フロー・チャートを使って学ぶ会計実務 【第32回】 「ストック・オプションの基本」 仰星監査法人 公認会計士 西田 友洋 【はじめに】 今回は、ストック・オプションの「基本」の会計処理について解説する。 「ストック・オプション」とは、自社株式オプション(※1)のうち、特に企業がその従業員等(※2)に、報酬として付与するものをいう。ストック・オプションには、権利行使により対象となる株式を取得することができるというストック・オプション本来の権利を獲得すること(権利の確定)につき条件が付されているものが多い。当該権利の確定についての条件(権利確定条件)には、勤務条件や業績条件がある(企業会計基準第8号「ストック・オプション等に関する会計基準(以下、「基準」という)」2(2))。 (※1) 「自社株式オプション」とは、自社の株式(財務諸表を報告する企業の株式)を原資産とするコール・オプション(一定の金額の支払により、原資産である自社の株式を取得する権利)をいう。新株予約権はこれに該当する。 なお、基準においては、企業が、財貨又はサービスを取得する対価として自社株式オプションを取引の相手方に付与し、その結果、自社株式オプション保有者の権利行使に応じて自社の株式を交付する義務を負う場合を取り扱っている(基準2(1))。 (※2) 「従業員等」とは、企業と雇用関係にある使用人のほか、企業の取締役、会計参与、監査役及び執行役並びにこれに準ずる者をいう(基準2(3))。 そして、基準は、以下の取引に対して適用される(基準3)。 (1) 企業がその従業員等に対しストック・オプションを付与する取引 (2) 企業が財貨又はサービスの取得において、対価として自社株式オプションを付与する取引であって、(1)以外のもの (3) 企業が財貨又はサービスの取得において、対価として自社の株式を交付する取引 なお、(2)又は(3)に該当する取引であっても、企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」等、他の会計基準の範囲に含まれる取引については、基準は適用されない。 したがって、下記のような取引に対しては、基準は適用されない(基準27)。 (1) 自社株式オプション又は自社の株式を用いない取引 (2) 付与した自社株式オプション又は交付した自社の株式が、財貨又はサービスの取得の対価にあたらない場合 (3) デット・エクイティ・スワップ取引 (4) 取得するものが事業である場合 (5) 従業員持株制度において自社の株式購入に関し、奨励金を支出する取引 (6) 敵対的買収防止策として付与される自社株式オプション なお、本解説では、上記(1)「企業がその従業員等に対しストック・オプションを付与する取引」を前提に解説する。また、条件変更がある場合は解説しない。 ※各ステップをクリックすると、それぞれのページに移動します。 ※画像をクリックすると、別ウィンドウでPDFが開きます。 従業員等は、ストック・オプションを対価としてこれと引換えに企業にサービスを提供し、企業はこれを消費しているから、費用認識する(基準34(1)、39)。具体的には、ストック・オプションを付与し、これに応じて企業が従業員等から取得するサービスは、その取得に応じて費用(=ストック・オプションの公正な評価額のうち、対象勤務期間を基礎とする方法その他の合理的な方法に基づき当期に発生したと認められる額)として計上し、対応する金額を、ストック・オプションの権利の行使又は失効が確定するまでの間、貸借対照表の純資産の部に「新株予約権」として計上する(基準4、5)。 ここで、ストック・オプションの公正な評価額は、公正な評価単価にストック・オプション数(権利不確定による失効の見積数を控除)を乗じて算定する。 一般的にストック・オプションは権利確定条件が付されているものが多いため、まず、権利確定以前の会計処理について検討する。 (1) 公正な評価単価の算定 ① 評価時点 公正な評価単価は、付与日現在で算定する。条件変更の場合(本解説では解説していない)を除き、その後は見直さない(基準6(1))。 ② 評価方法 ストック・オプションに関しては、通常、市場価格が観察できないため、株式オプション価格算定モデル等の算定技法を利用して公正な評価単価を見積る(基準48)。 