コーポレートガバナンス・コードのポイントと 企業実務における対応のヒント 【第10回】 「新様式で提出されたコーポレート・ガバナンス報告書の概観」 PwCあらた監査法人 マネージャー 公認会計士 足立 順子 〔コーポレート・ガバナンス報告書の概観の対象会社〕 2015年6月1日よりコーポレートガバナンス・コードの適用が始まった。 コーポレート・ガバナンス報告書は定時株主総会後遅滞なく提出するものとされているが、適用初年度に限り6ヶ月の猶予期間が認められており、3月決算会社であれば6月の定時株主総会後6ヶ月を経た12月頃に提出する企業が多いと想定していた。 しかしながら、コード適用から1ヶ月余りであるにもかかわらず、新様式でのコーポレート・ガバナンス報告書を提出する企業があり、中にはコード適用初日の6月1日に提出する企業もあった。 新様式でのコーポレート・ガバナンス報告書の提出の出足が意外にも早いという印象であり、実効的なコーポレートガバナンスの実現に対する企業の真摯な取組状況が見てとれる。 今回は、2015年6月25日までに新様式でのコーポレート・ガバナンス報告書を提出した30社のうち、〈表1〉のJPX日経インデックス400の企業14社について、どのような開示が行われたか概観してみる。 なお、文中の意見に相当する部分は、筆者の私見であることをお断りしておく。 〈表1〉 2015年6月25日までに新様式でのコーポレート・ガバナンス報告書を提出したJPX日経インデックス400の企業 (出所:日本取引所グループ東京証券取引所 コーポレート・ガバナンス情報サービスを基に筆者が作成) 〔各原則を実施せずエクスプレインした会社数〕 2015年6月25日までに提出したJPX日経インデックス400の企業14社のうち、新様式のコーポレート・ガバナンス報告書の【コーポレートガバナンス・コードの各原則を実施しない理由】の項目を開示したのは13社であり、そのうち「各原則全て実施している、もしくは、記載すべき事項はないと開示した会社」が8社、「各原則を実施しない理由を開示した会社」が5社あった。 各原則を実施しない理由を開示した5社に関して、実施しない理由を原則別に見ると、内訳は〈表2〉のとおりであった。 〈表2〉 コーポレートガバナンス・コードの各原則を実施しない理由 (出所:日本取引所グループ東京証券取引所 コーポレート・ガバナンス情報サービスを基に筆者が作成) 10項目にわたったエクスプレイン事例となっており、項目は比較的多岐にわたっているようである。 章別に見ると、株主の権利・平等性の確保で1項目、適切な開示と透明性の確保で2項目、取締役会等の責務で7項目となっていた。 また、取締役会の実効性評価結果に関してエクスプレインした会社が4社あり、内訳は「取締役会の実効性の分析や評価は行っているものの結果の概要を開示していない企業」が2社、「取締役会の実効性の分析や評価の方法を検討している企業」が2社であった。 取締役会の実効性評価は日本にはあまり馴染みがなく、企業からも取締役会の実効性評価は誰がどのように行うべきかわからない、といった声が多く聞かれる。また、3月決算会社の場合は、6月1日のコード適用直後に開催される定時株主総会において次年度の取締役が選任されるため、選任前の取締役に対する評価期間が短すぎるという指摘もある。 そのため、コード適用後に提出される新様式でのコーポレート・ガバナンス報告書では、エクスプレインする事例が多く見られることが想定されていた。もちろん、コード適用前から取締役会の実効性に関する分析や評価を行っている会社もあり、コード適用後に結果の概要まで開示した企業は称賛に値しよう。 企業はできるだけコンプライしたいと考えていると思われるが、エクスプレインした企業は、項目によっては、準備中につきエクスプレインすることはやむを得なかったのであろう。エクスプレインした企業は、コンプライできていないことを正直に開示し準備状況を説明したり、準備を行う目標時期を明示したりしている。率直に状況をエクスプレインする姿勢は、企業トップの個性が反映されている結果とも言えるであろう。 〔コードの各原則に基づく開示〕 コーポレート・ガバナンス報告書には、コードで開示が要求されている11項目について、【コーポレートガバナンス・コードの各原則に基づく開示】に記載することとされている。 開示方法の詳細なひな型は公表されていないため、【コーポレートガバナンス・コードの各原則に基づく開示】にて11項目を企業のホームページのURLの掲載による参照も織り交ぜながら1項目ずつ丁寧に説明している企業もあれば、項目毎に特に詳細な説明はせず、すべての項目について企業のホームページのURLを掲載する参照方式を採用する企業もあった。 中でも、コード適用初日に新様式のコーポレート・ガバナンス報告書を提出した大東建託株式会社は、コードで開示が要求されている11項目のみならず、基本原則・原則・補充原則の73原則すべてについて、取組状況や取組方針を企業のホームページに掲載し、そのURLをコーポレート・ガバナンス報告書に掲載しており、注目を集めた。 〔これから新様式のコーポレート・ガバナンス報告書を提出する企業に向けて〕 これから新様式のコーポレート・ガバナンス報告書を提出する企業は、下記の点に留意の上でコーポレート・ガバナンス報告書を作成することが、コーポレートガバナンス・コードの趣旨に沿っていると考えられる。 (了)
