《速報解説》 経済産業省が「企業買収における行動指針」を策定 ~M&Aに関する公正なルール形成のための原則論及びベストプラクティスを提示~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2023年8月31日、経済産業省は、「企業買収における行動指針―企業価値の向上と株主利益の確保に向けて―」を公表した。これにより、2023年6月8日から意見募集されていた案が確定することになる。 「「企業買収における行動指針(案)」のパブリックコメント募集に対する主な御意見の概要及び御意見に対する経済産業省の考え方」も公表されている(112ページある)。 これは、上場会社の経営支配権を取得する買収を巡る当事者の行動の在り方を中心に、M&Aに関する公正なルール形成に向けて経済社会において共有されるべき原則論及びベストプラクティスを提示することを目的とするものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 行動指針の主な内容は次のとおりである。 Ⅲ 主な用語 次の用語を用いている。 Ⅳ 原則と基本的視点 1 3つの原則 上場会社の経営支配権を取得する買収一般において尊重されるべき原則として、次の3つを示している。 2 望ましい買収 買収によるシナジーの実現や、非効率な経営の改善などは、企業価値を本源的価値に近付け、又は本源的価値を高めるための、経営にとっての1つの重要な手段である。 行動指針は、「本源的価値」を、会社の現在の経営資源を効率的な企業経営のもとで有効活用することで実現し得る会社の本質的な価値と表現している。 買収取引の実施について買収者や対象会社、株主には動機があり、これらの者が合理的に行動し買収取引が活発に行われることを通じて、シナジーによる価値向上や、経営の効率の改善を促すことが期待されるとしている。 加えて、買収の可能性があることは、現在の経営陣に対する規律として機能するとのことである。 これらの買収が持つ機能が発揮され、市場が経済的な効果を上げるためには、次のような問題が生じないように、買収の当事者・関係者が尊重し遵守すべき行動規範が求められる。 3 企業価値の向上と株主利益の確保 前述のとおり、「企業価値」とは、概念的には、企業が将来にわたって生み出すキャッシュフローの割引現在価値の総和を表すものである。 「企業価値」は定量的な概念であり、買収の対象となる会社の経営陣は、次のようなことをすべきではないとしている。 他方で、通常の事業運営においては、事業活動を行うことにより中長期的な企業価値を向上させ、そのことを通じて株主共同の利益を確保することを目指して会社を経営することについて、買収の対象となる会社の経営陣は基本的な裁量を有するものである。 4 株主意思の尊重と透明性の確保 会社の経営支配権に関わる事項については、原則として、株主の合理的な意思に依拠すべきであり、株主に対して、十分な情報が提供される必要がある。 通常、買収における株主意思の尊重は、公開買付けへの応募等を通じて株主の判断を得る形で行われるものであり、そのために必要な情報(買収の対象会社による意見表明を含む)や時間を確保するための制度枠組みが構築されている。 透明性の確保の観点から、制度的な枠組みによる対応では十分でないと考えられる例外的かつ限定的な場合に、同意なき買収に対して、会社の発意で買収への対応方針・対抗措置を用いることがある。 このような場合には、買収への対応方針や対抗措置への賛否を巡って、株主総会における株主の合理的な意思を確認することが基本となる。 Ⅴ 買収提案を巡る取締役・取締役会の行動規範 次の事項などについて、買収提案の検討フローの例が図解されている。 取締役会は、買収者が提示する買収価格や企業価値向上策と現経営陣が経営する場合の企業価値向上策を、定量的な観点から十分に比較検討することが望ましいとし、買収提案への対応や買収提案に応じるかどうかという判断の合理性について、(事後的に)説明責任を果たせるように行動すべきであるとしている。 Ⅵ 買収に関する透明性の向上 1 買収者による情報開示・検討時間の提供 買収者が株式の取得を進める場合には、次の各段階によって、投資の性質や市場への影響、求められる透明性が異なると考えられるとし、具体的な内容が記載されている。 市場内買付けの場合には、公開買付制度に基づく情報開示規制が適用されないが、短期間のうちに市場内買付けを通じて経営支配権を取得するような場面においては、買収が企業価値に及ぼす影響を理解した上で株主が買収に応じるか否かの判断をできるよう、買付の目的、買付数、買収者の概要、買収後の経営の基本的な方針等の重要な項目については、少なくとも公開買付届出書における記載内容と同程度の適切な情報提供を、資本市場や買収の対象会社に対して、適時、任意の方法で行うことが望ましい。 また、買収をしようとする者が、公開買付けに先立って市場で株式の取得を進めるに当たり、その後に公開買付けを実施する意向が確定的である場合には、その旨の情報提供を、資本市場や買収の対象会社に対して行うことが望ましい。 2 対象会社による情報開示 経営支配権を取得する買収が実施される際に、買収の対象会社からの情報開示を充実させ、取引条件の妥当性等についての判断に資する重要な判断材料を提供することで、株主によるインフォームド・ジャッジメントが可能となるとのことである。 買収が実施される場合には、対象会社としても、金融商品取引所の適時開示規制による開示制度を遵守するにとどまらず、自主的に、取締役会や(特別委員会が設置されている場合には)特別委員会における検討経緯や、買収者との取引条件の交渉過程への関与状況に関し、充実した情報開示を行うことが望ましい。 3 株主の意思決定を歪める行為の防止 買収者が以下のような行為を行うことは望ましくない。 買収の対象会社が以下のような行為を行うことは望ましくない。 Ⅶ 買収への対応方針・対抗措置 1 買収への対応方針・対抗措置に関する考え方など 買収の対象会社やその株主に対して必要な時間や情報が提供されずに買収がされることや、買収者が買収の対象会社や一般株主の犠牲のもとに不当な利益を得ることを目的として経営支配権を取得することなどで、企業価値ひいては株主共同の利益を損なう可能性もあるとのことである。 現状は、こうした事態に公開買付制度等の法制度のみで対応するのではなく、事案に応じ、企業が差別的な内容の新株予約権無償割当てを利用した買収への対抗措置を用いた方針(買収への対応方針)を定め、それに基づく対抗措置を発動することがあり、これが適法であると裁判例で認められている場合もある。 しかしながら、このような買収に対する対応方針について、次の指摘も記載されている。 行動指針は、これまでの裁判例も踏まえ、次の各論点について記載している。 2 利害関係者以外の過半数を要件とする株主総会決議 「別紙3:買収への対応方針・対抗措置(各論)」の1、(3)、a)では、株主総会の決議における「利害関係者以外の過半数を要件とする決議」について、裁判例の中には、対抗措置の発動についての株主総会での決議において、買収者、対象会社取締役及びこれらの関係者の議決権を除外した議決権の過半数による決議がされた事例が存在するものの、これが許容されうるのは、買収の態様等(買収手法の強圧性、適法性、株主意思確認の時間的余裕など)についての事案の特殊事情も踏まえて、非常に例外的かつ限定的な場合に限られることに留意しなければならないとしている。 (了)
