組織再編・資本等取引に関する最近の裁判例・裁決例について 【第1回】 「みなし共同事業要件の濫用(東京地裁平成26年3月18日判決)①」 公認会計士 佐藤 信祐 1 みなし共同事業要件の濫用(東京地裁平成26年3月18日判決) (1) 判決の概要 新聞報道で有名であるため、その概要を知っている読者も少なくないと思われるが、法人税法132条の2に規定する包括的租税回避防止規定についての最初の裁判例である。 実際に包括的租税回避防止規定が適用されたものとしては、パチンコ店約40グループが適格現物出資を繰り返した行為について租税回避行為として否認された事例(※1)が存在するが、この事例は裁判において争われていないため、今のところ、唯一存在する裁判例が東京地裁平成26年3月18日判決である。 (※1) 平成24年2月12日、読売新聞朝刊 包括的租税回避防止規定の射程範囲として、法人税法132条の射程範囲である「取引が経済的取引として不合理・不自然である場合」だけでなく、「組織再編成に係る行為の一部が、組織再編成に係る個別規定の要件を形式的には充足し、当該行為を含む一連の組織再編成に係る税負担を減少させる効果を有するものの、当該効果を容認することが組織再編税制の趣旨・目的又は当該個別規定の趣旨・目的に反することが明らかであるものも含む」として、買収の2ヶ月前に副社長を送り込んだ行為について、包括的租税回避防止規定の適用対象とすることにより、繰越欠損金の引継ぎを認めなかった更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を適法と判断した。 原告はこれを不服として、東京高裁に控訴を行っている(※2)。 (※2) 新日本法規「検証ヤフー・IDCF事件」T&Amaster 542号4頁 なお、本事件においては、別途、非適格分割により設立された子会社が計上した資産調整勘定についても包括的租税回避防止規定が争われており、同日に原告の子会社が敗訴しているが、本連載において、いずれ解説する予定である。 (2) 事実の概要 原告(以下、「A社」という)の議決権のうち、B社が約42.1%を保有しており、当該B社からC社を買収し、その後、合併を行うことにより繰越欠損金の引継ぎを行っている。なお、当該買収に先立ち、C社は会社分割によりF社を設立し、当該F社もA社が買収を行っている。本件会社分割は非適格分割に該当することから、F社において資産調整勘定が計上されているが、当該資産調整勘定の計上についても別訴において争われている。 本件買収、合併におけるスケジュールは以下の通りである。 本件合併当時、丙氏は、A社の代表取締役でもあるが、B社の取締役でもあった。 (3) 主たる争点 ① 法人税法132条の2の意義【争点1】 (ⅰ) 法132条の2にいう「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」(不当性要件)の解釈について (ⅱ) 「その法人の行為又は計算」の意義について ② 法人税法施行令112条7項5号の要件を充足する本件副社長就任について、法132条の2の規定に基づき否認することができるか否か【争点2】 ③ 本件更正処分に理由付記の不備があるか否か【争点3】 (4) 本事件における特徴 法人税法上、合併を行った場合において、税制適格要件を満たしたときは、被合併法人の繰越欠損金を合併法人に引き継ぐことが可能である(法法57②)。しかしながら、例えば、本事件のような100%子会社との合併については、合併の直前において、合併法人と被合併法人との間に完全支配関係が成立していれば税制適格要件を満たすことができることから(法令4の3②一、当時の政令では法令4の2②一)、繰越欠損金を有する法人を買収した後に合併を行うような租税回避が考えられるため、特定資本関係(現行法では「支配関係」に名称変更)が生じてから5年を経過しない適格合併については、みなし共同事業要件を満たさない限り、繰越欠損金の引継制限が課されることとなった(※3)(法法57③)。 (※3) 朝長英樹(2001)『企業組織再編成に係る税制についての講演録集』日本税制研究協会94頁 この場合のみなし共同事業要件であるが、以下の①から④の要件を満たすか、①及び⑤の要件を満たした場合に充足することとされている(※4)(法令112③、当時の政令では法令112⑦)。 (※4) 佐藤信祐(2010)『組織再編における繰越欠損金の税務詳解(第3版)』中央経済社、稲見誠一・佐藤信祐(2012)『実務詳解組織再編・資本等取引の税務Q&A』中央経済社においては、事業関連性要件、規模要件、規模継続要件、経営参画要件と表記したが、本稿においては判決文における表現に合わせるものとする。 この場合における特定役員引継要件であるが、特定資本関係発生日以後に特定役員を入れ替えることにより形式的に本要件を満たすような行為については制度趣旨に反することから、特定資本関係発生日前に役員であった者に限定することとしている。 本事件においては、特定資本関係発生日前に合併法人の特定役員を被合併法人の特定役員として送り込むことにより、形式的に特定役員引継要件を満たしており、これに対して、包括的租税回避防止規定が適用された事案である。 奇しくも、本事件は、「組織再編における繰越欠損金の税務詳解(佐藤信祐、中央経済社)」の93-94頁(※5)に記載させていただいた内容に類似したものであり、当時の解説として、 としたうえで、「送り込んだ特定役員がほとんど何もしていないような場合」には、事実認定により否認される可能性があると指摘させていただいた。 (※5) ここで紹介したのは初版(2007)であるが、第2版(2009)102頁、第3版(2010)105-106頁においても同様の記載をした。 事実、事業上の理由で特定役員を送り込む事案は少なからず見受けられるものであり、結果的に法人税の負担が減少したとしても、事業目的の方が税目的よりも上位にあることから、制度の濫用とも言い難いため、控訴審、上告審において同様の判決となったとしても、判例の射程の範囲外にあり、包括的租税回避防止規定を適用すべき事案にはならないと考えられる。 しかしながら、本事件の特殊性としては、株式譲渡の提案から副社長就任、株式譲渡、合併までの一連の取引が極めて短期間で行われており、事業目的よりも税目的が上位にあるという疑義を抱かせる原因ともなっている。 次回以降は、それぞれの争点における被告、原告の主張についてそれぞれ解説し、本事件においてどのようなことが争われたのかについて分析を行っていく予定である。なお、【争点3】は形式的なものであるため、本連載においては【争点1】と【争点2】についてのみ分析を行うこととする。 (了)
中小法人の〈交際費課税〉 平成26年度改正のポイント 【第1回】 「改正のあらまし」 公認会計士・税理士 新名 貴則 はじめに 平成25年度税制改正に引き続き、平成26年度税制改正においても、消費税率の引上げに伴う景気後退を防ぐ施策として、交際費課税の見直しが行われた。 本連載では、この改正による中小法人への影響について解説するが、まず第1回目は、平成26年度税制改正における交際費課税の改正のあらましについて解説する。 1 平成26年度税制改正前の交際費課税 平成26年度税制改正前の交際費課税の概要は、次のとおりである。 (*1) 資本金1億円以下の法人(資本金5億円以上の大法人の完全子会社を除く) (*2) 平成25年4月1日から平成26年3月31日までの間に開始する事業年度 【平成26年度改正前の中小法人の特例のイメージ】 このように平成26年度税制改正前の交際費課税においては、資本金1億円超の大法人については、税務上の交際費等の損金算入は一切認められていなかった。 これに対して一定の中小法人については、特例として年間800万円までは全額損金算入が認められていたが、平成26年3月31日までに開始する事業年度までとされていた。 2 平成26年度税制改正における改正点 (1) 中小法人の特例の延長 平成26年度税制改正において、中小法人の特例(年間800万円まで全額損金算入)の期限が2年間延長された。