谷口教授と学ぶ 国税通則法の構造と手続 【第15回】 「国税通則法24条~26条(~30条)」 -申告納税制度における税務官庁による納税義務の確定- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 国税通則法24条(更正) 国税通則法25条(決定) 国税通則法26条(再更正) 1 はじめに 第11回では国税通則法17条(~22条)について、同条の定める期限内申告を申告納税制度の中心ないし基本に据えて「申告納税制度の体系的把握と実定的把握」(同回2・3)の観点から、検討したが、今回は、その検討の延長線上で、申告納税制度における税務官庁による納税義務の確定(税通24条~26条)について検討することにする。 しかも今回の検討は、申告納税制度の当事者として税務官庁だけでなく納税者をも視野に入れ、同制度が採用していると解される次のような構造にも着目して、行うことにしたい。すなわち、申告納税制度は、納税義務の確定について、納税者に第一次的確定権(納税申告権)を認め、かつ、これに対応する第一次的確定義務(納税申告義務)を課すとともに、税務官庁に第二次的確定権(課税処分権)を認め、かつ、これに対応する第二次的確定義務(課税処分義務)を課し(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【120】【123】【136】参照)、もって、納税者及び税務官庁が自己の確定権の行使だけでなく相手方の確定権の行使をもチェックすることを通じて、納税義務の確定が税法(課税要件法)に従って正しく(課税要件の充足によって成立した納税義務の内容どおりに)行われること、換言すれば、納税義務の確定手続を通じた課税要件法の実現、を確保しようとする「相互チェック構造」ともいうべき構造を採用していると解される(拙著『税法創造論』(清文社・2022年)854-856頁[初出・1995年]のほか、谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第5回Ⅱ2参照)。 なお、次の見解(中川一郎=清永敬次編『コンメンタール国税通則法』(税法研究所・加除式[1989年追録第5号加除済])E403~420頁[中川一郎執筆])が説くところからもいえるように、今回の検討対象である国税通則法24条ないし26条の規定は、納税義務の第二次的確定のためのいわば「器」のような規定(以下「器規定」という)であるといえようが、今回の検討は、そのことを前提にして、納税義務の確定手続におけるそれらの器規定の意義・位置づけを中心に行うこととし、更正又は決定に関する国税通則法第2章第2節第3款の規定のうち他の規定については同法29条(更正等の効力)を取り上げるにとどめることにする。 2 納税義務の確定に係る相互チェック構造と器規定 申告納税制度の体系的把握は、納税申告のうち期限内申告を「原則的かつ基本的なもの」(志場喜徳郎ほか共編『国税通則法精解〔令和4年改訂・17版〕』(大蔵財務協会・2022年)294頁、武田昌輔監修『DHCコンメンタール国税通則法』(第一法規・加除式)1204頁)として位置づけるが、それは、納税者が第一次的確定義務を構成する次の2つの義務、すなわち、①納税義務の存否又は範囲を各税法の規定に従って正しく確定する義務と②各税法が納税申告について一般的に定める期限(法定申告期限。税通2条7号)までに正しく納税申告書(同条6号)を提出する義務を共に履行し得るのが、期限内申告であるからである(第11回2参照)。 申告納税制度の体系的把握によれば、上記①の義務の不履行を是正する納税申告として修正申告(税通19条)が、上記②の義務の不履行を是正する納税申告として期限後申告(同18条)がそれぞれ位置づけられることになるが、これとパラレルに税務官庁の第二次的確定義務を考えると、上記①の義務の不履行を是正する課税処分として更正(同24条)・再更正(同26条)が、上記②の義務の不履行を是正する課税処分として決定(同25条)がそれぞれ位置づけられることになる。 このように、申告納税制度は、期限内申告を「原則的かつ基本的なもの」としてその中核に位置づけた上で、納税者と税務官庁との相互チェック構造の枠内で、前記の①及び②のいずれかの義務の不履行を是正する納税義務の確定行為として、納税者側には修正申告及び期限後申告を、税務官庁側には更正・再更正及び決定を、それぞれ定めるものとみることができよう。この意味で、国税通則法17条ないし19条と同法24条ないし26条には、上で述べた相互チェック構造を構成する器規定としての意義・位置づけが、与えられているといってよかろう。 3 更正と申告納税制度の実定的把握 ところで、期限後申告と決定は、法定申告期限の経過後に行われることが予定されている1回限りの確定行為であるのに対して、修正申告と更正(以下では原則として税通29条1項にいう「更正」の意味で用いる)とは、前者においては国税の徴収権の消滅時効(同72条)まで(前掲拙著『税法基本講義』【124】参照)、後者においては所定の除斥期間(同70条・71条)内であれば、それぞれ繰り返し(「重畳的に」)行うことができる確定行為である(「重畳的確定」については第11回4参照)。 そうすると、申告納税制度の相互チェック構造の主要部分を構成するのは、修正申告と更正であると考えてよいであろう。しかも、修正申告は先行する納税義務の確定の過誤(過少確定)を納税者の不利に是正するための確定行為であり、過大確定の過誤を納税者の有利に是正するためには更正の請求(税通23条)を通じて減額更正によることとされていること(第12回1参照)からすると、更正こそが上記構造の中核を担っているといってもよかろう。 以上のように、申告納税制度は、その体系的把握からすれば、期限内申告を「原則的かつ基本的なもの」として納税義務の確定手続の中核に位置づけるものではあるが、その実定的把握からすれば、更正を納税義務の確定手続の中核に位置づけるものであるとみてよかろう。比喩的にいえば、申告納税制度は、体系的には(理念上は)期限内申告が「先陣」を担い、実定的には(実際上は)更正が「後詰め」を担う制度であるといってもよかろう。申告納税制度の実定的把握における租税徴収の観点からは、納税義務の確定の場面では「後詰め」としての更正に極めて重要な役割が期待されると考えるところである。 納税義務の確定手続における更正のこのような「後詰め」としての性格は、更正の効力(納税義務の確定効)を定める国税通則法29条において、次のような形で具体化されていると考えられる。 この規定は、実質的には、修正申告の効力を定める国税通則法20条(第11回4参照)と同じく、先行する納税義務の確定に対する更正の追加的確定効を定めている(税通29条1項)。ただし、減額更正については、形式的には、修正申告の場合と異なり、減額部分の確定効のみを排除する(取り消す)といういわば「マイナスの追加的確定効」を定めている(税通29条2項)。 いずれにせよ、国税通則法29条が同法26条の文言(再更正について増減税額のみを確定し直すとの定めにはなっていない)にもかかわらず、先行する納税義務の確定に対する更正についてその効力を全面的に見直すこととするのではなく、追加的確定効を定めるにとどめているのは、その限りにおいてではあるが、主に租税法律関係の早期確定・安定を考慮し、もって申告納税制度の実定的把握の観点である租税徴収の確保を図ろうとしたものと考えられる。 国税通則法は、そうするために、納税申告・更正等の行為相互間の関係の捉え方について国税通則法制定前から存在していた次の㋐の2つの考え方(税制調査会『国税通則法の制定に関する答申の説明(答申別冊)』(昭和36年7月)62頁)の「折衷説」(中川=清永編・前掲書E296~298頁[新井隆一・波多野弘執筆]。志場ほか共編・前掲書402頁も同旨)ともいうべき、次の㋑の「基本的な考え方」(税制調査会・上掲答申別冊63頁)を採用したものと考えられる。 この㋑の考え方は吸収説と呼ばれ、㋐の(a)の考え方(併存説)とも(b)の考え方(吸収消滅説ないし消滅説)とも区別される(「吸収説」と「消滅説」とは同じ考え方の別称として捉えられることもあるようであるが、先行する納税義務の確定の効力が(後行行為に吸収されはするが)存続するか又は(先行行為時に遡って)消滅するかの点で区別すべきものである)。 