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租税争訟レポート 【第87回】「法人税「貸倒損失と債務免除益」(東京地方裁判所令和5年10月31日判決)」
租税争訟レポート 【第87回】 「法人税「貸倒損失と債務免除益」 (東京地方裁判所令和5年10月31日判決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【判決の概要】 〈東京地方裁判所令和5年10月31日判決の概要〉 【事案の概要】 ■■■■■■■■■■■を目的とする株式会社である原告は、原告代表者(以下「本件代表者」という)の子で原告の従業員であった乙の提案により、C社から建物解体業務を受注し、これを外注するという事業(以下「本件解体事業」という)を行うようになり、その後、乙が代表取締役を務めるB社において本件解体事業を引き継ぐことになったが、原告及びB社が行っていた本件解体事業は、実体のない取引であることが判明した。 B社は、これを契機として解散決議がされて清算株式会社となり、原告のB社に対する貸付け等に係る金銭債権(以下「本件金銭債権」という)6億1,504万9,280円について債務免除を受けるなどした上で、その清算を結了した。 本件は、原告が、債務免除を行った金銭債権の額を貸倒損失として損金の額に算入するなどして、平成28年3月期から平成31年3月期の各事業年度の法人税及び平成28年3月課税事業年度から平成31年3月課税事業年度の地方法人税の申告をしたところ、東松山税務署長から、金銭債権の額は貸倒損失として損金の額に算入することはできず、また、平成28年3月期に実体のない本件解体事業により原告が被った損害に係る損害賠償請求権をその益金の額に算入すべきであるなどとして、本件各事業年度の法人税に係る各更正処分並びに重加算税及び過少申告加算税の各賦課決定処分並びに本件各課税事業年度の地方法人税に係る各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分を受けたため、本件各更正処分及び本件各賦課決定処分の取消しを求める事案である。 【争点】 【争点に対する原告と被告の主張】 1 本件金銭債権の額を貸倒損失として損金の額に算入することの可否 (1) 被告の主張 被告は、原告の金銭債権が基本通達9-6-2により貸倒損失に当たると認められるためには、平成28年3月期中において、債務者たるB社の資産状況、支払能力等からみて、金銭債権の全額が回収できないことが客観的に明らかであるといえなければならないとしたうえで、B社は、乙に対する損害賠償請求権又は不当利得返還請求権、本件代表者に対する損害賠償請求権を有しており、これらの権利を行使することにより、原告に金銭債権の弁済を行うことが可能であったという限度で、支払能力がなかったとはいえないし、原告としては、金銭債権を保全するため、上記各請求権を代位行使して、自ら直接これを取り立て、金銭債権に充当することも可能であったことから、平成28年3月期中において、金銭債権の全額が回収不能であることが客観的に明らかであったとはいえず、金銭債権の額は、事実上の貸倒れに係る損失として、原告の平成28年3月期の損金の額に算入することはできないと主張した。 さらに、被告は、基本通達9-6-1(4)により金銭債権の額について貸倒損失としての損金算入が認められるためには、①B社の債務超過状態が相当期間継続していること、②本件金銭債権の弁済を受けることができないことの要件を満たす必要があるにもかかわらず、金銭債権の全額について弁済を受けることができないことが客観的に明らかであるといえないこと、債務免除をした平成28年2月29日時点においても、金銭債権が回収不能か否かを判断するために必要な合理的な期間を経過したとは認められないから、上記①の要件を満たさないため、金銭債権の額については、法律上の貸倒れに係る損失としても、原告の平成28年3月期の損金の額に算入することはできないと主張した。 (2) 原告の主張 原告は、平成27年9月30日の臨時株主総会議事録において、「現時点で当社が直接資金支援している貸付債権残高2億4千万円について、B社側から弁済不可能の現状通知があり、また、その外にも同社の銀行債務に対する連帯保証債務も当社として抱えており、莫大な金額の債権回収不能額及び連帯保証債務の履行額を負担せざるを得ないことが現実として受け止めざるを得ない状況にある」と記録されているとおり、同日時点において、B社には乙の資力も含めて返済能力がない状態にあったとし、さらに、県税事務所長が平成28年3月18日付けで、滞納処分をすることができる財産がないときに該当するものとして、B社に対する不動産取得税約1,056万円につき滞納処分の執行を停止していることからもB社に資力がないことが裏付けられることから、原告のB社に対する金銭債権については回収が不能であるというべきであり、金銭債権の額については、事実上の貸倒れに係る損失として、原告の平成28年3月期の損金の額に算入されるべきものであると主張した。 さらに、原告は、基本通達9-6-1(4)の「相当期間」とは、債権者が債務者の経営状態をみて回収不能かどうかを判断するために必要な合理的な期間をいうものであり、個別の事情に応じ、その期間は異なるものとされているところ、B社については、遅くとも平成27年7月30日には債務超過の状態に陥っていることが確認され、B社は解散して清算株式会社となり、本件債務免除の日である平成28年2月29日の時点においては、本件金銭債権の弁済を受けることができないと認められる場合に至っていたのであるから、その時点において上記の相当期間は優に経過しているとして、金銭債権の額については、法律上の貸倒れに係る損失として、原告の平成28年3月期の損金の額に算入されるべきものであると主張した。 2 本件債務免除によりB社に供与された経済的な利益の寄附金該当性及びその額 (1) 被告の主張 被告は、B社は、債務免除の時点では、その負債を更に増大させるおそれはなく、かえって、原告は、B社が、乙又は本件代表者等に対する損害賠償請求権等を行使するなどして、本件金銭債権の支払を受けることができる可能性すら有していたことから、債務免除は、経済的な利益の無償の供与に該当し、債務免除益は法人税法37条7項の寄附金に該当すると主張した。 そのうえで、債務免除益に係る寄附金の額について、被告は、原告のB社に対する金銭債権の額である6億1,504万9,280円から金銭債権の一部について返還がされた2億156万6,739円を差し引いた4億1,348万2,541円と評価することができると主張した。 (2) 原告の主張 原告は、原告とB社との関係性に照らせば、B社の原告以外の全ての債権者に対する債務が支払われた後に残る損失を負担すべき社会的責任があり、また、原告のような中小企業においては、金融機関や取引先からの信用は最も重要なものであるところ、原告が突如として6億円を超える不良債権を抱えるようになったという事態は、金融機関や取引先からの不信を招き、その状態が長期化すればするほど信用を喪失することになるため、原告においては、B社の銀行借入金を代位弁済し、解散後の清算事務を滞りなく遂行し、B社の破産という母体会社である原告にとっての信用喪失の最たる事態を避けつつ、B社の清算を結了させることが必要とされる状況にあったのであるとしたうえで、債務免除は、基本通達9-4-1の定めの内容等に照らしても、経済的合理性が認められるというべきであり、これが不合理であるとの立証はされていない以上、本件債務免除益は寄附金には該当しないと主張した。 3 本件処理費の支払に係る不法行為に基づく損害賠償請求権又は不当利得返還請求権の益金算入時期 (1) 被告の主張 被告は、実際には建物解体業務を外注した事実などなく、建物解体業務自体が行われていないにもかかわらず、乙は、処理費請求書を作成して原告宛てに郵送し、これらの建物解体業務が原告の委託に基づき現実に実施されたと軽信している本件代表者をして、処理費合計103万9,230円(税込み)を振り込ませて領得したものであり、原告は、乙の領得行為により、処理費の振込みと同時に同額の損害又は損失を被るとともに、乙に対する同額の本件損害賠償請求権等を取得したこととなるとして、乙に対する損害賠償請求権等は、原告の平成28年3月期の益金の額に算入されるべきものであると主張した。 (2) 原告の主張 原告は、基本通達2-1-43が、「他の者」に対する損害賠償請求権につき異時両建て等を認めている理由は、①相手方に損害賠償責任があるのかどうかについて当事者間に争いがあることが少なくないこと、②仮に、相手方に損害賠償責任のあることが明確であるとしても、具体的にいかなる金額の損害賠償を受け得るのかについては、当事者間の合意又は裁判の結果等を待たなければ確定しないのが普通であること、③仮に、その損害賠償金の支払を受けること及びその額について当事者間に合意があったとしても、相手方の支払能力などからみて、果たして実際にその支払を受けることができるのかどうかについて問題のある場合が少なくないことにあり、乙に対する損害賠償請求権等についても、上記①ないし③の理由はそのまま妥当するものであるから、損害賠償請求権等については、原告の平成28年3月期の益金の額に算入しなければならないものではないと主張した。 【東京地方裁判所の判断】 東京地方裁判所は、認定事実に基づき、次のとおり判決を言い渡した。 1 本件金銭債権の額を貸倒損失として損金の額に算入することの可否 裁判所は、乙は■■から、解体事業に実体がないことが判明した後の平成27年7月から債務免除の日までの間に、合計512万2,000円の送金を受け、さらに、債務免除の日から平成28年5月1日までの間にも、合計70万5,000円の送金を受けていることが認められ、乙は、債務免除の前後においても、■■との間で金員を受領できるような関係を有しており、債務免除の時点において、乙には一定程度の資力があったことがうかがわれるとしたうえで、債務免除までの間に、乙の資産状況等について具体的な確認がされていないことも踏まえると、債務免除の時点において、B社の乙に対する損害賠償請求権等が回収不能であることについては、単なる見込み以上のものとして客観的に認識できる状況にはなかったというほかなく、その全額が回収不能であることが客観的に明らかではなかったものと認めるのが相当であるという判断を示した。 さらに、本件代表者について、裁判所は、B社代表取締役である乙の業務執行が法令に違反するような場合において監視義務を怠った取締役(本件代表者)は、当該会社に対して損害賠償責任を負うものと解されることから、債務免除の時点において、B社は、乙に対して損害賠償請求権又は不当利得返還請求権を、本件代表者に対して損害賠償請求権を有しており、それらの債権の全額が回収不能であることが客観的に明らかではないと認められる以上、これらの損害賠償請求権等を代位行使することによって回収を図り得る原告のB社に対する金銭債権についても、その全額が回収不能であることが客観的に明らかではないというべきであり、原告の金銭債権の額については、基本通達9-6-2又は同9-6-1(4)の適用を受けるものではなく、貸倒損失として、原告の平成28年3月期の損金の額に算入することはできないというべきであると結論を導いた。 