税理士事務所の労務管理Q&A 【第15回】 「通勤災害と就業規則違反」 特定社会保険労務士 佐竹 康男 税理士等の士業の事務所においては、業務上での災害は少ないと思いますが、通勤途上での事故は起こり得ます。今回は通勤災害と就業規則との関係等について解説します。 * * 解 説 * * 1 通勤災害 労災保険では、業務上の事由、複数事業労働者の2以上の事業の業務を要因とする事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害又は死亡等に対して迅速かつ公正な保護をするため、必要な保険給付が行われます。 したがって、通勤災害は、労災保険の対象になります。 軽微な事故の場合に労災保険の扱いをせず、健康保険で受診してしまうことがありますが、社会保険は適用範囲が決まっていますので、通勤災害で健康保険を使うことはできません。 2 通勤の範囲 (1) 通勤とは 労災保険において通勤とは、「労働者が、就業に関し、次に掲げる移動を、合理的な経路及び方法により行うことをいい、業務の性質を有するものを除く」と規定されています。 (2) 逸脱又は中断した場合 労働者が往復の経路を逸脱又は中断した場合の通勤災害の認定については、以下のとおりに規定されています。 (注) 〇・・・通勤災害の範囲として認められるもの、✕・・・通勤災害の範囲として認められないもの。 逸脱、中断の例外となる日常生活上必要な行為は以下のとおりです。 〈日常生活上必要な行為〉 3 通勤災害と就業規則違反 上述のとおり、通勤とは、「住居と就業の場所との間を合理的な経路及び方法により往復することをいう」と規定され、バイクで通勤することは通常考えられる方法ですので、逸脱や中断がない限り、通勤災害と認められます。 バイク通勤を就業規則で禁止していることが、「合理的な経路及び方法」を否定するものではありませんので、就業規則違反が通勤災害の認定に影響を与えることはありません。 4 業務災害との相違と事業所としての対応 就業規則に違反しているのに、労災保険が適用されることは、事業所にとってすっきりしない部分が残ると思いますが、通勤災害は、業務災害とは次の点が異なります。 〈業務災害との相違点〉 (※) 業務上災害が生じたときの労働基準法上の災害補償責任。使用者が療養補償、休業補償等を行わなければなりませんが、労災保険でカバーできる部分は補償責任を免れます。 従業員が労災保険を請求することに多少抵抗を感じている事業所も一部にはあるようですが、通勤災害の場合は、業務災害と異なり事業所にデメリットはありません。従業員から保険給付の請求依頼があった場合には、速やかに対応してください。 (了)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例86】 株式会社三栄建築設計 「当社に対する東京都公安委員会からの勧告及び代表取締役社長その他取締役の異動について」 (2023.6.20) 公認会計士/事業創造大学院大学教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、株式会社三栄建築設計(以下「三栄建築設計」という)が2023年6月20日に開示した「当社に対する東京都公安委員会からの勧告及び代表取締役社長その他取締役の異動について」である。 「東京都公安委員会から勧告を受け、取締役会において代表取締役社長の異動を決議するとともに、その他取締役の異動」があったとのことだが、東京都公安委員会からの「勧告の概要」は次のとおりである。 2 一身上の都合による辞任 暴力団組員に小切手を公布した小池信三氏(以下「小池氏」という)は、三栄建築設計の「元」代表取締役である。同社は同氏の代表取締役辞任について2022年11月1日に「代表取締役の異動に関するお知らせ」を開示している。その「異動(辞任)の理由」の記載は次のとおりである(下線は筆者による)。 「一身上の都合」ということは、小池氏は病気や家庭の事情など個人的な理由により代表取締役を辞任したのだろうか。 3 記載が正しくないだけでなく 今回の開示の最後に「当社の調査状況等」として次のような記載がある(下線は筆者による)。 そして、「別紙」に記載された「調査の経緯」は次のとおりである。 小池氏の代表取締役辞任が「一身上の都合」によるものでなかったことは明らかだろう。また、2022年9月12日に警察による捜索を受けた時点でそれに関して開示すべきであったし、同年12月20日に調査委員会を設置したことに関しても開示すべきであった。なお、調査委員会の設置が、警察による捜索を受けてから約3ヶ月後というのは遅すぎる。 4 社外取締役の辞任も 三栄建築設計は2022年10月14日に「社外取締役の辞任に関するお知らせ」を開示している。「辞任の理由」には「一身上の都合によるものであります。」とだけ記載されている。 辞任の理由が本当に「一身上の都合」なのか否かは確認できないが、時期的にそうではない可能性が高いように思われる。小池氏の反社会的勢力との関係を踏まえて、この会社とはもう関わらない方がいいと考えたのだろうか。あるいは、なかなかやるべきことをやろうとしない会社に愛想を尽かしたのだろうか。 5 本当に関知していないのか? 三栄建築設計は、2023年5月30日、「本日の一部報道について」を開示している。その記載は次のとおりである。 これは、同日、読売新聞などによる、三栄建築設計の子会社が発注した建物解体工事を巡り、脅迫事件が発生し、暴力団組長の男が逮捕されたという報道を受けて行われた開示である。この開示の記載は正確なのだろうか。本当に「脅迫事件については、何ら関知するところでは」ないのだろうか。 6 勧告がなければ 東京都公安委員会からの勧告がなければ、おそらく三栄建築設計は何も開示していなかっただろう。今回の開示の「別紙」には、次の「現時点での調査委員会の認識」が記載されている。 これは、2022年12月20日に設置された調査委員会の2023年6月20日時点の認識である。半年かけて、たったこれだけである。本当に調査委員会を設置したのだろうか。2023年6月20日のちょうど半年前に設置したことにしたのではないかとさえ思われてくる。 7 小池氏の意向どおり? 今回の開示には代表取締役と取締役の異動についても記載されており、その「異動の理由」は次のとおりである(下線は筆者による)。 小池学氏は、小池氏の後任として代表取締役社長になった人物である。東京都公安委員会からの勧告を受けるまでの三栄建築設計の対応は、小池氏の意向どおりだったのではないだろうか。 8 影響力の排除は可能か? 今回の開示には、「同条例第27条の必要な措置としての対応」として次の記載がある(下線は筆者による)。 