「商業・サービス業・ 農林水産業活性化税制」の解説 【第5回】 (最終回) 「特別償却と税額控除の選択」 公認会計士・税理士 新名 貴則 本税制は、中小企業等が器具備品及び建物附属設備を取得した場合に、取得価額の30%の特別償却又は7%の税額控除(当期の法人税額の20%が上限)を認める税制措置である(措法42の12の3)。ただし、下記の要件を満たす必要がある。 連載最終回となる今回は、本制度における「特別償却」と「税額控除」のどちらを選択するか、その判断のポイントについて、事例を用いて解説する。 1 特別償却と税額控除、どちらが有利か 次のような法人が本税制の要件を満たす10,000,000円の器具備品(定率法:耐用年数5年)を期首に購入した場合について、特別償却と税額控除の影響額を検討する。 【初年度の損益計算書(特別償却は計上していない)】 特別償却及び税額控除を考慮しない場合の、この法人の法人税額は次のとおり5,790,000円となる。 【法人税額の算定】(単位:円) 〈初年度の影響額〉 まずは、特別償却又は税額控除を適用した場合の初年度の影響額を検討する。 ① 30%特別償却を選択した場合 特別償却額:10,000,000円 × 30% = 3,000,000円 特別償却を計上することにより、上記の損益計算書は次のように変わる。 【初年度の損益計算書(特別償却を計上している)】 この場合の法人税額は次のとおり5,025,000円となり、当初の5,790,000円と比較すると765,000円税額が減少したことになる。 【法人税額の算定】(単位:円) ② 税額控除を選択した場合 控除できる法人税額:10,000,000円 × 7% = 700,000円 この場合、税引前当期純利益までの損益計算書は当初と変わらないので、次のとおりである。 【初年度の損益計算書(特別償却は計上していない)】 そして、税額控除を反映した法人税額は次のとおり5,090,000円となり、当初の5,790,000円と比較すると700,000円税額が減少したことになる。 【法人税額の算定】(単位:円) この計算結果により、特別償却の方が初年度の節税額は大きいことが判明した。したがって、結論は「特別償却を選択すべき」となるように思える。 ところが話はそう単純ではない。 なぜなら、特別償却と税額控除には次のような特徴があるためである。 2年目の影響額 次に、2年目の影響額を検討する。 当該器具備品に係る減価償却以外の条件は、初年度と全く変わらないものとする。 ① 特別償却を選択した場合 【2年目の損益計算書】 * (取得価額10,000,000円 - 初年度償却額7,000,000円)× 償却率0.4 この場合の法人税額は、次のとおり6,504,000円となる。 初年度に普通償却額4,000,000円及び特別償却額3,000,000円を計上しているため、2年目の減価償却額は大幅に減少し、法人税額は大きく増加することになる。 【法人税額の算定】(単位:円) ② 税額控除を選択した場合 【2年目の損益計算書】 * (取得価額10,000,000円 - 初年度償却額4,000,000円)× 償却率0.4 この場合の法人税額は、次のとおり6,198,000円となる。 定率法を選択しているため初年度よりは減価償却額は減少し、その分法人税額は増加するが、特別償却を選択している場合の法人税額(6,504,000円)よりは少なくなっている。 【法人税額の算定】(単位:円) 2 結局どちらを選択するか 通常、このような税制特例の適用を検討する法人は、多額の課税所得が発生している法人であることが想定される。したがって通常は、1年目は特別償却を選択する場合の方が有利だが、償却期間を通じたトータルで考えると税額控除の方が有利、というケースが多いと考えられる。 とすれば後は、少しでも早く節税効果を得たいのか、年数がかかってもいいからトータルでより大きな節税効果を得たいか、の判断になるといえる。 ただし、次のような法人の場合、より慎重な検討が必要である。 仮に中小企業で課税所得が800万円以下であるような場合、そもそも適用される法人税率が低いため、1年目の特別償却による節税効果は薄れることになる。さらには、特別償却額を吸収できず欠損金となることも考えられる。 またこれに対して、税額控除も法人税額の20%が上限であるため、満額を控除できないことも考えられる。このような場合、特別償却による繰越欠損金は9年間繰り越せるが、税額控除の控除残額は1年しか繰り越すことができない。 一概に「こちらが有利」と決めることはできないので、上記で解説したそれぞれのメリット・デメリットをよく理解した上で、自社の状況に合わせて選択することが必要である。 〔連載終了にあたって〕 本連載では5回にわたって、平成25年度税制改正で創設された「商業・サービス業・農林水産業活性化税制」について、各要件のポイントを解説してきた。 この解説を参考に、読者各位が適切な意思決定及び税務処理を行われることを願っている。 (連載了)
貸倒損失における税務上の取扱い 【第3回】 「法人税法と法人税基本通達の体系」 公認会計士 佐藤 信祐 貸倒損失については、法人税法に規定されておらず、法人税基本通達において規定されているに過ぎない。 これに対し、貸倒引当金については、法人税法において規定されていることから、貸倒損失と貸倒引当金についての法人税法上の位置付けは全く異なるものであるということができる。 本稿においては、貸倒損失が法人税法及び法人税基本通達においてどのように位置付けられているのかについて、それぞれ解説を行う。 1 法人税基本通達の位置付け 前回、解説したように、法人税法においては貸倒損失に係る直接的な規定は存在せず、課税所得の計算上、損失の額については、別段の定めがある場合を除き、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算することが規定されているに過ぎない。 そのため、法人税基本通達において、その取扱いが詳細に定められている。しかしながら、企業会計における取扱いが必ずしも法人税法上の取扱いと一致するわけではない。 大阪地裁昭和44年5月24日判決(税資56号703頁)においては、 と判示している。 