◆◇◆◇◆ 決算短信の訂正事例から学ぶ実務の知識 【第19回】 「預金と借入金の計上漏れ」 公認会計士 石王丸 周夫 今回の事例は、借入金の計上漏れです。そして、借入金の見合いで預金も計上漏れとなっています。 借入金や預金は銀行との取引であり、銀行側の記録(通帳やインターネットバンキングの記録)との整合性確認が可能です。そのため、会社側に誤処理があっても早い段階で修正可能だと考えられます。しかし、そのような取引が処理漏れとなってしまいました。 単純なミスのように見えますが、上場会社ではあまり見ないミスです。少なくとも、短信公表後にこのようなミスを訂正する事例は珍しいと思います。会計的には資産と負債の計上漏れであり、業績への直接の影響はありませんが、借金の計上漏れという事実は重いのではないでしょうか。 このようなミスが発生している場合に留意すべきことは何か、以下、訂正事例を使って考えていきましょう。 計上漏れとなった仕訳 今回の事例は、第1四半期決算短信における誤りです。その添付書類である四半期貸借対照表で、一部の科目の残高を間違えています。当該第1四半期中に契約締結した借入金50,000千円について、四半期貸借対照表への計上を漏らしてしまったようです。 訂正前と訂正後の四半期貸借対照表から、計上漏れとなった仕訳を推定すると、次のとおりとなります。 借方は、長期借入金50,000千円が現金及び預金に入金されたことを示します。貸方は、第1四半期末の負債表示について、長期借入金を計上するとともに、1年内返済分を流動負債に振り替えることを示します。これらの処理が抜け落ちていたようです。 この計上漏れにより、上記3科目が訂正になったほか、流動資産合計、資産合計、流動負債合計、固定負債合計、負債合計、負債純資産合計が訂正になり、合わせて、サマリー情報や定性的情報内でこれらの数値を参照した箇所が連動して訂正になっています。 内部統制上のリスク 四半期貸借対照表について、現金及び預金と借入金の計上漏れがあったということは、第1四半期末日におけるそれらの会計記録(試算表残高)と銀行記録(実際有高)が不一致だったことを意味します。 会計上の預金残高について、会計記録側の不備により銀行記録と不一致になっていることは、会計処理上のみならず内部統制上も問題です。あってはならないことですが、預金の流用が行われた場合、一般論としては、会計記録または銀行記録の改ざんがなされない限り、両記録の不一致として異常が発覚します。しかし、これは両記録がもともと一致していることが前提です。会計記録に計上漏れがあって銀行記録と不一致になっている状態では、この検知機能が無効になります。計上漏れとなっている預金が流用されても、むしろそれにより両記録が一致してしまうからです。 本事例の場合、計上漏れとなった借入金の契約日はX年2月28日でした。少なくとも、第1四半期末日であるX年3月31日までの1ヶ月間は、会計記録と銀行記録は不一致だったと考えられます。その期間は、計上漏れとなった預金が流用されても発覚しないリスクがあったといえます。 不一致を防ぐための突合 こうしたリスクを回避するためには、会計記録と銀行記録の突合を定期的に行う必要があります。たとえば、毎月末に試算表データとインターネットバンキングの預金残高データを突合するといったことです。 本事例の会社でそのような突合を行っていたかどうかは明らかにされていませんが、常識的に考えれば、行っていたと思われます。この会社は上場会社なので会計監査を受けています。会計監査というのは、会社の内部統制に依拠して行われるものです。預金や借入金の残高に関する会計記録と銀行記録の定期的な突合といった基本的な内部統制は、会計監査の前提として、当然に整備、運用されていると考えられます。 では、なぜ前述の不一致が起きてしまったのでしょうか。 1つの可能性として考えられるのは、計上漏れとなった50,000千円の借入金およびその見合いとしての預金について、何らかの理由により経理部門で把握されていなかったのかもしれないということです。つまり、それ以外の銀行取引残高については定期的に会計記録と銀行記録の突合がなされ、問題なかったというものです。 しかし、仮にそうだったとしても、当該50,000千円の取引がなぜ把握されていなかったのかという疑問が残ります。そもそも借入契約の時点で仕訳計上されていなかったこと自体が不思議です。借入契約手続きに関する業務フローに、何か欠陥がある可能性もあります。 このように考えてみると、こうした誤りが発生した場合は、それが単に処理を漏らしてしまっただけのことなのか、しっかり確認することが必要だという結論に至ります。 