三栄建築設計の第29期有価証券報告書によると、小池氏の同社への出資比率は48.98%である。同社はほぼ同氏のオーナー企業ということができ、このままでは同社の意思決定は引き続き同氏の意向どおりになってしまうだろう。 小池氏の影響力を排除するためには、同氏の保有する株式の多くを処分してもらう必要があるが、そのハードルは高いだろう。同氏の行ったこと、同氏の意向に基づく三栄建築設計の対応をみる限り、同氏がすんなりと株式の処分に応じる人物であるとは考えにくい。 東京都公安委員会からの勧告を受けた後、三栄建築設計は、第三者委員会や遮断モニタリング委員会を設置した(2023年6月22日に「第三者委員会の設置について」を、同年6月26日に「遮断モニタリング委員会の設置に関するお知らせ」を開示)。第三者委員会から改善策が提示されたら、それも実行するのだろう。単なるパフォーマンスに終わらなければいいのだが。 【追 記】 本稿は2023年8月6日までの開示に基づき執筆したものだが、本稿執筆後、同年8月16日に株式会社オープンハウスグループ(以下「オープンハウス」という)が「株式会社三栄建築設計株式(証券コード:3228)に対する公開買付けの開始に関するお知らせ」を開示し、三栄建築設計を完全子会社とするために同社株式に対するTOB(株式公開買付け)を実施するとした。そして、同日、三栄建築設計は「株式会社オープンハウスグループによる当社株式に対する公開買付けに関する賛同の意見表明及び応募推奨に関するお知らせ」を開示し、そのTOBに賛同するとした。 それらの開示によると、小池氏が、オープンハウスに対して、自身が所有する三栄建築設計株式の取得を打診したとのことである。それは、三栄建築設計を思ってのことなのだろうか、あるいは、このままでは自身が所有する株式の価値が下がってしまうと考えてのことなのだろうか。いずれにしろ、小池氏は、オープンハウスに株式を売却することにより約275億円を手にすることになる(親族経営の会社が所有する分も含めて)。 また、「株式会社オープンハウスグループによる当社株式に対する公開買付けに関する賛同の意見表明及び応募推奨に関するお知らせ」には次のような記載がある(下線は筆者による)。 三栄建築設計が2022年11月1日に開示した「代表取締役の異動に関するお知らせ」の内容は明らかに虚偽であった。また、警察による捜索を受けたという事実を開示せず、金融機関に対してのみ説明していた。その開示姿勢は、まったく上場会社のものではなかった。 (了)
プラス思考の経済効果 【第18回】 「藤井聡太七冠が八冠を獲得した時の経済効果~第2部~」 関西大学名誉教授・大阪府立大学名誉教授 宮本 勝浩 1 はじめに 【第17回】では藤井聡太七冠が八冠を獲得した時の経済効果の第1部を紹介しましたが、今回はその後半の第2部を紹介します。 前回は藤井七冠が八冠を獲得した時の以下で述べる7つの直接効果のうちの①~⑤までについて分析しました。今回は⑥と⑦について解説をして、最後に経済効果とまとめを述べさせていただきます。 〈藤井七冠の経済効果の計算の基になる直接効果〉 2 藤井七冠の経済効果の計算の基になる直接効果の⑥と⑦について (1) 観光客誘致による売上増加額(観光地での対局の効果) 直接効果⑤(前回参照)では、将棋会館を訪れるファンの消費額を推計しましたが、今回は対局、イベント、招待などで藤井七冠が訪れた観光地などに足を運んだファンの消費額を推計します。筆者の電話取材によると、多くの藤井七冠や将棋のファンが藤井七冠の訪れた対局場や観光地に行き、藤井七冠の泊まった旅館・ホテル、その近場の旅館・ホテルなどに宿泊し、藤井七冠の食べた食事や買った土産物などを購入しているとのことです。有名な映画のロケ地や人気俳優が泊まった旅館・ホテルを訪れるのと同じファン心理だと思われます。 日本生産性本部の「レジャー白書2022」によると、日本全体の囲碁ファンは150万人、将棋ファンは500万人でした。この中の一部の旅行好きのファンが藤井七冠の訪問した観光地を訪れるのでしょう。ただし、対局やイベントは都心部で行われることが多く、必ずしも観光地が多いとは言えません。本稿では、藤井七冠が対局、イベント、招待などで地方の観光地を訪れるのは多く見積もっても年間数十ヶ所であり、藤井七冠ゆかりの観光地を訪れるファンは日本全体では年間約1,000人と仮定します。 国土交通省観光庁の2023年4月28日発表の「旅行・観光消費動向調査 2022年年間値(確報)」によると、宿泊旅行の1人当たりの消費額は5万9,174円でしたので、藤井七冠のゆかりの観光地を訪れるファンの年間消費額は約5,917万円となります。 (2) その他の売上増加額 現在、大阪市福島区にある「関西将棋会館」は2024年秋にJR高槻駅から徒歩1分の駅前に移転する予定です。高槻市は古くから将棋と関係のある市であり、関西将棋会館が高槻市内に新築されると大いに盛り上がると期待されています。高槻市では、この機会に高槻市を「将棋のまち」にする計画を立て、市内の小学校1年生全員に将棋の駒を配って、将棋に親しみ、好きになってもらうように努めています。市内の小学校1年生約3,000人に単価4,300円の将棋の駒を配布するので、配布費用は諸経費も含めて約1,290万円となります。 さらに、藤井七冠の活躍で将棋ファンが増えて、将棋盤や駒がよく売れるようになると推定されます。藤井七冠が八冠を獲得すると、将棋人気は大いに盛り上がり、将棋盤や駒を買う人が増えると同時に、またこれを機会に高級な将棋盤や駒に買い替える人も増えると考えられます。この新たな需要増加などの効果をあわせた売上増加額を約2億円と仮定します。 (3) 藤井七冠が八冠を獲得した時の直接効果の合計額 これまで推計してきた藤井七冠が八冠を獲得した時の直接効果の合計は、〈資料5〉で示されるように約16億3,651万円となります。 〈資料5:藤井七冠が八冠を獲得した時の直接効果の合計額〉 3 経済効果 これまで計算してきた藤井七冠が八冠を獲得した時の直接効果約16億3,651万円を基にして、経済効果を推計します。推計には総務省が作成した最新の全国の「産業連関表」(2019年に発表した2015年版の「産業連関表」の修正版)を用いて経済効果を分析します。 〈資料6:経済効果〉 分析の結果、藤井七冠が八冠を獲得した時の経済効果は約35億3,487万円となりました。 4 まとめ 前回と今回の分析で、藤井七冠が全タイトル八冠を獲得した時の1年間の経済効果を試算しました。計算の結果、藤井八冠の経済効果は約35億3,487万円となりました。これは個人のプレイヤーとしては空前絶後の経済効果です。例えば、野球やサッカーの試合の場合は、数十人のプレイヤーで1試合に3~4万人の有料観客を集めることができます。また、有名な歌手やグループがコンサートを開催する場合には1万人以上のファンを集めます。しかし、将棋の対局の場合は多く見積もっても数百人の観客を集める程度です。このように観客数が限られる将棋の世界において、1人の棋士が1年間で約35億3,487万円の経済効果を生み出すことは素晴らしいことです。将棋の対局が野球、サッカー、コンサートのように数万人の有料の観客を集めることができれば、藤井七冠は大リーグで活躍している大谷翔平選手に匹敵する経済効果を創り出すであろうと思われます。将棋界では藤井七冠の活躍をきっかけに日本の将棋ファンがさらに増加するでしょう。 藤井七冠も大谷選手もそれぞれの分野での素晴らしい成績と、さらに2人の真面目で立派な人間性が人気の根源になっていると思われます。このように素晴らしい若者が次々と生まれてくることによって、日本の将来はますます発展すると期待されます。 (了)
