― 連載開始にあたって ―「ただでさえ通常業務だけで忙しいのに、また新しい義務が増えて・・・」
法改正により、これまで努力義務であった50人未満の小規模事業場にもストレスチェックが義務化されることになり、従業員を抱える経営者の皆様にとってはそんな感想が正直なところではないでしょうか。
余計な手間や費用が増え、億劫なのはごもっとも。しかし、これを「優秀な従業員が定着するための投資」と考えてみてはいかがでしょうか。労働者が心身とも健康的に働ける環境を整えることは、企業の生産性向上や離職防止にも寄与すると考えられます。
本連載では来る全事業所への義務化に向けて、経営者が感じるであろう疑問をQ&A形式で解説してまいります。「やらされる義務」から「攻めの経営戦略」へのヒントになることを願って、執筆していけたらと思います。
QUESTION 労働安全衛生法の改正により小規模事業場においてもストレスチェック制度が義務化されると聞きましたが、税理士事務所の所長である私とスタッフ2名の小規模な事務所においてもストレスチェックの実施を怠ると罰則はあるのでしょうか。
ANSWER ストレスチェックの実施を怠ることでの直接的な罰則は定められていません。
しかし、次の観点において罰則等が発生する可能性があるので注意が必要です。
① 報告義務違反
② 安全配慮義務違反
③ 労働基準監督署からの是正勧告
1小規模事業場のストレスチェック義務化
2015年より始まったストレスチェックは、これまで労働者数50人以上という比較的中規模以上の事業者に実施義務が課されてきた。50人未満の事業場に関しては努力義務であったが、2025年5月の法改正により今後は全事業所に実施義務が課せられることになる。
(※) 2026年5月18日、厚生労働省より「2028年4月から全事業所義務化の方針」と具体的な実施時期が示された。
義務化拡大におけるポイントについては、ぜひ過去の拙稿も参照いただければ幸いである。
2罰則等の発生可能性
①報告義務
ストレスチェックを行った場合、実施結果を労働基準監督署へ報告する義務があるが、この報告義務は「労働者数50人以上の事業場」に義務付けられており、50人未満は不要となる。今回のストレスチェックの全事業所への義務化に伴い、50人未満の事業所にも報告が義務化される可能性も考えられたが、令和8年2月に公開された実施要項でも「不要」のままとなっていた。
ストレスチェックに関しては一般的な健康診断と異なり、労働者に受験義務が課されていない。できる限り対象者全員の受験が望ましいとされているが、使用者が業務命令のような形で受験を強要することはできない。そのため、推測ではあるが少人数の事業所において、労働者が受験を拒んだケースへの配慮として、50人未満は引き続き報告不要となった可能性も考えられる(なお、未受験者に対して委託先の外部機関が受験を勧奨する等の方法で、配慮を行なった上で、「受験の勧奨」を行うことはできる)。
そして、報告義務がある事業所が報告義務を怠った場合、最大で50万円以下の罰金が課せられる可能性がある(労働安全衛生法第120条第5号「第百条第一項又は第三項の規定による報告をせず、若しくは虚偽の報告をし、又は出頭しなかつた者」)。
また、人数のカウント等については、次の点にも注意が必要である。
CHECK POINT
常時使用している労働者数「常時使用している労働者」とは、契約期間や労働時間ではなく、常態として使用されているかどうかで判断される。そのため、短時間労働者、パートタイマー/アルバイト、派遣労働者であっても、継続して雇用している状態としていればカウントされることになる(※なお、派遣労働者についての実施義務は派遣元にある)。
CHECK POINT
事業場工場、事務所、店舗など同一事業所にあるものを一の事業場と考える。そのため、企業として総従業員が50人を超えていたとしても、事業場単位で見た場合に50人を超えていなければ不要となる。逆に50人を超えるような事業場が複数あるような企業であれば、事業場ごとに報告義務が発生する。
②安全配慮義務
労働契約法において、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と定められており、これが一般的に言われる「安全配慮義務」というものである(労働契約法第5条)。
条文に定められている「生命、身体等の安全」には「心身の健康」も含まれている。
そして、労働安全衛生法等に定められている、事業主が講ずべき具体的な措置は当然に遵守されなければならないものであり、この観点からストレスチェックを怠ると「安全配慮義務」を怠ったとみなされる可能性が考えられる。
この労働契約法第5条は義務として規定されているものの、違反には直接的な罰則は明記されていない。
しかし、ストレスチェックを実施せずに放置した結果、労働者がメンタル不調に陥るような事態になった場合、使用者が安全配慮義務違反として損害賠償を請求される恐れも考えられ、金銭的もさることながら、社会的信頼の失墜というリスクも抱えることになる。
③労働基準監督署からの是正勧告
労働基準監督署の調査が行われた際に未実施が発覚した際には、是正勧告の対象となる可能性が高いと考えられる。
労働基準監督署では、労災事故が発生した場合や通報があった場合などに行われる調査のほか、管轄内の事業所を定期的に無作為に選出され行われる調査がある。後者は無作為であり、筆者の顧問先でも開業以来まだ実施されたことがない会社もあれば、開業から間もないにもかかわらず調査が行われた会社も存在する。
こうした調査の際には、就業規則や労働条件通知書は勿論、出勤簿や賃金台帳、健康診断の実施記録の提出も求められる。こうしたチェック項目の中に「ストレスチェックの実施記録」が含まれるようになる可能性は高い。
仮に実施を怠り是正勧告を受けた場合は、期日を指定され、是正(ストレスチェックの実施)のうえ、労働基準監督署への報告を行う必要がある。
本連載執筆にあたり、筆者は他士業や経営者の仲間に「ストレスチェックが義務化されるにあたり、どのような質問があるか?」と投げかけてみたところ、結果、最も多かった質問がこの罰則に関する質問であった。「義務化」と言われ「罰則」が気になるのは当然ではあるが、本稿で述べた通り、ストレスチェックに関する罰則は直接的なものはなく、間接的なものとなっている。
しかし、「直接的な罰則がない」からと言って対応が後手に回ったり、実施を怠ったりという安易な判断は、コンプライアンス的な側面でも、経営的な側面でもリスクを抱えることになる。
通常業務だけで忙しい中、さらなる対応も求められる使用者の心中は察するに余りあるが、労働者のメンタルヘルスケアは、コストではなく投資と考えてはいかがだろうか。労働者が心身ともに健康的に働ける環境を整えることは、生産性の向上や離職防止という企業の成長にもつながる。前向きに取り組んでいただければ幸いである。
(了)
この連載の公開日程は、下記の連載目次をご覧ください。
















