《速報解説》 国税庁、令和7年度改正に伴う改正消費税基本通達等を公表 ~リファンド方式への移行に向け取扱いの見直し等行う~ 税理士 石川 幸恵 外国人旅行者向け免税制度のリファンド方式への見直しについては、令和6年度の税制改正にて既に示されており、令和7年度税制改正で具体的な内容が盛り込まれた。 これに伴い、4月1日に国税庁より「消費税法基本通達等の一部改正について(法令解釈通達)」が公表された。また、同日「輸出物品販売場制度のリファンド方式への見直し」に関する特設ページが新設された。同ページ掲載のQ&Aは制度理解の助けとなるため、参考とされたい。 以下、リファンド方式に至った背景である免税店における不正や免税店経営者からの声等を踏まえて、改正された通達のうち主なものを概説する。 1 クルーズ船の乗客等に関する確認要件の統一(8-1-1) 従来、クルーズ船の乗客等については、旅券ではなく船舶観光上陸許可書によって確認することとされていた(※)。しかし、許可書の様式が統一されておらず、免税手続に時間を要するため、旅券での手続きとしてほしいとの要望を受けて、8-1-1で上陸許可書等に加えて旅券の提示が必要であることが示された。 (※) 観光庁ホームページ「消費税免税制度 よくある質問」 購入記録情報の作成に必要な許可書番号も旅券番号に統一される。 2 高額商品を特定するための情報(8-1-5) 高級時計等のすり替え防止のため、税抜100万円以上の免税品については、商品を特定するための情報を国税庁に提供することとされた(Q&A問13)。8-1-5では特定するための情報の具体例(免税対象物品の具体的な名称、ブランド名、型番号、シリアル番号等)が示されている。 3 別送に関する取扱いの廃止 現行の輸出物品販売場制度において、税関での持出しが確認できず、消費税を賦課決定した者の半数以上が免税品を郵便局等から別送したと抗弁している状況であることを踏まえ、免税品の別送は令和7年3月31日をもって廃止された(改正前の8-1-5の2から8-1-4への一部改正)。 免税店から直接海外に配送する場合は、消費税法第8条の免税店制度ではなく第7条の輸出免税制度の規定により免税の適用を受けることとなる(7-2-23(2))。 4 一般型免税店・委託型免税店の区分を撤廃(8-1-11) 一般型免税店と委託型免税店の区分が撤廃され、一般型免税店に統一された。通達も所定の改正が行われたが、承認免税手続事業者が委託型免税店との代理契約により行っていた免税販売手続に関する取扱いについては、統一後の一般型免税店でも引き継がれる。 5 輸出物品販売場の許可等の取消しについて(8-2-5、8-2-6、8-2-7、8-2-8) 税務署長が、輸出物品販売場、承認免税手続事業者、承認送受信事業者、臨時販売場を設置しようとする事業者の許可等を取り消すことができる場合として「免税購入対象者の確認を相当程度十分に行っておらず、その状況が継続している場合」と明示している。免税制度の適正な運用のために、免税購入対象者の確認を十分に行うことを強く求めているものと考えられる。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2025年4月10日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.614を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第139回】 「消費税法における「課税仕入れの日」(その3)」 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 6 検討(承前) (4) 所得課税法と消費税法の径庭 所得課税法においては、収入や収益の計上のタイミングについて権利確定主義を採用しているが、そこでは、原価や費用の計上のタイミングとの関わりは費用収益対応の原則を一応の基準としているだけであって、実際問題としては切断されているといっても過言ではないことを想起すべきである。 所得税法37条《必要経費》 法人税法22条3項 これらの規定から明らかなとおり、所得税法37条においては、①「これらの所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額」と②「その年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用(償却費以外の費用でその年において債務の確定しないものを除く。)の額」が必要経費に算入されるべき金額として規定されているが、ここでは、②の費用について債務確定基準が適用される。 また、法人税法22条3項においては、❶「当該事業年度の収益に係る売上原価、完成工事原価その他これらに準ずる原価の額」、❷「当該事業年度の販売費、一般管理費その他の費用(償却費以外の費用で当該事業年度終了の日までに債務の確定しないものを除く。)の額」及び❸「当該事業年度の損失の額」が損金に算入されるべき金額として規定されているが、❷の費用について債務確定基準が適用される。 かように、所得税法や法人税法においては、費用の一部について債務確定基準の適用が予定されているなどして、費用収益対応の原則は債務確定基準によって制約を受ける形となっているのである。 これに対して、消費税法は前述したとおり、「課税仕入れを行った日」は、資産の譲渡等の時期に依存する構成となっているのである。 このことは、消費税法が仕入れのタイミングを資産の譲渡等のタイミングに合わせているのに対して、所得課税法においては、仕入れや経費計上のタイミングと収入や収益の計上のタイミングを合致させることを念頭には置いていないことを意味するのである。 このように、所得課税法では仕入れや経費計上のタイミングとは無関係に収入や収益の計上のタイミングを考えることとされているのに対して、消費税法上の課税仕入れのタイミングが資産の譲渡等のタイミングとの関わりを強く意識しなければならないこととを比べると基本的な違いがそこには所在するのである。そのように考えると、所得課税法が採用する権利確定主義なかんずく無条件請求権説を消費税法が採用しなければならないいわれはないようにも思われるのである。 そもそも、所得課税法では、「所得」が担税力の指標とされると説明されるが(金子宏『租税法〔第24版〕』14頁(弘文堂2021))、「担税力」というからには、その把握に当たっては、租税債権の源泉に相応しい何らかの経済力が把握されていることが要件とされるべきであろう。この租税債権の源泉に相応しい何らかの経済力という捉え方は、これまでも担税力を「購買力」として考える見解として紹介されてきたところである。 例えば、租税法上の所得というためには、単に経済上の所得というだけでは足りず、さらに、その利得が消費及び測定可能なもので、結局において新たな「購買力」を組成するに足る程度のものでなければならず、そのような状態にある利得であってこそ、租税債権の源泉として相応なものと認められるとの見解がある(渡辺伸平「税法上の所得をめぐる諸問題」司法研究報告書19輯1号91頁以下(1967))。 更に具体的にいえば、現金換価価値といったもので担税力を評価するという立場が、担税力を購買力として測定する考えに合致する。植松守雄氏は、この点について、「権利確定主義における『確定』概念とは、財産価値の変動がそのような状態にあることを判断するための内容をもつものと考えるべきで、その具体的な内容としては、『市場価値による測定可能性』や『現実性』ということが挙げられ、経済取引における諸要素がこれらの観点から評価されなければならない。」というのである(植松「収入金額(収益)の計上時期に関する問題-『権利確定主義をめぐって』-」租税法研究8号30頁以下(1980))。権利確定主義を「市場価値による測定可能性」や「現実性」で捉える見解は、現状に合致した現実的な考え方であり、妥当である。 所得課税法が、権利確定主義に従って、権利の「発生」ではなく、権利の「確定」のタイミングまで課税を行わないこととしているのは、かような現実性を前提とした収入や収益の実現を念頭に置いているからである。 他方、消費税法の場合は、どのように解するべきであろうか。 所得課税法のように「所得」を担税力の基礎に置いた議論は消費税法には妥当しないようにも思われる。そのように考えると、必ずしも、権利確定主義なかんずく無条件請求権説が消費税法においても妥当するというわけではないのではなかろうか。 一般的な私法上の権利義務関係は、基本的には権利の発生のタイミングを前提に規律されている。例えば、商品販売を例にとれば、民法555条《売買》は次のように規定している。 民法555条《売買》 ここでは、①財産権を相手方に移転することを約することと、②相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することという2つの要件事実が充足されれば、商品の売主は売買代金請求権を得、商品引渡義務を負うこととなり、買主は商品引渡請求権を得、売買代金支払義務を負うことになる。 かように、2つの約束(①②)が交わされるだけで売買代金を請求する権利が発生するのである(もちろん、同時履行の抗弁権(民533)などの権利阻止規定の適用はあり得るが、そのことは権利(売買代金請求権)の発生には消長を来さないのである)。 所得課税法が現実的な担税力を前提として権利確定主義を採用しているのとは異なり、消費税法には所得課税法のような制約なり縛りを受ける必然性はないことに鑑みれば、上記のような私法上の一般的な権利義務関係の発生のタイミングをもって、消費税法上の資産の譲渡等の日を考えることもできなくはない。すなわち、消費税法上の資産の譲渡等の日を考えるに当たっては、明確に課税のタイミングを画する基準として権利の発生を基礎とする権利発生主義でもよいように思われるのである。 しかしながら、このような整理については、次のいくつかの観点で不安が惹起される。 まず第一に、権利の発生が観念できるというだけで、果たして、消費税分を価格に転嫁させた代金を事実上、請求することができるであろうかという不安が浮上する。権利の発生だけで価格転嫁を可能と考えると、民法上の売買代金請求権の発生ではやや実現性において深慮に欠けているようにも思われる。そうであるとすると、所得課税法のように課税のタイミングを前提とした保守的な処理を行うことには、一応の合理性があるかもしれないという点である。 第二に、法人税や所得税と同じような処理を行うこととする方が、事業者にとっては都合がいいかもしれないという点である。 第三に、そもそも、消費税法が「資産の譲渡等」という表現を採用していることを軽視してよいのかという点である。 第四に、消費税法の性質が付加価値税的な性質を有しているか否かという論点も忘れてはならない重要な点である。 これらの点について、検討を加えることとしよう。 (続く)