2023年8月31日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.533を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第29回】 「課税処分の後発的違法と不当利得の成否」 -「未必所得」課税額不当利得返還請求事件・最判昭和49年3月8日民集28巻2号186頁- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 前回は、納税義務の成立要件としての課税要件のうち帰属(課税物件の人的帰属)の意義とこれに係る課税処分の過誤に関する判例を検討したが、今回は、納税義務の消滅原因(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【104】)の1つである還付金等の充当(同【116】)の前提として整理した還付金等の意義(同【115】)に関連して、過納金相当額の不当利得の返還を認めた判例を取り上げ検討することにする。 納税義務の履行として行われた租税の納付が原始的に過大であった場合又は後発的に過大となった場合、国又は地方団体は、その納付額のうち過大部分を一種の不当利得として納税者に返還しなければならないが、税法はこの返還を還付と呼び、国税については還付金等(還付金及び過誤納金)の還付(税通56条1項)を、地方税については過誤納金の還付(地税17条)をそれぞれ定めている。 還付金とは、当該租税の納付それ自体は適法に行われたが、その納付に係る税額が、後に税額計算規定の適用により、結果として過大になった場合に、返還されるべき税額に相当する金額をいう。過誤納金のうち過納金とは、誤った申告や課税処分に基づく納付をした場合の過大納付分のように、納税義務の誤った確定に基づく納付であるが故に、当該租税の納付それ自体が、不適法であった場合に、返還されるべき税額に相当する金額をいう。また、過誤納金のうち誤納金とは、当該租税の納付それ自体が不適法なものであった場合に返還されるべき税額に相当する金額のうち、過納金とは異なり、納税義務の誤った確定に基づいて生ずるものではないものをいう。 納税義務の確定のための課税処分に関していえば、課税処分の過誤が取り消し得べき違法にとどまる場合は過納金が問題になり、課税処分の無効に帰着する場合は誤納金が問題となる。前者の場合は、伝統的な判例(下記①)・通説(下記②③)によれば、過納金の還付には当該課税処分の取消しが必要とされてきた。 そのような状況の下で、最高裁は、増額更正により雑所得として課税の対象とされた金銭債権(金銭消費貸借上の利息損害金債権)が当該課税処分に対する不服申立期間の経過後に貸倒れにより回収不能となったという事案において、当該課税処分が取り消されなくても、国は、当該課税処分に基づいて既に徴収した所得税のうちその貸倒額に対応する徴収税額を不当利得として納税者に返還する義務を負うものと解すべきであるとの判断を示した。最判昭和49年3月8日民集28巻2号186頁(以下「本判決」という)がこれであるが、筆者は本判決の判断内容を踏まえその事案を「『未必所得』課税額不当利得返還請求事件」と呼んでいる。 なお、前記のような状況の下で生じていた本件のような問題は、その後昭和37年の改正で、現行所得税法64条及び152条に相当する規定が制定され、昭和37年1月1日以後の後発的貸倒れに適用されることとされ、立法的に解決された。 以下では、まず、本判決の内容をその論理構造に従って整理し(Ⅱ)、その上で、本判決の意義ないし特徴を検討することにする(Ⅲ)。 Ⅱ 本判決の判断構造 本判決の内容は、その論理構造に即してみると、以下の4つの判断に整理することができる。本判決は、第1に、権利確定主義の意義について、「現実の収入がなくても、その収入の原因たる権利が確定的に発生した場合には、その時点で所得の実現があつたものとして、右権利発生の時期の属する年度の課税所得を計算するという建前(いわゆる権利確定主義)」と判示した上で、権利確定主義の合理性の限界の所在とその限界の克服のための是正の必要性について、次のとおり判示した(下線筆者。以下「判旨①」という)。 第2に、金銭債権の後発的貸倒れに係る是正措置の必要性の根拠とその是正措置が実定税法の内在的要請(判旨③にいう「法律上期待され、かつ、要請されているもの」)であることを次のとおり判示した(下線筆者。以下「判旨②」という)。 第3に、金銭債権の後発的貸倒れに係る是正の方法について課税庁の減額更正義務(及び徴税後については過納金相当額の返還義務)を次のとおり判示した(下線筆者。以下「判旨③」という)。 第4に、金銭債権の後発的貸倒れの事案において課税庁が減額更正義務を履行すべき場合を次のとおり判示した上で、その義務の不履行によって納税者が先の課税処分に基づく租税の収納を甘受しなければならないとすることが正義公平の原則にもとること及びそのことが不当利得の返還義務に帰結することを判示した(下線筆者。以下「判旨④」という)。 Ⅲ 本判決の法創造根拠理由 1 後発的一部無効理論 本判決は、判旨①では、「経済的な利得を対象とする」という「所得税の本質」(判旨②)に鑑みて、「徴税政策上の技術的見地から・・・・・・所得の帰属年度を決定するための基準」である権利確定主義に基づく所得税の賦課徴収を「いわば未必所得に対する租税の前納的性格を有するもの」として捉えた上で、金銭債権の確定的発生後の貸倒れの場合には、その賦課徴収が「結果的に所得なきところに課税したもの」となるところに権利確定主義の合理性の限界を認め、その限界を克服するために「なんらかの是正が要求される」旨を説示している。 ここで説示された考え方は、包括的所得概念を前提にして「所得税の本質」を捉えるものであると解されるが、そうすると、金子宏教授が本件第一審・東京地判昭和41年6月30日行集17巻6号725頁に関する評釈(自治研究45巻7号(1969年)170頁。以下の括弧内の頁はこの評釈の頁)の中で「包括的所得概念の観点から」(178頁)次のとおり述べられた考え方(178-179頁)と基本的には同じ考え方であるように思われる。 金子教授は、この「後発的違法ないし瑕疵の観念」(179頁)に基づき「後発的一部無効の観念」(180頁)を展開し、次のとおり説いておられた(同頁)。 もっとも、金子教授は、次のように述べ(181頁。下線筆者)、本件における後発的一部無効の成否については結論を留保されていた。 この叙述は、課税処分の当然無効に関する重大明白説の立場を前提にするものであるが、上記引用文中の下線部のように重大説の立場を前提にすれば本件更正処分の後発的一部無効の結論を導き出すことができる、という議論の余地を残しているようにも思われる。本判決が前回検討した冒用登記事件・最判昭和48年4月26日民集27巻3号629頁の1年近く後に示されたことを考えると、なおさらである。というのも、金銭債権の後発的貸倒れは「所得なきところに課税した」という結果をもたらすが、この結果は、「課税要件の根幹についての重大な過誤」(上記最判)に該当する、所得の人的帰属に関する判断の過誤とみることもできるからである(前回Ⅱ2も参照)。 このように考えてくると、金子教授が説かれた後発的一部無効理論は、本件についても最高裁で採用される可能性があったのではないかと考えられる。