〈IT会計士が教える〉 『情報システム』導入のヒント (!) 【第10回】 「ビジネスプロセスの標準化とシステム導入」 公認会計士 中原 國尋 はじめに 情報システムを導入するにあたって、自社の業務に適合するソフトウェアをゼロから開発することは、昨今、ほとんど行われていない。ある程度自社の業務に適合すると思われる業務ソフトウェア(パッケージソフトウェア)を選定し、当該ソフトウェアに基づいて、自社で使用できるような変更・修正を施したうえで、実際の業務で使用することが多いのである。 今回は、情報システムの導入がパッケージソフトウェアベースで行われることが一般的な理由や、実際にシステムを導入する際に考慮すべき点について検討を進めたい。 ▼業務で情報システムを使用する目的▼ 今更ではあるが、コンピュータが得意なこと(使用することによるメリット/特性)を次のように整理することができる(監査基準委員会報告書 315 「企業及び企業環境の理解を通じた重要な虚偽表示リスクの識別と評価」 A52)。 特に、大量のデータをあらかじめ定められた方針や規定に従って、一貫して処理し、複雑な計算を実行できることが挙げられており、コンピュータは定型処理を得意とするものであることが第一に示されている。 通常の業務処理は、いくつかの取引パターンごとに処理する方法が(明示的であれ、黙示的であれ)定められており、そのパターンに従って順次処理が行われている。そのパターンは同じ手順の処理であることから、当初手作業で実施していた業務について、同じ処理を繰り返し実施することをコンピュータにやらせるために、情報システム化が進んでいくことになった。 その段階では、自社の業務プロセスの一部が自動化(情報システム化)される状況にあったのである。 情報システムを使用する目的は、省力化であった。担当者が繰り返し行っていた業務をコンピュータが担うことによって、処理の正確性と速度が改善されることになったのである。その後、情報システムが発展することによって業務処理を担うコンピュータシステム(業務ソフトウェア)の利用範囲が広くなることに従い、業務システムが担う役割にも変化が訪れている。 すなわち、業務処理の省力化だけではなく、作成する情報の適時性・可用性・正確性の向上、情報の二次利用の促進、情報システムを用いることによるコントロール(内部統制)の強化などである。このように、情報システム利用の目的が広がっていくなかで、パッケージ化された情報システム(業務ソフトウェア)の充実度も増加しているのである。 ▼ERPは標準化されたプロセスを提供するものではない▼ パッケージソフトウェアの中でも、業務遂行に従って蓄積された情報を効果的に分析し、活用することによって、経営意思決定の適時性や適切性に資する情報を提供できるERP(Enterprise Resource Planning)パッケージの活用が広がっているところにある。 さて、ERPパッケージの構成要素として、たとえば、会計、在庫管理、仕入管理、販売管理、回収管理などが存在する。ERPに限らないが、業務アプリケーションソフトウェアを設計するにあたって、想定される業務フローに基づいた業務処理を想定し、それを業務アプリケーション化することで構築されている。 すなわち、業務アプリケーションソフトウェアごとに想定されている業務フローが異なるのである。もちろん、業種特性別にパッケージ化している場合、たとえば建設業の場合には、工事進行基準や工事完成基準への対応が必要になるとともに、工事原価の集計にあたって給与システムとの連携が必要になる。また、商社向けであれば、海外取引が想定されることから複数通貨の取扱いが可能なことが要求され、あるいは売上と仕入が同時に計上されるような仕組みの導入が求められる。 しかし、業種特性に基づく違いではなく、一般販売システムを想定する場合であってもたとえば受注入力の方法や入力が可能な情報の範囲、売上計上を行う際のタイミング等、業務アプリケーションによってそれぞれ処理可能な範囲が異なっている。このようにパッケージごとに想定される業務フローが異なっているのであるが、想定されている業務フローが理論的に効率的な設計を検討した結果であるならば、当該パッケージソフトウェアにおいて想定されている業務フローは、有効性・効率性の高い業務フローとなっていると考えることができるのである。 