このような背景から、法人税基本通達の規定内容や実際の裁決事例については、公認会計士として会計監査の現場に触れた著者としては、やや厳しいのではないかという印象を受けることも少なくはない。 とりわけ、法人税基本通達9-6-2に規定されている実質的にその全額が回収不能であるという判断においては、企業会計上における判断よりも厳格であり、実務においても、企業会計上、貸倒損失として損金経理した上で、法人税確定申告書において加算留保処理を行い、法人税の課税所得の計算上、損金の額に算入させないという取扱いをすることも少なくない。 しかしながら、法人税基本通達の位置付けは、あくまでも法人税法の解釈であり、国税庁長官から各国税局、税務署に対して下した指針に過ぎない。そのため、その前文においても、 としている。 すなわち、法人税基本通達の文言を形式的に理解するのではなく、まずは、法人税法22条の規定内容を理解した後に、法人税基本通達の取扱いを分析するということが必要になってくる。法人税法22条の取扱いについても、貸倒損失に関連する部分に限り、本連載において触れたいと思う。 2 貸倒損失 法人税基本通達9-6-1~9-6-3においては、貸倒損失についての取扱いが定められており、具体的には、以下のように定められている。 このように、法人税基本通達9-6-1については、法的に金銭債権が消滅した場合として整理することができ、法人税基本通達9-6-2、9-6-3については、経済的に金銭債権の回収が不可能である場合として整理することができる。 そのため、回収可能であるにもかかわらず、貸倒損失として処理した場合において、法人税基本通達9-6-1として整理するときは、法的に金銭債権を消滅させてしまっているため、寄附金に該当するか否かという点が論点となり、法人税基本通達9-6-2、9-6-3として整理するときは、法的には金銭債権が残っているため、いずれの事業年度において損金の額に算入すべきであるかという点が論点となってくる。 いずれしても、貸倒損失として処理するための絶対条件としては、回収不能であるという点であり、実務においても、その立証に苦慮することが少なくない。 3 子会社支援損失 法人税基本通達9-4-1、9-4-2においては、子会社支援損失について定められており、その具体的な規定内容は以下の通りである。 このように、子会社支援損失については、寄附金に係る通達として規定されているという点に特徴がある。すなわち、貸倒損失として処理することができるのであれば、法人税基本通達9-6-1で解決できるのであるが、貸倒損失として処理することができないため、寄附金の特例として定められているのである。 この連載においても触れたいが、子会社等に対する債権放棄については、なかなか法人税基本通達9-6-1(4)の要件を満たすことが困難であり、法人税基本通達9-4-1、9-4-2に頼らざるを得ない場面が少なくない。 また、法人税基本通達9-4-2の取扱いについても、「合理的な再建計画」に基づくものなのか否かという点の判断のハードルが高く、金融機関における不良債権処理を進めるために、私的整理ガイドラインやその他の取扱いが定められていったという歴史的な経緯も存在する。この点についても、本連載において、いずれ触れたいと考えている。 (了)
税務判例を読むための税法の学び方【20】 〔第5章〕法令用語 (その6) 自由が丘産能短期大学専任講師 税理士 長島 弘 (前回はこちら) 6 「係る」「関する」「関係する」 「係る」と「関する」は、ある事柄とある事柄とのつながりを示す言葉である。 通常「係る」は、この法令用語の前後で結び付けられる2つの事柄の密接度が高い場合に用いられ、「関する」は、その周辺まで含まれる場合に用いられる。 一方、「関係する」は、その事項自体を含まないがそれと関わりのあるものを示す場合に使われる。 ① 係る 「係る」は、ある事項とつながりがあることを示す場合に使われる語句で、関係代名詞的に用いられ、『・・・されたところの・・・』という意味や『・・・に該当する・・・』という意味をもっている。 また「係る」は、「かかる」と読み、「かかわる」ではない。 「かかわる」は「係わる」、「関わる」又は「拘わる」と書き、「関係する」という意味であるが、法令用語としては「係わる」等の用語はなく、この意味で使用すべき場合には、「関係する」という用語が用いられる。 上記の「更正又は決定に係る課税標準等又は税額等」は「更正又は決定がされたその課税標準等又は税額等」を意味する。 この「指定に係る相続人」は、「(代表者として)指定されたその相続人」を意味する。 その他、 は、それぞれ の意味である。 「課税標準等又は税額の申告」「税額の申告」、「事項の届出」、「事業年度の確定申告書」「金額の更正」というが、この関係を逆にする場合に、このように「係る」を用いた表現を用いる。 同様に、上記国税通則法第26条の例は「課税標準等又は税額等の更正又は決定」、同第13条第1項は「相続人の指定」の関係を逆にする場合の表現である。 しかし、「係る」はこのような意味で用いられるほかに、下記のようにもう少し漠然とした形で用いられることもある。 この「外国法人の・・・法人税に係る更正又は決定」は、「外国法人の・・・法人税についての更正又は決定」という意味である。 この「国内源泉所得に係る所得」は、「国内源泉所得に当たる所得」という意味である。 このように「係る」は、 あるいは端的に「・・・の」といったような、いろいろな意味を表すものとして使われることがある。 (次回に続く)
