《速報解説》 国税庁が「移転価格税制の適用に係る簡素化・合理化アプローチのFAQ」を公表 ~当面の間の日本での簡素化・合理化アプローチの不実施と税務上の取扱いを明らかに~ 税理士 水野 正夫 国税庁はこのほどホームページ上で「移転価格税制の適用に係る簡素化・合理化アプローチに関するFAQ(令和7年6月)」を掲載し、計5問の質疑応答を公表した。 移転価格税制の適用に係る「簡素化・合理化アプローチ」(いわゆる「利益B」のことで、基礎的マーケティング・販売活動を行う販売会社の国外関連取引のうち一定の基準を満たした取引に対し、移転価格税制の適用の簡素化・合理化を図るもの)がOECD移転価格ガイドラインに追加・公表され、簡素化・合理化アプローチを実施した国・地域は、2025年1月1日以後に開始する事業年度から、対象となる取引に対して簡素化・合理化アプローチを適用できることとされており、日本において簡素化・合理化アプローチを採用するか否かが注目されていた。 FAQでは、日本において、当面の間、簡素化・合理化アプローチを実施しないことを明らかにする(問1)とともに、日本法人の国外関連者(子会社等)が所在する進出先国・地域において簡素化・合理化アプローチが実施される可能性があることから、日本の税務上の取扱いについて、従来の独立企業間価格の算定方法を用いて独立企業間価格を算定することを以下のとおり確認しており、留意が必要である。 (了)
《速報解説》 JICPAから「金融課税の論点整理」についての研究報告が公表される ~信託型ストックオプションに関する問題点も指摘~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2025年6月19日付けで(ホームページ掲載日は2025年7月16日)、日本公認会計士協会は、「金融課税の論点整理」(租税調査会研究報告第41号)を公表した。 これは、主として個人の所得税を中心にした金融課税について整理したものである。所得税の原理原則は所得区分に応じた課税であり、金融商品がどの所得区分に該当するかによって課税制度も異なり、実態課税論としてはかなり複雑な体系となっているとのことである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 論点整理は表紙を含めて92ページあり、主な内容は次のとおりである。 1 信託型ストックオプション ストックオプションに関する課税を検討し、信託型ストックオプションについての問題も指摘している。 2023年5月(最終改訂2023年7月)に国税庁が「ストックオプションに対する課税(Q&A)」を公表しているが、信託型ストックオプション(税制非適格)の課税について、国税庁の見解は、法人課税信託の課税の考え方を否定するものであり、納税者との意見対立となっていることなどをあげ、信託型ストックオプションについては、課税上の取扱いをQ&Aだけで終わらせるのではなく、租税法律主義の観点からも、納税者が納得できるように法人課税信託の制度や税制非適格ストックオプションの制度などの課税関係と整合性がとれた法整備が望まれるとしている。 2 デリバティブ デリバティブ取引に関する課税を検討し、論点は大きく分離課税の対象範囲と他の金融所得との損益通算があるとし、デリバティブ取引のほかの金融所得との損益通算範囲の拡大は、租税回避行為という問題の存在を踏まえつつも進めていく必要があると考えられるとしている。 3 暗号資産 暗号資産に関する課税を検討し、論点の中心は所得区分と金融所得課税の一体化としている。 暗号資産課税に関する見直しは、着実に進めていくべきであると考えるとしつつ、例えば、暗号資産について分離課税が認められるとした場合のその範囲の問題なども指摘している。 (了)
《速報解説》 公認会計士・監査審査会が 「監査事務所検査結果事例集(令和7事務年度版)」を公表 ~循環取引及びサイバーセキュリティリスクへの対応を掲載~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2025(令和7)年7月7日、公認会計士・監査審査会は、「監査事務所検査結果事例集(令和7事務年度版)」を公表した。 今回の事例集の特徴は次のとおりである。 事例集は、公認会計士・監査審査会が行う監査事務所の検査で確認された指摘事例等を取りまとめたものであり、基本的に、監査事務所に関する内容である。 本稿では、事例集に記載された事項のうち、一般事業会社における会計処理等においても参考になると考えられるものを紹介する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 取締役、監査役等、投資者等による活用を期待 事例集では、上場会社等の取締役・監査役等や投資者等に対する監査に関する参考情報の提示という観点から、審査会検査で確認された幅広い指摘事例をできるだけ分かりやすく記載している。 そのほか、監査事務所の改善取組などにおいて評価できる取組例も取り入れているので、会計監査人の適切な評価のために、是非参考にしていただきたいとのことである。 Ⅲ 個別業務における「問題となった事例」 事例集は、次のような事例について述べている。 (了)