つまり、平成28年3月31日までに開始する事業年度までは、中小法人の特例(年間800万円まで全額損金算入)が適用されることになった。 決算月が何月かによって異なるが、具体的には次の事業年度まで、税務上の交際費等を年間800万円まで全額損金に算入できることになる。 (2) 「接待飲食費の50%損金算入」制度の導入 平成26年度税制改正によって、接待の飲食のために支出した交際費等については、その50%を損金算入できることとされた。また、その損金算入額に上限は設定されていない。 この「接待飲食費の50%損金算入」の制度は、法人の規模等に関係なくすべての法人に認められた。したがって、平成26年度税制改正前は交際費等を一切損金算入できなかった大法人でも、接待飲食費に限っては50%を損金算入できることになった。 中小法人では、平成26年4月1日から平成28年3月31日までの間に開始する各事業年度においては、「中小法人の特例(年間800万円まで全額損金算入)」と「接待飲食費の50%損金算入」を選択適用できることになった。 ただし、あくまで税務上の交際費等の中でも「接待飲食のために」支出したものに限定されており、すべての交際費等の50%が損金算入されるわけではない。 また、接待飲食のための支出であっても、いわゆる社内接待費については、50%損金算入の対象とはならず、全額が損金不算入となる。 【接待飲食費の50%損金算入のイメージ】 3 接待飲食費とは 50%損金算入の対象となるのは、あくまで「接待飲食費」に限定されている。 接待飲食費とは、交際費等の中でも「飲食その他これに類する行為のために支出する費用」を意味する。具体的には、次のような費用を指す。 ここで注意が必要なのは、法人内部の役員や従業員を接待した場合の飲食代(いわゆる社内接待費)は「接待飲食費」には含まれないので、50%損金算入の対象にはならないということである。 ただし、親会社の役員や従業員などを接待した場合は、グループ法人内部の者であってもあくまで別法人に属する者であるため、その飲食代は「接待飲食費」に含まれ、50%損金算入の対象となる。 また、次のような費用もここでいう「接待飲食費」には含まれないので、注意が必要である。 * * * 次回はこの改正が中小法人の交際費に係る実務にどのような影響を与えるかを検討したい。 (了)
こんなときどうする? 復興特別所得税の実務Q&A 【第1回】 「復興特別所得税の納付もれへの対応」 税理士・社会保険労務士 上前 剛 当社は、平成25年11月にフリーのデザイナーにデザイン料の報酬10万円(税込)を支払う際、10.21%で源泉徴収するところ、復興特別所得税0.21%の源泉徴収を失念し、源泉所得税10%として1万円を源泉徴収し、9万円を振り込みました。源泉所得税1万円は、所定の納期限までに納付しました(図表1参照)。 図表1 源泉所得税1万円を納付した際の源泉所得税の納付書 先日納付もれに気づき、復興特別所得税を追加で納付することになったのですが、納付書の作成についてご教示ください。 納付書は、図表1と同じ「報酬・料金等の所得税徴収高計算書」を用いる。ただし、記載方法は図表1と異なる点があるので注意していただきたい。以下にポイントをまとめた。 図表2 復興特別所得税を追加で納付する際の源泉所得税の納付書 (了)
[個別対応方式及び一括比例配分方式の有利選択を中心とした] 95%ルール改正後の 消費税・仕入税額控除の実務 【第6回】 「「有利選択」のケーススタディ③ 固定資産に関する税額調整を要するケース」 国際医療福祉大学大学院准教授 税理士 安部 和彦 第4回・第5回に引き続き、個別対応方式・一括比例配分方式「有利選択」の実務と題して、ケーススタディ形式でいずれが有利か見ていくこととする。 本稿で取り上げるケーススタディは、固定資産に関する税額調整を要するケースである。 ア.通算課税売上割合の計算 イ.課税売上割合が著しく増加したかの判定 ウ.調整額 ◆本ケースの評価◆ 本件の場合、課税売上割合が著しく増加したケースに該当するため、平成27年3月期において追加で548,480円控除できることとなった。