谷口教授と学ぶ 国税通則法の構造と手続 【第36回】 「国税通則法99条(98条、101条~103条)」 -国税不服審判所の独立性と法令解釈権- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 国税通則法99条(国税庁長官の法令の解釈と異なる解釈等による裁決) 1 はじめに 第32回に続き前回も国税不服審判所制度について検討し、特に前回は国税不服審判所の調査審理手続に関して争点主義的運営の要請を検討した。その中で、行政不服審査法の平成26年6月改正(平成26年法律第68号)に伴う国税通則法の平成26年6月改正(平成26年法律第69号)によって、国税不服審判所の調査審理手続が当事者主義の観点から見直され、国税不服審判所の準司法機関性が強められたことを明らかにした(前回3参照)。 国税通則法のこの改正は、これに先立つ平成26年度税制改正(平成26年法律第10号)による国税不服審判所の独立性の強化を踏まえたものである(宇賀克也『解説 行政不服審査法関連三法』(弘文堂・2015年)205-206頁参照)。ここでいう「国税不服審判所の独立性」は、国税通則法99条1項の規定が「国税庁長官が発した通達に示されている法令の解釈と異なる解釈」(以下「通達解釈と異なる解釈」という。この略称については、志場喜徳郎ほか共編『国税通則法精解〔令和4年改訂・17版〕』(大蔵財務協会・2022年)1243頁参照)により裁決すること等を国税不服審判所に認めていることを意味するものと解されるが、その「独立性」の程度ないし限界は、同項に規定する「解釈」という文言をどのように解釈するかによって、異なるように思われる。 この「解釈」の解釈問題は、国税不服審判所の法令解釈権に関わる問題であるが、従来ほとんど検討されてこなかったように思われる。そこで、今回は、この問題を中心に国税不服審判所の独立性について検討することにする。ただ、その検討に入る前に、まず、国税通則法99条についてその沿革及び趣旨等をみておくことにしよう。 2 国税通則法99条の沿革及び趣旨等 国税通則法99条は、国税不服審判所の設立に当たり、同法の改正(昭和45年法律第8号)によって次のとおり規定された。 この規定の新設について、次の解説(武田昌輔編『DHCコンメンタール国税通則法』(第一法規・加除式)4751頁。下線筆者。志場ほか共編・前掲書1241頁も同旨)がされている。 そして、この規定の趣旨等について、次のとおり概説されていた(南博方編『注釈国税不服審査・訴訟法』(第一法規出版・1982年)149頁[堺澤良執筆]。下線筆者)。 平成26年度税制改正では、行政不服審査法の見直しの一環として、通達解釈と異なる解釈等による裁決に係る手続が見直された(「平成26年度税制改正の大綱」(平成25年12月24日閣議決定)106頁参照)。具体的には、国税不服審判所長による国税庁長官への意見の申出が意見の通知に改められ、国税庁長官による国税不服審判所長に対する指示制度が廃止され、これに代えて、当該意見に係る国税庁長官と国税不服審判所長との共同諮問を受けた国税審議会の議決に基づく裁決制度が導入された。これによって「国税不服審判所の独立性が一層強化された」(宇賀・前掲書206頁)とはいえ、「解釈」の解釈問題については特段の検討は加えられなかった。 なお、国税通則法99条の適用が問題になった審査請求事件について次のとおり述べられている(伊藤繁「国税不服審判所及び審査請求の現在の状況について―国税不服審判所創設後半世紀が経過して」TKC2023-1(TKCタックスフォーラム2022)28頁、32頁。なお、文中の「9件」の事件内容及び裁決年月日については、国税不服審判所「国税不服審判所の50年」(令和2年5月)53頁参照)。 3 「解釈」の解釈問題と法令解釈権 さて、「解釈」の解釈問題について検討することにしよう。その際拠り所とするのが、「解釈基準と解釈の区別」を前提にして次のように説かれる芝池義一教授の見解(同「行政裁量の基礎概念」関西大学法学論集74巻2号(2024号)149頁、217頁。下線筆者)である。 芝池教授は、「解釈」を「規範を一般論の次元で具体化する作業」(同・前掲論文200頁)ないし「多義的規定を一般的な形で具体化する作業」(同頁)と定義し、これに対して、「解釈基準」を「個別事件において行われる解釈のための基準」(同・前掲論文212頁)と定義して、両者を区別しておられる。ここで注意しておくべきこととして、「解釈」及び「解釈基準」に関する芝池教授の上記定義は「裁量」及び「裁量基準」との関係で示されたものであるが、芝池教授は「裁量」について、パチンコ球遊器事件(最判昭和33年3月28日民集12巻4号624頁)の例に即して「具体的な課税の段階で、その納税者による利用方法などの個々の事情をも考慮に入れつつ判断するのが、裁量判断である」(同・前掲論文200頁)と述べ、また、「裁量基準」を「個別事件において行われる行政の裁量行使のための一般的な基準」(同212頁)と定義しておられることからすると、「解釈」と「裁量」の関係は、法令の「解釈」と「適用」の関係に対応するものと理解してよいであろう。 要するに、「解釈」に関する芝池教授の前記定義は、「実定法規範の意味内容を一定の問題事例と相関的に解明し特定化する作業」(田中成明『現代法理学』(有斐閣・2011年)463頁)というような(「裁量」との関係に関してだけでなく)一般的に示された定義と同じく、「法の解釈は法の内容を発見するという認識というよりも、法適用という実践の予備作業である。」(高橋和之ほか編集代表『法律学小辞典〔第6版〕』(有斐閣・2025年)1261頁)あるいは「法解釈は法適用という実践活動の前提として行われるので、法解釈もまた実践的性格を帯びざるを得ない。」(竹内昭夫ほか編集代表『新法律学辞典〔第3版〕』(有斐閣・1989年)1300頁)といわれるように、法令の「適用」を視野に入れつつも、これと区別して示されたものといえよう。 既に2でみたように、国税通則法99条の沿革及び趣旨等の解説において、同条に規定する「解釈」に関して「通達と異なつた法令の解釈適用による裁決」あるいは「個別事件の内容に即応した具体的妥当性のある判断を可能とするもの」への言及がみられたが、「解釈」を前記の定義に従って解釈するならば、その言及の意味するところを的確に理解することができるように思われる。 これに対して、「解釈基準」について、芝池教授の定義は前記のとおりであるが、塩野宏教授も、「解釈基準とは、ある処分をする場合に取扱いが区々になることを防ぎ、行政の統一性を確保するために、上級行政機関が下級行政機関に対して発するところの、法令解釈の基準であって、通達という形式が用いられる」(同『行政法Ⅰ〔第6版〕』(有斐閣・2015年)114頁。下線筆者。同書の第6版補訂版(2024年)でも同頁)と述べておられる(芝池・前掲論文212頁も参照)。 同様のことは、国税通則法99条が定める「通達解釈と異なる解釈」に関する次の解説(志場ほか共編・前掲書1243頁。下線筆者。以下「解説A」という)においても、述べられている。 ただ、この解説は、これに続けて次のとおり述べている(志場ほか共編・前掲書1243頁。以下「解説B」という)。 このように以上の一連の解説を解説Aと解説Bに分けてみると、両者の関係は、一見すると、必ずしも明らかでないように思われるかもしれない。しかし、解説Aの中の下線部を、①「法令解釈の統一的な基準」と②「法令適用の統一的な基準となる解釈」というように分節し部分的に組み替え補足すると、解説Aは①と②を包括する解説であり、解説Bは②に関する解説であるというような理解・整理が成り立つように思われる。この理解・整理を芝池教授による「解釈基準と解釈の区別」に照らして言い換えると、①は「解釈基準」に関する解説、②は「解釈」に関する解説ということができよう。 また、解説Aと解説Bの関係は、上記の理解・整理を前提にして、通達の内容の観点からも理解し整理することができるように思われる。すなわち、解説Aは、①を内容とする通達と②を内容とする通達を包括する解説であり、解説Bは②を内容とする通達に関する解説であると理解し整理することができるように思われるのである。 ここで、①解釈基準を内容とする通達は、例えば所得税基本通達2-1(住所の意義。下掲)がこれに該当すると解される。 この通達は、判例が「住所」の解釈によって定立した規範(東京高判平成20年2月28日判タ1278号163頁等のほか最判平成23年2月18日訟月59巻3号864頁も参照)と基本的に同じ内容の「解釈基準」を示すものであることから、「解釈基準」の提示も、法的三段論法の見地からすれば、広い意味では「解釈」に属する作業とみることができよう。以下では、「解釈基準」の提示を「広義の解釈」といい、芝池教授が「解釈基準」と区別される「解釈」を「狭義の解釈」ということにする。 