《速報解説》 国税庁が事業承継税制の特例措置に係る質疑応答事例を5年ぶりに更新 ~令和3年度から令和7年度の税制改正等に伴い全14問を改訂~ Profession Journal編集部 国税庁は、令和7年7月7日付けで事業承継税制の特例措置(非上場株式等についての贈与税・相続税の納税猶予及び免除の特例措置)に関する質疑応答事例を更新した。 この質疑応答事例は、事業承継税制の特例措置が平成30年度税制改正により創設後はじめて公表されたあと、令和2年にも更新が行われた。今回は前回の公表から5年ぶりに更新が行われ、令和3年度から令和7年度までの税制改正等を反映した内容となっている。 なお、改訂が行われた設問(全14問)は下記の通り。 事業承継税制の特例措置に関しては、令和6年度税制改正では特例承継計画の提出期限が延長され、令和7年度税制改正では役員就任要件等の見直しが行われたものの、事業承継税制の特例措置の適用期限自体は延長されておらず(※)、今後も延長はされない見込みとなっている。 (※) 法人版事業承継税制の特例措置の適用期限は令和9年12月31日、個人版事業承継税制の適用期限は令和10年12月31日。 (了)
2025年7月10日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.626を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
令和7年度税制改正における 『グループ通算制度』改正事項の解説 【第2回】 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 2 グループ通算制度における取扱い 通算法人の法人税率については、改正後は以下の取扱いとなる。下線部分が改正されている。 (1) 通算法人の法人税率 (2) 通算親法人が協同組合等である場合の法人税率 (3) 通算親法人である協同組合等が特定の協同組合等に該当する場合の法人税率 (4) 通算親法人である特定医療法人に対して適用される法人税率 (5) 適用時期 上記(1)~(4)の改正は、令和7年4月1日以後に開始する事業年度から適用される(令7改所法等附39)。 ただし、通算子法人については、通算子法人の令和7年4月1日以後に開始する事業年度のうち通算親法人の同日前に開始した事業年度の期間内に開始する事業年度(経過事業年度)については、改正前の取扱いが適用される(令7改所法等附39)。 つまり、通算法人については、通算親法人の事業年度が、令和7年4月1日以後に開始する事業年度に該当する場合に、改正後の取扱いが適用されることとなる。 この場合、令和7年4月1日以後に加入した通算子法人が通算親法人の事業年度終了の日以前に離脱する場合であっても、その加入日が通算親法人の令和7年4月1日前に開始した事業年度の期間内にある場合は、加入日から離脱日の前日までの期間を事業年度とした通算法人としての単体申告は、改正前の法人税率の取扱いが適用されることとなる(注)。 (注) 例えば、通算子法人の加入日が令和7年5月1日、離脱日が令和7年12月1日とした場合の令和7年5月1日から令和7年11月30日の期間の事業年度(通算法人としての単体申告)について、通算親法人の決算期が3月である場合は改正後の法人税率の取扱いが適用され、通算親法人の決算期が12月である場合は改正前の法人税率の取扱いが適用される。 (続く)
Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第56回】 「従業員持株会から発行法人が株式を取得した場合の留意点」 税理士 柴田 健次 Q 【第55回】の事例では、従業員持株会から同族株主が配当還元価額で株式を取得した場合には、時価と対価との差額に対して贈与税の課税がされることになるとのことでしたが、株式の取得者が同族株主ではなく、発行法人である場合には資本取引等に該当するため、贈与税の課税関係は発生しないという認識でよいのでしょうか。 前提状況は、株式の取得者以外は【第55回】と同様で、甲は将来的にA社を解散又はM&AによりA社株式の売却も検討しています。従業員持株会を解散した後にその清算手続きにおいて令和6年12月1日に従業員持株会の株式は、発行法人であるA社に配当還元価額である50,000円で譲渡されたものとします。 ■A社株式の所有状況の推移 (※1) 普通株式、1株につき1議決権 (※2) 配当優先無議決権株式 令和6年12月1日時点における自己株式取得前の普通株式に係る第4表「類似業種比準価額等の計算明細書」及び第5表「1株当たりの純資産価額(相続税評価額)の計算明細書」は、それぞれ下記の通りとなります。 A社の会社規模区分は、中会社の大に該当しますので、甲の自己株式取得前の1株当たりの相続税評価額は、下記の通りとなります。 