しかし、本判決は判旨②の冒頭で「いつたん適法、有効に成立した課税処分が、後発的な貸倒れにより、遡つて当然に違法、無効となるものではない」と説示して、その可能性を否定した。この点について、本判決の調査官解説は次のとおり述べている(佐藤繁「判解」最判解民事篇(昭和49年度)198頁、203頁。金子宏「判批」ジュリスト590号(1975年)32頁、34頁も参照)。 2 課税庁の減額更正義務 それでも、本判決は判旨②で、権利確定主義に基づく所得税の賦課徴収を金銭債権の事後的貸倒れの場合に維持することにつき、「所得税の本質に反する」ことを再度確認し、さらに「事業所得を構成する債権の貸倒れの場合とその他の債権の貸倒れの場合との間にいわれなき救済措置の不均衡」をも指摘した上で、「法がかかる結果を是認しているものとはとうてい解されない」として、その結果の是正が実定税法の内在的要請である旨を明らかにしている。 そして、判旨③でその是正の方法について「最も事理に即した是正の方法」として課税庁の減額更正義務(及び徴税後については過納金相当額の返還義務)を示し、これによる是正が「法律上期待され、かつ、要請されているもの」と判示しているが、課税庁の減額更正義務こそが、後発的一部無効理論によらず「課税処分の実体的効力とは別の次元で問題を解決」(佐藤・前掲「判解」205頁)するための論理構成の「転轍機」となっているものと解される。 ここで、課税庁の減額更正義務等が「最も事理に即した是正の方法」とされていることについては次の解説(佐藤・前掲「判解」205頁。下線筆者)がされている。 この解説によれば、課税庁の減額更正義務は、「租税政策及び徴税技術上の考慮が働く余地」のあるところで創造された「法律上の義務」、しかも「できるだけ実定制度の構造や建前にそった解決」のために制定法内在的に創造されたものである、すなわち、制定法の「構想に反した不完全さ(planwidwige Unvollständigkeit)」である制定法の欠缺(Gesetzeslücke)を補充する制定法内在的法創造(Gesetzesimmanente Rechtsfortbildung. S. K. Larenz, Methodenlehre der Rechtswissenschaft, 6. Aufl., Berlin 1991, 370ff.)によるものであると解される。 筆者は、納税義務の確定に関する債務関係説的構成(前掲拙著【118】参照)及びこれに基づく実体的真実主義の観点から(拙著『税法創造論』(清文社・2022年)850-858頁[初出・1995年]参照)、また、申告納税制度の体系的把握の観点からも(谷口教授と学ぶ「国税通則法の構造と手続」第15回2参照)、納税者の第一次的確定権(納税申告権)及び第一次的確定義務(納税申告義務)並びに課税庁の第二次的確定権(課税処分権)及び第二次的確定義務(課税処分義務)という対等・対称的な権利義務により構成される申告納税制度の相互チェック構造を説いてきたが(前掲拙著『税法基本講義』【120】【123】【136】のほか【27】も参照)、その一環として、課税庁の減額更正義務も、税法上その履行担保措置が定められているか否かにかかわらず、税法上の義務である旨を説き、その文脈で本判決を参照してきたところである(同【38】【136】参照)。 3 正義公平の原則に基づく減額更正義務の「信義則的構成」 もっとも、本判決は、課税庁の減額更正義務を「最も事理に即した是正の方法」(判旨③)と認めつつも、これを「当時の法律のもとにおける原則的な救済方法」(佐藤・前掲「判解」205頁)として何らの制約なしにそのまま適用するのではなく、「貸倒れの発生とその数額が格別の認定判断をまつまでもなく客観的に明白で、課税庁に前記の認定判断権を留保する合理的必要性が認められないような場合」(判旨④)に限って、適用するものとしている。 ここで本判決は「正義公平の原則」を援用しているが、これこそが本判決の法創造根拠理由であると考えられる。筆者は法創造根拠理由という言葉を「法創造の拠りどころとなる法の原理・原則、特別の事情等の個別的救済理由の総称」(前掲拙著『税法創造論』132頁脚注57[初出・2021年])として用いているが、本判決が正義公平の原則を法創造根拠理由として行う法創造の論理構造は、次のようなものであると考えられる(同134-135頁[同])。 ここでいう「信義則的構成」という言葉は、「貸倒れが客観的に明白であるにもかかわらず課税庁が是正義務を尽くさないことは著しく不当であるので、この著しく不当な義務違反の面をとらえて課税処分の主張制限という一種の信義則違反的な効果と結びつけたもの」を「信義則的構成」と呼ぶ調査官解説の用語法(佐藤・前掲「判解」206頁)に倣ったものであるが、これは、「貸倒れの発生とその数額が格別の認定判断をまつまでもなく客観的に明白で、課税庁に前記の認定判断権を留保する合理的必要性が認められないような場合」(判旨④)であるにもかかわらず、課税庁が減額更正義務に違反しその「誠実な履行」(佐藤・前掲「判解」205頁)をしないときに限って、課税庁の減額更正義務という「最も事理に即した是正の方法」(判旨③)を適用するための法創造の論理構成であると解される。 したがって、この信義則的構成にいう「信義則」は、第27回で検討した「法の一般原理である信義則の法理」(青色申告承認「信義則」事件・最判昭和62年10月30日訟月34巻4号853頁)のみを意味するものではなく、次の見解(中川一郎『税法学巻頭言集』(清文社・2013年)30頁)が説くような、より広く国家と納税者との信頼関係を基礎とする課税を要請する考え方を意味するものと解される。 要するに、本判決は「正義公平の原則」に基づき、金銭債権の後発的(確定的発生後の)貸倒れの場合について、納税者に対する不当・不公平な課税の結果と課税庁による減額更正義務の「誠実な履行」の有無とのバランスを取りながら、課税庁の減額更正義務の「信義則的構成」により、「既に徴収したもの[=過納金相当額]は、法律上の原因を欠く利得としてこれを納税者に返還すべきものと解するのが相当である。」(判旨④)と判示したものといえよう。 Ⅳ おわりに 以上の検討を通じて、本判決について、包括的所得概念論を前提にして権利確定主義による「未必所得」に対する課税を「所得税の本質に反する」不当・不公平な課税とみて、課税庁の減額更正義務を転轍機として、「正義公平の原則」に基づき法創造を行うことによって、金銭債権の後発的貸倒れに基因する過納金相当額の不当利得の返還を認め、もって納税者の救済を図った判決という理解を述べたが、筆者は本判決をそのようなものとして高く評価してきたところである(前掲拙著『税法基本講義』【136】、同『税法創造論』132-135頁[初出・2021年]参照)。 最後に、本判決に関する調査官解説で「後発的貸倒れによっても課税処分の効力に影響がないとしつつ、なお不当利得の関係でなんらか新たなロジックを用いる見解」(佐藤・前掲「判解」203頁)の1つとして取り上げられている、課税処分の公定力の客観的範囲論(同204-205頁参照)について若干コメントしておくことにする。 課税処分の公定力の客観的範囲論は次のように説くものである(兼子仁「判批」ジュリスト444号(1970年)156頁、158頁。下線筆者)。 この見解について、本判決に関する調査官解説は次のとおり述べている(佐藤・前掲「判解」204-205頁)。 