通達については内容の観点から、「租税法令の規定の解釈を示す解釈通達、租税法令の規定を適用する際の取扱の基準を示す取扱通達など」(清永敬次『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)21頁)の区別がされてきたが、解釈通達は広義の解釈を示す通達であり、取扱通達は狭義の解釈を示す通達であるというような理解・整理が「一応は」成り立つように思われる(勿論、両者の区別は相対的なものであるが)。また、「・・・・・・に留意する。」、「・・・・・・であるから留意する。」等と定めるいわゆる留意通達は、「租税法の規定からみて当然にそのように解釈できるものを解釈の統一(課税の公平)を図るために、確認的に当該解釈を示すもの」(品川芳宣『租税法律主義と税務通達-税務通達をめぐるトラブルの実践的解決への示唆』(ぎょうせい・2003年)39頁)であるが、これも狭義の解釈を示す通達といってよかろう。 以上のように検討してくると、解説Aにいう「法令解釈に関する長官通達」は、国税庁長官が法令解釈権に基づき法令に関する広義の解釈及び狭義の解釈を示すために発遣する通達一般を指すのに対して、解説Bにいう「長官通達」は、国税庁長官が法令解釈権に基づき法令に関する狭義の解釈を示すために発遣する通達すなわち取扱通達、留意通達等を指すものと理解される。 解説Bでは「国税不服審判所長が長官通達に示されている法令の解釈と異なる解釈をしようとするときは、主としてこのような場合であろう。」と述べられているが、そこでいう「長官通達」に関する上記の理解によれば、そこでいう「解釈」は狭義の解釈を意味することになろう。これが、「解釈」の解釈問題に対する検討の結果である。 この検討結果から、次のような考え方、すなわち、国税不服審判所長は法令に関する狭義の解釈については法令解釈権を有するが、国税不服審判所長の法令解釈権の行使と国税庁長官の法令解釈権の行使とが異なる狭義の解釈に帰結する場合について、両者の法令解釈権行使を調整する規定として国税通則法99条が定められているという考え方を導き出すことができるように思われる。この考え方によれば、国税通則法99条は、狭義の解釈に関しては、国税庁長官と国税不服審判所長とを、上級機関と下級機関との関係(芝池・前掲論文217頁からの前掲囲み内引用部分を参照せよ)ではなく、執行機関と裁決機関として対等の関係に位置づけていると解することができるように思われる。 これに対して、法令に関する広義の解釈(「解釈基準」の提示)については、国税不服審判所長は法令解釈権を有さず、国税庁長官のみが法令解釈権を有するが、ただ、国税庁長官が通達(解釈通達)において提示した「解釈基準」の枠内で、国税不服審判所長は法令解釈権を行使し当該法令の規定の「解釈」(狭義の解釈)を示すことができると考えられる。 この点については、国税通則法99条1項の規定が「他の国税に係る処分を行う際における法令の解釈の重要な先例となると認められる裁決をするとき」(ここでいう「裁決」で示される解釈を以下「重要な先例となる解釈」という。この略称については、志場ほか共編・前掲書1243頁参照)を定めていることが重要な意味をもつと考えられる。この定めについては次の解説(志場ほか共編・前掲書1243頁)がされている。 この解説によれば、重要な先例となる解釈は、「判例、学説又は通達、慣行等が未だ確定していない法令の規定」に関する解釈を意味することになるが、そのような「法令の規定」には、国税庁長官が「解釈基準」を提示しているが「解釈」(狭義の解釈)は示していないものも含まれると解される。 いずれにせよ、国税通則法99条1項は、国税不服審判所長が重要な先例となる解釈による裁決をすることを認めているが、このことは、この規定が国税不服審判所長に法令解釈権に基づき法の継続形成(Rechtsfortbildung)をすることを許容し、かつ、そのための手続を定めていることを意味するものと解される。その意味で、かつ、その限りでは、国税不服審判所長の法令解釈権は裁判所の法令解釈権に準ずる権限であるといってよいであろう。つまり、国税不服審判所には、調査審理手続の観点からだけでなく法令解釈権の観点からも、準司法機関性が認められるといってよいように思われるのである。この点に関して付言すると、国税通則法99条1項のこの側面は、既に1の最後でみた過去の実績において、重要な先例となる解釈による裁決が9件中8件を占めていることに鑑みても、もっと強調・重視されてよいように思われる。 4 まとめ 今回は、国税通則法99条についてその沿革及び趣旨等を概観した後、「解釈」の解釈問題について、芝池義一教授が「解釈基準と解釈の区別」を前提にして説かれる見解を基本的な拠り所としつつ、「解釈基準」の提示を「広義の解釈」、「解釈」すなわち「規範を一般論の次元で具体化する作業」(芝池教授)を「狭義の解釈」と称することとし、それぞれ通達の内容と対応させて、その解釈問題を検討した。その検討に基づき、通達解釈と異なる解釈(税通99条1項前半)についても重要な先例となる解釈(同項後半)についても国税不服審判所長に法令解釈権を一定の手続的制約(同条1項~3項)の下で認める見解を述べた。 筆者のこの見解は、国税庁長官との法令解釈権の配分の観点から、国税不服審判所の独立性の意義を明らかにし、その限界を限定的に解することによって、国税不服審判所の独立性を確固たるものとして一層強化しようとするものである。 (了)
〈適切な判断を導くための〉 消費税実務Q&A 【第8回】 「外貨建サブスクリプションに関する課税仕入れの取扱い」 税理士 石川 幸恵 【Q】 当社では、アメリカの企業が提供する生成AIサービスをサブスクリプション形式で利用し、クレジットカードで支払っています。支払いにあたっては、クレジットカード会社による為替レートで換算された金額が引き落とされます。 令和7年1月から、請求書(ドル建て)の記載が日本のインボイス制度に対応した形式に変更されたようです。この場合の経理処理の注意点を教えてください。 【A】 ドル建て請求書がインボイスとしての記載事項をすべて網羅していれば、この請求書の保存及び帳簿の記載を要件として、仕入税額控除を受けることができます。 請求はドルで記載されていますが、クレジットカード会社より円換算後の金額が引き落とされていることから、外貨建て円払い取引に該当すると考えられます。 法人税基本通達13の2-1-1によれば、外貨建て円払い取引は「外貨建取引」には当たらないとされています。 そのため、取引日のレートによる換算や決済額との差額を為替差損益に計上するということはせず、原則として、クレジットカードの支払明細に記載された円換算額を、課税仕入れに係る支払対価の額とすればよいと考えられます。 仕入税額の計算はドル建て請求書に記載された消費税額に基づく「請求書等積上げ計算」、クレジットカードの決済額に基づいた「帳簿積上げ計算」又は「割戻し計算」により算出できると考えられます。 ◆ ◆ 解 説 ◆ ◆ 1 外貨建ての適格請求書の記載事項 適格請求書発行事業者は、外貨建てによる取引であっても、適格請求書を交付することができる。 ドルなどの外貨建てにより記載された請求書が「日本の消費税法に定めるインボイスとしての記載事項を満たしているか」のチェックポイントは、次のとおりである(インボイスQ&A問54、68)。 (※1) すべて外国語による記載で問題ない。 (※2) 日本の消費税は「JCT」=Japanese Consumption tax等と表記されている。 2 課税仕入れに係る支払対価の額 実務においては、クレジットカードによる外貨建取引について、クレジットカード会社発行の支払明細に記載された円換算額を、そのまま支払対価の額として用いる処理が一般的であろう。これについては外貨建て円払い取引であるので問題ないと考えられる。 3 仕入税額の計算方法 仕入税額の計算方法には、次の3つがある。 クレジットカード会社のレートによる円換算が行われる関係上、適格請求書に記載された円建ての消費税額と、クレジットカード会社の支払明細に記載された金額から割り戻された消費税額は、基本的に一致しない。 この点、外貨建取引においては、適格請求書に記載された消費税額等が、自社で用いる円換算方法と異なる方法で算出された場合であっても問題ないことが、国税庁のインボイスQ&Aにおいて明示されている(問127)。 外貨建て円払い取引であっても請求書等積上げ計算の適用が除外されているわけではないことから、こうした差異が生じた場合であっても、請求書等積上げ計算を用いることに、特段の問題はないと考えられる。 (了)
Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第53回】 「〔第5表〕貸付金債権の評価」 -債務者が相続税の申告期限までに清算結了していた場合- 税理士 柴田 健次 Q 経営者甲(令和7年4月1日相続開始)が100%保有している甲株式会社の株式を長男乙が相続しています。甲株式会社は令和2年4月1日に乙が100%保有している乙株式会社に100,000,000円の貸付(金利1%、30年間の元利均等返済、毎月月末払い)を行い、乙株式会社は3年間は予定通り借入返済を行いましたが、業績不振により令和5年4月1日以降については、元金は据え置き、甲株式会社に利息のみを支払っていました。 甲株式会社及び乙株式会社はそれぞれ3月決算であり、乙株式会社の損益の状況については、下記の通りです。また、乙株式会社は、令和5年3月期以降、債務超過となっています。 令和5年3月末時点における貸付金債権の金額は、91,294,677円であり、令和5年4月1日以降は利息の支払のみで債権金額の変動はないので、令和7年3月末時点の貸付金債権の金額も同額となっています。 相続後、甲株式会社を承継した乙は乙株式会社を解散させ、相続税の申告期限までに清算結了を行っています。また、清算手続きにおいて甲株式会社は貸付金のうち50,000,000円を回収し、残額41,294,677円については債権放棄を行っています。なお、乙株式会社の残余財産の分配はないものとします。乙株式会社の借入状況をまとめると下記の通りです。なお、乙株式会社の借入は甲株式会社のみであり金融機関からの借入はありません。 甲株式会社の株式価額の算定上、乙株式会社の貸付金債権の相続税評価について第5表「1株当たりの純資産価額(相続税評価額)の計算明細書」の資産の部に計上する相続税評価額は、相続税の申告期限までに返済を受けた50,000,000円として計上することは可能でしょうか。 なお、純資産価額の計算においては、直前期末方式(直前期末の資産及び負債の帳簿価額に基づき評価する方式)により計算するものとします。甲株式会社の直前期末時点(令和7年3月31日)における貸借対照表における資産の部には、乙株式会社の貸付金として91,294,677円が計上されています。 A 第5表「1株当たりの純資産価額(相続税評価額)の計算明細書」の貸付金債権の相続税評価額として50,000,000円を計上することは認められず、下記の通り額面で評価することになります。 ◆ ◆ ◆ 1 貸付金債権の評価 貸付金債権の評価については、財産評価基本通達204及び205において下記の通り定められています。 財産評価基本通達204(貸付金債権の評価) 財産評価基本通達205(貸付金債権等の元本価額の範囲) (下線部は筆者による) 上記の通り、貸付金債権の評価は、貸付金の元本の価額と利息の価額との合計額により評価する旨を定めています。 そして、貸付金債権の評価を行う場合において、その債権金額の全部又は一部が、課税時期において上記の財産評価基本通達205(1)から(3)までに掲げる金額に記載されている金額(以下、「法令等に基づく回収不能額」という)その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるときにおいては、それらの金額は元本の価額に算入しない旨を定めています。 本問の場合には、「法令等に基づく回収不能額」に該当するものはないので、「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」に該当するかどうかが問題となります。 2 「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」の意義 「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」の意義については、財産評価基本通達で明示されていないので、過去の裁判例や裁決事例を確認する必要があります。 令和3年1月13日の大阪地裁判決(TAINSコード:Z271-13503)では、貸付金債権の評価が争点となりました。納税者(原告)は、被相続人が代表者を務めていた同族会社A社に対する被相続人の貸付金債権について、「法令等に基づく回収不能額」はありませんでしたが、原告は相続開始時点においてA社が債務超過であり、短期に多額の利益を得ることも現実的に不可能であるから、本件貸付金が回収される見込みはほとんど皆無であり、その実質的価値は全くないとして貸付債権の評価は零円で評価するべきであると主張しました。 本裁判例においては、「法令等に基づく回収不能額」に該当するものはないので、「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」の意義の解釈が重要となりますが、これについて原告(納税者)と被告(課税庁)の主張は、下記の通りとなります。 【その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるときの解釈】 大坂地裁では、貸付債権の時価について下記の通り判示しています。 (下線部は筆者による) 上記の大阪地裁の判決により「その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」に該当するためには、債務者が経済的に破綻していることが客観的に明白である必要があります。これに該当しない場合には、原則通り額面通り評価することになります。 3 本問の場合の当てはめ 本問の場合には、相続開始時点において、「法令等に基づく回収不能額」に該当するものはなく、債務者である乙株式会社が経済的に破綻していることが客観的に明白である事実もないので、原則通り、貸付金の元本の価額と利息の価額との合計額により評価します。 乙株式会社の損益の状況は、過去4年間赤字で相続開始前から債務超過の状態に陥ってはいますが、一般的に債務超過の状態で事業を継続している会社は多数存在し、過去の赤字から業績を回復させ、借入返済をすることも可能であると考えられるため、乙株式会社の損益の状況及び債務超過の事実をもって、経済的に破綻しているとはいえないことになります。 また、乙株式会社は、相続税の申告期限までに解散及び清算結了をしているので、回収不能額があるのではないかという疑問もあるかと思います。しかしながら、相続税法22条及び財産評価基本通達において、評価時点は課税時期とされていることから、相続開始時点において財産評価基本通達205(1)から(3)までの事由又はこれと同視し得る事態が生じていない場合には、原則通り額面で計上することになります。 令和3年11月1日の裁決事例(TAINSコード:F0-3-732)は、相続により取得した同族会社であるM社(本件法人)に対する貸付金(本件貸付金)の一部を元本価額に算入しなかったところ、原処分庁が、同通達の定めに該当しないとして更正処分を行ったのに対し、請求人がその全部の取消しを求めた事件となります。この事件では、相続後に解散及び清算をしていますが、国税不服審判所は下記の通り判断し、相続開始日において本件貸付金の回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるときに該当しないとし、更正処分を適法としました。 ☆実務上のポイント☆ 貸付金債権の評価を行う際に回収不能額として認められるためには、課税時期において、財産評価基本通達205の(1)から(3)の法令等に基づく事由又はこれと同程度の事由により、債務者が経済的に破綻していることが客観的に明白である必要があります。単に債務超過や営業損失が継続しているのみでは、経済的に破綻しているとは認められませんので、注意する必要があります。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第68回】 「公益活動を行う際の法人選択における留意点」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 佐藤 達夫 相談内容 私は、製造業を行っているX社(非上場会社)の社長です。X社の株式はすべて私が所有しています。 また、X社の経営に携わる傍ら、税法上の非営利型に該当する一般社団法人を設立して研究者の育成を目的とする研究助成事業を行っています。一般社団法人を選択したのは、一般財団法人のように設立時資金300万円を用意する必要がなく、また、社員や理事の人数も少なくて済むなど、容易に設立できるためです。 今後、研究助成事業のみならず、将来の研究者の担い手の増加につなげたいと思い、理数系学部の大学生・大学院生向けの奨学金事業も行っていきたいと考えています。また、公益認定を受けて公益社団法人へしていきたいとも考えています。事業の拡大のためには資金が必要となるため、X社からの寄附のみならず、私が所有しているX社株式の配当金を活用したいと思い、X社株式の30%を公益社団法人へ寄附することを考えています。 X社株式の寄附は、X社の将来的な経営にも関わってくるため、あらためて、公益活動を行う法人として一般社団法人でよいのか、他の法人として一般財団法人あるいはNPO法人がよいのかなどを悩んでいます。公益活動を行う法人の選択にあたっての留意点をご教示ください。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 公益活動を行う法人選択にあたってのポイント (1) 各法人のメリット・デメリット (2) 選択のポイント 選択のポイントとしては、次の点が挙げられます。 ① 法人の性質 一般社団法人とNPO法人は、人の集まりを前提とした性質を持ちます。一方、一般財団法人は財産の集まりを前提とした性質を持ちます。そのため、同じ目的を持った者の集まりとして、一般社団法人は同業者団体や学術団体などに活用され、NPO法人は市民活動の器として活用されることが一般的です。 一方、一般財団法人は一定の財産を管理・運用し、主に財産から得られる収益をもって一定の公益活動を行うために利用されています。法人の性質と自身が行おうとする事業や収支、財産構成を勘案して、法人選択を行う必要があります。 ② 社員総会又は評議員会の運営のしやすさ 一般社団法人又はNPO法人における社員は、会社企業における従業員ではなく、理事・監事の選任や解任、計算書類の承認、定款の変更などを決定する最高意思決定機関である社員総会の構成員になります。また、一般財団法人における評議員も同様で、最高意思決定機関である評議員会の構成員になります。 一般社団法人は、社員総会により理事・監事の選任や解任、計算書類の承認、定款の変更など、一般社団法人の組織、運営、管理その他一般社団法人に関する一切の事項を決議することができます(法人法35)。また、NPO法人では、定款で理事その他の役員に委任したものを除き、すべて社員総会で決議すべきこととされています(NPO法14の5)。そのため、一般社団法人、NPO法人ともに、社員総会における社員の資格が重要になります。 