A 甲は相続税法9条により対価を支払わずに利益を受けたことになりますので、贈与税が課税されることになると考えられます。 ◆ ◆ ◆ 1 発行法人に株式を売却した場合の課税関係 (1) 売主の課税関係 非上場株式を発行法人に売却した場合には、みなし配当課税(所法25①)、みなし配当課税の特例(措法9の7)、みなし譲渡課税(所法59①)、相続税の取得費加算の特例(措法39)の適用の有無を判断する必要があります。本問の場合には、相続で非上場株式を譲渡しているわけではありませんので、みなし配当課税の特例や相続税の取得費加算の特例は考える必要はありません。 個人から法人に非上場株式を著しく低い価額で譲渡した場合(時価の1/2未満の対価の額により譲渡した場合)にはみなし譲渡の適用があります(所法59①、所令169)が、みなし譲渡の場合には譲渡前の株主状況に基づき判定します。そして、従業員持株会の組合員は議決権割合が0%となりますので、特例的評価方式が適用される株主に該当します。したがって、配当還元価額(50,000円)での譲渡は、適正な時価で譲渡されたものとなりますので、みなし譲渡の適用はありません。 また、交付金銭等の額(1株当たりの交付金銭等の額は50,000円)からその株式に対応する資本金等の額(1株当たりの資本金等の額は50,000円)を控除した部分についてはみなし配当の金額とされます(所法25①)が、本問の場合にはみなし配当金額は生じません。 また、交付金銭等の額からみなし配当の金額(0円)を控除した部分については、株式等に係る譲渡所得等に係る収入金額とみなされます(措法37の10③)が、株式の取得費(1株当たり50,000円)と同額であるため、譲渡所得の課税関係も生じません。 (2) 発行法人の課税関係 自己株式を無償や低額で取得した場合に、取得時の時価と実際の取得価額との差額について受贈益を認識すべきという考え方も一部にありますが、平成18年度税制改正後の法人税法は、自己株式を有価証券としては認識せず、自己株式の取得を資本等取引としているため、原則として発行法人に益金は生じません(法法22②③④⑤)。 本問の場合には、みなし配当も生じていないため、配当所得の源泉徴収をする必要もありません。 (3) 発行法人の株主の課税関係 著しく低い価額で発行法人に資産を譲渡したことにより、発行法人の株主は、株式の価値が増加しますので、その価値増加部分について譲渡をした者からその株主に対して贈与税が課税されます(相法9、相基通9-2)。 ところで、相続税基本通達9-2(4)においては、「会社に対して時価より著しく低い価額の対価で財産の譲渡をした場合」にみなし贈与に該当する旨が定められていますが、本問の場合には、売主は時価相当の配当還元価額で譲渡していますので、みなし贈与の課税がされるかどうかについて疑問が残ります。 平成26年10月29日の東京地裁判決(TAINSコード:Z264-12556)は、自己株式の取得の事例ではなく、著しく低い価額で株式を購入した発行法人以外の同族法人の株主についてみなし贈与が適用された事例ですが、相続税法9条について下記のとおり判示されています(下線は筆者)。 上記判示における「贈与があったのと同様の経済的利益の移転の事実」とは、「利益を受けた者」と「利益を受けさせた者」があることが前提であると考えられますが、本問の場合には、売主の立場からすると適正な対価で譲渡をしていますので、売主は利益を喪失しているわけではなく、経済的利益の移転を観念することはできないといえます。 したがって、原則的には、適正な時価で譲渡が行われた場合には、相続税法9条によるみなし贈与の規定は発動しないものと考えられます。しかしながら、本問の場合のように、将来的に法人を解散又はM&Aをするために、株式の集約がされているため、甲が経済的利益を享受したことは明白であり、かつ、直接従業員持株会から配当還元価額で購入した場合には、相続税法7条の規定によりみなし贈与課税がされますので、みなし贈与課税を免れることは税負担の公平の見地からも許容されるべきではないと考えられます。 例えば、自己株式の取得が一時的なもので、その後、速やかに自己株式の処分を行い、240株を特例的評価方式が適用される第三者が同額(1株50,000円)で取得した場合には甲は経済的利益を何ら享受していませんので、贈与税の課税関係は生じないと考えられます。一方で、自己株式をA社が長期的に保有することが前提である場合や自己株式の消却を行う場合には甲は経済的利益を享受したとして贈与税の課税がされるべきと考えられます。 本問の場合には、【第55回】の贈与税課税とのバランスも考慮し、みなし贈与課税がされるべきと考えられます。 ◎甲のみなし贈与税課税の計算 甲はA社が自己株式を取得したことで、所有していた株式の価値が増加したことになります。したがって、贈与を受けた金額は、自己株式取得後の甲の普通株式に係るA社株式の相続税評価額と自己株式取得前の甲の普通株式に係るA社株式の相続税評価額の差額となります。