公開日: 2022/03/31 (掲載号:No.463)
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プラス思考の経済効果 【第1回】「経済効果ってなんだろう」

筆者: 宮本 勝浩

カテゴリ:

プラス思考経済効果

【第1回】

「経済効果ってなんだろう」

 

関西大学名誉教授・大阪府立大学名誉教授
宮本 勝浩

 

1 経済効果ってなんだろう

近年、マスコミでは「経済効果」という言葉がよく使われています。

昨年から今年にかけて、「東京オリンピック・パラリンピックの経済効果」、「大谷翔平選手のアメリカンリーグMVP獲得の経済効果」、「2月22日ネコの経済効果(ネコノミクス)」などいろいろな「経済効果」が取り上げられました。

一体「経済効果」とはどのようなものなのでしょうか。

 

2 経済効果の定義

「経済効果」とは、「ある出来事が起こることで、地域や国にどれだけの経済的なプラスの効果があるかを推計し、金額で表示したもの」です。

少し専門的に表現すると、「消費者、企業、自治体が直接消費、投資した金額によって、地域や国にもたらされる直接的、間接的なプラスの経済的効果を合計した金額」のことです。直接的な消費や投資は「直接効果」と呼ばれます。また、間接的効果には「一次波及効果」と「二次波及効果」の2種類があります。

阪神優勝の経済効果を例にとると、「直接効果」とはファンが甲子園球場に足を運んで応援する時に支払う入場券、飲食費、グッズ代、交通費などのことです。そして、ファンが甲子園球場でカレーライスを食べると、その代金は「直接効果」ですが、その原材料つまりカレーライスに入っているお米、肉、玉ねぎ、ジャガイモなどを卸している米屋、肉屋、八百屋の売上も増加します。

また、ファンが阪神のユニフォームを買うと、その代金は「直接効果」ですが、ユニフォームの原材料を作っている繊維会社の売上も増えます。このような「直接効果」の品物の原材料の売上増加額が「一次波及効果」と呼ばれるのです。

そして、「直接効果」、「一次波及効果」の店舗、企業で働いている経営者、従業員、アルバイトの人達の収入が増えると、その収入増加分のかなりの割合が消費に使われます。その消費増加額が「二次波及効果」と呼ばれるのです。

これらの3つの効果の合計が「経済効果(専門用語では「経済波及効果」)」と呼ばれて、マスコミに取り上げられるのです。「直接効果」は計算する人が推計しますが、「一次波及効果」と「二次波及効果」は「産業連関表」という経済分析を用いて計算します。

 

3 正確な経済効果

1つの出来事の経済効果が発表された時に、発表機関や発表者によって金額が異なることがあります。

例えば、2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催前に、多くの研究機関が経済効果を発表しました。2013年に東京都から発表された金額は約2兆9,609億円(2013年~2020年)でした。そして、2013年にみずほ総合研究所が発表した金額は約2兆5,000億円、2014年に森記念財団都市戦略研究所が発表した金額は約19兆3,522億円でした。さらに、2017年に東京オリンピック・パラリンピック準備局から発表された金額は約32兆円(2013年~2030年)でした。

一体どの金額が正しいのでしょうか。

なかなか難しい問題ですが、どれが正しくてどれが間違っているということは、一概には言えないのです。その理由は、分析の年数、さらに、分析者がどの項目を「直接効果」に算入するかによって、経済効果の金額が変わってくるからです。

例えば、東京五輪の経済効果に首都高速道路の保全改修費を入れるかどうかで金額はかなり違ってきます。東京五輪に合わせて首都高速道路を保全改修するから東京五輪の経済効果に入れるという研究者もいますが、他方「耐用年数が迫っている首都高速道路は東京五輪があろうがなかろうが保全改修をする必要があるから、東京五輪の支出ではなく毎年の道路工事の項目に入れるべきである」と考える人もいるのです。

そうすると、2者の間で「東京五輪の経済効果」の金額は大きく食い違ってきます。ですから、筆者は他の分析者が計算した経済効果については、その報告書を熟読していない時には決してコメントしないことにしています。

ただ、研究所や評論家が全く計算もしないで、マスコミ向けに「この経済効果は1,000億円」というような丸い数値を発表することがありますが、筆者は信用しないことにしています。産業連関表を用いて、理論経済学的に推計すれば、1万円単位まできちんと算出されるからです。

