公開日: 2022/07/22
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《速報解説》 令和4事務年度版の「監査事務所検査結果事例集」を公認会計士・監査審査会が公表~最新事例とともに「監査上の主要な検討事項(KAM)」の項目を追加~

筆者: 阿部 光成

《速報解説》

令和4事務年度版の「監査事務所検査結果事例集」を公認会計士・監査審査会が公表

~最新事例とともに「監査上の主要な検討事項(KAM)」の項目を追加~

 

公認会計士 阿部 光成

 

Ⅰ はじめに

2022(令和4)年7月15日、公認会計士・監査審査会は「監査事務所検査結果事例集(令和4事務年度版)」を公表した。

【参考】 公認会計士・監査審査会ホームページ
「監査事務所検査結果事例集(令和4事務年度版)」の公表について

今回の事例集の特徴は次のとおりである。

① 最新の事例の追加

② 「Ⅱ.品質管理態勢編」及び「Ⅲ.個別監査業務編」では、特に中小規模監査事務所における改善に資するよう、「評価できる取組」の事例を充実

③ 「Ⅲ.個別監査業務編」では、「8.監査上の主要な検討事項(KAM)」の項目の追加、「監査業務の実施」において、数多く指摘されている項目に係る根拠規定及び留意点の一覧表の記載

令和4年版 モニタリングレポート」及び「令和4事務年度 監査事務所等モニタリング基本計画」も公表されており、監査法人の状況などについて、会計専門家ではない一般の利用者にもわかりやすく説明がなされている。

事例集は、公認会計士・監査審査会が行う監査事務所の検査で確認された指摘事例等を取りまとめたものであり、基本的に、監査事務所に関する内容である。

本稿では、事例集に記載された事項のうち、一般事業会社における会計処理等においても参考になると考えられるものを紹介する。

文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。

 

Ⅱ 取締役、監査役等、投資者等による活用を期待

事例集では、上場会社等の取締役・監査役等や投資者等に対する監査に関する参考情報の提示という観点から、最近の不正会計事案や会計監査人と監査役等との連携に関するものも含め、公認会計士・監査審査会で確認された指摘事例をできるだけ分かりやすく記載し、また、監査事務所の改善取組などにおいて評価できる取組例も取り入れているので、会計監査人の適切な評価のために、是非参考にしていただきたいとのことである。

 

Ⅲ 個別業務における「問題となった事例」

事例集は、次のような事例について述べている。

「経営者の仮定の合理性」

▷問題となった事例

 被監査会社は、複数の連結子会社から構成されるグループを資金生成単位として、減損テストを実施したところ、当該グループの使用価値がのれんの残高を上回ったことから、減損損失の計上は不要と判断している。
 監査チームは、当該グループののれんの評価に関し、経営者への質問により、被監査会社がのれんの減損の検討に当たり使用した将来事業計画について、当期の実績値に基づいた見直しの内容等の説明を受けている。
 しかしながら、監査チームは、当期の実績値が前期末における事業計画値を下回った理由について十分に検討していないほか、当該グループに属する各社別の内訳金額、売上拡大策や経費削減策の金額的影響など、将来事業計画における経営者の仮定の具体的な内容を理解していない事例

 被監査会社は、米国子会社に対する貸付金の評価において、当期末の債務超過額から将来の期間で見込まれる利益金額を控除した残額を回収不能額として貸倒引当金を計上している。
 被監査会社は、当該将来の期間で見込まれる利益金額について、翌期は中期経営計画から下方修正した金額を用いる一方、それ以降は当該計画の数値をそのまま用いている。
 監査チームは、翌期について下方修正した予算を用いている状況であるにもかかわらず、それ以降において当該計画の数値を用いていることについて、その合理性を検討していない事例

 過年度に検討したルールであっても、企業や企業を取り巻く環境が変化した場合に、現状でも会社の実態に合致したものとなっているかなどを検討する必要がある。

 会計上の見積りにおいて特別な検討を必要とするリスクが生じている場合には、以下について評価する必要がある。

(a) 経営者が代替的な仮定又は結果を検討した方法及びそれらを採用しなかった理由、もしくは経営者が代替的な仮定又は結果を検討しなかった場合における見積りの不確実性の検討過程

(b) 経営者が使用した重要な仮定の合理性

(c) 経営者が使用した重要な仮定の合理性に関連する場合、又は適用される財務報告の枠組みの適切な適用に関連する場合には、特定の行動方針を実行する経営者の意思とその能力

 経営者が行った会計上の見積りの方法の検討には、例えば、以下を含む。

(a) 会計上の見積りの基礎データの正確性、網羅性及び目的適合性の程度並びに会計上の見積りが当該データと経営者の仮定を使用して適切に行われているかどうかに係る検討

(b) 外部のデータ又は情報(経営者が業務を委嘱する外部の専門家から受領したものを含む)の源泉、目的適合性及び信頼性に係る検討

(c) 会計上の見積りの再計算及び会計上の見積りに関する情報の整合性についての検討

(d) 経営者による査閲及び承認プロセスの検討

「前年度の会計上の見積りの検討」

▷問題となった事例

 監査チームは、自社製品のクレームに関する引当について、算定方法が同一であるという理由で、引当対象となった多数の案件の中の任意の1件について、前年度の製品保証引当金に計上されている会計上の見積額と確定額を比較検討している。
 しかしながら、監査チームは、1件を検証するだけで、当年度の会計上の見積りに関する重要な虚偽表示リスクを識別し評価することができるか検討していない事例

 経営者が行った会計上の見積りの検討において、前年度に実施した見積りと当年度の実績との乖離額や理由を把握するにとどまり、把握した内容を、当年度の経営者の見積りの評価において考慮していない事例

 会計上の見積りの確定額と前年度の財務諸表における認識額との差異があったとしても、必ずしも前年度の財務諸表に虚偽表示があったことを示しているわけではない。
 しかしながら、前年度の見積りの時点において経営者が利用可能であった情報や、当該前年度の財務諸表の作成及び表示時に、入手及び考慮しておくことが合理的に期待される情報を利用すれば、確定額に近似した見積りが可能であったと合理的に推測される場合がある。
 その場合は、監査人は、当該差異が前年度の財務諸表上に虚偽表示があったことを示している可能性を考慮する。

「事業計画の合理性の評価」

▷問題となった事例

 被監査会社は、減損の兆候がある固定資産に関して、5年間の事業計画に基づく割引前将来キャッシュ・フローの合計額が固定資産の帳簿価額を上回ったため、減損損失の認識は不要と判断しており、監査チームも、当該判断を妥当としている。
 しかしながら、監査チームは、営業利益が年間1.7倍のペースで増加していく事業計画について、被監査会社から、1年目の達成可能性と成長市場で拡販が期待できるという説明を受けるだけで、2年目以降の事業計画に合理性があると判断しており、事業計画の実現可能性等を十分に検討していない事例

 事業計画について、その内容と監査チームが自ら理解した企業環境との整合性の検討、過去実績との比較、収益拡大や経費削減等の計画に織り込まれた数値の基となる具体的な方策の確認及び実現可能性の検討などにより、慎重に検討する。

「関連当事者」

▷問題となった事例

 監査チームは、関連当事者に転貸された可能性のある貸付金の検討において、直接的な貸付先への確認手続や貸付先から担保提供された資産の評価の検討を実施している。
 しかしながら、監査チームは、当該貸付けの当初の目的が不明確であること等を踏まえた、資金の流れの全容把握、貸付取引の事業上の合理性の検討等、不正を念頭に置いた監査手続を実施していない事例

 被監査会社は、過去に特定のグループ会社に転籍させていた従業員を、当期において再度自社の従業員として受け入れるとともに、当該従業員を当該グループ会社へ派遣する契約を新たに締結することで、多額の利益を計上している。
 監査チームは、当該派遣契約について、通例ではない取引等として、不正による重要な虚偽表示の兆候を示す状況を識別し、被監査会社の取締役への質問等を実施した結果、今後同様の行為は原則として行わないが、企業グループ内にある会社の危機的状況を回避するための緊急避難的な場合には実施する可能性があるという回答を得ている。
 しかしながら、監査チームは、当該通例ではない取引等の経済合理性を十分に検討していない事例

 被監査会社は、得意先から建材の発注を受け、当該建材を代表取締役社長の個人所有会社である建材と直接関係がない工事請負事業を営むA社に発注している。A社は当該発注を受け、同じく被監査会社代表取締役社長の個人所有会社である建材を扱うB社に発注している。
 監査チームは、特別な検討を必要とするリスクとした関連当事者との取引である当該取引の事業上の合理性を確かめる必要があると認識し、当該取引から生じる利益率が異常でないことを確認している。
 しかしながら、監査チームは、被監査会社がB社に直接発注するのではなく、建材と直接関係がない工事請負事業を営むA社を介することの合理性を検討していない事例
 また、被監査会社とA社の間で契約書が交わされているか確認しておらず、具体的な取引条件(リスクの負担方法、仕入単価の決定方法、決済条件等)を把握していない事例

 関連当事者との関係及び関連当事者との取引を網羅的に検討していない事例

 関連当事者取引の取引条件の開示に当たり、例えば無利息融資や債務保証料の支払いが行われていない場合に、当該取引条件が適切に記載されていない事例

 関連当事者取引の取引条件の開示に当たり、独立第三者間取引と同等の取引条件で実行されている旨を記載しているが、取引条件を十分に検討していない事例

 企業の通常の取引過程から外れた関連当事者との重要な取引については、単に開示が行われているかだけでなく、事業上の合理性又はその欠如が、不正な財務報告を行うために行われた可能性を示唆するものかどうか、取引条件が経営者の説明と整合しているか等について慎重に検討する。

 被監査会社は、被監査会社の株主A氏が代表取締役を務める会社に対し、本社及び物流センターの土地及び建物を売却し、固定資産売却益を計上している。
 監査チームは、上記取引に関し、売買契約書の閲覧、売却代金の入金確認等を実施する中で、売買契約書に記載されていない差入保証金の支払及び消費税相当額の値引きが認められたことから、不正による重要な虚偽表示を示唆する状況を識別している。
 しかしながら、監査チームは、当該取引に関し、通例でない取引かつ重要な取引と認識し、加えて、不正による重要な虚偽表示を示唆する状況を識別しているにもかかわらず、特別な検討を必要とするリスクに該当するかどうかの検討を実施していない事例

「後発事象」

▷問題となった事例

 被監査会社は、総資産の2割程度を占める重要な貸付金について、期末日以降に弁済期限延長の契約を締結し、その旨を公表しているが、当該貸付金の返済期日が延長されたという事実が修正後発事象や開示後発事象に該当するかを検討していない事例