あくまでも贈与税課税の計算となりますので、A社株式の相続税評価額を基に計算します。 自己株式の取得後の普通株式に係るA社株式の相続税評価額の計算は、下記の点について留意する必要があります。 実際の第4表及び第5表は、下記の通りとなります。 2 贈与を受けたものとみなされる金額 甲の贈与を受けた金額は、自己株式取得後の普通株式に係る甲のA社株式の相続税評価額と自己株式取得前の普通株式に係る甲のA社株式の相続税評価額の差額となり、下記の通り計算されます。 なお、【第55回】の事例の場合には、甲の配偶者は著しく低い価額で株式を譲り受けたとして、時価(40,418,400円)と取得対価(12,000,000円)との差額に対して贈与税の課税がされることになり、贈与金額は本問と異なります。 これは甲の配偶者は配当優先無議決権株式を取得していますので、類似業種比準価額の計算における1株当たりの配当金額は普通株式よりも高く算定がなされていること及び相続税法7条は直接的に贈与を受けたものであるのに対して、相続税法9条は間接的に贈与を受けているに過ぎないためです。 ☆実務上のポイント☆ 従業員持株会から発行法人が株式を取得した場合には、相続税法9条におけるみなし贈与課税の問題が生じます。従業員持株会を組成する際には、出口の課税関係が最も問題になり得ますので、前回(第55回)及び今回の贈与税課税の問題を確認してから組成するようにしましょう。 (了)
〈適切な判断を導くための〉 消費税実務Q&A 【第11回】 「国境を越えたEC取引に係る適正な課税に向けた課題」 税理士 石川 幸恵 【Q】 令和7年4月に導入されたプラットフォーム課税は、海外事業者によるゲームやアプリの提供など消費者向け電気通信利用役務の提供を対象としたものです。 ところで、近年は海外発のECサイトによる衣料品などの販売も盛んに行われていますが、こうした国外事業者が関わる物品の販売に関して消費税法上の問題はないのでしょうか。 【A】 政府税制調査会の「経済社会のデジタル化への対応と納税環境整備に関する専門家会合」の資料では、国外事業者が関わる物品販売について、次の2つの課題が示されています。 課題1:国外事業者による無申告 (※) 内閣府「第1回経済社会のデジタル化への対応と納税環境整備に関する専門家会合(2024年11月13日)」の「財務省説明資料[税務手続きのデジタル化]」20頁より抜粋 このような販売方法は「フルフィルメントサービス」と呼ばれます。この場合、販売時点で商品が国内に所在しているため、「国内における資産の譲渡」として消費税の課税対象となります。また、商品の所有権は国外事業者にあるので、国外事業者に納税義務が生じます。しかしながら、5,000億円から1兆円程度の無申告が生じている恐れが指摘されています。 課題2:少額貨物に係る国内事業者との競争上の不均衡 (※) 内閣府「第1回経済社会のデジタル化への対応と納税環境整備に関する専門家会合(2024年11月13日)」の「財務省説明資料[税務手続きのデジタル化]」20頁より抜粋 このケースは消費者が輸入者として税関に申告(実務的には通関業者が代理して申告。通関時の関税や消費税等は宅配業者に代引きで支払うケースなどがあります)を行いますが、課税価格が1万円以下であれば消費税及び関税が免除されます(関税定率法14⑱、輸徴法13①)。 その結果、消費税等を納めたうえで国内で取引を行う小売業者等と競争上の不均衡が生じています。 令和7年度与党税制改正大綱においても、国境を越えたEC取引の拡大について次のような課題が指摘されました。専門家会合での議論も踏まえ、次年度の税制改正において何らかの対応が講じられる可能性は十分に考えられます。 ◆ ◆ 解 説 ◆ ◆ 国境を越えたEC取引の課税関係には、フルフィルメントサービスを利用した取引と海外事業者からの直送のそれぞれにおいて課題がある。3回にわたる専門家会合の議論の中でEUや豪州等の取組みが比較・検討され、日本で採用するのであれば豪州の方式が現実的との意見が多かったが、現時点で制度化されるかどうかの見通しは明らかにされていない。 本稿では、専門家会合の資料で紹介されたEUや豪州等での方式を確認したい。 1 諸外国の対応状況 (1) フルフィルメントサービス ① EU EUは2021年7月より、EU域外の事業者がプラットフォーム等を介して域内の倉庫から域内消費者に行う物品の販売については、プラットフォーム事業者が販売したものとみなしてプラットフォーム事業者に納税義務が生じる方式が取られている(下図参照)。 (※) 内閣府「第1回経済社会のデジタル化への対応と納税環境整備に関する専門家会合(2024年11月13日)」の「財務省説明資料[税務手続きのデジタル化]」21頁より抜粋 ② 米国 米国の多くの州における「小売売上税」においてEUと同様の仕組みが導入されている。 (2) 少額貨物 ① EU EUでは少額輸入免税制度自体が廃止され、金額の多少にかかわらずVATが課税される。 