税務判例を読むための税法の学び方【73】 〔第9章〕代表的な税務判例を読む (その1:武富士事件①) 立正大学法学部准教授 税理士 長島 弘 1 武富士事件判決の概要 この事件は、贈与税を回避するために、生活の本拠を日本から香港に移したうえで、武富士の元会長が、その後継者に対して、自己が所有していた外国法人(武富士の持株会社)の株式を生前贈与した結果、日本における約1,300億円の贈与税を免れたとして、課税処分(贈与税の決定処分と無申告加算税の賦課決定処分)がなされ、その違法性が問われた事案である。 判決ではまず、法令解釈によって定立された「一般的法命題」が掲げられ、次に事実認定がなされて、その認定事実を「一般的法命題」にあてはめて、結論として判決が下される。これを法的三段論法というが、そのうちの「一般的法命題」こそが判例である旨記した。 2 判決の構造 (1) 一般的法命題 ではまず、この武富士事件における「一般的法命題」は何であろうか。 判決の中で、「主文」に続き「理由」が記され、その中で「1」に事案の概要、「2」に確定した事実関係の概要、「3」に原審、そして「4」に最高裁判所の判断が示されている。 そしてその「1」において「法1条の2(現行は「1条の3」。筆者挿入。)によれば、贈与により取得した財産が国外にあるものである場合には、受贈者が当該贈与を受けた時において国内に住所を有することが、当該贈与についての贈与税の課税要件とされている(同条1号)ところ、」と適用条文を確認し、続けて「住所とは、反対の解釈をすべき特段の事由はない以上、生活の本拠、すなわち、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものであり、一定の場所がある者の住所であるか否かは、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決すべきものと解するのが相当である(略1:※次回詳説する)。」と判示し、住所の判断には「客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決すべき(太字及び下線は筆者挿入。以下同じ)」と法命題を示している。 原審である高裁においては、居住意思という主観的要素が住所の判断に含まれる旨判示しており、この点が最高裁判決と高裁判決の相違である(詳細は次回以降で確認する)。 (2) 事実認定 続けて、「2」で事実認定として「その約3分の2の日数を2年単位(合計4年)で賃借した本件香港居宅に滞在して過ごし、その間に現地において本件会社又は本件各現地法人の業務として関係者との面談等の業務に従事しており、これが贈与税回避の目的で仮装された実体のないものとはうかがわれないのに対して、国内においては、本件期間中の約4分の1の日数を本件杉並居宅に滞在して過ごし、その間に本件会社の業務に従事していたにとどまるというのであるから、本件贈与を受けた時において、本件香港居宅は生活の本拠たる実体を有していたものというべきであり、本件杉並居宅が生活の本拠たる実体を有していたということはできない。」と生活の本拠が、日本の居宅のある東京都杉並区ではなく、香港であると認定している。 続けて、「上告人が贈与税回避を可能にする状況を整えるために香港に出国するものであることを認識し、本件期間を通じて国内での滞在日数が多くなりすぎないよう滞在日数を調整していた」ことについて、「一定の場所が住所に当たるか否かは、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かによって決すべきものであり、主観的に贈与税回避の目的があったとしても、客観的な生活の実体が消滅するものではないから、上記の目的の下に各滞在日数を調整していたことをもって、現に香港での滞在日数が本件期間中の約3分の2(国内での滞在日数の約2.5倍)に及んでいる上告人について前記事実関係等の下で本件香港居宅に生活の本拠たる実体があることを否定する理由とすることはできない」と主観的目的を判断要素とすべきではない旨判示し、続けて、「このことは、法が民法上の概念である「住所」を用いて課税要件を定めているため、本件の争点が上記「住所」概念の解釈適用の問題となることから導かれる帰結であるといわざるを得ず、他方、贈与税回避を可能にする状況を整えるためにあえて国外に長期の滞在をするという行為が課税実務上想定されていなかった事態であり、このような方法による贈与税回避を容認することが適当でないというのであれば、法の解釈では限界があるので、そのような事態に対応できるような立法によって対処すべきもの」と、そのような行為に対する対処は立法で図るべきと、そしてこの中で、借用概念という用語は用いていないが、「法が民法上の概念である「住所」を用いて課税要件を定めているため、本件の争点が上記「住所」概念の解釈適用の問題となることから導かれる帰結」と借用概念について、統一説(借用概念について、元の法令と同様に解すべきという見解)に依るべき点も明らかにしている。 このようにこの事案では、「住所」がどこにあるかという事実認定が、実際には「住所」がどこであるかの法的判断をどのように行うべきかという、法解釈が中心になっている。 すなわち1つ目は、住所の判定において、「贈与税回避の目的」を考慮に入れるべきか、という点である。この点については、「贈与税回避の目的」があったことは認定していながら、これを住所の判定には無関係とし、このような対処は「立法によって対処すべき」と判示する。 