〈会計基準等を読むための〉 コトバの探求 【第12回】 「「会計処理の原則及び手続」の定義」 公認会計士 阿部 光成 ◆はじめに 「会計方針」は、財務諸表に注記され、また、それを変更する場合には、正当な理由が必要になるなど、会計において、重要な概念である(「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」(企業会計基準第24号。以下「過年度遡及会計基準」という)4-4項、5項、「企業会計原則」注解(注1-2)重要な会計方針の開示について、(注3)継続性の原則について)。 「会計方針」の定義では、「会計処理の原則及び手続」の用語が使用されているが、今回は、その定義について取り上げる。 ◆「会計方針」の定義 「会計方針」とは、財務諸表の作成にあたって採用した会計処理の原則及び手続をいう(過年度遡及会計基準4項(1))。 「企業会計原則」では、「会計方針とは、企業が損益計算書及び貸借対照表の作成に当たって、その財政状態及び経営成績を正しく示すために採用した会計処理の原則及び手続並びに表示の方法をいう」と規定されている(「企業会計原則」注解(注1-2))。 また、「継続性の原則」に関して、「いったん採用した会計処理の原則又は手続は、正当な理由により変更を行う場合を除き、財務諸表を作成する各時期を通じて継続して適用しなければならない」との規定がある(「企業会計原則」注解(注3))。 いずれも、「会計処理の原則及び手続」の用語が使用されているが、その定義は見当たらない。 過年度遡及会計基準の開発当時(2009年12月4日公表の「会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」)、日本公認会計士協会の委員会で、「会計処理の原則及び手続」の定義はどうするのかと発言したことを覚えているが、特段の深い議論はなかったと記憶している。 ◆「会計処理の原則及び手続」の定義はあるか 私が前述の発言をしたのは、新井清光早稲田大学教授(当時)の「重要な会計方針」に関する次の説明があったからである。 新井清光教授は、「重要な会計方針」の定義は、従来、企業会計原則上用いられている「会計処理の原則及び手続」とどのような違いがあるのかなどの議論を説明し、そして、「従来用いられ、かつ、一般に理解されているとおりのものとして「会計処理の原則及び手続」という語を用い、従来同様、あえてその厳密な定義を加えることを避けることとし」たと述べている(『現代会計学の動向〔Ⅰ〕財務会計』(黒澤清、染谷恭次郎、若杉明編)、新井清光稿「第2章企業会計原則論、第5節「企業会計原則」および「注解」の修正、4注記事項」101ページ、中央経済社、1988年9月)。 このため、現在でも、「会計処理の原則及び手続」の定義はないものと解される。 ◆実現主義の原則などはある では、「会計処理の原則及び手続」の定義がないと困るのだろうか。 「企業会計原則」は、売上高は、実現主義の原則に従い、商品等の販売又は役務の給付によって実現したものに限るとして、「実現主義の原則」を規定している(「企業会計原則」第二損益計算書原則三のB、注解(注6)実現主義の適用について)。 また、資産の取得原価は、資産の種類に応じた費用配分の原則によって、各事業年度に配分しなければならないとし、定額法、定率法等の一定の減価償却の方法が規定されている(「企業会計原則」第三貸借対照表原則五、注解(注20)減価償却の方法について)。 商品、製品、半製品、原材料、仕掛品等のたな卸資産については、個別法、先入先出法、後入先出法、平均原価法等の方法を適用することが規定されている(「企業会計原則」第三貸借対照表原則五のA、注解(注21)たな卸資産の貸借対照表価額について)。 このように見ていくと、実現主義の原則、費用配分の原則、減価償却の方法、個別法、先入先出法、後入先出法、平均原価法等の方法が規定されていることから、「会計処理の原則及び手続」の定義がなかったとしても、一定の判断を行うことは可能であり、実務上、判断に迷う場面はあるとしても、それほど、困らないのではないだろうか。私は、このように考え、それ以上の発言は行わなかったのである。 (了)
税理士事務所のためのストレスチェック制度導入Q&A第3回 実施規程の策定・運用と明文化による効果社会保険労務士富山 直樹 QUESTION 当事務所は小規模であったため、これまでストレスチェックを行っていないのですが、導入にあたっては事前にルール等を定めなければいけないのでしょうか。 ANSWER 実施に当たって、事前のルール(実施規程)を作成する必要があります。 厚生労働省から公表されている小規模事業者向けマニュアルにも「ストレスチェック制度実施規程のモデル例」が掲載されています。 「では、それをそのまま使えばいいのね!」と思われるかもしれませんが、目的や要点についてしっかりと理解した上での策定・運用ができるよう、以下で解説いたします。 ― 解 説 ― 1目的 小規模事業所においては、プライバシーの壁が極めて薄い状態にあることが多い。 「誰がストレスを抱えているのか?」「誰が医師の面接を希望したのか?」が筒抜けになってしまう恐れがあるほか、「誰が情報を管理するのか?」といった内容を厳格に定めておかねば、従業員の正直な回答が得られない、受検を拒否されるというリスクも考えられる。 ストレスチェックは原則として、「検査結果は本人の同意がない限り、代表や上司に開示してはならない」「結果によって不利益な取扱いをしてはならない」ことになっている。 というルールをきちんと明文化することで、従業員の方に安心して受検してもらい正直な回答を得ることが肝要である。 ストレスチェックは、労働者のメンタルヘルス不調を未然に防止する一次予防を目的としたものであり、まずは労働者の心身の不調を可視化し自認することで、更なる悪化を防ぐ目的につなげるためにも、安心して正直な回答が得られる前提を作ることが、実施規程作成の重要な目的の一つであると言える。 また、会社が一方的にルールを制定するのではなく、従業員と相談のうえ決めるというプロセスも、より安心感につながると考えられる。 