一般社団法人では、社員の資格について特段制限はありませんが、公益社団法人においては、社員の資格の得喪に関して不当に差別的な取扱いが禁止されているため、公益社団法人の社員の要件を充たした者は理事会の承認を受ければ、誰でも社員になることが可能です(公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律(以下「認定法」)5十七イ)。そのため、公益社団法人の事業目的や事業内容に合致する者から入社の申込みがあった場合には、理事会では、その申込みを拒むことはできません。 また、一般社団法人の社員総会において、社員は1人につき1個の議決権を有し、公益社団法人では社員が法人に提供する財産額に応じて社員の議決権数に差異を設けることが禁止されています(認定法5十七ロ)。NPO法人においても同様に社員の資格の得喪に関して不当に差別的な取扱いが禁止されているとともに、社員の社員総会における議決権は社員1人につき1個とされています(NPO法12四)。 一方、一般財団法人では、評議員の選任方法として、次の2つの方法が認められています。 多くの一般財団法人は、「(ア)評議員会により選任する方法」を選択しており、また、理事会で評議員候補者を選任することができるため、比較的、理事会の意向に沿った者を評議員に選任できる傾向にあります(法人法153①八)。ただし、公益財団法人の評議員は、理事と同様に、評議員の配偶者や3親等内の親族等、同一団体の者が評議員総数の3分の1を超えてはなりません(認定法5十・十一)。 結論として、公益社団法人やNPO法人では、社員総会における社員の資格に関して差別的な取扱いが禁止されているため、定款で定めた社員の資格要件に合致した者であれば社員になれるのに対し、一般・公益財団法人では理事会で評議員候補者を選任する仕組みを前提とすれば、法人の意思に関係なく、評議員が増加することはありません。そのため、公益事業の運営やX社株式の所有にあたっては、一般・公益財団法人が望ましいと考えられます。 [2] 一般財団法人への移行 (1) 一般財団法人への移行方法 奨学金事業やX社株式の寄附は、一般財団法人を設立し、公益財団法人へ移行してから実施することが望ましいと考えます。また、現在、一般社団法人で行っている研究助成事業も一般財団法人で一本化して行うことが、管理運営コスト等の面から望ましいと言えます。 一般社団法人が所有する資産を一般財団法人へ移行する方法は、次のとおりありますが、①が簡便な方法です。 (2) 一般社団法人で資産を使い切ってから清算する方法 法人法においては、事業目的に沿っていれば、財産の寄附先に制限はありませんが、非営利型一般社団法人では、定款に次の定めがあるため、寄附先には一定の制約があります。 そのため、解散前に、公益活動により財産を費消してから解散・清算手続きをすることが望ましいと考えられます。 一般社団法人の解散・清算の手続きや税法上の留意点は、一般財団法人の解散・清算と同じであるため、本連載の【第61回】「一般財団法人の清算」をご参照ください。 [3] 結論 公益事業を行う法人の選択にあたっては、税金面では一般社団法人、一般財団法人、NPO法人のいずれも収益事業課税に限定した課税方式とすることができ、大差はありません。ただし、法人の最高意思決定機関である社員総会又は評議員会の運営という面では、評議員会が設置される一般・公益財団法人のほうが安定感があるといえます。 したがって、X社株式を寄附することを考えた場合、公益社団法人やNPO法人より、一般財団法人を選択し、公益財団法人へ移行して運営していくことをお勧めします。 具体的な対策については、弁護士、税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。 (了)
国際課税レポート 【第13回】 「金融資産としての暗号資産振興と課税制度の現状の国際比較」 税理士 岡 直樹 (公財)東京財団政策研究所主任研究員 トランプ国際課税のその後 2025年1月20日に大統領に復帰したトランプ氏は、ベッセント財務長官に対し、OECDのタックス・ディールからの離脱に加え、外国による差別的・域外適用的な税制をリストアップし、米国の利益を守るための「保護的措置」の選択肢とあわせて、60日以内に大統領へ「報告」するよう命じた。 大統領令が念頭に置いている外国の税制には、欧州のデジタルサービス税(DST)や、OECDの軽課税所得ルール(UTPR)が含まれる。日本はDSTを導入していないものの、UTPRについては、令和7年度税制改正により「国際最低課税残余額に対する法人税」(法人税法82条の11)として3月31日に立法されており、2026年4月以降に開始する事業年度から適用される。 このため、財務長官が大統領に提出する「報告」で日本の措置について言及があるかどうかが注目されたが、期限の3月22日を過ぎても米国からの情報発表はなされていない。 4月8日時点の情報を総合すると、財務長官は「報告書」をホワイトハウスに提出している。しかし、内部報告書という位置付けであり、ホワイトハウスは当初は公表しないようだ。内容が対外的に明らかになるのは、米国が具体的な措置を取る際となりそうだ。 この問題は、多国籍企業大国である日本にとって重要な問題であり、新たな情報が入り次第改めて報告することとしたい。 トランプ政権と暗号資産振興 トランプ政権は、2025年1月23日に「デジタル金融技術」に関する大統領令を発表し、ブロックチェーン技術の成長と利用を支援する方針を明らかにした。また、3月6日に暗号資産(暗号通貨)を政府で備蓄することについての大統領令に署名、3月7日には暗号資産業界の著名な創業者等をホワイトハウスに招いて「暗号資産サミット」を開催し、トランプ氏は米国を「ビットコイン・スーパーパワーにする」と挨拶したほか、米ドルに連動して価値を安定させるステーブルコインの支援に前向きな姿勢を示すなど、暗号資産業界に対する支持を強化する動きをみせている。 ただし、その具体的な内容については必ずしも明らかでないとの指摘もある。米政府が暗号資産を購入することで価格が上昇することを期待していた市場関係者の間では、そのことに言及がなかったことに落胆したと伝えられる。 暗号資産課税を巡る日本の動き 一方、昨年から今年にかけて日本でも暗号資産を巡って重要な動きがあった。 ◆令和7年度税制改正大綱(2024年12月) 2024年12月20日に公表された与党(自民党・公明党)による令和7年度税制改正大綱は、将来の税制改正項目として、暗号資産取引の課税について次のように踏み込んでいる(与党大綱106頁)。 これは、雑所得として現在最高55%(国・地方)の累進税率で課税されている暗号資産の課税について、今後上場株式の課税と同様20%(国・地方)の税率で分離課税される方向が示唆されたものと受け止められ、暗号資産市場関係者や投資家からは歓迎する声も聞かれている。 ◆自由民主党ワーキンググループ案(2025年3月) 2025年3月6日、自民党デジタル社会推進本部web3ワーキンググループは、他の金融商品と同様に暗号資産を分離課税の対象とすべきことを具体的に提案している。 〈自民党緊急提⾔の要旨〉 暗号資産を巡る制度と税制(日米) 暗号資産(暗号通貨)を巡る日米の制度の骨子を表にまとめる。 【表1】 暗号資産(暗号通貨)を巡る制度と税制(日米) (※1) 資金決済法2条5項 (※2) 国税庁「暗号資産等に関する税務上の取扱いについて(FAQ)」(以下「NTA-FAQ」)」問2-2 (※3) 暗号資産交換業者の登録。資金決済法63条の2 (※4) 法令上の義務ではないが、国税庁から暗号資産交換業者(取引所)に対して「年間取引報告書」を顧客に交付するよう要請している(NTA-FAQ問2-7)。納税者はこれに基づいて申告することが可能になっている(NTA-FAQ問2-8)。 (※5) IRS「Notice 2014-21」(以下「IRS-Notice」)Q1、Q2参照 (※6) 暗号資産の売却や交換に関する取引について、取引所等取引業者によりデジタル資産の取引についての包括的な新報告様式1099-DAによりIRS及び納税者に情報提供する義務を負う。 (※7) 金額は最高税率が適用される所得(単身者の場合) (出所) 筆者作成 ◆日本の制度 日本では、資金決済法2条5項において、物品の購入対価等の支払手段としての財産的価値であり、電子的に記録されているものであり通貨を除くと規定されている。 また、「暗号資産取引により生じた損益は、邦貨又は外貨との相対的な関係により認識される損益と認められますので、原則として雑所得(その他雑所得)に区分されます。」とされている(NTA-FAQ問2-2)。 ただし、その年の暗号資産取引に係る収入金額が300万円を超える場合、帳簿書類の保存がある場合は原則として事業所得になり、保存がない場合には原則として雑所得(業務に係る雑所得)となる。 ◆米国の制度 米国では、暗号資産(通貨)は「資産」(デジタル資産)である以上の分類はなく、規制当局の間で資産区分は異なっている。 株式や公社債などの証券取引を監督・監視する連邦政府の機関である証券取引委員会(SEC)は暗号通貨を「証券」とみなしているが、先物取引やオプション取引を監督・規制する連邦政府の独立行政機関である商品先物取引委員会は「商品」としている。また、国税当局(IRS)は、Q&Aで「財産(property)であること」、「通貨ではないこと」(IRS-Notice Q1、Q2)としている。 ◆日米以外の制度 その他主要国の制度について【表2】にまとめる。 【表2】 暗号資産(暗号通貨)を巡る制度と税制(その他主要国) (出所) 一般社団法人日本暗号資産ビジネス協会「資料1 暗号資産の各国税制比較表」等から筆者作成 米国において暗号資産がキャピタルゲイン課税の対象となる根拠 前述したように、日本での暗号資産の課税見直しの方向性としては、株式等他の金融資産同様、また、米国同様、累進課税より低い税率が適用されるキャピタルゲイン課税の対象とすべきという主張になっている。 それでは、米国で暗号資産の損益をキャピタルゲイン課税の対象としている根拠は何か。