〔税の街.jp「議論の広場」編集会議 連載39〕 事業承継税制新債務控除と猶予税額 税理士 岡野 訓 1 相続税の猶予税額の計算方法 平成25年度税制改正において、非上場株式等についての相続税の納税猶予制度を利用するにあたり、相続税の課税価格から控除すべき被相続人の債務及び葬式費用がある場合には、納税猶予税額の計算上、その被相続人の債務及び葬式費用については、特例非上場株式等以外の財産の価額から控除することとされた。 従前の制度では、被相続人の債務及び葬式費用は、まず納税猶予制度の対象となる非上場株式等から先に控除することとされていたため、その分、納税猶予税額が少なく計算されていた。 新制度は、平成27年1月1日以後の相続又は遺贈(以下、単に「平成27年以後の相続等」)について適用される。 ここでは、今回の改正による納税猶予税額への影響を具体的な数字を使って検証してみたい。 2 納税猶予分の相続税額 納税猶予分の相続税額は、次の(1)の金額から(2)の金額を控除した残額とされている(措法70の7の2②五、措令40の8⑬~⑯)。 (1)の金額とは、要するに、経営承継相続人等以外の取得財産はそのままに、会社の後継者である経営承継相続人等が、特例対象となる非上場株式等だけを相続したものとして計算された経営承継相続人等の相続税額のことである。 次に、(2)の金額は、経営承継相続人等以外の取得財産はそのままに、経営承継相続人等が、その特例対象となる非上場株式等のうち20%だけを相続したものとして計算された相続税額のことである。 つまり、特定価額の20%に対する相続税額は納税猶予されないことになる。 改正前の特定価額とは、特例非上場株式等の価額から債務控除額を控除した残額とされていた。今回の改正により、平成27年以後の相続等の場合は、特例非上場株式等の価額から控除未済債務額を控除した残額と改正された(法令40の8の2⑬~⑮)。控除未済債務額とは、経営承継相続人等が相続した特例非上場株式等以外の財産から優先的に債務控除をしてもなお控除しきれなかった債務額のことである(法令40の8の2⑭)。 《控除未済債務額と特定価額との関係図》 【その他の取得財産<債務の場合】 上記の図のとおり、改正前は特例非上場株式等から先に債務控除額が差し引かれていた。つまり、特例非上場株式等の価額900から債務控除額700が控除され、残った200だけが特定価額とされていたわけである。 改正後は、特例非上場株式等以外の取得財産の価額400から優先的に債務控除を行うことになり、控除しきれない300だけを特例非上場株式等の価額から控除することになる。よって、この図の例では、改正前と比べて特定価額が400増加する。 このように、平成27年以後の相続等は、上記(1)と(2)の計算において、債務控除額が従前より圧縮されることとなり、その結果、納税猶予税額が増加することになる。 3 改正前と改正後の納税猶予税額の比較 次に、〔計算例1〕で納税猶予分の相続税額の計算を見てみることにする。 この計算例は、子Aを経営承継相続人等として猶予分の相続税額を計算している。 表ではまず通常の相続税額の計算として納付税額を求めているが、納税猶予分の相続税額の計算には全く影響を与えない。 (1)特定価額に基づく子Aの相続税額は131,200,000円、(2)特定価額の20%相当額に基づく子Aの相続税額は20,433,300円となるので、その差額の110,766,700円が納税猶予される相続税額となる。 〔計算例1〕 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ○納税猶予分の相続税額:131,200,000円-20,433,300円=110,766,700円 ○経営承継相続人等の申告による納税額:171,500,000円-110,766,700円=60,733,300円 仮に、債務控除額を改正前と同様に特例非上場株式等の価額から優先的に控除して特定価額を計算したとすると、特定価額が300,000,000円(400,000,000円-100,000,000円)、相続税の猶予税額は78,288,800円となる。 一方、改正後の猶予税額は、上で見てきたとおり110,766,700円となるわけであるから、この計算例では、改正により3,000万円程度猶予税額が増加することになる。 もちろん、税制改正の効果は特例非上場株式等の価額や、他の相続人が取得する財産の価額に影響を受けるので、債務控除額のおよそ何パーセントの猶予税額が増えるとは一概にいえないが、少なくとも経営承継相続人等にとって不利になることはない。 【改正前の納税猶予税額の計算】※基礎控除額及び相続税率は改正後で計算 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 4 特定価額と猶予税額の関係 続いて、特定価額と各相続人等が取得した財産額及び負担する債務額との関係について見てみることにする。 前述したとおり、経営承継相続人等が負担する債務の額により納税猶予税額が増減することとなるが、税制改正により、具体的にどのような違いが生じるのであろうか。 なお、特定価額の計算方法の改正の影響を明らかにするため、次の試算の改正前の数値は、改正後の基礎控除額及び相続税率を適用している。 (1) 試算その1 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ① 改正前 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ●・・・納税猶予税額 ○・・・納付税額 ② 改正後 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ●・・・納税猶予税額 ○・・・納付税額 〈解説〉 パターン1は、経営承継相続人等が負担する債務がないため、改正前と改正後の特定価額は同じである。 それ以外のパターンでは、改正前は、経営承継相続人等の課税価格は4億円で変わらないにもかかわらず、負担する債務が増加するに従い、納税猶予税額が減少してしまう。改正後はこの点が修正され、納税猶予税額及び納付税額はすべてのパターンで同じとなる。 これは、いずれのパターンにおいても、その他財産の価額が債務控除額を上まわっており、特例非上場株式等の価額から控除すべき控除未済債務額が生じないためである。 (2) 試算その2 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ① 改正前 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ●・・・納税猶予税額 ○・・・納付税額 ② 改正後 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ●・・・納税猶予税額 ○・・・納付税額 〈解説〉 改正前は、経営承継相続人等が負担する債務が増加し、課税価格がパターン1の4億円からパターン2、パターン3、パターン4とそれぞれ1億円ずつ減少していった場合に、納税猶予税額ばかりが大きく減少し、納付税額の減少幅が少なくなっていることがわかる。 