2定めるべき項目 社内ルールとして定める場合、次の項目について定めることが望ましいとされている。 各項目について、より具体的にどのような内容が必要なのかは次のとおりである。 ① 実施体制 ・実施者(委託する外部事業者の名前) ・社内での担当者(委託先外部事業者との連絡調整を行う従業員) ・医師の面接が必要な場合、どこに依頼するのか(専属の産業医、地さんぽ等) ② 実施方法 ・実施頻度(年に1回、時期を決めて実施) ・調査内容(外部委託業者と相談のうえ決定) ・外部委託業者が調査票の配布・回収・データ入力を行い、結果は本人のみに通知されること ・ストレスチェックの結果、高ストレスと判定された者は、申し出て医師の面接を受けることができること ・会社は外部の委託業者から集団分析の結果提供を受け、職場環境の改善に活用すること(※ただし、従業員10人未満の場合は個人が特定される恐れがあることから、集団分析結果の提供を受けてはならない。) ③ 記録の保存 ・法定保存期限5年間(会社または委託事業者のどちらで保存されるのか) ④ 情報管理 ・結果は本人にのみ通知され、本人の同意なく会社が知ることはないこと ・面接指導の申出があった場合や、本人の健康管理の目的の範囲で面接指導の結果(医師からの意見書)について知ることになるが、それ以外の目的には使用しないこと ⑤ 情報の開示・苦情処理 ・ストレスチェックに関する情報開示請求、および苦情についての社内相談窓口はどこになるのか。 ⑥ 不利益取扱いの禁止 ・ストレスチェックは受検自体が任意であること ・受検をしないことでの不利益な取扱い(配置転換、昇進、評価)はないこと ・面接指導を申し出たことによる不利益取扱いもないこと 【補足「実施規程の周知方法」】 ― ま と め ― 定めるべき事項として、筆者は特に「④、⑤、⑥」が重要になると考える。従業員に安心して正直な回答をしてもらえなければ、そもそもストレスチェックを行う意味がなくなってしまう。 そして、項目の中で目に留まったと思うが、外部事業者との関係性もポイントになってくる。小規模事業所において、会社が実施者のポジションを担うことはそれこそプライバシーの問題から現実的ではなく、外部事業者との連携が必須と言える。 「では、その外部事業者はどこに依頼すれば良いのか?」 そうした疑問はもっともである。 本稿をご覧の方々は、おそらく従業員50人未満のこれまでストレスチェックの対象とはされていない、産業医の選任義務もない事業所の方々ではないだろうか。 そうした事業所向けに、「① 実施体制」に記載した「地域産業保健センター (通称:地さんぽ)」は、各地域に設置されている小規模事業所向けの産業保健指導サービスを提供する機関であり、ストレスチェック導入にあたっての個別訪問による支援サービスも始まっている模様である。 そして、こうした小規模事業者向けに、産業医サービスやストレスチェックの実施支援を行っている企業は、実は結構な数が存在する。産業医、保健師等の産業保健スタッフの紹介からストレスチェックの実施支援、会社の健康管理相談を承るような事業を行っている会社があり、筆者も懇意にしている会社がいくつかある。筆者顧問先の大部分を占める労働者数50人未満の会社からの希望により紹介を行うこともあり、中には、労働者数10名程度でも健康管理意識の高さから、紹介を希望されたケースもある。 ストレスチェックのみを実施してくれるようなサービスもあるので、準備期間である今のうちに余裕を持って選定を行い、自社に合うサービスに出会えたのであれば早めの相談を推奨したい。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例78】 「土地所有者が空き家の収去を求める相手方について」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 私の所有地上に、長期間使用されていない老朽化した空き家が建っています。建物の登記簿を確認するとA名義であったため、Aに建物の収去を求めたところ、Aからは「既にBに売却したので応じられない」との回答がありました。また、AにBの所在等を尋ねましたが、特に回答してもらえませんでした。 このような場合、誰を相手に建物の収去を求めたらよいでしょうか。 1 検討の視点 土地所有者が土地上の建物の収去を求める場合、誰を相手方とすべきかが問題となる。一般に、物権的返還請求権の相手方は、無権限で他人の物を現に占有している者であるため、建物を所有することによって土地を占有している者が相手方になると考えられる。もっとも、土地所有者が現在の建物所有者を特定することが難しい場合もある。そこで、本件では、このような場合にどのように対応すべきかを検討する。 2 物権的返還請求権の相手方 上記1のとおり、所有権に基づく物権的返還請求権の相手方は、現にその物を占有している者である。したがって、原則として、現在の建物所有者が請求の相手方となり、登記簿上の名義人が既に建物の所有権を譲渡している場合も、現在の建物所有者を相手方とすることになる。 もっとも、不動産の所有権は当事者の意思表示だけで移転し得るものであるため、過去の経緯が明らかでないような場合には、土地所有者が現在の建物所有者を特定することが困難なこともある。 この問題に関して、判例上、未登記建物が未登記のまま譲渡され、その後、譲渡人の意思に基づかずに譲渡人名義の登記がされた事例や、登記名義人に土地の占有権原がなかった事例では、土地所有者は現在の建物所有者を相手方とすべきものと解されていた。 これに対し、建物所有者が相続による所有権移転登記をした後、第三者に譲渡したものの所有権移転登記をしていなかった事例では、判例は、「建物の所有権を取得した者が自らの意思に基づいて所有権取得の登記を経由した場合には、たとい建物を他に譲渡したとしても、引き続き右登記名義を保有する限り、土地所有者に対し、右譲渡による建物所有権の喪失を主張して建物収去・土地明渡しの義務を免れることはできない」と判示している(最判平成6年2月8日参照)。 