2023年8月24日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.532を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
日本の企業税制 【第118回】 「リース会計基準の見直しと税制上の取扱い」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴 企業会計基準委員会(ASBJ)が、本年5月2日に、企業会計基準公開草案第73号「リースに関する会計基準(案)」等を公表した(コメント募集期間は8月4日まで)。 この基準案等に対しては、多くの団体・個人から意見が寄せられている。 今回の基準の見直しは、平成28年に、IFRS(IFRS第16号「リース」)及び米国会計基準(Topic842「リース」)が公表され、借手の会計処理に関して、主に費用配分の方法が異なるものの、両基準とも、オペレーティング・リースも含むすべてのリースについて原資産の引渡しによりリースの借手に支配が移転した使用権部分に係る資産(使用権資産)と当該移転に伴う負債(リース負債)を計上する使用権モデルにより、資産及び負債を計上することとされ、わが国の会計基準の国際的整合性が問われる状況が生じていたことが背景にある。ASBJでは、平成31年から4年の議論を重ね、今回の提案に至った。 〇リース取引とは リース取引とは、特定の物件の所有者(貸手)が、当該物件の借手に対し、合意された期間(リース期間)にわたりこれを使用収益する権利を与え、借手は、合意されたリース料を貸手に支払う取引である。リース取引は、ファイナンス・リース取引とオペレーティング・リース取引とに大別される。 このうちファイナンス・リース取引は、リース契約に基づくリース期間の中途において当該契約を解除することができないリース取引又はこれに準ずるリース取引(中途解約不能のリース取引)で、かつ、借手が、リース物件からもたらされる経済的利益を実質的に享受することができ、かつ、当該リース物件の使用に伴って生じるコストを実質的に負担するリース取引(フルペイアウトのリース取引)であり、それ以外のリース取引がオペレーティング・リース取引である。 さらに、ファイナンス・リース取引は、「所有権移転ファイナンス・リース取引」(リース契約上の諸条件に照らしてリース物件の所有権が借手に移転すると認められるもの)と、「所有権移転外ファイナンス・リース取引」(所有権移転ファイナンス・リース取引以外のファイナンス・リース取引)とに分類されている。 〇現行の会計処理 現行のリース会計基準は、ASBJが平成19年3月30日に公表した企業会計基準第13号「リース取引に関する会計基準」及び企業会計基準適用指針第16号「リース取引に関する会計基準の適用指針」である。 オペレーティング・リース取引については、通常の賃貸借取引に係る方法に準じた会計処理を行う。 一方、ファイナンス・リース取引については、リース取引開始日に、リース物件とこれに係る債務を、リース資産及びリース債務として計上し、その計上額は、原則として、リース契約締結時に合意されたリース料総額からこれに含まれている利息相当額の合理的な見積額を控除する方法による。 利息相当額の総額は、リース期間にわたり利息法により配分するが、所有権移転外リース取引については、例外処理として、①リース料総額から利息相当額の合理的な見積額を控除しない方法、②利息相当額の総額をリース期間にわたり定額法で配分する方法が認められている。 リース資産の減価償却費については、所有権移転ファイナンス・リース取引においては、自己所有の固定資産に適用する減価償却方法と同一の方法によりリース資産の減価償却費を算定し、この場合の耐用年数は、経済的使用可能予測期間である一方、所有権移転外ファイナンス・リース取引においては、原則として、リース期間を耐用年数とし、残存価額をゼロとして算定し、償却方法については自己所有の固定資産に適用する減価償却方法と同一である必要はなく、企業の実態に応じたものを選択することとされている。 〇新会計基準案の概要 今回の会計基準案等では、連結財務諸表のみならず個別財務諸表も含め、借手のリースの費用配分の方法について、IFRS第16号と同様に、リースがファイナンス・リースであるかオペレーティング・リースであるかにかかわらず、すべてのリースを金融の提供と捉え使用権資産に係る減価償却費及びリース負債に係る利息相当額を計上する単一の会計処理モデルによることを提案している。 借手が使用権資産及びリース負債の計上額を算定するにあたっては、使用権資産について、リース開始日に算定されたリース負債の計上額にリース開始日までに支払った借手のリース料及び付随費用を加算して算定し、リース負債の計上額を算定するにあたっては、原則として、リース開始日において未払である借手のリース料からこれに含まれている利息相当額の合理的な見積額を控除し、現在価値により算定することを提案している。 リース開始日における借手のリース料とリース負債の計上額との差額は、利息相当額として取り扱い、当該利息相当額を借手のリース期間中の各期に配分する方法は利息法によるが、使用権資産総額に重要性が乏しいと認められる場合は、現行の例外処理を踏襲することを提案している。 借手の使用権資産の償却については、原資産の所有権が借手に移転すると認められるリースに係る使用権資産の減価償却費は、原資産を自ら所有していたと仮定した場合に適用する減価償却方法と同一の方法により算定する。この場合の耐用年数は、経済的使用可能予測期間とし、残存価額は合理的な見積額とする。