開示前のチェックポイント 計上漏れの原因に重大な問題がなかった場合は、次の点に留意して開示前のチェックを行うとよいでしょう。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例70】 「所在等の不明な区分所有者がいる場合の対応方法」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 私が区分所有するマンションでは行方不明で連絡のつかない区分所有者が多数います。このままでは、マンションの建替え決議(5分の4の決議)に影響が生じることを懸念しています。このような場合、区分所有法上、どのような方法を講じることが考えられますか。 1 検討の視点 令和7年5月23日に「老朽化マンション等の管理及び再生の円滑化等を図るための建物の区分所有等に関する法律等の一部を改正する法律」が成立した。これによって、「建物の区分所有等に関する法律」(以下「区分所有法」という)が改正され、令和8年4月1日から施行される予定である。 今回の改正は、高経年の区分所有建物の増加や区分所有者の高齢化を背景に、相続等を契機とした所有者の不明化や、非居住化が進行する現状を踏まえて行われたものである。 本事例では、改正法を踏まえて、行方不明の区分所有者がいる場合の対応策について確認することとしたい。なお、本事例において、改正前後の区分所有法を表記する場合、「改正前」「改正後」と表記する。 2 改正前の問題点 改正前の区分所有法は、集会の決議を「この法律又は規約に別段の定めがない限り、区分所有者及び議決権の過半数で決する」と規定していた(改正前第39条第1項)。しかし、集会を欠席する区分所有者は、議事において、反対者と同様に扱われるため、集会に参加しない行方不明の区分所有者が増加するほど、相対的に集会の決議が成立しにくくなる問題があった。 たとえば、20%超の区分所有者が行方不明の場合、老朽化した区分所有建物の建替え決議(区分所有者及び議決権の各5分の4以上の賛成、改正前第62条第1項)をすることができず、その他の特別決議事項の成立も困難となる。この対策として、不在者財産管理人の選任を申し立てることなども考えられるが、多数の行方不明者が存在する場合には必ずしも現実的な選択肢ではない。 3 所在等の不明な区分所有者を決議の母数から除外する仕組み (1) 制度の概要 改正後は、区分所有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないときに、当該区分所有者(以下「所在不明等区分所有者」という)を集会の決議の母数から除外する裁判制度(以下「除外決定」という)が導入された(改正後第38条の2)。 これによって、建替え決議を含むすべての決議事項について、所在等不明区分所有者を除外して決議をすることが可能となった。対象範囲が広いのは、所在等不明区分所有者は、すべての決議について関心を失い、他の区分所有者の決定に委ねているものと考えられるためである。 除外決定の申立ては、一般の区分所有者、管理者又は管理組合法人によって、当該建物の所在地を管轄する地方裁判所に対して行われる(改正後第38条の2、同第47条第12号、同第86条)。管理者及び理事を除く一般の区分所有者が除外決定を得た場合には、管理者又は理事に対し、遅滞なくその旨を通知する必要がある(改正後第38条の3第3項)。 これは、一般の区分所有者が申立てを行う場合、管理者や理事が除外決定の存在を認識していない可能性があることから、当該除外決定を見逃して決議を行うことを防ぐための措置である。 なお、除外決定があった場合、その後の決議に際し、当該区分所有者に対して招集通知を発する必要はない(改正後第35条第1項かっこ書)。 (2) 所在等不明区分所有者の判断基準 所在等不明区分所有者の該当性は、令和3年の民法改正で導入された所在等不明共有者以外の共有者による変更・管理の裁判(民法第251条第2項、第252条第2項)と同様の基準で判断されることになる。したがって、申立人は、申立てに際し、合理的に期待される調査を尽くす必要がある。 一方で、認知症等によって意思疎通が困難な区分所有者については、氏名や住所も判明していることから、除外決定を利用することはできず、成年後見制度等の他の制度を利用する必要がある。 (3) 除外決定の取消しについて 所在等不明区分所有者の存在等が判明した場合、地方裁判所は、利害関係人からの請求を受けて除外決定を取り消すことになる(改正後第86条第5項)。この点については上記2のとおり、所在等不明区分所有者がいる場合に、不在者財産管理人等の管理人制度も利用することができるため、当該管理人の権限と除外決定の優先関係が問題となりうる。 