この平成6年判例は、土地所有者が、建物の譲渡による所有権喪失を否定してその帰属を争う関係を民法第177条の対抗関係に類似するものと捉えた上で、自己名義で登記をしておきながら所有権喪失を主張し、収去義務を免れようとすることは信義則に反することを理由に、登記名義人を相手方とすることを肯定したものである。 この判例によれば、自ら登記を備えた建物所有者がその後に所有権移転登記をしていない場合には、登記名義人に対して建物の収去を求めることができる。なお、裁判で登記名義人に建物収去が命じられたとしても、その者に収去権限がないと考えられるため、登記名義人が現在の建物所有者と協議して対応するか、それが難しいときは、土地所有者が代替執行により収去を実現し、事後的に費用負担の問題として処理することになると考えられる。 3 所有者不明建物管理人の活用 上記2の方法に加え、土地上の建物の所有者又はその所在が不明な場合には、土地所有者等の利害関係人が、裁判所に所有者不明建物管理人の選任を申し立てることも考えられる(民法第264条の8第1項)。ここでいう所有者は実際の所有者を指し、登記簿上の名義人を意味しない。そのため、登記簿上の名義人が判明しているからといって、所有者が不明な場合に該当しないことにはならない。 所有者不明建物管理人には、建物の管理・処分権限が専属し、裁判所の許可を得れば、建物の売却などの処分も可能であるため(民法第264条の8第5項、同第264条の3)、上記2の方法よりも、時間的・労力的負担を軽減できる可能性がある。 4 本件において 本件では、空き家の登記名義人はAであるが、Aは「既にBに売却した」と回答している。そのため、まずはAが実際に建物をBへ譲渡したか否かを確認する必要がある。もっとも、Aが自らの意思で建物の所有権登記を備え、その後も登記名義を保持しているのであれば、Aに対して建物収去・土地明渡しを請求できると考えられる。 この場合、Aに対して、Bとの売買契約書、引渡しの有無、代金支払の有無、Bの住所・連絡先等を確認しておくべきである。本件のようにAがBに関する情報開示に協力しない場合には、所有者不明建物管理人の選任申立ても視野に入ってくるため、所有者の特定に関する情報や確認をした経過等を証拠化しておくことが有益である。 Bの所在や現在の所有者が判明せず、Aに請求をしてもAが任意の収去に応じない場合には、Aに対する判決を得ても実効性を欠く可能性がある。また、Aの所在・資力・態度等から訴訟や民事執行による解決に相当の時間や費用を要すると見込まれる場合には、所有者不明建物管理人の選任申立てが有力な選択肢となる。管理人が選任されれば、必要に応じて裁判所の許可を得て建物の処分を進められるため、実際の所有者の所在が不明な空き家について、売却や収去等を比較的円滑に進めやすくなると考えられる。 (了)
〈小説〉 国税審査官エイトの勤務日誌 ~ある国税不服審判所の記録~ 第7話 合議体① 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 午前10時半から、合議体が始まる。 永途は、コピー機の前で、合議体に配る資料を3部作成している。 合議体のメンバーは、調査部出身の田中担当審判官、徴収出身の木下国税審判官、そして所得税出身の南川副審判官の三人である。そして、事件を担当している永途が論点整理等を説明することになる。 審査請求の審理は、この合議体で行うことになる。 しかし、三人の出身に鑑みると、圧倒的に法人税の知識と経験のある田中担当審判官の結論が合議体の結論になりそうである。 会議室に、永途が、分厚い資料を抱えながら入ると、既に三人は、雑談をしながら、にこやかに座っている。 永途は、慌てて「遅れてすみません・・・」と言うと、三人に資料を配る。 三人は、配られた資料をペラペラと捲り、読み始める。 しばらくすると、田中審判官が 「それでは、この事件について、永途さんに説明して貰おうか・・・」 と言う。 永途は、田中審判官の顔を見て、頷く。 「・・・はい、それでは、この事件の概要について説明します・・・」 永途は、自分の作成した資料を見ながら、説明する。 「・・・この事案は、交際費に関するものですが、論点として、二つあります・・・」 と言いながら、その資料の下に書かれている「争点」について、述べる。 「・・・この事案は、交際費について争われたものですが、二つの争点があります」 そう言うと、永途は、田中審判官をみる。 田中審判官は、黙って、永途の説明を聞きながら、資料を読んでいる。 「・・・この争点①の認定賞与の件だけれど・・・交際費を社長の個人的な支出として、税務署は考えているのですか?」 田中審判官が永途に訊ねる。 「・・・はい、この1,530万円の交際費は・・・更正処分の理由に書いてあるように、社長の個人的な支出であると認定しています」 「・・・何故そのような認定をしたのですか?」 突然、徴収出身の木下国税審判官が永途に訊く。 「・・・ええ、この1,530万円の交際費は、『鬼ババ』という居酒屋の領収書の合計額なんですけど・・・3事業年度ですが・・・」 永途は、資料を見ながら説明を続ける。 「・・・理由書には、具体的に書いてないのですが・・・女将(おかみ)と社長の個人的な繋がりで交際費が支出されていると判断しています・・・」 そのとき、南川副審判官は、 「・・・ということは、社長のコレなんですか?」 南川副審判官は、小指を立てて、顔を崩す。 「・・・おそらく、税務署はそのように判断しているのでしょう・・・ほとんど、社長一人でその『鬼ババ』に通っていますから・・・」 永途の言葉に、南川副審判官は大きく頷く。 「・・・しかし、この会社の支出した交際費は、金額が大きいから、交際費を否認して、認定賞与としても、法人税額そのものは変わらない・・・」 木下国税審判官が、資料を見ながら呟く。 「・・・ええ、共に、交際費も認定賞与も損金不算入ですから、法人税額そのものは変わらないのですが・・・認定賞与の場合、給与所得として、源泉所得税が発生し、更に、消費税上、給与所得は、仕入税額控除になりませんから、その分、所得税や消費税は、納付税額が増えます・・・」 永途は、木下国税審判官に言う。 「・・・税務署は・・・『鬼ババ』に反面調査に行っているのだろうか・・・」 南川副審判官が永途に訊ねる。 「・・・税務署から提出されている書類等の中には、『鬼ババ』の写真が入ってますが・・・女将とバイトの女の子しかいないと記録されています・・・おそらく、お店に直接行かず、お店の外観調査をしたと思われます・・・」 そう言うと、永途は、夜の暗闇に仄かに浮かんでいる「鬼ババ」のケバケバしい居酒屋の写真を見せる。 「・・・このお店は、どこにあるの?」 木下国税審判官は、真面目な顔で、永途に訊く。 「ええ、ここに書かれている住所から推測すると・・・道頓堀のあたりです・・・」 永途がそう答えると、木下国税審判官は、大きく頷く。 「・・・田中審判官・・・今度・・・この『鬼ババ』に飲みに行きましょうか?」 真面目な顔で、木下国税審判官は、直球の田中審判官の顔を見る。 (つづく)