「連結財務諸表」

▷問題となった事例

 被監査会社は、連結子会社の決算日と連結決算日が異なることから生じる連結会社間の取引に係る会計記録の重要な不一致について、連結子会社の財務諸表の修正を行っている。
 監査チームは、被監査会社が前期と同様の借方・貸方の勘定科目を用いて財務諸表の修正を行っていることを確認している。
 しかしながら、監査チームは、当該修正に重要な虚偽表示リスクを識別し、また修正金額が前年度と比べ大きく増加している状況があるにもかかわらず、財務諸表の修正に対して、その修正の根拠及び金額の妥当性を十分に検証していない事例

 被監査会社は、IFRS(国際財務報告基準)によるグループ財務諸表を作成している。
 また、被監査会社の海外の構成単位は現地会計基準に準拠して財務諸表を作成しており、被監査会社は、特定の勘定科目の会計処理について、IFRSへの修正を行わずにグループ財務諸表に取り込んでいる。
 グループ監査チームは、構成単位の監査人から、特定の勘定科目について現地会計基準とIFRSとの間で異なる会計処理が求められることを把握している。
 しかしながら、グループ監査チームは、構成単位の採用した会計基準に基づく会計処理を、グループ財務諸表において採用しているIFRSに基づく会計処理へ修正することの要否について十分に検討していない事例

 複雑なグループ間取引が生じている場合において、未実現利益消去の網羅性が検討されていない事例

「繰延税金資産」

▷問題となった事例

 経営者が事業計画に過去の達成率等を乗じて見積額を算定していることのみをもって、見積額は保守的であり達成可能性は高いと評価し、事業計画そのものについて批判的に検討を行っていない事例

 収益力に基づく一時差異等加減算前課税所得の十分性を根拠に繰延税金資産を計上する場合には、一時差異等加減算前課税所得の前提となる事業計画は、原則として、取締役会等による承認を得たものであることが求められるほか、申告調整に重要性がある場合には、事業計画における利益から税務上の課税所得への調整の合理性を確かめるなど、課税所得の実現可能性を担保するための監査手続を行う必要がある。

 有価証券や貸倒引当金等の評価に用いた仮定と、関連する将来減算一時差異の損金算入予定時期との間に矛盾した関係が存在するなど、将来減算一時差異のスケジューリングについて、その実行可能性を十分かつ適切に検討していない事例

 連結上の留保利益に対する税効果の検討において、「子会社は原則配当を実施しない」という被監査会社の方針について十分に検証していない事例

 在外子会社の配当方針について、意思決定機関等により正式に認められた配当方針かどうか十分に検証していない事例

 被監査会社は、業績不振の子会社への貸付金等に対し、全額貸倒引当金を計上している。
 被監査会社は、当該貸倒引当金に係る将来減算一時差異について、将来に債権を放棄する予定であることから、繰延税金資産は回収可能と判断している。
 監査チームは、代表取締役名義で「時期は特定できないが、将来のいずれかの時点で、当該子会社の清算もしくは再生を目的とした債権放棄を行う予定である」旨の確認書を入手したことにより、貸倒引当金に係る繰延税金資産を計上する被監査会社の会計処理を妥当と判断している。
 しかしながら、監査チームは、代表取締役が債権放棄の時期は特定できないと明言している状況及び当期において追加の貸付を行っている状況に照らして、債権放棄が行われるという仮定の合理性を検討していない事例

 被監査会社の連結子会社において、当年度に多額の税務上の欠損金が発生している。
 被監査会社は、それが臨時的な要因に伴う売上減少の影響によるものであり、また、被監査会社が当該子会社から受領している経営指導料などを減額することも容易であるとしている。
 そのため、被監査会社は、被監査会社及び当該子会社の課税所得の合算額と当該税務上の欠損金の金額とを比較し、「重要な税務上の欠損金」は生じておらず、当該子会社を「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」(企業会計基準適用指針第26号)の分類2に該当するとしている。
 これに対して、監査チームは、当該税務上の欠損金が臨時的な原因で発生したものであること、また、当該子会社が被監査会社に対して多額の経営指導料を支払っていることを監査調書に記載している。
 しかしながら、監査チームは、当該子会社の事業計画における来期の課税所得が当該税務上の欠損金に比して少額となっている中、当年度に「重要な税務上の欠損金」が生じていないという要件に該当するか否かを検討していない事例

 被監査会社は、連結子会社であるA社において、重要な税務上の欠損金が生じているため、A社を「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」(企業会計基準適用指針第26号)が定める企業の分類4に該当するとしている。
 また、被監査会社は、翌期にA社と合併することを予定しており、合併後の課税所得によれば税務上の欠損金は回収可能であると判断し、当該欠損金に対応する繰延税金資産を計上している。
 しかしながら、監査チームは、当該会計処理が、繰延税金資産の回収可能性の検討に当たり、企業結合による影響は、実際に企業結合するまでは見込むことができず、企業結合年度から反映させると定めている「企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針」(企業会計基準適用指針第10号)に準拠していないことを看過している事例
 上記の指摘事例のように、繰延税金資産の回収可能性は、取得企業の収益力に基づく一時差異等加減算前課税所得等により判断し、企業結合による影響については、企業結合年度以後において反映させる点に留意が必要である。

 「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」(企業会計基準適用指針第26号)における企業の分類に関して、監査チームは、会計基準等に照らした十分な検討を行うなど、引き続き慎重に対応する必要がある。
 特に、当該適用指針の分類2又は分類3における「臨時的な原因により生じたものを除いた課税所得」については、「臨時的な原因により生じたもの」に関して、より慎重な検討を行うことが求められる。

「固定資産の減損会計」

▷問題となった事例

 被監査会社は、連結財務諸表の固定資産の減損テストに当たり、ブランドといった屋号の事業を担う組織単位(以下「屋号単位」という)を基礎として店舗資産のグルーピングを行っている。
 監査チームは、被監査会社が、毎期、屋号単位を基礎として店舗資産のグルーピングを行っており、当期においても変更はないことから、当該グルーピング単位について特段の検討を実施していない。
 監査チームは、被監査会社が月次売上概況に店舗の出店数及び退店数を公表しているほか、同業他社においては、独立した店舗単位を基礎として店舗資産のグルーピングが行われている状況にあるにもかかわらず、被監査会社が屋号単位を基礎として店舗資産のグルーピングを行っていることの適切性について検討していない事例

 被監査会社は、固定資産に係る減損の兆候判定において、複数の製品カテゴリごとに、キャッシュ・フローを生む最小単位(以下「資産グループ」という)を設定している。
 被監査会社は、資産グループ単位の営業損益を集計するに当たり、本社費については、配賦基準に基づき各資産グループに配賦している。
 基礎研究費用については、既存の資産グループの収益には寄与しないとして、各資産グループには配賦していない。
 監査チームは、本社費を配賦基準に基づいて配賦した後の営業損益を集計した資料を閲覧し、被監査会社の減損の兆候判定を妥当なものと判断している。
 また、基礎研究費用に関して、被監査会社へヒアリングを実施するとともに、業務分掌規程や研究案件一覧表の閲覧等を実施することにより各資産グループに配賦しないとする経営者の判断を妥当なものと判断している。
 しかしながら、監査チームは、配賦基準に基づく本社費の配賦の正確性を検証していないほか、基礎研究費用の個々の研究案件が資産グループに間接的に関連するかどうかに関する経営者の判断根拠を十分に理解していない事例

 被監査会社は、繰延税金資産の回収可能性と固定資産の減損について、同じ翌年度予算を用いて検討を行っている。
 前者については、予算の達成可能性に疑義があるため、繰延税金資産を計上せず、後者については、予算は達成可能のため減損は不要としており、会計上の見積りに係る経営者の判断に不整合が生じている事例

 被監査会社は、出店した期の翌期首から2年未満の新店舗については、ビジネスの特性上、新規出店直後は営業損益がマイナスとなる実態があることから、著しい環境の変化がある場合を除いて、営業損益が継続してマイナス又はマイナスとなる見込みであっても減損の兆候判定の対象外としている。
 しかしながら、監査チームは、新店舗の減損の兆候判定の検討に当たり、出店から2年が経過した直後の期末において減損損失を計上している店舗がある状況において、新店舗の営業損失の実績が、出店時の事業計画から著しく下方に乖離していないかどうかを検討していない事例

 固定資産の減損において、グルーピングの変更を行った結果、変更後のグルーピングでは減損の認識に至らない結果となっている場合において、その変更が不正の兆候に該当しないかについて、職業的懐疑心を発揮して十分に検討していない事例

 従来単一の資産グループとしていた固定資産を複数の資産グループにグルーピングの変更を行った結果、減損の認識に至らなかった資産グループが存在する場合に、会計基準等に照らして当該グルーピングの変更の合理性を十分に検討していない事例

 営業活動から生ずる損益と営業活動から生ずるキャッシュ・フローの両方を把握している場合に、営業活動から生ずる損益を用いて減損の兆候の判定を行っていない事例

 期末前に見込数値で減損の兆候の判定を実施し、期末において実績値が見込より大幅に悪化しているにもかかわらず期末の実績値で減損の兆候の判定を行っていない事例

 共用資産の区分の妥当性を検討していない事例

 将来キャッシュ・フローの見積期間の基礎となる、各資産グループの主要な資産の決定過程や経済的残存使用年数の合理性を検討していない事例

 事業計画の売上高のみを検討し、売上原価・販売費及び一般管理費を検討していない事例

 将来キャッシュ・フローに、現在の価値を維持するための設備投資や修繕費用を含めていない事例

 将来キャッシュ・フローが税引前の数値であるにもかかわらず、税引後の割引率を用いている事例

 使用する割引率の妥当性を検討していない事例

 割引前将来キャッシュ・フローではなく営業活動から生ずる損益で減損損失の認識の判定を行っている事例

 不動産鑑定評価書の利用に関連して、過年度に利用した不動産鑑定評価書を当年度においても継続して監査証拠として採用することの適切性を検討していない事例

 正味売却価額の算出において、不動産鑑定評価額から処分費用見込額が控除されていないことの合理性を検討していない事例

 原則として、資産又は資産グループが遊休状態になった場合は、資産又は資産グループが使用されている範囲又は方法について、当該資産又は資産グループの回収可能価額を著しく低下させる変化に該当する。
 したがって、監査チームは、遊休資産の減損の兆候の検討に当たっては、遊休状態が、資産をほとんど利用しなくなってから間もない場合であって、将来の用途を定めるために必要と考えられる期間に該当するかなど、遊休状態の期間の合理性等について慎重に検討する。

