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「石原産業役員責任追及訴訟第一審判決」から読む会社経営者としての責任の分水嶺【1】
「石原産業役員責任追及訴訟 第一審判決」から読む 会社経営者としての責任の分水嶺 【1】 弁護士 中西 和幸 1 はじめに 近年、株主代表訴訟において役員責任が認められる判決が目立つようになってきた。 本判決では、大和銀行判決(7億7,500万ドル(当時のレートで約830億円))や蛇の目ミシン判決(約580億円)に次ぐ約489億円という多額の損害賠償額が取締役に言い渡された。 しかし、その金額もさることながら、監査役が責任追及訴訟を自主的に提起したこと、株主が訴訟参加したこと等の訴訟の構造、責任が認められた取締役と認められなかった取締役の差異等、注目すべき点が複数ある。 2 フェロシルト事件の概要 本件は、会社が各地に販売した土壌埋戻材(商品名:フェロシルト)が環境を汚染する物質であったこと、すなわち実質的には産業廃棄物であったことが問題となり、これを販売・搬出等したことに対する取締役の責任が問題となった事件である。 会社は、主力製品である酸化チタンの生成過程において発生する産業廃棄物である汚泥(アイアンクレー)を有効活用しようと加工し、土壌埋戻材として各地に販売した。 しかし、平成13年8月頃、搬出先の依頼により検査がなされ、フェロシルトから、発ガン性有害物質である六価クロム等有害物質が土壌環境基準値を超えて検出された。そして、会社が自社で保管しているフェロシルトを検査したところ、同様に六価クロムが検出された。それにもかかわらず、担当者が検出結果を隠匿したこともあり、会社は子会社を通じてフェロシルトを顧客に販売・搬出した。 その約3年後、埋設されたフェロシルトが溶け出した赤い液体が河川を汚染するようになるなどのトラブルが発生し、平成17年7月頃、地方公共団体からフェロシルトを撤去するよう要請され、会社は何百億円もの費用をかけてフェロシルトを撤去した。 これらの行為が産業廃棄物の処理及び清掃に関する法律違反に問われ、会社については罰金5,000万円、管掌取締役Y1について懲役2年の実刑、取締役ではない環境保安部長について懲役1年4月(執行猶予5年)の刑事罰が下された。 3 訴訟の構造 最初は、会社の監査役が、本件の直接の責任者としてフェロシルトを生産していた四日市工場副工場長(平成9年6月27日~平成17年6月29日)である取締役Y1(在任期間は平成9年6月27日から平成11年6月29日及び平成15年6月29日から平成17年6月29日である。平成11年6月29日から平成15年6月29日までは常務執行役員であって取締役ではなかった。)に対して10億円の損害賠償請求(一部請求)をした。 その後、当該訴訟について株主が共同訴訟参加したうえで、取締役Y1に対する請求額を489億円に増額した。さらに、当該株主が、他の取締役18名に対して株主代表訴訟を提起し、489億円の損害賠償を求めた。 以上の3つの請求がなされた案件であり、本判決では、順に甲事件、乙事件、丙事件と呼ばれている。 4 明暗の分かれた損害賠償義務 (1) 判決の概要 本判決では、Y1に対して回収費用相当額として10億円(監査役請求)及び475億8,400万円(共同訴訟参加分)が認められており、Y1は控訴しなかったため、Y1に対する判決は確定している。 一方、株主代表訴訟のうち、取締役Y23の相続人であるY2、Y3、Y4に対して合計約101億8,020万円(ただし、相続については限定承認をしている)、取締役Y5に対して254億5,050万円の損害賠償義務を認め、他の取締役16名については損害賠償義務がないものと認定した。 (2) Y1について Y1については、損害の全額について損害賠償義務が認められている。 この点、Y1は、フェロシルトが実質的には産業廃棄物であり有害物質が含まれ溶出することを知りながら顧客に販売したことの責任者であったことから、取締役として搬出中止をするべきであったこと、フェロシルトの回収をすべきであったこと、また、刑事事件が先行して実刑判決が言い渡され、証拠関係もそろっていることから、合理的な結論と評価することができる。 (3) Y1以外の取締役 そして、その他の取締役としては、他の取締役又は従業員に対する監視・監督等の義務違反が認められるか否かが争点となったのであるが、ここで明暗が分かれたのである。 例えば、取締役四日市工場長としての地位、すなわち、副工場長であったY1の上司であったことについて見てみると、平成11年6月から平成15年4月までY1の上司として取締役四日市工場長の地位にあったY5については、当該期間中Y1は常務執行役員であり取締役ではなかったことから、フェロシルトの開発、生産、管理、搬出を担当する唯一の担当取締役であったところ、責任が認められている。 また、Y23については、平成9年6月から平成11年6月の間、取締役四日市工場長としてY1の上司であったが、その在任期間中にはフェロシルトが販売されていないこと等を理由として、四日市工場長としての責任は認められていない(もっとも、他の理由に基づき責任が認められている)。 そして、Y6については、取締役四日市工場長であっても、平成15年4月1日から平成19年6月28日までの在任期間中であったが、責任が認められていない。 このように、Y1の上司として取締役四日市工場長の地位にあったY5、Y6、Y23では明暗が分かれている。 この他に、本判決では、 等に分類して検討し、Y5及びY23について責任を認める一方、その他の取締役については、いずれも責任を認めていない。 本判決では、このように、事実関係の整理のために役職や合議体を用いてはいるが、取締役が特定の役職に就いていたり特定の合議体の構成員であったとしても、それが故に責任を認定しているのではなく、責任の有無を取締役ごとに個別に認定している。 5 善管注意義務違反の根拠 本判決においては、Y1以外の取締役について、善管注意義務違反の根拠を、 に求め、その役職と属性及びフェロシルトに関する認識及び産業廃棄物であることの認識等に基づき、Y5及びY23はこれに違反したとして責任を認めているが、その他の取締役については、責任を認めていない。 抽象的には、この点について責任の有無について明暗を分けた差異が存在することがわかる。 6 損害賠償額 (1) Y1について 本件の実行者であるY1については、回収費用全額485億8,400万円(甲事件につき10億円、乙事件につき残り475億8,400万円)の全額を賠償すべき損害として認定している。 (2) Y5及びY23について ア QMS違反について Y5及びY23については、まず、QMS違反に関する調査・確認義務を怠ったとして責任が認められているが、本件の根本的な原因が、Y1の隠匿、品質保証体制が機能しない状態となっていたこと等を認定した上で、Y5については、485億8,400万円のうち50%を損害賠償額として認定し、Y23については同額のうち20%を損害賠償額として認定している。 イ 産業廃棄物の不法投棄に関する監視義務違反 Y5及びY23については、産業廃棄物の不法投棄に関する監視義務違反も認められ、その損害額が、運搬費等23億2,600万円及び産業廃棄物処理法違反の罰金5,000万円を損害として認定し、Y5については、合計23億7,600万円のうち50%を、Y23については同額のうち20%を、それぞれ損害賠償額として認定している。 7 小括 以上が、石原産業フェロシルト事件の損害賠償請求事件第一審判決の概要である。 本判決は、合計19名の取締役を被告としていること、責任の根拠となる事実関係が多数主張されていることなどから、長い判決文となっている。 実務的に注目したい点は、損害額よりも、むしろ取締役Y5及びY23に責任が認められ、その他の取締役には責任が認められなかった点である。 次回は、その分水嶺について詳しく説明したい。 本解説記事は、裁判所が公表した判決文 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20121119105409.pdf の記号を使用しています。 参考文献 資料版商事法務342号131頁以下(但し、上記判決文と記号が一部異なる) (了)
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《速報解説》 産業経理協会 退職給付に関するアンケート調査研究を公表~未認識債務の現状が明らかに!