徴収方法としては、消費者に納税義務がある直送取引であってもEC事業者やプラットフォーム事業者に納税義務を課す制度が導入されている。具体的には、2021年7月より、150ユーロ(2025年6月末時点で約25,500円)以下の少額貨物であっても、税務当局に登録をしたEC事業者やプラットフォーム事業者が消費者からVATを徴収し税務当局に納付する仕組みである。 上記(1)はフルフィルメントサービスを利用した場合に、納税義務が国外事業者からプラットフォーム事業者に転換する制度であったが、フルフィルメントサービスを利用しない直送取引では消費者からEC事業者やプラットフォーム事業者に納税義務が転換されるという違いがある。 なお、この登録は任意であるため、登録を受けていないEC事業者やプラットフォーム事業者経由で購入した場合には、消費者が納税義務を負うこととなる。 ② 豪州 EUと同様、EC事業者やプラットフォーム事業者が税務当局に登録を行ったうえで、物品サービス税(GST。おおむね日本の消費税に相当)の納税義務を課している。 EUと異なるのは一定規模以上のEC事業者やプラットフォーム事業者に登録が義務付けられている点と、登録義務のない事業者を通じて購入した場合には少額免税が適用される点である。少額免税となるのは1,000豪ドル(2025年6月末時点で約94,500円)である。 ③ 日本の特殊性 海外で小売取引され、輸入者の個人的な使用に供される貨物(携帯品や通販貨物)については、課税価格を「海外小売価格×0.6」で算出する「課税価格決定の特例」が適用されるため、実体上、16,666円(16,666×0.6≒10,000円)が免税上限額となる。 2 専門家会合における方向性 第3回の専門家会合の記者会見議事録によれば、2回にわたる集中的な議論を踏まえ、第3回では1つの区切りとして、次のように意見が取りまとめられたとされている。 これらの論点が次年度以降の税制改正にどのような形で反映されるかが注目される。 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第71回】 東洋大学法学部教授 泉 絢也 (2) BTCからWBTCへのラップ トークンをラップする方法は多様であるが、理解を深めるために、BTCをWBTCに変換する仕組みや方法を確認する。 WBTCとは、BTCに1対1で裏付けされているイーサリアムブロックチェーン上のERC-20トークンである。ただし、必ずしも常に完全なる1対1の価格比で取引されているわけではない。 WBTCは、ユーザーのBTCに対する元々の経済的エクスポージャーを失わせたり、変化させたりすることなく、イーサリアムブロックチェーン上で利用できるようにするものであるとされる(NYSBA, Report on Cryptocurrency and Other Fungible Digital Assets, Report No.1461, at 38(2022))。 以下、BTCからWBTCへのラッピングの仕組み・手順を確認する(NYSBA・前掲レポート37~38頁、Kyber Network et al., Wrapped Tokens: A Multi-institutional Framework for Tokenizing Any Asset, Whitepaper V0.2(2019)、WBTC network HP)。 ユーザー(カスタマーズ)は、トークンの保管者・管理者であるカストディアン(他人のためにトークンを管理する者)が行う新しいラップドトークンのミント(発行)とそのバーン(燃焼)(※)のプロセスを開始する管理人であるマーチャントを通じて、いつでも保有するBTCをWBTCに変換するよう依頼できる。 (※) 通常、誰も送付されたトークンを動かすことができないようなアドレスに送付すること (出典) Kyber Network et al., Wrapped Tokens: A Multi-institutional Framework for Tokenizing Any Asset, Whitepaper V0.2(2019)の5頁の図を基に筆者作成 これを受けて、マーチャントはカストディアンに対して、変換するBTCと同数のWBTCをミントするよう依頼する。 カストディアンはBTCを受け取って保管し、マーチャントに対してWBTCを発行する。 このWBTCがマーチャントからユーザーに送金される。 ユーザーはWBTCを自由に処分できる。ユーザーは、上記と逆の手順で、マーチャントを通じて、WBTCをBTCにアンラップすることができる。この場合、そのWBTCはバーンされる。 WBTCは、カストディアンの分別管理されたウォレットに保管されているBTCによって1対1で裏付けされており、四半期ごとに外部の第三者による監査が実施されるほか、いつでも公に検証されるものであると説明されている。 