《顧問先にも教えたくなる!》 資産づくりの基礎知識 【第16回】 「注目される“ファイナンシャルウェルビーイング”」 株式会社アセット・アドバンテージ 代表取締役 一般社団法人公的保険アドバイザー協会 理事 日本FP協会認定ファイナンシャルプランナー(CFP®) 山中 伸枝 〇ウェルビーイングとは 最近、「ウェルビーイング」という言葉を耳にすることが増えてきたという方もいらっしゃるのではないでしょうか。筆者も、つい先日大手新聞社主催のイベントで、ウェルビーイングをテーマにしたトークショーに出演してきました。 「Well-being」とは、「well(良い)」と「being(状態)」という2つの言葉から成り立っています。WHO(世界保健機関)では、「個人や社会の良い状態。健康と同じように日常生活の一要素であり、社会的、経済的、環境的な状況によって決定される」と紹介しています。 〇SDGsからSWGsへ 「良い状態」とは、なかなか抽象的で掴みにくい概念ではありますが、ウェルビーイングはSDGsの次の目標として世界が目指す姿とされています。 というのも、SDGsの「誰1人取り残さない社会のための17の目標」の期限は2030年までとなっているため、その次は「SWGs(Sustainable Well-being Goals)」(みんなで持続可能なウェルビーイングの状態を目指すこと)を新たな国際的な目標にしようと、現在様々な国際機関などで提唱されているのです。 かつて、人々の幸せは経済の豊かさであると考えられ、もっぱらGNP(国民総生産)などという経済の大きさを測る指標で幸せも測ろうとしていました。しかし、モノやサービスがどれだけ充実し、経済が発展しても、心の豊かさ、充足感がないと人は幸せではないのだという価値観が世界で広がり、今「ウェルビーイング」が注目されていると言われています。 〇ウェルビーイングの5つの領域 アメリカの調査会社であるギャラップ社では、以下の5つの領域でウェルビーイングを計測しています。これは、国連の「世界幸福度報告」に活用されているものです。 いかがでしょうか。もちろん同時に様々な研究も行われており、上記だけがウェルビーイングを計測する指標ではないものの、心の豊かさに必要な要素としての重要性を表す項目としてはうなずけるのではないでしょうか。 〇ウェルビーイングと企業の取組み 実は、このウェルビーイングへの取組みは、企業でも徐々に広がりを見せています。その動きの1つが冒頭で言及したイベントであり、その趣旨は「企業の健全経営に向けて、従業員の資産形成に向き合うことが重要である」というものでした。イベントのライブ映像は、多くの経営者が視聴したとされています。 イベントで具体的に取り上げられたのは、前述の5つの項目のうち、⑤のファイナンシャルウェルビーイングについてです。昨今、多くの企業が採用・定着に悩んでいると言われています。今春は、賃上げニュースが多数飛び込んできましたが、それができるのも実は一握りの企業で、すべての企業が賃上げを実現できたわけではありません。また、退職金の準備も、企業規模に比例するように、中小企業では手つかずというところも多いです。 一方、従業員側からすると、止まらないインフレに将来への不安が増し、少しでも給与面で待遇の良い企業に転職したい、少しでも多く将来に向けた貯蓄ができる企業に勤めたい、といったニーズが高まっていると言われています。 採用・定着のための具体的な取組みについては、次回でご紹介したいと思いますが、みなさんにはぜひ、企業が従業員の資産形成を積極的に応援することで、従業員のエンゲージメントが高まるという認識が広がっているということをお伝えできればと思います。 特に、経済成長の時代を知らない若手社員は、将来を悲観しすぐに転職をする傾向があるとも言われています。この機会に、企業としてのウェルビーイングへの取組みを考えてみてはいかがでしょうか。 (了)
《速報解説》 各省庁の令和7年度税制改正要望は既存制度の延長・拡充が中心 ~生命保険料控除は前年度与党大綱通りの拡充を共同要望~ Profession Journal編集部 8月末から9月頭にかけて各府省庁から令和7年度税制改正要望が公表された。 令和6年度税制改正における戦略分野国内生産促進税制やイノベーションボックス税制など、ここ数年は経済産業省からの要望を中心に新たな税制の創設も見られたが、令和7年度税制改正要望は例年に比べ新税制創設の要望は少なく、中小企業経営強化税制や中小企業投資促進税制、中小企業者等の法人税率の特例といった既存制度の延長・拡充の要望が中心となっている。 以下では、令和7年度税制改正要望の一部を紹介する。 〇100億企業創出に向けた設備投資減税等の拡充・延長 まず、経済産業省は中小企業の成長を後押しし、中堅企業への成長ポテンシャルが高い売上高が100億円を超える中小企業(100億企業)の創出を推進するため、中小企業等経営強化法の認定を受けた計画に基づく設備投資につき即時償却等の適用を認める措置である中小企業経営強化税制の適用期限の2年延長(令和8年度末まで)及び上乗せ措置の創設を要望しているほか、地域未来投資促進税制の適用期限の2年延長(令和8年度末まで)及び拡充措置として、地方公共団体が戦略的に重点支援を行う産業分野を「重点促進分野(仮称)」とし、同分野における設備投資への優遇措置の創設を要望として挙げている。 また、令和6年度税制改正で特例承継計画の提出期限が延長(令和8年3月末まで)された法人版・個人版事業承継税制については、役員就任要件等の見直し及び円滑な事業承継のための必要な措置の検討を求めている。 加えて、中小企業投資促進税制、中小企業者等の法人税率の特例、中小企業防災・減災投資促進税制については、それぞれ適用期限の2年延長(令和8年度末まで)を要望するとともに、9月13日にASBJから公表された「リースに関する会計基準」等の改正に対応する企業の負担を抑えるための所要の措置を求めている。 〇令和6年度与党大綱記載の生命保険料控除の拡充 次に金融庁からの要望として、生命保険料控除制度の拡充が掲げられている。これは、令和6年度税制改正の与党大綱において「子育て世帯に対する生命保険料控除の拡充」として示された下記の内容を改めて求めるもの。 そのほか、自由民主党総裁選でも争点となっている金融所得課税の一体化やこども家庭庁と共同で結婚・子育て資金一括贈与に係る贈与税の非課税措置の拡充及び2年延長(令和9年度末まで)等も要望している。 〇企業版ふるさと納税の延長 また内閣府は、地方創生応援税制(企業版ふるさと納税)について、現行の税の軽減効果(寄附額の最大約9割)を維持したうえで、税額控除の特例措置の適用期限を5年延長(令和11年度まで)することを求めているほか、令和8年4月施行予定の公益信託制度について、譲渡所得非課税の「承認特例」の対象として追加すること等の所要の整備を行うことを要望している。 