「株式オプション価格算定モデル」とは、ストック・オプションの市場取引において、一定の能力を有する独立第三者間で自発的に形成されると考えられる合理的な価格を見積るためのモデルであり、市場関係者の間で広く受け入れられているものをいう。例えば、ブラック・ショールズ式や二項モデル等が考えられる(基準48)。 算定技法の利用にあたっては、付与するストック・オプションの特性や条件等を適切に反映するよう必要に応じて調整を加える(基準6(2)、企業会計基準適用指針第11号「ストック・オプション等に関する会計基準の適用指針(以下、「適用指針」という)」5、6、7)。 ただし、失効(※)の見込みについてはストック・オプション数に反映させるため、公正な評価単価の算定上は考慮しない(基準6(2))。 (※) 「失効」とは、ストック・オプションが付与されたものの、権利行使されないことが確定することをいう。失効には、権利確定条件が達成されなかったことによる失効(「権利不確定による失効」)と、権利行使期間中に行使されなかったことによる失効(「権利不行使による失効」)とがある(基準2(13))。 実務上は、評価単価の算定は、専門家に依頼することが多いと考えられる。 なお、算定技法の変更が認められるのは、原則として以下の場合に限られる(適用指針8)。 (1) 従来付与したストック・オプションと異なる特性を有するストック・オプションを付与し、その特性を反映するために必要な場合 (2) 新たにより優れた算定技法が開発され、これを用いることで、より信頼性の高い算定が可能となる場合 【未公開企業の場合】 未公開企業については、ストック・オプションの公正な評価単価に代え、ストック・オプションの単位当たりの本源的価値の見積りに基づいて会計処理を行うことができる(基準13)。言い換えると、未公開企業の場合、公正な評価単価を見積る方法、単位当たりの本源的価値を見積る方法、どちらでも認められる。 付与日現在でストック・オプションの単位当たりの本源的価値を見積り、条件変更の場合を除き、その後は見直さない(基準13)。 ここで、「単位当たりの本源的価値」とは、算定時点においてストック・オプションが権利行使されると仮定した場合の単位当たりの価値であり、当該時点におけるストック・オプションの原資産である自社の株式の評価額と行使価格との差額をいう。 【自社株式の株価 > 行使価格の場合】 【自社株式の株価 < 行使価格の場合】 一般的に、行使価格は付与日における自社株式の株価より高く設定されることがほとんどであると考えられる。そのため、未公開企業では、本源的価値がゼロとなり、費用計上額はゼロとなることが多いと考えられる。 (2) ストック・オプション数の算定 付与されたストック・オプション数(「付与数」)から、権利不確定による失効の見積数を控除して算定する(基準7(1))。 (3) 権利確定日の判定 各会計期間における費用計上額は、ストック・オプションの公正な評価額のうち、対象勤務期間を基礎とする方法その他の合理的な方法に基づき当期に発生したと認められる額として算定する。すなわち、ストック・オプションの公正な評価額を、これと対価関係にあるサービスの受領に対応させて、対象勤務期間を基礎とする方法その他の合理的な方法に基づいて費用計上することになる。 ここで、対象勤務期間とは、付与日から権利確定日までの期間であるため、権利確定日を判定する必要がある。そして、権利確定日は以下のように判定する(適用指針17)。 ① 勤務条件が付されている場合には、勤務条件を満たし権利が確定する日 ② 勤務条件は明示されていないが、権利行使期間の開始日が明示されており、かつ、それ以前にストック・オプションを付与された従業員等が自己都合で退職した場合に権利行使ができなくなる場合には、権利行使期間の開始日の前日。この場合には、勤務条件が付されているものとみなす。 ③ 条件の達成に要する期間が固定的ではない権利確定条件が付されている場合には、権利確定日として合理的に予測される日 (4) 付与時の会計処理 上記(1)で算定したストック・オプションの公正な評価単価に(2)のストック・オプション数を乗じて算定した金額のうち、(3)の対象勤務期間をもとに、当期に発生したと認められる額を「株式報酬費用」として計上する。そして、対応する金額を、ストック・オプションの権利の行使又は失効が確定するまでの間、貸借対照表の純資産の部に「新株予約権」として計上する(基準4、5、適用指針〔設例1〕)。 