。 「ところで、先ほどの税理士からの質問なのですが、母親は子供に地代を支払っても母親の必要経費にならない・・・そして、子供は、所得税法56条によれば・・・当該各種所得の金額の計算上ないものとみなす((※2)の下線)・・・とされていることから、子供は申告する必要がないことになります・・・」 浅田調査官の声のトーンが高くなる。 「・・・君は・・・何を言いたいんだい?」 中尾統括官は戸惑いながら尋ねる。 「つまり、子供は母親から地代を貰っても、申告をしなくてもよいということは・・・子供は、その受け取った地代に係る所得について課税されない・・・ということになるのでは・・・そう思うのですが・・・これって、逆に、租税回避になるのでは?」 浅田調査官は税務六法を見ながら言う。 「それは・・・」 中尾統括官は考えをめぐらせている。 「所得税法56条は、母親が子供に支払う地代そのものについて、何ら否定をしていません。ただ、所得税法上、その地代の支払いを母親の必要経費と認めないということを規定しているのです。他人に土地を借りるときには、当然、地代を支払うのだから、子供だからといって(妥当な)地代を支払う行為を禁じることはできない・・・所得税法は、支払を禁じているのではなく、その支払地代を母親の不動産所得を計算する際に、必要経費にしないということだけの規定なのです。」 浅田調査官は早口で一気に説明をする。 中尾統括官は驚いた様子で浅田調査官の説明を聞いている。 「・・・そして、その反射的な処理として、子供は、受け取った地代について何ら申告をする必要がない・・・」 浅田調査官の頬は少し火照っている。 「なるほど・・・逆に、所得税法56条は、納税者に対して、租税回避を助長している・・・ということか・・・」 中尾統括官は、苦笑いする。 「私はそう思うのですが。」 浅田調査官は自信たっぷりに言う。 「完璧な税法を規定することは・・・なかなか難しいな・・・」 中尾統括官は所得税法56条の条文を見ながらつぶやいた。 (つづく)
《編集部レポート》 日税連、京都大学にて寄附講座を開講 ~神津会長が登壇、学生に税理士の魅力を伝える~ Profession Journal 編集部 日本税理士会連合会は租税教育の一環として、大学における租税法に関する教育・研究活動を助成するため、平成7年度より各大学において寄附講座を開講している。 このほど平成29年度から3年度にわたり京都大学において寄附講座が開講され、第1回(2017年10月3日)の講師として神津信一日本税理士会連合会会長が登壇、「税理士の使命と役割-来たれ!税理士業界へ!-」をテーマに講義を行った。 神津会長は自身が初めて企業の決算・申告実務を任されたときに税理士業務のやりがいや魅力を知ったエピソードを披露、続いて税理士制度の沿革について紹介するとともに、税務に関する唯一の専門家であることを説明した。 (神津信一日本税理士会連合会会長) また、中小企業に寄り添うだけでなく最近では企業の組織再編のサポートや資産税の業務など様々な活躍の場があり、あらゆるところにニーズがある税理士の魅力を紹介。講演の最後には学生からの質問にも熱心に耳を傾け、実践的なアドバイスを行っていた。 (了)
《速報解説》 日本監査役協会関西支部 監査実務チェックリスト研究会、 「改訂版 監査役監査チェックリスト①~③」を取りまとめた報告書を公表 ~改正会社法への対応や監査環境の変化を取り入れ、より有用なツールへ~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2017(平成29)年9月28日(ホームページ掲載日)、日本監査役協会中部支部監査実務チェックリスト研究会は「監査実務チェックリスト研究会 報告書2017【改訂版 監査役監査チェックリスト①~③】」(以下「報告書」という)を公表した。 これは、前回公表(2014年9月25日)の「監査役監査チェックリスト①~③」に、改正会社法(2015年5月施行)への対応や監査環境の変化を踏まえた見直し等を行ったものである。 会社法上の機関設計をもとに、非公開会社かつ中小規模会社から中堅規模会社、大規模会社までの3類型を想定し、特に中小規模の会社の監査役を念頭に置きつつ、新任監査役が、何をどんな視点で監査するのか、就任後すぐに使えるチェックリストとすること、期末の監査報告書作成に向けて期中監査のツールとなるチェックリストとすることを基本的な考え方として取りまとめている。 