 回収可能価額として正味売却価額を採用する際には、当該価額の算定根拠等について慎重に検討する。

 資産のグルーピングは、他の資産又は資産グループのキャッシュ・フローから概ね独立したキャッシュ・フローを生み出す最小の単位で行うことが原則である。
 そのため、資産のグルーピングの単位よりも小さい単位で損益管理を行っている等の状況においては、グルーピング方針の適切性について、実態に応じて適切性を判断する。

「のれんの評価」

▷問題となった事例

 被監査会社は、期中における企業の買収に際して、受入資産から引受負債を差し引いた額と、取得対価との差額のほとんどの部分をのれんとして計上しているが、監査チームは、被監査会社が主張するのれんの償却期間5年の検討について、「20年以内であることをもって妥当とする」とするだけで、のれんの効果の及ぶ期間や投資の合理的な回収期間など、のれんの償却期間の妥当性について検討していない事例

 監査チームは、のれんを認識している連結子会社について、当年度はのれん償却後の営業損益がマイナスとなっているが、前年度はプラスであり、2期連続営業損失でないため、減損の兆候はないとする被監査会社の主張は妥当であると判断している。
 しかしながら、監査チームは、株式取得時の事業計画と実績との比較を実施していないなど、減損の兆候の有無を十分に検討していない事例

 個別財務諸表上は子会社株式を減損処理しているにもかかわらず、対応する連結上ののれんの減損の検討を行っていない事例

 被監査会社は、期中における企業の買収に際して、当期末をみなし取得日として、連結貸借対照表を取り込むとともに、多額ののれんを計上している。
 被監査会社は、当該株式の取得に当たり、外部の専門家のサポートを受けながら、株式価値算定に関する調査報告書を作成し、当該報告書の株式価値評価額の範囲内の価額で企業の買収取引を行っている。
 監査チームは、企業の買収価額の検討に際し、当該報告書の閲覧により、取得価額が株式価値評価額の範囲に含まれていること、被監査会社の取締役会議事録の閲覧により、当該取引についての取締役会の承認があることを確認し、当該株式取得に係る株式譲渡契約書との突合を実施している。
 しかしながら、監査チームは、株式取得価額の相当額がのれんに配分されている状況において、株式価値報告書中のDCF法による算定の際に用いられている被取得企業の将来の事業計画の合理性を検証していないなど、のれんの減損の兆候について十分に検討していない事例

 買収時の事業計画が想定どおりに進捗せず、損益実績が買収時の事業計画を大幅に下回ったことから、事業計画を修正し、修正後事業計画に基づく回収可能価額とのれんの帳簿価額の差額を減損処理しているが、修正後事業計画の検討に当たり、収益の種類ごとに検討していない、又は一部の収益しか検討していないなど、修正後事業計画の実現可能性について、十分に検討していない事例

 のれんの償却期間は、取得企業が企業結合ごとにその効果の及ぶ期間を合理的に見積もることとされているが、企業結合の対価の算定の基礎とした投資の合理的な回収を参考にすることも可能とされている。
 監査チームはこれらを考慮に入れた上で、被監査会社の主張するのれんの償却期間の妥当性を十分に検討する必要がある。

 のれんやのれん以外の無形資産に配分された金額が相対的に多額になるときには、企業結合年度においても減損の兆候が存在すると判定される可能性がある。
 このため、のれんが多額に発生している場合には、のれんの発生年度においても減損の兆候が存在するか十分に検討する。

 監査人が交代した期において、期首残高に重要なのれん、無形資産が含まれている場合には、のれん等への重要な虚偽表示リスクの識別・評価のために、取得原価の配分の前提となる経営者の仮定の理解が求められることに留意する。

「関係会社有価証券(株式)の評価」

▷問題となった事例

 被監査会社は、子会社株式の実質価額が取得原価の50%を下回ったことから、子会社株式評価損の計上の要否を検討した結果、売上及び利益の大幅な改善を要因として、おおむね5年以内に実質価額が取得原価まで回復することが見込まれると判断している。
 監査チームは、経営者に質問した結果、将来計画の実現可能性を積極的に否定する要因は識別されなかったとして、子会社株式の評価損の計上を不要とする被監査会社の判断を妥当としている。
 しかしながら、監査チームは、子会社の売上及び利益が大幅に改善するとしている経営者からの回答について、その具体的な裏付けとなる監査証拠を入手していないなど、子会社株式の評価に関し、十分かつ適切な監査証拠を入手していない事例

 被監査会社は、超過収益力を見込んで持分法適用関連会社の株式を取得しており、当該株式の評価においては、株式取得時の事業計画と実績との比較により超過収益力の棄損の有無を検討している。
 具体的には、持分法適用関連会社の第4四半期の利益の実績は計画を下回っているものの、その原因は事業計画の進捗が遅れたことによる期ずれであり、当該実績を踏まえて期末に改定した事業計画に基づいて、関係会社株式の評価減は不要と判断している。
 監査チームは、実績が計画を下回った原因が期ずれであることを確認し、改定された事業計画の実現可能性を検討した上で、評価減は不要とする被監査会社の主張を妥当なものとしている。
 しかしながら、監査チームは、改定された事業計画が取得時の事業計画から下方修正されている状況が、当初見込んでいた超過収益力に及ぼす影響を十分に検討していない事例

 子会社の実質価額が取得原価の50%を下回っている状況において、業績が大幅に改善するとする経営者の仮定の合理性を定量的に検討していない事例

 被監査会社は、業績不振である子会社株式の評価について、当該子会社の事業計画に基づき概ね5年間で回復可能であると見積もった価額が簿価まで達することなく、当該簿価の50%程度であるにもかかわらず、その判断の合理性について検討していない事例

 子会社が保有する債務超過の孫会社株式の評価減の要否を検討しておらず、子会社株式の実質価額を適切に評価していない事例

 時価を把握することが極めて困難と認められる関係会社株式の実質価額が、取得原価に比べて50%程度以上低下した場合には、実質価額が著しく低下したものとして相当の減損処理を行うことが求められている。
 当該減損処理に関する取扱いは、設立や買収後間もない関係会社株式の評価においても同様であり、当初の事業計画と実績の乖離の検討など、実質価額の低下について慎重に検討することが求められる。

「退職給付債務」

▷問題となった事例

 被監査会社は、退職給付債務の計上に当たり、割引率、予想昇給率及び退職率(以下「基礎率」という)や従業員の給与データ等を基に、外部の年金数理人に退職給付債務の計算を委託している。
 監査チームは、当該年金数理人に対して退職給付債務の計算結果に係る確認状を送付し、確認状への回答と被監査会社が計上した退職給付債務の金額とが一致することを確認している。
 また、監査チームは、退職給付債務の計算に関連する基礎率や従業員の給与データ等について、前期比較分析を実施している。
 しかしながら、監査チームは、退職給付債務の計算に関連する基礎率等について、前期比較分析を実施するのみで、十分な検討を実施していない。また、被監査会社が年金数理人に提供した退職給付債務の計算の基礎となる従業員の給与データ等について、その正確性及び網羅性を検討していない事例

「資産除去債務」

▷問題となった事例

 被監査会社は、資産除去債務の見積りに関する再測定を実施し、より直近の坪単価に基づく資産除去債務の見積計算を実施するために、過去の坪単価(実績値)の平均値の算定対象期間を10年から3年に変更している。
 監査チームは、算定対象期間の変更が、直近の坪単価を反映させるためのものであり、容認できるものとしている。
 しかしながら、監査チームは、被監査会社による上記の資産除去債務に係る坪単価(実績値)の平均値の算定対象期間を10 年から3年に変更することの適切性について検討していない事例

 被監査会社は、運営する店舗の資産除去債務を、原状回復費用の発生見込額に基づき計上しており、当初計上時から当該発生見込額の変更はしていない。
 当年度に店舗の退店による原状回復費用の支出額が、当該店舗に係る資産除去債務計上額を上回り、履行差額として追加費用が発生する状況になっている。
 過年度においても同様に履行差額として追加費用が発生する状況が継続している。
 しかしながら、監査チームは、被監査会社において継続して履行差額が発生しているにもかかわらず、退店した店舗の前年度の資産除去債務に計上されている見積額と確定額の比較検討を実施しておらず、他店舗における資産除去債務計上額の見直しの要否について、十分に検討していない事例

 資産除去債務の履行時期や除去の方法が明確にならないことなどにより、その金額が確定しない場合でも、履行時期の範囲及び蓋然性について合理的に見積もるための情報が入手可能なときは、資産除去債務を合理的に見積もることができる場合に該当する。
 資産除去債務を合理的に見積もることができない場合とは、決算日現在入手可能なすべての証拠を勘案し、最善の見積りを行ってもなお、合理的に金額を算定できない場合に限られる。

「専門家の利用」

▷問題となった事例

 監査証拠として利用する情報が、経営者が利用した専門家(年金数理人、不動産鑑定士、弁護士等)の業務によって作成されている場合には、専門家の適性、能力及び客観性を評価するとともに、専門家の業務を理解し、監査証拠として利用した専門家の業務の適切性を関連するアサーションに照らして評価する。

 経営者の利用した不動産鑑定士の適性、能力及び客観性に関する評価を行わずに不動産鑑定評価書を利用している事例

 被監査会社は、債務超過の状況にある子会社の株式評価において、当該子会社が保有する土地及び建物の不動産鑑定評価書を取得し、当該不動産の時価評価額を加味して、当該株式の実質価額を算定している。
 監査チームは、監査証拠として利用する情報である当該鑑定評価書について、経営者の利用する専門家の適性、能力及び客観性を評価し、その業務を理解した上で、当該鑑定評価書を通読している。
 しかしながら、監査チームは、経営者の利用する専門家が採用した算定方法や使用した基礎データを検証しておらず、当該鑑定評価書に係る監査証拠としての適切性を十分に検討していない事例

「債権評価」

▷問題となった事例

 差押え予定の資産について、被監査会社が回収可能と主張する金額の合理性を検討していない事例がみられる。
 債権評価に当たり、差押え予定の資産がある場合には、単に対象となる資産を把握することにとどまらず、差押えの実現可能性やその処分可能見込額等を十分に検討することが求められる。

 貸倒懸念債権の評価方法として、債務者の支払能力を判断する資料を入手することが困難である場合、例えば、貸倒懸念債権と初めて認定した期には、担保の処分見込額等を控除した残額の50%を引き当てるという簡便的な方法があるが、個別に重要性の高い貸倒懸念債権については、可能な限り資料を入手し、評価時点において被監査会社が適切な見積りを行っているか十分な検討を行う。