この問題については、①除外決定が出された後に管理人が選任された場合は、当該除外決定が取り消されるまでの間、所在等不明区分所有者は決議から除外された状態が継続するものと解される。そのため、当該管理人が決議に関与する必要があると考える場合、利害関係人として、当該除外決定の取消しを申し立てることになる。他方、②管理人が選任された後に除外決定申立てがされた場合、既に管理人がいることから、裁判所が管理人の存在を把握した場合には、当該除外決定の申立ては却下されることになると解される。 4 本件において 本事例において、行方不明で連絡のつかない区分所有者が存在したとしても、マンションの建替え決議を成立させられる場合には、通常の手続で集会を招集し決議を行えば足りることになる。 これに対して、行方不明の区分所有者が多数存在し、建替え決議の成立に支障が生じることが見込まれる場合には、当該区分所有者の所在調査等を行い、除外決定を得た上で建替え決議を行うことが考えられる。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第97話】 「パートナーシップと配偶者控除」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 浅田調査官は、パソコンの画面を見ながらため息をつく。 画面は、東京都渋谷区のウェブサイトで「渋谷区パートナーシップ証明」となっている。 「・・・法律上の婚姻とは異なるもの・・・となっているパートナーシップ制度は、巷でそんなに求められているのだろうか・・・」 浅田調査官は、更にインターネットで検索すると、導入自治体は539(全体で1,788)、導入自治体の人口合計を日本の総人口で割ると、92.9%(2024年1月1日現在)になる。そして、この制度のない都道府県はゼロである。 「・・・ということは・・・多くの日本人は、このパートナーシップ制度の証明書を得ることができるということなのか・・・」 浅田調査官は、再び渋谷区のウェブサイトに戻り、「パートナーシップ証明書を申請できる人」の画面を見る。 画面は、次のようになっている。 そこに、中尾統括官がやってくる。 「・・・何を・・・熱心に・・・画面を見ているの?」 中尾統括官は、パソコンの画面を覗く。 「・・・」 しばらくして、中尾統括官は、浅田調査官の顔を見る。 「・・・君は・・・パートナーシップに興味があるの?」 浅田調査官は、驚いたように顔を上げる。 「・・・いえ、これだけパートナーシップ制度が日本の各自治体で普及しているものですから・・・この議論は、国会でもっと行うべきだと思うのです・・・すなわち、条例ではなく、法律でこの制度を認めなければ、あまり実効性がない・・・」 中尾統括官は、腕を組んで浅田調査官の説明を聞いている。 「・・・しかし、この問題はなかなか結論が出ないだろう・・・今、国会でも議論している『選択的夫婦別氏制度』でさえも、簡単に決まらない・・・個人のアイデンティティーを維持したいとか、結婚による姓の変更手続きの負担やキャリアへの影響を避けたい、などの問題を解決するためには、それを希望する者に対して、氏の選択を認めても良いと思っているが・・・国会では、なかなかまとまらない・・・」 中尾統括官は、渋い顔をする。 「・・・ところで、所得税法83条や83条の2で規定している『配偶者』は、法律上の婚姻関係を前提としており、もちろん、パートナーシップでは駄目なのですが・・・将来的に、自治体で導入しているパートナーシップ制度のパートナーシップも、税法上の配偶者になるということはないのでしょうか?」 浅田調査官は、真面目な顔で訊ねる。 「・・・そりゃ、将来、ひょっとすると、パートナーシップ制度が税法でも認められるかもしれない・・・しかし、今、社会の多くの人が、そのような制度の導入を希望しているかどうか・・・僕には、分からない・・・」 中尾統括官は、思案顔になる。 「・・・所得税は、内縁関係では、配偶者として認められない(最高裁平成9年9月9日判決)ということになっていますが、他の法律では、内縁関係でも認めています・・・」 そう言うと、浅田調査官は、厚生年金法3条2項を開く。 更に、浅田調査官は、犯罪被害者等給付金の支給等による犯罪被害者等の支援に関する法律の5条1項1号を紹介する。 「なるほど・・・これらの法律は、事実婚を配偶者として認めているが・・・」 中尾統括官は、大きく頷く。 「・・・しかし、これは僕が勝手に推測することなのだが・・・」 そう言いながら、中尾統括官は罫紙の上に図を描く。 「・・・すなわち、税金は、国民から徴収するもので、一方、年金とか被害者等給付金は、国民に支給するもので、お金の流れが、全く逆である・・・その意味では、税金は、できるだけ争いの余地がないように規定しているのだと思う・・・例えば、配偶者居住権(民法1028①)の配偶者も法律婚の配偶者となっており、その理由は、紛争の複雑化・長期化を防止するため事実婚は認めないということになっている・・・」 中尾統括官は、図を見ながら説明をする。 (つづく)