関連するオーダーブック、カストディアンやマーチャント等のBTC及びETHのウォレットアドレス、カストディアンが保有するBTCの総量及びネットワーク内のWBTCの総量が公開されている。 カストディアンが独自にトークンをミント又はバーンすることはできず、必ずユーザーから依頼を受けたマーチャントを挟むことになる一方、ユーザーはカストディアンと直接やり取りをすることはない。 BTCとWBTCの関係を理解することは有益であるが、ラップの仕組みには様々な方法があり、WBTCのモデルはその一例にすぎない。 (3) ラップは課税イベントか ア 課税イベントと捉える見解 ラップを課税イベントと捉える見解がある。 例えば、保守的な見方によれば、BTCからWBTCへの交換は、トークンを他のトークンと交換したことになるため、課税イベントに該当する可能性があるという(Ethan D. Trotz, Million Dollar Bash: A Nuanced Approach for Calculating Tax Liability for Participants in Decentralized Finance, 54 TEX. TECH L. REV. 575,598(2022))。 また、経済的実質がBTCを担保にWBTCを借り入れている取引の場合は交換時点で損益は発生しないという考え方を併記しつつ、BTCとWBTCでは、価格がほぼ同じになる性質とはいえ、それぞれ別のチャート(時価)が存在しており損益計算上は別の暗号資産として取り扱うと考えられるため、損益計算上も暗号資産同士の交換として扱われ、交換時にBTCの含み損益が課税の対象となる可能性が高いと解説するものがある(Aerial Partners「DeFi取引に必要な税金知識と損益計算方法を詳しく解説」Coinpost (2022.3.10)参照)。 もっとも、いずれの見解に対しても、暗号資産を含む異なる種類の「トークン同士の交換は課税イベントになる」というフレーズをひとり歩きさせているだけではないか、少なくとも法的根拠が必ずしも明らかではないのではないかという疑問を提起することが可能である。 以下に述べるとおり、本稿では、ラップについて、原トークンの処分権の移転を伴わず、取得したラップドトークンは処分権移転の対価ではなく、移転した原トークンの含み損益に係る課税イベントではないという見解を示す。アンラップも同様である。 ただし、原トークンとラップドトークンの交換がユーザー間で行われた場合には、通常、相互に処分権の移転が行われており、課税イベントになると考える。 (※) Napkin AIを利用して筆者作成 (了)
国際課税レポート 【第16回】 「G7緊急声明と国際課税制度の進路」 ~米国報復課税回避の先にあるもの~ 税理士 岡 直樹 (公財)東京財団政策研究所主任研究員 トランプOne Big and Beautiful Bill Act (H.R.1)の成立 2025年7月4日、第2期トランプ政権における経済優先課題の実現に向けた「One Big and Beautiful Bill Act」(以下、本稿では便宜上「包括予算法」と呼ぶ)が、トランプ大統領の署名により成立した。 署名は、米国独立記念日の式典を兼ねたイベントの一環として、ホワイトハウス南庭に設けられた特設デスクで行われた。メラニア夫人を伴って登場したトランプ氏は、バルコニーで恒例の“トランプ・ダンス”を披露し、夫人もともに踊るなど、式典は終始、祝賀ムードに包まれていたと伝えられている。 議会承認及び大統領署名に至るプロセスは、票差こそ僅差だったが、進行は迅速だった。法案は2025年5月20日に下院歳入委員会に提出され、2日後の5月22日には賛成215、反対214のわずか1票差で下院を通過。その後、法案は上院に送られ、6月16日以降上院財政委員長が提示した修正案に基づいて審議が行われ、7月1日に賛成51、反対50で可決された(バンス副大統領が決定票を投じた)。さらに、7月3日には下院において上院修正案が賛成218、反対214で承認された。 包括予算法(パッケージ法)の概要については、本連載【第15回】で紹介しているので参照してほしい(ただし、上院修正案の内容は含まれていない)。 本稿では、最終的に採決された法案から削除された国際課税関連の条項、すなわち「外国の不公平な税制への対抗規定」(以下「第899条」とも呼ぶ)に焦点を当てる。 報復的と言われる規定の削除の背景にはドラマがあった。G7各国は、OECDの「グローバル・ミニマム課税(ピラー2)」を米国企業には適用しないことで合意し、米国はこれと引き換えに「対抗規定」を法案から削除するという“ディール”を成立させた。6月28日に緊急に発出された「グローバル・ミニマム課税に関するG7声明」により、欧州や日本の多国籍企業が米国において“報復的”な追加課税の対象となる事態は回避された。日本を含むG7が主導的な役割を果たし “緊急避難”が実現したことは前例のないことであり、大いに歓迎したい。 もっとも、国際課税をめぐる協議や、OECDにおける多国間の協調体制には、今後も試練が続くことが予想される。 