ただ、更正・決定と再更正との関係に関する判例の立場については、増額再更正の場合(最判昭和42年9月19日民集21巻7号1828頁)吸収消滅説により、減額再更正の場合(最判昭和56年4月24日民集35巻3号672頁)併存説(減額再更正を一部取消処分とみて「一部取消説」とも呼ばれる)により、それぞれ理解がされている(清永敬次『税法〔新版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)256-257頁、金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)981頁、武田監修・前掲書1658-1661頁等参照)。 この点について、判例は、国税通則法の立場の解釈論的理解を示したものというよりも、訴えの利益との関係で紛争の一回的解決(増額再更正については、更正・決定に対する訴えの利益[訴えの対象]を、減額再更正については、一部取消処分としての減額再更正に対する訴えの利益[狭義の訴えの利益]を、それぞれ否定することによる紛争の一回的解決)を重視したものと考えられる(前掲拙著『税法基本講義』【147】参照。なお、課税処分取消訴訟における訴えの利益について詳しくは、中尾巧=木山泰嗣『新・税務訴訟入門』(商事法務・2023年)168頁以下参照)。 (了)
〈判例評釈〉 ムゲン・ADW事件が残したもの ~最高裁の判示は、納税者の納得が得られるものか~ 【第4回】 公認会計士・税理士 霞 晴久 Ⅳ 「準ずる割合」についての裁判所の判断及びその検討 課税売上割合に準ずる割合(以下「準ずる割合」という)については、ムゲン事件では争点化されたが、ADW事件では、課税仕入れの用途区分(本件更正処分の適法性)に係る争点の中で審議されている。したがって、以下では、ムゲン事件第一審及び控訴審を検討した上で、ADW控訴審判決(※37)における納税者側の主張とそれに対する裁判所の説示を中心に見ていくこととする。 (※37) ADW事件第一審では、納税者側が勝利したため、「準ずる割合」については説示されていない。 1 ムゲン事件第一審判決 (1) 準ずる割合の税務当局による却下と東京地裁の判断 ムゲンは、東京地裁への提訴に先立つ平成28年11月15日、所轄税務署長に対し、本件課税仕入れに係る準ずる割合について、各課税期間に譲渡した住宅用賃貸部分を含む建物の譲渡対価の額(課税売上げ)及び当該譲渡した住宅用賃貸部分を含む建物の仕入日(当該割合を適用する各課税期間より前のものも含む)から譲渡日までに生じた事業用貸付けに係る対価の額(課税売上げ)及び住宅用貸付けに係る対価の額(非課税売上げ)の合計額のうち、当該合計額から建物の住宅用貸付けに係る対価の額(非課税売上げ)を除いた額の占める割合(以下「本件割合」という)によって計算するものとして、本件割合についての適用承認の申請をしたところ、同税務署長が、同年12月27日、同承認申請を却下した(※38)ため、第一審において本件割合の合理性を主張した(争点③)。 (※38) もっとも、後述する課税期間を超えて算定される本件割合の問題を除き、所轄税務署長が何を問題視し本件割合の申請を却下したかは、判決文からは判然としない。東京地裁判決文には、被告(国側)の主張として、「本件割合には、適用される課税期間において収受する各住宅用賃貸部分を含む建物の貸付けに係る対価の額の一部が含まれておらず」との記載があるが、ここでいう「建物の貸付けに係る対価の額の一部」が具体的に何を指すかは不明である。一方、ムゲン事件控訴審判決には、「被控訴人(国側)は、従前、本件割合が、消費税法30条3項に規定する事業や費用の種類ごとに区分して算出するものではないことなどを理由に課税売上割合に準ずる割合に該当しないと主張しており」との記載がある(下記Ⅳの2参照)。 これに対し東京地裁は、「本件課税仕入れは、住宅用賃貸部分を含む建物の購入であって、課税売上げである販売代金及び事業用貸付けに係る賃貸料、非課税売上げである住宅用貸付けに係る賃貸料に共通して要することから共通課税仕入れに区分されるところ、その共通仕入控除税額を計算するに当たって、土地の販売収入及び賃貸料収入を算定の基礎に含めることは、その事業状況を適切に反映するものとはいえず、建物の販売収入及び賃貸料収入に基づく割合によって計算することは、課税売上割合によって計算するよりも合理的といえる(※39)。」と判示し、土地の販売収入を除外して計算した本件割合を本件課税仕入れに適用することを認めつつ、「本件割合は、当該課税期間に譲渡した住宅用賃貸部分を含む建物に着目した上で、当該建物に係る販売収入及びその仕入日から譲渡日までに生じた賃貸料収入によって計算するものであるが、このような計算によると、当該建物が譲渡されない限り、その賃貸料収入は課税売上割合に準ずる割合に反映されないこととなるところ、このような計算方法によることの合理性は明らかにされているとはいい難い。」として、本件割合が、仕入日から譲渡日まで、場合によっては課税期間を超えて計算されることを疑問視し、本件割合は合理的に算定されているものとはいえないと結論付けている。 (※39) ムゲン事件第一審は、続けて、「なお、その上で本件課税仕入れ以外の共通課税仕入れについては課税売上割合を適用することとしても、不合理な結果は生じないといえる。」と判示している。 (2) 検討 本件割合が課税期間を超えて計算されることについて、東京地裁が合理性がないと判断したのは、課税売上割合は、当該課税期間における売上げ等によって計算することとされていること(消法30⑥)を論拠としている。しかし、「たまたま土地の譲渡があった場合の課税売上割合に準ずる割合の適用」(※40)では、突発的に土地の譲渡があった場合の準ずる割合の承認について、土地の譲渡が単発のものであり、かつ、当該土地の譲渡がなかったとした場合には事業の実態に変動がないと認められる場合に限り、便宜的に当該土地の譲渡があった課税期間の前3年に含まれる課税期間の通算課税売上割合と前課税期間の課税売上割合とのいずれか低い割合を課税売上割合に準ずる割合として承認しても差し支えないという取扱いを認めており、従前より、準ずる割合の適用において、課税期間を超えて算定するという考え方が示されているため、本件についてのみ、課税期間を超えているから不合理、というのは消費税の他の取扱い(※41)と比べて説得的でない。 (※40) 「-平成23年6月の消費税法の一部改正関係-「95%ルール」の適用要件の見直しを踏まえた仕入控除税額の計算方法等に関するQ&A〔1〕【基本的な考え方編】」国税庁消費税室・平成24年3月 (※41) 特定の課税期間を超えて課税売上割合を調整するその他の取扱いとして、消費税法には、調整対象固定資産を転用した場合の税額調整(消法34①、35)や、課税売上割合が著しく変動した場合の調整(消法33①、消令53①、③、④)がある。 さらに、次回のⅤで詳細に検討する令和2年度の税制改正で新たに導入された居住用賃貸建物に係る仕入税額控除制度は、本件割合とほぼ同様の考え方に基づいた取扱いとなっており、ムゲンの採用した方法が令和2年度の税制改正を先取りしたような形となっている。 また、ムゲンが第一審で、「(課税庁や裁判所のいう)課税期間単位の割合を計算すると、各課税期間における本件割合とほぼ同じ9割前後であるところ、このことは、原告のように住宅用賃貸部分を含む販売用建物を購入し、できる限り短期間で販売するという事業を複数年にわたり継続する場合、双方の割合にほとんど差が生じないことを示しており、このことからしても、本件割合がこれを適用しようとする課税期間の状況を示す数値により算定されていないことをもって、『合理的に算定される』ものでないなどといえないことは明らかである。」と主張するように、当該課税期間に限定して算定しても、また本件割合や令和2年度改正のように課税期間を超えて計算してもその計算結果にほとんど差がないとしたら、裁判所の結論に特別な意義を見出すのは困難である。 2 ムゲン事件控訴審判決 ムゲンは、控訴審において、ADW事件第一審判決を引用し、収益不動産を転売する際には、建物・敷地の譲渡も併せて行われるのが通常であるため、課税売上割合が低いものとならざるを得ず、課税売上割合と、賃料収入額が売上げ全体に占める割合とのギャップが生じ、この問題を、課税売上割合に準ずる割合の利用によって解消しようとしても、国側は、本件割合が、消費税法30条3項に規定する事業や費用の種類ごとに区分して算出するものではないことなどを理由に課税売上割合に準ずる割合に該当しないと判断しており、ギャップの問題を解消する手段が全く無かったと主張した(※42)。 (※42) なお、この主張は、争点①「本件更正処分の適法性」についてされたものである。 これに対し、東京高裁は、ギャップの問題は、準ずる割合の利用によって解消すべきものであり、ギャップの問題を解消する手段が全くないとはいえず、ギャップの問題を理由に、本件課税仕入れを課税資産の譲渡等にのみ要するものに区分しなければならないとまではいえないとし、本件割合が合理的算定と判断されなかったのは、本件割合が本件各課税期間における賃貸料収入によっていない点で課税売上割合に準ずる割合として正当と認められなかったからであり、控訴人(ムゲン)が本件各課税期間における賃貸料収入によって課税売上割合に準ずる割合として適用承認の申請をしていれば、訴訟手続を利用して最終的には課税売上割合に準ずる割合として認められた可能性はあったと推測できると判示し、原審同様、「課税期間中の住宅用賃貸部分を含む販売用建物の賃貸料収入の全部を計上せず、さらに、課税期間前の住宅用賃貸部分を含む販売用建物の賃貸料収入の一部を計上することに合理的な理由は認められ(ない)」、あるいは「課税期間中の収入の全部を計上せず、すなわち、住宅用賃貸部分を含む建物を譲渡しない限り、その賃貸料収入を課税売上割合に準ずる割合に反映せず、一方で、課税期間前の収入の一部を計上することは、課税資産の譲渡等に要するものとその他の資産の譲渡等に要するものとを区別する方法として不合理である」と繰り返し述べ、複数の課税期間にわたって計算する方法を主張した控訴人を排斥している。 ところで、ムゲンは、控訴に際し、いくつかの反論・文書提出命令の申立て(※43)を試みたが、判決文には「被控訴人(国側)が本件訴訟追行のための戦略的ないし政策的考慮に基づき同項に関する従前の解釈及び執行を覆して平成30年12月21日付け(※44)で控訴人のなした消費税課税売上割合に準ずる割合の適用承認申請を承認した」との記載があるので、ムゲンは、課税売上割合に準ずる割合について、平成28年12月27日に最初の承認申請を却下された後、再度別の方法(※45)を申請し、税務当局から、最終的に、準ずる割合の承認を受けていたことが分かる。 (※43) 控訴人(ムゲン)は、被控訴人(国側)が、課税期間単位の割合と同一の計算方法による割合であっても、課税売上割合に準ずる割合として承認していなかった事実を立証するためと主張して、3種類の文書提出命令の申立てを行った。これに対し、東京高裁は、「被控訴人が、課税期間単位の割合と同一の計算方法による場合にも課税売上割合に準ずる割合を承認していなかったか否かは本件の結論を左右せず、文書の取調べの必要性が認められない。」と判示した。 (※44) ADW事件控訴審判決にもムゲンによる課税売上割合に準ずる割合の再度の申請の記載があり、それによれば、再度の申請の日が平成30年11月19日、承認の日が同年12月26日とされており、承認の日付に若干の齟齬がある。 (※45) 上記Ⅳ1(2)①~③の金額について、課税期間単位で集計したものの割合を指すと思われる。 3 ADW事件控訴審判決 (1) 東京高裁の判示 ADWは、訴訟を提起後の平成31年2月27日、ムゲン同様、所轄税務署長に対し、課税売上割合に準ずる割合の承認申請を行い(※46)、同年3月28日に認可された。ここで認可された準ずる割合は、ADWの平成30年3月期の建物売上高と同年度の課税売上げ(賃料収入)の合計額を分子とし、当該分子に同年度の非課税売上げ(賃料収入)を加えた額を分母とする割合(以下「本件準ずる割合」という)である。 (※46) もっとも、ADWは、同年3月18日に、訂正後の適用承認申請書を提出し、最終的に、訂正後割合(91.58%)が認可された。 ADW事件控訴審でADWは、「M(筆者注:ムゲンを指すと思われる)社及び別同業他社に対する承認申請却下処分の事例等(中略)の当時における課税庁の解釈及びその執行並びに課税庁が公表していた課税売上割合に準ずる割合に関する解釈等に照らして検討しても、本件各課税期間の当時において、本件準ずる割合(中略)をもってしては、課税庁の承認を得ることはおよそ不可能であった。」と主張したのに対し、東京高裁は、それらの解釈は、「課税仕入れにつき将来課税売上げを生ずる取引のみが客観的に見込まれている課税仕入れのみを意味すると解することの妨げとなり得るものではな(い)(※47)」と判示し、平成30年に、ムゲンが、当初申請した準ずる割合とは異なる算定方法を申請したところ、所轄税務署長から承認された事実を指摘した上、納税者が「不可能であった」ことを理由付けする解釈等について、要旨、次のように反論している。 (※47) ここでの裁判所の表現は分かりにくいが、要は「不可能ではなかった」ということが言いたいのであろう。 上記説示を踏まえ、東京高裁は、ギャップの問題について、「このような場合について消費税法は納税義務者の選択に従って課税売上割合に準ずる割合の適用によって対応することを予定しているものといえるから、消費税法が制度的に予定する手続を納税義務者が執らない場合に、将来課税売上げを生ずる取引に加えて非課税売上げを生ずる取引も客観的に見込まれる課税仕入れについて、同法30条2項の文言及び趣旨等並びに同条所定の仕入税額控除制度の仕組みにおいて予定されている範囲を超えて、これを殊更に課税対応課税仕入れに区分するという所論の解釈は、税負担の累積の排除の観点を踏まえても、消費税制度の立法趣旨に沿った消費税法の規定の解釈として相当とは解し難い」とし、「準ずる割合」を申請しなかった納税者にその責めを帰すような判断を示している。 (2) 検討 被控訴人(ADW)の主張及び東京高裁の上記判示を俯瞰して見ると、やや水掛け論的な印象を受ける。高裁の判示は、「(XXXの)趣旨とは解されない。」「(XXの)証拠はない。」と結んではいるが、そう言い切る明確な理由が示されているわけでもない。特に本件の場合対象となる収益不動産は、当然ながら建物とその敷地で構成されている資産であり、「これを併せて購入し、これらを併せて販売するもの」(※48)である。そのような場合に、果たして、建物と敷地を分離して準ずる割合を算定してよいものかどうか、ADWの主張のとおり、外形的事実を示す要素のみが想定されている消基通11-5-7では判断のしようがなく、判断に迷うのはある意味当然で、「土地を除いて計算した準ずる割合の適用承認申請を行っても、これが課税当局に承認される可能性は極めて低い」という税務出版物の記事や、「居住契約付物件の建物から生じた課税売上高及び非課税売上高のみから準ずる割合を計算することは認められない」いう判断も、明確なガイダンスのない中、ある意味やむを得ないものと思われる。 (※48) ムゲン事件第一審「第3 争点に係る当事者の主張」「3 争点3について(原告の主張)(2)ア」参照。 ADWが準ずる割合の適用承認申請を行ったのは、「飽くまで本件訴訟における被控訴人の立場を主位的には維持しつつ、被控訴人にとって無用な税負担に係る経済的損失を最小限に食い止めるための(中略)予備的なもの」とのことであり、「課税庁がこれを承認したのは、(中略)はるか後において突如として立場を変遷させたことによるもので、M社に係る別件訴訟及び本件訴訟の訴訟追行上の政策的考慮以外にはおよそ想定できないものである。」というような主張からは、ADW側は、課税庁に対し、相当の不信感を抱いていたものではないかと思われる。 なお、本件の最高裁判決では、ムゲン事件においては準ずる割合の記述はなく、またADW事件においては、「課税売上割合を用いることが当該事業者の事業の状況に照らして合理的といえない場合には、課税売上割合に準ずる割合を適切に用いることにより個別に是正を図ることが予定されている」と説明的に判示されているに過ぎない。 (続く)