2 本件債務免除によりB社に供与された経済的な利益の寄附金該当性及びその額 裁判所は、原告の主張を踏まえたうえで、原告が、B社の乙に対する損害賠償請求権等や本件代表者に対する損害賠償請求権の代位行使等を自粛し、債務免除をしてまで、B社の清算を速やかに結了させなければ、取引先や金融機関に対する信用が喪失していたと認めることはできず、債務免除の経済的合理性が直ちに基礎付けられるともいえないとして、何らの給付等の対価や代償を受けることなく行われた債務免除が、客観的にみて法人の収益を生み出すのに必要な費用又は法人がより大きな損失を被ることを避けるために必要な費用であって、その費用としての性質が明白であり明確に区別し得るものであるとは認められないことから、債務免除益は寄附金に該当するというべきであるという判断を示した。 さらに、裁判所は、債務免除による寄附金の額について、債務免除に係る債務相当額と解すべきであるから、原告による債務免除に係る債務相当額である6億1,504万9,280円から、平成27年4月1日から同月30日までの間に原告のB社に対する金銭債権の一部について返還がされたものと評価できる2億156万6,739円を差し引いた4億1,348万2,541円と認めるのが相当であると結論を導いた。 3 本件処理費の支払に係る不法行為に基づく損害賠償請求権又は不当利得返還請求権の益金算入時期 裁判所は、認定事実に基づき、遅くとも平成27年7月30日の時点において、乙が、原告に実体のない解体事業を行わせ、処理費103万9,230円の損害又は損失を被らせたことを理由とする原告の乙に対する本件損害賠償請求権等が存在していることは容易に認識できる状況にあったというべきであり、その権利行使が期待できないといえるような客観的状況にはなかったと認められるとして、損害賠償請求権等については、平成28年3月期において、その収入すべき権利が確定したというべきであり、その益金の額に算入すべきものということができるという判断を示した。 原告の主張に対して、裁判所は、基本通達2-1-43について、損害賠償請求の相手方が「他の者」である場合には、相手方に損害賠償責任があるのかどうかについて争いがあることが少なくなく、仮に、相手方に損害賠償責任があることが明確であるとしても、具体的にいかなる金額の損害賠償を受け得るのかについては、当事者間の合意又は裁判の結果等を待たなければ確定しないのが通常であることなどを考慮したためであり、その一方で、「他の者」以外の法人の役員又は使用人による横領等によって損害を受けた場合には、通常、損害の発生時における権利の内容及び範囲等が明らかであり、損害賠償請求権はその時において権利が確定したものということができることから、法人税法における益金の基本的な認識基準である権利確定主義の観点に照らし、被害発生事業年度において、損失の額を損金の額に算入するとともに損害賠償請求権を益金の額に算入させることとしており、法人と損害賠償請求権の相手方との関係性を踏まえて異なる取扱いをすることを認めたものであるという解釈を示した。 そのうえで、認定事実に基づき、乙は、本件代表者の子であり、平成27年3月31日まで本件代表者が代表取締役を務める原告の従業員であって、原告における解体事業に係る業務は乙に一任されており、乙が原告を退職する前後で、本件解体事業に対する乙の関与の在り方に実質的な変更があったとも認められないことから、原告と乙との関係性、解体事業の業務の態様などに鑑みると、処理費の支払等に係る損害についても、実質的には原告の従業員と同視できる乙の不法行為によって生じたものと評価できる基本通達2-1-43が、「他の者」からの支払を受ける損害賠償金につき上記のような取扱いを認めることを前提にしても、損害賠償請求権等につき平成28年3月期においてその権利が確定したとして平成28年度の益金の額に算入させたことは、同通達の趣旨に沿うものということができ、それをもって違法であるということはできないという結論を導いた。 4 結論 東京地方裁判所は、上記の判断を総合して、原告の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却する判決を言い渡した。 【判決の特徴】 固有名詞が黒塗りになっている部分が多く、読み取りづらい点もあったが、架空の解体事業については、乙が主体に行ったものではなく、首謀者■■によって仕切られており、乙は、架空の外注費の一部を直接領得していただけでなく、首謀者から金銭を受け取っていたようである。 損害賠償請求権の益金算入時期に関する争点では必ず問題になる「他の者」の範囲についても、多くの判決と同様、本判決でも、原告代表者の子であり従業員でもあった乙を「他の者」ではないという判示をしており、いわゆる「同時両建説」に依拠した判断となっている。 個人的には、原告代表者による、B社の原告以外の全ての債権者に対する債務が支払われた後に残る損失を負担すべき社会的責任があり、B社の銀行借入金を代位弁済し、解散後の清算事務を滞りなく遂行し、B社の破産という信用喪失の事態を避けつつ、B社の清算を結了させることを優先した判断は、経営者としては実に立派なものであったと評価するが、課税庁も裁判所も、そうしたビジネス上の倫理については無関心だったようである。 1 国税不服審判所の裁決について 原告は、訴訟提起に先立ち、令和2年3月19日、国税不服審判所に審査請求を行い、翌令和3年3月17日付で、裁決が出ているので、その裁決要旨を国税不服審判所の裁決要旨検索システムから引用しておきたい。 (1) 本件金銭債権の額を貸倒損失として損金の額に算入することの可否 (2) 本件債務免除によりB社に供与された経済的な利益の寄附金該当性及びその額 (3) 本件処理費の支払に係る不法行為に基づく損害賠償請求権又は不当利得返還請求権の益金算入時期 2 原告が乙又は本件代表者に対して損害賠償請求権を代位行使できるか 本件の中心的な争点である、原告の有するB社に対する金銭債権の額を貸倒損失として損金の額に算入することができるか否かについて、東京地方裁判所は、債務免除の時点において、B社は、乙に対して損害賠償請求権又は不当利得返還請求権を、本件代表者に対して損害賠償請求権を有しており、原告は、これらの損害賠償請求権等を代位行使することによって回収を図り得ることから、B社に対する金銭債権についても、その全額が回収不能であることが客観的に明らかではないという判断を示しているが、この判断には疑問が残る。 たしかに、法律上、原告がB社の損害賠償請求権等を代位行使することは可能であるが、法人がその代表者に対して、別の法人の取締役として善管注意義務違反があったことを理由に損害賠償請求権を代位行使することに、どういう経済的合理性があるのかという点について、裁判所は、説明をしていない。具体的には、B社における乙の不法行為について、本件代表者が監視義務を怠ったかどうかを判断する主体は誰なのか。裁判所に判断を委ねる必要があるとすれば原告はさらに裁判費用を負担する必要を生じるし、弁護士等に調査を委ねても同様であろう。仮に、B社が、本件代表者に対する任務懈怠又は善管注意義務違反に基づく損害賠償を請求しないと書面で意思表示をしていれば、原告が、本件代表者に対するB社の損害賠償請求権を代位行使することはできないため、問題は、乙の資力だけに絞られる可能性はあったと考える。しかし、その場合においても、B社による損害賠償請求権の放棄を課税庁はおそらく認めないであろうし、また、裁判所がどのように判断するのかも、不明である。 (了)
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暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第99回】
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第99回】 東洋大学法学部教授 泉 絢也 ② データを損益計算ソフトに取込み 「データを適切に損益計算ソフトに取り込むことができない場合」がある。 例えば、損益計算ソフトが新たにリリースされた又はマイナーなブロックチェーン、取引所、サービス又はプロトコル(規格や技術仕様)に対応していないことがある。 これは、各ブロックチェーンやサービスが独自のルールと仕様に基づいて設計されており、トランザクション構造やデータ出力形式が相互に統一されていないため、損益計算ソフト側の対応を困難にさせていることに起因する。 また、一部のブロックチェーンはAPIやデータ提供の仕組みを備えているが、その仕様は統一されておらず、外部ソフトウェアがトランザクションデータを一貫性のある形式で自動取得・自動分類できるような標準化が十分に進んでいないという事情もある。 技術革新のスピードが速く、新しいプロトコルや多様なトークン規格が次々に提案され、導入されるため、費用対効果やリソースの限界等の問題から損益計算ソフト側の対応が追いついていないという側面もある(※)。 (※) オープンソース、モジュール設計、コンポーザビリティ(分散型アプリケーションやプロトコルがシームレスに連携して動作する性質)により、開発者は既存のコードやプロトコルを活用して迅速に新しいサービスを構築できる。この結果、新規チェーンや新規プロトコルが極めて短期間で登場し、市場実装が進む一方で、損益計算・税務インフラ側の対応が後追いになりやすい。 また、取引タイプに着目すると、例えば、異なるブロックチェーンネットワーク間で暗号資産の移転を可能にするプロセスであるブリッジやDEXへの流動性供給に係るトランザクションについて、損益計算ソフトが取引タイプや損益判定を正確に実行できない、判定の精度が粗いなど、損益計算ソフトにおける仕様上の制約に直面することがある。 なお、国内のものに限らず、暗号資産の損益計算ソフトについて、同一のデータを取り込んだ場合であっても、利用するソフトによって損益計算の結果が異なる場合があることに注意が必要である(※)。 (※) 損益計算ソフトによって損益計算の結果が異なるのは、取引タイプごとの損益処理の相違、対応しているCEXやブロックチェーンの種類や取り込み精度、利用している暗号資産の時価の相違等に起因するものと思われる。 ③ 確認を要する取引や年末数量不一致の問題を解消 「確認を要する取引(※1)や年末数量不一致(※2)の問題を解消することが難しい場合」がある。 (※1) 数量エラー(ポジション不足の取引)、未対応のトークン、価格データ未取得のトークン (※2) 損益計算ソフト等で算出された理論上の年末数量と、CEXやウォレットから提示された年末数量の不一致 この段階は、単なる数値の調整作業ではなく、「データが網羅的に取得されているか」という完全性の検証と、「各取引の経済的実態が適切に反映されているか」という実質面の検証とを同時に行う工程である点に特徴がある。 例えば、ビットコインを3BTC譲渡するトランザクションが存在するが、その譲渡時点で、データ上は2BTCしか保有していないとして、損益計算ソフトにおいて数量エラーが表示される場合がある。 このような数量エラーは、例えば次のような場合に発生するが、納税者がその原因を解明できないこともある。 実務上は、数量エラーが発生した場合、単にエラー表示を修正するのではなく、「どの取引が欠落しているのか」、「どのウォレットの移転が反映されていないのか」、「前年残高が正しいか」を1つずつ確認する作業が必要となる。 また、理論上は、「年初に保有していた暗号資産の数量」と「その年中に入手した暗号資産の数量」の合計から、「その年中に手放した暗号資産の数量」を引いた分が「年末の暗号資産の数量」となるはずである。 しかしながら、実際には、損益計算ソフト等で算出された理論上の年末数量と、CEXのサイト、ブロックチェーンエクスプローラー、ウォレット等で表示される年末数量が一致しないことが珍しくない。 この「理論数量」と「実残高」の不一致は、税務調査において極めて重要な論点となり得る。なぜなら、数量の整合性が取れていない場合、取得価額や譲渡原価の計算の前提自体が崩れ、総平均法や移動平均法による取得価額の算定の基礎そのものが不安定となるからである。 