外国の不公平な税制への報復的な「対抗規定」 国際課税に関する規定として、包括予算法(パッケージ法)は、内国歳入法に新たに第899条を追加することとしていた。この条項は、外国による「不公正な」課税措置に対抗するために導入されたものである。 具体的には、不公正な外国税として法律に列挙されたデジタル・サービス税やOECDのグローバル・ミニマム課税(特にUTPR)を米国企業に適用する国を対象に、その課税が継続される限り、かかる国の企業や個人に対して最大で20%(下院案)又は15%(上院修正案)までの追加課税を行うと定められていた。 (注) 詳細については、本連載【第15回】「外国の不公正な税制への対抗規定」を参照。 この規定が、5月末に下院で可決された法案に含まれていることが報道等で広く知られるようになると、米国に投資している外国企業の間に大きな衝撃が走った。6月9日の報道(Financial Times「Executives converge on Washington to halt Trump’s foreign investment tax」)によれば、世界の大手企業数十社の幹部が、この規定の成立に反対するためにワシントンを訪れる予定であったという。 トランプ政権のピラー2・国際課税に対するスタンス 2025年6月11日、下院歳入委員会が開催した公聴会において、ベッセント財務長官は5時間近くに及ぶ質疑応答に臨み、トランプ政権下における国際課税政策の基本的な立場を明確に述べた(質疑はジェイソン・スミス歳入委員長(共和党)、ロン・エステス議員(共和党)による)。 その発言内容を以下に抜粋する。 バイデン政権は(OECDの議論において)課税主権を他国に委ねたが、トランプ政権はそれを受け入れることはできない。本法案に盛り込まれた措置は、米国の財政主権を明確に主張するものである。 米国の税制は、ピラー2と呼ばれるOECDの制度と共存する(stand next to)形で存在する。 他の国々が自らの財政・課税主権を他国に委ねるのは自由だが、米国はそのような道を選ばない。 この法案の目的は、報復ではなく、あくまでも財源の確保である。 例えば、欧州のある国が米国企業に不当な課税を行い、米国の税収を奪うようなことがあれば、その責任は当該国の企業に及ぶ可能性がある。したがって、外国企業は自国政府に働きかけるべきである。外国企業がロビー活動を行うべき相手は米国政府ではなく、自国政府である。 米国議会を動かした「G7声明」 以下の表は、「外国の不公正な税制への対抗措置」(内国歳入法第899条)をめぐる動向を時系列でまとめたものである。 【表】対抗規定(第899条)をめぐる主な動き このように、緊急に出された「G7声明」とそれを受けた米国財務省・議会指導部のスピーディな調整は、最終的に「報復規定(第899条)」の削除という結果を導いた。関係者の手腕には注目しておくべきだろう。 米国の完全な適用除外 G7声明は、米国にはミニマム課税ルール(GILTI)があることを踏まえた「共存システム(a side-by-side system)」を掲げているが、これはレトリックであろう。実質的には米国企業をピラー2の適用除外とすると明言している。 「共存システムでは、米国親会社グループの、米国内利益及び米国外利益の双方について、 軽課税所得ルール(UTPR)及び所得合算ルール(IIR)から完全に免除する」。 一方で、世界で最多数の多国籍企業を擁する米国がピラー2の実施に参加しないばかりか、UTPRを導入する国に対して報復的措置を講じる内容の国内法(内国歳入法第899条)を制定しようとしていたことは、わが国等が導入したグローバル・ミニマム課税を基礎付ける国際合意の正当性そのものに疑念を生じさせかねない状況だった。 しかし、今回のG7声明において米国を含む主要国が、OECDピラー2の米国多国籍企業への課税をめぐって共通認識に達したことにより、こうした緊張は和らいだといえる。 実施のための技術的な制度整備はこれから G7声明では、「共存システム」の実現に向けた作業は、ピラー2全体の簡素化作業と並行して進められる旨が明記されている。これは、今回の合意によりピラー2のさらなる制度整備が必要となることを認めたものである。 その結果、すでにピラー2の制度を導入済みの国々(日本を含む)においても、国内法の見直しや追加的な立法作業が必要になる可能性が高い。とりわけ、米国との制度的整合性や適用除外を前提とした新たな枠組みに対応するため、制度の創設的な調整は避けられないとみられる。 ピンチをチャンスに:大幅な簡素化を検討する契機とすべき G7声明が示すように、制度整備はピラー2全体の簡素化作業と一体で行うことが想定されている。 特に焦点となるのが、実効税率の計算方法である。現行のOECDピラー2は「国別実効税率」の算定を求めているが、米国のミニマム課税ルールであるGILTI(Global Intangible Low-Taxed Income)は、国別ではなく外国子会社全体を通じた計算方法(Global Blending)による平均ベースでの課税を採用しており、両者には明確な制度的差異がある。