《速報解説》 産業経理協会 「退職給付に関するアンケート調査研究」を公表 ~未認識債務の現状が明らかに! Profession Journal編集部 3月22日、財団法人産業経理協会は、2012年12月に実施した「2012年退職給付に関するアンケート調査研究」の結果・分析を公表した。アンケート対象会社は469社、回答会社は143社(回答率30.5%)。有効回答会社140社(上場112社、非上場28社)、無回答会社2社であった。報告は、東京理科大学・吉岡正道教授、福井県立大学・徳前元信教授、創価女子短期大学・大野智弘教授、東京理科大学・野口教子講師が行った。 「退職給付に関する会計基準」及び「退職給付に関する会計基準の適用指針」が2012年5月に改正され、これまでオフバランスとされていた未認識数理計算上の差異や未認識過去勤務費用の未認識債務について、連結貸借対照表上、発生時にオンバランスされることになった。これにより退職給付債務から年金資産を控除した積立不足額が即時に認識されることになり、いわゆる「隠れ債務」が膨らみ、純資産が急減する企業が出てくる恐れがある。改正退職給付会計基準は、本年(2013年)4月1日以降に適用される。 今回の調査研究は上記の論点を前提に、退職給付制度の現状と改正会計基準に対する準備状況を把握することを目的に、下記の2仮説の検証を行うためのアンケート調査を行った。 アンケートの分析の結果(こちらを参照)、仮説1については、退職給付債務と数理債務の差は、将来的には収斂されるので合理性があるという企業が、有効回答132社の内80社(60.6%)で支持されたが、仮説2は、支持されなかった。また、その他の包括利益の開示の重要性は低く、退職給付債務はバーチャルの数値であるとともに、リスクの塊であるが、その一方で、未認識債務の組替調整によって当期の費用として計上することは容認するという、企業の現状認識が明らかになった。 アンケートの集計で特に注目されるのは、退職給付債務に対する未認識債務の割合(平均)が16.3%で低い数値にとどまっていること、年金の期待運用収益率(平均)が2.43%に対して、実際の運用成果率(平均)が0.86%と非常に低い実績であることが挙げられる。 (アンケートの詳細資料は(一般財団法人)産業経理協会発行『産業経理』第73巻第1号に掲載予定) (了)
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《速報解説》 「消費税法施行令の一部を改正する政令」(3/13公布)のうち経過措置に係る事項について
《速報解説》 「消費税法施行令の一部を改正する政令」 (3/13公布)のうち 経過措置に係る事項について 公認会計士・税理士 新名 貴則 平成24年8月10日に可決・成立した「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法の一部を改正する等の法律」(以下「改正消費税法」)の施行に伴い、平成25年3月13日付で「消費税法施行令の一部を改正する政令(政令第56号)」(以下「政令」)が公布された。 本誌の創刊準備1号(2012年10月9日公開)に寄稿した拙稿「改正消費税法 経過措置を検証する」において、経過措置の中でも特に影響が大きそうなものについて解説したが、本稿ではその内容の再確認と、今回の政令で明確になった事項を併せて解説する。上記拙稿と共にご覧いただきたい。 1 「工事の請負契約」に関する経過措置 工事の請負契約(これに類する政令で定める契約を含む)について、その譲渡等が行われる時期が改正法の施行日以後であれば、本来であれば改正後の税率を適用することになる。 しかし、金額的影響が大きいなどの理由から、経過措置が設けられている。 具体的には、平成25年10月1日【指定日①】より前に締結された契約については、平成26年4月1日以後の譲渡等であっても旧税率(5%)が適用される(改正消費税法附則5条3項)。 また、平成25年10月1日以後で平成27年4月1日【指定日②】より前に締結された契約については、平成27年10月1日以後の譲渡等であっても、旧税率(8%)が適用される(改正消費税法附則16条1項)。 今回の政令において、この経過措置の対象となる工事の請負契約に類する契約について、以下のとおり明記された(政令附則4条5項)。 2 資産の貸付契約に関する経過措置 資産の貸付契約についても、経過措置が定められている。 具体的には、平成25年10月1日【指定日①】より前に締結された契約に基づいて、平成26年4月1日【施行日①】より前から同日以後にかけて、引き続き資産の貸付けを行っている場合、平成26年4月1日以後も旧税率(5%)が適用される(改正消費税法附則5条4項)。 また、平成25年10月1日以後で平成27年4月1日【指定日②】より前に締結された契約に基づいて、平成27年10月1日【施行日②】より前から同日以後にかけて、引き続き資産の貸付けを行っている場合、平成27年10月1日以後も旧税率(8%)が適用される。 ただし、契約の内容が以下の要件を満たしている必要がある(改正消費税法附則16条1項)。 今回の政令において、この経過措置の対象となる対価に関する契約内容について、以下のとおり明記された(政令附則4条6項)。 3 旅客運賃等に関する経過措置 旅客運賃や映画等の入場料など、不特定多数の者に対する課税資産の譲渡等の対価で政令で定めるものを平成26年4月1日【施行日①】より前に領収しており、同日以後に譲渡等が行われる場合には、旧税率(5%)が適用される(改正消費税法附則5条1項)。 また、平成26年4月1日以後で平成27年10月1日【施行日②】より前に領収しており、平成27年10月1日以後に譲渡が行われる場合にも、旧税率(8%)が適用される(改正消費税法附則16条1項)。 今回の政令において、この経過措置の対象となる課税資産の譲渡等の対価について、以下のとおり明記された(政令附則4条1項)。 (了) 最新の連載記事はこちら↓↓
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資本関係が生ずる前の欠損金額の外国子会社合算税制における取扱い