「収益認識」

▷問題となった事例

 被監査会社は、電力量計の製造を中心とした計測制御機器事業を営んでおり、着荷基準により売上計上を行っている。
 監査チームは、被監査会社における売上の期間帰属について、不正による重要な虚偽表示リスクを識別した上で、期末日前後の売上計上時期を意図的に操作する可能性があるとして、期末日前後に計上された売上からサンプルを抽出し、詳細テストを実施している。
 しかしながら、監査チームは売上の期間帰属の検証において、注文書との照合を行うのみで、着荷の事実を示す顧客の受領書との照合などのより証明力が強い監査証拠を入手するための実証手続を実施していない事例

 帳簿と証憑を形式的に突合するだけで、異常な利益率や、実態と合致しない契約内容を見落としている事例

 監査人は、不正による重要な虚偽表示リスクを識別し評価する際、収益認識には不正リスクがあるという推定に基づき、どのような種類の収益、取引形態又はアサーションに関連して不正リスクが発生するかを判断しなければならない(監査基準委員会報告書240「財務諸表監査における不正」25項)。

「受注損失引当金」

▷問題となった事例

 被監査会社は、受注金額と予想原価を比較の上、損失が見込まれる場合には、受注損失引当金を計上している。
 監査チームは、リスク評価手続として、前年度末に受注損失引当金を計上した案件について、当年度に確定した受注損益と、前年度末の受注損失引当金とを比較し、差異の検討を実施している。
 当年度末に計上した受注損失引当金について、被監査会社が作成した受注損失引当金計上資料を閲覧の上、任意で抽出したサンプルについて、予想原価に関し、被監査会社作成の予想原価見直資料との突合を実施している。
 しかしながら、監査チームが実施した監査手続には、以下の不備が認められた事例

(a) 前年度末に受注損失引当金が計上されていない案件に関し、当年度において損失となっている案件の有無を検討しておらず、受注損失引当金計上の網羅性について十分に検討していない。

(b) 当年度において損失となっている案件がある中で、当年度末においても同一納品先、同一品名の他の損失見込み案件があるにもかかわらず、被監査会社が作成した予想原価見直資料との突合を実施するだけで、被監査会社の具体的な仮定の合理性を検討していないほか、原価削減の実現可能性について、検討を実施していない。

 前年度に工事損失引当金を計上してない工事契約について、当年度に損失が計上されているが、経営者の見積りの評価に与える影響を考慮していない事例

「関係会社事業整理損失引当金」

▷問題となった事例

 被監査会社は、関係会社事業整理損失引当金について、連結子会社の個別財務諸表の債務超過額を基礎として見積計上しているが、連結子会社の個別財務諸表で計上すべき減損損失等を連結仕訳で計上しているため、当該引当金の見積りにおいては、連結子会社の個別財務諸表における債務超過額に連結仕訳を反映する調整を加えている。
 しかしながら、監査チームは、当該個別財務諸表における債務超過額に連結仕訳を反映した後の債務超過額の正確性を検討していない事例

「工事進行基準における工事原価総額の見積り」

▷問題となった事例

 被監査会社は、印刷機械関連事業における工事契約について、工事進行基準を採用している。
 監査チームは、工事進行基準に関連する内部統制の運用評価手続を実施頻発するとともに、システムから出力された工事進行基準による売上高の計算結果における見積工事原価総額について、被監査会社が作成した見積資料との突合を実施している。
 しかしながら、監査チームは、被監査会社が作成した工事原価総額の見積資料について、社内における承認状況を確認するだけで、工事原価総額の見積りにおいて使用された重要な仮定の合理性を検討していない事例

「原価計算・棚卸資産」

▷問題となった事例

 被監査会社は、自動車部品の製造・販売を行っており、棚卸資産の評価に関し、同社が定めた滞留基準(過去5年間以上受払いのない品目)に該当する棚卸資産について簿価の切下げ要否を検討することとしている。
 監査チームは、自動車部品の販売に影響する自動車のモデルチェンジのサイクルは、通常3年から5年までであるとして、被監査会社の方針を妥当なものと判断している。
 しかしながら、監査チームは、被監査会社による簿価切下げの要否の検討が、「過去5年間以上受払いのない品目」を対象としていることの合理性に関して、過去のモデルチェンジ後の部品の出荷量の減少等を踏まえた定量的な検討を行っていない事例

 被監査会社は、原材料を仕入れて自社工場で加工した製品を販売する加工事業を営んでおり、製造原価のうち、加工費は、原価計算を実施することなく期間原価として計上し、原材料費だけを棚卸資産に計上している。
 しかしながら、監査チームは、被監査会社が採用している製造原価及び棚卸資産に関する会計方針が、原価計算基準に準拠していないことによる影響について、評価・検討していない事例(原価計算基準第1章6(一))

 原価計算の業務プロセスの整備状況を評価するに当たり、原価計算に係るプログラムの内容や、プログラムが利用するマスターデータの生成方法等のITを利用した情報システムについて十分に理解していない事例

 販売実績が乏しい滞留棚卸資産について、物理的に劣化しておらず、営業活動を継続していることから評価損の計上を不要とする経営者の仮定の合理性を十分に検討していない事例

 被監査会社の現行販売品や保守用のために保有している在庫については簿価を下回って販売することはないため、評価減は発生しないとの仮定の合理性を検討していない事例

 被監査会社が滞留期間に応じて簿価の一定率を評価損として計上していることの合理性について検討していない事例

 被監査会社の作成した評価損の計算資料の信頼性を十分に検討していない事例

 被監査会社の保有する棚卸資産の中には、販売用不動産や開発事業等支出金等といった、価格の測定に幅があるもの、客観的価額の算定が困難なもの等、特殊な性質を有する棚卸資産も存在するが、このような特殊な性質の棚卸資産についても、通常、収益性の低下に基づく簿価切下げの対象から除外することはできない点に留意する。

「表示及び開示」

▷問題となった事例

 被監査会社は、収益認識基準として工事進行基準を採用する一方、有価証券報告書において、重要な会計上の見積りに関する開示を行っていない。
 監査チームは、工事進行基準に係る工事原価総額の見積りには経営者による判断が影響を及ぼすことのほか、作業内容や工数、原材料価格等の見積りには不確実性が伴うことを理解している。
 しかしながら、監査チームは、重要な会計上の見積りに関する開示の要否の判断において、翌年度の被監査会社の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目であるか否かを検討していないほか、翌年度の財務諸表に与える金額的影響の大きさや、その発生可能性を踏まえた検討を行っていない事例

 監査チームは、比較情報である前期の財務諸表及び連結財務諸表における関係会社株式評価損の過少計上を当期に認識し、当該過年度の未修正の虚偽表示が当期に修正されたことを確認している。
 しかしながら、監査チームは、当該過年度の虚偽表示に関し、内部統制監査に与える影響を検討していない。
 また、経営者確認書の確認事項に、「比較情報に含まれる未修正の虚偽表示」、「当期数値において修正されたことを原因として比較情報が損なわれていることによる影響」を含めていないほか、過年度の未修正の虚偽表示が関連する取引種類、勘定残高又は開示等及び全体としての財務諸表又は連結財務諸表に与える影響を監査役会に報告していない事例

 賃貸等不動産注記において、不動産鑑定評価基準に基づいて被監査会社が自社で算定した金額を時価としている旨が記載されているが、監査チームが、当該時価の算定方法が不動産鑑定評価基準に基づいたものとなっているか検討していない事例

 被監査会社による計算書類等の作成段階において、特定の注記漏れを指摘したものの、有価証券報告書の作成段階において、同内容の注記漏れを見落としている事例

 キャッシュ・フロー計算書等の表示区分の誤りを見落としている事例

「通常の取引過程から外れた重要な取引など」

▷問題となった事例

 企業の通常の取引過程から外れた重要な取引、又は通例でないと判断される重要な取引が、不正な財務報告を行うため又は資産の流用を隠蔽するために行われたことを示す兆候には以下が含まれる。

(a) 取引の形態が非常に複雑である(例えば、連結グループ内における複数の企業間の取引、又は通常は取引関係のない複数の第三者との取引)。

(b) 経営者が、取引の内容や会計処理を取締役会又は監査役等と討議しておらず、十分に文書化していない。

(c) 経営者が、取引の経済的実態よりも特定の会計処理の必要性を強調している。

(d) 特別目的会社等を含む非連結の関連当事者との取引が、取締役会によって適切に検討され承認されていない。

(e) 取引が、以前には識別されていなかった関連当事者、又は実体のない取引先や被監査会社からの支援なしには財務的資力がない取引先に関係している。

 重要な取引の事業上の合理性を検討する際、個々の取引の検討にとどまらず、取引の実行時期や取引条件などに留意し、関連する一連の取引の全体像を評価し検討することが重要である。

「監査上の主要な検討事項(KAM)」

▷問題となった事例

 監査チームは、連結財務諸表監査におけるKAMの検討において、被監査会社の個別財務諸表における繰延税金資産の回収可能性を対象とすると決定した。
 しかしながら、監査チームは、被監査会社に提出した連結財務諸表の監査報告書において、連結財務諸表上の税効果会計に関する注記を参照させた上で、連結財務諸表上の繰延税金資産の金額を記載しており、当該KAMの対象とした繰延税金資産の範囲を明示することなく、繰延税金資産全般の回収可能性に係る検討がKAMの対象となっているかのような記載を行っており、連結財務諸表上のKAMの内容及び決定理由に係る記載の適切性について、十分に検討していない事例

 監査チームは、被監査会社に提出した監査報告書において、工事進行基準の適用による工事収益の認識をKAMとした上で、内部統制の有効性の評価、工事収益総額に対する契約書等の閲覧や工事原価総額の見積りに対する工事の進捗状況の確認及び証憑突合等の監査上の対応を実施した旨を記載している。
 しかしながら、監査チームは、上記手続のうち、工事原価総額の見積りに対して工事の進捗状況の確認を実施していないにもかかわらず、当該手続を実施した旨を記載している事例

(了)

《速報解説》

令和4事務年度版の「監査事務所検査結果事例集」を公認会計士・監査審査会が公表

~最新事例とともに「監査上の主要な検討事項(KAM)」の項目を追加~

 

公認会計士 阿部 光成

 