年末数量不一致の原因としては、損益計算ソフトに取り込んだCEXやウォレットの取引等のデータに欠落や誤りがあることが考えられる。このような欠落や誤りの原因は、納税者側のヒューマンエラーによる場合もあるが、容易には特定できないことも多い。 また、ブロックチェーン上の記録と取引所内部データとが時間差や内部処理の違いにより完全には一致しないケースもあり、技術的理解を伴わなければ原因究明が困難な場合もある。 いずれも、納税者以外の第三者が解明することは非常に難しいし、場合によっては納税者も完全には解明できないことがある。 数量不一致が残存する場合、取得価額計算や譲渡原価算定に影響するため、税額計算そのものに直接跳ね返る。 もっとも、暗号資産取引の数量整合性を技術的観点から精査するには、ブロックチェーン構造や損益計算ソフトの仕様に対する相応の理解が必要となる。 しかしながら、上記の事情を考慮すると、税務調査の現場では、「すべての取引を当時の状況どおりに技術的・数量的に完全復元すること」を求めるのではなく、「出金の流れや数量の増減について、客観的な資料に基づく合理的な説明が尽くされているかどうか」という点を実質的な判断基準とせざるをえない面がある。 現時点では、税務調査をする側の知識やレベルが納税者や税理士よりも低い場合が通常であることも考慮すると、実務上は、明白な不整合や多額の影響が見込まれる場合を除き、納税者側の合理的説明や計算過程の整合性が重視せざるをえないであろう。 なお、ブロックチェーンの記録には、スマートコントラクトとやりとりしたもの、悪意のある第三者が勝手に無価値又は少額のトークン(いわゆる詐欺コインなど)を送りつけてきたもの、トランザクションが失敗したものなどが含まれる。 これらは「数量変動を伴わない表示上のトランザクション」や「経済的実体を伴わないトークン付与」を含むことがあり、損益計算ソフト上ではエラーや未分類取引として表示される原因となる。 このため、納税者からすると身に覚えのないトランザクションや、自身の意思で操作したのか判断がつかないトランザクションが存在することも珍しくない。これらは直接的には損益計算に影響を与えない場合が多いが、確認を要する取引の迅速な解明を妨げる一因となっている。 (了)
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〈会計基準等を読むための〉コトバの探求 【第13回】「「収益性の低下に基づく簿価切下げの方法」とは何か」
〈会計基準等を読むための〉 コトバの探求 【第13回】 「「収益性の低下に基づく簿価切下げの方法」とは何か」 公認会計士 阿部 光成 ◆はじめに 重要な会計方針の開示に際して、棚卸資産の評価基準及び評価方法において、例えば、「総平均法による原価法(貸借対照表価額は収益性の低下に基づく簿価切下げの方法により算定)」と記載している事例がある。 この「収益性の低下に基づく簿価切下げの方法」とは何であろうか。 今回は、「収益性の低下に基づく簿価切下げの方法」について取り上げる。 なお、本稿では、「企業会計原則」などからの引用に際しても、「たな卸資産」の表記を「棚卸資産」と表記している箇所があることをお断りしておく。 ◆「企業会計原則」 「企業会計原則」は、棚卸資産の貸借対照表価額は、原則として取得原価によると規定し、時価が取得原価よりも下落した場合には時価による方法を適用して算定することができるとしている。そして、棚卸資産に低価基準を適用する場合に生ずる評価損は、原則として、売上原価の内訳科目又は営業外費用として表示しなければならないとする(「企業会計原則」第三貸借対照表原則五のA、注解(注10)たな卸資産の評価損について)。 ここでは、「低価基準」の用語が用いられている。 ◆低価基準 このように、「企業会計原則」は「低価基準」の用語を用いており、「企業会計原則と関係諸法令との調整に関する連続意見書 第四 棚卸資産の評価について」(昭和37年8月7日、大蔵省企業会計審議会中間報告。以下「連続意見書 第四」という)は、原価主義に対する例外としての低価主義を容認していると説明している(「連続意見書 第四」第一、一)。 そして、「連続意見書 第四」は、その「三 低価基準」の「1 原価時価比較低価法」において、低価主義を具体的に適用するための評価基準を低価基準と名付けるとし、低価基準は、価格変動に基づいて、期末棚卸資産の取得原価が時価を超える事実が発生している場合には、時価をもって期末棚卸資産の評価額とし、取得原価が時価を超えていない場合には、取得原価をもって期末棚卸資産の評価額とする評価基準であると述べている(「連続意見書 第四」第一、三、1)。 これらの規定を踏まえ、かつては、棚卸資産の評価基準及び評価方法として、「低価基準」や「低価法」の記載が見られた。 ◆「棚卸資産の評価に関する会計基準」の公表 2006年7月5日に、「棚卸資産の評価に関する会計基準」(企業会計基準第9号。以下「棚卸資産会計基準」という)が公表された。 棚卸資産会計基準は次のように規定している。 また、公開草案に対する「主なコメントの概要とそれらに対する対応」では、「低価法の強制適用について」と論点の項目を示し、企業会計基準委員会は、次のようにコメントへの対応を記載している。 このため、棚卸資産会計基準の適用後、私は、棚卸資産の評価基準及び評価方法については、「低価法」と記載するものと考えていた。 ところが、棚卸資産会計基準で示された考え方は「原価法」であるという。 確かに、棚卸資産会計基準は次のように記載している(アンダーラインは筆者が挿入)。 ◆「収益性の低下に基づく簿価切下げの方法」の記載へ 棚卸資産会計基準で示された考え方が「原価法」であるとすると、棚卸資産の評価基準及び評価方法の記載は、それまでの「低価法」から「原価法」へと記載することになってしまう。 おそらく、棚卸資産会計基準の公表により、多くの方が「低価法への一本化」になると解していたと思われるが、それが「原価法」と記載することになると、会計処理が後退するように見えてしまう。 そこで、棚卸資産会計基準で示された考え方が「原価法」であることを踏まえつつ、前述した同会計基準36項の規定に鑑みて、冒頭記載のように、例えば、「総平均法による原価法(貸借対照表価額は収益性の低下に基づく簿価切下げの方法により算定)」として、「原価法」に対するカッコ書きとして、「収益性の低下に基づく簿価切下げの方法」を加えたものと解される。 棚卸資産会計基準36項では、「これまでの低価法を原価法に対する例外と位置付ける考え方は、取得原価基準の本質を、名目上の取得原価で据え置くことにあるという理解に基づいたものと思われる」と記載されており、会計学において、原価法と低価法の関係の整理の仕方は論者によって様々と解されるが、それでも、会計基準等としては、「収益性の低下に基づく簿価切下げの方法」という考え方は、かつての「低価法」の考え方と異なるものと整理すべきと解される。 (了)
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税理士事務所のためのストレスチェック制度導入Q&A【第5回】「今からできる準備」
税理士事務所のためのストレスチェック制度導入Q&A第5回 今からできる準備社会保険労務士富山 直樹 QUESTION 2028年の4月からストレスチェックの実施が全事業所に義務化されますが、小規模事業所では今からできる準備はどのようなものがありますか。 ANSWER 50人未満の小規模事業所では、産業医が選任されていないケースがほとんどだと思われます。特に「実施者(外部機関)の確保」と「個人情報の保護体制」の準備が肝要となります。細かい内容を解説してまいります。 ― 解 説 ― 1厚生労働省のガイドラインの確認 厚生労働省から「小規模事業場ストレスチェック制度実施マニュアル」が公表されている。 まずはこの内容を確認し、制度の目的(メンタルヘルス不調者の”あぶり出し”ではなく、一次予防・セルフケア)を理解すること、50人未満の小規模事業場に向けて提示されている運用の流れや特例(労働基準監督署への報告義務の有無、10人未満の場合は集団分析が原則不可である点等)を把握する必要がある。 2対象者の確認 フルタイムの無期雇用正社員だけでなく、パートタイムやアルバイトとして勤務する従業員でも「契約期間が1年以上(または更新の見込みがあり)かつ週の所定労働時間がフルタイムの4分の3以上」の従業員も受検対象となる。あらかじめ自社の該当する見込みの従業員をリストアップしておくのも準備の1つである。 3社内規定の策定とプライバシー保護ルールの明確化 小規模事業所においては、プライバシーの壁が極めて薄い状態にあると考えられる。回答内容が筒抜けになってしまう恐れ、情報管理を行う者等について厳格に定めておかねば、従業員の正直な回答を得られない、受検を拒否されるというリスクもある。 というルールを明文化し、安心して受検してもらえる環境を作ることが肝要である。 1で述べたガイドラインには、「ストレスチェック制度実施規定のモデル例」が巻末に掲載されている。1つ1つの内容を理解した上で、自社に落とし込みを行っていただきたい。 また、小規模事業所だからこそ事務所が一方的にルールを制定するのではなく、従業員と相談のうえ決めるというプロセスも、より安心感につながると考えられる。 4実施者の確保と実施体制の検討 <実施者の確保> ストレスチェックは、企業が勝手に行うことはできず、医師や保健師、あるいは一定の研修を受けた看護師や公認心理師などの「実施者」を置く必要がある。本稿をお読みの方々は事務所に専門スタッフがいないケースがほとんどであると考えられる。そのため、外部機関で実施サービスを行う企業等を検討する必要がある。 「では実際にどう探せば?」という疑問もごもっともである。まずはビジネス上の繋がりから探してみてはいかがだろうか。税理士事務所であれば他士業の先生との交流、顧問先等のビジネス交流もあることだろう。筆者も社会保険労務士という仕事柄、こうしたサービスを提供する事業者と交流会等でつながりがあり、健康経営意識の高い顧問先の小規模事業所に紹介を行った経験がある。 もし、そうした伝手がない場合でも、例えば厚生労働省所管の特別民間法人「中央労働災害防止協会」でもサービスが提供されている。また、ストレスチェック義務化も控え、インターネット検索で「ストレスチェック 実施事業者 (地名)」と検索を行うと、さまざまな業者や比較サイトが表示される。そうした中から選ぶのもひとつの手ではあるが、ただ単に金額だけで選ぶのではなく、次に記載する実施体制や、アフターフォローの内容にも注意した上での選定を推奨する。 <実施体制> 本来であれば事務所内で実務担当者を指名するなどして当該事業場におけるストレスチェック実施計画の策定、委託先外部機関との連絡調整、実施管理等の実務を担当することとされているが、10人未満の事業場においては「会社がこれらの役割を踏まえつつ、事業場内の実務を担うことが考えられる」と1にて述べたマニュアルにも記載されている。小規模の事務所で特定のスタッフのみに任せるのは現実的でないため、実施にあたっては委託先外部機関、所長、スタッフの三者間での連絡、相談が肝要と考える。 また、ストレスチェックの方法にも、「紙での配布・回収を行うストレスチェック」「PCやスマホを使ったWebツールですべてオンライン完結するストレスチェック」と存在するので、事務所のスタッフにはどちらの方が合うのかを検討する。 5 高ストレス者への対応体制 高ストレスと判定された従業員から「医師による面接指導」の申し出があった場合の対応フローを検討しておく必要がある。4で記載した外部機関も契約内容やサービスによっては、面接指導までのアフターフォローがセットになったものもあるが、50人未満の事業場の場合、最寄りの「地域産業保健センター(ちさんぽ)」にて無料で面接指導を利用できる。あらかじめ地域の窓口を確認しておくと安心である。 ― ま と め ― 本稿公開予定の2026年10月で、ストレスチェック義務化開始まで残り1年半となる。直前になって慌てることのないよう、ぜひこの期間に準備を整えていただきたいと考える。 本稿で掲載した事前準備の中で、特に手間が考えられるのがやはり4の実施者の確保だろう。直前になるとこうした法改正情報を悪用したまた新手の悪徳事業者等が現れるようなことも十分考えられる。ぜひ余裕を持って実施方式や付帯サービス等の情報収集を行った上で比較検討し、委託先を選定していただければ幸いである。 (了)