資本関係が生ずる前の欠損金額の 外国子会社合算税制における取扱い 税理士 郭 曙光 【問】 当社(3月決算)は、平成24年5月に、他の内国法人A社から外国法人S社の持分(100%)を取得しました。 外国法人S社(12月決算)は、外国子会社合算税制における特定外国子会社等に該当し、当社の平成25年3月期において、合算課税がされる見込みです。 S社には、当社との資本関係が生ずる前の事業年度に生じた欠損金額(下図①・②)があります。 外国子会社合算税制において、この資本関係が生ずる前の欠損金額は、当社の平成25年3月期に合算課税されるべき金額の計算において、控除されることになるのか否か、ご教示下さい。 【回答(要旨)】 外国子会社合算税制によって合算課税されるべき金額の計算においては、特定外国子会社等の「過去7年間の欠損金額」は、繰越控除されることとなっている。 しかし、本件のように、内国法人との資本関係が生ずる前の事業年度に生じた欠損金額がある場合には、この金額を合算課税されるべき金額の計算上、控除するのか否かという疑問が生ずることとなる。 先に結論を要約して述べると、たとえ過去7年間において自己と資本関係がなかったとしても、特定外国子会社等に該当した事業年度において生じた欠損金額であれば、合算課税されるべき金額の計算から控除されることになる、と考える。 1 合算課税されるべき金額 外国子会社合算税制において合算課税すべき金額は、「課税対象金額」と呼ばれ、「適用対象金額」に請求権勘案保有株式等の割合を乗じて計算することとされている。 その計算基礎となる「適用対象金額」は、特定外国子会社等のその事業年度の「基準所得金額」から、「過去7年間の欠損金額」と「その事業年度において納付をすることとなる法人所得税の額」とを控除した残額とされている(措令39の15⑤)。 本件における欠損金額は、適用対象金額の計算上控除される「過去7年間の欠損金額」に該当するのか否かがポイントとなる。 2 合算課税されるべき金額から控除される欠損金額 適用対象金額の計算上控除される「過去7年間の欠損金額」については、租税特別措置法施行令39条の15第5項1号において次のように定められている。 上記の規定の「事業年度」の括弧書き中においては、「特定外国子会社等に該当しなかった事業年度」において生じた欠損金額は、この「過去7年間の欠損金額」から除かれている。 これは、特定外国子会社等に該当しない事業年度に所得があっても合算課税されないため、欠損金額があっても控除させないこととしているものと考えられるが、例えば、下図では、特定外国子会社等に該当する事業年度において生じた欠損金額AとBは、適用対象金額の計算において控除されるが、特定外国子会社等に該当しなかった事業年度に生じた欠損金額Cは、「過去7年間の欠損金額」から除かれ、適用対象金額の計算において控除できないこととなるわけである。 3 「特定外国子会社等」に該当する事業年度に生じた欠損金額 上記2で述べたとおり、適用対象金額の計算から控除できる「過去7年間の欠損金額」であるのか否かは、その欠損金額が特定外国子会社等に該当する事業年度において生じたものであるか否かによって判定することとなる。 「特定外国子会社等」については、租税特別措置法66条の6第1項では、次のとおりに定義されている。 この規定のとおり、「特定外国子会社等」は、外国子会社合算税制の納税義務者となる内国法人に係る外国関係会社とされているため、内国法人との資本関係が要求されている。 ところで、上記2の租税特別措置法施行令39条の15第5項1号の括弧書き中の「特定外国子会社等」に関しては、当該内国法人の特定外国子会社等でなければならないのか否か、という疑問が生ずることとなる。 改めて租税特別措置法施行令39条の15第5項1号の規定を見ると、その括弧書き中の「特定外国子会社等」に関しては、その括弧書きの前の「当該特定外国子会社等」を指す場合に用いられる「当該」又は「その」という文言が用いられていない。 このため、法令の規定の正しい解釈という観点からすると、この括弧書き中の「特定外国子会社等」は、括弧書きの前の「当該特定外国子会社等」に限定されない、ということになる。 括弧書きの前の「当該特定外国子会社等」は、租税特別措置法66条の6第1項により納税義務者となる内国法人に係る特定外国子会社等を指すこととなるが、括弧書き中の「特定外国子会社等」は、必ずしも特定の内国法人に係る特定外国子会社等に限定されているわけではない。 このため、租税特別措置法施行令39条の15第5項1号の「欠損金額」は、特定外国子会社等が当該内国法人に係る特定外国子会社等であったときに生じた欠損金額でなければならないということにはならない。 ところで、本制度における欠損金の取扱いに関しては、「軽課税国に所在する外国関係会社であったとしても、その外国関係会社に係る納税義務者(原則として10%以上保有する居住者又は内国法人)が存在しなかった事業年度の欠損金が控除されない」※という指摘がなされることがあるが、これに関しても、欠損金が生じた過去の事業年度においてその外国関係会社がいずれかの内国法人に係る外国関係会社となっていなければならないということを言うものであり、当該内国法人に係る外国関係会社でなければならないということではない、ということを確認しておくこととする。 ※大蔵省主税局長 高橋元監修『タックス・ヘイブン対策税制の解説』117頁(清文社)昭和54年1月10日 4 結論 本制度において、適用対象金額の計算から控除する「過去7年間の欠損金額」は、いずれかの内国法人に係る特定外国子会社等に該当した事業年度において生じた欠損金額であることが必要となる。 そして、その「過去7年間の欠損金額」は、その外国法人が当該内国法人に係る特定外国子会社等であった事業年度において生じた欠損金額に限られるわけではなく、他の内国法人に係る特定外国子会社等であった事業年度において生じた欠損金額も含まれることとなる。 このため、本件のように、事業年度の中途において特定外国子会社等を買収した場合におけるその特定外国子会社等S社の過去7年間の欠損金額については、その特定外国子会社等S社がたとえその過去7年間において貴社と資本関係がなく貴社に係る特定外国子会社等ではなかったとしても、いずれかの内国法人に係る特定外国子会社等に該当した事業年度において生じたものであれば、適用対象金額の計算から控除することとなる、と考えられる。 ご質問の図においては、例えば、外国法人S社は、欠損金額①が生じた事業年度においては「特定外国子会社等」に該当しないが、欠損金額②が生じた事業年度において他の内国法人A社に係る特定外国子会社等に該当する、という場合には、貴社の平成25年3月期における適用対象金額の計算上、欠損金額①は控除できないが、欠損金額②は控除できる、ということとなる。 (了)