〔疑問点を紐解く〕 インボイス制度Q&A 【第27回】 「調整対象固定資産の取得によって2割特例の適用が受けられない場合」 税理士 石川 幸恵 【Q】 個人事業者です。令和5年10月1日より適格請求書発行事業者となるよう、登録を済ませました。 ところで、近々、営業車(取得価額200万円、事業専用割合60%)の購入を予定しているのですが、消費税の申告について小規模事業者に係る税額控除に関する経過措置(2割特例)の適用に当たっての注意点を教えてください。 〔ポイント〕 いわゆる「調整対象固定資産を取得した場合の3年縛り」が適用される課税期間は2割特例の適用を受けられません。 「調整対象固定資産を取得した場合の3年縛り」があるのは課税事業者選択届出書を提出して課税事業者となった場合等に限られますので、免税事業者に係る登録の経過措置(28年改正法附則44④、インボイスQ&A問7)により令和5年10月1日から課税事業者となった場合、3年縛りはありません。 * * * 【A】 次の要件にすべて該当した場合、取得の日の属する課税期間から3年間は2割特例の適用を受けられず、本則課税が強制適用となります。 (1) 「調整対象固定資産を取得した場合の3年縛り」の復習 (出典:国税庁「課税事業者選択の取りやめと簡易課税制度選択の制限」) ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (2) 2割特例の適用が受けられないケース 「調整対象固定資産を取得した場合の3年縛り」の期間は、2割特例の適用を受けることができません(インボイスQ&A問112)。 例えば、次の図の令和6年・7年は2割特例の適用を受けられません。 なお、令和5年も別の理由(※)で2割特例の適用を受けられません。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※) 令和5年に2割特例の適用を受けられない理由 「課税事業者選択届出書」の提出により、令和5年10月1日より前から引き続き課税事業者となるため、令和5年は2割特例の適用を受けられません(詳しくは【第26回】もご参照ください)。上図のケースでは令和3年中に課税事業者選択届出書を提出して令和4年から課税事業者選択の適用を受けていますので、令和5年中に課税事業者選択不適用届出書を提出し、令和5年から課税事業者選択届出書の効力を失わせることもできません(28年改正法附則51の2⑤)。 (3) 調整対象固定資産の3年縛りに該当しなければ、本則課税と2割特例の有利選択が可能 免税事業者に係る登録の経過措置(28年改正法附則44④、インボイスQ&A問7)により、令和5年10月1日から課税事業者となった場合に、令和5年11月に営業車を取得しても、令和5年については本則課税と2割特例を比較して有利な方を選択することができます。 そこで、令和5年は本則課税を選択し、令和6年以降は2割特例の適用を受けることも可能です。 (了)
〈徹底分析〉 租税回避事案の最新傾向 【第9回】 「非適格株式移転を利用したM&A手法」 公認会計士 佐藤 信祐 11 非適格株式移転を利用したM&A手法 (1) 平成29年度税制改正 平成29年度税制改正前は、非適格株式交換又は非適格株式移転を行った場合に、株式交換完全子法人又は株式移転完全子法人が保有する資産に対して行われる時価評価課税の対象に営業権(のれん)が含まれると解されており、実務上も、株式交換及び株式移転におけるハードルの1つとして考えられていた。 これに対し、平成29年度税制改正により、時価評価の対象となる資産から帳簿価額が10百万円未満の資産が除外された(法令123の11①四)。その結果、ほとんどの営業権の帳簿価額が0円であることから、実質的に営業権の時価評価課税が不要になった。 しかしながら、単独株式移転における税制適格要件及び非適格株式移転を行った場合における株式移転完全親法人の受入処理については何ら改正が行われていない。そのため、実務上、非適格株式移転を用いたM&Aスキームが検討されることがある。 (2) 株式譲渡が見込まれている単独株式移転に対する税制適格要件の判定 株式移転を行った場合において、税制適格要件を満たすためには、グループ内の適格株式移転又は共同事業を行うための適格株式移転のいずれかに該当する必要がある。そして、単独株式移転を行った場合には、事業関連性要件を判定する相手先が存在しないことから、グループ内の適格株式移転に該当しない限り、非適格株式移転として取り扱われることになる。 単独株式移転を行った場合において、グループ内の適格株式移転に該当するためには、株式移転後に株式移転完全親法人と株式移転完全子法人との間に当該株式移転完全親法人による完全支配関係が継続することが見込まれている必要がある(法令4の3㉒)。すなわち、単独株式移転を行った後に、株式移転完全親法人が株式移転完全子法人株式を譲渡することが見込まれている場合には、非適格株式移転として取り扱われることになる。 【単独株式移転後の株式譲渡】 〈ステップ1:株式移転〉 〈ステップ2:株式譲渡〉 さらに、非適格株式交換又は非適格株式移転に該当する場合であっても、法人税法62条の9第1項では、時価評価課税の対象から「株式交換又は株式移転の直前に当該内国法人と当該株式交換に係る株式交換完全親法人又は当該株式移転に係る他の株式移転完全子法人との間に完全支配関係があった場合における当該株式交換及び株式移転を除く」こととしているが、単独株式移転の場合には、「他の株式移転完全子法人」が存在しないことから、時価評価課税の対象から除外することはできない。 このように、単純に株式を譲渡するのではなく、株式移転を行った後に株式移転完全子法人株式を譲渡する場合には、株式移転完全子法人の資産に対する時価評価課税が課されることになる(※28)。 (※28) このような手法は、実務上、株式移転完全子法人の株主が真実の株主であるかどうかに疑義があることから、株式移転を行うことにより、株式移転完全子法人株式の譲渡人を株式移転完全親法人にする必要がある場合に行われることがある。このような法務上の要請に基づいて行われる場合には、そもそも株式移転完全親法人を存続させる必要がないことから、株式移転完全親法人を清算させることが一般的である。この場合には、株式移転完全親法人の資本金等の額が株式移転完全子法人株式の時価に等しい金額になっていることから(法令8①十一)、株式移転完全親法人を清算してもみなし配当は発生せず、株式譲渡損益のみが生じることになる。すなわち、単純に株式譲渡を行った場合と同様の課税上の効果が生じていることから、税負担が減少していないため、租税回避には該当しないと考えられる。 (3) 非適格株式移転の税務処理 株式移転後に株式移転完全親法人が株式移転完全子法人株式を譲渡する場合には、非適格株式移転として取り扱われるが、平成29年度税制改正により、帳簿価額が10百万円未満の資産が時価評価課税の対象から除外されることになった。 この場合における株式移転完全子法人の株主の処理であるが、株式移転完全親法人株式以外の資産が交付されない場合には、株式譲渡損益の対象から除外されている(法法61の2⑪)。すなわち、単純に株式を譲渡した場合には株式譲渡損益が生じるのに対し、株式移転後に株式移転完全親法人が株式移転完全子法人株式を譲渡する場合には、株式移転完全子法人の株主において株式譲渡損益が生じない。 そして、株式移転完全親法人では、株式移転により株式移転完全子法人株式を取得することから、以下の仕訳を行うことになる。 【株式移転時の株式移転完全親法人の仕訳】 この場合の株式移転完全子法人株式の受入価額は、「その取得の時におけるその有価証券の取得のために通常要する価額」であると規定されている(法令119①二十七)。なお、非適格株式移転に該当する場合であっても、株式移転の直前に株式移転完全子法人と他の株式移転完全子法人との間に完全支配関係があるときは、適格株式移転に該当する場合と同様の処理を行う。すなわち、株主の数が50人未満である場合には、株式移転完全子法人の株主における株式移転完全子法人株式の帳簿価額、株主の数が50人以上である場合には、株式移転完全子法人の簿価純資産価額を基礎に計算することになる(法令119①十)。これに対し、非適格株式移転に該当する単独株式移転を行った場合には、そのような規定が存在しないことから、「その取得の時におけるその有価証券の取得のために通常要する価額」により受入処理を行うことになる。 その後、株式移転完全子法人株式の譲渡を行った場合には、株式移転から株式譲渡までの間に時価が変動しない限り、譲渡価額と帳簿価額が一致していることから、結果として株式譲渡損益が生じない。 