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空き家をめぐる法律問題 【事例80】「空き家の建替えに伴う通行権の実務上の留意点」
空き家をめぐる法律問題 【事例80】 「空き家の建替えに伴う通行権の実務上の留意点」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 相続した実家は借地上にあり、建物の老朽化も進んでいます。地主から建替えの承諾は得ていますが、工事車両が現場へ出入りするには、前面の私道を通行しなければなりません。ところが、私道の所有者は工事車両の通行に難色を示しています。 このような場合、私道の所有者の承諾がなくても、通行権を根拠として工事車両を通行させることができるのでしょうか。 1 検討の視点 住宅が密集する地域で建物の解体や建替えを行う場合、作業そのものから生じる騒音に加え、工事車両の往来による騒音や振動が近隣紛争の原因となり得る。とりわけ、現場への進入経路として他人の所有地や私道を利用しなければならないときは、通行権の存否だけでなく、通行できる車両の種類、時間帯、頻度など、その範囲や方法も争いとなりやすい。そこで、空き家の解体・建替工事に私道の利用を要する場合について、通行権の法的根拠と実務上の留意点を検討する。 2 通行権の類型と留意点 私法上の通行権には複数の法的根拠があるが、当事者間の契約や承諾に基づく通行権、登記された通行地役権のほかに、当事者の合意がなくても法律上成立する権利も存在する。本件では、主として次の二つの権利が問題となる。 (1) 囲繞地通行権による通行 民法第210条は、公道に通じない土地の所有者に対し、公道へ至るために他人の土地を通行する権利(囲繞地通行権)を規定している。四方を宅地に囲まれた袋地が典型例であるが、所有地の三方が第三者の宅地に囲まれ、残る一方が私道に接していても、その私道を通行する権原がなく、所有者から通行を拒まれている場合には、公道へ安全かつ継続的に至る経路が確保されていないため、囲繞地通行権が成立する余地がある。また、借地人については、借地権が対抗力を備え、借地の利用に必要な通行である場合には、土地の所有者に準じて通行権を主張しうると解されている(最判昭和36年3月24日参照)。 囲繞地通行権に基づく通行の場所と方法は、公道へ至るために必要な範囲に限られ、かつ通行地に与える損害が最も少ないものでなければならない。そのため、袋地であるという事情だけから、車両の通行まで当然に認められるわけではない。車両通行の可否及びその範囲は、土地の利用状況、道路の幅員や形状、従前の通行実態、通行の目的、車両の大きさや通行回数、私道所有者に生じる負担などを踏まえて判断される。特に工事車両の通行は、日常生活のための恒常的な利用ではなく、工事期間中に限られる一時的・非日常的な利用であるため、一般的な生活上の車両通行よりも慎重な検討を要する。 (2) 人格権的権利としての通行利益 私道が建築基準法上の位置指定道路や2項道路に当たる場合、その道路を通行することについて日常生活上不可欠な利益を有する者は、一定の場合に、敷地所有者による通行妨害が現に存在し、または将来そのおそれがあるときに、通行妨害の排除または予防を求め得る人格権的権利を有すると解されている。ただし、敷地所有者に無制限の受忍を求めるものではなく、通行を認めることによって、敷地所有者が通行者の利益を上回る著しい損害を被るなどの特段の事情がある場合には、通行の態様や範囲が制限され、妨害排除請求等が認められないこともある(最判平成9年12月18日、最判平成12年1月27日参照)。 したがって、敷地所有者が私道の利用を拒んでいる場合、通行希望者は、利用目的、通行の必要性、従前の利用状況などを具体的に示し、その通行について日常生活上不可欠な利益があることを主張する必要がある。併せて、通行する車両の種類や大きさ、通行回数、利用時間帯、安全確保の方法などを明らかにし、敷地所有者に生じる不利益が限定的であることも示した上で、妨害排除や妨害予防を求めることが考えられる。もっとも、通行利益の有無と範囲は、道路や周辺土地の状況に応じて個別具体的に判断されるものであり、工事車両等の通行は日常的な利用とはいえないため、一般的な生活上の通行利益を基礎とするだけでは足りず、工事車両を通行させる具体的な必要性、期間、車両の種類・大きさ、通行回数、代替経路の有無等を具体的に主張立証する必要がある。 3 隣地使用権とライフライン設備に関する権利 空き家の建替えでは、工事車両の通行だけでなく、上下水道管、ガス管、排水管などの設置、移設または更新のため、隣地や私道を使用する必要が生じることもある。民法第209条は、境界やその付近における建物・工作物の築造、修繕等に必要な範囲で隣地を使用する権利を定めている。また、同法第213条の2は、電気、ガス、水道その他のライフラインの継続的な供給を受けるため、他人の土地に設備を設置し、または既存の設備を使用する権利を規定する。なお、いずれの権利も必要な範囲に限られ、隣地所有者への事前通知や損害の償金が問題となることもある。 4 本件について 相続した空き家が公道に接していない場合、最初に、私道の通行に関する過去の承諾書、契約書等が存在するかを確認する必要がある。また、従前の利用状況も確認しておくことが重要である。さらに、当該私道が位置指定道路または2項道路に該当するか、道路の幅員や形状、車両の通行実績がどうであったかを調べ、囲繞地通行権または人格権的権利に基づく妨害排除等が可能かを事前に検討しておくべきである。 もっとも、空き家の解体・建替工事に際して私道所有者が利用を拒むような事例では、単純な権利関係の問題だけでなく、従前の人間関係や説明不足、工事による生活上の負担への懸念が背景にあることも少なくない。円滑な解決を図るには、法律上の権利を一方的に主張するだけでなく、工事期間、通行時間帯、使用車両の種類、大きさ、台数、誘導員の配置、路面や工作物を損傷した場合の補償、騒音・振動への対策等を具体的に提示することが有効である。相手方の負担をできる限り軽減する方法を示し、必要に応じて合意内容を書面化することが、紛争の予防と工事の円滑な実施につながるものと思われる。 (了)
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《税務必敗法》 【第16回】「退職時に引継ぎミスがあった」
《税務必敗法》 【第16回】 「退職時に引継ぎミスがあった」 公認会計士・税理士 森 智幸 【事例】 X会計事務所の顧問先のA社は印刷工場を営む小規模な株式会社である。決算月は3月であり、消費税の計算については簡易課税を適用している。 A社は印刷工場について緊急の修繕工事を×09年6月から12月に行うことを×09年2月の取締役会で決定した。 X会計事務所は、A社が×09年度において一般課税を適用した場合、消費税の還付が見込まれることから、×09年3月末日までに消費税簡易課税制度選択不適用届出書(以下「不適用届出書」という)を提出することとした。 そこで、担当税理士の甲は不適用届出書の案をe-Taxで作成してPDFにし、メールでA社に送付して決裁を得た。 しかし、甲は×09年3月末で退職することになり、有給休暇の消化のため、3月15日が最終出勤日となった。後任は税理士乙となった。 A社では×09年度に緊急修繕工事が行われ、工事代金が支払われた。そして×10年5月24日、乙はA社の消費税の申告において還付申告を行った。 しかし、還付申告後、所轄税務署から「A社は簡易課税制度選択届出書が提出されているので、×09年度も簡易課税が適用されます。」という電話があった。 驚いた乙が税務申告ソフトを調べると、不適用届出書の電子データが残ったままであり、送信されていなかったことが発覚した。 甲は不適用届出書を電子データで作成し、送信できる状態としたが、3月15日までは所得税の確定申告業務に追われ、電子送信ができなかったのだった。 また、甲は、不適用届出書の案をメールでA社に送付したとき、CCに乙を入れていたため、後は乙が対応してくれるだろうと考え、引継ぎを行わず休暇に入っていた。 一方、乙は、甲が不適用届出書を提出済みと思い込み、受信通知の確認をしていなかった。 さらに、X会計事務所では、引継ぎ書を作成して引継ぎを行う仕組みがなく、担当者任せの慣習となっていた。 乙がA社に消費税の還付が受けられなくなったことを伝えると、A社の社長は、「得られたはずの還付はどうしてくれるのか。」と憤慨した。 その結果、X会計事務所は損害賠償請求を受けることになった。 1 はじめに 本連載は、税務を行う上で「これをやったら失敗する」という必敗法を紹介するものである。今回は「退職時に引継ぎミスがあった」である。 会計事務所の中には、事務所として引継ぎを行う仕組みがなく、担当者任せとなっているところも少なくない。 また、退職者が常に協力的に引継ぎを行うとは限らない。職員が急に休職したり、退職したりすることで、引継ぎ時間を十分にとることができないこともある。特に繁忙期と退職時期が重なると引継ぎ時間の確保が難しくなる。 この退職時に引継ぎにミスがあると【事例】のように、届出書の提出ミスなどが発生するリスクが高まる。 そこで、今回は退職者が出る場合の引継ぎのポイントと対策について説明する。 なお、本稿は私見であることにご留意いただきたい。 2 届出書・申請書の提出漏れが生じる原因 今回は消費税に関する届出書をテーマとしたが、「事前確定届出給与に関する届出書」など、他の届出書や申請書についても期限までに提出する必要がある。 届出書や申請書の提出ミスにより損害賠償に至るケースは多い。その原因としては、①単純な失念、②e-Tax・eLTAXの送信ミスに加えて、③引継ぎ時のミスも想定される。 3 引継ぎミスの影響 (1) 顧問先との信頼関係の低下 引継ぎミスがあると、会計事務所の管理体制に不信感を持たれて信頼関係が低下するリスクがある。 また、顧問先は担当者が変わったとき、引継ぎができていないと「なぜ、何度も同じ説明を繰り返さないといけないのか」と不満を持つ可能性がある。 (2) 損害賠償請求の発生 引継ぎミスで【事例】のような届出書や申請書の提出ミスがあると、顧問先に損害が生じることもある。もし損害が生じれば、税理士が損害賠償請求を受けることになる。 (3) 延滞税等の発生 引継ぎミスで確定申告書の提出が遅延すると、延滞税等や無申告加算税が発生することもある。なお、延滞税等や無申告加算税は、税理士職業賠償責任保険の対象とはならないので注意する必要がある。 (4) 契約解除のリスク 顧問先に損害が発生すると、顧問契約を解除されるリスクがある。 (5) 業務け怠の可能性 確定申告書の提出遅延などが起こると、場合によっては、委嘱された税理士業務を正当な理由なく怠ったとして、税理士法第37条で禁止されている信用失墜行為に該当し、懲戒処分を受ける可能性がある。 