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〔平成9年4月改正の事例を踏まえた〕 消費税率の引上げに伴う実務上の注意点 【第15回】税率変更の問題点(14) 「経過措置に関する注意点(その5)」
〔平成9年4月改正の事例を踏まえた〕 消費税率の引上げに伴う 実務上の注意点 【第15回】 税率変更の問題点(14) 「経過措置に関する注意点(その5)」 アースタックス税理士法人 税理士 島添 浩 7 工事の請負に係る資産の譲渡等の時期の特例を受ける場合における税率等に関する経過措置 (1) 工事進行基準を適用する長期大規模工事又は工事の意義 所得税法又は法人税法において、事業者が工事の請負を行った場合には、資産の譲渡等の時期につき、長期大規模工事では工事進行基準が強制適用され、長期大規模工事以外の工事では工事完成基準又は工事進行基準のいずれかを選択することとなる。 工事進行基準が強制適用される長期大規模工事とは、次の3つの要件に該当する工事(製造、ソフトウエアの開発を含む)をいう。 上記の「長期大規模工事以外の工事」とは、その着工した年(事業年度)中にその目的物の引渡しが行われないものをいう。 工事の請負における工事完成基準は、目的物を引き渡した時点で売上計上することとなり、資産の譲渡等の時期の原則である引渡基準に該当する。 これに対し、工事進行基準は、資産の譲渡等の時期の特例規定であり、法人税法では、その着手の日の属する事業年度からその目的物の引渡しの日の属する事業年度の前事業年度までの各事業年度の所得の金額の計算上、その長期大規模工事の請負に係る収益の額のうち、当該各事業年度の収益の額として政令で定める工事進行基準の方法により計算した金額を益金の額に算入することとしている。 具体的には、次の算式により計算された金額を益金の額に算入することとなる。 これに対し消費税法は、所得税法又は法人税法において工事の請負に係る資産の譲渡等の時期の特例規定を適用している場合であっても、原則として引渡基準が適用されるが、事業者の事務負担等を考慮して、所得税法又は法人税法とその取扱いを統一するために工事進行基準を適用することができる。なお、消費税法は、長期大規模工事であっても工事進行基準については任意の規定である。 したがって、工事の請負に係る特例規定の適用関係は以下のようになる。 また、消費税法における工事の請負に係る資産の譲渡等の時期の特例を適用した場合の工事進行基準に基づく売上計上金額の計算については、以下のようになる。 工事の請負に係る資産の譲渡等の時期の特例は、売上計上基準の規定であり、原材料等の仕入税額控除については、原則どおりその原材料等の引渡しを受けた時点で課税仕入れを認識することとなる。なお、工事完成基準を適用する場合において、未成工事支出金として経理した課税仕入れにつき目的物の引渡しをした日の属する課税期間における課税仕入れとしているときは、継続適用を条件として、これを認めることとしている(消費税法基本通達11-3-5)。 (2) 工事進行基準を適用する工事の請負に係る経過措置 事業者が、指定日以後から施行日の前日までの間に締結した工事の請負に係る資産の譲渡等の時期の特例(工事進行基準)を適用する工事の請負契約に基づき施行日以後にその目的物の引渡しを行う場合において、その着工の日から施行日の前日までに対応する部分の対価の額は、以下の経過措置により旧税率を適用することとなる。 上記経過措置規定の第1項における「政令で定めるところにより計算した金額」とは、平成9年の税率改正時において以下のように定められていた。 上記経過措置規定の2項については、経過措置の適用を受けた工事の請負で旧税率を適用した課税売上げにつき、売上げに係る対価の返還等があった場合、貸倒れとなった場合における税額控除の規定は旧税率により処理することを規定している。 上記経過措置規定の3項については、経過措置の適用を受けた工事の請負で旧税率を適用した対価の額に係る部分につき、目的物を発注した事業者側の仕入税額控除の規定は旧税率により処理することを規定している。 上記経過措置規定の4項については、工事の請負につき当該規定を適用する旨及び適用を受ける対価の額をその相手方に対し書面にて通知することとしているが、具体的な内容は第12回で記載した内容と同様なものと考えられる。 なお、この経過措置規定は、指定日の前日に契約した場合の工事の請負に係る経過措置(第12回参照)のように、その対価の額の全額に旧税率が適用されるわけではなく、施行日の前日までに係る部分を旧税率、施行日後に係る部分を新税率により処理することとなるため、書面の通知を正確に行わなければならない。 なぜなら、相手先の仕入税額控除については、この通知以外に旧税率の対価の額を把握することができず、誤って通知した場合には、税額控除が正しく処理できず問題が生じることとなる。 指定日以後に工事進行基準を適用する工事の請負に係る契約を締結する場合において、施行日後に引渡しが行われるときは、その契約書に経過措置の対象となる部分の対価の額につき旧税率により請求する旨の条項を定め、また、新税率による対価の額を明記している場合であっても新税率と旧税率との差額は減額をする等の内容を取り決めておく必要がある。 また、施行日の前日までに引き渡す予定である工事であっても工事の遅延等により施行日後に引渡しを行った場合には、新税率が適用されること、また、その場合における対価の額など詳細に明記しておく必要がある。 