改正後はこの点が修正され、課税価格が減少するに伴い、納付税額が大きく減少しており、パターン2、3、4において、本来納付すべき税額のうち納税猶予税額の占める割合が大きくなっていることが確認できる。 5 まとめ 平成25年度税制改正により、経営承継相続人等が債務を引き継いだ場合と引き継がなかった場合の納税猶予税額に与える影響額が縮小されることとなった。債務を引き継がないケースでは、他の条件が同じであれば、猶予税額は改正前と全く変わらないということになる。 仮に債務を引き継いだとしても、その債務の額が、取得した特例非上場株式等以外の財産の額を下回る場合には、改正前の債務がない場合の猶予税額と同額となる(他の条件は同じとの前提)。 ただし、節税効果を判定するには、債務控除の有無だけでなく、課税価格や法定相続人の数なども考慮しなければならないので、慎重な対応が必要となる。一般論では、法定相続人が増えれば納税猶予分の相続税額が減るし、課税価格が増えれば納税猶予分の相続税額も増えるということがいえる。ただし、実務においては、複数の判定要素を総合的に勘案して、事案に応じたより正確なシミュレーションが求められるということはいうまでもない。 (了)
会計リレーエッセイ 【第10回】 「日本のホテル会計と銀行審査」 ジョーンズ ラング ラサール ホテルズ&ホスピタリティグループ東京オフィス マネージングディレクター 沢柳 知彦 1 はじめに 筆者は銀行業界において人気テレビドラマ「半沢直樹」の5年先輩にあたる、1987年に入行。中小企業融資・個人財務相談・国内M&A支援業務を経て、入行6年目、29歳の時に海外ホテル投資会社に出向となった。 この歳でさすがに銀行に戻れない「片道切符」ではなかったが、バブル期の行き過ぎた融資の結果発生した不良債権回収という大命題を背負っていた。 その出向先での3年半の間、たくさんのことを学ばせていただいた。 英語でのビジネスの苦労話や商習慣の違いはさておき、日本のホテル業の収益力の弱さと銀行の審査能力の低さの一因は、その会計システムにあるとの確信に至った。 本稿ではその理由を説明し、逆にホテル業が収益力を、銀行が審査能力を向上させるヒントを提示してみたい。 2 米国ホテル会計基準 出向した会社では、米国・イタリア・フィジー・インドネシアの4ヶ国にホテルを所有(一部は開発中)していた。 もちろん、各国の会計基準は異なるが、ホテルオペレーターから上がってくる月次報告や年度予算のフォーマットは決まっている。 Uniform System of Accounts for Lodging Industry(“USALI”)と呼ばれるそのフォーマットは「米国ホテル会計基準」と訳されるが、その利用は米国に止まらず、日本を除く多くの国で利用されている。 おそらくは、米系ホテルオペレーターの海外進出によって広まったものと考えられる。 USALIは管理会計のフォーマットであり、 を大きな特徴としている。 ①の特徴に解説は不要であろう。減価償却については国ごとのルールが異なるので、その影響が排除されている。 ②「部門別会計」という特徴は、ホテル収益の仕組みと大きく関わっている。 まず、ホテルの各部門を「売上計上部門」(いわゆるプロフィットセンター)と「非配賦費用部門」(いわゆるコストセンター)に分け、さらに売上計上部門を客室、料飲(レストラン・バー・ルームサービスなど)、宴会、その他収益部門(売店・スパ・賃貸等)に大別する。非配賦費用部門は、一般管理費(総支配人の人件費を含む)・セールス/マーケティング・メンテナンス・水光熱費に分かれる。 こうすることで、例えば客室支配人は、自分がコントロールできる売上と費用の下で発生する部門粗利益がどの程度あるのかが把握できる。 逆に自分の力が及ばない(あるいは及びにくい)非配賦費用はその名のとおり、客室部門にはあえて配賦しない。 結果、USALIにおける客室部門粗利益は、そのまま客室支配人の業績を図る指標となる。 実際、USALIは単なる管理会計システムではなく、人事制度と連動させることでその真価が発揮される。 ③「ホテルオーナー費用の分別」という特徴は、ホテルの所有・運営分離が一般的な海外ならではの考え方を反映している。 非配賦費用部門控除後の営業利益をGross Operating Profit(“GOP”)と称するが、GOPはホテルオペレーターの力量を示す指標となっており、ホテルマネジメントの契約上、ホテルオペレーターが獲得できるインセンティブフィー計算のベースになっていることが多い。GOPより下の項目としては、リース料、損害保険料、地代、固定資産税・都市計画税、修繕積立金などがあり、これらは「ホテルオーナー費用」と称される。 オペレーターにとっては、「資金調達をどうするか」、「リスクをどう手当するか」はオーナー次第であり、これらを含めた形でインセンティブフィーを計算されるのは好ましくない、というわけである。 USALI準拠とはいえ、各ホテルオペレーターによって、会計フォーマットは少しずつ異なる。しかし、USALIというベースが大手国際ホテルオペレーター間で共有されている意義は大きい。 比較的容易に部門収益を他ホテルと比較できるし、オペレーターが交代するときの会計上の混乱も少ない。また、ホテル投資家やレンダーも似たような会計システムを分析することで、投融資の判断を比較的容易に下すことができる。 3 管理会計の重要性と銀行の役割 翻って、日本のホテル会計はどうなっているであろうか。 日本のホテル業界の特徴のひとつは大手チェーンの市場占有率が低く、群雄割拠の状態ということである。全国で約1万軒弱あるホテルのうち、外資系オペレーターの割合は合計で1~2%程度、日本最大のホテルチェーンである東横インですら2~3%である。 この中にあって、すべての外資系ホテルと一部の大手日系ホテルチェーンがUSALIを導入していても、大勢は「非USALI」である。 では、日本のホテルはどうしているかというと、「どんぶり勘定」であることが多い。売上こそ部門ごとに管理がなされているが、部門ごとの費用配賦はなされておらず、利益はホテル全体でしかわからないということである。 会計のプロから見ると、「そんな馬鹿な」と思われるかもしれないが、日本のホテル会計制度は斯様に遅れている。 日本の中堅・中小企業において会計原則を支えているのは、①税務申告と、②銀行からの資金調達である。 