このように、株式移転後に株式移転完全親法人が株式移転完全子法人株式を譲渡する場合には、株式移転完全子法人の株主、株式移転完全親法人において課税が生じない一方、株式移転完全子法人の保有する資産に対する時価評価課税が行われることから、一応のバランスの取れた税制になっていたということがいえる。 (4) 非適格株式移転を利用したM&Aスキーム ① 非適格株式移転後の株式譲渡 しかし、平成29年度税制改正により、帳簿価額が10百万円未満の資産が時価評価課税の対象から除外されたことで、そのバランスが崩れたということがいえる。例えば、被買収会社(A社)の株主がX氏のみであり、X氏のA社株式の帳簿価額が10百万円であると仮定する。そして、A社の簿価純資産価額が1,000百万円であり、A社株式の譲渡価額が3,000百万円を予定していたとする。 もし、含み益(2,000百万円)の原因が帳簿価額10百万円以上の土地であったとすれば、非適格株式移転により、株式移転完全子法人において2,000百万円の評価益を計上することになる。そして、前述のように、株式移転完全子法人の株主、株式移転完全親法人において課税は生じない。 これに対し、含み益の原因が営業権であったとすれば、帳簿価額が10百万円未満であることから、非適格株式移転に該当したとしても、結果的に時価評価の対象になる資産は存在しない。このような場合であっても、株式移転完全親法人における株式移転完全子法人株式の受入価額が「その取得の時におけるその有価証券の取得のために通常要する価額」になることから、株式移転完全子法人の株主、株式移転完全親法人において課税は生じない。すなわち、含み益の原因が営業権である場合には、現行法上、株式譲渡益、時価評価益に対する課税を逃れながら株式を譲渡することが可能であるということがいえる。 このような手法に対して、包括的租税回避防止規定(法法132の2、所法157④)が適用されるかどうかが問題となる。そして、そもそも法人税又は所得税の負担が減少しているのは、株式移転完全子法人の株主であることから、当該株式移転完全子法人の株主において株式譲渡益が課されるかどうかについて検討する必要がある。 この点については、株式移転完全子法人の株主からすれば、株式移転完全親法人株式以外の資産の交付を受けていないことから、株式移転完全子法人株式に対して行っていた投資が回収できていないため、株式移転完全親法人株式以外の資産の交付を受けたものとみなして法人税又は所得税を課すべきではないと考えられる。 さらに、現行法上は、制度の簡素化のために、株主が投資家であるという前提で構築されているが(※29)、この考え方は事業分離等に関する会計基準の考え方に近いものであると考えられる。事業分離等に関する会計基準では、被結合企業の株主における取扱いにつき、子会社を被結合企業とした場合、関連会社を被結合企業とした場合、それ以外の会社を被結合企業とした場合に分けて規定されているが、この考え方を参考にしても、株式移転完全子法人の株主において譲渡損益を認識すべきということにはならない。 (※29) 朝長英樹『企業組織再編成に係る税制についての講演録集』32頁(日本租税研究協会、平成13年)。 ただし、株式移転完全子法人から株式移転完全親法人に対して何ら資産及び負債が移転されず、株式移転後に株式移転完全親法人が株式移転完全子法人株式を譲渡しただけということであれば、株式譲渡後の株式移転完全親法人は、株式移転完全子法人株式の譲渡代金だけがある会社ということになることから、株式移転を行わずに株式移転完全子法人となる法人の株式を譲渡し、その譲渡代金を株式移転完全親法人となる法人に再出資したと捉えることができるのかもしれない。 そのように考えた場合には、包括的租税回避防止規定が適用される余地が残ることから、後述するように、現物分配、剰余金の配当又は分割型分割により株式移転完全子法人の資産及び負債を株式移転完全親法人に移転させることで株式譲渡損も認識したほうが、包括的租税回避防止規定の適用可能性が低いと考えられる。 ② 非適格株式移転+現物分配後の株式譲渡 実務上、非適格株式移転を行った後に、株式移転完全子法人から株式移転完全親法人に対して現物分配を行うことが考えられる。現物分配における税制適格要件の判定は、現物分配の直前の完全支配関係しか要求していないことから、現物分配後に株式移転完全子法人株式の譲渡が見込まれていたとしても、適格現物分配に該当する(法法2十二の十五)。そして、株式移転完全子法人株式の時価が3,000百万円であり、適格現物分配により移転する資産の帳簿価額が1百万円である場合には、以下の仕訳が行われる。 【株式移転完全親法人の仕訳】(単位:百万円) (ⅰ) 非適格株式移転 (ⅱ) 適格現物分配(※30) (※30) 株式分配の制度から「その現物分配により当該発行済株式等の移転を受ける者がその現物分配の直前において当該現物分配法人との間に完全支配関係がある者のみである場合における当該現物分配」が除外されているため(法法2十二の十五の二)、株式移転完全子法人の100%子会社株式を対象とする現物分配を行ったとしても、「当該所有株式のうち当該完全子法人の株式に対応する部分の譲渡を行ったもの」とみなして、法人税法61条の2第1項の規定を適用するという同条8項の規定は適用されない。 上記の事案において、適格現物分配の対象となった資産の時価が300百万円であると仮定する。この場合には、株式移転完全子法人株式の時価が2,700百万円に減額されることから、株式移転完全子法人株式を2,700百万円で譲渡することになるため、株式移転完全親法人において300百万円の譲渡損が生じる。これに対し、適格現物分配により生じた1百万円の受取配当金については、法人税法62条の5第4項において、益金の額に算入されないこととされている。そのため、株式譲渡損と受取配当金の両建てにより、株式移転完全親法人において、多額の損金を生じさせることができる。 なお、株式移転完全子法人の株主が株式移転完全親法人の発行済株式又は出資の総数又は総額の100分の50を超える数又は金額の株式又は出資を取得したことにより、欠損等法人の規制(法法57の2、60の3)についても検討が必要になる(法令113の3⑤参照)。この点については、株式移転完全親法人が新設法人であることから、特定支配事業年度前の繰越欠損金が存在せず、かつ、特定支配事業年度開始の日(=設立の日)において、株式移転完全子法人株式のみを保有していることが一般的である。そして、適格現物分配前の株式移転完全子法人株式の時価と帳簿価額が一致しており、評価損資産に該当しないことから、欠損等法人の規制が適用される事案は稀であると思われる。 ③ 非適格株式移転+金銭配当後の株式譲渡 このような手法は、金銭配当(※31)を行う場合であっても同様の効果が期待できる。すなわち、受取配当等の益金不算入(法法23)の適用については、株式移転前に株式移転完全子法人とその株主との間に当該株主による完全支配関係がある場合において、計算期間の中途において株式移転を行ったときは、当該計算期間の初日から株式移転の日まで継続して当該完全支配関係があり、かつ、同日から当該計算期間の末日まで継続して、株主、株式移転完全親法人及び株式移転完全子法人との間に当該株主による完全支配関係が継続すれば、完全子法人株式等として受取配当等の益金不算入の対象にすることが認められている(法令22の2①括弧書)。ただし、それ以外の場合には、完全子法人株式等及び関連法人株式等の特例が認められていないことから、株式移転後にすぐに金銭配当を行った場合には、その他の株式等として益金不算入の対象にならない金額が生じる点に留意が必要である。 (※31) 現金を交付する剰余金の配当のことをいう。なお、ここでは、短期所有株式等(法法23②)に該当しないことを前提にしている。 【特定関係子法人の特例】 しかしながら、令和2年度税制改正により、特定関係子法人から受ける配当等の額が株式又は出資の帳簿価額の100分の10に相当する金額を超える場合には、その対象配当金額のうち益金不算入相当額につき、その株式又は出資の帳簿価額から引き下げることになった(法令119の3⑩~⑯)。その結果、適格現物分配の益金不算入(法法62の5④)又は受取配当等の益金不算入(法法23①)が適用できたとしても、株式譲渡益が引き上げられることから、株式を譲渡する前に現物分配又は金銭配当を行う場合には、この規制が適用されるかどうかについて検討する必要がある。 