本件の場合、事業者が個別対応方式を採用し、調整対象固定資産を共通対応分に分類していたため、追加での税額控除が認められることとなった。 仮に、調整対象固定資産を課税売上のみ又は非課税売上のみに要するものに分類していた場合には、追加の税額控除は不可能となる。そのような場合であっても、一括比例配分方式を採用していれば追加の税額控除は可能となる。用途区分は決して恣意的に変更できるものではないため、課税売上割合が著しく増加することが見込まれる場合には、一括比例配分方式の採用も検討すべきということになるだろう。 * * * 次回は、「課税売上割合に準ずる割合」の実務について解説を行う。 (了)
まだある!消費税率引上げをめぐる実務のギモン 【第10回】 「申告書作成の際の留意点について」 アースタックス税理士法人 税理士 島添 浩 (監修) 税理士 吉田 知至(執筆) 第10回である今回は、施行日以後に終了する課税期間における申告書を作成する際の留意点について、以下の具体的な取扱いを確認する。 消費税率の引上げに伴い、次の申告書・付表の様式が変更されている。 上記のうち、特に付表1、付表2-(2)、付表4及び付表5-(2)については、従来は提出する機会が少なかったものと考えられるため、提出を失念しないよう注意されたい。 なお、施行日以後に終了する課税期間において、例えば、その課税期間中のすべての取引について8%の消費税率が適用される場合には、従来どおり確定申告書に付表2(簡易課税の場合は付表5)を添付して提出することになる。 【解 説】 今回のケースでは、確定申告書は次の手順で作成することとなる。 付表2-(2)は、課税売上割合の計算における課税売上額や課税仕入れに係る支払対価の額等を適用税率ごとに記載する。 したがって、課税売上割合の計算における課税売上額は、次のように計算することとなる。 同様に、仕入税額控除についても適用税率ごとに次のように計算する。 次に、付表1は確定申告書を適用税率ごとに計算するための計算表であり、課税標準額や消費税額、控除税額(控除対象仕入税額、返還等対価に係る税額、貸倒れに係る税額)等を税率ごとに記載し、集計した金額を確定申告書に転記する。 売上に係る対価の返還等に関する経過措置では、施行日の前日までに販売した商品について、施行日以後に返品を受け、値引き、割戻しを行った場合には、旧税率により税額控除を行うこととされている。 したがって、売上に係る対価の返還等を行う場合には、次のように販売を行った時期に応じて返還等対価に係る税額を計算する必要がある。 なお、例えば4月中に返品を受けた商品は3月中の販売に対応するものとして処理をしている場合など、合理的な方法により継続して返品等の処理を行っているときは、事業者が継続している方法により売上げに係る対価の返還等に係る消費税額を計算しても差し支えないこととされている。 返還等対価に係る税額と同様、貸倒れに係る税額についても、貸倒れの対象となった債権に係る課税資産の譲渡等の時期に応じて税率を適用する。 例えば、施行日前に行った課税資産の譲渡等に係る債権について、施行日以後に貸倒れの事実が生じた場合には、旧税率により貸倒れに係る消費税額の控除の計算を行う。 上記により計算した返還等対価に係る税額及び貸倒れに係る税額を付表1の⑤欄及び⑥欄に記載する。 【解 説】 今回のケースでは、確定申告書は次の手順で作成することとなる。 付表4は確定申告書を適用税率ごとに計算するための計算表であり、課税標準額や消費税額、控除税額(控除対象仕入税額、返還等対価に係る税額、貸倒れに係る税額)等を税率ごとに記載し、集計した金額を確定申告書に転記する。 なお、控除対象仕入税額については付表5-(2)において適用税率ごとに計算し、その金額を付表4の④欄に記載する。 【解 説】 今回の改正により、消費税率は6.3%に、地方消費税率は1.7%に引き上げられる。 (注1) 消費税額の25/100 (注2) 消費税額の17/63 消費税について旧税率と新税率が混在する場合には、地方消費税についても適用税率に応じて納税額を計算する必要があるため、次のように計算することとなる。 なお、この計算は付表1(簡易課税の場合には付表4)において行うことになる。 (了)