すなわち、きちんと税務申告書が作成できて、銀行宛に財務諸表が提出できれば良しとする風潮である。 もちろん、この2つは悪いことではない。 しかし、USALIが持つ管理会計の視点に乏しく、結果として営業不振のホテルのどこに問題があってどう解決すべきかが見えにくいことが多い。 例えば、「人件費」が1行に集約されてしまっていてはどの部門で人が余っているのかが見えにくいし、部門利益がわからなければどのレストランが赤字で閉鎖すべきなのか判断できない。 もし日本の銀行が海外のように、ホテル経営会社にUSALI準拠の管理会計を求めるようになれば、状況は劇的に変わると思われる。ところが肝心の銀行側に、USALIに基づいて審査をする体制が整っていない。 筆者は銀行を辞して十数年経つので古い知識で恐縮だが、銀行では多種多様な業種に融資を行うため、業界に不慣れな担当者でもきちんと審査が行えるよう、マニュアルが存在する。 金融財政事情研究会が発行する「業種別審査辞典」もその一つである。かかるマニュアルにおいては業種ごとの財務指標の特徴をとらえ、業界平均に対して当該会社の財務指標がどれだけ良いか・悪いかが判断できるようになっている。 しかし、財務指標が悪いと判断されても、どうやって改善をしたらよいのかまではわからない。ホテル収益を部門別・レストラン別に分析する必要があるし、例えば客室部門パフォーマンス分析においては、稼働率や客室単価に関する競合他社情報を収集する必要がある。 ただし、USALIでは稼働率の定義がなされているが、日本では特に存在しない。そのため、稼働率計算の分子に、懇意にしている旅行代理店に無償で提供した客室を加えるか、分母から改装中で使用できなかった客室を除外するか、各ホテルによってバラバラな対応である。 また、客室単価にサービス料を加えるのかどうかも、業界スタンダードが確立されているわけではない。したがって、仮に競合ホテルの稼働率や客室単価を運よく入手できたとしても、その情報が十分に生かせるかどうかはわからない。 読者の中には「日本ホテル協会」なる業界団体の存在を知っていらっしゃる方もおられようが、加盟ホテルは250程度、全国のホテル数からみた組織率はわずか数%である。しかも、同協会には加盟資格要件があり、すべてのホテルが加盟できるわけではない。 かかる業界団体が前述の問題点を克服すべく業界全体のイニシアティブをとることは難しい。 ここはやはり、銀行主導でホテル業界への管理会計導入を促進させ、観光立国を標榜する国家戦略を陰で支えていただきたいと思う。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第11回】 株式会社イチケン・ 関西支店における不適切な会計処理に係る 「外部調査委員会報告書」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【概要】 【株式会社イチケンの概要】 株式会社イチケン(以下「イチケン」という)は昭和5年創業。総合建設業。売上高57,617百万円、経常利益989百万円。従業員505名(数字はいずれも2013年3月期)。筆頭株主はパチンコ店運営の株式会社マルハン(所有割合32.54%)。東証1部上場。 【報告書のポイント】 1 調査結果により判明した事実 (1) 不適切な取引発覚の経緯 平成25年4月の人事異動により新支店長となった執行役員に対し、同年7月中旬、関西支店の施工部門長が、一部の工事について協力会社の了解を得て工事代金の一部を支払わず、別の工事代金として支払っていたこと(以下「付け替え」という)を報告したことから、同支店における不適切な会計処理が発覚した。 なお、新支店長は、異動前において、東京支店の建設担当副支店長であった(関西支店内部における昇格ではない)。 (2) 不適切な会計処理の概要 関西支店では、リーマンショック後の関西地区の建設市況の悪化に伴い、受注額が3分の2以下に減少したことから、支店の施工部門である建設部及び店舗建設部の部長らは、平成22年以降、予算が不足して赤字が見込まれる工事等について、協力会社に工事代金の一部を請求しないよう依頼し(損失の先送り)、別の工事代金として請求させて支払うことを繰り返すようになった。 調査の結果、関西支店が付け替えにより先送りした工事代金の簿外債務は過去4年の合計で55件約862百万円であり、このうち他の工事代金として架空請求させて返済した金額は約495百万円であることが判明した。 (3) 組織的な関与の有無について 【関西支店における不適切な会計処理の認識】 部長らの依頼を受けて工事代金の請求を留保するなどの付け替えを行っていた協力会社は合計44社であった。 これだけの協力会社が存在した理由については、「継続的な取引関係を補償しうる権限と通謀者間の信頼関係が必要」であったと、外部調査委員会は指摘している。 (4) 業績に与えた影響 上記(2)に記載した原価の先送りと簿外債務の返済による原価計上は、未返済の簿外債務を原価に追加計上するとともに、工事進行基準による完成工事高を算定する進捗率の計算、工事損失引当金繰入額の計算にも影響を与える結果となり、営業利益ベースで約666百万円の修正が必要であると報告されている。 2 不適切な取引が長期間発覚しなかった理由 (1) 関西支店の特殊性 付け替えを行っていた部長らと協力会社との間には親密な長い付き合いがあり、関西地区発祥のイチケンとの取引が数十年にわたっていること、関西支店の幹部社員の人事異動が関西地区に限られていることなどに基因した信頼関係が、長期間にわたり、44社を巻き込んでの大規模な工事原価の先送りを可能としていた。 また、関西支店の風土として、「受注優先かつ赤字工事を認めようとしない」ことから、当初の工事予算が過少になる傾向があったことも判明している。 (2) 平成24年3月期に発覚した福岡支店における付け替え イチケンでは、平成24年3月期に福岡支店で付け替えが発覚したことから、各支店長、副支店長、購買部、建設部、店舗建設部の各部長宛に「工事原価の付け替えは許されないことを周知願いたい」旨の文書を発出し、また、これについて各種会議でも取り上げていたが、内部監査及び会計監査人により精査を受けたのは福岡支店のみであり、全社的な調査は行われていない。 