そして2つ目が、「住所」概念について借用概念統一説によるべきか否かという点であるが、上記のように統一説に依るべき点が示されている。 そしてこれらのことから、事実認定における結論として、「国内(同法の施行地)における住所を有していたということはできない」と判示する。 (3) 結論 そしてこの認定事実を一般的法命題に当てはめて、「本件贈与につき、法1条の2第1号及び2条の2第1項に基づく贈与税の納税義務を負うものではなく、本件各処分は違法」と結論付けている。 * * * 次回も引き続き武富士事件について検討を行うこととする。 (続く)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第105回】 引当金の会計処理① 「債務保証損失引当金」 仰星監査法人 公認会計士 上村 治 〈事例による解説〉 〈仕訳〉(単位:百万円) 〈会計処理の解説〉 1 保証債務の履行による法律関係 会計処理の解説の前に、保証債務を履行した場合の法律関係を整理すると以下のようになります。 B社がC銀行に対して借入金300百万円を返済できなかった場合、B社はC銀行の保有する貸付債権の債務不履行となります。 この場合、C銀行は保証人であるA社に対してB社に対する貸付債権の請求をすることができます。A社がこれに応じ、B社に代わって返済した場合、A社はB社に対して、求償債権を取得することになります。 2 債務保証損失引当金の計上 保証債務が履行された場合の法律関係は上記のようになりますが、会計上は以下の要件のすべてを満たす場合には保証債務の履行を待たずに債務保証損失引当金の計上を行う必要があります。 ①の要件に「主たる債務者の財政状態の悪化等により、債務不履行となる可能性があること」とありますが、より具体的には、主たる債務者が、法的、形式的な経営破綻の状態にある場合のほか、法的、形式的な経営破綻の事実は発生していないものの深刻な経営難の状態にあり、再建の見通しがない状況にあると認められるなど、実質的に経営破綻に陥っている場合、及び経営破綻の状況にはないが経営難の状態にあり、経営改善計画等の進捗状況が芳しくなく、今後、経営破綻に陥る可能性が高いと認められる場合が、債務保証損失引当金の計上対象となります(監査委員会報告第61号4.(1))。 事例では、B社は経営難の状態にあり、返済の目途がたっていないことから債務不履行となる可能性が高いといえます。また、B社にはめぼしい財産がなく、A社の取得するB社に対する求償債権全額について回収できない可能性が高いことから、債務保証損失引当金を計上する必要があります。 * * * 次回は、引当金の会計処理のうち、ポイント引当金について解説します。 (了)
中小企業事業主のための 年金構築のポイント 【第20回】 (最終回) 「まとめ(2)」 -法人の役員の年金- 特定社会保険労務士 佐竹 康男 前回は「個人事業主の年金」について、まとめの解説を行ったが、本連載最終回となる今回は、「法人の役員」の年金に関するまとめとして、年金の受給、特に在職老齢年金の留意点について解説する。 1 法人の役員と厚生年金保険の加入義務 法人の役員は、その法人から報酬を得ているのであれば、原則として厚生年金保険の被保険者になる。非常勤役員で他の法人との役員を兼ねているとき等は被保険者にならないケース(※1)もあるが、代表取締役は、たとえ他の法人等の役員を兼ねている場合であっても、法人から報酬を得ている間は被保険者になる。 (※1) その法人での勤務日数及び勤務時間がそれぞれ一般の従業員の概ね4分の3未満の人の場合 2 老齢厚生年金の受給資格等(【第7回】参照) (1) 支給開始年齢 老齢厚生年金は65歳から支給される。老齢厚生年金は、報酬比例部分の年金額が老齢基礎年金に上乗せする形で支給されるが、一定の受給要件を満たしていれば、60歳から64歳までは「特別支給の老齢厚生年金」として、生年月日に応じて支給される。特別支給の老齢厚生年金の支給開始年齢は、段階的に引上げが行われている(詳細は【第7回】に掲載した〈特別支給の老齢厚生年金の支給開始年齢引上げスケジュ-ル〉を参照されたい)。 (2) 年金額 特別支給の老齢厚生年金は、加入期間の長短により決定される定額部分と、過去の報酬の高低により決定される報酬比例部分を合計した額が、生年月日に応じて支給される。65歳から支給される老齢厚生年金は、報酬比例部分のみの年金となる。 また、生計維持関係にある65歳未満の配偶者や18歳未満の子がいるなどの一定の要件を満たした場合には、加給年金が加算される(【第10回】参照)。 3 在職老齢年金 在職老齢年金とは、老齢厚生年金(特別支給の老齢厚生年金を含む)を受給している人が在職し、厚生年金保険に加入した場合、老齢厚生年金の額(基本月額という)と報酬(総報酬月額相当額(※2))により、受け取る年金額の全部又は一部が停止されるものをいう。 (※2) 総報酬月額相当額=該当月の標準報酬月額+(該当月以前1年間の標準賞与額÷12) ただし、在職老齢年金は総報酬月額相当額と基本月額で調整されるので、事業所得や不動産所得等、他の所得とは調整されない。また、在職している場合でも年金制度に加入していないときは、年金が調整されることはない。 (1) 60歳台前半(【第8回】参照) 特別支給の老齢厚生年金の額(基本月額)と総報酬月額相当額の合計額が28万円を超えた場合は、年金の全部又は一部が停止される。 例えば、年金月額10万円、報酬20万円(賞与なし)あれば、下表の通り、年金は1万円カットされて9万円の支給になる。 