〇住宅ローン控除の拡充・区分所有法改正に伴う税制上の措置 国土交通省からの要望として、住宅ローン減税等に係る所要の措置が挙げられており、これは令和6年度税制改正の与党大綱で示され、令和6年度税制改正において令和6年限りの措置として先行的に対応していた「子育て世帯等に対する住宅ローン控除の拡充」及び「子育て世帯等に対する住宅リフォーム税制の拡充」を、令和7年度税制改正においても同様の措置を行う方向で検討することを要望するもの。 また、改正が見込まれる区分所有法において区分所有関係の解消・再生のための新たな仕組みが創設されることを見据え、マンション建替円滑化法において、これら新たな仕組みに対応した事業手続(組合設立等)の創設が検討されていること等を背景に、事業の施行者(組合)に係る税制上の特例措置を創設・拡充することを要望している。 そのほか、令和6年度税制改正において外国人旅行者向け免税制度について、不正利用の実態を踏まえて抜本的に見直す方針となったことを背景に、空港等での混雑防止の確保を前提として、外国人旅行者の利便性向上や免税店の事務負担軽減を通じた訪日外国人旅行消費額の拡大に向け、下記の3点を要望している(観光庁との共同要望)。 (了)
《速報解説》 証券取引等監視委員会から令和5事務年度の開示検査事例集が公表される ~大量保有報告制度違反や特定関与行為に対して勧告を行った初の事案を掲載~ 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 証券取引等監視委員会(以下「監視委」と略称する)事務局は、去る9月11日、「開示検査事例集(令和5事務年度)」(以下「事例集」と略称する)を公表した。 令和5事務年度版の「開示検査事例集」では、新たに、令和5年7月から本年6月までの間に開示検査を終了し、開示規制違反について課徴金納付命令勧告を行った9事例(1つの事例で2社と1個人に勧告が発出されているので、勧告の件数としては11)のうち、7事例について概要が紹介されている。令和4事務年度から始まった、課徴金納付命令勧告を受けた上場会社の実名公表は継続されているが、過去の検査事例(事例8から事例49)については、これまでどおり、課徴金納付命令勧告を受けた上場会社の実名の表記はない。 なお、令和5事務年度事例集で便利になった点としては、目次をクリックすると該当ページに遷移できる機能が追加されており、関心のある事例やコラムなどが読みやすくなっている。 本稿では、公表された事例集のうち、最近の開示検査の動向を知るうえで参考になると思われる、ⅠからⅢまでを中心にその内容をご紹介したい。なお、「Ⅱ 開示検査の実績とその内容」については、昨年までのタイトルから「最近の」という言葉がなくなり、内容がこれまでより大幅に拡充されている。たとえば、令和5事務年度の特徴と過去5年度分の特徴が比較して分析されており、また、イメージ図やグラフなども挿入され、分かりやすさを追求した記述となっていると評価できる。 Ⅰ 最近の開示検査の取組みについて 事例集「Ⅰ 最近の開示検査の取組み」の冒頭に掲げられた文章は、平成30年9月公表の事例集から昨年公表の事例集まで同じ文章となっていたが、今年、修正されている。 参考として、令和4事務年度事例集までの表現は次のとおりである。 監視委は、最近の開示規制違反の態様が多様化していることを強調しているようである。そのうえで、監視委の取組みついて、以下の3項目を挙げている(赤字記載部分は、昨年から表現が改められた箇所を意味している)。 (※) 昨年までは「情報力の強化」と説明されていた。 Ⅱ 最近の開示検査の実績とその内容 令和5事務年度(令和5年7月~令和6年6月)に、監視委が行った開示検査は21件で、前年実績(18件)を上回っている。そのうち、検査が終了した10事案(前事務年度実績は9事案)のうち、9事案(勧告件数は11件)につき課徴金納付命令勧告を行っている。 監視委は、令和5事務年度の特徴的な勧告事案として、次の4事例を挙げている。 監視委は、事例1における大量保有報告制度違反について、「共同保有関係にあった者を含む複数の者に対し、課徴金納付命令勧告を行った初めての事案」であると説明し、さらに、事例2についても、「特定関与行為を課徴金納付命令勧告の対象とした初めての事案」としている。 監視委は、令和5事務年度に課徴金納付命令勧告を行った事案において認められた、開示規制違反に至った背景・原因について、次のように列挙している。 Ⅲ 最新の課徴金納付命令勧告事例 事例集に記載された「令和5事務年度における課徴金勧告事案の一覧」(事例集13頁)9件については、下表のとおりである。なお、上述したとおり、9事例のうち、「Ⅲ 最新の課徴金納付命令勧告事例」で紹介されているのは7事例であり、株式会社EduLab及びTHE WHY HOW DO COMPANY株式会社の事例については記載がなく、また記載がない理由についても言及されていない。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2024年9月12日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.585を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第135回】 「消費税の性質論(その3)」 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 4 検討(承前) (4) 小括 すなわち、消費税は転嫁が予定されている租税であるということ、そのことと、実際に転嫁がなされるかどうかという点は別問題であることが判然とした。本件判決はその点を指摘したものと位置付けることができよう。 他方で、転嫁が予定されていることの根拠を探ってきたが、それが示されているのはあくまでも税制改革法であり、消費税転嫁対策特別措置法であった。別言すれば、消費税法そのものに転嫁が規定されているわけではないということも可能であろう。 このように考えると、いま、「消費税」の性質論を論じているのか、あるいは「消費税法」の性質論を論じているのかという点には注意をして論を進める必要がありそうである。また、あくまでも性質論は性質を論じるにとどまるのであって、消費税あるいは消費税法の性質論が直截、事実上の法的論点を明快に解決するものではないという見方も可能であるように思われる。 (5) 類似事例 ここで、消費税法の仕入税額控除が否認された事例として、名古屋地裁令和6年7月18日判決(判例集未登載)をみてみたい。 この事件において、名古屋地裁判決は次のように論じている。 