《設例1》 〈X1年3月期〉 (※1) 対象勤務期間:X0年7月からX5年6月 ⇒ 60ヶ月 付与日から当期末までの期間:9ヶ月 5,000円×10個×(100名-10名)×9/60=675,000円 (注) 期末時点において、将来の失効見込み(退職者)を修正する必要はないと判断している。 〈X2年3月期〉 (※2) 対象勤務期間:X0年7月からX5年6月 ⇒ 60ヶ月 付与日から当期末までの期間:21ヶ月 5,000円×10個×(100名-10名)×21/60=1,575,000円(X2年3月期の新株予約権残高) 1,575,000円-前期末までの計上額675,000円=900,000円 (注) 期末時点において、将来の失効見込み(退職者)を修正する必要はないと判断している。 〈X3年3月期〉 (※3) 対象勤務期間:X0年7月からX5年6月 ⇒ 60ヶ月 付与日から当期末までの期間:33ヶ月 5,000円×10個×(100名-10名)×33/60=2,475,000円(X3年3月期の新株予約権残高) 2,475,000円-前期末までの計上額1,575,000円=900,000円 (注) 期末時点において、将来の失効見込み(退職者)を修正する必要はないと判断している。 〈X4年3月期〉 (※4) 対象勤務期間:X0年7月からX5年6月 ⇒ 60ヶ月 付与日から当期末までの期間:45ヶ月 5,000円×10個×(100名-10名)×45/60=3,375,000円(X4年3月期の新株予約権残高) 3,375,000円-前期末までの計上額2,475,000円=900,000円 (注) 期末時点において、将来の失効見込み(退職者)を修正する必要はないと判断している。 (5) ストック・オプション数の見直し 付与日から権利確定日の直前までの間に、権利不確定による失効の見積数に重要な変動が生じた場合(条件変更による場合(本解説では解説していない)を除く)には、これに応じてストック・オプション数を見直す(基準7(2))。 これによりストック・オプション数を見直した場合には、見直し後のストック・オプション数に基づくストック・オプションの公正な評価額に基づき、その期までに費用として計上すべき額と、これまでに計上した額との差額を見直した期の損益として計上する(基準7(2))。 そして、最終的に、権利確定日には、ストック・オプション数を権利の確定したストック・オプション数(「権利確定数」)と一致させる。一致させた結果、これによりストック・オプション数を修正した場合には、修正後のストック・オプション数に基づくストック・オプションの公正な評価額に基づき、権利確定日までに費用として計上すべき額と、これまでに計上した額との差額を権利確定日の属する期の損益として計上する(基準7(3))。 《設例2》 〈X5年3月期〉 (※1) 対象勤務期間:X0年7月からX5年6月 ⇒ 60ヶ月 付与日から当期末までの期間:57ヶ月 5,000円×10個×(100名-9名)×57/60=4,322,500円(X5年3月期の新株予約権残高) 4,322,500円-前期末までの計上額3,375,000円=947,500円 〈X6年3月期〉 (※2) 対象勤務期間:X0年7月からX5年6月 ⇒ 60ヶ月 付与日から権利確定日までの期間:60ヶ月 5,000円×10個×(100名-8名)×60/60=4,600,000円(X6年3月期の新株予約権残高) 4,600,000円-前期末までの計上額4,322,500円=277,500円 権利確定後には、権利行使又は権利不行使による失効がある。また、権利行使が行われた場合、企業が新株発行するケースと自己株式を処分するケースがある。 そこで、権利行使され、企業が新株発行する場合には、(1)を検討する。また、権利行使され、企業が自己株式を処分する場合には、(2)を検討する。さらに、権利行使されず失効となった場合、(3)を検討する。 ※画像をクリックすると、大きい画像が開きます。 (1) 新株発行する場合 ストック・オプションが権利行使され、これに対して新株を発行した場合には、新株予約権として計上した額のうち、当該権利行使に対応する部分を払込資本に振り替える(基準8)。 (2) 自己株式を処分する場合 ストック・オプションが権利行使され、当該企業が自己株式を処分した場合には、自己株式の取得原価と、新株予約権の帳簿価額及び権利行使に伴う払込金額の合計額との差額は、自己株式処分差額とする(基準8)。 