相続税の実務問答 【第5回】 「遺贈により財産を取得した場合の申告期限」 税理士 梶野 研二 [答] 相続人以外の者が遺贈により財産を取得した場合には、遺贈のあったことを知った日の翌日から10ヶ月以内に相続税の申告書を提出し、相続税の納付をしなければなりません。 あなたが、株式の遺贈を受けたことを知った日が平成28年10月18日であるとしますと、相続税の申告及び納付期限は平成29年8月18日になります。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 遺贈を受けた者の相続税の申告義務 相続税は、相続人が相続や遺贈により被相続人の財産の取得をした場合だけではなく、相続人ではない者が、遺贈により財産を取得した場合にも課税されます(相法1の3①)。 つまり、相続人以外の者が遺贈により取得した財産の価額と相続人が相続や遺贈により取得した財産の価額(これらの価額は、一定の債務及び葬式費用を控除し、一定の生前贈与財産の価額を加算した金額となります)の合計額が相続税の基礎控除額を超え、納付すべき相続税額が算出されることとなる場合には、相続人以外の者であっても相続税の申告及び納付をしなければなりません。 2 相続人以外の者が遺贈を受けた場合の申告及び納付期限 相続や遺贈により財産を取得した者で相続税の申告義務のある者は、その者が被相続人の相続の開始を知った日の翌日から10ヶ月以内に相続税の申告書を提出するとともに(相法27①)、申告書に記載した相続税額を納付しなければなりません(相法33)。 「被相続人の相続の開始を知った日」については、通常は、被相続人が死亡したという事実を知った日をいうものと理解すればよいのですが、より正確には、「自己のために相続の開始があったことを知った日」ということになります(相基通27-4)。すなわち、ある者が、被相続人の死亡の事実を知ったとしても、被相続人の死亡により自分が財産を取得することを知り得なかったとすれば、そのような場合にまで、その者が被相続人の死亡の事実を知った日を基に相続税の申告期限を設けることは合理的ではありません。 このような考え方を踏まえ、相続人以外の者が遺贈により財産を取得した場合には、その者が「自己のためにその遺贈があったことを知った日」を「被相続人の相続の開始を知った日」として取り扱うこととされています(相基通27-4(8))。 3 ご質問の場合 相続開始から相当の期間を経た後に、遺贈があったことが受遺者に知らされることは決して珍しいことではありません。遺言書の発見が遅れたり(特に自筆証書遺言(民法968条)の場合には、家族がその存在を知らなかったことも多いと思います)、遺言の発見者が何らかの意図をもってその内容を関係者に直ちに伝えないこともあるでしょう。 質問者の場合、どのような事情があったのかは定かではありませんが、株式の遺贈があったことを相続人から知らされたのが相続開始から8ヶ月も経過した平成28年10月18日だったとのことですので、その日が「被相続人の相続の開始を知った日」となります。 したがって、その翌日から起算して10ヶ月以内、すなわち平成29年8月18日が相続税の申告及び納付の期限となりますから、同日までに相続税の申告書を提出するとともに、その申告書に記載された相続税額を納付しなければなりません。 なお、質問者が遺贈を受けた株式の引渡しを受けていないということは、相続税の申告及び納付期限には影響しません。遺贈を受けた株式を売却して納税資金を確保したいということであれば、納付期限を見据えながら、余裕を持ってその売却ができるように、早急に株式の引渡しを受ける必要があるでしょう。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q20】 「株式の譲渡益から控除できる必要経費の範囲」 PwC税理士法人 金融部 パートナー 税理士 箱田 晶子 ●○ 検 討 ○● 1 上場株式等の譲渡に係る課税の概要 上場株式等の譲渡から生じる所得については、他の所得と区分し、「上場株式等の譲渡に係る事業所得、譲渡所得及び雑所得」(以下、「上場株式等に係る譲渡所得等」)として、20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、住民税5%)の申告分離課税が適用されます。 上場株式等が証券会社等の特定口座内の源泉徴収選択口座で保管されており譲渡益について証券会社等により源泉徴収がなされる場合を除き、原則として申告が必要となります。 2 株式等の譲渡による所得の所得区分 株式譲渡益の計算上、どういった費用を控除できるかについては、株式等の譲渡が(株式等の譲渡に係る)事業所得、譲渡所得又は雑所得のいずれの所得に分類されるのかにより異なります。 株式等の譲渡による所得の所得分類について、所得税基本通達は以下の通り定めています(所基通23~35共-11)。 さらに、租税特別措置法所得税関係通達において、「株式等の譲渡による所得が事業所得若しくは雑所得に該当するか又は譲渡所得に該当するかは、当該株式等の譲渡が営利を目的として継続的に行われているかどうかにより判定するのであるが、その者の一般株式等に係る譲渡所得等の金額又は上場株式等に係る譲渡所得等の金額の計算上、次に掲げる株式等の譲渡による部分の所得については、譲渡所得として取り扱って差し支えない」とされています(措通37の10・37の11共-2)。 3 上場株式等に係る譲渡所得等の金額の計算上控除できる費用 上場株式等の譲渡から生じる所得の計算に当たっては、当該株式等の譲渡がいずれの所得区分に分類されるかに応じ、それぞれ以下の通りと定められています。 (※1) 「株式等の取得費」には、購入した有価証券の場合、「購入のために要した費用」、すなわち株式等を購入するに当たって支出した買委託手数料(消費税含む)、交通費、通信費、名義書換料等が含まれます。 (※2) 一般株式等に係る譲渡所得等の金額又は上場株式等に係る譲渡所得等の金額の計算上控除する借入金利子等は、株式等に係る譲渡所得等の基因となった株式等を取得するために要した負債の利子で、その年中における当該株式等の所有期間に対応して計算された金額となります。 すなわち、譲渡による所得区分が①「事業所得又は雑所得」に分類される場合と②「譲渡所得」に分類される場合とでは、管理費等を必要経費として譲渡による所得から控除できるかどうか、という差異があります。 4 本件へのあてはめ おたずねのA上場株式は投資目的で3年超にわたり保有されていたということですので、株式の譲渡を営利目的で継続的に行っているとはいえず、譲渡益の所得区分は、上場株式等に係る譲渡所得として取り扱われると考えられます。 したがって、譲渡収入から控除できる金額は、株式の取得費の他、譲渡に要した費用(委託手数料)及び借入金利子(株式を借入金で取得した場合のみ適用)のみとなると考えられ、保有期間中に要したその他の費用(例えば書籍代等)は控除できないものと考えられます。 (了)
〈Q&A〉 印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第40回】 「金銭又は有価証券の受取書⑥(仮領収書等)」 税理士・行政書士・AFP 山端 美德 当社は物品卸売会社です。 営業担当者が得意先への納品時に、品代を現金で領収する場合がありますが、その際には、営業担当者名で仮領収書を作成交付し、後日、経理課において、正式な領収書を郵送にて交付しています。 この場合、仮領収書にも印紙の貼付が必要ですか。また、仮領収書の代わりに納品書に領収のスタンプ、あるいは名刺の裏に領収した旨のメモを記入して交付した場合はどうですか。 【事例1】 仮領収書 平成28年10月27日 〇〇商店 様 仮 領 収 書 金 65,000円 上記金額を商品代金として受領しました。 〇〇物品販売株式会社 営業太郎 印 【事例2】 納品書に領収のスタンプ 平成28年10月27日 〇〇商店 様 納 品 書 【事例3】 名刺の裏に領収サイン (名刺表) (名刺裏) 【事例1】から【事例3】すべて第17号の1文書(売上代金に係る金銭の受取書)に該当する。また、後日、経理課から郵送される領収書についても仮領収書等と同様に、金銭の受取書に該当する。 [検討1] 印紙税の課税対象 印紙税の課税対象は、金銭の受領の事実そのものを課税対象としているのではなく、金銭の受領の事実を証明する目的で作成される文書に対して課税対象としている。 したがって、1つの受領事実に対して、数通の文書を作成交付した場合、それが受領事実を証明する目的で作成されたものである限り、いずれも金銭の受取書に該当することとなる。 事例の仮領収書等は、後日、経理課から正式に「領収書」が発行されると必要がなくなるが、それまでの間は有効なものであり、金銭の受取書に該当する。 なお、印紙税法に「文書」の定義はされていないが、文書とは一般的には文字で書き記したもの、書き物、かきつけ、書類などが文書といわれている。したがって、紙だけにとどまらず、木片や布切れなどに課税事項を記した場合も印紙税法上の文書に該当する。 [検討2] 課税文書に該当する「金銭の受取書」とは 印紙税の課税文書に該当する「金銭の受取書」とは、金銭を受領した者が金銭を支払った者に、金銭の受領事実を証明する目的で交付する文書であり、その文書の名称、呼称や形式的な記載文言によるのではなく、その記載文言の実質的な意義に基づいて判断する。したがって、【事例2】のように納品書に領収済みである旨の表示をしたり、【事例3】のように名刺の裏に手書きで受領金額を記載した場合であっても、金銭の受領事実を証明する目的であれば、「金銭の受取書」に該当することとなる。 [検討3] 作成者 課税文書の作成者は、その作成した課税文書について、印紙税を納める義務がある。 事例の仮領収書等には営業担当者名が記載されている。そのため、営業担当者が作成者となり、納税義務者となるのではないかと思うかもしれないが、営業担当者は会社の従業員として会社の業務を遂行するために、売掛金を回収し、仮領収書等を作成交付しているため、この場合の作成者は会社となる。 ▷ まとめ (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第21回】 「サラリーマン・マイカー税金訴訟」 ~最判平成2年3月23日(集民159号339頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
包括的租税回避防止規定の 理論と解釈 【第27回】 「私法上の法律構成による否認論④」 公認会計士 佐藤 信祐 前回は、公正証書贈与事件と航空機リース事件について解説を行った。本稿では、映画フィルム事件について解説を行う。航空機リース事件、船舶リース事件と異なり、こちらは国側が勝訴する結果となっている。 5 映画フィルム事件(最高裁平成18年1月24日判決・民集60巻1号252頁) (1) 事実の概要 本事件は、航空機リース事件、船舶リース事件と同様に、民法上の組合が映画フィルムの所有権を取得した上で、本件映画を賃貸事業の用に供したことにより生じた減価償却費の損金算入について争われた事件である。 私法上の法律構成による否認論で争われた事件として有名であり、具体的には、減価償却資産に当たらないという理由により、納税者が敗訴している。 (2) 第一審(大阪地裁平成10年10月16日判決・税資238号715頁) (3) 控訴審(大阪高裁平成12年1月18日判決・税資246号20頁) (4) 上告審 (5) 評釈 このように、上告審は、減価償却資産に該当しないものと判断した。これに対し、第一審、控訴審では、「本件映画の興行に対する融資を行ったものであって」としていることから、貸付金に該当すると判断したように思える。