4 退職者が出る場合の対策 (1) 会計事務所として引継ぎの仕組みを作る 引継ぎは担当者任せにするのではなく、会計事務所として引継ぎの仕組みを作ることが必要である。例えば、定型フォームによる引継ぎ書、上席による引継ぎ書のチェック、前任者・後任者・上席の面談、引継ぎスケジュールの作成といったことが考えられる。 また、退職者が常に十分な引継ぎ期間を確保し、協力的に引継ぎを行うとは限らない。急な休職や退職により、引継ぎが十分にできないこともある。そのため、会計事務所としては「退職者が引継ぎはしっかりとしてくれるはず」という前提を置かず、会計事務所全体として品質管理を行っていくことが重要である。 (2) 後任者も確認する 前述のように、会計事務所が引継ぎを管理する中で、後任者も期限のある届出書・申請書、申告書といったものが未処理になっていないかどうかを確認しておく必要がある。「前任者がきちんとしてくれているはず」という前提は置かないほうがよいであろう。 (3) 業務は担当者に任せきりにしない 通常業務を担当者任せにすると、顧問先の情報がブラックボックス化してしまい、他の職員が把握できなくなる。上席は部下の職員とともに、常に顧問先の情報を共有しておくことが必要である。そのようにすることで、情報の分断を防止できる可能性が高まる。 また、職員が病気や家族の事情などにより、急に長期休暇を取るケースもある。そのまま職場復帰が難しくなり、十分な引継ぎが行われない場合、情報の分断が生じる可能性がある。このような場合にも、常に上席と情報を共有しておけば、情報の分断のリスクを低下できる。 (4) データは個人領域に保存させない 顧問先のデータはパソコンの個人領域ではなく、必ず共有領域に保管させ、上席と共有できるようにすることも必要である。 会計事務所の話ではないが、担当職員がデータにパスワードを設定したまま退職したという話を聞いたことがある。退職後、連絡が取れなくなるとデータを開くことが極めて困難となるので、このようなことが起こらないようにする必要がある。 5 おわりに 今回は、退職時の引継ぎミスによるリスクとその対策を説明した。 担当者任せにしている会計事務所は多く見られるが、退職時の引継ぎミスにより【事例】のように損害賠償責任が発生することもある。会計事務所は、担当者の退職や休職が避けられないことがあるため、引継ぎについては会計事務所全体で管理しておくことが重要である。 もちろん、何より重要なのは、退職者が相次ぐ職場にしないことである。職員一人一人が思い描くキャリアを歩み、気持ちよく働ける職場づくりが求められる。 本稿が皆様の実務の参考になれば幸いである。 (了)
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〈小説〉『国税審査官エイトの勤務日誌』~ある国税不服審判所の記録~【第9話】「合議体③」
〈小説〉 国税審査官エイトの勤務日誌 ~ある国税不服審判所の記録~ 第9話 合議体③ 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「・・・本件については、課税庁は、重加算税を賦課していないから・・・これ以上議論する必要はないでしょう・・・」 田中審判官は、永途をみる。 「・・・二つ目の争点は・・・会議をスナックで行った場合、交際費になるのか・・・ということですが、審理部にも訊いたのですが、いろいろと意見が分かれまして・・・」 永途は、苦笑いしながら、請求人の主張を説明する。 「・・・措置法通達61の4(1)-21では、次のように規定しています・・・」 永途は、下線の引いた通達を見せる。 「・・・審理部の葛本審査官は・・・スナックは通常会議を行う場所でないから、会議費ではなく交際費になるのではないか・・・と言っているのですが・・・」 永途は、思案顔になる。 「・・・ということは、永途さんは、このケースは、会議費でも良いという意見ですか?」 傍らにいる木下国税審判官が訊ねる。 「・・・通達は、通常会議を行う場所と限定していますが・・・法令では特に場所については規定していませんから・・・実質的に会議をしているのならば・・・場所がスナックでも構わないように思えるのですが・・・」 永途は、木下国税審判官の顔を見る。 「・・・実質的に会議をしているならば、スナックでも良いのでは・・・ということですね」 木下国税審判官は、永途の言葉を確認する。 「・・・僕も・・・実質的に会議を行っているならば、会議費で良いと思う・・・しかし、実質に会議を行っているかの判断は、外部の者、すなわち税務職員にとっては難しい・・・だから、通達では、通常会議を行う場所と規定しているのだと思う・・・」 田中審判官は、資料を見ながら言う。 「・・・それであれば・・・そのスナックでどのような内容の会議をしていたのか、具体的に請求人に尋問したら良いと言うことですか?」 永途は田中審判官を見る。 「・・・そうだな・・・請求人に審判所に来てもらい、質問をしたらよいだろう・・・」 田中審判官の言葉に、永途は頷く。 「ところで・・・法人税の交際費というのは一体どのようなものなのですか?」 南川副審判官が永途に訊ねる。 「はい・・・措置法61条の4の4項(現6項)で規定していますが・・・」 そう言うと、永途は、税務六法を開く。 「・・・ということは・・・接待で飲んだり食べたりする支出を交際費というのですか・・・」 所得税出身の南川副審判官は、呟く。 「・・・所得税では、基本的に交際費は、必要経費になるのだが・・・」 南川副審判官は、付け加える。 「・・・法人税の交際費は、必ずしも飲んだり喰ったりする支出に限定されません・・・」 田中審判官が、南川副審判官の顔を見る。 「・・・交際費の定義は・・・取引関係の円滑化を目的として・・・人間としての欲望を満足させる支出と考えた方が良いように思う・・・」 田中審判官は、真剣な表情になっている。 「・・・僕は、昔、英文添削負担費用について、交際費と判断したことがあった・・・地裁では勝ったが・・・高裁で負けた苦い経験がある・・・今でも・・・高裁の判断はおかしいと思っている・・・」 そう言うと、田中審判官は、ノート型パソコンから判例(東京地裁平成14.9.13判決)を検索する。 「・・・東京地裁は、英文添削負担費用は、原告会社が取引関係を円滑に進行することを目的として支出していると判断し、交際費としている・・・このケースでは、飲食等はしていないが・・・各研究者の『名誉欲』という個人的な欲望を満足させるもので、交際費であると判断している・・・」 田中審判官は、昔の事件を思い出したのか、少し興奮した様子である。 「・・・しかし、東京高裁では交際費として認められなかったのですね・・・」 南川副審判官が田中審判官の顔を見る。 (つづく)
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《速報解説》 非上場株式評価改正に係る第6回有識者会議にて残余利益方式の具体的計算方法と試算結果が開示される~経済産業省・中小企業庁は見直しに対する意見を公表~
《速報解説》 非上場株式評価改正に係る第6回有識者会議にて 残余利益方式の具体的計算方法と試算結果が開示される ~経済産業省・中小企業庁は見直しに対する意見を公表~ 税理士 柴田 健次 国税庁は令和8年9月16日、「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」の第6回を開催し、その資料が公開された。 1 はじめに 第5回有識者会議において、国税庁は「これまでの議論を踏まえた、国税庁の考える評価の見直しの方向性」として、(イ)規模別区分の廃止と単一評価方式への一本化、(ロ)類似業種比準方式の存置は困難、(ハ)インカムアプローチ(残余利益方式)を主軸とする、(ニ)簿価純資産ベースで評価する、という4点の骨格を明示した。これに対し、第6回有識者会議では、第5回で示された残余利益方式の具体的な計算方法および技術的検討事項が詳細に議論された点で、改正の具体化がさらに進展した会議となった。 特に注目すべきは、加算期間5年程度・法人税申告書ベース等の具体的計算方法の提示と、実際のデータに基づく試算結果の開示である。 本稿では、第6回資料の要点を整理し、改正の具体化状況を読み解く。改正時期については、これまでの速報においても申し上げたとおり、令和9年度税制改正大綱において法人版事業承継税制の見直しと併せて議論がなされ、令和9年中に非上場株式の評価方法を明らかにしたうえで、令和10年の相続・遺贈・贈与から適用されるものと筆者は推測している。 2 第6回会議の検討事項 第6回資料は、「評価方法の見直しに当たり検討すべき主な論点」を提示したうえで、残余利益方式および特定の評価会社に関する具体的検討事項について議論した。第7回会議以降で想定される論点として、①純資産価額方式、②還元率、③配当還元方式(少数株主)の3項目が挙げられている。 残余利益方式については、次の8つの検討事項が示された。すなわち、①残余利益方式において法人税法上の数値を使用すること、②残余利益の加算期間・時価としての妥当性について、③多額の含み損を抱える資産がある場合の減損処理、④オペレーティングリース等の利益操作への対応、⑤過大な役員報酬等の社外流出への対応、⑥保有する子会社株式の修正範囲について、⑦従業員持株会を有する場合の持株会株式の評価方法と控除方式、⑧純資産価額による頭打ちの要否と計算方法、である。 特定の評価会社については、①特定の評価会社の位置付けと対象、②資産管理会社(土地保有特定会社と株式等保有特定会社の整理統合)の区分と組織再編直後の会社の取扱い、③適用する純資産価額方式の位置付け、の3つの検討事項が示された。 3 残余利益方式の具体的計算方法 具体的計算方法を確認する前提として、今回の残余利益方式の本質を整理しておく必要がある。今回の評価方法は、実質的に「純資産価額+営業権」というフレームワークを採用したものであり、企業価値の源泉を①既に保有している資産・負債の帳簿上の価値(純資産部分)と、②将来、期待収益率を上回って稼ぎ出す超過収益力の現在価値(営業権部分)の2つに分解する考え方に基づく。すなわち、企業価値評価額=簿価純資産+残余利益(超過収益)の現在価値、との構造となる。純資産部分は簿価純資産(法人税申告書ベース)で算定し、営業権部分は過去5年の正常利益から算出した残余利益(利益-前期の簿価純資産×期待収益率)の現在価値の合計として算定する仕組みである。 このフレームワークは、第2回会議で熊谷委員(日本M&Aセンター)が指摘した「時価純資産+営業権法」というM&A実務の主流手法と整合的な考え方であり、企業価値を「今持っているもの」と「将来稼ぐ力」の合計として捉える点で本質的に共通する。もっとも、純資産部分についてM&A実務では時価純資産を用いるのに対し、税務評価では実務適合性・恣意性排除の観点から簿価純資産を用いること、および営業権部分について残余利益モデル(第3回櫻井委員提案)を採用することが特徴といえる。なお、この計算構造から、次のような結果が導かれる。利益が前期の簿価純資産に期待収益率を乗じた額と同額の会社(すなわち株主が期待する通常の収益と同水準の利益しか生まない会社)では、残余利益がゼロとなり営業権部分もゼロとなるため、企業価値評価額は簿価純資産と一致する。利益が期待収益率を上回る収益力の高い会社では、残余利益がプラスとなり営業権部分もプラスとなるため、簿価純資産を上回る評価額となる。反対に、利益が期待収益率を下回る収益力の低い会社では、残余利益がマイナスとなり営業権部分もマイナスとなるため、簿価純資産を下回る評価額となる。この構造理解が、今回の残余利益方式の本質を理解するうえでの出発点となる。 