常識としてのビジネス法律 【第4回】 「印章に関する法律知識」 弁護士 矢野 千秋 1 署名と記名はどう違うか 「署名」とは、狭義では自署、すなわち自己の名称を手書きすることを言う。広義では記名捺印も含むが、特に断らない限り一般的には狭義で使われる。 「筆跡」という本人特有の痕跡により、本人確認(文書署名者と、ある人物が同一の人間であることを認定すること。以下、略して「同定」という)を可能とする手段である。 また「記名」とは、署名以外の方法、ゴム印やスタンプ、PCのプリントアウト、印刷等何らかの方法で名称を表すことを指す。 2 なぜ記名には捺印が必要か 上記のごとく記名はゴム印等でもよいとされているため、記名のみでは本人特有の痕跡が残らず、またその文書を本当に本人が作成したかどうかが明らかでない。 したがって、「捺印」を併せて用いることにより、「印影」という本人特有の痕跡により同定する必要がある。 そこで、手形のように署名(広義)を要件とする文書などでは、記名捺印も法定の要件としている(手形法1条、75条、82条)。通常、銀行が銀行届出印と照合して手形を決済するためである。 すなわち、当座預金者であるAと、例えば約束手形上の振出人Aとを印影により同定して、決済するか否かを決定しているわけである。 3 実印と認印はどう違うか 「実印」とは後述するように、公的に届け出た印章を指し、「認印」とはそれ以外の印章を指す。 実印を要すると法定されている場合を除き、法的効力には差がない。つまり、認印でも本人が押したものであることを証明できれば、本人に効力が及ぶ。 しかし、その印章が本人のものであるかどうか、本人が押したものであるかどうか等が争われたときに、認印では証明力が弱い。 実印なら、公的な届出が必要になるなど、本人固有のものであるから同定してよいし、いざという場合に同定されるなら厳重に保管するであろうから、実印が押してあれば本人が押したものと推定される。 結局、実印は本人特有の痕跡が濃厚であり、認印は希薄だからである。 4 個人の実印と会社の実印 ① 個人 個人が印章を印鑑登録するには、住民登録してある市区町村役場か出張所に登録しようとする印章を持参して、「印鑑登録申請書」に必要事項を記入して申請する。 申請の際、本人確認ができるものを持参すれば、印鑑登録証明書を交付してもらえる。 氏名を表していないものや氏名以外の事項が入っているもの、判読困難なものや外枠や文字が切れているものは登録できない。 ② 会社 会社の場合は、会社の本店所在地を管轄する法務局に設立登記をする際に印鑑も届け出ることになっており、この印章が代表者印となる。 代表者印は「会社の実印」とも言えるものであり、極めて重要な印章である。 代表者印の印鑑登録証明書は管轄法務局から取ることができる。 通常は二重の円内に「〇〇株式会社(外円内)代表取締役印(内円内)」と刻印している例が多いが、会社名や代表取締役等の記載を入れる必要はない。 なお、あまりに複雑な文字や簡単過ぎるものは登録できない。 5 実印を押すときの注意 実印が必要な書類にのみ押捺すること。つまり、不用意に捨て印は押さない。後日、文書内容が訂正されてしまう危険性があるからである。 また、カスレや欠けがないように、明瞭に押すこと。かすれたときなどは、その陰影を二重線やバツ印で消し、新たに押し直す。 取扱いに注意し、使用後は直ちに保管場所に戻す。悪用されたような場合にも本人が押したものと推定されてしまうからである。 6 印鑑証明書の提出期限と保存方法 例えば法務局や公証役場などにおけるように、法律上印鑑証明書を必要とされる場合は、3ヶ月以内のものを要求されることが多い。 したがって、そのような短期間に同一当事者間で再度印鑑証明書が必要なような場合が生ずる可能性は低いので、余分に渡しても意味がないことが多く、かつ、乱用される危険性もある。 この「3ヶ月」といった期間は、あくまで当該機関に対する印鑑証明書の提出使用期限であり、印鑑証明書自体の有効期間ではない。 また、実印と印鑑登録証明書・印鑑登録証(カード)は別々に保管する。全部が盗難などに遭うと極めて危険だからである。 実印は印の部分が欠けると使用不可能(登記所などは受け付けてくれなくなる)となるので、注意深く取り扱い、机の上に放置したりせず、できればケースに入れて保管すべきである。 以上により、不用意に実印を他人に預けたり、印鑑登録証や印鑑登録証明書を渡したりせず、印鑑証明書を要求されたときは必ずその必要な理由を聞き、必要通数だけを渡すようにする。 7 印影の種類 ① 契印とは 「契印」とは、1通の文書が2枚以上にわたるとき、その文書が一体のものであり、かつ、その順序に綴られていることを明らかにするために、文書の綴り目に両ページにまたがって押捺する印影である。 これにより、文書一部の抜き取り、差し替え等を防止できる。 数ページの文書を帯で糊付けする袋綴じの場合は、裏表紙と帯にまたがって1箇所契印すれば足りる。大きい文房具屋などでは、袋に当たるものを製本テープとして販売している。 契印に使用する印章は、その文書の署名部分に押捺する印章を使う。これは意思表示、すなわち文書の意味内容に関わるからである。 ② 訂正印とは 「訂正印」とは、文書の字句を訂正する際に押捺する印影である。 文書の署名部分に押捺した印章と同じ印章を使い、署名者が数名いるときは全員の押捺が必要である。これも文書の意味内容に関わるからである。 訂正部分を2本線で消し、横書きならその上、縦書きなら右横に訂正後の字句を記入し、訂正印は訂正箇所に押捺するか、欄外に「〇字削除」「〇字加入」等と記載してそこに押捺する。 ③ 捨て印とは 「捨て印」とは、後日の文書内容の訂正に備え、あらかじめ欄外に文書の署名部分に押捺した印章と同じ印章を使って押捺しておく印影である。 上記の訂正印の“事前版”である。 