一方、それ以外のリースに係る使用権資産の減価償却費は、定額法等の減価償却方法の中から企業の実態に応じたものを選択適用した方法により算定し、原則として、借手のリース期間を耐用年数とし、残存価額をゼロとする。 〇法人税の取扱い 税制においては、平成19年の会計基準の見直しを契機として、所有権移転外ファイナンス・リース取引は経済的実態が売買取引と同様であるという認識に相違はないことから、平成19年度税制改正で、所有権移転外ファイナンス・リース取引についても売買があったものとされる取引(「リース取引」)に追加されるとともに、根拠規定が法律事項とされた(法法64の2①)。税法上の「リース取引」は中途解約不能かつフルペイアウトの要件を満たすファイナンス・リース取引のみが該当する(法法64の2③)。 平成19年度税制改正以前にあっては、リース資産の耐用年数とリース期間との乖離などによる、借手又は貸手における課税上の弊害を防止する観点から「リース取引」の取扱いが整備されてきたところ、平成19年度税制改正において、「リース取引」の経済的実態に応じて取り扱う観点から、売買取引又は金銭貸借取引として取り扱うこととされた。 現行制度では、借手は、所有権移転外リース取引のリース資産について、「リース期間定額法」により減価償却を行う(法令48の2①六)。リース期間定額法とは、リース資産の取得価額をそのリース資産のリース期間の月数で除して計算した金額に当該事業年度におけるリース期間の月数を乗じて計算した金額を各事業年度の償却限度額として償却する方法をいう。償却費として損金経理をした金額は、償却額の計算に関する明細書を確定申告書に添付する必要がある。 一方、所有権移転リース取引のリース資産については、「リース期間定額法」の適用が認められず、自己所有の資産に適用する減価償却方法と同一の方法により、法定耐用年数にわたり減価償却を行う。リース資産の取得価額は、原則的取扱いでは、利息相当額も含め計算するが、特例的取扱いでは、利息相当額を控除して各期に配分する①利息法又は②定額法の2つの方法が認められている(法基通7-6の2-9(注)3) なお、中小企業は、リース会計基準を適用しないで、「中小企業の会計に関する指針」又は「中小企業の会計に関する基本要領」を適用して、所有権移転外ファイナンス・リースを賃貸借処理することができるが、会計処理にかかわらず、税務上は売買があったものとして取り扱われ、借手がリース料として損金経理をした金額は、償却費として損金経理をした金額に含まれるものとされ(法令131の2③)、なお、償却費として損金経理をした金額に含まれるものとされる金額については、確定申告書における明細書添付義務が課されない(法令63①)。 今回の会計基準の見直しを契機として、オペレーティング・リース取引についても税制上「リース取引」として位置付けるかどうかは、経済的実態が売買取引と同様といえるかどうか次第である。 〇消費税の取扱い 法人税の取扱いのみならず、消費税の取扱いにも留意が必要である。 「リース取引」の実質判定は、法人税の課税所得の計算における取扱いの例によることとされており(消基通5-1-9)、売買又は金銭貸借があったものとして取り扱うこととされている。 売買とされる「リース取引」は、リース資産の引渡しの時に資産の譲渡があったものとされ(消基通5-1-9(1))、その取扱いは①原則的取扱いと②例外的取扱いに分けられる。 また、「リース取引」の利息相当額(消費税制では利子保険部分)については、法人税とは異なり、利子保険部分が契約に明示されている場合には、その部位は非課税売上又は非課税仕入れとし、明示されていない場合には、その部分は課税売上又は課税仕入れとして取り扱うこととされている(消令10③十五)。 なお、所有権移転外ファイナンス・リース取引の借手については、「賃貸借処理をしている場合で、そのリース料について支払うべき日の属する課税期間における課税仕入れ等として消費税の申告をしているときは、これによって差し支えありません」(※)とされている。 (※) 国税庁質疑応答事例「所有権移転外ファイナンス・リース取引について賃借人が賃貸借処理した場合の取扱い」(平成20年11月21日) (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第24回】 東洋大学法学部准教授 泉 絢也 (4) 国会における議論②:資産ではあるが、譲渡所得の基因となる資産ではない? 暗号資産は譲渡所得の基因となる資産に該当しないという資産性否定説の立場を国税庁が採用していることは、平成31年3月20日の参議院財政金融委員会におけるやりとりによって、ようやく明らかになる。 同委員会において、藤巻健史議員は、所得税法の建付け上、暗号資産を雑所得として国税当局が主張している限り、譲渡所得や一時所得該当性を否定するロジックを国税当局自身が説明しなければならないことを指摘する。 その上で、国税当局の主張は「要は、暗号資産というのは支払手段であり、資産ではない、だから譲渡所得ではないよと、こういう主張かと思いますが、いかがでしょうか」と確認している。 これに対して、並木稔国税庁次長は、要旨次のとおり答弁している。 上記答弁では、暗号資産が「資産」であることを認めた上で、「譲渡所得の基因となる資産」には該当しないと明言している点が注目される。 上記答弁を受けた、藤巻議員は、「暗号資産というのは支払手段でもあるというふうにおっしゃっていましたけれども、支払手段というのはキャピタルゲイン、値上がり益とか値下がり損というのは生じるんでしょうか。」と質問している。 これに対して、星野次彦財務省主税局長は、要旨次のとおり答弁している。 上記のようなやりとりを通じて、現行法令を踏まえれば、暗号資産については、外貨と同様に本邦通貨との相対的な関係の中で換算上のレートが変動することはあっても、それ自体が価値の尺度とされており、資産の価値の増加益を観念することは困難である、というところまで譲渡所得該当性を否定する国税庁の見解の根拠が明らかにされたことになる。 国税庁のFAQ「2-2 暗号資産取引の所得区分」は、暗号資産取引により生じた利益は所得税の課税対象になり、原則として雑所得に区分されるとしており、暗に譲渡所得に区分されることを否定しているといえる。 雑所得とは、「利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得」であるから(所法35①)、国税庁は暗号資産取引により生じた利益が雑所得以外の9種類の所得に該当しない理由を説明する必要があったところ、暗号資産の譲渡による所得は譲渡所得ではなく、原則として雑所得となり、譲渡所得には該当しないという国税庁の見解の根拠が、国会でのやりとりを通じて、より具体化されてきたのである。 