国別計算は制度を著しく複雑化しており、多国籍企業・税務当局の事務負担の大きな要因となっている。 この「国別実効税率の計算」や「UTPR」は、本来、アイルランド(EU域内のタックスヘイブン)や、GILTI制度を有する米国のような国々に対して、ピラー2に準拠した国内法の整備を促す制度的圧力として機能させることを意図して設計された側面があると推察される。 というのも、これらの国がピラー2を導入しない場合、他国がそれらの国の税負担の低い多国籍企業に課税することが可能となり、結果的に自国企業に不利益が及ぶおそれがある(今回の米議会の反応はそれを実証している)。このような経済的不均衡を回避し、各国のピラー2への参加を促す仕組みとして、国別実効税率の計算やUTPRが導入されたと考えられる。 しかし、米国がピラー2から完全に適用除外される方針が、G7合意によって明確にされた現在、こうした制度設計は、そもそもの導入目的を喪失している可能性がある。 EU指令の改定は可能なのか 2022年12月に採択されたEU理事会指令に基づき、EU加盟国はUTPRの導入を義務付けられており、2025年1月から適用されている。このEU指令は、OECDによるピラー2ルールの履行を目的とするものである。EUにおける税制関連の決定には加盟27ヶ国すべての同意(全会一致)が必要であり、2022年の合意も紆余曲折を経て何とか達成されたものである。一度採択された指令を見直すには大きな政治的困難を伴うと言われてきている。 今回のG7合意に対して、G7に参加していないEU加盟国(例:ポーランド、ハンガリーなど)がどのように受け止めているかは、現時点では明らかではなく、EUがスムーズに指令を変更できるのか今後の見通しも不透明である。 OECDの枠組みにおける緊張と今後の課題 米議会事務局は、ピラー2の実施により米国は10年間で最大1,200億ドルもの税収を失うと推計している。この懸念に基づき、議会(共和党)は内国歳入法第899条案(対抗規定)を提出した。 ベッセント財務長官の言葉を借りれば、第899条はあくまで「財源確保のための財務法案であり、報復法案ではない」とされる。しかし、国際合意(OECDピラー2)に基づいて制度(UTPR)を導入した各国に対し、追加的な上乗せ課税を行う内容であることから、課税対象とされる外国の企業から見れば合理性を欠き、一般的には「報復条項」と受け取られている。 また、この報復課税の回避を目的として、国際合意の内容を修正し、米国企業にはピラー2を適用しないという措置が講じられたことは、米国に「屈した」との印象を与えかねない。 とりわけ、OECDの包摂的枠組み(Inclusive Framework)のメンバーである国や、G7以外の欧州諸国の中には、今回のG7合意に対して困惑を示している国もある可能性がある。そうした中で、OECDのマティアス・コーマン事務総長が早々にG7声明を歓迎する声明を発表したことにより、OECD以外の国々が異論を表明しにくくなった可能性もある。OECD事務総長の対応は、やや早すぎたという見方もあり得るだろう。 おわりに 今回の内国歳入法第899条の削除に至る経緯については、外部から見ている限りでは不明な点も多い。とはいえ、6月26日の時点で、ベッセント財務長官は、G7声明が28日に正式合意に至る前(おそらくG7各国との折衝段階)に、同条を法案から削除することについて、下院歳入委員会委員長及び上院財政委員長の了解を得ていた。その迅速な判断と政治的調整手腕は注目に値する。 本稿で指摘したとおり、現在のピラー2制度には、より多くの国の参加を促す仕組み──たとえば「国別実効税率の算定」や「UTPR」など──が組み込まれている。しかし、世界最多の多国籍企業を抱える米国をピラー2の適用対象から除外するというG7合意を国際社会が受け入れるのであれば、こうした制度要素の必要性については再検討すべきではないか。これらの規定の導入を主導したと推察されるEUやOECDのテクノクラートたちは、この状況をどのように捉えているのだろうか。 そして、再検討にあたっては、制度の執行に伴う事務負担の軽減、すなわち大幅な簡素化を念頭に置くべきである。仮に、ピラー2の制度運用が、国内法のみで完結する米国のGILTI制度と比べて著しく煩雑であるならば、競争条件の公平が損なわれることになりかねない。 今回の措置は、“緊急避難”としては大成功だった。しかし、今後、真に問われるのは、国際協調と米国の財政主権とのバランスをいかにとるかという難題である。また、G7声明は、欧州等が導入したデジタルサービス税はカバーしておらず、不公正な税と主張する米国との間で問題として残っている。その意味で、本当の試練はこれから始まるのかもしれない。 もっとも、政権と議会のスタンスが一致しているという事実は、今後、安定的な国際課税制度を米国とともに構築していくうえで、確かな支えとなるに違いない。 (了)