《速報解説》 令和7年度税制改正に係る「租税特別措置法施行規則の一部を改正する省令」が9月30日付官報:本紙第1558号にて公布 辻・本郷税理士法人 税理士 安積 健 本稿では、令和7年9月30日付で公布された租税特別措置法施行規則の一部改正について解説する。 令和7年度税制改正により、持続的な食料システムの確立に向けた税制上の所要の措置として食品等の流通の合理化及び取引の適正化に関する法律の改正を前提に、一定の計画の認定を受けた場合に、所得税及び法人税において、①中小企業経営強化税制及び②カーボンニュートラルに向けた投資促進税制の適用を受けることができることとなった。 今回の改正により、上記①又は②の特例の適用を受ける場合、確定申告で必要となる添付書類が明らかとなった。具体的には、次の通りである。 (了)
《速報解説》 会計士協会等が「中小企業の会計に関する指針」の修正を公表 ~修正を受け「会計参与の行動指針」も改正~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 令和7年(2025年)9月19日付けで(ホームページ掲載日は2025年9月29日)、日本公認会計士協会、日本税理士会連合会、日本商工会議所、企業会計基準委員会は、修正「中小企業の会計に関する指針」を公表した。 これは、項番号の修正や関係法令の更新等に伴う所要の変更のみを行うものである。 「収益認識に関する会計基準」(企業会計基準第29号)の考え方を中小会計指針に取り入れるかどうかは、収益認識会計基準の上場企業等への適用状況及び中小企業における収益認識の実態も踏まえ、検討することを考えているとのことである。 また、修正「中小企業の会計に関する指針」を受けて、日本公認会計士協会と日本税理士会連合会は、2025年9月19日付けで(ホームページ掲載日は2025年9月29日)、「会計参与の行動指針」を改正している。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 中小会計指針の主な修正内容は次のとおりである。 「会計参与の行動指針」では、グローバル・ミニマム課税制度の適用対象ではない会社を前提としている旨の注書きが記載されている。 (了)
《速報解説》 国税庁、e-Tax「ID・パスワード方式」の新規発行停止を公表 ~令和7年10月1日よりマイナンバーカード方式への一本化を推進~ Profession Journal編集部 国税庁は9月25日、「ID・パスワードの新規発行停止について」を公表し、令和7年10月1日より「ID・パスワード方式」で使用するID・パスワードの新規発行を停止することを明らかにした。 1 背景と経緯 現在、国税庁ホームページ「確定申告書等作成コーナー」からe-Taxにより税務申告を行う方法には、次の2つがある。 ID・パスワード方式は、マイナンバーカード普及までの暫定的な措置として運用されてきたが、マイナンバーカードの保有率が約8割に達し、マイナンバーカード方式の利用が拡大している状況にある。 2 政府方針の明確化 「デジタル社会の実現に向けた重点計画」(令和7年6月13日閣議決定)では、マイナンバーカードを前提としたe-Taxの推進を掲げており、「ID・パスワードによる申告」の廃止を含めた在り方を2025年度中に検討し結論を得ることとされている。 3 新規発行停止の詳細 (1) 実施時期 令和7年10月1日より実施。 (2) 対象 今後新たにe-Taxで申告する場合の「ID・パスワード方式」で使用するID・パスワードの新規発行が対象。 (3) 今後の対応 4 実務への影響と課題 (1) 税理士事務所への深刻な影響 多くの税理士事務所では、顧客の確定申告書作成において「ID・パスワード方式」を活用してきた。今回の措置により、新規顧客については「マイナンバーカード方式」での対応が必要となるが、税理士が顧客に代わってe-Tax利用者識別番号を取得する場合の取扱いが不明確であり、今後の国税庁からのアナウンス含め関係する最新情報に注視したい。 従来、税理士は顧客の委任を受けて税務署でID・パスワードの発行手続きを代理で行うことが可能であったが、マイナンバーカード認証が必要となった場合、物理的にカードの所持者である本人でなければ認証ができないため、代理取得が困難になるのではといった声もある。 (2) 相続税申告への重大な影響懸念 特に相続税申告においては、相続人が高齢者である場合が多く、マイナンバーカードの取得や電子申告への対応が困難なケースが少なくない。税理士が代理でe-Tax利用者識別番号を取得できない場合、相続税の電子申告率が大幅に低下することが懸念されている。 (3) 納税者への影響 既存の「ID・パスワード方式」利用者は当面継続利用が可能であるため、直ちに全面的な影響が生じるわけではないが、これまでマイナンバーカードを保有していない新規のe-Tax利用者は、事実上マイナンバーカードの取得が必要となるため注意しなければならない。 (了)
2025年9月25日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.637を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第52回】 「事業所得と給与所得との区分に関する「判断の一応の基準」の意味」 -弁護士顧問料事件・最判昭和56年4月24日民集35巻3号672頁- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 今回は、弁護士の顧問料の給与所得該当性が争われたいわゆる弁護士顧問料事件に関する最判昭和56年4月24日民集35巻3号672頁(以下「本判決」という)において示された、事業所得と給与所得の区分に関する「判断の一応の基準」の意味について検討する。 なお、本判決は、民集35巻3号672頁の「判示事項」でも、「いわゆる減額再更正処分の取消を求める訴の利益の有無」が取り上げられ、これに関する判断を示した判決としても(むしろ当時はそのような判決として)注目を集めたが(この問題については園部逸夫「判解」最判解民事篇(昭和56年度)275頁ほか多くの判例評釈がある)、この問題は第39回(特にⅡ2)で検討した。 また、事業所得と給与所得との区分が争われるのは、「所得を得るために必要な支出」という意味での必要経費(理論的意味における必要経費)の控除が実額控除とされるか(事業所得)又は概算控除とされるか(給与所得)という取扱いの違いによるものであるが(理論的意味における必要経費、実額控除、概算控除については拙著『税法基本講義〔第8版〕』(弘文堂・2025年)【312】、【262】、【267】参照)、その争いの実質的な原因は、多くの場合、大嶋訴訟(第2回参照)に典型的にみられたように当該事案における給与所得に係る必要経費の概算控除(給与所得控除)の額が必要経費の実額控除の額を下回る点にあったところ、本件では、確定申告における顧問料収入に係る必要経費については概算控除の方が上回っていたものと思われる(本件における確定申告、更正及び再更正に係る給与所得及び事業所得の収入金額、所得金額等の内訳については原審・東京高判昭和51年10月18日民集35巻3号686頁、687頁以下参照)。 Ⅱ 本判決のいう「判断の一応の基準」とその後の裁判例によるその理解 本判決は事業所得と給与所得との区分について、一般論として、次のとおり判示した(下線筆者)。 本判決は、事業所得と給与所得との区分に係る「判断の一応の基準」として事業所得の意義及び給与所得の意義を判示しているが、この判示については、「本件判決における事業所得及び給与所得の一般的な定義付けは、従来の裁判例におけるものと基本的に異なるところはないと考えられ、抽象的一般的な概念規定としては本件判決に述べられているようなことになると思われる。」(清永敬次「判批」民商法雑誌85巻6号(1982年)1023頁、1035頁)との評価がされている。 前記の判示は、最近でも、事業所得の意義又は給与所得の意義に関して参照されており(事業所得に関して東京地判令和7年3月4日[未公刊・LEX/DB25618239]、東京地判令和6年3月13日[未公刊・LEX/DB25612707]、名古屋地判令和5年6月22日税資273号順号13859、東京地判令和4年8月31日税資272号順号13749等、給与所得に関して東京地判令和5年3月8日税資273号順号13826、東京高判令和4年9月28日税資272号順号13759、東京地判令和4年8月26日税資272号順号13748、名古屋地判令和4年6月30日税資272号13730等参照)、「多くの裁判例でこの昭和56年判決[=本判決]に依って判断が下されてきた」(長島弘「給与所得該当性を巡る判断基準―最高裁昭和56年4月24日判決の判例法としての位置づけ―」立正法学論集48巻2号(2015年)103頁、128頁)という状況は続いているといえよう。 