監査役監査において重要な事項が取り扱われており、また、チェック内容や参考法令の条文番号が記載されるなど具体的なチェックリストの形式であり、実務において有用なものと考えられる。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 構成 次の3つのものが作成されている。 以下では、「改訂版 監査役監査チェックリスト③」にしたがって解説を行う。 なお、「改訂版 監査役監査チェックリスト③」は非公開大規模会社を前提としているので、公開会社・有価証券報告書作成会社・上場会社等でご利用いただく場合は、金融商品取引法上の規制や証券取引所ルールに関するチェック内容等を加えて利用していただきたいとのことである。 2 チェックリストの主な内容 チェックリストの主な内容は次のとおりである。 (了)
《速報解説》 国税不服審判所 「公表裁決事例(平成29年1月~3月)」 ~注目事例の紹介~ 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 国税不服審判所は、平成29年9月28日、「平成29年1月から3月分までの裁決事例の追加等」を公表した。今回追加された裁決は表のとおり、全7件であった。 今回の公表裁決では、国税不服審判所によって課税処分等が全部又は一部が取り消された裁決が6件、棄却された裁決が1件となっている。税法・税目としては、所得税法、法人税法及び国税徴収法が各2件、相続税法が1件であった。 【表:公表裁決事例平成29年1月~3月分の一覧】 ※本稿で取り上げた裁決 本稿では、公表された7件の裁決事例のうち、普段あまり取り上げることのない国税徴収法に関連した2つの裁決事例⑥及び⑦を紹介したい。いつものお断りであるが、論点を整理するため、複数の争点がある裁決については、その一部を割愛させていただいていることを、あらかじめお断りしておきたい。 1 譲渡された債権に対する差押え(譲渡担保)・・・⑥ (1) 争点 争点は、「請求人が本件譲渡契約に基づき譲り受けた本件債権は、国税徴収法第24条第1項に規定する譲渡担保財産に該当するか否か」である。 (2) 審判所の判断 審判所は、大審院昭和8年4月26日判決・民集12巻767頁を参照するかたちで、譲渡担保設定契約には2つの類型があると説明する。 そのうえで、本件譲渡契約については、金銭消費貸借契約などをはじめとする被担保債権は存在しないから、本件譲渡契約は、上記(イ)の譲渡担保設定契約には該当しないこと、また、買戻特約又は再売買の予約が債権譲渡契約に付されていないことから、上記(ロ)の譲渡担保設定契約にも該当しないとして、原処分庁の主張を退けた。 結論として、審判所は、譲渡担保権者の物的納税責任に関する告知処分については全部取消しを認めたが、債権の差押処分については、原処分庁が、すでに債権の全額を取り立てたことを理由に、差押処分は、その目的を完了して既にその効力が消滅していることから、差押処分の取消しを求める審査請求は、請求の利益を欠く不適法なものであるとして却下した。 また、換価代金等の配当処分に関する審査請求は、換価代金等の交付期日まででなければ、することができないところ、請求人は配当処分について平成28年3月28日に審査請求をしており、配当処分に係る換価代金等の交付期日が経過している同年2月17日付、同月23日付及び同年3月16日付でされた配当処分の取消しを求める審査請求は、法定の審査請求期間経過後になされた不適法なものであるとして却下したうえで、交付期日の経過していない同年3月23日付及び同月24日付でされた換価代金等の配当処分については、全部取消しを認めた。 (注) 引用した国税徴収法の条文については、一部括弧書きを割愛している。以下も同じ。 2 無償又は著しい定額譲受人の第二次納税義務・・・ ⑦ (1) 争点 争点は、以下の3点である。 (2) 審判所の判断 ① 時効による徴収権の消滅について(争点1及び2) 原処分庁は、滞納者の納付すべき国税について、法定納期限から5年を経過しない日に督促状を発し、その納付を督促したこと、平成11年5月18日付で、滞納国税を徴収するため、滞納者が賃借していた店舗に係る差入保証金の返還請求権を差し押さえ、同月19日に本件店舗の貸主である第三債務者に債権差押通知書を送達したことなどから、滞納国税の徴収権は、時効中断を繰り返しており、告知処分時において時効消滅していないと認められる、と判断した。 同時に、第二次納税義務は、主たる納税義務が発生し存続する限り、必要に応じいつでも課せられる可能性を有するものであるから、第二次納税義務者に係る徴収権が主たる納税義務に係る徴収権と別個独立して時効により消滅することはない、と判断して、時効に関する請求人の主張をいずれも採用しなかった。 ② 徴収法第39条に規定する債務免除について(争点3) 審判所は、徴収法第39条に規定する第二次納税義務の制度について、次のように説明する。 そのうえで、請求人と滞納者との間の和解について、滞納者が和解金の支払を受けることを停止条件として、請求人が負う過払金返還債務を免除する旨の合意を含む契約であり、このような契約による免除も徴収法第39条の債務の免除に含まれることからすれば、本件和解による債務免除は、債務免除としての実質を有するものと評価できるものであり、徴収法第39条に規定する「債務の免除」に該当する、と判断した。 そして、原処分庁の処分については、請求人が債務免除により受けた利益の額を一部減額する(一部取消し)という結論に達した。 (了)
《速報解説》 日本監査役協会関西支部 監査役スタッフ研究会、 「改正会社法及びコーポレートガバナンス・コードへの対応状況と監査役・監査役スタッフの役割における今後の課題」 を取りまとめた報告書を公表 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成29年9月28日(ホームページ掲載日)、日本監査役協会関西支部監査役スタッフ研究会は「改正会社法及びコーポレートガバナンス・コードへの対応状況と監査役・監査役スタッフの役割における今後の課題」(以下「報告書」という)を公表した。 これは、改正会社法(平成27年5月1日施行)及びコーポレートガバナンス・コードにおける監査役等の関連項目に焦点を当て、公表資料等の事例を分析し、今後予想される実務的な課題やその対応策等について各社の事例を中心に研究を行ったものである。報告書にはアンケート結果も記載されているので、実務の動向などを知ることができる。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 報告書の主な内容は次のとおりである。 以下では主な内容について解説する。 1 取締役会の事前説明関係 取締役会の事前説明に関する主管部門は、一部では取締役会事務局である総務部等の執行部門になるであろうが、監査役スタッフは、社外監査役が取締役会の場で積極的に質問をし、又は意見を述べられるように、取締役会の議案内容はもとより、付議するに至った背景となる自社や業界のトピックス等の情報を収集し、提供していく姿勢が必要であろうと述べられている(15ページ)。 2 監査役監査関係 監査役監査関係については次のように述べられている。 3 会計監査人関係 会計監査人関係については次のように述べられている。 4 企業集団の内部統制関係 企業集団に関する内部統制を改めて検証する際の課題として、海外子会社に対する内部統制が述べられている(42ページ)。 監査役としては、各子会社における主要な経営リスクについて自社において正確に把握されているか、それに対してどのようなリスク管理体制が整備されているかという視点で監査することが求められると述べられている(43ページ)。 5 取締役会の実効性評価 取締役会の実効性評価を行う部門については、ほとんどが社内部門で対応しており、実効性評価に客観性を持たせるため第三者の視点を取り入れることも有益であるが、外部機関を活用している会社は少なかった。 取締役会の実効性評価に関して、特に社外取締役や監査役には経営監督について大きな役割を果たすことが期待され、評価の主体者であることが望ましいと考えると述べられている(46ページ)。 6 監査等委員会設置会社関係 平成29年7月31日時点で、監査等委員会設置会社への移行(移行表明を含む)をしている上場企業は837社(日本監査役協会関西支部事務局による集計)とのことである。 アンケートでは、監査等委員会設置会社へ移行した企業12社から回答を得たが、母数が少ないことにより回答傾向において偏りがある可能性があるため、移行した企業に追加のヒアリングを行ったとのことである。 監査等委員会設置会社への移行に関するメリットとデメリットについて述べられている。 (了)
