此の国にも『日本企業』! 【第6回】 「《ケニア》 見えてきた新しいビジネスモデル ~(株)アフリカスキャン~」 中小企業診断士 西田 純 今回は、アフリカ・ケニアで市場調査と小売店経営を通して公衆衛生への貢献を目指す、新しいビジネスを展開する(株)アフリカスキャンを取り上げます。 〈ケニアにおける新しい小売店経営のかたち〉 日本にある親会社の(株)キャンサースキャンは、健康診断の受診者をマーケティングの手法を使って増やすという予防医療の支援サービスをしているのですが、(株)アフリカスキャンと(株)キャンサースキャン、両社の代表を務める福吉潤さんは、アメリカの大学院で勉強していたころからの友人がアフリカで仕事をしていたことを通じ、ご自身もアフリカでの事業に興味を持たれるようになりました。 当初は日本企業のケニア市場進出をサポートするマーケティングサービスからスタートし、実績を上げましたが、現在重点化しつつあるのが小売店経営と健康診断サービスを組み合わせた新しいビジネスモデルです。 このビジネスモデルは、ケニアの国内ならどこにでもある「キオスク」と呼ばれる小型店舗からスタートしましたが、伝統的なキオスクでは商品の価格を明示していなかったことに着目し、スーパーマーケット方式で価格を明示したところ顧客の評価が高まり、ビジネスとして成り立つようになりました。 さらに、来店客に対して無料でさまざまなサービスを提供するという集客法を取り入れ、ケニアでは広く普及している携帯電話の無料充電サービスを行う、購入した食品を温める、新聞や雑誌を無料で読めるようにする、などの取組みを実施したところ、それまでケニアではほとんど見かけなかったこういった各種サービスが好評を博し、来店客にとってコミュニティの中核のようなお店になっていきました。 〈健康診断を小売店で〉 次に同社が実施したのが、血圧測定や体重測定など、簡単な健康診断サービスを無料で実施するというものでした。社会にはまだ栄養管理の考え方が十分行き渡らず、国民に糖尿病予備軍が多いと言われるケニアでは、潜在的に健康管理への関心が高まりつつあるのに日本のような公的な健康診断制度がないため、簡単なサービスでも来店客からは大変喜ばれたのです。 さらに親会社である(株)キャンサースキャンが健康診断に関わるマーケティングを主な事業としていたことから、全社的にも社員の士気を高める点で相乗効果も得られました。 〈国の抱える問題をビジネスで解決〉 こうした地道な取組みを通じて、「国民の健康増進」というケニアの抱える開発課題に対応するための、住民の「行動変容」をサポートできることが(株)アフリカスキャンが目指す成果の1つであると、代表の福吉さんは熱く語ってくれました。 真正面から開発課題にアプローチするとコストがかかる。健康診断1つとっても、受益者負担で実施すると貧しいケニア人には費用が払えない。でもキオスクに客が来て、モノを買ってくれるなら(株)アフリカスキャンはその利益で持続性あるサービスを提供できる。そしてそれが来店客を増やし、ビジネスとしても成長できる、という考え方は、非常に斬新なものであると思います。 〈アフリカでのビジネスを成功させるための人材活用〉 さらに同社のビジネスモデルで特徴的なのは、アフリカというビジネス困難地域において、青年海外協力隊のOB・OGを現地マネージャーとして活用する取組みをしていることです。 土地柄として、不正防止にかかるコストが大きいアフリカにおいて、現地の事情を理解しており、一定規模のプロジェクトを運営する知見を有していて、個人的にも現地への貢献に意欲のある協力隊のOB・OGは、事業を実現させるために最適な人材といえます。 福吉さんは協力隊OB人材の活躍ぶりをそう紹介してくれました。 〈目標は2年で店舗数25倍〉 現在は4店舗を運営されている小売ビジネスについて、2年後をめどに100店舗に広げたい、そしてケニア人の店長たちが高いレベルの教育を受けられるような奨学金制度を作りたい、それが当面の目標であるという(株)アフリカスキャンの活躍から目が離せません。 (了)
2015年6月4日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.122が 公開されました。 プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布中! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》については随時公開します。
monthly TAX views -No.29- 「BEPSと包括的租税回避否認の検討」 中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員 森信 茂樹 BEPS(税源侵食と利益移転)の議論が進んでいる。わが国ではあまり注目されていないが、行動6には、「租税条約の濫用」(いわゆるトリーティーショッピング)防止が掲げられている。 そして、これへの対策として、特典制限条項(LOB)と並んで、「アレンジメントの主要な目的の一つが条約特典を享受する場合のルール」が検討項目として掲げられている。 これは、条約適格者であっても、特定のアレンジメントが「条約特典を享受することを主要な目的(principal purposes)とする場合には、この特典を付与しない」とする規定で、「主要目的テスト」と呼ばれているものである。わが国では、2006年の日英租税条約や07年の日仏租税条約などに取り入れられている。 一方、わが国を除くG7諸国では、行き過ぎた租税回避に対して類似の機能を持つ国内法として、いわゆるGAAR(包括的租税回避否認規定)を導入している。 * * * GAARは、米国と欧州で、若干異なるアプローチがとられている。 米国は、事業目的(business purpose)原理とか経済実質(economic substance)原理とよばれるアプローチで、取引における「経済ポジションの有意な変化」という客観的要件と「納税者の課税以外の目的」の有無という主観的要件の2つを吟味することにより、税務上否認すべき租税回避を判断する二分肢テストを導入している。これは、長年にわたる判例法を積み上げたもので、2010年3月に内国歳入法第7701(o)条として立法化された。 これに対し欧州は、「法の濫用アプローチ」をとっている。代表例は欧州司法裁判所(ECJ)のハリファックス事件とキャドベリー・シュウェブ事件(いずれも2006年)で、「法律の趣旨・目的に反し、特典を不当に得る目的のみでなされる行為」を税務上の否認の対象とする判例法理を確立している。 また英国は、アーロンソン報告書を経て2013年にGAAR(英国はAnti-Avoidance ではなくAnti-Abuse)を導入した。同じGAARでも英国は、否認される取引の範囲を限定して立法化したのである。ダブル・リーズナブル・テストという客観基準を導入し、租税回避の認定に当たって、課税庁側の挙証責任、諮問委員会(GAAR PANEL)への付議という工夫をしている。 * * * 翻ってこの問題に関するわが国の対応はどうか。 国内法でGAARは導入されておらず、租税法律主義の下、法律の根拠のない租税回避否認は、判例も学説も認めていない。一方でりそな銀行事件では、「濫用アプローチ」がとられ、最高裁は法律根拠がなくても税務上の否認ができることを判示している。 また現在、IBM事件とヤフー事件が、いずれも租税回避事件として裁判中であるが、これらについては、法律の根拠があるケース(前者は同族会社についての法人税法132条、後者は組織再編についての132条の2)にもかかわらず、「法人税の負担を不当に減少させる」という不確定概念の解釈が問題となっている。 このような状況は、経済の複雑化・国際化、企業行動の変化が生じる中で、納税者の予見可能性や法的安定性が確保されていないという事実を表すもので、取引に対する不確実性が高まっているといえよう。 2010年に米国、2013年に英国でGAARが導入され、冒頭のようにOECDではBEPS議論が開始されている。この機会に、わが国でも、否認される租税回避行為(取引)の定義を明確にしたGAARの導入を検討し、BEPSの議論を受け止めることができるようにする時期が来ている。 この点わが国の租税法学者は、正面から議論することを避けているような気がする。 (了)
マイナンバー制度と 税務手続 【第5回】 「安全管理措置」 税理士 坂本 真一郎 今回は、番号法が求める特定個人情報等に関する安全管理措置について見ていきたい。 1 番号法における安全管理措置の考え方と検討手順 「特定個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン」(事業者編)(以下「ガイドライン(事業者編)」という)では、 (ガイドライン(事業者編)第4-2-2(2)) とされている。 (※1) 「従業者」とは、事業者の組織内にあって直接間接に事業者の指揮監督を受けて事業者の業務に従事している者をいう。具体的には、従業員のほか、取締役、監査役、理事、監事、派遣社員等を含む。 番号法は、「個人番号を利用できる事務の範囲」、「特定個人情報ファイルを作成できる範囲」、「特定個人情報を収集・保管・提供できる範囲」等を制限している。したがって、事業者は特定個人情報等の情報漏えい等の防止等のための安全管理措置について、次のような手順で検討を行う必要がある。 (※2) 「特定個人情報等の範囲を明確にする」とは、事務において使用される個人番号及び個人番号と関連付けて管理される個人情報(氏名、生年月日等)の範囲を明確にすることをいう。 2 安全管理措置の内容 事業者が取扱規程等により定めて運用すべき安全管理措置は、以下の4つの項目に分類される。 3 会計事務所における安全管理措置の具体的例示 (※3) 「税理士のためのマイナンバー対応ガイドブック」添付資料【特定個人情報ファイル管理簿(サンプル)】参照。 (※4) 「税理士のためのマイナンバー対応ガイドブック」添付資料【様式3】及び【様式4】参照。 (※5) 「税理士のためのマイナンバー対応ガイドブック」添付資料【執務記録(サンプル)】参照。 (※6) 「税理士のためのマイナンバー対応ガイドブック」添付資料【様式6-1】参照。 (※7) 「税理士のためのマイナンバー対応ガイドブック」添付資料【様式6-2】参照。 4 中小規模事業者における対応方法 中小規模事業者については、事務で取り扱う個人番号の数量が少なく、また特定個人情報等を取り扱う従業者が限定的であること等から、ガイドライン(事業者編)においては特例的な対応方法が示されている(対応方法の例示については、ガイドライン(事業者編)を参照のこと)。 なお、ここでいう中小規模事業者とは、事業者のうち従業員の数が100人以下の事業者であって、次に掲げる事業者を除く事業者をいう。 しかしながら、単に、事業者が中小規模事業者に該当するかどうかということだけで安全管理措置への対応が二極化するわけではなく、特定個人情報等の取扱数量等も含めて総合的に状況を勘案し、各事業者に適した対策をとっていくことが必要である。 (了)