Ⅰ はじめに

2022(令和4)年7月15日、公認会計士・監査審査会は「監査事務所検査結果事例集(令和4事務年度版)」を公表した。

【参考】 公認会計士・監査審査会ホームページ
「監査事務所検査結果事例集(令和4事務年度版)」の公表について

今回の事例集の特徴は次のとおりである。

① 最新の事例の追加

② 「Ⅱ.品質管理態勢編」及び「Ⅲ.個別監査業務編」では、特に中小規模監査事務所における改善に資するよう、「評価できる取組」の事例を充実

③ 「Ⅲ.個別監査業務編」では、「8.監査上の主要な検討事項(KAM)」の項目の追加、「監査業務の実施」において、数多く指摘されている項目に係る根拠規定及び留意点の一覧表の記載

令和4年版 モニタリングレポート」及び「令和4事務年度 監査事務所等モニタリング基本計画」も公表されており、監査法人の状況などについて、会計専門家ではない一般の利用者にもわかりやすく説明がなされている。

事例集は、公認会計士・監査審査会が行う監査事務所の検査で確認された指摘事例等を取りまとめたものであり、基本的に、監査事務所に関する内容である。

本稿では、事例集に記載された事項のうち、一般事業会社における会計処理等においても参考になると考えられるものを紹介する。

文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。

 

Ⅱ 取締役、監査役等、投資者等による活用を期待

事例集では、上場会社等の取締役・監査役等や投資者等に対する監査に関する参考情報の提示という観点から、最近の不正会計事案や会計監査人と監査役等との連携に関するものも含め、公認会計士・監査審査会で確認された指摘事例をできるだけ分かりやすく記載し、また、監査事務所の改善取組などにおいて評価できる取組例も取り入れているので、会計監査人の適切な評価のために、是非参考にしていただきたいとのことである。

 

Ⅲ 個別業務における「問題となった事例」

事例集は、次のような事例について述べている。

「経営者の仮定の合理性」

▷問題となった事例

 被監査会社は、複数の連結子会社から構成されるグループを資金生成単位として、減損テストを実施したところ、当該グループの使用価値がのれんの残高を上回ったことから、減損損失の計上は不要と判断している。
 監査チームは、当該グループののれんの評価に関し、経営者への質問により、被監査会社がのれんの減損の検討に当たり使用した将来事業計画について、当期の実績値に基づいた見直しの内容等の説明を受けている。
 しかしながら、監査チームは、当期の実績値が前期末における事業計画値を下回った理由について十分に検討していないほか、当該グループに属する各社別の内訳金額、売上拡大策や経費削減策の金額的影響など、将来事業計画における経営者の仮定の具体的な内容を理解していない事例

 被監査会社は、米国子会社に対する貸付金の評価において、当期末の債務超過額から将来の期間で見込まれる利益金額を控除した残額を回収不能額として貸倒引当金を計上している。
 被監査会社は、当該将来の期間で見込まれる利益金額について、翌期は中期経営計画から下方修正した金額を用いる一方、それ以降は当該計画の数値をそのまま用いている。
 監査チームは、翌期について下方修正した予算を用いている状況であるにもかかわらず、それ以降において当該計画の数値を用いていることについて、その合理性を検討していない事例

 過年度に検討したルールであっても、企業や企業を取り巻く環境が変化した場合に、現状でも会社の実態に合致したものとなっているかなどを検討する必要がある。

 会計上の見積りにおいて特別な検討を必要とするリスクが生じている場合には、以下について評価する必要がある。

(a) 経営者が代替的な仮定又は結果を検討した方法及びそれらを採用しなかった理由、もしくは経営者が代替的な仮定又は結果を検討しなかった場合における見積りの不確実性の検討過程

(b) 経営者が使用した重要な仮定の合理性

(c) 経営者が使用した重要な仮定の合理性に関連する場合、又は適用される財務報告の枠組みの適切な適用に関連する場合には、特定の行動方針を実行する経営者の意思とその能力

 経営者が行った会計上の見積りの方法の検討には、例えば、以下を含む。

(a) 会計上の見積りの基礎データの正確性、網羅性及び目的適合性の程度並びに会計上の見積りが当該データと経営者の仮定を使用して適切に行われているかどうかに係る検討

(b) 外部のデータ又は情報(経営者が業務を委嘱する外部の専門家から受領したものを含む)の源泉、目的適合性及び信頼性に係る検討

(c) 会計上の見積りの再計算及び会計上の見積りに関する情報の整合性についての検討

(d) 経営者による査閲及び承認プロセスの検討

「前年度の会計上の見積りの検討」

▷問題となった事例

 監査チームは、自社製品のクレームに関する引当について、算定方法が同一であるという理由で、引当対象となった多数の案件の中の任意の1件について、前年度の製品保証引当金に計上されている会計上の見積額と確定額を比較検討している。
 しかしながら、監査チームは、1件を検証するだけで、当年度の会計上の見積りに関する重要な虚偽表示リスクを識別し評価することができるか検討していない事例

 経営者が行った会計上の見積りの検討において、前年度に実施した見積りと当年度の実績との乖離額や理由を把握するにとどまり、把握した内容を、当年度の経営者の見積りの評価において考慮していない事例

 会計上の見積りの確定額と前年度の財務諸表における認識額との差異があったとしても、必ずしも前年度の財務諸表に虚偽表示があったことを示しているわけではない。
 しかしながら、前年度の見積りの時点において経営者が利用可能であった情報や、当該前年度の財務諸表の作成及び表示時に、入手及び考慮しておくことが合理的に期待される情報を利用すれば、確定額に近似した見積りが可能であったと合理的に推測される場合がある。
 その場合は、監査人は、当該差異が前年度の財務諸表上に虚偽表示があったことを示している可能性を考慮する。

「事業計画の合理性の評価」

▷問題となった事例

 被監査会社は、減損の兆候がある固定資産に関して、5年間の事業計画に基づく割引前将来キャッシュ・フローの合計額が固定資産の帳簿価額を上回ったため、減損損失の認識は不要と判断しており、監査チームも、当該判断を妥当としている。
 しかしながら、監査チームは、営業利益が年間1.7倍のペースで増加していく事業計画について、被監査会社から、1年目の達成可能性と成長市場で拡販が期待できるという説明を受けるだけで、2年目以降の事業計画に合理性があると判断しており、事業計画の実現可能性等を十分に検討していない事例

 事業計画について、その内容と監査チームが自ら理解した企業環境との整合性の検討、過去実績との比較、収益拡大や経費削減等の計画に織り込まれた数値の基となる具体的な方策の確認及び実現可能性の検討などにより、慎重に検討する。

「関連当事者」

▷問題となった事例

 監査チームは、関連当事者に転貸された可能性のある貸付金の検討において、直接的な貸付先への確認手続や貸付先から担保提供された資産の評価の検討を実施している。
 しかしながら、監査チームは、当該貸付けの当初の目的が不明確であること等を踏まえた、資金の流れの全容把握、貸付取引の事業上の合理性の検討等、不正を念頭に置いた監査手続を実施していない事例

 被監査会社は、過去に特定のグループ会社に転籍させていた従業員を、当期において再度自社の従業員として受け入れるとともに、当該従業員を当該グループ会社へ派遣する契約を新たに締結することで、多額の利益を計上している。
 監査チームは、当該派遣契約について、通例ではない取引等として、不正による重要な虚偽表示の兆候を示す状況を識別し、被監査会社の取締役への質問等を実施した結果、今後同様の行為は原則として行わないが、企業グループ内にある会社の危機的状況を回避するための緊急避難的な場合には実施する可能性があるという回答を得ている。
 しかしながら、監査チームは、当該通例ではない取引等の経済合理性を十分に検討していない事例

 被監査会社は、得意先から建材の発注を受け、当該建材を代表取締役社長の個人所有会社である建材と直接関係がない工事請負事業を営むA社に発注している。A社は当該発注を受け、同じく被監査会社代表取締役社長の個人所有会社である建材を扱うB社に発注している。
 監査チームは、特別な検討を必要とするリスクとした関連当事者との取引である当該取引の事業上の合理性を確かめる必要があると認識し、当該取引から生じる利益率が異常でないことを確認している。
 しかしながら、監査チームは、被監査会社がB社に直接発注するのではなく、建材と直接関係がない工事請負事業を営むA社を介することの合理性を検討していない事例
 また、被監査会社とA社の間で契約書が交わされているか確認しておらず、具体的な取引条件(リスクの負担方法、仕入単価の決定方法、決済条件等)を把握していない事例

 関連当事者との関係及び関連当事者との取引を網羅的に検討していない事例

 関連当事者取引の取引条件の開示に当たり、例えば無利息融資や債務保証料の支払いが行われていない場合に、当該取引条件が適切に記載されていない事例

 関連当事者取引の取引条件の開示に当たり、独立第三者間取引と同等の取引条件で実行されている旨を記載しているが、取引条件を十分に検討していない事例

 企業の通常の取引過程から外れた関連当事者との重要な取引については、単に開示が行われているかだけでなく、事業上の合理性又はその欠如が、不正な財務報告を行うために行われた可能性を示唆するものかどうか、取引条件が経営者の説明と整合しているか等について慎重に検討する。

 被監査会社は、被監査会社の株主A氏が代表取締役を務める会社に対し、本社及び物流センターの土地及び建物を売却し、固定資産売却益を計上している。
 監査チームは、上記取引に関し、売買契約書の閲覧、売却代金の入金確認等を実施する中で、売買契約書に記載されていない差入保証金の支払及び消費税相当額の値引きが認められたことから、不正による重要な虚偽表示を示唆する状況を識別している。
 しかしながら、監査チームは、当該取引に関し、通例でない取引かつ重要な取引と認識し、加えて、不正による重要な虚偽表示を示唆する状況を識別しているにもかかわらず、特別な検討を必要とするリスクに該当するかどうかの検討を実施していない事例

「後発事象」

▷問題となった事例

 被監査会社は、総資産の2割程度を占める重要な貸付金について、期末日以降に弁済期限延長の契約を締結し、その旨を公表しているが、当該貸付金の返済期日が延長されたという事実が修正後発事象や開示後発事象に該当するかを検討していない事例

「連結財務諸表」

▷問題となった事例

 被監査会社は、連結子会社の決算日と連結決算日が異なることから生じる連結会社間の取引に係る会計記録の重要な不一致について、連結子会社の財務諸表の修正を行っている。
 監査チームは、被監査会社が前期と同様の借方・貸方の勘定科目を用いて財務諸表の修正を行っていることを確認している。
 しかしながら、監査チームは、当該修正に重要な虚偽表示リスクを識別し、また修正金額が前年度と比べ大きく増加している状況があるにもかかわらず、財務諸表の修正に対して、その修正の根拠及び金額の妥当性を十分に検証していない事例