上記名古屋地裁判決は、❶消費税が取引段階において次々と価格に転嫁され、最終的には消費者に負担を求めるものとされていること、❷取引段階において多重に課税されることを避けるために仕入税額控除制度が採用されていること、❸消費税が消費そのものではなく消費支出に担税力を求めて課税するものであることを根拠とした上で、仕入税額控除を認めるためには役務提供と支払との関係に具体的な対応関係がなければならないと判示したのである。 消費税法2条《定義》8号は「資産の譲渡等」として、「事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供・・・をいう。〔下線筆者〕」とする。同法4条《課税の対象》5項は、「事業として対価を得て行われた資産の譲渡〔下線筆者〕」とみなすものを規定する。同法13条《資産の譲渡等又は特定仕入れを行った者の実質判定》1項は、「法律上資産の譲渡等を行ったとみられる者が単なる名義人であって、その資産の譲渡等に係る対価を享受せず、その者以外の者がその資産の譲渡等に係る対価を享受する場合には、当該資産の譲渡等は、当該対価を享受する者が行ったものとして、この法律の規定を適用する。〔下線筆者〕」とする。同法28条《課税標準》は、「課税資産の譲渡等に係る消費税の課税標準は、課税資産の譲渡等の対価の額(対価として収受し、又は収受すべき一切の金銭又は金銭以外の物若しくは権利その他経済的な利益の額とし、課税資産の譲渡等につき課されるべき消費税額及び当該消費税額を課税標準として課されるべき地方消費税額に相当する額を含まないものとする。・・・)とする。ただし法人が資産を・・・役員に譲渡した場合において、その対価の額が当該譲渡の時における当該資産の価額に比し著しく低いときは、その価額に相当する金額をその対価の額とみなす。〔下線筆者〕」とする。 このように多くの「対価」概念が消費税法上使用されているが、同概念そのものの定義は示されていない。そうであるとすれば、その概念については解釈に委ねられているといえる。 さて、これら「対価」概念がいかなる意味を有するかについては、これまで目的的関係説と因果関係説の対立があったが、確定的な結論には至っていないと思われる。目的的関係説とは、反対給付を得るために、あるいは反対給付を得る目的で、ある役務を提供している場合にのみ役務の提供と反対給付との関係性が認定され得ると解する立場である。 これに対して、因果関係説とは、ある役務が提供されたために、あるいは提供されたことにより、反対給付がなされた場合に、役務の提供と反対給付との関連性が認定され得ると解する立場である。 消費税法基本通達5-5-3《会費、組合費等》は、役務の提供と反対給付との関係について、「明白な対価関係」が存在することが必要であるとする。すなわち、本件通達は、次のように示している〔下線筆者〕。 このように「明白な対価関係」の有無が、「資産の譲渡等」の「対価」該当性の要件であるかのように示達しているのであるが、これは目的的関係説の立場であるといえよう。 これらの対立のある中にあって、上記名古屋地裁判決は、消費税が取引段階において次々と価格に「転嫁」され、最終的には消費者に負担を求めるものとされている(❶)ことなどを理由に、目的的関係説の立場を採用しているようである。 ここに「転嫁」が前提とされた上で、目的的関係説が採用されている点に関心を寄せたい。本件東京地裁判決は、「転嫁」はあくまでも事実行為であって、消費税法上の概念ではないことを前提としていたはずである。すなわち、本件東京地裁は、明確に次のように説示していたところである。 そうであるとすると、消費税額相当額を取引価額に転嫁するか否かは、取引当事者が自由に決し得る事柄であって、実際問題としては転嫁がなされるか否かは判然としないものであるはずなのである。そうであるのにもかかわらず、上記名古屋地裁判決においては、あたかも消費税が取引価額に「転嫁」されるのであるから、役務提供の価値と取引金額である「対価」との関係には個別具体的な対応関係が必要である旨の判示が展開されているのである。 (続く)
谷口教授と学ぶ 国税通則法の構造と手続 【第30回】 「国税通則法74条の11(~74条の13の4)・74条の14」 -調査終了の際の手続における信頼保護効果と理由附記「セット論」- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 国税通則法74条の11(調査終了の際の手続) 国税通則法74条の14(行政手続法の適用除外) 1 はじめに 前回は、平成23年度[11月]税制改正による税務調査(質問検査)手続の改正のうち事前通知手続について検討したが、今回は、事前通知手続と並んであるいはこれとの関連において(事前通知事項の事後通知については前回3参照)同改正の重要事項である調査終了の際の手続(税通74条の11)について検討することにする。 事前通知手続は、前回1でみたとおり、「調査手続の透明性及び納税者の予見可能性を高め、調査に当たって納税者の協力を促すことで、より円滑かつ効果的な調査の実施と、申告納税制度の一層の充実・発展に資する観点」(内閣「平成23年度税制改正大綱」(平成22年12月16日閣議決定)6頁。下線筆者)から法定されたものであるのに対して、調査終了の際の手続は、「課税庁の納税者に対する説明責任を強化する観点」(同頁。下線筆者)から法定されたものである。ただし、両方の手続ともに上記の各観点から「法律上明確化」(同頁)されたものとされている。 以下では、調査終了の際の手続を、「更正決定等をすべきと認められない場合」(税通74条の11第1項)と「更正決定等をすべきと認める場合」(同条2項)に即して検討する。その際、調査終了の際の手続が上述のとおり「課税庁の納税者に対する説明責任を強化する観点」から法定された手続であることから、前者の場合については課税庁の説明(申告の是認)に対する納税者の信頼の保護の観点から検討し(次の2)、また、後者の場合における「調査結果の内容(更正決定等をすべきと認めた額及びその理由を含む。)」(下線筆者)の説明については、同じく「課税庁の納税者に対する説明責任」に関する手続として位置づけることができる処分時の理由附記との内容的関連性を重視しながら、検討することにする(後記3(2))。 2 「更正決定等をすべきと認められない場合」の手続 国税通則法74条の11は国会提出時の法案ではその見出しが「調査の終了通知」となっていたが、その後の修正で「調査の終了の際の手続」に変更された(日本弁護士会連合会日弁連税制委員会編『国税通則法コンメンタール 税務調査手続編』(日本法令・2023年)[三木義一執筆]参照)。