しかし、上告審では、この点についての判断は行っていない。 また、原告の上告理由書が、控訴審判決に対して、「『融資』であるとすれば、Cに融資した資金の貸倒れによる以外には損失は発生しないはずである。」とし、「税務当局によって有効とされている航空機のレバレッジド・リース取引は、課税の繰延があって初めて営業的に成立するものであり、第二審判決の論法によるならば、正に租税回避を目的とした取引として否認されることになることを付言しておく。」と主張している。このような主張は当然のことであるが、そもそも融資かどうかを上告審は判断していないため、空振りとなっている。 なお、上告審が、「本件映画についての使用収益権限及び処分権限を失っている」と判示しているのに対し、船舶リース事件では、原告らが船舶についての使用収益権限及び処分権限を完全に喪失しているとは言えないという点が納税者勝訴の原因のひとつになっている。そのため、この点が、本事件と判断が分かれた可能性もあり得る。 本事件を分かりにくくさせている理由としては、第一審、控訴審が私法上の法律構成による否認論を展開し、契約解釈により解決を図ろうとしたのに対し、上告審では、その判断を回避し、減価償却資産の要件を充足しているかどうかだけを判断したと言われている点である(※)。 (※) 酒井克彦『ブラッシュアップ租税法』212-213頁(財経詳報社、平成23年) しかし、減価償却資産ではなく、貸付金であると判断するのであれば、そのための契約解釈は行わざるを得ず、減価償却資産に該当するかどうかだけを判断するのは不可能であるように思われる。さらに、上告審では、貸付金に該当していると断定しているわけでもなく、減価償却資産に該当しないとするための根拠がやや不十分である。そのため、結論はともかくとして、その理由については納得しがたいものがある。 次回では、日蘭組合事件及び投資クラブ事件について解説を行う予定である。 (了)
ストック・オプション会計を学ぶ 【第3回】 「ストック・オプションの会計処理の概要」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 「ストック・オプション等に関する会計基準」(企業会計基準第8号。以下「ストック・オプション会計基準」という)にしたがって、ストック・オプションの会計処理の概要について解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 会計処理の概要 ストック・オプションに関する会計処理は、①権利確定日以前の会計処理と②権利確定日後の会計処理に分けられる。 イメージで表すと次の図のようになる。 上記の会計処理に関する用語は次のように定義されている(ストック・オプション会計基準2項(6)(7)(8))。 Ⅲ 権利確定日以前の会計処理 1 概要 権利確定日以前の会計処理に関する基本は、ストック・オプションのを、にわたって費用として計上し、対応する金額を、ストック・オプションの権利の行使又はが確定するまでの間、貸借対照表の純資産の部に、新株予約権として計上するものである(ストック・オプション会計基準4項)。 次のことが規定されている(ストック・オプション会計基準5項)。 各会計期間における費用計上額は、ストック・オプションの公正な評価額のうち、を基礎とする方法その他の合理的な方法に基づき当期に発生したと認められる額である。 ストック・オプションの公正な評価額は、にストック・オプション数を乗じて算定する。 権利確定日以前の会計処理を仕訳で示すと次のイメージになる。 上記の会計処理に関する用語は次のように定義されている(ストック・オプション会計基準2項(9)(12)(13))。 2 ストック・オプションの公正な評価単価 ストック・オプションの公正な評価単価は、付与日現在で算定し、ストック・オプション会計基準10項(1)の条件変更の場合を除いて、その後は見直さないこととされている(ストック・オプション会計基準6項(1))。 前述のように、「公正な評価額」は定義されているものの、ストック・オプションは、通常、市場価格を観察することができないため、株式オプションの合理的な価額の見積りに広く受け入れられている算定技法を利用することとなる(ストック・オプション会計基準6項(2))。 算定技法の利用にあたっては、付与するストック・オプションの特性や条件等を適切に反映するよう必要に応じて調整を加えるとされているが、失効の見込みについてはストック・オプション数に反映させるため、公正な評価単価の算定上は考慮しないこととされている(ストック・オプション会計基準6項(2))。 Ⅲ 権利確定日後の会計処理 ストック・オプションが権利行使され、これに対して新株を発行した場合には、新株予約権として計上した額(ストック・オプション会計基準4項)のうち、当該権利行使に対応する部分を払込資本に振り替える。 権利行使に関する会計処理を仕訳で示すと次のイメージになる。 新株予約権の行使に伴い、当該企業が自己株式を処分した場合には、自己株式の取得原価と、新株予約権の帳簿価額及び権利行使に伴う払込金額の合計額との差額は、自己株式処分差額として処理する(ストック・オプション会計基準8項、「自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準」(企業会計基準第1号)9項、10項及び11項)。 権利不行使による失効が生じた場合には、新株予約権として計上した額(ストック・オプション会計基準4項)のうち、当該失効に対応する部分を利益として計上する。この会計処理は、当該失効が確定した期に行う(ストック・オプション会計基準9項)。利益は、原則として特別利益に計上し、「新株予約権戻入益」等の科目名称を用いることが適当と考えられている(ストック・オプション会計基準47項)。 (了)