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《速報解説》 会計士協会、「倫理規則に関するQ&A(実務ガイダンス)」を改正 ~報酬依存度の計算方法及び支配関係の判断基準に関する設問の見直し等行う~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2026年7月15日付けで(ホームページ掲載日は2026年7月30日)、日本公認会計士協会は、倫理規則実務ガイダンス第1号「倫理規則に関するQ&A(実務ガイダンス)」の改正を公表した。 これにより、2026年5月22日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。公開草案に寄せられた主なコメントの概要とその対応も公表されている。 これは、報酬依存度に関する会員からの相談が多く寄せられていることに対応するものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 倫理規則では、社会的影響度の高い事業体(Public Interest Entity: PIE)の監査において2年連続で報酬依存度が15%を超える場合の開示、5年連続で報酬依存度が15%を超える場合の辞任規定などが規定されている。 報酬依存度に関する会員からの相談が多く寄せられていることに対応して、次のQ&Aの見直し・新設を行う。 (了)
《速報解説》 監査役協会が「監査役等による会計不正への対応 -予兆の早期把握と予防の徹底-」を公表 ~内部通報制度について親会社主導による統一的な仕組みの構築を提言~ 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 公益財団法人日本監査役協会会計委員会(以下、「会計委員会」と略称する)は、2026年7月28日、「監査役等による会計不正への対応-予兆の早期把握と予防の徹底-」を公表した。 会計委員会は、「はじめに」において、近時の会計不正は、経営者に対するガバナンスの問題や親会社の子会社グループに対するガバナンスの脆弱性に起因すると思われる事案がみられるが、こうした事案は単に一企業の問題にとどまらず、監査役等(監査役、監査等委員及び監査委員をいう)による監査や会計監査、さらには内部統制システムの実効性に対する社会的な信頼にも関わるものであり、市場全体の信頼性にも影響を及ぼす重大な事案であるという認識を踏まえ、改めて監査役等による会計不正への対応の在り方について検討し、会計不正の予兆の早期把握と予防の徹底に向けた提言を行う必要があるとの問題意識を持つに至ったと説明している。 会計委員会による報告書の内容は次のとおりである。 「はじめに」に続く、「昨今の主な会計不正事案の特徴・要点」では、ニデック株式会社、株式会社オルツ、エア・ウォーター株式会社、KDDI株式会社及び株式会社イーエムネットジャパンの5社が公開した調査報告書について、「事実の概要」「主な原因」及び「監査役等に対する提言」がそれぞれコンパクトにまとめられている。 本稿では、「各種会計不正の予兆(黄色信号)を掴むための方法」及び「各種会計不正を防ぐための予防・体制整備について」を中心に、報告書の内容について確認したい。 1 各種会計不正の予兆(黄色信号)を掴むための方法 会計委員会による「各種会計不正の予兆(黄色信号)を掴むための方法」について、まずは、項目ごとに確認したい。 最初に挙げられているのは、「経営トップの誠実性」である。会計委員会は、企業不祥事防止の観点で監査役等としてまず着目すべきは、経営トップが経営姿勢としてコンプライアンスを重視しているかであり、経営理念そのものが経営者の行動を律することにもなるため、経営執行陣、ガバナンスが適切に機能しているかというところも一つの兆候を察知するきっかけとなると説明している。 次いで、「循環取引:について、会計委員会は、循環取引が起こりうる状況として、直接の仕入先や販売先までは把握しているものの、取引の全体像の詳細までは把握していないということを挙げたうえで、監査役等の目線でも、取引の全体像を会社として把握しているかに注意する必要があるとしている。そのうえで、「循環取引を示唆する状況・兆候」について、「事業上の合理性が不透明な取引」「留意すべき取引の特徴」「特定担当者への権限の集中」及び「財務諸表上の数字に表れる特徴」の4項目について、具体的事例を列挙している。 さらに、「会計監査人への不適切な対応」について、会計委員会は、経理部門による会計不正の実行または他部門による会計不正の見過ごしや隠蔽などの場合には、会計監査人への対応が不適切となることがあるとして、次のような状況の有無を会計監査人に確認して、監査役等の立場からも経理部等の対応の合理性について検討することが有用であると説明いている。 また、監査役等の立場から、不正の予防発見のために、執行側に働きかけることが期待されている例として、「業界慣行を安易に正当化せず、他業種の上場会社の実務と照らして一般的であるかを評価すること」や「組織における経理部の地位が低い又は立場が弱い場合には、営業等の他部署に対する統制や牽制が利きにくいこと」を提言することを挙げている。 