この経過措置の適用のイメージとしては、以下のようになる。 〔経過措置の適用例〕 8 その他の経過措置 ここまで5回にわたり、下記の経過措置について解説してきた。 上記で紹介した経過措置については、改正消費税法の附則により定められていた項目であるが、これらの経過措置規定以外にも、平成9年の税率改正時における施行令の附則において、以下のような経過措置が規定されている。 (1) 予約販売に係る書籍等の税率に関する経過措置 指定日の前日までに締結した不特定かつ多数の者に定期的に継続して供給することを約する契約に基づき譲渡する書籍その他の物品で、当該契約に定められた対価の全部又は一部を施行日の前日までに領収している場合において、その書籍等の譲渡が施行日後に行われるときは、その領収した対価に係る部分の課税資産の譲渡等については、旧税率を適用する。 (2) 発売日が指定されている新聞・雑誌等の税率に関する経過措置 不特定かつ多数の者に週、月その他の一定の期間を周期として定期的に発行される新聞又は雑誌で、その発行する者が発売する日を指定するもののうち、その指定する日が施行日の前日までであるものの譲渡が施行日後に行われる場合には、当該新聞又は雑誌の譲渡については、旧税率を適用する。 (3) 通信販売の税率に関する経過措置 通信販売の方法により商品を販売する事業者が、指定日の前日までに販売条件を提示し、又は提示する準備を完了した場合において、施行日の前日までに売買契約の申込みを受けて当該提示した条件に従って施行日後に商品を販売するときは、その商品の販売については、旧税率を適用する。 ここでいう通信販売とは、不特定かつ多数の者に対して商品の内容、販売価格その他の販売条件※1を提示し、郵便、電話その他の方法※2により売買契約の申込みを受けて当該提示した条件に従って行う商品の販売のことをいう。 ※1:一般に、新聞、テレビ、チラシ、カタログ等の媒介手段を通じて購読者又は視聴者等に対して販売条件を提示することをいう。したがって、○○頒布会、○○友の会等と称する会で相当数の会員で構成され、かつ、会員数が固定的でないような会が会員等を対象としてこれらの媒介手段を通じて販売条件を提示する場合はこれに該当するが、訪問面談による販売条件の提示はこれに含まれない。 ※2:例えば、電信、預貯金の口座に対する払込みによる売買契約の申込みが該当し、訪問面談による売買契約は含まれない。 また、「提示する準備を完了した場合」とは、販売条件等の提示方法に応じ、いつでも提示することができる状態にある場合をいうことから、例えば、販売条件等を掲載したカタログ等の印刷物にあってはその印刷物の作成を完了した場合をいう。 この場合には、当該販売条件等の提示を指定日以後に行い、施行日の前日までに申込みを受け、施行日以後にその提示した販売条件等に従って行う商品の販売については、他の要件を満たせば経過措置の対象となる。 (4) 有料老人ホームの介護に係る入居一時金の税率に関する経過措置 指定日の前日までに締結した有料老人ホームに係る終身入居契約(有料老人ホームに入居する際に一時金を支払うことにより、有料老人ホームに終身居住する権利を取得するものをいう)で、入居期間中の介護に係る役務の提供の対価が入居の際に一時金として支払われ、かつ、当該一時金につき事業者が事情の変更その他の理由によりその対価の額の変更を求めることができる旨の定めがないものに基づき、施行日前から施行日以後引き続き資産の譲渡等を行っている場合には、施行日後に行う役務の提供(一時金に対する部分に限る)については、旧税率を適用する。 (了)
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〔平成25年4月1日以後開始事業年度から適用〕 過大支払利子税制─企業戦略への影響と対策─ 【第3回】「関連者支払利子等の額」
〔平成25年4月1日以後開始事業年度から適用〕 過大支払利子税制 ─企業戦略への影響と対策─ 【第3回】 「関連者支払利子等の額」 アースタックス税理士法人 税理士 中村 武 前回は本制度による「損金不算入額」及びその後の事業年度における「損金算入額」の基本的な計算方法の解説を、事例及び図解により行った。 今回は本制度の規定の具体的な内容確認として、まずは、本制度の適用対象となる「関連者支払利子等の額」について解説を行う。 1 関連者支払利子等の額 「関連者支払利子等の額」とは、関連者等に対する支払利子等の額で、その支払利子等を受ける関連者等の課税対象所得に含まれないもののうち、一定の特定債券現先取引等に係る金額以外の金額をいう(措法66の5の2②)。 本制度の規定による損金不算入額の計算を行う際、まず、本制度の規定の適用対象となる「関連者支払利子等の額」を把握することが必要となるが、その際の確認ポイントは以下の4点である。 〈ポイント1〉 本制度における支払利子等の範囲 本制度の適用を考える上で、まず確認が必要となるのが、適用対象となる支払利子の範囲である。通常の負債の利子だけでなく、負債の利子に準ずるもの(下表①)と、その他一定の費用又は損失(下表②)も含まれることに留意が必要である。 〈ポイント2〉 関連者等に対する支払利子等が対象 本制度は、関連者等へ過大な利子を支払うことによる租税回避を防止するための措置である。したがって、法人が支払う支払利子等の額のうち関連者に対する支払利子等の額のみが、本制度の対象となる。 法人の関連者等とは、法人の事業年度終了の時において次に掲げる者に該当するものをいうが、②の通り、関連者だけでなく一定の第三者についても関連者等に含まれることとなっている。 具体的には、「第三者を通じた関連者からの資金供与」や「関連者の債務保証により第三者が資金供与」する場合の第三者も、関連者等に含まれるため留意が必要である。 〈ポイント3〉 関連者等の課税対象所得に含まれる支払利子等は適用対象外 上記のとおり、本制度は関連者等へ過大な利子を支払うことによる租税回避を防止するための措置である。したがって、支払利子等の額が受領者側で課税対象所得とされる場合には、税負担の圧縮による租税回避には該当しないため、当該支払利子等の額に対して、本制度の適用はない。 