特にERPパッケージの場合には、ERPパッケージで想定されている業務フローに従った業務設計を行うことで、優れた業務処理を自社に取り込める可能性がある。しかしながら、ERPが想定している業務フローが、自社にとって必ずしも有効性・効率性の高い業務とは限らないことに留意する必要がある。 企業は置かれている状況や構成員によって、百社百様である。業務アプリケーションソフトウェアが想定している業務フローが100%当てはまる可能性は決して高くないのである。そうであるならば、自社の業務フローの有効性・効率性を高めるために、万難を排してパッケージソフトウェアで想定されている業務フローを適用することが、必ずしも良い解決策ではないことがわかる。 ERPパッケージが想定している業務フローは、あくまでも業務フローのひとつを提案しているにすぎず、したがって、自社の状況を踏まえることなく、パッケージに依存した業務フローを適用することは、良い効果を生むことはない。 ▼システム導入後も今(導入前)の業務処理を継続する?▼ ERPパッケージで想定されている業務に単純に依存しないのであれば、現在実施している業務フローを実現することを優先すべきなのだろうか。 情報システムを利用した業務システムを導入するメリットを最大限利用するのであれば、コンピュータを利用することによるメリットを考慮に入れつつ、業務フローを設計することが望まれる。その際に業務アプリケーションを利用することは、開発工数を抑制する良い手段になりうることから、現行業務を分析したうえで、将来的な自社の標準化した業務フローを想定し、当該業務フローを実現することができるパッケージを選定し、当該パッケージをベースにした導入を進めていくことが必要になる。 パッケージが有する機能を前提にしつつ、将来的に想定される自社の業務フローを設計していくのだが、その際に可能な限りパッケージソフトウェアで実現可能な機能の範囲内で検討を進めるべきである。しかしながら、自社としてどうしても譲れない取引処理等もあると思われる。そのような部分が発生することはやむを得ないが、その場合でもパッケージソフトウェアそのものを改修する選択肢以外にも、個別に当該処理を実現可能なソフトウェアを用意し、処理結果を業務アプリケーションソフトウェアに渡すなどの他の選択肢も想定される。 多店舗/多拠点であるならば、各拠点での業務を均質化することで、業務の効率性を高めることができるとともに、本社からの業務のモニタリングをすることが容易になる。したがって業務システムを導入する際に、拠点ごとの業務処理をどのようにすべきかを関係各所で十分に検討することによって、ローカライズされた業務については極力排除し、情報システムを利用するために自社で標準的な拠点業務フローを設計することが望まれる。 せっかく情報システムを導入するのであれば、従来からの業務処理をそのまま維持することは、業務フローの効率化を図るうえでももったいないため避けるべきであり、従来から行われている業務処理の特性を維持しつつ、業務アプリケーションで提案されている有効な業務フローを参考にして、業務フローのレベルアップを図る最も良い機会を精一杯活用すべきである。 ▼効果的なシステム導入のために、誰が何を判断すべきか▼ ERPパッケージの導入は、パッケージの選定、業務フローの確定、システム導入(カスタマイズ含む)のステップで行われる。全社にわたるシステムの導入となる場合が多いため、通常は組織横断的なプロジェクトチームが組成され、当該プロジェクトが責任を持って判断していくことになる。 パッケージの選定にあたっては、ベンダーの実績等も重要であるが、それだけで選定するのは大変リスクが大きい。パッケージの選定基準を予め整理したうえで、当該選定基準にのっとって評価することで、比較的自社に適合するパッケージを選択することが可能になると考えられる。 将来の業務フローを設計するにあたっては、現場レベルでの処理の実効性を考慮に入れつつ、最終的には各部門の長が決定すべきである。その際には、フローチャートを作成する等、分析・設計した内容を共有できるようにすることが必要となる。 選定したパッケージと設計した業務フローを前提として、実際にシステム導入を行う。パッケージを利用するといっても、ERPは通常、半製品の状態で提供されていることが多く、あらかじめ必要な設定を行わない限り使用することはできない。設計した業務フローとの適合性を考慮しつつ、カスタマイズ等を必要に応じて加えることによって導入を進めていく。 ベンダーを中心とした導入過程では、導入過程で発見した課題とその解決過程を課題管理表のような形で取りまとめ、品質を確保しながらの導入を行うことが必要となる。ベンダーがテストを重ねながら導入を進めていくことが多いと思われるが、最終的にはユーザー側で受入テストを行い、ユーザー部門の長によってリリース判定を行うことが求められる。 ▼まとめ▼ ERPパッケージであれ、ERPではない業務システムであれ、業務システムの導入にあたっては、業務効率の向上や有効性の向上を図っていくべきである。そのためには業務の標準化を行うことが求められるが、標準化は必ずしもパッケージに依存することとイコールではないことに留意する必要がある。 自社の業務を分析し、業務フローを設計することで自社にとって有効性・効率性の高い業務フローを実現するための業務システム導入を志向することが必要である。 (了)