〈在職老齢年金早見表〉(一部) (2) 60歳台後半(【第9回】参照) 65歳からは老齢基礎年金と老齢厚生年金が支給されるが、在職中であっても老齢基礎年金は全額支給される。しかし老齢厚生年金は在職中、総報酬月額相当額と基本月額を合計した額が47万円を超えた場合に、その超えた額の2分の1に相当する額が停止される。 [老齢厚生年金] ⇒ 在職支給停止の対象になる [老齢基礎年金] ⇒ 在職中でも全額受給できる 〈計算式〉 A=総報酬月額相当額+基本月額 (3) 70歳以降(【第18回】参照) 厚生年金保険は、70歳になると被保険者資格がなくなるが、70歳以降も70歳以上被用者(※3)に該当している限り、65歳台後半の在職老齢年金と同様の仕組みにより、年金が全部又は一部停止される。 (※3) 適用事業所に使用されている、勤務日数及び勤務時間がそれぞれ一般の従業員のおおむね4分の3以上での人で、過去に厚生年金保険の被保険者期間がある人 (連載了)
養子縁組を使った相続対策と 法規制・手続のポイント 【第15回】 「養子縁組前の養子の子が養親の直系卑属に当たる場合と代襲相続権」 弁護士・税理士 米倉 裕樹 [1] はじめに 代襲相続とは、相続開始以前に相続人となるべき者(子・兄弟姉妹)が死亡その他の事由(相続欠格・廃除)で相続権を失った場合に、その者の直系卑属(兄弟姉妹の場合はその子に限る)が、その者に代わって同一順位で相続人となり、その者の受けるはずであった相続分を承継する制度をいう(民 887②・ 889②)。 代襲相続に関しては、民法887条2項但書により、被相続人の子の代襲相続人は、相続権を失った者の子であるとともに、被相続人の直系卑属でなければならないとされている。 その趣旨は、相続人である子が養子である場合に、その養子に被相続人との縁組前に生まれた子があるとき、当該子を被相続人の相続から除外するためとされている。つまり養子縁組時に養子にすでに子がいる場合、当該子は被相続人の直系卑属とはならないからである。 そのため、一般的に「養子縁組前に生まれた子は代襲相続をすることはできない」と考えがちであるが、必ずしも一概にはそのようには言えない。 以下、ケースを分けて解説を行う。 [2] ケース①:配偶者乙が被相続人の実子ではない場合 【関係図】 甲の養子縁組前に出生した子Aは、甲を代襲して相続人となることはできない。養子縁組前に出生した子と養親との間には血族関係が生じず、民法 887条2項但書により代襲相続人として除外されてしまうからである。 なお、縁組後に出生した子Bは、養子縁組の日から養親との間に血族間におけるのと同一の親族関係を生じるため、被相続人(養親)の直系卑属として代襲相続人となる。 [3] ケース②:配偶者乙が被相続人の実子である場合 【関係図】 甲の養子縁組後に出生した子Bは勿論、甲の養子縁組前の子Aであっても、養親の実子乙との間の子であって、乙を通して養親の直系卑属に当たるときは、Aは甲を代襲して相続人となることができる。 Aは養子縁組前に出生しているが、乙を通して被相続人の直系の孫となり、民法887条2項の文言上において直接に違反するものではないからである。 なお、類似する事案において、大阪高裁平成元年8月10日判決では、以下のとおり、Aが相続人となる旨判示している(下線部は筆者による)。 [4] まとめ このように、一般的に「養子縁組前に生まれた子は代襲相続することはできない」と言われているのは、あくまでも『ケース①:配偶者乙が被相続人の実子ではない場合』に限定される。 代襲相続人に当たるか否かを検討する際には、出生が養子縁組の前か後かだけに注目するのでなく、被相続人の直系卑属に当たるか否かを検討することが重要である。 (了)
企業の不正を明らかにする 『デジタルフォレンジックス』 【第5回】 「デジタルフォレンジックスの現場」 ~証拠収集編②~ プライスウォーターハウスクーパース株式会社 シニアマネージャー 池田 雄一 前回に続き、デジタルフォレンジックスの証拠収集について解説していく。 1 ハードディスクの暗号化が証拠収集に与える影響 前回述べたとおり、ハードディスクの暗号化は少なからず証拠収集の工程に影響を及ぼす。特に、使用されている暗号化のタイプによっては収集工程を大幅に調整する必要が生じるほか、逆にリスクになりうる事象も見られる。 日本企業の間でも多く利用されている、米国のハードディスク暗号化プログラムであれば、同じく米国で開発されたデジタルフォレンジックス専用の証拠収集・調査解析ツールにおいてもサポートされている。 一方で、日本国内で開発された暗号化プログラムを利用している場合には注意が必要である。 デジタルフォレンジックスやeディスカバリーへの対応を全く想定せずに開発された国産の暗号化プログラムは、筆者の知る限り証拠収集・調査解析ツールにおいて全くと言っていいほどサポートされていない。その際は、暗号化を事前に解除(復号化)した上で証拠収集を行うことになる。しかしながら、暗号化の解除には平均して5~8時間かかり、収集後に再度暗号化をかけるにも同等の時間を要する。また、解除作業の段階でファイル破損のリスクがあることから事前にバックアップを取らなければならないなど、丸一日以上コンピュータを使用できなくなるため、業務への支障だけでなく情報システム担当者にとっても非常に骨の折れる作業となる。 国産の暗号化プログラムの中には、ハードディスク全領域ではなく、特定の領域に保存されている個々のファイルが暗号化されるタイプのものもある。その個々のファイルの暗号化解除(復号化)に伴い、ファイルのタイムスタンプが変わってしまう事象がみられることがあるため注意が必要である。 