また、適正課税担保のための方法はどのようになっているか確認しておきたい。 米国の課税上の取扱いは、IRSが2014年に示した暗号資産の課税処理に関する指針(IRS-Notice)に由来する。 投資対象としての暗号資産 米国では暗号資産の定義について必ずしも包括的でなく、管轄官庁によって「証券」「商品」「デジタル資産」となっている。一方、日本では「支払手段」として法令上に統一的に定義されてきていることを述べた。 暗号資産は、わが国では「支払手段」という位置付けで統一されてきているが、それでは暗号資産は投資対象として国民に幅広く受け入れられているのか、データを確認してみたい。 下記【図1】に年齢階級別の証券投資口座数(ここではNISA)と暗号資産取引口座数を示す。 【図1】 年齢階級別NISA(証券投資口座)及び暗号資産取引口座数(2024年3月) (出所) NISA口座数については、金融庁「NISA口座の利用状況に関する調査結果の公表について(2024年3月末時点)」、暗号資産口座数については、一般社団法人日本暗号資産取引業協会「暗号資産取引についての年間報告(2023年度)」25頁を基に筆者作成 【図1】からは、暗号資産取引には30~40歳代が積極的である一方、多額の金融資産を保持する傾向にある60歳以上の高齢者層にはまだまだ普及していないように見受けられる。 おわりに 急速に普及・拡大している暗号資産取引の米国における課税ルールについて、租税法学者として幅広く活躍しているミンディ・ハーツフェルド教授は、IRS(税務当局)にとっては、ルールを整備する必要性が急務である一方、時代遅れのルールや市場の現実を反映しないルールが策定されるリスクも抱えており、板挟みになっていると指摘している(※8)。また、暗号資産という新しい資産を包括的に取り扱うことは市場とコンプライアンスの両方にとって望ましいことであるが、納税者がすぐに答えを求めている状況では包括的な指針を策定することは難しいとも指摘している。 (※8) Mindy Herzfeld「Beyond Digital: Is Crypto currency the New Tax Fronteer?」(2020,June 15)Tax Notes International この点、日本は暗号資産の法的性格(資産としてのクラス)について法令上(資金決済法)において統一的な定義を設け、それに基づいて課税上の取扱いを規定しており、包括的・統一的なアプローチとなっているといえる。 一方、適正課税担保のための事業者の情報義務(第三者からの情報)については、業界団体への要請により事実上担保されているが、法令上の義務とされてはおらず、この点については制度上の検討課題として残されているといえる。 今後、暗号資産を巡る課税関係を見直す際には、国際的な経験を参考するにあたっても、税率の問題に過度に注目するのではなく、資産の性格についての定義の在り方や情報義務等を含めた包括的な視点から参考にしていく必要があるだろう。 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第65回】 東洋大学法学部教授 泉 絢也 26 DeFi取引と課税①:DeFiとDEX (1) DeFiとは ネットワーク上でデータを記録し、共有する分散型技術の1つであるブロックチェーン技術に基づく分散型金融システムでは、仲介者や中央集権化されたプロセスの必要性を低減又は排除したピアツーピア、つまりコンピュータ同士が直接的につながり、データを送受信するネットワークモデルの金融取引が可能となる。 主として、誰でも許可を得ることなく自由に参加できるパブリック型又はパーミッションレス型のブロックチェーン上で後述するスマートコントラクトを活用して構築される分散化された金融サービスは、DeFi(Decentralized Finance:分散型金融)と呼ばれている。 DeFi Llamaによると、令和7年1月末時点で、代表的なDeFiサービスに預けられた(ロックされた)暗号資産の時価総額であるTVL(Total Value Locked)は約1,100億ドルである(※)。 (※) DeFi Llamaトップページ参照 DeFiには次のような特徴がある(OECD, Why Decentralised Finance(DeFi) Matters and Policy Implications 18(2022) ; Edoardo Prandin, Decentralized Finance: A New Challenge for Regulators, 16 Bocconi Legal Papers 51, 58(2021))。 DeFiには金融機関等の仲介者が不在であるといわれるが、そのような仕組みを支える技術は分散型台帳(とりわけブロックチェーン)やスマートコントラクトである。 分散型の金融システムは、典型的には、権限、責任等が異なる参加者が共通の台帳を保有し、プロセスがいつ実行されたかという情報が、特定又は不特定の者の間における合意の下でその台帳に記録される分散型台帳を活用している。 分散型台帳は、単一障害点の除去、改ざん耐性のほか、実行されたトランザクションやプログラムが公開される透明性や事後検証の容易さという利点を有する。台帳によっては、スマートコントラクトを搭載し、一定の条件を満たした場合にプロセスが自動的に実行される仕組みを採用している(デジタル・分散型金融への対応のあり方等に関する研究会「中間論点整理」2~3頁参照)。 DeFiは仲介者が不在の分だけコストが抑えられ、パソコンやスマートフォンさえあれば、基本的に本人確認や書類審査などを経ずに、誰でも、規制や国境等による制限を受けずに、デジタル資産の貯蓄や投資、価値の移転等を行うことができる。 もっとも、DeFiを利用するためには一定のリテラシーが必要となるため、実際には、金融包摂とは真逆の金融排除の側面もあるといえよう。 また、DeFiはハッキングを受けるリスクもあるため、利用には注意が必要である。 なお、日本の暗号資産利用者もDeFiを通じて取引を行っている。この点について、日本における暗号資産活動のプラットフォームタイプ別のシェアは、CEXと様々な種類のDeFiプロトコルの間でほぼ均等に分散しているという調査結果がある(Chainalysis「The 2023 Geography of Cryptocurrency Report(日本語版)」63~64頁(2023))。 (2) スマートコントラクトとは スマートコントラクトとは、一般に、「ある条件で作動するプログラムをブロックチェーンに登録し、条件が満たされた際に自動的に作動させ、その結果をブロックチェーンに自動的に記録する仕組み」であり、いわば「自動化された手段を用いて契約を強制的に執行する仕組み」といわれる(北條真史=鳩貝淳一郎「暗号資産における分散型金融」日銀レビューNo.21-J-3、1頁及び8頁の脚注(2)参照)。 ただし、スマートコントラクト外で当事者間の契約がない場合に、契約を執行するという表現が適切ではないケースもありうるし、スマートコントラクトの法律関係をどのように捉えるかという点は必ずしも確立されていない。 いずれにせよ、一定の条件が満たされた場合に自動的・強制的に所定のプログラムを作動させ、その結果をブロックチェーンに自動的に記録する仕組みであるスマートコントラクトは、仲介者の存在を排除するDeFiを支える重要なツールである。 (※) Napkin AIを利用して筆者作成 (3) DEXとは DEX(Decentralized Exchange:分散型取引所)は、DeFiの主たる構成要素であり、仲介者に頼ることなしに、暗号資産の交換取引を行うことを可能にしている。 仲介者を介さずに暗号資産の交換取引を行う場合、利用者同士が直接交換するピアツーピア方式が利用される場合もあるが、この方式では不特定多数の利用者間での取引は進まず、交換対象となる暗号資産の流動性の確保等が課題となる。 そこで、DeFi の中心的な存在であるDEXは、スマートコントラクトを介して利用者間の取引を実現し、仲介者に頼らない仕組みないしサービスを提供し、利用者間における暗号資産の交換や貸借等の取引を促進させている。 (※) Napkin AIを利用して筆者作成 2023年の暗号資産市場の調査によると、取引量の約90%が上位10の取引所によって占められていた。その中でDEXはUniswapの1つだけであり、その市場シェアはわずか3%にとどまった(European Securities and Markets Authority, Crypto Assets: Market Structures and EU Relevance, ESMA50-524821-3153 (2024)。 他方、最近では、DEXとCEXの取引高比率が過去最高の20%に達したというデータがあり、このことは、ユーザーがDEXの透明性、セキュリティ及び強化された資産管理に魅力を感じていることを反映したものであって、CEXに対する規制当局の監視が厳しくなる中、規制の厳しい地域のトレーダーがDEXの提供する自由なアクセスを求める傾向が強まっているという見解も示されている(Bitcoinworld, DEX-to-CEX Volume Ratio Reaches Record 20%, Reflecting Growing Decentralized Adoption, BINANCE SQUARE)。 CEXは、本人確認(KYC:Know Your Customer)規制やマネーロンダリング・テロ資金供与規制に従っている一方、DEXはそもそも規制すべき「者」が存在するか、特定できるかという点が問題となることに注意が必要である。 DEXは、ユーザーの資産を預かることなく、ブローカーが関与することもなく、アルゴリズムで取引価格を決定する。