女性会計士の奮闘記 【第31話】 「スケジュール作りは相手のタイプをよく見て」 公認会計士・税理士 小長谷 敦子 ◆ワンポントアドバイス◆ 部門別損益表の作成など、経理の方々のマンパワーによるところが大きい仕事は、その担当者の力量や他の仕事とのバランスを考えてスケジュールを組んでいくことが大切です。 量的にも質的にも無理な仕事の依頼は、大きな負担となり、逆に進まなくなることがあります。 相手に合わせて仕事を依頼することも必要です。 (了)
《速報解説》 平成27年度税制改正を踏まえた 「法人税基本通達等の一部改正について」が公表 ~関連法人株式等の判定、地方拠点強化税制に係る新設規定、 リバースチャージ方式等の経理処理への対応も~ Profession Journal編集部 7月9日、国税庁ホームページにおいて、平成27年度税制改正を踏まえた以下の法人税関係の改正通達が公表された。 〇受配関係は「関連法人株式等の判定」に係る例示規定が新設 受取配当等の益金不算入制度については、平成27年度改正において持株比率基準・継続保有要件の見直し、益金不算入割合の見直しなどが行われている(くわしくは下記の連載を参照)。 この改正により新たに規定された「関連法人株式等」(株式等保有割合1/3超100%未満)の判定を行う場合の例示として、以下の規定が創設されている。 〇地方拠点強化税制のうち特定建物等の取得等に係る特別償却・税額控除関連で新設5項 平成27年度改正で創設された「第42条の12《地方活力向上地域において特定建物等を取得した場合の特別償却又は法人税額の特別控除》」(制度概要はこちらを参照)に関しては、「中小企業者であるかどうかの判定の時期」や「圧縮記帳の適用を受けた場合の特定建物等の取得価額要件の判定」など、下記5項目が新設されている。 (※) この情報のみを取り上げた速報解説を後日公開予定。 その他、措置法通達関係では、研究開発税制の特別試験研究費の範囲見直し(特定中小企業者に対して支払う知的財産権の使用料が追加)に係る項目(42の4(3)-2)が追加され、また適用期限(平成27年3月31日)をもって廃止された「生産等設備投資促進税制」(旧措置法42の12の2)関連規定が削除されるなどの対応が行われている。 なお、所得拡大促進税制(措置法42の12の4)については平成27年度改正で雇用者給与等支給増加割合の法人区分ごとの要件見直しが行われたが(こちらを参照)、今回の改正通達では条文表記の変更のみとなっている。また昨年創設された生産性向上設備投資促進税制(措置法42の12の5)に関する通達の改正は行われていない。 〇特定課税仕入れに関する経理処理の取扱いで容認 今回の改正通達においては、いわゆる「国境を越えた役務の提供に係る消費税の課税の見直し」を受け、「消費税法等の施行に伴う法人税の取扱いについて(法令解釈通達)」(平成元年3月1日付直法2-1)の一部改正が公表されており、特定課税仕入れに該当する取引を行う際の消費税相当額の経理処理の取扱い(仮勘定を用いた方法の容認)を明らかにしている。 (※) この情報のみを取り上げた速報解説を後日公開予定。 なお上記の改正に関する消費税法基本通達等の改正はすでに6月上旬に公表されており、くわしくは下記を参照されたい。 (了)
タインズ(TAINS)の「税務雑誌目次検索システム」に 「プロフェッションジャーナル」の目次が追加されることになりました! TAINSとは、Tax Accout Information Network Systemの頭文字で、「税理士情報ネットワークシステム」の略称です。一般社団法人日税連データベースが運営されておられます。 非公開裁決・判決情報の検索などで、すでに多くの税理士の先生方がご登録・ご利用されておられますが、このTAINSには「税務雑誌目次検索システム」というコーナーがあり、各出版社が発行している税務専門誌に掲載された目次を、記事タイトルや著者名などで検索することができます。 そしてこのたび、このコーナーに、平成27年度中に本誌「プロフェッションジャーナル(Profession Journal)」の目次が収録される運びとなりました。 ※検索画面では「Profession J」 と表示されます。 長年発行を続けられておられる他誌のラインナップに加えていただくことは誠に光栄であり、関係者各位に改めて御礼を申し上げます。 今後、会員読者の方々にとって有用な情報をよりタイムリーにご提供できるよう尽力いたしますので、今後もご愛読くださいますよう、よろしくお願い申し上げます。