特に、ファイルのタイムスタンプの分析が必要となるような案件においては、タイムスタンプの変更が調査結果に致命的な結果をもたらすことも考えられるため、状況を鑑みたうえで進める必要がある。 2 証拠として収集したデータとコピーデータの違い (1) 自社での不用意なドキュメントデータのコピーが問題に 時に、外部の専門家による調査を必要とする不正事案が発生した際、同様の経験の無い企業では情報システム担当を使って証拠となるデータのコピーを始めていることがある。メールサーバもしくはメールのアーカイブシステムからのデータのコピーについては、メールデータの特性上、送信日時などのタイムスタンプがコピー作業によって変わることが無いため、それほど心配する必要がない。 一方で、ファイルサーバや従業員の使用しているコンピュータに保存されているドキュメントデータについては、通常のコピーでは「最終アクセス日時」や「ファイル作成日時」などのタイムスタンプがコピーされた日時に変更されてしまう。 ほとんどの案件では、ユーザーが「保存」ボタンを押すことで更新される「ファイル更新日時」について、オリジナルの日時が保持されている限り問題視されるリスクはそれほど高くないものの、タイムスタンプが重要な意味を持つ案件においては、タイムスタンプの変更を意図していなかったとしても、証拠の改ざんとして認識される事態へと至るかもしれない。 上記のような状況を避けるべく、「デジタルフォレンジックス」の専門家には特別なアプローチと専用のツールを駆使し、オリジナルのままの状態でデータを証拠として収集することが求められる。 (2) データコピーと証拠収集の違い 通常のデータコピーと証拠収集には、大きく分けて2つの違いがある。 1つ目の違いは、収集する対象が見えているファイル(消去されていないファイル)だけでなく、「未使用領域(unallocated space)」と呼ばれる領域についてもすべてコピーすることである。「未使用領域」と呼ばれていても、消去されたデータの断片が残っている可能性のある領域であり、消去データの復元を行うためにはこの領域もコピーすることが必須となる。 2つ目の違いは、コピーされるデータは「フォレンジック・イメージ」と呼ばれる形式で保存される点である。イメージファイルとは、データの「スナップショット」であり、この形式で保存されているデータについては、データが変更されないように固められた状態と想像してもらえればいい。この形式で保存されたデータは、専用の調査ツールを使用しないとファイルシステムを見ることができない。 (3) デジタルフォレンジックスの専門家が必要とされる理由 社内のリソースを利用してデータの収集を行えば、費用はかからず自社と弁護士事務所以外の第三者へのデータの開示をしなくても済むという考え方を持つ日本企業は多い。ただし、意図しないデータの改ざんを防ぐためにも、データのコピーを自社内で行う前に、デジタルフォレンジックスの専門家にガイダンスを求めることが推奨される。それは、電子データについては取り扱いを間違えば、改ざんを意図しなくともデータが簡単に変わってしまうためである。 殺人現場に落ちている血や指紋のような有機的証拠の付着したナイフを、素手で取り扱えば簡単に証拠が汚染されてしまうのと同様に、電子的証拠についても適切な方法で取り扱うことが求められる。 3 証拠管理と「Chain of Custody」の重要性 (1) 「Chain of Custody」とは何か? 証拠の収集時における記録作成の中で、「Chain of Custody」と呼ばれる書類の作成が含まれる。これは、欧米の法執行機関が刑事事件における証拠を取り扱う際に、「証拠のインテグリティ(完全性)」を保つために使われ始めたもので、現在では欧米の民事訴訟における証拠についても同様に使われるようになっている。 「Chain of Custody」は、証拠が収集された時点から始まり、保管・管理、移動、分析、案件の終結に伴う証拠の処分までの「連鎖(Chain)」を時系列で記録したものである。具体的には、誰がいつどこで何の証拠を収集し、収集したものを誰がいつどこに保管し、誰がいつどのような分析をどの程度の期間で行い、いつ処分されたのかなどの情報が記録される。 残念ながら、日本におけるデジタルフォレンジックス関連のサービスプロバイダーの間でも、「Chain of Custody」の本当の目的と意味および重要性を理解した上で使用しているプロバイダーは少ないと考えられる。よく聞かれる話として、「Chain of Custody」を「受領書」のようなものとして依頼者に説明し、使用していることなどが挙げられる。調査業務において結果を出すことも重要であるが、案件によっては「Chain of Custody」を含む証拠管理は、それ以上に重要な意味を持ってくる。 (2) 連鎖が切れると証拠性が失われる 「Chain of Custody」を作成していない、もしくは作成していたとしても「連鎖(Chain)」が切れてしまうような保管・管理を行っている場合には、証拠性が失われるリスクが生じる。「証拠性が失われる」ということは、たとえ有効な調査結果が得られたとしても、これを証拠として使えない状況に陥ることを意味する。 例えば、分析官が分析を行うために証拠を保管庫から取り出した記録を「Chain of Custody」に付けたとしても、分析後に保管庫に戻す記録を付け忘れた場合、次に同じ証拠を保管庫から取り出すまでの期間が、たとえ保管庫に保存されていたとしても、「Chain of Custody」上では証拠が管理されていない「空白の期間」になってしまう。 