税務判例を読むための税法の学び方【35】 〔第5章〕法令用語 (その21) 立正大学法学部准教授 税理士 長島 弘 12 課する・科する(「処する」も含めて) 「課する」と「科する」は、いずれも「かする」と読むが、法令用語としては、明確に使い分けられている(なお、条文として「課す」「科す」という文言の場合もある)。 法令用語としては、「科する」は、懲役刑や罰金刑などの「刑罰」や秩序違反に対する制裁である「過料(次回に詳述する)」をかける場合に使われる。なお読みとしては「課する」と区別する意味で「トガする」と読むことがある。 なお、刑罰をかける場合に「処する」という法令用語を使う場合もあるが、「処する」は具体的な刑をかける場合(例えば、「〇〇年の懲役に処す」)に用いられるが、抽象的に刑罰がかけられることを表現する場合には「科する」を用いる。 一方、「課する」は、制裁的意味ではなく、租税や義務といった負担をかける場合に用いられる。 この点、消費生活協同組合法において「過怠金を課する」という文言がある。 このように払込み義務を怠った者に対して制裁的にかけるものなのであるから「科する」ではないかという疑念も生じようが、ここで注意すべきは「過怠金」の法的な性質である。 過怠金は、規約違反や義務の不履行などに対する懲戒として科される金銭罰ではあるが、組織や団体における自治的な取組みとして実施される制裁であって、この点罰金や過料と大きく異なるのである。 では次に、「課する」と「科する」の使用例を、国税通則法で見てみよう。 まず、一般的に「課税」という言葉からも、税が「課される」ものという点に異論はない。しかし、加算税(それも重加算税すらも)も税の一種として、刑罰や制裁とは区別されたものとして「課する」が使われるのである。 これと類似の使用例が、金融商品取引法や独占禁止法の課徴金である。 課徴金も制裁的意味合いでかけられるものであるが、罰金とは性格を異にするものとして、通常「課徴金を課する」というように表現される。「課徴金」が刑罰ではないこと、そしてその名称から「課」するものとされているが、実は条文上は「課徴金を命ずる」というように規定されており、「課する」とも「科する」ともされていない点は注意を要する。 これに対して「科する」は、129条にあるように、違反行為に対する罰金刑をかけるという場合に使われている。 なお、先の「処する」の使用例を、国税犯則取締法で見てみよう。 この場合には、具体的に刑罰の種類が罰金刑と定めているため、「処す」が使われている。しかし、それならば国税通則法129条の文言も、「処す」としても良いようにも思われる。 この点、実は曖昧である。 例えば、刑法においても「刑に処する」という表現で、具体的ではない場合もある(通常は「死刑に処す」というように具体的である)が、刑法158条では、以下のようにある。 この場合などは、「同一の刑に処する」とするのみで、具体的ではない。このように語呂や語感により使用する場合もあるため、先の「具体的か否か」という点は、確定的ではない。 このように多少使い分けに曖昧なところがあるが、前の助詞が「に」の場合には「処す(る)」を、「を」の場合には「科す(る)」を使っている点は明確に使い分けられている。 (了)