2015年7月9日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.127が 公開されました。 プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布中! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》については随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第31回】 「租税法の解釈における厳格性(その1)」 中央大学商学部教授・法学博士 酒井 克彦 はじめに 今日の通説的理解として、「租税法においては厳格な解釈が要請される」とされているが、その厳格さにはどの程度のものが求められるのであろうか。また、そもそも、なぜ租税法の解釈に厳格さが求められるのであろうか。 ここでは、こうした「租税法解釈の厳格さ」について、種々の判例や学説等を踏まえ検証してみたい。 1 厳格な解釈の要請 (1) 厳格な解釈が要請される理由 法律の解釈には、文理解釈といって条文に記載されている文章を文法どおりに素直に読み解釈すべきとする解釈手法と、目的論的解釈といって、その法条の趣旨や目的に応じて柔軟に、時には条文の文章や概念の意味から離れて解釈を行うことも許されるべきとする解釈手法がある(この点は次回(その2)以降において詳述する)。後者に比べて前者は厳格な解釈であるといわれている。すなわち、ここにいう厳格さとは、条文の文章や用語に忠実に解釈をすることを意味している。概ね、文理解釈を指すものと理解してもよい。 以前は、租税法の文言に拘泥しすぎた文理解釈ではなく目的論的解釈をすることが租税法解釈として妥当であるとの立場の見解が強く論じられた時期もあるが、今日の租税法の解釈においては、文理解釈による厳格さが要請されるとの見解が通説的であるといえよう。 ここで、厳格さが要請される理由としては、大別し次の4つを挙げることができるだろう。 なお、これらは後述するとおり、相互に作用しあうものであって、必ずしも明確に区分できるわけではないことには留意しておきたい。 それらを踏まえた上で、以下、それぞれの性質を概観してみたい。 (2) 租税法が財産権の侵害規範であるため 租税法は国民の財産権の侵害規範であると考えられることから、国民の財産権保障の要請に対する配慮がなされなければならないことは当然の帰結である。租税法を厳格に解釈しなければならない理由として、この点が最も中心的に議論されてきた内容ともいえるだろう。 なお、この点については、次回(その2)「2 租税法における財産権の侵害規範性」の項目にて詳述する。 (3) 納税者の予測可能性を担保するため 次に、予測可能性の担保の要請の理解に当たっては、いわゆる「罪刑法定主義」の思想が参考になると思われる。 罪刑法定主義とは、国民の自由な行動を確保するため、刑法においてあらかじめ刑罰を科されるべき犯罪を明確にしておかなければならないという原則である。「法律なければ犯罪なく、法律なければ刑罰なし」という罪刑法定主義は刑法分野において当然の重要原則である。憲法31条は、「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰も科せられない」として、罪刑法定主義を要請している。 さて、わが国の租税法においては、租税法律主義(憲法84)の下、課税要件法定主義が求められ、その当然の帰結として、課税要件明確主義が要請されている。 課税要件法定主義とは、罪刑法定主義になぞらえて作られた原則であることから、租税法律関係においても、罪刑法定主義の議論が当てはまるのではないだろうか。すなわち、財産権保護の観点から予測可能性を担保することの要請が働くはずである。 たとえば、この点について金子宏教授は次のように述べられる。 また、この点に触れた判決は多々あるが、たとえば、いわゆる徴税トラの巻事件大阪地裁昭和42年5月11日判決(刑集31巻7号1135頁)は、次のように判示する。 また、そのほかにも、歯科技工業が消費税法施行令57条《中小事業者の仕入れに係る消費税額の控除の特例》5項3号に定める第三種事業(製造業)に該当するか否かが争点とされた事例である名古屋地裁平成17年6月29日判決(訟月53巻9号2665頁)では、次のように説示されている。 上記学説や判例からも分かるように、予測可能性の担保の要請は財産権保護の要請と親和性を有しているといえるだろう。 (4) 行政裁量の余地を否定し、恣意的な課税を防止する必要があるため 租税法律主義は、租税の分野における法治主義(法の支配)の現れである。そして、憲法84条は、「国民に対して義務を課し又は権利を制限するには法律の根拠を要するという法原則を租税について厳格化した形で明文化したもの」(旭川市国民健康保険条例事件最高裁平成18年3月1日大法廷判決・民集60巻2号587頁)というべきである。 