ある程度の範囲の訂正が自由にできることから、便利ではあるが危険でもあるので、乱用は謹むべきである。 ④ 止め印とは 「止め印」とは、文書の終了を示すために、文書末尾に押捺する印影である。 後日の不正な書き込みを防止するもので、印章でなく「以下余白」等と記入してもよい。ただし、あまり使われていない。 ⑤ 消印とは 「消印」とは、収入印紙の再使用を防ぐために、印紙と台紙にまたがって押捺する印影である。 使用する印章は通常文書の署名部分に押捺した印章と同じ印章を使い、また印章でなく署名でもよい。 消印を忘れると、印紙税に加えて印紙税額と同額の過怠税が課せられる。 ⑥ 割印とは 「割印」とは、2通以上の独立した文書がある際に、その文書が同一であるとか、関連があることを示すために、それらの文書にまたがって押捺する印影である。 割印は、必ずしも文書の署名部分に押捺した印章と同じ印章を使わなくともよい。 単に文書間の関連性を示すもので、文書の意味内容に関わらないからである。 8 印を間違って押した場合の訂正方法 ボールペンなどで間違った印影に2本線を引いたり、バツ印をしたりし、再度正しく押し直す。 方式は自由なので、要は「その印影を使用しない」という当事者の意思が表れていればよい。 9 拇印や書き判の効力 結局、印章は本人特有の痕跡を残すために使用されているものである。 であれば指紋や筆跡等も本人特有の痕跡なのであるから、真実本人が押したり、書いたりしたことが証明可能であり、その結果本人に効力が及ぶことになる。その意味では拇印や書き判も、記名捺印の捺印に当たるとも言える。 しかし、方式が厳重である手形などでは、これらは捺印とは認められない。つまり、銀行が決済しないという意味である。古い判例ではあるが、法的には拇印でも有効であるとした判例がある。 10 会社印の種類とその効力 ① 社長印(代表者印) 俗に「丸印」とも呼ばれ、最も重要な会社の印章であり、登記申請、株券発行、重要な契約の締結等に必要である。 その意味では会社の実印に当たる。 通常二重の同心円になっており、小円の中に「代表取締役之印」と彫られ、大円と小円間の環状の部分に「〇〇株式会社」などと彫られている。 紛失・破損の恐れもあるので、不用意な使用や不注意な保管は厳に謹むべきである。 ② 社印 俗に「角印」とも呼ばれ、通常「〇〇株式会社之印」等と社名のみが刻印されている。 請求書や領収書等、会社外部に対して発行する文書に、社名に重ねて押印して用いられる。 一見大きくて重要な印章に思えるが、単なる認印の一種にすぎず、この印章を押捺していなくても文書の効力に変わりはない。 したがって代表者印を法的に要求されているときに、社印を押捺しても無効である。 ただし、社印はその会社固有のものであるので、その会社の内部者が押したという推定はかなり強力に働くであろう。 ③ 担当者印 担当者が職務上使用する印章である。したがって、真実担当権限のある者が押捺したものであれば、法的に会社への法効果は及ぶ(担当権限の問題)。 しかし、あくまで認印の一種であるから、担当権限のある者の印章であるか否かが争われれば、証明に困難がある場合もある(同定の問題)。 ④ 銀行印 取引銀行に届け出た印章のことであり、銀行と取引をする際に必要となる。預金の払戻し、手形小切手の振出しは、この印章で行わないと支払ってもらえない。 要は、銀行がこの印章の印影で本人の同定をしているからである。 上記より、銀行印は代表者印とほぼ同等の重要性を有しており、保管等についても代表者印と同等の注意を払うべきである。 その重要性から悪用されては危険であるので、特段の必要性もないのであれば危険を2倍にすることもなく、代表者印を銀行印として届け出て兼用している会社も多い。 (了)
〔税理士・会計士が知っておくべき〕 情報システムと情報セキュリティ 【第9回】 「ERP(統合型システム)入門」 公認会計士・税理士 小田 恭彦 はじめに 会計システムを含む業務システムのスタイルの一つとして、『ERP』がある。 ERPという言葉自体はかなり定着してきたが、具体的な内容については統一的な定義がされていないのが現状である。 そこで今回は、ERP(統合型システム)について考えたい。 ERPとは ERPとは、“Enterprise Resource Planning”の略であり、直訳すれば、「企業資源計画」である。 そもそもERPとは何なのか? あるWebサイトでは、以下のように定義されている。 (IT用語辞典 e-Words より引用) 筆者も上記定義と同じ理解をしている。つまり、ERPという言葉自体は手法や概念であるが、一般的には「ERP=統合型業務パッケージシステム」という理解である。 ERPの歴史 日本にERP(=統合型業務パッケージ。以下同じ)が導入され始めたのは、1990年代である。 ちょうどオフコンの時代からパソコンを使ったクライアントサーバ型の時代へ移行していく時期と重なり、日本の大企業による欧米製ERPの導入が始まった。それを追うように、国内の各メーカーから日本製のERP製品も発売されるようになった。 2000年代に入ると欧米製品を中心に製品の統合や淘汰が行われるようになり、現在のERPは成熟と定着の時期を迎えていると思われる。 ERPの特徴(要素) 上述のように、ERPとは統合型業務パッケージであり、その要素としては、以下の3つに分解できると考えられる。 以下、それぞれについて考えてみたい。 (1) 業務システムである 「業務システム」とは、一般的な企業の日々の業務活動、具体的には、販売業務、調達業務、生産業務、設備保全業務、会計業務、財務管理業務、人事管理業務、給与計算業務、資産・リース業務などの活動を支援するシステムであり、「業務系システム」と呼ぶこともある。 ERPの場合、これら業務の単品のシステムではなく、複数の業務が1つのシステムの中に組み込まれているシステムである。 