関連者等の課税対象所得とは、その関連者等が次のいずれかに該当するかに応じ、それぞれ次に掲げる所得をいう。 ただし、所得税又は法人税に関する法令の規定によりこれらを課さない又は租税条約の規定によりこれらを免除することとされる所得は、課税対象所得から除かれることとなっているため、最終的に支払利子等の受領者側で、当該支払利子等の額が課税対象所得となっているかについて確認が必要となる。 〈ポイント4〉 特定債券現先取引などに係る支払利子等は適用対象外 債券現先取引等に係る利子のうち、貸付けと借入れとの間に対応関係があると認められるものについては、関連者支払利子等の額から除くこととされている。 これは、債券現先取引などに係る利子については、対象となる債券を通じて、支払利子と受取利子の対応関係を特定することが可能であることや、債券現先取引等が果たす金融仲介機能という点を考慮し、本制度の適用外とされている。 2 「関連者支払利子等」の適用判定フローチャート 1で述べた4つの確認ポイントの関係及び本制度の適用判定をフローチャートで表すと、以下の通りとなる。 * * * 以上の通り、本制度の適用による影響を検討する際には、まず、第一段階として、本制度の適用対象となる支払利子等の額があるか否かを検討し、該当する支払利子等の額がある場合には、併せてその金額を確認することが必要となる。 その後、法人が受ける受取利子の額、所得金額、減価償却費の額等との比較により、実際の損金不算入額の計算を行うこととなる。 次回は、損金不算入額計算の第二段階として、「関連者支払利子等の額」から控除されることとなる「控除対象受取利子等の合計額」等につき、解説を行うものとする。 (了)
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『日米租税条約 改定議定書』改正のポイントと実務への影響 【第2回】「仲裁制度の導入」
『日米租税条約 改定議定書』 改正のポイントと実務への影響 【第2回】 「仲裁制度の導入」 税理士法人トーマツ パートナー 税理士 小林 正彦 1 はじめに 2013年1月24日に日米租税条約を改正する議定書の署名が行われた。 今後両国における国内承認手続を経て発効することになる。 今回の改正のポイントの中で、おそらく最大の改正が「仲裁制度の導入」である。 仲裁制度の導入は、長い間、経済界からの強い要望があった事項である。 移転価格課税など租税条約に適合しない課税が生じた場合の問題解決のために、租税条約自身が用意している問題解決の枠組みとしては、「相互協議」がある。 相互協議については、我が国ではほとんどの事案で合意に達しており、有効に機能してきていると評価されている。 しかし、相互協議には合意義務がないため、必ずしも合意が成立するとは限らないとう大きな欠点がある。実際に多額の移転価格課税事案が不合意となったこともある。 二当事者間の互譲による問題解決には、限界があるということであろう。 相互協議が不合意で終わっても、国内の不服申立制度は利用できる。 しかし、審査請求や裁判では、裁決や判決で当初課税が全額撤回されない限り二重課税部分は残るという問題がある。 そのため、納税者としては解決が保証された制度がぜひとも必要であり、経済界は、その枠組みとして仲裁制度を導入することを強く要請してきた。 仲裁制度は、相互協議が合意できない場合であっても、第三者による仲裁委員会の決定をもって強制的に問題を解決するという制度であり、最終的に二重課税が残る懸念は基本的になくなる。 納税者にとっては大いに安心感を得られる。 我が国はオランダ、香港との条約においてすでに仲裁条項が含まれており、今回で3例目となる。 しかし、我が国にとって経済交流の関係の深い米国との間での仲裁制度の導入は、それらに比べて非常に大きな意義をもつものであり、日米間の経済交流の安定的発展に資することが期待される。 2 仲裁制度の内容 (1) 仲裁開始の要件 日米いずれかの措置により条約に適合しない課税を受けた事案について相互協議が合意に達することができない場合、以下の要件を満たせば仲裁による解決がなされる(議定書11、新条約25⑤)。 (2) 事案が仲裁に付託されない場合 以下の場合は、仲裁に付託されない。 (3) 仲裁開始日 イ 課税事案 当該事案の相互協議開始日(両当局間で別途合意して通知した場合はその日)から2年経過した日と、上記(1)の要件が満たされた日の遅い日 ロ APA(事前確認)事案 APAは基本的に、仲裁の対象にならない。 議定書11⑦(d)は、「事前確認取決めの要請の対象となる取引や価格の更正や価格調整について正式な通知を出した日の後6ヶ月を経過した日(両当局間で別途合意して通知した場合はその日)と上記(1)の書面を提出した日のいずれか遅い日が仲裁開始日となる。」としており、あたかもAPAも仲裁の対象になるように見えるが、この規定の趣旨はそうではない。 この規定は、いったんAPAを取得した取引について、後日、APA申請の対象となる取引について価格の更正や価格調整が行われた場合を想定したものである。 仮に、上記に該当する事態が発生した場合については、仲裁手続は、「事前価格取決めに関する両締約国の権限のある当局の合意のための実質的な検討を開始するために必要な情報を両締約国の権限のある当局が受領した日の後2年を経過するまでは開始しない。」とされている(議定書11⑦(d)ただし書)。 (4) 仲裁決定の効力 仲裁のための委員会の決定は権限のある当局の合意による当該事案全体の解決とみなされ、かつ、両締約国を拘束する。 仲裁のための委員会の決定による解決は、必ず実施されなければならない(新条約25⑥(g))。 (5) 仲裁委員会の構成・委員の選出方法(議定書14③(b)) 仲裁委員会は3名の個人により構成される。12ヶ月以内に税務当局又は財務省の職員である者は選任できない。また、仲裁手続において問題となる特定の事項に関与したことがあってはならない。 両国の権限のある当局が1人ずつ選任し、その2人が委員長を選任する。 委員長は、いずれかの国の国民又は適法な永住者であってはならない。 (6) 仲裁の終了(議定書14③(c)) 仲裁は以下の場合に終了する。 (7) 権限のある当局による仲裁委員会への解決案の提出 権限のある当局は、委員会に対して解決案を提出することができる。 解決案は、当該事案全体を解決するものでなければならず、かつ、両締約国の権限のある当局の間で既に合意した当該事案におけるすべての事項を修正することなく反映するものでなければならない。 当該解決案は、特定の金額(例えば、所得、利得、収益又は費用の金額)の決定又は税率の上限の決定に限られる(新議定書14③(d))。 個人課税やPE課税事案については、権限のある当局は、課税の前提となる問題(例えばPEの存否)及び当該問題の解決に応じた決定(例えばPEが存在すると決定された場合における帰属所得の額の決定)のそれぞれに対処する解決案を提出することができる。 (8) 権限のある当局の応答書の提出 相手国の権限のある当局の解決案及び意見書を受領した権限のある当局は、仲裁委員会に応答書を提出できる。 (9) 申立者の意見書の提出 申立者は、事案についての自己の分析及び意見を記載した書面を提出できる。 当該書面には、相互協議において提出されなかった情報を含まないものとし、両締約国の権限のある当局が入手できるものとする。 (10) 仲裁決定 仲裁決定は、書面で両締約国の権限のある当局に送付される。 決定はいずれかの権限のある当局が提出した解決策のいずれかに限られ、当該決定の理由その他の説明を含まない。決定は先例としての価値を有しない(新議定書14③(i))。 (11) 決定の受入通知 申立者は決定の通知から45日以内に、仲裁を申し立てた当局に受け入れる旨を通知する。通知がない場合は受け入れなかったものとする。 訴訟や審査請求が行われているときは、45日以内にそれらすべてを取り下げる旨を裁判所又は行政審判所に通知しないときは、決定は受け入れらなかったものとする。 受け入れられない場合、両締約国の権限のある当局による更なる検討は行われない(新議定書14③(j))。 (12) 仲裁費用 仲裁のための費用は、両締約国が衡平に負担する(新議定書14③(k))。 3 仲裁制度導入による実務への影響 仲裁制度は相互協議の解決を促進する効果はあるが、実際に仲裁に移行することはないだろうというのが一般的な見方である。 その根拠としては、相互協議部局にとっては合意できずに仲裁に移行させることは、自らの存在価値を否定することになるからであり、両当局の相互協議部局が同じ認識の下、何としても合意に達しようと努力することが見込まれるからであるという。 しかし、私見では、両当局の考え方が大きく異なり、課税金額の規模も大きな案件では、譲歩できる限界を超えているために合意できないこともあり、その時には、第三者の仲裁委員会の意見を拠り所として問題解決を図るしかないという状況もあり得ると思われる。 したがって、一般的な見方に反して、実際に仲裁に移行する案件は出てくるのではないかと思われる。 いずれにせよ、仲裁導入後の相互協議は、相当にスピードアップする可能性があり、相互協議対応はそれなりの迅速・正確な対応が求められることになるので、納税者としても心して相互協議対応に臨む必要があると思われる。 なお、APAそのものは仲裁の対象にならないので、注意が必要である。 【参考】財務省ホームページ ・「アメリカ合衆国との租税条約を改正する議定書が署名されました」 ・「アメリカ合衆国との租税条約を改正する議定書のポイント」 (了)
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組織再編税制における不確定概念 【第4回】「包括的租税回避防止規定における『不当に』とは」
組織再編税制における不確定概念 【第4回】 「包括的租税回避防止規定における 『不当に』とは」 公認会計士 佐藤 信祐 不確定概念の最たるものとして、包括的租税回避防止規定が存在する。包括的租税回避防止規定は、「法人税の負担を不当に減少させる」場合に適用されるものであるが、どのような場合が「不当」なのかという点について、明らかにされていないからである。 本稿においては、包括的租税回避防止規定についての基本的な考え方についての解説を行い、次回(第5回)以降は、その具体的な事例についての解説を行う。 1 租税回避についての考え方 租税回避の定義については論者によって様々な定義がなされているが、金子宏教授によれば、「私法上の選択可能性を利用し、私的経済取引プロパーの見地からは合理的理由がないのに、通常用いられない法形式を選択することによって、結果的には意図した経済的目的ないし経済的成果を実現しながら、通常用いられる法形式に対応する課税要件の充足を免れ、もって税負担を減少させあるいは排除すること」(金子宏著『租税法(第17版)』弘文堂、119頁)としている。 他の論者も様々な定義を行っているが、基本的な内容について大差はない。すなわち、「税負担の減少」と「通常用いられない法形式の選択」という2つの点が大きな要素となる。 なお、「通常用いられない法形式の選択」については、達成しようとする経済的成果に合理的な理由がない場合だけでなく、達成しようとする経済的成果に合理的な理由があるものの当該経済的成果を達成するために選択する法形式に合理的な理由がない場合も含まれるべきである。 また、租税回避と区別すべきものとして、節税と脱税がある。 すなわち、「租税回避は、一方で、脱税と異なる。脱税が課税要件の充足の事実を全部または一部隠匿する行為であるのに対し、租税回避は、課税要件の充足そのものを回避する行為である。他方、それは、節税とも異なる。節税が租税法規が予定しているところに従って税負担の減少を図る行為であるのに対し、租税回避は、租税法規が予定していない異常な法形式を用いて税負担の減少を図る行為である。」(金子宏著『租税法(第17版)』弘文堂、120頁) しかしながら、実際には、租税回避と節税の区別は明確ではなく、組織再編成を行った結果として、税負担が減少する場合において、租税回避に該当するのか、節税に該当するのかは悩ましい問題である。 これに対し、組織再編税制については、包括的租税回避防止規定が定められており、租税回避であると認定された場合には、税務調査において否認を受ける可能性がある。 