このため、結局DEXは、ソフトウェアにすぎず、マーケットプレイスや装置を構成し、維持し、提供する組織、団体、個人のグループは存在せず、そこに存在するのはコードだけであるといわれる(Samantha Altschuler, Should Centralized Exchange Regulations Apply to Cryptocurrency Protocols?, 5 STAN. J. BLOCKCHAIN L. & POL’Y 92, 97(2022))。 (※) NapkinAIを利用して筆者作成 ここでは簡述するにとどめるが、このようなDEXは「DAO(Decentralized Autonomous Organization:分散型自律組織)」と自称し、通常、法人格を有しないと解されている。 DAOについては、外国法で法人格を認められている場合や税人格のない社団等に該当する場合を含めて税法上の法人に該当するケースを検討する余地はあるが、本稿では、それ自体は税法上の法人に該当しないDAOを想定して、考察を進める。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第167回】 株式会社ナ・デックス 「特別調査委員会調査報告書(公開版)(2025年2月14日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【株式会社ナ・デックス特別調査委員会の概要】 【株式会社ナ・デックスの概要】 株式会社ナ・デックス(以下「ナ・デックス」と略称する)は、1950(昭和25)年10月設立。設立時の社名は株式会社名古屋電元社。1992(平成4)年5月、現社名に商号変更。接合機器の開発、製造、販売、取付工事及び接合材料の販売を主たる事業とし、子会社15社、関連会社3社を有して、日本国内、北米、中国及び東南アジアで事業展開を行っている。 連結売上高34,436百万円、連結経常利益1,213万円、資本金1,028百万円。従業員数835名(訂正前の2024年4月期連結実績)。本店所在地は愛知県名古屋市中区。東京証券取引所スタンダード市場上場。会計監査人は、有限責任監査法人トーマツ名古屋事務所。 【特別調査委員会による調査報告書の概要】 1 特別調査委員会設置の経緯 (1) ナ・デックス北九州営業所は、2024年11月14日、仕入先のC社から、6,517万200円の売掛代金の請求を受け、北九州営業所長は、事務職員からの報告により、上記請求の事実を知り、C社関係者と面談したところ、商品の流通経路がC社→ナ・デックス→A社であることを確認した上で、A社に対し、注文書の発行と商品の検収を依頼した。 (2) 当初、A社の担当者からは、遅くとも2024年12月中には検収できるよう対応する旨の回答があったところ、11月19日になって、同担当者よりC社からの請求に対応したナ・デックスとA社との取引はまったく実態がなく、商品がA社に納品された事実はないとの連絡があり、不正な疑いのある取引の存在が発覚した。 (3) そこで、ナ・デックスは、A社向けの仕入に関し、C社以外の仕入先との取引についても調査したところ、C社の他にもD社及びB社からの仕入も実態がない不正な取引である可能性が浮上したため、取引を担当していた北九州営業所の業務委託社員であるXにヒアリングを実施したところ、A社向けの取引については、循環取引であることを認めた。 (4) ナ・デックスは、本件循環取引の発覚によって2024年度の事業実績の一部に疑義が生じたことを受け、実態解明等を目的とした特別調査委員会を立ち上げ、外部の委員も含む当委員会のメンバー主導で調査を行うこととした。 (5) 疑惑の詳細の把握や、その他の類似事案の有無の調査を進めていく中で、新たに、Xによる架空の在庫(原価)の正規取引への付替や、仕入商品の領得疑惑などが発覚したことから、ナ・デックスは当初の2025年4月期第2四半期の決算発表を延期(2025年2月14日提出期限)し、これら新たに発覚した疑惑についても、特別調査委員会による追加調査を行うこととした。 2 特別調査委員会が認定した事実関係による調査結果の概要 (1) 調査対象行為 特別調査委員会が調査の対象であると認定したXが関与した案件は、次のとおり区分されている。 (2) Xによる領得行為(上記(1)②) 特別調査委員会は、Xによる領得行為の発覚経緯として、ナ・デックスからの情報提供の要請に対し、B社から、同社内部で作成された対象会社向けの売上明細データと、システムにより印字された正規の納品書及びXの指示を受けて書き替えた納品書の提供があり、これをナ・デックスの売上データと突き合わせた結果、B社から対象会社に納品されたはずのPC等が、対象会社内部では機械部品類を仕入れたかのように偽装されていたことが判明したものであると説明したうえで、調査の結果、B社が、2020年1月31日以降にナ・デックス向けに販売したPC等の取引件数は120件、金額にして合計1億4,867万1,436円であり、これに対応するナ・デックスの仕入件数は818件であり、仕入額は合計1億4,547万4,436円であった。 (3) Xによる循環取引(上記(1)①) 調査委員会は、Xは、領得行為によって発生した架空の仕入の発覚を遅らせるため、当初はN社案件の仕入に付け替える方法をとっていたが、N社案件が減少したことにより、2020年2月頃、循環取引を企図し、遅くとも同年7月頃、G社を介してA社に対し、ナ・デックスとG社との間に取引口座がないのでA社に間に入ってほしいと持ち掛け、A社は、ナ・デックスから仕入れる商品は、G社に直送されているという認識のもと、伝票を通す過程で10%の利益を乗せることを条件に、これを承諾したものと認定し、その一方で、Xは、G社に対し、G社が仕入れた商品に10%の利益を乗せた上でC社、B社又はD社に販売するよう指示しており、循環取引を成立させた。 (4) Xによる付替行為(上記(1)③) 特別調査委員会は、Xは、領得行為や循環取引により生じた架空の仕入の一部を、N社向けの仕入として計上し(付替行為)、ナ・デックス内部では仕入先から商品をN社に直送したことにして、納品処理を行い、循環の解消を図っていたと認定している。 調査の結果、N社案件に付け替えられたと思われる取引は、合計197件4,239万2,636円と算定されている。 (5) A社に対する預け在庫(上記(1)④) 特別調査委員会はXの行為について、当初は領得行為により発生した架空在庫を付替行為によって解消していた可能性が高いが、N社向け案件への付替が困難になったことから循環取引を開始したものの、循環取引により各社の利益が上乗せされることから、金額が増加していくこととなるため、すべての架空在庫を循環取引で処理することが困難となったため、ナ・デックス社内では商品をいったんはA社向けの預け在庫として計上し、その一部を順番に循環取引の対象とし、預け在庫の対象商品を入れ替えることで同一商品が長期の預け在庫となることを回避するとともに、ナ・デックスの棚卸の際には、A社に依頼し、虚偽の預かり証を受領して預け在庫が実際に存在するかのような外観を作出していたものと認定した。 預け在庫の金額は、直近の決算期である2024年4月期には9,533万1,355円に達していた。 (6) Xの動機 特別調査委員会は、Xが各取引を始めた動機について、ナ・デックスで発生したO社案件での赤字の穴埋めをするためだったと述べていることについて、赤字の発覚を防ぐという目的のために領得行為を行う必要はまったくないとして、明らかに不合理であると断じている。 さらに、領得行為によりXが着服したと推定される約1億5,000万円の使途が、Xは合理的に説明できていないとして、Xには赤字隠し以外の目的があり、O社の案件において付替が比較的容易にできたという経験をもとに、付替を利用した領得行為を考えついた可能性は存すると述べている。 また、特別調査委員会は、Xが使用していた社有携帯電話のメールデータを基にL社の代表者氏にヒアリングを行ったところ、XがL社代表者から160万円の金員を借り入れていた事実が判明し、Xは、借入の約1年後に100万円を、2024年12月に残額の60万円を返済していた事実が判明したことから、Xが領得行為に至る背景には、まとまった額の金銭を必要とする個人的事情があったのではないかとの疑いを指摘するにとどめ、それ以上の動機の解明については捜査機関等に委ねるほかないとの結論に至ったとしている。 3 不正な取引が生じた原因分析(調査報告書39ページ以下) 特別調査委員会は、北九州営業所において不正な取引が行われた原因分析として次の7項目を挙げている。 特別調査委員会が複数の項目で繰り返し指摘しているのは、ナ・デックス北九州営業所の管理体制の不備である。まず、北九州営業所長は西部営業部長が兼務しており、普段は大阪市に勤務していることから、北九州営業所に常駐する管理者は存在していなかったうえ、唯一の正社員であるn氏はXの子であるうえに、事務を一手に担っているp氏は派遣社員であり、実質的に、Xには上司による監督も、従業員間の相互監視も機能していなかった。 さらに、派遣社員p氏は、A社との商談や多額の預け在庫について、取引内容それ自体に不整合、辻褄が合わないといった違和感を有していたにもかかわらず、決裁者である北九州営業所長による決裁処理は形骸化しており、また、北九州営業所長は、現場従業員とのコミュニケーションをとっておらず、p氏からの訴えについても真摯に受け止めなかった。 さらに、特別調査委員会は、「在庫に対する危機意識の不足」として、北九州営業所長をはじめとするナ・デックスの従業員も、ナ・デックスが同一の得意先に対して恒常的に在庫が存在していることはかなりのレアケースであることを認識していたにもかかわらず、在庫商品が現に存在するか否かの調査を徹底して行えば、Xによる架空取引を早期に発見することは可能であったと考えられるが、現実には、Xの要請に応じてA社から対象会社の在庫商品を預かっている旨の虚偽の預かり証が発行されていたという想定し難い事情があったため、A社に赴いて現物を確認する等の踏み込んだ調査が実施されることはなかったことを指摘している。 