租税争訟レポート 【第23回】 「親子会社間の売上値引き・単価変更と寄附金該当性(東京地方裁判所判決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【事案の概要】 本件は、原告が平成15年3月期ないし平成17年3月期の各事業年度(以下「本件各事業年度」という)においてZ株式会社(以下「Z社」という)に対して行った製品(外壁)の売上値引き及び単価変更による売上の減額が法人税法37条に規定する寄附金に該当するとして、水口税務署長が本件各事業年度の法人税の各更正処分及び過少申告加算税又は重加算税の各賦課決定処分を行ったのに対し、原告が、期初に設定された取引価格は暫定的な価格であり、原告のZ社に対する販売価格は期末に決定されるものであるなどと主張して、上記各更正処分等の取消しを求めている事案である。 【判示内容】 1 Z社と原告との間の販売形態 原告は、住宅の製造販売を行うZ社の住宅用外壁部材等の製造部門を分社化して設立した同社の100%子会社であり、両社の取引には以下のような特徴が存在した。 (1) 価格決定方法 ① 各半期の期初において、Z社から原告を含む外壁の製造子会社に対して、外壁の販売価格に一定の係数を乗じて算定した取引価格(以下「当初取引価格」という)が設定される。 ② 期中においては、当初取引価格による販売、代金決済を行う。 ③ 各半期の期末又は中間期以降において、Z社による外壁価格の決定・通知に基づいて、外壁の単価変更又は売上値引きを行う(変更後の取引価格を、「期末取引価格」という)。 (2) Z社と原告の間の取引の特徴 裁判所が認定した取引関係の特徴は以下のとおりである。 ① Z社の住宅事業は、顧客の注文仕様に基づいて工場内で生産し、顧客の注文どおりの住宅を建設することを特徴としており、原告の外壁製造は、同事業における生産活動の最も上流に置かれ、原告とZ社間の外壁の販売取引は、同事業における取引の一環として行われること ② 原告は、すべての外壁をZ社からの注文を受けてから製造する完全受注生産を行っており、見込み生産を行っておらず、製造量を自ら決定できる立場にはなく、Z社が注文した量の外壁の生産を強く求められること ③ 他方、原告が製造した外壁はすべてZ社によって買い上げられ、原告がこれを第三者に販売できないこと ④ 原告は、契約上、Z社から受注した外壁以外の生産・販売活動を許されておらず、専ら、Z社から借り受けた土地・建物、設備において、同社の企画・開発した商品(外壁)を、指示された品質規格に基づいて、指示された数量を生産・納品している専属下請生産会社であること ⑤ 原告の外壁製造については、その原価に占める固定費の割合が約30%(外注費を加えると50%以上)と相当高く、受注量の変動による損益への影響が大きかったこと 2 「寄附金」の意義 裁判所は、「寄附金」について、以下のとおり定義している。 3 被告による主張の骨子 被告の主張の骨子は、以下のとおりである。 4 裁判所による認定 被告の主張に対し、裁判所は、事実認定に基づき、それぞれ以下のように判示した。 (1) 当初取引価格について 裁判所は、当初取引価格が契約価格であるという被告の主張に対して、次のように疑義を述べている。 (2) 単価変更及び売上値引きについて 次いで、被告による「本件売上値引き及び本件単価変更は、合理的な原価計算に基づくものではない」という主張に対しては、上記1(2)で認定した原告とZ社との間の取引の特徴に言及したうえで、以下のように合理性を判示した。 (3) 利益の帰属について また、被告は、外壁の出荷量が増大したことにより発生した利益や製造量の変動によりもたらされた利益は原告に帰属すべきものであって、Z社に帰属すべき理由はないから不合理である旨主張するとしているが、これに対し、裁判所は、「上記のような利益の帰属の判定は、一般の製造会社と販売会社との間の取引を念頭におく限り、合理性を有しないものといわざるを得ない」としながらも、次のように、Z社と原告との取引関係の特殊性を認定して、この主張を斥けた。 (4) 結論 そして、裁判所は、被告の主張について、次のとおり、結論づけた。 そのうえで、「本件売上値引き及び本件単価変更により、原告からZ社に対し、経済的にみて贈与と同視し得る資産の譲渡又は利益の供与がされたとは認められないから、本件売上値引き及び本件単価変更に係る金額は法人税法37条7項の寄附金に該当しない」と判示して、原処分庁による更正処分等のすべてを「いずれも違法であるから取り消されるべきである」と判断したものである。 【解説】 1 期中の取引価格の変更と寄附金該当性 親子会社間における取引には恣意性が介入しやすいという先入観は、必ずしも、課税庁職員だけが有しているものではなく、連結決算を担当する経理部門、内部監査部門などの担当者の共通認識といってもおかしくないであろう。 そうした認識のもと、期中において購入単価を変更し、あるいは大幅な値引きを要求することにより、子会社の利益を親会社に付け替えていた事実が税務調査により判明したのが、本事例であった。処分行政庁である水口税務署長は、子会社から親会社に対し、売上値引き及び単価変更により、経済的に見て贈与と同視しうる資産の譲渡があったと認定し、重加算税を含む厳しい処分を行ったところ、裁判所は、丹念な事実認定を通して、親子会社間の取引の特殊性を導いたうえで、売上値引き及び単価変更に合理性を認めたうえで、各処分のすべてを取り消したものである。 2 期中における単価変更及び値引き要請を合理的であると判断した理由 裁判所が、本事例における利益の移転を寄附金と認定しなかった理由は、以下のような取引形態のもと、製造子会社は製造・出荷量の増減に結び付く活動をしていないこから、出荷量の増減に伴う損益は、親会社に帰属することは必ずしも不合理とまではいえないと判断したものである。 本判決は、あくまで、特別な取引形態をとっている親子会社間の取引に係るものであり、いわば事例判断であることは間違いないところではあるが、とはいえ、企業グループ内において、ほぼ同様の取引形態をとる製造子会社は少なくないであろうから、この裁判所の判断プロセスは、被告課税庁側が控訴しなかったことも考慮に入れると、親子会社間の取引価格の期中における変更に関して、大いに参考になるのではないだろうか。 もちろん、単価変更や値引きに恣意性が介在していると認定されれば、こうした判断も変わる可能性はあるので、親子会社間といえども、取引に関する契約の締結、価格変更に関する覚書の取り交わしといった形式面の整備のみならず、社内の意思決定プロセスの記録を残すといった、第三者間の取引と同様の手続きを踏む必要があることは言うまでもない。 (了)