なお、特定支配関係発生日から10年を経過した場合又は特定支配関係発生日以後の利益剰余金の額から支払われたものと認められる場合には、この制度の対象から除外することができるが、上記のストラクチャーでは、株式移転の日に特定支配関係発生日が生じており、かつ、利益剰余金のほとんどが特定支配関係発生日前に生じたものであるという問題がある。 ただし、特定関係子法人(株式移転完全子法人)の設立の日から特定支配関係発生日までの期間を通じて、その発行済株式又は出資の総数又は総額の100分の90以上に相当する数又は金額の株式又は出資を内国普通法人若しくは協同組合等又は居住者が有している場合には、この制度の対象から除外されている。これに対し、設立の日から特定支配関係発生日までの間に、一瞬でも上記の関係が崩れてしまうと、上記の制度が適用されてしまい、株式又は出資の帳簿価額を引き下げる必要が生じる。そのため、このような場合には、後述する分割型分割による手法を選択せざるを得ないと思われる。 ④ 非適格株式移転+分割型分割後の株式譲渡 さらに、非適格株式移転を行った後に、株式移転完全子法人を分割法人とし、株式移転完全親法人を分割承継法人とする吸収分割を行う場合が考えられる。一般的に、分割承継法人(株式移転完全親法人)が分割法人(株式移転完全子法人)の発行済株式の全部を保有している場合には、対価を交付したとしても、対価を交付しなかったとしても、分割後の資本関係が変わらないことから、何ら対価を交付しない無対価分割を行うことが多いと思われる。法人税法上、このような無対価分割は、分割型分割として取り扱われることとされている(法法2十二の九ロ)。そして、平成29年度税制改正により、分割前に分割承継法人が分割法人の発行済株式の全部を保有している場合には、支配関係継続要件が要求されないことになった(法令4の3⑥一イ)。そのため、このような無対価分割は、適格分割型分割として取り扱われることになる。 【無対価分割後における分割法人株式の譲渡】 このような無対価分割を行った場合には、現物分配や金銭配当と異なり、以下のように、分割承継法人が保有する分割法人株式の帳簿価額が変動することになる(法令119の3⑪、119の4①)。なお、条文上は、より細かい規定がなされているが、単純化のため、必要最小限の内容に留めている。 【分割法人株式の帳簿価額から控除すべき金額】 上記の分割移転割合は、時価総額を基礎として行うのではなく、簿価純資産価額を基礎に行うことから、分割型分割を行った後に株式譲渡を行う場合には、株式譲渡益が生じる場合も考えられるし、株式譲渡損が生じる場合も考えられる。 ⑤ 包括的租税回避防止規定の検討 前述のように、②から④のスキームにおいても、包括的租税回避防止規定の検討が必要になる。①と異なるのは、株式移転完全親法人において、多額の株式譲渡損が生じる可能性があるという点である。 この点については、株式移転完全親法人からすれば、時価で取得したものを時価で譲渡したに過ぎないことから、租税回避とすべきではない。さらに、株式移転完全子法人の株主における株式移転完全子法人株式の帳簿価額が10百万円であり、時価が3,000百万円であり、300百万円の時価に相当する資産の現物分配を行った場合には、(イ)株式移転完全子法人の株主(株式移転後は、株式移転完全親法人の株主)では、株式移転完全親法人の資本金等の額が3,000百万円になっていることから、将来における株式移転完全子法人の清算により2,990百万円の株式譲渡益が発生し、(ロ)株式移転完全親法人では300百万円の譲渡損が発生し、(ハ)買収会社における株式移転完全子法人株式の帳簿価額は2,700百万円になっている。さらに、買収会社において、2,690百万円の配当等の額を受け取ってから、株式移転完全子法人株式を転売した場合には、2,690百万円の株式譲渡損が発生することになる。すなわち、上記(イ)(ロ)(ハ)を合計すると、株式譲渡損益の合計は0百万円(=2,990百万円-300百万円-2,690百万円)となる。 その結果、【第7回】で取り上げた特定関係子法人に係る税制改正の解説において、「配当法人、旧株主及び現株主のすべてが内国法人等である場合に、旧株主における譲渡益課税を現株主における譲渡損失と相殺することにより我が国における法人段階の重複課税を排除するために、現株主における譲渡損失の計上を認めるという現行の取扱いには、一定の合理性があるものと考えられます。」(※32)としていることから、将来において、株式移転完全子法人の株主で株式譲渡益が生じるのであれば、株式移転完全親法人において株式譲渡損が生じたとしても、一定の合理性があるということになる。 (※32) 瀧村晴人ほか「国際課税関係の改正」『令和2年度税制改正の解説』482頁(令和2年)。 そのため、現行法上、株式移転後に現物分配、剰余金の配当又は分割型分割により株式譲渡損を創出させた場合であっても、包括的租税回避防止規定を適用すべきではないため、立法上の解決が望まれる論点であるといえる。 (5) 非適格株式移転後のグループ内の株式譲渡 前述のように、単独株式移転を行った場合において、グループ内の適格株式移転に該当するためには、株式移転後に株式移転完全親法人と株式移転完全子法人との間に当該株式移転完全親法人による完全支配関係が継続することが見込まれている必要がある(法令4の3㉒)。ここで留意が必要なのは、同一の者による完全支配関係は認められておらず、株式移転完全親法人による完全支配関係の継続のみが認められているという点である。 すなわち、単独株式移転を行った後に、株式移転完全親法人が株式移転完全子法人株式をオーナーの息子に譲渡する場合やグループ会社に譲渡する場合であっても、非適格株式移転として取り扱われることになる。 さらに、前述のように、株式移転を行った後に、適格現物分配、剰余金の配当又は分割型分割を行うことにより、株式移転完全親法人において株式譲渡損を認識することができる。このような事案は、事業承継において一部の事業を生前贈与する必要がある場合に生じることが多い。 このような手法については、前述のように、制度趣旨に反するとまではいい難いことから、包括的租税回避防止規定を適用すべきではないと考えられる。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第54回】 「従業員持株会の解散」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 梶本 岳 相談内容 私はS社の総務部長Eです。当社には、20年程前に設立した従業員持株会があり、S社株式の40%を保有しています。 10年程前になりますが、業績不振で何年間も配当ができない年が続いたため、A社長の意向で、すべての従業員に従業員持株会からの退会を促し、S社から従業員持株会に仮払金を提供する形で退会精算(出資金の払戻し)を行っています。 従業員持株会はA社長の相続対策に必要との理由から解散せず、私と経理部長Fの2名が組合員として籍を残してS社株式を保有し続けています。私たちも出資金の大部分について払戻しを受けており、ほぼ名義貸しのような状態ではありますが、法律上はS社株式と多額の借入金を共有している状態になっているそうです。 現在、S社の業績は堅調で配当財源に困ることはありません。したがって、改めて従業員に出資してもらうことが現実的な解決策ではないかと考えています。ただし、一度は従業員に退会を促した手前、A社長は従業員に出資を要請することに難色を示しており、他に良い方法があれば従業員持株会を解散してしまいたい意向です。 A社長の相続対策に影響がないようにS社の仮払金を解消したうえで、従業員持株会を解散する良い方法はないでしょうか。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 従業員持株会が破綻した場合に生じる問題 非上場会社の従業員持株会は、退会希望者の保有株式を株式市場で処分して払い戻すことができないため、他の従業員から払い込まれる出資金を退会者の精算金に充当する必要があります。したがって、配当ができない等の理由で従業員の退会が相次いでしまうと、次なる引き受け手を探すことが難しくなり、S社のように発行会社が従業員持株会に対して資金を仮払いして退会精算金に充てることになってしまいます。 