ファーストステップ 管理会計 【第5回】 「製造間接費の分析」 ~パッと見ただけではわからない通信簿と同じ~ 〔原価管理編④〕 公認会計士 石王丸 香菜子 原価の実際発生額を、あるべき標準原価と比較して、その差を分析することを「差異分析」といいます。差異分析は、標準原価計算の考え方に基づく原価管理の方法です。 今回は、製造間接費の差異分析をしてみましょう。 ◆製造間接費の差異分析は通信簿に似ている 誰でも学生時代には通信簿をもらいますね。 通信簿は、実際の成績と、達成すべき成績とを比較する、いわば成績の「差異分析」です。 最近の小学校の通信簿を見たことはありますか? 地域や学年による違いはありますが、例えばこんな項目が並んでいます。 1つの科目の成績が、細かい項目に分けて分析されていますね。 製造間接費の差異分析もこれに似ていて、細かい項目に分けて分析する方法が採られます。 これらの差異について、身近な事例で考えてみましょう。 ◆同窓会の会場を予約する 皆さんが小学校の同窓会の幹事になって、事前に会場を予約するとしましょう。 当時50人のクラスだったので、最大50人が会食可能な会場を予約しました。会場代は、同窓会当日の実際の利用人数に関わらず、50,000円で一定です。別途、当日に、1人当たり3,000円の食事代がかかります。 【第4回】で見たように、製造間接費も、操業度(直接作業時間や機械運転時間など)に比例して増減する変動費と、操業度に関係なく一定額が生じる固定費とに分解できます。 同窓会の例では、「人数」を操業度と考え、「食事代」が変動費、「会場代」が固定費ということになります。 ◆1人当たりの会場代はいくらか-基準操業度とは ここで同窓会の招待状を送付する前に、1人当たりの会場代を計算してみましょう。 実際に来る人数は事前にはわからないので、会場をフルに利用すると仮定した「50人」を基準とし、1人当たりの会場代を計算します。 50,000円÷50人=@1,000円・・・1人当たりの会場代 会場代@1,000円と食事代@3,000円を合わせた@4,000円が、事前に計算した「1人当たりが負担すべき予算上の金額」になります。 製造間接費の場合も、固定費の予算額を、基準となる操業度で割って、操業度1単位当たりの予算上の固定費(例:会場代@1,000円)を求めます。これを「固定費率」と呼びます。これに対し、操業度1単位当たりの予算上の変動費(例:食事代@3,000円)は「変動費率」です。 両者を合わせたもの(@4,000円)を、操業度1単位当たりに負担させるべき「標準配賦率」といいます。 また、固定費率を求めるための基準を、管理会計では「基準操業度」と呼びます。同窓会の例でいえば、「50人」が基準操業度に該当します。 一般に基準操業度は、季節や景気変動による生産量への影響を長期的に平均した操業度や、次の1年間に予想される操業度を利用するケースが多いです。 ◆ラッパの図を使えばわかりやすい! ここまでの説明は、次のラッパのような図を使って考えるとわかりやすくなります。 上の図では、縦軸が製造間接費、横軸が操業度になっていて、両者の関係を表しています。 緑の線は固定費予算額(例:会場代50,000円)を表します。そして赤の線は、固定費に変動費を加えた全体の予算額です。 ここで横軸の操業度のうち、基準操業度(例:50人)から縦に伸びる黒の線と赤の線が交わる部分が、基準操業度における製造間接費の予算額(例:200,000円(@4,000円×50人))になります。 そして、赤の線・緑の線の出発点から基準操業度を結ぶ青の線を引くと、ラッパのような図が出来上がります。 図の中で、変動費率(例:食事代@3,000円)と固定費率(例:会場代@1,000円)は、それぞれ赤の線と青の線の『開き具合』として表されます。 ちなみにこの図、ラッパ図という名前ではなく、『シュラッター図』といいます。 ではシュラッター図について、もう少し詳しく見ていきましょう。 ◆標準操業度と実際操業度 さて、同窓会の招待状を送付して、43人から出席の返事が来たとします。 同窓会に来るべきなのは43人です。 管理会計では、あるべき水準を「標準」と呼ぶのでしたね。一定量の製品を製造するために、あるべき操業度のことを「標準操業度」といいます。 そして同窓会当日、返事を出さなかったのにひょっこり来る人がいて(幹事さんは大変です・・・)、実際に会場に来たのが45人だったとします。 管理会計では、一定量の製品を製造するために、実際にかかった操業度を「実際操業度」といいます。 では、先ほどのシュラッター図に、「標準操業度」と「実際操業度」を書き加えてみましょう。 ◆標準と実際の差異を線の長さの違いで考える 同窓会に来るべき43人に、事前に計算した1人当たりが負担すべき予算上の金額@4,000円(=「標準配賦率」)をかけると、43人×@4,000円=172,000円と計算できます。 これが、実際発生額と比較する、あるべき標準原価であって、製造間接費では「標準配賦額」といいます。 この標準配賦額、シュラッター図のAの長さがこれに当たります。 一方、実際に同窓会に来た45人ベースでの予算額は、会場代50,000円+食事代@3,000円×45人=185,000円です。この実際操業度における予算額185,000円は、図のCの長さになります。 しかし、コースメニュー以外のものを頼んだ人がいて(幹事さんは本当に大変・・・)、実際には187,000円かかりました。 この実際発生額は、図のBの長さとして表すことができます。 冒頭に述べたように、差異分析とは、「実際発生額」と「あるべき標準原価」(製造間接費では「標準配賦額」)とを比較して、その差を分析することをいいます。 つまり、シュラッター図でいえば、『AとBの長さの違いについて考える』ということが、製造間接費の差異分析をすることになるのです。 では、AとBの長さの違いは、どのように考えるとよいのでしょうか。 ◆差異を3つに分けて考える AとBの長さの差を計算すると、172,000円(標準)-187,000円(実際)=△15,000円で、不利差異となります(実際が標準を超える場合が「不利差異」、逆の場合が「有利差異」です)。 これを通信簿のように細かく分けて考えましょう。下図のように、①②③の3つに分けてみます(②は2か所あります)。 ◆予定外のメニューを頼んだことによる差(予算差異) ①の部分は、実際操業度における予算額(C)と実際発生額(B)との差額です。 同窓会当日、予定していたコースメニュー以外のものを頼んだことによる次の差異がこれに当たります。 185,000円(C)-187,000円(B)=△2,000円(不利差異) 製造間接費の差異分析では、このような実際操業度における予算額(C)と実際発生額(B)とのズレにより生じた差異を「予算差異」と呼びます。 予算差異が不利差異である場合には、予算をオーバーした理由(例えば、補助材料や消耗品の浪費、設備の取扱いが悪いことによる修繕費の超過など)を調査し、これを改善することができます。 同窓会の話でいえば、次回からは、コースメニュー以外のものは頼まないよう参加者によく伝える、お店の人と事前に打合せしておく、などでしょうか・・・。 ◆来るべき人数と実際に来た人数が違うことによる差(能率差異) ②の部分は、同窓会に来るべき人数(43人)と実際に来た人数(45人)が違ったことにより生じた差額です。 シュラッター図で示したように、②は、食事代(変動費)から生じる部分と、会場代(固定費)から生じる部分の2つから成ります。 変動費部分:@3,000円×(43人-45人)=△6,000円 固定費部分:@1,000円×(43人-45人)=△2,000円 合計:△8,000円(不利差異) 製造間接費の差異分析では、このように標準操業度(43人)と実際操業度(45人)とのズレにより生じた差異を「能率差異」と呼びます。 能率差異が不利差異である場合は、あるべき標準操業度で作業を達成することができなかった、すなわち、能率が悪かったということですので、作業能率が悪かった理由(例えば、作業員の指導不足や配員の不手際など)を調査し、その改善に役立てることができます。 ◆割り当てきれなかった会場代(操業度差異) ③の部分は、同窓会に実際に来た人数(45人)が、会場をフル利用する場合の人数(50人)に届かなかったことにより、割り当てきれなかった会場代(固定費)です。 計算すると次のようになります。 @1,000円×(45人-50人)=△5,000円(不利差異) 製造間接費の差異分析では、このように実際操業度(45人)と基準操業度(50人)とのズレにより、配賦しきれなかった固定費部分を、「操業度差異」と呼びます。 上記のように操業度差異が不利差異である場合は、「生産能力を維持するためにかかる固定費を有効に使いきれなかった」と言うことができます。 ◆もらった通信簿をどう見るか はじめに紹介した通信簿をもう一度見てみましょう。 成績が細かい項目に分けて分析されていますね。 でも、この通信簿をパッと見ただけでは、今後の学習にどう役立てればいいか、すぐには判断できない印象を持つ方が多いのではないでしょうか。 実は、製造間接費の差異分析もこれと同じで、細かく分析しても、今後の原価管理にどう役立てればいいか、すべてが明らかになるわけではないのです。 もちろん、予算差異や能率差異が不利差異の場合には、その原因を調査して、今後の管理に役立てることはできます。 しかし、いったん予約した同窓会の会場代は取り消せないのと同じように、製造間接費の固定費部分は、生産能力を維持するために、すでに投下の意思決定をしてしまった費用であることが多いと考えられます。また、同窓会にクラス全員が来なかったとしても、それが幹事だけの責任ではないように、操業度は製造現場だけでコントロールできるものでもありません。 そのため、能率差異の固定費部分や、固定費を配賦しきれなかったことによる操業度差異については、その金額を把握することはできても、製造現場で今後の原価管理のために具体的に活かすのは難しいことも多いのです(このような考えから、能率差異の固定費部分を操業度差異に含め、管理不能なものとして扱うこともあります)。 ◆標準原価計算の限界を克服する方法がある ここまで読んで、がっかりされた方もいるかもしれませんね。 標準原価計算による管理は、製造間接費の重要性がそれほど高くなく、その内訳がシンプルな場合には、一定の効果があります。また、実務上利用されることが多く、原価管理の前提として押さえておきたい知識です。 ただし、現在の企業では、製造間接費の重要性が増し、その内訳も多岐にわたるため、こうした管理には限界があるのも事実です。 これを背景に、1980年代に誕生したのが「活動基準原価計算(ABC)」です。 次回はこの『ABC』について取り上げます。 (了)
〔経営上の発生事象で考える〕 会計実務のポイント 【第11回】 「既存システムの変更決定、新規システム開発の場合」 仰星監査法人 公認会計士 永井 智恵 1 耐用年数の変更 《解説》 現在、新システムを開発しており、それが旧システムの購入当初の経済的耐用年数が到来する前に完成・導入されることが予定されている場合には、旧システムの当初予定による残存耐用年数と現在以降の経済的使用可能予測期間が乖離することとなる。そのような場合には、旧システムの耐用年数を変更する必要がある。 この時、旧システムの取得時に定めた耐用年数が、これを定めた時点での合理的な見積りに基づくものであり、それ以降の変更も合理的な見積りによるものであれば、当該変更は「会計上の見積りの変更」に該当し、当該変更の影響は、当期及びその旧システムの新たな残存耐用年数にわたる将来の期間の損益で認識する。 〔設例〕 耐用年数の変更(会計上の見積りの変更) ① X0年4月に旧システムを1,000万円で購入した。取得時の合理的な見積りに基づく旧システムの経済的耐用年数は5年であった。 なお、X1年3月期の期末時点においては新システムの開発は予定されていない。 [X1年3月期の決算整理仕訳] (※) 取得価額1,000万円÷耐用年数5年=減価償却費200万円 ② X1年10月に、新システムの自社開発がスタートした。新システムはX3年3月に完成しX3年4月から導入される予定であるため、それ以降は旧システムが不要になる。よって、X2年3月期の期末における合理的な見積りに基づく旧システムの残存耐用年数は1年と見積られた。 [X2年3月期の決算整理仕訳] (※) 期首帳簿価額800万円(=1,000万円-200万円)÷耐用年数2年=400万円 (耐用年数はX2年3月期の1年+残存耐用年数1年=2年) 一方、旧システムの過去に定めた耐用年数がその時点での合理的な見積りに基づくものではなく(例えば、3年後に新システムを導入することが明らかであるにもかかわらず、経理担当者がそれを失念しており、誤って旧システムの耐用年数を5年と定めた場合など)、これを事後的に合理的な見積りに基づいたものに変更する場合には、過去の誤謬の訂正に該当し、修正再表示することに留意する。 〔設例〕 耐用年数の変更(過去の誤謬の訂正) X0年4月に旧システムを1,000万円で購入した。なお、X2年3月期より新システムの自社開発が予定されている。新システムはX3年3月に完成しX3年4月から導入される予定であるため、それ以降は旧システムが不要になる。これは旧システムの取得時点で既に明らかであったにもかかわらず、この事実を失念しており、旧システムの耐用年数を5年と定めた。 [X1年3月期の決算整理仕訳] (※) 取得価額1,000万円÷耐用年数5年=減価償却費200万円 X2年3月期の期末決算において、過去に5年と定めた耐用年数はその時点での合理的な見積りに基づくものでないことが発覚したため、これを事後的に合理的な見積りに基づいた耐用年数である3年に変更した。 [X1年3月期の決算整理仕訳(過去の誤謬の修正)] (※) 取得価額1,000万円÷耐用年数3年=333万円 [X2年3月期の決算整理仕訳] 2 固定資産の減損 《解説》 減損処理の要否は、以下のフローで検討する。 【減損処理の要否の検討】 一般的に顧客情報の管理システムは共用資産として保有されることが多いが、当該システム(旧システム)の耐用年数の変更により、当初予定していた旧システムの耐用年数よりも変更後の耐用年数の方が著しく短くなった場合、旧システムを含む資産グループに対する投資額の回収が見込めない可能性がある。このような事象は、資産又は資産グループに減損が生じている可能性を示す事象、すなわち減損の兆候に該当する。 減損の兆候には、以下のような例示があり、耐用年数の変更は②に該当する可能性がある。 《減損の兆候の例示》 ① 営業活動から生ずる損益又はキャッシュ・フローが継続してマイナスの場合 ② 使用範囲又は方法について回収可能価額を著しく低下させる変化がある場合 ③ 経営環境の著しい悪化の場合 ④ 市場価額の著しい下落の場合 (固定資産の減損に係る会計基準の適用指針12~15) 減損の兆候がある資産又は資産グループについては、減損損失の認識の判定を行う。その結果、投資額の回収が見込めない場合(当該資産又は資産グループから得られる割引前将来キャッシュ・フローの総額がこれらの帳簿価額を下回る場合)は、減損損失の測定を行い、当該資産又は資産グループの回収可能価額までこれらの帳簿価額を減額し、当該減少額を減損損失として当期の損益とする。 3 ソフトウェア(又はソフトウェア仮勘定)の計上 《解説》 新システムを利用することにより、利用する前と比べて間接人員の削減による人件費の削減効果が確実に見込まれる場合など、使用する前と比較して会社の業務を効率的又は効果的に遂行することができると明確に認められる場合は、当該新システムをソフトウェア(制作段階においてはソフトウェア仮勘定)等の無形固定資産として資産計上する。 【自社利用のソフトウェアの資産計上の検討】 新システムに係る資産計上の開始時期は、将来の収益獲得又は費用削減が確実であると認められる状況になった時点であり、そのことを立証できる証憑に基づいて決定する。 例) ソフトウェアの制作予算が承認された社内稟議書 ソフトウェアの制作原価を集計するための制作番号を記入した管理台帳 また、新システムに係る資産計上の終了時点は、実質的にソフトウェアの制作作業が完了したと認められる状況になった時点であり、そのことを立証できる証憑に基づいて決定する。 例) ソフトウェア作業完了報告書 最終テスト報告書 【検討事項のチェックリスト】 ~既存システムの変更決定、新規システムの開発の場合~ ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 (了)
民法の成年年齢引下げが 税制へ与える影響についての考察 弁護士・税理士 米倉 裕樹 1 はじめに 選挙権年齢が満18歳以上へと改正されたことに伴い、18歳、19歳の者が取引の場面など私法の領域においても自己の判断と責任において自立した活動をすることができるよう、民法が定める成年年齢を18歳に引き下げることが検討されている。 2016年11月8日には、9月30日で締め切られたパブリックコメントの結果が公表されている。 民法の成年年齢を引き下げる法案の提出時期は本稿公開時点では決まっていないが、早ければ平成29年の通常国会での提出が見込まれている。 民法の成年年齢の引下げに伴い、関連する法律についても改正の要否を検討する必要があるところ、内閣官房が平成26年4月1日時点で集計した結果によれば、政府全体で212本の法律について検討する必要があるとされている。 本稿では、それらのうち、特に税制に与える影響について若干の考察を行うものである。 2 各論 以下に掲げる法令は、民法上の「成年」を引用したものや、民法上の成年年齢を前提としたものであるが、後者(民法上の成年年齢を前提とした制度)においては、税制に関する政策的判断がなされる可能性を否定できない。 (1) 民法上の成年を引用している規定 民法第4条では、「年齢20歳をもって、成年とする。」と規定している。以下の法令等は、民法上の成年概念を引用しているため、成年年齢が18歳に引き下げられることで、別段の定め等が設けられない限り、同年齢(18歳)を意味することとなる。 ① 国税徴収法・国税犯則取締法における捜索立会人、関税法における臨検の立会人 国税徴収法第144条では、徴収職員が捜索を行うに当たり、その捜索を受ける滞納者等が不在である場合、または立会に応じないときは、成年に達した者2人以上又は市町村長の補助機関である職員若しくは警察官を立ち会わせなければならない旨規定している。 また、国税犯則取締法第6条第1項でも、収税官吏が捜索を行うに当たり、捜索すべき家宅等の所有者等、借主、その他成年に達した隣人を立ち会わせなければならない旨規定している。 これら「成年」規定については、成年年齢が18歳に引き下げられることで、別段の定め等が設けられない限り、同年齢(18歳)を意味することとなる。 また、関税法第129条第1項では、税関職員が、船舶、航空機、車両等、その他の場所で臨検、捜索、または差押をするに当たり、その所有者もしくは管理者、または成年に達したこれらの者の使用人若しくは同居の親族を立ち会わせなければならない旨規定している。 同「成年」規定についても、成年年齢が18歳に引き下げられることで、別段の定め等が設けられない限り、同年齢を意味することとなる。 ② 税理士法上の税理士の欠格事由 税理士法第4条第1項第1号では、税理士となる資格を有しない者の1つとして未成年者を規定している。同「未成年」規定についても、成年年齢が18歳に引き下げられることで、別段の定め等が設けられない限り、同年齢(18歳)未満を意味することとなる。 ③ 酒税法上の酒の製造免許等の付与条件 酒税法第10条第1項第3号では、税務署長が、酒類の製造免許、酒類の販売業免許を与えないことができる場合として、免許の申請者が営業に関し成年者と同一の行為能力を有しない未成年者を規定している。 この点、民法第6条第1項では、「一種又は数種の営業を許された未成年者は、その営業に関しては、成年者と同一の行為能力を有する。」と規定するところ、成年年齢が18歳に引き下げられることで、別段の定め等が設けられない限り、たとえ成年(18歳)に達しない者であっても、酒類の製造等に関する営業を許された場合には、成年者と同一の行為能力を有することとなる。 ④ 個人の道府県民税の非課税の範囲 地方税法第24条の5第1項第2号では、前年の合計所得金額が125万円を超えない未成年者に対して、道府県は道府県民税の均等割(所得金額の大小を問わず課される住民税)及び所得割(所得金額に比例して課される住民税)を課すことができないと規定している。同「未成年」規定についても、成年年齢が18歳に引き下げられることで、別段の定め等が設けられない限り、同年齢(18歳)未満を意味することとなる。 (2) 民法上の成年年齢を前提としているが必ずしも成年定義と連動しない規定 以下に掲げる法令は、民法上の成年年齢を前提としたものであるが、民法上の「成年」を引用せず、年齢にて規定しているため、成年年齢が18歳に引き下げられる場合であっても、税制に関する政策的判断等により、必ずしも連動して引き下げられるとは限らない。 ① 相続税法における20歳未満の者に係る控除制度等 相続または遺贈により財産を取得した法定相続人が、財産を取得した時点において20歳未満である場合には、未成年者控除として、相続税の額から一定の金額を差し引くことができる(相法19の3)。 相続税法第19条の3第1項では、「20歳未満の者である場合においては」と規定していることからすれば、成年年齢が18歳に引き下げられる場合であっても、税制に関する政策的判断等により、必ずしも連動して引き下げられるとは限らない。 ② 直系尊属から住宅取得等資金の贈与を受けた場合の贈与税の非課税措置における受贈者要件 平成27年1月1日から平成31年6月30日までの間に、父母や祖父母などの直系尊属から住宅取得等資金の贈与を受けた特定受贈者が、一定の時期までにその住宅取得等資金を自己の居住の用に供する家屋の新築、取得、増改築等の対価に充てて新築若しくは取得又は増改築等をし、その家屋を同日までに自己の居住の用に供するなどした場合には、住宅取得等資金のうち一定金額について贈与税が非課税となる(措置法70の2)。 租税特別措置法第70条の2第2項では、父母や祖父母などの直系尊属から住宅取得等資金の贈与を受けた特定受贈者の要件の1つとして、「住宅取得等資金の贈与を受けた日の属する年の1月1日において20歳以上」であることを要求している。そのため、成年年齢が18歳に引き下げられる場合であっても、税制に関する政策的判断等により、必ずしも連動して引き下げられるとは限らない。 ③ 東日本大震災の被災者等に係る国税関係法律の臨時特例に関する法律の被災者が住宅取得等資金の贈与を受けた場合の贈与税の非課税措置における受贈者要件 東日本大震災により居住の用に供していた家屋等が滅失し、もしくは警戒区域設定指示等が行われた日においてその警戒区域設定指示等の対象区域内に所在する家屋を居住の用に供するなどしていた者が、一定の期間内に父母や祖父母など直系尊属から住宅取得等資金の贈与を受けた場合には、一定の要件を満たすことを条件に、一定金額について贈与税が非課税となる(東日本大震災の被災者等に係る国税関係法律の臨時特例に関する法律(以下「震災特例法」という)38の2)。 震災特例法第38条の2第2項第1号ロでは、父母や祖父母などの直系尊属から住宅取得等資金の贈与を受けた被災受贈者の要件の1つとして、「住宅取得等資金の贈与を受けた日の属する年の1月1日において20歳以上の者」であることを要求している。