2 各種会計不正を防ぐための予防・体制整備について 会計委員会による、「各種会計不正を防ぐための予防・体制整備」についても、まずは、報告書の項目を挙げておきたい。 報告書における「各種会計不正を防ぐための予防・体制整備」で最も紙数を割いて説明している項目は、当然のことながら、「監査役会等の監査と会計監査人及び内部監査部門等との連携」である。会計委員会は、この連携に当たって、監査役等は三様監査を統括する意識を持って、主体的な役割を果たすべきであると強調したうえで、監査役等としても必要な情報を積極的に発信していくべきであると提言している。 また、「内部通報制度の整備」の解説の中では、子会社の内部通報制度について、子会社独自の通報制度を整備した場合、従業員数が少ない子会社では、匿名で通報を行ったとしても、職場環境や業務状況等から通報者が特定される可能性が高い。このことが通報に対する心理的障壁となり、結果として通報制度が十分に機能しないという懸念を示したうえで、会計委員会は、子会社を含めたグループ全体としての内部通報制度を確立し、親会社主導による統一的な仕組みの構築が望ましいという提言に導いており、これは新しい論点ではないかと思料する。 また、エア・ウォーター社の事例で、社内リニエンシー制度の導入や少人数制の対話型説明会の実施によって多くの疑義が明るみに出てきたことを取り上げ、平時におけるこうした制度の活用も考えられると説明している点については、筆者も賛同したい。 3 おわりに 報告書の最後に、会計委員会は、昨今、企業を取り巻く環境は複雑化しており、不祥事の未然防止及び透明性の確保に対する社会的要請が一層高まっている中で、監査役等は独立した立場から、経営の実態を的確に把握し、必要に応じて適切な指摘や助言を行うことが期待されているとしたうえで、経営トップによるコンプライアンス軽視の姿勢が認められる場合においても、組織内の力関係や圧力に左右されることなく、監査役等が自らの責務を全うする覚悟を持つことが不可欠であると提言している。 さらに、監査役等は、単なる形式的な監査にとどまらず、実効性のある監査を実現するための主体的かつ強い意志が求められる。今後もその役割の重要性は増していくと考えられるため、継続的な自己研鑽と責任ある行動が期待されるとして報告書を締め括っている。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 社会保障国民会議が「給付付き税額控除」等に関する 「中間とりまとめ」を公表 ~令和11年度の「所得に連動したきめ細かな給付」導入方針は維持、 飲食料品に係る消費税率引下げ等の経過措置(つなぎ)は意見の一致に至らず~ Profession Journal編集部 令和8年7月29日(水)、「社会保障国民会議(第2回)」が開催され、「給付付き税額控除」等に関する「中間とりまとめ」が取りまとめられ、内閣官房ホームページにおいて公表された。 本とりまとめは、「社会保障国民会議 給付付き税額控除等に関する実務者会議(第16回)」(令和8年6月24日開催)において示された「中間とりまとめ(案)」(以下「6月案」という)について、その後の実務者会議(第17回~第22回)等における検討を経て取りまとめられたものである。 「所得に連動したきめ細かな給付」を令和11年度に本格導入し、そのために必要な法制上の措置を可及的速やかに講ずるとの方針や、制度の基本的設計(個人単位・単身者も対象、勤労性の所得と一定の税・社会保険料負担がある者を対象、給付額の逓増→定額→逓減・消失、18歳以下のこどもの人数に応じた加算等)は6月案から維持されている一方、経過措置(つなぎ)及び財源の記載には大きな変更が加えられている。 以下では、6月案からの主な変更点を中心に概観する(6月案の内容は下記【関連記事】参照)。 1 6月案からの主な変更点 項目 6月案 中間取りまとめ 経過措置(つなぎ) 飲食料品に係る消費税率の引下げと「所得に連動したきめ細かな給付」の先行導入を組み合わせることが適当とのとりまとめに向けた意見があった 同組合せは「適当との議長案の提示があった」とした上で、議長案に対する各意見を併記し、「具体案について意見の一致には至らなかった」と明記 財源 「P」(記載未定) 項目を新設(下記3参照) 「年収の壁」への加算 「いわゆる年収の壁を超えた方向けに一定の給付額を上乗せする」 第3号被保険者制度の見直しや被用者保険の適用拡大の更なる加速により「年収の壁」が解消するまでの「時限的な措置」として、「年収の壁」に配慮した一定の加算を行う位置づけに変更 勤労性の所得の基準に係る意見 有識者会議の意見として、所得約 32 万円超(給与収入約 106 万円超)、給与所得 0 円超(給与収入 74 万円超)を注記 実務者会議の意見として、雇用保険の適用ラインを超えることとなる水準(給与収入約 53 万円超)を追加。あわせて各水準の換算根拠(令和 7 年度の最低賃金最低額×適用労働時間)を注記 検討期限の明記 明示なし 就労していない高齢者などへの対応、第3号被保険者制度の見直し・被用者保険の適用拡大の更なる加速について「次期年金法改正が予定されている令和 12 年までに結論を得る」と明記 2 経過措置(つなぎ):具体案は意見の一致に至らず 6月案では、令和11年度の本格導入までの2年間に限った経過措置(つなぎ)として、下記の組み合わせが「適当とのとりまとめに向けた意見があった」とされていた。 これに対し中間とりまとめでは、この組合せを「議長案の提示があった」ものと位置づけた上で、議長案に対する実務者会議における意見が併記された。 具体的には、以下の意見等がそれぞれ示されている。 その上で、経過措置(つなぎ)については、「現下の物価高や税・社会保険料負担に苦しむ中低所得者への対応の必要性が共有され、意見の集約に向けた議論が積み重ねられたが、具体案について意見の一致には至らなかった」と総括されている。 3 財源(項目の新設) 6月案で「P」とされていた財源については、本格導入分・経過措置(つなぎ)分のいずれも、市場の信認を損なうことのないよう、特例公債に頼らず、補助金・租税特別措置の見直しなど歳出・歳入のあらゆる見直しを通じて確保することとされた。 