そのうえで、特別調査委員会は、「虚偽の証憑類作成に対する取引先の関与」として、Xによる領得行為では、B社から仕入れたPC等を対象会社内では機械部品類を仕入れたかのように見せかけ、それをN社案件の仕入に付け替えたり、A社向け案件の仕入商品として計上したりすることにより成立するものであり、仕入業者であるB社の協力なくして実行不可能であったこと、Xによる循環取引では、A社という対外的に大きな信用力を有する法人が循環取引に関与していたこと、A社のa氏が、仕入商品を一切受領・保管していなかったにもかかわらず、Xの要請に応じて対象会社の在庫商品を預かっている旨の虚偽の預かり証を発行したことなど、取引先がXの不正を認識していたか否かにかかわらず、その協力があってはじめて成立するものであったという点に大きな特徴があったとしている。 最後に、特別調査委員会は、「その他」として、ナ・デックスでは、かつては、利益率が一定割合を下回る場合の申請や赤字の場合の稟議を上げにくい雰囲気があり、これが付替や仕入先との貸し借りの原因の1つとなっていたが、2018年2月に、案件で赤字が出た場合でも積極的に申告するよう全社宛てに周知してからは、そのような雰囲気はなくなり、むしろ、付替行為や仕入先との貸し借りをすることは慎むべきであるとの認識が相当程度醸成されたと評価し得るとしながら、北九州営業所のXの直属の上司であった営業所長が派遣社員の進言に耳を傾けなかったり、決裁制度の本来の意義を理解していたとはいえない対応をとっていたりしたことからすれば、すべての管理職に高いコンプライアンス意識が浸透していたとは言い難いと評価している。 4 特別調査委員会による再発防止策(調査報告書46ページ以下) 特別調査委員会は、再発防止策として、次の9項目を挙げている。 特別調査委員会は、「管理・監督体制の実効化」の観点から、拠点の責任者の兼務は避けるべきであるが、兼務がやむを得ない場合には、その拠点の管理にリスクがあることを十分に認識した上で、決裁制度がより機能するようにしなければならないとして、「決裁処理の実効化」に言及した後、さらに、上司が常駐しない場合には、「上司と部下とのコミュニケーションの機会の確保」するため、意識的に機会を設ける必要性から、定期的な面談の設定を制度化して、真摯に話を聞く機会を確保すべきであると提言している。 さらに、特別調査委員会は、「預け在庫の確認制度の拡充」として、ナ・デックスでは、期末の棚卸時を除き、一部の商品以外は在庫の保管場所について管理しておらず、営業担当者のみが把握しているに過ぎないと現状を分析したうえで、同一の得意先向けに継続して長期にわたる在庫が存在し、預け在庫があるような不自然な取引については、注意が喚起されるシステムが必要であり、預け在庫の金額や期間について一定の基準を超える場合には、営業担当者以外の者が現物確認を実施することを義務づける制度を設けるべきであると提言している。 そして、本件の特徴でもある取引先従業員の関与に関して、特別調査委員会は、長期間にわたり同一の者に特定の取引先を担当させることにより、業務が属人的になったり取引先との馴合いが生じたりすることを防止するため、可能な範囲でのジョブローテーションの実施や複数人の業務遂行といった措置を講じ、業務の透明性を高めることが望ましいとしながら、ジョブローテーションや複数人の業務遂行が困難である場合には、不正の兆候の有無にかかわらず、上司が定期的に取引先を訪問したり、不定期に前述した取引内容の調査及び確認を実施すべきであると再発防止策をまとめている。 【調査報告書の特徴】 特別調査委員会は、Xによる領得行為によりナ・デックスが損害を受けた金額が145百万円を超えると算定した。ナ・デックス北九州営業所の売上規模がどの程度であるのか、報告書に記載がないため、業務委託社員であるXの業績への貢献も不明であるが、営業所長が大阪常駐で不在、唯一の正社員は自分の子であり、他に派遣社員が事務作業を行っているだけという、まったく内部統制も相互監視も効かない環境を奇貨として、5年あまりで145百万円を横領できてしまったことに驚かされる報告書である。 ナ・デックスの国内拠点を見ると、大阪にある西部営業部以西の拠点は広島と北九州のみであり、本社の名古屋から遠く離れて、しかも周囲にまったく拠点がない状態で、北九州営業所は存在していたことがわかる。こうした立地や固定された顧客(上場会社の子会社であるA社沖縄支店)との継続的な取引が中心であったことなどから、内部統制が甘くなっていたと推測することは可能だが、2025年4月第3四半期決算短信によれば、特別調査費用として182百万円が計上されており、Xにより横領された金額も含め、ナ・デックスは、不正を防止又は早期に発見するための費用に比して、多大な損失の負担を強いられてしまったことを附記しておきたい。 1 派遣社員p氏による不正取引の疑いに基づく調査 特別調査委員会による報告書の中で存在を際立たせていたのが、北九州営業所で伝票処理等の事務を担当していた派遣社員であるp氏であった。 p氏は、特別調査委員会のヒアリングに対し、受注登録した案件の売上計上(正式注文書の受領)までに1年もかかっていたので、おかしいと思った、B社の見積書の書式や体裁が変わり、角印が楕円形になっていたため、画像処理しているのではないかと疑いを持った、A社の仮注文書の個人認印の位置と形状が常に同じだったので、使いまわしではないかと思ったなどと述べ、証憑類の不備を認識していたのみならず、仕入の対象製品が、出荷までに時間を要する製作品であり、しかも、その納入先が沖縄であるにもかかわらず、発注日の翌日が納入日となっており、取引内容に整合性がなくおかしいとして、取引内容それ自体にも疑いを有していたうえ、A社沖縄支店の建物をGoogleストリートビューで確認したが、長期預かり在庫になっている商品を保管できるような倉庫は見当たらず、おかしいと思ったとも供述し、A社取引が不合理であることに気付いていたということである。 特別調査委員会のヒアリングに対し、派遣社員p氏は、複数回にわたり北九州営業所長に対しこうした事情を訴えていたと述べているのに対し、北九州営業所長は、p氏からの訴えは、X氏による不正が発覚する1、2ヶ月前であったと説明しており、両者の説明は食い違っているのだが、ただ、北九州営業所長はp氏の訴えを聞いてからも、実際には何も行動に移しておらず、特別調査委員会は、北九州営業所長が、定期的にp氏を含む現場従業員との面談の時間を設け、業務遂行上の問題点を真摯に聴き取る姿勢を示していれば、p氏から不正行為の兆候について情報を得ることができ、その結果、より早期にXによる不正行為を発見することが可能であったと考えられるとコメントしている。 調査報告書では、ナ・デックスの内部通報制度の運用状況についての記述はないが、社内だけではなく、社外にも内部通報窓口は設置されていたようである。派遣社員p氏がこうした内部通報窓口の利用を考えたのかどうか、何らかの事情により内部通報制度を使うことにためらいがあったのかについては、特別調査委員会のヒアリング項目に内部通報に関する質問があったのかどうかも含めて、報告書に記載はない。 なお、再発防止策で、特別調査員会は、内部通報制度をより充実させるために、経営陣において「不適切行為を明らかにすることは正しいことである」とのメッセージを発信したり、有用な通報について人事考課の考慮要素としたりするなどして、通報を奨励していくべきであり、また、社外の内部通報窓口を今以上に周知させ、通報をよりしやすくする環境を整えることが望ましいという提言をしているが、派遣社員のように身分が不安定な立場の者であっても安心して内部通報ができるような環境整備、すなわち通報者の保護の徹底と周知が必要であることは言うまでもないだろう。 2 ナ・デックスによる再発防止策 ナ・デックスは、2025年2月26日、「特別調査委員会の調査結果を受けた再発防止策の策定に関するお知らせ」をリリースして、特別調査委員会の提言を受けて、大きな項目として7項目からなる再発防止策を公表した。 特別調査委員会による提言より突っ込んだ内容となっている項目として、「監督体制・牽制機能の強化」と「複層的なレポートラインの整備」について、詳細を引用しておきたい。 まずは、営業部長と営業課長(営業所長)の原則兼任禁止を明文化することによって、兼任により脆弱になっていた監督体制を強化するためのルール整備を行うとともに、営業部に業務課を設置することによって、営業担当者への牽制機能の強化を図り、牽制機能を期待される業務担当者が、営業課に1人しかいないことにより脆弱になっていた従業員間の相互監視機能を強化するとしたうえで、業務課の設置により、複層的なレポートラインの整備を行うことを明言している。 3 関係者の処分 ナ・デックスは、報告書公表と同日(2025年2月14日)に、「役員報酬の減額に関するお知らせ」をリリースして、元業務委託社員による不正行為に関し、管理監督責任の観点から、役員報酬を減額することについて取締役会において決議したとして、代表取締役社長の進藤大資氏については、月額報酬の20%を2か月、常務取締役経営企画室長の横地克典氏については月額報酬の10%を2か月、それぞれ減額することを公表した。 一方、ナ・デックスが本稿執筆時点までに公表している適時開示情報からは、本件の首謀者である業務委託社員X氏及びX氏の派遣元であるC社に対する法的措置がどのように検討されているのか、明らかではない。X氏については刑事告訴を行うとともに不当利得返還請求訴訟を提起することが考えられ、C社に対しても使用者責任に基づく損害賠償請求を提起することが考えられる。また、X氏を管理監督する立場にあった北九州営業所長(西部営業部長o氏が兼務)に関する社内処分についても、公表はされていない。 (了)