 被監査会社は、IFRS(国際財務報告基準)によるグループ財務諸表を作成している。
 また、被監査会社の海外の構成単位は現地会計基準に準拠して財務諸表を作成しており、被監査会社は、特定の勘定科目の会計処理について、IFRSへの修正を行わずにグループ財務諸表に取り込んでいる。
 グループ監査チームは、構成単位の監査人から、特定の勘定科目について現地会計基準とIFRSとの間で異なる会計処理が求められることを把握している。
 しかしながら、グループ監査チームは、構成単位の採用した会計基準に基づく会計処理を、グループ財務諸表において採用しているIFRSに基づく会計処理へ修正することの要否について十分に検討していない事例

 複雑なグループ間取引が生じている場合において、未実現利益消去の網羅性が検討されていない事例

「繰延税金資産」

▷問題となった事例

 経営者が事業計画に過去の達成率等を乗じて見積額を算定していることのみをもって、見積額は保守的であり達成可能性は高いと評価し、事業計画そのものについて批判的に検討を行っていない事例

 収益力に基づく一時差異等加減算前課税所得の十分性を根拠に繰延税金資産を計上する場合には、一時差異等加減算前課税所得の前提となる事業計画は、原則として、取締役会等による承認を得たものであることが求められるほか、申告調整に重要性がある場合には、事業計画における利益から税務上の課税所得への調整の合理性を確かめるなど、課税所得の実現可能性を担保するための監査手続を行う必要がある。

 有価証券や貸倒引当金等の評価に用いた仮定と、関連する将来減算一時差異の損金算入予定時期との間に矛盾した関係が存在するなど、将来減算一時差異のスケジューリングについて、その実行可能性を十分かつ適切に検討していない事例

 連結上の留保利益に対する税効果の検討において、「子会社は原則配当を実施しない」という被監査会社の方針について十分に検証していない事例

 在外子会社の配当方針について、意思決定機関等により正式に認められた配当方針かどうか十分に検証していない事例

 被監査会社は、業績不振の子会社への貸付金等に対し、全額貸倒引当金を計上している。
 被監査会社は、当該貸倒引当金に係る将来減算一時差異について、将来に債権を放棄する予定であることから、繰延税金資産は回収可能と判断している。
 監査チームは、代表取締役名義で「時期は特定できないが、将来のいずれかの時点で、当該子会社の清算もしくは再生を目的とした債権放棄を行う予定である」旨の確認書を入手したことにより、貸倒引当金に係る繰延税金資産を計上する被監査会社の会計処理を妥当と判断している。
 しかしながら、監査チームは、代表取締役が債権放棄の時期は特定できないと明言している状況及び当期において追加の貸付を行っている状況に照らして、債権放棄が行われるという仮定の合理性を検討していない事例

 被監査会社の連結子会社において、当年度に多額の税務上の欠損金が発生している。
 被監査会社は、それが臨時的な要因に伴う売上減少の影響によるものであり、また、被監査会社が当該子会社から受領している経営指導料などを減額することも容易であるとしている。
 そのため、被監査会社は、被監査会社及び当該子会社の課税所得の合算額と当該税務上の欠損金の金額とを比較し、「重要な税務上の欠損金」は生じておらず、当該子会社を「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」(企業会計基準適用指針第26号)の分類2に該当するとしている。
 これに対して、監査チームは、当該税務上の欠損金が臨時的な原因で発生したものであること、また、当該子会社が被監査会社に対して多額の経営指導料を支払っていることを監査調書に記載している。
 しかしながら、監査チームは、当該子会社の事業計画における来期の課税所得が当該税務上の欠損金に比して少額となっている中、当年度に「重要な税務上の欠損金」が生じていないという要件に該当するか否かを検討していない事例

 被監査会社は、連結子会社であるA社において、重要な税務上の欠損金が生じているため、A社を「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」(企業会計基準適用指針第26号)が定める企業の分類4に該当するとしている。
 また、被監査会社は、翌期にA社と合併することを予定しており、合併後の課税所得によれば税務上の欠損金は回収可能であると判断し、当該欠損金に対応する繰延税金資産を計上している。
 しかしながら、監査チームは、当該会計処理が、繰延税金資産の回収可能性の検討に当たり、企業結合による影響は、実際に企業結合するまでは見込むことができず、企業結合年度から反映させると定めている「企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針」(企業会計基準適用指針第10号)に準拠していないことを看過している事例
 上記の指摘事例のように、繰延税金資産の回収可能性は、取得企業の収益力に基づく一時差異等加減算前課税所得等により判断し、企業結合による影響については、企業結合年度以後において反映させる点に留意が必要である。

 「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」(企業会計基準適用指針第26号)における企業の分類に関して、監査チームは、会計基準等に照らした十分な検討を行うなど、引き続き慎重に対応する必要がある。
 特に、当該適用指針の分類2又は分類3における「臨時的な原因により生じたものを除いた課税所得」については、「臨時的な原因により生じたもの」に関して、より慎重な検討を行うことが求められる。

「固定資産の減損会計」

▷問題となった事例

 被監査会社は、連結財務諸表の固定資産の減損テストに当たり、ブランドといった屋号の事業を担う組織単位(以下「屋号単位」という)を基礎として店舗資産のグルーピングを行っている。
 監査チームは、被監査会社が、毎期、屋号単位を基礎として店舗資産のグルーピングを行っており、当期においても変更はないことから、当該グルーピング単位について特段の検討を実施していない。
 監査チームは、被監査会社が月次売上概況に店舗の出店数及び退店数を公表しているほか、同業他社においては、独立した店舗単位を基礎として店舗資産のグルーピングが行われている状況にあるにもかかわらず、被監査会社が屋号単位を基礎として店舗資産のグルーピングを行っていることの適切性について検討していない事例

 被監査会社は、固定資産に係る減損の兆候判定において、複数の製品カテゴリごとに、キャッシュ・フローを生む最小単位(以下「資産グループ」という)を設定している。
 被監査会社は、資産グループ単位の営業損益を集計するに当たり、本社費については、配賦基準に基づき各資産グループに配賦している。
 基礎研究費用については、既存の資産グループの収益には寄与しないとして、各資産グループには配賦していない。
 監査チームは、本社費を配賦基準に基づいて配賦した後の営業損益を集計した資料を閲覧し、被監査会社の減損の兆候判定を妥当なものと判断している。
 また、基礎研究費用に関して、被監査会社へヒアリングを実施するとともに、業務分掌規程や研究案件一覧表の閲覧等を実施することにより各資産グループに配賦しないとする経営者の判断を妥当なものと判断している。
 しかしながら、監査チームは、配賦基準に基づく本社費の配賦の正確性を検証していないほか、基礎研究費用の個々の研究案件が資産グループに間接的に関連するかどうかに関する経営者の判断根拠を十分に理解していない事例

 被監査会社は、繰延税金資産の回収可能性と固定資産の減損について、同じ翌年度予算を用いて検討を行っている。
 前者については、予算の達成可能性に疑義があるため、繰延税金資産を計上せず、後者については、予算は達成可能のため減損は不要としており、会計上の見積りに係る経営者の判断に不整合が生じている事例

 被監査会社は、出店した期の翌期首から2年未満の新店舗については、ビジネスの特性上、新規出店直後は営業損益がマイナスとなる実態があることから、著しい環境の変化がある場合を除いて、営業損益が継続してマイナス又はマイナスとなる見込みであっても減損の兆候判定の対象外としている。
 しかしながら、監査チームは、新店舗の減損の兆候判定の検討に当たり、出店から2年が経過した直後の期末において減損損失を計上している店舗がある状況において、新店舗の営業損失の実績が、出店時の事業計画から著しく下方に乖離していないかどうかを検討していない事例

 固定資産の減損において、グルーピングの変更を行った結果、変更後のグルーピングでは減損の認識に至らない結果となっている場合において、その変更が不正の兆候に該当しないかについて、職業的懐疑心を発揮して十分に検討していない事例

 従来単一の資産グループとしていた固定資産を複数の資産グループにグルーピングの変更を行った結果、減損の認識に至らなかった資産グループが存在する場合に、会計基準等に照らして当該グルーピングの変更の合理性を十分に検討していない事例

 営業活動から生ずる損益と営業活動から生ずるキャッシュ・フローの両方を把握している場合に、営業活動から生ずる損益を用いて減損の兆候の判定を行っていない事例

 期末前に見込数値で減損の兆候の判定を実施し、期末において実績値が見込より大幅に悪化しているにもかかわらず期末の実績値で減損の兆候の判定を行っていない事例

 共用資産の区分の妥当性を検討していない事例

 将来キャッシュ・フローの見積期間の基礎となる、各資産グループの主要な資産の決定過程や経済的残存使用年数の合理性を検討していない事例

 事業計画の売上高のみを検討し、売上原価・販売費及び一般管理費を検討していない事例

 将来キャッシュ・フローに、現在の価値を維持するための設備投資や修繕費用を含めていない事例

 将来キャッシュ・フローが税引前の数値であるにもかかわらず、税引後の割引率を用いている事例

 使用する割引率の妥当性を検討していない事例

 割引前将来キャッシュ・フローではなく営業活動から生ずる損益で減損損失の認識の判定を行っている事例

 不動産鑑定評価書の利用に関連して、過年度に利用した不動産鑑定評価書を当年度においても継続して監査証拠として採用することの適切性を検討していない事例

 正味売却価額の算出において、不動産鑑定評価額から処分費用見込額が控除されていないことの合理性を検討していない事例

 原則として、資産又は資産グループが遊休状態になった場合は、資産又は資産グループが使用されている範囲又は方法について、当該資産又は資産グループの回収可能価額を著しく低下させる変化に該当する。
 したがって、監査チームは、遊休資産の減損の兆候の検討に当たっては、遊休状態が、資産をほとんど利用しなくなってから間もない場合であって、将来の用途を定めるために必要と考えられる期間に該当するかなど、遊休状態の期間の合理性等について慎重に検討する。

 回収可能価額として正味売却価額を採用する際には、当該価額の算定根拠等について慎重に検討する。

 資産のグルーピングは、他の資産又は資産グループのキャッシュ・フローから概ね独立したキャッシュ・フローを生み出す最小の単位で行うことが原則である。
 そのため、資産のグルーピングの単位よりも小さい単位で損益管理を行っている等の状況においては、グルーピング方針の適切性について、実態に応じて適切性を判断する。

「のれんの評価」

▷問題となった事例

 被監査会社は、期中における企業の買収に際して、受入資産から引受負債を差し引いた額と、取得対価との差額のほとんどの部分をのれんとして計上しているが、監査チームは、被監査会社が主張するのれんの償却期間5年の検討について、「20年以内であることをもって妥当とする」とするだけで、のれんの効果の及ぶ期間や投資の合理的な回収期間など、のれんの償却期間の妥当性について検討していない事例