したがって、租税法律主義の帰結として、法規の文言を離れ、無視し、又は文言を置換したり、付加することは許されないのであって、租税収入の獲得のため恣意的に法規を拡大して解釈したり、逆に納税者の利益のために縮小して解釈することは許されない、すなわち、租税法は厳格に解釈されなければならないという要請が働くのである。 なお、わが国では、租税法律関係を、「租税債務関係説」に基づいて性格づけている。租税債務関係説とは、「課税要件の充足によって法律上当然に租税債務が成立する」という考え方であるが、租税債務の成立に租税行政庁の判断が一切関与しない仕組みを採用しているといえるだろう。 (5) 自己に都合のよい解釈を許容せず、公平な課税を実現するため 最後に、租税法の解釈において厳格性が要請される理由として、租税の公平負担の側面を挙げることもできるだろう。 憲法14条の平等原則の下、各種の租税法律関係において国民は平等に取り扱われなければならないという考え方が導出されるが、公平性を保つためには租税法の解釈は統一されていなければならず、ここに解釈の厳格性が求められるのである。 たとえば、この点について、いわゆるスコッチライト事件大阪高裁昭和44年9月30日判決(判時606号19頁)は次のように判示し、厳格なる法規の執行義務をもって、全国均一の課税が実現するとの立場を明らかにしている。 (続く)
消費税の軽減税率を検証する 【第3回】 「付加価値税の世界標準」 税理士 金井 恵美子 Ⅰ 付加価値税の世界標準 公明党のホームページには、「軽減税率導入は世界の趨勢」と題したトピックがあり、ここでは、 と説明し、消費税率10%への引上げと同時に複数税率制度に移行し、食料品などの税率を8%(※1)に据え置くことを求めている。 (※1) 公明等の山口那津男代表は平成26年12月4日、「現実に機能している8%が実務的にも1つの基準になる」と語り、対象品目を現在の8%に据え置くことも選択肢との考えを示した。 (1) 付加価値税第一世代 フランス、ドイツ、イギリス等の付加価値税は、その始まりから複数税率制度を採用している。ただし、それは、逆進性の緩和、あるいは低所得者のための施策というよりは、付加価値税の前身が取引高税であることに由来するところが大きい。 EUにおいては、付加価値税の基本的な枠組みは、1977年のEEC第6次指令によるのであり、この第6次指令を受けての1992年の指令、その後の2006年指令が付加価値税率を規定している。 その骨子は次のとおりである(※2)。 (※2) 矢野秀利ほか『消費税軽減税率の検証』(清文社、2014年)151頁〔矢野秀利〕。 EUにおいては、価格競争の点からも、軽減税率を導入せざるを得ない事情がある。 たとえばデンマークは、EUにあって、唯一、単一税率制度をとる国である(ただし、新聞にはゼロ税率を適用している)が、隣国(スウェーデン等)と競争関係にあるホテル業界、レストラン業界からは、軽減税率適用の要望が大きい(※3)。 (※3) 税制調査会海外調査報告(平成16年9月)。 このように、理由はともかくとして、複数税率はヨーロッパの常識である。 (2) 付加価値税第二世代 しかし、後発の国々では単一税率制度を採用している場合が多く、IMFの調査によれば、1990年より前に付加価値税を導入した48ヶ国のうち、複数税率を採用している国は36ヶ国(75%)であるが、1990年から2001年4月の間に付加価値税を導入した77ヶ国のうち、複数税率を採用している国は20ヶ国(26%)である(※4)。 (※4) Ebrill et. al., The Modern VAT, Washington, D.C.; International Monetary Fund, 2001, p.69. このような状況について、マーリーズ・レビュー(前回参照)は、「他国はEUの経験からEUが学ばなかった教訓を学んでいるようだ。」(※5)としており、複数税率による制度の歪みに苦慮する付加価値税第一世代の国の研究者が、単一税率を選択した第二世代の付加価値税を高く評価していることが分かる。 (※5) 社会保障改革に関する集中検討会議第9回(平成23年5月30日)資料3-7。 (3) 標準税率と軽減税率 EUの指令にもみられるように、多くの場合、軽減税率を持つ国の標準税率は20%あるいはそれを超える。世界ではおよそ150の国が付加価値税を導入しているが、そのうち標準税率が10%程度の水準で食料品に軽減税率を適用する国は、スイス、カナダ、オーストラリアなどごくわずかしかない。日本が、10%の標準税率で8%の軽減税率を導入すれば、それは世界でも特別に珍しい税制を構築することになる。 Ⅱ 付加価値税の効率性 付加価値税の効率性を示す指標に、OECDが2008年の「Consumption Tax Trends」から用いているVRR(VAT Revenue Ratio)がある。