減損会計を学ぶ 【第8回】 「減損の兆候の例示③」 ~経営環境の著しい悪化の場合・市場価格の著しい下落の場合~ 公認会計士 阿部 光成 「固定資産の減損に係る会計基準」(以下「減損会計基準」という)及び「固定資産の減損に係る会計基準の適用指針」(以下「減損適用指針」という)では、減損の兆候として、経営環境の著しい悪化のケースと市場価格の著しい下落のケースについて例示している。 以下では、上記の減損の兆候を識別する際の留意点を解説する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 1 経営環境の著しい悪化 「経営環境が著しく悪化した」場合として、次のものが例示されている(減損適用指針14項)。 経営環境の著しい悪化は、個々の企業において大きく異なるため、減損適用指針では、考えられる例示を示すにとどめていると述べられている(減損適用指針88項)。 実務における減損の兆候の識別の際には、これらが例示であることを踏まえて判断する必要があると解される。 連結財務諸表には、減損損失を認識するに至った経緯等を注記することになるが(財務諸表等規則95条の3の2、連結財務諸表規則63条の2)、「原材料価格の高騰」及び「技術の陳腐化」を記載している事例としては、次のものがある。 日本化成(株)(平成22年3月31日) パシフィックシステム(株)(平成22年3月31日) 2 市場価格の著しい下落 (1) 50%程度以上の下落 前述のとおり、資産又は資産グループの市場価格が著しく下落したことは、減損の兆候に該当する。 もともと、減損の兆候は、資産又は資産グループに減損が生じている可能性を示す事象であって、その程度は必ずしも画一的に数値化できるものではない。 一方で、一定の目安を設けることも実務上の指針として役立つ側面もあることから、減損適用指針では、必要と考えられる範囲において、その目安を示している(減損適用指針77項)。 減損適用指針15項は、「市場価格が著しく下落したこと」には、少なくとも市場価格が帳簿価額から50%程度以上下落した場合が該当すると規定している。 50%程度以上下落していない場合でも、例えば、処分が予定されている資産で、市場価格の下落により、減損が生じている可能性が高いと見込まれるときのように、状況に応じ個々の企業において判断することが必要なときがあると述べられている(減損適用指針89項)。 (2) 減損の兆候に関する市場価格 「市場価格」とは、市場において形成されている取引価格、気配又は指標その他の相場と考えられる(金融商品会計基準6項)。 しかしながら、固定資産については、市場価格が観察可能な場合は多くない。 このため、例えば、いわゆる実勢価格や査定価格などの評価額や、土地の公示価格や路線価など適切に市場価格を反映していると考えられる指標が容易に入手できる場合には、それらを減損の兆候を把握するための市場価格とみなして使用し、資産又は資産グループの当該価格が著しく下落した場合には、減損の兆候があるものとして扱うことが適当と考えられている(減損適用指針15項、90項)。 そのほかの留意点は次のとおりである。 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第43回】 過年度遡及会計③ 「会計上の見積りの変更」 仰星監査法人 公認会計士 大川 泰広 〈事例による解説〉 〈会計処理〉 ① 耐用年数の変更 (*1) 期首帳簿価額750,000÷(変更後の耐用年数30年-取得後経過年数10年)=37,500 ② 減価償却方法の変更 (*2) 期首帳簿価額112,500÷(変更前の耐用年数8年-取得後経過年数2年)=18,750 〈会計処理の解説〉 「会計上の見積り」とは、資産及び負債や収益及び費用等の額に不確実性がある場合において、財務諸表作成時に入手可能な情報に基づいて、その合理的な金額を算出することをいいます(過年度遡及会計基準4(3))。 「会計上の見積り」の代表的なものは引当金です。例えば、貸倒引当金は、債権の貸倒見積高を引当金として計上するものですが、その金額を算定するに当たっては、債務者の財政状態、担保提供を受けている資産の処分価値等を総合的に評価して判断しなければなりません。会計上の見積りには、その時々に応じて予測や判断が必要となります。 本事例における耐用年数も同じです。耐用年数は固定資産の減価償却計算の基礎となるものですが、その決定に当たっては、対象となる資産の構造、使用環境、技術革新、経済事情等を勘案する必要があります。 会計上の見積りを変更したときは、当該変更による影響を過去に遡って反映させず、当期及び将来の期間にその影響を反映させます。 