 監査チームは、のれんを認識している連結子会社について、当年度はのれん償却後の営業損益がマイナスとなっているが、前年度はプラスであり、2期連続営業損失でないため、減損の兆候はないとする被監査会社の主張は妥当であると判断している。
 しかしながら、監査チームは、株式取得時の事業計画と実績との比較を実施していないなど、減損の兆候の有無を十分に検討していない事例

 個別財務諸表上は子会社株式を減損処理しているにもかかわらず、対応する連結上ののれんの減損の検討を行っていない事例

 被監査会社は、期中における企業の買収に際して、当期末をみなし取得日として、連結貸借対照表を取り込むとともに、多額ののれんを計上している。
 被監査会社は、当該株式の取得に当たり、外部の専門家のサポートを受けながら、株式価値算定に関する調査報告書を作成し、当該報告書の株式価値評価額の範囲内の価額で企業の買収取引を行っている。
 監査チームは、企業の買収価額の検討に際し、当該報告書の閲覧により、取得価額が株式価値評価額の範囲に含まれていること、被監査会社の取締役会議事録の閲覧により、当該取引についての取締役会の承認があることを確認し、当該株式取得に係る株式譲渡契約書との突合を実施している。
 しかしながら、監査チームは、株式取得価額の相当額がのれんに配分されている状況において、株式価値報告書中のDCF法による算定の際に用いられている被取得企業の将来の事業計画の合理性を検証していないなど、のれんの減損の兆候について十分に検討していない事例

 買収時の事業計画が想定どおりに進捗せず、損益実績が買収時の事業計画を大幅に下回ったことから、事業計画を修正し、修正後事業計画に基づく回収可能価額とのれんの帳簿価額の差額を減損処理しているが、修正後事業計画の検討に当たり、収益の種類ごとに検討していない、又は一部の収益しか検討していないなど、修正後事業計画の実現可能性について、十分に検討していない事例

 のれんの償却期間は、取得企業が企業結合ごとにその効果の及ぶ期間を合理的に見積もることとされているが、企業結合の対価の算定の基礎とした投資の合理的な回収を参考にすることも可能とされている。
 監査チームはこれらを考慮に入れた上で、被監査会社の主張するのれんの償却期間の妥当性を十分に検討する必要がある。

 のれんやのれん以外の無形資産に配分された金額が相対的に多額になるときには、企業結合年度においても減損の兆候が存在すると判定される可能性がある。
 このため、のれんが多額に発生している場合には、のれんの発生年度においても減損の兆候が存在するか十分に検討する。

 監査人が交代した期において、期首残高に重要なのれん、無形資産が含まれている場合には、のれん等への重要な虚偽表示リスクの識別・評価のために、取得原価の配分の前提となる経営者の仮定の理解が求められることに留意する。

「関係会社有価証券(株式)の評価」

▷問題となった事例

 被監査会社は、子会社株式の実質価額が取得原価の50%を下回ったことから、子会社株式評価損の計上の要否を検討した結果、売上及び利益の大幅な改善を要因として、おおむね5年以内に実質価額が取得原価まで回復することが見込まれると判断している。
 監査チームは、経営者に質問した結果、将来計画の実現可能性を積極的に否定する要因は識別されなかったとして、子会社株式の評価損の計上を不要とする被監査会社の判断を妥当としている。
 しかしながら、監査チームは、子会社の売上及び利益が大幅に改善するとしている経営者からの回答について、その具体的な裏付けとなる監査証拠を入手していないなど、子会社株式の評価に関し、十分かつ適切な監査証拠を入手していない事例

 被監査会社は、超過収益力を見込んで持分法適用関連会社の株式を取得しており、当該株式の評価においては、株式取得時の事業計画と実績との比較により超過収益力の棄損の有無を検討している。
 具体的には、持分法適用関連会社の第4四半期の利益の実績は計画を下回っているものの、その原因は事業計画の進捗が遅れたことによる期ずれであり、当該実績を踏まえて期末に改定した事業計画に基づいて、関係会社株式の評価減は不要と判断している。
 監査チームは、実績が計画を下回った原因が期ずれであることを確認し、改定された事業計画の実現可能性を検討した上で、評価減は不要とする被監査会社の主張を妥当なものとしている。
 しかしながら、監査チームは、改定された事業計画が取得時の事業計画から下方修正されている状況が、当初見込んでいた超過収益力に及ぼす影響を十分に検討していない事例

 子会社の実質価額が取得原価の50%を下回っている状況において、業績が大幅に改善するとする経営者の仮定の合理性を定量的に検討していない事例

 被監査会社は、業績不振である子会社株式の評価について、当該子会社の事業計画に基づき概ね5年間で回復可能であると見積もった価額が簿価まで達することなく、当該簿価の50%程度であるにもかかわらず、その判断の合理性について検討していない事例

 子会社が保有する債務超過の孫会社株式の評価減の要否を検討しておらず、子会社株式の実質価額を適切に評価していない事例

 時価を把握することが極めて困難と認められる関係会社株式の実質価額が、取得原価に比べて50%程度以上低下した場合には、実質価額が著しく低下したものとして相当の減損処理を行うことが求められている。
 当該減損処理に関する取扱いは、設立や買収後間もない関係会社株式の評価においても同様であり、当初の事業計画と実績の乖離の検討など、実質価額の低下について慎重に検討することが求められる。

「退職給付債務」

▷問題となった事例

 被監査会社は、退職給付債務の計上に当たり、割引率、予想昇給率及び退職率(以下「基礎率」という)や従業員の給与データ等を基に、外部の年金数理人に退職給付債務の計算を委託している。
 監査チームは、当該年金数理人に対して退職給付債務の計算結果に係る確認状を送付し、確認状への回答と被監査会社が計上した退職給付債務の金額とが一致することを確認している。
 また、監査チームは、退職給付債務の計算に関連する基礎率や従業員の給与データ等について、前期比較分析を実施している。
 しかしながら、監査チームは、退職給付債務の計算に関連する基礎率等について、前期比較分析を実施するのみで、十分な検討を実施していない。また、被監査会社が年金数理人に提供した退職給付債務の計算の基礎となる従業員の給与データ等について、その正確性及び網羅性を検討していない事例

「資産除去債務」

▷問題となった事例

 被監査会社は、資産除去債務の見積りに関する再測定を実施し、より直近の坪単価に基づく資産除去債務の見積計算を実施するために、過去の坪単価(実績値)の平均値の算定対象期間を10年から3年に変更している。
 監査チームは、算定対象期間の変更が、直近の坪単価を反映させるためのものであり、容認できるものとしている。
 しかしながら、監査チームは、被監査会社による上記の資産除去債務に係る坪単価(実績値)の平均値の算定対象期間を10 年から3年に変更することの適切性について検討していない事例

 被監査会社は、運営する店舗の資産除去債務を、原状回復費用の発生見込額に基づき計上しており、当初計上時から当該発生見込額の変更はしていない。
 当年度に店舗の退店による原状回復費用の支出額が、当該店舗に係る資産除去債務計上額を上回り、履行差額として追加費用が発生する状況になっている。
 過年度においても同様に履行差額として追加費用が発生する状況が継続している。
 しかしながら、監査チームは、被監査会社において継続して履行差額が発生しているにもかかわらず、退店した店舗の前年度の資産除去債務に計上されている見積額と確定額の比較検討を実施しておらず、他店舗における資産除去債務計上額の見直しの要否について、十分に検討していない事例

 資産除去債務の履行時期や除去の方法が明確にならないことなどにより、その金額が確定しない場合でも、履行時期の範囲及び蓋然性について合理的に見積もるための情報が入手可能なときは、資産除去債務を合理的に見積もることができる場合に該当する。
 資産除去債務を合理的に見積もることができない場合とは、決算日現在入手可能なすべての証拠を勘案し、最善の見積りを行ってもなお、合理的に金額を算定できない場合に限られる。

「専門家の利用」

▷問題となった事例

 監査証拠として利用する情報が、経営者が利用した専門家(年金数理人、不動産鑑定士、弁護士等)の業務によって作成されている場合には、専門家の適性、能力及び客観性を評価するとともに、専門家の業務を理解し、監査証拠として利用した専門家の業務の適切性を関連するアサーションに照らして評価する。

 経営者の利用した不動産鑑定士の適性、能力及び客観性に関する評価を行わずに不動産鑑定評価書を利用している事例

 被監査会社は、債務超過の状況にある子会社の株式評価において、当該子会社が保有する土地及び建物の不動産鑑定評価書を取得し、当該不動産の時価評価額を加味して、当該株式の実質価額を算定している。
 監査チームは、監査証拠として利用する情報である当該鑑定評価書について、経営者の利用する専門家の適性、能力及び客観性を評価し、その業務を理解した上で、当該鑑定評価書を通読している。
 しかしながら、監査チームは、経営者の利用する専門家が採用した算定方法や使用した基礎データを検証しておらず、当該鑑定評価書に係る監査証拠としての適切性を十分に検討していない事例

「債権評価」

▷問題となった事例

 差押え予定の資産について、被監査会社が回収可能と主張する金額の合理性を検討していない事例がみられる。
 債権評価に当たり、差押え予定の資産がある場合には、単に対象となる資産を把握することにとどまらず、差押えの実現可能性やその処分可能見込額等を十分に検討することが求められる。

 貸倒懸念債権の評価方法として、債務者の支払能力を判断する資料を入手することが困難である場合、例えば、貸倒懸念債権と初めて認定した期には、担保の処分見込額等を控除した残額の50%を引き当てるという簡便的な方法があるが、個別に重要性の高い貸倒懸念債権については、可能な限り資料を入手し、評価時点において被監査会社が適切な見積りを行っているか十分な検討を行う。

「収益認識」

▷問題となった事例

 被監査会社は、電力量計の製造を中心とした計測制御機器事業を営んでおり、着荷基準により売上計上を行っている。
 監査チームは、被監査会社における売上の期間帰属について、不正による重要な虚偽表示リスクを識別した上で、期末日前後の売上計上時期を意図的に操作する可能性があるとして、期末日前後に計上された売上からサンプルを抽出し、詳細テストを実施している。
 しかしながら、監査チームは売上の期間帰属の検証において、注文書との照合を行うのみで、着荷の事実を示す顧客の受領書との照合などのより証明力が強い監査証拠を入手するための実証手続を実施していない事例