また、2006年の「Consumption Tax Trends」においては、C-効率性(C-efficiency ratio)が示されている。 これらの指標は、すべての国内消費に標準税率で課税した場合の税収に対する実際の税収の比率である。 付加価値税の制度の効率性は、3つの主要な要因、①税率構造等(税率、非課税、課税ベース、免税点)、②課税当局の執行能力、③納税者の法令遵守の程度、による。 したがって、VRR又はC-効率性の低さが、課税ベースの狭さによるものか、コンプライアンスの低さによるものかの判別は不可能であるが、高い標準税率は脱税を誘引する可能性があるし、複数の税率の存在には適用税率の誤りが伴う。また、複数税率制度においては、単一税率制度に比べてコンプライアンスコストと執行コストが高くなる。 国ごとのVRRとC-効率性は、ほぼ同じ水準を示しており、複数税率の国は数値が低く、高い数値を示す単一税率の国に比べて効率が悪い。単一税率であり、非課税のほとんどないニュージーランドの効率性は世界で1位であり、マーリーズ・レビューに対するコメント報告書の中では、 という認識を示し、今後他国も参考にすべきと指摘している(※7)。 (※6) 付加価値税は、Value Added Taxを略してVATと表記するが、ニュージーランドでは、第一世代のVATと明確に区別するために、財貨サービス税 Goods and Services Taxとし、GSTと略している。 (※7) 森信茂樹ほか『マーリーズ・レビュー研究会報告書』(企業活力研究所、平成22年)174頁〔森信茂樹〕。 IMFスタッフは、平成19年5月の税制調査会におけるプレゼンテーションで、日本は単一税率とC-効率性が高いという特徴を有する「最も良くデザインされた付加価値税制をもっている」と評価しており(※8)、平成23年の財務省財政制度分科会会議のプレゼンテーションにおいても、そのような評価を基礎として、消費税率の引上げが財政健全化のための有力な選択肢であるとしている(※9)。 (※8) 税制調査会第10回企画会合・第5回調査分析部会合同会議(平成19年5月17日)政府税制調査会に対するIMFスタッフによるプレゼンテーション資料「グローバル化する経済の中での税制の課題(仮訳)」21頁。 (※9) 平成23年9月8日財務省財政制度分科会議事録。 Ⅲ 軽減税率導入の効果 消費税は、最低生計費に手を出す税であることを織り込んだ上で、大いにその特徴を発揮することを期待されて用いられた税制全体の中のパーツである(第1回参照)。 果たすべき役割を支える「公平、中立、簡素」という特徴は、単一税率であることによってもたらされるのであり、複数税率制度に移行すればその特徴の多くが失われることとなる。軽減税率には、その犠牲に優る必要と効果が存在するのだろうか。 消費税の税率引上げの議論は、政治に大きな影響を与え続け、その実行には立法者と国民双方に相当の勇気と覚悟が必要であった。それにもかかわらず、税制抜本改革法が成立したのは、巨額の財政赤字を修復するための税収確保に迫られたからであり、そのような中、低所得者対策は、最小限のコストで最大限のパフォーマンスを期待することができる施策によらなければならない。 (了)
「結婚・子育て資金の一括贈与に係る 贈与税非課税特例」の活用ポイント 【第4回】 (最終回) 「相続税対策としての有効性」 税理士法人ネクスト 公認会計士・税理士 根岸 二良 本連載最終回となる今回は、結婚・子育て資金贈与特例について、「相続税対策」という観点から、その有効性について検証を行う。 1 結婚・子育て資金贈与特例の相続税対策としての有効性 信託等があった日から結婚・子育て資金管理契約の終了の日までの間に贈与者が死亡した場合には、当該死亡の日における非課税拠出額から結婚・子育て資金支出額を控除した残額については、受贈者が贈与者から相続又は遺贈により取得したものとみなして、当該贈与者の死亡に係る相続税の課税価格に加算する。 したがって、結婚・子育て資金贈与特例を適用して子・孫へ贈与した場合でも、未利用残高がある時点で、贈与者が死亡した場合には、相続税の課税対象となる。 一方、住宅取得等資金贈与特例(措置法70の2)、教育資金贈与特例(措置法70の2の2)は、それらを適用して贈与した金銭については、贈与者の死亡時に、相続税の対象とはならない。 この点からは、住宅取得等資金贈与特例・教育資金贈与特例と比較して、結婚・子育て資金贈与特例については、相続税対策としては有効性が乏しいと判断される。 ただし、結婚・子育て資金贈与特例については、2割加算不適用、3年以内贈与加算不適用とされているため、遺言で現預金1,000万円遺贈し、かつ、生前に毎年現預金を贈与することを行う場合には、結婚・子育て資金贈与特例を適用することで、結果として、相続税節税となる効果も見込める。 