また、イチケンでは、支店長が営業、購買、施工、管理のすべての業務を統括し、強大な権限を付与されていることにより、本社管理部門の牽制機能や取締役による監視機能が十分に働かない可能性は予見できたにもかかわらず、社外監査役3名を含む監査役及び会計監査人がこうした組織体制に関する問題点を指摘し、改善策を提言したとは認められない。 こうしたこともあってか、報告書では、「会計監査人に対しては、より不正リスクに対する感度を高め、充実した会計監査の実施を通して不正の防止と早期発見に貢献されていくことを強く期待する」とされている。 (3) 内部統制上の脆弱性 報告書では、イチケンの内部統制上の問題として次の4点を挙げている。 報告書では、特に人事ローテーションについて、関西支店の特異性を指摘している。前関西支店長は支店長在任10年間、2人の副支店長もそれぞれ8年間、10年間同じ職位に留まっており、かつ、入社以来関西支店から異動していなかった。 3 調査報告書の特徴 (1) 本件のきっかけとなった組織変更 イチケンでは、平成23年3月に事業統括本部を廃止し、管理部門は各支店に所属することとなる。その結果、支店長に権限が集中し、支店管理部門は、支店の活動状況を本社の観点からチェックするという機能を失っていた。 組織のあり方については、報告書でも「マネジメントの判断による」としながらも、「管理部門を本社機能に直結させることを検討すべきである」と再発防止策として提言しており、事業統括本部の廃止という組織変更が、結果論とはいえ、今回の不適切な会計処理が長く続いた原因の一つと考えていることを推認させる。 (2) 買掛金残高確認はどの程度行われていたのか 原価の先送りにより、当期の利益を確保するという手法は、建設業界のみならず、原価計算によって損益を確定させるという業務プロセスを有する企業であればどこでも生じうる不適切な会計処理であり、現に、イチケンにおいても、今回の関西支店のみならず、福岡支店・札幌支店でも、同様の処理が行われていた。 協力会社に対する買掛金の残高確認がどのように行われていたかについて、報告書からは読みとれない。 本来であれば、残高確認や協力会社からの情報はこうした工事原価の先送りを発見する最も有効な手法であると考えられるのだが、報告書の中にそうした監査手続についての具体的なの言及がなかったのは少し残念である(調査委員会は独自に協力会社に対してアンケートを行い、事実解明を行っている)。 (3) 再発防止策の検討 イチケンが公表した再発防止策の中で「協力会社専用の相談窓口の設置」が掲げられているのは、評価できる。ただし、相談窓口への通報の秘密が厳守されること、発注権限を有する支店幹部社員のジョブローテーションが有効に機能することなどの前提が崩れると、協力会社に対する「継続的な取引関係」を担保にした通謀がなくなるという保証はなく、こうした窓口が画餅に帰する可能性も考えられる。 同様な懸念を抱かせる再発防止策に「ジョブローテーション等の実施」というものがある。 そこでは、責任者・発注権限者の定期的なジョブローテーションを掲げながら、次のように留保条件を附している。 この留保条件が、社員に対するメッセージなのか、顧客に対するものか、判断はつかないが、いずれにしても、例外を認めてしまえば、いつのまにかその例外が既成事実となり、当初に規定を作ったときの理念が霧消して再発につながるというのは、他社事例でもよく見られるところである。 * * * なお、第三者(外部)調査委員会による報告書では損益の修正が法人税等の申告に与える影響について言及されていないものがほとんどであるが(調査委員に税理士が加わっていないことが原因ではないかと考えられる)、本報告書にも、以下のような記載がある。 本件のような粉飾決算であれば、過年度に納め過ぎた法人税等について更正の請求を行うことが一般的である(損益や資金に与える影響はない)ことから、この報告で十分なのであろうが、不正会計事案によっては法人税等について修正申告が必要になるだけでなく、税務調査による重加算税の賦課決定処分なども考慮して報告しなければならない場合も考えられる。 このため第三者(外部)調査委員には、法人税・消費税などに関する知見も必要ではないかと思料する次第である。 (了)
林總の 管理会計[超]入門講座 【第12回】 「部門別計算の仕組みとそのワケ」 公認会計士 林 總 製造部門ごとの集計の流れ すべての費用を製造部門へ集めるワケ (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第21回】 減損会計② 「減損会計のステップ」 ─減損損失の測定までの流れ 仰星監査法人 公認会計士 菅野 進 〈事例による解説〉 〈会計処理〉 ×4年3月31日(決算日) (*1) ① B外食事業から撤退するという意思決定があり、回収可能価額を著しく低下させる変化が生じている → 減損の兆候あり ② B外食事業の固定資産の帳簿価額300>割引前将来CF150 → 減損処理必要 ③ B外食事業の固定資産の帳簿価額300-回収可能価額100=200 〈会計処理の解説〉 今回は減損会計のステップについて解説します。 減損会計のステップを図で示すと、以下のようになります。 (1) 固定資産のグルーピング 通常、事業用固定資産はそれら単体でキャッシュ・フローを生み出すことはまれです。 そのため、複数の固定資産をセットにしてキャッシュ・フローを生み出す単位を決めますが、この複数の固定資産をセットにすることを「グルーピング」といいます。 この際には、キャッシュ・フローを生む「最小」の単位でグルーピングを行う必要があります。 (2) 減損の兆候の識別 次に、すべての事業用固定資産を対象として、その固定資産を取り巻く状況を下記の4つの類型に該当するか考え、固定資産が減損している可能性があるかどうか(減損の兆候)について判定します。 ここで減損の兆候がない場合には、減損処理は不要となります。 (3) 減損の認識の判定 (2)の段階で「減損の兆候あり」と判定された固定資産の回収可能性を判定します。 この回収可能性の判定は、当該固定資産を将来使用又は処分して得られる貨幣の時間的価値を考慮しないキャッシュ・フロー(割引前将来キャッシュフロー)と当該固定資産の帳簿価額を比較して判定します。 (4) 減損損失の測定 最後に(3)で「回収可能性なし」と判定された固定資産の減損金額を算定します。 すなわち、下記の方法で算出します。 なお、ここでいう「回収可能価額」は、この固定資産を将来使用又は処分して得られる貨幣の時間的価値を考慮したキャッシュ・フロー(使用価値)とこの固定資産を売却して得られる回収額(正味売却価額)のどちらか高い方、すなわち、得になる方を選ぶとされています。 減損金額の測定については、次回の減損会計③「回収可能価額 ~ 使用価値 VS 正味売却価額」で、もう少し詳しく解説します。 (了)