組み込む業務領域に関する定義や範囲は明確ではなく、上述のすべてを1つのシステムの中に組み込んでいる製品もあれば、会計業務、財務(債権債務)管理業務、資産・リース業務の3つを1つのシステムに組み込んだものをERPとして販売している場合もある。 単体システムでない限りは、ERPという表現を使っている製品が多く見受けられる。 なお、これら1つ1つの業務に対応するシステムを「モジュール」と呼ぶことが多い。 (2) 統合型システムである 統合型システムの「統合」とは、以下の3点と考えられる。 「① データの統合」とは、各業務(モジュール)でのデータの連携・整合性が担保されていることをいう。 例えば、販売モジュールの売上データと会計システムの売上仕訳データの連携や整合性、固定資産モジュールの固定資産取得データと財務(債務)管理モジュールの債務データの連携・整合性などである。 「② マスタの統合」とは、ERPの各モジュールが使用するマスタ(顧客、仕入先、製品、部門、勘定、担当者など)について、すべてのモジュールがこれを共通する仕組みになっていることをいう。 例えば、販売モジュールの顧客コードと財務(債権)管理モジュールの売掛先コード、販売モジュールの自社担当者コードと人事モジュールの社員マスタなどである。 よってERPの中では、「マスタ二重管理」「マスタ同期管理」は考えなくてよい。 「③ システム管理の統合」とは、ERPを利用するユーザのID情報、権限範囲、履歴管理などがモジュール横断的に統合管理されていることをいう。 (3) パッケージシステムである 「パッケージシステム」とは、既製品であり、基本的には顧客固有ニーズに対するカスタマイズはしない(できない)システムである。 対義語としては、「フルスクラッチシステム」「個別開発システム」などといった表現があり、いわゆる顧客ニーズに合わせて個別専用開発したシステムのことをいう。 実際にはパッケージシステムであっても、部分的に顧客固有ニーズに合わせてカスタマイズを行うこともあり、スクラッチシステムと言いながら、過去に開発したモジュールの部分回収及び複数モジュールの統合によりシステムを組み上げる場合もある。 〈ERP(統合型システム)のイメージ〉 ERPのメリット ERP導入のメリットは多くあるが、そのうち主なものは以下の2点である。 (1) 企業データの蓄積 販売、購買、生産、財務など、企業のさまざまな業務活動に関する情報がERPという1つシステムに蓄積されるため、情報の集計や分析作業を柔軟かつ効率的に行うことができる。ERPにはこうした集計や分析を行うモジュールが組み込まれている場合も多い。冒頭に述べたERPの本来の意味である「企業資源計画」という概念が、このように統合型システムで実現されることになる。 (2) メンテナンスの効率化 ERPでは1つのシステムの中でデータの整合性(整合性チェック不要)、マスタ整合性(二重入力不要)、ユーザ一元管理(IDやパスワードの管理も1つでよい)など、システム管理に関する業務を効率的に行うことができる。 (了)
〔知っておきたいプロの視点〕 病院・医院の経営改善 ─ポイントはここだ!─ 【第21回】 「未来の成長のために 今なすべきこと」 東京医科歯科大学医学部附属病院 特任講師 井上 貴裕 1 ダイエットでは輝けない 2010年度診療報酬改定以降、大規模病院を中心とした経営状況は大幅に改善されている。 しかし、主に中小規模の病院については、経営が相変わらず厳しいところも少なくないのが現実である。 厳しい経営状況を乗り切るために、多くの病院では経営の改善に、懸命に取り組んでいる。 改善こそが経営であると捉える経営者も少なくない。 改善にも大きく分けて2パターンある。 1つは医療と直接関わらない改善であり、例えば清掃委託費等の低減など、事務の力によって実現するものである。 これらは質を落とさない範囲でスリム化することが必要である。 もう1つは医療と直接関わる改善であり、例えば人件費や医薬品費の低減等など、効果は比較的見込めるが実現が難しいものである。 病院では、人件費及び医薬品材料費のウェイトが高い。そこで、ここにメスを入れようとする経営者は少なくなく、短期的な経済性の改善だけを考えれば最も効果的であるとも考えられる。 しかし、人件費を削減することは人を減らすことにつながり、「人材が支える」医療機関の存在価値が低くなる可能性も高い。設備などの構造だけがあっても、医療提供を行うことはできない。 また、医薬品材料費に関しても、医薬品の適正使用の推進は大切なことである。 しかし、経営層からの医薬品の使用に関する過度な介入は、現場の医師のモチベーションを下げることも少なくない。 つまり、ダイエットをしても医療機関が良くなることは難しく、その場凌ぎの対処療法にしかならない。 過度なダイエットは、リバウンドにつながることも多いのである。 2 何をすれば輝けるか 医療機関がその存在を輝かせるためには、地域の中で特色のある差別的な立ち位置を築く必要がある。つまり、自院のポジショニングを明確化することである。 地域の中で存在感のある医療機関は必ず存続し、成長できる潜在能力を有している。 地域の競争状況等の医療提供体制によっても異なるが、差別的なポジショニングを構築するためには、「何をしないか」を明確化することである。つまり、限られた医療資源を分散させるのではなく、集約化し、突出した領域を創ることが求められている。 ポジショニングは、地域内における立ち位置であり、これが大切であることは誰でも容易に理解できるはずである。 しかし、差別的なポジショニングは、“掛け声”だけで築くことはできない。 医療は患者の命を預かるものであり、質が高くなければ自院が行きたい方向にたどり着くことはできない。 今日、DPCデータなどで地域の医療提供状況を可視化することは容易にできる。 病院全体だけでなく、診療領域別に戦略を策定することが期待される(下図参照)。 