第一に、使用する帳簿等について、資料は「企業における会計処理の選択の自由を尊重しつつ、課税の公平性の観点から、すべての企業が一定の統一基準で作成をする『法人税法』に基づく会計帳簿(法人税申告書)に基づき、株価の算定をすることとしてはどうか」との方向性を示した。中小企業では企業会計基準・中小会計指針・中小会計要領・法人税法など複数の会計基準が併存しているが、これらの適用の違いや会計処理の選択適用により企業間で差が生じるおそれがある。すべての企業が統一基準で作成する法人税申告書を基礎とすることで、評価の統一性と課税の公平性を確保する方向性が示されたといえる。 第二に、残余利益の加算期間について、資料は「一般的に上場企業等で策定される中期経営計画の年数が3~5年とされていることも参考として、加算する期間は現実的な予測期間として『5年程度』としてはどうか」との方向性を示した。予測利益については、「恣意的な予測値ではなく、過去の損益計算書の実績値と紐づける必要があることから課税時期前5年の法人の正常利益から算出することとしてはどうか」とされた。決算期変更等により12か月に満たない事業年度がある場合は、12か月に相当する利益金額に修正のうえ算出する必要があるとの補足もなされた。 残余利益方式(加算期間5年)の計算式は、直前期末の簿価純資産(D'₀)に、第1期から第5期までの各期の残余利益(RI)を還元率(re)で現在価値に割り引いた金額の合計(クリーンサープラス関係に基づき算定)を加算し、しんしゃく率を乗じる形となる。すなわち、企業価値評価額={D'₀+RI₁/(1+re)+RI₂/(1+re)²+RI₃/(1+re)³+RI₄/(1+re)⁴+RI₅/(1+re)⁵}×しんしゃく率、である。 ここでクリーンサープラス関係とは、「当期末純資産=前期末純資産+年利益金額-年配当金額」という関係が成立することをいう。すなわち、純資産の変動は年利益金額と年配当金額のみで説明されるという会計上の関係であり、その他の資本直入項目(未実現の含み損益等)が存在しないことを前提とする。この関係が成立していれば、直前期末の簿価純資産と過去の実績利益(正常利益)から順次算出することで、第1期から第5期までの各期末の純資産価額を計算式に反映させることが可能となる。法人税申告書ベースによる計算は、この関係が成立するため、残余利益方式との親和性が高いといえる。 なお、理論モデル上は予測期間を5年とした場合、6年目以降のターミナルバリュー(TV)を加算する必要があるが、資料は「TVの算定は困難」「残余利益は年数とともに逓減し、0に近似していくと考えられる」ことを踏まえ、「過小評価の可能性があるものの安全性を考慮し加算しないこととしてはどうか」との方向性を示した。しんしゃく率については、還元率と併せて次回以降の会議において議論されることとなる。 もっとも、資料においては、議論のたたき台として、残余利益方式の加算期間を5年とし、還元率8%・しんしゃく率0.8の仮置きの数値を用いた具体的な試算例が下記の通り示されている。 (※) 国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議 2026年9月16日(第6回)資料」26頁より抜粋 4 試算結果から見る改正の影響 第6回資料は、令和2年分から5年分の相続税および贈与税の申告のうち、取引相場のない株式を含む申告から無作為抽出した1,378社について、残余利益方式(加算期間5年、還元率8%と仮定)による評価額の試算結果を開示した。これは実務家にとって極めて重要な数値情報である。 会社規模別の主な傾向として、大会社(128社、ROE中央値3.9%)の評価額は、現行の申告評価額の中央値と比較してしんしゃく率1.0で+114.7%、0.7で+50.3%と、いずれのしんしゃく率でも大幅に上昇する。他方、小会社(430社、ROE中央値0.6%)の評価額は、しんしゃく率1.0で▲1.9%、0.7で▲31.6%と、いずれのしんしゃく率でも現行より下がる方向となる。中会社(820社、ROE中央値2.1%)の評価額は、しんしゃく率1.0で+40.2%、0.7で▲1.9%と、しんしゃく率の水準により変動幅が大きい。 (※) 国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議 2026年9月16日(第6回)資料」9頁より抜粋 現行の申告評価額から評価額が下がる会社の割合については、「小会社においては、しんしゃく率0.8で67.9%、しんしゃく率0.7で78.4%と概ね7~8割の会社の評価額は下がる」「大会社においても、しんしゃく率0.8で24.2%、しんしゃく率0.7で28.1%と概ね2~3割の会社の評価額は下がる」との整理がなされた。 これらの試算結果は、改正後の評価額水準を予測するうえで極めて重要な情報である。大会社の評価額が現行から大幅に上昇する可能性が高い一方、小会社の多くは評価額が下がる可能性が高いという傾向は、これまでの類似業種比準方式が大会社を過小評価してきたという第1回会議の会計検査院指摘の是正結果を数値で示すものといえる。ただし、この試算はあくまで「加算期間5年、還元率8%、しんしゃく率0.7~1.0」との仮定に基づくものであり、実際の還元率およびしんしゃく率は次回以降の会議で議論される予定である点に留意が必要である。 5 残余利益方式における個別論点への対応 第6回資料は、残余利益方式における個別の技術的論点について、以下の方向性を示した。 第一に、多額の含み損資産がある場合の減損処理について、「①一般に公正妥当と認められる会計基準に照らし減損が生じていることを、決算公告等により明らかにしていること(課税時期時点における減損の発生を客観的に担保する必要性)、②減損額は、当該資産の簿価が、当該資産の相続税評価額を上回る部分に限ること(純資産価額による評価との均衡)」の2要件のもとで、残余利益方式における計算に際し減損を反映することとしてはどうかとの方向性が示された。ただし、「含み益を考慮しない一方で、含み損(減損)を考慮することの妥当性については整理・検討が必要」との留保も付されている。 第二に、オペレーティングリース等による利益操作への対応について、「M&Aにおける企業価値評価の方法も参考に、課税時期現在で存在するオペレーティングリースがなかったものとした状態に引き直して評価することとしてはどうか(オペレーティングリースに係る損益・資産の取得がなかった状態に決算内容を修正して評価する)」との方向性が示された。純資産についてもオペレーティングリースがなかったものとして修正するとされている。オペレーティングリースのほかに、短期的に損益の調整が可能な商品等があれば同様の対応が必要とされ、今後の論点として整理を要する事項も残されている。 第三に、過大な役員報酬等の社外流出への対応について、(1)親族に対する役員報酬については「当該親族役員に対する役員報酬のうち、経営の対価を上回る部分として、一定の割合については会社の本来の利益を構成するものとみなし、残余利益方式における正常利益の計算に際し、損金から控除して評価することとしてはどうか」との方向性が示されたが、他方で「法人税法の損金不算入規定により既に調整済であることと整合しない」「適正な役員報酬はいくらかと一律に決めることが妥当といえるのか」との慎重論も併記されており、慎重な検討が必要とされている。(2)一時的な役員退職金等については「残余利益方式における正常利益の計算に際し、損金から控除して評価することとしてはどうか」との方向性が示された。ただし、オペレーティングリースとは異なり「支払済の退職金等は、会社に戻ることがなく、個人資産として相続財産にもなることを踏まえ、純資産の修正は行うべきではないと考えられる」との整理がなされた。 第四に、子会社株式を有する場合の修正範囲について、資料は連結財務諸表作成対象子会社株式(過半数の株式を所有)、持分法適用会社の子会社株式(議決権の20%以上を所有)、完全支配関係にある子会社株式の3類型を比較検討したうえで、「グループ法人税制により、何ら税負担がなく資産移転が可能なグループ法人の『完全支配株式』に限り、簿価によらず適正な価額に修正のうえ、親会社の評価額へ反映させることとしてはどうか」との方向性を示した。第5回で示された「完全支配関係にあるグループ法人はグループ全体として評価を行う」との対応方針が、修正対象を完全支配関係にある子会社株式に限定する形で明確化されたといえる。 第五に、従業員持株会を有する場合の持株会株式の評価方法について、「固定価格の従業員持株会の株式は、『一定の要件』を満たす場合、当該固定価格により評価する」との方向性が示された。「一定の要件」として、(イ)従業員持株会を通じて保有する株であること、(ロ)従業員持株会の規約または約款等において持株会株式の価額等が定められていること、(ハ)従業員持株会からの退会時は固定価格での買取りにより株式の持出しはできないこと、等が挙げられている。参考裁判例として、平成21年2月17日最高裁判決(従業員持株会における固定価格による譲渡ルールの合意を有効と判示)が明示的に引用されている。固定価格により従業員持株会の株式を評価する場合、「従業員持株会の株式以外の株式」の評価は、下記の方法により評価し、企業価値総額に対するバランスをとることとしてはどうかとの整理がなされた。 (※) 国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議 2026年9月16日(第6回)資料」16頁より抜粋 第六に、純資産価額方式の選択適用(実質の頭打ち)について、現行の評価体系では「原則的評価方式による評価額が純資産価額による評価額を上回る場合に、納税義務者の選択により純資産価額方式により評価できる」(実質的に純資産価額を上限とする)取扱いがある。この取扱いについて、資料は「見直しにより原則的評価方式ではなくなる純資産価額方式の選択を認める妥当性をどのように説明ができるか要検討」との論点を示した。純資産価額方式の位置付け(個人事業者の財産評価との均衡、会社財産に対する持分、清算価値)と関連付けて、次回以降も引き続き検討が予定されている事項である。 6 特定の評価会社の位置付けと対象範囲 第6回資料は、「残余利益方式によらず純資産価額方式で評価することが相当と認められる会社」を「特定の評価会社」と整理したうえで、次の4類型に整理する方向性を示した。すなわち、①株式の価値の大半を保有資産の価値が占めると考えられる会社(資産管理会社(資産保有特定会社))、②評価通達における残余利益方式での評価が技術上困難と認められる会社(組織再編後の会社、開業後5年未満の会社、開業前の会社)、③残余利益方式の前提である継続企業の前提に疑義がある会社(休業中の会社)、④残余利益方式の前提である継続企業の前提を欠いている会社(清算中の会社)、である。 (※) 国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議 2026年9月16日(第6回)資料」19頁より抜粋 特に実務的な影響が大きいのは、資産管理会社(資産保有特定会社)の判定方法である。現行制度が土地・株式ごとの保有割合により判定するのに対し、見直し後は「投資目的等の『特定資産』合計額の総資産に対する保有割合により行う」こととし、事業承継税制の対象から除かれる「資産保有型会社」および「資産運用型会社」の基準(特定資産の帳簿価額の合計額等/資産の帳簿価額の総額等 ≧ 70%、または特定資産の運用収入/総収入金額 ≧ 75%)を参考に形式基準を設定する方向性が示された。特定資産の範囲は、有価証券等、現に自ら使用していない不動産、ゴルフ会員権等、現金・預貯金その他これに類する資産、絵画・貴金属等とされている。