《速報解説》 消費税率、2019年(平成31年)10月の10%引上げまで2年 ~軽減税率対策補助金の申請受付期間は来年1月末まで、全国で税務署による説明会も Profession Journal 編集部 安倍首相は昨日9月28日に衆議院を解散、来月22日には衆議院選挙が実施される。今回の解散理由が消費税率引上げ分の使途見直しの是非を問うとしていることから、これまで二度にわたる延期を行ってきた消費税率の10%引上げ及び複数税率(8%の軽減税率)の導入が現実味を帯びてきた。 特に複数税率の対応については取引ごとの適用税率の判定からシステム改修等、個人事業者や中小企業を含む事業活動全体に大きな影響を与えるため、これまで対策に二の足を踏んできた企業や、クライアント企業への指導を積極的に行ってこなかった税理士も、導入までの2年間を意識した具体的な対策スケジュールを立てる必要があるだろう。 ここで活用を検討したいのが、中小企業や小規模事業者等が、複数税率に対応したレジの導入や受発注システムの改修等を行った場合に交付される「軽減税率対策補助金」だ。軽減税率対策補助金は、複数税率対応のレジの導入・改修時に使えるA型と、受発注システムの改修・入替を行う場合に使えるB型の2つに大きく分けられ、それぞれ対象となる改修等要件のほか、補助率や補助額の上限などが定められている。これらの詳細については次の軽減税率対策補助金のホームページが詳しいので、ぜひ確認されたい。 ただし、この補助金についてはすでに昨年(平成28年)3月29日から制度が始まっており、システムの導入・改修の完了期間、及び、補助金の申請受付期間は平成30年1月31日までとなっている。レジメーカーやシステムベンダー等の受注側も対応に追われ期間までに導入・改修が間に合わないケースも想定されることから、未着手の場合は急ぎメーカー等に確認したい。 【参考図】 (※) 軽減税率対策補助金ホームページより 同補助金事務局はホームページで上記の期限について注意を呼びかける一方、駆け込みの申請増によるためか、提出書類の不足や必要事項の記入漏れにより審査から補助金交付までに時間を要する場合が生じているとして、補助金の申請の際には「公募要領」や「申請の手引き」を確認するよう促している。 ちなみに同ホームページ上では「申請書の記入でよくある間違い」というコーナーが設けられ、A型・B型ごとに申請書の記入ミスや記入漏れ、補助金申請額の計算ミスなどの事例が多数紹介されているので、申請前にチェックしておくとよいだろう。 (※) 補助金の代理申請が可能な協力店を検索するページも設けられている。 「代理申請協力店検索」 なお、軽減税率制度についてはすでに9月から全国で税務署による説明会が開催されており、国税庁ホームページでは都道府県ごとの開催日程(随時更新)を確認することができる。 また、本誌1月掲載の金井恵美子税理士による下記の記事も参照されたい。 (了)
2017年9月28日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.237を公開! プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布しています! -「イケプロが実践するPJの活用術」「第一線で活躍するプロフェッションからPJに寄せられた声」を掲載!- - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