〈Q&A〉 印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第7回】 「建設工事の請負とその他の事項が記載されている契約書」 税理士・行政書士・AFP 山端 美德 当社は総合建設業者です。 今回、顧客との間で、建物の設計から建築までを受注しました。 契約書を交わすに当たり、建築請負契約と設計請負契約を別々に交わす場合と、1つの契約書で設計及び建築請負契約を交わす場合では、印紙税の取扱いが違いますか。 (事 例) 建物設計及び建築請負契約書は、第2号文書(請負に関する契約書)に該当し、記載金額208,000,000円、軽減税率適用の印紙税額60,000円となる。 なお、事例における設計と建築請負を別々の契約書で作成した場合、設計契約は記載金額8,000,000円で軽減税率の適用がないため印紙税額10,000円、建築請負契約は記載金額200,000,000円、印紙税額は軽減税率適用の60,000円となり、合計70,000円の印紙が必要となる。 [検討] 設計図書の作成を行い、これに対する報酬を支払うことを取り決める契約は請負契約に該当し第2号文書となる。この場合、設計のみの契約であれば建設業法第2条第1項に規定する建設工事には該当せず、軽減税率の適用はない。 なお、建築工事の請負については第2号文書に該当し、建設業法第2条に定める建築一式工事に該当することとなり、軽減税率の対象となる。 ただし、1つの契約書に同一の号に該当する文書に証される事項に係るものである場合には、通則4のイのとおり、これらの金額の合計額を記載金額とするとされている。つまり、この事例の場合のように軽減税率の適用がない設計契約と、適用がある建築請負契約が1つの契約書に記載されている場合はその金額の合計額を記載金額とし、軽減税率が適用となる。 ここで、下記のように1つの契約書において軽減税率適用のある第1号文書の土地売買契約と第2号文書の建築工事請負契約が記載されていた場合はどうなるか。 この場合、土地売買契約は第1号の1文書(不動産の譲渡に関する契約書)に該当し、建築請負契約については第2号文書(請負に関する契約書)に該当する。 前述の場合は、1つの契約書に同一の号に該当する文書が記載されていた場合、合計金額を記載金額として軽減税率適用としたが、第1号の1文書と第2号文書に該当した場合は通則3の規定により、いずれか一の号の課税文書となる。 したがって、第1号文書の土地売買金額よりも第2号文書の建築請負金額が大きいため第2号文書(請負に関する契約書)に該当し、記載金額は25,000,000円で印紙税額は10,000円となる。 ▷ まとめ 税率の軽減措置は、建設工事の請負に関する事項が記載されている契約書に適用される。したがって、同一の号に該当する記載金額については、合計した金額が記載金額とされ軽減措置の適用がされることとなる。 (了)
法人税に係る帰属主義及び AOAの導入と実務への影響 【第15回】 (最終回) 「適用開始日までに準備すべき事項」 税理士法人トーマツ パートナー 税理士 小林 正彦 5 適用開始日(平成28年4月1日以降開始事業年度)までに準備すべき事項 5-1 外国法人の日本支店の準備 日本支店を有する外国法人がこれから適用開始日に向けて行うべき作業としては、一般的には以下のような内容であろう。 ① 作業計画策定 法令の改正内容を把握し、必要な作業を洗い出し、スケジュールを立て、予算をとり、誰が作業をするかを決める。必要に応じて所要人員を追加で確保する。社内・グループの関連部署の協力が必要な場合には協力を取り付ける。 ② 機能分析 支店の中で本店等との取引のあるすべての部署及び本店のうち当該支店との取引がある可能性のあるすべての部署に対して、機能・リスク・資産を切り口として事実について情報収集を行う。同時に従来認識していなかった内部取引のうち、認識すべきものを洗い出す。 また、取引の存在を裏付ける書類の存在の有無を確認する。なければ新たに作るかどうかを検討する。 機能等の情報収集において、特に、所得の源泉となる重要な機能の所在と、無形資産の保有・創出・移転について確認する。 ③ 経済分析 支店が子会社同様の分離企業と擬制して、取引単位ごとに移転価格算定方法を適用し、課税リスクがないかどうかをチェックする。例えば、すべての本支店間取引を一体としてみるのであれば、TNMMと同様に比較可能取引をベンチマーク分析し、営業利益率が独立企業間利益幅の中に入っているかどうかをチェックする。 また、所得の源泉となる重要な機能に見合う所得配分になっているか、無形資産の対価の授受に問題ないかを検討する。 ④ 資本配賦計算 初回は算定方法の選択肢のうちどれを選択するかをシミュレーション等により選択する。次回以降は原則として継続適用することに留意。銀行業であれば、特定された資産に対してリスクウエイトの作業を実施。 ⑤ 寄附金等個別項目のチェック 認識した内部取引に寄附金に該当するものはないか、本店配賦経費は適切な基準で配賦されているか、行為計算否認規定に該当する取引はないかといった個別項目についてチェックする。寄附金については、本店等への無償の役務提供に要注意。 ⑥ 価格見直し 課税リスクがある場合には、本支店間取引価格の見直しなど必要な対応策を講じる。 ⑦ 内部ルールの整備 内部取引の認識及び関連証憑の保存、内部取引の移転価格設定ルール及びルールの実施に関する内部事務手続マニュアル等を定める。新たな内部取引が発生したような場合には税務部門に連絡が来るような体制づくりも必要である。 ⑧ 文書化 各事業年度の終了後に当該年度の本支店間取引に関して文書化を行う。税務調査に備えて文書を日本支店に保存する。 ⑨ 定期点検 税務調査前等の適宜のタイミングで、漏れがないか見直す。 ⑩ 作業のサイクル 上記②から⑧のサイクルを繰り返す。 5-2 国外PEを有する内国法人の準備 国外PEを有する内国法人で外国税額控除を適用しようとする法人が適用開始日に向けて行うべき作業としては、一般的には以下のような内容であろう。 ① 作業計画策定 法令の改正内容を把握し、必要な作業を洗い出し、スケジュールを立て、誰が作業をするかを決め、予算をとる。必要に応じて所要人員を追加で確保する。社内・グループの関連部署の協力が必要な場合には協力を取り付ける。 ② 機能分析 本店の中で支店との取引のある部署、及び支店のすべての部署に対して、機能・リスク・資産を切り口として事実について情報収集を行う。同時に従来認識していなかった内部取引のうち、認識すべきものを洗い出す。 また、取引の存在を裏付ける書類の存在の有無を確認する。なければ新たに作るかどうかを検討する。 機能分析に関する情報収集では特に、所得の源泉となる重要な機能の所在と所得計上拠点の整合性や無形資産の保有・創出・移転等について確認する。 ③ 経済分析 各支店が子会社同様の分離企業と擬制して、取引単位ごとに移転価格算定方法を適用し、課税リスクがないかどうかをチェック。例えば、すべての本支店間取引を一体としてみるのであれば、TNMMと同様に比較可能取引をベンチマーク分析し、営業利益率が独立企業間利益幅の中に入っているかどうかをチェックする。 また、所得の源泉となる重要な機能を果たしている拠点にそれに見合う所得配分がなされているか、無形資産の対価の授受に問題ないか等を検討する。 ④ 資本配賦計算 初回は算定方法の選択肢のうちどれを適用するかをシミュレーションをして検討する。次回以降は原則として継続適用となる点に留意する。銀行業であれば、特定した資産に対してリスクウエイトの作業を実施。 ⑤ 寄附金等個別規定の該当性チェック 認識した内部取引に寄附金に該当するものはないか、本店配賦経費は適切な基準で配賦されているかといった個別論点をチェックする。寄附金については、本支店間の無償の役務提供がないかどうかチェックし、必要であれば対価を請求することを検討する。 ⑥ 価格見直し 課税リスクがある場合には、本支店間取引価格の見直しなど必要な対応策を講じる。 ⑦ 内部ルールの整備 内部取引の認識及び関連証憑の保存、内部取引の移転価格設定ルール及びルールの実施に関する内部事務手続マニュアル等を定める。新たな内部取引が発生したような場合には本店の税務部門に連絡が来るような体制づくりも必要である。 ⑧ 文書化 各事業年度の終了後に当該年度の本支店間取引に関して文書化を行う。税務調査に備えて文書を本店に保存する。 ⑨ 定期点検 税務調査前等の適宜のタイミングで、漏れがないか見直す。 ⑩ 作業のサイクル 上記②から⑧のサイクルを繰り返す。 《連載終了に当たって》 本連載は、平成26年度改正に関する内容を解説したものであるが、既に平成27年度税制改正において、大綱に「平成26年度税制改正で措置された国際課税原則の帰属主義への変更が円滑に実施されるよう、次の措置を講ずる。」として、いくつかの点で改正点が公表されている。主なものは以下のとおり。 履行期間が6ヶ月未満の売掛債権等に係る利子は「国内資産の運用・保有所得」に該当しないこととした。 国内源泉所得を生ずべき不動産の譲渡や取得に関する内部取引は、取引直前の簿価で行われたものとして恒久的施設帰属所得を計算することとした。これは、そうした資産の内部取引では所得も損失も認識しないことを意味する。恒久的施設がこうした資産を取得した場合の同資産の取得価額は、簿価によることとした。 外国銀行等の資本に係る負債の利子の損金算入額は、確定申告書等に記載された金額を限度とした。 内国法人の外国税額控除における国外所得の金額について、国外PE帰属所得とそれ以外の国外所得に区分して計算方法を定めるとともに、国外PE帰属所得にかかる所得の金額の計算について明確化のための規定の整備を行うこととした。内国法人の本支店間内部取引についても同様の整備を行うことした。 住民税、事業税についても所要の改正を行うこととした。 なお、本支店間取引に係る事前確認も平成28年4月1日以降開始事業年度を対象とするものから適用が認められる模様である。 (連載了)