また、判定における事務負担軽減の観点から、「特定資産を時価に洗替えず、帳簿価額に基づいて行う」こととする方向性も示された。なお、現金・預貯金のうち事業活動に必要な運転資金等の取扱いや、賃貸不動産に加えリース取引により保有する資産(貸付用船舶・航空機等)の取扱いについては、次回以降の議論において具体化されることとなる。 適用する純資産価額方式については、特定の評価会社の区分に応じて、退職給付引当金等の取扱い、含み益に対する法人税等相当額の控除、出資の払戻時のみなし配当に係る源泉徴収税額の取扱いをそれぞれ使い分ける方向性が示された。すなわち、資産管理会社については「個人事業者の財産評価との均衡を図るものとしての純資産価額方式」、残余利益方式での評価が技術上困難な会社については「株式は会社財産に対する持分としての性格を有することによる純資産価額方式」、継続企業の前提に疑義または前提を欠いている会社については「清算価値としての純資産価額」を適用するとの整理である。 (※) 国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議 2026年9月16日(第6回)資料」21頁より抜粋 7 総括(私見) 最後に、第6回会議の資料を踏まえた筆者の私見を3点述べておきたい。 第一に、第6回会議は、第5回で示された残余利益方式の骨格を具体的な計算方法および技術的検討事項に落とし込んだ極めて重要な会議といえる。加算期間5年程度、法人税申告書ベース、直前期末の簿価純資産と過去5年の正常利益を基礎とすること等、令和10年改正の評価方法の骨子が概ね明らかになった。あわせて、具体的な試算結果が数値で開示された意義は大きく、実務家としては、改正影響の予測・シミュレーションが可能な段階に入ったといえる。大会社株式を保有する経営者・株主にとっては、令和10年改正により相当程度の税負担増となる可能性が高く、事業承継の観点から早期の対応検討が求められる段階に入ったといえる。他方、これまで純資産価額方式または併用方式による評価で高い評価額に苦しんできた小会社の事業承継については、改正後にむしろ税負担軽減となる可能性がある。 第二に、特定の評価会社の範囲は極めて重要な論点となる。これまでの特定の評価会社の判定は、土地保有特定会社や株式等保有特定会社等として、特定の資産に偏った会社を純資産価額方式等で評価するものであった。今回の見直しでは、土地や株式等だけではなく、現金、遊休不動産、絵画、貴金属等も含めた特定資産の割合で判定することとされた点は、実務的な影響が大きい。特に、不動産賃貸会社は基本的に資産保有型会社に該当することとなり、株価への影響は極めて大きく、かつ、事業承継税制の適用対象外ともなるため、実務での影響は甚大である。これまでの特定の評価会社の判定とは異なる基準となるため、実務家としては、該当の可否について今後の動向を注視する必要がある。 第三に、評価方法の見直しと事業承継への政策的配慮のあり方について、筆者の私見を述べる。令和8年9月16日付で、第6回会議に対する意見として、経済産業省・中小企業庁から「『取引相場のない株式の評価』見直しに係る意見」が公表され、業種や経営状況等に応じた個別具体的な影響分析の必要性、事業承継への影響についての慎重な検討要請等が指摘された。 特に注目すべき指摘として、「評価と負担」の問題を分けて負担面を税制で対応するとの考え方に対し、「事業承継税制については、中堅企業は対象外であり、中小企業においても長期にわたり管理コストがかかる等により活用できる者は限られている実態を踏まえて検討する必要がある」との現行事業承継税制の実態を踏まえた指摘がなされている点は、実務家として同意する部分が多い。評価はあくまで時価として算定し、事業承継への政策的配慮は評価の中で実現するのではなく、別途の特例措置で税負担軽減を図ることが、制度設計として本来のあり方であると考える。 ただし、現行の法人版事業承継税制については、実務家として次の2点の課題を強く感じている。第一に、制度が難解であり、認定要件・年次報告・打切事由・贈与者が死亡した場合の取り扱い等が複雑であるため、多くの実務家が制度活用を敬遠している実態がある。第二に、実際に法人版事業承継税制を適用している会社は、株価が相応に高い水準(例えば株価が1億円程度以上)の会社が中心であり、それ以下の株価水準の多くの中小企業にとっては制度が活用されていない点である。令和10年改正に向けては、評価方法の適正化と並行して、法人版事業承継税制自体の抜本的見直しが一体的に検討されるべきである。 次回(第7回)以降の有識者会議では、還元率の算出方法、しんしゃく率、純資産価額方式の具体的内容、配当還元方式(少数株主)の見直しが議論される予定である。これらの議論を通じて、令和10年改正の最終形が固まっていくものと予想される。並行して、令和9年度税制改正大綱に向けた法人版事業承継税制の見直し議論も、実務家として注視していく必要がある。 今後の有識者会議および税制改正議論を引き続き注視していきたい。 (了) ↓お勧め関連記事↓
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谷口教授と学ぶ「税法基本判例」 【第61回】「馬券払戻金の一時所得・雑所得該当性の判断枠組み」-大阪事件・最判平成27年3月10日刑集69巻2号434頁に対する札幌事件・東京地判平成27年5月14日訟月62巻4号628頁の「面従腹背」-
谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第61回】 「馬券払戻金の一時所得・雑所得該当性の判断枠組み」 -大阪事件・最判平成27年3月10日刑集69巻2号434頁に対する札幌事件・東京地判平成27年5月14日訟月62巻4号628頁の「面従腹背」- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 譲渡所得課税に関する判例の検討は前回で一先ず擱くとして、今回は、一時所得と雑所得の区分(以下では「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得」と「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」の区分に限る)に関する判例を取り上げて検討することにする。一時所得と雑所得の区分については、近年、馬券購入方法の多様化や通信手段・IT技術等の飛躍的発展等に伴い馬券払戻金の所得区分が争われるようになり注目を集めてきた(そのような事件を以下では「競馬事件」という)。 競馬事件のうち大阪事件(最判平成27年3月10日刑集69巻2号434頁。以下「大阪事件最判」という)と札幌事件(最判平成29年12月15日民集71巻10号2235頁。以下「札幌事件最判」という)で最高裁の判断が示され、馬券払戻金の所得区分に関する判断枠組みが確立された。 その判断枠組みについて、その後の適用状況を簡単にみておくと、それは、いくつかの競馬事件における裁判所の判断で参照され(東京高判平成28年9月29日訟月63巻7号1860頁、東京高判令和2年11月4日訟月67巻8号1276頁、大阪高判令和3年9月16日税資271号順号13604、東京高判令和6年2月14日税資274号順号13941等。なお、事業所得と一時所得の区分が争われた競馬事件については東京高判平成29年9月28日税資267号順号13068参照)、また、競艇・競輪その他の賭けの払戻金の所得区分が争われた事件における裁判所の判断でも参照されてきた(大阪高判令和2年10月16日税資270号順号13468、広島地判令和3年6月23日税資271号順号13578、東京高判令和3年8月25日税資271号順号13597等)。なお、馬券払戻金の所得区分の問題については、国会(衆議院)でも、中谷一馬「競馬の払戻金に対する課税等に関する質問主意書」(令和6年4月17日提出質問第81号)が提出され、これに対する政府答弁(内閣衆質213第81号令和6年4月26日)がされたことも附記しておこう。 このように馬券払戻金の所得区分に関する最高裁の判断枠組みとその適用状況を振り返るとき法解釈方法論の観点から注目すべきは、大阪事件最判と札幌事件最判との間に示された札幌事件の第一審・東京地判平成27年5月14日訟月62巻4号628頁(以下「札幌事件東京地判」という)が、大阪事件最判が示した文理解釈重視の判断枠組みを「潜脱」し、同最判が否定した検察官の主張にみられる一種の目的論的解釈によって、同最判とは「真逆」の結論を導き出したことである。 筆者は、札幌事件東京地判について、既に本誌における別の連載(谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第13回。拙著『税法の基礎理論』(清文社・2021年)第2章第5節に収録済み)で、文理解釈の「潜脱」による目的論的解釈の過形成という観点から検討し、札幌事件東京地判を大阪事件最判に対する「面従腹背判決」とみて批判したことがある。以下では、競馬事件において最高裁が示した馬券払戻金の所得区分に関する判断枠組みの意味内容を明らかにするため、本誌の転載許可を得て、上記連載第13回のⅡ以下を原則としてそのまま再掲させていただくことにする。 Ⅱ 大阪事件最判の判断枠組み まず、大阪事件最判が馬券払戻金の所得区分について示した下記の判断枠組み(下線・太字・[]書筆者)からみておこう。 この判決は、一時所得に関する「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得」という要件のうち「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」という部分について、これに該当する所得は一時所得ではなく雑所得に区分されることを前提にして、その部分に係る要件を「文理に照らし」解釈すること、すなわち、当該要件の文理解釈を「起点」として、馬券払戻金の所得区分に関する判断枠組みを示した上で、その判断枠組みの「終点」においては、①「行為の期間、回数、頻度その他の態様」、②「利益発生の規模、期間その他の状況」③「等の事情」を「総合考慮」して当該要件該当性の判断をすることが相当である旨を判示している。 では、その判断枠組みの「起点」と「終点」とを連結するために行われた論理操作はどのようなものであろうか。最高裁は、以下のような論理操作を行ったものと考えられる。 最高裁は、「起点」においては、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」(下線筆者)という要件の「文理に照らし」行う解釈(文理解釈)によって、所得を生み出す行為が㋐「継続的行為」であること及び㋑「営利を目的とする行為」(ここでいう「目的」は主観的目的ではなく客観的事実によって認定されるべきものと解されるので「客観的にみて営利を目的とする行為」)であること、という2つの規範を定立しそれらを要件事実(主要事実)として導き出したものと解される。 このような理解は、札幌事件最判の調査官解説において明確に示されているように思われる。すなわち、三宅知三郎「判解」法曹時報71巻5号(2019年)1126頁、1132頁-1133頁は、札幌事件最判が「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」該当性を検討するに当たって、「継続的行為該当性」と「営利目的該当性」を分けて検討していると述べた上で、「本判決[=札幌事件最判]が平成27年最判[=大阪事件最判]と異なる判断枠組みを用いたものとは解されない。」と述べ、しかも「営利目的該当性」について札幌事件最判も「営利目的について客観性を求めたものと思われる。」