ただ、「この昭和56年判決が『一応の基準』でしかなくレイシオ・デシデンダイではないという裁判例」として派遣家庭教師等報酬事件・東京地判平成25年4月26日税資263号順号12210及び同事件控訴審・東京高判平成25年10月23日税資263号順号12319(以下では前者を「別件東京地判」、後者を「別件東京高判」といい、両者を「別件裁判例」という)を挙げる見解(長島・前掲論文128頁)がある。ここでレイシオ・デシデンダイ(ratio decidendi)とは、「ある判決において、その判決の結論に達するため不可欠な基礎となった原理。判決の真の理由。」(高橋和之ほか編集代表『法律学小辞典〔第6版〕』(有斐閣・2025年)1406頁)をいう。 別件裁判例は次のとおり判示している(下線筆者)。 以下では、これらの判決で示された本判決の前記の判示内容に関する理解を検討することによって、本判決のいう「判断の一応の基準」の意味を明らかにすることにしたい。 Ⅲ 「労務の提供等の独立性」基準と「労務の提供等の非独立性」基準 別件裁判例は、本判決が給与所得の意義に関して示した「労務の提供等が使用者の指揮命令を受けこれに服してされるものであること(労務の提供等の従属性)」(別件東京地判。以下「『労務の提供等の従属性』基準」という)を「当該労務の提供等の対価が給与所得に該当するための必要要件」(別件東京地判。以下同じ)とは認めなかった。このことは、「従属性が認められる場合の労務提供の対価については給与所得該当性を肯定し得るとしても」(別件東京高判)、「労務の提供等の従属性」が給与所得の要件事実とはいえないことを意味する。したがって、「労務の提供等の従属性」基準は、「判断の一応の基準」にすぎないというべきものである。 そうすると、「労務の提供等の従属性」基準では給与所得該当性の判断ができない場合があることになるが、そのような場合として、別件裁判例は国会議員の歳費や法人の役員報酬・役員賞与などを挙げている。 では、別件裁判例はどのようなことを「給与所得に該当するための必要要件」として判示したのであろうか。この点について、別件東京地判は、「労務の提供等から生ずる所得」のうち「自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得」すなわち事業所得を「給与所得の範ちゅうから外[す]」ことにより、「労務の提供等が自己の計算と危険によらないものであること〔労務の提供等の非独立性〕」を「給与所得該当性の判断要素」として位置付ける旨の判断を示している。 この判断は、事業所得と給与所得とを間隙なく(境界を接する形で)区分することを前提にして示されたものであり、したがって、「労務の提供等が自己の計算と危険によらないものであること〔労務の提供等の非独立性〕」を「給与所得該当性の判断要素」として位置付ける一方で、(その前提として明示してはいないが)労務の提供等が自己の計算と危険によるものであること(労務の提供等の独立性)を事業所得該当性の判断要素として位置付けるものであると解される。しかも、ここで「判断要素」という言葉は「必要要件」と同じ意味で用いられていると解される。 このように理解すると、「労務の提供等の独立性」基準と「労務の提供等の非独立性」基準とは、事業所得と給与所得との区分に係る「判断の一応の基準」ではなく「判断の完全な基準」であるといえよう(前者は事業所得該当性の判断基準として、後者は給与所得該当性の判断基準として使い分けられることになろうが)。換言すれば、事業所得と給与所得との区分の場面では、「労務の提供等の独立性」が事業所得の要件事実、「労務の提供等の非独立性」が給与所得の要件事実となるといってもよかろう(前掲拙著【261】【263】参照)。 もっとも、本判決では給与所得該当性の判断について「労務の提供等の非独立性」基準は少なくとも明示的には判示されておらず、「労務の提供等の従属性」基準が「判断の一応の基準」として判示されているだけである。これでは、前述したような国会議員の歳費や法人の役員報酬・役員賞与などの場合について、事業所得該当性の判断に係る「労務の提供等の非独立性」基準との間に「間隙」が生ずることになるが、本判決はその「間隙」についてどのように対応しているのであろうか。 この点について注目されるのが、本判決の前記引用判決文の末尾の判示すなわち「給与所得については、とりわけ、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうかが重視されなければならない。」という判示である。