そのため、成年年齢が18歳に引き下げられる場合であっても、税制に関する政策的判断等により、必ずしも連動して引き下げられるとは限らない。 ④ 相続時精算課税制度における適用者の要件 相続時精算課税制度とは、原則として60歳以上の父母または祖父母から、20歳以上の直系卑属である推定相続人に対し、財産を贈与した場合において選択できる贈与税の制度をいう(相法21の9)。 この制度の適用を受けるための要件の1つとして、贈与による財産を取得した者がその贈与者の推定相続人であることが必要であるが、当該推定相続人は、当該贈与者の直系卑属である者のうち、「その年1月1日において20歳以上であるもの」に限定されている(相法21の9①)。そのため、成年年齢が18歳に引き下げられる場合であっても、税制に関する政策的判断等により、必ずしも連動して引き下げられるとは限らない。 * * * 以上、民法の成年年齢が引き下げられた場合の税制に与える影響について若干の考察を行ったが、冒頭に述べたとおり関連する法律も多く、現行では成年年齢と連動しない税法上の規定についても見直し等政策的判断が行われる可能性もあることから、今後の関連法も含めた改正動向や施行時期については十分留意する必要がある。 (了)
中小法人の税制優遇措置を考慮した 『減資・増資』の活用と留意点 【第1回】 「中小法人の範囲の見直しと優遇税制」 公認会計士・税理士 石川 理一 1 はじめに 現在の税制上、中小法人についてはさまざまな優遇措置が施されている。 この「中小法人」として取り扱われる法人とは、 とされている(法人税法66条2項)。 ただし、上記要件に該当した場合でも、相互会社や大法人の完全子法人等一部の法人については、中小法人とは扱われない(法人税法66条6項)。 平成27年度与党税制改正大綱において「中小法人の実態は、大法人並みの多額の所得を得ている法人から個人事業主に近い法人まで区々である」とし、「資本金1億円以下を中小法人として一律に扱い、同一の制度を適用していることの妥当性について検討を行う」と、中小法人の範囲を見直すことが言及された。 本稿では中小法人の範囲の見直しの方向性を検討し、中小法人に対する優遇措置を活用するための有効な施策である減資・増資について解説する。 2 現行の中小法人税制 中小法人に対する優遇措置として、主に以下の制度を挙げることができる。 これらの内容を大法人と比較すると、以下のとおりである。 3 中小法人の範囲の見直し 法人税法上さまざまな優遇措置が施されている中小法人であるが、冒頭にも述べたようにその中には大法人並みの多額の所得を得ているなど、必ずしも担税力が乏しいとは認められない法人も含まれている。 会社法制の見直し等により資本金の性格が変わり、資本金の額が的確に企業の規模や経営実態を反映しているとは限らなくなっている。現行制度上、資本金基準のみで大法人と中小法人を区分しているため、大法人が減資を行って中小法人となり、外形標準課税を回避するなど恣意的な税負担の軽減が可能となってしまうという弊害がある。 日本税理士会連合会税制審議会では、これらの問題点への対処法を検討し2016年3月17日に「中小法人の範囲と税制のあり方について-平成27年度諮問に対する答申-」(以下、答申という)を取りまとめた。 答申では、中小法人の範囲の見直しの考え方として、以下の3つの方法が検討された。 検討の結果、現行の資本金基準は長年にわたって施行され、広く実務に定着していることなどの理由により、当面は同基準(1億円)を維持した上で、他の指標と組み合わせること(上記③の方法)によって中小法人の範囲を定めることが適当であると結論付けている。 一方、資本金と組み合わせる他の指標としては、事業年度開始時点において中小法人に該当するか否かが明確に判断できること(予見可能性)、適正な執行が担保されること、一定期間にわたって安定的であることという性格を有する必要がある。 答申では、この要件を満たす指標として、従業員数が中小法人の範囲を定めるのに適当な指標であると結論付けている。 従業員数基準には、従業員の範囲をどのように定めるか、業種ごとの差異をどのように考えるかなど、検討すべき課題が含まれているものの、企業の規模や経営実態を反映する指標として有力であり、中小企業基本法において、業種に応じた従業員数基準が定められている。 従業員数以外の指標として、所得金額又は売上高、純資産価額又は総資産価額、付加価値額などの指標も検討されたが、予見可能性等の観点からこれらの指標は問題が多いとして、答申ではこれらの指標を不適当と結論付けている。 4 税制優遇措置を適用するための減資・増資の活用 今後、中小法人の範囲については資本金基準と従業員数基準を組み合わせる方向で見直しが進められていくと考えられる。 従業員数の基準としては、業種ごとに異なる従業員数が設定される可能性があるが、現行の税制において、資本・出資を有しない法人の場合に従業員数1,000人以下を中小企業者等とする規定があることから、従業員数1,000人が1つのメルクマールとなろう。 従業員数基準として、従業員数1,000人以下であることが中小法人の範囲に含まれるための条件となることを前提とすると、資本金が1億円を超えており中小法人として扱われていない企業で、従業員数が1,000人を超えていない場合には、減資することにより税制優遇措置を適用することが可能となり、税金コストを抑えることができる。 逆に、資本金が1億円以下であったため、法人税法上、中小法人として扱われていたが、中小法人の範囲が見直された結果、従業員数が1,000人を超えるため中小法人に該当しなくなる企業も出てくるであろう。 それらの企業は資本金1億円以下にこだわる必要がなくなる。追加資本を投下することにより収益拡大が見込まれる場合には、増資による資金調達によって積極的な収益拡大戦略をとるという意思決定をする場面も出てくるであろう。 * * * 次回は減資・増資のメリット・デメリットについて解説する。 (了)