自己株式処分差額が正の値の場合、「自己株式処分差益」として、その他資本剰余金に計上する。負の値の場合、「自己株式処分差損」として、その他資本剰余金から減額する。なお、会計期間末において、その他資本剰余金の残高が負の値の場合、その他資本剰余金をゼロとし、負の値をその他利益剰余金(繰越利益剰余金)から減額する(企業会計基準第1号「自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準」9、10、12)。 (3) 権利行使されず失効となった場合 権利不行使による失効となった場合には、新株予約権として計上した額のうち、当該失効に対応する部分を原則として「新株予約権戻入益」等の科目名称で特別利益に計上する。この会計処理は、当該失効が確定した期に行う(基準8、47)。 《設例3》 〈X8年3月期〉 ① 新株発行 (※1) 10,000円×414株(=92名×10個×45%)=4,140,000円 (※2) 4,600,000×45%=2,070,000円 ② 自己株式の処分 (※3) 10,000円×414株(=92名×10個×45%)=4,140,000円 (※4) 4,600,000×45%=2,070,000円 (※5) 9,000円×414株(=92名×10個×45%)=3,726,000円 (※6) 差額 ③ 権利行使期間満了による新株予約権の失効 (※7) 4,600,000×10%=460,000円 【ストック・オプションと税効果】 税制適格ストック・オプションと税制非適格ストック・オプションで、税効果の取扱いが異なる。 (1) 税制適格ストック・オプションの場合 税制適格ストック・オプションを付与された個人は、付与時、権利行使時ともに所得税の給与所得等による課税がなく、株式譲渡時に譲渡所得として課税される。 一方、会社側は、法人税法上、給与等として所得税が課税される場合にのみ損金算入が認められるが、給与等として所得税が課税されないため、永久に損金算入されない。 したがって、会計上は費用処理されるが、法人税法上は、永久に損金算入されないため、永久差異となる(将来減算一時差異は生じない)。 なお、権利不行使による戻入益は益金不算入となるが、一時差異を認識しないため、税効果会計の適用対象にはならない。 (2) 税制非適格ストック・オプションの場合 税制適格ストック・オプションに該当しない場合、個人は権利行使時に行使時の時価から権利行使価額を控除した差額が給与所得等として課税される。 一方、会社側では、給与等として所得税が課税されるため、法人税法上、損金算入が認められる。 そのため、ストック・オプションの費用計上時は損金不算入となるが、権利行使時に損金算入されることから、将来減算一時差異が認識され、回収可能性がある場合、繰延税金資産を計上する。 なお、権利不行使による戻入益は益金不算入となり、減算されるため、権利行使時だけではなく、権利不行使が確定した時点でも将来減算一時差異が解消する。 したがって、権利行使時及び権利不行使確定時に繰延税金資産が取り崩されることになる。 以下の注記が必要となる(基準16)。 (1) 本会計基準の適用による財務諸表への影響額 (2) 各会計期間において存在したストック・オプションの内容、規模(付与数等)及びその変動状況(行使数や失効数等) (3) ストック・オプションの公正な評価単価の見積方法 (4) ストック・オプションの権利確定数の見積方法 (5) ストック・オプションの単位当たりの本源的価値による算定を行う場合には、当該ストック・オプションの各期末における本源的価値の合計額及び各会計期間中に権利行使されたストック・オプションの権利行使日における本源的価値の合計額 (6) ストック・オプションの条件変更の状況 (7) 自社株式オプション又は自社の株式に対価性がない場合には、その旨及びそのように判断した根拠 財貨又はサービスの対価として自社株式オプション又は自社の株式を用いる取引(ストック・オプションを付与する取引を除く。)についても、ストック・オプションを付与する取引に準じて、該当する事項を注記する。 なお、計算書類では上記のような注記は必ずしも求められていない。 * * * 以上、3つのステップをまとめたフロー・チャートを再掲する。 ※画像をクリックすると、別ウィンドウでPDFが開きます。 (了)