ただ、その後の判例の中には、課税処分の公定力の客観的範囲の観点から理解することができるものがみられるようになった。この点については、既に別稿(前掲拙著『税法創造論』1060頁以下[初出・2016年])で、課税処分国賠請求事件・最判平成22年6月3日民集64巻4号1010頁及び過誤納金還付請求権相続財産該当性事件・最判平成22年10月15日民集64巻7号1764頁を素材にして検討したので、それを参照していただくことにして、ここでは、本判決の原審・東京高判昭和42年12月26日訟月13巻13号1650頁の次の判断も、今日であれば、課税処分の公定力の客観的範囲の観点から当時よりも広く支持されるのではないかという問題提起をするにとどめておくことにする。この判決は、本判決に比べて、租税実体法(課税要件法)と租税手続法(租税行政法)との目的従属的な関係(金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)29頁、前掲拙著『税法基本講義』【20】参照)に照らして一層明快な解決を示してくれるものとして、更なる検討に値するように思われる。 (了)
Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第29回】 「〔第2表〕株式等保有特定会社の判定の留意点」 税理士 柴田 健次 Q A社、B社、C社及びD社における株式の相続税評価額の計算において、それぞれA社及びB社については直前期末方式を採用し、C社及びD社については仮決算方式を採用した場合には、下記の通り株式等保有割合が50%未満となり、株式等保有特定会社に該当せず、一般の評価会社として評価することができますか。 なお、いずれの会社も株式等特定会社以外の特定の評価会社には該当しないものとします。 直前期末から課税時期までの各社の株式等保有割合の変動理由は、下記の通りとなります。 A A社及びC社は一般の評価会社として評価することができますが、B社及びD社は、株式等保有特定会社に該当するため、一般の評価会社として評価することはできません。 ① 株式等保有特定会社の判定 課税時期における下記算式の株式等保有割合が50%以上の場合には、株式等保有特定会社として、純資産価額又は「S1+S2方式」により評価することとされています(評価通達189(2)、189-3)。 株式等保有特定会社が規定された理由として、資産が著しく株式等に偏っている会社については、原則的評価方式による評価額と適正な時価との乖離が問題になり、租税回避行為の原因ともなっていたため、平成2年の財産評価基本通達の改正により設けられました。 なお、評価会社が、株式等保有特定会社又は土地保有特定会社に該当する評価会社かどうかを判定する場合において、課税時期前において合理的な理由もなく評価会社の資産構成に変動があり、その変動が株式等保有特定会社又は土地保有特定会社に該当する評価会社と判定されることを免れるためのものと認められるときは、その変動はなかったものとして当該判定を行うものされています(評価通達189なお書き)。 ② 合理的な理由の判断基準 「合理的な理由があるかどうか」については、明確な判断基準はありませんが、租税回避行為の有無、資産購入と課税時期までの期間、長期的にも株式等保有特定会社に該当しないかどうか、原則的評価方式における評価額と株式等保有特定会社の評価額の差額、事業の必要性等を総合勘案して判断されるべきであると考えられます。 ③ 株式等保有割合の計算時点 上記①の株式等保有割合は、第5表「1株当たりの純資産価額(相続税評価額)の計算明細書」を基に計算します。具体的には、株式等保有割合の分母の価額は、第5表における資産の部の合計の相続税評価額(①の金額)を使用し、分子の価額は、第5表における株式等の価額の合計額の相続税評価額(㋑の金額)を使用することになります。 第5表の資産及び負債の金額は、下記の通り、評価時点を課税時期(仮決算方式)か直前期末時点(直前期末方式)のいずれを採用するかによって異なります。 (1) 原則的な評価時点(仮決算方式) 非上場株式の評価の計算時期は、課税時期となりますので、相続の場合には相続開始時点、贈与の場合には贈与時点となります。したがって、評価会社の課税時期の属する事業年度開始の日から課税時期までの期間の決算を確定させ、資産及び負債の金額を求めることになります。 (2) 簡便的な評価時点(直前期末方式) 第5表の純資産価額の計算は、原則として仮決算方式で評価するべきこととされていますが、評価会社が課税時期において仮決算を行っていないため、課税時期における資産及び負債の金額が明確でない場合において、直前期末から課税時期までの間に資産及び負債について著しく増減がなく評価額の計算に影響が少ないと認められるときは、直前期末方式により計算することができるものとされています。 したがって、直前期末から課税時期までの間に資産及び負債について著しく増減がある場合については、直前期末方式により計算ができません。 例えば、直前期末から課税時期までの間に評価会社が一部事業の廃止や合併等の組織再編を行ったことで資産及び負債の増減が大きい場合には、直前期末方式で計算することはできませんので仮決算方式により計算を行うことになります。 ④ 本問の場合の当てはめ なお、令和3年8月27日の裁決(TAINSコード:F0-3-765)は、株式等保有特定会社を免れるために相続開始の直前において増資を行ったと認定された事例となりますが、審判所は、下記の通り判断しています。 (下線は筆者による) 上記に記載のとおり、「相続税の負担を大きく軽減することを直接の主たる目的として行われたこと」と認定された場合には、課税時期前において合理的理由もなく評価会社の資産構成に変動があったものとみなされ、その変動がなかったものとして取り扱われることになりますので、資産の変動の要因となる行為がどのような目的で行われたかが重要なポイントとなります。 ☆実務上のポイント☆ 直前期末方式で計算する場合には、直前期末から課税時期までの間に資産及び負債について著しい増減がないかを確認することが重要となります。また、株式等保有特定会社や土地保有特定会社の判定を行う場合には、課税時期前に株式等保有特定会社又は土地保有特定会社を免れるための行為がなかったかどうかを確認する必要があります。 (了)