建設業が危ない! 労務トラブル事例集・ 社会保険適用の実態 【第2回】 「なぜ建設業では 社会保険未加入が多いのか」 なりさわ社会保険労務士事務所 代表 特定社会保険労務士 成澤 紀美 1 建設業に社会保険未加入が多い理由 前回の通り、建設業では他の業種や一般の事業所に比較すると、社会保険への加入率が特に低い。 ではなぜ、建設業では社会保険未加入が多いのか。 まず企業の認識として、受注競争が激化する中で単価の引下げ圧力やダンピングも多く、このような状況下で工事利益の確保を優先するため、決して安くはない保険料負担を避けたいがために社会保険に加入していないという現状がある。 工事の受注額を抑えて入札を勝ち取るためには、費用の多くを占める人件費を少しでも抑えたいという意識が働き、そこに「社会保険は下請事業所での雇用主と従業員間の問題」との認識もあることから、積極的に社会保険は加入されない土壌が醸成されているといえる。 対して、職人側にも社会保険未加入の要因は多くある。 特に一人親方は自身の技能に対する自信と自己責任が基本姿勢のためか、社会保険に頼る必要はないと考える者が多いことである。 長い歴史のある建設業では、職人気質が強く、自分の腕一本で生業をたてる意識が高く、国の制度に対する意識が低い。また、将来の保証よりも日々の手取り志向が強く、社会保険加入を否定する傾向がある。 昨今の建設業では、人材不足も懸念されており、特に若年層が少なく中高齢者の人材が多い状況の中、中高齢者の職人は、社会保険に加入しても保険から受けるメリットがないとの認識にある者が多く、ここにも将来の保証より日々の手取りを重視する傾向がみられるため、社会保険加入が否定される状況がある。 上記以外では、社会保険制度への理解が乏しく加入義務が生じているにもかかわらず、これを知らなかったために未加入になっているケースも多くある。 事業所の形態(法人・個人、個人事業主の場合は従業員数が5人以上かどうか・日雇いはいるかなど)によって、加入する保険制度が異なるため、どこに加入するのが正しいのか分からないままになっていることも多い。 この辺りは、今後の行政指導により改善していくべきところといえる。 2 政府による改善対策 社会保険未加入の状況を改善するために、行政も平成24年より様々な施策を講じている。 特に影響が大きいのが、公共工事の入札時に必要とされる経営事項審査での評価と、建設業許可更新時の加入状況確認である。 経営事項審査では、平成24年7月より「雇用保険未加入」「健康保険未加入」「厚生年金保険未加入」の3項目が評価され、未加入での減点数も倍増されている。 建設業許可更新時の加入状況確認では、建設業許可申請書の様式が平成24年11月より変更され、雇用保険・健康保険・厚生年金保険の3保険の加入状況を記載して提出することとなっており、申請時に未加入が確認された場合、国や都道府県の建設業担当部局により加入指導が行われる。 併せて、施工体制台帳に保険加入状況の記載も義務づけられた。 下請契約の総額が3,000万円以上(「建築一式工事」の場合は4,500万円以上)となる特定建設業者は、施工体制台帳の作成が義務づけられており、下請や孫請など工事を請け負うすべての業者名、各業者の施工範囲、各業者の技術者氏名等を記載するが、この施工体制台帳に保険加入状況の記載が必要とされている。 なお、国や都道府県の建設業担当部局は、営業所や工事現場への立ち入り検査により、施工業者の保険加入状況を確認し、併せて元請企業の下請企業(孫請などを含む)に対する指導状況の確認を実施している。 * * * 次回は、社会保険未加入の実例をお伝えしたい。 (了)
民法改正(中間試案) ─ここが気になる!─ 【第11回】 (最終回) 「連載のまとめ」 ~本当に民法改正は必要か~ 弁護士 中西 和幸 これまで、民法改正の中間試案に関し、10回にわたって解説をしてきた。そのすべてについて解説をすることはできなかったが、代表的な点は紹介できたと思う。 最後は、この中間試案を当職なりに整理してみた。大まかであるが、頭の整理に役立てていただければ幸いである。 また、今回の民法改正が本当に必要なのかについての意見も述べたい。 1 明確化・明文化 判例や通説、また実務運用を法文として明文化することを目的とした改正部分である。今回の民法改正は、こうした明文化・明確化を狙ったものが大半を占めるようである。 この代表的な例としては、錯誤における要素の錯誤・善意の第三者保護、売買契約全般(検査義務等、新設・変更されたものもあるが)、賃貸借契約の対抗力や賃貸人たる地位の移転、請負契約の大半などである。また、債務引受や契約上の地位の移転など、明文がなく判例上認められた概念が新たに明文化される部分もある。 こうした改正については、確かに明文化をすることで明確になる部分もあると考えられる。しかし、判例や通説・実務が必ずしも正確に明文化できるかというと、必ずしも完全に明確化・明文化できないと思われる。 元々、幅広い事案に対応できるようにするため法文自体に抽象的な表現を用いられており、完全な明確化・明文化は無理なのである。そして、改正してもあまり明確にならない部分は少なくないであろうし、明確化を狙ったことで、逆に解釈の幅が狭くなり解釈の柔軟性が失われる可能性もある。 結局、どんなに法文を明確化、明文化しても、現在及び将来発生するすべての問題に対応できるものではないので、結局解釈にゆだねられる部分や現在想定していない場面に遭遇することは避けられない。 そのため、実務としては、民法改正案が上程されてからは、明文化された条項だからと安心せず、条文を十分検討し、適用が明らかなもの、解釈の幅があるものなどを検討し、実務に則した改正対応を考える必要があろう。 2 「契約の趣旨」を前面に出す改正 売買、賃貸借、請負などの契約において、今回の民法改正で重要な要件となり、また裁判が起こると争点となることが予想されるのが、「契約の趣旨」である。 