この判示は「なお」に続くものであることから、一見すると傍論のように思われるかもしれないが、そうではなく、「労務の提供等の非独立性」という給与所得の要件事実を推認させる間接事実として、「とりわけ、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものである」というような事情を重視する判断枠組みを示したものと解される(前掲拙著【263】参照。別件東京地判の前記判示も参照)。 なお、以上では「従属性」や「非独立性」という言葉を使用してきたが、これらの言葉の意味については、次の見解(佐藤英明『スタンダード所得税法〔第4版〕』(弘文堂・2024年)160頁)が述べるとおり、「一般の国語辞典的な意味とは異なる意味合いで使われていると考える」必要がある(筆者はこのことを考慮して前掲拙著【261】【263】ではこれらの言葉を用いず、「自己の計算と危険において独立して」提供した労務か否かという表現を用いることにしている)。 Ⅳ おわりに 最後に、本判決が示した「判断の一応の基準」に関する以上の検討の結果をまとめると、以下のようになろう。 確かに、本判決のいう「判断の一応の基準」が給与所得該当性の判断に係る「労務の提供等の従属性」基準を意味するとすれば、それは、文字どおり「判断の一応の基準」にすぎず、これに関する判示は前記の見解(長島・前掲論文128頁)の説くとおりレイシオ・デシデンダイではないということになろう。 しかし、本判決のいう「判断の一応の基準」は、そうではなく、「労務の提供等の独立性」基準と「労務の提供等の非独立性」基準で組成される「判断の完全な基準」であると解すべきである。本判決は、明示的には給与所得該当性の判断に係る「労務の提供等の従属性」基準を判示するにとどまっているが、この基準を、「労務の提供等の非独立性」という給与所得の要件事実を推認させる間接事実として「とりわけ、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものである」というような事情を重視する判断枠組みによって補完し、もって「労務の提供等の独立性」基準と組み合わせて「判断の完全な基準」に仕立て上げたものと考えられる。 (了)
「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例150(法人税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆特定同族会社の特別税率(法67) 内国法人である特定同族会社の各事業年度の留保金額が留保控除額を超える場合には、その特定同族会社に対して課する各事業年度の所得に対する法人税の額は、通常の法人税の額に、その超える部分の留保金額に一定の割合を乗じて計算した金額の合計額を加算した金額とする。 ◆特定同族会社 特定同族会社とは、被支配会社で、被支配会社であることについての判定の基礎となった株主等のうちに被支配会社でない法人がある場合には、その法人をその判定の基礎となる株主等から除外して判定するものとした場合においても被支配会社となるものをいう。 ◆被支配会社 被支配会社とは、会社の株主等(自己株式等を除く)の1人並びにこれと特殊の関係のある個人及び法人がその会社の発行済株式又は出資(自己株式等を除く)の総数又は総額の100分の50を超える数又は金額の株式又は出資を有する場合におけるその会社をいう。 ◆特別税率を適用されない特定同族会社の範囲(法基通16-1-1) 特定同族会社の特別税率に規定する「被支配会社でない法人」には、被支配会社でない法人を被支配会社であるかどうかの判定の基礎となる株主等に選定したことによって被支配会社となる場合のその被支配会社(以下「被支配会社でない法人の子会社」という)、その被支配会社でない法人の子会社を被支配会社であるかどうかの判定の基礎となる株主等に選定したために被支配会社となる場合のその被支配会社(以下「被支配会社でない法人の孫会社」という)、その被支配会社でない法人の孫会社を被支配会社であるかどうかの判定の基礎となる株主等に選定したために被支配会社となる場合のその被支配会社等、被支配会社でない法人の直接又は間接の被支配会社も含まれる。 ◆特定同族会社とならない法人 清算中のもの及び資本金の額又は出資金の額が1億円以下であるものは除かれる。ただし、資本金の額又は出資金の額が1億円以下であっても次に該当するものは特定同族会社となる。 (了)