また、藤巻議員は、平成31年度税制改正案(平成31年3月27日に成立)では所得税法上の棚卸資産から(資金決済法上の)「仮想通貨」を除外する規定が織り込まれていること(所法2①十六)を踏まえて、質問を続けている。 すなわち、法令上、暗号資産は棚卸資産ではないと明言しているということは資産であることを認めている証左であると解されることからすると、国税当局は、譲渡所得の基因となる資産であるかどうかは別として、暗号資産が資産であることは確実に認めたと解してよいか、という趣旨の質問を行っている。 これに対して、星野氏は、要旨次のとおり答弁している。 上記答弁では、財務省及び国税庁は、暗号資産は資産ではあることを認めるが譲渡所得の基因となる資産には該当しないと解しており、暗号資産が資産であることは平成31年度の改正法からしても明らかであるとしている。 この部分だけを見る限りでは、①暗号資産の譲渡による所得が譲渡所得に該当する余地を認めるものであるか、②なぜ暗号資産の譲渡による所得が原則として雑所得となるのかという本連載第22回で示した2つの疑問に関して、国税庁は資産性否定説を採用していることが明らかになり、同説をとる帰結として譲渡所得に該当する余地を否定する立場であるという本連載第23回の推察が正しかったことが判明した。 これによって、暗号資産の譲渡による所得の譲渡所得該当性を否定する国税庁の見解の妥当性に関して、議論すべき点が絞られる。すなわち、重点的に検討すべきは、暗号資産が譲渡所得の基因となる資産に該当するか否かという点であることが明らかになったのである。 もっとも、上記各答弁からすると、暗号資産の譲渡による所得は、一般論として、譲渡所得に該当しないと述べており、場合によっては譲渡所得に該当することもありうることを示唆しているようにも読める。資産性否定説を採用する場合の論理的帰結として譲渡所得に該当する余地はなくなるはずであるが(本連載第22回)、この点に関する国税庁の立場は明らかでない。 実際、政府は、令和4年4月15日付けで、暗号資産モナコインの譲渡等に係る税務上の取扱いに関する質問主意書に対する答弁書において、「支払手段としての性質や資産の価値の増加益が生ずる性質を複合的に有する資産」が譲渡所得の基因となる資産に該当するか否かについて、「個別具体的な資産の性質により判断される」と述べている。 支払手段としての性質を有する暗号資産の中には資産の価値の増加益を生ずる性質を複合的に有するものもあることを認めた上で、そのようなものが譲渡所得に該当する余地を認めているように見える。 このような見方が正しいとすると、政府(国税庁)は、無数に存在する暗号資産の中で、どれがそのような譲渡所得の基因となる暗号資産に該当すると考えているかという点に関心が寄せられる。 ただし、政府は、上記の回答に続いて、同月28日付けで、「現時点では、御指摘の『モナコイン』を含む暗号資産について、仮に、支払手段としての性質のほかに、資産の価値の増加益が生じる性質があるとしても、当該性質については、一般に独立した経済的価値が認められて取引の対象にされているとは考えていない」と回答しており、譲渡所得への扉は事実上、あるいは少なくとも現時点では、固く閉ざされているようにも見える。 複合的な性質を有する暗号資産について、「一般に独立した経済的価値が認められて取引の対象にされている」かどうかをどのように判断しているのか、どのように判断すべきであるのかという点については明らかではない。 その後、上記に引き続いて提出された同年5月11日付けの質問主意書においては、沖縄のサッカークラブであるFC琉球が発行する独自トークン(暗号資産)であるFCRコイン(FC Ryukyu Coin)を例に挙げて、トークンを保有することにより特典(例えば特別席で観戦する権利、すなわち優先的施設入場権など)を受けることができる性質を有するファントークンは、暗号資産に該当するものの、価値の増加益が生じる性質があり、当該性質について、独立した経済的価値が認められて取引の対象とされている可能性も否定できないという質問者の見解が示された。 このFCRコインは、支払手段のみならず、試合に招待される権利、ロゴや名前の掲載権を得ることができるようなトークンパートナーとしての権利、選手への投げ銭機能、サッカークラブ運営における投票決議への参加権利などが付与されている暗号資産又は付与される予定の暗号資産であるが、これに対して、政府は、同月20日付けで上記と同様の答弁を繰り返している。筆者には、国税庁の苦しい答弁が続いているように見える。 (了)
相続税の実務問答 【第86回】 「内縁の配偶者の生活費の負担」 税理士 梶野 研二 [答] 扶養義務者相互間において生活費又は教育費に充てるための贈与により取得した財産のうち、通常必要と認められるものについては、贈与税の課税価格には算入されません。すなわち、このような財産は贈与税の非課税財産とされているわけですが、内縁の配偶者は、扶養義務者ではありませんので、この非課税規定の適用はありません。 しかしながら、内縁の夫婦相互間においても、婚姻関係にある夫婦と同様に、日常生活の保持義務がありますので、あなたが甲から受けた経済的な利益についても、この生活保持義務の履行として行われたものであるならば、そもそも贈与税の課税対象となる贈与にはあたらず、したがって、その価額を相続税の課税価格に加算する必要はないと解する余地があります。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 内縁関係にある夫婦間の相互扶助義務 内縁関係とは、社会的には夫婦共同生活体の実態を備えているものの婚姻の届出がされていないために法律上の夫婦とは認められない事実上の夫婦関係をいい、このような関係にある配偶者を内縁の配偶者といいます。 ところで、戸籍法第74条(婚姻届)に定める婚姻の届出がされている法律上の夫婦間においては、夫婦は同居し、互いに協力して扶助しなければならないと定められています(民法752)。 この扶助義務は、いわゆる生活保持義務であり、夫婦の一方(義務者)は、相手方に対して自分の生活と同質、同程度の生活を確保しなければならない義務であると解されています。なお、民法は、直系血族及び兄弟姉妹について互いに扶養する義務があると定めています。親が未成年の子に対して負う義務は、夫婦間の義務と同じく生活保持義務であると解されていますが、そのほかの直系血族及び兄弟姉妹間等の扶養義務は生活扶助義務、すなわち扶養者の生活に余裕がある場合に、その限度で困窮している要扶養者を扶助する義務であると解されています。 