と述べているのである。 他方、「終点」においては、「起点」に呼応して、㋐「継続的行為」であることという要件事実について、①「行為の期間、回数、頻度その他の態様」(以下「行為の数量的態様」という)を、㋑「客観的にみて営利を目的とする行為」であることという要件事実について、②「利益発生の規模、期間その他の状況」(以下「行為の客観的利益状況」という)を、それぞれの要件事実を推認させる間接事実(判決文では「事情」)として、示したものと解される(「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」という要件に係る要件事実(主要事実)及び間接事実に関する以上の理解については、Ⅳの末尾に掲げる札幌事件最判の判示を参照)。 判決文では、①行為の数量的態様及び②行為の客観的利益状況に関する説示の直後に③「等の事情」という文言が付加されていることからすると、前記㋐㋑の要件事実を推認させる間接事実には①②以外のものもあり得ることが想定されているとは解されるが、これらの2つの間接事実は、多くの場合に要件事実を強く推認させるという意味で「重要な間接事実」であるからこそ、特記されたものと解される。 なお、以上の判断枠組みは、基本的には、[谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」]第10回で検討したヤフー事件最判の下記の判断枠組み(下線・太字・[]書筆者)と同じである。 もっとも、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」という要件は、ヤフー事件における不当性要件とは異なり、規範的要件でないことから、ヤフー事件最判における❶の下線部の判示に相当する判断は、大阪事件最判では必要なかったものと考えられる。また、大阪事件最判は文理解釈に基づく判断であり、その判断においては、前述のとおり、要件の文言から特段の解釈的操作なしに規範の定立及び要件事実の導出が可能であることから、ヤフー事件最判における目的論的解釈に基づく規範の定立及び要件事実の導出に関する❸の下線部の判示に相当する判断も、大阪事件最判では必要なかったものと考えられる。 Ⅲ 札幌事件東京地判の判断枠組み 1 重要な間接事実の「すり替え」 これに対して、札幌事件東京地判は馬券払戻金の所得区分について下記の判断枠組み(下線・太字・[]書筆者)を示した。 この判示の末尾の括弧書で参照されている「別件最高裁判決」は大阪事件最判であり、しかもその下線部分の判示は「当該行為ないし所得の性質を踏まえた上で」の部分以外は全く同じ表現になっていることからすると、札幌事件東京地判は、一見したところ、大阪事件最判に「従って」馬券払戻金の所得区分に関する判断枠組みを示しているかのようにも思われる。 しかし、もしそうであるとすれば、札幌事件東京地判はなぜ大阪事件最判における「文理に照らし」の部分を「当該行為ないし所得の性質を踏まえた上で」に置き換えたのであろうか。その理由を解明するために、以下では、大阪事件最判が前提にした事実認定と札幌事件東京地判が行った事実認定とを比較してみよう。 まず、①行為の数量的態様について、大阪事件最判は、「被告人が馬券を自動的に購入するソフトを使用して独自の条件設定と計算式に基づいてインターネットを介して長期間にわたり多数回かつ頻繁に個々の馬券の的中に着目しない網羅的な購入をして[いた]」と説示した。 これに対して、札幌事件東京地判は、「原告が、数年間にわたって各節に継続して、相当多額の中央競馬の馬券を購入していたことは確かである」と認めながらも、次のように説示した(下線筆者)。 この説示は、馬券購入の態様について自動的・機械的購入か又は「一般的な競馬愛好家」的購入かを問題にしていることからすると、①行為の数量的態様をいわば「行為の性質的態様」ともいうべき間接事実に置き換えてその事実認定を行ったものと解される。 次に、②行為の客観的利益状況について、大阪事件最判は、「当たり馬券の払戻金を得ることにより多額の利益を恒常的に上げ[ていた]」と説示した。 これに対して、札幌事件東京地判は、「原告が数年間にわたって各節に継続して相当多額の馬券を購入し、結果的に多額の利益を得ていたことは確かである」と認めながらも、次のように説示した(下線筆者)。 この説示は、馬券購入の一般的な非営利性及び本件における性質(「一般的な競馬愛好家」的購入)を問題にしていることからすると、②行為の客観的利益状況をいわば「行為の性質的利益状況」ともいうべき間接事実に置き換えてその事実認定を行ったものと解される。 以上を要するに、札幌事件東京地判は、①行為の数量的態様及び②行為の客観的利益状況という重要な間接事実について、これらをそれぞれ行為の性質的態様、行為の性質的利益状況に置き換えて、大阪事件最判とは異なる事実認定を行ったものと解される。 重要な間接事実のこのような置換えは、「文理に照らし」行う解釈(文理解釈)の、「当該行為ないし所得の性質を踏まえた上で」行う解釈への置換えに対応して、行われたものと解される。後者の解釈によれば、馬券払戻金の所得区分に関する判断において「当該行為ないし所得の性質」が踏まえられるが故に、前記①②の重要な間接事実について行為の性質(行為の性質的態様及び行為の性質的利益状況)が重視され、また、「本件競馬所得」が「個別の馬券が的中したことによる偶発的な利益が集積したにすぎないもの」と性質決定されることになると考えられるのである。 「当該行為ないし所得の性質を踏まえた上で」行う解釈は、次の2で述べるとおり、文理解釈ではなく目的論的解釈の一種であると考えられる。そうすると、いずれの解釈方法によるかで、馬券払戻金の所得区分に関する判断枠組みの「起点」となる規範及び要件事実が異なってくる以上、その「終点」にある重要な間接事実の前述のような置換えは、重要な間接事実について単に表現の点で変更を加えるにとどまらず、内容の点でも変更を加えるものであるといえ、したがって、重要な間接事実の「すり替え」ともいうべきものである。 2 「当該行為ないし所得の性質を踏まえた上で」行う解釈の意義 以上の理解によれば、札幌事件東京地判が判断枠組みの「起点」に置く「当該行為ないし所得の性質を踏まえた上で」行う解釈は、馬券払戻金の所得区分について馬券購入行為の本来的な性質を踏まえて検討することを要求するものとして、結局のところ、「所得や行為の本来の性質を本質的な考慮要素として判断すべきであるという解釈」と同じ意味をもつことになると考えられる。 「所得や行為の本来の性質を本質的な考慮要素として判断すべきであるという解釈」は、大阪事件最判の下記の判示(下線筆者)で否定された検察官の主張にみられるものである(札幌事件東京地判によれば、被告も基本的に同様の主張を行っている。なお、札幌事件東京地判は、大阪事件最判に従い被告のそのような主張を否定しているが、それにもかかわらず、上記解釈と同じ意味をもつ「当該行為ないし所得の性質を踏まえた上で」行う解釈を採用した点で、「自家撞着」に陥っているといえよう)。 大阪事件では検察官は上告受理申立て理由の中で次のとおり主張していた(下線筆者)。 検察官のこの主張をも考え合わせると、「所得や行為の本来の性質を本質的な考慮要素として判断すべきであるという解釈」は、法解釈方法論の観点からみれば、目的論的解釈に属する解釈方法ということができよう。しかも税法学の観点からみれば、所得や行為の(形式ではなく)「本来の性質」(実質)を「本質的な考慮要素」とする点で、実質主義ないし実質課税の原則の系譜に連なる目的論的解釈([谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」]第7回Ⅳ参照)ということができよう。そうすると、札幌事件東京地判は、文理解釈を採用した大阪事件最判とは、馬券払戻金の所得区分に関する判断枠組みの「起点」を異にすることになる。 「租税法規はみだりに規定の文言を離れて解釈すべきものではな[い]」(最判平成22年3月2日民集64巻2号420頁)という厳格な解釈の要請(拙著『税法基本講義〔第6版〕』(弘文堂・2018年)【44】)の下では、「文理に照らし」行う解釈(文理解釈)の、「当該行為ないし所得の性質を踏まえた上で」行う解釈(税法学的観点からみれば、実質主義ないし実質課税の原則の系譜に連なる目的論的解釈)への置換えは、文理解釈の「潜脱」ともいうべきものである。目的論的解釈は文理解釈の補完としては許容される(前掲拙著【45】)とはいえ、判例が採用した文理解釈を、同じ判断枠組みの中で目的論的解釈に置き換えることは、文理解釈の「潜脱」というべきであろう。 大阪事件最判と札幌事件東京地判とでは、このように、判断枠組みの「起点」における法解釈の方法を異にすることから、論理的には、法解釈によって定立される規範やそこから導き出される要件事実を異にすることになり、結局のところ、「終点」における重要な間接事実をも異にすることになる、ということができよう。 要するに、札幌事件東京地判は、大阪事件最判が示した馬券払戻金の所得区分に関する判断枠組みについて「起点」を「潜脱」し、「終点」を「すり替え」たものということができよう。 Ⅳ おわりに 以上の検討を基にして両最判の判断枠組みを整理し表にまとめると、次のようになろう。 起点(解釈方法) 終点(重要な間接事実) 大阪事件 最判 文理解釈 行為の数量的態様 行為の客観的利益状況 札幌事件 東京地判 目的論的解釈 (実質主義) 行為の性質的態様 行為の性質的利益状況 札幌事件東京地判は、大阪事件最判が馬券払戻金の所得区分に関して示した判断枠組みについて、表現上は、「起点」を「文理に照らし」から「当該行為ないし所得の性質を踏まえた上で」に置き換えるだけで、他の部分はそのまま踏襲しているが、実際には「終点」をも置き換えて事実認定を行っていることからすると、前述のとおり、札幌事件東京地判における「起点」の置換えは「潜脱」、「終点」の置換えは「すり替え」というべきであり、したがって、判断プロセス全体をみれば、札幌事件東京地判は大阪事件最判との関係では「面従腹背判決」(面=「終点」、腹=「起点」)というべきである。 札幌事件東京地判は大阪事件最判の判断枠組みに「面従」しているにすぎず真に従っているわけではなく、現に、大阪事件最判が判断枠組みの「終点」で示した重要な間接事実を「すり替え」ているのであるから、札幌事件東京地判は大阪事件最判の判断枠組みを実質的には全面的に否定したといっても過言ではなかろう。この点に、札幌事件東京地判における目的論的解釈の過形成が認められるのである。これは、文理解釈の「潜脱」による目的論的解釈の過形成というべきものである。 札幌事件東京地判における目的論的解釈の過形成は、同事件の控訴審・東京高判平成28年4月21日判時2319号10頁及び上告審・最判平成29年12月15日民集71巻10号2235頁により否定・是正され、大阪事件最判の判断枠組みが「修復」され判例として確立されたといえよう。 なお、札幌事件最判は、前記の判断枠組みを判示した後、続けてこれに本件を当てはめて次のとおり判示した(下線筆者)。 この当てはめに関する判断からすれば、前記Ⅱで述べたように、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」という要件については、所得を生み出す行為が㋐「継続的行為」であることと㋑「客観的にみて営利を目的とする行為」であることが要件事実(主要事実)であり、他方、①「行為の期間、回数、頻度その他の態様」(行為の数量的態様)が㋐を推認させる間接事実であり、②「利益発生の規模、期間その他の状況」(行為の客観的利益状況)が㋑を推認させる間接事実である、と解されるところである。 (了)