ただ、同条1項は、国会提出時の法案のまま、「その時点[=調査の終了時点]において更正決定等をすべきと認められない旨」の書面による通知(いわゆる申告是認通知ないし単に是認通知)を定めている。 申告是認通知という調査終了通知は、国会提出時の法案では「更正決定等をすべきと認める場合」において納税者から修正申告書若しくは期限後申告書の提出があったとき又は更正決定等をしたときに税務署長等が行うものとされていた調査終了通知(これを定める規定は法案の修正により削除されたことについては日本弁護士会連合会日弁連税制委員会編・前掲書37頁[三木義一執筆]参照)と同じく、税務署長等が行うものとされている(内閣・前掲閣議決定32頁参照)。 もっとも、税務署長等が是認通知をした後においても、当該実地の調査の担当職員は「新たに得られた情報に照らし非違があると認めるときは」当該納税義務者に対し再度、質問検査等(いわゆる再調査)を行うことができる旨が定められているが(税通74条の11第5項)、この定めについては正当にも下記のような理解(野一色直人『国税通則法の基本』(税務研究会出版局・2020年)52-53頁。品川芳宣『国税通則法の理論と実務』(ぎょうせい・2017年)163頁も同旨)が示されている。 ここでいわれる「一定の法的な効果」は、信義則の適用による法的な効果(信頼保護効果)を実定法化したものと解される(税法の分野における信義則の適用については、拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【82】【83】参照)。一般に、税務行政の過去の言動に対する納税者の信頼保護が実定税法上考慮されることがあるが(同【84】参照)、申告是認通知に対する納税者の信頼は、国税通則法74条の11第1項及び第5項により保護されていると解されるのである(なお、酒井克彦「調査終了時の手続に係る国税通則法74条の11に関する検討(中)-調査結果通知を中心として-」月刊税務事例52巻9号(2020年)1頁、4頁は「信義則の適用論がどこまで再整理された上で、是認通知が設けられることになったのかは必ずしも明らかではないが、ここでは、是認通知の法定化が信義則の適用問題に新たな論点を提供していることを指摘しておきたい。」と述べている)。この点において、大阪地判昭和42年5月30日行集18巻5・6号690頁の下記の判示(下線筆者)で述べられた考え方は、平成23年度[11月]税制改正によって妥当性を失ったものと考えられる。 3 「更正決定等をすべきと認める場合」の手続 (1) 当該職員による調査結果の説明(非違説明)の信頼保護効果 国税通則法74条の11第2項は、「国税に関する調査」(同条1項が「国税に関する実地の調査」に限定しているのと異なる点に注意せよ)について当該調査担当職員が「その調査結果の内容(更正決定等をすべきと認めた額及びその理由を含む。)を説明するものとする。」と定めているが、国会提出時の法案では、当該職員による調査結果の説明(非違説明)にとどまらず「当該調査結果の内容を簡潔に記載した書面を交付するものとする。」と定め、しかも同法案74条の11第4項で「税務署長等は、第2項の調査結果につき納税義務者から修正申告書若しくは期限後申告書の提出若しくは源泉徴収による所得税の納付があつたとき又は更正決定等をしたときは、当該納税義務者に対し当該調査が終了した旨を書面により通知するものとする。」と定めていた(日本弁護士会連合会日弁連税制委員会編・前掲書37頁[三木義一執筆]参照)。 つまり、国会提出時の法案では、当該職員による調査結果の説明(非違説明)は書面によるものとされ、しかもその内容に従った納税申告等又は更正決定等があったときは、税務署長等の書面による調査終了通知がされるものとされていたのである(内閣・前掲閣議決定32頁も参照)。 このように、調査終了通知が当該職員の交付する非違説明書面に従って「税務署長等名の文書」(内閣・前掲閣議決定32頁)によりされることとなっていたとすれば、当該調査終了通知も、再調査の制限要件(税通74条の11第5項)と相俟って、申告是認通知について前記2で述べたのと同じく、信頼保護効果をもつことになったであろう。しかし、税務署長等による調査終了通知が法定されず、しかも当該職員の非違説明それ自体も書面によることが法定されなかったため、結局のところ、国税通則法74条の11第2項は、第1項とは異なり、信義則の適用による信頼保護効果を実定法化しなかったと解さざるを得ない(前掲拙著【139】(ハ)参照)。 当該職員による非違説明については、確かに、「調査手続の実施に当たっての基本的な考え方等について(事務運営指針)」(課総5-11ほか)第2章4(2)は「原則として口頭により説明する。」と定めつつも、同(注)は「実地の調査以外の調査」については下記のとおり(下線筆者)定めているが、しかし、これでは、申告是認通知に関する前掲大阪地裁判決の考え方が維持されることになろう。 (2) 当該職員による調査結果の説明(非違説明)と処分時の理由附記とのセット論 では、当該職員による調査結果の説明(非違説明)は、「税務官庁の事務上の便宜ならびに納税者に対する便宜の供与のための事実上の行為であつて、納税者に対する法律上の効果を生ぜしめるような行為ではなく、それまでの調査にもとづいて納税者の申告に対する所轄税務官庁の一応の態度を表明するものにすぎない」(前掲大阪地裁判決)と解すべきであろうか。 この問題については、当該職員による調査結果の説明(非違説明)とりわけ「更正決定等をすべきと認めた・・・・・・理由」の説明と処分時の理由附記とを、「課税庁の納税者に対する説明責任」の観点からセットにして捉え、前者において説明すべき「理由」を後者において附記すべき「理由」と同じ意味に理解し、もって前者における「理由」の説明に、(口頭による説明と書面による理由附記との違いは十分に認めつつも)理由附記の法理(谷口教授と学ぶ「税法基本判例」第40回参照)に基づく法的な効果(とりわけ附記すべき「理由」の意味及び程度に関する拘束力)に準ずる一定の法的な効果を認めるのが相当であると考えられる。 処分時の理由附記については、平成23年度[11月]税制改正による国税通則法74条の14(行政手続法の適用除外)の改正によりこの規定の適用対象から行政手続法14条(不利益処分の理由の提示)が除外されたことで、「国税に関する法律に基づき行われる処分その他公権力の行使にあたる行為」(税通74条の14第1項。行手2条2号参照)につき理由附記が原則として義務づけられることになったことから、国税通則法74条の14は税務調査(質問検査)手続を定める章(第7章の2)とは別の章(第7条の3)に定められているものの、「課税庁の納税者に対する説明責任」の観点からは同法74条の11とセットにして理解することができると考えるところである。 