外傷のポジショニング 西部医療圏 3 「医療機関を経営する」ということ 医療機関の経営というと、お金儲けを意味し、収支の改善をすることであると捉えられることもある。 もちろん無駄は省くべきであるし、経済性の改善が重要であることを否定することはできない。 経済性の改善は医療機関の目的ではないが、存在するための最低条件といえる。 しかし、医療機関の経営者に求められることは、医療の質を高めるための積極的な取組みをすることであると、筆者は考えている。 その質を高めるためには、優秀な医師等のスタッフを採用してくればいいと多くの方は考えるであろう。 もちろん、優秀なスタッフは必要不可欠であるし、採用できるならばそれに越したことはない。 しかし、限られた医療資源の中で、いかに結果を出すかを最優先にして考える方が現実的であろう。 そのためには、診療プロセスへ介入しなければならない。 「診療プロセスへの介入」とは、医師の行動を制約するものではなく、医師やその他のスタッフと共に、客観的なデータをもとに、質の向上へ向けて議論をすることを意味する。 例えば、脳梗塞で緊急入院した患者の予後を良くするためには、早期のリハビリテーションが有効である。自院のリハビリテーションの実施状況を可視化し、その改善に向けてスタッフ一丸となって取り組むのである。さらに、質を高めるためには、スタッフが働く仕組みを再構築することが求められる。 やるべきことはわかっているのに、自院の様々な制約により理想の医療が提供できないことが多い。その制約条件を取り除き、皆が患者と向き合える仕組みを創ることが大切である。 とは言っても、今までと同じ給料しかもらえないのに、唐突に行動変容を求められても困惑するスタッフも多いことだろう。 このため、モチベーションを高めるためのあらゆる取組みを行い、職員の成長を促すことも必要である。 医療職は患者と向き合うために生きている。命の尊さを経営陣が強調し、その命を預かるにふさわしい人材となれるよう教育研修体制を充実させることが求められる。 4 未来の成長のために 医療機関の経営は、誰が中心となって担うべきであろうか。 医療機関は地域社会を支える基盤であり、決して誰かのものではない。医療機関の付加価値を最大化でき、医療の質を高められる者こそが経営を預かるべきであろう。それは医師であるかもしれないし、その他の職種かもしれない。法律上の制約は別問題とすれば、経営者にはあらゆる職種がなれる可能性がある。 しかし、医療機関の経営者になるためには、医療について一定の知識がなければならないし、経営戦略や財務に関する知見も兼ね備えていることが求められる。医療のことがわからなければ、医療職と共通言語での円滑なコミュニケーションが図れない。それでは質の向上に共に取り組むことはできない。また、経営に関する知見がなければ、部分最適を志向してしまい、全体最適のマネジメントが実現困難になる可能性が高い。 そうは言っても、この両方を兼ね備えた人材を見つけることは難しい。 ただし、難しいからといって育てようとしなければ、未来を担う人材は存在しえない。まずは中核人材を本気になって育てることである。 未来の大いなる成長の芽を枯らしてしまわないために。 (了)
顧問先の経理財務部門の “偏差値”が分かる スコアリングモデル 【第24回】 「原価管理のKPI (その② 目標コスト改定)」 株式会社スタンダード機構 代表取締役 島 紀彦 はじめに 今回は、原価管理を構成する複数のKPIから、「目標コスト改定」のサービスレベルを評価するKPIを取り上げる。 原価管理は、製品・商品・サービス1単位あたりの原価標準となる目標コストを設定し、目標コストと実際に発生したコストを比較して原価差異の要因を分析し、実際のコストを目標コストの範囲に抑える活動であるが、その原価管理を有効に行うためには、目標コストが生産販売実態に即して設定されることが求められる。 そこで、今回は、原価管理の目的を達成するために目標コストの適切性を担保する業務プロセスのサービスレベルを評価するKPIを取り上げる。 KPIが設定された業務プロセスの確認 まず、経済産業省スタンダードで整理された業務プロセスを引用しながら、このKPIに対応する業務プロセスを押さえておこう。 経済産業省スタンダードでは、原価管理において、会社が担う一般的な機能として、「予算策定」と「実績管理」を挙げている。 「予算策定」は、原価予算策定という機能で構成される。 また「実績管理」は、実績原価算定と実績原価分析という機能で構成される。 今回解説するKPIは、「原価予算策定」と「実績原価分析」に関連する業務プロセスにおいて設定されている。 〈経済産業省スタンダード:原価管理で会社が担う機能〉 (経済産業省「経理・財務サービス スキルスタンダード」より) さらに、経済産業省スタンダードでは、「原価予算策定」と「実績原価分析」に関連する業務プロセスを次のようにまとめている。 〈経済産業省スタンダード:6.1.1参考データ提供〉 〈経済産業省スタンダード:6.1.2製造原価予算検証〉 〈経済産業省スタンダード:6.3.1報告書作成〉 (経済産業省「経理・財務サービス スキルスタンダード」より) 「原価予算策定」は、原価予算策定に必要な参考データを提供する業務プロセスと策定した原価予算の実現可能性を検討する製造原価予算検証という2個の業務プロセスに分かれるが、その概要は、前回既に述べたとおりである。 「実績原価分析」は、原価予算に対応した実績原価データを収集し、予算原価と実績原価の差異の原因を分析する。材料費であれば価格差異、数量差異、配賦差異、労務費であれば賃率差異、作業時間差異、製造間接費であれば操業度差異、能率差異等に分析する。 この過程で、あらかじめ設定した原価標準の前提となる原価要素が、生産販売の基本条件や実態から乖離していることが判明すれば、原価標準を見直すことが求められる。 