一時的な仮払金であれば問題ありませんが、長期にわたってこのような状態が続いてしまうと、株主総会の決議を経ずに自己株式を取得(違法取得)した状態であると見られてしまう可能性が生じます。会社法上問題があることはもちろん、税務上も名義株式と同様に従業員持株会が株主として存在を否定されたり、S社の発行済株式総数に疑義が生じたりするなど、S社株式の相続税評価額に大きな影響を及ぼす可能性も否定できません。 したがって、従業員持株会の中で従業員の出資に紐づかない、宙に浮いてしまった株式(以下「浮遊株」といいます)がある場合には、早期に解消する方法を検討すべきでしょう。 [2] 従業員持株会の解散 従業員持株会は、民法第667条(組合契約)に基づき設立されることが一般的です。民法上の組合である従業員持株会を解散させるには、従業員持株会の会員規約で定めた解散事由が生じるか、組合員全員の同意が必要となります(民法682)。S社の場合、現時点の組合員はEとFだけですので、総会を開催して2人が同意すれば従業員持株会を解散させることが可能です。 〈組合の解散事由(民法682)〉 ただし、従業員持株会を解散・清算する場合には、組合の残余財産を各組合員の出資の価額に応じて分割することとされていますので、現況のまま従業員持株会を解散・清算した場合には、S社株式だけでなくS社に対する債務もEとFに分配しなければなりません(民法688③)。 したがって、従業員持株会を解散・清算する前にS社株式を売却するなど、S社に対する債務を弁済する目途をつけておくことが必要となります。 [3] 解散を前提とした浮遊株の解消 従業員持株会が保有する浮遊株を解消する方法として、次のような対策が考えられます。 (1) 他の安定株主への譲渡 S社のように従業員に再び出資を要請することが現実的でない場合は、従業員持株会が保有する浮遊株を他の安定株主に譲渡することを検討すべきでしょう。 従業員持株会はS社に対する債務が弁済できれば十分であるため、組合員に譲渡益(譲渡所得)が生じるような高値で売却する必要はありません。A社長の相続対策やS社の資本政策を最優先に、従業員持株会に代わる安定株主として次のような条件を満たせる株主を検討するとよいでしょう。 〈安定株主に求められる条件〉 これらの条件を満たせる安定株主の候補として、①非同族役員による役員持株会、②取引先企業、③金融機関、④中小企業投資育成などが考えられますが、大企業や金融機関を中心に政策保有株式を見直す動きが広まっており、安定株主として資本参加を要請することも容易ではありません。 S社の場合は、株主総会の特別決議において拒否権を有する40%もの株式ですので、複数の安定株主を組み合わせて譲渡先を選定するなどの検討が必要でしょう。 (2) 自己株式 従業員持株会の浮遊株を引き受けてもらえる相手が見つからない場合は、S社が自己株式として取得する方法も考えられます。 他の安定株主に譲渡する場合と同様に、従業員持株会はS社に対する債務が弁済できれば十分であるため、発行会社は配当還元価額などの低廉な価額で取得することが可能ですが、自己株式を低廉取得した場合に生じる課税関係に留意が必要です。 〈自己株式を低廉取得した場合の課税関係〉 (※1) 売主が同族株主以外の株主である場合の時価は「配当還元価額」となります。 (※2) 発行会社には受贈益課税がなされないという考え方が主流ですが、国税当局から公式な見解は示されていないため留意が必要です。 S社の場合、A社長に対してみなし贈与課税が行われるだけでなく、A社長から親族内の後継者(子など)にS社株式を相続・贈与する際の税負担も増加することになりますので、低廉な価額での自己株式は適切な選択肢ではないといえるでしょう。 [4] 結論 従業員持株会が株式を保有している体裁をとっているものの、従業員が誰も出資していない場合や、発行会社の仮払金を原資に株式を取得・保有しているような場合には、会社法上の問題があるだけでなく、名義株式と同様に従業員持株会の株主としての存在が否定されたり、自己株式の取得(違法取得)が行われたものとみなされて、相続税評価額に大きな影響が生じたりする可能性も否定できません。 したがって、従業員持株会の中に浮遊株が生じてしまった場合には、次なる引受先を探すなど、早期に浮遊株を解消する方法を検討すべきです。 発行会社が安定配当を行うことができれば、従業員持株会を再建することも不可能ではありませんし、非同族の役員持株会や中小企業投資育成など、他の安定株主対策を導入することで、A社長の相続対策(株数減少対策)やS社の資本政策も方針を変更することなく継続することができるでしょう。 発行会社が仮払金や貸付金などの債権を有しているからと安易に自己株式としたり、株式と債務を相殺したりした場合には、思わぬ課税関係が生じることもあるため、浮遊株の整理にあたっては慎重な検討が必要でしょう。 具体的な対策については、税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第19回】 「NFTに関する税務上の取扱いに係るFAQ詳解⑩」 東洋大学法学部准教授 泉 絢也 問12 NFT取引に係る消費税の取扱い②(デジタルアートに係るNFTの転売者) マーケットプレイスを通じてデジタルアートの制作者からデジタルアート(著作物)が紐付けられたNFTを購入した個人が、その後、そのマーケットプレイスを通じてそのNFTを他者に有償で譲渡するケース(二次流通)である。 【内外判定のルール】 問11で述べたとおり、事業者は、国内において行った課税資産の譲渡等で一定のものなどについて、消費税を納める義務があり、資産の譲渡等が国内において行われたかどうかという内外判定を行う必要がある。その判定は、次の場合の区分に応じて、それぞれに定める場所が国内にあるかどうかにより行う。 【本事例の場合】 FAQの解説は、次のとおり説明している。 解説は、本事例のNFTを他社に譲渡する取引について、「利用の許諾に係る権利(利用権)を他者に譲渡するもの」と理解した上で、「当該利用権の譲渡が行われる時における資産の所在場所が明らかでないことから、本取引が国内において行われたものかどうかの判定(内外判定)は、譲渡を行う者の当該譲渡に係る事務所等の所在地が国内かどうかにより行うこととなります(消法4③一かっこ書、消令6①十)」としている。 そして、「本取引が、国内において(譲渡に係る事務所等が国内に所在する事業者が)、事業として対価を得て行うものであれば、当該事業者に消費税が課される」と結論付けている。 内外判定との関係では、FAQは、本事例のような「利用の許諾に係る権利(利用権)を他者に譲渡する」ことは、上記「資産の譲渡又は貸付けの場合」の内外判定に係る「著作権(出版権及び著作隣接権その他これに準ずる権利を含む。)」(消令6①七)の譲渡に含まれると解していないことを暗に示している。 FAQの解説では、次の点も明らかにしている。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第87回】 「財産分与と譲渡所得課税事件」 ~最判昭和50年5月27日(民集29巻5号641頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
〔まとめて確認〕 会計情報の月次速報解説 【2023年5月】 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2023年5月1日から5月31日までに公開した速報解説のポイントについて、改めて紹介する。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。 Ⅱ 新会計基準関係 企業会計基準委員会から、次のものが公表されている(②については、日本公認会計士協会、日本税理士会連合会、日本商工会議所とともに公表)。 ① 企業会計基準公開草案第73号「リースに関する会計基準(案)」等(公開草案)(内容:借手のすべてのリースについて資産及び負債を計上するリースに関する会計基準を開発する。意見募集期間は2023年8月4日まで) ② 改正「中小企業の会計に関する指針」(内容:収益の計上基準の注記に関する改正) ③ 実務対応報告公開草案第66号「資金決済法における特定の電子決済手段の会計処理及び開示に関する当面の取扱い(案)」等(公開草案)(内容:改正資金決済法上の電子決済手段の発行及び保有等に係る会計上の取扱いを示すもの。意見募集期間は2023年8月4日まで) また、国際会計基準審議会(IASB)によるIAS第12号「法人所得税」の修正が公表されている。これは、国際的な税制改革から生じる繰延税金の会計処理からの一時的な救済措置を企業に与えるものである。 Ⅲ 監査役等の監査関係 監査役等の実施する監査などに関連して、次のものが公表されている。 〇 監査役監査実施要領の改定について(内容:会社法の改正及び改正会社法に係る法務省令の改正及びコーポレートガバナンス・コードの改訂などを反映したもの) (了)
ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第39回】 「セクハラ訴訟における被告の防衛のポイント」 弁護士 柳田 忍 【Question】 当社の社員A(女性)が、上司B(男性)からセクハラを受けたと主張し、当社に対して損害賠償請求訴訟を提起しました。現在、裁判の準備をしているところですが、セクハラ訴訟における被告の防衛のポイントを教えていただけますでしょうか。 【Answer】 客観的な証拠に裏付けられた説得力のある「ストーリー」を示すことができるかどうかがポイントになります。例えば、「加害者の性的言動について被害者の合意があった」、「加害者の性的言動を受け入れることについて被害者にもメリットがあった」等のストーリーを示すことが考えられます。 ● ● ● 解 説 ● ● ● 1 裁判における「ストーリー」の重要性 セクハラの被害者(とされる者)から会社(雇用主)に対する損害賠償請求は不法行為(民法709条、715条)に基づく場合と債務不履行責任(民法415条)に基づく場合とが考えられるが、いずれにしろ加害者(とされる者)のセクハラ行為が認められるか否かが会社の責任の成否のポイントになる。 セクハラ訴訟において、加害者は、そもそもセクハラ行為を行っていない、といった反論の他、(被害者が主張する加害者の性的言動があったとしても)被害者は加害者の性的言動に合意していた、といった反論を行うことが多い。これらの事実の有無にかかる判断については、被害者と加害者の関係や両者の心情等が深く関わってくるが、裁判という物理的・時間的制約のある場において、被害者と加害者の関係やそれぞれの心情等について、裁判官に十分に理解してもらうことはなかなかに困難なことである。よって、裁判官に「真実」を理解してもらうには、主張立証上の工夫が必要になる。 ハラスメント事案においては、事実認定を行うに十分な客観的な証拠がなく、被害者・加害者それぞれの供述に基づいて事実認定を行わなければならないことが多い。その際、裁判官は、供述の内容が自然で合理的か、供述が不合理に変遷せず一貫しているか、供述が客観的証拠と一致しているかなどの観点から、被害者の供述と加害者の供述のどちらが信用できるかを判断し、事実認定を行う。その際、ある事情が供述の信用性を肯定する事情・否定する事情のどちらに位置づけられるかは、以下のとおり、「ストーリー」を示すことができるか否かによるところが大きいと思われる。 2 セクハラ事案の事実認定のポイントとなる要素 上記のとおり、セクハラ事案においては、そもそも問題とされている性的な言動の存否や、(かかる性的な言動の存在を前提としたうえで)被害者の合意の有無が争点になることが多いが、例えば以下の事実は、被害者の供述の信用性を否定する方向に働き、もって性的言動の存在を否定したり、合意の存在を肯定したりする要素となり得る。 しかし、他方で、これらは以下のとおり、被害者の供述の信用性を肯定する方向にも働き得るものであって、確実に決め手になるとは言い難い。 (※1) バドミントン協会の役員Yによるバドミントン部の女性選手Xに対する強姦等の事実の有無が争われた事案(熊本地判平成9年6月25日・判時1638号135頁)において、YはXの合意の存在を主張したが、裁判所は、概要以下のとおり判示してXの合意の存在を否定し、Yによる強姦等の事実を認めた。 (※2) 男性上司Yが女性部下Xと数回にわたり性的交渉をもったこと等がセクハラに該当するか否かが争われた事案(東京地判平成24年6月13日・労経速2153号3頁)において、裁判所は、部下Xは、職を失うことを危惧して上司Yとの性交に応じたに過ぎないなどと述べて、XのY等に対する損害賠償請求を認めた。 なお、上記②の事実については、被害者の供述の信用性を肯定する理由はなさそうにも思われるが、筆者は、裁判官が、被害者が多数の親しくもない第三者にセクハラ被害を打ち明けたのは、被害者が混乱状態にあったためであり、不自然ではない、と述べたケースを知っている。このような理由で被害者の供述の信用性が認められるのであれば、いかなる事実も被害者の供述の信用性を肯定する事実として位置づけられてしまうのではないかとも思われるが、それだけに、やはり「ストーリー」を提示できるかどうかは防衛のうえで重要なポイントになると言えるであろう。 3 「ストーリー」提示のコツ では、説得力のある「ストーリー」はどのように示せばよいか。 まずは、客観的証拠に裏付けられた事実に即したストーリーである必要がある。客観的証拠に沿わない主張をいくら展開しても裁判官を納得させることは難しいし、事実に即した主張を行うべきことは当然のことである。 次に、仮にセクハラの事実がない、または、被害者の合意があったという場合は、被害者が虚偽の事実を述べているということになるが、なぜ被害者が虚偽の事実を主張して裁判まで起こしたのか、その理由を説得的に述べる必要がある。 「ストーリー」の内容としては、被害者の同意があったというものの他、加害者と性的関係を持つことについて被害者にメリットがあった、というストーリーを示すことが有効なこともあるので(※3)、場合によってはそのような事情がないかどうか、確認してみるのもよいであろう。 (※3) S工業事件(東京地判平成22年2月16日・労判1007号54頁)は、上司Yの従業員Xに対する言動を「外形的にはセクシャルハラスメントに当たるということもできる」としつつ、XがYから経済的援助を引き出すためにYと定期的に食事等をするという状態を自発的に解消しようとしなかったことに照らすと、不法行為は成立しないとして、XからY等に対する損害賠償請求を認めなかった。 (了)
《速報解説》 インボイス制度開始を踏まえ、 各個別通達を消基通に統合等する改正案がパブコメに付される ~軽減・インボイス通達等を取り込み、Q&AやR5改正に係る所要の改正も~ Profession Journal編集部 国税庁は令和5年6月1日付で「消費税法基本通達の制定について」(法令解釈通達)の一部改正(案)を示し、本改正案に対する意見募集を行っている。 本改正案は、令和5年10月1日のインボイス制度の開始を踏まえ、制度開始前から制定し法令解釈を示している軽減税率制度やインボイス制度、総額表示に係る個別通達を廃止した上で、その内容を消費税法基本通達に統合等するものである。 なお、意見募集期間は6月30日までとしている。 1 改正案の概要 (1) 統合する個別通達 次の個別通達を消費税法基本通達に統合することとしている。具体的には、各個別通達を消費税法基本通達の該当する箇所に挿入するとともに、一部表現の適正化等を行っている。 (2) 既存の取扱いに係る整備 これまで国税庁は、事業者のインボイス制度対応に資するよう、「消費税の仕入税額控除制度における適格請求書等保存方式に関するQ&A」(以下「インボイスQ&A」という)を国税庁ホームページに掲載し、随時、事例の追加・掲載内容の改訂をしてきたところ、今回の統合に合わせ、インボイスQ&Aで示していた内容を踏まえて、消費税法基本通達の改正を行っている。なお、従前のインボイスQ&Aの内容と異なるものではないとしている。 主な改正内容は次のとおりである。 (3) その他消費税法基本通達の整備 上記(1)及び(2)のほか、インボイス制度を踏まえて一部の通達を改正している。また、次のとおり令和5年度税制改正に関する取扱いの明確化等に係る所要の改正を行っている。 2 適用時期 改正後の消費税法基本通達の取扱いは、令和5年10月1日から適用となる。 なお、同日前においては、引き続き、改正前の消費税法基本通達及び同日をもって廃止する各個別通達の取扱いを適用する。 (了) ↓お勧め連載記事↓