山本守之の 法人税 “一刀両断” 【第39回】 「有姿除却の課税は国のエネルギー政策に反する」 税理士 山本 守之 1 有姿除却の内容 使用を廃止しているが、解撤、廃棄、破砕を行っていない資産についても、既に固定資産としての命数や使用価値が尽きていることが明確なものについて、現状有姿のまま除却処理を認めようとするものが「有姿除却」です。 すなわち、次のような資産については、その帳簿価額からその処分見込価額を控除した金額を、有姿のまま除却損として損金の額に算入することができることとしているのです(法基通7-7-2)。 ①については、使用を廃止していることと、今後通常の方法によって事業の用に供する可能性がないという2つの条件を備えれば、現状有姿のままで除却処理をすることを認めたものです。 企業が使用を廃止した資産について解撤、破砕、廃棄等しないのは、これらに多額の費用を要する場合や、将来再使用の可能性がごくわずかであっても残っている場合です。 有姿のまま放置し、又は、わずかな再使用の可能性のために保有している資産を、廃棄等をしないからという理由だけで除却処理を認めないのは現実的でないため、これを認めることとしているのです。 ②については、特定の金型の例示です。金型の耐用年数は2年であるため、一般的には生産を中止した後の帳簿価額はわずかです。さらに、将来再び使用する可能性はごく少ないが、その時点で再び金型を作り直すロスを配慮して使用済みの金型がデットストックされている現状に着目した取扱いです。 2 有姿除却をめぐって争われた事例(中部電力事件) (1) 事例の考え方 1で述べたように、使用を廃止しているが、解撤、廃棄、破砕を行っていない資産についても、既に固定資産としての命数や使用価値が尽きていることが明確なものについて、現状有姿のまま除去処理を認めようとするものが「有姿除却」です。 電力需要に比べて供給力が過大となったため、低効率の発電設備の使用を廃止し、「有姿除却」として除却損を計上した電力会社(中部電力)に対して課税庁が除却損を否認し、更正したことについて争われた事例ですが、物理的に廃棄されていない状態で除却損を認めるという考え方は、通達の有無にかかわらず企業経営面から経済的観察をするという法解釈のあり方を学ぶことができます。 (2) 事例の内容 中部電力株式会社は、平成不況の影響により最大電力の伸び率が純化していたため、平成3年から5年にかけて、急速に最大電力需要に比べて供給力が過大となりつつありました。その後も、長引く不況による需要低迷に加えて、平成8年度以降、発電効率が極めて高いL火力発電所の最新鋭の大規模発電設備が順次運転を開始したため、最大電力需要に比べて供給力が過大となり、設備余剰の状態が一層顕著となっていました。 このような状況を受け、中部電力は、①適切な需給バランスを確保すること、②保守保安費用を低減させること、③発電所運転要員を有効活用することを目的に、平成10年度以降、低効率の既存発電設備について、年間を通じて運用を停止する長期計画停止を行ってきました。 これに対して課税庁は、除却した発電設備を構成する個々の資産の全てが固定資産としての命数や使用価値を失ったことが客観的に明らかでなく、今後通常の方法により事業の用に供する可能性がないとは認められないため、除却損の金額から実際に解体済みと認められる部分の金額及び通常のメンテナンスを行っていたと認められる平成14年3月までの減価償却費の金額を控除した後の金額は損金の額に算入されないとしました。 (3) 判決の考え方 基本通達に「有姿除却」が定められたのは、昭和55年直法2-8です。現在からみればかなり古い時期のものですので、その内容もかなり古いです。現在では、経済的観察及び経営的判断から有姿除却を考える必要があります(現行は法基通7-7-2)。 中部電力では、電力供給が過大となったので、低効率の発電設備を廃止して有姿除却したというものです。 このような「有姿除却」について通達化されていようといまいと、経済的観察と経営上の判断から損金性が容認されるべきなのです。 課税庁は、「各発電設備を構成する個々の資産の全てが固定資産としての使用価値を失ったことが客観的に明らかではなく、今後通常の方法により事業の用に供する可能性がないとは認められない」と主張しています。 つまり、再稼働の可能性があるとしたのです。 しかし、廃止された発電設備の再稼働について判決では、「通常の定期点検に要する費用だけでも1ユニット当たり約10億円を要すること、廃止後に保守又は保全の措置が執られていないために腐食が進行していることを考慮すると、再稼働には通常の点検を大幅に超える費用と時間が必要になると想定される。