今回のKPIは、原価管理の目的達成のためには、実績原価分析の結果を原価予算策定に反映し、目標コストを会社の生産販売実態に対応させることが重要である点に着目し、定期的に目標コストの改定を検討する頻度を問うものである。 定義を理解する 調査項目の文言から、KPIの定義を確認しよう。以下、KPIの項目を再掲する。 「目標コストの改定」とは、採用する原価計算制度を問わず、予定価格、予定作業能率、予定操業度等に基づきあらかじめ設定した製品・商品・サービス1単位あたりの原価標準を見直すことをさす。 通常、目標コストと実際コストを比較した原価差異の原因となる材料価格の差異、材料消費量の差異、賃率の差異、作業時間の差異、それらと不可分の関係にある予算差異、操業度差異、能率差異の分析を通じて行われる。 そして、会社が良好な能率に基づいてそれらの差異を解消することが期待できればコスト低減活動を継続するが、そのような期待がおぼつかなければ、あらかじめ設定した原価標準の前提となる原価要素が、生産販売の基本条件や実態から乖離している可能性があるため、原価標準を見直すことが求められる。 「改定を検討する頻度」とは、改定の要否を検討する頻度をさし、実際に改定した頻度ではない。 すなわち、実際に目標コストを改定するか否かの判断は、内外事業環境に左右されるので、目標コストを定期的に改定すること自体を評価基準にすることはできない。むしろ、目標コストが内外事業環境から乖離しないように、定期的に改定の要否を検討することが重要であると考えられる。 KPIの背景にある価値判断 スコアリングモデルにおいて、このKPIを設定したのはなぜか。 このKPIは、適正な原価管理と業績評価を行うため、定期的に、内外事業環境に関する情報を考慮し、目標とする原価標準の改定を検討することが望ましいという価値判断に基づいて設定されている。 そもそも、原価標準は、一定の内外事業環境の前提に基づく正常な原価の発生額を表す点で、見積の要素が含まれているから、前提が変わり見積の誤りが明白になった場合、早急により確からしい前提に基づいて原価標準を変更しなければ、意味のある原価管理に利用できない。 そして、原価標準が目標コストとして設定された場合、目標コストは、コスト低減に向けた具体的行動の指針となるだけでなく、より厳格な業績評価基準として採用されることもある。目標コストと実際コストを比較した原価差異が異常原因を除去した通常のシナリオで説明できない程度に大きく、目標としての合理性に欠ける場合は、責任会計の観点から、目標コスト自体の改定が求められる。 また、上場企業等で適用が検討されている国際財務報告基準(IFRS)を採用した場合、棚卸資産の原価の測定技法として簡便法である標準原価を適用するためには、その適用結果が実際原価と近似していることが求められる。 これは、多額の原価差異を勘定科目別に売上原価と棚卸資産に配賦して解決すればよいという考え方でなく、実際原価に近似した標準原価の設定を担保することにより、棚卸資産の公正価値の変動を適正に管理する必要性を意味する。 もし会社の中で、このようなKPIを設定した価値判断が共有されず、目標コストの改定の要否を定期的に検討していない場合、どのような事態が想定されるのか。 財務諸表を作成する財務会計の観点からは、原価差異が多額になるため、実態と乖離した配賦の余地が大きくなり、売上原価と棚卸資産の金額が歪む可能性があるだろう。 コストを低減する原価管理の観点からは、会社が良好な能率を前提にしても原価差異を解消することが期待できないにもかかわらず、非現実的な目標を課されたコスト低減活動が際限なく続くことによって、従業員は疲弊し、改善に対する意欲の低下を招くだろう。 顧問先のKPIを測定してみる では、実際にどのような手続でKPIを測定するのか。 まず、読者は、顧問先の経理財務業務を観察し、原価予算策定と実績原価分析の業務プロセスが組み込まれていることを確認していただきたい。 例えば、経理規程、管理対象部門の予算を閲覧し、当年度の原価標準が設定されていること、原価標準の改定を検討する頻度の日数を確認していただきたい さて、読者の顧問先において、製品・商品・サービス1単位あたりの目標コストの改定を検討する頻度は何日になったであろうか。 * * * 次回は、「原価管理」を構成する複数のKPIから、「原価差異分析」に関連する業務プロセスを評価するKPIを取り上げる。 (了)
《速報解説》 「監査基準の改訂について(公開草案)」の解説 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成25年11月19日、企業会計審議会監査部会は「監査基準の改訂について(公開草案)」を公表した。 公開草案は、特定の利用者のニーズを満たすべく特別の利用目的に適合した会計の基準に準拠して作成された財務諸表に対して、監査という形で信頼性の担保を求める要請に応えたものであり、従来の適正性に関する意見の表明の形式に加えて、準拠性に関する意見の表明の形式を監査基準に導入するものである。 意見募集期間は平成25年12月19日までである。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な改正事項 1 現行監査基準における監査の目的 現行監査基準における監査の目的は、経営者の作成した財務諸表が、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠して、企業の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況をすべての重要な点において適正に表示しているかどうかについて、監査人が自ら入手した監査証拠に基づいて判断した結果を意見として表明することである。 主なポイントは次の点である。 