「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例125(贈与税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆暦年課税(相法21~21の8) 暦年課税は、1暦年(1月1日から12月31日まで)に贈与により受けた財産の合計額から基礎控除額110万円を差し引いた残額に累進税率を適用して贈与税を計算する。 ◆相続開始前3年(※)以内に贈与があった場合の相続税額(相法19①) 相続又は遺贈により財産を取得した者が当該相続の開始前3年(※)以内に当該相続に係る被相続人から贈与により財産を取得したことがある場合においては、その者については、当該贈与により取得した財産の価額を相続税の課税価格に加算した価額を相続税の課税価格とみなして相続税が課税される。 ◆贈与税額控除(相法19①、相令4①) 相続税の課税価格の計算上、3年(※)以内の生前贈与加算が適用された者については、相続税と贈与税の二重課税を排除するため、相続税額の計算上、次の算式により計算した贈与税額控除額を相続税額から控除する。なお、贈与税額控除額がその者の算出相続税額を超えることとなっても、その超える分について贈与税額の還付はない。 (※) 令和5年度の税制改正により令和6年1月1日以後の贈与については7年に延長されている。 ◆相続時精算課税制度(相法21の9~21の18) 生前の贈与について、納税者の選択により、暦年課税に代えて、相続時精算課税の適用を受けることができる。相続時精算課税とは、贈与時に贈与財産に対し一定の贈与税(特別控除額2,500万円を超えた部分に20%の税率で課税)を支払い、相続開始時にその贈与財産を相続財産に持ち戻して相続税を計算し、支払った贈与税を精算する制度である。特別控除額の2,500万円までは贈与税はかからず、さらに相続開始時にこれらの生前贈与財産をプラスしても相続税がかからない場合には、贈与税の負担なしで生前贈与が可能となる。つまり、相続時精算課税により支払った贈与税額は相続税がゼロの場合には全額還付になる。 ◆相続時精算課税選択届出書(相法21の9②) 相続時精算課税の適用を受けようとする者は、その年の翌年2月1日から3月15日までに贈与者からその年中に贈与により取得した財産について相続時精算課税の適用を受けようとする旨その他一定の事項を記載した届出書を納税地の所轄税務署長に提出しなければならない。なお、贈与者が死亡した後でも受贈者の選択により相続時精算課税選択届出書は提出できる。 (了)
固定資産をめぐる判例・裁決例概説 【第29回】 「建物の取壊費用等が不動産所得の必要経費ではなく、 土地の取得費に算入されるべきとされた事例」 税理士 菅野 真美 ▷建物の取壊費用の取扱い 所得税法において、建物を取り壊した場合の建物の取得費と取壊費用の取扱いは4つに分かれる。すなわち、不動産所得等の必要経費になる場合、土地の取得費となる場合、譲渡費用となる場合、家事費となる場合である。 不動産所得の必要経費に算入するものとして、不動産所得を生ずべき事業の用に供される固定資産について、取壊し、除却、滅失等により生じた損失がある(所法51①)。必要経費は、「事業活動と直接関連を持ち、事業の遂行上必要な費用でなければならない」(※1)と考えられているから取壊費用を必要経費化するためには、その固定資産が事業の用に供されていることが必要である。 (※1) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂、2021年)321頁 取壊費用等が、土地の取得費になるものとして、その取得後おおむね1年以内に当該建物等の取壊しに着手するなど、その取得が当初からその建物等を取り壊して土地を利用する目的であることが明らかであると認められる場合とされている(所基通38-1)。通達で1年以内と定められているが、「初めは建物を事業に使用する目的で取得したが、その後やむを得ない理由が生じたことにより、その使用をあきらめなければならないような場合には、その取得後おおむね1年以内にその建物を取り壊したときであっても、その建物の帳簿価額と取壊費用の合計額は、土地の取得価額に含めないで、取り壊したときの損金の額に算入することができます。」(※2)と税目は法人税であるが、タックスアンサーにおいて回答されている。 (※2) 国税庁タックスアンサー「No.5401 土地とともに取得した建物を取り壊した場合の土地の取得価額」 不動産所得の必要経費になるか、土地の取得費になるかによって納税コストも大きく変わる場合もあり、境界線がどこにあるのかが重要となる。 今回は、建物を取り壊して土地を借りる予定の会社が現れたために購入した土地建物について、取得後にその会社が借りないことになったが、その後新たに現れた借主の要望により取り壊した費用や建物の取得費は不動産所得の必要経費か、土地の取得費かで争われた事案を検討する。 ▷どのような事案か この事案について、解体工事完了までの流れのうち主要な出来事を時系列で並べると次のようになる。 (※3) 地裁判決の原告の主張では「10月下旬頃にCから旧A土地建物と一緒に本件土地を借りたいという申込みがあった」と記載されているが、当裁判所の判断では「同年11月頃、原告に対し、旧A土地建物に加え本件土地建物を借りたい旨の申出をするとともに、本件建物は不要であると取壊してほしいとの要望をした」と記載されており、本稿では裁判所の判断の時期を記載した。 甲は、本件建物の取得費と取壊費用を不動産所得の必要経費として申告したが、課税庁から更正処分を受け審査請求をしたが棄却されたため、山形地方裁判所に訴えを提起した。 本事案において争点は2つあったが、本稿では、建物の取得に要した金額(4,100万円)及びその取壊しに要した費用の額(421万2,000円)は、不動産所得の必要経費か、土地の取得費かで争われた点にしぼって検討する。 ▷甲と課税庁の主張 地裁における甲と課税庁の建物の取得に要した金額と取壊しに要した費用の額に関する主張は、以下のようになる。 ▷地裁の判決は 地裁は次のように述べて、甲の請求を却下・棄却した。 ▷高裁の判決は 地裁判決に不満な甲が控訴したが、高裁も次のように述べて甲の請求を棄却した。 ▷これらの判決から学んだことは 地裁判決は、土地建物を取得した時点で、建物を取り壊し、土地利用の目的であったことが明らかであることを、証拠に沿って的確に判断している。高裁判決は地裁判決を支持して簡潔に判断している。 建物の利用価値が取得時点であるかどうかが重要で、判決では語られてないが経済的価値がない建物に4,100万円という価格で契約したことについて極端な節税の意図を感じたことが本判決となった要因かもしれない。だから、当初の取壊しの計画と実際の取壊しに関連性がないこと、建物の登記をしたことや、その後、建物のテナント募集がなされたことは必要経費算入の根拠とはならなかったのではないだろうか。 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第24回】 「住友銀行外税控除否認事件 -受益者条項からみたケース別否認類型の検討- (地判平13.5.18、高判平14.6.14、最判平17.12.19)(その3)」 ~法人税法69条ほか~ 税理士 畠山 和夫 6 外税控除否認の論理構成 (1) 租税条約の受益者条項を租税回避否認規定として直接適用する構成(直接適用論) ① 日本国憲法、国内法と条約の関係 (ⅰ) 日本国憲法と条約の関係(芦辺信喜『憲法 第7版』岩波書店(2019)13頁より筆者要約) (ⅱ) 租税条約の国内法として直接適用の可否(川端康之「租税条約上の租税回避否認」税大ジャーナル第15号7頁を筆者要約) a.国内法と租税条約上の租税回避否認規定の関係に関する学説の対立 b.直接適用の要件 ② 我が国の従来の対応 租税条約の受益者条項は、従来から(1)「租税回避否認規定」ではなく「課税権配分規定」と目されてきたこと、(2)租税条約の我が国への適用については「直接適用可能説」ではなく「国内立法必要説」が通説とされてきたこと、から個別否認規定を持たない我が国では租税条約上の受益者条項違反を租税回避行為として否認することは困難だとされてきた。しかし、川端・前掲「租税条約上の租税回避否認」をベースに、受益者条項の直接適用の可能性を検討したい。 ③ 受益者条項の直接適用の可能性の検討(川端・前掲「租税条約上の租税回避否認」より筆者要約) (ⅰ) 受益者条項の租税回避否認規定性 (注) 例としてOECDモデル租税条約の受益者の要件や日米租税条約22条に見られるLOB条項が挙げられている。 (ⅱ) 租税条約否認規定の直接適用可能性 (ⅲ) 論点 (ⅳ) 条約の租税回避否認規定の直接適用 a.具体例(括弧内は原文の事実に対応する本件S銀行R事件の事実を筆者追記) b.理論構成(括弧内は原文の事実に対応する本件S銀行R事件の事実を筆者追記) ④ プリザベーション条項との関係 (ⅰ) 本件条約の租税回避否認規定の直接適用が抵触する懸念 条約の受益者条項を国内法令に直接適用すると、法人税法69条の「納付することとなる」要件を受益者に限定することになる。これは国内法令の特典を制限することになり、プリザベーション条項に抵触することになりはしないか、という懸念が生じる。 (ⅱ) プリザベーション条項の意義(増井良啓「租税条約におけるプリザベーション条項の意義」税務事例研究102巻63頁を筆者要約) (※3) 日豪租税条約には、プリザベーション規定は存在しない。 ⑤ 本件への当てはめ ◆上記④についての理論構成(川端・前掲「条約の租税回避否認規定」9頁を筆者要約) 以上から、上記第3説を採用しプリザベーション条項は働かないとした上で、租税条約の受益者条項を国内の租税回避否認規定として直接適用する理論構成とする。 (2) 脱法行為により無効とする構成(公序良俗違反論) ① 脱法行為の公序良俗違反による当然無効論(大須賀明「憲法上の脱法行為」早稲田法学会誌第15巻6頁を筆者要約) ② 租税法規の強行法規性(金子宏『租税法(第24版)』弘文堂(2021)86頁から一部抜粋) ③ 賛成意見(一括支払システム事件(最高裁平成15年12月19日判決)の亀山継夫裁判官補足意見を筆者要約) ④ 反対意見(清水一夫「課税減免規定の立法趣旨による「限定解釈論」の研究」税大論叢59号284頁を筆者要約) ⑤ 本件への当てはめ 一般的に、私法上又は公法上の禁止行為に違反し脱法行為として公序良俗違反により無効であるときは、当然その無効な私法上の行為を根拠とする課税減免規定の適用は否定される。そのように解さなければ、課税減免規定を許容することにより国家が脱法行為という違法な行為を助長又は加担することになり不合理である(ただし、行政上の取締法規違反は私法上の行為に影響せず無効とはならない)。 しかし、脱法行為論を税法の分野に持ち込むことに対しては前掲の清水一夫税務大学校教授の有力な反対意見がある。したがって、脱法論から三行外税事件を否認するためには、その間を橋渡しする次の理論が必要だと思われる。 (3) 法律への詐害理論又はクリーンハンズの原則により否認する構成(信義則違反論) ① 適用すべき信義則の派生原則 (ⅰ) 法律への詐害理論(仏:fraude a la loa) 公法である租税法に関して詐害が行われた場合には、当該私法行為は課税庁に対抗できない。 (ⅱ) クリーンハンズの原則 自ら法を尊重するものだけが、法の救済を受けるという原則で、自ら不法に関与した者には裁判所の救済を与えない。 ② 信義則の税法適用否定説(下村芳夫「租税法律主義をめぐる諸問題」税大論叢6号44頁から筆者要約) ③ 信義則の税法適用肯定説(金子宏『租税法(第24版)』弘文堂(2021)143~144頁より筆者要約) ④ 本件への当てはめ 下村芳夫税務大学校助教授の否定説は、税務官庁が行った事実関係や行政作用によって、納税義務の変更や消滅をきたす場合の理論であり、本件のように、納税者の行為が信義則に違反している場合の理論とは前提が異なる。私法上又は公法上の行為が脱法行為として公序良俗に違反するときは、租税法律主義(合法性の原則)を犠牲にしてもなお正義に反するといえるような特別の事情がある場合であり、私法の一般原則である信義則を租税法律関係に適用しその違法な私法上の行為を根拠とする課税減免規定の適用を否定すべきと思われる。 (4) 「納付することとなる」要件事実該当性による構成(受益者要件事実論) ① 大阪地裁判決での主張 (ⅰ) 原告の主張 (ⅱ) 地裁の判断 ② 上記主張・判断に対する疑問点 (ⅰ) 「第三者による納付(上記【a】【c】)」に関する疑問点 税法は、相対する当事者の租税関係について、当事者の一方ずつを別々に規定している。国税通則法は、債権者(国税当局)の立場から、真実経済的な負担者以外の第三者からの納付に関しても債権消滅事由として規定している。これに対し、法人税法69条は、債務者(納税者)の立場から、真実経済的な負担者からの納付に関して規定している。すなわち、「納付することとなる」と規定しているのであり、確定すべき抽象的な納付義務の負担者は代理人・導管等の第三者ではなく、真実経済的な負担者を意味しているものと思われる。したがって、同じ「納付」でも同義に解することはできない。 (ⅱ) 「納付証明書(上記【b】)」に関する疑問点 納付証明書は形式的証拠力(証明書が外国の官公署によって作成され偽造ではないこと)はあっても、実質的証拠力(記載事項の内容が真正であること)がない場合も当然ありうる。本件ケースⅠ及びⅡの場合は後者の場合であり、両ケースの納付証明書は、条約又は国内法に定められた源泉税納税者(受益者)ではない者を納税者として記載した虚偽内容の証明書であり、いかに「名義主義」といえども、虚偽内容の証明書をもって有効な納付証明書ということはできない。 7 ケースⅠ・Ⅱ・Ⅲ別の外税控除否認への論理構成 (1) 外税控除否認への論理構成 以上より、外税控除否認への論理構成は次の5つに要約される。 (2) ケースⅠ・Ⅱ・Ⅲ別論理構成適用順序 ① ケースⅠ(受益者条項付き租税条約適用:S銀行R事件) 租税条約受益者条項を租税回避否認規定として国内法令に直接適用する典型的なケースである。したがって、主位的に外税控除否認への論理構成は①直接適用論になる。 憲法98条2項により、国際法規である条約の遵守の観点にも拘わらず、租税条約の受益者条項を充たさないS銀行の源泉税納付は脱法行為であり、我が国でいう公序良俗違反及び信義則違反として、税法上その行為を否認するものである。したがって、予備的に外税控除否認への論理構成は②公序良俗違反論、③信義則違反論及び④受益者要件事実論になる。 ② ケースⅡ(受益者条項付き源泉地国内法適用:S銀行P事件) 金融機関による源泉税減免のための受益者条項は、源泉地国メキシコの一般国内法に規定されているものであり、受益者ではないS銀行は同国の租税法規範に違反して源泉税の納付を行ったものである。本ケースでは、S銀行の同国における源泉税納付は、同国の納付に当たらないため我が国の法人税法69条の納付という要件事実にも該当しないと構成する。したがって、外税控除否認への論理構成は主位的に④受益者要件事実論になる。 また、源泉地国の国内法規の受益者条項を充たさないS銀行の源泉税納付は源泉地国における脱法行為であり、我が国でいう公序良俗違反及び信義則違反として、税法上その行為を否認するものである。したがって、予備的に外税控除否認への論理構成は②公序良俗違反論及び③信義則違反論になる。 ③ ケースⅢ(受益者条項無し源泉地国内法適用:S銀行R事件) S銀行の源泉税納付は、源泉地国の法令手続を遵守して行ったものであり、源泉地国でのS銀行の違法性は認められない。この場合、S銀行の外税控除余裕枠濫用は我が国の租税回避否認の問題であり、我が国の法人税法69条の解釈により否認するしかない事案である。したがって、外税控除否認への論理構成は⑤恩恵的政策規定の趣旨目的による限定解釈論になる。 8 おわりに 以上、本件S銀二事件に関して、その租税回避のスキームのケースを3つに分けて、できる限り法令の解釈論よりも事実認定を重視し、我が国の国内法のみならず国際法規(条約や源泉地国法令)も含めて、ケースごとに最適と思われる否認の論理構成を検討した。ここで示した見解は、筆者の独自の見解であり、浅学の故に論理の展開に不十分な点があることをお詫び申し上げる。 (了)