また、近年における税務訴訟の事例をみる限り、租税回避については厳しい対応がなされており、「私法上の法律構成による否認論」「課税減免規定に対する限定解釈」などの新しい否認手法も見受けられることから、形式的に、課税要件の充足そのものを回避することができたとしても、税務調査において否認される可能性は否定できない。 そのため、組織再編成を行った結果として、税負担が減少する場合において、租税回避に該当するのか、節税に該当するのかという判断は、実務上、非常に重要になってくる。 2 包括的租税回避防止規定に関する具体的な内容 組織再編税制に係る包括的租税回避防止規定については、法人税法、所得税法、相続税法及び地方税法においてそれぞれ規定されている(法法132の2、所法157④、相法64④、地法72の43④)。 これに対し、消費税法においては、包括的租税回避防止規定が設けられていない。さらに、地方税法においては、条文上、「事業税の負担を不当に減少させる」場合に適用されることが明らかにされているため、住民税均等割や不動産取得税については包括的租税回避防止規定が適用されないことになる。なお、住民税法人税割については、法人税が否認された場合に、自動的に住民税の支払いが求められることから、法人税法における包括的租税回避防止規定の範疇にあると考えても差し支えない。 このように、組織再編成により不当に法人税、所得税、相続税、贈与税又は事業税の負担を減少させる行為又は計算に対して、包括的租税回避防止規定が設けられており、その行為又は計算にかかわらず、税務署長の認めるところにより、更正を行うことが可能となる。 しかしながら、どのような場合において、包括的租税回避防止規定が適用されるか否かについて明らかにされていない。 これに対し、同族会社等の行為計算の否認(法法132、所法157①、相法64①、地法72の43①)については、戦前から存在する規定であり、包括的租税回避防止規定に類似する規定となっていることから、同族会社等の行為計算の否認に関する過去の判例、学説を参考にすることができる。 同族会社等の行為計算の否認は、同族会社の行為又は計算において法人税、所得税、相続税、贈与税又は事業税の負担を「不当に減少」させる結果となる場合において適用される。この場合の「不当に減少」させる結果になる場合の判断基準として、非同族対比説と合理性基準説があり、実務上、合理性基準説の方が有力であると考えられている。 合理性基準説に立つ判例を見ると、「取引当事者が経済的動機に基づき自然、合理的に行動したとすれば、普通とったはずの行為形態をとらず、ことさら不自然、不合理な行為形態をとることにより、法人税回避の結果を生じた場合、あるいは取引当事者が達成しようとした経済的目的を達成するためにはいっそう自然、合理的な行為形態が存在するのにことさらに不自然、不合理な行為形態をとることによって法人税回避の結果を生じた場合に、取引当事者が経済的動機に基づき自然、合理的に行動したとすれば、普通とったであろうと認められる行為計算が行われた場合と同視して法人税を課することができるものとする趣旨と解される」(昭和49年6月17日東京高等裁判所判決)としており、前述における租税回避の定義にあるように、「私法上の選択可能性を利用し、私的経済取引プロパーの見地からは合理的理由がないのに、通常用いられない法形式を選択することによって、結果的には意図した経済的目的ないし経済的成果を実現しながら、通常用いられる法形式に対応する課税要件の充足を免れ、もって税負担を減少させあるいは排除する」(金子宏著『租税法(第17版)』弘文堂、119頁)ような事実関係がある場合において、同族会社等の行為計算の否認が適用される可能性があると考えられる。 なお、同族会社等の行為計算の否認は、租税回避目的があるか否かにかかわらず、結果として法人税、所得税、相続税、贈与税又は事業税の負担が不当に減少した場合に適用することができるとされている。 なぜなら、昭和25年度税制改正前においては、「法人税を免れる目的があると認められるものがある場合」とされていたものが、昭和25年度税制改正により、「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるとき」と改正されたためである。 すなわち、租税回避目的の有無ではなく、実行された行為についての経済合理性の有無により、包括的租税回避防止規定が適用されるか否かが判断されることになる。 そのため、組織再編成を行った場合についても、実行された組織再編成についての経済合理性の有無により、包括的租税回避防止規定が適用されるか否かが判断されることになる。この場合の経済合理性の判断であるが、前述のように、組織再編成により達成しようとする経済的成果に合理的な理由がない場合だけでなく、達成しようとする経済的成果に合理的な理由があるものの当該経済的成果を達成するために選択する法形式に合理的な理由がない場合も含まれることになる。 したがって、実務上は、以下の点に留意する必要があると考えられる。 組織再編成により得られる経済的効果が、事業において必要なものであること 税目的以外の見地から、複数の選択肢のうち、選択された組織再編行為が、他の代替的な手法に比べ有利な手法であること(又は少なくても不利な手法でないこと) なお、当然のことながら、租税回避のみを目的としているにもかかわらず、わずかな事業目的を外形的に作り出して、実行された組織再編成に経済的合理性があることを主張したとしても、税務調査においては認められない可能性があるという点に留意が必要である。 ※財務省主税局において組織再編税制の立法に携わった朝長英樹氏は、「T&A master(ロータス21) No.443、No.446、No.447」において、同族会社等の行為計算の否認に係る立法趣旨と包括的租税回避防止規定に係る立法趣旨の違いについて説明されているが、納税者が行った私法上の行為についての経済合理性の有無により包括的租税回避防止規定の適用がなされるか否かが判断されるという点については大きな違いはないため、実務上の判断としては、同族会社等の行為計算の否認についての判例を参考にすることについては、差し支えないと考えられる。 (了)