貸倒損失における税務上の取扱い 【第44回】 「貸倒損失の法律論①」 公認会計士 佐藤 信祐 第5回から第14回までは子会社支援のための無償取引、第15回から第31回までは貸倒損失に関する判例分析、第32回から第43回までは法人税基本通達改正の歴史について解説を行った。これまでの議論を踏まえ、法人税法上、貸倒損失をどのように捉えるのかをまずは整理したい。 まずは、法人税法22条における根拠規定について解説し、どのような場合に貸倒損失として認められるべきであるのかについて解説を行う。 1 総論 法人税法には貸倒損失に係る規定は存在せず、法人税法22条3項柱書において、「内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上当該事業年度の損金の額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、次に掲げる額とする。」として、同項3号において、「当該事業年度の損失の額で資本等取引以外の取引に係るもの」を掲げたうえで、同条4項において、「第2項に規定する当該事業年度の収益の額及び前項各号に掲げる額は、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従つて計算されるものとする。」と規定されているに過ぎない。 すなわち、貸倒損失を認識することができる事由が生じたのであれば、別段の定めに該当しない限り、貸倒損失を損金の額に算入することができるという整理になる。 企業会計上は、金融商品会計に関する実務指針(日本公認会計士協会 会計制度委員会報告第14号)123項において定められており、債権の回収可能性がほとんどないと判断された場合に計上するものとされているため、それまでは、貸倒引当金として処理することとなる。 この場合において、債権の回収可能性がほとんどないと判断された場合とは、 の2つが挙げられる。 このうち、(1)法的に債権が消滅した場合には、企業会計においても、法人税法においても、貸倒損失を認識するという点については論じるまでもなく、法人税法37条に規定する寄附金に該当しない限り、法人税の課税所得の計算上、貸倒損失を損金の額に算入することができるという整理になる。なお、寄附金に該当する場合とは、回収可能であるにもかかわらず債権放棄を行った場合を意味する。 これに対し、(2)実質的に回収不能である場合については、企業会計においては「債権の回収可能性がほとんどないと判断された場合」としているだけで、具体的な基準が示されているわけでないことから、法人税法上もどのように判断するのかという点が問題になる。 法人税基本通達9-6-2においては、「その全額が回収できないことが明らかになった場合」としているため、債権の一部について回収可能性が僅かながらもある場合を想定すれば、「その全額が回収できないことが明らか」とは言えず、企業会計よりも厳格な基準が定められていると考えられており、前回までで解説した法人税基本通達改正の歴史を振り返っても、一貫して、現在における企業会計の基準よりも厳しい対応がなされている。 このように、(1)法的に債権が消滅した場合には、①本当に債権が消滅しているのか否か、②消滅した債権は回収不能であったのかという点が問題とされ、(2)実質的に回収不能である場合には、法的に存在する債権が実際には回収不能なのか否かという点が問題とされる。 すなわち、法人税法上、貸倒損失として損金の額に算入するためには、いずれにしても回収可能性がないという点が要件とされるが、興銀事件の控訴審判決(東京高裁平成14年3月14日判決)において、 と判示されていることから、(1)法的に債権が消滅した場合と、(2)法的には残っているものの実質的に回収不能である場合における回収可能性の判断はやや異なるのかもしれない。この点についても、この連載で触れてみたいと思う。 以下においては、法人税基本通達の個別具体的な事例に入る前に、貸倒損失の法律論に触れたうえで、法人税基本通達との関連について解説していく予定である。 2 法的に債権が消滅する場合 (1) 貸倒損失の確定とその具体例 法人税法22条3項2号においては、「当該事業年度の販売費、一般管理費その他の費用(償却費以外の費用で当該事業年度終了の日までに債務の確定しないものを除く。)の額」としており債務確定主義が明確に規定されているものの、貸倒損失の根拠規定である同項3号においては、債務確定主義が明確に規定されていない。 この点については、第19回で触れさせていただいたが、貸倒損失についても「確定」という要素が必要になるという説と、特に必要ないという説がそれぞれ存在するが、実務的には、「確定」という要素が必要になるという考え方を採用せざるを得ないと考えられる。 それでは貸倒損失が「確定」するためには、法的に債権が消滅しなければならないが、法人税基本通達9-6-1においては、その具体例として、以下のものを掲げている。 なお、法的に債権が消滅したのであれば、その時点において損失が確定していることから、その時点において損金の額に算入しなければならず、翌事業年度以降で損金の額に算入することができない。 上記には、破産が含まれていないが、これは、破産法に規定する破産債権については切り捨てという制度がないためである。すなわち、法人の破産手続終結の決定に至った場合には法人格がなくなってしまうことから分かりにくいが、自然人を債務者とする場合には、免責されたとしても、債務者の弁済する義務、債権者の請求する権利がなくなったというだけであり、債権は自然債権として残っていることから、法人税基本通達9-6-1の対象からは除外され、同通達9-6-2で判断することになるからである。 このように、法人税基本通達9-6-1においては、法的に債権が消滅する場合について規定しており、これらに該当するのであれば、債権の消滅が仮装であったり、後ほど債権の消滅が取り消されたりすることが前提となっているような特殊なケースを除き、貸倒損失については確定していると言える。 上記のうち、①②については法的整理であることから、③については合理性があることが前提であることから、それぞれ寄附金には該当せず、④については「その金銭債権の弁済を受けることができないと認められる場合において」と規定していることから、回収不能部分についての放棄であることから、これも寄附金には該当しないため、損金の額に算入することができるという整理になる。 このように、法人税基本通達9-6-1については、法的に債権が消滅していることが前提であるため、興銀事件のように解除条件や停止条件を付するような特殊なケースでもなければ、実務上、寄附金に該当するか否かという点のみが主要な論点となることが一般的であると考えられる。 次回においては、法人税基本通達9-6-1、9-4-1、9-4-2について、より細かな論点について解説を行う予定である。 (了)