この空白期間は、「連鎖(Chain)」が切れたことを意味し、訴訟の相手側または刑事事件の容疑者側に、この空白期間に証拠の破壊や改ざんが行われた可能性を指摘されたとしても、管理者側はこれに対して反論の余地が無くなる。 (3) グローバル企業では対応が必要 日本の司法制度や裁判制度においては、「Chain of Custody」というコンセプトによって厳しい証拠管理が行われていない。しかしながら、グローバル化が進む日本企業は「Chain of Custody」が重要視される欧米の市場に進出しており、現地で訴訟に巻き込まれたり規制当局による捜査対象となった際には、日本で証拠収集を行い、これに対応することが求められる。 証拠収集が行われる場所が現地ではなく日本国内だとしても、「Chain of Custody」も含む厳しい証拠管理を求められることから、これを理解している専門家のサポートを得ることが推奨される。 筆者は10年ほど前に、米国で元法執行機関出身者による数週間にわたるデジタルフォレンジックスの研修を受けた。研修の中で、証拠収集や調査手法に関する研修は半日から1日程度だったのに対し、証拠管理および「Chain of Custody」に関するセッションには週の半分近くが割かれ、証拠管理における記録作成の重要性について厳しく叩き込まれたことを記憶している。 4 実際の現場で求められる柔軟な対応とは 多くの場合、依頼者の業務時間中に会議室などを借りてデータの証拠収集を行うが、案件によっては、日中の業務時間中とは限らない。 例えば、内部告発により報告された不正行為に関してそれが事実なのか確認できない場合、センシティブな内容で従業員を刺激したくない場合など、夜中や週末などを利用して証拠収集を行うことがしばしばある。また、依頼者の海外オフィスで調査を行っていることが現地従業員に明らかになった場合に、日本人従業員に対して何らかの危害が及ぶ状況が想定される場合などにも同様に、業務時間外の対応が行われる。 また、証拠収集が行われる場所がオフィスではなく工場などに併設された事務所の場合、スーツ姿で現場に向かえば、目立ち怪しまれるリスクが生じる。そのため、「郷に入れば郷に従え」と言われるように、現場でも目立たないような姿で作業に当たることもある。 上記のように、専門家として案件の性質および状況を鑑みた上で、適切なアプローチに基づき証拠収集を行うことが求められる。また、専門家が適切な判断を下せるように、依頼者側も十分な情報提供を行うことで、リスクを回避しながらスムーズに証拠収集を行うことが可能となる。 (了)
〈小説〉 『資産課税第三部門にて。』 【第4話】 「相続時精算課税」 ~相続時の更正~ 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「統括官、この納税者の税務調査に行きたいのですが・・・」 田中統括官が顔を上げると、谷垣調査官が机の前に立っている。 田中統括官は谷垣調査官が差し出した贈与税の申告書を見て言った。 「これは・・・相続時精算課税の申告書だな。」 「ええ。この申告書、間違いが何箇所かあるので、修正するとけっこう増差金額が発生して税金が取れるんです。」 谷垣調査官はニヤリと笑う。 田中統括官は、申告書をもう一度見た。 「しかし・・・相続時精算課税の申告書だからなあ・・・」 「最終的に相続税の申告書が提出された時に、これらの誤りを是正(更正)すればいいわけだから・・・」 田中統括官は、谷垣調査官の言葉に乗り気ではない。 谷垣調査官は頸をかしげた。 「・・・しかし、この相続時精算課税に係る贈与税の申告書をそのまま放置しておくと、相続税の申告の時に更正できなくなるのではないですか?」 「なぜ更正できないんだ?」 田中統括官は怒ったように質問する。 谷垣調査官はすぐに返した。 「確か、贈与税の除斥期間は6年でしたよね。」 それを聞いて、田中統括官は思案顔になる。 「相続時精算課税の贈与税の更正処分はできなくても、相続時にその財産を加算するのだから、その時に是正することは可能だが・・・」 「相続税法21条の15第1項は、次のようになっています。」 谷垣調査官は条文を読み上げた。 黙ったまま聞いていた田中統括官は、谷垣調査官を諭すように言った。 「要は、この条文では、特定贈与者から贈与により取得した財産の価額を相続税の課税価格に加算するということだから、仮に相続時精算課税の贈与税の申告に際して財産の評価額が誤っていれば、相続税の申告の際には、正しく評価された価額が加算されることになる。」 「しかし、この相続時精算課税に係る贈与税の申告の内容を見ていると、株式の評価額がかなり違っていて・・・それに評価以外にも問題がありそうで・・・」 谷垣調査官は今すぐにでも調査に行きたそうである。 「それは株価でどれぐらい違うんだ?」 見かねた田中統括官が尋ねた。 谷垣調査官はすぐに、自信に満ちた表情で答えた。 「ええ、法人の保有している土地について、広大地評価を行っているのですが、これによって純資産価額方式の評価額が下がっているのです。この土地の地域状況をよく調べると、広大地評価はできないと思います。」 田中統括官は、贈与税の申告書に添付されている評価明細書を見た。 「この広大地の評価をすることによって、純資産価額方式では、それによって株価が大幅に低くなるということか・・・」 「ええ、本来、広大地の適用を受けることができなければ、純資産価額方式の方が類似業種比準方式よりも高くなり、そうすると株価については併用方式(0.75)が適用されることになるので・・・申告書の株価は10倍になります。」 