新聞、テレビ、雑誌などのマスコミに発表する経済効果については、発表者は産業連関分析をした詳細な計算報告書を公表して、マスコミもその計算結果をチェックした上で掲載したり、放送すべきだと思います。きちんとした計算もしていない経済効果の値がマスコミで流布されることは、経済学に携わる者としては誠に遺憾なことだと考えています。

 

4 経済効果と利益

2007年に和歌山電鐵貴志川線の「貴志駅」にネコの駅長「たま駅長」が誕生して話題になりました。

それで、その翌年、「たま駅長の経済効果」を計算して1年間で約10億9,440万円にのぼることを発表したところ、貴志川電鐵の方から「動物好きの人からそんなに儲かっているのだったら、動物愛護協会に寄付したらどうですか、と電話がかかってきて弱ってます」と電話がありました。

上記でも述べたように、経済効果の額は「儲け」や「利益」ではなくて関係企業の売上額の合計なのです。「儲け」は、経済効果の中から原材料費や人件費を差し引いたほんの一部でしかないのです。

 

5 経済効果計算の期間

経済効果の計算にはどれくらいの日数が必要でしょうか。

それは、テーマや計算に必要なデータの量に依存します。国・自治体や業界から簡単にデータが得られる時は、数週間程度で算出することが可能ですが、計算の基になるデータをアンケートなどで集計しなければならない時には、計算に2~3ヶ月かかることもあります。

例えば、2008年にゴルフの石川遼選手がブレークした時、あるテレビ局から年末の特集番組で「石川遼選手の経済効果」を取り上げるので計算してほしいと依頼されました。それで、テレビ局のスタッフと筆者で石川遼選手関係のデータを集めるのに約2ヶ月かかりました。そして2週間たらずの計算の結果、約202億円の経済効果を得ることができました。

つまり、データを集めることに時間がかかるのです。確定申告の時も同じだと思いますが、きちんとした計算のためにはデータを集めるのに時間がかかるのです。

(了)

「プラス思考の経済効果」は、毎月最終週に掲載されます。

プラス思考経済効果

【第1回】

「経済効果ってなんだろう」

 

関西大学名誉教授・大阪府立大学名誉教授
宮本 勝浩

 

1 経済効果ってなんだろう

近年、マスコミでは「経済効果」という言葉がよく使われています。

昨年から今年にかけて、「東京オリンピック・パラリンピックの経済効果」、「大谷翔平選手のアメリカンリーグMVP獲得の経済効果」、「2月22日ネコの経済効果(ネコノミクス)」などいろいろな「経済効果」が取り上げられました。

一体「経済効果」とはどのようなものなのでしょうか。

 

2 経済効果の定義

「経済効果」とは、「ある出来事が起こることで、地域や国にどれだけの経済的なプラスの効果があるかを推計し、金額で表示したもの」です。

少し専門的に表現すると、「消費者、企業、自治体が直接消費、投資した金額によって、地域や国にもたらされる直接的、間接的なプラスの経済的効果を合計した金額」のことです。直接的な消費や投資は「直接効果」と呼ばれます。また、間接的効果には「一次波及効果」と「二次波及効果」の2種類があります。

阪神優勝の経済効果を例にとると、「直接効果」とはファンが甲子園球場に足を運んで応援する時に支払う入場券、飲食費、グッズ代、交通費などのことです。そして、ファンが甲子園球場でカレーライスを食べると、その代金は「直接効果」ですが、その原材料つまりカレーライスに入っているお米、肉、玉ねぎ、ジャガイモなどを卸している米屋、肉屋、八百屋の売上も増加します。

また、ファンが阪神のユニフォームを買うと、その代金は「直接効果」ですが、ユニフォームの原材料を作っている繊維会社の売上も増えます。このような「直接効果」の品物の原材料の売上増加額が「一次波及効果」と呼ばれるのです。

そして、「直接効果」、「一次波及効果」の店舗、企業で働いている経営者、従業員、アルバイトの人達の収入が増えると、その収入増加分のかなりの割合が消費に使われます。その消費増加額が「二次波及効果」と呼ばれるのです。

これらの3つの効果の合計が「経済効果(専門用語では「経済波及効果」)」と呼ばれて、マスコミに取り上げられるのです。「直接効果」は計算する人が推計しますが、「一次波及効果」と「二次波及効果」は「産業連関表」という経済分析を用いて計算します。

 