国家安全保障から見る令和7年度及び近年の税制改正 -防衛特別法人税等の企業への影響- 【第6回】 公認会計士・税理士 荒井 優美子 17 防衛特別法人税の中間申告 法人税中間申告書を提出すべき法人は、原則として法人税中間申告書に係る課税事業年度開始の日以後6月を経過した日(6月経過日)から2月以内に、防衛特別法人税の中間申告書を提出する義務を有する(防衛財確法21①、防衛特別法人税に関する省令(以下「防衛特法省令」)2)。法人税中間申告書の提出義務がない法人(公益法人等、協同組合等、人格のない社団等、清算中の法人(通算子法人を除く))や、法人税中間申告書の提出義務がない事業年度(【図表9】参照)については、防衛特別法人税の中間申告書についても提出義務はない(防衛財確法21①)。 【図表9】防衛特別法人税の中間申告が不要とされる事業年度 中間申告書を提出すべき法人が適格合併に係る合併法人である場合(新設合併の場合、吸収合併の場合)は、防衛特別法人税の中間申告納付額の計算において調整が行われる(防衛財確法21②、③)。 法人税の中間申告書を仮決算により提出する場合には、防衛特別法人税の中間申告についても仮決算により提出することとなる(防衛財確法22①)。 防衛特別法人税中間申告書を提出すべき法人が、提出期限までに提出しなかった場合には、法人税及び地方法人税の場合と同様に、その提出期限に防衛特別法人税中間申告書の提出があったものとみなされる(防衛財確法24)。 18 防衛特別法人税の確定申告 法人は、各課税事業年度終了の日の翌日から2月以内に、防衛特別法人税の確定申告書を提出する義務を有する(防衛財確法25①、防衛特法省令4①)。法人税の申告期限が延長されている場合には、防衛特別法人税の申告期限も法人税の申告期限まで延長される(防衛財確法25④)。 清算中の内国法人の残余財産が確定した場合には、法人税及び地方法人税と同様に、その課税事業年度終了の日(残余財産の確定の日)の翌日から1月以内に申告書を提出する義務がある(防衛財確法25②)。ただし、その翌日から1月以内に残余財産の最後の分配又は引渡しが行われる場合には、その行われる日の前日までに、申告書を提出しなければならない(防衛財確法25②)。 恒久的施設を有する外国法人が納税管理人の届出をしないで恒久的施設を有しないこととなる場合、又は恒久的施設を有しない外国法人が国内における人的役務の提供事業を廃止する場合は、法人税及び地方法人税と同様に、その課税事業年度終了の日の翌日から2月を経過した日の前日とその有しないこととなる日又はその廃止の日とのうちいずれか早い日までに申告書を提出しなければならない(防衛財確法25③)。 19 防衛特別法人税の申告書 防衛特別法人税の申告書の書式は、2026年4月1日以後開始事業年度から、2026年4月1日以後終了事業年度分の、法人税、地方法人税、防衛特別法人税が統合された書式として作成されており、国税庁のウェブサイトで公表されている(※)。 (※) 国税庁ホームページ「防衛特別法人税の申告書様式」 【図表10】防衛特別法人税の申告書の書式 20 電子申告 防衛特別法人税の申告書(中間申告書、確定申告書、修正申告書)及び添付書類については、法人税及び地方法人税の場合と同様に、内国法人である特定法人に該当する場合は電子申告が義務付けられている(防衛財確法27①、②)。人格のない社団等及び法人課税信託に係る受託法人は、特定法人に該当しない(防衛財確法7①、防衛特法令2②)。 (注) 資本金の額又は出資金の額が1億円超である公益法人等及び協同組合等を含む 電子申告の対象とされるのは、①防衛特別法人税中間申告書、②防衛特別法人税確定申告書、③防衛特別法人税中間申告書及び防衛特別法人税確定申告書に係る修正申告書、④申告書の添付書類とされ、法人税及び地方法人税の場合と同様の方法により送信することとされる(申告書はe-Taxによる電子申告、添付書類はe-Taxによる電子申告又は光ディスク、磁気ディスクによる送信)(防衛特法省令5)。 内国法人が一定の事由により特定法人に該当することとなった場合には、当該事由が生じた日から1月以内(新設法人等の場合には、設立等の日から2月以内)に事前届出を行う必要がある(防衛特法省令5②)。 特定法人が、電子通信回線の故障、災害その他の理由により電子申告が困難である場合において、書面による法人税申告の承認を受けたとき(法法75の5①)は、防衛特別法人税についても、その申告を書面により行うことができることとされている(防衛財確法28)。 21 納付 中間申告による納付期限は、中間申告書の提出期限、確定申告による納付期限は、確定申告書の提出期限とされており(防衛財確法29、30)、法人税及び地方法人税の場合と同様である。なお、防衛特別法人税の申告期限が、法人税及び地方法人税の申告期限の延長に伴い延長されている場合の利子税の割合は法人税及び地方法人税の利子税と同率である(防衛財確法25④、⑤)。 (続く)