ところで、内縁関係の夫婦間においても、内縁関係を婚姻に準じた関係と捉え、婚姻に関する民法の諸規定のうち生活保持義務など夫婦としての共同生活に関係するものについては、内縁関係にも適用されると解されているところです(昭和33年4月11日最高裁判決、昭和43年12月10日東京地裁判決など)。 〇昭和33年4月11日最高裁第二小法廷判決(最高裁判所民事判例集12巻5号789頁) 〇昭和43年12月10日東京地裁判決(家庭裁判月報21巻6号88頁) 2 配偶者に対する生活保持義務の履行と贈与税の課税 相続税法第21条の3第1項第2号は、贈与税の非課税財産として、「扶養義務者相互間において生活費又は教育費に充てるためにした贈与により取得した財産のうち通常必要と認められるもの」を掲げています。この場合の「扶養義務者」とは、配偶者並びに民法第877条(扶養義務者)の規定による直系血族及び兄弟姉妹並びに家庭裁判所の審判を受けて扶養義務者となった三親等内の親族をいいます(相法1の2一、民法877①②)が、三親等内の親族で生計を一にする者については家庭裁判所の審判がない場合であってもこれに該当するものとして取り扱われています(相基通1の2-1)。税法における「配偶者」には、原則として、内縁の配偶者は含まれないものと解されています(【第85回】「居住用宅地を内縁の配偶者が遺贈により取得した場合の小規模宅地等の特例の適用」参照)。相続税法第1条の2第1号に規定する配偶者についても、内縁の配偶者は含まないと考えられており、このため内縁の夫婦間においては同法21条の3第1項第2号の非課税の規定は適用されないということになります(令和2年4月16日裁決(非公表))。 〇令和2年4月16日裁決(名裁(諸)令元-24)(非公表) しかしながら、上記1のとおり、内縁の夫婦間においても、法律上の夫婦間と同様に、生活保持義務が存するものと解されており、内縁の夫婦の一方が、他方に対してこの生活保持義務を履行する場合、その行為は贈与又は同法第9条に規定する「対価を支払わないで、又は著しく低い価額の対価で利益を受けた場合」には該当しないと考えることもできると考えます。このような考え方は、離婚に伴い夫婦の一方が他方に対して財産分与義務の履行として財産の移転を行った場合に、この財産の移転を贈与とは捉えない(相基通9-8本文)ことにも符合するものです。 3 ご質問の場合 あなたが亡くなられた内縁の夫甲さんから、生活費又は教育費に充てるために贈与により取得した財産(経済的利益)については、贈与税の非課税規定の適用はありません。しかしながら、あなたと甲さんとの関係において、生活保持義務の履行として受けた財産(経済的利益)があるとすれば、それは贈与により取得した財産ではないといえます。贈与により取得した財産(経済的利益)と生活保持義務の履行として受けた財産(経済的利益)の区別は必ずしも明確ではありませんが、甲さんの相続開始前3年以内に甲さんがあなたのために支払った金額のうち、生活保持義務の履行として行われたと認められる部分については、相続税の課税価格に加算する必要はないと思われます。 (了)
〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第52回】 「事前確定届出給与の判定単位と届出書の記載誤り」 税理士 中尾 隼大 ○●○● 解 説 ●○●○ (1) 事前確定届出給与の判定単位 賞与支給の時期は夏季と冬季の2度に分けて支給することが日本の慣習として一般的であり、役員においてもこれを念頭に事前確定届出給与制度を活用するケースが多いといえる。 つまり、その役員の職務執行期間中に事前確定届出給与を2度支給することとなるが、事前確定届出給与の損金算入要件について、その判定単位が問題となる。換言すれば、仮に2度目の支給だけ届出書記載の通りに支給しなかった場合に、1度目の支給について事前確定届出給与の要件を満たしているといえるのかどうかという問題である。 この点、法人税法その他関連法規上において、その取扱いは明記されていない。しかし、国税庁が「複数回の支給がある場合には、原則として、その職務執行期間に係る当該事業年度及び翌事業年度における支給について、その全ての支給が定めどおりに行われたかどうかにより、事前確定届出給与に該当するかどうかを判定する」と見解を示しており(※1)、あくまで職務執行期間全体で判断するという立場を示している。 (※1) 国税庁「役員給与に関する質疑応答事例(平成18年12月)」問7。 (2) 事前確定届出給与の判定単位が争われた事例 ここで、このような点が争点となった事例として、東京地裁平成24年10月9日判決がある(※2)。以下にこの事例の概要を紹介したい。 (※2) 税務訴訟資料262号順号12060、TAINS:Z262-12060。本件は、納税者側が控訴しているが、高裁は地裁を支持し確定している。地裁判決の評釈として、拙稿「事前確定届出給与を届出どおり支給しなかった場合における判定単位」税務事例51巻(2019)7号97頁。 本件は、事前確定届出給与を届出書通りに支給したかどうかの判定において、特別の事情がない限り、職務執行期間の全期間にて判定する旨が示されたものであり、これは上記の国税庁の見解と同様である。しかし、国税庁は、事前確定届出給与を複数回支給する場合の判定単位について、事業年度をまたいで既に支給済みである先行事業年度がある場合において、当該支給した事前確定届出給与の損金算入が認められる余地もあり得るとも説明している(※3)。 (※3) 平成19年3月13日付課法2-3ほか1課共同「法人税基本通達等の一部改正について」(法令解釈通達)の趣旨説明。 納税者は、この見解を根拠に、国税庁の見解に矛盾がある等と主張したが、裁判所は、当該見解は納税者の事務負担を考慮して納税者に有利な取扱いを認めたことによるものであると示して退けた。 すなわち、納税者が主張した上記国税庁の見解は、12月と6月に役員賞与を支給する3月決算法人につき、6月支給分を確認するまでは当該確定申告期限内に12月支給分の損金算入が認められるかどうかの判断ができないという実務上の都合であると説くものがあることからも(※4)、事業年度をまたいだ場合に限り、1度目の支給だけで届出書通りの支給かどうかの判断が認められると解することが妥当であるといえる。 (※4) 例えば、12月と6月に役員賞与を支給する3月決算法人において、6月支給分が届出内容に準拠しているか否かの判定が求められた場合、確定申告期限内に12月支給分が事前確定届出給与に該当するか否かの判断ができないという実務上の都合を理由とする(植田卓「複数回支給される事前確定届出給与に係る損金不算入額」税研30巻4号(2014)139頁)。 