これは、会計上の見積りは、あくまでその時々に応じた予測や判断に基づくものであるため、それを過去に遡って修正するべきものではないと考えられているためです。 本事例のように耐用年数を変更した場合には、変更後の耐用年数で償却が完了するように償却計算を行います(①の仕訳)。 こうすることで、結果的に耐用年数の変更による影響が、当期及び将来の期間に反映されることとなります。 【耐用年数を変更した場合の減価償却のイメージ】 一方、減価償却方法の変更は、「会計上の見積りの変更と区別することが困難なもの」と取り扱われます。 日本の会計基準は、減価償却方法を「会計方針」と位置付けています。したがって、減価償却方法を変更した場合、本来であれば「会計方針の変更」として、当該変更による影響を過去に遡って反映させる必要があります。 しかし、減価償却方法は、当該資産がどのように消費されるか(どのように価値が減少していくか)という将来の予測に基づいて決定されるものです。したがって、「将来の予測」に基づいて決定されるという点に着目すれば、減価償却方法は「会計上の見積り」と捉えることも可能です。 そこで、過年度遡及会計基準では、減価償却方法をこれまでどおり会計方針として位置付け、減価償却方法の変更は、会計方針の変更とするものの、会計上の見積りの変更と区別することが困難な場合に該当するものと整理しました。 結果、減価償却方法の変更は、会計方針の変更ではあるものの、過去の財務諸表に遡及適用はせず、会計上の見積りの変更と同様に、当期及び将来の期間にその影響を反映させることとされました。 本事例のように減価償却方法を変更した場合には、変更時点の帳簿価額を基礎として、変更後の減価償却方法で償却計算を行います(②の仕訳)。 こうすることで、結果的に減価償却方法の変更による影響が、当期及び将来の期間に反映されることとなります。 【減価償却方法を変更(定率法から定額法)した場合の減価償却のイメージ】 これらをまとめると、以下のように整理されます。 * * * 次回は、過去の誤謬の訂正について解説します。 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第5回:2014年5月改訂】 退職給付会計② 「退職一時金制度」─ 数理計算上の差異 仰星監査法人 公認会計士 西田 友洋 〈事例による解説〉 〈会計処理〉 (個別財務諸表上の会計処理) (仕訳なし) (連結財務諸表上の会計処理) (*1) 前提条件②6,000-前提条件①5,400=数理計算上の差異600 〈会計処理の解説〉 退職給付債務の算定の際には、見積数値が用いられます。そして、見積数値と実際数値には、差異が生じます。この差異が、数理計算上の差異です。具体的には、数理計算上の差異は、退職給付債務の数理計算に用いた見積数値と実績との差異及び見積数値の変更等により生じます。 また、本事例では、年金資産は積み立てられていませんが、年金資産の期待運用収益と実際の運用成果の差異によっても、数理計算上の差異が生じます(退職給付に関する会計基準第11項)。 なお、数理計算上の差異のうち、費用処理されていないものを「未認識数理計算上の差異」といいます。 本事例では、退職給付費用の計上及び退職金の支払いの結果、期末の退職給付債務は5,400となっています。これが、期末時点の「予測」の退職給付債務となります。一方、「実際」の退職給付債務は6,000となっています。したがって、数理計算上の差異は600となります。 そして、数理計算上の差異は、個別財務諸表上は発生しただけでは負債を構成せず、費用処理をして初めて退職給付引当金として負債を構成しますが、連結財務諸表上は発生した期に退職給付に係る負債として負債を構成し、税効果会計を適用しない場合、その同額が退職給付に係る調整累計額として純資産の部に計上されます。 費用処理は、数理計算上の差異が発生した期の翌期(又は発生した期)から定額法(又は定率法)により、従業員の平均残存勤務期間以内で行います(退職給付に関する会計基準第24項)。 