2 公開草案で示された特別目的の財務諸表と準拠性に関する意見 公開草案では、特別目的の財務諸表と準拠性に関する意見の表明について述べられている。 特別目的の財務諸表とは、次のような性質をもつ財務諸表である。 準拠性に関する意見とは、上記のような場合に、適正性に関する意見と同程度の保証水準を維持しつつも、その保証範囲等が異なることを踏まえ、財務諸表が当該財務諸表の作成に当たって適用された会計の基準に準拠して作成されているかどうかについて意見を表明するものである。 国際監査基準では、財務諸表の利用者のニーズに応じて、一般目的の財務諸表と特別目的の財務諸表という財務報告の枠組みが分類され、適正性に関する意見と準拠性に関する意見とのいずれかが表明されることが規定されている。 Ⅱ 適用時期等 改訂監査基準は、平成26年4月1日以降に発行する監査報告書から適用することが予定されている。 (了)
《速報解説》 連結財務諸表規則等の改正に関する 公開草案(企業結合関係)の解説 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成25年11月18日、金融庁は、「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則等の一部を改正する内閣府令(案)」等を公表した。 公開草案は、平成25年9月13日に改正された「企業結合に関する会計基準」(企業会計基準第21号)及び「企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針」(企業会計基準適用指針第10号)等を踏まえたものである。 財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則、連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則、財務諸表等の監査証明に関する内閣府令、関連するガイドラインなど広範囲な改正が予定されている。 意見募集期間は平成25年12月18日までである。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な改正内容 1 連結財務諸表規則関係 連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則の一部改正(案)では、主な改正事項として次のものが予定されている。 2 適用時期等 ●平成27年4月1日以後に開始する事業年度に係る財務諸表及び同日以後に開始する中間会計期間に係る中間財務諸表並びに同日以後に開始する事業年度に属する四半期累計期間及び四半期会計期間(以下「四半期累計期間等」という)に係る四半期財務諸表について適用する。 ただし、平成26年4月1日以後に開始する事業年度に係る財務諸表及び同日以後に開始する中間会計期間に係る中間財務諸表並びに同日以後に開始する事業年度に属する四半期累計期間等に係る四半期財務諸表について適用できる。 ●平成27年4月1日以後に開始する連結会計年度に係る連結財務諸表及び同日以後に開始する中間連結会計期間に係る中間連結財務諸表並びに同日以後に開始する連結会計年度に属する四半期連結累計期間及び四半期連結会計期間(以下「四半期連結累計期間等」という)に係る四半期連結財務諸表について適用する。 ただし、表示に係る事項(連結財務諸表規則2条、42条など)を除いては、平成26年4月1日以後に開始する連結会計年度に係る連結財務諸表及び同日以後に開始する中間連結会計期間に係る中間連結財務諸表並びに同日以後に開始する連結会計年度に属する四半期連結累計期間等に係る四半期連結財務諸表について適用できる。 (了)
《速報解説》 消費税転嫁対策特別措置法に関する調査 (公正取引委員会・中小企業庁)の概要と対応について 弁護士 大東 泰雄 平成25年11月1日、公正取引委員会(以下「公取委」という)と中小企業庁は、それぞれ、多数の企業等に対し、消費税の円滑かつ適正な転嫁の確保のための消費税の転嫁を阻害する行為の是正等に関する特別措置法(以下「消費税転嫁対策特別措置法」という)が禁止する消費税の転嫁拒否等の行為の有無に関する調査票(以下あわせて「本調査票」という)を一斉に発した。 なお、消費税転嫁対策特別措置法については、拙稿「『消費税転嫁対策特措法』を理解するポイント」(本誌No.25掲載)及び拙著(共著)『Q&A改正消費税の経過措置と転嫁・価格表示の実務』(清文社)を参照されたい。 1 本調査票の概要 公取委の本調査票は「消費税の転嫁拒否等の行為の有無についての調査」、中小企業庁の本調査票は「消費税の転嫁拒否等に関する調査について」と題し、設問の組み立てや書式は異なっているが、いずれも、おおよそ以下のようなものである。 2 本調査への対応 (1) 本調査票の受領への対応 本調査票は、全国の事業者から無作為に抽出して送付されたものであるため、本調査票が送付されてきたこと自体について、心配する必要はない。 しかし、本調査の目的は、中小企業庁の調査書に、 と明記されているとおり、当局が、転嫁拒否等の行為を把握し、本格的な調査を行うための端緒とすることにある。 したがって、公取委及び中小企業庁は、本調査票に対する回答を分析した後、転嫁拒否等の行為について本格的な取締りを開始するものと思われる。 (2) 報告(回答)の検討 本調査票の特徴的な点は、特定供給事業者(売り手)の立場における回答のみを求めるものであり、特定事業者(買い手)の立場からの回答を求めるものではないということである。 そこで、本調査票は企業等に対し回答を義務づけるものではないものの、取引先から転嫁拒否等の行為を受けている場合には、本調査票への回答が当局の調査の端緒となる可能性もあるため、積極的に回答すべきである。 