このような考え方は、山本洋一郎弁護士が以前から説いておられる考え方である。山本弁護士は、国税通則法74条の11第2項を「とりわけ『課税庁の説明責任の強化』を立法趣旨とするもの」(日本弁護士会連合会日弁連税制委員会編・前掲書381頁[山本洋一郎執筆])として理解した上で、次のような「セット論」を説いておられる(同381-382頁)。 なお、上記「ウ」で指摘された2つの「解釈論」のうち後者に関連して、東京高判令和4年8月25日税資272号順号13747が、国税通則法74条の11の立法趣旨を重視して一般論として次のとおり(下線筆者)判示したことが注目される。 この判示は、調査手続の瑕疵と課税処分の違法性の問題に関するいわゆる折衷説の立場に立って下記のとおり(下線筆者)判示した原審・東京地判令和3年12月23日税資271号順号13649の判断を否定した点で、注目されるものである(差し当たり佐藤英明「判批」TKC税研情報33巻4号(2024年)1頁、4頁参照)。 前掲東京高裁判決が調査手続の瑕疵と課税処分の違法性の問題につき、折衷説の立場からではなく、国税通則法74条の11の立法趣旨にみられる「税務当局の納税者に対する説明責任を強化する観点」から判断を示したことは、調査結果に係る「理由」の説明と処分時の理由附記との「セット論」への道筋ないしその可能性を拓く判断としても、注目されるところである。 4 当該職員による修正申告等の勧奨と納税者の裁判を受ける権利 最後に、国税通則法74条の11第3項の規定について検討しておく(以下の検討については前掲拙著【139】(ハ)参照)。 国税通則法74条の11第3項前段は、当該職員が調査結果の説明(非違説明)をする場合における当該職員による修正申告又は期限後申告の勧奨について定めている。修正申告等の勧奨は、少なくとも建前上は、行政指導であり、これに応じるか否かは納税者の任意に委ねられている。申告納税制度における納税者の第一次的確定権(第11回2参照)を尊重する観点からすれば、「調査により非違が発見された場合、税務当局が更正決定等により是正する前に、まずは納税者による自発的な修正申告等を促すことが望ましい」(前掲東京高裁判決)と考えられる。修正申告の勧奨が適切な方法・態様で、、、、、、、、、行われる限りは(強要、詐欺、錯誤等が問題になる場合は格別)、それ自体は国税通則法上の他の制度(税通65条6項、66条1項括弧書・8項等)とも整合性のある措置である。 勿論、当該職員が更正決定等をすべきと認める場合には、税務署長等は課税処分義務(第15回1参照)の履行として更正決定等をしなければならず、修正申告等をする方が納税者の利益となるような特段の事情がない限り、申告納税制度の趣旨あるいは建前(納税者の第一次的確定権の尊重)を前面に押し立てて安易かつ執拗に修正申告等を勧奨してはならないと考えられる。当該職員が調査終了の際に、更正決定等をすべきと認めている以上、税務署長等は遅滞なく更正決定等をすべきであるから、修正申告等をする方が更正決定等を受けるよりも延滞税(税通60条)の節減の利益を納税者にもたらすことにはならない。したがって、税務署長等が延滞税節減を特段の事情として援用することはできないと考えられる。 このような考え方こそが、納税者の第一次的確定権の尊重という申告納税制度の本来の趣旨に適合すると考えられる。確かに、修正申告等の勧奨は、以前とは異なり、正式の租税行政手続の一環として法的根拠(税通74条の11第3項前段)を与えられ、しかも行政指導の一般原則等の行政手続法上の規制(同74条の14第2項)を受ける(したがって、修正申告等の勧奨についても手続的違法が問題になり得る)。しかし、修正申告等の勧奨については、従来から、これによる青色更正の理由附記や不服申立ての回避・潜脱が問題として指摘されてきた。平成23年度[11月]税制改正では質問検査に関する改正とともに理由附記が課税処分一般に義務づけられることになったことを考慮すると、税務署長等が当該職員に修正申告等の勧奨を理由附記義務の履行回避のために行わせることは、その改正法の趣旨・目的に反し、許されない(これも一種の「セット論」(前記3参照)である)。 以上に加えて、国税通則法74条の11第3項後段には、より重大な問題が含まれている。すなわち、この規定においては、当該職員が修正申告等の勧奨をする場合に「当該調査の結果に関し当該納税義務者が納税申告書を提出した場合には不服申立てをすることはできないが更正の請求をすることはできる旨を説明するとともに、その旨を記載した書面を交付しなければならない。」と定められているが、このように、当該職員の勧奨に応じて修正申告等をすることが不服申立権の放棄に帰結することを想定して、当該職員による修正申告等の勧奨を定めることには、次に述べるような重大な問題が含まれているのである。 更正の請求は、確かに、権利救済機能を有するが、しかし、納税義務の確定手続の一環として認められている制度であり正式の権利救済制度ではない(第12回3、前掲拙著【132】参照)。そうである以上、行政不服審査法及び国税通則法に基づく不服申立権という正式の権利救済請求権の放棄を想定して調査終了の際の手続に関する制度設計を行うことは、手続的保障原則とりわけ司法的救済保障原則(前掲拙著【27】)の観点からみて立法政策上妥当でないと考えられる(憲99条も参照)。不服申立権の放棄は、不服申立前置主義の下では、原則として、裁判を受ける権利(憲32条)の放棄を意味することを考えると、尚更である。 確かに、勧奨に応じてした修正申告等にその確定税額の過大等の実体的過誤があれば更正の請求をすることができ、その請求が拒否されたときは、当該拒否処分の取消しを求めて争訟(正式の権利救済手続)で争うことができるが、しかし、修正申告等の勧奨ないしこれに応じてされた修正申告等に手続的過誤があるとき、その過誤は更正の請求の対象外であり、したがって、その過誤をめぐる争いを、更正の請求を介して争訟手続に「接続」することはできないのである。 要するに、当該職員による修正申告の勧奨には、納税者の裁判を受ける権利との関係で重大な問題があると考えるところである。 (了)