その上で、本格導入分(恒久財源)は早期に、つなぎ分は令和9年度予算編成プロセスにおいて予算編成改革を具体化する中で、それぞれ結論を得るとしている。 4 制度の基本的設計・執行等に係るその他の修正点 このほか、給付に係る閾値となる所得水準及び給付額について「恒久財源の確保とあわせて検討する」とされた点、給付の対象外で支援が必要な方(低収入の現役世代、病気や障害等で働けない方など)への対応について、給付と相談・就労支援の一体的な実施を含め検討し、可能なものは令和11年度からあわせて実施できるよう本格導入までに結論を得るとされた点が挙げられる。 また、将来的な方向性においては、今回導入を目指す「所得に連動したきめ細かな給付」は本格的な「給付付き税額控除」を導入する「第一歩」であることが冒頭に明記され、税額控除と給付の組合せについても「将来的に給付のみと決め打ちすることなく」検討を継続するとされた。このほか、来年度を目途に「社会保険料還付付き税額控除(所得税・住民税)」を目指すべきとの意見や、総所得に金融所得等を当初から勘案すべきとの意見、こども加算への慎重意見など、各所で実務者会議等における意見の併記が拡充されている。 本とりまとめにおいて、令和9年4月からの飲食料品に係る消費税率の引下げを含む経過措置(つなぎ)の具体案は決着しておらず、今後の政府・与党における方針決定に委ねられた形となる。今後公表される政府・与党の方針及び立法プロセスの動向に留意されたい。 (了)
2026年7月30日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.679を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第59回】 「「譲渡所得課税の趣旨」法理の限定的な「復権・本領発揮」」 -タキゲン事件・最判令和2年3月24日訟月66巻12号1925頁- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 第55回から前回まで4回にわたって判例法理としての「譲渡所得課税の趣旨」法理(学説では増加益清算課税説)に着目し、同法理の枠内における(譲渡所得の本質的意義(理論[包括的所得概念論]的意義)に基づく)譲渡所得課税❶と(譲渡所得の実定法的意義に基づく)譲渡所得課税❷との「競い合い」(「趣旨内競い合い」)の観点から、譲渡所得課税に関する判例を検討してきたが、その検討を通じて、譲渡所得をめぐる課税問題の司法的解決において同法理が基軸に据えられてきたことを確認した(前々回Ⅳ、前回Ⅳ参照)。 同時に、その検討を通じて、「譲渡所得課税の趣旨」法理は、適用場面によって、「趣旨内競い合い」における位置づけないし意味を異にし、同法理の適用の仕方に紆余曲折がみられることも明らかになった。筆者はそのことを、同法理の枠内における「趣旨内競い合い」の観点から、「遅れ挽回」(第55回)、「独走」(第56回)、「『牽引力』の減退と復活・遮断(『どんでん返し』)」(第57回)、「離脱」(第58回)等の言葉で、表現してきた。 ただ、今回取り上げるタキゲン事件・最判令和2年3月24日訟月66巻12号1925頁(以下「令和2年最判」という)は、「譲渡所得課税の趣旨」法理を、これを創設した最判昭和43年10月31日訟月14巻12号1442頁(以下「昭和43年最判」という。第55回参照)と同じく、みなし譲渡課税の場面で適用し、その場面に限って同法理の「復権・本領発揮」を実現したように思われる。 今回は、令和2年最判における「譲渡所得課税の趣旨」法理の「復権・本領発揮」の意味を検討することにする。まず、令和2年最判の判断内容からみておくことにしよう。 なお、令和2年最判については、既に第6回において、租税通達の「解釈」の問題を検討した。今回も、その問題に関する裁判所の判断にも言及はするが、その問題は検討の主たる対象としないことを予めお断りしておく。 Ⅱ 令和2年最判の判断内容 令和2年最判では、個人が法人に対して行った取引相場のない株式の譲渡に係る所得税法59条1項所定の「その時における価額」の意義が争われたが、同最判は、まず、譲渡所得に対する課税について、「譲渡所得課税の趣旨」法理に従って下記のとおり判示した(下線筆者)。 令和2年最判は、このように、「譲渡所得課税の趣旨」法理に従って譲渡所得課税の対象としての「所得」を「資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益」とし、これを「その時点において所有者である譲渡人の下に生じている増加益」として展開した上で、次に、下記のとおり、「譲渡所得課税の趣旨」に照らして所得税法59条1項所定の「その時における価額」の算定(評価)に係る所得税基本通達59-6を「少数株主に該当するか否かについても当該株式を譲渡した株主について判断すべきことをいう趣旨のもの」と解する判断を示した(下線筆者)。 令和2年最判は、結論の点だけでなく以上の判断枠組みの点でも基本的には、原々審・東京地判平成29年8月30日訟月66巻12号1945頁(以下「本件第一審判決」という)と同じであるが、ただ、本件第一審判決は、同最判のように「譲渡所得課税の趣旨」から「その[譲渡所得に対する課税の場面と相続税や贈与税の課税の場面との]差異に応じた取扱い」を導出するにとどまらず、下記のとおり、「譲渡所得課税の趣旨」から通達の文言の「読み替え」まで導出する判断を示している(下線筆者)。 これに対して、令和2年最判の原審・東京高判平成30年7月19日訟月66巻12号1976頁(以下「本件控訴審判決」という)は、租税通達についても「文理解釈」を重視する見地から「通達の文言を殊更に読み替えて異なる内容のものとして適用することは許されない」と判示し、さらに、下記のとおり、「譲渡所得課税の趣旨」から通達の文言の「読み替え」を導出するのは無理がある旨を判示した(下線筆者)。 