リース会計基準(案)を学ぶ 【第4回】 「リースの識別」 -リースを構成する部分とリースを構成しない部分の区分- 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 前回(第3回)に続き、リースの識別について解説する。 リースの識別については、前回(第3回)解説した「リースの識別の判断」のほかに、「リースを構成する部分とリースを構成しない部分の区分」についても規定されている。 今回は、この「リースを構成する部分とリースを構成しない部分の区分」について解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 借手及び貸手の原則的な会計処理 リース会計基準(案)は、自動車のリースにおいてメンテナンス・サービスが含まれる場合などのように、契約の中には、リースを構成する部分とリースを構成しない部分の両方を含むものがあると説明している(リース会計基準(案)BC27項)。 このような場合、借手及び貸手は、リースを含む契約について、原則として、リースを構成する部分とリースを構成しない部分とに分けて会計処理を行う(リース会計基準(案)26項)。 借手は、契約における「リースを構成する部分」について、リース会計基準(案)及びリース適用指針(案)に定める方法により会計処理を行い、契約における「リースを構成しない部分」について、該当する他の会計基準等に従って会計処理を行う(リース適用指針(案)10項)。 貸手は、契約における「リースを構成する部分」について、リース会計基準(案)及びリース適用指針(案)に定める方法によりファイナンス・リース又はオペレーティング・リースの会計処理を行い、契約における「リースを構成しない部分」について、該当する他の会計基準等に従って会計処理を行う(リース適用指針(案)12項)。 「リース取引に関する会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第16号)は、典型的なリース、すなわち役務提供相当額のリース料に占める割合が低いものを対象としており、役務提供相当額は重要性が乏しいことを想定し、維持管理費用相当額に準じて会計処理を行うこととしていた。 リース適用指針(案)においては、これまで役務提供相当額として取り扱ってきた金額は、リースを構成しない部分に含まれることになると考えられている(リース適用指針(案)BC15項)。 Ⅲ 借手の契約における対価の配分(リースを構成する部分とリースを構成しない部分とへの配分) 借手は、契約における対価の金額について、「リースを構成する部分」と「リースを構成しない部分」とに配分するにあたって、それぞれの部分の独立価格の比率に基づいて配分する(リース適用指針(案)11項)。 独立価格の比率は、貸手又は類似のサプライヤーが当該構成部分又は類似の構成部分について企業に個々に請求するであろう価格に基づいて算定する(リース適用指針(案)BC16項)。 借手においてリースを構成する部分とリースを構成しない部分の独立価格が明らかでない場合、借手は、観察可能な情報を最大限に利用して、独立価格を合理的な方法で見積る(リース適用指針(案)BC16項)。 なお、リース適用指針(案)では、借手に財又はサービスを移転しない活動及びコストに関する取扱いも規定されている(リース適用指針(案)11項)。 Ⅳ 借手の例外的な会計処理 借手は、リース会計基準(案)26項の定めにかかわらず、対応する原資産を自ら所有していたと仮定した場合に貸借対照表において表示するであろう科目ごとに、リースを構成する部分とリースを構成しない部分とを分けずに、リースを構成する部分と関連するリースを構成しない部分とを合わせてリースを構成する部分として会計処理を行うことを選択することができる(リース会計基準(案)27項)。 当該取扱いは、IFRS第16号と同様の取扱いであり、借手のすべてのリースについて資産及び負債を計上する会計基準の開発にあたって、リースを構成する部分とリースを構成しない部分とに分けて会計処理を行うコストと複雑性を低減しつつ、会計基準の開発目的を達成するための例外的な取扱いである(リース会計基準(案)BC28項)。 上記の取扱い、すなわち、「リースを構成する部分」と「リースを構成しない部分」とを合わせてリースとすると、「リースを構成しない部分」が重要である場合には、借手のリース負債が大きく増大することになる。このため、IFRS第16号は、借手がこの例外的な取扱いを採用する可能性が高いのは、契約の非リース構成部分が比較的小さい場合のみであると予想していると説明している(リース会計基準(案)BC28項)。 なお、「リースを構成する部分」と「リースを構成しない部分」とを合わせて「リースを構成しない部分」として会計処理を行うことは認められていない(リース会計基準(案)BC28項)。 Ⅴ 貸手の契約における対価の配分(リースを構成する部分とリースを構成しない部分とへの配分) 貸手は、契約における対価の金額について、「リースを構成する部分」と「リースを構成しない部分」とに配分するにあたって、それぞれの部分の独立販売価格の比率に基づいて配分する(リース適用指針(案)13項)。 貸手における対価の配分は、「収益認識に関する会計基準」(企業会計基準第29号)との整合性を図るものであり、「独立販売価格」は、「収益認識に関する会計基準」9項における定義(「財又はサービスを独立して企業が顧客に販売する場合の価格をいう」)を参照する(リース適用指針(案)BC19項)。 なお、リース適用指針(案)では、貸手において、契約における対価の中に、借手に財又はサービスを移転しない活動及びコストについて借手が支払う金額、又は、原資産の維持管理に伴う固定資産税、保険料等の諸費用(「維持管理費用相当額」という)が含まれる場合の取扱いも規定されている(リース適用指針(案)13項)。 Ⅵ 独立したリースの構成部分 原資産を使用する権利は、次の(1)及び(2)の要件のいずれも満たす場合、独立したリースを構成する部分である(リース適用指針(案)14項)。 リース適用指針(案)における独立したリースの構成部分の規定は、「収益認識に関する会計基準」34項における規定と整合的なものである(リース適用指針(案)BC20項)。 (了)