本事例では当期末の未認識数理計算上の差異は600となり、当期に発生した数理計算上の差異は、個別財務諸表上は当期末の貸借対照表には計上されませんが、連結財務諸表上は退職給付に係る負債として当期末の貸借対照表に計上されます。 なお、本事例において、平均残存勤務期間の15年、定額法で費用処理するため、翌期の会計処理は以下のようになります。 (個別財務諸表上の会計処理) (*2) 600÷15年=40 (連結財務諸表上の会計処理) (*3) 600÷15年=40。連結財務諸表上、未認識数理計算上の差異は発生時に貸借対照表に計上されているため、費用処理の影響額は、退職給付に係る調整額で調整する。 (了)
メンタルヘルス不調と労災 【第3回】 「業務上の出来事と心理的負荷の関係」 社会保険労務士 井下 英誉 はじめに 前回は、「心理的負荷による精神障害の認定基準について(平成23年12月26日付基発1226第1号)」における労災認定要件を確認しながら、各要件の具体的解釈や労働基準監督署の実務上の取扱いについて解説した。 今回は、認定要件②「業務による心理的負荷」の強度の評価方法について解説し、評価の結果、労災の対象となり得る出来事にはどのようなものがあるのかについても触れたい。 1 業務による心理的負荷の評価指標 業務による心理的負荷の評価は「業務による心理的負荷評価表」(以下、「評価表」という)を指標として行う。 なお、書面の都合上、本文では評価表の一部のみを取り上げる。読者の皆様は必要に応じ全文を参考にして、理解を深めていただきたい。 〈業務による心理的負荷評価表(一部抜粋)〉 2 業務による心理的負荷の評価方法 心理的負荷の評価は、発病前おおむね6ヶ月の間にあった具体的出来事の内容により、以下の3つの方法のいずれかを用いて行う。 ① 「特別な出来事」に該当する出来事がある場合の評価方法 発病前おおむね6ヶ月の間に、「特別な出来事」に該当する業務による出来事が認められた場合には、心理的負荷の総合評価を「強」と判断する。 ② 「特別な出来事」に該当する出来事がない場合の評価方法 「特別な出来事」に該当する出来事がない場合は、以下の手順により心理的負荷の総合評価を行い、「強」、「中」、又は「弱」に評価する。 ③ 出来事が複数ある場合の評価方法 対象疾病の発病に関与する業務による出来事が複数ある場合の心理的負荷の程度は、次のように全体的に評価する。 ④ 恒常的長時間労働が認められる場合の総合評価 出来事に対処するために生じた長時間労働は、心身の疲労を増加させ、ストレス対応能力を低下させる要因となることや、長時間労働が続く中で発生した出来事の心理的負荷はより強くなることから、出来事自体の心理的負荷と恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)を関連させて総合評価を行う。 3 心理的負荷の評価が「強」になる出来事 「心理的負荷による精神障害の認定基準」では、心理的負荷の評価が「強」であり、他の要件も満たした場合、労災と認定される。 では、心理的負荷が「強」と評価される出来事にはどのようなものがあるのか。 ここでは3つに分けて紹介する。 ① 「特別な出来事」に該当する出来事 心理的負荷評価表では次表に挙げる「出来事を特別な出来事」として定め、これらの出来事に該当した場合は、心理的負荷を「強」と評価する。 ② 心理的負荷の評価が「強」となる出来事 心理的負荷評価表では、出来事を全36項目に分類している。 その中で、具体的な出来事の心理的負荷を「強」と評価している項目は次表の5項目である。 なお、表中1と3については、上記①の特別な出来事の中に明示されている項目である。 ※左列の番号は心理的負荷評価表の項目番号(全36項目) ③ 複数の出来事又は出来事と恒常的な長時間労働を総合評価すると「強」になる場合 1つの出来事に対する心理的負荷の評価が「強」にならない場合でも、複数の出来事やその前後の時間外労働との関連で評価が「強」になる場合がある。 次表は、評価に用いる具体的な考え方である。 (了)