谷垣調査官は顔を赤らめて説明する。 「10倍か・・・」 田中統括官は腕を組み、谷垣調査官の机を見た。 谷垣調査官の机上には、受贈者別に編集され、暦年課税分と区別されている「相続時精算課税適用者別索引簿」がある。また、その横には、相続時精算課税が適用できない事案である「相続時精算課税適用者別索引簿(適用不可分)」が置かれている。 「もっとも、評価の誤りであれば行政指導で処理するのだが・・・しかし、評価以外にも問題があるというのだから・・・」 田中統括官は、谷垣調査官の顔を見た。 谷垣調査官は期待に満ちた表情で田中統括官を見ている。 「相続時精算課税の贈与税の税務調査に着手してみるか。」 田中統括官の言葉に、谷垣調査官の顔が輝く。 「税務調査に行ってもいいんですか?」 田中統括官は苦笑いを浮かべて答えた。 「実地調査の選定基準の中にその事案から大口の贈与事実が見込まれる場合には、一応、税務調査をすることになっているから。それに、増差金額も大きいと思われるから、谷垣君にその納税者の税務調査をしてもらうよ。」 谷垣調査官は嬉しそうに、相続時精算課税に係る贈与税の申告書をペラペラとめくりながら言った。 「・・・しかし、広大地評価の誤りって・・・本当に怖いですね。」 谷垣調査官は「土地及び土地の上に存する権利の評価明細書(第2表)」の広大地の評価額を見つめている。 「実のところ、私も以前、広大地の評価の質問で、納税者に間違ったことを教えたことがあったんですけど・・・」 谷垣調査官は苦笑いしながら頭をかいている。 谷垣調査官の言葉を聞いた田中統括官は、窓の外を向いて、誰ともなくつぶやいた。 「広大地については、それに該当するか否かで評価額があまりにも違いすぎることが、問題を大きくしているんだよ。」 (つづく)
《速報解説》 最高裁判決を踏まえ、延滞税の計算期間が見直しへ ~平成28年度税制改正大綱~ 税理士 佐藤 善恵 はじめに 延滞税は、法定納期限までに国税が完納されなかったときに、未納額及び遅延期間に応じて課されるものである。 平成28年度税制改正大綱では、①納税者が法定納期限内に申告及び納付(100)、②その後、納税者が申告税額が過大であるとして更正の請求をし、税務署長が減額更正(100⇒40)、③税務署長が当初の申告額に満たない増額更正(40⇒70)をした場合等、一定のケースについて、延滞税を課さない旨等が規定されることとなった。 1 最高裁判決の事実関係 平成28年度税制改正大綱における見直し案の内容は、平成26年12月12日最高裁第二小法廷判決(破棄自判)が基礎となっているので、まずは当事案の事実関係を概観する。 納税者は、法定申告期限までに申告し納期限までに本税(100)を完納していたが、その後、土地の評価に誤りがあったとして更正の請求をした。課税庁は、その一部を認めて減額更正(40)をしたが、その後になって、その減額更正における土地の評価額が低かったとして、増額更正処分(70)をしたというものである。 この増額更正に関して課税庁は、一定の除算期間を除いて延滞税が発生していることを前提に、納税者に対してその納付を催告した。これに対して納税者は、延滞税の納付義務が存在しないことの確認を求める訴えを提起した。 最高裁は、事件の事情(増差後も当初の納税額を超えていないこと、減額更正と同じ論点での増額更正であること)の下では、本件の増額更正処分による増差税額に係る部分については、延滞税は発生しないと結論づけた。 ◆当事案における課税庁の主張を前提とした場合の延滞税(増差30)の扱い(改正前) (※) 「除算期間」・・・一定の場合、延滞税の計算期間に含めないこととされている期間のこと。 ◆当事案で最高裁が示した判断 (同一論点で課税庁が見解を覆した部分に関して延滞税は発生しない) 2 大綱で示された改正内容 平成29年1月1日以後の期間に対応する延滞税から、増額更正等により納付すべき税額(その申告により納付すべき税額のうち、減額更正前に納付がされた部分に限る)について、その申告により納付すべき税額の納付日から増額更正等までの間(減額更正が納税者からの更正の請求に基づきされたものである場合にあっては、その減額更正がされた日から1年を経過する日までの期間を除く)は、延滞税を課さないこととされる。 なお、増額更正等により納付すべき税額(その期限内申告があった場合において、その申告税額に達するまでの部分に限る)について加算税が課されないことは、現行の通達において定められているが、この点についても法令上明確化される。 (了)
《速報解説》 結婚・子育て資金の贈与税非課税特例、 薬局に支払われる不妊治療費用も適用対象へ ~平成28年度税制改正大綱~ 税理士 齋藤 和助 1 はじめに 平成27年12月16日に与党(自由民主党及び公明党)より平成28年度税制改正大綱が公表された。その前段である「平成28年度税制改正の基本的考え方」において「少子高齢化に歯止めをかけるためには、結婚・子育ての希望を実現しにくい状況を克服し、子育てにやさしい社会を創る必要がある。」と記載されており、早速、前年度改正で創設された結婚・子育て資金一括贈与に係る贈与税非課税特例についてもその拡充が図られている。 2 拡充の内容 大綱のP45において、次のように記載されている。 3 現行制度の概要 受贈者(20歳以上50歳未満の者)が、結婚・子育て資金に充てるため、金融機関等との一定の契約に基づき、贈与者(受贈者の直系尊属)から結婚・子育て資金口座の開設等を受けた場合には、信託受益権又は金銭等の価額のうち1,000万円までの金額に相当する部分については、金融機関等の営業所等を経由して「結婚・子育て資金非課税申告書」を提出することにより贈与税が非課税となる。 