Ⅲ 「譲渡所得課税の趣旨」法理とみなし譲渡課税 以上でみてきたように、本件第一審判決と本件控訴審判決では通達の文言の「読み替え」の可否が判断の直接的な「分かれ目」であったのに対して、本件控訴審判決と令和2年最判では「譲渡所得課税の趣旨」の捉え方が判断を分けたように思われる(品川芳宣「判批」TKC税研情報29巻3号(2020年)28頁、38頁は本件各判決を「三者三様の判断」と評している)。 本件控訴審判決は、前記の引用判示のとおり、「譲渡所得課税の趣旨」を「上記のように成立した価額[=不特定多数の独立当事者間の自由な取引において通常成立すると認められる価額(時価)]を基準に、所有者の有していた増加益を判断して課税することになる」と捉えていることからすると、この判決の考え方を「譲渡益説に親和的な考え方」(佐藤英明「判批」TKC税研情報29巻4号(2020年)1頁、9頁)と理解する見解は妥当であると考えられる(なお、この見解にいう「譲渡益説」(佐藤英明『スタンダード所得税法〔第4版〕』(弘文堂・2024年)95-96頁参照)は筆者のいう「譲渡益課税説」と同じく一種の純所得課税の考え方(前々回Ⅲ1、拙著『税法基本講義〔第8版〕』(弘文堂・2025年)【289】参照)であると解される)。 上記の見解は、前記の引用判示中の「譲渡所得課税の趣旨」について、「不特定多数の間で自由な交渉により成立する『時価』を、59条1項の規定する『時価』とした上で、実際にどのような価格による譲渡が成立しうるか、が検討の焦点となっている。」(佐藤・前掲「判批」9頁)と指摘した上で、「砕いて言ってしまえば、少数株主となる者(評価通達によればその場合の1株の価額は75円)が、1株に対して支配的株式(同じく2505円)の値段を払って株式を購入することはあり得ないから、現実に成立しうる価格が時価だ(それは75円と2505円の間のどこか、たとえば、300円かも知れない)という発想だと思われる。」(同頁)と述べている。 このように、本件控訴審判決は、「譲渡所得課税の趣旨」法理の枠内における「趣旨内競い合い」の観点からみると、(譲渡所得の本質的意義(理論[包括的所得概念論]的意義)に基づく)譲渡所得課税❶だけでなく(譲渡所得の実定法的意義に基づく)譲渡所得課税❷をも重視し、とりわけ後者においては「所有者に帰属していた増加益」を「不特定多数の独立当事者間の自由な取引において通常成立すると認められる価額(時価)」によって算定することにしたものと解される。 このような理解によれば、本件控訴審判決が前記の引用判示において「当該株式が分割して譲渡され、譲受人が支配権を有しない少数の株式を保有するにとどまる場合には、当該株式は配当への期待に基づく経済的価値を有するにすぎないものとして評価されることとなるから、その間の自由な取引において成立すると認められる価額は、譲渡人が譲渡前に有していた支配関係によって決定されるのか、譲渡後に譲受人が取得することになった支配関係のどちらかで決定されるのかは一概に決定することはできず、双方の会社支配の程度によって結論を異にする事柄であるというべきである。」という判断を示したことにも理由があるといえるかもしれない。 しかしながら、本件で問題となったみなし譲渡課税の対象となる「居住者」(所税59条1項柱書)は、「譲渡所得の基因となる資産の移転があつた場合」(同)における当該資産の所有者すなわち当該資産の譲渡人を意味するのであるから、「譲渡所得課税の趣旨」法理にいう「所有者に帰属する増加益」は、当該資産の譲渡人に着目して算定すべきことになる。しかも、同法理にいう「所有者に帰属する増加益」は「所有者の意思によらない外部的条件の変化に起因する資産価値の増加」(金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)271頁)を意味するところ、当該資産の所有者の人的事情(本件では、非上場株式の所有者が少数株主に該当するか否か)も当該資産にとっては「所有者の意思によらない外部的条件」に属するので、「所有者に帰属する増加益」は、論理的にも、当該資産の譲渡人に着目して算定すべきことになろう。 これらのことを「譲渡所得課税の趣旨」法理の枠内における「趣旨内競い合い」の観点からみると、令和2年最判は、まず、「譲渡所得に対する課税においては、資産の譲渡は課税の機会にすぎ[ない]」として、同法理における譲渡所得課税❷の比重を小さくした上で、「その時点において所有者である譲渡人の下に生じている増加益に対して課税されることとなる」として、譲渡所得課税❶における「所有者である譲渡人」の意義を強調し、もって「その時点において所有者である譲渡人の下に生じている増加益」を、「所有者である譲渡人」の人的事情のうち当該資産の価額に影響を及ぼすべき事情(本件では、非上場株式の譲渡における譲渡人の会社への支配力の程度)を考慮して、算定すべきであると判断したものといえよう。 この点について、令和2年最判に対する次の評価(佐藤・前掲「判批」7頁。下線・傍点筆者)は正鵠を射たものであると考えるところである。 以上のように考えてくると、「譲渡所得課税の趣旨」法理は、その創設以来の紆余曲折を経て(前記Ⅰ参照)、令和2年最判によって「趣旨内競い合い」において「[増加益]清算課税説の中核的な発想」(佐藤・前掲「判批」7頁)に基づく譲渡所得課税❷の軽視及びこれと同時に譲渡所得課税❶の重視という形で、いわば「復権・本領発揮」に至ったといってもよかろう。ただし、同法理の「復権・本領発揮」は、令和2年最判が同法理を、これを創設した昭和43年最判と同じく、みなし譲渡課税の場面で適用したことによるものであって、その場面に限定されたものであるとみておくべきであろう。 みなし譲渡課税は、「譲渡所得課税の趣旨」法理のまさしく「本領発揮」の場面である。すなわち、みなし譲渡課税は、「無償や低額の対価による譲渡にかこつけて資産の譲渡所得課税を回避しようとする傾向を防止する」(昭和43年最判)あるいは「同項[=所税59条1項]各号に掲げる事由により譲渡所得の基因となる資産の移転があった場合に当該資産についてその時点において生じている増加益の全部又は一部に対して課税できなくなる事態を防止する」(令和2年最判)という目的で、収入金額という実体的経済価値を伴わない「資産の譲渡」について収入金額を擬制すること(みなし譲渡課税に係る収入金額擬制説。