具体的なケースで説明を行うこととする。 2 結婚・子育て資金贈与特例が相続税対策として有効であると考えられるケース 上記の具体例で明らかなように、結婚・子育て資金贈与特例は、結婚・子育て資金管理契約の終了の日までの間に贈与者が死亡した場合には、非課税拠出額から結婚・子育て資金支出額を控除した残額が相続税の対象になるため、相続税対策という意味では、住宅取得等資金贈与特例・教育資金贈与特例と比較して、効果が乏しいこととなる。 ただし、結婚・子育て資金贈与特例には、相続前3年以内贈与加算の不適用、相続税2割加算の不適用という、相続税の節税効果はあるため、その点を理解して、活用するか否か、検討を行う必要があるであろう。 (連載了)
連結納税適用法人のための 平成27年度税制改正 【第4回】 「欠損金の繰越控除制度の見直し(その3)」 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト パートナー 足立 好幸 [3] 連結欠損金の繰越期間の延長 1 改正内容 (1) 繰越期間の延長 平成29年4月1日以後に開始する連結事業年度において生じた連結欠損金から、繰越期間を10 年(改正前9年)に延長する(法法81の9①)。 (2) 帳簿保存要件 繰越期間の延長に伴い、連結欠損金の繰越控除制度の適用に係る帳簿書類の保存要件について、その保存期間を10年(改正前9年)に延長する(法規37の3の2①)。 (3) 欠損金額に係る更正の期間制限 繰越期間の延長に伴い、法人税の欠損金額に係る更正の期間制限及び更正の請求期間を10年(改正前9年)に延長する(国通23①、70②)。 2 適用時期 平成29年4月1日以後に開始する連結事業年度において生じた連結欠損金額について適用される(平成27年所法等改正法附則30①)。 [4] 事業税に係る繰越欠損金の繰越控除制度の見直し 連結納税適用法人についても、事業税については単体納税が適用されることとなるが、事業税に係る繰越欠損金についても法人税に係る繰越欠損金と同様に控除限度額(平成27年4月1日から平成29年3月31日の間に開始する連結事業年度は個別所得金額の65%、平成29年4月1日以後に開始する連結事業年度は個別所得金額の50%)及び繰越期間(平成29年4月1日以後に開始する事業年度又は連結事業年度において生じた欠損金額から10年)が改正されることとなる(地法72の23①③④、地令20の3②③、21①、平成27年地法改正法附則1ハ、9⑦)。 [5] 控除対象個別帰属調整額及び控除対象個別帰属税額の 繰越控除制度の見直し (1) 控除対象個別帰属調整額 控除対象個別帰属調整額は、連結納税開始又は加入に伴い切り捨てられた連結納税開始又は加入前の繰越欠損金額に連結子法人の最初連結事業年度終了日における連結法人税率を乗じて計算することとなるが、平成27年4月1日以後に開始する連結事業年度から連結法人税率が引き下げられたことに伴い、控除対象個別帰属調整額を計算するための連結法人税率も23.9%(改正前25.5%)に引き下げられることとなる(地法53⑥、81の12①)。 また、平成29年4月1日以後に開始した連結事業年度から、同日以後に開始した事業年度において生じた連結納税開始前又は加入前の繰越欠損金に係る控除対象個別帰属調整額の繰越期間が10年に延長された。 具体的には、平成29年4月1日以後に開始した連結事業年度から、当連結事業年度開始日前10年以内に開始した事業年度において生じた繰越欠損金(平成29年4月1日以後に開始した事業年度において生じた繰越欠損金に限る)に係る控除対象個別帰属調整額が個別帰属法人税額から控除されることとなる(地法53⑤、321の8⑤、平成27年地法改正法附則1八・7④・16⑤)。 したがって、控除対象個別帰属調整額の繰越期間については、繰越欠損金の発生事業年度に応じて次のとおりとなる(地法53⑤、321の8⑤、平成23年12月地法改正法附則6④・9④、平成27年地法改正法附則1八・7④・16⑤)。 (2) 控除対象個別帰属税額 平成29年4月1日以後に開始した連結事業年度から、同日以後に開始した連結事業年度において生じた控除対象個別帰属税額の繰越期間が10年に延長された。 具体的には、平成29年4月1日以後に開始した連結事業年度から、当連結事業年度開始日前10年以内に開始した連結事業年度において生じた控除対象個別帰属税額(平成29年4月1日以後に開始した事業年度において生じたものに限る)が個別帰属法人税額から控除されることとなる(地法53⑨、321の8⑨、平成27年地法改正法附則1八・7④・16⑤)。 したがって、控除対象個別帰属税額の繰越期間については、発生連結事業年度に応じて次のとおりとなる(地法53⑨、321の8⑨、平成23年12月地法改正法附則6④・9④、平成27年地法改正法附則1八・7④・16⑤)。 (了)