国際課税レポート 【第6回】 「国際的な視点から見た金融所得課税の論点」 税理士 岡 直樹 (公財)東京財団政策研究所主任研究員 9月初め、自由民主党総裁選に立候補を表明した候補者の間で、現在20.315%で課税されている利子、配当、株式キャピタルゲイン等の金融所得課税をめぐる意見の違いが報じられた。総理になった場合、金融所得課税の強化に意欲を見せた候補者に対し、複数の候補者が反対を表明したそうだ。 これに触発された財界人、経済評論家など、候補者以外からも活発な発言がなされており、中間層の投資奨励という最近の流れに逆行するという指摘のほか「金融所得課税をすれば、経済成長に必要な投資や人材、リスクを取る企業家が海外に流出する」ので採用すべきでないという、国際的な観点からの指摘が散見される。 この指摘は、現在のグローバルな議論の潮流や実態と整合的なのだろうか。あるいは、金融所得を軽課税すべき理由として説得的なのだろうか。以下では、金融所得課税をめぐるいくつかの論点について、Q&A形式で整理を試みることとしたい。 Q1:「1億円の壁」問題は外国にもあるのか 租税法の教科書は、「所得税は所得の金額が大きいほど税負担割合が大きくなるように設計されている」「能力に応じた公平な税負担の実現や富の再配分といった目的によく適合している」などと説明している。 ところが、国税庁の税務統計から税負担率のグラフを描くと、所得が1億円を頂点として、所得が大きくなるほど税負担割合が低くなる。これが「1億円の壁」と呼ばれる税負担の分布の歪みだ(下記〈図1〉破線)。そして、このような所得税の歪みは日本だけではない。下記〈図2〉のように、米国においても370万ドルあたりの27%をピークに、1億ドル超の超富裕層の税負担率は23.1%に低下している。 しかし、同じ国税庁のデータから事業所得者、給与所得者等の類型別に税負担率のグラフを描いてみると、きちんと右肩上がりのグラフとなっており、所得税が所期の機能を果たしている。このことから、所得税負担の歪みの原因は、事業所得や給与所得等以外の所得の課税(金融所得の軽課税)であることが分かる。 〈図1〉所得者類型別、所得階級別申告所得者の税負担率(2022) (出所) 国税庁「申告所得税標本調査(令和4年分)」第1表より筆者作成 〈図2〉米国・所得階級別税負担率(2021) (出所) IRS Statistics of Income Table 4.3より筆者作成 Q2:金融所得や金融資産は各国とも富裕層に集中しているのか 財務省が確定申告書、特定口座年間取引報告書、配当等の支払調書、株式等の譲渡の対価の支払調書のデータを基に行った詳細な分析(税制調査会資料(令和4年10月4日)34頁)によると、2019年に資本所得(金融所得)総額7.4兆円を得た1,764万人のうち、1億円以上を得た5,200人(0.03%)が2.7兆円(全体の37%)を得ており、富裕層に集中していることが示されている。格差大国と言われる米国では、純金融資産について2023年に上位1%が46兆ドル、31.4%のシェアを占めている(米議会報告書JCX51-23 Table5)が、日本においても同様の富の集中を観察することができる。 このように、金融所得(資産)は富裕層に集中しているため、グローバルにみて、金融所得課税の問題は富裕層課税の問題と言い換えることができる。 Q3:金融所得の課税を強化すると、成長に不可欠な資金が海外に逃げてしまうか この点については、情報交換により課税されない金融資産残高が減少していることを示すデータがある。 EU委員会が税に関する研究、分析、データ共有を行うために2021年に設置したEU Tax Observatoryの報告書「Global Tax Evasion Report 2024」によると、金融口座情報の国際的な自動的情報交換(CRS)が導入されて以来、家計部門が保持する課税されないオフショア金融資産の規模が激減していることが示されている(推計)。同報告書は、CRS情報交換によるコンプライアンス違反の減少は真のブレイクスルーであるとして成果を称えている。 〈図3〉オフショアに保持される家計の金融資産及び課税されない資産の推移(推計) (出所) EU Tax Observatory 「Global Tax Evasion Report 2024」Figure 1に筆者一部追記 そもそも制度上は、金融資産への課税は、国内より国外のほうが重くなる可能性がある。例えば日本居住者である富裕層の利子所得の場合、国内の利子については源泉分離課税で20.315%で済むが、海外の金融業者と直接取引した場合、総合課税で最高税率55.945%の課税となる。配当についても、国内であれば1,800万円まで非課税となるNISAを利用できるが、海外の金融機関と直接取引した場合には利用できない。さらに、現在のように円安が進む局面においては、海外で受け取る金融所得に流動性がなかったとしても為替差益に対する課税も生じてしまう。 むしろ、富裕層個人の資金が海外に流出する動機は、別の租税回避スキームのためであることが推察される。武富士事件は、贈与税を免れる目的でオランダに設立した法人に自身が保有する内国法人の株を譲渡することで国内資産を国外資産に転換し、その後贈与が行われた。最近の報道では、香港に個人資産の管理を行う会社を設立し、支配する内国法人の配当や利子を受領させていたが、東京国税局のCFC課税により数十億円の追徴を受けたことについての報道がある。 Q4:金融所得の課税を強化すると、有能な人材や企業家の移住リスクがあるか 2024年7月のG20財務大臣・中央銀行総裁会議(ブラジル)において議長国ブラジルの委託によりフランスの経済学者、ガブリエル・ズックマン教授が提出した「超富裕層に対する最低実効税率課税基準のための青写真」(以下「青写真」)31頁によれば、税を理由とした海外への移住リスクが、ここ数十年の間、富裕層への課税(金融所得課税)を軽減する主な論拠となってきたが、税金による移住リスクは世間一般の議論では誇張されがちであり、最近の実証的な研究によれば、富裕層による税を理由とした移住反応はゼロではないが、大きくもないことを紹介している。 更に、「青写真」は、税務上の移住要件の厳格化という、税逃れの移住リスクへの対抗策の“決め手”を提案している。これは、海外に移住しても一定の期間、元の国の居住者としての課税を継続するというもので、「ある国に長く住み、その国で金持ちになった富裕層は、その国で受けた教育や公共財などに成功の一端を負っている」という応益原則に基づいて課税が正当化できるとしている。 日本はこの制度についてすでに経験がある。日本の相続・贈与税は、贈与者、受贈者のどちらかが贈与前の10年以内のいずれかの時点で日本に居住していた日本人である場合、居住者同様の課税を行う。これは、武富士事件のように住所と資産を海外に移して贈与することにより課税を免れるスキームに対抗するために導入され、その後、年数を5年から10年に延ばすなど強化されてきたものだ。 Q5:国外の金融資産は正しく申告されていないのではないか これについては、課税漏れ(タックスギャップ)があることを窺わせるデータがある。国際的銀行情報の交換(CRS)が実施されており(日本は2017年から)、国際的に共通の基準に基づき非居住者に係る銀行口座情報が税務当局間で交換されている。