契約期間中に贈与者が死亡した場合には、死亡日における非課税拠出額(非課税申告書にこの制度の適用を受けるものとして記載された金額)から結婚・子育て資金支出額(金融機関等において、支払の事実を証する書類により支払の事実が確認され、かつ、記録された金額)を控除した残額を、贈与者から相続等により取得したこととされる。 受贈者が50歳に達することなどにより、結婚・子育て口座に係る契約が終了した場合には、非課税拠出額から結婚・子育て資金支出額を控除した残額があるときは、その残額はその契約終了時に贈与があったこととされる。 4 対象となる結婚・子育て資金 対象となる結婚・子育て資金は次のようなものである。 なお、その詳細は租税特別措置法施行令第40条の4の4において「内閣総理大臣が財務大臣と協議して定めるもの」とされており、内閣府告示第48号(平成27年3月31日付)に定められている。 そのうち、今回、大綱においてその範囲が拡充される「不妊治療のために要する費用」は、4項1号において次のように記載されている。 医療法における病院、診療所は、海外は対象外であり、「病院」「クリニック」「ホスピタル」「医療」「医院」「産科」「婦人科」「産婦人科」「産院」「診療所」「診察所」「療養所」「助産所」「助産院」「母乳相談室」「母乳育児相談室」の記載がある先となっている。 5 改正の概要 今回の改正により、適用対象となる妊娠、出産及び育児に要する金銭のうち不妊治療に要する費用については薬局に支払われるものが含まれることが明確化されることとなることから、処方箋に基づいて処方される医療用医薬品も特例の対象となり、制度の利用を促進する効果が期待できる。 なお、上記の改正については適用開始時期が示されていないため、今後の改正情報において確認する必要がある。 (了)
《速報解説》 会計士協会、「年金基金に対する監査に関する実務指針」等の 公開草案を公表 ~年金基金の監査実施上の留意事項を策定~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成27年12月25日、日本公認会計士協会は、次のものを公表し、意見募集を行っている。 平成25年3月29日に、「年金基金に対する監査に関する研究報告」(業種別委員会研究報告第10号)が公表されている。 平成26年2月の監査基準の改訂などを受けて、日本公認会計士協会は、現在行われている年金基金に対する監査について、特別目的の監査の枠組みに照らして検討を行っていた。 上記①及び②は、「年金基金に対する監査に関する研究報告」のうち、監査上の留意事項に当たるものを基礎として実務指針を策定し、当該実務指針に含まれない年金基金の制度及び業務に関する事項については、監査実施上、年金基金及び基金環境の理解に資するものであるため、その記載内容を見直し研究報告を改正するものである。 意見募集期間は、平成28年1月25日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 年金基金に対する監査に関する実務指針(案) 1 適用範囲 企業の退職給付制度のうち、企業から独立した法人として年金資産の管理運用を行う「厚生年金基金」及び「企業年金基金」(以下「年金基金」という)の財務諸表に対する監査を対象としている(1項)。 2 適用される財務報告の枠組みの受入可能性 このため、理事者が適用する財務報告の枠組みに基づいて作成された財務諸表に対して監査を実施する場合の詳細な対応が記載されている(23項~25項)。 例えば、監査人は、年金基金の財務諸表の監査業務の契約条件の合意内容として、理事者が適用する財務報告の枠組みについて、代議員会等、特定の財務諸表の利用者の判断を誤らせないようにするため、財務諸表に追加的な開示を行うことについて理事が合意しない場合には、監査契約を締結できないことが述べられている(23項(1))。 3 年金基金の監査実施上の留意事項 年金基金の監査実施上の留意事項として、次の事項が記載されている。 4 適用時期等 平成28年4月1日以後開始する事業年度に係る監査から適用することが提案されている。 Ⅲ 「年金基金に対する監査に関する研究報告」の改正(案) 研究報告(案)は、日本公認会計士協会の会員の実務の参考に資することを目的として、年金基金の制度(決算及び監査の制度を含む)及び業務に関する事項について取りまとめたものである(3項)。 研究報告(案)は、独立した法人格がある「厚生年金基金」と「確定給付企業年金(基金型)」を対象として、解説している(8項)。 付録として次のものが示されている。 (了)