 帳簿と証憑を形式的に突合するだけで、異常な利益率や、実態と合致しない契約内容を見落としている事例

 監査人は、不正による重要な虚偽表示リスクを識別し評価する際、収益認識には不正リスクがあるという推定に基づき、どのような種類の収益、取引形態又はアサーションに関連して不正リスクが発生するかを判断しなければならない(監査基準委員会報告書240「財務諸表監査における不正」25項)。

「受注損失引当金」

▷問題となった事例

 被監査会社は、受注金額と予想原価を比較の上、損失が見込まれる場合には、受注損失引当金を計上している。
 監査チームは、リスク評価手続として、前年度末に受注損失引当金を計上した案件について、当年度に確定した受注損益と、前年度末の受注損失引当金とを比較し、差異の検討を実施している。
 当年度末に計上した受注損失引当金について、被監査会社が作成した受注損失引当金計上資料を閲覧の上、任意で抽出したサンプルについて、予想原価に関し、被監査会社作成の予想原価見直資料との突合を実施している。
 しかしながら、監査チームが実施した監査手続には、以下の不備が認められた事例

(a) 前年度末に受注損失引当金が計上されていない案件に関し、当年度において損失となっている案件の有無を検討しておらず、受注損失引当金計上の網羅性について十分に検討していない。

(b) 当年度において損失となっている案件がある中で、当年度末においても同一納品先、同一品名の他の損失見込み案件があるにもかかわらず、被監査会社が作成した予想原価見直資料との突合を実施するだけで、被監査会社の具体的な仮定の合理性を検討していないほか、原価削減の実現可能性について、検討を実施していない。

 前年度に工事損失引当金を計上してない工事契約について、当年度に損失が計上されているが、経営者の見積りの評価に与える影響を考慮していない事例

「関係会社事業整理損失引当金」

▷問題となった事例

 被監査会社は、関係会社事業整理損失引当金について、連結子会社の個別財務諸表の債務超過額を基礎として見積計上しているが、連結子会社の個別財務諸表で計上すべき減損損失等を連結仕訳で計上しているため、当該引当金の見積りにおいては、連結子会社の個別財務諸表における債務超過額に連結仕訳を反映する調整を加えている。
 しかしながら、監査チームは、当該個別財務諸表における債務超過額に連結仕訳を反映した後の債務超過額の正確性を検討していない事例

「工事進行基準における工事原価総額の見積り」

▷問題となった事例

 被監査会社は、印刷機械関連事業における工事契約について、工事進行基準を採用している。
 監査チームは、工事進行基準に関連する内部統制の運用評価手続を実施頻発するとともに、システムから出力された工事進行基準による売上高の計算結果における見積工事原価総額について、被監査会社が作成した見積資料との突合を実施している。
 しかしながら、監査チームは、被監査会社が作成した工事原価総額の見積資料について、社内における承認状況を確認するだけで、工事原価総額の見積りにおいて使用された重要な仮定の合理性を検討していない事例

「原価計算・棚卸資産」

▷問題となった事例

 被監査会社は、自動車部品の製造・販売を行っており、棚卸資産の評価に関し、同社が定めた滞留基準(過去5年間以上受払いのない品目)に該当する棚卸資産について簿価の切下げ要否を検討することとしている。
 監査チームは、自動車部品の販売に影響する自動車のモデルチェンジのサイクルは、通常3年から5年までであるとして、被監査会社の方針を妥当なものと判断している。
 しかしながら、監査チームは、被監査会社による簿価切下げの要否の検討が、「過去5年間以上受払いのない品目」を対象としていることの合理性に関して、過去のモデルチェンジ後の部品の出荷量の減少等を踏まえた定量的な検討を行っていない事例

 被監査会社は、原材料を仕入れて自社工場で加工した製品を販売する加工事業を営んでおり、製造原価のうち、加工費は、原価計算を実施することなく期間原価として計上し、原材料費だけを棚卸資産に計上している。
 しかしながら、監査チームは、被監査会社が採用している製造原価及び棚卸資産に関する会計方針が、原価計算基準に準拠していないことによる影響について、評価・検討していない事例(原価計算基準第1章6(一))

 原価計算の業務プロセスの整備状況を評価するに当たり、原価計算に係るプログラムの内容や、プログラムが利用するマスターデータの生成方法等のITを利用した情報システムについて十分に理解していない事例

 販売実績が乏しい滞留棚卸資産について、物理的に劣化しておらず、営業活動を継続していることから評価損の計上を不要とする経営者の仮定の合理性を十分に検討していない事例

 被監査会社の現行販売品や保守用のために保有している在庫については簿価を下回って販売することはないため、評価減は発生しないとの仮定の合理性を検討していない事例

 被監査会社が滞留期間に応じて簿価の一定率を評価損として計上していることの合理性について検討していない事例

 被監査会社の作成した評価損の計算資料の信頼性を十分に検討していない事例

 被監査会社の保有する棚卸資産の中には、販売用不動産や開発事業等支出金等といった、価格の測定に幅があるもの、客観的価額の算定が困難なもの等、特殊な性質を有する棚卸資産も存在するが、このような特殊な性質の棚卸資産についても、通常、収益性の低下に基づく簿価切下げの対象から除外することはできない点に留意する。

「表示及び開示」

▷問題となった事例

 被監査会社は、収益認識基準として工事進行基準を採用する一方、有価証券報告書において、重要な会計上の見積りに関する開示を行っていない。
 監査チームは、工事進行基準に係る工事原価総額の見積りには経営者による判断が影響を及ぼすことのほか、作業内容や工数、原材料価格等の見積りには不確実性が伴うことを理解している。
 しかしながら、監査チームは、重要な会計上の見積りに関する開示の要否の判断において、翌年度の被監査会社の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目であるか否かを検討していないほか、翌年度の財務諸表に与える金額的影響の大きさや、その発生可能性を踏まえた検討を行っていない事例

 監査チームは、比較情報である前期の財務諸表及び連結財務諸表における関係会社株式評価損の過少計上を当期に認識し、当該過年度の未修正の虚偽表示が当期に修正されたことを確認している。
 しかしながら、監査チームは、当該過年度の虚偽表示に関し、内部統制監査に与える影響を検討していない。
 また、経営者確認書の確認事項に、「比較情報に含まれる未修正の虚偽表示」、「当期数値において修正されたことを原因として比較情報が損なわれていることによる影響」を含めていないほか、過年度の未修正の虚偽表示が関連する取引種類、勘定残高又は開示等及び全体としての財務諸表又は連結財務諸表に与える影響を監査役会に報告していない事例

 賃貸等不動産注記において、不動産鑑定評価基準に基づいて被監査会社が自社で算定した金額を時価としている旨が記載されているが、監査チームが、当該時価の算定方法が不動産鑑定評価基準に基づいたものとなっているか検討していない事例

 被監査会社による計算書類等の作成段階において、特定の注記漏れを指摘したものの、有価証券報告書の作成段階において、同内容の注記漏れを見落としている事例

 キャッシュ・フロー計算書等の表示区分の誤りを見落としている事例

「通常の取引過程から外れた重要な取引など」

▷問題となった事例

 企業の通常の取引過程から外れた重要な取引、又は通例でないと判断される重要な取引が、不正な財務報告を行うため又は資産の流用を隠蔽するために行われたことを示す兆候には以下が含まれる。

(a) 取引の形態が非常に複雑である(例えば、連結グループ内における複数の企業間の取引、又は通常は取引関係のない複数の第三者との取引)。

(b) 経営者が、取引の内容や会計処理を取締役会又は監査役等と討議しておらず、十分に文書化していない。

(c) 経営者が、取引の経済的実態よりも特定の会計処理の必要性を強調している。

(d) 特別目的会社等を含む非連結の関連当事者との取引が、取締役会によって適切に検討され承認されていない。

(e) 取引が、以前には識別されていなかった関連当事者、又は実体のない取引先や被監査会社からの支援なしには財務的資力がない取引先に関係している。

 重要な取引の事業上の合理性を検討する際、個々の取引の検討にとどまらず、取引の実行時期や取引条件などに留意し、関連する一連の取引の全体像を評価し検討することが重要である。

「監査上の主要な検討事項(KAM)」

▷問題となった事例

 監査チームは、連結財務諸表監査におけるKAMの検討において、被監査会社の個別財務諸表における繰延税金資産の回収可能性を対象とすると決定した。
 しかしながら、監査チームは、被監査会社に提出した連結財務諸表の監査報告書において、連結財務諸表上の税効果会計に関する注記を参照させた上で、連結財務諸表上の繰延税金資産の金額を記載しており、当該KAMの対象とした繰延税金資産の範囲を明示することなく、繰延税金資産全般の回収可能性に係る検討がKAMの対象となっているかのような記載を行っており、連結財務諸表上のKAMの内容及び決定理由に係る記載の適切性について、十分に検討していない事例

 監査チームは、被監査会社に提出した監査報告書において、工事進行基準の適用による工事収益の認識をKAMとした上で、内部統制の有効性の評価、工事収益総額に対する契約書等の閲覧や工事原価総額の見積りに対する工事の進捗状況の確認及び証憑突合等の監査上の対応を実施した旨を記載している。
 しかしながら、監査チームは、上記手続のうち、工事原価総額の見積りに対して工事の進捗状況の確認を実施していないにもかかわらず、当該手続を実施した旨を記載している事例

(了)

筆者紹介

阿部 光成

(あべ・みつまさ)

公認会計士
中央大学商学部卒業。阿部公認会計士事務所。

現在、豊富な知識・情報力を活かし、コンサルティング業のほか各種実務セミナー講師を務める。
企業会計基準委員会会社法対応専門委員会専門委員、日本公認会計士協会連結範囲専門委員会専門委員長、比較情報検討専門委員会専門委員長を歴任。

主な著書に、『新会計基準の実務』(編著、中央経済社)、『企業会計における時価決定の実務』(共著、清文社)、『新しい事業報告・計算書類―経団連ひな型を参考に―〔全訂第2版〕』(編著、商事法務)がある。

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税理士 上西左大信 監修 公認会計士・税理士 田淵正信 編著 公認会計士 藤田立雄 共著 税理士 山野展弘 共著 公認会計士・税理士 大谷泰史 共著 公認会計士・税理士 圓尾紀憲 共著 公認会計士・税理士 久保 亮 共著

退職金をめぐる税務

公認会計士・税理士 新名貴則 著

経営危機における企業判断と実務対応

須藤英章 監修 東京富士法律事務所 編著

企業法務で知っておくべき税務上の問題点100

弁護士・税理士 米倉裕樹 著 弁護士・税理士 中村和洋 著 弁護士・税理士 平松亜矢子 著 弁護士 元氏成保 著 弁護士・税理士 下尾裕 著 弁護士・税理士 永井秀人 著

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