「契約の趣旨」というものは、元々一言で説明することが難しい当事者の意思を表現したものであって、当然、契約毎に異なるものである。現在でも民事裁判において「契約の趣旨」が争われ、その契約の趣旨が何かを裁判所が認定し、それに沿って契約が履行されているかどうか等が認定されている案件は少なくないであろう。 民法改正では、「契約の趣旨」に一定の解釈をゆだねているようであるが、以上のように、何が「契約の趣旨」かについて、明確になりにくいから裁判になるのである。したがって、民法改正がなされたからといって、「契約の趣旨」を民法の前面に押し出している部分については、結局のところ、明確化や明文化に資するとは言えず、特に紛争が減ったり合理的な解決ルールが導入されるような状態には、ならないものと予想される。 むしろ、「契約の趣旨」を明確にするため、契約書の分量が増加し、より保守的な運用に変化することが予想される。そうなってしまうと(そうならないよう願うが)、契約交渉が必要以上に長引き貴重な時間が失われたり、契約書が無用に冗長となったり、各種契約や取引自体が活発化しなくなる事態もありうることである。 3 実質的なルール変更 債権譲渡、保証、時効、約款など、実質的なルール変更を伴う部分もある。債権譲渡については、登記制度をさらに拡張するか否かや、債権譲渡の承諾に関するルール変更などがあり、時効制度については、時効期間の短縮や要件の整理などがある。 また、民事法定利率の変更、個人保証制度の一部廃止など、改正により日本のビジネスに影響が大きい改正もある。 例えば、債権譲渡登記制度が個人に対しても拡張されるなどの改正がなされれば、法務省のコンピュータシステムの改変が必要であったり、企業側のシステム対応も改変が必要となろう。また、個人保証制度がなくなれば、銀行融資のハードルが上がるし、銀行は債権保全のための手法を新たに開発するか、審査精度をさらに向上させることが必要になろう。 しかし、こうした重要な改正については、未だ甲案と乙案が並列されるなど、どのような制度になるかの結論が出ていない部分も目立つ。 このような新しい制度の導入については、現行の契約実務が大幅な対応を余儀なくされ、約款の変更、既存契約の修正などの対応が必要と考えられる。こうした改正の場合は、経過措置が設けられるなど、一定の時間的な余裕はあろう。 しかし、新しい民法か旧民法かの境目がどこかに設けられ、その端境期には両制度に対応することが求められる。これを、契約書だけでなくシステムにおいて反映させるとすれば(近時は会計等においてIT化が普及しており、会社によっては、システムの改変が必要な場合もあろう)、新民法用システムと旧民法用システムの両方を保有せねばならないこととなり、設備投資の負担はもちろんのこと、適用関係を誤りなくシステム対応させるという運用上の負担も増加するであろう。 その他に、取引先との基本契約の改定など、様々な対応が必要になろう。 4 本当に民法改正は必要か (1) 明確化が必要か? こうした民法改正の項目を見てみると、改正の必要性が薄いのではないかという項目が目につく。 例えば、判例や実務等が明文化される部分については、改正せずとも問題はないものと思われる。実際、不都合が多数生じれば、改正を要望する意見が相次ぎ、結果として改正されるはずである。 逆に、明確化しすぎることにより法律の柔軟性が失われ、取引が硬直化したり、取引通念と逆の結論が導かれないとも限らないのではなかろうか。 (2) 民法という基本法全体の改正が必要か? 例えば、債権譲渡登記制度は、近年導入された制度であるところ、改正されるのであれば、債権譲渡制度だけの改正も可能である。 個人について債権譲渡登記制度を導入するのか、金銭以外の債権譲渡についてはどのように対応するのか、この部分に限定した改正も十分可能である(実際、債権譲渡登記制度は、民法改正を行わずに特別法として制定されている。)。 また、保証人保護については、前述の保証契約部分の改正等、一部の改正だけでも十分可能である。実際、商工ローン問題に端を発した根保証制度については、平成16年の民法一部改正により対応されている。 このように、「民法改正」というように大きく振りかぶらなくとも、不都合の解消は可能である。 実際、今回の民法改正の目玉の一つである個人保証の廃止については、既にその部分が切り取られて、先行して国会に上程され、審議の対象となっている(民法の一部を改正する法律案:前川清成氏外6名提出、現在参議院において可決され、衆議院において閉会中審査とされている。)。 筆者としては、どうしても民法の改正が必要とは思われず、部分的に順次改正をすればよいのではないかと考えている。 (3) 改正後の負担は大丈夫か? 平成18年に行われた会社法改正は、実務にも相当の影響を及ぼし、近年ようやく落ち着きを取り戻したところである。この改正のために、株主総会関係では実務上の負担が増えた部分が少なくなく、それに加え、会社法の不備や穴を突いた不公正な実務(不公正ファイナンスなど)が行われるなど、改正が行われたからといって、必ずしもバラ色とはいえない。 また、会社法改正と連携して振替株式制度(いわゆる株券のペーパーレス化)については、新しい制度の不備がいくつか見られることもさることながら、上場会社の株式を取り扱う証券会社に対して相当重いシステム負担を強要する結果となっている。 以上のような、民法ほど大規模ではないとはいえ、基本法である会社法の改正により相当程度混乱や負担が発生したことは記憶に新しいところである。 これが、民法という重要な基本法が改正されたとき、国民にどの程度の負担が生じるのであろうか。 なかなか想像がつかないところである。 例えば、債権譲渡登記制度を個人に拡張する場合、債権譲渡に関する法務省のコンピュータシステムをどのように改変するかという問題があり、こうした設備投資には相当の税金が投入されることになることは容易に想像できる。 当職としては、民法改正には賛成できない。しかし、中間試案が公表された以上、関係各所の考え方や諸般の事情から、民法改正は不可避かもしれない。 それでも、ユーザーである読者の1人1人が、この改正が本当に必要かどうかを、様々なシチュエーションを考慮において考えていただくことを切に願うものである。 (連載了)