前掲拙著【285】参照)によって、譲渡所得課税❷における「資産の譲渡」を所得の実現と切り離して単なる「課税の機会」にとどめる措置(令和2年最判参照)であると解されるが、そうであるからこそ、みなし譲渡課税の場面では、「譲渡所得課税の趣旨」法理の「本領」ともいうべき譲渡所得課税❶が前面に出てきて、譲渡所得の課税関係を基礎づけることになると考えられるのである。 令和2年最判については、「本判決は同項[=所税59条1項]による課税が[増加益]清算課税説の、いわば『直接的な適用』によって行なわれることに立脚し、譲渡直前の譲渡人の手中にある株式の時価を基礎として、同項を適用したものである。」(佐藤・前掲「判批」9頁。下線筆者)との理解が示されているが、この理解は、みなし譲渡課税に関する上記の筆者の考え方と基本的に同じ考え方に基づくものであると解される。 なお、最後に、租税通達の「解釈」の問題について若干触れておくと、令和2年最判が、本件第一審判決と本件控訴審判決とで見解の対立のみられた通達の文言の「読み替え」の議論にコミットしなかったのは、妥当である。というのも、そもそも通達は法源ではないため、その文言の「読み替え」に法規範論的意味はなく、しかも財産評価に関する通達は法令解釈通達ではなく事実認定に関する「『適用通達』ないし『認定通達』の性質をもっている」(金子宏『租税法理論の形成と解明 下巻』(有斐閣・2010年)368頁[初出・2000年])一種の取扱通達であることからすると、裁判所としては、財産評価という事実認定に当たり、通達の定める評価方法の取扱いを問題にするだけにとどめるのが相当であると考えられるからである。令和2年最判が「譲渡所得に対する課税の場面においては、相続税や贈与税の課税の場面を前提とする評価通達の前記の定めをそのまま用いることはできず、所得税法の趣旨に則し、その差異に応じた取扱いがされるべきである。」と判示したのは、そのような意味で妥当な判断であると考えられる。 Ⅳ おわりに 今回は、令和2年最判を「譲渡所得課税の趣旨」法理の観点から検討し同最判を、同法理の創設(昭和43年最判)後における同法理をめぐる紆余曲折を経て同法理を「復権・本領発揮」させた判決として、位置づけた。 この点に関して、「本判決[=令和2年最判]を踏まえて支払利子付随費用判決[=最判平成4年7月14日民集46巻5号492頁]以来の3件の最高裁判決[=そのほか最判平成17年2月1日訟月52巻3号1034頁、最判平成18年4月20日訟月53巻9号2692頁]を振り返ると、それらがいずれも、譲渡所得の金額の計算に関する判断であったことが、改めて注目される。」(佐藤・前掲「判批」7頁)などと述べた上で下記のとおり説く見解(同頁。佐藤・前掲書146頁も参照)は、令和2年最判に関する前記の位置づけの基礎にある筆者の認識と基本的に同様の認識に基づくものであると解される。 この見解にいう「[増加益]清算課税説」は筆者のいう「譲渡所得課税の趣旨」法理を意味するものと解され、しかも同見解にいう「譲渡所得の金額の計算に関する領域」は、筆者のいう「譲渡所得課税の趣旨」法理の枠内における譲渡所得課税❷に相当し、「譲渡所得の意義に関わる問題」は同法理の枠内における譲渡所得課税❶に相当すると解されるところ、「譲渡所得の意義に関わる問題」が譲渡所得課税の可否及び範囲に具体的な影響を与える問題として判断されたのは、以下で述べるように、みなし譲渡課税に関する昭和43年最判と令和2年最判だけであると考えられる。 前記の見解で令和2年最判と「対比」されている「3件の最高裁判決」のうち、親子間ゴルフ会員権贈与事件・最判平成17年2月1日訟月52巻3号1034頁(以下「平成17年最判」という)以外の2件の最高裁判決は譲渡所得課税❷における「譲渡所得の金額の計算」に関する判断であったこと(前々回、前回参照)から、その検討は措くことにして、ここでは平成17年最判について検討しておくと、同最判は、みなし譲渡課税規定(所税59条1項)と「いわば『表裏補完』の関係」(谷口勢津夫ほか『基礎から学べる租税法〔第4版〕』(弘文堂・2025年)113頁[谷口執筆])にある取得費等の引継規定(同60条1項)の適用を問題にしていることから、昭和43年最判及び令和2年最判と同列に位置づけることができそうにも思われるが、しかし、下記の判示(下線筆者)からすると、後で述べるように、そのように位置づけることはできないと考えられる。 平成17年最判は、確かに、上記の引用判示のうち特に第2段落では、「譲渡所得課税の趣旨」法理に従い「譲渡所得の意義に関わる問題」(譲渡所得課税❶)について判断を示してはいるが、しかし、第3段落では、「譲渡所得の金額の計算に関する領域」(譲渡所得課税❷)すなわち本件では「法60条1項に基づいてされる譲渡所得の金額の計算」に関して、借入金利子取得費控除[三輪田]事件・最判平成4年7月14日民集46巻5号492頁(第57回)に従い取得費に付随費用を含めた上で、譲渡収入に対する純所得課税の考え方である譲渡益課税説ではなく、「増加益に対する純所得課税」ともいうべき独特の考え方を判示して「譲渡所得課税の趣旨」法理から「離脱」したものと解される。 平成17年最判については、正当にも、「ゴルフ会員権贈与事件の最高裁判決においては、所有者が取得の時に付随費用を支出すると資産の増加益がそれだけ減る、と考えられていることになるが、人が名義書換料のような支出をすることが資産の価値(増加益)そのものに影響を与えるとは考えられない。」(佐藤・前掲書145頁)と指摘して「清算課税説からの一定の乖離」(同頁)を説く見解があるが、その見解も同最判を昭和43年最判及び令和2年最判と同列に位置づけてはいないと考えられるのである。 そうすると、譲渡所得課税に関する従来の判例では、「譲渡所得課税の趣旨」法理の「本領発揮」は、やはり、みなし譲渡課税の場面においてのみ認められることになろう。令和2年最判は、その意味で、「譲渡所得課税の趣旨」法理の「本領発揮」の範囲ないし同法理の本来の射程を明らかにした判決として、意義を有すると考えるところである。 (了)