しかも、このような費用と時間をかけて再稼働したとしても、低効率で経済性が劣る経年火力発電設備が再稼働されるにすぎないから、中部電力がこのような選択をするはずがないことは、社会通念上明らか」としました。 上記のとおり、廃止の理由は、「急速に最大電力需要に比べて供給力が過大となりつつあった」というものでした。その後も、需要低迷に加えて、発電効率が極めて高い最新鋭の大規模発電設備が順次運転を開始したため、設備余剰の状態が一層顕著となっていました。また、発電設備は運用開始後26年ないし38年が経過し、法定耐用年数である15年を大幅に超えて運用されていました。 さらに、原子力や液体天然ガス等に比べ、高価格の石油を用いる低効率の火力発電設備は、年間を通じて運用を停止する長期計画停止を行っており、発電メリットが保守費用を下回る状況が続く見込みであったため、取締役会の承認を経て発電設備が廃止されたのです。 つまり、「火力発電設備の廃止の時点で、各発電設備を構成する個々の資産は、そのほとんどが、社会通念上、その本来の用法に従って事業の用に供される可能性がないと客観的に認められるような状態には至っていなかったとする国の主張は、採用することができない」というのです。 結局、この訴訟では、火力発電設備がその廃止により「既存の施設場所」で「固有の用途」が失われているので有姿除却は認められるべきものであるとしたのです(東京地判平成19年1月31日、TAINSコード:Z257-10623、全部取消し(確定))。 3 国の方針と国税当局 経済産業省は2017年8月18日に、中部電力が大型石炭火力発電所(愛知県武豊町)の新設を計画している事業について、二酸化炭素(CO2)の排出削減への取組みを求める勧告を出し、中部電力が所有する低効率の火力発電所の休廃止・稼働制限など2030年以降に向けて更なるCO2排出削減を実現する見直しを計画的に実施することを求めました。中部電力は同日「勧告を真摯に受け止め、内容を踏まえて環境影響評価書を作成する」と発表しています。 石炭火力は安価ですが、CO2排出量が天然ガスよりも多いのです。温暖化防止を目指す「パリ協定」を踏まえた環境基本計画では、国内の排出量を2050年までに80%削減することを掲げておりますが、目標の達成が厳しくなる恐れがあり、経済産業省は、「温暖化ガスの削減が難しくなる」と懸念を表明している環境省に足並みを揃えるかたちとなりました。 山本前環境相は、2017年8月1日に中部電力の大型石炭火力発電所の新設をめぐって「国がめざす温暖化ガス削減が難しくなる」と指摘し、世耕経済産業相に老朽化した他の火力発電所の見直しを求める意見書を提出しています。 経済産業省と環境省が力を合わせて旧型火力発電所の休廃止を考えていたのに、国税当局が有姿除却に課税するなどは問題です。 幸いに訴訟によって課税が取り消されましたが、国の方針に国税当局が足を引っ張らないよう望みたいと思います。 (了)
組織再編税制の歴史的変遷と制度趣旨 【第6回】 公認会計士 佐藤 信祐 (《第1章》 平成13年度税制改正前の議論) (3) 株主の課税 ① 株式の譲渡損益の取扱い 「会社分割・合併等の企業組織再編成に係る税制の基本的考え方」の「第三 株主の課税」では、株式の譲渡損益の取扱いとみなし配当の取扱いが記載されている。このうち、株式の譲渡損益の取扱いは、以下のように記載されている。 【第3回】で解説したように、被合併法人又は分割法人における譲渡損益の計上は「移転資産に対する支配の継続」で考えるのに対し、株主における株式譲渡損益の計上は「投資の継続」で考えることから、両者は異なるものである。すなわち、被合併法人又は分割法人で譲渡損益を計上する場合であっても、金銭などの株式以外の資産の交付を受けていないのであれば、投資が継続していると考え、株式譲渡損益は認識しないことになる。 この点につき、『企業組織再編成に係る税制についての講演録集』32頁(日本租税研究協会、平成13年)では、株主が投資家であるという前提に立った考え方としたうえで、法人と株主との関係において、株主は投資家であると一律に決めて制度を創るのが実態に合っていないという話が出た場合には、もう一度見直しが必要であることも触れられている。 