3 正確な経済効果

1つの出来事の経済効果が発表された時に、発表機関や発表者によって金額が異なることがあります。

例えば、2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催前に、多くの研究機関が経済効果を発表しました。2013年に東京都から発表された金額は約2兆9,609億円(2013年~2020年)でした。そして、2013年にみずほ総合研究所が発表した金額は約2兆5,000億円、2014年に森記念財団都市戦略研究所が発表した金額は約19兆3,522億円でした。さらに、2017年に東京オリンピック・パラリンピック準備局から発表された金額は約32兆円(2013年~2030年)でした。

一体どの金額が正しいのでしょうか。

なかなか難しい問題ですが、どれが正しくてどれが間違っているということは、一概には言えないのです。その理由は、分析の年数、さらに、分析者がどの項目を「直接効果」に算入するかによって、経済効果の金額が変わってくるからです。

例えば、東京五輪の経済効果に首都高速道路の保全改修費を入れるかどうかで金額はかなり違ってきます。東京五輪に合わせて首都高速道路を保全改修するから東京五輪の経済効果に入れるという研究者もいますが、他方「耐用年数が迫っている首都高速道路は東京五輪があろうがなかろうが保全改修をする必要があるから、東京五輪の支出ではなく毎年の道路工事の項目に入れるべきである」と考える人もいるのです。

そうすると、2者の間で「東京五輪の経済効果」の金額は大きく食い違ってきます。ですから、筆者は他の分析者が計算した経済効果については、その報告書を熟読していない時には決してコメントしないことにしています。

ただ、研究所や評論家が全く計算もしないで、マスコミ向けに「この経済効果は1,000億円」というような丸い数値を発表することがありますが、筆者は信用しないことにしています。産業連関表を用いて、理論経済学的に推計すれば、1万円単位まできちんと算出されるからです。

新聞、テレビ、雑誌などのマスコミに発表する経済効果については、発表者は産業連関分析をした詳細な計算報告書を公表して、マスコミもその計算結果をチェックした上で掲載したり、放送すべきだと思います。きちんとした計算もしていない経済効果の値がマスコミで流布されることは、経済学に携わる者としては誠に遺憾なことだと考えています。

 

4 経済効果と利益

2007年に和歌山電鐵貴志川線の「貴志駅」にネコの駅長「たま駅長」が誕生して話題になりました。

それで、その翌年、「たま駅長の経済効果」を計算して1年間で約10億9,440万円にのぼることを発表したところ、貴志川電鐵の方から「動物好きの人からそんなに儲かっているのだったら、動物愛護協会に寄付したらどうですか、と電話がかかってきて弱ってます」と電話がありました。

上記でも述べたように、経済効果の額は「儲け」や「利益」ではなくて関係企業の売上額の合計なのです。「儲け」は、経済効果の中から原材料費や人件費を差し引いたほんの一部でしかないのです。

 

5 経済効果計算の期間

経済効果の計算にはどれくらいの日数が必要でしょうか。

それは、テーマや計算に必要なデータの量に依存します。国・自治体や業界から簡単にデータが得られる時は、数週間程度で算出することが可能ですが、計算の基になるデータをアンケートなどで集計しなければならない時には、計算に2~3ヶ月かかることもあります。

例えば、2008年にゴルフの石川遼選手がブレークした時、あるテレビ局から年末の特集番組で「石川遼選手の経済効果」を取り上げるので計算してほしいと依頼されました。それで、テレビ局のスタッフと筆者で石川遼選手関係のデータを集めるのに約2ヶ月かかりました。そして2週間たらずの計算の結果、約202億円の経済効果を得ることができました。

つまり、データを集めることに時間がかかるのです。確定申告の時も同じだと思いますが、きちんとした計算のためにはデータを集めるのに時間がかかるのです。

(了)

「プラス思考の経済効果」は、毎月最終週に掲載されます。

連載目次

プラス思考経済効果

筆者紹介

宮本 勝浩

(みやもと・かつひろ)

昭和20年1月12日和歌県生まれ。大阪大学大学院経済学研究科修士課程修了。経済学博士(神戸大学)。

現在は大阪府立大学名誉教授、関西大学名誉教授。
元大阪府立大学副学長、インディアナ大学、ハーバード大学研究員、ロシア極東商科大学、中国同済大学客員教授など歴任。
令和元年度和歌山県文化功労賞、令和3年度和歌山市文化賞受賞。

専門は理論経済学、経済効果分析。
主な著書に、『移行経済の理論』(中央経済社)、『経済効果ってなんだろう』(中央経済社)、『プラス思考の経済効果』(清文社)がある。
阪神優勝、夏の高校野球甲子園大会、ネコノミクス、お花見、東京五輪、大谷翔平選手など約200の経済効果分析を発表している。

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