《編集部レポート》 東京税理士会が報道関係者との懇談会(2015・春)を開催 ~配偶者控除、マイナンバー制度、消費税軽減税率に対し意見表明~ Profession Journal 編集部 東京税理士会は2015年5月29日(金)、日本記者クラブにおいて「報道関係者との懇談会」を開催し、税をめぐり今後議論の中心となる3つのテーマ(配偶者控除、マイナンバー制度、消費税軽減税率)に関し、意見発表を行った。 〇配偶者控除をめぐる問題点を整理 田口絢子広報部長及び山田和江広報部委員からは、平成28年度税制改正での動向が注目される配偶者控除について発表があった。 具体的には、配偶者控除を要因とする就労調整(いわゆる「103万円の壁」)によって、女性の社会進出が妨げられているといわれる問題について、企業の人材不足とあいまって、この問題が一層重要性を増している現状について説明があった。 この問題については、世帯の類型等の多様化により、現制度自体が時代に合わなくなっており、配偶者控除の廃止も視野に入れた人的控除の全体的な見直しを図った上で解決すべきとする論調の一方で、配偶者控除は「担税力を持たない者」への救済措置としての役割を担っており、廃止論については慎重な意見もあるとのことであった。 さらに、現在の個人単位に課税を行う方法から、夫婦を単位として課税を行う「世帯単位課税」とすることで、合計所得の等しい世帯に等しい税負担を求めることとなるとの紹介があったが、単身者や共働き夫婦に不利に働く可能性がある点についても触れた。 〇マイナンバー制度に関する取組みを紹介、改正要望も 宮本雄司規制改革・納税環境整備等対策室長より、10月の個人番号付与へ向けて企業対応の遅れが指摘されているマイナンバー制度について、税理士会としての取組みの紹介があった。 税理士は一事業者として従業員等の特定個人情報(個人番号を含む個人情報)を取り扱う以外にも、クライアントから特定個人情報を取得し適正に取り扱い、税務関係書類に記載し、税務署長等に提出することとなるため、税の専門家としてマイナンバー制度に深く関わる役割を担う。このためクライアントが特定個人情報を適正に取り扱えるよう、マイナンバー制度を熟知し、制度の周知から具体的な実務のアドバイスを行うことも税理士の重要な役割となるとの説明があった。 東京税理士会としては、4月にマイナンバー対応プロジェクトチームを設置し、マイナンバー制度に関する情報収集・分析・研究、税理士業務の環境整備に関する検討、関係官庁等への要望の検討等について取り組んでいるとの紹介があった。 東京税理士会がマイナンバー制度に関する改正要望事項として掲げているのは以下の4点。 その後、報道関係者からの質問に対する説明があり、税理士事務所やクライアント企業への指導等の対応については、日本税理士会連合会が4月に策定した「税理士のためのマイナンバー対応ガイドブック~特定個人情報の適正な取扱いに向けて~」をもとに対策を進めている旨、説明があった。 〇軽減税率については反対の立場を継続 平井貴昭調査研究部長からは平成27年度税制改正を踏まえた平成28年度税制改正について、特に消費税の軽減税率に対する意見発表があった。 一般的に低所得者対策とされる消費税の軽減税率制度は、制度設計上、低所得者以外にも恩恵を与えることから、税収を大きく減収させることとなり、さらなる税率引上げを要することとなる点。さらに軽減税率が適用される対象品目をどのように線引きするかという問題について、与党税制調査会での検討事項を踏まえ、「酒類を除く飲食料のみ」「生鮮食料品のみ」「精米のみ」の3案いずれにおいても、複合的なサービスへの判定を原価構成割合で行う現対策案では、どうしても実態に合わないものが出てくる点などを挙げ、合理的に決めるのは困難であるとした。さらに食品表示法といったこれまでの税理士業務では関わらなかった法律規定についても注視しなければならなくなる点について懸念を示した。 なお、軽減税率導入に際し、品目ごとに軽減税率の適用が記されるEU型のインボイス制度の導入が検討されているが、特に零細企業の事務負担の増加や免税事業者が経済取引から除外される可能性などを指摘し、単一税率の維持と低所得者に対しては給付付き税額控除制度(マイナンバー制度定着までは簡易な給付制度)の導入を行うべきとの説明があった。 (了)
〈検証〉IFRS適用レポート ~IFRS導入企業65社の回答から何が読み解けるか?~ 【第4回】 「決算日統一・決算早期化への対応」 デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 CFO サービスユニット シニアマネジャー 大木 和俊 (当該記事は執筆者の私見であり、執筆者が所属する組織の公式見解ではない旨、ご了承いただきたい。) 1 IFRS適用の負担 IFRS適用における決算早期化というと、拙著『新版・成功する!IFRS導入プロジェクト』(清文社 著者:デロイト トーマツ コンサルティング合同会社)でも述べているが、決算報告日統一や追加的なIFRS組替作業に伴って必要となる取組みであると考えるのが一般的だろう。 