言い換えると、被合併法人を支配する株主が存在する場合において、合併により、当該株主による支配が清算されるのであれば、合併の対価として金銭などの株式以外の資産が交付されたかどうかを問わず、株式譲渡損益を認識するという考え方も、立法論としては可能であるとは思われる。しかし、そこまで複雑な制度にはしておらず、株主が一般投資家の立場であるという前提で制度を創ったのであれば、金銭などの株式以外の資産が交付されていない限り、株式譲渡損益を認識しないという考え方は、事業分離等に関する会計基準32、37、43項とも整合的である。 ② みなし配当の取扱い 「第三 株主の課税」では、みなし配当の取扱いについて、以下のように記載されている。 『企業組織再編成に係る税制についての講演録集』32頁では、この段階では、まだ一部検討が終わっていないとされているため、ここでは、上記から読み取れる内容のみに限定して検討を行うこととする。 非適格合併又は非適格分割型分割を行った場合には、資産及び負債を合併法人又は分割承継法人に時価で移転し、対価として受け取った合併法人株式又は分割承継法人株式を減資の対価として株主に交付したものとして取り扱うこととしている。すなわち、下図の取扱いを想定したものである。 【非適格合併又は分割型分割における取引図】 このような取扱いは、現行法人税法62条1項からも読み取れる。その結果、被合併法人又は分割法人において譲渡損益を認識するだけでなく、その株主においてみなし配当を認識すべきであるという整理になる。さらに、合併法人又は分割承継法人からすれば、「時価による資産の現物出資」を受けていることから、利益積立金額を増加させる理由が存在せず、すべて資本金等の額として受け入れるということになる。 このように、株式譲渡損益の計算と異なり、被合併法人又は分割法人における譲渡損益の処理、その株主におけるみなし配当の処理、合併法人又は分割承継法人における純資産の部が、それぞれ整合的になっている。さらに、適格合併又は適格分割型分割を行った場合には、「利益積立金額が新設・吸収法人や合併法人に引き継がれることから、先に述べたとおり、配当とみなされる部分は無いものと考える」としている。すなわち、適格合併又は適格分割型分割の段階では、配当課税を行わないが、合併法人又は分割承継法人の株主として、配当課税の対象にできるように、利益積立金額として残されているということも言える。 平成22年度に導入されたグループ法人税制により、100%子会社の清算や自己株式の取得により生じる株式譲渡損益相当額について、資本金等の額の増減として取り扱うことになった(法令8①二十)。この根拠は明確ではないが、利益積立金額として処理することができないから資本金等の額として処理したようにしか思えない。 つまり、企業会計では資本・利益区分の原則が存在し(企業会計原則第一の三)、資本として処理できないものをその他利益剰余金の増減としている。債務超過会社の合併、分割において、資本のマイナスとして処理できないことから、その他利益剰余金のマイナスとしていることが良い例として挙げられるであろう(会社計算規則35②但書、37②但書、45②但書、49②但書)。これに対し、法人税法では、利益積立金額として処理できないものを資本金等の額の増減としていると考えると分かりやすい。 この理由については明示されていないが、株主におけるみなし配当課税を意識したものであると考えられる。 * * * 次回では、「第四 各種引当金の引継ぎ等」以降について解説を行う予定である。 (了)
理由付記の不備をめぐる事例研究 【第32回】 「役員賞与引当金」 ~事前確定届出給与に係る役員賞与引当金の繰入額の損金算入が認められないと判断した理由は?~ 千葉商科大学商経学部講師 泉 絢也 今回は、青色申告法人X社に対して行われた「役員賞与引当金繰入額の損金算入の否認」に係る法人税更正処分の理由付記の十分性が争われた国税不服審判所平成23年5月19日裁決(TAINSコード:F0-2-496。以下「本裁決」という)を素材とする。 1 更正通知書に記載された更正の理由(本件理由付記) (注) 素材とした本裁決の裁決文から読み取ることができる理由付記の一部を筆者が加工している。 2 本件理由付記から読み取ることができる関係図 3 本裁決の判断 本裁決は、大要次のとおり、理由付記に不備はないと判断した。 (1) 求められる理由付記の程度 (2) 理由付記の十分性 4 検討 (1) 求められる理由付記の程度 本件更正処分は、X社が平成21年1月期の法人税の確定申告に当たり、同年3月31日における法人税法34条1項2号の規定に基づく役員給与(事前確定届出給与)の支給に係る引当金の繰入額として1,200万円を損金の額に算入していることを前提として、当該引当金繰入額は損金の額に算入されないとして行うものである。すると、本件更正処分は、更正処分に係る事実関係として、X社の帳簿書類の記載をそのまま受け入れるものであるから、帳簿書類の記載自体を否認することなしに更正をする場合に該当する。 したがって、理由付記の程度としては、更正通知書記載の更正の理由が、そのような更正をした根拠について帳簿書類の記載以上に信憑力のある資料を摘示するものでないとしても、更正の根拠を更正処分庁の恣意抑制及び不服申立ての便宜という理由付記制度の趣旨目的を充足する程度に具体的に明示するものである限り、法の要求する更正理由の付記として欠けるところはないことになる(最高裁昭和60年4月23日第三小法廷判決・民集39巻3号850頁等参照)。 (2) 理由付記の十分性 次のとおり、本件理由付記は、法の求める理由付記として十分なものであると考える。 ア 債務確定基準と引当金 法人税法22条3項2号は、当該事業年度の損金の額に算入すべき金額として、「前号に掲げるもののほか、当該事業年度の販売費、一般管理費その他の費用(償却費以外の費用で当該事業年度終了の日までに債務の確定しないものを除く。)の額」を掲げている。当該事業年度終了の日までに債務の確定しないものを「当該事業年度の・・・費用」から除外している上記括弧書き部分は、費用の年度帰属(計上時期)を決する役割を有しており、一般に、債務確定基準ないし債務確定主義とよばれている。 企業会計上の引当金は、現時点では財貨又は役務の費消という事実が発生しておらず、あくまで将来的に費用又は損失の発生の可能性が高い場合に計上するものにすぎないし、原因事実の発生といってもどのような事実をその原因と捉えるのかという点について見解が分かれうる。よって、発生の可能性、発生額及び当期の負担に属する金額について、法人による見積りの要素を排除することができないという側面を有する。すると、所得金額の計算の正確性・明確性の担保、課税の公平の確保という観点から、引当金の費用計上を無条件に認めることには不安を覚える。 そこで、法人税法は、債務確定基準を採用するとともに、貸倒引当金(法法52)など別段の定めとしての引当金の規定を設け、この法定された引当金を除き、一般に引当金繰入額を当該事業年度の損金の額に算入することを認めていない。 イ 理由付記の趣旨目的との適合性 上記のとおり、法人税法は、所定の引当金以外の引当金に係る繰入額の損金算入を認めていないところ、本件理由付記には本件更正処分の根拠条文として同法22条3項が明記されておらず、「債務として確定していない」というような文言も使用されていない。 他方、「役員賞与引当金」、「役員賞与引当金繰入額」、更正処分の対象である平成21年1月期の翌事業年度に属する「平成21年3月31日に法人税法第34条第1項第2号の規定に基づく役員給与を支給するに当たり引当金として繰り入れたものである」という本件理由付記の記載振りから、少なくとも、本件更正処分が法人税法上、役員賞与ないし事前確定届出給与に係る引当金繰入額の損金算入は認められないという解釈を前提としていることは容易に読み取ることが可能である。 したがって、本件理由付記は、その記載内容から法令上の根拠が明らかになるものであり、かつ、法令上の要件に対応する具体的な事実を記載するものであり、これによって課税庁の判断過程が明らかとなるものである。よって、更正処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、更正の理由を相手方に知らせて不服申立ての便宜を与えるという理由付記の趣旨目的に適うものであると考える。 * * * 次回は、「代表者の配偶者に対する交際費の支出が代表者の役員給与(賞与)に該当すること」を理由とする法人税更正処分の理由付記の事例を取り上げる。 (了)