また、取引上優位な地位に立ちやすい大企業であっても、物やサービスを販売する場面では「特定供給事業者」に当たる可能性があるため、報告を検討すべきであろう。 なお、消費税転嫁対策特別措置法は、特定事業者が転嫁拒否等の行為を行っていることを公取委等に知らせたことを理由に、取引の数量を減らしたり、取引を停止したりするなど不利益な取扱いをすること(報復行為)を厳しく禁止しているから(消費税転嫁対策特別措置法3条4号)、「特定事業者」による報復を恐れるべきではない。 (3) 下請法に基づく書面調査との関連 公取委は、平成25年11月8日付けで、下請法に基づき、下請事業者に対する書面調査(マークシート方式のもの)を行っており、消費税転嫁対策特別措置法に関する上記調査票とほぼ同時期に受領した企業も多いと考えられるが、これら2つの調査は、相互に緩やかな関連性はあるものの、別の法律に基づく別の調査であるため、双方に対する回答を検討することが必要である。 (了)
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第9回】 「武富士事件(その3)」 ~租税回避の意図と「住所」の認定~ 国士舘大学法学部教授・法学博士 酒井 克彦 1 検討―承前 以上のように、納税者Xの主張を認めた最高裁判決は、住所判断において「居住意思」を重視しない態度をとる。すなわち、最高裁は、いかなる理由によって作出された外形であっても、それが客観的判断基準を表わしている限り、それに従うという態度を表明しているとみることができる。 そして、このような態度が、「租税回避の意図」によって操作され得る滞在日数の多寡を住所の判断基準とすることを否定しないという結論にも結び付いているようである。 この点が、東京高裁が客観的事実に加えて客観的に認識可能な居住意思をも併せて判断すべきとしている点との大きな差異であるといえよう。 最高裁が判断の参考とした判例は、 であり、東京高裁が判断の参考としたのは、①と③のほか、 であった。 ところで、東京高裁が引用しなかった②は公職選挙法上の「住所」が争点となった事例であるが、最高裁はどのように住所について説示しているのであろうか。 ②の最高裁は、 としている。 すなわち、住所の認定に当たっては、居住意思だけでは判断せずに、客観的な実体があることが必要であるとしているのである。このような考え方は、本件の東京高裁の判断と抵触するものではない。したがって、②の判例が東京高裁と最高裁の判断を分けたとみることは難しいように思われる。 では、東京高裁が参考としながら、最高裁が参考としなかった④の判例はどうであろうか。 ④の最高裁は、 としている。 この判例は、「住所」を認定するに当たっては、客観的事実のみに従うべきものではないとする考え方を明らかにしているのである。本件の最高裁は、この④の判例を東京高裁が引用しているのにもかかわらず、これについては何も触れていないのである。 2 主観を「住所」認定に持ち込むべきか? 従来から、民法上の「住所」概念の理解に当たっては、主観説と客観説との対立があった。 この客観説と主観説の対立に関しては、住所認定において「居住意思」を客観的にみて合理的な意思というように捉えるのであれば、主観説と客観説との差異はほとんど消失するといえる。この点から判示したのが、東京高裁だったのではないかと思われる。 すなわち、主観というのは当事者の内在的な心の問題であるから、これに基づいて判断をすることは困難であるため、「客観的に認識可能な居住意思」によって判断をすべきとするのが同高裁の考え方であったのだ。 しかしながら、最高裁は、このような「客観的に認識可能な居住意思」を住所の認定に当たって斟酌しないとする態度に出たものと思われる。定住の事実のみで原則として住所を認定しようとする客観説の立場に立っているとみることができそうである。 この点については、例えば、民法学者の石田喜久夫教授が、 と論じられるところである(石田『新版注釈民法(1)』336頁(有斐閣,1988))。 さて、本件の事例において、客観的にXの意思を認定できたのであろうか。 この点は、最高裁判決の裁判長である須藤正彦裁判官自身の補足意見をみれば、Xが「租税回避」の意思をもって住所を香港に移転させようとした事例であると位置付けていることが判然とする。 すなわち、須藤裁判長は、 とし、さらにXについて、 と論じるのである。 つまり、本件において、Xは租税回避を目的として、香港に暫定的に滞在しただけのものであり、香港に定住する意思や永続的に居住する意思はなかったと最高裁は認定していた事例であるとみることができよう。 そうであるとすれば、そのような意思が明確に認定されている中にあって、それでも、客観的な居住実体のみを前提とした判断を下したとすれば、上記④の判例の考え、すなわち、「客観的施設の有無によってのみ」判断すべきでないとする説示に抵触し得る判断であったようにも思われるのである。 一般的に客観説が重視されるのは、主観を明らかにすることが困難であるからであって、本件事案は「定住する意思はないと言い放つ者」との認定があるわけではないが、少なくとも、最高裁の裁判長が「暫定的に滞在しただけ」と位置付けている事案である。この点は軽視されるべきではないように思われる。 3 租税回避は「住所」認定に影響を与えるか? 上記須藤裁判長は、補足意見において、 とする。 この補足意見はどのように理解すべきであろうか。 ここでなぜ、贈与税回避スキームに対する一般的な法感情の問題を持ち出す必要があるのか疑問である。 すなわち、租税回避に対する「けしからん罪」などないのであるから、かような説示は意味をなさない。ましてや、「国内での無数の消費者を相手方とする金銭消費貸借契約上の利息収入によって稼得した巨額な富の化体」などを説示する必要性はさらに分からない。このくだりは、本質をぼやかす意味しか持ち合わせていないのではなかろうか。 