《速報解説》 「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」が確定 ~適用時期等に関する公開草案からの変更点に留意~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成27年12月28日、企業会計基準委員会は、「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」(企業会計基準適用指針第26号)を公表した。これにより、平成27年5月26日付で意見募集されていた公開草案が確定することとなる。 繰延税金資産の回収可能性に関する取扱いについては、現行、日本公認会計士協会の「繰延税金資産の回収可能性の判断に関する監査上の取扱い」(以下「監査委員会報告第66号」という)に基づいて判断しているが、適用指針の適用後は、「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」(企業会計基準適用指針第26号)に基づいて会計処理することとなる。 適用時期等に関して、会計基準等の改正に伴う会計方針の変更として取り扱う事項が公開草案から変更されているので、適用に際しては注意が必要と思われる。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 公開草案に関する解説は、下記拙稿を参照されたい。 Ⅱ 主な改正内容(会社分類関係) 1 会社分類 監査委員会報告第66号における企業の分類に応じた取扱いの枠組みを基本的に踏襲しており、収益力に基づく一時差異等加減算前課税所得等に基づいて繰延税金資産の回収可能性を判断する際に、要件に基づき企業を(分類1)から(分類5)に分類し、当該分類に応じて、回収が見込まれる繰延税金資産の計上額を決定することになる(15項、63項)。 (分類1)から(分類5)に係る分類の要件をいずれも満たさない企業は、過去の課税所得又は税務上の欠損金の推移、当期の課税所得又は税務上の欠損金の見込み、将来の一時差異等加減算前課税所得の見込み等を総合的に勘案し、各分類の要件からの乖離度合いが最も小さいと判断されるものに分類する(16項)。 なお、16項における当該判断は、各分類の要件からの乖離度合を定量的に検討することを意図するものではないと述べられている(65項)。 2 「経常的な利益(損益)」から「臨時的な原因により生じたものを除いた課税所得」 監査委員会報告第66号では、(分類2)及び(分類3)を行うに際して、「経常的な利益(損益)」という会計上の利益を用いている。 適用指針は、「臨時的な原因により生じたものを除いた課税所得」に基づく要件としている(19項等)。 3 (分類2)におけるスケジューリング不能な将来減算一時差異 監査委員会報告第66号では、(分類2)に該当する企業においては、スケジューリング不能な将来減算一時差異について、一律に繰延税金資産を計上することができないとする取扱いとなっている。 適用指針は、(分類2)に該当する企業においては、原則として、スケジューリング不能な将来減算一時差異に係る繰延税金資産については、回収可能性がないものとしている(21項)。 ただし、スケジューリング不能な将来減算一時差異のうち、税務上の損金算入時期が個別に特定できないが将来のいずれかの時点で損金に算入される可能性が高いと見込まれるものについては、当該将来のいずれかの時点で回収できることを「企業が合理的な根拠をもって説明する場合」、当該スケジューリング不能な将来減算一時差異に係る繰延税金資産は回収可能性があるものとして取り扱われる(21項)。 公開草案では「合理的に説明できる場合」の表現が用いられていたが、適用指針は「企業が合理的な根拠をもって説明する場合」の表現を用いている(78項、79項。適用指針の他の箇所も同様)。 4 (分類3)における将来の一時差異等加減算前課税所得の合理的な見積可能期間 監査委員会報告第66号では、(分類3)に該当する企業においては、「将来の合理的な見積可能期間(おおむね5年)内の課税所得の見積額を限度」とする規定となっている。 適用指針は、(分類3)に該当する企業においては、臨時的な原因により生じたものを除いた課税所得が大きく増減している原因、中長期計画、過去における中長期計画の達成状況、過去(3年)及び当期の課税所得の推移等を勘案して、5年を超える見積可能期間においてスケジューリングされた一時差異等に係る繰延税金資産が回収可能であることを「企業が合理的な根拠をもって説明する場合」、当該繰延税金資産は回収可能性があるものとするとしている(24項)。 5 (分類4)に係る分類の要件を満たす企業が(分類2)又は(分類3)に該当する場合の取扱い 監査委員会報告第66号では、「重要な税務上の繰越欠損金が存在する会社等」であっても、「重要な税務上の繰越欠損金や過去の経常的な利益水準を大きく上回る将来減算一時差異が、例えば、事業のリストラクチャリングや法令等の改正などによる非経常的な特別の原因により発生したものであり、それを除けば課税所得を毎期計上している会社の場合には、将来の合理的な見積可能期間(おおむね5年)内の課税所得の見積額を限度として、当該期間内の一時差異等のスケジューリングの結果に基づき、それに係る繰延税金資産を計上している場合には、当該繰延税金資産は回収可能性があると判断できるものとする。」とされている。 適用指針は、過去(3年)又は当期において重要な税務上の欠損金が生じていること等により(分類4)に係る分類の要件を満たす企業においては、重要な税務上の欠損金が生じた原因、中長期計画、過去における中長期計画の達成状況、過去(3年)及び当期の課税所得又は税務上の欠損金の推移等を勘案して、将来の一時差異等加減算前課税所得を見積る場合、将来において5年超にわたり一時差異等加減算前課税所得が安定的に生じることを「企業が合理的な根拠をもって説明するとき」は(分類2)に該当するものとして取り扱い、将来においておおむね3年から5年程度は一時差異等加減算前課税所得が生じることを「企業が合理的な根拠をもって説明するとき」は(分類3)に該当するものとして取り扱い、繰延税金資産の回収可能性を判断することとなる(28項、29項)。 Ⅲ 適用時期等 適用時期等は次のとおりである(49項)。 (了) ↓関連記事↓