また、合計額が5,000万円を超える国外財産を有する居住者は、その国外財産の種類、数量及びその価額その他必要な事項を記載した国外財産調書を、翌年の6月末までに税務署長に提出しなければならないことになっている。 そこで、これら両者のデータを突き合わせてみると2022年において、外国からCRSにより提供を受けた情報によれば日本居住者は10.9兆円の金融資産残高を海外に保有しているが、国外財産調書により報告された金額は有価証券3.45兆円、預貯金0.77兆円であり、6.7兆円もの開きがある。このギャップは、税務調査等により、正当なものかどうか検証される必要がある。 おわりに 最近の報道をみると、所得税のないモナコに移住した納税者が日本での株式譲渡益を申告していなかったケースや(2024年7月23日各紙)、香港の個人資産管理会社についてCFC税制による課税が行われたケース(2024年7月24日各紙)が報道されるなど、課税当局が富裕層の金融所得がらみのクロスボーダー事案に積極的に取り組み、成果を上げていることが窺われる。 制度的な対応としては、令和5年度税制改正で導入され、令和7年(2025)から実施される「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置」(いわゆる富裕層ミニマム税)は、巧妙な政策パッケージによる富裕層課税についての税制改正の一例だ。この年の税制改正の目玉はNISA(少額投資非課税制度)の1,800万円への大幅拡充・恒久化であり、金融所得の課税強化に対する市場関係者からの批判は封じられた。また、保有する株式を売却してスタートアップの未上場ベンチャー企業に再投資した場合、譲渡益について20億円まで非課税とする大胆な措置を創設したことにより、金融所得課税がイノベーションの芽を摘む、といった批判も起こらなかった。 令和4年分のデータによれば、所得5,000万~1億円の所得階級の納税者の場合、事業所得者の税負担率は35%であるのに対し、他の区分に該当しない所得者(その多くは金融所得を得ている者と目される)の負担率は16.33%と半分に満たない。いかにリスクを取る投資家を育てることが大事だと言ったとしても、リスクを取りながら日々事業展開しているのは事業所得者も同じであることから、金融所得の税負担率が1/2でよいと主張できる根拠にはならないだろう。そうであれば、金融所得課税の眼目は高額所得者の税負担の歪みの是正であり、いつまでも放置できる問題ではない。歪みを是正することにより所得課税の効率化(歳入増)がもたらされるものとして捉えるのが適当なように思われる。 新NISAの口座数は、導入前の2023年12月から新NISA導入後の2024年3月にかけて、1,161万口座から2,322万口座に倍増しており、国民の間で歓迎されている。NISAの存在を前提とすれば、中間層に一切増税することなく、また、株式市場を冷やすことなく金融所得課税や富裕層課税の歪みを是正するための環境が整ったといえるだろう。 経済同友会の新浪剛史代表幹事は、9月3日の記者会見で、25%くらいまでであれば今後の税収や社会保障や防衛の財源確保を考え、大いに議論すべきだと問題提起したと伝えられている(2024年9月4日各紙)。税制は、公平かつ効率的に歳入を確保するためのものである。7月に富裕層課税の強化にコミットするG20閣僚宣言が全会一致で採択されたことを契機に、国際的な取組みも動き出した。金融所得課税や富裕層課税について、グローバルな議論や環境変化も踏まえながら検討が行われることを期待したい。 (了)
〈適切な判断を導くための〉 消費税実務Q&A 【第1回】 「受注した者と商品を発送した者が異なる場合の輸出免税の適用」 税理士 石川 幸恵 【Q】 当社(A社)は日用雑貨等の輸出業を営んでいます。外国法人(B社)から紙おむつパックの注文を受けましたが、紙おむつパックの取扱いについては同業者であるC社が得意とするところであったので、商品の仕入れから発送まですべてをC社に依頼しました。 なお、書類の名義や保存者、お金の流れは次のとおりです。 〈注文と品物の流れ〉 〈お金の流れ〉 この場合、輸出免税の適用を受けられるのはA社でしょうか、それともC社でしょうか。また、A社とC社はこの取引につきどのような経理処理をすべきでしょうか。 【A】 (1) 輸出免税の適用を受けられる者 輸出免税の適用を受けられるのはC社です。 (2) 経理処理 ◆ ◆ 解 説 ◆ ◆ 本事例は輸出取引であるが一対一の取引ではなく、外国法人B社、受注者かつ代金回収者であるA社、実際に輸出を行ったC社の3者が関わっているところがポイントである。 なお、上記【Q】は国税不服審判所令和4年10月25日裁決(裁決事例集No.129)に基づくものであり、審判所は①「輸出」とは内国貨物を外国に向けて送り出すことをいう(関税法第2条)から、資産の譲渡に際し、その資産を国内から国外に向けて送り出した者において輸出免税の対象となる資産の譲渡が行われたこととなる、②課税資産の譲渡等が輸出取引等に該当するものであることにつき証明されたものでない場合には輸出免税は適用されないのであるが、その証明とは、「輸出許可通知書」をその輸出取引を行った日の属する課税期間の末日の翌日から2月を経過した日から7年間、納税地又は事務所等の所在地に保存することによって行う、という2点を基に、C社が商品を発送し、C社にてC社名義の輸出許可通知書を保存しているので、C社において輸出免税の適用を受けることができると判断している。 裁決で争点とされたのは、C社が輸出免税を受けられるか否かまでであったが、この取引にはA社も関わっており、当然、いくらかのマージンを得ているはずである。ついてはA社の経理処理も気になるところであるので、本稿では経理処理についても検討を行っている。 この裁決で原処分庁は、A社がC社から紙おむつパックを仕入れた上で、A社が国外の会社(B社)に販売したものであるから、C社による本邦からの輸出ではない旨主張したが、審判所は、A社は国内で紙おむつパックの引渡しを受けておらず、C社が紙おむつパックを直接国外に搬出していることを指摘している。 A社は商品の引渡しを一切受けていない以上、A社にて商品売上を計上するのは適切ではない。仮にB社からの入金を商品売上として計上しても、A社は商品の引渡しを受けていないため、消費税について国内取引か国外取引かの判定もできない。そこで、B社からの入金を仮受金又は預り金とし(仕訳例1)、(C社へはマージンを差し引いて支払うはずであるので)C社への支払額との差額を受取手数料とするのが最も適切ではないかと考えられる(仕訳例2)。この受取手数料は国内において取引先の紹介あるいは仲介を行ったものと考えられるので、課税売上とすべきであろう。 なお、下記に簡単な事例と仕訳例を記載したので参考にされたい。 (仕訳例1)B社からA社への海外送金 (仕訳例2)A社からC社への支払い (仕訳例3)C社における取扱い (了)
Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第46回】 「〔第5表〕直前期末から課税時期までの間に土地の売買契約をした場合の資産の部の計上金額の留意点」 税理士 柴田 健次 Q 経営者甲(令和6年8月1日相続開始)が100%所有している甲株式会社の株式を長男が相続していますが、甲株式会社の資産の中に駐車場として賃貸していたA土地があります。A土地につき令和6年5月1日に売買契約を締結し、同日に10,000千円の手付金を受領し、令和6年10月1日に引渡しを行っています。 甲株式会社は3月決算で直前期末は令和6年3月31日となり、売買契約の内容及び時系列は下記の通りとなります。 この場合に、甲の相続税の甲株式会社の株式価額の算定上、第5表「1株当たりの純資産価額(相続税評価額)の計算明細書」のA土地の売却に関連する資産の部に計上する相続税評価額及び帳簿価額はそれぞれいくらになりますか。 なお、純資産価額の計算においては、直前期末方式(直前期末の資産及び負債の帳簿価額に基づき評価する方式)により計算するものとします。 A土地の帳簿価額、路線価に基づく相続税評価額は、下記の通りとなります。 A 第5表「1株当たりの純資産価額(相続税評価額)の計算明細書」の資産の部に計上する相続税評価額及び帳簿価額は、下記《A案》と《B案》が考えられますが、適正な評価を行う観点から《B案》が相当かと思料されます。 《A案》 《B案》 ◆ ◆ ◆ ① 仮決算方式と直前期末方式 第5表の純資産価額の計算は、原則として仮決算方式で評価するべきこととされていますが、評価会社が課税時期において仮決算を行っていないため、課税時期における資産及び負債の金額が明確でない場合において、直前期末から課税時期までの間に資産及び負債について著しく増減がなく評価額の計算に影響が少ないと認められるときは、直前期末方式により計算することができるものとされています。 したがって、直前期末から課税時期までの間に資産及び負債について著しく増減がある場合については、直前期末方式により計算ができません。 仮決算方式と直前期末方式を比較すると下記の通りとなります。 (※) 帳簿価額は、会計上の帳簿価額ではなく税務上の帳簿価額となります。 ② 売買契約締結後に課税時期が到来した場合の相続財産の種類と相続税評価 売買契約締結後、引渡しの前に売主に相続が発生した場合には、相続又は遺贈により取得した財産は、土地及び建物ではなく、その売買契約に基づく残代金請求権となります(詳細は【第45回】で解説)。 ③ 本問への当てはめ (1) 《A案》の考え方 直前期末方式は直前期末の資産を対象として、課税時期に適用される評価通達を適用して計算することになりますので、あくまでも土地を所有していたものとして評価を行います。そして、直前期末方式で計算した結果に基づいて土地保有特定株式会社や株式等保有特定会社の株式の判定を行います。仮に仮決算方式を採用した場合には、財産の種類は残代金請求権90,000千円として、土地ではなく債権として資産の部に計上されることになります。 したがって、直前期末方式で計算した場合には土地保有特定会社に該当し、仮決算方式で計算した場合には土地保有特定会社に該当しない場合も想定されます。そのような場合には、直前期末から課税時期までの間に資産構成に大きな変動があったと考えられますので、直前期末方式は認められないことになります。 また、課税時期において時価が顕在化している本問の場合においても財産評価基本通達による価額70,000千円で評価してよいかについても疑問が残ります。 もっとも、相続税評価と売買価額の差がほとんどなく、土地保有特定会社の判定自体も仮決算方式と比較して同じである場合には課税上の弊害もありませんので、《A案》も認められるものと思料します。 (2) 《B案》の考え方 仮決算方式との整合性を考慮し、財産の種類も土地ではなく、売買代金請求権(未収金)として100,000千円で評価を行います。この考え方は適正な評価を行う観点から肯定されますが、《B案》の考え方は国税庁の情報や通達において明確にされていません。厳密な意味における直前期末方式ではないため、《B案》の考え方は相当ではなく、直前期末方式ではなく仮決算方式で計算するべきとの意見もあるかと思います。 ただし、課税実務において仮決算方式を行っていないことが多く、簡便性を考慮して直前期末方式が認められている趣旨を鑑みると、直前期末方式を基礎にしながら仮決算方式との整合性を考慮し、財産の種類や金額を一部変更することで、適正な評価となる場合には、そのような方法も認められるものと考えられます。 したがって、筆者としては適正な評価実務の観点から《B案》が相当かと思料します。 なお、本問の場合において仮決算方式を採用した場合には、令和6年5月1日の売買契約の締結時において手付金10,000千円を受領していますので、会計上及び税務上の仕訳は下記の通りとなり、前受金が負債の部に計上されています。 そして②の取扱いにより、土地の売買契約後、引渡しの日までの間に課税時期が到来した場合には、土地としての評価ではなく残代金請求権となります。考え方として課税時期時点において土地の引渡しが行われた場合の仕訳を考えると分かりやすいと思います。 上記により仮決算方式を採用した場合には、第5表「1株当たりの純資産価額(相続税評価額)の計算明細書」の資産の部及び負債の部に計上する相続税評価額及び帳簿価額は、下記の通りとなります。 上記により相続税評価額と帳簿価額の差額50,000千円(90,000千円-50,000千円+10,000千円)となりますので、《B案》と同様の評価差額が生じていることになり、直前期末方式と仮決算方式との整合性が図られていることになります。 また、《B案》は売買代金請求権100,000千円であるのに対して、仮決算方式の場合には残代金請求権90,000千円となっていますが、仮決算方式の場合には既に手付金10,000千円が受領されており、預貯金等として10,000千円が資産に含まれていますので、直前期末方式と仮決算方式との整合性は図られています。 ☆実務上のポイント☆ 直前期末方式を採用する場合であっても、仮決算方式ではどのように処理がされるかを考えて評価することが適正な評価実務になります。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第100回】 「国際興業管理事件」 ~最判令和3年3月11日(民集75巻3号418頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)