開示担当者のための ベーシック注記事項Q&A 【第14回】 「貸借対照表に関する注記」 仰星監査法人 公認会計士 竹本 泰明 Question 当社は連結計算書類の作成義務のある会社です。連結注記表及び個別注記表における貸借対照表に関する注記について、どのような内容を記載する必要があるか教えてください。 Answer 連結注記表及び個別注記表における貸借対照表に関する注記については、担保に関する情報や表示金額(総額表示)に関する情報、偶発債務など貸借対照表の理解に資する情報を注記する必要があります。 ● ● ● 解説 ● ● ● 1 経団連のひな型による解説 経団連が公表している「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型(改訂版)」(2022年11月1日)によれば、連結注記表、個別注記表それぞれ次のような注記が考えられます。 【連結注記表】 【個別注記表】 ※1~5及び9は【連結注記表】と同様の記載内容のため、【個別注記表】特有の6~8のみ記載しています。 2 注記事項の解説 (1) 貸借対照表に関する注記の全体像 連結計算書類の作成義務のある会社を前提とした場合、連結注記表・個別注記表で記載すべき貸借対照表に関する注記事項は次のとおりです(会社計算規則第103条)。 経団連のひな型は、会社計算規則第103条に沿って作成されていますが、同条に定めのない注記が1つひな型に含まれています。 それは、【連結注記表】の「6.土地の再評価」です。これは土地の再評価に関する法律の第10条で注記が求められています(詳細は下表のとおり)。 貸借対照表に関する注記は、会社計算規則第103条で定められている項目に、土地の再評価に関する法律で求められている項目を加えた10項目(連結注記表の場合は6項目)の記載が必要となります。 (2) 注記事項の解説 貸借対照表に関する注記事項は、上述のとおり定めが多いですが、該当がないため注記を省略していると推察されるケースも多く、意外とシンプルなものの場合もあります。 それでは、実際の注記を見ていきましょう。 [株式会社サカイ引越センター 2023年3月期] ① 連結注記表 ※株式会社サカイ引越センター「第46回定時株主総会資料」6頁より抜粋。 ② 個別注記表 ※株式会社サカイ引越センター「第46回定時株主総会資料」16~17頁より抜粋。 [株式会社ドリコム 2023年3月期 連結注記表] ※株式会社ドリコム「第22期定時株主総会招集ご通知に際しての電子提供措置事項」5頁より抜粋。 * * * 次回の第15回は、「損益計算書に関する注記」をテーマに解説します。 (了)
〈一問一答〉 副業・兼業に関する担当者のギモン 【第3回】 「労務提供上の支障がある場合」 弁護士法人東町法律事務所 弁護士 木下 雅之 ● ● ● 解 説 ● ● ● 1 所定労働時間外の副業・兼業 労働時間以外の時間をどのように利用するかは本来労働者の自由であることから、副業・兼業は原則として労働者の自由である。したがって、本業先の所定労働時間の前後の時間帯における副業・兼業について、会社がこれを一律に禁止または制限することはできない。 もっとも、本業先における業務の前後に連続して副業・兼業を行う場合は、本業先の休日を利用して副業・兼業を行う場合と比較して、1日の合計労働時間がどうしても長時間となってしまい、また、翌日の本業先の始業までの休息時間を十分に確保できない場合も考えられるため、副業・兼業の具体的な内容によっては、従業員による副業・兼業の申請に対し、会社としてこれを禁止または制限することができる場合も多いと考えられる。 最終的には、本業側の事情と副業側の事情(【第2回】「1 裁判例の傾向」参照)を総合的に考慮し、本業先において「労務提供上の支障」を生じる蓋然性が高いといえるか否かを判断することとなろう。この点、設例①のように、本業先における業務の終業後、連続して深夜帯に及ぶ副業・兼業に従事する場合、1日の労働時間が長時間に及ぶことに加え、翌日の就労開始までのインターバルも限られてしまうことから、会社がこれを禁止または制限することも合理性が認められるものと考えられる。ただし、設例①と異なり、終業後の副業・兼業先における労働時間が短時間であり、労働者の働き過ぎによる負荷が比較的小さい場合など、副業・兼業の具体的な内容に照らし「労務提供上の支障」が生じる蓋然性が低いといえる場合には、会社がこれを不許可とすることはできない。 働き過ぎによる「労務提供上の支障」の有無の基準を明確化するため、副業・兼業先における労働時間を含む毎月の総労働時間の上限を設定したり、副業・兼業先における就労後一定の休息時間を確保することを条件としたりするなど、具体的な許可基準を別途定めておくことも考えられる。 2 休日の副業・兼業 休日に十分な休息が取れないと、疲労が蓄積し、労務提供に支障が生じるおそれがあるとして、会社は、設例②の休日における副業・兼業を不許可とすることができるであろうか。言い換えるならば、会社は、労働者に対し、休日はしっかりと休むよう求めることができるのであろうか。 繰り返しになるが、労働時間以外の時間をどのように利用するかは労働者の自由であるから、この場合も、会社は、労働者に対し、休日は休むよう当然に求めることができるわけではなく、副業・兼業の許可・不許可の判断にあたっては、本業側の事情と副業側の事情を総合的に考慮し、本業先において「労務提供上の支障」を生じる蓋然性が高いといえるか否かを判断することとなる。 この点、上記1で述べた所定労働時間の前後に連続して副業・兼業に従事する場合に比べ、本業先における労務提供に支障が生じる可能性は低いといえるから、休日の副業・兼業については、一般的にこれを禁止または制限することができる場合は少ないものと考えられる。 休日はあくまでも当該企業において労働義務を負わないという意味であって、他社での労働を禁じるものではない。 3 名目的・形式的な役員への就任等 設例③についても同様に、親族が経営する会社の役員に就任することによって、本業先における労務提供に支障が生じる蓋然性が高いといえるか否かが問題となるが、あくまでも形だけの名目的な役員就任に留まり、就任先における具体的な職務の遂行が予定されていなかったり、極めて軽微な職務に留まっていたりするような場合には、会社としてこれを禁止または制限する理由はないものと考えられる。 4 無許可の副業・兼業に対する調査等 副業・兼業について会社の許可を要するとする「許可制」を採用している場合であっても、実際に会社において労働者による副業・兼業の内容を具体的に把握するためには、当該労働者の申請・届出による自己申告によらざるを得ない。 そこで、会社が把握していない労働者の副業・兼業に関し、社内コミュニケーションの過程や内部通報窓口等を通じてその疑いが発覚した場合、会社はどのように対応すべきであろうか。 この点、会社としては、まずは事実を確認し、当該副業・兼業が禁止または制限し得るものであるか否かを判断する必要がある。そのため、実務対応としては、無許可での副業・兼業が疑われる労働者に対する面談を実施し、事実関係の調査を行う必要がある。 この調査は、法的には、企業の業務執行権、あるいは業務執行の一環としての企業秩序維持権に基づき実施されるものであると解されるところ、企業の業務執行権の及ばない労働者の私生活上の範囲の事項について、当然に会社の調査権が認められるわけではない。したがって、不許可事由に該当し得る無許可の副業・兼業が合理的に疑われる場合でなければ、会社としては、当該労働者に対する面談を強制することはできず、この点は留意が必要である。 また、仮に無許可であっても、当該労働者が従事していた副業・兼業が、その具体的な内容に照らし、副業・兼業を禁止または制限し得る場合(不許可事由)に該当しないのであれば、事前の許可を取得しなかったという手続違反に留まることとなるため(当該手続違反の程度に応じた処分を検討し得るにすぎない)、事実調査にあたっては、この点も留意する必要がある。 (了)