租税法律主義の見地から議論するべきであるのは当然である。問題は、租税法律主義の見地からみた場合に、果たして、「住所」をいかに理解し、いかに解釈するかという場面で、租税回避の意図が「住所」の認定に何か影響を与えるのかという点につきる。 再三述べるが、これは租税回避を否認すべきか否かを論じる場面ではない。したがって、須藤裁判長の言うような「個別否認規定がないにもかかわらず、この租税回避スキームを否認することには、やはり大きな困難を覚えざるを得ない。」という問題ではないのである。 このことは、例えば、越境入学目的のために住所を暫定的に移転させたケースにおいても同様の議論があるはずである。 これは、越境入学を排除する個別否認規定がない限り、越境入学のために暫定的に家族が居住の地を子息の学区内に移転したとしても、本当にそこを生活の本拠と認定していいのかどうかという問題であり、そこでは、越境入学がけしからんかそうではないかが問われているわけではないのである。 このように、本質的な問題は、租税回避であるか否かにあるのではなく、「国外に暫定的に滞在しただけ」の租税回避目的の滞在であるのにもかかわらず、その認定された意思(租税回避という意思)を全く排除して「住所」認定をすることの是非である。 租税法律主義によるのであるから、「住所」認定において客観的に明らかとなっている意思を排除するのは当然という表現では説明をしたことにはならないはずである。「住所」認定において、客観的主観をも客観的事実に合わせて判断すべきか、あるいは、客観的に認定された主観を排除すべきかは、「租税法律主義」を根拠として説明するものでないことは明白である。 ましていわんや、裁判長が、 と述べていることは、繰り返しになるが、本質をぼやかす以上の意味を有してはいないのではないかと思わずにいられないのである。 そうであるにもかかわらず、最高裁は、 としているのであって、この点についての疑問は残されたままであるといえよう。 (了)
〈平成25年分〉 おさえておきたい 年末調整のポイント 【第4回】 「復興特別所得税(その2)」 ~年末調整の手順と設例~ 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 前回は復興特別所得税の基礎的事項について確認したが、第4回目は復興特別所得税の年末調整実務について解説を行う。 1 平成25年分の年末調整 所得税法第190条(年末調整)に規定する給与等の支払者は、同条に規定する居住者(「給与所得者の扶養控除等申告書」を提出したもので、その年中に支払うべきことが確定した給与等の金額が2,000万円以下であるもの)に対し、その年の最後に支払う給与等について、所得税と復興特別所得税を併せたところで年末調整を行わなければならない(復興財確法30①)。 具体的には、毎月の給与や賞与から源泉徴収した所得税及び復興特別所得税の額と、所得税法第190条第2号に掲げる税額(*1)及び当該税額に2.1/100を乗じて計算した復興特別所得税の額の合計額(*2)とを比較して、過不足があるときには、次の①又は②の方法で税額の精算を行う。 (*1) 年末調整で住宅借入金等特別控除の適用を受ける場合には、特別控除適用後の税額。 (*2) 合計額に100円未満の端数があるときは端数金額を切り捨てた金額、その合計額が100円未満のときはその全額を切り捨てた金額。 年末調整の基本的な流れは平成24年分までと同じであり、復興特別所得税が関係する部分に対してのみ注意が必要となる。 2 源泉徴収簿「年末調整欄」の様式 平成25年分から所得税と復興特別所得税を併せたところで年末調整を行うことになったため、所得税源泉徴収簿の「年末調整」欄の一部が変更されている(下線部分が変更点)。 〈平成24年分〉 〈平成25年分〉 次の表の下線部分が変更された部分である。また、平成24年分の「23」欄から「29」欄は、平成25年分の「24」欄から「30」欄に1行ずつ下がっているが、そのまま対応している。 所得税と復興特別所得税を併せて年末調整するときのポイントは、まず年末調整後の所得税の額を算出し、その金額に2.1%の復興特別所得税を上乗せすることにより、復興特別所得税を含めた年末調整後の税額を算出する点にある。 3 設例 設例に基づいて算出される平成25年分の年調年税額(年末調整後の所得税及び復興特別所得税の額の合計額)と源泉徴収簿「年末調整」欄への記入例は次の通りである。 4 源泉徴収票 平成25年分の源泉徴収票の様式は、平成24年分のものと同じである。 「源泉徴収税額」欄に、源泉徴収した(年末調整済みの)所得税及び復興特別所得税の額の合計額を記入すればよい。 3の設例に基づいて源泉徴収票を作成すると、次の通りである。 ◆ ◆ ◆ 次回(最終回)は、年末調整について実務で質問を受けることが多い事項、判断に迷う事項を取り上げ、解説を行う予定である。 (了)
居住用財産の譲渡所得 3,000万円特別控除 [一問一答] 【第6問】 「共有土地上に2棟の家屋がある場合」 -居住用財産の範囲- 税理士 大久保 昭佳 Q 下図のような所有関係にあるX及びYの家屋と土地を一括して譲渡しました。 なお、X及びY所有の家屋の敷地使用割合は、土地全体の各々1/2です。 この場合、X及びYの「3,000万円特別控除(措法35)」に係る適用関係はどのようになるのでしょうか? A X及びYは共に、それぞれの所有する家屋及び土地(全体の1/2)のすべてについて「3,000万円特別控除」の特例の適用を受けることができる。 〈解説〉 土地の持分に相当する部分の土地(その家屋の敷地の範囲内に限る)は、すべて「居住用財産」の範囲内であると考えられる。 なお、家屋の敷地の範囲の判定については措通31の3-12(居住用家屋の敷地の判定)で取り扱われており、 こととされている。 (了)