IFRS適用レポートの68ページに記載されている、IFRSへの移行に伴うデメリット、実務負担の増加という項目を読むと、IFRS適用企業から次のような意見が出ているという。 「一時的な実務負担の増加」とは、IFRS導入のための取組みにおける負担増、「継続的な実務負担の増加」とは、IFRS導入後の実務における負担増のことを、それぞれ述べているものと思われる。 ここにある「報告日(決算期)の統一」には、決算早期化が含まれていると考えてよいだろう。報告日(決算期)が異なるグループ会社は、自社の報告日(決算期)に応じて最大3ヶ月前の財務情報を連結すればよく、親会社への報告まで余裕のある準備期間を得ていたものが、そのような余裕がなくなるためである。 この取組みに対する負担は、報告日が異なるグループ会社が多いほど、また業務標準化ができていない企業グループほど、大きくなる。 2 何のためのIFRSか? こうした負担増を考えると、決算早期化が必要だとしても、とりあえず現状の決算作業や開示の所要日数を維持すべきという考えに陥りやすい。 ここで改めてIFRS適用のメリット、つまり「何のためにIFRSを適用するのか?」について考えてみたい。 IFRS適用レポートにおいては、「経営管理への寄与」「(同業他社との)比較可能性の向上」「海外投資家への説明の容易さ」等を目的とする企業が多かったと述べている。 【IFRSの任意適用を決定した理由又は移行前に想定していた主なメリットとして1位に順位付けした項目別の回答数】 (出所「IFRS適用レポート」27ページ) そして、実際のメリットとしても、同じような項目が上位にあがっている。 【IFRSへの移行による主な実際のメリットとして1位に順位付けした項目別の回答数】 (出所「IFRS適用レポート」66ページ) 各社のコメントを見ると、IFRSという「統一的なモノサシ」を適用すること自体がこうしたメリットにつながると解される。 しかし、経営管理やIRの高度化を目的とするのであれば、IFRS適用により自然発生するメリットを狙った「受動的」な対応だけでなく、より積極的にメリットを享受するための「能動的」な取組みが必要である、と筆者は考える。 ここで、経営管理やIRを高度化する施策は様々なものが考えられるが、今回は「決算早期化」というキーワードに焦点を当ててみよう。 それを考えるためには、まずは経理部門、経営企画部門、IR部門といった「CFO組織」がIFRSに対してどう向き合うべきかを理解しなければならない。 3 CFO組織におけるIFRS 先ほど、より「能動的」にメリットを追求する必要があると述べたが、もちろん統一のモノサシたるIFRSを適用すること自体にも価値がある。それを最大限に活用するための仕掛けを作ることが重要である。 例えば、経営者から「IFRS適用できた。今月から意味ある情報を持って来い。」と言われて対応できる経理部門(または経営企画部門)がどれくらいあるだろうか。 経営管理(内部報告)にせよIR(外部報告)にせよ、標準化された数字そのものの価値は限定的であり、それらを様々な視点から分析し、導出されたメッセージにこそ大きな価値がある。IFRSという統一的なモノサシは、その分析精度の高度化と導出されるメッセージの意味合いを高めるツールに他ならない。 筆者の所属するデロイト トーマツ コンサルティング合同会社では、従前よりCFO組織の役割として、「カタリスト」「ストラテジスト」という[攻めの役割]と、「スチュワード」「オペレーター」という[守りの役割]があると定義している(4 Faces of CFO)。 日本企業の多くは、守りの役割に対する業務割合が高く、攻めの役割への転換が課題であると考えている。 【図表1 CFO組織の持つ4つの役割(4 Faces of CFO)】 参考:『4 Faces of CFO』 (Deloitteが世界中の様々なプロジェクト活動をもとに提唱しているCFOの役割論) 前述のIFRS適用レポートに示されている「継続的な実務負担の増加」に見られるように、IFRS適用によって、さらに守りの業務割合が増加する可能性がある。 すなわち、IFRSのメリット・デメリットをCFO組織の視点から言い換えると、社内外の利害関係者の意思決定を高度化するためのポテンシャルが増加する一方で、報告者におけるさらなる(守りの)業務負担を強いられ、活用するための(攻めの)工数が減少するというジレンマがあるのではないか。 4 IFRS適用において決算早期化をどう考えるか IFRS適用における決算早期化は、このジレンマを解消するための打ち手と位置づけるべきであると筆者は考える。 報告期日を維持するか早めるかは会社としての意向に依拠すると思われるが、重要なことは、財務情報が集計されてから報告・開示までの分析に充てられる時間と工数の確保である。 そのためにはIFRS組替えを含め、財務情報の作成作業については極力省力化と時間短縮が必要になる。場合によっては単体決算や連結決算の所要日数をIFRS適用前以上に早期化することも検討すべきだろう。 【図表2 業務負担割合の改善イメージ】 (※) 筆者作成 IFRS適用における決算早期化についての推進アプローチや施策の具体的な説明については、先述の拙著『新版・成功する!IFRS導入プロジェクト』に譲るが、例えば、IFRS適用レポート上でもIFRS適用上の課題認識が大きいとされ、これまでにも述べた「連結決算プロセス・システム」の改善に注力することが有効な場合が多い。 連結決算プロセスを省力化・早期化するポイントとしては、 といった観点で、最新の連結会計システムの導入も含めた検討が必要となる。 また、最終的なレポーティングにも直結するプロセスであるため、管理連結についてもあわせて検討することが手戻りなく進めるために重要であると考える。 (了)