さらに、その判定は、役員個々の職務執行期間にて判定を行うため、仮に役員の1人に対して異なる支給を行ったが、その他の役員は届出書通りの支給の場合、当該その他の役員に対する支給については損金算入が認められることとなる(※5)。 (※5) 国税庁HP質疑応答事例「『事前確定届出給与に関する届出書』を提出している法人が特定の役員に当該届出書の記載額と異なる支給をした場合の取扱い(事前確定届出給与)」 もっとも、本件の場合、事前確定届出給与に関する変更届出書の提出によって損金算入が認められた可能性も高いことから、支給額の変更を考える場合には業績悪化改定事由等に該当するかどうかについて検討すべきであることに変わりない。 (3) 事前確定届出給与に関する届出書の記載を間違えた場合 また、事前確定届出給与に関する届出書への記載を間違えてしまった場合、形式的には当該届出書に記載した支給額と実際に支給した額が異なることとなり、その相違は勘定科目内訳明細書の記載によって浮き彫りとなる。 このような場合、実際に支給し、本来は事前確定届出給与に関する届出書に記載すべきだった金額について損金算入が認められるか否かについて、その取扱いは明らかにされておらず、筆者が調査した限り裁判例も見当たらなかった。そもそも、上記(2)で触れた事例以外に、参考になるような事例はほとんどない。 この点、一般的な税務届出書において、その提出期限内に届出書の提出自体の判断誤りや、その内容に記載誤りがあることに気が付いた場合、実務上は当該届出書の提出を取り下げた上で(※6)、後者の場合には修正した届出書の再提出を求められたというケースも見聞するところである。 (※6) なお、いわゆる取下書に関しては法的な根拠はなく、実務家等により実務上の慣例として説明されるものが多く見られる。このような背景から取下書について公の言及はないと考えていたところ、消費税簡易課税制度選択届出書を例に財務省が言及したものがあったため、ここで触れておきたい。これによると、消費税簡易課税制度選択届出書は提出期限内の取下げが可能であることを示すとともに、取下書の様式について「取下書の書式は定められておりませんので、取下対象となる届出書が特定できるよう、提出⽇、届出書の様式名(表題)、提出⽅法(書⾯⼜は e-Tax)、届出者の⽒名・名称、納税地及び提出した届出書を取り下げる旨の記載をし、署名の上、所轄の税務署までご提出ください。」と示されている。財務省HP「インボイス制度の負担軽減措置のよくある質問とその回答(令和5年3月31日時点)」問7。 そして、事前確定届出給与に関する届出書については、確定した支給額等を記載することが求められている(法令69④、法規22の3②)。これらに鑑みると、確定した支給額の記載を誤ったことで、確定した支給額を記載したとはいえない事前確定届出給与に関する届出書を提出した後、それを取り下げずに提出期限を徒過した場合、その提出の有効性自体が問題となる可能性を完全に否定することはできないとも考えられる。仮に記載誤りがあるために届出書の提出が無効となった場合、法人税法施行令69条7項の宥恕規定の適用があるかどうか検討がなされるべき場面となるが、災害その他の事情ではなく、人為的要因による単なる記載誤りであるならば、宥恕規定の適用は見込めないだろう。 これに対して、記載誤りに気が付いた時点で直ちに修正すれば問題がないとする見解も存在する(※7)。これによれば、実務上の運用に鑑みて、当初の届出書に株主総会議事録等を添付していれば、単なる記載ミスにすぎない点を主張立証することができるとされている。また、株主総会議事録等を添付していない場合にも、気が付いた時点で直ちに所轄税務署に申し出て株主総会議事録等を添付して訂正することで問題ない旨が示唆されている。 (※7) 衛藤政憲「事前確定届出給与に関する届出書付表記載金額とその届出書に添付された株主総会議事録記載金額が相違していた場合の支給額等」国税速報6531号(2018)9頁。 このように、この論点に関しては公に明らかにされておらず、多様な考え方が可能である。いずれにしても、提出期間徒過後に記載誤りに気が付いた場合、所轄税務署に対して真摯に説明を行うべきであると思われるし、【第17回】等で触れているように、届出書の記載誤りに気が付いた後で、バックデートによる議事録等を準備することは論外であるといえる。 (了)
基礎から身につく組織再編税制 【第55回】 「適格株式分配を行った場合の申告調整」 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 今回は、適格株式分配を行った場合の申告調整について具体例を用いて解説します。 1 適格株式分配を行った場合の現物分配法人の処理 (1) 前提条件 (2) 会計処理 現物分配法人A社の会計処理は、下記のとおりです。 (3) 税務処理 現物分配法人A社の税務処理は、下記のとおりです。 ① 資産の譲渡 適格株式分配により現物分配法人の株主に完全子法人株式の移転を行った場合には、完全子法人株式を現物分配法人の株主に帳簿価額で譲渡したものとされ、譲渡損益は生じません(法法62の5③)。 現物分配法人A社は、A社の株主にB社株式を帳簿価額で譲渡したものとされ、譲渡損益は生じません。 ② 適格株式分配により減少する資本金等の額 現物分配法人の適格株式分配の直前の完全子法人株式の帳簿価額に相当する金額は、資本金等の額から減算されます(法令8①十六)。 現物分配法人A社において減少する資本金等の額は、適格株式分配の直前のB社株式(完全子法人株式)の帳簿価額に相当する金額である2,000となります。 ③ 適格株式分配により減少する利益積立金額 適格株式分配が行われた場合には、現物分配法人A社の利益積立金額は減少しません。 ④ 源泉徴収 適格株式分配が行われた場合には、利益積立金額は減少せず、みなし配当が認識されないため、現物分配法人A社において源泉徴収を行う必要はありません。 (4) 会計処理と税務処理の調整 会計処理と税務処理を比較すると、差異が生じているため、調整する必要があります。 調整仕訳は、次のとおりです。 この調整仕訳には損益項目が含まれないため、別表4での申告調整は行わず、別表5(1)のみで調整することとなります。 (5) 別表5(1)の処理 別表5(1)の処理については、次のとおりです。 (注) ※印は調整仕訳により生じたものであることを表示するために記入しています。 ◆ポイント◆ 現物分配法人A社において減少する利益積立金額が0、減少する資本金等の額が2,000となっているかを別表5(1)で確認することが重要です。 2 適格株式分配を行った場合の現物分配法人の株主の処理 (1) みなし配当 適格株式分配があった場合には、現物分配法人の株主であるC社においてみなし配当は計上されません。 (2) 譲渡損益 適格株式分配を行った場合には、現物分配法人の株主は、現物分配法人株式のうち、完全子法人株式に対応する部分の譲渡を行ったものとみなされます。 金銭等が交付されない(完全子法人株式のみ交付される)場合の譲渡損益の計算については、譲渡対価と譲渡原価が、いずれも完全子法人株式対応帳簿価額となり、譲渡損益は生じません(法法61の2⑧、法令119の8の2①)。 現物分配法人の株主であるC社は、適格株式分配によりB社株式のみの交付を受けているため、A社株式のうちB社株式に対応する部分の譲渡を行ったものとみなされますが、譲渡損益は生じません。 (3) A社株式の取得価額 完全子法人株式の取得価額は、完全子法人株式対応帳簿価額となります(法令119①八)。 現物分配法人の株主であるC社は適格株式分配によりB社株式のみを交付されているため、B社株式の取得価額は、完全子法人株式対応帳簿価額である40となります。 (4) 会計処理 現物分配法人の株主C社の会計処理は、次のとおりです。 (5) 税務処理 現物分配法人の株主C社の税務処理は、次のとおりです。 (6) 会計処理と税務処理の調整 会計処理と税務処理を比較すると、差異が生じているため、調整する必要があります。 調整仕訳は、次のとおりです。 会計上は、受取配当が収益に計上されているため、別表4にて所得を減算する処理が必要となります。 その他の調整仕訳については、別表4で申告調整が必要なものはなく、別表5(1)のみで調整することとなります。 (7) 別表4の処理 別表4の処理については、次のとおりです。 (8) 別表5(1)の処理 別表5(1)の処理については、次のとおりです。 (注) ※印は調整仕訳により生じたものであることを表示するために記入しています。 ◆ポイント◆ 現物分配法人の株主C社において減少する利益積立金額が0となっているかを別表5(1)で確認することが重要です。 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第23回】 「住友銀行外税控除否認事件 -受益者条項からみたケース別否認類型の検討- (地判平13.5.18、高判平14.6.14、最判平17.12.19)(その2)」 ~法人税法69条ほか~ 税理士 畠山 和夫 5 S銀二事件のケース別の租税条約・外国法令に対する違反性 (1) 外税控除と租税条約(矢内一好「外国税額控除事案の最高裁判決」税務弘報54巻4号、158頁より引用、括弧内は筆者追記) (2) ケースⅠ(受益者条項付き租税条約適用:S銀行R事件) ① 条文 (ⅰ) OECDモデル租税条約 ※本田光宏編『租税条約関係法規集(平成7年版)』納税協会連合会(1995)より抜粋。 (ⅱ) OECDモデル租税条約コメンタリー ※川田剛・徳永匡子『2017 OECDモデル租税条約コメンタリー逐条解説(第4版)』税務研究会出版局(2018)より筆者要約。 (ⅲ) 日豪租税条約 ※本田光宏編『租税条約関係法規集(平成7年版)』納税協会連合会(1995)より抜粋。 ② 租税条約違反性の検討(木村弘之亮「住銀のトリーティショッピング事件」税務弘報50巻1号158頁以下を筆者要約) ③ 1977年OECDモデル租税条約4条の改定及び10条の受益者条項の導入(阿部雪子「租税条約上の受益者条項の意義とその適用範囲」国際取引法学会6号(2021)67頁以下を筆者要約) ④ 本件S銀行R事件への当てはめ S銀行R事件については、オーストラリア国内法の税率と租税条約の限度税率が10%と同じであるため、S銀行はいずれの税率を適用してK社からの利子源泉税を納付し、オーストラリア税務当局から源泉税納付証明書を取得したかは、本事件の判決文からは不明である。 もし、S銀行が、原則通り租税条約(限度税率10%)を適用し、オーストラリア税務当局から源泉税納付証明書を取得したならば、上記③のとおり受益者条項が源泉課税の濫用防止規定であることを踏まえると、S銀行は単なる利子の受領者にとどまり受益者ではないから、この行使は日豪租税条約8条に違反し、条約上の特典を濫用したことになる。 (3) ケースⅡ(受益者条項付き国内法適用:S銀行P事件) ① 条文:メキシコ国内所得税法(2021年(令和3年)時点)より筆者要約 (ⅰ) 152条:国外の金融機関以外の源泉税率 1.92%~35.00%の税率(超過累進方式)で課税。 2006年時点は3.00%~28.00%の税率であった。 (ⅱ) 166条:国外の金融機関の源泉税率(2006年も同様) (ⅲ) 本件S銀行P事件への当てはめ 本件事案でS銀行がメキシコ国に支払った源泉税は、判決文によれば10%ではなく15%の軽減税率の適用であった。この差異の理由は税率の変更とも思われるが確認できなかった。 ② 源泉地国法令違反性の検討(前記(2)②の(ⅰ)「役務の提供契約」の内容❶及び❷について) (ⅰ) ❶についての違反性 メキシコ国の税制上一般では源泉税35%(累進限界税率)が課されるべきところ、S銀行は金融機関に適用される軽減源泉税15%(現在の所得税では10%)の減免申請を行った。しかし、S銀行はR事件と同様に利子の受領者であっても「利子の実際の受益者」ではないことから、本来は源泉税減免申請を行うことができないため、S銀行は第三国の企業P社と謀って源泉税減免申請権をメキシコ国から詐取したことになると思われる。 (ⅱ) ❷についての違反性 前記(2)ケースⅠの②租税条約違反性の検討(ⅲ)と同様に、公序良俗に反し、権利の濫用に該当するおそれがある。 (4) ケースⅢ(受益者条項無し国内法適用:S銀行R事件) ① オーストラリア税務当局の解説文より筆者要約 (※2) beneficial owner(受益者)でなく、Recipient(受領者)となっている。 ② 本件S銀行R事件への当てはめ 以上から、S銀行R事件の場合、租税条約の税率と国内法の税率が同じであり、いずれを適用したかは不明であるが、納税者の選択を許すものと思われる。本ケースでは、S銀行は単なる利子の受領者であることを認識したため、受益者条項の規制がある租税条約ではなく、規制のないオーストラリア国内法による源泉税の支払を選択した場合について、違反性の検討を行う。 ③ 源泉地国法令違反性の検討(前記(2)②の(ⅰ)「役務の提供契約」の内容❶及び❷について) 銀行の源泉税納付行為は、オーストラリア国の税務当局との関係では、同国内法に則った適法な源泉税の納付行為となる。したがって、❶については違法性は認められない。❷については、前記(2)ケースⅠの②租税条約違反性の検討(ⅲ)と同様に、公序良俗に反し、権利の濫用に該当するおそれがある。 ((その3)へ続く)